アンジュ・ヴィエルジュ 〜知らば輝く青玉の瞳〜   作:二面サイコロ

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EX.3 リゼリッタと一緒(下)

 結局よくわからないまま、俺、リゼリッタ、ソフィーナの三人は現在、モノレールの駅を下りたところにいる。

 あれからなんやかんや(つまり俺とリゼリッタがボコられた)あり、リゼリッタにムリヤリ街に連れ出されたのだ。

 

 ちなみに、リゼリッタと張り合いたいらしいソフィーナもついてきている。

 曰く、「シンとリゼリッタをふたりにしたらヤバそうだから監視する」らしい。俺からすればこいつらをふたりにする方が危険だし、その超化学反応に巻き込まれた俺が一番の被害者だと思うのだが、そんなことを口にすれば間違いなく新たな火種を生むことは間違いないので口には出さないでおく。

 とりあえず、この場をどうやって無事に切り抜けるか。これが俺の課題だ。

 

 俺は辺りを見回す。

 夕方になり、放課後の時間を楽しむ学園の生徒達がつくる雑踏。平日のこの時間帯は学校が終わって街に遊びに行く者が多いため、街がよくにぎわう。狭い離島に色々詰め込んだおかげで、ちょっとコンビニにでも行くような感覚で訪れる者も多い。

 ここでならソフィーナやリゼリッタが暴れることもあるまい。逆に俺が彼女らから逃げるときに威嚇射撃で足止めをできないというリスクもあるが。

 

 そしてさっきからリゼリッタが俺の腕をとり、その度にソフィーナが魔力で生成したナイフを取り出そうとするので、ソフィーナを恐れた俺がリゼリッタを跳ね腰や背負い投げでぶっ飛ばすというコンボを数回繰り返している。というかソフィーナよ。お前、そのナイフをどう使うつもりなんだ?

 

 「あ、シン、ソフィーナ。あそこいきましょ?」

 

 唐突に、リゼリッタがひとつの看板を指差した。

 そこには、ペットショップの看板が。

 どうやら青の世界と黒の世界のセンスが入り交じったらしい看板だが、使い魔にでもするのかもしれないな、黒の世界の連中は。

 

 ……いや、問題がひとつある。

 その看板はどう見ても、爬虫類の専門店のそれだったのだ……!

 俺はちらりと横のソフィーナを盗み見る。

 はい、案の定だ。ソフィーナのすました横顔に、玉のような脂汗が浮かんでいる。

 こいつは虫が苦手なんだ。魔女っぽくないという意味不明なプライドからやせ我慢をしているが。

 

 「どうしたのソフィーナ? はやく行きましょう?」

 

 リゼリッタはリゼリッタでソフィーナを煽るようなこと言うし。やめてあげて。ソフィーナが暴走したら被害受けるのは俺なんだから。

 

 「え、ええ……そうね。買う予定はないけど、どんな種類の使い魔があるのか参考くらいにはなるかもね。買う予定はないけど」

 

 買わないことを強調しつつ、覚悟を決めたのかずんずんとショップに入ってゆくソフィーナ。

 俺もそれに続き中に入ると、むわり。特有の生き物臭さが俺を取り巻く。

 ペットショップなんて久々だなあとか思いつつ、出入り口でボーッとしてる訳にはいかないので奥に歩こうとするとーーー

 

 ぼす。

 

 俺の胸の辺りに、大きな質量体がぶつかる感触がした。

 ふわりと、生き物臭さの中でも目立つよい香りが鼻をくすぐる。

 

 「……?」

 

 見ればソフィーナが、俺の正面でフリーズしたように固まっている。

 

 「おいソフィーナ?」

 

 大体理由を察しつつも、知らないフリをして彼女の肩に手を置いてやる。この辺りの優しさ、自分でも感心しちゃうね。

 

 「ひあっ!? あああああシシシン!?」

 

 一回小さく跳ね、俺の存在を確認するや否や俺の肩にしがみついてくるソフィーナ。前からは本人のプライドが許さないのか、怪我人みたいに横から。

 

 「シン。ちょっと歩き疲れたから肩を貸しなさい! 命令よ!」

 

 「いつから俺とお前は命令するされるの仲になったんだよ」

 

 文句を言いつつも、ちょっとカワイソウに思えてきた俺はおとなしく肩を貸してやった。

 見れば彼女の色白で細い両脚は、バカみたいに震えている。

 理深き黒魔女・ソフィーナ様ほどの者が、周りのトカゲやヘビにおびえて小動物みたいだ。というかこれじゃマジでヘビに見込まれたハムスターだぞ。

 

 まずい。

 かわいい。犯罪的なまでに。

 普段のツンケンした感じとのギャップも異様に可愛いし。

 

 「あー……ソフィーナ? 実は俺、ヘビとか苦手でさ。怖えから店出ようぜ」

 

 ついついソフィーナをからかうチャンスを捨て、助けに動いてしまった俺。

 その言葉に安堵したのか、

 

 「そ……そうなの? じゃじゃじゃあしょうがないわね。さっさと出ましょ」

 

 震える足で俺を引きずるようにして、一刻を争うような感じで退店しようとするソフィーナ。

 

 だがーーー忘れてはいけなかった。

 そもそもこんなことになったのは、誰のせいなのか。

 

 「ソーフィーイーナーーー?」

 

 ゴゴゴゴゴゴゴ。

 

 呼び止める声。

 ソフィーナの色白な顔がさらに蒼白に染まる。

 

 俺の肩を借りつつのソフィーナが、ギシギシと首をひねって振り返ると、そこには。

 

 「こんなヘビなんか、使い魔にちょうどいいんじゃない~?」

 

 リゼリッタが。

 ただし、全長三メートルくらいありそうなキイロアナコンダを全身に巻き付けた状態で。

 

 「…………っ! ……っ!!」

 

 あまりの恐怖に声すら出なかったらしいソフィーナが、しかし足が震えて一歩の後ずさりも叶わない。

 代わりに……ぎり……ぎり。俺の腕を掴む手に力を入れてくる。痛い痛い、もげる。

 

 一方のリゼリッタからも、ぎりぎりと音が聞こえてくる。

 よく見れば、リゼリッタに巻き付いているアナコンダは早くも手懐けられた……のではなく、殺意丸出しでリゼリッタを絞め殺さんばかりに全身を絞っている。当のリゼリッタはどこ吹く風だが。

 元々体の凹凸がはっきりしているリゼリッタがヘビに絞められているのを見ると……なぜだ。なんだか分からないが、扇情的なものを感じる。おかしいだろ、ヘビに絞め殺されそうなだけだぞ。

 

 「ソフィーナも抱っこしてみる?」

 

 抱っこじゃなくて攻撃されてるだけだと思うが。

 

 俺の内心でのツッコミはよそに、ソフィーナにヘビを渡すリゼリッタ。ソフィーナはというと、あまりの恐怖にフリーズしたのか全く動かない。

 どうやらアナコンダも、リゼリッタよりソフィーナの方が絞め殺しやすいと判断(体型からして)したのか、ぬるりとソフィーナの首に頭を伸ばす。

 黄色のまだら模様のぬめるような色彩の皮が、ソフィーナの首に巻き付いた、その瞬間。

 

 「…………!!」

 

 びくんっとソフィーナの体がその場で跳ね。

 

 ゆっくりと、顔を伏せた。

 

 …………。

 ………………。

 

 

 「……あら、可愛いヘビさんですこと」

 

 

 ……は?

 今の、ソフィーナが言ったのか?

 これにはリゼリッタも驚いたのか、目を丸くしているな。

 

 「いけませんよ、いきなり人の首を絞めては。私はあなたの敵ではありません。怖くないですから」

 

 突然、昔の貴族みたいな喋り方になったソフィーナが、平然とヘビの頭を撫で、諭している。ヘビを。

 ヘビもヘビで、敵意丸出しだったさっきまでとはうってかわって、明らかにソフィーナに服従の意を見せている。

 

 そ、ソフィーナの奴、もしかしてぶっ壊れちまったのか!?

 

 「ふふふ。そうです、いいこいいこ。あなたにはミランダというお名前を与えましょう」

 

 「「…………」」

 

 いい加減本格的に心配しはじめた俺とリゼリッタをよそに、ソフィーナはヘビを抱っこしていいこいいこなんかしてやがる。

 

 「……えーっと、ソフィーナ?」

 

 見るに見かねたリゼリッタが、恐る恐るソフィーナに声をかけると。

 

 「あら、リゼリッタ。今日もご機嫌麗しゅう。ごらんになって、この可愛いヘビさん。私の使い魔にしようかしら」

 

 あのリゼリッタにまで、まるで貴族同士の挨拶みたいな丁寧さで接している。

 ……なあ、ひょっとして一生このままの方が、俺達の保全上よろしいんじゃないか?

 まあ手は尽くしといてやるか。友達のよしみで。

 

 「お、おいソフィーナ。しっかりしろ」

 

 ソフィーナの両肩を掴んで揺すってみる。

 すると、何を思ったのか、ソフィーナは顔を赤くし、

 

 「はっ!? い、いけませんシンさん。こんな公衆の面前で……リゼリッタさんの目もありますし……」

 

 モジモジと、そんなことを言いやがる。

 

 (おいリゼリッタ、これどうすんだ。お前がやったんだから戻し方も知ってるだろ)

 

 (私に聞かないでよ。こんなこと初めてだわ、今まではせいぜい蜘蛛くらいだったから)

 

 俺とリゼリッタが途方に暮れていることなどなんのその、ソフィーナはヘビをいいこいいこと撫で続けるばかりであった。

 

 ちなみにソフィーナは、俺とリゼリッタが協力してソフィーナを店外まで引っぱり出したところでバタリと気絶し、目が覚めたときには元に戻っていた。

 後でそれとなく聞くと、ペットショップでの記憶は悪い夢とごっちゃになっているようだった。

 

 

 

 

 

 

 「今日は楽しかったわねぇソフィーナ、シン?」

 

 「ええそうね……」

 

 「まあな……」

 

 帰り道。

 そこにいたのは、ツヤツヤ顔のリゼリッタと若干げっそりしているソフィーナだった。

 あれから結局、ゲーセン、服屋、本屋、銃砲店などを回って現在に至る。誰がどれを希望したのかの解説はいらないだろう。

 

 あと、えー……リゼリッタとソフィーナはランジェリーショップにも行ってた。俺もリゼリッタに引っ張り込まれそうになったのだが、意地でも入らなかった。というか引っ張り込まれそうになったらソフィーナに五メートル近く蹴り飛ばされた。

 微妙に悶々とし、外で火照る顔をコーラで冷ましながらたっぷり一時間ほども待つと、なぜか顔を真っ赤にしたソフィーナとお澄まし顔のリゼリッタが出てきた。

 そしたらソフィーナの奴、店から一歩出た瞬間リゼリッタを十メートルほど投げ飛ばし、さらに黒の世界流の絞め技(?)でギリギリとリゼリッタの首を極めやがってた。まあなんというか。リゼリッタに何をされたのか察するぜ、ソフィーナ。リゼリッタはリゼリッタで、ソフィーナの太ももで首をロックされて、苦しいんだか気持ちいいんだかよくわからん顔するし。ド変態だな。

 

 僅かな違和感を感じよく見ると……ソフィーナの胸が、普段からあるべきものが存在しない残念さを露呈していたそれが、若干だが大きくなっていた。リゼリッタに世話でもしてもらったのだろう。そこへんの事情は詳しくないが、体型に合ったやつをしっかり着けると若干上がるらしいしな。

 

 「ねえねえシン」

 

 リゼリッタが、何やら楽しみにしているかのような様子で話しかけてきた。

 

 「何だよ?」

 

 「今日のソフィーナ、ちょっと変わってない?」

 

 ……まずい。

 帰り道だからもう大丈夫だろうとタカをくくっていた俺に、痛恨の不意打ちだ。

 恐らくリゼリッタはソフィーナの胸が若干大きく(擬似的)なっていることを俺に気づかせようとしている。

 だがそれを俺が指摘した瞬間、間違いなく俺の身長はちょうど首くらいの高さまで減る。

 すっとぼけようかと思ったが……多分それもダメだ。テレビでよく見る。髪型や靴を変えたりしたのに気づかれないと、女の子は不機嫌になるらしいからな。とぼけ通したが最後、俺は右の俺と左の俺に悲劇の死に別れを繰り広げるに違いない。

 

 「シン、分かるかしら?」

 

 ソフィーナがしきりにツインテールをいじりながら、こちらを見上げてくる。

 

 考えろ。考えるんだ俺。ここが運命の分かれ道だ。下手な事を言えば即、死だ。

 

 「えっーっとだな……」

 

 ごすっっっ!!

 

 俺の顔面に、ソフィーナの頭突きがクリーンヒットした。

 しかもツノが刺さって痛え。

 

 「痛ってえええ! まだ何も言ってねえだろ!」

 

 陸に上がった魚みたいにのたうち回る俺に、それを見下ろして鼻をならすソフィーナ。前にもこんなことあったような。

 

 「まだって何よまだって! 私の胸ジロジロ見てたら、言わないでも分かるわよ!!」

 

 「お前だって自分で分かってるんじゃねえか……!」

 

 「あらあ~シンったら、ソフィーナのそんなとこを見てたの~?」

 

 「はあ!?」

 

 「よく見なさいシン? ソフィーナのリボンが新しいのに変わってるでしょ?」

 

 リゼリッタに言われよく見てみると確かに、ソフィーナのなめらかな絹糸のようなツインテールを飾るリボンが新しくなっているように見える。

 っつうか、こんなの分かるかよ……! 新しくはあるけど、前のと大してデザイン変わってねえじゃんか。黒のレースのリボンの。

 

 「確かに。……そういやソフィーナって黒いドレスとかをよく着るよな。やっぱお前、そういうの好きなのか?」

 

 「そうね、やっぱり理深き黒魔…………露骨に話題逸らしてるんじゃないわよ!」

 

 ごきゃっと音がしてソフィーナの拳が俺の脳天にめり込む。素だと届かないのでジャンプしての一撃になるから、威力はあまり乗っていないが。

 HCモードのときの俺は銃弾ですら剣や防弾ウェアの袖を使って逸らしたりできるのに、通常モードの俺は話題のひとつもまともに逸らせないらしい。情けねえ。

 

 ……まあいいか。HCモードにならないってことはそれだけ平和ってこった。いいことじゃないか。

 そう思うと思わず、笑いがこみ上げてきた。

 

 「……っはは」

 

 「「?」」

 

 「ははははははっ」

 

 ついつい笑いだしてしまった俺を見て、ソフィーナとリゼリッタがきょとんと顔を見合わせるが、すぐにそれも苦笑に、笑いにと変わっていった。

 ひとしきり笑った後、ソフィーナがネコっぽいツリ目を少し緩ませて俺に言う。

 

 「ねえシン。今日……その……楽しかった?」

 

 何だ? ソフィーナがそんなことを改まって聞くなんて。

 だがまあ、ソフィーナみたいにツンケンしたキャラでもない俺は本心を述べよう。

 

 「楽しかったと思うぞ。なんだか普通の高校生みたいで、さ」

 

 「普通の……高校生……」

 

 するとソフィーナは、ちょっと嬉しそうな顔をして俯き、すぐさま俺の存在を思い出したようにそっぽを向く。

 だがその向いた先にはリゼリッタがいた。

 リゼリッタが、いつもソフィーナをからかうときの笑顔とは違うとても楽しそうな笑顔をソフィーナに向けると、ソフィーナは行き場を失った視線を右往左往させ、顔を赤くした。

 

 俺はそんな彼女が面白くて、ついついリゼリッタと顔を見合わせて吹き出してしまう。

 

 

 「も……もう! ふたりしてからかってぇ~~~!!」

 

 

 それを見たソフィーナがさらに顔を赤くし、天を仰いで咆哮を放った。

 

 夕暮れに染まる海と空までもがからかうように、ソフィーナの顔をいっそう赤く照らした。

 




読了、ありがとうございました。
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