アンジュ・ヴィエルジュ 〜知らば輝く青玉の瞳〜 作:二面サイコロ
「お、ソフィーナじゃんか。明けましておめでとう」
「ソフィーナさん。明けましておめでとうございます」
「あら、シンにノアじゃない。明けましておめでとう」
冬の雪降る朝、その冷たく凛とした雰囲気の空気の中、青蘭神社の前で俺とノアは見知った顔を見つけ新年の挨拶をする。
刻は新年。これから新たな年が始まる訳だ。
考えてみれば、去年はずいぶん色々あったな。改めて振り返ってみて実感するが、我ながらずいぶんファンタジスタな人生を送ってきたものである。
(その原因が主にこいつなんだがな……)
隣のノアをちらりと見ると、それに気づいたノアが「?」とサファイア色のお目々を向けてきた。
……ま、後悔はしていないさ。
「あんた達も初詣に来たの?」
「ああ、本当はもうちょい寝てたかったんだけどな。ノアに叩き起こされた」
「マスター。自国の文化をないがしろにするのは感心しません」
「勘弁しろよ。それにないがしろにしたんじゃなくて、これは日本の国民性だ。文化や習慣よりも自己都合だ」
「言うけどアンタ、ノアにばっちり着物買ってあげてるじゃない。何が国民性よ」
ソフィーナのツッコミがそうなのだが、ノアは現在、初詣用に着物を着用している。
髪も瞳も青っぽいノアに合わせ、淡い水色に白い幾何学模様の着物。長い青色の髪を留めている桜をモチーフとしたかんざしと、帯の桃色がアクセントになっている。
ノアが黒髪だったら「日本人形みたい」と形容しただろうが、東洋とも西洋ともつかぬCGみたいに均整のとれた顔立ちのノアがこれを着ると、それこそファッション雑誌に載ってもおかしくないほどのファッション性と、それでいて物静かな態度から落ち着いたたたずまいを両立している。言うなれば、西洋人形と日本人形のいいとこ取りだ。
つまり、超・可愛い。抱きしめてもふもふしたい。
さっきはもっと寝てたいとか言ったが撤回する。早起きは三文の得だ。
「俺とノアで選んだんだ。似合ってるだろ?」
「なんでアンタが威張ってるのよ。……でも確かによく似合ってるわ。安物にも見えないし、デザインもノアにぴったりね。あんたが制服にコート羽織っただけなのは置いといて」
「いいじゃんか別に。男の服装なんてそんなもんだよ」
ツッコミをしつつのソフィーナもどこかで調べたのか、着物を完璧に着こなしている。
いつも着ているドレスと同じ黒紫色の生地に、白と桃色の花の模様がある着物だ。
こちらもノアと遜色ない美事さである。タイプが違うノアと並べて、ファッション雑誌の表紙でも飾っていいかもしれない。
そこまで考えて気づいたが……
なるほどノアにもソフィーナにも、着物が似合うわけである。
なぜなら、着物を着るのに邪魔なものがないからだ。
具体的に言えば、胸がないから。
「シン、今あんたろくでもない事考えなかった?」
「気のせいだ」
「あら? ソフィーナ、それにシンとノアじゃない~? 明けましてオメデトー!」
「皆さん、明けましておめでとうございます」
ソフィーナの恐るべき勘に俺が冷や汗をかいたとき、向こうから聞き覚えのある声がふたつかかり、俺はこれ幸いと振り返った。
明るい感じのぱっちりしたお目々に、結ってあるので今は風になびかない金髪。
そして、周りから見ても明らかに浮いているド派手な着物。
これを見間違うはずもない。
ファッションモンスター。おしゃれ魔女。青蘭島のレディーガガ。
様々な異名をとる彼女の名はーーーロザリー。
もうひとりロザリーの隣にいる、同じく着物に身を包み、朝の冷たい風に銀髪をなびかせるのはーーー白の世界の謎多きアンドロイド、ユーフィリアだ。
「ロザリーにユーフィリアじゃない。明けましておめでとう。あんたたちも来てたのね」
ロザリーは異名に違わず、ファッションに目がない。そもそもこの島に来たのだって、本人曰く「異世界の流行を調べに来た」らしいし。
着物を着られるお正月は、彼女にとってそれはそれは楽しみだったに違いない。
対するユーフィリアは……ロザリーに無理矢理連れて来られた感が否めないが、どうやら本人もこれを楽しんでいるようなのでよしとしよう。
「ようロザリー、ユーフィリア。明けましておめでとう」
「明けましておめでとうございます」
こちらに走ってきながら突然霧散し、気づけばすぐそこでノアやソフィーナの着物を吟味している芸が細かいロザリーのエクシードは……幻術。
どうせ美しさを追求している内にエクシードに目覚めたとかそういうノリだろう。いちいち考察するまでもない。
「おめでとー。ノアもソフィーナも、着物よく似合ってるよ! ……それに比べ、シンは味気ないなあ。もっとオシャレを楽しもうよ!」
「お前ほどの奴に言われると一周回って何とも思わないな」
「ふっふーん。どう? この着物は。青の世界の住人から見たら違和感ない?」
「あ、それ私も聞きたいです。シンさん、私の着物はどうですか?」
ロザリーとユーフィリアが、腕を広げたりその場で回ったりして俺に着物を見せてくる。
遠慮なく俺の服装にダメ出ししてきたロザリーの着物は、ド派手。
ソフィーナのそれよりちょっと淡い紫色の着物の端はところどころフリフリになっており、裾はミニスカートのように短く、重ねたフリルで花のように膨らませている。見事に露出した長い脚には申し訳程度に足袋みたいなニーソックスと下駄を着用しているが……寒くないのかな?
視線を転じて上を見ると、その細い肩と首には分厚い毛皮のショールがかかっており、脚とは対照的に暑そうだ。
あと手に持ってるペラペラの鞄。それ何が入ってるんだよ。機能性ゼロだろ。
この感じは確かにファッションの最先端をゆくギャルっぽいのだが、ロザリーのそれはところどころ彼女らしさが溢れており、単にギャルの一言で片付けられないような良さもあるな。良くも悪くもロザリーらしいよ。
対するユーフィリアの着物は、どちらかというと質素。
藍色に金を縁取ったもので、ユーフィリアの日頃の落ち着いた態度と相まって、まるでモデルみたいに整って見える。
ロザリー、ソフィーナ、ノアが若者向けのファッション雑誌ならば、ユーフィリアはもうちょっと大人が見るようなカタログにでも載っていそうだ。
……あ。今、帯がちょっとずり落ちそうになったのを手で戻したぞ。
なるほど。ユーフィリアは本来、着物を着るには相応しくない体型だからだ。胸のせいで帯の上の方が強引に押し上げられて、逆に下の方がゆるゆるになっている。胸が大きいとこんな苦労もあるんだな。
露出度の少ない着物でここまでお色気を出せるユーフィリアは一体何者なんだ。見ればみるほど、ファッションカタログというよりはむしろ吉原系のカタログにーーーいや、多くは言うまい。
「ふたりとも個性的でよく似合ってると思う。ロザリーは奇抜に見えて割とハマってるし、ユーフィリアも王道だけどほどよく個性的だな。青の世界的にも違和感はないし」
俺が当たり障りのない返事をすると、ユーフィリアはほっとしたような顔をするのだが、ロザリーはなんだか不満そうな顔をする。
「もう。ワタシもユフィもカワイイんだから似合うのは当たり前なの。そんなテキトーな言葉じゃなくて、もっとしっかり褒めてよ!」
「上に重心が寄りすぎてて
「なにそれ、失礼ね~!」
ぶおん、とやたら重い音がして、ロザリーの振り回した薄っぺらい鞄が俺の側頭部のあたりを薙いだのをしゃがんで躱す。
「うおっ冗談だっつの! てかその鞄なんだよ!」
「ほれほれ~もっと褒めなさい~!」
ぶおんぶおんと振り回される、鉄板でも入ってるんじゃないかというほどに重い鞄を躱し続けているとーーー
「よっ……おっと、っと?」
重心が上にある戦闘に不向きな格好で、しかも慣れない下駄なんかを履いていたせいで、重い鞄に振り回されたロザリーがこちらにバランスを崩してつまづいてきた。
さすがに想定外だった体当たりに俺も数歩、後退せざるを得ない。
……と思ったら俺の後ろにも誰かいたようで、俺はそいつとぶつかり足をもつれさせーーー
どたんっ。
「きゃっ!?」
「うおっ」
「わあっ!?」
三人まとめてひっくり返った。
ばふっとロザリーのショールが顔にかぶさり、殺人的にかぐわしい香りがする。し、視界が塞がれた分、嗅覚からどうでもいい情報が入ってくるぞ。
とても好い香りだが、香水とかそんな科学的なものじゃない。このナチュラルに好感が持てる甘い香りは、ろ、ロザリー本人の体臭だ。
そういやどこかで聞いたことがあるぞ。
女の子の首筋は、最もフェロモンが分泌される部位だとか……! そんなところにかけていたショールが凶器以外の何だってんだ。
どけようにも、転倒したロザリーが頭を打たないように抱えたせいで、彼女の腕と絡まって動けん。
しかも今気づいたが、後頭部にも何やら柔らかい感触がする。
こ、これは、さっきの声から推測するにユーフィリアか。
それは雲のように柔らかく、転倒の衝撃を全て吸収してくれただけでなく、こちらからもかぐわしい香りがする。
いいニオイに柔らかい感触に温かさに、溺れてしまいそうだ。かぐわしさのバーゲンセール。
ーーーと思ったのもつかの間。
「
「……」
バヅンッ!
通常の打撃音とは程遠い爆裂音と共に、俺はユーフィリアとロザリーの間をダルマ落としのように引っこ抜けて吹っ飛び、ブロック塀に衝突して止まる。
声と気配からして、ソフィーナとノアに同時に蹴られたらしいぞ。ソフィーナの蹴りが全体の威力の99.98%くらい占めてるが。ふたりとも着物なのに、なんて器用さだ。
「痛っつ……俺じゃなかったら死んでるぞ、今の」
顔を上げると、さっき俺が倒れたのはやはりユーフィリアの上だったらしい。
転倒した弾みに帯がずり下がり、き、着物の胸のあたりが……開いている……!
まさか俺はあの上にぶっ倒れーーー
ぐいっ。
俺の思考を中断するように、防弾コートの背中のベルトを掴まれて飛行機の模型みたいに吊るされる。
「アンタまたしても、今度はロザリーとユーフィリアにまで……!」
「……」
ぎりぎりと歯ぎしりするソフィーナの視線は……俺とユーフィリアの胸ーーーソフィーナにはないボリューム故に着物が着にくいーーーをしきりに行ったり来たりしている。
あの、ソフィーナさん? 半分くらい八つ当たり入ってませんか?
ノアもノアで怖えよ。ずっと無言だと、むしろ。
「ロザ……ばっかり…………てくれ…のよ」
ごにょごにょ。
何やらソフィーナが小声で呟いたのが聞こえなかったので読唇すると……「ロザリーとユーフィリアばっかり褒めて、なんで私の着物には触れてくれないのよ」だと?
……あー、確かに日常的すぎて忘れてたよ。ノアは着付けのときに散々褒めたが、ソフィーナの着物について話題にするタイミングをすっかり見失ってた。
まあよく似合ってるし、褒めてご機嫌とっとくか。
「ソフィーナの着物もよく似合ってるな。大和撫子って訳じゃないが、いつもより大人っぽく見えるぞ」
「……!」
俺が褒めるとなぜかソフィーナは……
ぎゅぎゅぎゅぎゅ。
ぎゅいいいいい~~~ん!
と音がしそうな勢いで顔を赤くし、
「もう! 頭冷やしてきなさいこのダボ!」
なぜか俺を片手でぶん投げ、さっき頭から突っ込んだブロック塀に逆戻りさせるのであった。
理不尽だろ。俺が何したってんだ。