アンジュ・ヴィエルジュ 〜知らば輝く青玉の瞳〜   作:二面サイコロ

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EX.6 KOTATSU Wars!(下)

 「シット(Shit)! それは私の世話肉だよ!」

 

 ビシュッ!

 

 俺の顔面を水鉄砲で撃ち、俺が取ろうとしていた和牛をかっ攫っていった琉花。

 こいつのエクシードは水質変化。今撃った水は一瞬だけ粘度を高めたらしく、石をぶつけられたみたいな衝撃がしたぞ。

 

 「いでっ! てめえ……!」

 

 撃ち返してやりたいところだが、俺の拳銃・STIの.45ACP弾の質量はせいぜい12グラム。水の弾相手だと、質量負けして返り討ちに遭う。おまけにこいつの水鉄砲は、西部開拓時代のリボルバー・コルトS(シングル)A(アクション)A(アーミー)を模したもの。リボルバーはグリップとハンマーの位置形状や弾の撃発方式などにより、早撃ちに適している銃だ。この至近距離で撃ち合いになったら、勝てない。

 だが勝てないから何だ。()には勝てなくとも、俺達(・・)には勝てるかもしれないだろ! なあノア!

 

 「ノア、安全装置(セーフティ)を外せ! 次に琉花が不穏な動きをしたら撃つぞ!」

 

 「はい」

 

 じゃきじゃきっ!!

 

 「ふええっ!?」

 

 ノアと共に銃を抜いて威嚇し、琉花の後ろに隠れてケモミミを縮こまらせるウェンディに罪悪感を感じつつも、天井先輩が短い腕で構えてくれた鍋のフタで琉花の銃撃から身を守りつつーーー取れたぞ和牛。今度こそ食ってやるっ。

 

 ふわり。と。

 

 突然肉が浮いて、俺の箸から逃れた……!?

 いや違う。鍋から上がる湯気の動きが不自然だ。

 こ、この不自然な空気の流れはーーー

 

 「ふふーん、優しいシンくんは私のためにお肉を煮てくれたんだよねー」

 

 「なっ……!」

 

 み、美海……!

 肉を風に乗せて奪いやがったのか。

 さっきのよく分からん会話を根に持ってるのか? 何で怒られたのか皆目見当がつかないが。

 琉花の銃撃は、銃の性質からして直線的。間に盾になるものを挟めば、防ぐのは容易だ。

 しかし美海の風は、つまり空気。隙間さえあれば届く、変化自在の攻撃。

 鍋のフタ程度じゃ、何の防御にもならんぞ……!

 

 美海に俺が取った肉を食われるのをよそに、俺は鍋の中をサーチする。

 まだだ、まだ終わらんよ……!

 いくらかだが、まだ和牛は残っている!

 

 「はいソフィーナ、あーんしてぇ?」

 

 また違う場所では、違う争いの気配。

 リゼリッタが、ソフィーナに和牛を持って「あーん」を迫っている。

 

 「誰があんたからあーんなんてするのよ! 普通に自分で食べるわよ!」

 

 「でもソフィーナ、あなたはもっとお肉食べないと……」

 

 リゼリッタの視線に一瞬哀れみが灯り、彼女の視線がソフィーナの顔から30センチほど下にスライドする。

 

 ーーーその瞬間、俺の脳裏で銃弾が撃発した。ような気がした。

 思考が加速する。まるで、音さえ置き去りにしてただ一直線に目標を仕留める、一発の銃弾のように。

 

 食える。俺の読みさえ当たっていれば。

 この方法なら、和牛を食えるぞ!

 

 「闇のキン肉バスタァァァー(ダークネス・キンニクバスター)!!」

 

 ドゴオォッッッ!!

 

 リゼリッタがソフィーナの逆鱗に触れ、よく分からんプロレス技をかけられて床にめり込む。なぜかその隣のウェンディもビビってひっくり返っているが。

 その弾みに、ソフィーナのフリフリのドレス、その布量の多いスカートが空気をはらんで大きく膨らみ、かなり際どいところまで持ち上がる。

 そうだ。これくらいでいい。これ以上持ち上がっても困るし、これ以下でも困る。

 俺のブラフが、効きやすくなるにはな!

 

 「ソフィーナ、今日はずいぶんとダイタンな下着なんだな」

 

 俺が言った一言は、ただこれだけ。

 これだけ、で十分だ。

 

 ーーーファッションに目がない、美海の注意を逸らすには!

 

 「「「!!?」」」

 

 そのブラフは効果てきめん。

 鍋から和牛の肉を持ち上げかかっていた美海の動きが止まり、顔を赤くしてソフィーナの方に振り向く。

 それどころか、ノア以外の全員の視線が一瞬だけ、ソフィーナに移った!

 

 (そこだっ!!)

 

 俺がナイフより鋭く突き出した手が、鍋上空で固まっていた美海の手から、菜箸を掠め取る。それに載せられた、和牛ごと。

 

 素早く俺の取り皿にそれを移しーーー食えた。

 念願の、飛騨和牛を。

 あ、ありがてぇ……!

 努力の後の美酒の味、なんと甘いことか。

 こんなに美味い肉を食うことが、逆に不幸にさえ思えてくる。これから先食べるであろう肉料理は、すべてこれ以下ということになるのだから。

 

 「えーどれどれ、ソフィーナちゃん、見せてー?」

 

 しかしそんな俺に構わず、俺が撒いた種は無遠慮にも芽を出し、茎を出す。

 俺のブラフがブラフだと気づいていない美海が、ソフィーナのフリフリスカートをつまんでーーー

 

 ばさぁ。

 

 「きゃ、ちょ、美海! やめなさい!」

 

 「……んー? ねえシンくん、別にダイタンじゃないよ?」

 

 お、おい美海。もういい。俺は目的の和牛を食えたから。

 がばっと起き上がったソフィーナも、涙目で訴えてくる。

 

 「そうよ! 別にダイタンじゃないわよ! 普通よ普通!」

 

 ……何言ってるんだこいつは。

 

 「そうか、普通なのか」

 

 あまりにズレた反応に戸惑った俺が、普通に返答をすると、

 

 「そうよ、普通……ふつ……ふ、ふ、ふ」

 

 「ふ?」

 

 「ふぎぃぃぃーーーーーーーっ!!!」

 

 ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅん!!

 

 十八番である瞬間赤面術を発揮してコタツのように赤熱化しつつ、ソフィーナが錯乱した!

 

 「ヘンタイ! ドヘンタイ! マンチカン! ダーウィンど変態賞ーーーっ!」

 

 バスッ! バツッッッ! ヒュバッッッ!!

 

 空気を切り裂く音を上げながら飛んできた何かに、俺は顔面を連続で殴打される。

 こ、これ、ソフィーナのオバケ玉だ。速すぎて一瞬、何か分からなかったぞ。

 ていうか誰か止めろよ! 美海とウェンディは目を丸くしてるだけだし、琉花とリゼリッタは何故かニヤニヤして傍観してるし、苺ちゃんは「あらあら」って感じで笑ってるし、ノアは相変わらず無表情でボーっとしてるし!

 

 しかしいい加減、ソフィーナのオバケ玉射出パターンが読めてきて、回避率が上がってきた俺の眉間にーーー

 

 「地獄で反省してきなさい! この不埒者ーーーっ!!」

 

 がつん!

 

 唸りを上げて飛んできた、ソフィーナ本人が投げた箸置きが命中するのであった。

 

 

 そんなこんなで。

 何でもあり(パラダイス)な青蘭学園の休日は。

 夜が、更けてゆく。

 

 

 

 

 

 「……マスター。マスター」

 

 心地よいノアの声に、意識が灯ってゆくのが分かる。

 

 「マスター。このような場所で長時間寝ては、風邪をひく恐れがあります」

 

 ……やべ。どうやら寝落ちしちまったらしいな。

 

 「悪い、寝ちまってた」

 

 「いえ」

 

 頭を振って覚醒を促し、辺りを見回すとーーー

 

 「あはは……シンくんは寝たというより、ソフィーナちゃんに叩かれて気絶しちゃったって感じだけど……」

 

 苦笑しながらの美海が、鍋を片付けつつそんなことを言う。

 

 もう片付けもあらかた終わり、ここに残っているのは俺、美海、ノア、それとソフィーナだけみたいだ。

 

 「ごめんな美海。片付け、押し付けちまった」

 

 「ううん。さっきまでは苺ちゃんもいたから、私はあまり何もしてないよ。それより……」

 

 ちら、と美海の視線の方向を、俺も釣られて見るとーーー

 

 「ソフィーナちゃん、部屋まで運んであげられるかな? 私が無理矢理連れてきたせいで疲れてるみたいで、起こすに起こせなくて……」

 

 ソフィーナが、こたつ机に突っ伏したままの姿勢で眠ってしまっていた。

 

 研究の最中に美海がムリヤリ連れてきたようだから、疲れが溜まっていたのだろう。

 だがきっと、それは心地よい疲れだと思う。ちょうど、運動の後のすっきりとした疲れのように。

 何でって……そりゃ、このソフィーナの気持ち良さそうな寝顔を見れば、嫌でもそう思えるさ。ほんと、つくづく美海は不思議な力を持ってる奴だよ。エクシードとか、そういうの抜きで。

 

 「分かった、ソフィーナを部屋まで運んでくる。ノアはちょっと待ってろ」

 

 「はい」

 

 「よろしくねー」

 

 さて、眠れる森のソフィーナお嬢様。部屋までご案内するぜ。

 俺はソフィーナをお姫様抱っこし、談話室をあとにした。

 セクハラにならないかと危惧したが、フリルが多すぎてどこを触っているのかすらイマイチ分からんからいいだろう。

 

 暖房の効いていない廊下に出ると、冬の寒さが肌を刺す。

 ソフィーナ、寒さで起きなきゃいいんだが。

 

 (……って…………!)

 

 そういえば、ソフィーナの部屋にあがったことは無いな。研究室なら何度もあるが。

 入って大丈夫なんだろうか? ソフィーナの部屋に。

 少なくとも、風紀委員に見つかれば即死は免れられないだろう。

 いや、大丈夫だ。大丈夫だろう。俺にやましい気持ちなんてないのだから。

 

 しかしなぜだか、そう思えば思う程、ソフィーナの寝顔が愛らしく見えてきてーーー

 

 ああ、くそ。

 なんでこんなにカワイイんだよ、こいつ。

 神様ってのがいるんなら、そいつはドアホだな。

 俺みたいなしょうもない奴の人生に、こんなにカワイイ子を配置するなんて。

 

 「ん~。寒いわよ、美海……」

 

 などと若干不埒なことを考えていたところに、ソフィーナの声がした。

 はっいかんいかん、とさっきまでのことを頭から追い出す。

 しかしソフィーナはまだ夢心地で、意識は覚醒しておらずーーー

 

 ぎゅ、と。

 

 暖をとるつもりか、俺にしがみついてきた。

 俺より全然小さな体が、しかし女の子特有の柔らかさをもって、俺を優しく圧迫する。

 ふわりと、とても暖かいソフィーナの髪から甘い香りが漂ってきて……

 

 「お、おいソフィーナ。起きろ」

 

 耐えられなかった俺はソフィーナの背中をタップして、彼女を起こす。

 

 「何よ……寒…………え?」

 

 ぱちくり。

 

 ソフィーナの紫水晶(アメジスト)のような大きな瞳と、俺の目が合う。

 窓から差し込む月明かりは、彼女の濡れた瞳を、艶やかに照らして。

 

 「…………っ」

 

 ソフィーナは、俺に驚いてしがみついた腕を放すどころか。

 もっと強く、俺を抱きしめるようにして。

 

 ぎり……ぎりっ…………!

 

 万力のような圧力で、俺を絞め殺しにかかってきて。

 

 「こんのぉ……ヘンタイ……!!」

 

 「ぐ……おぉ……!」

 

 ぎりぎりぎりぎりぃ~~~っ!

 

 お、俺の胴回りが、肋骨が、破砕される!

 なんだこのリミッター外れたみたいなパワーは!

 

 堪らず力が緩んでしまった俺の腕をすり抜け、ごてん、と床に落下したソフィーナは、ごろごろごろっ! とモンハンのラングロトラみたいに転がって俺から遠ざかる。

 ごすんっ! と廊下の端まで転がり壁に頭をぶつけたソフィーナは、しばらく悶絶してから起き上がり、

 

 「このヘンタイ! ちょっと気を許したらすぐコレ!? ……はっ! さては、こたつとかいう机を置いたときから、ずっとこうする気だったの!?」

 

 フリフリの袖をブンブン振り回して、シャアア……! と犬歯を剥いて威嚇してくる。

 

 「誤解だ。俺は美海に頼まれーーー」

 

 「こたつ……恐ろしい魔具だわ。ぬくぬくとした温度で足の血流を促進し、その結果頭の血流とはたらきを鈍らせ、機能停止に追い込む。そして最後は……さ、さ、さ、最後は……!」

 

 「いやだから誤解だってーーー」

 

 なんだかよく分からん誤解をしているらしいソフィーナのそれを解いてやろうと、俺が近づくと、

 

 「こここれ以上ちちち近づかないでよヘンタイ! もう、こたつは禁止! 禁止禁止禁止禁止、きーんーしぃーっっっ!!」

 

 ソフィーナは廊下の隅に設置してあった消化器をとり、ブゥン、がいんっ!

 

 と、ぶん投げて俺の頭に命中させてくるのだった。

 

 

 

 

 クラクラする頭を引きずるようにして、ノアを待たせている談話室に戻るとーーー

 

 「ノア、戻ったぞ。部屋帰って風呂……」

 

 俺の言葉が途切れたのは、俺に気づいた美海が人差し指を口の前で立て、「静かに」のジェスチャーをしてきたからだ。

 

 美海が示した先ではーーー

 

 「すー……すー……」

 

 俺、ソフィーナに引き続き、ノアが寝落ちしてしまっていた。

 そういえば、俺が寝てた間も、ノアはずっと起きてたんだもんな。疲れが溜まっていたのだろう。

 

 

 「シンくん。悪いけどーーー」

 

 申し訳なさそうに言ってきた美海を、俺は手で制す。

 

 「分かってる。それに、ノアなら俺を殺しにきたりしないしな」

 

 「?」

 

 「いや、こっちの話だ」

 

 「……うん? それじゃシンくん、おやすみ。ノアちゃんも、おやすみ」

 

 「おやすみ」

 

 ぱちん、と談話室の明かりを美海が消し、今度こそ鍋パーティーは終了であることを告げるに代える。

 美海と別れ、ノアを抱っこしたまま、俺は自分の部屋を目指して歩く。

 

 「んむ……マスター……」

 

 「はいはい、俺はここだぞ」

 

 寝ぼけて俺を呼ぶノアは、こたつのように、とても暖かい。

 いつもは無表情のその幼い顔は、ただの少女のようにあどけない。

 

 そんなノアを抱えながら、俺は歩く。

 

 そういえば、あれは……昔の、年末の話だったか。

 みんなでこたつに入って紅白歌合戦を見ていた、そのときはまだガキだった俺は、よく理解できない古くさい演歌を子守唄代わりに、寝落ちしてしまって。

 翌朝起きたら、布団の中だった。

 あのとき寝落ちした俺を運んでくれたのは、兄さんだったっけか。

 

 そんなことを、思い出しながら。

 





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