アンジュ・ヴィエルジュ 〜知らば輝く青玉の瞳〜 作:二面サイコロ
第十四弾 買わないケンカ、舞い込むケンカ
「クォーテット……」
昼休みの教室でソフィーナが、飲めないがカッコつけでよく飲んでいるブラックコーヒーを無理矢理飲んだ後のような顔をして呟いた。
俺とノアはその机を囲むようにして話を聞いている。
「そんなに……ヤバい奴らなのか? その組織は」
俺はどうやらその情報を持っているらしいソフィーナに問う。
先日、俺を戦った後に兄さんが残した言葉。
クォーテット。それは俺達がこれから相対する組織の名前、らしい。
四重奏という名前が示す通り、恐らく四つの世界が関わってることなのだろうが……どうやら黒の世界でもまあまあの身分を築いているらしいソフィーナは、その組織について知っている事があるらしいのだ。
「知っているって言っても、ほんのちょっとだけよ。クォーテットはーーー」
ソフィーナが喋った曰く。
クォーテットってのは、各世界で力を持ちながら青蘭学園に所属するのをよしとしない連中の寄り合いみたいなものらしい。
所在は不明。どういう奴がいるのかも不明。そもそも奴らの力がエクシードなのかも不明。
その目的はひとつ。力を伸ばすこと、ただそれだけ。力を手に入れた結果、個人が何をしようが誰も関知しないのだ。
その性質上、力はあれど何かしら性格や人生の背景に問題のある奴が多く、中には多くの無法者もいるらしい。
更にその無法者の中には、何の力も持たぬ者を見下し、自分達こそが人類を導く新人類だと信じて疑わないような奴もいるとか。まるでガンダムの悪役みたいだな。
以前から目を光らせてた組織ではあるけど……まさかノアを狙ってたのがこいつらだったなんて、面倒ね、とソフィーナが小さくため息をつき、そっちの業界では『Q』という頭文字をとった隠語で飛ばれていることを付け足した。
俺はその話を聞いて、なるほど、と思う。
突然力を得たものは、往々にして暴走しやすい。ちょうど、宝くじで億単位のお金を手に入れた凡人が、その七割くらいは身を持ち崩してしまうように。
今でもエクシード手に入れて有頂天になった奴がどこかで犯罪して、戦闘の精鋭揃いである治安維持組織の手を煩わせることが間々ある。
それは大概はちょっと調子に乗っただけのバカが多いのだが、中にはガチで犯罪に手を染める奴もいる。いつか兄さんから聞いた説だと、昔ヨーロッパで発生して現在も迷宮入りしたままの「切り裂きジャック」も何かしらの超能力者で、手がかりも残さず通り魔ができたとかいう話だ。
普通なら一笑に付すような作り話だが、実際にナチス残党の魔女と戦ってなんとか倒したことのある兄さんが言ってたとなると、けっこう真実味がある。今考えてみると、そいつもプログレスなんだろうな。
「ーーーと言っても、大規模な問題をしょっちゅう起こすような連中でもないし、とりあえずは放置といったところかしら。ま、私個人としても治安維持の観点からしても危ない連中であることは確かだから、一応は私も目を光らせてるの」
「個人?」
「あ……いやなんでもないわ」
こほんと咳払いをして、ソフィーナは続ける。
「まあそういうことだから。私もできる範囲でサポートするけれど、アンタ達も警戒することね。いくら青蘭島が最強の要塞島でも、用心するに越したことはないわ」
青蘭島はプログレスの保護のために、島への出入りにはそれなりの制限をかけている。領土こそ日本に属しているとはいえその実態は独立国に近い。
地球人だろうが日本人だろうが、学園関係者かその親族でも無ければ気軽に入れる場所ではないし、逆に学園関係者が島の外に出るのにも許可が要る。
これはプログレスという重要な存在を保護するためのものであり、彼らを隔離しようとしている訳ではない、という話だ。
しかしそれに関しては俺は、どうかなと思う。
俺が過去に実際に相対したことがある訳ではないのだが、超能力者や魔女といった超常の力をもつ者は、周りから畏怖の念で見られる場合が非常に多い。中世ヨーロッパで起こったとされる「魔女狩り」はその最たる例だ。
考えてみれば当たり前だ。強大な力をもつ者は、自身を脅かす存在にも自身に利益をもたらす存在にも、どちらにも成り得る。そして前者の方が圧倒的に多い。
事実、あまり報道されていないが現在の地球ではプログレスを「世界を救う神の使い」として崇めたり、逆に「世界を滅ぼす元凶たり得る存在」として危険視する宗教団体などがいくらもある。
「ま、事実一回襲われてるしな。ノア、登下校ルートは毎日ちょっとずつずらすぞ。帯銃・帯刀も……忘れるなんて無いだろうが、怠るな」
「分かりました、マスター」
俺が念を押すとノアは確認するように、その特徴的な白の世界の服のスカートの裾からちらりとハンドガンを覗かせた。
「……でだな、この前裏山を散歩してたら、絶好の場所があったんだよ」
「何のだよ」
カトル・ローウェル。
黒の世界出身のαドライバー。俺の悪友。
「ほら、裏山の奥の方に、澄んだ湧き水の泉があるだろ?」
特徴といえば、青蘭学園の制服の上からはっきり分かる程に鍛え上げられた長身。
「……ああ」
「そこで、赤の世界の女の子が水浴びしてたんだよ!」
あと女好き。以上。
「……うん。で?」
「おいおいシン。ここまで話してそりゃ野暮ってもんだぜ? 行きたいんだろ? お前も」
言われてちょっと想像してみる。
森の奥、澄んだ泉で水浴びをしている妖精、あるいは天使の女の子。
木漏れ日に照らされて美しくきらめく、宝石のような白い肌。
その周りに跳ねる、ダイヤの粒のような水。
事実ならばとても絵になることだろう。
少なくとも、絵には。
「っはあ~。お前ってほんとに命知らずだよな。もし見つかったらエクシードでボコボコにされるのは分かってるだろうに」
問題は、その妖精の子には自然を超越した異能、エクシードがあることだ。
しくじれば命はない。
そして俺は勝てないケンカはしたくない。いや勝てる見込みがあってもいかがなものか。
「大丈夫。いつかプールでやらかしたような失態にはならねえ。今回は裏山に逃走用のバイクを隠してるんだ。見つかったらそれで二ケツで逃げればいい」
「すまんが俺はやめとく。後でバレて美海とソフィーナに殴られるのも嫌だしな」
「何だよつれねえなあ」
俺とカトルが同時に、しかし逆の意味でため息をついたときーーー
ドドドドドド……
廊下の方から音がした。
聞き覚えのあるこの音は、この教室に向かって何者かがダッシュしているときの足音だ。
俺は冷や汗をかく。
この音がしたときは、大抵はろくなことが起きないから。
バーン! と音を響かせて入ってきたのは、美海。しかも、何やら慌てた様子の。
「シンくん、大変だ!」
いちいち宣言しなくても様子で分かる。
またろくでもないトラブルを運んできたであろう美海は、教室の扉から俺の机の前まで一息で跳んできてーーー
「沙織ちゃんがーーー」
「?」
おおきな目をさらにまんまるに開いて、言った。
「沙 織 ち ゃ ん が 、 学 園 を 辞 め さ せ ら れ ち ゃ い そ う な の !」
誤字脱字、疑問、感想などありましたらお気軽にどうぞ。
読了、ありがとうございました。