アンジュ・ヴィエルジュ 〜知らば輝く青玉の瞳〜 作:二面サイコロ
「沙 織 ち ゃ ん が 、 学 園 を 辞 め さ せ ら れ ち ゃ い そ う な の !」
……は?
悲鳴にも似た美海の叫びに、俺は目を丸くした。
岸部沙織さんが、学校を辞めさせられる?
そうなのか。それはーーー
「そりゃあ大変だな。そしたら美海のエクシードが暴走したときに、ガードして校舎がぶっ飛ばないようにしてくれる奴がいなくなるじゃんか」
「冷たっ!! 真面目に聞いてよ!?」
「……冗談だよ。冗談だけど、俺達がそれを騒ぎ立ててどうすんだよ」
俺が冷静に返すと、美海はうぐ、と声を飲み込んだ。
ーーー岸部沙織さん。
思わずさん付けをしてしまうような、育ちの良いお上品な女の子。性格はおっとり優しく、美海の親友であり、学校内で度々つるんでいるのが目撃される。
身分制度が無くなって久しい日本であるが、上のごく数パーセントは未だにその例外にある。彼女はそういった良家……記憶によれば上級公務員、のお嬢様らしいが、自身の育ちを鼻にかけないので壁を感じず気軽に接することができるから、全く憎めないし嫉妬の対象にも不適切だ。
そんな彼女のエクシードは、リフレクターのようなものを張る防御。先に言ったように、美海のエクシードが暴走したときにガードしきれる程のハイレベルのものであるが、逆に攻撃には全く向かないようだ。これはどうやら彼女の「誰も傷つけたくない」という思いからきているものらしいので、エクシードの用法としては妥当なのだろう。
「と、とにかく! 本人のところに行って話を聞いて! さあさあ!」
俺の提案もそこそこに、がっしと俺の手をとる美海。
そのまま俺の返事も待たず、常人にはあり得ない程のスピードで俺を引きずりつつ走る。
「おい美海っ足浮いてる! 校舎内でエクシードを使うな!」
「足の裏に圧縮した空気を溜めることで走るようにホバー移動ができるんだよ!」
「原理の説明なんて聞いてねえええええええ!」
「さーおーりーちゃーぁーん!」
遠心力で俺を廊下の角の壁に叩きつけつつ急にターンした美海が、沙織さんを捕捉したらしく一直線に向かう。
「みっ美海さん!?」
最後に、驚くような沙織さんの声が聞こえて、直後。
べしんっ!!
俺と美海が、見えない壁のようなものに衝突して止まった。
目の前の壁と引きずられていた俺にサンドイッチされた美海が、ぎゅうと潰れたカエルのようにこもった悲鳴を上げる。自業自得だバカ。
「もう、美海さん! 校舎内でエクシードを使っては駄目と言ったでしょ! この前天井に穴を空けたばかりなのに!」
俺が首だけ起き上がってみて見ると、そこには両手を腰にあててぷんぷんと美海を叱る沙織さんがいた。
「沙織さんも、美海の扱いに恐ろしく手慣れてんなあ……」
まるで自由奔放な妹を叱るしっかり者の姉みたいだ。なぜこのふたりが親友なのか、甚だ疑問である。
ていうか校舎に穴空けたのかよ。美海は。
「あ、シンさんこんにちは。今日は美海さんにどんなトラブルを持ち込まれたのですか? 私が代わりに叱っておきますから、勘弁してあげて下さい」
次の瞬間、まるで別人のような穏やかな笑顔になって俺に挨拶する沙織さんだが……よく見るとこめかみの辺りがぴくぴくしており、それが逆にいいようもない恐怖感を与える。これがカーチャンを怒らせた息子娘の気分なのだろうか。
「いやそれはいい。言ってて悲しいけど、もう慣れた」
「慣れたのは私だけじゃなかったんですね……」
沙織さんと悲しみを共有し、同時にため息をつく。
「沙織ちゃん! シンくん連れてきたから、とりあえず話してみて! きっとシンくんならどうにかしてくれるから!」
さっきのダメージはどこへやら、跳ね起きた美海がムチャクチャなことを言う。
「無理いうな。……でも乗りかかった船だ。話してくれれば、第三者の客観的な意見をくれてやる。俺も御家云々で揉めたことがあってな。もしかすると、参考になるアドバイスができるかもしれない」
事実半分、ハッタリ半分なことを言いつつ、沙織さんに話すことを促す。
「そうですね。シンさんとはお友達ですし、何も話さずにいなくなるのもよくありませんよね」
沙織さんは、おおきな目を一回軽く瞬きし、それから語り始めた。
俺はその瞬間、沙織さんの目に、何も考えていないかのような無機質な光が宿ったように見えた。
それが起きたのは、先週末。
彼女は夕方、出かけた帰りだった。
そのとき、偶然。
ほんとに偶然。風紀委員とファントムの戦闘現場にでくわしてしまったのだ。
青蘭島に巣食う謎のプログレス犯罪組織、ファントム。
青蘭学園最強の治安維持組織、風紀委員。
これらが衝突したとなれば、それに偶然居合わせてしまった沙織さんは不運としか言いようがない。
ちなみに俺は、中等部三年の頃にあーだこーだあって、一般生徒でありながらファントムの存在を知っている。まあこの辺りの話はする機会があったらそのときにな。
彼女は幸いにも本格的に戦闘に巻き込まれることはなく、その場から逃げることができたらしい。
だが、いけなかったのはその先からだ。
彼女は逃走する際に足元の段差につまづいて転んでしまい、地面に打ち付けた左手を捻挫してしまった。
それを聞いたご両親がブチギレ。ブルーミングバトルが安全なものだというから青蘭学園に入るのを許したのだと、沙織さんを来年の春、進級と同時に一般高校に転校という形で戻そうとしているのだ。
「私も怪我をしたのは事実ですから、あまり強く反論できなくて……」
「なるほどなあ……」
少し悲しげに視線を伏せる沙織さんの左腕には、よく見れば袖から包帯が覗いていた。
来年の春の話じゃねえか。と、大げさな美海の額に全身全霊の
「……で、沙織さんは、どうしたいんだよ?」
「え?」
「どうしたいのか、と聞いたんだ。沙織さんはこの学園にいたいのか、それとも、懲りて一般高校に戻りたいのか」
そこではっと何かに気づいたような顔になる。
やっぱりだ。
「も、もちろん、この学園に残りたいです!」
「その意思を両親には伝えた?」
「は……はい。伝えました」
しゅんとまた視線を伏せる沙織さん。
これはマトモに言えなかったときの反応だな。分かりやすいひとだ。
代々続く良家の者は、往々にして沙織さんのような状態になる場合がある。
ろくに自身の意思を持たず、大人達が望む自分になろうとただそれだけになってしまうのだ。
俺……はちょっと違うかもだが、俺にもそういう時期があった。受け継いだ能力を遺憾なく使いこなし、平和のために戦える日が来ると、そう信じていた時期が。
そして、そのように生きることを俺は否定しない。大人達が望む自分を演じ続ければ、それだけで最高の環境が与えられるのだからいい商売だ。
もちろん彼女もこの学園でボーッとしていた訳ではあるまい。考えてみれば、俺が初めて会った当初よりも彼女は芯が強くなっている節がある。
だがまだまだ足りない。これでは連れ戻されて一般高校に入れられるのも時間の問題だろう。
「それでもダメって言われたんならしょうがないだろ。親が言うんなら、それに従うしかない。俺達はただの高校生だ。そんな大人の事情に首を突っ込める訳じゃない」
「……でも」
「それとも奨学金とって、親と縁切ってでもここに残るか? 個人的な意見を言えば、それはおすすめしないな。せっかくいい環境に生まれたんならそれは最大限に利用すべきだ」
「シンくん、言い過ぎだよ」
見かねたらしい美海が、俺に制止をかける。
「事実を言ったまでだよ。後は大人の事情と、沙織さん自身の意思が決めるんだ。どっちが強いか、な。考えろ。あと一年の間に」
適当に言い捨て、俺はさっさとその場を後にした。
ふたりの視線が背中に刺さったような気がしたが、呼び止められることはなかった。
(うーん。ちょっときつく言い過ぎたかもしれないな)
俺は帰路をたどりつつ、微妙に後悔する。
これでは沙織さんに白黒つけてもらうどころか、俺がただ責め立てただけみたいになってしまいそうだ。沙織さん、俺が責めたみたいに解釈して落ち込まなければいいけど。
だが、これくらいしか俺に言えることは無い。
無駄に大口叩いたとして、そしてそれが結果につながらなかったときに俺は責任をとることができないから。俺はそんな無責任な真似をしたくはないし、彼女だってそれを望んではいないだろう。
……後は、彼女次第だ。
そう、俺は沙織さんの内輪の問題に直接干渉はしない。ただ、彼女が決断をする手助けをするだけだ。
しかし沙織さんは繊細だ。俺が背中を押すその力加減を間違えれば、きっと彼女は折れる。そうなれば間違いなく、自身の意思を表明することもままならないまま一般高校に戻され、それからは籠の鳥のような人生を送るのだろう。
これは、ちょっと調べる必要があるな。彼女が今、どういった事情を抱えているのかを。
そのためには、まずはその調査方法から調査をしなくてはならないな。
俺は携帯を取り出し、協力を仰ぐために
……え? 何でそんなに必死になってるのかって?
そりゃもちろん、行ってほしくないからだよ。沙織さんが、一般高校に。
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読了、ありがとうございました。