アンジュ・ヴィエルジュ 〜知らば輝く青玉の瞳〜   作:二面サイコロ

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第十六弾 世界の闇

 「悪い、待たせたかな」

 

 「いえ、私もつい五分くらい前に来たばかりです」

 

 休日の街。

 俺と沙織さんは、その一角の広場で待ち合わせをしていた。

 

 五分前、か。

 ちいさな鞄を折り目正しく両手で持つ彼女の肩の下がり具合からして、その三倍は待ってと思われる。現在の時刻は待ち合わせの十五分前だから、彼女は三十分も前から待っていたことになる。

 相変わらず人が好いな。好すぎて心配になるレベルで。そんなことを言ってもしょうもないので気づかないフリをしておくけどさ。

 

 「そうか、ちょうど良かったな。んじゃ行こう」

 

 「はい」

 

 俺と沙織さんはふたりで並んで歩き、街を回ることにした。

 

 

 さて。

 なぜ俺がこんなことをしているのかというと。

 端的に言えば、沙織さんの身辺を調査するためである。

 調査……というより、先日は多くを語ってくれなかった沙織さんから、何かしらの情報を引き出すためなのだが。

 

 話は昨日に遡る。

 

 

 

 「ーーーという訳なんだ。沙織さんが抱えてる事情を少しでも引き出したいんだが、どうにかする方法はないかな」

 

 俺がことのあらましを告げると、目の前の彼女はよく似合う眼鏡の位置を少し直し、上等そうな大きな椅子の背もたれにふんぞり返った。

 ぐい。と白衣がかかった、割と大きな胸の形が強調される。

 

 「ーーーはてさて。なんでそのような話を私に持ち込んだのやら」

 

 「あんたならきちんと論理だてて話を進めてくれそうだからだ。美海は言わずもがな、ソフィーナに相談してもいらん誤解を招きそうだからな」

 

 「ふむ……」

 

 などと日本製のノートPCを傍に置いてから考え込んでいるのは……俺にノアを押し付けた犯人である、白の世界の研究者・Dr.ミハイルである。

 

 「自慢ではないが、私はそういった人間関係などについての話は疎いぞ? なので、これからする提案にはあまり価値がないかもしれない」

 

 「別にいいさ。それに、そういう人間の意見も参考になるもんだ」

 

 俺が振ると、

 

 「……まず、人から情報を引き出す手段は、おおよそふたつ存在する。脅すなどして強引に聞き出すか、あるいは向こうから話させるかだ」

 

 などと、割と理論立てて話してくれるミハイル。もしかすると、けっこう参考になること言ってくれるかもだ。

 

 「前者は論外。だとすると、必然的に後者になる訳だ。そして、人が悩み事などを話すとき、その相手は非常に信頼の置ける人物であることに違いはない」

 

 「つまり……俺が沙織さんにとって、信用の置ける人物になればいい訳だな。単純な話だが、簡単じゃないな、それは」

 

 「簡単じゃないが、幸いにも時間はそれなりにあるのだろう? それに、無理な話じゃないさ。例えば」

 

 「例えば?」

 

 「幸い、お前と沙織は男と女だ」

 

 お、男と……女?

 どうやら、俺の苦手分野の話が始まる予感だぞ。

 

 「女という生き物は、自分を大事に扱ってくれる男になびく傾向がある。これは生物学的にもある程度証明されていることだろう?」

 

 「はあ」

 

 「単純な仲間意識としての信頼を獲得するのには、非常に時間と手間、そして性格の相性さえ必要となる。しかし、そこに男女としての信頼関係を併用すれば話は変わる。仲間としてではなく男女として、一気に距離を縮めてしまおうということだ。キミは、沙織とデートをしたことはあるか」

 

 「デート? ある訳ないだろ、そんなの」

 

 「ならば、デートをしてやれ。そして、沙織を優しく、女扱いしてやることだ。こうすることで、一気に距離を縮めることができるだろう。人間としても、そして、男女としても」

 

 「優しく女扱い? 残念だが、俺は彼女なんていたことがないんだ。もっと具体的に教えてくれよ。どうすればいいんだ」

 

 自慢じゃないが、そこへんのことはイマイチ分からん。ソフィーナの私服を褒めたら頭突きされたことだってあるんだぜ。

 

 「そうだな……だいぶありがちな手法だが、贈り物でもしてやれ。女という生き物は、男から身につけるもの、例えば服やアクセサリーなどをもらうと一気に好意的になる。白の世界でもある習慣だが、青の世界(こっち)では男が女に結婚を申し込むときに指輪を贈る習慣があるのだろう? それほどに効果的なんだよ」

 

 「じゃあミハイル、あんたも嬉しいのか? 例えば俺が、服とかアクセサリーとかを買ってプレゼントしたら」

 

 女に効く方法なら、ミハイルにも効くのだろう。

 そう思った俺は、ちょうど一番すぐそこにいた女性、すなわちミハイルにそれを尋ねる。

 すると、

 

 「嬉しい? はて、自分でも考えたことがなかったな。どちらかというと私はプレゼントする側……いやなんでもない」

 

 なぜか一瞬だけちらりとそっぽを向いてから、よく分からんことを言い出す。

 

 「? まあいい、一応参考になったよ。ありがとう」

 

 「それはそうと、ノアの調子はどうだい」

 

 現在俺の部屋でルームシェア(同居? 居候?)している、白の世界のアンドロイド・ノア。

 俺には、彼女が暴走事故を起こした後に白の世界に送還されそうになったところを、Dr.ミハイルの研究に協力するという形ですんでの所で青蘭島にとどめたという記憶に新しい出来事がある。

 ノアはアンドロイドとはいえ、生体使用率が≒100%と、非常に高い。ロボットじみた性格はともかく、食事運動その他諸々が人間と同じなくらいだ。

 しかも彼女の精神の深部にはブラックボックスがあるらしく、それがまたよく分からない話なので注意して見ておく必要がある。

 

 「特に変わらず、だ。微妙に表情の変化があるかないかって感じだが、それ以上のことは起こらない。相変わらず地球のものには興味津々で、たまに苦労するけどな」

 

 「そうか。まあ何も無い、ということを良いと捉えるか悪いと捉えるか……」

 

 「いいに決まってんだろ。……とはいえ、このまま何も起こらず、なんて甘いことはないだろうな」

 

 というのも、ノアの生みの親は白の世界でも非常に高名だった博士・レアンドロ氏(ノアはプロフェッサーと呼んでいた)らしいのだ。

 だった、と言ったが、つまり彼はもうこの世にいない。死んだのだ。不慮の事故によって、行方不明という煮え切らない形で。

 そしてその博士の遺産が、今現在俺の部屋に居候し、天才しむら動物園を見て目を輝かせ、俺が与えてからすっかりハマってしまった風見屋のたい焼きの包み紙でなぜか折り鶴や風車を量産しているアンドロイド・ノアさんなのである。

 しかも彼女の持つブラックボックスがお目当てらしい、目的不明のプログレス武装組織・クォーテットとやらに目をつけられたようで、何回か襲撃を受け、それを俺達はなんとか退けたという忌まわしい出来事もある。

 

 つまり、ノアを守りたくば、俺は戦うという道を避けられないのだ。

 そして俺は現在、その道を避けるつもりはない。

 なぜ一般人志願の俺が死にかけて尚ノアに執着するのかは……分からないけどな。

 

 「ふむ……そっちの進展もないのかい?」

 

 「そっち?」

 

 意味不明な言葉に俺が眉をひそめると、ミハイルは「マジか」といわんばかりに肩をすくめる。

 何だよ。意味分かんねえ。

 

 「つまりだな。仮にもキミは十代の健全な男子で、突然同居することになった女の子はたいそうな美少女。しかも彼女はとても従順で、自分を守ってくれたキミを尊敬している。これで何も起こらないという方が不自然じゃないかね?」

 

 「よっぽどしばき倒されたいらしいな。よし、この前兄さんからパクった超音速斬撃の斬波がまだ未完成だから、試し撃ちさせろ」

 

 刀を抜こうと割とマジで背中をまさぐる俺に、ミハイルまた「マジか」といわんばかりに目を見開く。

 何だよ。度々意味分かんねえ。

 

 「うん……? ひょっとしてシン、キミは支配する側よりされたい側かい? だったらノアに入れ知恵しておいてやるが。安心しろ、キミがそういう嗜好を持った者とて、偏った目で見たりはしない」

 

 「それも違う。何だよその汚染された思考は。エロゲーのやりすぎじゃないか? それともラノベの読みすぎか?」

 

 俺は呆れ半分で、青の世界の日本人にしか通じなさそうな冗談を言うが……

 

 「……な、なんの話だい」

 

 その何気ない冗談に微妙にテンパったらしいミハイルが目を泳がせる。

 その視線の先を追うと……さっきまでいじっていた日本製のノートPCに、青の世界の専門書が詰まったラック?

 

 怪しい。

 

 「なあミハイル。ちょっと調べたいことがあるから、そのパソコン五分だけ貸してくれ」

 

 「……すまないが今は重い処理をしているから、自室に帰ってそれで調べた方が早いと思うぞ」

 

 「あ、そこのラックの専門書。ちょっと読みたいのがあるんだよな」

 

 「おい、ちょっーーー」

 

 俺はその専門書が詰まったラックに歩み寄り。

 ずるっ、とわざと足を滑らせ。

 

 がすんっ!

 

 ラックに向けて、全体重を乗せた頭突きを見舞った。

 バラバラと落ちてくる本を頭や肩にぶつけつつ、さらにその奥ーーー本に対して奥行きが長過ぎる、ラックの中を見ると……

 『デート・ア・ライブ』。『お兄ちゃんだけど愛さえあれば関係ないよねっ』。『バカとテストと召喚獣』。『インフィニット・ストラトス』……

 

 あるぞ。

 ありやがる。

 青の世界発の、そっち系のものが……!

 だが、こっちはまだいい。

 問題なのは、それと一緒に並んでいる、漫画よりいささか大きく分厚い箱。

 『白詰草物語』。『夏空カナタ』。『妹調教日記』。『レミニセンス』……

 

 素人の俺にも分かる。

 いわゆる、美少女を攻略してあれこれする、ギャルゲーの類いだ……!

 

 ゴゴゴゴゴゴ……

 

 という音が聞こえてきそうな殺気に、俺は反射的に振り返るとーーー

 

 「……お前は……見てはならないものを、見てしまったんだ。生きたままここを出られると思うな」

 

 じゃきっ。

 

 ミハイルが涙目でこちらにーーー白の世界製と思われる、ロケットランチャーっぽい巨大な筒をこちらに向けていた。どこに持ってたんだそんなゲテモノ!

 

 「おおおおいやめろミハイル! そのゲームは18禁だ! この前ノアから聞いたが、お前まだ17歳だろ!」

 

 「今まで何歳だと思っていたんだ! どちらにせよ生きて帰さん!」

 

 俺は慌ててーーーしかし、大型の得物を持つ者を相手にする近接戦におけるセオリー通り、逃げずにむしろ接近して、その身の丈ほどもあるロケランの近すぎて当たらない射程外に潜り込んだ。

 

 ロケランで俺を撃てないと判断したミハイルは、息をついてそれを床に放る。

 

 「ここでこれを撃ったら、そこの棚もパソコンも無事じゃないだろうしな……」

 

 あんた、俺の命よりそこのギャルゲーかよ。ま、そのおかげで撃たれずに済んだんだが。

 まさか人生で、ギャルゲーに命を救われる日が来るとは思わなかったが。ギャルゲー様々だこんちくしょう。

 

 しかし、Dr.ミハイル。

 専門馬鹿の美人若博士かと思いきや、こんねオタッキーな一面があるとは。

 世界の闇は深いぜ。

 




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