アンジュ・ヴィエルジュ 〜知らば輝く青玉の瞳〜   作:二面サイコロ

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第十七弾 鉄砲

 

 ……とまあ、後半はだいぶ蛇足になったが、つまりは。

 沙織さんから情報を引き出すために、行動を共にすることで信頼を獲得しようという訳だ。

 

 『戦に先駆け、仲間と兵糧を共にすべし』。

 

 実家にあった、カビの生えた巻物に書いてあった言葉である。

 沙織さんとはブルーミングバトル以外で戦仲間になったことはないが、とりあえずそれは置いといて。

 つまるところ、食事を共にすることは人間関係を良好にするにあたって大事な要素であるって訳だ。

 上手くいけば食事をきっかけに打ち解けて、これまで以上に良好な人間関係になれるかもしれない。

 そう思った俺は沙織さんを引き連れ、「沙織さん、ハンバーガーの食い方分かる?」と聞けば「シンさんは私を何者だと思ってるんですか…」という返事が頂けたので、そこへんにあったモスバーガーに入ってみる。

 

 ぶっちゃけ無意味だろうと思いつつも、申し訳程度の御機嫌取りに「今日はおごる。わざわざ付き合わせちゃったしな」と前置きして、ふたりでそれぞれのセットを注文する。

 

 注文して……

 して……。

 

 「…………」

 

 「…………」

 

 し、しまった。

 話題が、ねえ。

 そもそも俺には、女子と話す内容なんて持ってないんだった。

 

 どうでもいいツイッターの流行の情報をマシンガンのようにまくしたてる美海や、魔法のことについて語り出したら夜が明けるソフィーナ、無言でも全く気疲れしないノアは、俺にとって例外。美海とソフィーナは女性というより悪友、ノアは妹分みたいな感じだからだ。全員見た目はやたらいいけど。

 

 だが今目の前にいるのは、良家のお嬢様であり、眉目麗しくおしとやかな女性。ずっと避けていたせいで俺が苦手とする、女性相手のお付き合いが要求される。

 さ、さっそく裏目に出ちまったっ……!

 

 「……あのっ」

 

 すると、沈黙が気まずくなるかならないかのギリギリのタイミングで沙織さんが話しかけてきた。出来た人だなー。本当に。

 

 「シンさんの装備って、かかかっこいいですよね!」

 

 と思いきや、何言い出すんだこの方は。

 どうやら話題に困窮したせいで、こんな話を振ってきたらしいな。向こうも異性とふたりで話す話題なんか持ち合わせていないらしい。そこは好感……というか、微妙に連帯感が持てるよ。

 

 「かっこいい、か。確かに俺のSTI(拳銃)は現代的でかっこいいけど、実際のところデザインは二の次だ。威力、装弾数、スペア部品の流通。何より、理屈抜きの射手との相性。色々な要素が刻一刻と変わる戦場において、それらのアナログが組み合わさってできるのが射撃というもので……」

 

 ……って。

 危ねえ。変なことを聞いてくるもんで、ついカトルに話すようなノリで喋っちまった。

 

 「……ま、そんなことどうでもいいよな。あいにく異能が無い俺には、拳銃(これ)を振り回すしか芸がないし」

 

 とりあえず、せっかく沙織さんが気を遣って振ってくれた話だ。このままエクシードとかブルーミングバトルとかの話に逸らしてしまおう。

 と。

 

 「そんなことありません!」

 

 突然、沙織さんらしくない声が上がった。

 見れば沙織さんはテーブルに両手を突き、ちょっと椅子から腰を浮かせるようにしてこちらに乗り出している。

 その目は真剣で、俺が言ったことを真っ向から否定するような光を帯びていた。

 

 「あ……ご、ごめんなさい」

 

 それでも周りのにぎわいにかき消される程度の音量だったのだが、沙織さんはこちらがきょとんとしているのに気付き、小さく謝って再び椅子に腰を下ろす。

 

 「シンさんは異能がなくとも立派だと思います。この前シンさんがしばらく学校を休んでいたとき、心配になって美海さんに聞きました。シンさんはあのとき、ノアさんを守って大怪我をして入院していたって」

 

 ……あー。その話、沙織さんにしたのかよ、美海。

 話されて困ることではないが、ちょっと気恥ずかしいな。こうやって真っ向から褒められる事なんて、なかなかないし。

 

 「私、シンさんのことすごいと思います。そうやって、誰かを守るために自分の危険を顧みずに動くなんて、普通はできないことですから」

 

 誰かを守る、か。

 結果的にはそうとはいえ、命がけで犯罪者と戦うなんてまっぴら御免と言わんばかりに青蘭島に逃げ込んだ俺なんだから、この褒め言葉はちょっと心に痛いな。

 というか、沙織さんが言ったこと、ちょっとおかしくないか? なぜならーーー

 

 「でも、それなら沙織さんだって同じだろ? そのエクシード、皆を守るための力なんだから」

 

 沙織さんのエクシードは、人を守るために特化した、リフレクターなのだから。

 だが沙織さんは俺の指摘に小さく首を振った。

 艶やかな黒髪が擦れ、しゃらっ。と美しい音が騒がしい店内でもよく聞こえる。

 

 「確かにそうなのですが……最近、そうじゃないように思えてきたんです」

 

 「?」

 

 「ただ防御するだけなのと、誰かを守るというのは、違うように思うんです。誰かが怖い思いをしているとき、私には、その人を助けることができるか分からないんです」

 

 「贅沢な悩みじゃねーか。俺達みたいな弱い人間は、自分のことで精一杯なもんさ。それは俺も例外なんかじゃない。私見だが、青蘭学園はそういうことを考える場所でもあると思う。幸い時間はたっぷりあるんだから、それまでゆっくり……考え……」

 

 最後が尻すぼみになったのは、沙織さんが今年度一杯で青蘭学園を辞めさせられて一般高校へ転校させられてしまうかもしれないことを思い出したからだ。

 しかし言葉を探す俺をよそに、沙織さんはひとつ、呟いた。

 

 「私も、シンさんや白の世界の方みたいに鉄砲でも扱えれば、少しは違うんでしょうか……」

 

 ……なるほどな。

 沙織さんは、自分のエクシードに攻撃性のものが一切ないことを気にしているのか。

 だがこれについては、しっかり否定しておかないとな。

 

 「アホか。ブルーミングバトルでは、自分のエクシードで戦うのが原則だろ。俺みたいな例外はいるけどな。それに」

 

 俺は、ハンバーガーを食べる手が止まっていた沙織さんの右手をとり、手を開かせてやる。

 

 「こんな綺麗な手に拳銃なんて似合わないだろ。この細い指に拳銃ダコなんて、見たくないぞ」

 

 しかし見ればみるほど、本当に綺麗だよなー。沙織さんの手。

 傷跡ひとつもない、真っ白な手のひら。

 細くたおやかな指。

 それはとても柔らかく、俺の手ですっぽり隠れてしまいそうなほどに小さい。

 こんな、どの芸術品にもまさる手に、ナイフや拳銃なんてもってのほかだろう。

 

 「……は、はい…………」

 

 という、消え入りそうな声に、俺は我に返った。

 ふと見ると、俺は沙織さんの右手を割としっかり握ってしまっているではないか。

 

 「わ、悪い。今のは忘れてくれ」

 

 慌てて手を放す。

 しかし沙織さんは、僅かに顔を赤く染めながらも、小さく首を振った。

 

 「いえ……ありがとうございます」

 

 そして、ちょっと俯き加減になって俺を上目遣いで見て、続ける。

 

 「ノアさんがシンさんに惹かれる理由、ちょっと分かったかもしれません。男の人の手って、こんなに大きくて温かいんですね……」

 

 ……は?

 ノアが、俺に、引かれる?

 何言ってんだ。俺はむしろノアのことを妹分みたいに大事にしてるつもりだぞ。確かに会った初めのころ、食事のときウイダーみたいな栄養剤をイッキしてるノアにカルチャーショックでドン引きしたこともあったが。

 

 「よく分からんが、ノアは大事な仲間だ」

 

 発言の意図は分からなかったが……

 沙織さんの発言には少々意味不明な部分があったので、短く訂正しておく俺であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 モスバーガーを出て、再び街に出る。

 

 「どっか行くアテあるか?」

 

 と聞けば、

 

 「い、いえ……特には」

 

 と返すので、とりあえずゲーセンにでも入ってみた。

 防音ガラスの入り口をくぐると、様々なゲームの音声が入り交じった雑音がかまびすしく鼓膜を叩く。

 UFOキャッチャーの前で関数電卓らしきものを叩くアンドロイド。

 ドラム型音ゲーをプレイする黒ローブの魔女。

 無骨な真っ黒い拳銃型コントローラーを握ってはしゃぐ妖精達。

 いつ来てもシュールな光景には事欠かない、青蘭島のゲーセンである。

 

 そしたら……あるゲームが、俺の目に留まる。

 

 ーーー『Haunted Island ~幻影島へようこそ~』

 

 四畳間に収まりきらないくらいデカい機械のそれは、最新のホラーガンシューティングゲームらしい。

 前面180度の半円を描く大画面、全方位スピーカー、風、振動などを利用して臨場感を極限まで高めた、最早バーチャルゲームと言っても過言ではない代物だ。

 

 (これからはヤバい奴らとお手合わせする機会が増えるかもだしな……)

 

 こういうところで怖いものに慣れておくのもいいかもしれない。

 美海から聞いた限りじゃ、沙織さんはバケモノ系にめっぽう弱いらしいし。

 

 「沙織さん」

 

 「は、はい?」

 

 さっきまで楽しそうに周りを見ていたくせに、まるでそこに何もないかのようにスルーを決め込もうとしていた沙織さんを呼び止め、

 

 「これ、入るぞ」

 

 グラフィックやリアリティにこだわりすぎたせいで相対的にB級臭が拭えない題名が書かれた看板を指差し、進言する。

 すると沙織さんは、おっとりとした目に恐怖を滲ませ、半歩後ずさる。

 

 「え、あ、いや、その、でも……」

 

 「ガンシューティングは初めてか? 別に下手でもいいんだぞ、こんなゲーム」

 

 「こ、こういうのは、前に美海さんと来たときに兵隊さんが出てくるのをしたことはありますが……」

 

 「んじゃ大丈夫だろ。似た様なもんさ」

 

 と、逃げ腰の沙織さんを半ば強引に機械の中に引っ張ってゆく。

 沙織さんはバケモノが苦手そうだからな。彼女が知ってるのかどうかは分からないが、黒の世界のモンスターはガチでモンスターなんだぞ。一トンはくだらないクマとか、大型犬くらいある巨大オオカミとか、モンハンに出てきそうな地竜とか。

 とりあえずこれで予行演習でもしておけ。世界の滅びに向けて、な。

 

 

 

 硬貨を投入し、俺のSTIの原型であるガバメントと、厨二と名高いデザートイーグルをチャンポンしたようなデザインのガンコントローラーを手に取る。

 

 オープニングもそこそこに、本編へと突入すると……

 おどろおどろしいBGMと共に、薄暗いホテルの廊下? から話が始まった。どうやら観光地の島がまるまるバケモノの巣窟だったという設定らしい。

 

 「し、シンさん、あれ」

 

 沙織さんが震える銃で指したそこには、人型の何かーーーというより、明らかな死体が転がっていた。

 

 「し、ししし死体が……」

 

 「まあ基本はゾンビゲーだからな。あれ、沙織さんが撃ってよ」

 

 「し、死体を撃つなんてそんな失礼なこと!」

 

 「いやイベントだろ。あれはゾンビで、撃たないと進まない感じの奴だって」

 

 「でででででもっ! もし生きてたら」

 

 「んなわけないだろ。ほら、もし襲ってきたら俺が盾になるから」

 

 俺の後ろでおびえた子猫みたいに縮こまる沙織さんの銃を掴み、画面へと向けさせる。考えてみれば、兆が一のことがあっても彼女のエクシードなら大丈夫なはずなのだが、そんなことには気が回らないらしい。

 仕方ないので、沙織さんの細い人差し指を上から指相撲みたいに押さえて強引に発砲させる。

 パァン、と乾いた音と共に電波による不可視の銃弾が放たれ、倒れ伏したゾンビの背中に命中する。

 

 『グアアァァ……』

 

 やっぱりだ。

 ほらな、と背後の沙織さんに振り返るとーーー

 

 「いっやあああああああああぁぁぁぁぁ!!」

 

 彼女はおっとりしたふたえの目をまんまるに見開き絶叫していた。すげえ。マンガみたいに髪が逆立って見える。

 そして、実銃より軽いガンコンとはいえ、俺も目を見張るほどの早さで銃を構え直しーーー

 

 ぱぱぱん!

 

 連続でトリガーを引き絞った銃から放たれた仮想の銃弾が、ゾンビの額、喉、胸にそれぞれ直撃した。

 す、すげえな。割と上手いじゃんか。

 ……いや、これは上手いなんてレベルじゃないぞ。俺でも撃たない、当たれば即致命傷(フェイタル)な場所に寸分違わず命中してる。

 そういえば……沙織さんは良家のお嬢様とかいったな。今の射撃の腕と併せて考えると、ひょっとしてヤのつく自由業のとこのお嬢様とか……?

 

 ゾンビや虫っぽいバケモノなどを悲鳴をあげつつも全てヘッドショットで仕留めていく沙織さんを見て、俺はヤバい人に干渉してしまったのではないかと背中に冷たいものを感じるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 「なんだか異様に疲れた気がします……」

 

 「あはは……」

 

 そして夕方。

 俺と沙織さんは並んで歩き、彼女の自宅があるらしい方向へと向かっていた。

 時間としちゃまだ早いが、あんまり遅くまで連れ回すのはよくないだろう。彼女にも、俺の保全上にも。

 結局あれから勢いづいてしまった俺は、沙織さんをあっちやこっちやと美海(アホ)みたいに連れ回してしまったのである。

 

 「最近のゲームってあんなにリアルなんですね……」

 

 沙織さんがほとんど反射だけでヘッドショットを量産し、なんだかんだで百円でいいとこまで続いてしまったゲームのことを思い出す。

 ひょっとしたら沙織さん、射撃の才能があるんじゃないだろうか。

 

 「俺も途中からけっこう怖かったな。こう、半魚人みたいなのがウワーってーーー」

 

 「お、思い出したくないです……」

 

 耳を塞いでいやいやと首を振る沙織さん。沙織さんは普通の女の子っぽくてからかい甲斐があるな。からかわれている事に気づかないノアや、からかうと漏れなく鉄拳が返ってくるソフィーナや美海と違って。

 金持ちであることを除けば、俺の身の回りで最も普通かもしれない。

 

 「悪い悪い。アクセサリーなんかも買ってあげたんだから、勘弁してくれよ。大してイイモンじゃないけどな」

 

 と俺が示した沙織さんの手首には、Dr.ミハイルのアドバイスに則って俺が買ってプレゼントした、ブレスレットが嵌っている。やっぱり、沙織さんの手には銃なんかよりこっちの方が似合っているよ。

 しかし……高いんだな、ブレスレットって。金属製のチェーンなんて一メートル1000円でアマゾンで売ってんじゃん。

 

 「……もう。ひとの好意って、見返りが伴うと途端に価値が薄くなるんですね」

 

 

 「今更知ったのかよ?」

 

 あははと笑い、どうでもよい雑談なんかをしつつ歩く。

 

 この辺りは……ちょうど都市エリアのはずれ、開発が今現在も進んでいる場所だな。

 

 ふと見れば、解体途中の古びたビルがそこに鎮座していた。夕方になったから引き上げたのだろう、誰もいない。

 壁にはところどころ穴があけられ、本来はもういくらか高かったであろうビルの上がごっそりと無くなっている。

 

 「見ろよあれ。青蘭島じゃ、ビルの解体とかまでバイトのプログレスがやる場合があるらしいぞ」

 

 俺が指差したビルのコンクリートの断面は、明らかにクレーンや鉄球でぶっ壊されたようなそれじゃない。恐らく、超鋭利な刃物かビームで削ぎ落としたものだ。

 

 「わあ、ほんとですね」

 

 「つくづく変な島だよ、ここは」

 

 俺が右手をブレザーの内側に腕を突っ込みつつ苦笑すると、沙織さんは僅かに俯く。

 

 「……ビルなんて、建てるのには何ヶ月もかかるのに。壊すのはほんの数日もかからないんですね。笑っちゃいます」

 

 「何が笑えるのか知らないが……どうやらさっきの、俺の間違い」

 

 「え?」

 

 「ビルの解体のバイト以外の奴が紛れ込んでる。らしくて……なっ」

 

 俺は沙織さんに、さりげなく友達にやるような肘鉄を、しかし確実に沙織さんを押すようにして一歩、二歩と後退させるとーーー

 

 ビシビシッ!

 

 次の瞬間、沙織さんが今まで居た空間をビームが貫き、アスファルトの地面に穴を空けた。

 瞬時に真っ赤に灼けたアスファルトから嫌な臭いが漂ってくる。

 

 ーーーやっぱりかーーー

 

 間違えるはずもない。

 何の変哲もない、青蘭学園の制服。

 しかしその顔を隠すのは、黒地に紫の線が走った仮面。

 

 風紀委員の仇敵にして、俺にも沙織さんにも個人的な因縁があるそいつらはーーー

 

 

 ーーーファントム、だったのだ。

 




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