アンジュ・ヴィエルジュ 〜知らば輝く青玉の瞳〜   作:二面サイコロ

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第十八弾 彼の専門外の攻防

 

 「その……本当に、すみませんでしたっ」

 

 その翌日。

 そこにあったのは、困惑顔の俺と、相変わらず無表情のノアと……

 いっぱいいっぱいに頭を下げている沙織さんだった。

 それに対し俺は、

 

 「いやあれはほとんど俺が自滅しに行ったようなもんだし……」

 

 などとしどろもどろの返答を返す。

 昨日のファントムとの遭遇。

 あのとき俺はすぐさまHCモードになってしまい、戦闘力にあまり期待ができない沙織さんを差し置いて突撃、大立ち回りを演じてしまったのだ。

 

 「でも、私のエクシードがあればふたりで怪我をせずに逃げられたかもしれないのに……」

 

 「沙織さんのエクシードは(パーティ)に遊撃役があってはじめて成り立つものだろ。防御一辺倒じゃあいずれ押し切られて、俺どころか沙織さんまでやられてたかもしれないしな」

 

 いやいやと振る俺の右手には、包帯がグルグル巻きになっている。

 昨日のファントムとの戦闘時に、蹴りを食らった右手首が脱臼してしまったのだ。

 殴り合いをした後に、やたら痛かったので病院に行ったらこのザマだ。さすがに東雲家の関節整復術ではめ直しても、数日は大事をとって包帯で保護しておくべきだと考えて現在に至る。

 実際の被害はこの右手だけだ。これで沙織さんが怪我せず逃げられたというのなら十分及第点だろう。廃ビルの壁を崩落させて(物故して)ファントムを閉じ込め、風紀委員にも無事に引き渡したし。

 

 「まあそんなわけだからアレだ。あんまり気にするなって」

 

 「でも!」

 

 俺がこれだけ言ってるのにそれでも涙目で食い下がる沙織さん。何かお詫びでもさせてくれないと不満足らしい。

 比べるのは失礼かもしれないが、この人ノアの次くらいに天使かもしれない。いっつも俺に殴る蹴るしてる美海やソフィーナに爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいな。というか飲め。

 

 「あー……じゃあ、ひとつお願いがある」

 

 これ以上謝られるのも気まずいので、俺はある提案をしてみる。

 

 「な、何でしょうか!?」

 

 ずずいっと顔を近づけてくる沙織さんから上品な甘い良い香りがして、俺は思わず拳銃を突きつけられたときのように仰け反ってしまいながらも続ける。

 

 「手首が動かないと字が書きにくいだろうから、治るまでは授業のノートをコピーさせてくれ。それでイーブンにするから」

 

 「はい。せめてそれくらいはさせて下さい」

 

 微妙に付け込む感じになってしまったが、これで授業の心配は要らなさそうだ。

 これで授業中に合法的にノートをサボれる。やったぜ。

 微妙に泣きそうになっている沙織さんに困惑しつつも、俺はそんなことを考えた。

 

 

 

 

 

 ……と、頼んだはずなのに。

 

 「シンさん、あーんしてください」

 

 なんでこうなった。

 ずいっと目の前に突き出される箸。

 

 「あのさ沙織さん。俺は食事の世話をしろとは頼んだ覚えがないんだけど……」

 

 「私のせいで右手が使えないんですから、これくらいは当然です」

 

 昼休み、学食にて。

 俺はなぜか沙織さんに「はい、あーん」を迫られていた。

 まず前提として、彼女は男が少々苦手である。ので、普段から昼食で同席したときも俺やカトルの隣に座ることはなく、それを疑問に思う者もいなかった。

 それなのに今日はなぜか俺の隣に座ってきた……と思いきや、これだ。

 

 「いや左手があるし」

 

 「ダメです! こぼしたりしたらいけませんし、そしたら制服も駄目になってしまいますから」

 

 頑として聞かない沙織さん。普段は物腰が柔らかくともこういうときの責任感は強い方らしい。これは一般的な視線から見れば非常に良いことなのだろう。

 一般的には。

 俺としては、周囲の視線が痛いからやめてほしいんだけどな。事情を説明でもするかのように包帯が露出した右手をテーブルの上に置いてみるも、それも気休めにもならない。

 

 観念した俺は周りを見回し、美海とソフィーナとカトルの突き刺さる視線以外に問題がありそうなモノがないことを確認してーーーさっ。

 沙織さんが持つ箸から奪い取るように、その上に載せられた白飯を食べる。

 

 「沙織さん。先ほどからあなたの行動にはいささか目に余るものがあります。マスターが負傷したのなら、そのお世話はマスターのアンドロイドである私がするべきです」

 

 沙織さんのようにゆったりとした、しかし沙織さんの落ち着き払ったそれとは違うただただ抑揚の無い声がして、沙織さんとは逆の隣に振り返るとーーーげっ。

 ノアがこちらをガン見している。どうやら小柄で無口なせいで気配が希薄になっていたらしい。視線に気づかなかった。

 

 「お、おいノア。沙織さんは善意でやってくれてるんだから、あんまり睨むなよ」

 

 俺がノアをなだめるも、

 

 「私に『睨む』という動作はありません。マスターがそう思っているだけではありませんか」

 

 きろり。

 無表情なノアの、しかしやたら鋭い気がする眼光が俺と沙織さんを串刺しにする。

 睨んでるじゃねーか。

 

 「ともかく」

 

 ぐさり。

 ノアが逆手に持ったフォークを、目の前のハンバーグに突き刺す。

 そしてそれを、俺に向かって突き出してきた。

 

 「マスターの食事の世話は私が致しますので。沙織さんはご自分の食事を優先なさって下さい」

 

 あー……そういや、どっかで聞いたことがあるぞ。

 主人に仕えるアンドロイドは、プログラム(という表現は白の世界的には不適切だろう)やロボット三原則(という以下略)にでも違反しない限りは基本的には主人に絶対忠誠である。

 しかしそれゆえ、主人に見放されたり他の誰かが主人にべったりだと、そのアンドロイドは悲しんだり嫉妬する場合もあると聞く。

 俺とノアは主従関係って訳ではないが、ノアにもそういった傾向があるのかもしれない。一度「マスターって呼ぶのやめろ」と言ったが断られたし。

 

 とりあえず、ノアをなだめるためには沙織さんに退いてもらうしかない。そもそも俺の世話なんかしてたら沙織さんが食事をする暇が無くなるだろう。

 

 「……あー、すまんが沙織さん。俺はノアに食べさせてもらうから、心配しないでくれ」

 

 「シンさんがそうおっしゃるなら……」

 

 言ってから気づいたが、それ以前に俺には左手があるじゃんか。右利きとはいえ、二丁拳銃振り回すくらいなんだから左手も使えるのに。

 

 まあしょうがないか。今更言うにはタイミングが悪すぎる。

 

 それに、ノアに食べさせてもらうのもなかなかいいもんだ。ノアが箸を使えるようになるまで世話してた頃を思い出すぜ。

 

 ま、立場は逆だけどな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 (ふう……なんだか今日はやたら疲れた気がするぞ)

 

 そして夜。

 ウザいくらいに俺の世話をしたがるノアを適当に買い物に行かせ、ひとりになった俺は今、日本人の魂ともいえるであろう毎日の儀式を消化している。

 早い話がただの風呂だ。

 しかし、だたの風呂、されど風呂。

 風呂はいいんだぞ。お湯に浸かることで全身の筋肉の凝りをほぐし、体感重量の減少により全身の筋肉を休ませ、さらにそれらを制御・管理する神経にまでも休息を与える。特にHCモードになるとリミッターが外れて全身の神経に負担がかかるので、戦闘するにもうってつけの休息法なのだ。

 

 心地よい浮遊感のなかで熱気に全身の筋肉がほぐれ、普段より異様に重い気がする疲れが取り除かれる。体が軽くなり、眠ってしまいたくなる。

 

 (しかし……こいつはだいぶ不便だよな……)

 

 俺が気にしているのは、ギプスによって固定されている右手首のことだ。

 骨が折れた訳じゃないから吊ってはいないのだが、それでも右手が固定されて使えないのは想像以上に不便だった。これだけでも不便なのに、骨が折れて腕を吊るハメになっていたらどうなっていたことか。もしかすると風呂すら満足に入れなかったかもしれない。自分の耐久力に感謝するしかないな。

 

 (いや待てよ……そもそもこの耐久力は殴る蹴るが日常茶飯事だからついたものだし、それに感謝するのもおかしい話か)

 

 なんとなく気分が落ち着き、くだらないことを考えてひとりで失笑する。やっぱ風呂ってイイモンだな。

 

 がちゃり。

 

 そんなことをしていると、玄関の方で扉の音がした。

 ノアが帰ってきたのだろう。割と早かったな。

 荷物を持ったままなのか、ちょっといつもより重い気がする足音を響かせ……がらりら。洗面所の扉が開く音。

 

 「ノアか。俺の分のコーラも冷蔵庫に入れといてくれ。後で飲む」

 

 曇りガラスの向こうの人影はそれに答えず、

 

 「し、シンさん……?」

 

 は?

 こ、この声は……

 

 「沙織さん!?」

 

 曇りガラスの向こうで衣擦れの音がして、見ればその人影は制服の黒と青のブレザーを脱ぎ、ネクタイを外しているぞ。

 そしてーーー

 

 「し、失礼しますっ」

 

 がちゃり。

 は、入って……来ちゃったよ……! 沙織さんが……!

 

 「お、おいっ!?」

 

 ずるっ、ばしゃ。

 

 つい立ち上がりそうになってしまった俺は、むしろ勢いで滑って湯船に逆戻りしたのをいいことに浴槽に深く身を沈めて体を隠す。

 

 「な、何で沙織さんがいるんだよ!」

 

 「えっと……調べてみたら、腕が使えなくて最も困るのは入浴のときだとありましたので……」

 

 モジモジと手に持っていたタオルで顔の下半分を隠す沙織さん。恥ずかしがるくらいだったら初めからこっち見んな。

 

 「ですので、私がシンさんの体を洗いますぅーーっ!」

 

 風呂の熱気にあてられたのか、あるいはそれ以上に顔を赤くした沙織さんが半ば錯乱気味に叫ぶ。

 

 「何でそうなるんだよ!」

 

 制服の薄いブラウスと短いスカートのみとなった沙織さんを見て一瞬ヘンな想像をしかけた俺は、頭をブンブンと振ってそれを頭から追い出す。

 あいにくとノアは不在、というより俺が追い出したので、この状況を打破してくれるのは俺しかいない。

 

 俺は戦闘能力的には隙だらけの沙織さんに悟られぬよう、慎重に左腕で風呂のフタを引き寄せーーー

 

 パアァン!

 

 風呂のフタと左手を打ち合わせる。

 これは東雲家に伝わる炸気筒(さっきづつ)という技で、縦に丸めた指を銃身のようにし、指向性を持たせた音の弾を発射する技だ。今回は右手が使えないので、代わりに風呂のフタを使う変則技だが。

 いわば猫だましの上位互換。紙切れを飛ばす程度の威力しかないが、適切なタイミングで人の顔面に発射すれば少なくともコンマ数秒の行動不能(スタン)が狙える技だ。

 

 「きゃっ!?」

 

 もちろんそれを見破れる沙織さんではなく、ビビって目を閉じている。

 その隙に活路を見いだしーーー

 

 (ーーー抜足(ばった)!)

 

 沙織さんの肩の上から半開きの扉をくぐるルートで飛び上がる。

 こちらも同じく東雲家の技・抜足(ばった)

 本来人間や猫などの一部の生き物は、頭が通るくらいの隙間があればよほど太っていない限りは抜けることができる。それを応用し、ジャンプ中に体をよじって隙間を突破するのがこの技だ。

 敵の火線をくぐり抜けたり森などで木々の隙間を枝から枝へと飛び移ったりと、非常に三次元的な応用の利く技ではある。まさか「膝を抱えて体を捻りつつ、沙織さんの肩を超えて風呂場の扉を抜ける」というイミフな応用のしかたをするとは夢にも思わなかったが。この技を開発したご先祖さん、今の俺を見たら泣くかもな。

 

 そして脱出すればやるべきことはただ一つ。

 タオルと服を手にとり足音を殺して洗面所を抜ける。ギプスのせいでやりにくいが服を着つつ自室へ避難だ。

 

 沙織さんめ。戦闘能力が皆無に見えて、実は俺に東雲家の技を一度にふたつも使わせるほどのやり手とは。

 彼女も俺的・用注意人物リストに入れといた方がいいかもしれないな。

 

 

 

 その後Tシャツとジャージを着たところで……俺はさっき防衛線を突破した沙織さんがいる洗面所の方から、うんともすんとも音がしないのに気づく。

 不審に思って向かってみると、

 

 「沙織さ……ーー!」

 

 「はうぅぅ……」

 

 なんと沙織さんは、風呂場に一歩入ったところで目を回してへたり込んでしまっていた。

 どうやら俺の炸気筒を食らったせいで行動不能(スタン)を通り越して朦朧状態になって(ピヨって)しまっているぞ。

 

 「おーい沙織さん? 生きてるかー?」

 

 「うぅぅ……」

 

 肩を揺すってみるも、俺のことを認識できていないらしい。気絶まではいってないが、それに近い状態だ。

 

 放置するのはさすがにアレなのでとりあえず風呂場から運び出そうとするが、そこで、俺は今の沙織さんに下手に触れないことに気づく。

 元々湿気が多い風呂場でへたり込んだ上に、俺が跳ね上げた水を被ってしまったのか……

 沙織さんの制服のブラウスが、透けてしまっているのだ。

 

 濡れて肌に張り付いてしまったブラウスの胸のあたりに、白地に今風のパステルカラーの刺繍が施された下着が丸見えだ。

 お、落ち着け俺……! 下着が何だ。毎日ノアのを洗濯してるじゃないか。あんなものただの布だろ。

 思えば思うほど、その透けたブラウスの向こうに見えるパステルカラーの下着が脳内に焼き付けられる気さえする。

 おかしいだろ。ブラウスがある方がいやらしく見えるなんて……!

 

 そこまで考えた俺は慌てて目を逸らすもーーーうぐっ!?

 次は、かなりキワドいところまでずり上がってしまったスカートが目に飛び込んできた。

 弱々しい感じに白いふとももは、決して太いという訳ではないのだが……なんというか、とても柔らかそうだ。

 蹴り技など今まで生きてきて一回もしたことがないのであろう、彼女のふとももの肌はとてもきめ細やかでむっちりとしており、筋肉と脂肪の割合が俺みたいなのとは全然違うようだ。

 

 俺はそれからも慌てて目を逸らしておく。

 そ、そうだ。さっき沙織さんが脱いでたブレザーがあるじゃんか。とりあえずそれを着せよう。

 俺はできるだけ沙織さんを見ないようにしつつ洗面所からリビングへと運び、洗面所からとってきたブレザーを被せーーー

 

 「マスター、ただいま帰りました」

 

 がちゃ。

 

 ドアの開く音。

 

 ……。

 …………。

 …………ノア?

 

 最悪のタイミングで帰ってきたノアが、持っていたビニール袋を取り落とす。

 中から出てきたコーラの缶が転がり、俺の足にぶつかった。

 

 えーっと、とりあえずまとめてみると、ノアの視線から見た出来事は……

 ・朦朧としてぐったりしている沙織さん。

 ・その制服は半脱ぎになっており。

 ・傍らには、彼女のものとおぼしき制服を持っている俺。

 

 「……マスター。ただいま帰りました」

 

 何も言わないノアが怖い。

 

 「お、おかえりノア」

 

 「申し訳ありません」

 

 「……へ?」

 

 静かに言ったノアの特徴的な服、スカートと上着の裾からーーーどん、がっしゃん!

 白の世界の科学兵装、その拳銃と中型の剣が落ちて、ガチャガチャチャ!

 それらを組み合わせロボットアニメみたいに変形させると、そこには一挺の自動小銃(アサルトライフル)が組み上がった。

 

 「青の世界には『神罰代行』という言葉があるそうです」

 

 「お、おう」

 

 「私のようなアンドロイドのはしくれがそのような大それた事を行うこと、全国の宗教信仰者にお詫び申し上げたいと思います」

 

 「……」

 

 「マスター」

 

 「はい」

 

 なぜか敬語になってしまった俺をーーー

 

 「お覚悟をっ」

 

 バリバリバリバリバリバリバリ!

 

 の、ノアが銃撃してきた! お前、アンドロイド三原則はどうした!

 しかも怖えっ! 眉一つ動かさずに撃ってくるから!

 

 ノアが乱射した、しかし器用に沙織さんを避けて通った弾が俺の足元を抉り、俺は飛び上がる。

 待てよ、今俺は防弾製の制服どころか、単なるTシャツ一枚なんだぞ!

 

 バリバリ! バリバリ!

 

 「このような! 犯罪行為に及ぶのは! マスターのアンドロイドとして! 看過できない! 事態です!」

 

 バリバリ! バリバリバリ!

 

 「待てノア! 話せば分かる!」

 

 戦闘、というよりは驚愕と恐怖の方が大きかった俺は、HCモードになって優しくノアを組み伏せることもできずーーー

 ノアのライフルがエネルギー切れになって動かなくなるまでひたすら避け続けた。

 

 ちなみにエネルギーが切れたら次は白の世界製の化学剣を振り回し始めたのだが、発砲音に起こされた沙織さんがノアを説得したおかげで、ノアはなんとか矛ーーーというより剣と銃を収めるのであった。

 

 今日は厄日だぜ。

 

 しかし……ノアの奴。

 無表情なのは置いといて、一応マスターってことになっている俺を一方的に銃撃するなど、以前より人間臭くなってないか? 美海とソフィーナのバイオレンス癖が移ったのだとしたら、早急に美海とソフィーナのお茶に沙織さんの爪を混入させなければなるまい。

 




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