アンジュ・ヴィエルジュ 〜知らば輝く青玉の瞳〜 作:二面サイコロ
「はあ……」
昼休み。
俺はひとり、机に肘をついて溜息をつく。
結局、Dr.ミハイルプロデュースの「沙織さんと仲良くなって色々相談されちゃおうぜ作戦(仮)」は失敗に終わった。
というかなんで成功すると思ったんだ。アホすぎだろ、俺。
しかも、先日のトラブル……あー、アレだ。アレがあーなったトラブルだ。の後で、俺はなんだか沙織さんに話しかけにくくなってしまっている。
もちろん向こうは気にしていない……どころか気づいていたかすら怪しいのだが、だからと言って俺が完全に気にしないという訳にもいかない。これは、女性に耐性のない俺が悪い。
しかも俺が沙織さんに話しかけようとすると、ノアがなぜか睨んでくる気がするんだよな。何気に。本人は認めてないけど。
などと、ノアの微妙な表情の変化に気づけるようになっていたことを喜びつつ、もう一度溜息をつく。
そのせいで、気づくのが遅れてしまった。
俺の背後に、不意打ちを仕掛けようとする影が迫っていることを。
「ーーーわっ!」
耳元でかけられた声に、全身の神経が一瞬にして警告を鳴らす。
(ーーーっ!)
こういう咄嗟の場合、大概の人間は思考より先に体が動くことだろう。悲鳴をあげたり、飛び上がったりなど。
俺もその例外ではない。
ただ、その反射が、昔っから何百回も叩き込まれた防衛のための動作であっただけなのだ。
バンッ!!
座ったままの姿勢からの後ろ蹴りで、俺への不意打ちを目論んでいた何者かに向かって椅子を跳ね上げる。
さらにその場で小さくジャンプし、半回転しつつの二連蹴りを叩き込むーーー
ーーーひゅひゅっ!
と、俺の蹴りが空を切った。
見ればその人物は、俺の蹴りを初めから予期していたかのように、当たり前に回避している。
たたん、と着地した俺はひとつ鼻を鳴らし、俺の蹴りの風圧に前髪とツインテール、それにスカートを揺らす彼女に向かって言う。
「びびらせんなよ、美海」
俺が青蘭学園に来てからずっとの縁、日向美海。
リゼリッタのそれと比べれば桁がひとつ小さいが、こいつもけっこうお茶目なんだよな。今みたいに。
それが彼女のいいところだと言えばそれまでだが、もうちょいなんとかなんねえのかな、このガキっぽさ。ソフィーナといい、こいつといい。ソフィーナにはガキって言ったら太平洋に叩き込まれるから、からかうときしか言わないが。
「恐ろしく速い蹴り。私じゃなきゃ見逃しちゃうね」
団長の手刀を見逃さなかった人か、お前は。
「懲りねえなあお前も。昔同じことやって、俺に蹴られて窓から転落したの忘れたのか」
「私は飛べるから、落ちちゃっても大丈夫だもーん」
俺は飛べないが、しばし美海の機嫌を損ねて窓から吹き飛ばされてますけどね!
などと思いつつ、俺は自分やプログレス達のぶっ飛びっぷりにげんなりする。
プログレスはエクシードに目覚めると、それに伴って身体能力が強化されたり、あるいは第六感のようなものが芽生えたりする場合がある。
これは、身体能力は凡人の奴が風を操ってびゅんびゅん飛んでいたら、全身にGがかかってゲロ祭りどころの騒ぎではないことから、ある程度想像がつくかもしれない。
俺が青蘭学園中等部に転入した初めのころ、美海に同じことをされて反射的に(通常モードの)本気蹴りを食らわせて窓から転落させたことがあるが、美海は蹴られたおでこをちょっと赤くしただけでピンピンしてたし。他にも俺が知っている範囲では、料理部部長の天井苺先輩は異能に目覚めてから、目を閉じて鼻をつまんでいても食材の良し悪し分かるようになったらしい。
さらに、プログレスの中には異能の影響によるものか、瞳や髪の色が変わる場合もちらほらある。
純日本人であるはずの美海も、本来なら鳶色だったであろう瞳は注視すれば深海色をしているのが分かるし、遠山キャロルなどに至っては(名前からして純日本人ではないのかもしれないが)緑がかった瞳と髪色をしている。
異世界出身者のカラフルな髪やら目やらを見ると、いちいちそんなことじゃ驚かなくなるけどな。
そんなプログレスを世界中から探す手段として、青の世界で真っ先に上がったのがーーーネット全盛期であることを利用した、SNSなどによる呼びかけと調査だ。
特に、気軽に画像などをアップロードできるツイッターは、その手段の最たるものと聞く。明らかに常人ではない能力を発揮したとか、髪の色が変わったとか、そういった情報をキャッチするのにとても安定した情報源らしい。
ま、これはケータイと
俺は半回転したせいで真後ろになった机に丁度良いので腰掛けつつ、「おー、キレイに刺さってるー」と、俺が跳ね上げたせいで天井に刺さってしまった椅子に飛びついて、引っこ抜こうと脚をジタバタしている美海を見上げる。
見上げて……すぐに床に視線を落とした。
なんで美海はこう、良くも悪くもガキっぽいかな。
あんなに短いスカートで天井にぶら下がったりするから、その、見えちまいそうだぞ。黒いニーソに包まれた、健康的に白くて細長いふとももの、奥が。
(今度さりげなく、スパッツでも履くように促してみるか……)
そう思って、机から立ち上がろうとした俺の首筋から後頭部にかけてーーーごすっっっ!
何だか重たくて、ちょっと柔らかいものが落っこちてきた。痛え!
「ぐえっ!」
潰れた声をあげて顔面から床に突っ込んだ俺は、すぐさま俺の頭の上に乗っかってるものを押しのけて起き上がる。
何が落っこちてきたのかは見当がついていたが……
「
どうやら俺は、天井に刺さった椅子が抜けてそれごと落っこちてきた美海の下敷きになったらしい。丁度椅子になる形で、美海のオシリに敷かれて。
顔面を地面に強打したせいで出てきた鼻血を手の甲で拭いつつ、美海から椅子を受け取って机に置きなおすが……また美海のやつ、崩れた体育座りみたいな膝を立てた姿勢で座り込んでるよ。スカートで。もうちょい自分を意識しろっつの。
「えへへ。シンくん、ようやく元に戻った」
その姿勢のまま、俺を下敷きにしたとは言えぶつけてしまったらしいオシリをさすりつつ、美海が笑う。
「何がだ」
「だってシンくん、さっき暗~い顔してたもん」
……見られてたのか。まあ隠してなかったが。
「実は沙織さんの件で、一手だけ打ってみたんだけどな」
「え!? ほんとに!?」
「空振りだった」
「……そう」
一瞬期待したような顔を見せた美海だが、すぐに納得したように苦笑する。
「まあ、粘り強く探せば、何か方法は見つかるよ! 私だって、沙織ちゃんを一般高校になんて転校させたくないもん」
「俺だってそうだけどな。だが、どうにも切っ掛けが掴めない」
「……と、とりあえず今は元気出して! もう昼休みも終わるし、午後からブルーミングバトルの授業なんだから! えい、えい、おー!」
子供みたいな掛け声と共に拳を真上に突き出した美海にーーー
ふ、と。
俺も釣られて笑ってしまう。苦笑だけどな。
この純真さこそ、美海のもつ最大の武器なのかもしれない。
それだけでなんでも解決するかは、さておき、な。
俺は苦笑したはずみにまた出てきた鼻血を、横から差し出された青いハンカチで拭う。
いい布だな、これ。メガネ拭きみたいに柔らかく、そのくせ水分をよく吸ってくれる。まるで異世界の圧倒的な科学力で作られた布みたいなーーー
「切っても突いてもケロリとしてるはずのシンが、珍しく血を流してると思えば……まさか美海の下敷きになって、コーフンして鼻血を出してるとはね……!」
「…………………………」
ドドドドドドドドドドド。
気配。
片方はマグマの如く熱く、もう片方は氷山のように冷たい。
振り返らずとも分かる。
これは、ソフィーナとノアの気配だ……!
「……マスターは、椅子にされると嬉しいのですか?」
やっぱりとは思ったが、ノアまで変な曲解してるし。
「ちょっと温めて血行良くして、もっと出させてあげるわ。安心しなさい。すぐに気持ち良くなるから」
どう見ても出血性ショックによる意識障害だぞ、それ。
軋む首を捻って、何とか振り返ると、はい、案の定。
明らかにオーバーキルな熱量の火球を手のひらの上で揺らすソフィーナと、今にも銃を抜かんばかりにスカートの裾へと手を伸ばしているノア。
美海は何故ソフィーナがキレてるのか分からず、小首を傾げているが。
「あー……ソフィーナ、ノア。聞いてくれ。今のは事故でーーー」
無駄とは知りつつも言い訳を試みた俺だが、
「いいわよ。青の世界には言論の自由っていうのがあるらしいから。まあ言論後のアンタの命は保障しないけど」
「………………」
実質ダメじゃねえか!
もう、こうなった女子どもを止める術は無い。少なくとも、俺は知らない。
だからーーー逃げさせてもらうぜ!
俺はおもむろに教室の出入り口の方を指差し、
「あ、あれは新作の青蘭たい焼きクレープ!」
甘いもの→ソフィーナ、クレープ→美海、たい焼き→ノア、と三人ともが引っかかるブラフを叫ぶ。
俺の目論見通り一斉にそっちを向いた……三人とは逆方向に、俺は窓へ飛びつく。
そしてベルトに取り付けてあるワイヤーフックを窓枠に引っ掛け、
ブルーミングバトルの前からだいぶハードなミッションだったが……
あばよ、お前ら。午後のブルーミングバトルの授業でまた会おうぜ。
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読了、ありがとうございました。