アンジュ・ヴィエルジュ 〜知らば輝く青玉の瞳〜   作:二面サイコロ

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第二十二弾 似た者侍

 「お前と同じ、侍だよ」

 

 明夜と名乗ったソイツは、ひとつ……長い瞬きをする。

 そして銃を収めた空の手に、拳を保護するためのものと思われる薄手の黒いグローブを、きゅっと装着する。

 その間にも沈みつつある夕日が角度を変え、ビル群の隙間から縫うように差し込んだ光が、彼女の端正な顔を赤く照らした。

 

 こ……こうなりゃ、先手必勝だッ……!

 

 こいつの目的は不明だが、さっき俺を撃ったことから何かしらの敵対行為とみなしていいだろう。

 だとすれば、突然の日光で一瞬視界が利かなくなった今この瞬間は、チャンスだ。次のワンアクションは、絶対に起こせる。

 だから俺は、右手で左肩をポリポリ掻きながら、何気なくその明夜とかいう女の子に近づいて行き、

 

 「……侍、かあ。そういや、俺のご先祖様は1200年前、平氏源氏の連中が闊歩してた時代からだなーーー」

 

 できる限り殺気を抑え、モーションを減らしつつ、おしゃべりで気をそらしーーー

 

 (ーーー斬波ッ!)

 

 横薙ぎに超音速の刀を振るう中距離技、会得したばかりの斬波を放つ。ただし、その手に刀を握らず、素手で。

 刀を持たなかったことにより遅くなった、俺の拳の角速度は……大体、時速千キロってとこだ。これでいい。

 明夜の顎に掠め脳震盪でダウンを狙った、亜音速の拳の薙ぎ払いの一撃はーーー

 

 チッッッ!! とごく僅かに掠る音を立て、空を切った。

 

 躱された、のだ。亜音速の拳を、ほとんど動きもせず。手応えは、予期した分の10分の1ってとこだな。

 俺は反射的にバックステップで距離を置き、意図せず仕切り直しとなる。

 

 「……」

 

 少しふらっと仰け反った明夜は、大したダメージが入ってない。少女というよりイケメン寄りな目もこっちを見ているし、足取りもしっかりしている。

 

 (……足取り? いや、どうなってーーー)

 

 その足に、俺は若干の違和感を感じた、次の瞬間。

 

 「ーーーこうか」

 

 静かな、しかし勝気な印象のある声がすぐ正面で聞こえーーーガスッッッッッッッ!!

 俺の顔面に、衝撃が爆ぜた。

 

 (いっ、今のは……!)

 

 顔を殴られた。打撃の基礎中の基礎、正拳突きで。それだけは分かる。

 だが、今の距離をどうやって詰めた?

 そこで俺は、さっきの俺の一撃を躱した奴の動きを思い出す。

 あの動き。かつて術理だけは聞いた事がある。あれは、近接戦においていかなる距離もゼロに等しくする歩法、縮地法。

 体幹、重心、頭の高さ。そういった体の姿勢を一切崩すことなく動くことにより、相手に、動いたことを認識させない技だ。

 認識できないから避けられない。パクることもできない。最早架空の技とまで言われた、チート級の秘技。

 

 (ま……まさか、こんなところで相見えるとはな)

 

 たたらを踏んだ俺に、明夜はさらにーーービュッ! バッ!

 普通の空手のフォームで、殴ってくる。二度、三度。

 これが、堪らなく重い。縮地法から繰り出される拳は、その術理の仕組み上ーーー余すことなく、全体重が乗るのだ。

 明夜の距離感の掴みづらい歩法のせいで、相手の打撃に速度を合わせて衝撃を消す技・撃力封じも使えない。なんとか手のひらや肘を使って受け流し、直撃を避けている状態だ。

 

 (このままじゃジリ貧だ……!)

 

 俺は破れかぶれで、俺の最も得意とする交戦距離・拳銃戦に持ち込むために、HCモードの空間把握力を頼りに斜め後ろ上方に跳び、ビルから突き出した看板のパイプ部分に飛び乗る。

 足場の少ない空中戦なら、あの煩わしい歩法も使えまい。そう考えたからだ。

 すかさず拳銃・STIをクイックドロウし、狙いもそこそこに発砲するーーー

 

 「!?」

 

 ガウンッ!

 

 外れた。

 いや、外させられた。と言った方がいい。

 常人離れした瞬発力で追ってきた明夜に、俺の銃を手の甲で払われて。

 そして明夜は俺の右手首……浅指屈筋を抑え力を抜かせ、さらに銃を俺の小指を支点に半回転させる芸当を見せーーーガウンッ!

 俺に向いた、俺の拳銃を、発砲してきた。

 しかしそのときには俺は脚で撃力封じをする力を溜めており、膝から下を時速600キロ、およそ銃弾の半分の速さで後ろに振る。

 差し引き時速600キロの銃弾が脚に当たった痛みに顔をしかめつつも、俺はその勢いを殺さず宙返りを切り、

 

 ーーーバンッッッ!!

 

 俺の反撃、マッハ0.5の胴回し回転蹴りを、しかし明夜は後ろに退いて躱した。俺の手からもぎ取った拳銃を、空中に置くように残して。

 代わりに空振った俺の蹴り足は、一瞬前まで俺が足場にしていた看板の鉄パイプに掠め、その太さの半分ほどを削り取った。

 大した判断力だ。俺だったら、拳銃を奪うか放るか迷う一瞬の間に頭を蹴り割られたかもしれない。いやまあ殺すのはアレだから、肩とかに当てる気だったけどさ。

 

 ぐわんぐわんと危なげに揺れる看板を避け、奪われかけた銃を空中でキャッチし、俺と明夜は、ようやく地面に降り立つ。

 

 「むず痒い一撃、感謝するぜ。お礼は鉛玉をお返しする」

 

 俺はさっき明夜に殴られた、眉間から額にかけてを軽く指で触れる。

 若干切れて出血しているが……頭皮は血管が集中する部位。出血の割に傷は大したことないようだ。脳にダメージがあるとき特有の、嫌な頭痛もない。

 まだ戦えるだろう。

 そして、この交戦距離は、拳銃交戦距離(俺の領分)だ。さっき明夜が逆さ吊りになっていたときスカートがひっくり返っていなかったことから予想はついていたが……あいつも俺と同じ、防弾繊維製の制服を着てやがる。手加減はしねえ。

 

 チャキ、と俺はさっきキャッチした拳銃を構え直す……

 のはやめて……無造作に肘を立て、銃を上に向けた。

 お前には撃たない、という意思表示(ジェスチャー)のように。

 

 「んだよ……闘らねーのか」

 

 それを見た明夜が拍子抜けした顔をし、それはすぐにつまらなそうな顔に変わった。

 

 「闘らない、というより、闘る必要がないとでも言おうか。いや、たった今、なくなった」

 

 なぜなら、俺には聞こえているから。

 

 ……ドドドドドド……ドルルルルル……

 

 だんだんと近づいてくる、バイクのエンジン音が。

 

 「ーーー!」

 

 明夜の顔が、一瞬にして驚愕に染まる。いきなりこの狭い路地に、アホほどデカいバイクがドリフトしながら乗り込んできたら、誰でも驚くことだろう。

 しかし明夜の対応は早かった。スカートが翻るほどの勢いでスタームルガー・スーパーレッドホークを抜き、俺の後方のバイクに狙いを定める。

 だが、俺の発砲の方が早かった。もともと銃を上に向けて、狙いを定めていたから。

 

 バスッ! グアァァァン!

 

 俺が撃った、さっき蹴って半壊させた看板がとうとう限界を迎え、地面に落ちてくる。

 それを斜めのジャンプ台とし、飛び上がったバイクは明夜の射線を悠々と避ける。

 バイクの主はそのまま流れるような動作で、白の世界製と思われる白と水色を基調とした拳銃を抜いて発砲し、明夜がそれを避けるーーーのを先読みし、たたんっ! と空中でバイクを蹴って、明夜の方に軌道を変える。

 銃弾を避けて体勢を崩したばかりの明夜にそれを躱す術はなくーーーがっしゃあああん!

 無人のバイクに撥ねられ、バイクと共に吹っ飛び、そこらへんに積んであった段ボールのど真ん中に突っ込んでそれを無残に崩した。

 

 「遅くなりました、マスター」

 

 「お、おう……大丈夫かあれ」

 

 殺しちゃいねーだろうな。

 とちょっと青くなった俺の隣に、華麗な宙返りを切って着地してきたのはーーー

 ちゃきちゃき、と右手に拳銃、左手に片手剣ほどの大きさの、やはり白と水色の剣を抜いた、ノア。

 そして、

 

 「おーい待ってくれよノアあぁ! 俺のバイクーーー」

 

 情けない声をあげつつフラフラと走ってきた、カトル。

 どうやら非常事態を察知したノアにバイクを奪われ、走ってノアを追いかけてきたらしい。ごめんなカトルさんよ。

 しかしこいつも、腐っても黒の世界の剣士。

 俺とノアが戦闘を行っていたのに気づくと、すぐさま背中から、モンハンの大剣のような、あるいは西洋のロングソードを巨大化させたような、バカデカい剣を抜いて構えるーーー

 

 ーーーが、直後。

 

 「見つけたわよカトルゥェ!!」

 

 「あ? ーーーぐおあっ!」

 

 ゴスッッッッッッッッッッッ!

 

 斜め上から何者かの飛び蹴りを側頭部にもらい、コントみたいに吹っ飛んだ。

 よく見れば……カトルに飛び蹴りを食らわせたのは、歌が得意なことで有名な赤の世界の妖精、ルビーだ。

 他にも、妖精や騎士や女神らしき女の子……赤の世界のプログレスが、カトルを寄ってたかって袋叩き(フクロ)にしている。

 その大半は髪から水を散らしており、服装も水着みたいな下着みたいな薄布だったり、大きな布をポンチョみたいに羽織ったりしているだけで、なんとも目に毒なことで。

 

 それでーーーHCモードの亢進した頭脳を使うまでもなく、大体察しがついた。

 カトル。お前ってやつは。

 裏山の泉で水浴びしていた、赤の世界の女の子達を、覗いたな?

 で、それがばれてバイクで逃走してる最中に、ノアにバイクを取られたと。

 自業自得じゃねーか。謝罪は取り消す。

 

 だがまあ理由はなんであれ……とりあえず頭数は十分だ。

 明夜も、この人数差で俺らにこれ以上の喧嘩を売ろうとは思わないだろう。

 

 「……さすが、パラベラム(・・・・・)だ。人望は十分ってか」

 

 ずぼ、と段ボールの山からモグラみたいに這い出てきた明夜は、半分だけ振り返って俺に意味不明なことを言う。

 

 「……?」

 

 「また来るぜ、東雲の侍。お前は使える」

 

 最後に怪しい一言を残し、俺が向けた拳銃など気にもしないかのように、路地の裏へと消えていった。

 明夜を追いかけようとしたノアを……俺が止める。

 

 「深追いするな。撃退に成功したんだから、俺達の勝ちだろ」

 

 「しかしマスター。このまま敵を野放しにするのはいただけません」

 

 「罠だったらどうする。すり潰されるぞ」

 

 「……分かりました」

 

 銃と剣を収めたノアに、俺はようやく安堵のため息をつく。

 ノアはーーー

 なんというか、ノアには、あまり戦ってほしくない。傷ついてほしくない。

 それは俺の勝手な言い草かもしれない。

 今は亡き白の世界の高名な博士の傑作のアンドロイドで。

 でも、その未知の力の中身を、誰も知らなくて。

 そんなことはお構いなしに、悪意を持つ者に狙われ。

 自身を守るだけの力も、彼女にはなくて。

 

 そんなノアだから、もういいのではないかと思うのだ。

 もう戦わなくてもいい、と言ってやりたい。

 異世界でもどこでも、平和に過ごさせてやりたい。

 そう思わせるような女の子なのだ。ノアは。

 なぜ俺がそんなことを思うのかはーーー分からないけど。

 

 

 

 戦闘行為が終わり、HCモードが切れて普通の男子高校生並みになってしまった頭で考える。

 伊勢平(いせひら)明夜(さや)

 あいつは、自身を侍と名乗った。俺と同じ、侍と。

 サムライ。アジア、特に日本土着の戦闘員を指す言葉。

 それは、平安・鎌倉時代から、彼らが最も栄えた室町・安土桃山時代を通しーーー一千年以上経った現在に至るまで、時代に合わせてその形を変えてきた。

 その手に持つのは槍ではなく、各々の得物あるいは、受け継いだ異能。

 腰に提げるのは刀ではなく、銃やナイフなどの現代兵器。

 すなわち、HCモードという特異体質を受け継いだ俺も、広義で言えば現代侍のひとりって訳だ。

 

 多分あいつも俺と同じように、現代に合わせて進化してきた侍の一族の人間なのだろう。

 あいつは刀を持っていなかったが、しかし現代でそんなものを持っている方が少数派なのかも。俺は小太刀を背中に収納して携帯しているが、これも昔家の土蔵から引っ張り出して、やたら切れ味がいいので使っているだけのものだし。

 それにそう考えると、バイクに撥ねられてほぼ無傷だった明夜の、尋常じゃない耐久力にも説明がつくしな。ソフィーナの「パフェ買ってきて」「運んでる間に溶けちまうっつの」→「無能!」からのバイオレンスコンボなんかを日常的に受けている俺だが、明夜にもそういう苦労があるのだろう。敵じゃなきゃ、いい友達になれそうなのにな。

 とはいえ…… HCモードの俺を、徒手格闘でノしちまう、侍か。

 世の中とは、俺が思っていたより全然広いのかもしれない。

 

 何はともあれ、敵を撃退できたのは事実だ。

 多分……あいつは青蘭学園の生徒じゃない。青蘭島に潜入するために制服は着ていたが、学園では一度も見かけてないからな。

 するとあいつは、どこにあるかも分からない、ファントムに次ぐ異能犯罪組織・クォーテットの本部に戻って撃退された旨を伝えるだろう。そうすれば、俺やノアを襲撃するのを諦め、その手を止めるかもしれない。

 そうだーーー

 

 (アルドラあがりの一般人に、俺はなる!)

 

 そのためにはまず、俺や……成り行きで助けたノアの周りに潜む危険な要因を排除しなければならない。

 初戦はグレーに近い白星。幸先はまずまずといったところだ。

 

 

 

 ーーー青蘭学園の制服を着た何者かが、青蘭島で暴れているという情報を俺がキャッチしたのは、それからそう遠くない日である。

 




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