アンジュ・ヴィエルジュ 〜知らば輝く青玉の瞳〜   作:二面サイコロ

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第二十三弾 闇から闇へ、差す金色の

 「明夜の奴!」

 

 がすん、と机を殴ろうとして……それが以前ファントムと交戦して脱臼した右手だと気付き、堪える。

 事実、この間のブルーミングバトルも問題なくこなせていたし、俺のことなので既に完治しているはずの右手首だが、それでも気になるものは気になる。用心に越したことはない。

 代わりに足で机の脚を蹴り、それが明夜に撃たれた脚だったので痛みに悶絶する。威力を半分まで相殺してさらに防弾制服越しの被弾とはいえ、痛えものは痛えぜ。

 

 先日の明夜の突然の襲撃の後ーーー

 何者かの異能が、青蘭島の学園都市内で暴れたとの情報が入った。

 何者か、ではない。多分、明夜だ。

 忘れていた。敵はーーークォーテットの奴は、ファントム同様に何者かすら分かっていない組織。

 そして人間、正しく知らないものには、正しく対処できない。

 何も分かっていないのだから、目的を達成するための手段も全く予想がつかないということでもある。

 口ぶりからして目的は俺かノアだろうが……それを挑発するために、学園島で無差別にテロを起こす可能性だってあったんだ。あいつには。

 それが、現実に起きた。

 別に、異能が暴れるのは(決してそう言えたもんじゃないが)そこまで大きな問題ではない。青蘭学園ではプログレス同士の小競り合いなんて日常茶飯事だし、アンドロイドの暴走事故は相変わらず増加の一途をたどっている。魔法使いの魔力が暴走して事故ることも珍しくないし、プログレス同士の私闘になぜか俺が巻き込まれるのもしばしばだ。

 

 ただひとつ、そこに偶然居合わせた沙織さんが、負傷したということ以外は。

 すまん、沙織さん。お前本当に、ここ辞めさせられて本土に連れ戻されるかもな。

 

 そして、俺にもひとつ、分かったことがある。

 俺にはーーー

 

 今の俺には、ノアを守るとかどうたらとか、言える資格なんてあったもんじゃないということだ。

 

 美海に怪我をさせたあのときから、何も変わっていない。

 

 

 

 俺が青蘭学園に来る前、俺が属していた治安維持組織。

 異能による犯罪を抑止する、黒に限りなく近いグレー色をしたその組織はーーー公安零課。

 

 世界接続が起こる、さらにその数年前。

 世界各地に激増した超能力による犯罪や、超常現象。

 それらを起こす超能力者達はかつて、能力保持者(スペックホルダー)という隠語で呼ばれた。

 公安零課はそれを抑止するとともに、ドラマや映画といった形でひっそりと、超能力の危険性、またそれに対処する方法などを大衆にPRされたこともある組織だ。

 超能力に対処する。

 それはつまり、対象を武力で排除すること。

 脅迫や暗示などをかけて異能を封印したり、こっそり進学先を弄って異能に目覚めた者を管理する学園などに押し込むのは、まだ生易しい手段。

 再三の忠告も聞かず、超能力を下らぬ紛争や犯罪のために使う輩を、闇から闇に始末する。

 これこそ、公安零課の意義に他ならない。

 

 俺は、そんな腐りきった異能の支配体系に疑問を感じ、ひとり、青蘭学園に逃げ込んだ。

 しかしその先で出会ったアンドロイドの少女・ノア。あるいは、世界の異変に苦しむ人々に、それを助けんと願うプログレス達。

 彼らもまた、公安零課の東雲慎を必要とする者達だったのだ。

 

 何が言いたいのかというと……

 俺は明夜を、あの時点で追撃して殺すか、殺さないまでも縛り上げるべきだったのだ。異能による凶悪犯罪を先に抑止するという、大義名分で。

 しかし俺には、それができなかった。

 あれ以上戦闘を続けて、ノアを危険にさらすのが嫌だったから。

 そして、俺のこの体質を必要としない日々を欲するあまり、私闘でこの体質を使うことを、無意識に躊躇ってしまったから。

 

 自分の弱気っぷりに、嫌気が差す。

 公安零課にいたころの俺には、バックに国家権力と大義名分があった。

 それが無くなり、全て自己責任で銃を振るう腕のなんと重いことか。

 

 でも、やらなきゃならない。

 重くても腕を上げ、銃を振るわなければ。今度は美海も、沙織さんも、誰も彼も、怪我では済まなくなる。

 

 

 

 放課後、俺は下校もせずにノアに「ちょっと行ってくる。ロウんとことか色々」とだけ言い残し、武装を確認してからそそくさと学校を去った。

 

 明夜を捜索、発見し次第制圧して捕縛……といきたいところだが、通常モードの俺には凡人程度の能力しか備わっていない。俺の能力・HCモードは戦ってなんぼの脳筋的体質だからだ。

 なので俺は、僅かな手がかりから明夜の現在の居場所を推理、なんてスマートなことはできず、犯罪者が潜伏しそうな場所をしらみつぶしに探す、などという古典的手段をとった。

 ポケットから取り出した携帯を耳に当てつつ見渡した駅前は、すでに授業が終わっていたらしい中等部の連中や、単位が十分であまり授業を受ける必要がないらしい三年生の姿がいくらか見られる。

 

 くそー楽しそうにしやがって。大雨ふっちまえ。こちとら放課後から犯罪者の捜索だっての。

 

 などととってもネクラで陰湿で理不尽な呪いをかけつつ、耳元の発信音を聞き、次にそれが途切れ、随分慌てた話し声に変わるのを聞いた。

 

 『ーーーし、しのしののの東雲さんのお宅ですかっ!?』

 

 電話口に出た彼女はなぜかひどく慌てており、かけられた側なのに相手を確認している。

 俺は久々に聞く声を少し懐かしく思い、冷静に突っ込む。

 

 「何でお前が相手を確認してんだよ。かけたの俺だぞ」

 

 『あ、はい……そうだよね。久しぶり。本当に久しぶりだね」

 

 ーーーうん?

 なんだかコイツ、声に怒気というか、硬さというか、そんなものを感じるんだが?

 

 「なんかお前、怒ってないか」

 

 『久しぶりにお電話くれたからちょっと慌てただけ。全然怒ってないよ。青蘭学園高等部に受かったっていう報告を最後に一度もお電話してくれなかったり、メールのお返事くれなかったことなんて、全然。ねえ、しーくん?』

 

 ーーーうん。

 怒ってるわ、完全に。

 とりあえず謝っておこう。あいつの超能力からして、ガチで殺されかねん。

 あとその呼び名止めろって言ってんのに。

 

 「……あー。それについては悪かったよ。いきなり零課を辞めて事実上脱走したこともな。ちょっとひと悶着ふた悶着あったんだよ。あとその呼び名止めろ」

 

 『あ……ごめんね。しーくんも色々あったもんね。ごめんなさい』

 

 色々、とは、俺の兄さんが殉職したことを指しているのだろう。

 まあホントは生きてたんですけどね。

 と言おうか迷ったが、下手に喋るのは良くないな。今の兄さんがどんな目的で何をしているのかがわからなければ、状況を悪化させる恐れがある。

 あとその呼び名はやめないのな?

 

 「そんなに謝らなくてもいい。もう整理はついたし、目の前の問題の方が重いからさ」

 

 『ご、ごめ……。な、なんでもないよ』

 

 「お、おう。それでだ。お前にちょっと頼みがあってだな」

 

 『頼み……? うん。私にできることなら、なんなりと言ってください』

 

 頼みと聞いて、内容も聞かずにふたつ返事で了解してくれる。

 ありがたいことこの上ないが、ちょっと心配になる。零課でろくでもない頼みごととか押し付けられたりしてないだろうか。

 

 「急な話で申し訳ないんだが、アレ。ボールペン(・・・・・)を何本か、送ってほしい」

 

 『ボールペン? 文房具屋さんに行けば売ってるんじゃないかな? 私に頼まないでもーーー』

 

 「そっちじゃねえよッ!」

 

 『ひゃうっごめんなさい!?』

 

 つい声を荒げてしまった俺に、向こうは驚いている。

 いかん。ちょっとしたボケかと思った。そういえば向こうは、俺が青蘭学園でアルドラをやりつつそれなりに平和に過ごしていると思っているんだった。そりゃボールペンっつっても通じねーか。

 

 「……コホン。すまん、文房具の方じゃなくて、あっちの方だ。そうだな、念のため五本くらい欲しい」

 

 『……』

 

 ボールペンの用途を察したのか、しばしの沈黙が返ってくる。

 ……まあ、断られても文句は言えんな。零課を抜けてしばらく連絡もせず、そのくせいきなり備品が欲しいなんて、都合が良すぎる。本当なら機密保持のために殺されたり、記憶操作で記憶を消されてたりしてもおかしくなかったのだ。

 と、思っていたのだが。

 

 『……しーくん、ボールペンが要るっていうことは、空中戦するつもりなの? 無理だよ、そういうのは飛行の術式(しき)が使える専門の人に任せたほうがーーー』

 

 どうやら渋っている理由はそれではなく、単に俺の身を案じてのことらしい。優しいことに。

 

 「心配するな。ちょっと追跡に使う可能性があるだけで、空中戦じゃない。そもそもお前の言う通り、俺は専門じゃないしな。心配してくれてありがとな」

 

 『気にしないで。遠くからだけど、私にできることなら何でも言って下さい。……それに』

 

 「それに?」

 

 『しーくんのことだもん。また誰かのために戦ってるんでしょ?』

 

 「ねーよ。言ったろ、俺は我が身が可愛いって。今回は俺のため九割、誰かのため一割ってとこだ」

 

 『ふふっ。青蘭学園に行っても、しーくんはしーくんなんだね』

 

 そういって電話口から優しく笑うそいつに、俺は何でも見透かされてるような気がして、一人で赤面してしまう。

 昔はカルガモの雛みたいに俺の後ろをノコノコついてきてたのに、彼女はとうに俺なんかより成長しているのかもしれない。

 時間って速えな。

 

 「ああもううっせえな。ともかく、だ。ボールペン、頼んだぞ」

 

 『うん、わかった。飛行機便で送るから、すぐに届くと思うよ』

 

 なんだか自分でも訳が分からなくなり、投げやりに話を締めくくると、向こうもそれに応じてくれる。

 

 「恩に着る。ああそうだ、瀬文(せぶみ)のおっさんと緋村(ひむら)さん、あと武羅雨(むらさめ)先輩によろしく伝えといてくれ」

 

 ぴ、という電子音と共に通話が切れる。

 

 ……。

 …………。

 ま、こんなもんだろう。

 

 俺は歩き回る足を止め、弾みにブレザーの内側に収めた銃やら小太刀やらががちゃりと鳴るのを聞いた。

 今日も、特に収穫なし、だ。

 あれから数日間かけて青蘭島をくまなく探したものの、先日俺を襲撃した伊勢平明夜の姿は全く見かけず。

 むしろノアにバイクをぶっつけられて、俺達を諦めたのではないかと疑いたくなるほどに、その影を感じることもなかった。

 

 しかし俺だって、転んでもただでは起きない。

 おかげでこの小さな島とはいえ、大体の地理は把握したし、戦闘に利用可能な物体(オブジェクト)遮蔽物(シールド)、さらにいずれかが敗走した場合の撤退・追撃ルートまで、おおよそを把握することができた。公安零課にいた頃の、父さんや兄さんからの殺人的な特訓および授業が、なんだかんだで役に立つ。

 今や青蘭島は俺にとっての本拠地(ホームタウン)

 戦いを有利に進める布石を打っただけでも、収穫といえるだろう。

 知ってるか、明夜(さや)

 戦闘員ってのはな、いきなり奇襲されるのと、入念に準備してから戦いに挑むのじゃ、出せる力が段違いなんだ。

 それも、俺やノア、あるいは青蘭学園のプログレス達のような異能ともなれば、なおさらだ。

 

 (えーと……あとは帰りにロウんとこに寄って、と)

 

 俺はすっかり陽の落ちた中、もう一度学園に向かうため、モノレールの駅に入る。

 がその前に一度だけ振り返り、この異能ひしめく小さな島を見下ろした。

 体で振り返ると同時に、俺は自分の思考を振り返るように。

 都心と見紛うほどの明るい都市部から少し視線を離せば、住宅街や森林などのささやかな光がまばらに見える。

 そのさらに向こうは真っ黒な水平線があり、その中にはもう一つの星空のごとく、明るい星空を反射して輝く太平洋。月は八割ほどの面積を輝かせ、もう数日で海面に、人々を迎えるかのごとくこちらに伸びる、金色の帯を見せることだろう。

 

 αドライバー。プログレス達に力を与える、いわば司令塔。

 ここなら、異能達に混ざって己の力を隠し、しれっと一般人になりすますことができるかもしれない。

 そう思って、この学園に来たのに。

 さっきまでの俺は、ぬるくなった血が熱くたぎるような、そんな感覚を覚えていた。

 命のかかった戦闘について考える緊張感には、快感さえあった。

 

 戦うのは、もう嫌なのに?

 一般人に、なりたいのに?

 

 そう考えると、ますます俺は自分のことがわからなくなってくる。

 

 あれ。

 俺は、何しにこの青蘭島に来たんだっけ?

 




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