アンジュ・ヴィエルジュ 〜知らば輝く青玉の瞳〜 作:二面サイコロ
青蘭学園は奇怪である。
魔女とオカルトの世界、女神と天使の世界、アンドロイドと科学の世界。そしてそれらのだいたい中間に位置する、人間と科学とオカルトが混在する世界。
これらがひとつの小さな島にまとめてブチ込まれたとなれば、それでカオスになるなというのが無理な話だ。
そして今、俺はそのうちのひとつ、アンドロイドと科学の世界ーーー白の世界に用がある。
ここは、白の世界の連中が研究や物置きに使っている校舎、通称
青と白でこれだけのギャップなのだ。そう考えてみると、黒と白とか、赤と白とかのコラボも見てみたいものだが、そもそもすべての世界と繋がっているのは青の世界だけだし、それではやはり他の三世界の中間に位置する青の世界に三つの門が生まれたのはラッキーと言うべきか必然と言うべきか。
入り口で機械に学生証をかざし中に入ると、まるで異世界にでも来たかのような錯覚に襲われる。
両サイドに様々な得体の知れぬものが積んである廊下を渡り、携帯に表示された番号と同じ番号が記されたドアの前に立ち、扉をノックすると、
「失礼するぞ。俺だ、東雲慎だ」
「どうぞ。空いてるわよ」
中から、透き通った声が返ってくる。
自動扉が開いた向こうに見える部屋の中は、超・ブッ散らかっていた。
収納場所がないと思われる書類の山、白の世界のものとおぼしき変な形の銃やら剣、または俺も見たことがある青の世界の諸々の武器。
ここまで散らかすのは逆に才能だ。
あれやこれやの道具類が散らかったガラクタ置き場みたいな部屋を、俺は下手に踏んづけたり動かしたりしないよう抜き足差し足、屈んだり横向きになったりで奥へと歩く。でも、床に刀剣類を置いとくのはやめろよ。踏んづけたらぐさりじゃねーの。
距離にしてほんの数メートルだろうが、その数倍はあった体感距離の向こうで、ぴぴぴぴぴ……とタイピングのような音が聞こえてきて、ホロディスプレイに何やら向かっていた彼女がくるりと椅子ごと振り返る。
「いらっしゃい、シノノメシン」
「相変わらず凄惨な部屋だな、ロウ」
物置きと呼ぶにしても雑然としすぎている部屋を見渡しつつ俺が言うと、彼女は少し不機嫌そうに口を尖らせた。
「これが一番効率的な配置なのよ。自動収納システムもあるけど、なんとなく信用できないから使わない。ガサツな女は嫌いかしら?」
「多少は家庭的な方が好感は持てるな」
そこへんに転がってた銃を指でクルクル回しつつ(危ねえよ)答える彼女はーーーロウこと、メルティ=ロウ。
ショートカットのゆるいウェーブがかった青髪に、同色の瞳。すらりとした肢体に白衣がよく似合う、きりっとした雰囲気の女の子だ。
見た目からは想像もつかないが、こいつは白の世界でも優秀な武器職人。俺は彼女に用事があってここを訪れたわけである。
「ーーーって、そんな話をしに来たんじゃない。できたんだろ」
俺が尋ねると、ロウは白衣の裾をひらめかせて椅子から立ち上がった。
「ええ、できてるわよ」
そして、天井まで伸びているデカいラックのところで、もぞもぞもぞ。両腕を突っ込んで、お目当てのものを探す。
「えーっと、ここへんに……」
がさごそ。もぞもぞ。
この部屋は散らかってはいるものの不潔ではないらしく、彼女が着ている白衣の袖にはオイルどころか埃ひとつも見受けられない。
ていうかなんでここまで物だらけなのに、どうやってどこに何があるか把握してるというのか。俺みたいな凡人とは頭のつくりが違うのだろうな。
本人曰く、この部屋のモノの配置は最も効率的にできているらしいから、ロウは、一見無頓着に見えるけど実はとても几帳面なのかもしれない。
(ま、武器とかには几帳面でも、他のところはちょっと無頓着みたいだがな……)
ロウの奴、スカートのまま床のあたりをゴソゴソしているせいで……なんというか、見えちまいそうだぞ。白いミニスカートの、奥が。
本人は膝くらいまである長い白衣を羽織っているから平気だと思ってるっぽいが、その白衣は憐れ、彼女の横に置いてある箱から突き出した剣のようなものに引っかかって見事にめくれている。残されたのは短い白のスカートのみだが、それすらも彼女が前のめりになっているせいでいつ突破されるのか分かったもんじゃない。
本能的に白いニーソとスカートに挟まれた、これまた健康的に白くて柔らかそうなふとももに目を奪われてしまうが、はっと気づいて視線を引きはがす。
……ま、見ないでおいてやるか。こいつには俺もノアもお世話になってるし、見たのバレたら間違いなく「それ」の試し斬りの実験台にされるだろうし。
で、俺が目を逸らした先にーーーできればもう一度目を逸らしたい、とてつもないゲテモノが存在するのを確認した。何回か瞬きしたが、消えなかったから。
「……おいロウ。なんでそんなバカでかい銃を持ってる」
そこに転がっていた
猛獣相手によく利用される.44マグナムの約二倍の破壊力を誇る.454カスール弾や、.44マグナムの約三倍の破壊力の.500S&Wマグナムなんかを使える、暴れ馬ならぬ、
この細っこい体のどこに、こんなものを撃てる力と体重がある? ロウさんよ。
「そのトーラス・レイジングブルのこと? まさか。私は撃たないわ。青の世界の武器の資料に取り寄せただけよ」
「よく見もせずに俺が言ってるのが分かったな」
「言ったでしょ? これが一番効率的な配置なの。もちろんどこに何があるかくらい把握してる。その銃、欲しいならあげようか? もうデータは取り終えたから、私が持っててもしょうがないのよね」
…………。
こんなに嬉しくない、異世界美少女からのプレゼントもあったもんだ。
「また今度にする。そんな銃、俺でも扱えねえよ……多分」
「あら残念」
と、ロウはラックからそれを取り出そうと奮闘しているようだが、何やら引っかかっているのかうまく出てこない。
最終的にラックの中をがちゃがちゃ鳴らしながらそれを引っこ抜いて、「いたっ」と、ラックの上の方から落っこちてきた部品みたいなのが直撃した頭を抑えつつ、俺に見せてきた。
「この剣ね」
言いつつ彼女が取り出した「それ」は、白い包帯みたいなものでグルグル巻きになった棒状のものだ。
はたから見れば、黒の世界の魔女もどきがよく持っている、自称・呪われた杖みたいなものだが、その中身はもっと実用的で科学的なものである。
「これ、本当に炭素鋼の剣かと疑いたくなるくらいの大業物よ。チタン、マンガン、ケイ素。色々な物質がバランスよく含まれてて、強度と切れ味を最大限まで引き出してる。うちの科学剣と渡り合える代物だわ」
「そんな代物だったのかよ? うちの物置きから引っぱり出してきたモンだぞ」
どうりで小太刀の方、ノアの剣と打ち合っても折れも斬れもしない訳だ。
俺が受け取ったのは、全長一メートルくらいの日本刀。
昔、俺が家の物置きから引っぱり出してきたふた振りの日本刀。今までは秘匿性の高い小太刀ばかり使ってきたが、こちらの太刀も解禁するためにロウに調整と研ぎを頼んだんだ。どうでもいい事だが、恐らく兄さんが持っていた身の丈ほどもある大太刀が、東雲家の三振り目の日本刀なのだろう。
「注文通り、秘匿用の布も巻いといたわ。グリップのとこから飛び出してる部分を引っ張ればすぐに抜けるから」
言われた通り、グリップのあたりからはみ出していた布を引っ張るとーーーしゅるるる。先端から30センチくらいの布がほどけ、プラスチックとラバーでできたグリップが覗く。
持ち運びに邪魔だった鍔を取り払い、俺の手に合うようにグリップを着けて鞘も作り直してもらったーーー
「……へ?」
つもりだったが、受け取った刀の外装は、どこからどう見てもロウに渡したときと変わっていない。クリーニングしたのか、新品のようにキレイにはなっていたが。
おい何だこれは、と視線でロウに訴えたところ、俺がそう言うのは分かっていたようで、彼女は勝手に説明した。
「あなたの注文は、これの研ぎと、鞘とグリップの作り直しだったわね。研ぎはしといたけど、特に刃こぼれも痛みも無しで、はっきり言ってほぼ無意味。鞘とグリップに至っては、ナンセンス」
「どういう意味だよ? 俺の手に合うように作り直した方がーーー」
「このままの状態が、武器として最高のバランスだったのよ。私にはおそれ多くていじれなかった。それだけ」
「……」
……す、すごいですね。これを打った、古代のどっかの職人さん。
俺が鞘からそれを抜くと、ぎらりとそれ自体が発光しているかのように鋭い輝きを放つ、日本刀独特の優美な曲線が見えた。
「あとは……それを吊るす用のベルトホルダーは、鋭意制作中よ。もう数日待ってね。ひとまず剣だけでも持っていくかしら?」
「いや、ホルダーと同時に受け取る。普通に持っとくには重いわデカいわで大変だしな」
こんなもの、ホルダーも無しには持ち歩けない。常時左手が塞がるのは不便だし、そもそもこんないかにもな日本刀を持って歩いてたら、ただの中二病ヤローじゃねえの。
俺は抜いた刀を両手で握り、こんなに物だらけの部屋にもきちんと用意してある射撃レーンの広い場所で、ゆっくりと素振りしてみる。
袈裟斬り、突き、切り上げなどの基本的な動作に、基本的な体捌きをするだけの、実戦とは程遠い剣舞。その身に剣の重さやリーチなどの感覚を覚えさせるためのもので、東西南北問わず、剣を扱う者は毎朝これをするものなのである。もっとも俺はよくサボるが……最近はサボるとノアにどつき回されるため、この習慣が復活しつつある。
剣に限らない。例えば拳銃を扱うにせよ、全く銃を抜きもしなかった日でも必ず、一日に数発だけでも射撃はしておくものなのだ。トリガー
ノアを狙っている犯罪組織のクォーテットとか、沙織さんが危うく巻き込まれかけたファントムとか、危険はすぐそこにゴロゴロしている。
それを知ってしまったからには、こちらもエクシードを……と言いたいところだが、俺にはそれが無いので代わりに武装を強化しておくべきだろう。
こと俺にケンカを売ってきた相手、伊勢平明夜は刀使いだ。
目には目を、刀には刀を。
そう思い、俺は荷物の中にあった古びた日本刀の整備をロウに頼んだ次第である。
「どう? 出来は上々でしょ」
ふふん、とちょっと得意気に胸を反らしたロウに、俺も素直に賞賛の言葉を渡しておく。
「ああ、バッチリだな」
「ノアにもよろしく伝えておいて。αドライバーから受け取ったエネルギーを効率よく変換する改良型エネルギーパックができたから、ノアのハンドガン用に用意しておいたわ。それとノア用の新型の
武器ばっかいじってる癖にやたらキレイな手を合わせ、にっこりと完璧な営業スマイルを浮かべるメルト。
いっつも硬い表情ばっかしてるのに、笑うとカワイイんだよな、こいつも。もっと普段から愛想が良ければモテるだろうに。
「……そういえば、何で俺とノアには割安で武器を作ってくれるんだ? 聞いたぞ。ロウお前、身分とかお役所とかイカの頭とか気にせずにアホみたいな値段ふっかけたり、俺とノアのときみたいに超割安で引き受けたりしてるらしいな。俺からすりゃありがたいんだが、何か理由でもあるのか?」
ふと思い出したことがあり、ロウに尋ねてみる。
こいつは白の世界でもかなりの優秀な武器開発者らしいが、彼女は非常に気まぐれらしく、依頼を受けたり受けなかったり、また値段もふっかけたり安かったりとバラバラ。いわば、天才にありがちなタイプみたいだ。
だが俺には彼女がそんなに適当な人間には見えない。それらの奇行にも何かしらの理由があるのだと思える。
「じゃあふっかけてあげる。1000円」
「……」
「高かった? じゃあまけて500円」
「……」
「別に深い理由なんてないわ。気が進んだら安くする。気が進まないならふっかける。ちなみにあなたの場合、あなたと白の世界のアンドロイドのブルーミングバトルの実戦データは、武器代なんて吹き飛んでオツリが来るレベルのすごいものよ。銃弾を銃弾で弾く。刀で斬る。避ける。マイクロミサイルを横殴りにして逸らしたり、他にもーーー」
「ア〜〜〜ア〜〜〜聞こえねえ〜〜〜」
突然何やら語りだしたロウに、俺は耳を塞いで対抗する。
あんまりこっちの俺に、あっちの俺の超人伝を聞かせないでくれ。これでも将来は一般人になる予定なんすよ。
「でもね」
「?」
急にオフザケの態度を改めたロウに、俺もぴたりと両耳の手を外す。
「アンドロイドの武器ばっかり作るのって嫌なのよね。SWEは何かにつけて、アンドロイド、アンドロイド。生身の人間にできることだってあるでしょう。あなたやカトルのように、生身で異能に対抗できる力を持つ人間だっているのに、
……なるほどな。
ロウは、危惧しているのか。アンドロイドに頼りきりの白の世界を。
「聞いたことがあるな。行ったことはないが、白の世界はアンドロイドに依存気味だとかどうとか」
「そ。でもそれって何だか嫌じゃない? プライド、というか……このままじゃ、生き物としての大切な何かをなくしちゃいそうな気がするような……」
珍しく抽象的な物言いになったロウに、俺は少し疑問府を浮かべつつも納得する。
だから生身で武器を使いこなす俺には安く請け負い、恐らくはアンドロイドに依存するような思想の奴からは高額をふっかけているのだろう。
武器一筋みたいな感じだけど、こいつはこいつで色々考えて行動してるんだな。
さらに、そんな気まぐれなことをしても食うに困らないところを見るに、それだけ優秀ってこった。
いや待てよ? するとーーー
「ーーーじゃあ何でノアの分まで安くしてるんだ? あいつはアンドロイドだぞ」
「高い方がいいかしら?」
「いやそうじゃないけどさ」
「そうね。確かにノアの分は高くてもいいのだけれど、強いて言うならーーー」
そこで一拍置き、メルトは薄い青色の目を長めに瞬きさせた。
「言うなら?」
俺も自然と、次に彼女から出てくる言葉を聞き逃すまいと前のめりになる。
そしてーーー
「ーーーカンね」
ずるっ。
いきなりの勘宣言に俺は前のめりに滑ってしまい、床に置いてあった剣に頭から突っ込みそうになってから慌てて床に手をついて頭を支える。
「勘って、お前なあ……」
「なんとなくそんな気がするのよ。あなたとノアなら、白の世界の何かを変えてくれるって。私は自分の勘を信じないほどに自分を疑ってないから、だからあなた達は特別」
「買いかぶりすぎだ。俺は単なる人間だぞ?」
「だから価値があるんじゃない」
「そんなもんかあ」
……うーん、分からん。
そういえばノアと出会ったときにも、Dr.ミハイルは勘が云々とか言ってたな。
ミハイルといいロウといい、天才ってのは勘で動いたりするのか?
かくして、俺のようななんの取り柄もない戦闘員が、天才からの謎の期待を背負って、銃を刀をぶん回す。
考えてみれば、それで危険にさらされるのは戦闘員である俺だけなんだよな。
俺たち戦闘員が戦ったデータをもとに新たなものを研究開発し、その都度戦わずしてどんどん儲かる。
末恐ろしい生き物だよ、武器職人ってのはさ。
メルティ=ロウの呼び名はメルトにするつもりでしたが、アプリ版にすでにいたのでやむなく断念。
誤字脱字、疑問、感想などありましたらお気軽にどうぞ。
読了、ありがとうございました。