アンジュ・ヴィエルジュ 〜知らば輝く青玉の瞳〜   作:二面サイコロ

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久しぶりですが、アニメがあったなあと思い出して更新させて頂きます。
作者は原作TCG(〜7章)とノベル版、コミック版、及びアプリ版を少々やっており、それを元に本作を書いています。よって、アニメを見ている方からすればおかしな設定や描写があるかもしれませんこと、ご了承ください。


第二十六弾 変わる舞台と変わらぬ家

 

 「シン。脱いで」

 

 「……は?」

 

 ぐいっ。

 

 俺のワイシャツの襟首を掴みつつのロウの声は、確かだ。聞き違いや幻聴などではなかろう。

 何故とか、何でとか、なにゆえとか、聞きたいことは沢山ある。が、斜め上のご要望に、俺は陸に上がった金魚のように、数秒間口をぱくぱくとさせていた。

 そして、「やる」と言ったらどんな無茶な武器装備もあっという間に造ってしまうメルティ=ロウのしびれを切らすためには、それだけあれば十分だったようで。

 

 「……嫌だと言ったら?」

 

 「こうする」

 

 ぎゅっ、と襟首に続いて後ろから左手首をロウに取られ、俺は思わず体を強引に回して振り払おうとしてーーー

 

 バタンッ!

 

 「どぅえ!」

 

 ーーーと思った次の瞬間には、天地が返っていた。

 俺が振り払おうとした勢いを利用してかるぅーく投げられたのだと理解するのに、コンマ数秒の時間を要した。

 その間にちゃぶ台のようにひっくり返されてうつ伏せにされた俺に、べちゃ。

 ロウが馬乗りになり、動きを封じてしまう。

 

 「おとなしくなさいっ」

 

 「いでででギブ! ギブ!」

 

 クール系美少女に馬乗りになられて関節極められつつシャツを脱がされるとか、どんなプレイですか!

 と必死に床をタップする俺から、ロウは素早く制服のワイシャツを剥ぎ取って投げ捨てると、宙を舞ったシャツが、さっき投げ捨てられたロウの白衣と重なった。

 

 ようやく拘束が緩み、俺はなんとか上半身をひねって抗議の怒声を上げようとーーー

 

 「ぐえっ」

 

 ーーーできなかった。

 ロウが取り出していた、紐状のもの……? がするりと首に巻きつき、俺の首を絞めたからだ。

 

 「あら、ごめんなさい。暴れるからよ」

 

 ようやく拘束が解かれ、俺の上からどいてくれたロウが持っていたのは……単なるプラスチック製のメジャーだ。

 が、幅がやたら広い。普通のセロテープくらいの幅ではなく、その二倍くらいの幅があるな。

 

 「おいロウ。まさか脱げって」

 

 「体の寸法を精密に測るために決まってるじゃない。少しホルダーに遊びがあって、あれじゃあ刀に手をかけてから抜刀までの時間がほんの少し遅くなっちゃうから。コンマゼロゼロ秒くらい」

 

 「先にそれを言えや……」

 

 当たり前のような態度で答えるロウに、俺はがっくしと肩を落とす。

 変なところで抜けた奴だ。先にそう言ってくれれば、拒否する理由がない。

 

 拒否する理由はない、のだが、無遠慮にじっと見てくるロウにむしろこっちの方が恥ずかしくなり、上半身裸の俺は「ほら。勝手に測れ」と、案山子(かかし)のように両手を広げた。

 

 「んじゃ遠慮なく。……ん」

 

 する、とロウが俺の背中に手を回し、肩やら腕やら腹やらの寸法を測っていく。

 その度にロウがは俺に抱きつくような姿勢になる上に、ロウの吐息が直接肌にかかって、なんだか変な気分になりそうになる。

 視線だけでちらりと見ると、ロウは全く気にした様子もなく、淡々と寸法をメモしてはメジャーを握っている。

 

 どうやら気にしているのは俺だけらしい。負けた気分だ。

 

 「そういえば、何でメジャーなんてアナログな方法なんだ? ここの設備がありゃ、全身スキャンした方が早いし正確だろ」

 

 「確かにそっちの方が正確よ。でも、シミュレーションだけじゃ、9割9分までは仕上げられても、完璧にはならない。皮下脂肪や筋肉のつき方なんかは人それぞれだから、運動した際のベルトの食い込み具合なんかも視野に入れて考えると、手作業の方がやりやすいのよ。このメジャー、ベルトと同じ幅でしょ」

 

 「なるほどなあ。いくら精密に加工した拳銃の部品でも、結局は個人が自分用にカスタマイズした方が使い易い銃になる、みたいなもんか」

 

 「違うけど、大体そんな風に理解してれば問題ないわ。はい終わり」

 

 すっと俺から離れたロウが、代わりにさっき脱がされたワイシャツを放り投げてきて、ばさりと俺の顔に投げて被せてきた。

 

 「ぼへっ」

 

 ああ、くそ。なんで数分ロウの白衣と折り重なってただけなのに、こんなにいい匂いがするんだよ。

 

 

 

 ロウ曰く、

 

 「プロの仕事は残りの1割で半分地点。あとの1割を仕上げるのに時間をかけるからね。こっちの世界じゃ『十里を行く者は九里を半ばとす』って言うんでしょ」

 

 とのことなので(諺の用途が微妙に違う気がするが)、完全に調整を終えるのはゴールデンウイーク明けになるらしかった。

 なので俺はロウからやっぱり受け取った太刀を野球用のバットケースに入れ、小太刀ーーーいや、もう太刀があるから脇差と呼ぶべきかーーーを今まで通りジャケットの背中に収納し、ロウの研究室を後にした。

 

 「熱血球児とは程遠いわね。ぷぷっ」などと失礼なことを言うロウの口に、仕返しにメジャーをぐるぐる巻きつけてな。

 

 そして俺は今、東京のお台場あたりに向かうバカみたいにデカい連絡船(フェリー)に揺られている。

 

 ゴールデンウイーク前日の浮足立った雰囲気の奴らに囲まれ、俺は安心と不安がない交ぜになった気分で、なーんにもない太平洋の水平線を見つめていた。

 

 デッキの上で海風に当たるのにも飽き、ふらりと船内に戻る。

 

 東京には、帰りたいが、帰りたくない。

 

 帰って零課の先輩にでも会えば、突然零課を抜けて青蘭学園なんかに編入したことを根掘り葉掘り聞かれるだろうし、そのときに数発、鉄拳を食らう覚悟くらいはしなくちゃならない。

 両親に引き続き兄さんまで死んでしまった(と、当時は思っていた)俺が気を落としていたことを酌量してもらったとしても、皆は、昔の俺の生意気な態度を覚えていることだろう。

 

 たかが、青蘭学園で例えればレベル1か2くらいのプログレスにあたる、大したことのない超能力犯罪者を拳銃と警棒でボコって逮捕したからって、調子に乗って「もっと凄い敵と戦わせてくれよ」などとうそぶいていた。

 その度に兄さんやらに「調子に乗るな」とタコ殴りにされていたが、それでもそのときの俺は本当に、自分は能力保持者(スペックホルダー)を凌駕する異能戦士だと思っていた。

 当時の俺を思い出すと、恥ずかしさに顔から火が出そうだ。

 もし時間を戻れたら、そのときの俺を思いっきりぶん殴りたい。

 もっとも、時間遡行(タイムリープ)なんてできたら、もっとやりたいことくらいいくらでもあるけどな。例えばーーー

 

 例えば……なんだろうな? 思い浮かばない。

 

 まあいい。そんな夢みたいなこと、さすがに青蘭島でもできるわけがない。できるなら、できるときにじっくり考えればいい。

 

 (……ん?)

 

 バラバラバラバラ……

 

 聞きなれた、しかし本来そうそう聞くものでもないローター音に俺が顔を上げると、頭上をヘリコプターが通り過ぎるところだった。

 それだけなら別にいい。

 しかし、その独特な濃紺に塗装されたボディは、公安のものだ。

 

 (何課のか知らんが……ご苦労だな)

 

 いつの時代も、腐敗しないうちの治安維持組織とは概して忙しいものらしい。

 少数精鋭といえば聞こえは良いが、その実、単純に人手不足なのだ。

 それもそのはず、仕事は激務、公務員なので危険手当を加味しても稼ぎはイマイチ、さらに、生きて定年ないし転職・辞職が叶うのが全体の6から7割程度というのだから恐ろしい。

 戦士としての使命とか東京を守るとか、そういうのにイマイチ理解のない俺は、辞めて正解だろう。単なる捜査協力者扱いだった頃と高校出て正式な雇用になってからじゃ、バックれた際の社会的ダメージが違うしな。

 

 (……ばっくれ、か)

 

  東京で対異能戦士(アンチスペック)として生きることを投げ出した俺が、青蘭学園でまたアンダーグラウンドの世界に足を踏み入れた。

 一方で沙織さんは、異能として生きることを諦め、一般人としての人生へと戻ろうとしている。

 どちらが正しいのかなんて分からない。が、新たな舞台で得た友人と離れ離れになるというのは悲しいことなのは確かだ。

 しかしそれも、俺という一個人の感情に過ぎず、下手に引き止めて今度こそ沙織さんが何かに巻き込まれてーーー考えたくないがーーー取り返しのつかないことになれば、俺はきっと死ぬほど後悔するだろう。それでは、美海の胸に銃弾が当たることを許してしまったあのときと、全く同じだ。

 沙織さんの転校をやめさせたい、などと大口を叩いた俺も美海も、結局はただの子供。ゴールデンウイークの帰省の折、この件はあやふやになってしまうことだろう。

 

 美海から来たラインの通知も、開く気にすらなれない。

 

 

 

 船から降り立ったお台場の人口浮島群(ネオ・メガフロート)は、海沿いってことくらいしか特長がないのが特徴、といった立地を生かし、主に物流の地としてその地位を確立している。

 が、それ以外にも用途は存在する。それが、ここからわずかに見える、現代的な建物の群れ。

 つまるところ、イベントスペースだ。

 この、駐車場用のラインがいたるところに引かれただだっ広いばかりの浮島も、数日後には始発電車から乗ってきた熱意あふれる者達の待機列によって隙間なく埋まることとなる。

 

 とはいえ、今の俺達にそれは関係のない話だ。ここから十数分歩けば最寄りの駅に着くので、そこから各々の自宅に、束の間の休息をとりに行くのである。

 

 「んじゃ、また休み明けにな慎。生きて帰ってこいよ」

 

 「俺相手に限っちゃそれが冗談にならないの知ってるだろ(こう)。あんま抜かすとアングラに巻き込むぞ」

 

 「うわーマジ勘弁だぜそれ。俺たちゃ慎みたいな超戦士じゃねえし。まあ連休中くらい休めよ? いっつも日向とかソフィーナとか、あと風紀委員の手伝いとかで死にかけてんだしさ」

 

 「あー……休むように努める、気遣い感謝するぜ天真(てんま)。お前たちの為じゃないが、ちゃんと生きて帰るさ」

 

 「頼むぜホント。お前とカトルは俺たち普通のアルドラの中じゃ、希望にして、男女間のパワーバランサーなんだからさ」

 

 しょうもない冗談に笑いあって、そいつらと別れたのが、さっきの話。

 

 電車を降りて駅を出た俺は、目的地である爺ちゃんと婆ちゃんの家に向かう。

 公安零課を抜け、もう両親も兄さんもいない今、寮を追い出されればそこくらいしか泊まれる場所がないのだ。青蘭学園に転入する際に面倒を見てくれたのも、爺ちゃんと婆ちゃんだ。「非異能の超人」としての責務を捨てた空っぽの俺でも、それまで通りに厳しくも優しく接してくれたことは、今でも感謝している。もし彼らがいなかったら、今の俺はもっともっとイジけた人格になっていたことだろう。

 

 シャッターの多い商店街を抜け、ポストのある角を曲がり、よく利用していた、ほかより20円安い自販機でコーラを買って、行儀が悪いと知りつつもそれを飲みながら歩き、その缶がカラッポになったあたりで見えてきた……古びた平屋建ての木造住宅が、俺の実家だ。

 

 (何ヶ月ぶりかな、この家も)

 

 あまりに変わらぬその佇まいに深い安堵を覚えつつ、古びた門に向かうとーーー

 

 「ふん、ふふー、ふふふー……」

 

 ざっ、ざっ。

 

 と、きれいな鼻歌と共に、ホウキで地面を掃く音が聞こえてきた。

 若い、女の声で。

 家政婦さんでも雇ったのか? と、ゆるいウェーブのかかった茶髪をぴょこぴょこ揺らしながら地面を掃いている彼女にひとこと挨拶でもしようかと……って。

 

 「……ふん、ふん、ふふふー」

 

 俺に気づいていないのか、彼女はおもむろに灯りのついていない部屋の窓に顔を映し、せっせと前髪を整え始めた。

 そこで気づいたが、彼女は家政婦さんなんかじゃないな。俺が青蘭学園に行く前、つまり、ここ東京を本拠(ホーム)としていたときに、一番見知っていたーーー

 

 「……」

 

 ぱちっ。

 

 彼女の目と俺の目が、窓の反射越しに合う。

 

 「……っ!」

 

 ぴょんっ、と彼女は前髪を手でつまんだままの姿勢で10センチほどジャンプし、わずかに赤くなった顔で振り返った。

 

 「し、しーくん? ひどいよ、いつからそこで見てたの!?」

 

 竹箒をぶんぶんと小さく振り回しながら(怒りの表現らしい)、俺に詰め寄ってくる。

 確か彼女には、俺がゴールデンウイークに帰省することは言ってなかった……というより言うのを忘れていた。おそらく爺ちゃんか婆ちゃんからチクりが入り、俺を待ち伏せしていたのだろう。

 

 「い、今来たところだよ。お前髪染めたろ。はじめ誰か分かんなくてさ」

 

 と、竹箒を手でブロックしつつ言うと、彼女はピタッとそれを止め、また赤くなって前髪をいじり始める。忙しいやつだな。

 

 「そ、そうなの。に、似合うかな……? 似合わないなら、今すぐ元にもどーーー」

 

 「に、似合わなくない。いいだろそれで」

 

 とテンパりを移された俺が言うと、彼女はこっちまでため息が出そうなほどに安堵の表情になる。

 そこでガラガラと引き戸が開き、白髪がかなり目立ってきている角刈り頭にヨボヨボの爺ちゃんが出てきた。

 

 「すまんなあマイちゃん、あのバカ孫のために庭の掃除なんかせんでええち言ったに、こんなきれいに……なんだ慎、帰っとったんか」

 

 明らかに彼女と俺で態度が違う、本人の目の前で孫をバカ呼ばわりする爺ちゃんに微妙にムッとしつつ、俺も挨拶を返す。

 

 「……バカ孫が帰ったぜ。ただいま、爺ちゃん。舞香」

 

 「うむ。よう生きて帰った」

 

 「おかえりなさい、しーくん」

 

 皺が増えても尚厳つさの残る顔で、少しだけ嬉しそうに笑ってくれた爺ちゃんーーー東雲 清威(しののめ せい)と、変わらない笑顔で迎えてくれた幼馴染の彼女ーーー和那 舞香(よりとも まいか)に、俺は単純なことに、それだけで帰ってきて良かったと思わせられる。

 家っていうのは、本当にありがたいもんだ。

 だがすぐに爺ちゃんは、

 

 「もう五月とはいえ夜はまだ冷えるじゃろ。さっさと上がりんさい、茶が入っとる」

 

 と、バンッと俺の背中を叩き、もう片手では舞香の背中……というよりもっと下、腰のあたりを叩こうとしてーーー

 

 バチンッッッ!!

 

 衝撃音と共に、その手を弾かれた。

 だが舞香はニコニコと木造の廊下を歩いているだけで、手で払った様子も、蹴りで防いだ様子もない。

 

 「おやまあ慎、おかえり。ご飯できてるからね」

 

 ゴスッッッッッッッッッッッ!!

 

 爺ちゃんはさらに、台所から出てきた婆ちゃんーーー東雲 鎮(しののめ しずめ)におたまの柄でどつかれ、この老いた体のどこにそんな力があるのかと問いたくなる勢いで、ごろごろどったん! と玄関のところまで逆戻りした。

 

 「セクハラです」

 

 にこっ、と落ち着いたスマイルを崩さず言い放つ舞香も、ぶっ飛ばされた爺ちゃんも、見るのは何ヶ月ぶりになるな。

 妙に落ち着くぜ、この感じ。




刃渡一尺以上二尺未満の刀を脇差あるいは小太刀と呼びますが、大刀も持っている場合は脇差、それ単体で持っている場合は小太刀と呼ぶという説があります(諸説あり?)ので、そのように描写しました。

誤字脱字、疑問、感想などありましたらお気軽にどうぞ。
読了、ありがとうございました。
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