アンジュ・ヴィエルジュ 〜知らば輝く青玉の瞳〜   作:二面サイコロ

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第三弾 運命を変える出会い

 

 放課後。

 面倒だが授業よりマシなLHRの後、今日は学校は午前で終わりなので足早に寮に戻ろうとしていた俺に呼び出しがかかった。

 言うまでもない。ソフィーナである。

 

 「重要な用件?」

 

 「今朝の暴走アンドロイドの件、あれは単なる暴走じゃなかったのよ」

 

 「?」

 

 単なる暴走じゃない? 

 意味が分からない。俺を呼び出す理由も。

 

 「ま、見てもらった方が早いわ。ついて来なさい」

 

 ソフィーナが踵を返してさっさと歩き出す。

 一体、何だってんだ?

 まあ、大人しくついて行くに越した事はないだろう。

 

 

 そして着いた先はーーー

 白の世界のアンドロイドの整備を行うらしい、よく分からん部屋だった。

 

 「Dr.ミハイル。例の奴を連れて来たわ」

 

 「ああ、ありがとう」

 

 Dr.ミハイル。

 俺も名前くらいは知っている。白の世界の天才科学者だ。確か、ソフィーナや美海と並ぶ優秀なプログレスであるセニアの開発者。白の世界の研究開発のトップに立つ、およそ俺なんかとは関わりのなさそうな人だ。

 怜悧な目と堅い口調、それに研究者然とした白衣がよくマッチしており、青の世界と黒の世界の連中にまあまあ人気が高い。今までに何人もの男どもが爆死してきたらしい。

 そのときの決まり文句が「未知のエクシードを持ったアンドロイドに生まれ変わってからなら結婚してやらんでもない」である。

 まあ、このような女性を好きになる男の性癖なんかある程度検討がつくが、言うに違わず、冷たくあしらわれるのを「ご褒美」と呼ぶ馬鹿もいる。

 ちなみに、その「ご褒美」を受けて喜んでいるのか泣いているのかよく分からない変な顔でミハイルの研究室を飛び出した男がいた、という目撃情報は(俺の知る限り)ここ数ヶ月で4件発生している。その内一件は俺がこの島に来て初めて仲良くなった黒の世界のαドライバー兼剣士のカトル・ローウェルなのは本人の名誉のためにみだりに話さないでおこう。

 

 「君が、東雲慎かい?」

 

 声をかけられ、俺は我に返った。

 

 「そうですが…Dr.ミハイル。あなたほどのお人が、俺に用、ですか?」

 

 ソフィーナが空気を読んだのか、一歩下がって黙る。

 

 「まあまあそんなに焦るな。順を追って説明しようじゃないか」

 

 ミハイルはくるりと椅子を半回転させ、コンピューターになにやら打ち込んだ。質素なゴムでポニーテールのように結んであるゆるいウェーブのかかった黒髪がぴょこんと揺れる。

 ピ、と空中投影ディスプレイに表示されたのは、朝に俺が謎の襲撃を受けたアンドロイドの少女だった。

 今は寝ているようで、小柄な体の胸が緩やかに上下しているのが分かる。

 

 「彼女はタイプ=69、ノアだ。いくらか前に開発された、比較的旧型のアンドロイドだ」

 

 「ノア……」

 

 「彼女は数年前に自身の制作者を事故で亡くしていてね。主人を失った彼女を私が引き取って、ちょっと前にこの学園に送り込んだんだ。当時ではかなりの予算と技術を惜しみなくつぎ込んだ傑作だったようだよ」

 

 「いや別に暴走アンドロイドの出自とかどうでもいいんですけど」

 

 突っ込んだ俺を無視して、ミハイルは続ける。

 

 「旧型のアンドロイドが暴走する事件は世界接続の前後によくあったものだったが、今回のは何だかただの暴走じゃないような気がしてね。それで、この子の頭の中を解析して今朝の記憶を見てみたんだ」

 

 「暴走時の記憶、ですか? しかし…」

 

 一応知識として知っている。世界接続以降の世界の異変は手がかりを残さない。白の世界のアンドロイドの暴走だって、どのアンドロイドの記憶を覗いても真っ白だったり正常に動いていた事になっていたりと、原因が全く不明なのだ。

 ミハイルは続ける。

 

 「君の疑問ももっともだ。暴走したアンドロイドの記憶を覗いても無駄。だがね、私はどうしても見てみたかったんだよ」

 

 「はぁ…」

 

 分からん。職人の勘ってやつなのだろう。

 

 「そしたらなんと、この子は今朝、事故で亡くなったはずの元・マスターと出会っていた。いや、正確には『出会っていたことになっていた』だ。青蘭学園高等部付近の路上で、ね」

 

 まさかとは思うが、それってーーー

 

 「まあ十中八九、君のことだろう」

 

 「!?」

 

 「そして、君の顔を見たとき私の予想は確信に変わったよ。この子の開発者で私が尊敬する天才博士・レアンドロ博士と似ている。君の背格好と顔が」

 

 レアンドロ博士。新しいキーワード登場。うん、誰だそれ。

 と思ってちょっと正面の空中投影ディスプレイに目を凝らすと、どうやら白の世界の高名な博士だったようである。

 

 「……」

 

 「まあいい。ここからが本題だ」

 

 ミハイルが元々キリッとした感じの顔をさらに真面目にする。

 自然と俺も椅子に座ったままキヲツケの姿勢になってしまう。

 ミハイルが言った。

 

 

 「君、この子と一緒に暮らしてやってくれ」

 

 

 ……は?

 

 

 

 

 

 

 「マスター、先ほどから視線が泳いでいます。ちゃんと前を視なくては危ないです。地球の車には衝突防止安全装置(クラッシュ・プリベンション)がありませんから」

 

 「ああ…」

 

 帰り道。

 俺は青髪幼女を連れて、自室に戻る途上である。

 もちろん、青髪幼女というのは比喩だ。正確には「青髪幼女っぽいアンドロイド」である。

 

 タイプ=69、ノア。

 

 それが、このアンドロイド少女の名前だ。

 薄い水色のきれいな髪、透き通るような青い瞳。そしてーーー

 見るからにアンドロイドな耳当てや、地球には無いようなツルツルした感じのぴっちりとした服。

 アンドロイドはもう見慣れたものだが、これがアンドロイドじゃなければ即通報されそうな容姿をしているので、今はこの独特な服装に感謝せざるを得ない。そりゃちょっとくらいキョドるのは勘弁してくれ。

 

 「マスター、あれは何ですか?」

 

 ノアが道の傍にある、目立った看板を指差す。

 看板は水色のプラスチックができており、真ん中に白抜きで牛乳瓶のようなマークがついている。

 

 「ああ、あれはコンビニだ」

 

 「コンビニとはどういう意味ですか?」

 

 「確か…コンビニエンス、便利って意味だったかな。一日中開いていて、基本的な生活用品は何でも置いてあるんだ。今は買うものは無いから、また今度一緒に寄ってやる」

 

 俺はノアの小さな頭に軽く手を載せ、わさわさと撫でてやる。

 それを見て、ノアは不思議そうな顔をした。

 

 「なぜ頭を撫でるのですか?」

 

 「これは…まあ、礼儀? みたいなもんだ。お前はやらなくていい」

 

 「地球の習慣はよく分かりません」

 

 むむむ…と、口をへの字に曲げるノア。つい子供にやるように撫でてしまったが、なにこのカワイイ生き物。

 

 「そういえば、ノアは今までどういう風に過ごしてたんだ? 数ヶ月ここで過ごしてた割にはこっちの世界に疎いじゃないか」

 

 いちいち面倒なので省略していたが、さっきからノアは帰り道の途中で目につく物を、あれはなんですか、これはなんですか、と片っ端から俺に聞いてきていた。

 その度に俺は「あれはパン屋だ。パンってのは穀物の粉をこねて焼いたもので、人類の主食でもある」「あれはドラッグストア。ちょっとした薬や衛生用品が売ってある」 などと無難に答えているのだが、いくらなんでもノアはこの世界に疎過ぎだ。

 

 「以前まではDr.ミハイルの研究室と学校を往復するだけでしたので」

 

 平然と答えるノアを見て、俺はやっぱりか、という気持ちと僅かな驚きが混ざった気分になる。

 ま、こいつもアンドロイドだからな。白の世界はさぞ退屈だったのだろう。

 俺は、そんなノアにこれから青の世界の生活を楽しんでもらいたいと思う。

 

 ーーー親のことなんか、思い出さなくなるくらいに。

 

 「ま、いいさ。これから俺が色々教えてやるよ」と、ついまたノアの頭を撫でてしまった俺に、20センチくらいある身長差のせいで見上げる形となってしまったノアが「はい、よろしくお願いします。マスター」と答えた。

 

 さて、どうして俺が今、ノアと一緒に帰り道を歩いているのかというと、話はしばらく前に遡る。

 

 

 

 

 

 「君、この子と一緒に暮らしてやってくれ」

 

 

 ……は?

 今、何て言った?

 

 「えっとミハイルさん? 今、なんと」

 

 「この子と一緒に暮らせ、と言った」

 

 は? なぜ? なぜいきなりこんな話になる。

 

 「アンドロイドが幻覚を視るなんて、前例の無い話だ。私としても非常に興味深い。それに、君と暮らす事でノアの暴走の再発防止にもなると私は踏んでいる」

 

 ミハイルが少し椅子を揺らし、小さくため息をついた。

 声のトーンをやや落として語る。

 

 「実は……ノアはね、レアンドロ博士は亡くなる前は、喜怒哀楽のはっきりした子だったんだ。博士は亡くなった後、彼女の感情の起伏は前の半分以下になってしまった。私もどうにかこの子の感情を元通りにしてみようと試みたんだが……スポーツやバイトをやらせてみても、学園に通わせても、何の変化も無かった」

 

 話を聞いて俺は、親を失って気が沈んでいたあの頃を思い出す。

 せいぜい数ヶ月だったが、あのときは本当に無気力になったものだ。

 

 「ところが、君と出会った今朝のデータを見てみると、彼女の感情が一時的に元通りに機能していたんだ。君を博士と誤認したせいだろうが、こんな前例はない」

 

 「つまり、俺を博士だと誤認させたままノアと暮らせ、ということですか? それならばーーー」

 

 アンドロイドを騙したまま生活するなんてたまったもんじゃない。バレたらまた暴走するかもしれないじゃんか。

 だが、俺がお断りしますと言う前にミハイルに言葉を遮られた。

 

 「いや、そういう訳ではない。君は君のままでいい。ノアを騙そうとか、そう言う事ではない」

 

 「だったら、俺と暮らすのは全く意味がないですよね?」

 

 「いや、意味はあるさ。少なくとも一度、ノアは君を博士と誤認しているんだ。そんな君と一緒にいることで、もしかすると新たな発見が出てくるかもしれない。それにーーー」

 

 「それに?」

 

 「これはノアを助けることでもあるんだよ。考えてみるんだ。ノアは旧型で、仮に私が引き取っているだけの立場で、しかも今朝の暴走事件だ。青の世界でも、旧型の壊れた車がどうなるか、知っているだろう?」

 

 「廃棄…処分…ですね」

 

 「その通り。下手をすればノアはすぐに白の世界の強制送還、投獄処分だろう」

 

 なるほど。話が読めてきたぞ。

 Dr.ミハイルは白の世界でもそれなりの影響力を持っているらしい天才だ。今回の事件の謎を説明した上で、研究のためという名目でノアを俺と一緒に暮らさせ、保護するということにすればーーー

 

 「なるほど。研究の為という名目でノアをとりあえず地球に置いとく、という事ですね?」

 

 「そう言う事だ。それに、私は純粋に研究対象としてノアと君が興味深い。この頼み、受けてくれるか」

 

 ミハイルが真剣な目でこちらを見る。

 しょうがない。ここまで頼まれて食い下がるのはしょうもないだろう。俺としても、ミハイルの言うことに興味が無い訳ではない。

 

 「分かりました。ノアは俺が引き取りましょう」

 

 

 「くれぐれも、ヘンな気を起こさないようにね」

 

 

 後ろからソフィーナがなんか言ってきた。ついつい存在を忘れていたぞ。

 それにやめろよ。俺を性犯罪者扱いするの。

 だから俺は、仕返しも兼ねて少しばかり毒づく。中学校の頃のソフィーナのトラウマを。

 

 「心配すんな。俺は 小 学 生 には興味なんて無い」

 

 振り返りながら言うとーーー

 べしっ!

 ソフィーナの十八番と名高いオバケ玉が俺の顔面に振り返りざま、直撃した。

 

 

 だが。

 このとき俺は、事態を甘く考え過ぎていたのかもしれない。

 美少女と突然の同居。こんな甘すぎるイベントが起こるのにーーー

 裏が無い訳ないんだよな、普通に考えてみれば。

 




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