アンジュ・ヴィエルジュ 〜知らば輝く青玉の瞳〜 作:二面サイコロ
名前:カトル・ローウェル 黒の世界出身の男
背格好:185センチくらいの鍛えられた長身
装備:西洋のロングソードに似た大剣
備考:細かい事は気にしない豪快な性格
αドライバー
「今日は楽しかったー!」
もう日が暮れつつあるがまだそれなりに明るい帰りのバス。
美海が満足げに伸びをしつつ言った。
このバスは青蘭学園の寮に向かうバスなのだが、ソフィーナは研究の続き、カトルは黒の世界関連で急に用事ができたとかで学校に行った。つまり、このバスには俺、美海、ノアの三人とまばらに席を埋める他の青蘭学園の生徒たちが乗っている。恐らく彼らも街で遊んだ帰りなのだろう。
ちなみにノアは服を買ってからずっとその格好で居る。元の服は、ノアの装備である刀剣とビーム拳銃と一緒に即日配送サービスで寮に送ってもらった。
にしても…服って、あんなに高かったんだな。普段着はユニクロとしまむらのハイブリッドの俺からすれば想像もつかない値段だったね。何だよ、ブラウス一枚で21600円って。値札見たときに、思わず財布じゃなくて拳銃抜きそうになったじゃねえか。
ま、服の即日配送サービスみたいなのは経営戦略としては優秀に思えるが。
(後でミハイルに請求してやろうかな……)
そんなみみっちい事を考えつつ、俺は「そうだな…」と生返事しつつバスのシートにより深く身を預けた。
確かに楽しかった。楽しかったさ。
その分、メチャクチャ疲れたけどな。
俺達はあれから更にアクセサリーショップ、クレープ屋、カラオケ、ゲーセンなどを回り現在に至る。
それなのに何で美海はまだ元気なんだ。お前体内に原子力エンジンでも積んでるのか? ノアは相変わらず疲れてんのか分からない無表情だけど。
あとカラオケでマイケルジャクソンの曲を歌ってた俺が微妙に異端だったのは納得いかん。将来必要になるからとかで小学生の頃から英語を叩き込まれた俺としては歌いやすい曲なんだよ。美海とソフィーナは46人足りないAKBとかを歌ってたが。ってかソフィーナ、お前美海に毒されすぎだ。
まあそんなこんなで、俺達の休日は最早休みとは呼べない程に疲れて終了した。
ま、ノアに僅かながら変化が見られたのは良かったし、丸一日使った価値はあったかな。
俺はボーッと暗くなりつつある窓の外の景色を見ながら、そんな事を考えていた。
丁度バスはこの島で一番長いトンネルに差し掛かる所だった。
ズン、と。
バスが揺れた。
ちょうど、前に押されるように。
つまり、後ろから何かに追突されたのだ。
事故か。しかしこんな直線の道路で追突なんて、向こうの運転手はバカじゃなかろうか。居眠り運転でもしたか?
後ろの方の席だった俺は、運転手の代わりにフラフラと歩いて後ろの窓を覗いてバスに衝突したアホのご尊顔を拝もうとした。
が、残念ながらご尊顔を拝むことはできなかった。
そもそも顔がないのだ。
ーーーおい、いつからスパイダーが公道走る時代になりやがった。
そこには、この前俺とノアを襲撃したスパイダーが、脚の裏側についていたらしい車輪でバスの後ろにつくように走行していた。
ヤバい。
また襲撃者か。たまーにじゃなかったのかよ。
先頭から菱形に……1、2、3…4台もいやがる。
気が遠くなる。
数が多過ぎだ。
その先頭のスパイダーの胴体から、折り畳まれていたらしいアームが伸び、がちゃ、がちゃ、と組み上がってゆく。
その先端には、短機関銃。
本当の意味で魂のない機械人形が、こちらに狙いをーーー
「銃だ! みんな伏せろ!」
車内に叫び、さっきの追突でざわざわしていた生徒たちが「銃」という単語にびくりと反応して頭を下げた瞬間ーーー
バリバリバリバリッ!
無数の銃弾が、バスのリアガラスを粉々にした。
怪我人はーーーいない。弱装弾では、ガラスはともかくバスの中まで貫通はしなかったようだ。
良かった、と安堵して冷静になった俺は、またあのHCモードになってゆくのを自覚した。
だが今回はヤバいぞ。火力が違いすぎる。おまけにこちらは揺れるバスの中、一般生徒を守りつつ戦わなくてはならない。
ノアは……ダメだ。あいつは今、武装していない。それに奴らの狙いがノアであることを考えると、大人しくしてもらった方がいい。
戦えるのはーーー俺と、美海だけか。
俺は銃を抜こうとして、やたらと体が軽いことに気づき、冷や汗が吹き出す。
予備のマガジンが、無い。
元々銃弾が尽きかけていたことと、今日は遊びにきただけという状況が災いした。
一応帯銃はしてきたが、STI一丁だけ、弾は元々装填されてた12発しか無い。刀剣もいつもの小太刀ではなく、予備の刃渡り15センチ程度の小さいナイフだけだ。
やれるか、俺。
いや、やらなきゃダメだ。
「美海、例の奴だ。四台」
「うん……」
いつもは元気いっぱいの美海も、こんな場面では緊張してしまうらしい。
「巻き込んですまない」
「ううん、私が言ったことだし」
「ノアはそこに伏せてろ。奴の狙いはお前だ。美海、ダイレクトリンク。五秒後だ」
美海に左手を差し出しながら言う。
αドライバーとは、プログレスに力を与え、そのプログレスの本来以上の力を発揮させる役目をもつ。
ダイレクトリンクは両者が意識して触れることで発動するが、今回はあまり時間がない。せいぜい五秒が限界だ。
「オーケー!」
ぱし、と美海が俺の手をとる。
「はい。申し訳ありません。マスター、美海さん」
「お前が気にすることじゃない。三、二、一、…」
バッ! と、既に剣を実体化させていた美海が割れたリアガラスから飛び出し、バスと等速で飛行する。
俺はバスの側面のガラスを蹴破り大車輪の要領で一回転してバスの屋根上に降りる。
その直後、どん、と押されるような感触がして、トンネルの凄まじい空気抵抗が襲いかかる。
一瞬転げ落ちそうになりながらも、左手でナイフを抜き、ガスッ! とバスの屋根に突き立ててバランスをとる。
見ると、美海も上手くアクロバット飛行しながら銃弾を躱しているが……動きが窮屈そうだ。
(敵の狙いは、これかっ……!)
バスがトンネルに入るタイミングで襲ってきたのは、俺をトンネルの空気抵抗で動きを鈍らせ、美海の機動力を封じるためだったんだ。
これは想像以上にやりにくいぞ。
「シンくん! 援護!」
「了解!」
美海がスパイダーの一台に狙いを定め接近する。
スパイダーがそれに気付き、美海に向けて銃弾を放つ。
ギギギギギンッ!
だがそれを先読みしていた俺は、美海に当たる銃弾だけを見切り、同数の
「やっ!」
すぱ、と美海が薙いだ剣が、スパイダーの四本脚のうち一本を根元から切断する。
本来、美海のもつレイピアのような細身の剣は斬撃には向かない。折れたり、曲がったりするからだ。
だが、美海のそれは例外。そもそもこれは美海の異能を具現化させたもので、ただの剣ではないのだ。
それでもフラフラと三本脚で走行していたスパイダーに…俺がトドメの銃弾でもう一本の脚の膝を破壊する。
まずは、一台。
だが、仲間を破壊されたことに気づいたのか、残りの三体にスパイダーがこちらに注意を向ける。
これでとりあえずバスを守れるのはいいが……俺も美海も動きづらくなる。
俺にも銃撃が集中して、バスの屋根上から身動きが取れない。
薄暗いトンネルの中だと、発砲の炎がより際立ち、まるで紅い花が咲くように見える。
だがその美しさとは裏腹に、その花は命を刈り取る死の花なのだ。
「くっそ……がっ!」
ガガガガン!
俺はバスの上に伏せたままSTIをフルオートに切り替え、スパイダーの一台に銃弾を浴びせる。
人を弾き飛ばすほどの運動エネルギーを秘めた.45ACP弾が全てスパイダーの重心に命中し、スパイダーがバランスを崩してひっくり返るのと、ガキンッ! と、残弾ゼロを告げるスライドストップが作動したのは同時だった。
残り、二台。
俺は無用の長物となってしまった銃をホルスターに収めつつ、トリッキーな飛行で銃弾を躱し続ける美海に声をかける。
「美海!」
「分かった!」
短くやりとりをし、俺はバスの屋根上からスパイダーに向かって飛びかかった。
ガガガガッ! と、真っ正面から馬鹿正直に飛びかかってきた俺に迎撃の炎が浴びせられる。
それをーーー
「うおおおおおお!」
ナイフの腹で全て受け止め、弾き、銃弾を逸らす。
凄まじい運動エネルギーに空中で押し戻されかけるが、ゴオッ! と俺の背中を美海が起こした風が叩く。
俺はそのままスパイダーに取り付き、それに装備されていた短機関銃をーーー
グリ、ボキ、バキッ!
力づくでもぎ取る。
銃とは、近接武器。最低でも銃身の分だけ離れていなくては当たらないので、ゼロ距離戦になってしまえば無効化されるのだ。
俺も取っ組み合いでカトルによく銃を無効化されたものだった。
さらに、右手に持ち替えたナイフを装甲の隙間に差し込み、ベキベキ、バキバキ、とスパイダーを解体する。
最後にガスッ! とカメラアイを破壊し、スパイダーが煙を上げて減速し始めたのを見計らって俺は、戦闘モードの全力で後ろ蹴りを叩き込み、バスの屋根に飛びつく。
「シンくん!」
がし、と既に四台目のスパイダーを破壊していた美海が、そのまま落っこちそうになる俺の腕を掴んでバスの上に引張り上げてくれる。
「すまん、助かった」
「ナイスアシスト!」
「お前もな」
突如、美海に後光が射した、と思った。
だがそれは、トンネルの出口から入ってくる光が美海に重なっただけだったのに気づき、内心で苦笑する。
間もなく、バスがトンネルを抜ける。
「なんとかなったか。とりあえず、トンネルを抜けて電波が入ったら学園に連絡してくれ。俺は今日は携帯を忘れた」
「うん」
さて、と俺がさっき蹴破った側面の窓から車内に戻ろうとしたーーーその時。
俺はできれば見たくないものを見てしまった。
トンネルの出口、そこに滞空する一つの影。
逆光で見えにくいが、恐らくラジコンヘリだ。短機関銃を装備した。
そこで俺は気がついた。
今までのスパイダーは全て、陽動のためのものだったのだ。トンネルを選んだのは、美海を封じるだけでなく、ヘリが待機しているのに気づかせないため。
本命は、こちらのヘリでの不意打ちーーー!
やられた。
美海はちょうど俺をーーー後ろを見ていたので気づいていない。
「美うーーー」
俺の警告は間に合わない。
銃で迎撃しようにも、銃弾はもうない。ナイフももう畳んで収めてしまったので、抜くのは間に合わない。
ヘリの短機関銃がーーー火を噴いた。
美海が俺の様子を見て、何事かと前に振り返った。
俺は反射的に、その銃口に向かって左手を伸ばした。
間に合ってくれ。頼む、間に合ってーーー
スローモーションのようになった俺の視界で、亜音速で迫ってくる弾が、見えた。
その銃弾は、俺の左手のひらに当たってーーー
あっけなく、貫通した。
そして止めるに至らなかった銃弾はーーー
バチッ!
美海の、
胸に、
ーーーーーーーーー直撃、した。
戦闘モードの動体視力が捉えていた。美海の服に、銃弾の穴が開くのを。
その穴は指先ほどに小さく、それだけではただの虫食いのように見える。
いや、虫食いな訳が無い。ファッションに気を使う美海が、そんなものを放置する訳ないのだ。
その直後、美海の背中で、赤い華が咲くように、血が、弾ける。
白いバスの屋根がその鮮血で染まる。赤く、紅く。
美海がゆっくりと、倒れた。
「美海! おい! 美海!」
呼びかけるが、反応がない。気を失っているのか、あるいはーーー
「美海ぃーーーーーーーーーーーーっ!!!」
暗くなりつつある空に、俺の絶叫が虚しく消えた。
夕焼けの赤い空が、飛び散った血の色を見えにくくした。
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読了、ありがとうございました。