機動戦士ガンダムSEED  ETERNAL SPIRITS   作:MIDNIGHT

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PHASE-09 星屑の海へ

セカンドシリーズ強奪による奇襲から既に十数分が経った頃―――

 

シン達と別れたマコトはカスミの手を引きながら、割り当てられていた格納庫に急いでいた。場所がミネルバ付近であったのが幸いだったのか、奇襲による標的から逃れ、遠目からでも格納庫の無事は見て取れる。

 

だが、工廠内を走る視界には、慌しく動き回る兵士達に無事だったハンガーより出撃していくMS――演習ではない本物の戦闘に、マコトは肌をピリピリさせていた。嫌な汗が身体をつたう。

 

遂先日の宇宙での模擬戦を嫌でも思い出させる。あの時も一歩間違えれば、死が待っていた。そして今この時も――無力な自分。だが、マコトは諦めない。必ず生き延びると…この手に抱く護るべきものを決して離さないと。

 

そして、そのために必要なのだ。自身の身を護るためのセレスティが。息を乱しながら、マコトとカスミはようやく目的地に到着した。

 

ハンガー内に入ると、人の気配はまったくなかった。担当官も恐らく事態に対応に負われて民間機のチェックどころではなかったのだろう。ハンガーを見やると、3基のクローラーの内、セレスティが固定されている隣の2基は空になっていた。

 

「ジェスさん達は無事に出られたのか」

 

どこかホッとするように安堵の息を漏らす。この場に機体が無いことから、恐らくジェスとカイトは無事機体に乗り込んで離脱できたのだろう。何処へ行ったかは分からないが、それを詮索している余裕は無い。

 

工廠内ではシェルターまでは遠く、また全てを把握していない以上、セレスティに乗って工廠内から離れるのがベターだ。マコトはセレスティを見上げ、一瞥するとカスミに視線を移す。

 

「カスミ、大丈夫か?」

 

「はぁ、う…うん」

 

走ってきたためか、カスミの息もやや荒い。

 

それを確認すると、マコトはカスミの手を引いてセレスティの足元に駆け寄り、下りてきていたラダーに掴まる。二人分の重量を持ち上げていくラダーがハッチ付近にまで到達すると、開かれていたハッチに飛び乗り、そのままコックピットへ乗り込む。シートに着くと同時にカスミを膝に抱え、マコトは懐から取り出したコントローラーを右のコネクターに接続させる。

 

連動し、ハッチが閉じられ、コックピット周りが透けるように周囲の映像が映し出される。瞳に光が走り、セレスティは起動する。

 

固定具を外し、セレスティは歩みながらハンガーの外に出、そしてマコトは工廠から離れようとした瞬間、突如コックピット内に奇妙な反応が響いた。

 

「な、何だ?」

 

警告音とは違う。いや、そもそも初めて見る反応だった。セレスティの正面モニターには『CRESCENT』という文字が表示されている。

 

「クレ、セント――?」

 

いったい、何を意味するのか、だが、セレスティがこんな反応を示すのは初めてだった。そして、その反応が指し示す先を表示する。

 

マコトは無意識にそちらへと振り向く。その先には、激しい砲火が轟く戦闘が行われている。あそこに、セレスティが反応している何かが在るというのだろうか。

 

だが、マコトは戸惑う。戦闘空域に向かい、巻き込まれればまず間違いなく危険が及ぶ。自分独りなら構わないが、今はカスミも同乗している。彼女を危険な目に遭わせるのは絶対避けなければならない。

 

この反応は確かに気になるが、今は逃げる方が先だった。反応に背を向けようとした瞬間、コントローラーを握るマコトの手にカスミの手が添えられた。

 

「カスミ……?」

 

困惑しながら見やると、カスミは手を添えたまま、反応が指し示す方向を見やっている。

 

「呼ばれている…同じ鍵に――そして呼んでいる…器となる虚ろなる闇が―――」

 

まるで魅入られたようにモニター越しに見詰めながら呟くカスミに、マコトはますます混乱する。カスミはいったい何を言っているのか――だが、カスミは間違いなくこの先に関心を示している。

 

(もしかして、この反応の先に、カスミと関係する何かがあるのか?)

 

今を以って不明であるカスミの失われた記憶――その手掛かりが、この先にあるというのだろうか。

 

逡巡しても答は出ない。迷っていたが、やがて一瞬眼を閉じ、やがて意を決したように見開いた。

 

「いくぞっカスミ」

 

聞いているのかは分からないが、そう呟くと同時にマコトはカスミの手の上から操縦桿を握り締め、強く握った。

 

そして、ペダルを踏み込み、操縦桿をゆっくりと押す。セレスティは唸りを上げ、スラスターを展開し、粒子を噴射する。周囲に気流の乱れを起こしながら、セレスティは上空へ舞い上がる。

 

戦闘空域を一望し、爆発の炎が咲き乱れるなか、セレスティの反応はますます強くなる。

 

そして、センサーが捉え、頭部がそちらを振り向き、モニター内に映像が捉えられる。主戦場となっている場所から程近い場所が表示される。

 

「あそこかっ」

 

あそこに何が待っているのか――不安が胸中を過ぎるも、それを抑え込み、マコトは握る力を強める。

 

息を呑み込み、覚悟を決めるとともに操縦桿を引き、スラスターが唸りを上げて噴射する。その加速に推され、セレスティは真っ直ぐにその場へと向かう。

 

まるで運命に導かれるように……その先に待つ、死神との邂逅を知らず―――傀儡のように……―――

 

 

 

 

 

機動戦士ガンダムSEED ETERNAL SPIRITS

 

PHASE-09  星屑の海へ

 

 

 

 

 

一瞬の内に舞い上がり、セレスティの上を取る黒衣の死神。その影が覆い被さり、コックピット内を陰に包む。

 

カスミの異変に気を取られていたため、マコトも反応が遅れる。次の瞬間、鋭い衝撃が身に襲い掛かった。

 

死神の振るった黒刃がセレスティのボディに叩きつけられ、衝撃と重力の圧力が機体に圧し掛かり、セレスティは地表へ叩き落された。

 

「うわぁぁぁっ」

 

押し潰されそうなほど重い圧力が加えられ、叫び声を上げるも、受け身も取れず、セレスティは格納庫に墜落する。天井を破り、破片が周囲に舞い、格納されていたMSを押し潰しながら倒れ伏す。

 

「げほっげほっ」

 

激しい嘔吐感に襲われる。コックピット内でマコトは呻き声を漏らし、カスミもまたマコトの腕のなかで表情を苦悶に歪める。

 

内臓がまるで潰されたように身体の感覚が薄く、麻痺が全体に浸透している。視界もまた靄のように霞んでいる。

 

そんな視界に否が応でも入り込んでくる黒い影。瓦礫に埋もれるセレスティに覆い被さるように上空に浮遊する死神。その黒衣が人口風に揺れ、靡き、禍々しさを醸し出す。

 

まるで蛇に睨まれた蛙――そんな状況だろうか、マコトはこみ上げてくる嘔吐感を抑え込みながら、震える手で操縦桿を握り、必死にモニターを見渡しながら何か、自分でもよく解からないが、何かを求めて視線を彷徨わせる。

 

そして、その視線が格納庫内の自機で押し倒したゲイツRの傍に転がるビームライフルに留まり、それと同時にビームライフルに向けて手を伸ばした。

 

倒れ伏しながらも、右腕が動き、すぐ傍に転がるライフルを掴み、マコトは反射的に腕を持ち上げ、トリガーを引いた。

 

弾かれるように上空へと持ち上げられるセレスティの右腕――次の瞬間、握られたビームライフルからビームが発射され、死神へと襲い掛かる。

 

だが、死神はそのビームを悠々と回避する。それでも、我武者羅に連射しながらせめて近づけさせまいと必死にトリガーを引く。そして、ようやく感覚が戻ってきたのか、痺れが取れてきた。感覚の戻った左手でレバーを掴み、それを力一杯に押し上げる。

 

それに連動し、セレスティのバックバーニアが噴射され、その反動で振り子のように上体を起こし上げるセレスティは、まるで跳ねるように飛び上がった。

 

バランスも取れず、まるで吹き飛ばされたような飛び上がり方。その行動にゼロは微かに意表を衝かれたが、弾丸のように向かってくるセレスティを僅かに身を傾け、激突することなく空中で交差し、過ぎる。

 

別に狙ったわけでもなかったが、ただ無我夢中で機体を起こし上げたため、空中で姿勢を保てず、そのまま墜落するセレスティ。工廠内にうつ伏せに倒れ伏し、その衝撃が再びコックピット内をシェイクし、表情を顰める。

 

「はぁ、はぁ…くそっ」

 

呼吸を乱しながら、なんとかこの場を離脱しようとする。やはり、来るべきではなかった。あの死神からは冷たい気配しか伝わってこない。

 

以前のステーション襲撃事件も、デブリ帯での海賊襲撃時にも感じなかった死者のような冷たい気配。まるで、人が乗っているとは思えないような感覚だ。

 

とてもではないが、関わって生き延びれられるという確証がもてない。そして、アレに関わるなと本能が伝えている。

 

マコトが必死に機体を立て直そうとするなか、カスミは虚ろな眼でただ頭を抱え、掠れた声を噛み殺していた。

 

瞳の焦点が合わぬなか、脳裏を過ぎる光景と声。そして、その絶望を喰らうように死神がセレスティに向かって瞳を輝かせた瞬間、カスミの鼓膜にその感覚が走り、鼓動が大きく脈打った。

 

激しく動悸する心臓。こみ上げてくる嘔吐感。胸を締め付ける嫌悪感。それらが入り混じり、カスミは内を巣喰う得体の知れない何かに拒否反応を示す。

 

 

 

 

 

 

―――――――死ニタクナイ

 

 

 

 

 

 

意味すら分からぬその言葉が過ぎった瞬間、セレスティの瞳から蒼穹の光が消え、それに連動してモニターがブラックアウトし、コックピットが闇に包まれる。

 

突然の状況にマコトは息を呑む。機体の故障かと思ったが、次の瞬間、コックピット内が赤い光に包まれる。

 

 

 

 

 

WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING WARNING

 

 

 

 

 

正面モニターに表示される警告を告げるレッドシグナル。

 

初めて見る反応にマコトは呆然となり、操作を手離す。その間にもコンピューターは次々とシステムを起動させていく。未だブラックボックスを多く抱えるマコトにとって、それを静止させる術はなかった。

 

 

 

 

 

 

【BLASTER MODE STAND BY READY】

 

 

 

 

 

「ブラスター…モード――?」

 

いったい何を意味するのか、そしてセレスティに何が起こっているのか、困惑するマコトを横にカスミはただ小さく呼吸を乱しながら、ポツリと呟いた。

 

「覚醒…鍵の―――」

 

その声は、コックピットに響くアラートに掻き消され、自機の異常に気を取られるマコトの耳には届かなかった。だが、それがまるで眼覚めの合図であるかのように、死神が黒刃を振り被り、セレスティに向かって加速した。

 

無防備に倒れ伏した背中を晒すセレスティ。ブラックアウトしたためにマコトはそれに気づかない。だが、次の瞬間―――――

 

 

 

 

【DRIVE】

 

 

 

 

その文字が表示された瞬間、セレスティの瞳が再び輝きを取り戻す。だがそれは、禍々しいまでの真紅。

 

そして、振り下ろされる黒刃に反射的に反応するように身を翻し、上体を起こすと同時に右手を振り上げ、黒刃を手で受け止める。

 

その交錯した衝撃波が激しいうねりとなって周囲に拡散し、瓦礫を振動させ、音を掻き乱す。

 

死神の振り下ろした刃を右手で掴み止め、互いに押し合う力の均衡が揺らし合う。そして、死神の金色と真紅の瞳とセレスティの真紅の瞳が交錯した瞬間、セレスティはスラスターを噴かせ、機体を押し上げた。それにより均衡が崩れ、押し返される死神。強引に振り払い、距離を取ってバックステップで着地する。

 

抉る地表と噴き上がる粉塵が黒衣を振動させる。それを見据えるセレスティのコックピットで、マコトはただただ唖然となっていた。

 

モニターは回復し、ようやく周囲の映像が映し出されたが、そこには驚くべき光景があった。いや、正確には今の状況に、マコトは驚愕を超えていた。

 

「どうなってるんだ……」

 

掠れた声で囁かれた言葉は誰に向かって問われたのか――マコトの手は今、宙を彷徨っている。いや、そもそもマコトは現在操縦を行っていない。あの異常状態からセレスティの操作は一切行っていない。

 

にも関わらず、セレスティは動いている。動き、あの死神を相手に対処している。主であるはずのパイロットの意思など関係なく。

 

だが、その疑問に答えるものは無く――主の存在を無視し、セレスティは真紅のカメラアイを睨むように輝かせ、獣のような駆動音を轟かせ、死神に向かって加速した。そのパイロットを完全に無視したGにマコトの表情は歪むも、それを気にも留めず、セレスティは死神に向かって拳を突き出した。

 

死神は拳を横へと跳んでかわすも、空を切ったと同時にセレスティは足を軸に踏み止まり、上体を捻るように回転し、腰部からビームサーベルを抜き、バネのように振り薙いだ。

 

薙がれた刃が死神に斬り掛かるも、死神も黒刃を振り上げ、受け止める。交錯する刃と刃が火花を散らし、互いの機体を照り映えさせる。

 

モニターから差し込む閃光が眩くなか、ゼロは口元を緩めた。

 

「カスミ――もっと己の内の虚無に身を委ねなさい」

 

今のセレスティの姿こそが、自らが望んだものであるとでも言うように、ゼロは操縦桿を切って死神を操り、セレスティの刃を弾き返した。

 

弾かれたセレスティは体勢を崩すも、片足を軸に堪え、バルカンを斉射する。だが、襲い掛かるバルカンを回避しようともせず、黒衣で受け止めながら突き進み、死神は脚部を振り上げ、セレスティのボディに叩き入れた。

 

その衝撃がコックピットにも大きく伝わり、激しい振動がマコトやカスミに襲い掛かり、呻き声を漏らしながらセレスティは格納庫の壁に叩きつけられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その頃、戦線を離脱した刹那は被弾したザクウォーリアを抱え、仮設された司令部らしき避難所へと後退していた。

 

2機が降り立つも、周囲は騒然とし、気に掛ける者は少ない。連れてこられるままだったキラはやや複雑な面持ちでモニターの風景を一瞥し、溢れる負傷者に忙しく動き回る兵士達の様子を見やる。

 

《医療チームD班は第7工区へ!!》

 

《Bブロックも駄目だ、動ける機体はミネルバのドックへ行ってくれ!》

 

集音スピーカーから響く怒号に、状況が予想よりも悪いことが裏づけされる。刹那も予断を許さぬ状況に警戒しながらモニターを見ていると、端に移動体を捉え、モニターに表示し、拡大する。そこには、軍用バギーに乗った軍人達が映し出されていたが、その後部座席に座る人物は、刹那にとって見覚えがあった。

 

だが、今は気に掛かるのは隣の機体に乗っているであろう相手のこと。

 

《雫、大丈夫?》

 

コックピットに響いた声にハッとキラが我に返ると、隣でザクを支える吹雪から『SOUND ONLY』の回線が開かれ、不安な声色で同乗する雫の安否を問う。

 

「ええ。私は大丈夫です」

 

キラの隣で、やや表情を顰めながらも答える雫に回線越しではあったが、刹那の安堵の溜め息が聞こえる。そして、次にはやや咎めるような口調でキラに話し掛けてきた。

 

《パイロットの方、僕は撤退してくださいと言ったはずですよ。確かに僕には貴方に命令する権利はありませんが、他国の代表を同乗させて戦闘をするなど》

 

刹那自身は部外者ではあるが、自国の代表が乗っているなら話は別だった。元々は、刹那が雫の護衛を請け負って同行していた。状況的にそれが不可能であったことを差し引いても、要人を同乗させたままで戦闘に加わり、負傷でもさせれば国際問題にもなる。

 

その事を理解し、キラも自身の迂闊さと軽率さに表情を暗くする。

 

「私は大丈夫だから、それより秘書官。ラクスさんの方を」

 

止むを得ない状況であったことは雫も理解しているし、宥めるように制すると、負傷したラクスを心配げに見やり、キラも暗い面持ちながらも、ラクスの安否を気遣うように呼び掛ける。

 

「ラクス」

 

取り敢えず意識を確認しなければならない。なるべく小声で呼び掛け、身体を微力で揺さぶると、ラクスの睫毛が微かに震え、その瞼が動き、青い瞳が薄っすらと開かれていく。

 

「キ…ラ……?」

 

掠れた声ながらも、ハッキリと応じたことに一応の安堵を憶え、キラは大きく息を吐き出した。

 

「大丈夫?」

 

「え、ええ…大丈夫です―――」

 

ゆっくりと身を起こし、額を押さえながら頭を支える。頭を殴打したはずだから、かなり立ち眩みを感じているはずだ。

 

「ラクスさん、無理はしないで」

 

「は、はい――」

 

気遣わしげに話し掛けると、ラクスは未だ青い顔ながら微笑んでみせた。その表情にキラはやるせないものを自分自身に感じ、自己嫌悪した。

 

「ごめん、つい…」

 

いくら眼の前でかつての仲間が窮地に陥ったとはいえ、今の自分の状態も考えずに戦闘に介入したのは大きな過ちだった。かつてレイナにも言われたことだ。後悔を憶えながら詫びるキラに、ラクスは紛らわせるように答えた。

 

「いいんですよ。キラだけの責任ではありませんから」

 

正直、ラクス自身も不甲斐ないと感じているのだ。仮にも前大戦時にはMSに乗った身。パイロットとしての心構えも曲りなりも持っている。このぐらいなら、戦闘の際には考えられることだ。

 

「それよりも、早く斯皇院様が安全に降りられる場所へ…っ」

 

自分はいいが、雫はそうはいかない。早く安全な場所へ向かわせようとするも、頭に響く鈍い痛みに再度頭を押さえる。その押さえた手から微かに鮮血が零れ落ち、キラは息を呑み、慌てて操縦桿を動かした。

 

「とにかく、すぐに安全な場所へ向かうよ」

 

こんな状況ではラクスに手当てもできない。雫とて打撲ぐらいは負っているはずだ。その治療のためにはもう少し戦闘区域から離れた方がいい。

 

「ええ。そう言えば、リンは――?」

 

ラクスの問い掛けに、ようやくキラもリンの存在を思い出した。

 

「あのご同行されていた方ですか? 強奪された3機とは別に、奇妙なMSらしき機体と戦闘に入りましたが、それ以降は――」

 

工廠内を逃げているときに庇ってくれたラクスの随官らしき女性の姿を思い浮かべ、雫が躊躇いがちに言葉を濁す。

 

キラも最後に確認できたのはあの黒衣の機体と戦闘に入ったまでだ。その後は分からない。

 

「大丈夫だよ、リンは」

 

根拠のない言葉だが、リンをよく知るラクスは小さく頷き返す。心配ではあるが、リンはそう簡単に死ぬような存在ではない。

 

不安は拭えないものの、キラも頷いて未だ繋がったままの吹雪の刹那に話し掛ける。

 

「移動します。貴方も御同行ください」

 

《分かりました》

 

この状況では、ザフト軍機ではない刹那の吹雪が単独で行動すれば、殺気立っている軍と余計なトラブルを起こしかねない。刹那が応じると、キラも頷きながら同乗者に気を遣うようにゆっくりと機体を移動させる。

 

移動するモニターの光景に、ラクスと雫の表情は暗く歪み、同時に哀しい現実を感じる。

 

黒煙が立ち込め、瓦礫が散らばる無残な破壊の爪跡。破壊されたMSが力尽きたように格納庫の壁に身を凭れさせ、または倒れ伏す姿は無常なものを嫌でも知覚させる。そしてこの惨状を作り出したのは、ザフトがその威信をかけて造り上げたセカンドシリーズ。

 

その力を恐れたのか――それとも欲したのかは分からない。だが、その新たな力はこの災いを齎した。そしてその災いを断つために対峙するのは同じセカンドシリーズという力。新たな力が争いを呼び、そして争いが無くならぬが故に力が必要となる。決して切れぬ二つの連鎖。

 

「やはり、力無くば…蹂躙されるしかないのでしょうか」

 

雫は暗い声色で静かに呟く。その問いにキラとラクスは答える術はない。かつて、力を求め、その理不尽と思える現実に抗った者として――答えることなどできるはずもなかった。

 

《―――ところで、どちらへ向かわれるのですか?》

 

通信越しに同じように聞いていた刹那だったが、刹那にも答えられず、だがそれでも雫の心情を和らげようと話題を逸らす。

 

「ええ、ドックの方は無事のようですので、そちらへ向かいます。ドックには新造艦のミネルバも係留されています」

 

ドックの周辺は幸いに無事らしい。先程の兵士達の会話を集音マイクで拾って確認した。そこには現在ミネルバもある。避難場所としては今現在ではベターな場所だろう。

 

《ドックの方ですか? そう言えば、先程デュランダル議長らしき方が向かわれていましたが――》

 

「議長が?」

 

一瞬驚くも、渡りに船とはこの事だろう。部外者である日本の二人にMS。この混乱にあってはデュランダルが近くにいてくれた方が余計なトラブルも無く、身元を保証してくれるし、なにより優先的に手当ても受けさせてもらえるだろう。

 

それを考え付くと同時にキラはザクの手をドックの方へ指差し、刹那も応じてザクを抱えたまま、吹雪をドックの方へ向かって歩み出させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アーモリー・ワン外部では未だ激しい砲火が轟いていた。船体を被弾し、大きく傷つき、満身創痍ながらも必死に応戦していたナスカ級戦艦:フーリエはガーティ・ルーに対しビーム砲を放つも、ガーティ・ルーはスラスターを駆使し、砲撃を回避する。

 

「ゴッドフリート、撃てぇぇぇ!」

 

エヴァの号令とともに狙いを定め、トドメの一撃を放つ。放たれたビームの光条が真っ直ぐにフーリエの船体を貫き、僚艦と同じように爆散し、沈んでいく。

 

「ナスカ級撃沈!」

 

「左舷後方よりゲイツ、新たに3!」

 

「同方向にナスカ級、及びローラシア級!」

 

爆発がブリッジを照り映えさせたと思ったのも束の間、外周を哨戒していた他の警備隊が駆けつけてきた。ナスカ級とローラシア級戦艦からゲイツRが3機発進してきた。

 

「アンチビーム爆雷発射と同時に加速20%、10秒! ミサイル発射管、1番から4番スレッジハマー装填! MSを呼び戻せ!」

 

ガーティ・ルーより放たれるアンチビーム爆雷が艦周辺に散布される。港は作戦通り奇襲で機能を封じ込められた。新たに艦を出す余裕は無い。だが、MSまではそうはいかない。そして哨戒部隊がこちらに向かって集結しだした。

 

命令を出すエヴァの隣で、無表情のまま思考に耽っていたロイは徐にオペレーターに尋ねる。

 

「彼らは?」

 

「まだです」

 

問い掛けられたオペレーターは表情を顰めながら答え返し、ロイはやや困惑したように息を吐き、エヴァも表情を顰める。

 

「トラブル? それとも、失敗――かしらね?」

 

アーモリー・ワンに潜入したはずの別働隊のことだ。既に帰還の予定時間を過ぎている。

 

「距離5000に新たにローラシア級!」

 

「同方向よりMS、数4!」

 

またもや別方向から向かってきたローラシア級からジンとシグーの混成部隊が発進してきたのが確認できた。突撃銃の応酬を受け、友軍のダガーLが被弾し、爆発する。

 

「イザワ機、撃墜!」

 

その報告にエヴァは表情をますます険しくさせ、睨むようにロイを見やる。

 

「流石に港を潰した程度では、ザフトの戦力を封じ込めるのは無理だったかな」

 

そんなエヴァの視線を受け流しながら、ロイは愉しげに顎をさすり、微かに生える無精髭が指肌をざらつかせる。

 

「港を潰したといってもあれは軍事工廠よ、長引けばこっちが保たないわ」

 

エヴァは上官の注意を喚起した。

 

内部に潜入した部隊も気掛かりではあるが、これ以上この宙域に留まるのは危険だ。いくら相手の不意を衝いたとはいえ、こちらはたった一隻。それに対し、哨戒部隊やアーモリー・ワンから増援のMSが現われ、手詰まりにされている。いや、もしかしたら機能を封じ込めた港自体、早くに復旧しないという保障がないわけでもない。

 

一部隊のために部隊全体を危険に晒すのは、艦長としてはあってはならないことだ。

 

そんなエヴァに対し、やんわりと笑みで制し、ロイは肩を竦める。

 

「私とて分かっているさ。だが、失敗するようなら、所詮はそこまでのもの。そんな駒は必要ない。彼らがその程度の駒で終わるような連中ではないさ。それにアイス・ブリットまでつけたのだ。失敗されては困るし、私もこんな作戦、最初からせんさ」

 

どこまでが真意なのか――時折見せる冷徹な一面を覗かせる上官に、エヴァも黙り込む。その様子を一瞥したロイが一瞬こちらを見やると、エヴァは内にざらりとした感覚を憶える。サングラス越しに感じるロイの眼光。そのなかに混じる鋭い刃のような光。思わず息を呑むエヴァにロイは席を立ち、身を翻す。

 

「出て時間を稼ぐ――艦を任せるぞ」

 

返答を待たずして、ロイは後方のエレベーターに乗り込んでいく。その様子を一瞥し、エヴァは緊張が僅かに解れたように息を吐く。だが、あの内の鋭さに魅入られている自分がいる。そんな感情も否定することはできない。そして、自分の上官は自分本位で進めることも――エヴァには嫌でも理解できた。

 

(男はいつだって自分勝手なものね――)

 

苦笑を浮かべつつも、そんな彼を補佐するのが自分の役目だとでもいうようにエヴァはCICに向けて指示を飛ばす。

 

「艦固定! カタパルト開け、格納庫、エグザスを出す! 準備急げ!」

 

指揮官自ら戦線に出るのは好ましくないが、こちらの艦載機数が圧倒的に劣る現状では仕方ない。おまけに上官もパイロットとしての性をかなり強く持っている。

 

エヴァは淡々と溜め息を零した。

 

 

 

 

 

格納庫に降り立ったロイは騒然とする整備士のなかを掻き分け、リニアレールにスタンバイされている機体に向かって無重力のなかを飛ぶ。

 

機体上部ハッチ付近には、一人の整備士が待機していた。その整備士に手を振りながら話し掛ける。

 

「軍曹、準備は?」

 

「いつでもいい。だが、パイロットスーツぐらいはつけてくれや」

 

顔に皺を刻んだややくたびれた容貌の男は整備帽を上げ、咎めるように注意を促すも、ロイはやんわりと制し、コックピットに乗り込んでいく。

 

「あいつら迎えに行くんだろ、お前さんも無理するなよ」

 

「ああ」

 

覗き込みながら応じると、ハッチを閉じ、一瞬暗闇に包まれたロイだったが、次の瞬間にはモニターに光が灯り、計器類が浮かび上がる。パネルを叩きながら操縦桿を握り、感覚を確かめる。

 

『TS-MA4F:エグザス』――それがこのMAの名称だった。

 

前大戦において、地球軍の主力を担ったMAの次世代型。既にどこの軍でもMSが主力となっているが、ロイ達の属する連合軍はMAの強化に再着手し、このエグザスもその過程で開発された機体だ。無論、ただのではないが。

 

エグザスを固定したリニアレールが格納庫から移動し、発進口へと移動していく。発進のタイミングをCICから移行させ、準備が整うと同時にロイは不適な笑みを浮かべ、機体を固定するアームを解除する。一瞬、身が浮かび上がるような感覚を憶えたと同時に操縦桿を引いた。

 

開かれたガーティ・ルーの左舷ハッチより、宇宙の海へ飛び出す一機の純白のMA。細く尖った機首から後部へかけての流線型のフォルムが獰猛な鮫を思わせる。機体下部に一対のレールガンを装備し、機体周囲には取り巻くように4基の特殊兵装が備わっている。

 

機体を加速させながらロイは、エグザスをガーティ・ルーに接近を試みるゲイツRに向ける。新たな敵影に気づいたゲイツR3機が攻撃を集中させるも、まるでその弾道を見切っているようにエグザスが攻撃の間隙を縫って回避する。

 

正面モニターのなかで照準が動き、それがゲイツR3機を捉えた瞬間、ロイは口元を微かに歪め、エグザスの4基の特殊兵装を展開した。

 

4方に飛ぶ4基が縦横無尽に独特の軌道を描き、ゲイツRらにビームの雨を浴びせかける。

 

ゲイツRらのパイロット達は、何が起こったのか理解する暇もなくその命を炎のなかに呑まれた。爆発を機体に浴び、白のボディを赤く染めながら周囲を飛び交う4つの特殊兵装が機体に固定される。

 

M16M-D4:ビームガンバレル――メビウス・ゼロに装備されていた装備をより発展させた直系後継機。次なる獲物を求め、ロイはエグザスの機首を向ける。

 

機体に固定されていたガンバレルを解放し、加速しながら展開する。高速で動く小さな飛翔体を捉えるのは並大抵の腕では不可能だ。

 

ジンやシグーは翻弄され、次々と被弾して爆発の閃光へと消える。オールレンジによる多重攻撃を可能とするこのエグザスにとって、数機のMSなど脅威にならない。だが、このエグザスもその装備の特殊上、卓越した高度な空間認識能力が必要不可欠であり、この機体はほんの数える程度しか生産されていない。

 

ロイは喰らった獲物に満足気に笑みを浮かべ、一路アーモリー・ワンに向かって加速する。瞬く間に敵を一掃したエグザスに、ガーディ・ルーのブリッジではクルー達が歓声を上げ、エヴァはやれやれと指揮官席でゆっくりと座ることをよしとしない上官の豪胆さに苦笑を零した。

 

 

 

 

 

 

 

 

外部での戦況バランスが再び水平に戻ろうとするなか、内部での戦いはバランスが傾きかけていた。

 

強奪したセカンドシリーズ3機と関連パーツを奪取した部隊が後退を始めた。いくらなんでもバッテリー駆動機である機体がそう長く戦えるはずがない。

 

先行離脱したダガー部隊に追い縋るように外殻の強化ガラスに向かって飛行するカオス、ガイア、アビス、ストライクE。ただ、我武者羅に逃げるガイアのコックピットでレアは震えるように身体を片手で抱き締めたまま、もう片方の手で必死に操縦桿を握る。それが、自身の命を繋ぐ命綱とでもうように。ただひたすら逃げることのみに意識が向いていた。

 

そんな彼らを追撃するシン達。インパルスとセイバーの後方に就くザクのコックピットで、レイとセスは互いに状況を分析していた。

 

「どう思う、セス?」

 

《セカンドシリーズの奪取が目的でしょう――なによりミネルバが狙われていない》

 

そう、強奪された3機による奇襲によって受けた被害は甚大だ。だが、腑に落ちないのはそれがMSによるもののみということだ。

 

工廠の破壊なら物理的なものでなくていい。爆発物をセットするなり、警備システムをダウンさせるなど、工作はいくらでもあるはずだ。前大戦でクルーゼ隊が行ったように。だが、実際に受けたのはMSによる被害のみ。そして、セカンドシリーズと同時期に公表されたはずの新造艦たるミネルバは攻撃対象に入っていない。敵の目的が新型機奪取なら、戦艦も狙うはずだ。

 

それが行われていないところを見るに、これは『挑発』に近い可能性が高い―――その目的は、おぼろげながら察せられるが、それは口を噤んだ。

 

《こちらが受けた被害もばかにならないけど》

 

そう漏らしたセスにレイも内に沸き上がる怒りを抑えられずにはいられない。

 

《問題は何処の部隊か――なにより、何故この時期に行動を起こしたかよ》

 

「ああ――っ」

 

疑念に思考を巡らせていると、逃げに徹していたカオスが突如機体を反転させ、ビームライフルを放ってきた。

 

4機は分散し、それに目掛けてエレボスは、カオスの背部の機動ポッドを分離させ、攻撃する。2基のEQFU-15X機動兵装ポッドがビームを放ちながらザクに迫る。前大戦において使用されたドラグーンシステムの流れを汲む無線のオールレンジ兵装。それらが無秩序に動き回り、4機の動きを掻き乱す。その隙を衝き、アビスが前面に滑り込み、胸部のカリドゥスと肩の3連装ビーム砲を放った。

 

余計な詮索をしている場合ではない。回避したセスはザクのビーム突撃銃を構え、アビスに放つ。アビスは肩の装甲で受け流しながら後退し、セスは背後に感じた気配にハッと身を翻す。

 

脇をすり抜けるように過ぎるビーム。カオスがセスのザクを逃し、エレボスが舌打ちしながら次のターゲットをインパルスに定め、攻撃を集中砲火で浴びせる。

 

ビームを回避し、シールドで受け止めながらシンは歯噛みする。

 

《なんて奴らだ! 奪った機体でこうまで――!?》

 

カオスのドラグーンによる攻撃は試験時にコートニーが行っていたのを見てはいるが、実際に向けられたのは初めてだ。なにより、コーディネイターでも操作が難しいドラグーンをこうまで巧みに――しかも、初めて乗った相手が使いこなしているという現実に困惑する。

 

もしこれらの機体を取り逃がせば、それは将来自分達の――ひいてはザフトにとって脅威となろう。自分達の手で造り上げた機体によって窮地に陥るなど、滑稽もいいところだ。尚更、逃がすわけにはいかないとステラもセイバーのビームをカオスに浴びせ、牽制する。

 

「脱出されたらお終いだ! その前になんとしてでも捕らえる!」

 

一連の攻撃はどれも牽制に近い。現に、カオスとアビスは遠距離攻撃に徹しながら距離を少しずつ拡げている。

 

《分かっているっ、逃がさないっ》

 

苦々しい口調でシンが答え、距離を空けつつある敵機に追い縋ろうと外殻に向けて加速し、ステラ、レイ、セスもそれに続く。

 

追撃が続くなか、レイは突如内に奇妙な感覚が駆け巡った。反射的にシートの上で身を起こす。

 

(なんだ……?)

 

背筋を駆け抜けるような奇妙な感覚。言い換えれば、敵の殺気を感じたとでも言うのだろうか。機体の異常かとも思ったが、特にレッドシグナルは点灯していない。今の奇妙な感覚もほんの一瞬ですぐに掻き消えた。だが、その感覚が身を貫いた瞬間、見えない何かに頭を押さえられたような圧迫感を憶えた。

 

初の実戦によるプレッシャーで、極度に緊張しただけかもしれない。身体の不調も否定できないが、今は戦闘に集中しなければならない。ここでレイが抜けては戦力が低下する。レイはそう切り捨て、意識を前方に集中させる。

 

胸の内に、その小さな違和感を残して――――

 

 

 

 

 

 

ミネルバの艦橋では、バートがなんとか司令部にコンタクトを取ろうと何度もコールを送っていたが、既に機能をほとんど失っている司令部が答えられるはずもなく、返ってくるのはノイズだけであり、顔を顰める。

 

「ダメです! 司令部、応答ありません!」

 

その報告を耳にし、タリアは眉間に皺を寄せ、顔を顰める。司令部は愚か、港との連絡も既に途絶えている。恐らくは先程の震動――あれが港への攻撃であったのだろう。後手に回っていることに対し、敵の鮮やかな手腕に敬服するとともに苛立ちが募り始めていた。

 

「工廠内ガス発生、エスバスからロナール地区まで、レベル4の退避勧告発令」

 

別系統で情報収集に当たっていたメイリンの報告を聞き、タリアの機嫌は滅入ってきた。それを表情には出さないものの、実直である副長は明らかな動揺を口にする。

 

「艦長――まずいですよね、コレ? もしこのまま逃げられでもしたら……」

 

マズイに決まっている。そんな事口に出さずとも分かっていることだ。どうにも言わずもがなのことを言い過ぎるアーサーにむっつりと答える。

 

「―――バサバサと首が飛ぶわね、主に上層部の」

 

やや投げやりに答え返すと、アーサーは更に情けない声を出した。その様子にますます心のなかに溜め息を零す。

 

艦の責任者が動揺を表に出せば、それは下層にも伝わる。どのような状況であれ、毅然とした態度をとらねばならない。副長という役職に就いている以上、もう少し毅然としてほしいものだと、タリアはアーサーをこの事態が収拾した後には、みっちりとしごいて鍛えてやると、このような状況下ではあるが、心に決めた。

 

「でも、そんなことさせてたまるもんですか」

 

そう、それも全ては事態を収拾させてからだ。そのためにも敵を決して逃してはならない。

 

「ザ、ザクウォーリア帰投します!」

 

その時、ブリッジ前方にバックパックから煙を噴出している赤のザクウォーリアがよろよろと向かってきた。

 

「ハッチ開放、整備班に通達!」

 

ミネルバのハッチが開放され、ルナマリアのザクウォーリアが緊急着艦する。

 

機体をおぼつかない足取りながらもなんとかカタパルト内に着地させ、格納庫内に機体を移動させていく。元々、この艦に配備が決まっていた機体だ。搬入が前倒しになったと思えばいい。メイリンがパイロットが無事であることを確認し、ホッと安堵の息をついている。

 

若干の余裕がうまれたのか、タリアは顎に手をやる。

 

「それにしても――何処の部隊かしらね? こんな大胆な作戦――」

 

モニターには、シン達の追撃を振り切って、外殻を目指すセカンドステージ3機に未確認機種が映し出されている。

 

先行離脱したダガー部隊は、既に破壊された天頂部から脱出している。どうやら彼らはパーツ回収のために回されただけのようだったが、逃してしまったことに歯噛みする。

 

港への連絡が途絶えたと同時に侵入してきたあの未確認機群。だが、随行していたのは間違いなくダガーだった。となれば、必然性から考えれば、地球側の勢力と考えられる。

 

だが、と疑問にぶつかる。強奪されたセカンドステージ3機をあそこまで自在に乗りこなすという点から考えると、その線も疑問が残る。あれらはかなり特殊な機体であり、それを奪って早々に乗りこなすようなパイロットが、ナチュラルであるとは思いがたい。

 

2年前のクルーゼ隊の模倣犯のようにも見えるが、そこにコーディネイターとナチュラルという違いが出てくる。にもかかわらず、これほどの作戦を遂行できる部隊となると、勢力は限られてくる。

 

(大東亜連合? それとも大西洋連邦――いえ、もしかしたらブルーユニオン?)

 

可能な限り浮かびうる勢力を挙げてみる。式典前の混乱に紛れて潜入、新型機を奪取し、プラント内部で騒ぎを起こし、それに呼応するように外部からの襲撃で港を潰すなど、という組織立った行動を取れる存在など。

 

念のためにメイリンに機種のIFFの検索をさせてみたが、IFFに反応はなし。

 

思考を巡らせていると、タリアの背後のエレベーターが開き、一同が顔を向けると、アーサーらは息を呑み、タリアは後ろを振り向き、その人物を認め、驚きの声を上げ。

 

「議長!?」

 

彼女の視線の先には、随員を伴ったデュランダルの姿があった。進水式と軍事式典に出席するために訪問中であったことは知っていたが、何故シェルターに避難もせずここへ――と、疑念を遮るようにデュランダルは声を張り上げた。

 

「状況は!? どうなっている!」

 

こちらの驚きを留めず、端正な顔を引き締め、厳しい表情で訊ねるデュランダルに、タリアはモニターを見回しながら簡単に状況を説明した。

 

「――御覧のとおりです」

 

取り敢えずだが、把握しているだけの状況を手短に説明する。どれもが滅入りそうな内容だが、タリアの内心には、それ以上に重く圧し掛かる厄介な事態に陥っていた。

 

有毒ガスが発生しているコロニー内部からシェルターへの避難ではなく、事態把握のためにミネルバに来た。最高責任者として、真っ先に安全な場所に逃げるわけにはいかないという姿勢は確かに立派だろう。

 

彼に対してはタリア自身、公的のみならず個人的な事情においても好意を抱いている以上。

 

だがそれは、あくまで平時のブリッジ外でのことに限る。今は自分はこの艦の艦長であり、非常時だ。戦闘中に部外者――しかも、抗いがたい権力を持った人物を艦橋に入れたがる艦長など、そうはいないだろう。

 

揮系統を乱されることが艦長にとっては最も嫌な事態なのだから。おまけに、そこに私的な事情も関わっているのならば。

 

内心、溜め息を零すなか、モニターの向こうがパッと明るくなり、一同は弾かれたようにそちらに眼を向ける。

 

離脱していたガイアが、ビーム砲とライフルを外殻の強化ガラスに向けて一斉射したのだ。コロニーの構造上、強化ガラスは絶対の気密性を求められる。それ故にその厚さは並大抵ではない。艦砲でも一撃では破壊するのは難しいのだ。

 

案の定、その一斉射だけでは僅かにガラスを融かしただけだが、ガイアは二撃目を放つ。いくら強化ガラスでも何度も受ければ、強度は保たない。

 

それを阻止せんとインパルスがバックパックが二対のビームブーメランを構え、投げ放つも、それに気づいたアビスが横から一斉射で狙い、ビームに呑まれて爆発する。

 

「マズイな」

 

デュランダルが苦い呟きを漏らす。

 

その間にもガイアは再度外殻に向けて砲撃し、インパルスらはカオス、アビス、そして未確認機であるストライクEに阻まれて阻止に向かえない。その状況にどう対処すべきかと巡らせるなか、インパルスから通信が送られてきた。

 

《ミネルバ! フォースシルエットを!》

 

空中戦になった今、近接戦闘装備であるソードでは分が悪い。シンの要求に、アーサーが戸惑ったようにタリアの方を向いた。

 

「艦長?」

 

窺うアーサーに、タリアは即座に心を決め、応じた。ここがあの3機を押さえる最後のチャンス、ギリギリの瀬戸際だ。持てる手札を切るなら、今しかない。

 

切り札をただ出し惜しみしては負けるだけ――軍人としての勘からそう決めると、メイリンに指示を飛ばした。

 

「許可します、射出して!」

 

「は、はい!」

 

タリアの命を受け、メイリンが慌てて格納庫に指示を飛ばす。

 

即断したタリアにアーサーはふと背後を気にし、視線を後方へと送った。タリアもまた、肩越しにデュランダルを見やり、どこか皮肉が混じったように問い掛けた。

 

「もう、機密も何もありませんでしょ?」

 

「ああ……」

 

諦めたように肩を竦めるデュランダルの声の後、メイリンが上擦った声でMSデッキに呼び掛けた。

 

「フォースシルエット、射出スタンバイ!」

 

メイリンの管制に従い、ハンガーでは『1』と名打たれたハッチが解放され、内部から折り畳まれた黒い飛翔体が姿を現わす。

 

「フォースシルエット射出シークエンスを開始します」

 

バーニアにスラスターを装備した高機動を思わせるフォルムを持つ飛翔体を固定する台座がゆっくりと中央のエレベーターにセットされる。

 

「オールシステムズゴー、シルエットフライヤーをプラットホームにセットします。中央カタパルトオンライン、非常要員は退避してください」

 

セットされると同時に周囲が気密シャッターで覆われ、台座をゆっくりと上部へ移動させていく。

 

そして、ミネルバの艦橋下部の射出口のハッチが開放されていく。

 

開かれたハッチの奥に見えるカタパルトデッキに到達したフライヤーがバーニアを噴かし、グリーンの光が指し示す先へと自動操縦で発進する。

 

ハッチから飛び出したフライヤーは急加速し、主のもとへ急行する。

 

天頂部へと向けて飛行するフライヤーをミネルバへと進行するキラや刹那も気づき、一瞬視線をそちらに向ける。だが、その意図を知らぬ二人はただ飛び去った軌跡を一瞥し、一路ミネルバへと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

空中で立ち往生に近いインパルス目掛けてカオスが狙いをつける。

 

「空中戦はこっちが上と見たぜっ」

 

不適な笑みを浮かべ、エレボスは卑下た視線を向ける。空中で徐々に動きの悪さを露見させるインパルス。元々は対地戦用の装備だ。空中戦には向いていない。

 

歯噛みするシンに向かって、カオスがMA形態へと変形し、ホバーモードに近い状態でインパルスを翻弄する。周囲を掠めながら焦らし、相手の隙を誘う。

 

迂闊にその挑発にはのらないシンに段々と苛立ってきた。こちらには時間が無いのだ。痺れを切らしたエレボスは機動ポッドを本体へと戻し、インパルスをロックオンし、ミサイルを発射する。

 

軌道を描きながら真っ直ぐ進むミサイルを、インパルスは胸部機関砲で弾幕を張り、ミサイルを叩き落す。爆発がエレボスの視界を覆い、舌打ちする。

 

レイはザクファントムの精密な射撃でアビスを狙うも、ステュクスは舌打ちしながら操縦桿を切り、曲芸飛行で弾幕の間隙を縫うように回避する。

 

ザクファントムは左手にビームトマホークを装備し、アビスに斬り掛かるも、ランスを振り上げて刃を受け止める。押し切ろうとするザクファントムを捌いていなし、蹴りをボディに叩き込み、弾くと同時に狙撃する。

 

衝撃に呻きながらもレイは歯噛みし、火線をかわす。

 

「やれやれ…しつこいですねぇ」

 

「鬱陶しいんだよっ、てめえらっ」

 

大きく溜め息を零すステュクスにエレボスは敵意剥き出しに叫び、反撃する。

 

そして、セイバーとザクウォーリアの同時攻撃に晒されるストライクE。ザクウォーリアがビームでストライクEの動きを牽制し、その隙を衝いてセイバーがビームサーベルを振り上げて迫る。

 

咄嗟のことで反応の遅れたカズイ。寸でのところで刃をかわすも、左手のライフルの砲身を斬り落とされ、爆発が機体を襲い、舌打ちする。

 

流石にこの状況はまずい。後一歩で離脱できるのだが、ガイアは一機でひたすら外殻に向けて攻撃を続けているが、コロニーの外殻を成す厚い自己修復の強化ガラスはなかなか破れずにいる。

 

一機の火力では時間が掛かる。かといって今の状況で天頂部の港を目指すわけにもいかない。再度斬り掛かるセイバーの斬撃を左手でビームサーベルを抜いて受け止め、弾き飛ばし、ザクウォーリアをバルカンで牽制する。

 

そして、ただ逃げることのみに執着するレアは泣きそうな表情でトリガーを何度も引き、攻撃を強化ガラスに浴びせる。

 

「壊れて壊れて壊れて壊れて壊れてぇぇぇぇ」

 

犯ら狂のように叫びながらガイアのビームを浴びせる光景をモニターで確認したシンは唇を噛んだ。

 

「くそ、あいつ!」

 

このままでは強化ガラスが破られてしまう。ガイアを止めようと向かおうとするが、再びロックオンのアラートが響き、身を翻した間隙を過ぎるビーム。振り向き様に迫るカオス。

 

「レアをやらせるかっ!」

 

迫るインパルスを墜とそうと、機動ポッドを分離して多重方向からビームを浴びせる。ほぼ同時に2方向から放たれたビームをインパルスはシールドで受け止めると同時に身を捻ってもう一撃を受け止める。

 

驚くべき反射神経だ。相手の力量に歯噛みするとともに敬服する。だが、そんな感傷など不要とばかりにエレボスは操縦桿を倒し、カオスをインパルスに突撃させる。

 

懐へと飛び込んできたカオスにシンも反応できず、右手のなかで彷徨うエクスカリバーの刀身目掛けてカオスの爪先のビーム刃が振るわれ、エクスカリバーが叩き折られる。

 

「っくぅ」

 

四散する破片に、シンはせめてもとばかりに折れたエクスカリバーをカオスに投げ飛ばすも、MS形態に戻り、振り向き様にバルカンで狙撃し、破壊する。

 

既にビームライフルも失い、残っているのは機関砲にシールドのみ。

 

(フォースはまだなのかよっ)

 

内心に焦燥を抱くも、コンピューターが接近する反応を捉えた。表示される識別信号にシンは待ち侘びたように表情を輝かせる。

 

だが、カオスがビームを連射して浴びせかけてくるためにそちらに向かえない。そして、ステラもまたシルエットフライヤーの接近に気づき、身を翻して防戦一方になっていたインパルスを援護するためにカオスの前に割り込み、シールドを掲げて受け止める。

 

「シン、急いで!」

 

頷くと同時にシンはインパルスを離脱させる。その行動にエレボスが不審げに一瞬眉を寄せるも、続けて急接近する反応を捉え、ハッと視線をそちらに向ける。

 

視界の端を過ぎる戦闘機のごとき飛翔体。一瞬、注意を奪われたエレボスの眼の前で、離脱したインパルスが、背面から既に用済みとなったソードシルエットを分離する。同時に機体カラーが赤から鉄褐色の灰色へと戻る。

 

そのインパルスに追い縋るように接近するシルエットフライヤー。弧を描いて回り込み、飛翔体の前部自動飛行ユニットが後部のユニットをパージし、インパルスの頭上を掠めて離脱し、分離して残されたユニットが赤外線レーザーを照射し、インパルスのバックパックへとラインを繋ぐ。それに導かれるように装着される。

 

その瞬間、折り畳まれていた4枚の赤い翼が展開し、十字状に拡がる。そして、新たな命を吹き込まれたように鉄褐色の装甲に鮮やかなカラーリングが走る。

 

先程の赤とは違う青を基調としたトリコロールカラー。それが機体を洗礼するように施され、前面に掲げたシールドが上下に分かれ、展開する。高速機動戦、そして空中戦を主軸に運用されるフォースシルエット。ユニットに装備されていたビームライフルを構え、換装したフォースインパルスがスラスターを噴かせる。

その光景に対峙していたエレボスだけでなく、ステュクス、カズイ、そしてレアまでもが驚愕する。

 

「はあぁぁぁぁっ!」

 

唖然となる隙を衝き、換装したインパルスは背部に追加されたビームサーベルを抜き、カオスに向けて加速する。ハッと我に返ったエレボスは阻止しようとビームライフルを放ったが、先程とは段違いの機動性で回避し、瞬く間にカオスの懐に飛び込む。接近して振るわれた一撃を辛くもかわしたが、エレボスは唸るように睨む。

 

「コイツは――!?」

 

「装備を換装する――!?」

 

その一部始終を同じく見入っていたステュクスもまた、僅かながら眼を瞬かせ、驚きの声を上げる。

 

だが、素早く我に返り、肩の3連装ビーム砲を放った。シンは拡がったシールドでビームを受け止めながら、降り注ぐビームに向かって加速する。

 

その行動に視線を瞬かせるステュクス目掛けて、シールドを掲げて突進する。肉縛し、シールドをエネルギーが収束していた胸部のカリドゥスの発射口に叩きつけると、アビスの胸部でスパークが起き、硬直したアビスを弾き飛ばした。

 

それを一瞥したカズイは睨むようにインパルスを見やる。恐らく先程までの装備は近接地上戦用。そして今換装したのは機動空中戦を前提に設計されたもの。状況に合わせて装備を換装するのはさして珍しい機構ではない。

 

前大戦においてGAT-X105型にて確立されたその発想は、今日のMSにおいても採用されている。ダガーやザクも、追加装備によって様々な戦局に対応し、アビリティを引き出す。それが汎用型の強みだ。

 

「どこまでも連合の猿真似だねぇ!」

 

自身の乗るストライクEを模倣したような機体形状に装備換装機構。そしてなにより、そのまるで洗練されたような動きはカズイの内に悪意を沸かせ、際限なく渦巻かせる。

 

怒り狂ったように猛り、インパルスを狙おうとするも、カオスとアビスが離れたため、攻撃を集中してきたセイバーとザク2機にカズイは歯噛みする。

 

そして、ストライクもどきのインパルスは真っ直ぐにガイアに向かっていく。接近に気づいたレアはひぃと叫びを噛み殺し、表情を恐怖に歪める。

 

「いやっ、こないでっこないでぇぇぇっ」

 

思わず攻撃をインパルスに変更し、ビームを放ちながら後退するが、その動きはおぼつかない。そして、インパルスは苦もなく距離を詰め、接近する。

 

「墜ちろぉぉぉっ!」

 

雄叫びを上げながら、シンはガイアに向かって迫る。振り下ろす刃を後退してかわすガイア。だが、シンは背後に気配を感じ硬直した。

 

インパルスの背後に回り込んだカオスとアビスが、全火器をフルバーストで一斉射した。咄嗟のことで反応が遅れる。殺られるとシンは一瞬全身の血が下がるも、それらの火線はインパルスを掠めるように過ぎ去った。

 

戸惑う暇もなく、それらの火線は先程までガイアが攻撃していた強化ガラスに着弾する。その攻撃はインパルスを狙ったものではなかった。ガイアの集中砲火で既に耐熱性を低下させていた箇所にさらに熱源を集中して受け、自己修復ガラスの限界を超え、遂に融け落ちた。

 

驚愕と後悔がシン達を襲うも、ポッカリと空いた穴の向こうに見える宇宙から吸い込まれるように付近の大気が減圧され、それに伴って発生する乱気流が機体を宇宙に向かって放り出そうと翻弄する。

 

排出される空気の流れに逆らうように、シン達は歯噛みしながら機体を踏み止まらせるも、それを嘲笑うように、乱気流に身を任せてガイア、カオス、アビス、ストライクEの4機は穴の向こうへと消えていく。

 

「しまっ――!」

 

敵はまんまと脱出してしまった。猛烈な後悔に襲われるも、シンは義務感という強迫概念に突き動かされ、機体を気流のなかに乗らせ、加速させた。

 

「シン?」

 

「何をする、シン!」

 

「あのバカ――っ」

 

シンの行動にステラが眼を瞬き、レイが驚愕し、セスが毒づくも、3機もまたその激しい気流に機体が制御できず、止むを得ずシンの後を追い、穴のなかへと飛び込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

その数分前――未だ地上では、もう一つの戦いが続いていた。

 

獣のごとく暴走するセレスティと戦闘を繰り広げる死神。ビームサーベルを無秩序に振るう斬撃を陽炎のようにかわし、黒刃を叩き入れる。衝撃に弾き飛ばされ、コックピット内で振動に身を痛められ、苦悶の声を漏らすマコト。

 

だが、そんな主などお構いなしにセレスティは幾度も立ち上がり、攻撃を続ける。そんな光景が何度も続いていた。ハンガーに叩きつけられ、残骸が降り注ぎ、セレスティを覆う。

 

そんなセレスティを一瞥するゼロ。だが、背後に気配を感じ振り向くとザクがビームサーベルを展開して斬り掛かってきた。

 

「はぁぁぁっ!」

 

リンの気迫とともに振り払われた一撃を跳躍してかわす。距離を取る死神にリンは舌打ちし、素早く瓦礫に埋まったセレスティに目配せする。

 

見たことのない機種だが、乗っているのは素人かと――先程から単調な攻撃ばかりだが、何度も衝撃を受けているはずなのに立ち上がってくる。通常なら、あれ程の格闘戦を内部に喰らえば、機体はともかくパイロットの方が保たないはずだ。

 

だが、リンの思考も襲い掛かる死神に注意が集中する。振り下ろされる斬撃をかわし、目標を見失った黒刃が地表を砕き、破片を飛ばす。

 

なんであれ、あの機体の乱入のおかげで、なんとか操縦ができるまでに身体の感覚が戻った。それにある程度だが、相手の動きも読めてきた。機体を立て直すと同時にすぐ傍で骸を晒していたゲイツRのビームサーベルを拾い上げ、攻撃に移る。

 

「へぇ――私の動きを見切った」

 

ゼロもまたそんなリンの反応に愉しげに笑みを浮かべる。最初は反応もできず無様だったというのに、こんな短時間で対応できるほど、リンの順応力に肩を竦める。

 

「侮ったこと、詫びるわ――でもね騎士、所詮は無駄な足掻き」

 

操縦桿を引いて機体を跳躍させ、ザクに向かって黒刃を振るう。リンも歯噛みしながらビームサーベルで応戦する。

 

ぶつかり合う刃と刃がエネルギーをスパークさせ、両機を照らす。

 

リンは操縦桿を切り、交錯する刃の力の流れを殺さず、受け流す。回転するように死神の横を取り、刃を薙ぎ払うも、死神は機体を降下させてかわす。

 

舌打ちするとともに、リンの内に奇妙な違和感が沸く。

 

(なに、この感じ……?)

 

その違和感に戸惑うも、死神は容赦なく襲い掛かり、リンはザクのシールドで刃を受け止めるも、死神はその盾を支点に身を振り上げ、蹴りをザクの頭部に叩き入れる。

 

鋭い衝撃が機体を襲い、リンは歯噛みする。

 

死神がザクとの戦闘に集中するなか、瓦礫に埋まったセレスティはその破片の下でもがきながら身を起こし始めていた。

 

だが、コックピットの方では、マコトが青褪めた表情で視界を霞ませていた。

 

「はぁ、はぁ――」

 

幾度も振動にシェイクされ、身体の感覚がおかしい。おまけに平衡感覚が狂って頭の方に錘が乗ったかのようにくらくらする。

 

「くっ、セレスティ…いったい、どうしちまったんだ――」

 

先程から続くセレスティの暴走。パイロットを完全に無視した自律モードのようなオートパイロットシステムでも積んであるのかと、マコトは考えたが、それにしてはおかしい。

 

だが、このままでは流石にまずい。これ以上こんな機動を続けられ、衝撃を受け続ければ、パイロットの方が保たない。

 

そして、視線を腕に抱くカスミに向ける。カスミもまたこの機動にやられたのか、表情に生気がまるでない。なんとかしてコントロールを取り戻そうと、マコトは計器パネルを叩くも、モニターには先程から固定されたまま、反応がない。

 

苛立ちながら、マコトは操縦桿を必死に動かす。

 

「くそっ、セレスティ!」

 

乱暴に前後へ引くも、セレスティは反応を返さず、機体を破片を振り落としながら立ち上がらせる。そして再び、死神に向けて視線を固定する。

 

マコトはそれでも諦めず、幾度も操縦桿を引いた。今の自分には、それしかできないと悔しく思いながらも、決して諦めず。

 

「セレスティ、俺はお前の本当の主じゃない――けどっ今は俺の言うことをきいてくれっ! カスミを護らせてくれっ」

 

その叫びが聞こえたのか、カスミが虚ろな生気のない視線を上げ、マコトを見据える。

 

「――兄…さん」

 

掠れた――片言で呟くカスミ。だが、集中しているマコトの耳にそれは届かない。

 

「セレスティっ!!」

 

一際大きな感情の爆発。その瞬間、マコトの内で何かが大きく脈打ったのが聞こえた。自分の鼓動か――それすらも判別できない程大きく響いた鼓動。

 

だが、それに呼応してセレスティの動きが僅かに止まり、紅く輝いていた瞳が再び蒼穹の輝きを取り戻す。

 

コックピット内を包んでいた赤い光が消え、マコトは眼を瞬く。セレスティの動きが止まった。操縦桿を恐る恐る動かしてみるが、それに連動して右腕が動く。

 

コントロールが戻った――だが、モニターには未だ『BLASTER MODE』が表示されたまま。それに、なにか身体の感覚も妙だ。神経が過敏になっているといえばいいのだろうか、奇妙な違和感が全身を駆け巡っている。

 

呆然と佇んでいたが、すぐ近くで起こる爆発にハッと我に返る。モニターに視線を向けると、ザクと死神が交戦を繰り広げ、ザクが押されている。

 

マコトの脳裏に助けろという命令じみた声が響き、マコトは視線を細め、操縦桿を握り、感覚を確かめるように数回手を動かした後、勢いよく引いた。スラスターが唸りを上げ、セレスティは加速した。

 

死神に押されながらも、なんとか凌ぐザク。リンは培った反応速度と動体視力でその攻撃を見切るも、肝心の機体の反応が鈍い。量産機種なうえ、OSも変更していないのでは仕方ないかもしれないが、愚痴っても変わるものではない。

 

幾度目になる刃の交錯。だが、繰り返すたびにリンの内に燻る違和感が確信めいたものに変わってくる。

 

「この動き、体裁き――」

 

死神の動きは、リンにとって何か既視感を沸き上がらせる。

 

(覚えがある…この動き、確かに覚えがある―――っ)

 

身体に染み込んだ幾つもの戦い――その感覚が伝える。この動きは以前にも何度も戦ったことがある。リンの脳裏を掠める過去の光景――だが、リンはその可能性に僅かながら疑問を覚える。

 

それでもハッキリと確信できない――そんなもどかしさが渦巻き、苛立つ。迫る死神の刃を受け止め、回線に向かって叫ぶ。

 

「貴様、ゼロと言ったな! 訊きたいことがある!」

 

外部スピーカーで叫ぶも、ゼロは答えず、返答とばかりに脚部でザクを蹴り飛ばす。

 

「くっ!」

 

表情を歪めながら壁に叩きつけられるザク。そのザクに向かって突撃しようとするも、横殴りに撃ち込まれる銃弾。ゼロの注意が逸れると、セレスティが胸部機関砲を放ちながら突進してきた。

 

「うぉぉぉぉっ!!」

 

体当たりを受け、弾かれる死神。距離を取ったと同時にセレスティは拾い上げたビームライフルを放ち、死神を狙い撃つ。

 

素人のその攻撃に掠りもせず、空中で回避する死神。だが、ゼロは突如背後に感じた気配に振り向くと、リンのザクが空中へと舞い上がり、死神に掴み掛かる。

 

機体を掴み、取っ組みかかるザクにゼロは表情を顰める。刹那、正面ウィンドウが開いた。

 

「っ!?」

 

初めてゼロが息を呑んだ。

 

開かれたモニター画面――それは、接触回線によって繋がれた強制割り込み。故に、予想外の事態。そのモニターに映るのは、ザクのパイロットであるリン。

 

モニター越しに相手を見据えるリンとゼロ。リンは映し出されたゼロの姿に眼を見開く。

 

金色の髪を持つゼロ。だが、その顔はバイザーに覆い隠され、知ることは叶わないが、リンの視線がゼロの胸元に向けられた瞬間、驚愕に見開かれた。

 

「な、に―――?」

 

ゼロの胸元で輝く真紅のクリスタル――それを確認した瞬間、リンは息を呑んだ。

 

硬直するリンに向かってゼロが舌打ちし、強引に弾き離した。衝撃に我に返り、リンは必死に制動をかける。

 

空中で対峙するなか、ゼロはセレスティもまた飛行し、こちらに距離を保ったままビームライフルを向けているのを確認し、小さく溜め息を零した。

 

「やれやれ…潮時かしらね」

 

その言葉がまるで誘発したように、天頂付近の外殻から爆発が起こり、リンとマコトはそれに反応した瞬間、気流の流れが機体に襲い掛かった。

 

コロニーの強化ガラスに穴が空き、そこから空気の排出が始まり、乱気流が起こっている。空中に舞い上がったためにその影響範囲に迂闊にも踏み入れてしまったのだ。マコトはスラスターを噴かして、なんとか堪えようとする。

 

リンも突然の事態に意表を衝かれ、反応が鈍い。そんな二人を嘲笑うように黒衣を靡かせる死神はその気流に身を委ね、ゆっくりと舞い上がっていく。

 

「鍵の眼覚め、器の覚醒、そして騎士―――なかなか愉しめたわ」

 

不適な笑みを浮かべ、セレスティ、そしてザクを一瞥し、ゼロは口元を歪めた。

 

「次は…もっと愛死合いましょう―――」

 

妖艶な笑みを口元に浮かべ、死神は宇宙のなかへと消えていく。その姿を視界に認めたリンは焦る。

 

「ま、待て―――っ!」

 

リンらしくない焦りを抱いた表情で、その後を追う。

 

(何故…何故奴がアレを―――あのペンダントを――っ!?)

 

モニター越しに見たゼロの胸元に揺れていたもの――アレは紛れもない。リンと…そしてレイナにとって命よりも大切なものだ。そのペンダントを何故あのゼロと名乗った女が持っているのか――そして、さらに混乱に拍車をかけるのは、ゼロの駆るあの死神の動き。

 

(姉さんと似ている―――?)

 

多少違ってはいたが、あの動きには嫌というほど覚えがある。あって当然だ――戦場で最初に再会した刻は敵同士だった。幾度となく戦い、そして幾度となく互いの背中を預け合った姉の動きを、リンが見間違うはずがない。

 

思考を混乱に染めながらも、リンは必死に後を追う。もしかしたら、姉の失踪にはあのゼロという女が何か絡んでいるのではないかと――憶測の域を出ないが、無意識に手が胸元のペンダントに向かい、力強く握り締め、リンは突き動かされるように気流のなかを加速し、宇宙へと飛び出していく。

 

ザクが死神を追って飛び出したのを確認したマコト。なんとか耐え切っていたが、完全に身体の感覚が回復していなかったのか、握っていた操縦桿を押さえる力が緩み、その一瞬の緩みが気流の流れに負け、セレスティも宇宙空間へ吸い出されていった。

 

 

 

 

 

 

 

開かれた穴から吹き荒れる気流がコロニー内部の物を吸い上げていくも、外壁の外側に備わった強化層が素早く起動し、穴を塞いでいく。

 

気流の流れが沈静するも、ミネルバの艦橋ではアーサーが驚きの声を上げていた。

 

「艦長!」

 

インパルスに続いてセイバー、レイとセスのザクまでもがプラント外に飛び出し、さらには例のアンノウン機とともに友軍のザク、そして一体の見慣れぬMSが吸い出されていった。

 

「あいつら、なにを勝手に! 外の敵艦はまだ――」

 

困惑するアーサーに、タリアも表情を顰める。そこへ矢継ぎのごとくメイリンが鋭い声で報告した。

 

「インパルス、セイバーのパワー、危険域です! 双方とも最大で後300!」

 

「ええっ!?」

 

顔を青褪めさせるアーサーの横で、タリアは予断を赦さぬ状況に一つ息をついた後、決然とした面持ちで毅然と立ち上がり、鋭く告げた。

 

「インパルスとセイバーまで失うわけにはいきません、ミネルバ、発進させます!」

 

彼らの行動は軽率ではあるが、この現状では無理もないと思える。友軍にこれ程の被害を齎した相手をみすみす見逃せぬという使命感も――だからこそ、彼らを見殺しにはできない。そう決断したタリアの判断は早かった。

 

「ええっ!?」

 

その宣言にアーサーは眼を見開き、メイリンや他のブリッジクルー達も困惑するようにどよめく。

 

未だ、進水式も済ませていない、最新鋭のこの艦が戦闘に参加することになるとは、誰も予想していなかったに違いない。だが港が潰され、他艦の増援及び、追撃が期待できない以上、宇宙に出た彼らを援護できる者はいない。幸いにもこの艦は特別に発進口を控えている。ならば、自分達が援護に向かうしかない。

 

そして、一同の視線が後方のデュランダルに集中し、タリアも静かに視線を向けると、苦渋の表情で頷き、同意を示した。

 

「頼む――タリア」

 

タリアは強く頷き返し、シートに着くとともにクルー達は弾かれたように己の役割をこなそうと、忙しなく作業を開始出した。

 

進水式を得ずに、実戦に臨まねばならない状況に陥ったクルー達に申し訳なく思うも、今は彼らを信じるしかない。この先、共に戦うことになる部下達を―――

 

「ミネルバ、発進シークエンススタート。本艦はこれより戦闘ステータスに移行する!」

 

「FCSコンタクト、兵総要員は全ての即応砲弾群をグレードワンへ設定」

 

そのメイリンの指示とともに、ミネルバに搭載されている全ての砲門がモニターに表示されていった。発進シークエンスが始まり、クルー達が次々に作業を進めるなか、タリアは後ろを振り返り、デュランダルを促す。

 

「議長は、早く下船を」

 

現プラントの議長を連れて戦場に出ることはできない。退艦を勧めるタリアに、デュランダルはしれっとした顔で、予想もできない言葉を返した。

 

「タリア、とても残って報告を待っていられる状況ではないよ」

 

その言葉に、クルー達の間に微かな動揺が走り、思わず作業を中断し、視線を向ける。タリアも表情を顰め、厳しげな視線を向ける。その言葉の意味するところは、彼もここに残り、同行する旨を示していた。

 

軽く睨むように眉を寄せるタリア。

 

「しかし…!」

 

言いたいことは分かる。その責任感も好意には値するが、時と場所を考えて欲しい。

 

そんな憤りを憶えながらも、なんとかその無謀な申し出を撤回するように言い募ろうとするも、遮るように、デュランダルはもの柔らかな表情のなかに微かに鋭い眼光を宿し、断固たる意志を込めて告げた。

 

「私には権限もあれば義務もある――私も行く、許可してくれ」

 

たとえ議長であろうとも、戦艦のなかでの最高責任者は艦長だ。無論、艦長権限で強引に下船してもらうことはできた。だが、タリアにはそうできない事情があり、微かに唇を噛みながら、前に向き直ると密かに溜め息を漏らす。

 

だから、この人を艦橋に入れたくなかったのだ、と――――

 

 

 

 

 

 

 

そんな艦橋での微妙なやり取りが行われるなか、開かれたミネルバのハッチ目掛けて吹雪とザクが飛び込み、機体を着艦させる。

 

「これが、明日進水予定だった新造艦――確か、『ミネルバ』と仰られてましたね?」

 

ザクのコックピットで、モニターに映る艦内部を見渡しながらそう問う雫に、キラは頷きながら機体を安定させる。

 

ハッチ付近は搬入されてくる機体や物資、人でごった返し、彼らに見向きもしない。まあ、コロニーの外壁が破られるような事態だ。それどころではないのかもしれない。

 

だが、現状は余計なトラブルを起こさずに済んで僥倖だ。キラは不安な面持ちでラクスを見やる。先程から傷口を押さえて止血はしているが、やはり一度専門医に診てもらわねば。

 

その後で日本の代表の身の保全のために、デュランダルをつかまえなければならない。キラは素早くこの後の行動をシミュレートすると、ザクの片膝をつかせ、ハッチを開放する。

 

ミネルバの格納庫では緊急発進したインパルス、セイバーの後にはすぐさま遅れていた搬入作業を再開し、急がせていた。そんななか、バーニアの不調で緊急着艦したルナマリアのザクウォーリアがハンガーに固定され、すぐさま修理作業に取り掛かる。ルナマリアもやや不機嫌な面持ちで機体を見上げていた。

 

意気込んで臨んだ、赤になってからの初実戦で心外な初陣を飾ったことに対する不満か――整備士や他の警備兵と交わすなか、格納庫にMSが乗り入れたことに対して顔をそちらに向けた。

 

「何、あの機体?」

 

片腕を失った友軍のザクウォーリアを抱える見慣れぬMS。ただでさえ所属不明のMSに攻撃を受けたばかりなのだ。他の兵士達も緊迫した面持ちで銃を構え、ルナマリアもやや表情を険しくし、近くにいた兵士から銃を奪うように取り、構える。

 

構える彼らの前でコックピットハッチが開き、2組の男女が降りてきた。

 

「え、あれって――ラクス様?」

 

その片方を見やったルナマリアだけでなく周囲の兵士も戸惑う。俯いているためにハッキリとは分からないが、その特徴的なピンク色の髪はプラントのなかでも知らない者の方がいないぐらいに著名な人物だ。

 

困惑する一同に気づかず、ハンガーに降り立ったキラはラクスを抱え、吹雪から降りた刹那は雫に駆け寄る。

 

「雫、大丈夫?」

 

「ええ。私は平気だから。それより、ラクスさんを――」

 

咳き込むように気遣う刹那に苦笑を浮かべて応じながら、不安な面持ちでラクスを見やる。まだ頭が痛むのか、ラクスは床に足をつけた途端によろめき、キラが慌てて支える。

 

「ラクス、大丈夫? すぐ……」

 

「ラクス様!」

 

キラの声を遮るように掛けられた大声にハッと振り返ると、数人のザフト兵がこちらに駆け寄ってきた。

 

そして、傍らに立つ見慣れぬ雫と刹那に向けて、牽制するように銃を向ける先頭に立つルナマリア。どこか殺気立った気配に当てられたのか、雫は微かに眉を寄せ、刹那が反射的に雫の前に割って入り、背後に庇って立った。

 

険悪な雰囲気が漂うなか、キラが慌てて説明しようとするなか、艦内にアナウンスが流れた。

 

《本艦はこれより発進します! 各員、所定の作業に就いてください!》

 

どこか切羽詰ったメイリンの放送に、周囲がざわめく。

 

キラも思わずその言葉に反応する。この艦は進水式前のはずだ。何故発進する必要があると――疑問を擡げるも、ルナマリアは意表を衝かれながらもすぐさま我に返り、視線を刹那と雫に向け、他の兵士達も銃を構え、一部がキラとラクスを護るように割って入る。

 

これはある意味仕方ない――部外者である刹那達が、友軍機を伴っていたとはいえ、ザフト艦に乗り込んだのだから。

 

「何だ、お前達は? どこの所属だ?」

 

険しい表情で矢継ぎに詰問するルナマリアだが、刹那は逆に睨み返すように毅然と雫を背に庇い、佇む。

 

ただでさえ部外者によるセカンドシリーズの強奪に加えて、所属不明のMS部隊と立て続けの襲撃だ。そこへザフトのものではないMSが突如現われれば、警戒も仕方ないだろう。刹那は苦く思いながらも、なんとかこの場を収めなければならなかった。

 

「あ…その方達は―――」

 

事態がまずい方向へと進むのを察したラクスが、声を掛けるよりも早くそれを制するように、刹那が周囲の兵士を睨み、どこか威厳がこもった声で高圧的に告げた。

 

「銃を下ろしてください。こちらは大日本帝国の斯皇院雫外交官です」

 

その名を聞いた瞬間、ルナマリアは驚いて銃口を下げ、他の兵士達の間にもどよめきが走る。

 

この場で聞くこともない名を聞いたのだから、混乱も仕方ない。

 

「僕は随員の真宮寺刹那。あの機体は吹雪、日本のMSです。デュランダル議長との会見中、騒ぎに巻き込まれ、避難もままならなかったため、MSを起動させ、ここへ避難した」

 

「日本の――?」

 

曖昧な調子で唖然と呟く。刹那の言葉を疑っているのだろう。

 

だが、こちらがVIPである以上、確信が持てないうちは相手も慎重に対応せざるをえない。本物か偽者かはこの際二の次だ。

 

刹那は毅然としたまま居丈高に要求を告げた。

 

「外交官の手当てと身の保全のため、デュランダル議長が向かわれたこの艦に避難させていただいた。議長はこちらに入られたのでしょう? 御眼にかかりたい」

 

彼らを取り囲む一同は、困惑した面持ちで互いに視線を交わしていた。

 

 

 

 

 

 

 

ロイは周辺に布陣していたMSをあらかた撃退した後、単機でエグザスをアーモリー・ワンに向けさせた。

 

一応、潜入させた別働隊の成否を確認するためだ。ロイは部下の能力を把握し、評価していた。この程度の作戦でしくじるような駒ではないと――なにかしらのトラブルが起こったと思った方がいい。

 

プラントの外壁付近に接近すると、相対速度を合わせ、エンジンを切った。エグザスは静かに外壁表面に着地する。巨大なプラントの外壁に張り付く様は、コバンザメのように見える。暫し静観を決め込んでいたロイの視界に、機能を封じ込めた港から数機のダガーL部隊が飛び出してくるのが映った。

 

内部に突入させた回収部隊だ。だが、その編成はダガーLのみ。

 

「ふむ…彼らが後詰めに回ったと見るか、それとも抑え込まれているのか――」

 

サングラスの奥で眉を寄せ、様子を窺っていると、プラントの一画から火柱が昇った。融け落ち、拡がった外殻の強化ガラスの穴から黒いMSが飛び出し、それに続けてモスグリーンとネイビーの機体、そしてストライクEが連なるように続く。

 

間違いなく連中だ――遅れはしたが、彼らはロイの期待に見事応えてみせたのだ。随分時間が掛かったものだとやや嘆息するも、その4機を追うように一体の白いMSが飛び出し、続けて3機が後を追うように飛び出してくる。

 

4機の内、2機はザフトのZGMF-1000モデルだが、もう2機はトリコロールを基調とした背面に4枚の翼を持つ機体と赤を基調とする機動性を主とした機体。どちらも見たことのない機体だ。

 

それを確認し、ロイは口元を薄めた。

 

「成る程、新型は3機ではなく5機だった、ということか――予備の駒も用意しておくべきだったかもしれんな」

 

別働隊が遅れた理由を悟り、自嘲する。

 

「これは確かにミスかな? 諜報部の情報を鵜呑みにした私の――」

 

キーパネルを叩きながら、ガーティ・ルーへの通信文を送る。Nジャマーによって無線の使用に制限のある戦場においては、現在のとことレーザー通信がもっとも信頼性の高い連絡手段だった。

 

作業を終えると、ロイは操縦桿を握り締める。

 

「ならば、そのミスは私自身の手で正さねばなっ」

 

自信を漂わせた不適な笑みを浮かべ、エグザスのエンジンを始動させると、スラスターを軽く噴かせ、機体を浮かせる。エグザスは優美にトンボを切ってプラントの外壁を離れ、急加速して4機を追うインパルス目掛けて突撃した。

 

 

 

 

 

 

 

戦場をアーモリー・ワン内部から宇宙へと移すなか、ミネルバもまた発進シークエンスを着々と進めていた。艦体下部に犇めくメンテナンスケーブルが外れ、ドックの内部へ収納されていく。

 

艦体を支える巨大なアームが下がり、ミネルバが鎮座していた場所の床が開き始めた。

 

《システムコントロール、全要員に伝達。現時点を以て、LHM-BB01:ミネルバの識別コードは有効となった。ミネルバ緊急発進シークエンス進行中。 Å55M6警報発令、ドックダメージコントロール全チーム、スタンバイ》

 

ミネルバのIFFが登録され、床の巨大なハッチが開き、船体を係留していた両脇のアームを固定した壁ごと下方へスライドし、ゆっくりと降下していく。

 

ブリッジから見える光景が見慣れたプラント内部から無機質なゲートの壁に変わる。その光景が全員の面持ちをより険しくしていく。

 

《ドックダメージコントロール、全チームスタンバイ。第2、第5チームは突発的先刻破壊に備えよ。ゲートコントロールオンライン、ミネルバリフトダウン継続中――モニターBチームは、減圧フェイズを監視せよ》

 

アナウンスとともに、外壁部に降下していくミネルバの上部ハッチが閉じられ、やがてゲート内の気圧が下がり、真空の外気が船体を絞めつけるような錯覚を憶えさせる。

 

そのミネルバ艦内をルナマリアの先導でキラ、ラクス、そして刹那と雫は移動していた。格納庫での悶着の後、ラクスがなんとか仲裁に入り、ようやく話が通り、ルナマリアが医務室への案内を買って出た。

 

キラとラクスの背後――つまりは刹那と雫の前とその背後には武装した衛兵が固めている。VIPの護衛と言えば聞こえはいいが、要するに体のいい監視だろう。

 

だが仕方ない――今、この艦内では刹那と雫は部外者なのだから。あまり居心地のいいものではないが…取り敢えず手当ては受けられる、それだけで今はよかった。

 

振動する艦内にミネルバの発進アナウンスを聞き、雫はやや不安な面持ちで先導するルナマリアに問い掛けた。

 

「避難、されるのですか、この艦? プラントの損傷は、それ程酷いものなのですか?」

 

戦艦が発進するとまでなると、余程アーモリー・ワンへの被害は大きいのだろうか。キラの脳裏に前大戦で崩壊したヘリオポリスの光景が過ぎる。問い掛けられたルナマリアも答えようとはせず、ただ肩越しにこちらを一瞥するだけだ。

 

その時、艦内に警報が流れ始めた。

 

《ミネルバ、発進します、コンディションレッド発令! コンディションレッド発令!》

 

そのアナウンスとともに、艦内の電磁パネルに『CONDITION RED』の文字が切り換わるように表示される。それにルナマリアだけでなくキラやラクス、刹那、雫も驚きに眼を見張った。

 

《パイロットは、ただちにブリーフィングルームへ集合して下さい》

 

艦内が慌しくなり、彼らを横に何人もの兵士が走り回る。

 

「どういうことですか? この警報は?」

 

ただならぬ雰囲気に、刹那が詰め寄るように問い掛ける。ザフトの所属ではない刹那にはこの警報の意味が分からない。だが、プラント側の人間であるキラはその意味を知っている。そして愕然となる――この艦が発進するのは、避難のためではない。

 

『コンディションレッド』――その警戒レベルが意味するところは……キラは刹那の問いに答えず、ルナマリアにきつい口調で問いただす。

 

「戦闘に出るのか!? この艦は!」

 

恐らく、外にいるであろう強奪部隊の母艦との戦いに赴くためであろう。だが、そんな危険な場へラクスを連れていく訳にはいかないと詰め寄るも、当のルナマリアも困惑しているらしく戸惑うだけだ。

 

ラクスもまた、そんなキラの様子に焦ったのか――それとも怪我のために普段の注意力を散漫していたのか、これまで公式の場では決してしなかった、キラの本名を咄嗟に呼んでしまった。

 

「キラ――っ」

 

口走った途端、ラクスがハッと口を押さえる。

 

その名にルナマリアは訝しむように眼を細める。

 

「えっ――キラ?」

 

キラも表情を僅かながら険しくする。今のキラの名は、ラクス・クラインの秘書官『ヒビキ・ヤマト』だ。

 

非常事態の連続に偽名を忘れてしまった――ラクスが自身の迂闊さに自己嫌悪するなか、キラはルナマリアを居心地が悪く見据え、ルナマリアもまたどこか疑惑と、好奇が入り混じった視線を向け、その様子に背後の刹那と雫は首を傾げ、困惑するのであった。

 

 

 

 

 

そんな艦内のトラブルも慌しい艦橋には伝わらず、発進シークエンスが最終フェイズに移行していた。

 

ゆっくりと降下するなか、減圧が完了し、船体が真空に耐圧する。

 

「発進ゲート内、減圧完了――いつでも行けます!」

 

襲撃時のオロオロした様子ではなく、自信を漂わせるアーサーの報告にタリアは内心呆れるも、それを抑え込んで発進を指示する。

 

「機関始動――ミネルバ、発進する!」

 

ゲート最下層まで到達し、下部のハッチがゆっくりと左右に開いていく。

 

ゲートの奥に見える星の海に、それを照らす太陽の光が薄暗いゲート内に差し込み、船体を照射し、屈折した光を放たせる。淡いグレイのボディに光のラインが走り、ゲートが完全に開き切ると、そっと投げ落とすように係留フックが離れた。

 

その遠心力を受け、ミネルバはゆっくりと宇宙空間にその身を沈めていく。船体の前方に設置された一対の大型主翼が左右に展開され、ゆっくりと加速する。

 

進水式を終えぬまま、ミネルバ大いなる星屑の海へ旅立った。

 

 

 

大きな嵐が待ち構える…未知なる星屑の航海へと――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《次回予告》

 

 

新たなる火種、新たなる脅威―――

 

新たなる謎…そして――新たなる闇………

 

 

 

渦巻く混沌のなか、戦士達は邂逅する。

 

それは、何かの前触れか……運命の導きか………

 

 

 

彼らの前に拡がる見えぬ道――もはや戻ることも叶わない―――

 

それぞれが決意するなか、少年は戸惑う。

 

己が駆る白き機体に―――

 

 

だが、決して止まることはない…眼の前に道が在り続ける限り――――

 

 

 

 

 

次回、「PHASE-10 旅路」

 

果て無き路を、突き進め、セレスティ。

 

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