機動戦士ガンダムSEED ETERNAL SPIRITS 作:MIDNIGHT
『壊す』という行為がある。
人は何でも壊すものを持っている。それが定義するものは様々だ。
物であったり、国であったり…そして、『人』であったり――――
その行為は誰にでも…赤ん坊にだってできる簡単な行為――人…いや、全ての生命に共通する行為だろう。
反面…『つくる』―――これもまた、誰にでもできることだ。
人は何でもつくれるものを持っている。それが定義するものは様々だ。
物であったり、国であったり…そして、
その行為は壊すの次に憶えるもの――だが、これは全てが同じではない。つくる行為が全ての生命にできる行為ではない。
この2つは似ている――そこにあるのは言わば、プラスとマイナスだ。
だが、『壊す』が単一の行為であるとは逆に『つくる』は多種の行為である。
そして一瞬の出来事と長い時間をかけて成す事という大きな差がある。
生きていく過程のなかで、生命は大なり小なり何か過ちを必ず犯す。それは、生きていく上で決して避けられない業だ。
だが、その『壊す』と『つくる』という2つの事象を繰り返しながら、歴史は紡がれていく。
その経験から得たものは、次の機会へと活かすことができるようになる。だが、そのためにはその犯してしまった過ちという過去の事実を受け入れ、それを受け入れた上で活かさなくてはならない。
その繰り返し…決して離れず…決して離れることは無い……繰り返される―――――
それがこの世界の理――――
そして世界は再びその行為を繰り返していく―――――
それこそが、運命られたものであるが故に…永遠に続くものだとしても――――
世界は繰り返す――――
愚かな理を…永遠に………誰も疑問に思うことすらなく―――――――
機動戦士ガンダムSEED ETERNAL SPIRITS
PHASE-10 旅路
アーモリー・ワン外部での戦闘が激化するなか、その戦闘を背に離れていく艦艇があった。
ジャンク屋組合において広く普及してるMS用輸送艦が微速で進むなか、アーモリー・ワンのハッチから2機のMSが飛び出し、その輸送艦に向かっていく。
飛び出してきたのは、ジェスのアウトフレームとカイトのジンアサルトだった。
《ジェスさん、マディガンさん、こっちですっ》
通信越しに聞こえてきたのはユンの声。ベルナデットに指示された外部へと続くハッチから飛び出した二人は、どんぴしゃのタイミングで合流できた。
2機はそのまま輸送艦の上に降り立ち、ジェスは離れていくアーモリー・ワンに視線を向ける。
港周辺では火線が幾重も飛び交い、そこでも激しい戦いが起こっていることを示唆させている。
「外でも戦闘が始まったのか」
緊迫した面持ちでカメラを向けるも、この距離ではその詳細を知ることは叶わない。強奪犯である以上、回収部隊がいることも、いくら戦闘に疎いジェスでも分かる。
《こちらは大丈夫だと思いますが……》
不安げに漏らすユン。一応、輸送艦からは民間のIFFを発信している。だが、実際の戦闘でそれが護られるという保障はない。
「もう少し離れた方がいいな。スピードを上げてくれ」
どの道、アーモリー・ワンに戻ることは不可能だ。なら、極力戦闘空域から離れるしかない。カイトは警戒した面持ちで前方を見据える。
ジェスも複雑な表情のまま前方を見やったが、そこにおかしな違和感を憶えた。
それは、ジャーナリストとしてのある種の感性とでもいうのだろうか――ジェスの表情が、徐々に強張っていく。
「いや、ちょっと待ってくれ――」
【ドウシタ?】
突然の静止に8が疑問を挟むも、ジェスは無言のままガンカメラを前方に向け、モニターに映る映像を凝視し、同じ宇宙の映像を睨み、カメラにほんの微かな違和感を見定めた瞬間、声を上げた。
「何かいるぞっ」
《大変ですぅ、ミラージュコロイドデテクターに反応ですぅ》
同時に周囲を全警戒レーダーでサーチしていたユンが、ミラージュコロイドの粒子反応を捉え、泣きそうな声を上げた。
そして、弾かれるようにカイトは操縦桿を引き、ジンアサルトを飛び立たせる。
「姿を見せろっ!!」
ジェスが捉えた方角に向けて、右手の複合銃を発射する。
弾丸が何もない空間を過ぎろうとした瞬間、宇宙から抜け落ちるように影が動き出す。周囲から浮かび上がる輪郭はMSのもの。それが徐々に色を帯び、完全に姿を現わしたのは、一体の黒いMS。
『GAT-SO2R:NダガーN』――前大戦後期において開発された、GAT/A-02E:ブリッツダガーの後継機。ダガーの形状を残していた試作型に対し、よりその原形となった
ジンアサルトの銃弾を回避し、距離を取るNダガーNにカイトは舌打ちしながら、両肩のガトリングポッドを発射する。
「こいつは俺に任せろ!」
火器と巧みな機動で、NダガーNを狙撃するジンアサルトに、DFH-S2026攻盾システム:シルトゲヴェールで受け止め、内蔵されたビーム砲で反撃する。
だが、ジンアサルトも回避しつつ攻撃の手を緩めない。互いの軌道を描きながら撃ち合う2機を映像で追いながらジェスは息を呑む。
徐々に交戦宙域が離れていき、それを不審に思った瞬間、ジェスの耳にユンの焦った声が飛び込んでくる。
《ジェスさん、新たな接近反応が!》
「何っ!?」
反射的に掲げたGフライトに攻撃が着弾し、振動が伝わる。
「うわっ」
表面が融解し、仰け反るアウトフレームに向かって宇宙から抜け出してくる同型機。
今のは囮かと理解する間もなく、NダガーNが動きの鈍るアウトフレームに向けて、シルトゲヴェールを向け、ジェスの眼が見開かれる。
砲口にエネルギーが収束した瞬間、輸送艦の後方から高速で接近する機影が現われた。淡いパープルホワイトに塗装された鳥のようなフォルム。割り込むようにNダガーNに向けて脚部のクローを突き立てて突貫し、そのクローで機体を掴み、輸送艦より離れていく。
「こいつは!?」
その機体形状は見覚えがある。セカンドステージのカオスのMA形態とほぼ同じだった。眼を驚愕に見開くジェスに、聞き覚えのある声が響く。
《下がっていろ、ジェス・リブル》
「その声は、コートニーか!? 何故!?」
混乱するジェスを横に、コートニーは注意を捉えたNダガーNに向ける。拘束されていたNダガーNは強引にクローを外し、弾くように離脱する。
「くっ」
端正な顔が微かに歪むも、コートニーは冷静に敵機の動きを捉え、操縦桿を切る。それに連動し、コートニーの駆る『XMF-P192P:プロトカオス』が前部フェイスのモノアイを動かし、機種の向きを変える。
カオスのMA時の機動評価試験として試作されたこの機体には過度な装備もなく、MS形態にもなれないが、連合のガンバレルに近い有線の攻撃機動ポッドを装備している。コートニーもまた、その卓越した空間認識でNダガーNの動きを読み、機動ポッドを展開する。
「捕らえるっ」
機体から離脱する機動ポッド4基が、有線ケーブルで繋がりながらも、それぞれが独立した別体であるかのようにビームを浴びせかける。
4方向から襲い掛かる砲撃にNダガーNは、防御に徹しながら距離を取ろうとする。
だが、それを逃すほどコートニーは甘くない。複雑な軌道を描きながら機動ポッドが狙いを定め、2基が正面から狙撃し、シルトゲヴェールで受け止めるも、別方向から放たれたビームが掠め、肩の装甲を抉った。
体勢を崩しながら不利と悟ったのか、離脱するかのように距離を取るNダガーNを逃すまいと後を追う。
その戦闘をカメラを構えるのも忘れて見入っていたジェスは、掛けられた声にハッと我に返った。
《ジェス、無事だった?》
通信越しに聞こえてきた声に振り向くと、M66 キャニス短距離誘導弾発射筒を装備したザクファントムが接近してきた。
「リーカか、助かったよ」
ホッと安堵の息を漏らすジェスに、ザクファントムのコックピットでリーカも表情を緩める。
《他にも近づく部隊がいるっていうコートニーの読み、当たったわね》
心底感心したというように肩を落とす。機体を正式パイロットに譲渡した彼らは、次の任務に備えていたところへ、あの強奪事件が起こった。
そして、コートニーは数時間前から港の通信施設や索敵レーダー等の電波が不調を起こしている事態に、他にも妨害部隊がいる可能性を浮かべ、リーカとともに非常用ハッチから警戒に出撃した。その過程でジェス達の援護に回れたのだ。
「リーカ、アーモリー・ワンの方は?」
既に戦闘が開始されてからかなりの時間が経っている。内部の混乱は収拾されたのだろうか。気に掛かるジェスにリーカは表情を顰める。
《強奪部隊の方は、ミネルバチームが追っているわ。シンやステラも戦ってる》
出撃時に確認できただけの情報を伝え、ジェスは咄嗟に思いついた疑問を問い掛けた。
「マーレさんは?」
マーレは正式パイロットに選ばれた。だが、彼の搭乗機たるアビスは強奪された。ならば、彼はどうなったのか――その問いに、リーカの表情が険しくなり、口調がぎこちないものに変わる。
《彼は――搭乗前に撃たれて重症。救命処置を受けているわ》
言い淀みながら漏らすリーカに、ジェスも表情を顰める。
「……そうか」
《せっかく正式パイロットに任命されたっていうのに、こんなことになっちゃうなんてね――》
3機が格納されていたハンガーは、3機の離脱と同時に救助作業が行われ、半数以上の士官は絶命していたが、マーレは幸いにも一命を取り留めた。だが、心臓付近を弾丸が貫通し、出血が激しく今も意識不明のまま、緊急処置が行われている。
同情するように表情を顰めていたが、やがてリーカは表情を引き締める。
《ここは危ないわ、私の誘導に付いてきて。安全な場所まで護衛するから》
《マディガンさんも呼び戻します》
離脱しようとするなか、ジェスは浮かない表情のまま、あさっての方角を見やる。先程から感じる違和感はまだ消えない。
「少しだけ待っててくれ」
《ジェス?》
徐にアウトフレームの向きを変え、首を傾げるリーカを横に微速で宇宙を進む。
【ナンデ戻ラナインダ、ジェス?】
ジェスの行動に疑問を挟む8に表情を変えぬまま、ボソっと呟く。
「嫌な予感がするんだ。誰かに見られているような――」
【何モ無イゾ、熱源モミラージュコロイドノ反応モ無イ。気ノセイジャナイノカ?】
各種センサー類と直結されている8は解析するも、反応はない。ジェスとてそれは理解している。
言葉を濁しながらも、それでも拭えないこの違和感。表情を顰めながら何も無く、どこまでも拡がる宇宙を見渡す。
「そうなんだけど…この妙な違和感は何なんだ……?」
長年のジャーナリストとして培われた勘、故か。ジェスには、この宇宙の何処から見られているような視線を感じる。それも、すぐ近くに――数分、モニター越しに睨むように見詰めていたが、ジェスは一瞬逡巡するも、意を決したようにシート奥から作業スーツのヘルメットを取り出した。
それを被り、バイザーを下ろして首元と固定し、スーツを密封する。空気の微かな音がスーツ内に満ち、ジェスは顔を上げる。
【オイ! 何ヲスルンダ?】
突然の行動に注意を促すも、ジェスは答えず、手元の愛用のカメラを手繰り寄せ、片手でパネルを叩き、ハッチの開放を促す。
【マッタク、コレダカラ野次馬ハ】
そんなジェスに呆れたように漏らす8に苦笑を浮かべつつ、ジェスは表情を引き締め、開放スイッチを押す。
「自分の眼で確かめる――!」
何でも自分の眼で確認しなければならない。多少の危険は覚悟の上だ。
そうすれば、この違和感も解消できるかもしれない。天頂部のハッチが開放され、空気の排出音が微かに木霊し、宇宙の暗闇にジェスは一瞬眼を閉じる。そして、シートが上へと昇り、やがてジェスの身体が機外へと現われる。
完全に身体が出た瞬間、ジェスはゆっくりと眼を開ける。そして、その視界に信じがたいものが飛び込み、ジェスは驚愕に眼を見開く。
ほぼ眼前に、向かい合うように一体のMSが対峙していた。コックピットからのモニターではまったく何も確認できなかったその空間に――いや、それよりもこれ程接近していて何故気づかなかったのか。
そんな疑問を浮かべる余裕も無く、まるで幽霊のように佇むMSにジェスは掠れた声を漏らし、背中に冷たいものが走る。
「…ガ…ガンダム……――?」
佇むそのMSはセカンドステージと近い形状を持ち、尚且つその形状はどこか自身のアウトフレームに近いような錯覚を憶える。
酸素はスーツ内に充分確保されているというのに、ジェスはまるで呼吸困難に陥ったように、息が詰まるような感覚を憶える。まるで睨まれた蛙――相手のMSは無言のまま、ただ静かに静止したまま…ジェスはほとんど無意識に、カメラのシャッターを押した。
レンズにそのMSの顔が撮られる。その音にMSのカメラアイが不気味に輝く。背面のスラスターが展開し、MSはアウトフレームを攻撃するのではなく、ただ静かに離脱していった。
太陽が映るなか、彼方へと飛び去るMSを見送ったジェスは硬直したまま動けなかった。
そこへ突然シートが降下し、ジェスはようやく我に返った。不審に思った8が降下スイッチを起動させたのだ。そのままコックピットに固定され、ハッチが閉じられる。
【何モ無カッタダロ? ン?】
だが、ジェスは答えぬまま、ようやく呼吸が戻ってきた。汗が全身を流れ、動悸も激しい。そして思考も混乱するなか、コックピットに声が飛び込んできた。
《ジェス!》
「カイト……」
聞き慣れた声にどこか安堵したのか、ジェスの表情も僅かに緩む。だが、まだ身体に力が入らない。静止したままのアウトフレームに近づくジンアサルトとプロトカオス。
《くそっ、逃げられたぜ》
《こちらもだ》
頭を掻き、カイトが毒づく。
《追い詰めたのに急にロストしちまった。こんな時にセンサー不良とはな――》
整備が甘いと自己批判する。被弾させ、相手を追い詰めたが、突如センサー系統が不調をきたし、機体がアクシデントを起こした。その隙に相手は離脱し、見逃してしまった。
《同じだ――妙だな?》
コートニーも同じ事態に陥った。
だが、2機が2機とも同じ事態に陥った状況に腑に落ちないといった様子だ。センサー類の不調ではなく、まるで何者かが妨害したような――そんな示唆をジェスは感じ取り、再び悪寒にも似た不快感が身を襲う。
ジェスはゆっくりとカメラを持ち上げ、その画面に先程撮った映像を投影する。そこには、真実が映し出されている。
この眼で確認した『真実』が―――だが、今のジェスにはそんな余裕さえない。
「今のはいったい……?」
掠れた声でジェスは画面に映るあのMSの顔を凝視していった。
まるで、己にとって最悪の相手であるかのように―――――
戦闘によって巨大な穴の空いたアーモリー・ワン。排出される空気が乱気流となって、アーモリー・ワン内を吹き荒れる。その気流の流れに身を任せ、コロニー外へと姿を消していく黒衣の死神。
その後を追うリンのザクウォーリアと気流の流れに捕らわれ、外へと放り出されるセレスティ。
唐突に擬似重力から無重力へと放り込まれ、マコトは必死に姿勢を立て直す。咄嗟のことで反応は遅れたが、なんとか機体のバランスを保つことに成功する。
「ふぅ」
軽く息を零すとともにモニターに眼を向け、状況を確認する。
いったい今何がどうなっているのか――肝心のセレスティの状態も理解できていない以上、宇宙へと放り出されたのはまずい。コロニー内部に戻りたいが、穴は外殻の緊急隔壁が閉じられ、既に塞がっている。
「あいつは…どうなった――?」
あの死神はどうしたのか――一緒に放り出されたはずだ。まだ近くにいるかもしれないと警戒した面持ちでモニターを凝視し、周囲を見渡していたが、視界の端で火線が迸り、そちらにセレスティが振り向く。
その先では、ザクウォーリアがビーム突撃砲を構え、死神を狙い撃っていた。
黒衣を靡かせ、宇宙の闇に紛れるためにほとんど有視界では相手の姿を捉えられないが、リンは相手の気配を読み、おおよその位置を掴み、トリガーを引く。
だが、相手はそんな子供騙しのような手でどうにかなるはずもなく、苦もなくかわされる。リンの目的は相手を墜とすことではない。相手の動きを封じることだ。
あの死神のパイロットであるゼロという女には訊かなければならないことがある。そのためにも逃がすわけにはいかない。
ここで見失うものかと狙撃を繰り返し、無重力のなかを跳ねるように回避する死神のコックピットで、ゼロは呆れたように肩を竦める。
「しつこいな――今回はもう、貴方と関わるつもりはないのだけどね」
正直、ここで殺ってもいいのだが――ゼロは内に、頭を振る。
(そんなのはつまらない…騎士、貴方は簡単には殺さない。絶望を味合わせ、その身を斬り刻んで――そして、命を刈るのだから)
胸元のペンダントを弄び、夢想にほくそ笑みながら、どうしたものかと思案するなか、やや離れた宙域で激しい爆発が起こる。
モニターの隅に映る熱源。拡大されて映し出されるのは、ガーティ・ルー。その攻撃でザフト側の艦船が撃沈された。
「『ベルフェゴール』の部隊――なら、マティスの部隊も来ている。囮にはちょうどいい」
ニヤリと笑みを浮かべ、ゼロは片手でコンソールを叩き、素早く何かの作業を終えると、未だ攻撃を続けるザクウォーリアを一瞥し、身を翻す。
死神が反転し、黒衣の下から濁った光がこもれ、加速する。
「っ!?」
その行動に眼を見開く。マズイと瞬時に悟り、後を追おうとするも――死神が加速するなか、振り向き様に黒衣の下から火線が迸ったのが視界に映った瞬間、リンは衝撃を身に受けた。ザクウォーリアの右肩が吹き飛ばされ、爆発に弾かれる。
「ぐっ」
衝撃に呻くなか、片腕を失ったザクウォーリアにマコトが眼を見開き、慌てて接近し、その機体を受け止める。キャッチ時の振動が機体を揺らすも、マコトはそれに耐え、煙を上げるザクウォーリアを抱える。
肩の被弾のみだが、それでもダメージは深刻だ。
「だ、大丈夫か!?」
知りもしないパイロットだが、流石に放ってはおけず、通信越しに問うも相手からの返事は返ってこない。
意識を失ったのかと戸惑うマコトだったが、リンは打ち付けた痛みを噛み締めて耐えながら、モニターを睨むも、既にそこには死神の姿は無い。
(逃げられたのか――くそっ)
みすみす相手を逃してしまったことに、リンは激しく自身の不甲斐なさに毒づいた。
自己批判に捉われるなか、マコトが再度呼び掛けようとした瞬間、両機のコックピットにアラートが響いた。
マコトとリンがハッと顔を上げると、2機の前に宇宙から抜け出るように姿を現わす機影。
ツインアイを輝かせるNダガーNが2機、佇む。その様子を漂うデブリの上に立ち、見下ろす死神。
「騎士――そして器。この程度で殺られるようなら所詮それまで。私を失望させないでね―――また、愛死合いましょう…チャオ」
口元のルージュをなぞり、不適な笑みを浮かべたまま、ゼロは操縦桿を引き、機体を後方と跳躍させる。
黒衣が舞い上がり、宇宙の闇に溶け込むように、死神の姿は消えていく。まるで…その存在自体が幻であったかのごとく―――
アーモリー・ワンを飛び出したインパルス内で、宇宙の深淵がシンを押し包む。
一瞬、見当識を喪失する。何の身構えもなしに勢いで飛び出したために、感覚がずれを生じさせるも、素早く気流によって崩れていた体勢を整え、感覚を適応させる。
同時にモニターを全方位に切り替えて敵機の反応を探る。
「くそっ、何処だ――!?」
焦りに歯噛みする。勢いで飛び出したものの、敵を見失っては元も子もない。宇宙空間は深く、また暗い。有視界では限界があるが、Nジャマーの影響下ではレーダー類も頼りにはならない。
可能な限り遠方までセンサーを飛ばし、MSの熱源反応を捉えた。
「見つけたっ」
友軍のIFFではない。そして数は4――それが、アーモリー・ワンより離脱コースを取っている。この距離ならまだ追いつける。そう確信したシンは操縦桿を引き、スラスターを噴射させる。
インパルスが加速し、速度を上げていく。前方を見据えるシンの視界に4機の機影が飛び込んでくる。
接近に気づいた彼らも舌打ちする。
「くそっあいつかよっ」
エレボスが毒づき、ステュクスも睨みながら機体を反転させ、火器を展開する。
「しつこいですよっ!」
フルバーストで放たれた砲撃が、インパルスに襲い掛かる。だが、シンはその軌道を読み、操縦桿を捻る。砲撃を紙一重の機動でかわし、ステュクスは眼を見張る。
「かわしたっ!?」
フォースインパルスは宇宙での高機動戦闘を主眼に置いた機体。対し、アビスは水中戦を主眼にしているため、また機体自体も完全に制御できていない今、分が悪い。
「ならこれでっ」
エレボスも苛立ち、カオスの誘導ミサイルを発射する。何十発ものミサイルが弧を描きながらインパルスに向かうも、インパルスはトリッキーな機動を行い、ミサイルを翻弄する。混乱したセンサーが接触を避けられず、数発が接触し、自爆する。それでもなお追い縋るミサイルに向けて振り向き様に胸部の機関砲で狙撃し、撃ち落とす。
爆発が機体を照り映えさせ、ゆっくりとこちらを凝視するインパルスに気圧されるように息を呑む。
「逃がさない――奪った3機は返してもらう!」
決然とした面持ちでシンはスロットルを引き、インパルスは再加速して動きの鈍る4機に向けて襲い掛かる。ビームサーベルを抜いて斬り掛かろうとした瞬間、横殴りにビームが撃ち込まれ、シンは咄嗟にシールドで防御するも、その威力に加速を殺され、弾かれる。
「何!?」
驚愕するシンが攻撃された方角を見やるも、敵機の姿は無い。
だが、視界の隅にキラリと白い光が迸った。反射的に操縦桿を捻り、インパルスが機体を傾けた瞬間、ビームが掠め、インパルスの右肩を抉った。
右肩の装甲に走るビームの融解跡。コックピットに表示されるダメージにシンは息を呑む。もしあの瞬間、回避が少しでも遅れていれば、頭部が撃ち落とされていただろう。
「攻撃…? ダメージは!?」
呆然となっていたが、すぐ我に返り、片手でダメージを確認する。装甲が抉られただけでフレームに損傷は無い。次にレーダー類を駆使し、全神経を張り詰めるように昂ぶらせ、周囲を索敵する。だが、ビームが何も無い――そして他方向から、同時に発射された。
シールドを掲げてビームを受け止めるも、表情が歪む。
「何処から!?」
戸惑うシンの眼に、矢のように迫る一条の軌跡を描く白い機体が映る。
それがMAだと悟った瞬間には、その機体は機体下部のレールガンを撃ちながらインパルスの横を掠める。立ち往生するインパルスに反転するエグザス。
「フッ――本能、というものかな? 勘は鋭いようだな」
相手を揶揄とも称賛とも取れる言葉を漏らしながらロイはエグザスの照準を合わせ、ガンバレルを展開してインパルスに砲撃を浴びせる。
「大佐、何故!?」
突然のロイの登場にカズイが困惑する。だが、ロイの名を聞くと同時にレアの恐怖に歪んでいた表情が微かに安らぐ。
「ロイ…来てくれた……」
親を見つけた幼子のように漏らすレア。エレボスはやや悔しげに舌打ちし、ステュクスも肩を竦める。
そんな彼らに向けてロイは不適な笑みを浮かべ、通信を送る。
「部下を護るのは指揮官の役目なのでね――バスカーク中尉、3人を連れて合流地点に向かいたまえ! ポイント座標はブルー18、マーク3αだ」
告げると同時にレーザー回線で、ガーティ・ルーの現在位置を送信し、意識をインパルスに向ける。そして、座標を受け取ったカズイは3人を促し、4機は離脱していく。
「待て――っ!」
防御していたシンは強引に追おうとするも、それを阻むようにエグザスの攻撃が降り注ぎ、シンはエグザスに反撃する。
ビームライフルを構え、狙い撃とうとするも別方向からの砲撃によって阻まれる。なんとか機体を旋回させて射線を回避し、高速で飛び交う4基の飛翔体が視界に飛び込む。
「ドラグーン――いや、ガンバレル!?」
機動ポッドから伸びる有線ワイヤーのようなケーブルを備えたガンバレルが火を噴き、シンはガンバレル目掛けて攻撃するも、ロイの意識に連動し、まるでそれぞれが別の生き物であるようにビームをかわす。
「さあ――その機体もいただくとしよう!」
嘲笑を浮かべ、エグザスが加速し、ガンバレルの攻撃が激しくなる。遠近感が麻痺しがちな暗い宇宙空間において、高速で機動するその小型兵装ポッドに対応するには、同等の空間認識能力が必要になる。シンの技能ではそこまで対応できない。
だがそれでも、必死に飛び交うガンバレル目掛けてビームライフルで応戦するも、こちらのビームが空間を薙いだときには既にそこに姿はない。
全方位からの間隙の無い砲撃にシンは翻弄される。
(相手は一機のはずなのに――これが、本物のガンバレル!?)
向けられる初めての攻撃に、シンは戸惑いながらも防御し、対応する。だが、宇宙は全方位が常――下方の対処が甘くなるインパルス目掛けて上昇するガンバレルの一基がビーム刃を展開し、加速する。
「!?」
それに気づいたシンは反射的にレバーを引き、機体が後退し、直前を過ぎるガンバレルにビームライフルの砲身が切り飛ばされる。
一拍後、銃が爆発し、体勢を崩すインパルスの背後にエグザスが回り込む。
背中越しに感じる殺気にシンが息を呑み、硬直する。そして、逆にロイは愉悦のような笑みを浮かべ、口元を緩めた。
「フッ、青いな」
機体にのる感情任せの動き――機械的ではないが、故に読みやすい。
「コックピットをやらせてもらう――その機体もできれば、回収したいのでね!」
獲物を狙うレールガンの砲口にエネルギーが収束した瞬間、ロイの内に微かな違和感が走った。
「むっ?」
その瞬間、トリガーを引こうとしていた手が別に動き、エグザスは身を翻す。機体のバーニアが向きを変えたと同時に過ぎるビーム。瞬時に離脱するエグザスを狙い撃つビームの矢。
援護射撃――そう感じたシンの耳に、仲間の声が飛び込んできた。
「シン! 無事!?」
「ステラ――?」
放たれる方角に眼を向けると、アーモリー・ワン方向から迫るセイバー、ザクファントムとザクウォーリアの姿があった。
遅れてシンの後を追ってきた3機は、エグザスに向かって狙いを定める。
「レイ、セス!」
「何をしている! 足を止めるな、いい的だぞ! この敵は普通とは違う!」
勇むレイにシンが冷静な彼らしくない言動に思わず口を噤む。
その間にも3機はエグザスに向かって攻撃する。3対1だというのに、ロイは動揺もせず、エグザスを駆り、ガンバレルを展開する。
狙いはセイバー。レールガンを放ち、セイバーの動きを封じる。ステラは晒された火線にシールドを掲げて受け止める。だが、動きを止めたセイバー目掛けてガンバレルの一基が回り込み、ビームを放つ。
それにステラが気づいた瞬間には遅い。だが、セイバーの前に割り込むレイのザクファントムが肩のシールドで受け止め、防ぐ。
その行動にロイが眼を僅かに瞬き、眉を寄せるように皺が刻まれる。その微かな隙を逃さず、セスのザクウォーリアが狙撃し、ガンバレルの一基が撃ち抜かれ、爆発する。
ロイは舌打ちしてワイヤーを破棄し、距離を取る。そして、それを逃さぬようにザクファントムも狙い撃つ。
正確な狙撃で逆に翻弄される状況にロイは奇妙な引っ掛かりを憶えた。あの白いザクファントムのパイロットはセイバーが反応できなかった攻撃に対処した。まるで予測していたような動きだ。
だが、高速で迫るビームが発射されたと同時に目標を捉え、弾道を見切るのは不可能だ。それこそ、あらかじめこちらの狙いを知っていなければ――そして、3機のなかでもザクファントムの射撃精度は一つ飛び抜けている。ガンバレルの動きを正確に把握しているようだ。
奇妙な感覚にとらわれるなか、ロイの耳に不思議な声が聞こえた。通信の混線――いや、そんなものではなくまるで内に直接…全身の神経が、共鳴したような声だった。
「この感じ―――そうか、そういうことか」
微かに戸惑っていたロイだったが、何かを確信したのか、口元が歪む。
そして、愉しげに攻撃をザクファントムに集中させていく。レイは突如自分に攻撃が集中し始めたことに一瞬息を呑むも、弾道を見切り、回避しつつ反撃する。だが、ガンバレルはそれらを紙一重で回避し、今度はレイの方が驚きに包まれる。
そんな相手の困惑を感じ取ったように、ロイはサングラス越しに視線を細めた。
「3人目か――因果なものだな、アル・ダ・フラガ…いや――ラウ・ル・クルーゼ!」
ロイの口から発せられた名――それは誰に対して向けられたものか、立ち往生するザクファントムを掠めるように急接近するエグザス。
互いの装甲がぶつかり、火花が互いの純白の装甲に迸った。
シン達が苦戦するなか、アーモリー・ワンより飛び立ったミネルバは一路、戦闘宙域に向かって航行していた。
「気密正常、FCSコンタクト、ミネルバ全ステーション異常なし!」
アーサーの報告にタリアは一呼吸置き、問題が起きなかったことに安堵する。この艦はまだ生まれたての赤ん坊も同然。だが、そんな感慨に耽る間もなく、意識を切り替える。
「索敵急いで! インパルスらの位置は!?」
クルー達も処女航海を味わう余裕もなく、眼前に迫る実戦に、緊張しながらも指示を実行していく。
「インディゴ53、マーク22ブラボーに不明艦1! 距離150!」
索敵を担当するバートが声を上げ、その位置が近いことにデュランダルは唸る。
「それが母艦か――」
タリアも睨むように前方を見据える。敵艦の位置はアーモリー・ワンと眼と鼻の先。だが、港が機能を停止する前に哨戒部隊は出ていたはずだが、その反応は無い。なら、やられたと考える方が自然だろう。
単艦でそれ程の戦闘能力を有する以上、油断はできない。
「諸元をデータベースに登録、以降対象を『ボギーワン』とする!」
仮想敵を表わす単語を用い、未知の艦にコードネームを割り振る。だが、それもすぐに終わらせる。そう決意するタリアだったが、友軍機を呼び出していたメイリンが上擦った声で叫ぶ。
「ど、同157マーク80αにインパルス以下4機反応確認! 交戦中の模様!」
交戦中というのはともかく、4機とも健在であることに安堵し、顔をメイリンへと向ける。
「呼び出せる?」
「ダメです、電波障害激しく、通信不能!」
「敵の数は?」
「一機です。でもこれは…MAです!」
メイリン自身も戸惑いながら機種を報告する。
その報告に落胆と安堵を同時に憶える。新型3機はまんまと奪い去られたということに、怒りを感じる。もはや取り戻すのは不可能に近いかもしれない。だが、敵がMA一機程度なら、4機で遅れは取るまいと安易に考えた。どんなに優れた機体でも、MAでMS4機――しかも、赤である彼らの乗る機体相手だ。
タリアも彼らの腕は熟知しているし、信頼している。故に安堵したのだが、その憶測が甘かったことをすぐさま思い知らされる。
すぐさま戦闘宙域を正面モニターに映し出す。純白のMAと思しき機体が縦横無尽に攻撃を繰り出し、インパルスを含めた4機は翻弄されていた。
押されてはいなかったが、それでも足止めを受けている。セイバーは曲芸のように飛行し、網目のように降り注ぐビームを回避し、ザクウォーリアはシールドで防ぎながら狙い撃つも、攻撃は紙一重でかわされ、決定打が出ない。集中的に狙われるザクファントムは急上昇して回避し、インパルスがビームサーベルでエグザスに斬り掛かるも、盾のごとく放たれるビームに防戦一方になる。
たった一機のMAで新型機2機を含めた赤の乗るMS4機を完全に押さえている現実に、タリアは思わず眼を瞬く。
自軍のMSの優位性を過信しているわけではないが、旧世代のMAで互角以上に戦っていることに相手のパイロットの技量の高さ、そして自身の認識の甘さを歯噛みする。
MSは完全無欠の兵器ではない――かつての恩師に言われた言葉が内に染みた。
「敵は一機のはずでは――?」
拳を握り締めるタリアの横で、アーサーが愕然と呟く。報告したメイリンも困惑している。
確かに敵機の反応は一機のみだ。だが、攻撃は他方向から幾重も放たれている。まるで何十機という数で対峙しているのではと錯覚させられる。
「相手のMAが装備しているのは、旧連合の機体に装備されていたガンバレルよ。アレを相手にしていては、彼らでは少し分が悪いわ」
モニター越しに確認した敵機が使用している装備は、タリアにも覚えがある。ナチュラルのなかでも一部の人間にしか使えない特殊兵装。それをあそこまで使いこなすというのは余程の腕だ。
だが、相手の腕に感心している場合ではない。一刻も早く手を打たねば、インパルスやセイバーのエネルギーも残り少ない。もし今動きが止まれば、最悪3機だけでなく5機とも喪うことになる。
タリアは素早く戦況をシミュレートし、最適な方法を導き出した。
「ボギーワンを討つ!」
そう宣言した彼女にクルー達が眼を瞬くも、気にも留めず矢継ぎに指示が飛び出す。
「ブリッジ遮蔽!」
タリアの指示とともに艦橋にアラームが鳴り響き、それに連動して艦橋部分が下がり始め、それと同時に天井となる部分にカバーが展開した。
「進路インディゴデルタ、加速20%、信号弾及びアンチビーム爆雷、発射用意!」
艦橋はゆっくりと降下し、下階のCICに直結する。薄暗い戦闘指揮所に到達し、ブリッジが固定される。そして、肝心の副長が呆然と立ったままなのに気がつき、タリアは怒鳴った。
「アーサー! 何してるの!?」
「うあっ…は、はい!」
一喝されたアーサーはようやく行動を起こし、慌てて所定の席に移動した。
「ランチャーエイト、1番から4番、ナイトハルト装填! トリスタン、1番2番、イゾルデ起動! 照準、ボギーワン!」
指示を発するアーサーにようやく安心したように溜め息を漏らし、タリアも眼前を見据える。この艦橋遮蔽システムは戦闘ステータスへのスムーズな移行を可能とすると同時に、船体の突端に位置し、戦闘でも無防備になりがちな艦橋を防護するシステムでもあった。
次々とミネルバの武装システムが起動していく。ミサイル発射口、艦中央に備わった主砲である『MX47 トリスタン』、『M10 イゾルデ』が起動し、砲身を展開する。
対艦戦闘準備が整うなか、デュランダルは唐突にタリアに問い掛けた。
「彼らを助けるのが先じゃないのか、艦長?」
ややウンザリしながら振り返り、デュランダルに向かい合う。
「そうですよ。だから母艦を討つんです。敵を引き離すのが一番早いですから――この場合は」
少々嫌味を込めて言い放つ。艦載機同士の混線するなかへ戦艦の装備では援護が難しい。そんな事は艦長としては当然のことだ、と――内心に苛立ちながらも、説明を簡潔に終え、タリアは姿勢を直し、ミネルバは一路、ボギーワンと名づけたスチールブルーの艦に進路を向けた。
インパルス、セイバー、ザク2機を相手にしていたロイはモニターの隅に接近してくる艦影を視界に捉えた。
「戦艦?」
アーモリー・ワンから回り込んでくるライトグレイの戦艦。見たことの無い艦形状だ。
「例の艦か?」
データでしか知らないが、強奪を指示されたセカンドステージを運用するための新造艦――だが、戦艦が出て来たということは港が復旧したのだろうか。
その逡巡が一瞬の隙を生み、ガンバレルの動きが僅かに鈍る。そんな隙を逃さず、セスが一基に向かって狙い撃ち、軌道を補足する。浮かび上がるガンバレルに向かってザクファントムが狙撃し、一基を破壊した。
「ちぃ、私としたことが――二兎を追う者は一兎も得ず。欲張りすぎは元も子もなくしかねんな」
舌打ちし、潮時と悟る。
できることならあの新型と思しき2機も奪取――最悪でも破壊してしまいたかったが、戦艦までも出てきた以上、これ以上増援を出されては流石に分が悪い。
ロイは戦況を見定めると、次の行動に素早く移る。
足止めは充分だ――残りの2基をエグザス本体にドッキングさせ、機体を反転させると、一路ガーティ・ルーに向かう。
突然の離脱に4機は戸惑い、動きが鈍る。その僅かな間があれば充分だった。瞬く間に距離を空け、離脱するなか、ロイは徐にモニターに映る白いザクファントムを見やる。
エグザスの機動に対応してみせたあの動き――ロイにとっては、確信するに充分なものだった。
「また会おう、ラウ・ル・クルーゼ」
小さく囁き、ロイはガーティ・ルーを目指し、加速する。
彼方へと去っていく機影に呆然となる一同。あまりに唐突な事態に反応できず、見逃す結果――いや、この場合は、相手が退いてくれたと解釈する方が正しいかもしれない。
旧世代のMA一機で赤4人が抑え込まれたのだから――やや悔しさに歯噛みするなか、相手が何故撤退したのか逡巡したが、その答はすぐに出た。
アーモリー・ワン方向から、別の巨大な艦影が接近しつつあった。
「ミネルバ――!?」
モニター越しに確認したのは、紛れもなく自分達の母艦たるミネルバのシルエット。だが、シン達は戸惑う。
「なんでココに?」
ステラも驚きに眼を見張る。進水式さえ終わっていない新造艦が、何故戦闘空域に向かってきたのか――恐らく、あのMAもミネルバの出現に退却したのだろうが、ミネルバの登場に思考が混乱する。
接近してくるミネルバから、発光信号が打ち上げられた。
「帰還信号?」
その信号の意味するところを悟り、シンは荒くなっていた呼吸を落ち着ける。どうやら、あの戦いで予想以上に張り詰めていたらしく、息もかなり張っていたらしい。
だが、既にインパルスのエネルギー残量も心もとない。敵も退却した今、シン達は帰還する。初陣は彼らの負けであったという事実に――拳が、知らず知らず握り締まった。
離脱した4機は無事にガーティ・ルーの着艦コースに乗った。開かれた両舷のカタパルトハッチから格納庫へと着地する。機体が収容されるなか、ガイアが格納庫に足をつけ、機能を停止するとともにレアは震える身体を抱き締めるように両手で抱えた。
「生きてる…私、生きてるよ……お姉ちゃん…生きて、るよ……」
眼元に涙を浮かべたまま、自分が生きているとういう実感を噛み締めながら、レアはコックピットで身を縮める。己の存在を確かめるように――エレボスとステュクスもやや疲れを滲ませる表情で息を切らし、カズイもやや呼吸を荒げていた。
MSの収容が完了し、ようやく任務が終了した。後はこの場から離脱するだけ。
「艦長、MS収容完了!」
「撤収用意!」
もはや長居は無用。後は指揮官が戻りさえすればいい。迎えに行った本人が遅れてどうするのだと、やや毒づくも、オペレーターの上擦った声にエヴァは意識を引き戻される。
「戦艦と思しき熱源接近! 艦種、データにありません! レッド53、マーク80デルタ!」
オペレーターの報告と同時に、モニターに迫りくるミネルバが映し出され、エヴァは思わず身を乗り出す。
「例の新型艦か――!?」
見慣れたザフトのナスカ級やローラシア級とはまったく違った形状を持つ流線フォルムのライトグレイのボディ。アレが、報告にあったザフトの新造艦。厄介な相手が出てきたと、エヴァは小さく舌打ちする。
「対艦戦闘用意! 面舵15、加速30%、イーゲルシュテルン起動! ミサイル発射管、スレッジハマー装填!」
素早く敵艦からの攻撃を想定し、迎撃体勢を整えさせる。それと同時にミネルバの艦体両舷から対艦ミサイル:ナイトハルトが発射される。
「敵艦より高速熱源多数、本艦に接近!」
無数のミサイルが弧を描きながら襲い掛かってくる。エヴァは即座に迎撃させる。
「迎撃! 撃ち落とせ! 同時に右舷スラスター、ピッチ角30°!」
ガーティ・ルーの船体随所に備わった迎撃対空機関自動砲塔システム:イーゲルシュテルンが弾幕を張り、迫りくるミサイルを撃ち落とす。
だが、その弾幕を掻い潜ってくるミサイルが迫るも、向きを変えたガーティ・ルーの船体を至近距離で爆発したミサイルの余波が押し、ミサイルは虚空を過ぎり、去っていく。
衝撃波によって船体がビリビリ揺れ、エヴァを含めたクルー達は歯噛みする。
「応戦しつつ回頭60°! エグザスの回収急いで!」
同方向から急速に接近してくる白い機影。確認するまでもなくロイのエグザスだ。ロイは決して分の悪い賭けはしない方だ。そして、エヴァも戦闘力が未知数の新造艦を、正面から相手するほど酔狂でもない。
爆煙が晴れ、ガーティ・ルーが健在であるのを確認すると同時にミネルバは主砲であるトリスタンと中央の副砲のイゾルデを発射してくる。ビームと弾丸の集中攻撃に晒されつつも、エヴァは回避を命じる。
「撃ち返せ! ゴッドフリート2番及び6番回頭50! 撃てぇぇぇ!!」
負けじとガーティ・ルーの艦首に備わった6門の主砲であるゴッドフリートの左舷に備わった砲門が動き、ミネルバに向かって発射される。
互いに砲撃と回避を応酬するなか、その激しい攻防を掻い潜り、エグザスはガーティ・ルーの着艦コースに乗る。
流石の操縦技術に感心すると同時にエグザスが開かれたハッチに飛び込み、格納庫に強引に着艦する。衝撃吸収用のネットに絡め取られ、動きを止める。
《撤退だ、エヴァ!》
待ってたとばかりにエヴァは声を張り上げる。
「機関最大! 全速!! 現宙域を離脱する!」
ガーティ・ルーはエンジンを噴かし、全速で戦闘空域から離脱をかけた。
戦艦同士の激しい攻防が続くなかで、別の一画では、もう一つの戦いが続いていた。マコトのセレスティとリンのザクウォーリアは、突如出現したNダガーNの攻撃に遭い、応戦していた。
「くそっ、なんだこいつ!」
シルトゲヴェールのビーム砲を放ってくるNダガーNに歯噛みしながら回避する。宇宙空間に放り出されたと思ったら、今度はまた見たことも無いMSによる攻撃。泣きたくなってきたとマコトは思わず内に叫びながら回避に徹する。
その横では、同じようにNダガーNを相手にするザクウォーリアのコックピットで、リンはモニターに映る機影を確認し、眼を細める。
「GAT-SO2R:NダガーN――旧連合の諜報機が何故?」
首を傾げる。あの機体は確か、旧連合内部で極秘裏に開発が進んでいたはずだが、終戦条約締結と同時にプロジェクトは中止されたはずだ。
存在しないはずの機体――いや、開発データさえあれば、プロジェクトは続けられる。
「見れば見るほどブリッツに似ているな――だが、あの装備」
左腕を振り被り、鉤爪のハーケンファウストを放ち、伸びる爪を左のショルダーシールドで防御し、弾くもその反動で弾かれる。
歯噛みしながら機体に制動をかける。リンの眼は、NダガーNの左腰に装備された対艦刀と思しき装備を凝視し、眼を細める。
あの独特の形状――どうやら、この機体の背後にいるのは、単なる一組織ではないと確信する。
「だけど、今は倒すまでっ」
そう――詮索するのは後だ。今はこの場を切り抜けなければならない。肝心のザクウォーリアは、先程の死神の攻撃で右腕を欠損し、装備は生憎と失っている。
「バッテリー残量は――全力で稼動できるのは、最高で8分か」
あてにはならないなと苦笑を浮かべる。だが、それでもやりようはある――リンは操縦桿を引き、バーニアを噴かせ、ザクウォーリアを突貫させる。NダガーNはシルトゲヴェールを放つも、左肩のシールドに阻まれ、致命打にならない。
リンはさらにレバーを押し、バーニアを全開にする。最高速に乗ったザクウォーリアがNダガーNに向かって突撃し、予想外の攻撃に一瞬反応が遅れ、スパイクシールドの体当たりを受け、NダガーNは衝撃に身を崩す。
「諜報用の特殊装備が仇になったなっ」
そう――戦闘中に確信した。諜報用に隠密性を重視した機体故に装備も特殊な状況を想定したものが多いが、決定打に欠けている。一撃で相手を倒すほどの火力が無いのだ。正面から戦うには不利な機体。対し、こちらはパワーだけなら劣らないザフトの最新の量産機種だ。
リンは素早く左手を伸ばし、NダガーNの左腰分に備わった対装甲刀の柄を掴み、引き抜く。引き抜かれた刀をそのまま勢いよく振り下ろした。刀身がNダガーNの腹部に突き刺さり、コックピットを貫通する。
それを確認するまでもなく、リンはボディを蹴り、反動で離脱する。次の瞬間、腹部の核動力路が炉心を破壊され、爆発した。
通常のMSよりも高出力のエンジン故にその爆発の影響も大きく、爆発の衝撃波に吹き飛ばされながらも、リンは撃破を確認すると、一瞥してもう一機を見やるも、既に今の行動でバッテリー残量が底を尽き、動くのは不可能だった。
セレスティは回避に徹しながら、NダガーNと距離を取ろうとしていたが、相手はそれを赦さず、腰部の対装甲刀を抜き、斬り掛かる。マコトは歯噛みしながら急旋回で斬撃をかわすも、胸に抱くカスミが表情を苦悶に歪めたことで思わずハッとする。
自分はまだいい。だが、先程からの機動でカスミの方はかなり参っているはずだ。このまま戦闘を続けるのは得策ではない。
「どうする――!?」
己に向かって問い掛ける。正直に言えば、回避できているだけでも精一杯なのだ。だが、相手は離脱を赦してくれない。おまけにバッテリー残量も残り僅か。
「やるしかないっ」
取れる道は一つ――相手を撃退するしか、生き延びる術はない。
覚悟を決めたようにセレスティは保持していたビームライフルを構え、NダガーNに向けて斉射する。
相手が反撃してきたことに一瞬、動きが戸惑うも間髪入れずシルトゲヴェールで防御し、装甲刀を戻し、防御しつつ身を振り被り、左腕のハーケンファウストを飛ばす。
鉤爪が伸び、セレスティのビームライフルの砲身に絡み付き、相手と引き合う。
「ぐっ」
マコトは歯噛みしながらビームライフルを取られまいと操縦桿を引き、相手と引き合う。相手も簡単には離さず、引き寄せようとしている。
逡巡するなか、マコトは脳裏に相手の行動が過ぎり、次の瞬間――セレスティは、NダガーNに引き寄せられた。
真っ直ぐにNダガーNに向かって進む。体勢を崩したセレスティに向けて、シルトゲヴェールを構える。
銃口にエネルギーが収束し、こもれた。マコトは反射的にトリガーを引き、バルカン砲が発射される。銃弾がNダガーNのボディに着弾し、僅かながら体勢を崩したため、発射されたビームはセレスティを掠めて過ぎる。セレスティはそのまま突撃し、体当たりで弾き飛ばした。
衝撃の振動がセレスティのコックピットにも響くも、相手のNダガーNはまったくの無防備で受けたため、完全に衝撃を受けたはずだ。
退いてくれ、と心の中で願うも――相手は無常にも反転し、襲い掛かってきた。対装甲刀を抜き、両手に構えて振り上げる。
相手の動きがまるでスローモーションのように映る。手を振り上げて迫る瞬間――それが振り下ろされる光景までが酷くモノクロだ。内に鳴り響く動悸と呼吸が止まったかのように息苦しい。
そして…マコトの眼に映る大きく空けたボディ。映し出されると同時にマコトは操縦桿を無意識に動かした。セレスティの瞳が輝いた瞬間――マコトの意識がハッとする。まるで、身体と意識が切り離されていたかのような感覚から立ち戻ったような実感。
モニターには、セレスティの眼前で静止するNダガーN。攻撃を止めた――いや、違った。よく見てみると、NダガーNのボディには、蒼穹の光の刃が突き刺さり、貫いている。刃が貫通し、背中に生えている。
その刃を握るのは、セレスティの手――セレスティの繰り出した刃が、NダガーNのボディを貫く光景がそこに在った。
それをつくりだしたのはマコト自身――だが、そんな自覚が沸いてこない。まるで、他人の仕業のように錯覚するも、それを成したのは紛れもなく自分自身だというのは、操縦桿を握る自身の手が証明していた。
リアクターを貫かれたNダガーNのボディから光がこもれる。それが何かを気づいた瞬間、マコトはビームサーベルをOFFにし、慌てて離脱した。一拍後、NダガーNは爆散する。
その余波がモニターを通じて激しい閃光となって差し込み、思わず眼を覆うも、次の瞬間、正面モニターに何かが鋭く体当たりするように付着した。
視界を覆いながら隙間から見えたのは――『真っ赤』なもの。それが何であるかを悟った瞬間、マコトは鼓動が大きく脈打ち、激しい動悸に襲われた。
「はぁ、はぁ…――」
呼吸が荒くなり、操縦ができない。吹き飛ばされたセレスティは、そのまま慣性に従って流されるままだったが、機体が突如何かに受け止められた。
軽い衝撃に意識を戻し、モニターを見やると、セレスティの背後にインパルスが佇んでいた。
「シ…ン…――?」
掠れた声でその機体のパイロットの名を呟くも、マコトは極度の緊張感が切れたのか、意識を混濁のなかへと引きずり込まれていった。
ただ――正面モニターには、【CANCELLATION】の文字だけが表示され、セレスティの瞳からも主が意識を失ったのと同じく光を消失していた。
ガーティ・ルーが離脱をかけるなか、ミネルバは、帰還信号を出した。対艦戦闘に巻き込まれるのを避け、尚且つ素早く回収しなければならなかったからだ。
そのために、一時攻撃が止んだ隙を衝かれ、離脱しようとするガーティ・ルーの動きを察知したバートがタリアに報告した。
「ボギーワン、離脱します! イエロー71アルファ!」
「インパルスらは!?」
「帰投、収容中です! その際に被弾していた友軍機を随行しているとのことですが…」
メイリンが言葉を濁らせる。敵MAと交戦中であったインパルス以下4機は帰還についたものの、道中被弾していた友軍機を回収したと報告が上がるも、タリアは気にも留めず促した。
「急がせて! このまま一気にボギーワンを叩きます。進路イエローアルファ!」
正直、今は敵艦を逃さないことに意識を集中しなければならない。他のことまで頭が回る余裕がない。そのために、タリアは後々厄介事を抱え込むことになるのだが、今の彼女の眼はモニターに映るガーティ・ルーに向けられていた。
セレスティを抱えたインパルスとザクウォーリアを抱えたセイバー、そしてザクファントムとザクウォーリアがカタパルトハッチに飛び込み、ハッチを閉じると同時にタリアの号令とともに、主砲のトリスタンを放ちながら、離脱をかけるガーティ・ルーを追った。タリア自身も見たことのない形状だが、それが強奪犯の母艦であることは察せられる。
ブリッジにいる者達は睨むように離脱をかけるガーティ・ルーを睨み、攻撃しながらエンジンの出力を順調に上げ追撃に向かった。
相手もかなりの高速艦のようだが、ミネルバの俊足は先の大戦で活躍したエターナル級にも引けをとらない。このまま、例の3機を奪われたまま逃すわけにはいかない。最悪それを自らの手で破壊しようとも――そんな気迫に応じるように、ミネルバは加速し、徐々に距離を詰め始めた。
トリスタンの砲火がガーティ・ルーの船体を掠め、続けて発射されたイゾルデの砲弾が艦の間近で爆発し、船体を大きく揺さぶる。
エヴァらクルーらが振動に呻くなか、エレベーターが開き、ロイが艦橋に現われた。その姿にクルー達が歓迎するように声を上げ、エヴァも苦笑を浮かべながら、首を振り向かせる。
「遅刻よ」
咎めるエヴァに悪びれもなく肩を竦め、詫びる。
「すまん、遊びすぎたな」
「まったくよ、保護者がそれでどうするの」
嫌味を微かに滲ませた物言いに、ロイは苦笑を浮かべるだけだ。エヴァも肩を竦め、それ以上追求はしない。
「敵艦、なおも接近! ブルー0、距離110!」
オペレーターの報告に、二人は視線をモニターに移した。
モニター越しに迫るミネルバの姿。その速度は従来のナスカ級とは比べ物にならない。徐々に縮む距離に苦く表情を顰める。
「かなり足の速い戦艦のようね――厄介な」
軽く睨みながら毒づくも、それに被せるようにオペレーターが声を張り上げる。
「ミサイル接近!」
ミネルバの両舷から放たれる数十発のミサイルが、弧を描きながら襲い掛かる。
「取り舵! かわせぇ!」
回避しつつ、後部イーゲルシュテルンが火を噴き、艦尾に喰らいつこうとするミサイルを叩き落すも、その誘爆による衝撃波が突き上げるように船体を揺らす。
振動に呻いていたエヴァが一瞬視線を落としたのも束の間、次の瞬間、ガバっと顔を上げたその視線は大きく吊り上がっていた。
「こんのぉ――よくも私の艦にちょっかいかけてくれやがったな! 人のケツ追っかけるような真似しやがってっ」
その口調は荒々しく、とても先程までの冷静なものではなかったが、そんなエヴァの豹変ぶりにもロイは愚か、クルー達も驚いた様子は見せない。
「てめえら、両舷の推進剤予備タンクを切り離せ! アームごとでかまわねえ! ケツ追っかけるクソ野郎にお望み通りかましてやれ! 分離と同時に爆破! 奴の鼻っ面に喰らわせてやれ!」
捲くし立てるように指示を飛ばすエヴァに、ロイが感心したように笑みを浮かべる。なかなか大胆な作戦を取る。
だが、そういった常識の範疇に捉われないのが、彼女を高く評価している要因でもあった。クルー達もそんな艦長を頼もしく思いながら作業を開始する。
「同時に上げ舵35、取り舵10、機関最大! ラストバタリオンを舐めんじゃねえぞっ」
思わず指を立て、モニター越しに挑発する。
ガーティ・ルーは、ミネルバのトリスタンの射線を避けながら上昇しだす。その行動にタリアが眉を寄せる。
だが、突如ガーティ・ルーは両舷から突き出していた翼のような構造物を切り離した。
「ボギーワン、船体の一部を分離!」
その行動に、タリアはますます眉間に皺を寄せ、疑問を憶える。重量を減らし、加速力を得る為に切り離したのか。最初にその可能性が浮かんだが、2基の構造物は慣性に従い、こちらの進路へ漂ってくる。
近づくにつれて、その姿が鮮明を帯び始める。突き出した支柱のような突起物の先端に噴射口のようなものがあるのを確認し、基部近くに幾つものタンクと思しき物が取り巻いている。それが何かを察した瞬間、タリアは顔色を変え、鋭い声で叫んだ。
「っ!? 撃ち方止め! 面舵10、機関最大!」
慌ててタリアは、火器管制官のチェン・ジェン・イーにそう命じるとすぐに、進路変更も指示した。矢継ぎ早に出される命令に従い、操舵士のマリク・ヤードバーズが舵を切るが、一歩遅かった。
突如、艦の目前に迫っていたその破棄された構造物は瞬時に膨れ上がり、次の瞬間、炸裂した。視界が真っ白なものにホワイトアウトし、一同はあまりの光に眼を閉じるも、至近距離で起こった爆発が眼を灼いただけではなく、艦はまるで乱気流に呑まれたかのように揺さぶられた。
その激しい振動にメイリンの甲高い悲鳴が艦橋に響き、デュランダルも呻きながら低く身を構え、タリアはシートのアームを掴んで衝撃に耐え、唇を噛み締めていた。
―――やられた!
そんな陳腐な一言が過ぎるも、忌憚のない今のタリアの心情だった。
敵が分離したのは、予備の推進装置だ。推進剤がたっぷりと詰まったタンクを機雷として叩き付けるなどという奇策、そう簡単に思いつく戦術ではない。同時にタリアは確信した。
あの艦に乗っている相手は、一筋縄で決していかない相手だ――と。
その数分前、ミネルバの格納庫では帰還した各機の固定作業が行われていた。
カタパルトハッチが閉まり、艦内にMSが格納されると同時に蜂の巣を突いたような騒々しさに包まれていた。
「インパルスやセイバーを固定急げ! すぐにダメージチェックだ!」
マッドが指示し、クローラーに固定された各機の四肢を固定具がジョイントし、機体を固定する。それと同時に戦闘で受けたダメージの解析と修理作業が同時に開始される。
「こいつはデータ取りも兼ねてるんだ、解析を忘れるな!」
肝心なことだが、この機体は試験機でもある。いきなりの実戦投入ではあったが、そのデータは貴重なものであり、今後の開発にも活かされる。そのために、戦闘データは余すことなく記憶せねばならない。
インパルスとセイバーに大方の整備士を回すと、マッドは少数の整備士を率いて被弾したザク各機を見渡す。
「レイとセスの機体のチェックを最優先だ! その後は残りの機体に回れ!」
指示を出し終えると、マッドは難しげな表情で固定されるセレスティを見上げた。
その時、排出されるような音とともにインパルスのハッチが開放され、コックピットでシンはヘルメットを脱ぎ、首を振る。
「ふぅ」
小さく息を零す。よく見れば、顔には汗がビッショリと浮かんでいる。そして、表情は浮かない。
負けた――そんな感情が、シンの内を支配していた。決して自分の腕に自惚れているわけでもないが、4機掛かりでMA一機に遅れを取ったのだ。流石に気にせずはいられなかった。だが、こうして閉じ篭っていても仕方ないとばかりに頭を振り、熱気が漂う格納庫内に飛び出す。
格納庫内は、インパルスとセイバーが抱えてきたセレスティとザクウォーリアに整備班は眼を丸くしていた。
「シン」
「おい、大丈夫か?」
ヴィーノとヨウランに言葉を返さず、シンはコックピットを出て固定されたセレスティに向かう。何故マコトの機体がこんな戦闘宙域にいたのか。おまけに戦闘をしていたようだし――だが、彼は民間人だ。流石に心配になり、放っておくこともできずこうしてミネルバに運び込んだわけだが。
(後で大目玉喰らうかな)
そんな苦い感想が過ぎる。セレスティを固定していたマッドが声を掛ける。
「おい、シン――こいつはいったい?」
搬入予定にない機体だけに、マッドも戸惑っている。ただでさえ、日本の機体まで入れて整備班が困惑しているところへ、また見も知らぬ機体が持ち運び込まれれば当然だろう。
「詳しい話は後で。パイロットは?」
「あ、ああ。コックピットは無事だ」
返事を待たずしてシンはハッチ付近に跳び、セレスティの外部スイッチを押し、ハッチを開放する。コックピットを覗き込むと、シンは眼を見開く。
シートの上でぐったりと背を預けるマコトと、そのマコトの胸のなかでこちらも気を失っているのか、意識がないカスミの姿。
「お、おいマコト! しっかりしろ!」
慌ててシートベルトを外し、その身を機外へと引っ張り出す。呼び掛けるも、マコトからの返事はない。だが、その蒼褪めた表情から尋常でないことは察せられた。
どうしようかと戸惑うシンの耳に、聞き覚えのある声が飛び込んできた。
「カスミちゃん!」
「え? マ、マユ?」
聞くはずのない声が聞こえたことに振り向くと、そこには医療班の制服に身を包んだマユの姿があった。だが、マユは不安げな面持ちでシンに引かれるカスミに寄り、その状態を確認する。
「よかった、気を失ってるだけだぁ」
外傷が無いことにホッと胸を撫で下ろすも、シンは再度問い掛ける。
「おい、マユ!」
「え…あ、お兄ちゃんいたんだ」
真顔でさらっと毒を吐くマユに、シンは思わずコケそうになるも、今の現状を思い出し、そんな馬鹿をやっている場合ではないと気を取り直す。
「なんでミネルバに乗ってんだよっ?」
少々語気が荒げる。マユはまだ見習いで、おまけに軍属ではなく民間の看護士志望だったはずだ。それが何故軍艦――よりにもよって、ミネルバに乗っているのか。その問いにマユはバツが悪そうに表情を顰める。
「その…いろいろと成り行きで」
言葉が宙を彷徨い、視線が泳ぐ。ちょうど事件が起こった時間、マユはシン達に用事で宿舎を訪れ、ミネルバの方まで来ていたのだが、あの事件が起こり、負傷者が多数出たため、マユも見習いではあるが、看護士として救急活動に加わり、医療品を取りにミネルバに乗り合わせせたところへ、あの発進騒ぎに巻き込まれ、済し崩し的に乗艦してしまったのだ。
事情を聞かされたシンも思わず強く言うことができない。不幸が重なっただけの不運としか言いようがない。
「分かったよ、グラディス艦長には後で言っておくから」
「うん、それよりステラ義姉ちゃんは?」
「ああ、それなら」
ステラの安否も気遣ってか、姿を捜すマユにシンが周囲を見回した瞬間、ステラが突進してくるようにこちらに跳んできた。
「シン! 大変!」
「って、うおわっ」
激突しかねない勢いでシンに飛び込む。無重力でなければ、ステラの身体が密着されたことだろうが、生憎と今の状態ではシンは一緒に飛び、浮遊するだけなので、手近に浮遊しているものを蹴り、動きを止める。
「大変、大変なの!」
咳き込むように何度も連呼するが、肝心の内容が分からず、シンは首を傾げる。
「いったいどうしたの?」
マユもあまりの慌てぶりにやや上擦った口調で問うも、ステラは頭がうまく纏まらないのか、言葉が口の中で彷徨うも、やがて顔を振り、視線を一点に向け、つられて二人もそちらに眼を向けると、飛び込んできたものにシンとマユの眼も驚愕に見開かれる。
「え?」
「リン……さん?」
二人が視線を向ける先には、セス以下数名の警備兵に銃を向けられ、手を頭の後ろで組みながら、被弾してステラのセイバーに運ばれたザクウォーリアのコックピットから出てきた、あり得ない人物がいた。
ステラ自身もザクウォーリア収容と同時に、セスがコックピットにいるパイロットを救助しようとしたのだが、なかなか現われず、不審に思ったセスが開放したところ、見慣れぬ人物が搭乗していたため、思わず警戒した。
だが、ステラはその覗き込んだコックピットにいた人物の顔を見て、驚愕し、慌ててシンを捜したのだ。
シンやステラ、マユの脳裏に2年前のあの戦いが過ぎる。共に戦ったかつての戦友。だが、この場では一番あり得ない人物だった。
三人とも、無意識に、そしてやや慌てて近づく。シンはマコトを、マユはカスミを抱えたままだが、無重力からか、その存在を失念する程だった。接近にするにつれてより鮮明になってくる。変わらぬ髪に真紅の瞳――そして、銃を向けられているのにさして動揺した素振りも見せず、むしろ睨むように見ている態度からも明白だった。
「リンさん!」
思わずシンが叫ぶも、リンは無言のまま、反応しない。返事がないことに戸惑う。シン達は相手がリンであることを確信しているのだが、相手は自分達に気づいていないと思ったのだが、接近してくるシン達を一瞥し、やがて警備兵の後ろで静止すると、再度呼び掛ける。
「リンさん?」
「―――人違いよ」
問い掛けにそっぽを向いて言い捨て、セスが銃を構えたまま促し、リンは肩を竦めながら、宙を跳び、それに追随する。
その背中を、呆然と見送るシン達に、リンは内心迂闊だったと毒づく。
戦闘で稼働時間を使い果たし、漂っているだけだったリンのザクウォーリアはセイバーに回収された。それだけでも厄介だというのに、そのままミネルバに収容されたのだからなおタチが悪い。
これがアーモリー・ワン内部での件なら、そのまま機体を乗り捨てていくこともできただろうが、戦闘中の戦艦では無理な話だ。
おまけに、この艦の主戦力のMSパイロットには顔を知られている。正体が知られれば厄介な事態になる。あのMSを追って、コロニー外に飛び出したのは、少し早計だったかもしれない。
もっとも、そこまでやっても結局取り逃がしてしまったのでは、グウの音も出ないが。
(それに――)
リンは何気に後方へと視線を流し、自分を連行する黒髪の女性:セス・フォルゲーエンを見やる。オッドアイの視線を瞳を持つ者。その片眼の紅色は、やはり奇妙な感じを抱かせる。
それは、MC同士の感覚の共鳴――もしくは共有というのだろうか。だが、2年前のきょうだい達とは少し違う気がする。そんな袋小路に陥り、リンは表情を顰める。
(お前は…何だ――?)
内に向かって問い掛ける。だが、それに答は返ってくることなく、セスは無表情で追うだけだ。逡巡しても答が出ず、リンはふと格納庫内を見渡すと、奥のハンガーに固定された機体が視界に入った。
(アレは確か、日本の…それに――)
クローラーに固定されているのは、間違いなく日本からの使者が来訪した時に見た機体だ。そして、その隣には、左腕を欠損したザクウォーリアが固定されている。
(キラやラクスもここにいるのか――?)
断定はできないが、その機体はキラ達が搭乗していた機体のようだ。なら、この艦に乗艦している可能性がある。うまく誤魔化せるかと内心に考えていると、突如艦を激しい衝撃が襲った。
「何だ!」
「被弾したぁ!?」
衝撃に様々な器具が散らばり、無重力のなかを飛び交う。揺れる衝撃に各々は手近に身体を固定し、または掴んで必死に耐える。
「慌てるな! 作業を中断、何かに掴まれ!」
混乱する整備士をマッドが一喝し、衝撃が通り過ぎるのを耐える。そんななか、ザクファントムを降りたレイはブリッジに直通のインターフォンを取り、通信を試みたが、不通になっているらしく、繋がらなかった。
「ブリッジ、どうした!? チッ!」
小さく舌打ちし、受話器を投げ捨てて、ブリッジに直接確認に向かった。
リンは相手が体勢を崩したことで僅かに距離を取ろうとするが、セスが素早く背中に張り付き、銃を抜いて背中に突きつけた。
(こいつ――っ)
その反応にどこか確信めいたものを感じる。銃を突きつけられているものの、リンは動揺した素振りも見せず、セスの表情がより険しくなる。
「動くな――次に妙な真似をすれば、即座に発砲する」
背中越しに冷たい口調で告げられるも、リンは表面上は従うも、無言で相手を見据える。
今の反応といい、微かな殺気混じりの口調といい――どうやら、案外近くに手掛かりは残っているかもしれないと内心確信する。
とはいえ、今は騒ぎを起こすのは不本意なのか、リンはセスの言葉に従った。振動が続くなか、リンはハンガーに収まるセレスティを一瞥する。そして、その視線が微かに細まった。
ガーティ・ルーの切り離した推進剤タンクの即席機雷の直撃を受けたミネルバは、濛々と立ち込める爆煙を裂きながらその船体を現わす。表面上は目立った外傷は見当たらない。
「各ステーション、状況を報告せよ!」
ようやく衝撃から立ち直った艦橋では、各セクションの状況確認のために、アーサーが通信機に怒鳴っていた。
タリアも首を振り、まだチカチカする眼を瞬きながらバートに問い掛ける。
「バート、敵艦の位置は!?」
「待ってください、まだ――」
爆発の影響で変調したモニター画面に悪戦苦闘しながらも、懸命にセンサーを調整し、相手の位置を探っているも、タリアは苛立つ。
こちらは体勢が整っておらず、相手からすれば格好の的だ。相手からの追撃に備え、次の指示を下す。
「CIWS起動、アンチビーム爆雷発射! 次は撃ってくるわよ!」
脅すような口調で告げるタリアに、ブリッジのクルー達の表情が凍り、汗が頬を伝う。ここに配属された者は確かに能力的には優秀なものの、実戦経験の点で言えば浅い者が多い。メイリンなどは、こんな修羅場を初めて味わうためか、今にも泣きそうな表情だが、相手はそんな事で手を抜くような真似はしない。
身構えるタリアだったが、それはバートからの報告によって予想を外れた。
「見つけました! レッド88、マーク6チャーリー! 距離500!」
その座標の意味するところを悟り、アーサーが唖然と呟く。
「逃げた…のか?」
相手の行動に混乱する艦橋に、レイが入室してくる。その視線が後部座席に座るデュランダルに気づき、驚きの声を上げる。
「議長!?」
デュランダルはそんなレイの無言の笑みで応じるも、やがて聞こえてきたタリアの声にレイも視線を前へ向けた。
「やってくれるわ――まさか、こんな手で逃げようとするなんて」
忌々しげに…だが、どこか敗色を滲ませながら溜め息をこぼし、シートにもたれ掛かった。
相手が取ったのは通常の戦闘シミュレーションでは考えられない手段だ。しかし、だからこそ意表を衝き、柔軟な対応が取りにくい。あの艦の艦長は、そんな一般的な括りから飛び出すような鬼才の持ち主だ。
敵ながら、同じ艦長として敬服の念を憶えずにはいられない。もし敵でないなら、顔を拝んでおきたい気がしないでもないが――そんな考えを抱き、肩を落とす。
「――だいぶ、手強い部隊のようだな」
慰めのつもりだろうか。背後からのデュランダルの言葉に、タリアは座席を動かし、向かい合いながら、表情を引き締める。
「ならばなおのこと、このまま逃がすわけにはいきません。そんな連中にあの機体が渡れば――」
「ああ」
噛み締めるように発するタリアに、デュランダルは瞳に鋭い光を浮かべ、表情に懸念の翳りが浮かぶ。
『EVE of the END of the WAR』で結ばれた終戦条約では、各国の軍事力の項目について、保有戦力の透明化と保有数の制限が設けられている。
それは、軍事戦力を平等に保つためのものだ。様々なパラメーターから導き出される国力に応じ、戦力に制限を設ける。悪戯に軍事力を拡大する国家には、条約違反として、様々なペナルティが各国の裁定によって課せられる。
下手に軍事力を拡大しては、危険国家として見なされる恐れもある。極秘裏に進めようとも、所詮国家は一枚岩ではない。どこから情報が漏れるか分からない。そのために、迂闊な真似にも先走られないという暗黙のルールが構成されていた。
だが、新兵器の開発に関しては決して制限されているわけではない。量が制限されるなら、質を高めればいい。前大戦初期においてザフトが取った手法の一つだ。これにより、セカンドステージが計画されたといっても過言ではない。
既に先行していたニューミレニアムシリーズは、ウィザードシステムによる改修が成され、一機で複数機分の戦闘能力を有するのがインパルス以下5機のセカンドステージ。
だが、その内の3機までが強奪されたとなれば、事は機密の漏洩だけに留まらず、軍事力のパワーバランスを崩しかねない危険性も孕んでいる。
なにより、自分達が心血注いで造ったMSに攻撃され、更には窮地に陥るなど茶番もいいところだ。
そんな危険性を説くタリアはデュランダルを見据え、簡潔な口調で意見を呈示する。
「今からでは下船いただくこともできませんが、私は本艦はこのまま、あれを追うべきと思います――議長の御判断は?」
厳しい表情で決断を迫るも、デュランダルは柔らかく表情を緩めた。
「私のことは気にしないでくれたまえ、艦長。私だってこの火種、放置したらどれほどの大火になって戻ってくるか、それを考えるのは怖い。あれの奪還、もしくは破壊は現時点での最優先責務だよ」
その笑みもすぐに深刻なものに変わり、口調がどこか憂いを帯びる。
同意を得られ、一先ずの安堵を得たタリアは内に微かな昂揚を感じつつ、前に向き直る。クルー達はその会話を固唾を飲んで窺い、身構えるなか、タリアはバートに尋ねる。
「ありがとうございます。バード、航跡追尾は?」
「まだ追えます!」
待っていたとばかりに強く応じるバートに、タリアも頷く。
「では本艦はこれより更なるボギーワンの追撃戦を開始する! 進路イエローアルファ、機関最大!」
「進路イエローアルファ、機関最大!」
他のクルー達も弾かれたように作業を開始し、艦橋は俄かに騒がしくなる。ミネルバはエンジンの出力を上げ、ボギーワン:ガーティ・ルーの航路を追った。
「全艦に通達する。本艦はこれより、さらなるボギーワンの追撃戦を開始する! 突然の状況から思いもかけぬ初陣となったが、これは非常に重大な任務である。各員、日頃の訓練の成果を存分に発揮できるよう、努めよ!」
アーサーのやや興奮気味な艦内アナウンスが、各セクション内に響く。その表情には厄介な事態になったという諦めにも似たものが浮かんでいた。だが、こうして迅速に対応できる辺りは流石だと、タリアはコンディションレベルをイエローに下げさせ、ブリッジ遮蔽を解除するように指示を出した。
戦闘CICからせり上がり、元の航行位置にまで戻るとともに、タリアはデュランダルに微笑みかける。
「議長も少し艦長室でお休みください。ミネルバも足自慢ではありますが、向こうもかなりの高速艦です。すぐにどうこうということはないでしょう」
すぐに離脱をかけられた辺り、敵艦もかなりの高速性がある。スピードではこちらが勝っているだろう。追いつくことはできるが、それでも数時間程の余裕はあるだろう。クルー達にも少しばかり休息が必要だ。
「レイ、ご案内して」
「は!」
すぐ傍に控えるレイに命じると、意気込んで応じ、丁重にデュランダルに目礼する。
「ありがとう」
いつもの柔らかい微笑みを浮かべながら告げる。そう言えば、レイとデュランダルは親しいのだったと今更ながら思い出す。タリアも少し身を休めたいと思い、席を立とうとした瞬間、艦内から通信が入った。
《艦長》
モニターに映しだされたのは、ミネルバに搭乗予定だったパイロットの一人、ルナマリアだった。
何か異常でもあったのかと思ったが、困惑した面持ちのルナマリアを見て、タリアは何故か嫌な予感を感じつつも問い掛けた。
「どうしたの?」
《はい、戦闘中のこともあり、ご報告が遅れました。本艦発進時に、格納庫にて本艦に着艦したMSに搭乗していた民間人4名を発見いたしました》
「え?」
その報告を聞いた瞬間、タリアは厄介な事態になったと表情を顰めた。この艦はこれから戦闘に向かうのだ。
民間人を同行させるなど、邪魔でしかない。襲撃事件時は慌てて着艦する機体にまで眼を配る余裕がなかったから仕方ないかもしれないが――そう考えるタリアの耳に、信じ難い言葉が飛び込んできた。
《この内、ザクに搭乗しておりましたのは、ラクス・クライン外務次官とその秘書官であるヒビキ・ヤマト氏。随行していた日本のMSより拘束しました二名は、大日本帝国外交官の斯皇院雫氏とその随員、真宮寺刹那と名乗り、傷の手当てとデュランダル議長への面会を希望いたしました》
「クライン――! それに、日本の――!?」
余りにも予想外の言葉に、愕然とした表情で聞き返すタリアの背後では、同じようにデュランダルも驚愕の表情を浮かべて報告に耳を傾けていた。
「クライン外務次官や斯皇院外交官が何故ここへ――?」
当のデュランダルも困惑している。彼らにシェルターへの避難を促しただけに、何故この艦に乗っているのか。
《僭越ながら独断で乗艦を許可し、傷の手当てを行い、現在は士官室でお休みいただいておりますが――》
当のルナマリアは、どう指示を仰ぐべきか窺うような視線を向ける。まさか、VIPの応対をするなど、考えていなかったに違いない。だが、それはタリアも同様だった。
嫌な予感が当たってしまったと、思わず頭痛に頭を抱えそうになる。新造艦の艦長に任命されてからというもの、次から次へと厄介な事態ばかり転がり込んでくる。
自艦に配備予定であって新型機が奪取され、あまつさえその機体でアーモリー・ワンが滅茶苦茶にされただけでも艦長としては失点だというのに、おまけに進水式を得ずに慌しく艦は出航。それ程までしたというのに、敵を眼の前で取り逃がし、さらにストレスが溜まっているところへ、今度は自国の外務次官に日本の使者が乗船――国家元首である評議会議長だけでも厄介な荷物だというのに、さらにそこへ二名。
余りにも無視できない存在が転がり込んできた状態で、追撃戦をする羽目になり、肩に掛かる重圧が一気に跳ね上がり、胃に穴があきかねない事態に、タリアは深々と溜息を吐き出した。
だが、これより時を置かずして、格納庫からさらに民間機を保護したという報せを受けることになるとは、今の彼女は知る由もなかった。
その頃――ミネルバによる追撃から逃れたガーティ・ルーは、宇宙を航行していた。一応の危機が去った
今、格納庫では、奪い取ったカオス、ガイア、アビスの3機のデータの吸出しが修理と並行に行われていた。
回収部隊が持ち込んだ予備バーツによって、修理も滞りなく進んでいる。
そんななか、ロイは飄々とした調子で訪れていた。
「軍曹、どうかな――彼らが持ち帰った玩具の程は?」
話し掛けるのは、整備士を取り仕切っている初老の男。つなぎを着込み、整備帽を反対に被った男の本名は、ロイも知らない。ただ本人が『軍曹』と呼べと言っているだけで、ロイ自身詮索もしないからだ。
能力的にも優秀であるし、そもそも名など必要ではない――特に、この組織では。
「ああ。少し触っただけだが、流石にいい性能だ。口惜しいが、ザフトが宣伝するだけはある」
どこか皮肉めいた物言いで肩を竦める。
流石はザフトの最新鋭機。その性能は確かに特筆に価する。無理をしてまで持ち去っただけはある。
「すぐ使えるかね?」
「ああ、予備パーツもあるしな――お前さんの機体もすぐ終わるさ」
ロイの示唆するところをすぐ悟り、飄々と答え返すと、結構とばかりに笑みを浮かべる。
「それより、あいつらはどうなんだい? こんな大きな作戦初めてだろう? 疲れたんじゃないのか?」
孫を心配するような表情を浮かべ、そう問う軍曹にロイも頷き返す。
「彼らなら心配ないさ。このために寄越されたんだからな――では、準備を頼む。すぐ使うことになるかもしれんからな」
意味深な言葉を呟き、格納庫を後にするロイにやれやれとばかりに肩を竦め、軍曹は整備に戻っていった。
無重力のなかを移動しながら、ロイは次にガーティ・ルー内のある一室に向かう。
ドアを開け、入室すると、それに気づいた白衣を着た者達が敬礼のために立ち上がるも、それをやんわりと制し、ゆっくりとガラス張りになっている計器の前に立ち、そのガラスの向こうを見詰める。
薄暗い部屋に微かに響くモーターの唸りと、時折聞こえる専任スタッフの交わす声だけが小さく響く。そんな彼らを一瞥さえせず、ロイはガラス奥に存在する円形に近いベッドのような器具を見やる。
三つ葉のクローバーのような形状に並ぶドーム型のベッドの上を覆うガラスカバーの下、ベッドには、エレボス、ステュクス、レアの3人が思い思いの格好で横たわっている。
その姿は、戦闘時の鋭敏なものではなく、歳相応――いや、それよりもより幼く見える。まるで母の腕のなかで眠る赤ん坊のように、安らいだ表情を浮かべる彼らをまるで祝福するように、幻想的な光が浴びせられている。
「どうかな、彼らの最適化及び、睡眠学習の程は?」
スタッフの一人に問い掛けると、簡潔に応じる。
「概ね問題はありません。3体とも精神的な変調は見られません。また、身体細胞が過度に疲弊しておりますが、これも初実戦を考えれば、問題ではないかと」
その返答にロイは顎に手をやり、ふむと応じる。
「第3世代型――能力は多少マシにはなったが、それでも調整が少し不便なものだな。ラボには使い捨てても構わんサンプルでも送ってもらえんかね?」
そう問うと、スタッフはやや心外とばかりに表情を顰める。だが、ロイは構わず視線を再びガラス向こうに移す。
(全てを忘れるがいい――そう、恐怖も傷みもなにもかもな。兵器に道具に感情など不要なのだよ。この私のようにな)
眠る3人を一瞥し、ロイは静かに部屋を後にする。
部屋のドアが閉じられた後、スタッフの一人が何かに気づいたように声を上げる。
「おい、3008のメンタル値の変動が激しい。少し、パルスを変更しろ。それと、グリフェプタンを8mg程注入だ」
スタッフ達が言葉を交わすなか――ベッドに眠るレアの瞳から微かに雫が零れ落ちるも、スタッフらにはどうでもよいことだった。
艦橋に戻ると、そこにはエヴァと、報告に訪れていたカズイの姿があった。
「バスカーク中尉、御苦労だったな」
「いえ、結局大佐の手を煩わせてしまって――」
恐縮するカズイに手を振る。
「ああ、気にしないでくれたまえ。君程の相手が手こずるとなると、仕方がないさ」
そのままエヴァの後ろにつくと、エヴァは見上げるように声を掛けた。
「概ね作戦は成功――まあ、私達『ラストバタリオン』の初陣としては上々だったかしらね?」
茶化すように漏らすエヴァ。
今回の作戦は少しばかりケチがついたものの、目的であった新型機の奪取には成功し、さらには新造艦との戦闘から多少のデータを収集できた。その点で言えば、確かに成功に近いだろう。
「しかし、新型機が5機存在していたというのは情報にありませんでした。これは明らかに諜報部のミスです。この件は問題に――」
実際戦った観点からか、余計な損害を被ったカズイとしては、情報を見誤った諜報部に対して憤るも、ロイは顎をさすりながら制する。
「いや、今回は私のミスでもある。それに、今諜報部の活動を抑制することはできんしな」
「それに、この事態も案外思惑通りかもしれないしね」
溜め息を零すエヴァ。諜報部の情報ミスではあるが、そこに意図が絡めば話は別になる。諜報部は情報の真偽を確認しなかったのか――あるいは、敢えて虚偽の情報を与えたのか。
そしてそれは、自分達の上――ユニオン上層部の思惑かもしれない。そう疑うエヴァにロイは肩を竦める。
「まあ、それは議論していても始まらんさ。我々は、我々の成すべきことすればいい――ポイントBまでの時間は?」
別の件をオペレーターに尋ねると、すぐに答えが返ってきた。
「2時間ほどです」
「追撃してくるかしらね?」
何を懸念しているかを察したエヴァは、探るように視線を向ける。返ってくる答えは予想できていたが、それでも尋ねるのが副官の務め。
「分からんがな」
その問いにロイはあっさりと素直に答えた。
「だが、そう考えて予定通りの進路を取る。予測は常に悪い方へしておくものだよ――特に戦場では?」
「正論ね」
わざとらしく肩を落としながら、エヴァはもう一つ――確かめなければならないことがあった。
「で――ガキ共の最適化は?」
「概ね問題はないようだ。今は天国にいることだろう――束の間の桃源郷にな」
揶揄するように口元を歪める。
あの部屋は、彼ら三人のために特別に設けられたメンテナンスルーム。MSと同じ――彼らもまた精密なメンテナンスが必要な、パーツだからだ。特に精密である以上、一度の戦闘の度にメンテナンスをしなければならない、というのが難点だが。
MSの操縦――それは、ナチュラルにとってはまさに手に余るものだった。
極一部――身体的に秀でたパイロットがいるものの、大部分のナチュラルのパイロットはMSの操縦をOSによるサポートによって並みに動かせ、コーディネイターと対等に渡り合えるのだが、それだけでは優位にならない。
そのため、ユニオンの前身であるブルーコスモスの一部の幹部が旧連合の軍部と結託し、極秘裏に進めていたのが、コーディネイター並みの反射神経、動体視力、運動能力を備えたパイロットを製造することだった。
それらに求められたのは、ただのMSの制御用のパーツ。そこに個人の思想も人格も必要ない。そんな不確定要素を排除した機械のパーツとなるパイロット――『エクステンデッド計画』。
「ただ、ステュクスがレアにブロックワードを使ってしまったようでね。それが少々厄介ということだが」
あの三人にそれぞれ設定されたブロックワード――それを彼らが知覚した瞬間、精神支配時に刷り込んだ暗示が一時的にだが解け、抑え付けていた負の感情を放出してしまう。レアの場合、それが恐怖という感情だった。
そして、それらを再び抑え込むのが、先程のメンテナンスルームで彼らの眠っていたカプセルベッド。通称『ゆりかご』と呼ばれる代物で、エクステンデットをこのカプセル内で調整することで、ブロックワードによって溢れ出した恐怖や戦闘中に溜まったストレスをヒーリング効果のあるイメージ映像や音楽を彼らの脳に直接送り込み、エンドルフィン効果を促し、除去する効果がある代物であった。
また、場合によっては戦闘に支障が出かねない記憶の消去、マイナス要因を排除する働きを持ち、また脳内に直接戦闘データを送ることで、睡眠学習を促し、次の戦闘に反映させる効能も兼ねている。このメンテナンスによって、彼らエクステンデッドは、人としての感情を持たない、そして常に最高のコンディションを維持できる最適な兵器となる。
そして、エクステンデットに調整段階で投与された様々な麻薬に近い薬中毒を中和しなければならない。過度の調整で体内物質が極度に変化している彼らは、この調整なくして、長く生命活動を維持することはできない。つまり、これが彼らの生命線を兼ねてもいる。
スタッフの一人から告げられた報告を苦笑めいた言動で発し、エヴァは眉間に皺を寄せながら自分の考えを述べた。
「まったく…手の掛かるガキ共だ。最も――そんなガキ共を使うことしかできない私らもだけどな」
エヴァからしてみれば、手の掛かるガキ位にしか認識していない。同情が無いわけではないが、彼女はそう割り切っている――そして、ユニオンの研究部が子供をエクステンデッドの素体に使用するのは、弄りやすいという点と、次の新たな素体候補の製造機にするためだ。
そんな現状に、やや自己嫌悪するエヴァを宥めるようにロイが肩をポンと叩く。
「あまり、深入りはしない方がいい。我らに――『亡霊』には不要な感情だろう」
「分かってる。ただの感傷さ――私らに求められるのは所詮、使い勝手のいい道具だからね」
自嘲するように肩を竦める。
自分達の属する組織に人権などというものはない。自分達は所詮駒だ。彼らに限ったことではない。作戦が失敗すれば、彼らは無論のこと、自分達も役立たずとして切り捨てられる。目的を達するためには、少数の犠牲で効率的に成すのが最善だろう。それが組織――そして、戦争だ。
そしてそのために――自分達がいるのだ。ユニオンの特殊機動軍、通称ファントムペイン。亡霊と名づけられた部隊だ。亡霊に、情けなど不要だ。
「確かに以前よりは大分マシになったようだが――それでも、厄介なものに変わりはないがな」
話を戻し、ロイも溜め息を零す。
ほんの些細なことですぐに調整が必要なモノが、果たして戦場で役に立つのだろうか。なにより、いつも彼らを最適化できるとは限らない。そんな信頼性に欠けたものであることも、ロイは理解していた。だが、それを承知で容認して使わなければならない現状に対して、僅かながら悪態をつく。
第1世代型は、先の大戦中期において実戦投入された。強力な薬物と肉体強化手術を用いたものだったが、戦闘稼動時間が極端に短く、また通常の判断能力や思考能力にも欠けた、味方にまで損害を出した程の粗悪品だったらしい。
結果として、その手法はすぐさま行き詰まり、大戦後期には第2世代型のエクステンデッドが投入された。
それは今の手法に近いものだったらしいが、満足なデータ取りを行う前に投入された試験体が全てMIAとなり、結局計画は一時頓挫したらしい。
それから試行錯誤を繰り返し、今の第3世代型が誕生した。思考能力や判断力を残し、尚且つ身体能力を限界までに引き上げられる素体が。もっとも、ロイからしてみれば彼らも同じようなものだが。
道具と割り切っているなら、使い捨てるような素体がいくらでもいるだろう。彼らを使えば、人的被害など関係ない。
「あら冷たい? 出撃前にあの娘の服を褒めてあげてたじゃない」
からかうエヴァに、ロイは数日前の出来事を思い出す。アーモリー・ワンへの潜入のために一般人の招待客に紛れるため、彼らに一般の服を送ったのだが、レアがそれに大いに喜び、自分も出発前にその服装を褒めたのだが――
「出撃前に彼らのテンションを下げるような真似は、指揮官としてできんよ」
誤魔化すのでもなく、平然と言い捨てるロイに、怜悧なものを感じ、エヴァも表情を微かに顰める。
これ以上の言い合いは不毛だと感じたエヴァは口を噤み、ロイは笑みを浮かべ、静かに前を見据える。
「仕方ないさ。今はまだ何もかもが試作段階みたいなものさ。艦も、MSも、パイロットも―――そして…世界もな」
「ええ、分かってるわ。世界は…これから、また変わってゆく」
不変などない。
そう――世界は変わる。いや、変えていくのだ―――自分達が。それがどのような方向であれ、結果を齎すのであれ、世界を変えなければならない。その意志で、彼らはここにいるのだ。たとえ、自分の存在が何の価値もないものだとしても―――
「やがて、全てが本当の始まりを迎えるさ。そして繰り返す――永久の…運命をな」
サングラスの奥の瞳に、鋭さと怪しさを秘めた光を宿し、口元が歪む。その彼が見据える先は何なのか――たとえようのない闇をロイの内に垣間見、エヴァは魅入られたように頷いた。
世界は変わっていく――それは……『変化』という『不変』の運命を誘う…………――――
《次回予告》
初めて味わう感覚に嫌悪し、また困惑する。
少年は己が欲した力に微かな恐れを抱く。
渦巻く運命が齎した路に、戸惑い――そして迷う。
出逢う若き戦士達がそれぞれの思いに惑う。
だが、運命の流れはそんな時間を赦しはしない。
互いに拡がる疑惑…そして小さな禍根………
混濁する迷いなか――戦いの嵐が、女神の名を冠する艦に襲い掛かる。
獰猛な…哀れな終末の軍団が―――
次回、「PHASE-11 迷図」
迷いの迷路…打ち砕け、セレスティ。