機動戦士ガンダムSEED ETERNAL SPIRITS 作:MIDNIGHT
眼前に迫り来る刃。
彼の眼に映る様は、死神の鎌。
周囲を全て塗り潰したかのような闇の黒が包むなかで、その暗闇を纏ったかのような機体が己の命を刈り取ろうと迫る。
「ぐっ」
向けられる刃に歯噛みしながらも、操縦桿を切る。それに連動し、自身の駆る機体が反応し、行動を起こす。
次の瞬間、眼前には刃を振り上げたまま硬直する死神の姿が変わり、別のものへと変わる。振り上げたままの体勢で止まる機体のボディを貫く青い光刃。その光刃を握り締めるのは、紛れもない自身の機体の手――いや、己の手。
それを知覚した瞬間、言いようのない悪寒と吐き気が身を襲う。震えるように手を顔の前に近づけ、眼を驚愕に見開く。
赤く染まった両の手――それが激しく息を乱し、動悸が胸を鳴り叩く。
「兄…さん…――」
耳に――いや、まるで頭に直接響いたかのようにハッとすると、赤く染まる手の下には、こちらを覗き込む顔。
金色に深く彩られるその瞳が、真っ直ぐに凝視していたが、その額から血が流れ、顔の輪郭が崩れていく。
肉片が砂のように崩れ落ち、顔の形がみるみる変わり、まるで泥でできた死者のような苦悶に歪んだ顔が眼前に迫る。
ほぼ直前まで迫った瞬間、意識が暗転した。
「うわぁぁぁぁぁっ」
悲鳴を上げながら、ガバっと身を起こすマコト。
「はぁ、はぁ、はぁ――」
呼吸が乱れ、顔には汗がビッショリと浮かんでいる。ただ息を乱していたが、弾かれたように手を見やると、そこにはただの見慣れた手。トラブルコントラクターとしての生活のなかで荒れた、カサカサに近い無骨な手があるだけだった。
「ゆ、め……」
搾り出すような声でようやく発した。先程まで見ていたのは夢だったのだろうか。だが、それにしては妙にリアルな感覚が内に残っている。
「気がついたかね?」
呆然となっていたマコトは、唐突に掛けられた声にハッとし、振り向くと、見知らぬ白衣を着た男が佇んでいた。
困惑するマコトを他所に、男は手元のカルテらしきものを見やりながら頷く。
「うん、打撲跡が多少あるが、それ以外は問題ないな」
一人完結し、そのまま離れていく男にマコトが慌てて声を掛けた。
「あの、俺はどうしてここに? それにここは――」
「ここは、戦艦ミネルバの医務室だ。君は、救助されてここへ運び込まれたんだ」
簡潔に伝え、そのままデスクに向かう男に、マコトは聞かされた内容に眉を寄せる。
確かミネルバは、シン達が搭乗予定の新造艦ではなかっただろうか。それに救助されたとは――そこまで考えて、ようやく記憶が戻ってきた。
あの死神の戦闘に巻き込まれ、そのままコロニー外へと放り出され、そこでまた見知らぬMSによる強襲を受けたことを。
(そう言えば、カスミは――)
セレスティには自分のほかにカスミも乗っていたはずだ。慌てて、周囲を見渡すと、すぐ傍に置かれたベッドに眠るカスミがあった。
まだ目覚めていないのか、静かな表情で眠りに就いている。その寝顔を覗き込みながら、先程まで見ていた夢が脳裏を過ぎる。
崩れていくカスミの姿――まるで、死霊のように迫る光景が甦るも、慌てて被りを振る。
「あまり女の子の寝顔を見ちゃダメですよ」
そんなマコトに今度は先程の男とは違う声が掛かり、振り返ると、今度は見覚えのある顔があった。
「あれ、マユ…ちゃん?」
そこには、看護士用の制服に身を包んだシンの妹のマユがいた。
「はい、カスミちゃんも大丈夫ですよ。ただ気を失ってるだけですから」
頷くと同時にカスミを見やり、笑みを浮かべる。その言葉に一応の安堵を憶えるも、すぐさま先程の疑問を口にする。
「あのさ、何で俺達ここにいるんだ? ミネルバって確かドックに固定されてたやつだろ?」
いくら救助されたからといっても、その治療でわざわざ軍艦に運ぶのはどうも腑に落ちない。だが、肝心のマコトは一つの点を抜け落ちさせていた。それを次のマユの言葉に認識させられた。
「ああ、それはマコトさん達をお兄ちゃん達が救助したからです。それと、ミネルバは今は宇宙にいるんです」
「へ?」
思わず、眼が点になり、間抜けな声を上げる。
今、マユは何と言ったのであろうか――聞き間違いかと思い、もう一度問い返してみた。
「あのさ、今ミネルバが宇宙にいるって――」
「なんだか、あの事件の犯人達を追っているみたいなんです。お兄ちゃん達はそのせいでずっとハンガーに詰めっきりで」
屈み込み、小声で呟く。後ろにいる軍医を気にしているようだ。
マユは正式なクルーではないうえ、おまけに軍事行動を民間人に伝えるのは規定に反する行為だからだ。だが、そんなマユの気遣いも、マコトには意味が無く――眼を驚愕に見開く。
マコトの認識では、まだアーモリー・ワンにいるとばかり考えていたのだか、それを大きく覆して作戦行動中の軍艦――おまけに、先の強奪事件のための新造艦のなか。
あまりの状況に、暫し呆然となる。そんなマコトを首を傾げながらマユは見詰めた。
機動戦士ガンダムSEED ETERNAL SPIRITS
PHASE-11 迷図
宇宙を航行するミネルバ艦内において、移動する人影。
頭を包帯で巻いたラクスが先導し、その後ろをキラがつき、随行されるこちらもやや憔悴したような表情を浮かべる雫と、作業服に身を包んだ刹那。その後ろをリンが歩んでいた。
一同は怪我の手当てを終え、これから面会のために艦長室に向かっていた。
後方でつくリンはやや溜め息混じりに息を吐く。
アーモリー・ワンを発ってから既に半日。あのまま連行されていたが、その過程でラクス達が見咎め、なんとか保証人ということで一応の解放にはなったものの、やはり憂鬱さは晴れない。
その原因は、考えるまでも無い。あの姿を消した死神の行方だ。
(いったい、奴は――)
何度も内に反芻させる疑問。身柄が解放され、こうして面談までの僅かな時間、リンはラクスの計らいで滞在部屋を用意され、そこの端末で先の戦闘で得たライブラリデータを検証した。
ザクウォーリアのレコードデータを艦に収容された時に持ち出し、それを端末で再生し、今一度あの死神の動きを見てみたのだ。
画面越しに映る死神の動きをトレースし、リンの脳内でシミュレートしてみる。死神の動きを幾度となく見た姉の機体の動きに重ねる。姉は元々接近戦を好むような性格ではなかったが、それでもその動きはやはりどことなく重なるものがある。データ以上に、実際に戦ってみて感じたのだ。
だが、奇妙な違和感に気づいた。
(いくら動きを見覚えたとしても、パイロットの癖までは真似できないはず)
動きを真似るだけなら、確かに不可能ではない。だが、そこにパイロット自体の操縦の癖や特性までが出るとなると話は変わってくる。
全体的に見れば、確かにレイナと似てはいたが、それは精々7割程。だが、戦闘の最中に感じた瞬間の反射神経や動体視力、反応速度などはリンにレイナを錯覚させる程の動きをみせていた。
(そして…何故、奴がアレを持っていたのか――)
もう一つ――気に掛かることがある。相手の顔を確認しようと強引に接触回線を繋げてみたが、肝心の顔はバイザーに隠されていて分からなかった。だが、ゼロの胸元で揺れていたのは、間違いなくリンとレイナ――二人にとって命より大切なもの。
アレを身から離すことは決してないはずだ。なら何故、あのゼロがそのペンダントを持っていたのか、そして何故レイナと同じ動きができるのか。
そして――そのゼロが、失踪したレイナの行方に関して何かしら関わっているかもしれないという可能性。
だが、それを判断するのも探るのも現状では無理だ。小さく溜め息を零し、やがて一同は部屋へと到着する。
「お待たせしました、こちらで議長はお待ちですので」
乗艦し、手当てを終えてようやく面会の許可が下り、案内してきたラクスが促すと、雫も頷く。
「失礼します」
先導して入室し、艦長オフィスの来賓用のソファには、デュランダルが腰掛け、その後ろにはタリアが佇んでいる。
「議長、斯皇院外交官、及び随員の真宮寺氏をお連れしました」
一礼すると、デュランダルは柔和な笑みを浮かべ、ソファより腰を浮かす。
「ありがとう。どうぞ」
促す先に頷き、ラクスがデュランダルの隣に移動し、キラはタリアの隣に立つ。リンはドア付近の壁にもたれ掛かり、そんな不遜な態度が気になったのか、タリアが視線を一瞬向けるも、気にも留めない。デュランダルをチラリと見やると、頷き返したので渋々視線を戻す。
そして、その向かい側に雫が座り、その後ろに刹那が立つ。
「このような状態でお顔を合わせることを、申し訳なく思います。ですが、御了承を」
戦闘に巻き込まれた影響か、雫の顔には細かな傷があり、そして服装もやや汚損している。一国家元首との面会としては最悪の身なりだが、流石に駆け込んだだけにどうしようもない。
「いえ、外交官が無事でなによりです」
「感謝を」
デュランダルが被りを振ると、雫は頭を下げる。そして、揃って腰掛ける。
「そう言えば、議長にはまだご紹介しておりませんでしたね。後ろに立つのは真宮寺曹長です。私の護衛を務めていただいております」
雫が促したので、刹那が静かに敬礼する。
「大日本帝国軍技術開発部所属、真宮寺刹那曹長です。議長に御眼にかかれて、光栄です。このような状態での御挨拶、誠に申し訳なく思います」
今現在、刹那が着ているのはザフト軍の整備士のツナギ。さしもの刹那もずっとパイロットスーツでいるわけにはいかず、ラクスに無理を言って一着融通してもらったのだ。そして、ここに来るまではかけていなかったが、ダテ眼鏡をかけ、なるべく相手の気分を害さないように敬礼する。
「いや、私は気にしていない。しかし、君のような女性が護衛とは驚きだ」
手を振るデュランダルの発した言葉に、刹那の表情が微かに固まり、ラクスやキラはあっと思わず声を上げそうになり、雫は小さく笑みを零した。
「おや、どうされた?」
そんな周りの状態に眉を軽く寄せるデュランダルに向けて、雫が説明する。
「議長、真宮寺曹長は私が信頼する『男性』です」
そう発した瞬間、デュランダルは虚を衝かれたように眼を僅かに瞬き、タリアは普段は見ないそんな様子に思わず噴出しそうになる。
自分の失言に気づいたデュランダルが軽く咳払いをする。場の空気が僅かに緩和されたのを見計らい、デュランダルは気を取り直す。
「まずは、謝罪を述べさせていただきたい。本当に、お詫びの言葉もない」
デュランダルは滑らかな口調で謝罪の言葉を口にした。
「外交官までこのような事態に巻き込んでしまうとは――弁解の余地もありません。ですが、どうかご理解いただきたい。身の安全は、私が保証します」
「いえ、お気になさらず。こちらがこの艦に乗り込んだのですから」
これでようやく身の証を立てることのできた事実に刹那は胸中に小さく息を吐くも、暗然たる気分は晴れない。
それはキラも同様だった。互いに護衛対象の安全を確保するために避難した先が、よりにもよってこれから戦闘に向かう艦だったのだから。
その心境は幾ばかりのものか――筆舌に値しないほどのものだった。
まるで、ダイズの目が悪い方にしか出ないぐらい、運が悪いらしい。密かに嘆息するも、そんな二人の暗然した気分に当てられたのか、座した雫とラクスも、心なしか浮かない表情であった。
「ところで…あの、強奪部隊については何か?」
さしもの雫も、この状況には不安になっているのだろう。外交と実際の戦闘は違うのだから当然だが、流石に周囲の状況が分からないことには不安も募るばかりだ。
まずはあのアーモリー・ワン内で確認した強奪犯――そして、今現在追撃している相手の情報を求めるも、デュランダルは歯切れの悪い調子で答える。
「ええ、まあ…そうですね。はっきりと何かを示すようなものは――」
言葉を濁してはいるが、それは大方の予想ができているのだろう。雫はそれを察した。実際に自分の眼でも確認したのだ。プラント側を攻撃する――それだけで、どの勢力かを察するのは容易い。
流石に断定するにはまだ早計ではあるが、それを口にするだけの確固たる証拠がない以上、明言は出来ない、という事だ。
仮にもその候補に自分達も入っている以上、迂闊な言動は避けなければならない。
「しかし、だからこそ我々は、一刻も早くこの事態の収拾をしなくてはならないのです。そう、取り返しの付かない事になる前に」
「ええ、分かっております」
沈鬱な口調で訴えるデュランダルに、雫も同意するように頷いた。
「今ならまだ、小火で済みます。ですが、逃せばそれは大火になるでしょう。そうなれば、双方にとって好ましくない事態になるでしょう」
それは、政治に身を置くものなら誰でも知っている事だが、今、この世界はとても危ういバランスの上に成り立っている。たとえるなら、限界ギリギリまで膨らませた風船のような状態だ。
どこの国家も、緊迫したなかで各々の国力を隠し、そして虎視眈々と牙を研ぎ、機会を窺っている。その思惑がどうあるのかは違っても、ほんの小さな刺激で、その均衡は崩れ去る。
前大戦が終結して2年。だが、それはあの記憶を風化させ、そしてまた新たなる野心を抱かせるには十分だったのかもしれない。それは、限りない人という種の持つある種の闇。未だ、その均衡が破れていないのは、互いに牽制しあっているからだ。水面下での牽制で成り立っている今の状態は、崩れ去ろうとしている。
そんな予感がひしひし感じられる。外交という立場に携わる雫やラクスはそれが痛いほど実感できた。
日本は前大戦時には戦場にならなかった分だけ疲弊も少なかったが、今度はそうはいかない。だからこそ、降り掛かる火の粉は早めに元を断たねばならない。そんな雫の言葉に、デュランダルは急に晴れやかな笑顔になった。
「ありがとうございます。外交官ならばそう言っていただけると信じておりました」
そんな変わりように雫は思わず眼を瞬きそうになる。そして、刹那もやや呆気に取られていた。柔らかな笑みとともにかけられた言葉は、背後に控えている刹那にも向けられていたのだから。
いくら議長とはいえ、ただの随員である自分にも声を掛けるだろうか。それがただの気さくさから出た言葉なのか――困惑する刹那に、雫はやや考え込むように眉を寄せると、何かを思いついたように表情を微かに緩めた。
「この件、議長やこの艦の方々の働きに期待します。それと、差し出がましいですが、この作戦に、微力ながら我々も助勢させていただきます」
唐突に発せられた言葉にデュランダルは眼を微かに瞬き、他の面々も一瞬意味が解からないように戸惑うも、リンだけは眼を細める。
「この艦に、我が国のMSも不可抗力ながら艦載しております。少しでもお力になれればと思います」
MS一機とはいえ、戦力の貸与。確かに、慌しく発進した上に戦力もミネルバ一隻のみ。魅力的な話ではあるが、部外者を加えての作戦行動など認められるものではない。ここは多国籍軍ではないのだ。艦長権限で断ろうとするも、タリアの言葉を遮るようにデュランダルが答え返した。
「それはありがたく思います。日本の方々の協力を仰げるなら、心強い」
それは、相手の申し出を受けるということ。いったい何を考えているのかとタリアは背中越しに睨みそうになる。そんなタリアを置き、話は進んでいく。
「いえ、私としても受け入れていただき、感謝を――よろしいですね、真宮寺曹長?」
確認の意味合いで背中越しに問うと、表情を複雑そうに顰めていた刹那はやや一拍遅れながらも頷いた。
「了解しました」
雫の思惑を悟り、やや諦めが入ったように心中に嘆息する。
表向きは事態の沈静だが、実際はここで、恩をプラントに売っておこうという打算があるのだろう。プラントの不手際によって起きたこの件。当然ながらプラント内でも問題視されるだろう。その内部の問題に日本が助勢したというのは今後の交渉で僅かながらも有利なものになる。
最も、そんな雫の思惑は分からないでもないが、肝心刹那は技術部の人間とはいえ、軍人だ。他国の軍と軍事行動を共にすることの問題も理解しているが、この状況では仕方ない。
(吹雪のデータ取りもしなくちゃいけないし――ここは、雫の提案にのった方がいいか)
吹雪はまだ、実戦配備されている数が少ない。今後の開発のためにはあらゆる状況下でデータが必要だ。それらを天秤にかけ、刹那はなるべくリスクが少ない方へするべく決意した。心の奥の不安と僅かながらの不快さは取り除けなかったが――
それに、このデュランダルも気に掛かる。たかが随員にまで気を配る愛想のよさ。それが人柄なのか、もしくは何かしらの思惑あってのことか――刹那は政治家ではない。そこまで判断はできないが、今はそう納得しておこうと決める。
「よろしければ、まだ時間のある内に少し艦内をご覧になってください」
だが、またもや愛想よく呈されたデュランダルの招待に、雫達だけなく、今度は艦長であるタリアがたじろいだ。
「議長―!」
「議長、それは流石に…」
慌てて、それでも憚るように低い警告の声を発する。
ラクスも表情を顰め、制するように覗き込む。二人の心情としては、この艦はザフトの最新鋭艦であり、言うなれば機密の塊だ。いくら友好国であるとはいえ、まだ正式な国交を結んでもいない他国の部外者に見せびらかしていいはずがない。
刹那はもとい、軍人ではない雫とてその程度は理解している。どうも、この議長の考えは理解しづらい。それとも、自分の考えがおかしいのだろうかと雫は本気で悩みそうになる。それぐらい、デュランダルの提案は軽はずみすぎる。
突き刺さる視線に気にも留めず、デュランダルは平然と自分の意見を述べた。
「一時とはいえ、外交官の命をお預けいただくことになるのです。外交官の命を預けるにこの艦が値するかどうか納得していただけるよう説明すること、そして、協力を申し出てくれた勇敢な兵に対し、この艦のクルー達の能力を見定めていただきたい。それが盟友としての、我が国の相応の誠意かと」
ハッキリとそう告げるデュランダルにラクスは唖然となり、タリアは表情が引き攣りそうになるも、俯くことで隠す。
戦闘時ならともかく、今現在この艦の最高権力者はこの眼前の傍若無人な議長だ。さしものタリアも無茶な言い分ではあっても反論はできない。
ラクスもまた立場的には議長の補佐役である以上、その方針を明確な意見がなければ反対はできない。
強硬に拒否すれば、それは『盟友』と称したデュランダルの面子を潰すことにもなる。おまけに対外的に友好に訪れている他国の代表をないがしろにしたというレッテルを貼られかねない。国際問題を発生させるリスクよりも、当たり障りの無い案内でとっとと終え、戦闘に入ってしまえば問題はないと結論付けるも、タリアは胃がキリキリ痛むのを抑えられなかった。
そんなタリアやラクスに、雫は思わず同情しそうになる。
自分達はこの艦では部外者だ。余計な真似はしないつもりだったが、それを覆しかねないデュランダルの申し出。この場では断れば、相手の好意を無にしたということになりかねないため、胸中でタリアやラクスらに謝罪しながら、やや硬い表情で応じる。
「分かりました、ご好意に甘えさせていただきます。艦長や外務次官の方々にも、御迷惑をおかけします」
二人の方を見やり、静かに礼する雫の気遣いに気づいたのか、二人は嘆息しながらも表情をやや和らげた。そんなやり取りを、先程から部外者のように観察していたリンは小さく唸る。
どうにもこのデュランダルという男は底が掴めない。まるで雲のような男だ――単なるお人好しか、それとも何か深い意図があるのか。まさかただこの艦を見せびらかしたいなどという子供じみた考えではあるまい。
(それに――)
柔和な笑みのなかに時折微かに浮かぶあの全てを見通すような眼。先程の会談時もそうだが、リンもあの視線には僅かながら警戒する。
やはり、もう少し警戒した方がいいかもしれないと、厄介事が次から次へと降り掛かることに、リンはらしくなく溜め息を零した。
そんな会談の水面下とは打って変わり、格納庫内では収容した各機の修理作業が急ピッチで行われていた。
インパルスとセイバーに関してはさほど目立った損傷もなかったため、修理は早く終わる。レイとセスのザクにしても同様だ。大方の目処がつくとともにマッドは残りの収容したザクの修理に人員を割く。
「何やってるそこッ! ザクのフィールドストリッピングなんざぁプログラムで何度もやったろうが! その通りやればいいんだぞ!」
片腕をそれぞれ喪ったザクウォーリアの修理を担当する整備士達のもたつきにハッパをかけ、次に踵を返して別の部署に行く。整備班長である以上、事はMSだけに留まらない。
そんななか、ルナマリアのザクウォーリアの修理を担当していたヴィーノはコックピットのコンソール画面を叩きながら、後方のヨウランに背中越しに話し掛ける。
「しっかし、まだ信じらんない。実戦なんてマジ嘘みてえ」
「ああ」
キーボードを叩きながらヨウランはややむっつりと答えた。
「なんでいきなり、こんなことになるんだよ」
「さあな」
向き直り、不満を隠さないヴィーノに憂鬱そうに答え返す。進水式も得ずに慌しく出航。それだけに留まらずいきなりの実戦。ミネルバが被弾した時は思わず震えそうになった程だ。
この艦にはどちらかと言えばベテランは少ない。下士官はほとんど新兵か経験が少ない者に限られる。だからこそ、不安と戸惑いを隠せない。
「でもまさか、これでこのまままた戦争になっちゃったりは――しないよね?」
不安を滲ませながらやや潜めた声で同意を求めるヴィーノにヨウランも手を止める。不安なのはこちらも同じなのだから、そんなことを問われても困るが、ここで不安を煽るのもなんなので、自分を鼓舞する意味合いも込めて肩を竦めた。
「――と思うけどね」
そんな会話を聞き流しながらシンとステラは、受け取ったドリンクを片手に格納庫内を浮遊する。愛機の整備は終え、今ようやく一息ついたところだ。まだ警戒態勢はイエローのままで、パイロットは格納庫待機だからだ。
「シン…また、起こるのかな?」
不安な面持ちで問うステラに、シンも言葉を濁すように表情を険しく顰める。戦争――その言葉が、彼らのなかで靄のような翳りを燻らせる。
シンにしてもステラにしても、あの先の大戦で喪ったものは大きい。だが、それに負けずにここまで来れたのは独りではなかったからだ。傷の舐め合いと馬鹿にされるかもしれないが、実際にその苦痛を受けた者にしかそれは分からないだろう。喪ったことのない奴が何を言う――理不尽に奪われた者の心は、同じ境遇の者にしか分からないのだ。
だからこそ、自分達はそんな理不尽な世界を変えるために戦ったのだ。なのにまた――世界は、そんな不条理なものを繰り返そうとしている。
あの新型機を強奪した連中は、そんな世界を望んでいるのだろうか――そんな逡巡をするなか、ふと格納庫内を見渡すと、奥の方に固定された機体に気づいた。
左腕のないザクウォーリア――それは、確かアーモリー・ワンでの戦闘で援護してくれた機体だ。それに隣に立つのはあの時乱入してきたもう一機の未確認機。
「ああ、二人ともここだったんだ」
思考を巡らせる二人に声が掛かり、振り返るとこちらもドリンクを手に愛機へと近づいてくるルナマリアだった。
「ルナ」
「もう最低よ。せっかくのデビュー戦だったのに途中リタイヤなんて、ん」
来るなり愚痴を零し、乱暴にドリンクを口に含む。赤服になって初めての実戦。せっかく意気込んで出撃したというのに、機体トラブルで呆気なく戦線後退。不満を憶えるのも仕方なかった。
「でも無事でよかった…あのままだったらきっと危なかった」
そんなルナマリアにシンが肩を竦め、ステラが苦笑を浮かべる。確かに、トラブルが起こったのがまだコロニー内でよかった方だろう。あれがもし宇宙で起こっていたら、どんな事になっていたのか――そう考えるとうすら寒いものが背中を過ぎるも、ルナマリアは跳ね除けるように首を振る。
「だから次は絶対活躍してやるわよ! あんた達、しっかり頼むわよ」
拳を振り上げるように豪語し、愛機の整備を行うヴィーノとヨウランは唐突に指差され、眼を瞬くも、お互いに顔を見合わせて肩を竦める。
「分かっておりますよ、整備させていただいて大変光栄です」
「誠意誠心込めてやらせていただきます」
芝居がかかった口調に、先程までの不安を感じさせず笑みを浮かべる。ルナマリアのこういったポジティブさはある意味助かる。
最も、当の本人からしてみれば、真剣なのだろうが――頷くルナマリアにシンとステラは乾いた笑みを浮かべていたが、やがてふと思いついた疑問をぶつけてみた。
「なあ、あの奥の2機って――」
「え…ああ、アレね。アレは日本のMSらしいわよ。で、ザクの方はクライン外務次官が乗ってたの」
シンの眼線を追い、その先を確認したルナマリアが説明する。
「それでさっきは大騒動だったんだから!」
やや大仰に肩を竦める。自分の早とちりとはいえ、日本の使者に銃を向けたのだからルナマリアの方も複雑な気分だ。状況を鑑みてお咎めはなしだったものの、失点じみてみ嫌なのであろう。
「そういや、ちらっと見たけどあのパイロット、ホント、驚いたよな」
ザクのコックピットから出たヴィーノがやや興奮した面持ちで話し、振られたヨウランも頷く。
「ああ、あれで男ってのが信じられないよな――どっから見ても女だぜ」
盛り上がる二人を他所にシンとステラは首を傾げる。どうにも話の論点が見えてこない。問おうとルナマリアを見やると、思わず二人は息を呑んで口を噤む。傍目からも解かるほど、不機嫌なオーラを発し、表情はなにか微妙な険しさを刻んでいる。
「ル、ルナ……?」
恐る恐るステラが話し掛けると、ギロッと睨まれたように感じ、ビクっと身を竦める。
「――日本のMSにね、斯皇院外交官の随員の人が乗ってたの」
「あ、ああ」
何故か低い声にシンは上擦った声で頷く。なにか、下手に口を挟んでは余計な怒りを誘発するような予感がひしひしと感じられた。だが、未だに何を言いたいのか分からず、困惑する。
「その人ね――男なのよ」
「は?」
一瞬、何を言ったのか分からず、間抜けな声を漏らす。
「いや、男って…それがどうかしたのかよ」
まったくシンの疑問ももっともだが、ルナマリアは口を閉ざしたまま、表情がますます不機嫌なものに変わっていく。
そんなシンに対し、意外なところから答が出てきた。
「なあシン、日本のMSに乗ってたパイロットなんだけどよ、見て驚いたぜ。すっげえ美人だったんだ」
ヨウランが話し掛け、そちらに振り向く。
「美人? パイロットって男なんだろ?」
ヨウランの発した言葉が分からない。ルナマリアの話からすれば、あの機体に乗っていたのは男だという。だが、男に対して『美人』などという言い回しをするだろうか。戸惑うシンに向けてヴィーノが身を乗り出さんばかりに話す。
「そうなんだけどさ、見た目はどっから見ても美少女なんだぜ! 俺、本気で思っちゃったもん!」
あの容姿を見れば、ほぼ9割の確立で女性と見間違うだろう。事実、あの場にいた全員が説明されるまで、女性と信じて疑わなかったのだから。
「ルナより美人だったもんな~くぅ~~アレで男ってのは絶対不条理だぜ! 俺、絶対お友達になったのによ~~」
拳を握り締め、力説するヴィーノにヨウランもウンウンと頷いている。だが、シンはどう反応したものかと表情を顰めている。
要約すれば、日本のMSに乗っていたパイロットは男だったが、見た目は美人とのこと。だか、肝心その本人を見ていないシンにはイマイチピンとこない。だが、背中から感じるオーラにハッと表情を引き攣らせる。
ギギギと音を錯覚させるように後ろに振り向くと――ルナマリアが俯きながら拳を握り締め、ワナワナと震えている。その様子にシンはようやく気づいた。
とどのつまり…ルナマリアの不機嫌の理由は――同僚の評価と、女性としての不条理な敗北への嫉妬と怒りであった。
「キシャー! あんた達~~っ!」
次の瞬間、怒りを爆発させたルナマリアは鬼の形相で二人に襲い掛かる。それに気づいた二人はようやく事態を悟るも既に遅し。掴み掛かるルナマリアに悲鳴を上げるも、怒りは収まらない。
思わずシンは冥福を祈るように指を切り、ステラは首を傾げるのみだ。しかし、巻き込まれないように距離を取る辺り、なかなかいい手際である。
「何をやってるんだ、あいつらは」
唐突に背中から掛かった声に振り返ると、そこには呆れた面持ちで肩を竦めるマッドがいた。
「マッド主任」
「シン、ステラ、お前らの機体の戦闘レコードだ。後で確認しておいてくれ」
すぐ傍で勃発している喧嘩を気にも留めず、マッドは持っていたディスクを渡す。慌てて二人はそれを受け取る。
試験機であるセカンドステージの実戦での戦闘データというのは、非常に重要で貴重なものだ。それを取り出す整備班にも気が回る。パイロットの確認後、それは艦長の承認を得て本国の開発部へと回れる手筈となる。
「しかし、複雑なもんだな。相手が同系機とは」
やや表情を顰め、頭を掻く。実戦は想定されていたが、このデータを収集した相手は同じセカンドステージ。マッドも整備予定だっただけに、それが奪われたというのは怒りに難くない。しかし、その戦闘によってその奪われた3機の戦闘データまで収集する結果になったというのは複雑なものがある。
シン達も同じ気持ちなのか、ディスクを握り締める手が僅かに震える。
「あ、そう言えばマッド主任聞きたいんですけど」
「ん、何だ?」
「あのザク――ミネルバに配属予定の奴じゃないですよね?」
視線が奥のザクウォーリアに向けられる。予定では、セカンドステージ5機にザクが3機配備予定であったが、ノーマルのザクウォーリアが配備される予定はなかった。なら、臨時だろうかと思い、尋ねてみるとマッドもやや表情を強張らせる。
「ああ、アレな…クライン外務次官ともう一人、秘書官が乗っててな。確か――」
「ヒビキ・ヤマト――クライン外務次官付の秘書だ」
マッドの言葉を繋ぐように発せられた言葉に一同が振り返ると、そこには同じ赤い軍服を着込んだ女性が向かってきた。
「セス」
シンが声を掛けるも、無反応のまま、マッドに寄り、持っていた書類を手渡す。
「ザクウォーリアの整備レポートです。後で確認を」
「あ、ああ。しかし流石だな――アレだけ激しい戦闘をしたってのに、各関節部への負担が驚くほど少ない。これならすぐ終わる」
受け取り、書類に眼を通しながら称賛するも、セスは興味がないのか、無言のままだ。そんな様子にフッと笑みを浮かべ、肩を竦める。
「ま、お前さんらも休めるときに休んでおけ」
セスの肩をポンと叩き、無重力のなかを跳び、他の整備士のところに向かっていく。
そんな背中を見送ると、シンがセスに先程の内容を問い掛ける。
「セス、ヒビキってヤマト秘書官のことだろ?」
「そうだ。それに、もう一機の飛び入りに乗っていたのは、クライン外務次官の護衛のルイ・クズハと確認が取れたそうだ」
そっぽを向くように修理が進められるザクウォーリアを一瞥する。普段、感情をあまり面に出さないセスにしては不機嫌さをみせるのは珍しい。
だが、シンやステラの心持ちは、そんな変化を気に掛ける余裕はない。実際、駆け込みで飛び乗ってきた者達は、自分達にとって無関係とは言えない者達ばかりだ。
どう答えたものかと思案していると、そこへ制裁を終えたルナマリアが合流してきた。
「ったく、なによ。いくら綺麗だからって男でしょうが」
愚痴っているあたり、まだ怒りは収まっていないのだろうが、それでも不満をぶつけた分だけマシだろう。犠牲になった二人には気の毒だが。何気にシンは心のなかで冥福を祈った。
「でも驚いちゃったわね――前大戦の英雄、勝利の歌姫に生で会えちゃうなんて」
興奮した面持ちで語る様子に溜め息を零す。
こうしたミーハー的な一面が彼女のやや苦手なところなのだが、それでもプラントに生きる人間にとって『ラクス・クライン』というのはある意味生きた伝説なのだ。
前大戦を終結に導いた勝利の歌姫。そしてプラントの誇る外交の女神と枚挙すればキリがない。公務以外ではほとんどメディアに顔を出さない彼女がすぐ傍にいれば仕方ないかもしれないが――
「それよりさ、私気になること聞いちゃったんだ」
気を取り直し、シン達に話し掛けるルナマリアは表情を輝かせる。
「クライン外務次官の秘書官の人、ヒビキって名乗ってるけど――ひょっとして、キラかも」
眼を輝かせながら秘密めかして、ちぇしゃ笑いを浮かべるルナマリアに、シンとステラは微かに息を呑む。そんな戸惑いに気づかず、話は進む。
「前大戦の英雄機、フリーダムのパイロット――もしかしたら、かも」
A.W.の最終決戦。天使の中枢に飛び込んでいき、勝利へと導いた英雄機。
それらは戦後、大衆向けに報道されていた。戦後の混乱においてそうした英雄を持ち上げることで世論の暗雲を少しでも紛らわせようという思惑もあったかもしれないが、その中枢を担った機体は当時のザフトの最新鋭機であったこともプラントに生きる市民にとってはある種の誇りでもあった。自分達の国が造り上げた機体が、戦争を終わらせたという錯覚を齎していた。
「な、なんでそう思ったんだよ?」
やや上擦った口調で問い掛ける。
「外務次官がそう呼んだのよ、咄嗟に。その人のことを『キラ』って」
英雄機として取り上げられた機体群。
『ZGMF-X07A:シュトゥルム』、『ZGMF-X08A:ヴァリアブル』、『ZGMF-X09A:ジャスティス』、『ZGMF-X10A:フリーダム』、『ZGMF-X11A1Ⅰ:スペリオル』、『ZGMF-X12A:マーズ』の6機。
戦後にプラントに返還されたそれらは解体処分を受け、破棄された。そしてそのパイロットのことは一部を除いて公にはされていないが、軍に身を置く者ならその詳細を調べれば不可能ではない。
シュトゥルムのパイロット、シホ・ハーネンフースは戦後にザフトを除隊、その後消息不明。ヴァリアブル、ジャスティスのパイロットであったメイア・ファーエデン、アスラン・ザラはオーブに移住。スペリオルのパイロット、リフェーラ・シリウスは現ジュール隊副官。そしてマーズのパイロットが唯一公になっている外務次官であるラクス。
だが最後の一機――フリーダムのパイロットだけが情報は愚か、まともに記録も残っていない。
パイロットが誰だったのか、それは軍内部で一つのミステリーに近かったが、それに繋がる噂が当時のフリーダムが艦載されていた母艦:エターナルのクルー辺りから僅かながら流れた。
そのパイロットの名が――キラ。
ルナマリアもその噂を聞き及んでおり、興味津々に眼を輝かせている。だが、シンやステラは複雑な面持ちだ。
「そ、れ、に――」
背中を向けていたルナマリアが瞬時にこちらを見やり、虚を衝かれたように眼を瞬く。
「ステラが持ち帰ったザクに乗ってたパイロット――『漆黒の戦乙女』かも♪」
テンションを上げるルナマリアに反比例して、シン達の方はどんどん汗が流れてくる。
「ねえセス、あんた実際に話たんでしょ?」
ルナマリアはラクスらの付き添いで一瞬遭っただけだ。だが、セスが彼女を拘束して連れてきたのは確認していた。
「――さあ? 本人はそう名乗ってはいなかった」
振られたセスは興味が無いのか、言い捨てる。そんなセスに不満気に表情を顰めるも、すぐさまシン達に向ける。
「でも絶対そうだって! 私、何度か公報で顔見たもん。漆黒の戦乙女、リン・システィ」
その言葉にシン達も、ザフト軍内部での情報が脳裏を過ぎる。
リン・システィ―――前大戦において『漆黒の戦乙女』と称されたザフトのエースパイロットの一人。
開戦当初から、戦史に残る大きな戦いにいくつも参加し、そのなかでも最大の逸話は、大戦中期、当時の地球連合軍の新型MSを単機で撃破し、ネビュラ勲章を授与され、特務隊、通称フェイスのなかにおいて『エース・オブ・エース』とまで一部では囁かれていたが、その後受領したZGMF-EX000AⅡ:エヴォリューションごと軍を脱走し、A.W.の最終決戦においてはその戦いに加わっていたものの、戦後機体ごと行方知れずとなっていた。
そのため、メディアに取り上げられる英雄機に、消息不明となったエヴォリューションとインフィニティの2機は上げられていない。
「英雄が3人――なんか興奮しちゃうわね」
自分の思考――シンからしてみれば憶測の暴走だが、それに興奮するルナマリアに呆れ気味に肩を竦める。
その渦中の人物達が、自分達の戦友であること――あの最終決戦には自分達も参加していたなど、決して話せるものではない。
どうしたものかと思うなか、彼らならあのセカンドステージと量産機でも、互角に渡り合えるだろうと納得もする。だが、何故彼らがここにいるのか――そして、マコトはどうして宇宙にいたのか――分からないことだらけにシンは困惑する思考に苛立ち、髪をくしゃくしゃと掻いた。
そんな彼らを一瞥し、セスは今一度ハンガーのザクウォーリアを一瞥する。
「リン…システィ――黒の…騎士」
小さく囁かれた名――なんの感情も含まないか細い声。セスは無意識に左耳のピアスをなぞった。そのオッドアイの視線を微かに細めながら―――
「しかしこの艦も、とんだ事になったものですよ」
ミネルバ内の通路を歩きながら、デュランダルはそう述懐する。
「進水式の前日に、いきなり実戦を経験せねばならない事態になろうとは――運命というものは、分からないものです」
「そうですね――ですが、運命はあくまで天命。人智の及ぶ領域ではないかもしれませんが」
やや皮肉めいた言動を返すも、デュランダルは気分を害した様子を見せず、にこやかに頷くだけだ。
そのような会話を交わす二人を横に随伴する一行はどう反応するべきか困り、沈黙を保っていた。
だが、雫や刹那からしてみれば、デュランダルの待遇はどこか優遇しすぎで不気味だ。身の保障と安全さえ確保できれば、あとは用意された部屋で大人しくしておくつもりだったというのに。余計なことをして心象を悪くしては元も子もない。
そんななか、キラは一人――別のことを考えていた。デュランダルが案内にと呼び寄せた赤服の少年。レイ・ザ・バレルと名乗った金髪の少年。ほんの一瞬ではあったが、キラはその青い瞳が、狂気と憎悪に歪んだのを微かながら感じ取った。気づけば、少年は無表情の鉄仮面に感情を覆い隠してしまい、窺うことはできない。
だが、その視線を見た瞬間――キラの内に、過去の記憶が甦る。忘れられぬ、あの己の過去を最悪の形で知ることになったあの日――それを齎した一人の狂気の男の顔が過ぎるも、キラは内で頭を振った。
そんな筈が無いと――ただ単に疲れているだけと割り切り、今はラクスの護衛が己の領分とでもいうように意識を集中させる。無意識に、先頭を進むレイに警戒を抱きながら。
進む一行に通路ですれ違う兵士達は一様に端にどき、道を譲りながら敬礼で送る。そんな様子に刹那や雫は一様に渋い表情を浮かべる。どうにも居心地が悪い。
(どうにも分からないな…このデュランダルという男)
一番後ろを歩くリンは、雫と会話するデュランダルを困惑した面持ちで見やる。案内にパイロットを寄越すぐらいだから、一応の体面は取っているようだが、それでも不審感は拭えない。
(なにか、含むところがあるのか――)
思わず視線を雫や刹那に向ける。こうまで立場を優遇するのは単に友好国としてだけではないような気がする。彼らにおべっかを使ってまで気に掛けることがあるのか――それは彼らの祖国に対してか、それとも彼ら自身に対してか―――
(斯皇院、それに真宮寺――確か、十家の筆頭が二つ)
刹那の紹介時に確認した名――『真宮寺』は日本における文の領分を司る家系。斯皇院と並んで現天乃宮家を補佐する御三家の内の二つまでがアーモリー・ワンに来たということは、そこに何かしらの思惑があるのか。
(その辺は、流石に姉さんがいないと分からないか)
内心に嘆息する。こと日本の件に関しては、あくまで僅かながらしか知りえていない。日本の件に関しては姉の方に一任していた。
今思えば、レイナは日本の動向に注視していた。そのため、日本の情報も姉経由で知った程度のものだ。それでも一般に出回る情報よりは詳細だが。
その思惑を、もしかしたらデュランダルは探ろうとしているのかもしれない。思考のループに陥るなか、一行は一基のエレベーターの前で立ち止まり、レイは開閉スイッチを押し、エレベーターのドアを開けながらこれから向かう先を告げた。
「ここからMSデッキに上がります」
「え――?」
その言葉を耳にした瞬間、刹那は思わず声を上げ、雫と顔を見合わせる。一瞬、自分達の聞き間違いか、それともこの少年の勘違いかと思い、デュランダル議長を窺うが、当の本人はまるで頓着した様子もなく、彼らを促してエレベーターに乗り込んでいた。
「あの、議長…確かに、協力は具申致しましたが、なにもそこまで――」
躊躇いがちに進言する。協力は申し出た。なら、必然的に刹那は格納庫に出入りはしなければならなくなるも、当然機密となるべき区画もある。それらを避けての説明なら、わざわざ連れて行く必要はない。
そんな雫の懸念も気にも留めず、デュランダルは頭を振る。
「いえ、お気になさらず…どうぞ」
まるで聞く耳なしとばかりに促すデュランダルに戸惑いながら従う。その後に同じように渋い表情を浮かべるラクスが続き、リンもやや驚愕を内に浮かべる。
友好関係にある国の使者とはいえ、これは大盤振る舞い過ぎるのではないだろうか。断るにしても理由が特に浮かばない以上、彼らも従うしかない。
まるで、そうすることで誘導するかのような――そこまで思い、考えすぎと頭を振った。一行の乗ったエレベーターは動き、階層を移動していく。
そんななか、困惑する一同に向かい、レイはこれから向かう先の情報を、まるで牽制するかのように説明し始めた。
「これから向かう場所は、艦のほぼ中心に位置するとお考えください。搭載可能機数等は、無論申し上げることはできませんし、現在その数量が載っている訳でもありません」
事務的に告げるレイに、雫や刹那は場違いな安心感を持ってしまった。どこか、有耶無耶ではあるものの、情報が制限されているという状況に、自分達の常識が間違っていないという認識のため、奇妙なものではあるが。
いや、それだけ悠々と機密事項を告げるデュランダルが奇妙なのだ。刹那は窺うようにデュランダルの横顔を見たが、依然として温和なその顔つきからは、何も読み取ることができない。
自分達は見縊られているのだろうか――ザフトの最新技術の塊であるこの艦を、ただ見た程度では理解できないと。
刹那はこれでも技術者だ。確かにその技術の詳細をただ見ただけでは理解できないが、それでも盗める技術などいくらでもある。
それとも何か、底意があるのだろうか――だが、その表情は終始穏やかで、端正な顔立ちのどこにもそれを確認することは叶わない。それでも、彼のやる事なす事には、何か深い意味がどこかに潜んでいるのではないかと思えてしまい、刹那は言いようのない不安を持ち、雫を見やる。
雫は、流石に外交官としての立場故か、そのような不安を感じさせないほど、感情をコントロールしているも、やはり胸中にはこの滑らか過ぎる弁舌に対して、現プラントの最高評議会議長としての深さと不安を感じていた。
互いに空気が重くなるなか、目的の階層に到着したエレベーターの扉が開いた途端、一行眼前に拡がる光景に息を呑んでしまい、その疑問は吹き飛んでしまった。
眼前に広がる広々とした格納庫には、例のザクを含んだMSがずらりと並んでいた。この場にいる者達は、ほぼ正規の乗組員ではないうえ、着艦した時は格納庫内を見渡す余裕もなかったが、今こうして拡がる格納庫内は活気と喧騒に満ち、そして立ち並ぶ鉄の巨人達の威容を醸し出している。
そんな一行の様子に満足したのか、デュランダルは手前のザクウォーリアを見やり、デュランダルは徐に説明を始めた。
「手前の機体が、ZGMF-1000:ザクウォーリアです。もう既にご存知でしょう、現在のザフト軍主力の機体です。ああ、そう言えば、クライン外務次官の随員の君らはザクを操縦したそうだが、どう感じたかね?」
「え、あ…」
解説を始めた議長に、急に話を振られてキラは戸惑ったが、リンは動じた様子も見せず、淡々と告げた。
「機動性、パワー、反応速度、操縦性――どれを取っても、旧主力機であったジンより向上しています。扱いやすさの点で言えば、従来のどの機体よりも完成度が高められています。流石、と評するべきでしょうか、この場合」
どこか、挑発するような慇懃な物言いに雫や刹那は怪訝そうに息を呑み、ラクスやキラは苦い表情で心中に嘆息する。随員が国家主席に向けて発するにはどこか礼節を欠いている。それがさらに同じプラントのVIPであるラクスの随員なら尚更だ。
だが、周囲のそんな困惑とは裏腹にデュランダルはリンを見やりながら頷き返す。
「そうか。その様子だと、君もMSに関しては中々の知識があるように思えるが?」
「――護衛の必須知識と御理解を」
流石に、この場で元ザフトの軍人とは言えず言葉を濁す。リンにしてみれば、少しばかりデュランダルの内面を探ってみたかっただけなのだか、こうもあっさり返されては迂闊に答えるわけにはいかない。
一応の謝罪とばかりに一礼すると、デュランダルは申し訳なさそうな顔になり、謝罪の言葉を口にした。
「いや、言い難い事なら無理に言わなくてもいいよ。すまなかったね、急に話を振ってしまって」
場の空気が微かに沈静するも、一同は無言のまま――そこへ、マッドが近づいてきた。
「議長、何故このような場に?」
敬礼しつつ、格納庫に現われた一行に整備士達は戸惑いを見せていた。まさか、議長が格納庫などに来るとは思わなかったのだろう。幾人かが作業を中断し、そちらに振り向く。
ヴィーノらと話していたシン達も振り向き、そして一行を視界に収める。デュランダルの隣に立つ雫や刹那を見やり、ヴィーノが肘で小突きながらどうだと表情で促す。シンも一瞥し、確かにこれは両者の言い分も納得できると刹那を見やりながら心中頷く。
静まり返りながらも、マッドが無言でクルー達を一瞥し、慌てて作業を再開する。そんな様子にどこか同情するような面持ちを浮かべつつ、一同は格納庫内を見渡しつつ、刹那の眼がどこか好奇なものに変わり、ハンガー奥の巨大な階層エレベーターを凝視する。
外交官である雫はそれ程ではないものの、MSに少なからず触れたキラやラクス、そしてリンも間近で見るその機体を凝視する。
一同の視線の先には、4層からなるデッキがあり、そこに、アーモリー・ワンで見た白と赤のMS―――インパルスとセイバーが収容されていた。
その反応に気をよくしたのか、それとも誇示したいのかは分からないが、デュランダルは説明を始める。
「あれが、このミネルバ最大の特徴といえる、この発進システムを使うZGMF-X56S:インパルス。そういえば、工廠でご覧になったそうですが?」
「あ、はい…」
話し掛けられた雫は、落ち着かない気分で頷くことしかできなかった。
「技術者に言わせると、これは全く新しい、効率の良いMSシステムだそうです。もっとも、私にはあまり、専門的なことは分かりませんがね」
「はぁ」
「分離形態での機体の構成――確かに、今までにないシステムですね。ですが、効率がいいと仰られるなら、疑問は残ります」
刹那がそう口を挟み、興味深げにデュランダルが相槌を打つ。
「ほう、どうしてそう思うかね?」
「まず、MSというのはかなりの精密機械です。ですが、それは人間をそのまま大きくしたものと考えればお分かりになると思いますが、構成されている部位にはそれぞれの役割があり、それ以外の動きは不可能。分離形態からの機体構成には、それらが露呈してしまう危険性もあります」
人間の身体を例に取ってみればいい――本来、人間の関節とは動く方向は定まっている。それを逆に動かすことなど不可能だ。MSも人間を大きく機械で構成したものだが、その動きはやはり人間としての身体構造に近い動きをするように無意識に組み上げられている。
それ故に構成もしやすい単純な造りでいいのだが、インパルスは分離形態から機体を構想するという概念を組み込んではいるが、それは本来ならあり得ない動きを各関節部にかけ、また合体時における接続面の強度的な脆さが出る。
インパルスが量産を前提とした機体なら分からなくはないが、情報で聞いていた限りではそうではない。また、艦外で機体を構成するというのはある意味自殺行為だ。通常の戦闘でもそううまく――いや、そもそも奇襲を受けた場合は、呑気に外で合体する余裕などないはずだ。
その点から考えれば、このシステム構想自体、効率がいいとは言い難い――刹那の実直な意見だ。
「ふむ、成る程。なかなか面白い観点を持っているな、君は」
「いえ…差し出がましい真似を」
一礼し、雫を見やると、出すぎた真似をしたと軽く頭を下げ、雫は小さく溜め息を零した。
そして、雫はやや複雑そうな表情のまま、デュランダルに向き直る。
「議長は、随分と嬉しそうですね」
その、あまりに単純で子供じみた言葉に、デュランダルは失笑を浮かべてしまった。
「嬉しい、という訳ではありませんが。2年前のあの混乱の中から、皆で懸命に頑張り、ようやくここまでの力を持つことができたというのは、やはり――」
「力――ですね」
言葉を取り上げるように呟くと、雫は肩を竦める。
「争いがなくならぬから、力が必要だと――そう仰られましたね、議長は」
「ええ」
「ならば、我々が…人類が存在し続ける限り、その理は永遠に続くのでしょうね。貴国も――そして、我らの祖国も」
苦い口調で自嘲気味に呟く。
確かに力は忌避するものだ。だが、それを全て否定することはできない――人は誰でも力を求め、そして様々な定義で持つ。
それはもはや世界の理――決して消えぬ……沈黙が場を支配するなか、けたたましい音が格納庫内に響いた。
《敵艦捕捉、距離8000、コンディションレッド発令! パイロットは搭乗機にて待機せよ》
その音が響き、格納庫内の空気が一瞬で変わり、慌しくなってしまった。
「最終チェック急げ! 始まるぞ!」
マッドの声に促され、整備士達はそれぞれの仕事をこなすために動き始めた。
シンやステラ達も頷き合い、戦闘準備に入る。それを見下ろしていた刹那も雫に頷き、バッと通路から飛び出し、無重力のなかを奥に固定される吹雪に向かって飛ぶ。
「議長――先程のお言葉ですが、我々もこうして力を振り翳す以上、先人達の過ちを繰り返さないと言えませんね」
微かな毒をまぜた言葉…力を振るえば、それはどのような結果となって返ってくるのか、だが、デュランダルは無言のまま、一同を促して格納庫を後にした。
警報が鳴る数十分程前――ミネルバの艦橋に現われるタリアに、振り向いたアーサーがやや首を傾げる。
「艦長、どうかされましたか?」
いつもの彼女らしくなく、精彩を欠いた疲労を感じさせる表情に思わず問い掛けると、タリアは手を振って応じる。
「何でもないわ…それより、ボギーワンはまだ補足できないの?」
先程の艦長室でのやり取りが思った以上に尾を引いていたのか、タリアは隠すように表情を引き締めてシートに着き、バートに尋ねる。
「いえ、まだです」
表情を顰めながら答え返し、タリアも顎に手をやり、思考を巡らせる。
艦の速さで言えば、間違いなくこちらが上のはずだ――あの艦もそこそこの高速性はあるようだが、それでももうそろそろ補足してもいいはずだが、それが未だ無いということは、敵艦の航路から外れたという可能性も出てくる。
いや、冷静に考えてみればそれだけの隠密性があることは、アーモリー・ワンでの奇襲で充分な確証だ。
ミネルバが出航した段階でコロニー外に展開していた部隊はほぼ全滅していた。いくら警備だけの少数艦隊とはいえ、たった一隻でそこまでの奇襲が可能だったとは思えない。なら、それを可能にしたカラクリがあって然るべきだ。
(どうしたものかしらね)
このまま航路を変更せずに進むか――それとも、ここで一度相手の動きを検証するべきか。勇み出て相手を見失ったなど、笑い話ではない。
暫し悩んだ後、タリアは自身の直感を信じ、進路をそのままデブリ帯に向けて進むことを決めた。
「メイリン、貴方も少し休みなさい。今は交代シフトだから」
徐に話し掛けられたメイリンは思わず手を止め、声を上げる。
「え…でも」
「敵艦を補足するまでだからあまり長くは取れないと思うけど、休めるうちに休みなさい」
考えれば、アーモリー・ワンでの奇襲事件から既に半日近く経っている。いくらなんでも疲労も出てくるだろう。軍人とはいえ、彼女はまだ十代の少女なのだ。
「はい…それじゃ、お言葉に甘えて」
和らげた笑みを浮かべ、席を立って一礼する。
「ええ――ああ、そうそう。一つだけお願いがあったわ」
「はい?」
首を傾げるメイリンに向かって、タリアは苦笑を浮かべながらぼやくように話す。
「例のシンが拾ってきた民間人――さっき、意識が戻ったそうなの。それで、悪いんだけど彼を部屋に案内してあげてくれないかしら」
厄介事とばかりにタリアは眉を微かに歪める。
シンがアーモリー・ワン外周部で拾ってきた民間機を収容したという報告を聞いた時は、もうタリアは己の運の悪さを思わず神に恨まずにはいられない気分だった。
何故こうも厄介事が次から次へと降り掛かるのか――それも、新造艦の艦長に任命されてからばかり連続でと…愚痴るのも仕方なかった。
民間機から救助された二人は医務室に運ばれ、先程一人が眼を覚ましたと報告を受けたばかりだ。流石に医務室に留めておくわけにはいかない。
持っていたPASSから、彼らがジャンク屋組合からの派遣員と確認が取れたため、迂闊な拘束ができないのだ。とは言っても立場的には一民間人。雫らのVIPとは違うためそれ程気を遣わないことが唯一の救いだった。
なら、どこかの部屋に閉じ込めておけばいい。流石に艦内を動き回られては困る。
「はぁ、分かりました」
やや戸惑いながら頷くと、一礼してメイリンは艦橋を後にし、タリアは小さく嘆息して身体を正面へと向き直す。
モニター越しに見える宇宙の闇…果てしない路の航海に、不安を憶えずにはいられなかった。
艦橋を後にしたメイリンは一路、医務室へと向かっていた。
「あ~あ――やっと休みが貰えたのに」
軽く背伸びをし、身体をほぐす。流石にブリッジでは控えていたものの、長いブリッジ勤めで身体の方が疲労を訴えていた。
ずっとシート座りだったため、腰周りもなんだか痛いと腰を軽く叩き、ぼやくように溜め息を零す。
ようやく解放されたというのに、その休憩時間も不確かな上、民間人の案内など、雑用を押し付けられたような気分だが、艦長命令なのだからと気を取り直す。
やがて、医務室の前に到着すると、ノックを数回行い、ドアを開く。
「失礼します」
入室すると、見知った顔が飛び込んできた。
「あ、メイリンさん」
「え、マユちゃん? それに――」
看護服を着込んだマユの姿にメイリンは一瞬眼が点になり、口調が上擦る。視線を隣に移動し、ベッドに上半身を起こした状態でこちらを凝視しているのは、確かアーモリー・ワンで何度か会ったことのある少年だった。
マコトはメイリンを見やり、思わず頭を下げるとメイリンも反射的に頭を下げる。
「あ、来てくれたのか。それじゃ、彼を頼む」
メイリンの入室に気づいた軍医がそう告げると、ようやく我に返り、メイリンは上擦ったまま応じる。
「あ、はい…あの、艦長から貴方を部屋へ案内するようにと」
向き直り、そう告げるとマコトはああと理解したものの、その視線は隣で眠るカスミに向けられる。未だ意識を取り戻さない状態に不安な面持ちだが、それをマユが苦笑で嗜める。
「大丈夫ですよ、カスミちゃんは眠ってるだけですし…眼が覚めたらすぐ連絡しますから」
外傷もないし、ただ疲労が出たのだろうという軍医の診察も貰ってる。元々、無銭乗車に近い形でこの艦に乗り込んだだけに、あまり文句は言えない。マコトは表情を顰めたまま渋々応じ、身体を起こす。
「あ…それじゃ、お願いします」
「あ、はい」
起き上がったマコトを促し、二人は揃って医務室を後にする。マコトは一度軍医やマユに感謝し、一礼するとメイリンの後に続く。
「あ、マコトさんも無理しないでくださいね。まだ表情も優れないんですし」
最後まで気遣うマユに感謝しつつ、やや重い表情ながら笑みを浮かべ、会釈してドアが閉じられる。
「それでは、こちらへ」
先導するメイリンに従い、二人は通路をゆっくりと進んでいく。
「一応、御案内する士官室からの移動は御遠慮ください。何かありましたら、備え付けのインターフォンで」
事前に伝えられていた注意事項を説明する。基本的には士官室の一つをあてがい、そこからの外出を禁じるということだ。作戦行動中の軍艦である以上、それは仕方ないとばかりに頷く。
必要事項を話し終えると、二人はまた無言になる。
正直、マコトもメイリンも何を話したらいいか分からないのだ。確かにアーモリー・ワンでは何度か会ってはいたものの、それはシンら共通の友人を通しての付き合い程度だ。おまけに立場的なものか、迂闊に会話することもできない。
後方を歩くマコトはメイリンを追いながら、内にはカスミの安否と先の戦闘で感じた不快感にやや表情が蒼褪め、どこか足取りもおぼつかない。
奇妙なジレンマを抱えながら、二人は沈黙したまま数分間歩き、やがて居住区に到着すると、メイリンは指定された部屋を確認し、ロックを解除する。
ドアが開かれ、内部を先に入室したマコトが見渡すとやや驚きに眼を見張る。
壁に沿って設置されたベッドが二つに奥には個別のシャワールームもある。一通りの生活が送れるようになっている状態には驚くなというのは無理だった。
マコトからしてみれば、もう少し簡素な部屋とばかり考えていたが、これも自身の持つPASSのおかげとは気づかずにいた。
「暫くはこちらで滞在していただきます」
続けて入ったメイリンが、渡された指示内容を告げる。
「期間の方はまだ確定しておりませんが、御了承を。あと、食事等に関しては係りの者が案内しますので」
何か質問はとメイリンが見やると、マコトの表情が視界に入った。先程は薄暗い通路を先導して進んでいただけにハッキリと分からなかったが、マコトの表情はどこか蒼褪めていて優れない。
「あの…気分、悪いんですか?」
思わず気に掛かり、問い掛けるとマコトはぎこちない苦笑いを浮かべる。
「あ、気にしないでください。大したこと――」
そう答えるも、足取りはおぼつかずフラついている。メイリンは咄嗟に肩を貸し、受け止めるとすぐ傍に掛かるマコトの呼吸が乱れているのに気づいた。
「大丈夫ですか?」
返事を返さないマコトに、メイリンはそのまま奥のシャワールームに連れて行く。入るとともに備え付けの洗面台へと運び、置かれていたタオルを水で濡らし、それでマコトの顔を拭く。
こう見えてもメイリンはアカデミーで一応看護学科も修めている。
専攻したのは確かにオペレーターだが、艦内勤務ということで副専攻として看護科も履修していた。そのためにその作業の程は手際がよかった。
「あの…無理しないで。気分が悪いなら――」
気遣うように言葉を掛けるも、その先を濁す。この辺は流石に年頃の少女としての羞恥故か――だが、今のマコトにはそれがありがたかった。
「ご、めん……うっ」
前のめりにない、マコトは体内の奥からこみ上げてくるものを抑え切れず、次の瞬間には流し場に嘔吐物が溢れ出た。メイリンもその光景に思わず眼を逸らす。
「はぁ、はぁ……」
終わったのか、呼吸が荒いながらもマコトはその顔を上げ、今の自分の顔を凝視する。それはあまりに酷くて醜い。流れたままになる水音だけが周囲に木霊するなか、メイリンが恐る恐る話し掛ける。
「あの…医務室に戻られますか?」
正直、ただ送り届ければいいとだけ考えていただけにこの事態は予想外だ。それだけにメイリンも少々混乱している。
だが、マコトは頭を振る。
「いい…」
今は正直動きたくないという状態だ。
「じゃあ、せめてベッドへ――」
せめて身を休ませるべきだろう。そのまま引きずるに近い形でマコトを引き、ベッドへと連れ、ゆっくりと座らせる。
濡れたタオルを受け取り、マコトは顔を拭き、メイリンを見上げた。
「本当に…ありがとうございます」
「あ、いえ…」
マコトにしてみればみっともない姿を見られてしまったが、メイリンとしても知人の不調を放っておけなかっただけだ。
互いに沈黙が一瞬訪れるも――マコトは、ボソボソっと切り出した。
「俺…初めて、だったんだ――」
「え?」
「人の死を…見たのも、感じたのも――」
手を見下ろし、脳裏にあの瞬間の光景――そして、感覚が鮮明に甦ってくる。
己の操縦するMSが相手の機体のコックピットを貫き、爆発とともにモニターに付着してきた真っ赤な鮮血と相手の怨念のような感覚の波が、まるで見えない重りのように身体に圧し掛かってきた。
あの刻初めて感じたもの――…それは、己が殺した『死』だった。
マコトがその行為を最初に行ったのはいつだったか――確か、遂先日のステーションでの襲撃事件だ。
あの時は無我夢中であったし、なにより相手の死というものを感じなかった。だが、冷静に考えてみればあの時に何機かは間違いなく墜とした。それは、相手の命を奪ったのだ。初めての戦闘という異常な状況に加えて、終了後に周りに褒められ、そして護り抜けたという現実に、無意識に有頂天になっていたのかもしれない。
だが――そんなものは、あの瞬間に吹き飛んだ。眼の前を真っ赤に染める鮮血と断末魔の悲鳴と苦悶の怨念…それらが一気に流れ込んだかのような錯覚を起こし、マコトの内に『恐怖』という不快感を渦巻かせた。
人の死は知っても…殺した人の死は知ろうとしなかった――そんな浅はかな自分が、嫌になってくる。
そんな心の苦悩を吐露するマコトに、メイリンは複雑そうに表情を歪める。どう答えていいか分からない。メイリンは曲がりなりにも軍人だ。当然、それに関しての心構えは教え込まれている。
だが、共感できる部分もあった。アカデミーでの専攻学科の検査の際、自分は戦闘兵向けではないと判断され、パイロットとしては落とされ、オペレーター科に配属された。
その際に僅かながら憤りを憶えはしたが、心の何処かで艦内勤務という状況に安堵していたのかもしれない。そんな自分が、マコトの苦悩に答えることができるだろうか――互いに深刻に悩み、沈黙が続くなか、それを破るように警報が鳴り響いた。
《敵艦捕捉、距離8000、コンディションレッド発令! パイロットは搭乗機にて待機せよ》
響くアーサーの声――メイリンがハッと顔を上げる。マコトものろりとした動きながら顔を上げ、その事態に表情を険しく顰める。
確か、ミネルバは今敵艦の追撃任務中であった。
「あの…私、ブリッジに行かないと――」
戦闘体制になる以上、メイリンがブリッジに不在なのはまずい。それを理解しているのか、マコトは頷く。
「はい…すいません、こんな変な愚痴聞かせちゃって」
軽く謝罪する。
「それじゃ…」
メイリン自身、早く逃げ出したい気分だった。駆けるように部屋を飛び出していく。それを見送ったマコトはそのままベッドに倒れ込む。
マコト自身、何故こんなことを話したのか分からない。同じ話すにしてもシン達の方がよかったのではないかと思う。もしかしたら、自分の弱さを見られたせいなのかもしれない。
(最低だな、俺――)
偶々傍にいたからメイリンに話したのか――こんな事を話してしまい、メイリンの気分を害させてしまったことに、マコトは激しく自己嫌悪した。
加えて、これから戦闘が始まるかもしれないという不安が胸中を渦巻くのであった。
ミネルバに追われるガーティ・ルーはデブリと岩塊の密集する宙域へと足を踏み入れていた。
「亡霊には墓場がお似合いとはいえ、気分のいいものではないわね」
シートで頬杖をつきながらポツリと漏らすエヴァ。それは果たして独り言か、もしくは隣の上官に向かって放ったのか、それは分からないが、ロイは無言のまま手元のコンソールを操作し、モニターに奪取した3機の解析データを表示させ、眼を通していた。
「で…どうなの、そのくだんの新型とやらは?」
興味なさ気に気だるい様子で問い掛けるエヴァに、ロイは肩を竦める。
「そうだな。機体構造的には目新しいものはないが、技術で言えば流石と言うべきか」
「ザフトは猿真似が好きだものね」
皮肉を込めて批評する。簡易な分析ではあるが、奪取した3機は機体構造上は連合側で開発している可変型とそう差はないが、そこはやはり完成度の問題だろうか。複雑な変形機構や強力なビーム兵器の運用と稼働時間延長のための様々な機能等、苦労した甲斐があったというものだと評するロイだが、エヴァにしてみればどうでもいい問題だ。
「それより諜報部の部隊と連絡は取れたの? アーモリー・ワンからこっち、全然無いの?」
「いえ――」
オペレーターの一人にそう問い掛けるも、言葉を濁す。
「ったく、何やってるの」
「彼らの任務は我々の援護だからな――仕方あるまい」
愚痴るエヴァをロイが宥める。
アーモリー・ワン奇襲時に、前もって港周辺の管制システムをダウンさせるための特殊工作部隊が彼らと同時に仕掛ける――それが、上からのMISSION内容だった。いくら奇襲を前提にされた特殊艦とはいえ、裏方のバックアップは必要だ。流石に彼らの部隊の特性上、相手の部隊構成は機密になっているが。
「っ! 艦長、イエロー50マーク82チャーリーに大型の熱源反応探知! 距離8000!」
センサーを読み取っていたオペレーターの言葉に、ガーティ・ルーの艦橋に緊張が走った。
「――当たったわね、貴方の勘」
「ああ――ザフトも無能ではないということだ」
揶揄するようにジト眼で、当たってほしくない予感が当たったことに不吉な予言をした上官を睨むのは理不尽な気もするが、ロイは気を悪くした様子も見せない。
からかいがいが無いと溜め息を零すも、軽く背伸びをし、エヴァは身体を整え、キッと表情を引き締める。それは、戦闘に臨む指揮官の顔だった。
「だけどどうするの? 戦力的にはキツイわよ」
淡々と事実を告げる。この艦に艦載されているMSは少ない。
その数少ない機体も、先のアーモリー・ワン戦で数機喪っている。ここは、逃げに徹し、相手を撒く方がいいのではないかと考えたが、ロイの意見は違っていた。
「いや…ここまで我々を追いかけてきたのだ。相応の相手をするのが礼儀ではないかね」
不適な笑みを浮かべる上官に軽くぼやくも、そんなエヴァの心情を見透かしてか、ロイは言葉を続ける。
「戦力なら充分なものがある」
「いいの? アレは大事な商売道具じゃないの?」
「データの吸出しが済めばもう構わんさ――せっかくだ、使わせてもらおう。心血注いで造り上げたMSに倒されるというのも、なかなか乙なものだと思うがね」
「了解――総員、第一種戦闘配置発令! 対艦、対MS戦闘用意! パイロットをブリーフィングルームへ! ここで一気にケリ着けるぞ!」
勇み、指示を飛ばすエヴァにクルー達は命令を復唱し、各セクションへと指示を送る。
声を張り上げるエヴァの横で、ロイは眼前の艦橋窓に映る青い地球を取り巻くデブリの帯を見据え、冷利な笑みを浮かべた。
格納庫内は慌しくなり、ストライクEをはじめとした機体に合わせ、奪取した3機の発進態勢も進められる。
そして、MSの頭脳とも言えるエクステンデッドである彼らもまた眠りから目覚めていた。
レアは静かに瞼を開く。それは、先の戦闘の際の恐怖に怯えたものではない――なんとはない、極普通の少女の顔だった。メンテナンスによってメンタル値を正常な状態に戻した今、レアには満足のいく気分が漂っている。
同時に悟る――また戦いだと。慕う上官の役に立てるという悦びが、レアの内にこみ上げてくる。
「早く行け」
係員が事務的に告げると、レアは不快に思うこともなくフラフラとした足取りでゆっくりとロッカーに向かう。
既にそこでは、パイロットスーツを纏ったエレボスとステュクスが佇んでいた。
「どうやら、追ってきているのは例の新造艦のようですよ」
パイロットスーツのファスナーを閉めながら、外していた眼鏡をかけるステュクスの言葉にロッカーの扉を乱暴に閉めながらエレボスは鼻を鳴らした。
「へっ、ならあの合体した奴と赤い奴らか。ぶっ潰してやるぜ」
忌々しげに拳を打ちつけ、意気揚々となるエレボスを嗜めるように肩を竦める。これから始まる戦闘に対しての恐怖も緊張もない――あるのは、快感を求める純粋なものだけ。
そんな話を背に、レアはあてがわれたロッカーの前に立ち、すぐ後ろに異性が立っているというのに羞恥も恥部もないとばかりに服を脱ぎ捨てる。
露になる肢体とレアの髪の色に合わせたようなライトブルーの下着が映える。あられもない姿を晒しているというのに、当のレアは愚か、エレボスやステュクスもまったく気にした素振りもチラチラ覗く仕草も見せない。
彼らにはそんな余計な感情などないのだから――気づけば、ずっと一緒にいた間柄だ。今更、何も感じるはずもない。無言のまま、気だるげにロッカーからピンク色に塗装されたパイロットスーツを取り出し、それを抱き締める。
これが己の戦闘装束――そう…これを着、鋼鉄の鎧を纏った瞬間、レアは戦いの獣となる。慕う上官の前に立ち塞がる全てを切り払う獣に。
無造作にスーツを纏うレアを背に、二人の会話は続く。
「大佐は可能なら捕獲したいと言ってましたが――」
「へっ、面倒くせえ。ぶっ壊しちまった方が早いぜ。なあ、レア?」
唐突に話を振られたレアはホックを止め、そちらに顔を向けるも反応はない。話を聞いていなかったのでどう反応したらいいか、分からなかったからだ。
ぼうっとしたレアの顔を見やり、エレボスとステュクスは互い肩を竦め、失笑した。そして、彼らは己に与えられた鎧を纏うべく格納庫に向かう。
デブリの密集地帯に徐々に飛び込んでいくガーティ・ルー。巨大な鉄、または岩の塊が艦を掠めるなか、エヴァはモニターに映る宙域図を見やりながら、顎をさする。
「この辺で罠を張るか――先制はガキ3人に任せる」
呟きながらロイを見やると、ロイは口元を薄く歪めるだけだが、それだけで肯定の意と取ったエヴァは、徐に前方を見据える。
「MS発進、確認後所定のポイントにて待機! 広域機雷、停止モードにて展開!」
航行するガーティ・ルーの両舷のカタパルトが展開され、ハッチが開放する。
格納庫から発進口に移動するカオス、ガイア、アビスの3機。
「RGX-01APU分離確認、カオス発進よしっ」
《エレボス・バルクルム、カオスやああってやるぜっ》
猛々しく吼えながら、エレボスは操縦桿を引き、カオスを発進させる。
「続けてRGX-02:アビス及びRGX-03:ガイア、前進せよ!」
左右のハッチに分かれ、カタパルトベースに足を固定するアビスとガイアが射出口に移動し、ステュクスは不適な笑みを浮かべて前を見据え、レアは無言のままバイザーを下ろす。
「進路クリア、発進よしっ」
電磁パネルが点灯し、ステュクスは操縦桿をゆっくりと倒す。
《ステュクス・ローランド、いきます》
バーニアが火を噴き、アビスが打ち出され、飛び出していく。トリになったレアは宇宙を見据えた瞬間、それまで気だるげだった瞳が、生気を帯びたように鋭く吊り上がり、操縦桿を握り締める手の力が強まる。
《レア・フェイルン、出るの》
レアの闘志に呼応するようにガイアは身を低くするように構え、次の瞬間、加速のGが身を圧迫させたと認識した瞬間、ガイアは打ち出され、ケーブルがパージされて宇宙へと加速していく。
3機は分散し、各々の指定されたポイントに向かう。
「フォーメーションはB4で対処させろ、アンカー準備! 目標との相対速度を合わせろ!」
ガーティ・ルーは、上部を流れるように浮遊する巨大な岩塊に艦を寄せていく。
「アンカー発射! 同時に機関停止、デコイ発射! タイミングを誤るなよ」
その指示の後、アンカーを放つのに最適な場所がロックオンされ、船体の中央から打ち出されたアンカーが小惑星に突き刺さる。それを見計らい、ガーティ・ルーは前方に向けて何かを打ち出し、エンジンを停止する。
停止したガーティ・ルーはアンカーのワイヤーが、岩塊を支点に振り子のように慣性によって小惑星影へと移動を開始する。
狩りにきたハンターを逆に返り討ちにするために――獲物は牙を砥ぐ。
そんなガーティ・ルーの動きを気づかず、一定の距離を保ったまま接近するミネルバ。
相手の進行方向が間違っていなかったことにタリアはやや安堵するも、すぐさま意識を切り替える。今度は絶対に逃がさない――必ずここで仕留めると、意気込むタリアは後方のドアの開閉に振り向くと、メイリンが飛び込んできた。
「遅くなりましたっ」
「すぐ入って、格納庫に伝達! MSの発進準備を急がせて」
「了解!」
慌しく自身のシートに滑り込むと、メイリンはマイクをかけ、コンソールに向き合い、作業を開始していく。
それを一瞥すると、タリアは下方の戦闘ブリッジにて待機するクルー達に、通信越しに話し掛ける。
「向こうも、よもやデブリの中に入ろうとはしないでしょうけど、危険な宙域での戦闘になるわ。操艦、頼むわよ」
「はっ!」
念を押すタリアに、操舵士のマリクが緊張した声で応じた。
ミネルバの眼前に拡がるデブリベルト。宇宙開発が始まって以来、廃棄された宇宙ゴミ、また小惑星の類が、地球の引力に引かれて辿り着く宙域。ここには、もちろん先の大戦の発端となったユニウスセブンも、今はこの地球をリングのように取り巻く帯の中に存在する。
また、先の大戦において最終決戦の舞台にもなった場所。あの激戦に次ぐ激戦――それらの戦いの後に流れ着いたMSや戦艦の残骸も、所々に漂っている、まさに宇宙の墓場と呼んでも遜色の無い場所だった。
今、敵艦が向かっている先はそれの外周部に近い――当然、この周辺にも引力圏に引かれた無数の障害物が漂っている。艦で航行するのは危険が大きい。なら、艦載機同士の戦いがメインになるだろう。
「シンとステラ、ルナマリアの3機で先制します、フォーメーションはパイロットに一任。レイとセスは艦の護衛のため待機、準備はいいわね?」
「は、はいっ!」
タリアの問い掛けにメイリンが答え、バートが縮まっていく敵艦との距離を読み上げた。
「目標まで6500!」
艦橋が慌しくなるなか、背後のドアが開き、タリアはそこに立っているであろう人物の予想を立てながら振り返った。
「いいかな、艦長?」
最初に入ってきたのは、彼女の予想通りデュランダルだった。だが、その後ろに続く人物を見て、タリアは自分の予想が甘かった事を思い知った。
「私は、外務次官や斯皇院外交官の方々にも艦橋に入っていただきたいと思うのだが」
こちらの戸惑いや不快など、気づかないように悪びれもなく告げるデュランダルだが、一方のラクスや雫達はブリッジの一様に歓迎しない雰囲気に、気まずいものを浮かべている。
戦闘体勢ということで非戦闘員である彼らは士官室に戻ろうとしたのだが、そこでまたデュランダルが予想外の事を申し出て半ば強引に連れてこられたのだ。
「あ、いえ…それは――」
さしものタリアも、難色を示す。
他国の人間に、最新鋭艦の内部を見せて回ることでさえ快いものではないのに、これは流石に問題だ。
戦闘中の艦橋に部外者――まして、他国の要人が同席するなどとんでもない。断固として反対しようとしたタリアだったが、先手を打つようにデュランダルが口を開いた。
「君も知っての通り、外務次官は先の大戦でも艦の指揮も執り、MSでの数多くの戦闘を経験してきた方だ。そうした視点から、この艦の戦いを見ていただこうと思ってね。外交官にはそのお命を預けていただくものだ。なら、それを見定めていただくためにも同席をしていただきたくてね」
思わず怒鳴りたくなってしまった。いくら前大戦での戦歴があろうと、ここはミネルバという艦の艦橋だ。下手に口出しされて指揮系統を乱されてはたまったものではない。まだ戦闘経験がないデュランダル一人だけの方がマシだった。
戦闘前だというのに、胃がキリキリ傷みそうになるのを抑えながら、タリアは気難しい表情のままラクスを見た。だが、賞賛された当のラクスは、意気消沈した様子で、居心地が悪そうにしていた。
雫にしてもそうだ――確かに戦闘の程は気にはなるが、戦闘になれば自分は何もできないのだ。こんな気まずさでクルー達のコンディションを下げるぐらいなら、士官室に閉じ篭っていた方がマシだった。
口を噤み、萎縮している彼女らにタリアもやや同情めいたものとこのまま大人しくしておいて欲しいという願望を抱きながら、タリアは小さく溜息を吐いて、デュランダルに向き直った。
「――分かりました。議長がそうお望みなのでしたら」
明らかに不満不了承といった表情だが、仕方ない。
だが、仮にもラクスとて前大戦を経験し、指揮官としての戦歴も持っている。なら、指揮系統を乱すような真似はしないし、指揮官の立場を尊重することぐらいは知っていよう。雫に至ってはまったく素人だ。口を出すこともないと腹を括る。
当の議長殿もそうであってくれたらどんなにいいかと、内に思わず愚痴を零す。
もし、これで勝手に口を挟むような真似に及べば、その時は艦橋の外に放り出し―――いや、丁重にお引取り願えばいいだけだ。
「ありがとう、タリア」
タリアの心情を無視するように、デュランダルは親しげな笑みを浮かべて礼を述べると、未だ固まっている一行を促して後部の席に着いた。
ラクスと雫が先に席に着き、キラとリンも続くようにシートに着いた。
「目標まで6000!」
「艦橋遮蔽! 対艦、対MS戦闘用意!」
タリアの声に応えて艦橋が遮蔽されると、雫やキラは驚いた顔になった。
軍艦のこういった機能の知識に乏しい以上仕方ないが、リンは表情を変えないながらも、そのシステムにどこか感嘆したような心持ちだった。
このシステムは理に適っている。艦橋部分というのは総じて突出した場所にあり、非常に狙われやすい箇所だ。おまけにそこが墜とされれば、それだけで艦の機能は停止し、もはや的でしかなくなる。だが、このシステムであれば、たとえ外から見える艦橋部の装甲を破られたとしても被害は最小限に抑えられる。
やがて一同はCIC用の薄暗い戦闘艦橋に到達する。リンはその暗闇に紛れるように視線をデュランダルへと向けるも、その視線もすぐさま前へと向けられる。
戦闘を艦から見るのは実に久しぶりだ。自分の命を賭ける戦いにおいて、リンは唯一人を除いて預けるような真似はしない。自分の道は自身で切り拓く。それが彼女の信条だ。だが、今の立場では致し方ない。ここは、デュランダル御自慢のミネルバと、そのパイロット達の腕を見定めるしかない。
そんな感慨を抱いている間にも、MSの発進シークエンスは着々と進んでいた。
「ルナマリア・ホーク、ザクウォーリア発進スタンバイ。全システムオンライン、ウィザードはガナーを」
メイリンのアナウンスと同時に、両肩をアームで固定された赤のザクウォーリアが、宇宙服を着た整備員の誘導灯にガイドされ、発進カタパルトへと移動していった。
ルナマリアは、ザクウォーリアのコックピットでシステムの最終調整を行う。今度はあんな無様な真似はできないと意気込んで調整を行い、その間にも、発進準備は滞りなく進められ、開かれた射出ゲートに移動する。
「発進シークエンスを開始します」
射出口に移動すると同時に気密ハッチが閉じられ、アームに固定されていたザクウォーリアがカタパルトベースに足を固定し、ボディを固定していたロックボルトが外れる。
中央においてもセイバーとインパルスの発進が同時進行で進められる。
「インパルス、セイバー発進スタンバイ! インパルス、モジュールはソードを選択、シルエットハンガー2号を開放します」
『2』と書かれた中段の扉が開き、アーモリー・ワン内で使用した対艦・対近接戦闘用の大型剣を二刀装備した飛翔体が出現する。
今回はデブリの密集した宙域での戦闘。それならあまり大きな火力は使えない。加えて後方支援ならルナマリアのザクウォーリアが担う。なら、機動性と攻撃力に安定したソードシルエットの方が扱いがいい。トップはシンとステラの役目だ。
「プラットホームにセットを完了、中央カタパルトオンライン、気密シャッターを閉鎖します」
中央に設置された巨大なエレベーターの透明なシャッターが閉まり完全に遮断され、階層が上がっていく。
「セイバー及びコアスプレンダー全システムオンライン、発進シークエンスを開始します。ハッチ開放、射出システムのエンゲージを確認」
シンとステラもコックピットで機体OSを起動させ、戦闘ステータスへと移行させる。発進口に到着するとともに、全機の発進準備が完了した。
「目標、進路そのまま。距離4700!」
バートの報告を受け、タリアは命じた。
「MS部隊、発進!」
ミネルバの右舷中央カタパルトが開放し、滑走路が展開される。誘導灯が灯り、奥の機体を宇宙の陽光が照らす。
「ガナーザクウォーリア、カタパルトエンゲージ!」
長砲身のM1500オルトロス高エネルギー長射程ビーム砲と大容量エネルギープロペラントタンクを背面に装備した長距離砲撃仕様のガナーウィザードが天井部が現われ、ザクウォーリアの背面に装着される。
この機体もまた、インパルスらと同様にウィザードシステムという換装システムによって一機で多種な戦闘に対応するために開発された初期型モデル。
「進路クリア、全システムオールグリーン、発進どうぞ!」
メイリンのアナウンスに応じ、ルナマリアはバイザーを下ろし、操縦桿を握り締めた。
《ルナマリア・ホーク、ザク! 出るわよ!》
勇むように叫び上げ、電磁パネルが点灯するとともにカタパルトが機体を打ち出す。ケーブルをパージし、赤いザクウォーリアが宇宙に飛ぶ。
発進するMSの光を見据える一同のなか、デュランダルが唐突に呟いた。
「ボギーワン、か――」
突然、脈絡も無いことを切り出したデュランダルに、すぐ隣に座るキラが反応し、奇異の眼を向け、リンも思わずそちらに視線を向ける。だが、デュランダルは気にした様子もなく話を独り言のように進めていく。
「本当の名前は何と言うのだろうね――あの艦の?」
「は?」
急に話を振られたキラは戸惑った声を出すが、なおもデュランダルは言葉を続けた。背後で交わされるその一方的な語りにタリアは少しばかり意識を傾ける。
「続いてセイバー、どうぞ!」
艦橋下部に設置された専用射出口ハッチが開き、カタパルトラインが形成される。到達したセイバーのコックピットでステラはレバーを押し、それに連動して背面バーニアに粒子が収束する。
《ステラ・ルーシェ、セイバー! 出るの!》
静かな口調ながら勢いよく飛び出す戦闘機がその姿を宇宙に晒すと同時に加速し、艦前方で機体を変形させていく。脚部が伸び、2対の機種ブレードが後方に折れ、突き出す頭部のアンテナが左右に折れ、機体に流麗な赤が施される。鮮やかな変形を披露したセイバーが加速する。
「インパルス発進、どうぞ!」
最後の発進となるインパルス。コアスプレンダーのコックピットでシンは前方を見据え、操縦桿を引く。
《シン・アスカ、コアスプレンダー! いきますっ!》
メイリンの声に弾かれるように、眼下から一機の戦闘機が飛び出し、続けて3基のユニットが射出された。
コアユニットたるコアスプレンダーが機種と翼端を折り畳み、コアブロックを中心に自動操縦で追い縋る胸部ユニットのチェストフライヤー、脚部ユニットのレッグフライヤーが挟み込むように合体し、瞬く間に一体のMSの形を成す。その背面に誘導機種を離脱させたソードシルエットが赤外線ビーコンに誘導され、装備される。
その瞬間、インパルスは鉄灰色から鮮やかな紅朱色を基調としたカラーリングへと変化する。インパルスを始めとするセカンドステージシリーズは、従来のPS装甲から発展させたVPS:可変相転移装甲を採用している。これは電圧によってPS装甲の使用電力と強度を変化させる性質を持つ。
インパルスの場合、装着する各シルエットによって消費エネルギー量が異なるため、装甲制御システムがシルエットごとにPS機能を制御し、最適化する。これによって理想的な消費電量を行うことが可能で、従来のどの機体よりも稼動時間を延ばすことに成功した。
装甲の彩色の変化は最適化の副産物ともいえるものだが、今現在のインパルスの機体強度は電力消費が一番大きいが、その分機体の装甲強度が一番高くなる近接用の赤だ。
3体の赤いMSがミネルバから並行して発進していく。それらをモニター越しに見据えながら、デュランダルの語りはなおも続いていた。
「名はその存在そのものを示すものだ――」
宇宙空間をデブリ帯に向けて遠ざかっていくザクウォーリア、セイバー、インパルスを見送ると、タリアは徐に背後で交わされる会話に耳を傾ける。
「ならばもし、それが偽りだとしたら――? それは、その存在そのものも偽り――ということになるのかな?」
前方を見据えていたデュランダルがこちらを見やり、不適な笑みを浮かべる。
唐突にこんな場所で実存主義的な話を語り出す彼を訝しく思っていた一同だったが、それは次に彼が落とした爆弾で完全に吹き飛んでしまった。
「ヒビキ・ヤマト君、ルイ・クズハ君――いや、キラ・ヤマト君? そして…漆黒の戦乙女、リン・システィ君?」
その言葉にキラが息を呑み、ラクスが眼を見開く。リンは僅かに身を硬くし、鋭い視線を浮かべる。雫だけが怪訝そうに見渡し、タリア達は発せられた内容に戦闘が目前に迫っているというのに、唖然となる。
そんななかで、デュランダルは満足そうに笑みを浮かべていた。
《次回予告》
星屑の墓場を舞台に再び対峙する者達。
狩られる獲物が牙を剥き、狩るハンターを追い詰める。
墓場に潜む罠に追い込まれる女神。
3体の牙が襲い掛かり、激しい砲火が宇宙を燃え映えさせる。
少女を襲う最大の危機。
最愛の者を護るため――少年はその力を再び解放する。
それは…この混乱を斬り払う力となるのか―――
それとも…さらなる混乱を招くのか―――
次回、「PHASE-12 再醒の刃」
呼び醒ませし刃で斬り払え、インパルス。