機動戦士ガンダムSEED  ETERNAL SPIRITS   作:MIDNIGHT

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PHASE-13 ターゲットはジェネシスα

薄暗い夜空に僅かばかり輝く星々。

 

そのおごそかな光に照らし出される下には、煌びやかなネオンの輝きを彩る街並みと、それよりやや離れて存在する城があった。

 

いや、城というには語弊があるだろう。数少ない緑が残るなかに囲まれるように存在するのは、皇居とも取れる造りを誇っている。

 

その皇居の天守閣――翼を模したような鯱が雄々しく備えられた最上閣の一室にて、一人の男が佇んでいる。

 

青年――というには、やや落ち着いた雰囲気を持ち、身につけている衣服もどこかシンプルながら、清潔感を漂わせる気品がある。黒とも紺とも取れるような髪を夜風に靡かせながら、天守閣より見える街並みを見詰める。

 

「帝…あまり夜風に当たられますと、お身体に触られますぞ」

 

その男の背後から、こちらは軍服を着込んだやや老齢の男が声を掛けた。だが、その表情は皺を刻みながらも、それを男の持つ強面の様相をより強調し、猛者を思わせる猛々しさを感じさせる。

 

恭しく告げる男に苦笑を浮かべ、肩を竦める。

 

「いや――少し、街を見てみたくなってな」

 

振り向き、そう告げる男に少しばかり疲れたように溜め息を吐く。

 

その態度に苦笑を浮かべたまま、男は夜風の吹く天守閣より内部へと入り、奥の間へと進む。その後ろを追随するように静かにつく男は、無造作に話し掛ける。

 

「帝――アーモリー・ワンにて、事が起こったとの次第」

 

その報告に、帝である男は歩みを止め、微かに表情を顰める。

 

「そうか…予測していたとはいえ、実際に起これば、穏やかではいられないな」

 

軽く天井を仰ぎ、苦い口調で漏らし、再び歩みをはじめ、そのなかで会話は続く。

 

「紅蓮、状況は?」

 

「はっ、アーモリー・ワンにて開発されていたセカンドステージ5機の内、3機が強奪された模様。それにより、アーモリー・ワン内で戦闘も確認されております。強奪犯と思しき者達は、逃亡した模様です」

 

L4のアーモリー・ワンで起こった強奪事件は、未だプラント内での極秘とされている。大見得切って発表した新型を奪われた挙句、逃げられたなど、国際的に恥にしかならないだろう。

 

「――二人は?」

 

「それが――追撃中のザフト艦、ミネルバに同行していると」

 

苦悩を思わせる表情と声で告げると、微かに息を呑み、眼を瞬く。そして、どこか表情を苦悶に顰め、歯噛みする。

 

予想を遥かに超えて、悪い方向へ進んでしまっている。やはり、彼らを行かせるべきではなかったと自身を罵るも、そんな心情を察してか、気遣うように声を掛ける。

 

「――帝の責任ではありませぬ。それに、刹那坊には吹雪を持たせました。この程度のことなど、乗り越えられぬ器ではございませぬ」

 

鼓舞するように話す男に、表情も微かに緩み、肩の力が抜ける。

 

「フフ、お前に掛かれば、私も坊かもしれんな」

 

謙遜をと表情が雄弁に語り、空気が僅かに緩和され、二人はそのまま天守閣の奥の間である部屋へと入室した。

 

そこは、謁見に適した間であると同時に、天頂部が映し出されていた。天井壁面に設置された広域モニターが外壁の外の星空を透かしているかのような錯覚を憶える。そんな星空の天井を一瞥し、奥のやや仰々しく置かれた場に腰を落ち着ける男こそ、大日本帝国現帝:天乃宮光。

 

日本の中枢を担う十家の長・『天』の『天乃宮』家を率いる若き皇だった。

 

「君の予知通りになったよ、睦姫」

 

振り向き、その先にある簾によって覆われた一画に声を掛ける。光の腰掛ける玉座から真横にかけられた簾によって覆い隠された一室。薄ぼやけた奥には、一人の小柄な人影がある。

 

その声に反応し、微かに俯いていた首が動き、それに伴って髪の両に束ねられたバンドに繋がる鈴が揺れ、静かな音色を木霊させる。

 

「そうか…当たってほしくはないものじゃ」

 

返ってきた口調はどこか低い――そんな声に対し、光の前に佇む男、大日本帝国軍元帥:斯皇院紅蓮は口を挟む。

 

「睦姫殿、そなたに責はございませぬ。御自身を責められぬよう」

 

「感謝する」

 

恭しく告げる紅蓮に、簾の奥で人影は表情を和らげたように感じ、静かに返答する。

 

「じゃが、これで世界は大きく動く。いや――動かざるをえなくなるじゃろ。災いの星々が動き出そうとしている」

 

簾の奥で閉じられた瞳――黒の艶のある髪を座する背中を沿って、周囲に覆うように拡がらせるまだほんの十歳程度にしか見えない少女こそ、『武』の『斯皇院』、『文』の『真宮寺』と並ぶ御三家最後の一つ、

 

『聖』の『神維』家当主:神維睦姫であった。

 

神秘さを醸し出す純白の巫女服に身を包み、年齢にそぐわぬ落ち着きを漂わせて座する少女は瞳を閉じたまま、人形のような面持ちで静かに座し、簾越しに天井の星空を仰ぐ。

 

睦姫の視線の先を感じ、光もまた視線を天井へと向ける。静かな夜空に輝く星は、穏やかさを保ち、そして静かなものだった。

 

とても――睦姫の危惧せんとする災いなど、幻のように。それは光だけでなく、睦姫にとっても望みであったが、世界はそうではない。

 

口を噤み、軽く唸りながら視線を下ろす光。

 

「国内情勢は未だ不安定――磐石とて不安定な今、要らぬ火種は避けたいものだが……」

 

眉間に皺を寄せ、腕を組む光。覚悟はしていた――この国の帝位に就いた時に、それは茨の路をゆくことになると。

 

いくら光が軍部や議会に後押しを受けたとはいえ、所詮は天皇家の分家の出身。そのことを快く思わない者も少なくはない。

 

そして、それは徐々にだが形となって表れようとしている。急激に革新したこの国だが、その内はハッキリ言ってまだ脆い。

 

額を押さえ、沈痛な面持ちで俯く光に睦姫も紅蓮も何も語らず口を噤む。どれ程経っただろうか――沈黙がやや漂うなかに微かに響く足音が全員の耳に届き、顔を上げると、謁見の間の入口から一人の人物が入室してきた。

 

星空の灯りのみが照らすなかを威風堂々といった様子で歩み、奥に座する光、そして睦姫。傍に控える紅蓮の視線がその人影を捉えたと同時に、人影は身を翻し、膝を折り、その場で恭しく跪き、一礼する。

 

「帝、睦姫様、紅蓮将軍――フリージア・K・シルバリア、ただ今戻りました」

 

低い口調でそう告げる人影は頭を垂れ、敬意を表するように一礼する。

 

漆黒のなかに微かに混じるこげ茶の色彩を持つ髪を三つ編みに束ね、その姿はフリルのついたドレス姿。それは俗に言う給士――メイド服と呼ばれるものであった。

 

場に似つかわしくない出で立ちの女性だが、光を含め誰も気に咎めた様子はない。異端な姿ながら、フリージアと名乗った女性には隙というものがまったくないような――ピリピリするような雰囲気さえ漂っている。

 

一礼し、顔を上げたフリージアに反応するように、天井部に映る夜空に僅かに雲に覆われていた月が姿を見せ、月光を差し込ませる。

 

陰に覆われていた顔の輪郭が映し出される。フリージアの顔には、その瞳を完全に隠すように大きな眼鏡がかけられており、その顔をハッキリと確認することはできない。レンズの奥に隠された瞳が光を捉える。

 

「うむ、御苦労だった。それで――」

 

言葉少なず労うと、光はその先を促し、フリージアも頷く。

 

「明石天文台の方で確認が取れました。僅かずつではありますが、間違いなく――地球への引力圏内へと接近しつつあるそうです」

 

どこか苦味のある口調で述べられた言葉に、光は驚愕と苦悶を半々といった感じで表情を顰める。

 

「――災い再び、じゃな。この世界は、余程天命に好かれていると見える」

 

睦月は表情を変えず、皮肉るように紡ぎながらも、その声色はどこか暗い。

 

「睦姫――君には、この状況も予見できていたのではないのか?」

 

「わしの力は決して万能ではない。所詮は無限に分岐する可能性の一つでしかない。じゃが、その中でも最悪の分岐に迷い込んでしまったようじゃが」

 

軽く息を吐き、表情を俯かせて口を噤み、光も確かに睦姫を責めても仕方ないと思考を切り替え、紅蓮を見やる。

 

「紅蓮、宇宙で活動中の部隊を呼び戻すことは可能か?」

 

「残念ながら…彼らは既に発動された作戦行動中のため、現在連絡は不可となっております」

 

打てば響かんばかりに間髪入れず返ってきた紅蓮の返答に、光は表情をますます苦悩に染める。

 

「帝――」

 

「紅蓮、すぐに沿岸部及び国民に対しレベル4の避難勧告を発令。佐渡島方面に展開中の部隊にも連絡を」

 

苦悩を滲ませていた表情が一瞬の内に決然としたものに変わり、顔を上げた光がそう告げると、紅蓮は頷いた。

 

「畏まりました。すぐさま――」

 

一礼し、紅蓮は身を翻し、謁見の間を後にする。その背中を見送ると、光は立ち上がり、再び間の中央に佇み、星空を見上げる。

 

「世界は所詮、単純なものではない――そうそう変わるものではない、か」

 

肩を竦め、まるで嘲笑わんばかりに口元を歪める。

 

「変革は確かに齎された…だが、所詮それは泡沫のもの。滅え逝くだけのもの――」

 

その様を、睦姫とフリージアは無言で窺い、光はその端正な顔を僅かばかり強張らせ、視線を細めた。

 

「嵐の前の静けさ――か」

 

ポツリと漏らし、光の視線を追い――フリージアもまた星空を見上げ、同じように視線を細める。

 

盲目の身である睦姫には、二人が凝視するものは窺い知れない。だが、それでも口を噤み、表情を静かに強張らせる。

 

「堕ちし天使――そして…翔する堕天使。果たして、その結果は如何ほどのものか」

 

睦姫は独り言のように告げ、その顎を引き、身を縮める。

 

彼らが見上げる先――星空の奥に靄のように見える影―――

 

それは…世界を新たな運命の嵐へと誘う――鐘の音であった……――――

 

 

 

 

 

 

 

機動戦士ガンダムSEED ETERNAL SPIRITS

 

PHASE-13  ターゲットはジェネシスα

 

 

 

 

 

 

 

宇宙に四散するデブリ帯のなかで停泊するグレイの戦艦:ミネルバ。

 

先のガーティ・ルーとの戦闘で大きく傷ついた艦は、船体の至るところに大きな傷跡を残している。そんな船体に数十名の整備士が取り付き、機体の修復を行っている。

 

だが、こんな場所ではせいぜい応急処置がいいところだろう。彼らもまさか進水式も得ずにこのような損傷を受けるとは夢にも思わなかっただろう。

 

今現在、主に忙しいのは整備班と艦の首脳部くらいだろう。その他のクルー達は暫しの休息を取っていた。今回が初陣となる兵士も少なく、どこか憔悴した面持ちでいる。

 

そんな彼らを一瞥しながら歩みを進めるマコト。その後ろにはメイリンの姿もある。

 

「すいません、無理言って」

 

「あ、いえ…艦長の許可も出てますし」

 

謝罪するマコトにメイリンは頭を振る。だが、すぐさま表情を顰め、口を尖らせる。

 

「でも、次からは勝手に部屋から出ないでくださいね」

 

指差すように視線で指されたマコトは、バツが悪そうに引き攣る。

 

前回の戦闘終了時に、ついフラフラと部屋を抜け出し、艦内を彷徨ったかと思っていたマコトだったが、思ったより離れておらず、メイリンがすぐさま見つけ出した。

 

まあ、艦内の構造を知らないマコトが迷ったのもあったかもしれないが、メイリンが発見したのも僥倖だったかもしれない。これが他の兵士なら拘束もありえたかもしれないのだ。

 

そして、アレから既に半日が経過し、マコトもようやく落ち着いたのか、メイリンに収容されたセレスティの様子を見たいと頼み、メイリンもタリアにそれを進言すると、タリアは例によっていい顔はしなかったが、デュランダルが間に入り、渋々応じた。

 

それを伝えると、あっさりと通ったことに訝しげにはなったが、それ程深く考えず、メイリンが同行という条件で彼らは格納庫へと向かっていた。

 

(でもなんで私なんだろ――?)

 

向かう最中で、メイリンがふと疑問に思い、自問した。

 

マコトの艦内での行動に辺り、随員をつけるになったのだが、何故かその仕事にメイリンが任された。

 

そこが腑に落ちない。随員なら、シン辺りが適しているだろうが、他にもルナマリアやレイなど、適員はいるだろうに。

 

実際には、艦の修理中の今、メイリンは仕事が無い。

 

反面、パイロット達は先の戦闘時における反省や、今後の対応など、課題もあるため、マコトと同年代ということを合わせてメイリンが任されたのだが、当のメイリンも深く悩まず受け入れている。

 

なんとなく、隣を歩くマコトの顔を見やる。そこには、以前見せた陰りがない。思えば、あのように同年代の異性の醜態というには言葉が悪いが、見たのは初めてだったために気に掛かっているだけなのかもしれない。

 

自身にそう納得づけると、二人はエレベーターに乗り込み、艦中枢の格納庫に到着する。

 

本来なら、ここも機密に部類するが、デュランダルの寛大な処置にはメイリンだけでなくマコトも尻込みする思いだった。

 

格納庫に到着すると、そこは喧騒に包まれていた。先の戦闘で被弾したインパルスやセイバーの修理に合わせて、ミネルバの修復作業と整備班は眼も回るような忙しさだった。

 

中央のハンガーでは、右腕を喪ったセイバーが予備の腕の接続作業が行われ、インパルスに至っては使用していたチェスト、レッグともにフレームが使い物にならなくなるほどのダメージを受けており、もはや破棄が決定していた。

 

そんなピリピリした空気に圧倒されるなか、思わずエレベーター前で立ち尽くしていた二人に気づいたヨウランが声を掛けてきた。

 

「あれ、お前ら何やってんだよ?」

 

工具とレポートを手に跳び寄ってきたヨウランが無遠慮に声を掛けると、ややぎこちなく応じる。

 

「あ、ああ――俺の機体、少し気になって」

 

「お前の? ああ、アレね。ハンガーの一番奥に固定してあるよ。御覧の通りなもんでね――」

 

やや疲労を滲ませながら肩を竦め、首を振って促す先を見やると、ハンガーの一番奥の区画に固定されるセレスティ。その隣には見慣れぬMSが固定されている。

 

「ま、最低限の処置としてエネルギーだけは抜かせてもらってる。主任には俺の方から言っておくよ、じゃあな」

 

作業を行うヴィーノに呼ばれ、ヨウランは手を振って離れていく。それを見送ると、マコトはセレスティに向かって跳ぶ。メイリンもその後を追った。

 

近づくにつれて喧騒は遠くなる。今、民間機の処置に回るほどの余裕はないのだろう。

 

マコトにしても、機体の状態を確認しておきたかったのだ。メイリンの話によれば、アーモリー・ワンから迎えの艦がこちらに向かっているとのことなので、それに乗船させてもらえることになっている。

 

だが、それでも数日の日数が掛かり、その間塞ぎ込んでばかりいては暗くなるばかりだったので、少しでも気を紛らわせたく、こうして無理を言ってきたのだ。

 

クローラーに固定されたセレスティは収容された時のまま――マコトの眼は、自然にセレスティの腹部、コックピットハッチへと向けられる。

 

開かれたハッチの装甲付近に黒々と付着したもの――それが何であるかは、嫌でも察せられた。だが、それでも眼を背けまいとその黒く凝結したものに触れ、己の内に刻み付けるように握り締める。

 

頭を俯かせ、握る手が震える。まだ悪寒が消えない――気を抜けば、吐いてしまいそうな気持ち悪さが奥から沸き上がってくる。それを必死で抑え込む。

 

どれ程そうしていたのか――コックピット付近で黙り込むマコトを、怪訝そうに見上げていたメイリンだったが、やがて顔を上げ、両頬を手で叩く。

 

甲高い音が微かに響き、それは掻き消える。頬が赤くなるほどの力で叩きつけたマコトはコックピットに潜り込み、携帯していた愛用の工具箱を取り出し、そのまま無重力のなかを上昇し、肩の付近に上る。

 

そして、先の戦闘で受けたダメージを確認しようとしていたが、そこで奇妙な違和感に気づいた。

 

「傷が――」

 

あの時――NダガーNによって受けたビームの傷跡が、僅かながら修復されていた。ヨウランの話では、収容されてからメンテはまったく行っていなかったはずだ。なのにどうして――自分の勘違いかと思い、思考のなかに沈み、身を委ねていると、背中に軽い衝撃を受け、ハッと我に返った。

 

「あ、す、すいません!」

 

誰かとぶつかったのか、慌てて振り返って頭を下げると、そのぶつかった相手も同じように頭を下げた。

 

「こ、こっちこそすいません、よそ見してて――」

 

顔を上げて見ると、そこには蒼穹の髪を靡かせる人物。整備士の服を着ていることから、整備員なのだろうかとマコトは思い、またその姿に暫し見惚れた。

 

「申し訳ありません、見ず知らずの女性に失礼をして――」

 

そこまで言ったところで、相手はかけていた眼鏡が微かにずれ落ち、肩を落とす。

 

「僕、男です」

 

眼前の相手、刹那がそう漏らした瞬間、マコトは声にならない絶叫を上げた。心底驚いたという表情を浮かべるマコトに、刹那はいつものことですからと首を振った。貌に哀愁を刻んではいたが。

 

暫し、場はフリーズしていたが、やがて気を取り直し、互いに自己紹介を行った。

 

「日本の――?」

 

「はい…まあ、成り行きでこうなってしまったんですが」

 

刹那の所属を聞き、思わずオウム返しで呟く。刹那も苦笑いを浮かべながら相槌を打つ。どうにも互いにやむを得ぬ状況でこの艦に乗艦しただけに、共感できるものがあったかもしれない。

 

「へぇ…じゃあ、アレが日本の?」

 

刹那の背後――セレスティの隣に固定されている吹雪を見やる。旧連合やザフト系列とはまた一線を画したその機体形状に、興味津々に見入る。

 

「ええ。貴方の機体も、見なれないものですね――?」

 

刹那の方もセレスティを同じように見やる。機体形状的には、民間に出回っている量産型機とは明らかにフレームが違う。民間のMSを保有する機関や個人は、この2年の間でかなり拡がりを見せてはいる。

 

なかには独特のMSも存在するが、それでも民間では一から機体を造り上げるのはほぼ不可能なため、出回っている第一世代型のMSのフレームを基に独自の改装を施す傾向が強いのだが、このセレスティという機体はフレームの形状からして違う。

 

「まあ、そのいろいろと理由があって――それより、早いとこ整備しなきゃならないんで」

 

流石に話せない内容なため、早々に打ち切り、マコトはセレスティの整備を行おうと向き直る。

 

「よろしければ手伝いましょうか? 僕の方は終わってるので――」

 

「いいんですか?」

 

「ええ、構いませんよ」

 

「じゃあお願いします」

 

別段、この機体はマコトの個人所有のもの。特に機密を擁する訳でもないため、効率を重視し、刹那の手伝いに相槌を打ち、マコトは被弾を受けた装甲の損害チェックを頼み、その足で足元のコンソールパネルへと向かう。

 

それを見送ると、刹那はマコトが指し示した被弾箇所に跳び、張り付くと同時にその装甲面を確認し、手元の端末で装甲の状態を確認する。

 

装甲を構成する素材データが表示され、それを確認した瞬間、刹那は息を呑み、眼を瞬いた。

 

(これは――ルナチタニウムっ!?)

 

声を押し殺し、言葉が口のなかで反芻する。自分の勘違いかと思い、今一度再確認するも、表示されるデータにエラーはない。

 

(どうしてこれが――それに、傷がほとんど修復されている?)

 

困惑しながら被弾箇所を手でなぞり、思考に耽っていると、背中に声が掛かった。

 

「どうですかっ?」

 

大声で呼ぶマコトに刹那はハッと我に返り、思わず端末を閉じ、慌てて応じる。

 

「あ、はい…そんなに酷くないです、すぐに修理可能ですよ」

 

上擦った声で応じるも、顔が見えなかったのが幸いだったのか、マコトは懸念もなく作業に戻り、刹那は再び顔を隠すように今一度セレスティを一瞥する。

 

(この機体…XX計画と何か関係が――?)

 

思考の深みに入っても答は出ず、刹那は厳しげな表情のままセレスティを睨むように凝視したが、やがてデータを端末に入力すると、下方からの操作で降りてきた作業アームをよけるように離れた。

 

クローラーに備わったレーザーアームが動き、装甲の歪みに向けて放たれ、被弾箇所の溶接作業を行い、歪みを修復していく。

 

その作業のコンソールとアームカメラで確認しながら、マコトはコンソールに全体図を表示させ、コックピットと回線を繋ぐ。

 

表示されるシルエット図とOSにセットアップされたデータを確認しつつ、マコトは作業を行っていたが、その作業を所在無さ気に見詰めていたメイリンは、表示されているデータが眼に留まり、思わず声を上げた。

 

「あ、ちょっと待って」

 

「え?」

 

唐突に声を掛けられ、思わず作業を中断し、振り返るより早くメイリンがマコトの隣に割り込み、コンソールキーを叩く。

 

「ここ…少し数値がおかしいですよ。これじゃ、右腕の反応に遅れが出ちゃいます」

 

画面の数字値を指し、そう呟くもマコトは頭を捻る。そんなマコトを他所にメイリンはキーを叩き、数字を変更し、プログラムを変更していく。

 

「ここはこうして――こうすれば、と」

 

満足気に笑い、データを再構築し、アップロードする。すると、データが最適化され、機体の反応値が最適なものに変化する。

 

「これでいいですよ。これで、少しは動きもよくなります」

 

データの不備を確認しつつ、メイリンは答える。オペレート業務もさることながら、メイリンはこうしたプログラム関係に関しても秀でた能力を持っていた。

 

姉であるルナマリア達のザクのデータも時折見せてもらっていたため、僅かな数値の不備も見抜けた。

 

元々、セレスティのOSに関してはマコトもノータッチに近かった。一応、レイスタ時に使用していたデータを入力はしたが、互換性もない機体同士のOSではそううまく適合するものでもなく、機体の動きに操縦がついていかないこともあった。

 

「凄いんだな、君」

 

素直にそう評すると、メイリンは頬を軽く染めた。

 

「え、そ、そんなことないですよ」

 

あまり褒められることに慣れていないのか、メイリンは上擦った口調で被りを振るも、マコトは首を振る。

 

「いや、ホントだって」

 

機械関係には強いが、こういったプログラミングに関してはどこか苦手意識のあるマコトにしてみれば、メイリンの技術には感嘆ものだ。コーディネイターであるから、こうした面に秀でているのはある意味は当然かもしれないが、マコトは素直にメイリンを称賛した。

 

「じゃあさ、悪いんだけど…もう少し見てくれないかな? こいつのOSで変なとこないか――」

 

なにか、図々しい気がしないでもないが、当のメイリンは称賛された嬉しさか、嬉々として頷いた。

 

その作業を後ろから見詰めながら、マコトはやや難しげな表情でセレスティを見上げる。脳裏に過ぎるのは、先のアーモリー・ワンでの件。謎のMSとの戦闘で突如発動したセレスティの自律起動。アレはいったい何なのだろうか。

 

そして、MSの爆発をほぼ至近距離で受けたはずのセレスティのこの装甲の頑丈さ。今までさして気にも留めなかったが、よくよく考えてみればこの機体もどこか得体の知れない部分を抱えている。

 

クローラーに固定されるセレスティの頭部を見上げると、陰に覆われた頭部の奥で輝く蒼穹の瞳が不気味に映り、マコトは背中に薄ら寒いものを憶える。

 

「あの…どうかしたんですか?」

 

怖い顔で機体を見上げているマコトに気づき、メイリンが声を掛けると、眼を瞬き、被りを振る。

 

「いや、なんでもないよ」

 

曖昧な返事だが、メイリンもそれ以上追及せず、マコトは手で頬を叩き、気を取り直すと、今はできることをすべく作業を再開した。

 

 

 

 

 

静寂を保つミネルバを遠巻きに監視するようにデブリのなかに紛れるように佇む影。

 

そのコックピットは暗闇に包まれ、唯一光が差し込むモニターには、ミネルバが映し出されている。それを凝視する人影だったが、その姿は闇に包まれて窺うことはできないが、突如顔を上げた。

 

「――了解。監視対象変更、ステルスシェード展開」

 

機械のような抑揚のない声色で呟き、陰の装甲の一部が開き、そこから粒子が吐き出されると同時に陰は大きく動き出す。

 

「NEXT MISSION確認。目標、L3。コードネーム、サタン――了解」

 

流れるように一つのミスもないと思わせる動作で、影はミネルバから離れていく。デブリの奥へと消えていく影を、ミネルバは捉えることはなかった。

 

まるで…初めから何も存在しなかったかのごとく――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ミネルバがデブリ帯での修理に追われるなか――アーモリー・ワンを発ったジェスとカイトは、ユンによってジャンク屋組合の宇宙本部:ジェネシスαへと向かっていた。

 

ユンの操縦する輸送船の客室で、カイトはアイマスクをつけて休眠を取っているが、ジェスは浮かない表情のまま、手元のカメラを見入っている。

 

マティアスからの依頼を受け、アーモリー・ワンにてザフトの最新鋭型MSであるセカンドステージの取材を終えようとしていたまさにその瞬間に起こった強奪事件。セカンドステージ3機の強奪と戦闘。

 

(そして、俺はコイツを見た――)

 

カメラの記録メモリーを呼び出し、一番新しいデータを画面に表示する。

 

そこには、一体のMSの姿が映し出されている。アウトフレームのほぼ直前に存在していた謎の機体――だが、あの時センサーやレーダー等にその反応は捉えられなかった。

 

まるで、悪夢のなかの存在だとでもいうような生気を感じさせない無機質な冷たさを憶えた。

 

だが、そのMSは何をする訳でもなくジェスの前から去った。

 

顰めたまま、ジェスはカメラを強く握り締め、嫌な汗が頬をつたう。その時、船内アナウンスが客室に響いた。

 

《もうすぐ到着ですよ~~》

 

のんびりとした口調で響くユンの声に、ジェスはようやく思考の海から引き戻され、その声にカイトも身をよじりながら反応する。

 

「ようやく到着か」

 

欠伸を噛み殺すように屈伸を行い、ジェスも窓を見やる。窓には、徐々に接近する大きなお椀のような出で立ちを持つ建造物が映ってくる。

 

銀色の金属の独特の輝きを持つそれは、かつてザフト軍が第2次ヤキン・ドゥーエ攻防戦において使用したγ線レーザー発射装置:ジェネシスのプロトタイプ。現ジャンク屋組合宇宙本部である『ジェネシスα』であった。

 

先の大戦中、ここはザフト軍の擁するファクトリーであった。

 

だが、戦闘によってザフト軍は撤退し、その後ジャンク屋組合によって擁され、戦後のドサクサに紛れてここを宇宙での活動拠点とした。民間には知られていないことも幸いしてか、プラント評議会も余計な薮蛇を拒み、結局そのままにされた。

 

無論、世間に露呈されれば、すぐさまジャンク屋組合がスケープゴートにされるだろうが――

 

そんな危うい場所だからこそ、ジャンク屋組合の本部には相応しいのかもしれない。ジェネシスα周辺にはソーラ発電用のパネルが犇めき、また無数の作業艦やMSが飛び交っている。

 

そして、本体の後部には、巨大な宇宙ステーション。輸送船は真っ直ぐにそこへ向かい、ステーションからの誘導ビーコンに従い、港へと進入していく。ドックに係留され、固定されると同時にジェスとカイトはユンの先導で、ジェネシスα内に降り立つ。

 

二人ともここを訪れるのは初めてなだけに、やや緊張を隠せない。やがて、一行はファクトリー内に入る。

 

そこには、ジャンク屋組合のライセンスMSであるレイスタが何十機とクローラーに並び、製造されている。元々はファクトリーだけに、生産設備も大掛かりだ。

 

その様を横目に圧倒されながら進んでいると、やがて彼らの前方に一人の人物が現れる。

 

「ようこそ、ジェネシスαへ」

 

歓迎の意を表わすように声を掛けるスーツ姿の男。その顔を視認し、ジェスは表情を和らげる。

 

「あんたは、リーアム代表。ここへ来てたのか」

 

その男は、かつてロウ・ギュールと共にジャンク屋活動を行っていたリーアム=・ーフィールドだった。今では組合の重職に就き、組合を切り盛りしている。

 

変わらぬ笑みを浮かべ、肩を落とす。

 

「お久しぶりです、ジェスさん。マディガンさんもよくいらっしゃいました」

 

何度か取材で会ったことがあるだけに、交わされる言葉もどこか親しい。ジェスも気兼ねなく応じる。

 

「どうも」

 

「ああ、世話になる」

 

「ええ、8もお元気そうで」

 

ニコリと会釈し、ジェスが持つ8にも挨拶し、それに反応し、8も嬉しげに文字を表示する。

 

「アーモリー・ワンが襲撃を受けた件は聞いております。ともかく、皆さんが御無事でなによりです」

 

やや表情を顰め、そう呟く。

 

アーモリー・ワンで起こった事件は既に彼の耳にも届く結果となっていた。そして、ジャンク屋組合の代表として送り出しただけに、その無事に喜びも大きい。

 

「その後の状況はどうなって?」

 

ジェスが気に掛かるのはやはりアーモリー・ワンでの一件。それを察し、リーアムも頷きながら先へ促す。

 

「取り敢えず管理センターの方へ――お話はそちらで」

 

ファクトリーを後にし、一行はステーションの中央管制室へと向かう。

 

「貴方方と一緒にアーモリー・ワンに向かわれたマコト・ノイアールディですが、無事が確認できました。現在、強奪部隊を追撃中のミネルバに乗艦しているとのことです」

 

一番気に掛かっていたマコトの無事に喜んだのも束の間、その所在に驚愕する。

 

「なんで、ミネルバなんかに――?」

 

「詳しくは分かりませんが――」

 

言葉を濁すリーアムに、口を噤む。あまり安心できるという点では不安が残るが、一応の無事を知り、取り敢えずは落ち着く。

 

「彼らは、後でこちらに送るそうです。それと、貴方方がこちらに来ることはプラント政府も了承済みです。まあ、元々はジャンク屋組合の視察団員扱いですからね」

 

「普通ならアーモリー・ワンで拘束されている。そいつのお陰だな」

 

カイトが不遜な態度でジェスの首にぶら下がるPASSを指差す。ジャンク屋組合という大きな組織がバックについたPASS。さしものプラント政府もそれを迂闊にはできなかった。

 

現に、ジェス以外のジャーナリスト達は未だにアーモリー・ワンでの身元確認のため、拘束を余儀なくされている。

 

「成る程――」

 

感心した面持ちでPASSを持ち上げ、何か腑に落ちないものをジェスは憶える。

 

(このPASSを用意したマティアスは、こんな事件が起こることまで見越して――?)

 

ただの取材なら、いつもは依頼だけで来るはずが、今回に限っては特別な立場のPASSを用意した。最初は、フリーであるジェスのためかと思ったが、改めて考えてみるとなにか手回しが良すぎる気がする。

 

(まさかな)

 

そこまで考えて首を振った。いくらマティアスとはいえ、そこまで知っていたはずがないと思考を打ち切る。そして、リーアムから掛けられた声にジェスは顔を上げる。

 

「それと、新型機に関する取材内容は、許可があるまで発表しないようにとのことです」

 

「あ…はい」

 

その言葉には、流石に表情が顰まる。ジャーナリストにとって、せっかく得た取材内容を公表できないというのは苦痛だ。特にジェスのようなフリーには。

 

だが、それも仕方がないことだ。下手なことをすれば、自身の身も危うくなるうえ、バックについてくれているジャンク屋組合にまで迷惑をかけかねない。

 

自身を無理矢理納得させると、後方を進むユンが不安気な様子で漏らす。

 

「これからどうなっちゃうんでしょうねぇ、また戦争になっちゃうのでしょうか――」

 

いつもののんびりとした口調ではなく、どこか震えるような暗い声――ユンは元々、オーブのモルゲンレーテに所属していた技術者だが、前大戦時のオーブ攻防戦においてオノゴノ島に取り残されたところを、処理に訪れた当時のジャンク屋組合に救助され、そのまま身を寄せることになった。

 

そんな彼女だからこそ、不安も大きいのだろう。問われたジェスは、どう答えるべきか迷い、言葉を濁す。

 

「それは――」

 

「たとえ戦争になっても関係ない。戦いたければ戦い、逃げたければ逃げればいい」

 

複雑な面持ちのジェスを遮り、カイトは無骨な貌で静かに呟いた。戦争になれば、結局のところそれしかないのだ。戦うか、逃げるか――その二択しかない。

 

「そうですね。もし戦争になったとしても、我々は自分にできることを精一杯やる――その姿勢を貫きましょう」

 

相槌を打ち、そして自身の信念を表するように、リーアムは力強い面持ちでそう呟いた。その決意の程を垣間見たジェスも強く頷き返した。

 

「ああ!」

 

そして、一同は通路を抜け、ステーションの中央管理センターに到着し、ドアが開かれ、リーアムが促す。

 

「こちらが管理センターです。そして、彼女がプロフェッサーです」

 

リーアムが指差した先――管制室の中央コンソールに面したシートに着く人物が振り向きもせず、手を挙げて応じる。

 

「はぁ~い」

 

どこか軽薄な女性の声に、ジェスは身を乗り出す。

 

「あの女がプロフェッサー?」

 

顔を確かめようと近づくと、愉しげな様子でコンソールを叩く眼鏡をかけた妙齢の女性。リーアムと同じく、ロウ・ギュールの仲間の一人であった、『プロフェッサー』と名乗る名称不明の人物。彼女も戦後はリーアムと共にジャンク屋組合の重職に就き、こうしてジェネシスαの運用を任されている。

 

「ちょっと、面白いことになってきたわね」

 

流れるようにキーを叩きながら口元を薄く歪める。その様子は後ろからでは確認できなかったが、ジェスはハッと気づき、声を荒げる。

 

「強奪事件に何か動きが?」

 

「い~え、そっちの方はまだ追いかけっこが続いているみたい」

 

制するように呟く。無論、リアルタイムでの情報ではないが、手に入れた最新の情報によれば、セカンドステージ3機を強奪した部隊の母艦はデブリ帯に姿を晦まし、追撃に出たミネルバも損傷のため、足止めを余儀なくされているらしい。

 

ミネルバの無事にジェスがホッとしたのも束の間、プロフェッサーは僅かに息を零す。

 

「それより――もっと気になる情報がプラントから入ったわ」

 

「何ですか?」

 

「デブリ海のユニウスセブン――動いているわね」

 

眼鏡の奥でどこか鋭い眼光を浮かべて発された内容は、一同の予想を大きく裏切る内容だった。そして、そのあまりの内容に驚愕する。

 

「動き出したのはΩの方ね」

 

前大戦の引き金にもなったユニウスセブンの悲劇。二つに割れた砂時計はそれぞれデブリベルトに流れ、その片割れ:ユニウスαは前大戦の最終決戦の舞台にもなり、熾烈な戦闘が行われ、最後には軌道修正し、安定軌道に戻った。だが、それぞれが正反対の軌道にのり、地球を挟んで対極の位置にのり、デブリベルトを周回していた。

 

「そんな、Ωは安定軌道にあるはずじゃ」

 

「我々ジャンク屋組合もその作業には参加しています。すぐに仲間を派遣して調査させましょう」

 

Ωの軌道修正を行ったのは、リーアム達ジャンク屋が前大戦中にプラントからの依頼を受けて行い、確認した。そして、あれは千年単位での軌道にのせたはずだ。厳しげな面持ちで告げるリーアムの先を奪うようにプロフェッサーはニヤリと笑う。

 

「もうポーシャのチームを送ったわ」

 

【相変ワラズ、素早イナ】

 

機械音とともにそう表示する8に気づき、鼻を鳴らす。

 

「あら8、まだ分解されてなかったのね?」

 

コツンと本体を叩くと、憮然としたかのような雑音を響かせる。だが、意にも返さずプロフェッサーはモニターに表示される地球を中心としたデブリベルトの見取り図を見やりながら、ユニウスΩの移動速度を算出する。

 

「アレは人為的に動かされてる節があるわね。ユニウスΩの周りに、磁場の異常が見られるのよね~~」

 

動揺の素振りさえ見せず、髪をクシャッと掻き上げる。ユニウスΩの地球へと向かう速度が異常すぎる。自然的な力が加わったにしてはおかしな点が幾つもある。αの時に観測された速度と比べても遜色ない。

 

「――それって、ヤバイんじゃないか?」

 

ジェスの問いに無言で返し、初めて向き合う。

 

「ジェス、って言ったかしら、ジャーナリストさん? 他にもヤバイことがあるのよ?」

 

「え?」

 

疑問符を浮かべる一同を横にコンソールを叩くと、中央モニターの映像が切り換わり、ステーションからやや離れた位置を観測する衛星からの映像が映し出される。ぼやけた映像ながらでも、その映像に映る影は特定できた。

 

「これは!?」

 

映し出されたのは、一隻のザフト軍のナスカ級戦艦。一同はザフトかと思考を巡らせるも、それを否定するようにプロフェッサーが呟く。

 

「ジェネシスαに近づいてくるナスカ級戦艦。ザフトの認識コード出していないところを見ると――」

 

「正規軍、じゃない!」

 

直進してくるナスカ級戦艦からはIFFは発信されていないうえ、民間でこの型の艦艇が使われることはほとんどない。

 

「海賊でもなさそうだな――脱走兵ってところか」

 

眼を細めながらカイトはボソッと漏らす。

 

映像のナスカ級戦艦は、軍で使用されているものとほとんど変化がない。海賊なら、自身の存在を誇張するために手に入れた艦艇に多少の改装を施す傾向が強い。それに、海賊一隻でジェネシスαに迫るのも腑に落ちない。なら、考えられる可能性は一つ。

 

「以前取材したことがある。今のプラント政府に不満を持つ者が軍を脱走して独自に活動している――それにしても、戦艦まで持ってるなんて」

 

ジェスは知らず知らず、汗ばむ拳を握り締める。

 

そう――前大戦終結とともに、各地に散っている部隊への帰還命令が各国より発信されたが、一部の部隊がそれを良しとせず、脱走兵として行方不明となっていた。

 

戦争終結後には珍しくもないことだが、それでも部隊が所持しているMS等の兵器は危険なものに変わりはなく、その鎮圧・逮捕のためにガーディアンズがこの2年間の間にかなりの数を補足した。

 

ジェスも以前、宇宙で脱走兵取材のためにガーディアンズに同行し、自身の迂闊さから孤立してしまい、脱走兵のMSから攻撃を受けた。

 

幸いにカイトとガーディアンズによって事無きを得たが、未だに戦艦まで保有するほどの部隊が残っていたことに驚きを隠せない。

 

【ソンナ奴ラガ何ノ用ダ?】

 

「ここを占拠したいんじゃないの? 元々はザフトのものだしね」

 

決まりきっているとばかりに危険が迫っているのも意に返さず、コーヒーを啜る。だが、リーアムは表情を苦く顰める。

 

「大変です。そんな人達に使われたら、ジェネシスαは強力なレーザー砲になってしまいます――」

 

恐らく、脱走兵ならザラ派と呼ばれる大戦時のナチュラル排斥思考が強い。そして、このジェネシスαも威力の程は完成型には劣るが、真空の宇宙で使う分には強力な大量破壊兵器に違いはない。

 

もし、それが地球やコロニー向けて放たれれば――そんな恐ろしい考えを振り払うように、リーアムは警備隊への出撃を指示した。

 

 

 

 

 

 

ジェネシスαに真っ直ぐ向かってくるナスカ級戦艦からMSが発進してくる。

 

漆黒の塗装を施されたジン――ZGMF-1017M2:ジンハイマニューバ2型。宇宙空間における高機動性と近接戦を主眼においてカスタマイズされたジンのバリエーション機の一つであり、前大戦後期に数十機が特殊部隊を中心に配備された機体だ。

 

右手に保持するMMI-M636K:ビームガービンを構え、スラスターを噴かせ、黒いジンの一団がジェネシスαを目指す。

 

その接近に応じ、ステーションや周辺の艦艇からジャンク屋のレイスタが出撃する。レイスタにスラスターと武装を施しただけの警備部隊が飛び出し、それぞれの火線が飛び交う。

 

レイスタがビームライフルを放ち、ジンハイマニューバを狙撃する。ジンハイマニューバはそれを掻い潜るように回避し、真っ直ぐに迫る。装備のビームガービンが小型であり、射程距離が短いため、接近しなければならないが、彼らにとって苦にもならない。

 

距離を詰めると同時にモノアイが不気味に輝き、ビームガービンが火を噴く。放たれたビームがレイスタのボディを貫き、破壊する。

 

僚機の撃墜に動揺し、動きの鈍るレイスタにジンハイマニューバのパイロット達は軟弱と罵りながら、一切の躊躇いも憐憫も持たず、まるで虫を潰すようにビームガービンを放ち、レイスタを次々に撃墜し、一気にジェネシスαに取り付こうとする。

 

だが、接近する彼らに向けて銃弾が放たれ、その正確な射撃に思わず動きを止める。そして、視界に重装備を施された同じジンが立ち塞がる。

 

防衛に出撃したカイトのジンアサルトだった。だが、自分達の機体と同じ系列機が立ち塞がることに脱走兵達は怒りにかられ、貌に鋭い皺を浮かべる。

 

「おのれっ、我らがジンを汚すとはっ!」

 

既にザフトを離れた身でありながら、彼らの内にあるのは自らが真のザフトであるという歪んだ誇りのみ。その誇りに突き動かされるようにカイトのジンアサルトに迫る。

 

カイトは眼を細め、右手の複合ハンドガンを放ち、ジンハイマニューバを狙撃する。正確な射撃で装甲を被弾させるも、相手はまったく怯まない。

 

「くっ」

 

流石にこれ以上の接近はまずいとカイトは両肩のガトリング砲を放ち、無数の銃弾が装甲を蜂の巣のごとく撃ち抜き、ジンハイマニューバは粉々に宇宙に散る。

 

「ちっ、不愉快な――っ」

 

狂気じみた殺気を感じ、カイトは苛立つ。これだから思想に狂った連中は始末に悪いと毒づきながら、後方の機体に怒鳴る。

 

「ジェス! お前は下がってろ!」

 

後方には、同じく出撃したアウトフレームがいる。この状況ではジェスを護りながらの戦闘は難しい。

 

「しかし――!」

 

戦闘を前になんとか相手を思い留められないかと意気込んではいたものの、相手からの気迫に圧倒され、ジェスは言い淀む。だが、そんな逡巡すら無意味とばかりに突撃してくるジンハイマニューバによって、ジンアサルトが引き離される。

 

一機がビームガービンをアウトフレームに向けて放ち、ジェスは咄嗟にビームサインを展開して受け止めるも、その威力に弾かれる。

 

「うわっ」

 

体勢を崩したアウトフレームに向けてジンハイマニューバは盾を捨て、腰部のMA-M92:斬機刀を抜く。だが、ジェスもアウトフレームのバックパックから作業用のクレーンアームを展開する

 

飛び出し、伸びるクレーンアームが接近してきたジンハイマニューバの両腕を掴み、動きを止める。

 

「ぬおっ! おのれ、悪足掻きせずジェネシスを明け渡せっ!」

 

接触回線から聞こえてきた男の声にジェスは息を呑むも、怒鳴るように問い質す。

 

「お前達こそ何者だ!? 何故アレを狙う!?」

 

その問いに、愚問とばかりにジンハイマニューバのコックピットで男は歪んだ笑みを浮かべたと思った瞬間、眼が鋭く吊り上がる。

 

「降下を開始したユニウスセブンも、恐らく我らと同じ志を持つ同士が仕業!」

 

脱走した部隊は各々が各自に活動しているため、組織的な繋がりは愚か、まともな連絡手段さえ確立できていない。だがそれでも、世界のなかで息を潜め、影から虎視眈々と機会を窺っている。そして、相手の行動に敬意を評するとともに続かんと、彼らも行動を起こした。

 

「ならば、我らも動かねばならん!」

 

相手の気迫と殺気に気圧され、歯噛みしながらもジェスは気丈に問い返す。

 

「どうするつもりだ!?」

 

「知れたこと! ジェネシスで地球を灼く! 今度こそ、我らが悲願を達するために!!」

 

彼らの胸に絶えることなく猛り続けるナチュラルへの憎悪。前大戦で回避されたはずの悪夢を今度こそ実現させんと眼を見開き、強引にクレーンの拘束を振り解き、アウトフレームに迫ろうとするが、その言葉にジェスもまた怒りを憶え、声を荒げた。

 

「そんなことが赦されるものかぁぁぁっ!」

 

世界を再び混乱のなかへと導こうとする相手に対し、ジェスはアウトフレームの右腕を振り上げ、右手のガンカメラをジンハイマニューバの頭部に向けると同時に映写機から強烈な光が放たれ、相手の視界を潰すとともにカメラを機能不全に陥らせた。

 

動きの鈍ったジンハイマニューバを蹴りで弾き飛ばす。だが、敵は一機だけではない。間髪入れず別の機体が襲い掛かり、ジェスは歯噛みした。

 

 

 

 

 

 

激しい攻防が繰り広げられるジェネシスαに接近する別の艦影があった。上下に突き出したブレードと後部のエンジン。

 

エンジンを切り、推進剤のみで隠密潜行する戦艦の艦橋では、モニターに映るジェネシスαを見やる一人の青年が中央の艦長シートに座していた。歳若いが、その貌には年季を思わせる落ち着きがあり、先程から幾度となく走る火線を見やりながら、前方の操舵席に座る男に話し掛ける。

 

「艦停止、MS発進後、回頭50、敵艦の背後に回ってくれ」

 

「あいよ、了解」

 

抑揚のない冷静な声に、こちらは野太い声が返ってくる。男の操舵に合わせて動きを静止する艦。

 

「艦長、編成は?」

 

艦長シートの上部にあるCICに座する女性が問い掛けると、青年は僅かばかり悩むが、すぐさま返答する。

 

「彼女と二人に任せる。後は万が一に備えて艦の護衛に残す。二人には、アメノミハシラから預かった機体を」

 

「了解」

 

流れるように指示を出し、実行するクルー達の様子から、この艦のクルー達の錬度の高さが窺える。

 

そして、艦の中央部に備わったハッチが開放される。

 

開かれていくハッチの外から差し込む宇宙の暗闇が薄暗い発進デッキに僅かながら光を齎す。その光に浮かび上がる漆黒のボディ、そして微かに反射する金色の輝き。

 

そのMSのコックピットに、一人の人物が着き、発進シークエンスを進める。白を基調としたそのパイロットスーツ。だが、顔はヘルメットとフェイス部分を覆うバイザーに隠され、顔を窺うことはできない。

 

「火器管制ロック解除、姿勢制御スラスター異常なし、パーソナリティを移行――確認、オールシークエンス終了」

 

計器コンソールのキーを叩きながら機体を起動させる。そして、視線をモニターに移し、小さなウィンドウ画面が表示される。そこには、火線が幾条も飛び交うジェネシスαが映っている。

 

「ふむ…サハク代表の読みは正しかったようね。舞台のための掃除、ってとこか」

 

揶揄するように呟き、肩を竦める。そこへ、通信が繋がり、モニターに『SOUND ONLY』のウィンドウが開く。

 

《間もなく目標座標に到達する。編成は君と、あの二人で行く》

 

艦橋にいる艦長の青年からの声に、ああと相槌を打つ。

 

「分かっている。相手の機種は?」

 

《はっきりと特定はできなかったが、恐らくZGMF-1017系統機種の可能性が高い》

 

この位置からではMSの機種の特定は困難だが、それでもそこまで分かれば上等だ。そして、パイロットはヘルメット越しに顎を抱える。

 

(例の連中…じゃない、か。ザフトの脱走兵――なら、捕獲しても意味がないか)

 

自身の当てが外れたのか、やや落胆を内に滲ませるも、それを面には出さず、冷静に処理し、最終起動シークエンスに機体を移行させる。

 

《では頼む》

 

「ええ。ああ、それと――」

 

相手がこちらに注意を向けたと同時に、ヘルメットの下にニンマリと意地の悪い笑みを浮かべた。

 

「奥さんの今日の下着の色は黒よ。更衣室で確認したから間違いないわ」

 

その言葉に、ウィンドウの向こうで相手が盛大に噴出したのが聞こえた。通信越しのため、顔は確認できないが、今頃凄まじく狼狽しているだろうと笑みを噛み殺し、肩を震わせる。

 

《なっ、なにを――!?》

 

「ああ、心配しなくていいよ。この回線、秘匿だから」

 

怒鳴る相手に対し、あっけらかんと手を振って制する。

 

《そうじゃなくて――!》

 

「まあまあ…少しは奥さんのこと、構ってあげなさい。最近忙しかったんでしょ、これが終わったら、相手してあげなさいよ」

 

その言葉に、心当たりがあったのか、相手が黙り込むと、意得たりとばかりに鼻を鳴らす。

 

「女ってのは、いつだって待ってるものなのよ。あんまりほっぽっておくと、愛想尽かされちゃうからね」

 

《――ああ、分かった》

 

「よろしい、んじゃその為にも早いとこ終わらせましょうか」

 

身体を起こし、身構えるように背筋を伸ばす。そして、手を操縦桿へと回し、握り締める。

 

《ハッチ開放、進路クリア――発進、どうぞ》

 

CICに座る青年の妻である女性の管制を受け、パイロットは軽く笑みを浮かべる。

 

《頼んだぞ、フェアテレーゼ少佐――それと、先程の発言については作戦終了後に提督に報告しておく》

 

「げっ、横暴」

 

さらりと呟かれた言葉に先程までの笑みが崩れ、引き攣る。その反応に仕返しができたとばかりに相手も画面向こうで笑みを浮かべた。

 

《では、健闘を祈る》

 

まるで無情に通信が切れ、盛大に溜め息を零し、落胆する。

 

「あちゃ~ちょーっと調子に乗りすぎちゃったかな――くぅぅこの怒り、相手にぶつけてやるぅぅ」

 

なにか、非常に八つ当たりのような愚痴を零し、電磁パネルが発進を告げると、キッと前方を見据える。

 

「マイ・フェアテレーゼ、MBF-P01、出るっ」

 

操縦桿を引き、ペダルを踏み込む。機体のバックバーニアが唸りを上げ、機体を浮かび上がらせると同時にケーブルがパージされ、レバーを引いた。

 

刹那、スラスターが粒子を噴出し、戦艦から一体漆黒と金色のMSが飛び出し、狂気渦巻く戦場へ向けて加速した。

 

「ミラージュコロイド、起動。粒子散布」

 

機体の一部のハッチがスライドし、そこから光の粒子が飛び出し、機体を覆っていく。それらが機体全体に拡がるとともに、機体の輪郭がぼやけ、その装甲を霞みのように周囲に霧散させていく。

 

「さて…いくよ、マイ」

 

一瞬視線を隠したが、次の瞬間には先程までの軽薄さは消え、その眼光にはどこか冷たげな鋭さが宿る。やがて、その姿を完全に宇宙へと紛れ込ませ、静寂が満ちた。

 

 

 

 

 

 

 

戦況は不利の一言に尽きた。

 

装備の差、パイロットの錬度、機体性能――挙げればキリがないほど、不利な要素ばかり目立つ。唯一のアドバンテージたる数も圧倒的ではなく、何の意味も成さない。

 

所詮は軍人と民間の警備会社のパイロットでは、比べるのもおこがましい。

 

ステーションの管制室で戦況を見守る一同のなかで、プロフェッサーは芳しくない状況に頬杖をつきながら溜め息を漏らす。

 

「大分押されているようね――どうする? 解体待ちのアレ、使っちゃう?」

 

「いえ、しかしそれは――」

 

カイトのジンアサルトが奮戦してはいるが、多勢に無勢。このままでは制圧は時間の問題だろう。状況打開策を呈示するも、リーアムは難色を示す。

 

プロフェッサーが指すアレは、確かにこの状況を打開するには最適かもしれないが、肝心扱えるパイロットが今はいない。

 

八方塞の現状に考え込むリーアムに、周辺の索敵を行っていたユンが声を掛けた。

 

「代表~~エリアE707からMSが接近中ですぅ~~」

 

泣きそうな顔で告げるユンにリーアムは息を呑むも、すぐさま動揺を押し殺し、IFFを確認させる。

 

「所属は!?」

 

「組合でもザフトでも連合でも登録のあるどの国家群でもないようですぅ。登録されている傭兵さんでもないようですぅ」

 

接近してきているMSのIFF反応はなし。機体反応から、こちらで把握している傭兵とも違う。

 

この後に及んで援軍――もしくは新しい勢力だろうか。どちらにしろ、状況はより最悪の方に傾いている。

 

「敵の援軍だとしたら、こちらに勝ち目はないですね」

 

「どうしましょう~~」

 

どこか覚悟を決めたかのように決然とするリーアムとは対照的に悲壮を隠そうともせず、泣くユン。それに対し、プロフェッサーは眉が微かに顰まり、視線が細まる。

 

「まさかね――」

 

その呟きは、誰にも聞こえず――プロフェッサーは、後に自分の勘と悪運に悪態を衝いた。

 

 

 

 

 

既に防衛線は瓦解しかけていた。レイスタはもはや烏合の衆と化し、まともに動ける機体はほとんどない。

 

狭めるように襲い掛かるジンハイマニューバに対し、カイトのジンアサルトは奮戦していたが、重装備が枷となっていた。高機動型の敵機に対し、相性は最悪だ。一撃離脱を仕掛けるジンハイマニューバに対し、カイトは舌打ちし、装甲をパージした。

 

一斉に周囲に弾け飛ぶアサルトシュラウド装甲。それらが激突し、体勢を崩すジンハイマニューバに向けて一気に肉縛し、手持ちのハンドガンを突き付け、先端のナイフが装甲を突き破り、その隙間に向けて銃弾が放たれ、ボディを吹き飛ばし、爆発に消える。

 

その爆発を一瞥する間もなく、別の機体が斬機刀を振り被り、斬り掛かる。斬撃をハンドガンのナイフで受け止めるも、カイトは歯噛みする。

 

「くそっ、こう数が多くてはっ」

 

いくらプロフェッショナルと自称するカイトといえども、数の差はそうそう覆せない。敵の腕も脱走兵ながら古参らしくベテラン揃いだ。このままでは消耗するばかりだ。

 

「こうしている間にも、ユニウスΩが落ちる!」

 

被弾したレイスタを庇うようにビームサインを拡げ、ビームを防ぐアウトフレーム。ジェスも状況がどんどん悪い方向へ追い込まれていることに焦る。

 

その時、手元の8が何かを捉えた。

 

【ミラージュコロイドデテクターニ反応アリ!】

 

その文字にジェスが一瞬眼を瞬いた瞬間――ビームガービンを構えていたジンハイマニューバ2機は、突如後方から襲い掛かったワイヤーに機体を絡め取られる。虚空から伸びるワイヤーが引かれ、2機は彼方へと放り飛ばされる。

 

その光景に呆気に取られるジェスの前で、宇宙空間の一画が歪み、そこから何かが浮かび上がってきた。

 

徐々に輪郭を帯び、機体を覆う粒子が霧散し、その装甲を色づかせていく。漆黒の装甲の内側に映える金色のフレーム。巨大な黒い蝙蝠のような翼を拡げ、現れた機体はライトブルーのカメラアイを輝かせる。

 

呆然と見入るジェスとジンハイマニューバを弾き飛ばし、その機体を眼にし、覚えがあった形状にカイトは呟いた。

 

「知っているぞ、その機体――アストレイ、ゴールドフレーム。オーブの軍神、サハク家の機体――っ!」

 

禍々しさと神々しさが融合したかのような姿を持つその機体こそ、オーブの軍神と名高いロンド・ミナ・サハクの愛機、MBF-P01-Re2:アストレイゴールドフレーム天ミナ。

 

「ゴールド…フレーム――」

 

ジェスも思わずその名を呼ぶ。だが、ロンド・ミナ・サハクと言えば、オーブの代表。その代表が何故ここに――と疑念を巡らせるなか、ゴールドフレーム天が向き直り、通信を繋げてきた。

 

「そこの機体――無事なようね。なら、後は私達がやる。そこでジッとしてなさい」

 

聞こえてきたのは女の声。だが、問おうとするより早く、ゴールドフレーム天は加速し、ジンハイマニューバに向かっていった。

 

突如出現した見慣れぬ敵機に困惑するも、彼らもすぐさま衝撃から立ち直り、ビームガービンで狙撃するも、ゴールドフレーム天を駆るマイは、右腕のトリケロス改を掲げ、ビームを防ぐ。

 

ビームが拡散し、そのまま距離を詰めるとともに腰部のトツカノツルギを抜き、振り上げる。接近戦を臨まれたことに相手も斬機刀を抜いて振り上げ、実剣が交錯し、甲高い交差音が木霊する。金属の磨り減るような音が聞こえるはずもない宇宙に響くなか、ゴールドフレーム天は持ち手を変え、相手の刃の流れをずらす。

 

突然力の向く方角が変えられ、刃が相手の刃を滑るように進み、その勢いに前のめりになるジンハイマニューバに向けてトツカノツルギを突き刺した。

 

至近距離で突かれた一撃が頭部のモノアイを貫通し、破壊する。カメラが潰され、動きの鈍るジンハイマニューバに向けてトリケロス改の砲口を向け、トリガーを引いた。

 

ビームがボディを撃ち抜き、機体が閃光に包まれる。爆発の炎が漆黒のボディを赤くはえらせ、金色のフレームを煌かせる。

 

その戦闘能力に危機感を抱いたのか、残存の敵機が一斉にゴールドフレーム天に襲い掛かろうとするが、そこへ横殴りに降り注ぐビームに身を翻す。

 

「今度は何だ!?」

 

あまりの急展開に、さしものジェスやカイトも思考が追いつかない。ビームが飛来した方角を見やると、2機のMSが接近してきた。

 

長距離型の大型ロングライフルを構えた機体。オーブの宇宙用アストレイ、MBF-M1A:M1Aだった。

 

その2機のコックピットには、旧オーブ軍のパイロットスーツを身に纏ったパイロットが搭乗していた。

 

「こちら、TF所属、ニコル・アマルフィです。ジェネシスα警備隊に告げます、ただちに後退してください、こちらは引き受けます」

 

一方的とも言える通信を送るのは、かつてザフトのクルーゼ隊に属し、A.W.最終決戦はネェルアークエンジェルに属し、戦後ザフトを除隊し、TFへと身を寄せていたニコル・アマルフィであった。

 

「シホさん、いきますよ!」

 

「了解!」

 

もう一機のM1Aに乗るのは、ニコルと同じく戦後TFへと所属した元ジュール隊副官のシホ・ハーネンフース。ニコルとシホの操縦するM1Aは一糸乱れぬフォーメーションを組み、螺旋を描くように71-44式改狙撃型ビームライフルを構える。

 

放たれるビームがジンハイマニューバに襲い掛かるも、そのいずれもが牽制に近い。被弾しても致命傷ではない。

 

戸惑う脱走兵に向けて通信が飛ぶ。

 

「降伏してください!」

 

その勧告に、脱走兵達の顔が憤怒に染まる。

 

「何をぬかすっ! 我らが大義、邪魔されてなるものかっ!!」

 

ビームカービンを構え、M1Aを狙撃する。シールドで防ぎながら、ニコルは歯噛みする。

 

「戦争はもう終わったんですよっ、またあの悲劇を繰り返そうというのですかっ!!」

 

「黙れっ! 戦争はまだ終わっておらぬっ!!」

 

「我らが怒り、哀しみを果たすまで、我らは終わらぬっ!!」

 

ニコルの説得も虚しく、相手の怒りをより誘うだけに終わる。彼らにとっては未来など関係ない。過去から続く現在のみ。それが嫌でも感じ取れる。

 

悔しさと哀しみに歯噛みするニコルに、シホが同じように苦悶を滲ませた声で呟く。

 

「ニコルさん、やるしかありません――っ」

 

その内にあるのはやるせなさ。過去を忘れろとは言わない。だが、その過去に縛られた者達の心は、所詮その者自身にしか分からないと改めて知らしめられた。

 

そんな苦悶を噛み締めながら、ニコルは決然とした面持ちで顔を上げる。なら、その狂気を止めるしかない。

 

防御に徹していたM1Aが加速し、ジンハイマニューバに迫る。その後を追うようにビームカービンを向けるも、M1Aはスラスターを駆使し、その火線を外す。

 

宇宙空間での機動性を向上させたM1Aの運動性能はジンハイマニューバ2型にも劣らず、またニコルとシホのパイロットとしての技量も、彼らに劣るものではない。

 

そして、距離を詰めると同時にビームサーベルを抜き、ジンハイマニューバを一閃する。ビームカービンを持つ腕部を斬り落とし、離脱する。体勢の崩れたジンハイマニューバに向けてシホは狙いを定め、ロングライフルの威力を絞り、トリガーを引く。

 

放たれたビームがジンハイマニューバの脚部を撃ち抜き、相手を行動不能に陥らせる。これでもう動けないはずだ。

 

そう確信したが、次の瞬間――ジンハイマニューバはスラスターを噴かし、真っ直ぐにM1Aに加速した。

 

「えっ?」

 

その行動に、シホは眼を剥く。

 

「我らが願いっここで絶えるものかぁぁぁっ!!」

 

吼え、男は操縦桿を引き、M1Aに向けて加速し、それが特攻だと悟った瞬間、ニコルは叫んだ。

 

「シホさんっ!」

 

だが、ニコルは間に合わない。シホも一瞬硬直してしまったため、回避は間に合わない。次の瞬間、M1Aの前に黒い影が立ち塞がった。

 

マイの視線がある一点を捉え、ゴールドフレーム天がトツカノツルギを構え、突進してくるジンハイマニューバに飛び出し、得物を振るった。

 

鈍い金属の磨り減る音が轟き、ジンハイマニューバの関節フレームが切り裂かれ、その衝撃で蛇行したジンハイマニューバはM1Aを逸れ、彼方で爆散した。

 

その爆発を呆然と見やるも、そこへ低い声が響く。

 

「あんた達、余計な情けはかけるな。連中は元々、命なんて惜しくないのよ――下手に同情すれば、殺られるのはこちらよ」

 

あちらはこの作戦に臨んだときに、既に不退転の覚悟なのだ。そんな輩に情けをかけようとも、それに甘んじるような真似はしないだろう。

 

命より、己の歪んだ誇りの方が大事ときている。そんな連中だからこそ、覚悟を決めろと言外に叱咤され、ニコルとシホも逡巡した面持ちながらも、覚悟を決める。

 

ビームが降り注ぐも、3機は分散する。シホは操縦桿を切り、M1Aのスラスターを小刻みに機動させ、射線を外しながら、距離を取る。敵機の射程が短いのを確信し、一定の距離を取ると同時にロングライフルを両手で構え、スコープを引き出す。

 

照準サイトが敵機にロックされ、シホは胸中に微かな哀悼を零し、トリガーを引いた。放たれたビームがジンハイマニューバのボディを正確に貫き、破壊する。

 

僚機の撃墜に回避行動に入るも、M1Aの狙撃精度は飛び抜けており、正確無比と疑わんばかりに追い詰める。

 

またもや別の機体が脚部を撃ち抜かれ、体勢を崩した瞬間、機体を蜂の巣にされ、砕け散った。

 

完全に翻弄されるなか、遠く距離を取らんとするジンハイマニューバだったが、背後から響くアラートにハッと振り返ると、ニコルのM1Aがビームサーベルを抜いて斬り掛かる。咄嗟に斬機刀を抜いて受け止めるも、ビームの熱量が刀身を融かす。

 

いくらMSの装甲を切り裂くほどの強度を持つレアメタル製とはいえ、熱量を一箇所に集中して受ければ保つはずもなく、刀身が融け裂かれ、肩から斬り落とされる。

 

振り下ろすと同時に持ち手を変え、逆手で刃を振り上げ、ボディを斬り裂き、ジンハイマニューバが裂け目から炎を噴き出し、爆発する。

 

形勢は逆転され、もはや残存しているのは3機のみ。さしもの彼らも続けての僚機の撃墜に気概が殺がれていた。

 

だが、彼らに退路はない。元よりまともな補給すらない現状で、退いても帰る場所などないのだ。

 

特攻覚悟でM1A2機に襲い掛かるが、その進路上にゴールドフレーム天が立ち塞がり、バックパックのマガノイクタチを展開し、マガノシラホコを射出する。弧を描くように迫るワイヤーアンカーをジンハイマニューバ2機は紙一重でかわし、勝機とばかりに一気に距離を詰める。

 

コックピットでマイはその動きに口元を微かに緩め、操縦桿を捻った。それに連動し、ゴールドフレーム天はその機体を捻り、それに操られるように先へと伸びたマガノシラホコが一瞬張り詰め、それによって軌道を修正し、振り子のように振られて舞い戻る。

 

次の瞬間、ゴールドフレーム天の眼前に迫ったジンハイマニューバ2機は、背中からマガノシラホコにボディを貫かれ、爆発する。

 

爆煙が周囲に拡散し、視界を覆う。怯むジンハイマニューバに向かい、爆煙を裂きながらゴールドフレーム天が飛び出し、トリケロス改を振り上げる。

 

マイの眼が、鋭く敵機を見据え――それが、パイロットのこの世の最期の光景となった。眼前で振り下ろされたトリケロス改のビーム刃がジンハイマニューバを縦に一刀両断し、振り下ろされる。

 

僅かな瞬間――ジンハイマニューバのボディが縦に左右がずれ落ち、その断面が大きく拡がった瞬間、爆発が周囲に木霊した。

 

熱を帯びた煙が過ぎり、ゴールドフレーム天の装甲を焦がす。煙が霧散し、装甲に微かな硝煙が燻る。だが、威風堂々と佇むその姿は、それすらもその機体の持つ威容を際立たせた。

 

 

 

 

 

友軍機の全滅――それは、後方に構えていた彼らの母艦たるナスカ級でも捉えられていた。

 

艦橋に座するのは、無精髭を生やした白服の男。歳もまだ若い――40歳後半といった容貌だろうか。

 

艦長たるその男をはじめ、クルーの誰もが蒼白の面持ちでモニターに映る戦場を見詰めていた。

 

彼らは前大戦中、第2次ヤキン・ドゥーエ攻防戦終了後のゴタゴタに紛れて戦線を離脱した。彼らの表向きの理由は、屈辱に耐えての撤退だった。だが、その実は統合軍などという敵であるナチュラルと同盟を組むことを良しとしなかっただけだ。

 

アレから2年――廃コロニーを転々とし、略奪行為を繰り返しながら機を窺っていた彼らのもとに、ユニウスΩの地球への移動落下が舞い込み、彼らはそれを自分達と志を同じとする同志と確信し、兼ねてより眼をつけていたジェネシスα奪取作戦を決行に移した。

 

事前調査通り、そこにはさしたる防衛力もないただの烏合の衆であり、占拠は滞りなく終わり、このジェネシスαを以って、正義の炎を地球へと向ける計画だったというのに、彼らの同志が駆っていたMS隊は突如乱入してきた未確認のMSによって壊滅させられた。

 

モニター向こうで最後の機体が墜とされ、彼らはようやく呆然とした面持ちから立ち戻った。

 

「こ、後退だ! 後退する! 今一度潜伏し、機会を――っ」

 

もはや、それしか選択肢はなかった。パイロットであった者達に比べ、その覚悟が僅かばかり緩いが、艦長である以上、合理的な判断力も持っていたようだ。

 

ここは身を隠し、同志を集め、再起を図ろうとするが、そこへクルーの一人が声を荒げた。

 

「こ、後方より戦艦と思しき熱源、本艦に接近――っ」

 

「なにぃ!?」

 

その報告に眼を剥く。

 

ナスカ級戦艦の後方――距離を空けて真っ直ぐに微速で前進する灰色の戦艦。艦首上下に伸びるブレードに左右後部に接続するエンジン。船体中央に備わる艦橋。

 

それは、オーブが保有するイズモ級多目的宇宙戦艦であった。アメノミハシラで開発が進められていたイズモ級巡洋艦の一隻、ツクヨミ。オーブ宇宙軍編成に伴い、分離機構をオミットし、純粋な宇宙艦として再設計された戦艦であった。

 

その艦橋部。従来のイズモ級と同じCIC配置のなか、操舵席に着くのは、豊かな髭を蓄える男、元ザフト軍水中部隊所属のマルコ・モラシム。CIC席の一つに着く黒髪の女性、マリア・クズハ。そして、その艦長シートに着く青年こそ、前大戦傭兵部隊:TFを率い、ネェルアークエンジェル副長として戦い抜いたキョウ・クズハであった。

 

「艦長、目標射程内に補足」

 

マリアが報告し、頷くと同時に前方のモラシムを見やる。

 

「艦停止、相対速度合わせ、ゴッドフリート1番、2番起動!」

 

「あいよ、了解!」

 

モラシムが操縦ハンドルを引き、制動をかけ、減速するツクヨミ。同時に艦首上下ブレードのハッチが開放され、その下からイズモ級戦艦の主砲である225cm2連装高エネルギー収束火線砲:ゴットフリートMK.71が起動する。

 

ゴッドフリートの砲身が動き、ナスカ級戦艦を捉える。

 

「ゴッドフリート、撃てぇぇぇぇ!!」

 

キョウの号令とともに、ツクヨミのゴッドフリートが発射され、4条のビームがナスカ級戦艦の船体を貫き、次の瞬間、船体が真っ二つに裂けるように炎が噴出し、ナスカ級戦艦は轟沈した。

 

「目標、ロスト」

 

「マリア、ジェネシスαに寄港を具申、受理後、艦をジェネシスαへ」

 

矢継ぎに指示を出し、クルー達が作業に入るなか、キョウは彼方のジェネシスαを見やる。

 

「アレが…新たな火種になる、か」

 

その呟きは小さく零れ、キョウは視線を曇らせた。そして、ツクヨミは真っ直ぐにステーションを目指した。

 

 

 

 

彼方でナスカ級戦艦が轟沈したことに、戦闘を呆然と見入っていたジェスが驚愕した。

 

「戦艦が爆発した?」

 

激しい閃光がここからでも確認できる。ジェスは汗を流しながら滞空するゴールドフレーム天らを見やる。

 

「こいつらの仕業か…何者なんだ――?」

 

いったい、何者なのだろうか――カイトも先程から警戒した面持ちで、ジンのハンドガンを牽制するように向けている。

 

戦艦の消失を確認したかのように、ゴールドフレーム天がこちらを見やり、思わず身構える。

 

《ああ、そう構えないでいいから。銃を向けたままじゃ話したくても話せないでしょう?》

 

通信越しに聞こえてきたのは、先程聞いた女性の声。

 

「貴様ら、何者だ?」

 

それでもカイトは銃を向け、低い声で問い掛けると、相手は肩を竦める。

 

《御挨拶ね。せっかく援護してやったのに――ま、別にいいけど》

 

気を取り直すように軽く咳払いをし、相手は改めて名乗った。

 

《私はマイ・フェアテレーゼ、ジャンク屋組合に対し、オーブ連合首長国代表、ロンド・ミナ・サハクからの親書を届けに来た。代表へと取り次いでもらいたい》

 

コックピットでバイザーを上げ、その顔が露になる。黒髪を靡かせ、アメジストの紫の瞳を持つ女性、マイが発した言葉に、ジェスとカイトは驚愕に眼を見開いた。

 

その十数分後、合流したツクヨミと共に、彼らはステーションへと上陸した。

 

 

 

 

 

 

寄港したツクヨミから現われたのは、リーアムにとっても馴染み深いキョウだったため、彼も驚きを隠せなかった。

 

そのままステーション内に機体を着地させたマイ、ニコル、シホを伴い、リーアムとともに執務室を訪れていた。

 

「お久しぶりですね、キョウさん」

 

「ああ、リーアムも代表を頑張っているようだな」

 

その賛辞に謙遜するように笑みを浮かべる。互いの挨拶もそこそこに、本題を切り出す。

 

「それで…用件は何でしょうか?」

 

ただの物見遊山でここを訪れた訳でもあるまい。結果的には助かったが、目的は別のところにあるところを察していた。

 

「話が早くて助かる。ジャンク屋組合は、この2年でかなりの発展をみせているな」

 

前振りのように語り出したキョウの後を紡ぐように、マイが言葉を並べる。

 

「各地への戦後復興の協力、条約監視に兵器削減――世界中の信頼を集めている」

 

美麗文句のように揶揄するマイに、リーアムは視線を向ける。

 

「何が…言いたいのですか?」

 

「端的に言えば、大きくなりすぎた――かしらね?」

 

肩を竦める。そう、ジャンク屋組合はこの2年でその勢力を拡大しすぎた。あまりに急速に発展したために、無視できないほど。

 

「このジェネシスα、そしてギガフロート――限定的とはいえ、MSの量産が行えるほどのファクトリーと人材。反乱を起こそうと思えば、起こせなくはないわね」

 

軽薄な物言いのなかに微かに混じる悪意。

 

言外に何を指しているのかを悟り、リーアムも表情を硬くする。いくら中立の立場をとるとはいえ、それはその『中立』という範疇から抜け出さない場合に限定される。

 

戦時中はジャンク屋の存在は重宝された。故にその中立主義は尊重されたが、戦後に急速に肥大したその勢力は、世界にとって無視できないものになっていた。

 

もはや、一勢力とすら見なされる程のジャンク屋組合――世界がそれを見逃すほど、甘くはない。

 

「――残念だが、ジャンク屋組合は近いうちに最大の危機に見舞われる」

 

重々しく告げたキョウに、リーアムは息を呑む。これまでさして大きく動揺した素振りを見せなかった彼の貌に、初めて険しげなものが浮かぶ。

 

「これを――」

 

暫し間を空け、キョウは懐から封筒に入れられた便箋を差し出した。

 

「これは?」

 

差し出された便箋を見やりながら、問い返すと、キョウが頷く。

 

「サハク代表からの親書だ。これを読んで、どう判断するか――それは貴方次第だ、リーアム代表」

 

覚悟を促すような視線。リーアムは強張った面持ちのまま、その便箋を凝視した。

 

 

 

 

その頃、ステーションの管制室ではユニウスΩの動向を探っていた。

 

「ジェネシスαは助かったけど、ユニウスΩは本格的に降下を開始し始めたようね」

 

プロフェッサーが頭を掻きながら、嘆息する。

 

宙域図には、地球への降下軌道に向かうユニウスΩの光点が表示される。あれだけの質量が地球へ降下すれば、間違いなく落下した地点は壊滅。その衝撃波により、連鎖的に影響は拡がっていくだろう。

 

その事実にジェスは絶句し、カイトも微かに表情を顰め、持っていたドリンクのボトルを握り締める。

 

「ザフトも破砕チームを急行させたようだけど――間に合うかしらね?」

 

動揺した素振りもなく肩を竦める。

 

この事態は既にプラント内でも大騒ぎとなり、ザフト側は破砕のために部隊を派遣しているようだが、果たして限界軌道に到達する前に破砕できるかは、五分五分だ。

 

「あの~ガーディアンズはどうなってるんでしょ~~」

 

こちらも浮かない顔で、ユンが問い返す。衛星軌道に位置するガーディアンズの拠点であるアメノミハシラからなら、この異常事態を察しているはずだ。

 

「それがどうやら、主力部隊がL3へ出張ってるみたいね。あそこもまだまだ人手不足だし」

 

その返答に、ユンはますます狼狽する。

 

地球側大西洋連邦、オーブ連邦首長国、そしてプラント側ザフト軍の統合部隊であるガーディアンズではあるが、活動できる部隊数が圧倒的に少ない。

 

それが、脱走兵鎮圧・捕縛に時間が掛かっている要因でもあるのだが。そして、その主力であるドミニオン以下艦隊が、ある任務のためにL3宙域に向かったとの報告も既に受けている。

 

八方塞の事態に、ジェスは何もできない現状に歯噛みする。

 

「そんな…なにか、方法はないのか――」

 

このままザフトが破砕するのを願うしか、自分にできることはないのだろうか。しかし、もしそれが失敗に終われば、最悪の事態が待ち構えている。あの脱走兵の一人が示唆した最悪の可能性が――そこまで考えて、ジェスはある物に気づき、ハッとした。

 

「そうだ!!」

 

「な、何ですかぁ~?」

 

突然大声を上げたことにカイトが睨み、ユンは驚きの声を漏らす。プロフェッサーも口には出さないが、やや非難めいた視線を向けるが、それを気にも留めず、ジェスは名案とばかりに意気込んで語り出した。

 

 

 

 

 

数分後、ジェネシスαが起動し、ミラーブロックを軸に本体が軌道修正し、その先端をゆっくりと地球へ向ける。

 

そのジェネシスαに隣接するように滞空するアウトフレーム。

 

ガンカメラを構え、地球までの位置、そして目標の距離と射線上の障害物等の算出。そして最適な狙撃ポイントを割り出す。

 

コックピットで望遠スコープを覗きながら、ジェスは問い掛ける。

 

「どうだ、カイト? ロックオンできそうか?」

 

《ああ、しっかりユニウスセブンが見えてるぜ》

 

ジェスの呈示した案とは、ジェネシスαを用いた超遠距離からの狙撃であった。

 

宇宙船の推進加速装置として開発されたジェネシスのもう一つの用途――遠距離からのレーザー兵器。前大戦では、その一撃で連合艦隊の半数を撃滅させたほど、その威力は高い。

 

それだけの熱量を浴びせれば、ユニウスΩを破壊できるのではと思いついたジェス。だが、そのためにはかなりの精密射撃を要求される。その眼として、ジェスはアウトフレームで外から観測する方法を提示した。そのため、こうしてここにいる。

 

そして、トリガーを引く役目はカイトが自ら買って出てくれた。いくら不測の事態とはいえ、ジェネシスαを兵器として使用すれば、後にいろいろと面倒なことが降ってくる。そういった汚れ役を押し付けてしまったことに暗然とするが、そこへ叱咤するようにカイトの言葉が飛ぶ。

 

《頼むぜ、ジェス。お前の眼だけが頼りだ――タイミングは俺に任せろ!》

 

その言葉に勇気づけられたようにジェスも笑みを浮かべ、強く頷いた。

 

「ああ!!」

 

ジェネシスα内部にエネルギーが収束していく。起動音を轟かせ、終結から今に至るまでほとんど使われずにいた沈黙を破るように。

 

チャージがほぼ終了し、あとは照準合わせ。ジェスは真剣な面持ちカメラを回す。ここでのミスは決して赦されない。ジェスの手が汗ばみ、呼吸が乱れる。

 

緊張と責任が圧し掛かるも、それに潰されずにデータを検証する。

 

「観測データに間違いはない、軸線上障害物なし――」

 

もはや何度目になるか分からない確認を行い、モニターにはユニウスΩが映し出されている。

 

「よし! いける――」

 

確信した瞬間、ジェスの背中を冷たい悪寒が走り、脳裏をあの幽霊のようなMSの姿が過ぎり、息を呑んだ。

 

「まさか…な――」

 

存在していないはずの場所に存在していたもの。決して姿を見せず隠れ、真実から隠す。それがジェスに、IFという考えを齎した。

 

徐に愛用のカメラを取り出し、セットする。

 

「念には念を――8、俺のカメラで直接見てくれ」

 

【構ワンゾ、何カ気ニナルノカ?】

 

取り越し苦労であることを願いながら、ジェスはカメラにケーブルを繋ぎ、それを8の本体にセットする。ハッチが開放され、空気の排出音とともに身を乗り出し、カメラのレンズを伸ばし、望遠で位置を確認し、そのデータが8のディスプレイに表示される。その時、先程のガンカメラで得たデータとの相違点にエラー音が響き渡り、ジェスは愕然となった。

 

「――違う! データがズレている!」

 

【地球ヲ撃ツ照準ニナッテイルゾ!】

 

8も取り乱したように音を響かせる。このまま放たれれば、ジェネシスαは地球を灼く。ジェスは慌ててコックピットに飛び込み、通信機に向かって叫んだ。

 

「撃つな、カイト!!」

 

あらん限りに叫ぶも、返答は返ってこず、通信端末の向こうから驚愕する内容が流れてきた。

 

『狙いはバッチリだ。外すなよ、マディガン!』

 

その声は――ジェス自身のものだった。

 

「俺の、声…そんな、何故――?」

 

聞こえてきたのは、驚愕する内容をカイトと交わすジェスの声。だが、何故ジェスの声が流れているのか、困惑するジェスを他所に、通信のジェスの声は促す。

 

『さあ今だ、撃て! マディガン!』

 

《急かすなよ、ジェス。カウントダウンスタート、10》

 

その声に応じ、ジェネシスαの発射シークエンスが開始される。考えるより先に身体が動いた。

 

「くそっジェネシスαに戻るぞ!!」

 

【急ゲ、ジェス!!】

 

こうなったら直接止めさせるしかない。ジェネシスαへと急行しようとするアウトフレームだったが、その背中に向かって何かが伸びた。

 

鋭い衝撃が機体を襲い、ジェスは身体をシートに打ちつける。何だと背後を見やると、そこにはアウトフレームを巨大な鉤爪で掴み上げる灰色の装甲を持つ幽霊のような機体が佇んでいる。

 

「こ…こいつはこの前の――!?」

 

そこに佇んでいたのは、アーモリー・ワンでジェスと対峙した謎のMSだった。死人のような冷たい空気を纏うかのようなMSのカメラアイが輝き、アウトフレームを掴む右手の巨大なクローで引き寄せる。

 

為すがままになるジェスの耳に、冷たい声が届く。

 

「お前の真実は…伝わらない―――」

 

その底冷えするような声は、そのMSから発せられたものであることは理解できた。コックピットには、異形の仮面で顔を覆ったパイロットが、愉悦を感じさせるように口元を歪めていた。

 

その間にもカウントダウンは進む。ジェスはハッとジェネシスαに視線を戻す。もう間に合わない――そして、カウントが0になった瞬間、ジェスは歯噛みして視線を逸らす。だが、いつまでたってもジェネシスαの発射が始まらない。

 

恐る恐る視線を戻すと、収束していたエネルギーが突如消え、ジェネシスαに稼動が停止していく。

 

「発射、されなかった……」

 

理由は分からないが、どうやらジェネシスは発射されなかったらしい。ホッとしたのも束の間、突如拘束していた力が緩み、アウトフレームは突き飛ばされる。

 

「うわっ」

 

前のめりに倒れそうになるも、ジェスは歯噛みして操縦桿を引き、制動をかける。踏み止まると同時に振り返り、そのMSを見やろうとガンカメラを向けるも、ジェスと8は驚愕する。

 

「…い、いない…バカな――」

 

前方のモニターには、何もない宇宙が拡がるだけ。その事実に、ジェスは息を呑んだ。

 

 

 

 

 

その数分前――管制室で、ジェネシスαの発射トリガーを握るカイト。カウントが進み、やがて0になろうとした瞬間、トリガーを一瞬引き込むも、やがて指の力が戻る。

 

微かに震える手が離れ、カイトは小さく息を吐く。さしものカイトも強がってはいたが、やはり大量破壊兵器であるジェネシスのトリガーを引くことには、些か重圧だったのかもしれない。

 

その横で割り込むようにプロフェッサーが発射シークエンスを緊急停止させ、システムの再起動をかける。

 

「ったく」

 

愚痴るように俯くカイトとプロフェッサーの行動にユンは戸惑い、オロオロする。

 

「あ…あの…どうしたんですか?」

 

そんなユンの疑念にカイトは立ち上がり、一瞥する。

 

「敵だ、MSで出る!」

 

「えっ…え?」

 

唐突に放たれた言葉にますます戸惑うも、カイトは苦い表情で舌打ちする。

 

「あの野次馬バカは、いつも馴れ馴れしく俺のことをカイトと呼びやがる。だが、今俺に引き金を引かせようとした奴は俺のことをマディガンと呼んだ。つまり――」

 

「偽者ね」

 

罠だ。あのままトリガーを引いていたら、まず間違いなく最悪の事態に陥っていただろう。ジェスの性格に救われたかと内心嘆息する。その横でプロフェッサーはシステムを再チェックし、眼を細める。

 

「今、ここのコンピューターを調べたけど、どうやらウイルスにやられているようね――」

 

システムの至るところから、エラーを表示する文字が表示されている。即座に発射システムのみをメイン回路から切断したのが幸いしたのか、発射だけは阻止できたようだが、ステーションの機能の7割近くが汚染され、通信もままならない。

 

あまりに唐突に襲い掛かる異常事態にユンは混乱し、愕然となる。そして、カイトは素早く踵を返す。

 

「外のジェスが心配だ、俺は行く!」

 

言うや否や、駆け出し、管制室を後にする。プロフェッサーはシートに着き、サブシステムでウイルスの解析に入り、システムの復旧作業に突入する。

 

「このウイルスは、量子コンピューターをコントロールするタイプね」

 

表示されるウイルスプログラムの解析に眼を細める。脳裏に、過去のある出来事が過ぎる。

 

「以前にやられた時のと同種の――いえ、進化しているわ」

 

さらに解析を進め、自身の考えがより確信を帯びてくる。

 

「このウイルスはミラージュコロイドを媒介にして伝染、量子コンピューターをコントロールできる性質を持っているわ。前にも、同種のウイルスでレッドフレームとブルーフレームが操られて戦わされたことがあったわ」

 

アレは前大戦後期。宇宙に上がったロウ達の前に劾の駆るブルーフレームが現われ、突如レッドフレームと戦闘に入った。その時に、両機の量子コンピューターにウイルスを流し、操った機体が在った。

 

NMS-X07PO:ゲルフィニート―――アクタイオン・インダストリーが独自に開発したMS。

 

次期主力機にとザフトに売り込んだらしいが、コンペティションコンペにおいて、結局は国営のMMI社のゲイツに敗れた。確かに、機体性能的には見た目を引くものはなかったが、この機体にはある特殊装備が施されていた。

 

『バチルスウェポンシステム』と呼ばれる量子コンピューターにアクセス、そして操ることのできる特殊なウイルスシステムだ。この機体を入手した情報屋:ケナフ・ルキーニの策略にのせられたが、かろうじてその危機を回避した苦い経験だ。

 

「その時は明らかな異常だったからすぐに気づいたけど、今回の使い方は上手いわね。カメラの映像やセンサーのデータは全て、コンピューターで処理される。その段階で好きなように書き換えているのよ」

 

ほぼ全てがコンピューター処理の現在、そのデータが改竄されては対応できない。誰も、機械のエラーを疑わないのだから。

 

「それじゃ手の打ちようがないじゃないですか~~」

 

まるで悪夢のようなウイルスにユンは泣きそうになるも、対照的にプロフェッサーはあっけらかんと肩を竦める。

 

「量子コンピューター以外にはうつらないから、まあ…なんとかなるんじゃないの?」

 

「え~~今時ありませんよ。量子コンピューター以外のコンピューターなんて」

 

無責任に告げる上司に、ユンは大きく肩を落とした。

 

 

 

 

そんな管制室を他所に、カイトはすぐさまファクトリーに飛び込み、整備を受けていた愛機に飛び込む。

 

だが、起動させようとした瞬間、OSがエラーを発した。

 

「何!?」

 

慌ててOSを検索するも、起動システムがほぼ全て滅茶苦茶に書き換えられている。

 

「くそっ動かないか!」

 

どうやら、ジェネシスαのメンテシステムからウイルスに感染されたらしく、ジンは完全に動かない。メンテシステムを介していたため、ファクトリー内のコンピューターに一度でも繋げた機体は全てアウトだ。余計な手出しはさせないという周到さに、悪態を衝く。

 

「使える機体はないのか――っ」

 

コックピットから飛び出し、ファクトリー内を見渡すも、レイスタは全てハンガーに固定されてジンと同じ状態だろう。整備士達も大急ぎで復旧を行っているが、時間が足りない。歯噛みしながら見渡していると、ファクトリーの端に佇む機体群に気づき、そちらに向けて飛んだ。

 

降り立ったカイトは小走りに駆け寄る。その先には、ツクヨミとともに寄港したゴールドフレーム天とM1A2機が佇んでいる。

 

「こいつらは、ジェネシスのメンテを受けていない。もしかしたら――」

 

さしたるダメージもなく、メンテナンスは後でツクヨミで行うつもりだったのか、これら3機はここに置かれたままだった。なら、使えるかもしれないと意気込むも、そこへ声が掛けられた。

 

「私らの機体、どうするつもり?」

 

苛立たしげに振り返ると、そこには会談を終え、この異常事態を察してきたリーアムと、キョウ以下マイ、ニコル、シホが佇んでいた。

 

「緊急事態だ。あんたらの機体、どれでもいい! 貸してくれ!」

 

「どうする気? 貴方が出なくても、私らが変わりに出る」

 

試すような物言いで射抜くマイに、意心地の悪いものを感じ、カイトは小さく頭を掻き、柄じゃないなと内心毒づく。

 

「あのバカを――あいつを救えるのは俺だけなんだ。頼む! 10分でいい、それでカタをつける!」

 

「友を助ける――そう言いたいの?」

 

「ああ」

 

真正面から向き合いながら、ハッキリと言い切ったカイト。その瞳には何の迷いも打算もない。そして、マイは口元を微かに緩め、肩を竦めた。

 

「そう――いい眼ね。自身の生き方になんの迷いもない。いいわ」

 

突然称賛されたことにカイトは眼を剥くも、気にも留めず、マイは視線で後方のゴールドフレーム天を指す。

 

「私の機体、アレを使えばいい。もっとも、アレも一応借り物なんでね」

 

「ありがたい!」

 

その言葉に弾かれるようにゴールドフレーム天に向かって跳ぶ。それを見詰めながら、キョウがマイに小声で囁く。

 

「いいのか?」

 

「サハク代表には私から謝っておくわよ。それに…友を自分の手で助けたいなら、させてやりたいのよ」

 

苦笑を浮かべ、搭乗していくカイトを見やりながら、どこか遠い眼を浮かべる。その視線が気に掛かったが、割り込むようにシホが話し掛ける。

 

「私達は出なくていいのですか?」

 

「いいんじゃない。プライド高そうだし――敢えて水を差す必要もないでしょう」

 

そう制し、起動するゴールドフレーム天を見詰める。動き出し、ゆっくりと発進ゲートへと向かうゴールドフレーム天の背中を、何故か羨望するような眼差しで見送るマイに、キョウ達は訝しげに表情を顰めた。

 

 

 

 

 

一方で、謎のMSがモニターに映らない事態にジェスは混乱していたが、首を振ってその思考を打ち消す。

 

「そうだ、こんなバカなことはないっ! 真実を見てやる!!」

 

そこに在るべきものが無いはずがない。鬼気迫る表情で歪められた真実を確かめようとジェスはハッチを開放した。

 

開かれたハッチの奥の宇宙。自身の眼には、眼前で佇むMSがハッキリと映っている。やはり、あのMSはそこに間違いなく存在している。

 

「――やはり、いやがったな」

 

カメラを取り出し、レンズに映した映像を8へと送信し、8にもようやくその存在が認識できた。

 

【アウトフレームノセンサーニハ反応ガ無イ。ジェス、私ニハオ前ノカメラヲ通サナイト見エナイ! ドウナッテル?】

 

先程からアウトフレームの量子コンピューターには、異常は何も感知されていない。何故相手を肉眼でしか捉えられないのか、困惑する8だが、それはジェスも同様だった。

 

「俺が聞きたいよ?」

 

汗を流しながら相手の出方を窺っていたが、幽霊のように佇んだままだったMSがゆっくりと右腕の巨大なクローを持ち上げ、構える。

 

そのコックピットで、ヘルメットの下に異形の仮面に身を包むパイロットの僅かに露出する口元が、卑しく歪む。

 

「計画変更。RGX-00:プロメテウス、目撃者を消去する」

 

機械的な口調で呟いた瞬間、プロメテウスと呼ばれたMSはカメラアイ輝かせ、動き出した。相手が動き出したことにジェスは息を呑む。

 

プロメテウスはクローに備わったビーム砲で、アウトフレームを狙撃する。

 

「うわっ」

 

慌ててビームサインを取り出し、扇状に展開し、シールドを張る。だが、センサー類で相手をまったく捉えられない以上、有視界で相手を追うしかない。だが、ハッチを開放したままではなかなか円滑に対応できない。

 

容赦なく降り注ぐビームに防御に手一杯となるなか、アウトフレームのシステムを検索していた8がエラーの原因を突き止めた。

 

【分カッタゾ、ウイルスダ!】

 

「何だって!?」

 

驚愕した僅かな隙、それを衝き、一気に距離を詰めるプロメテウス。相手の頭上を取った瞬間、頭部の突起したアンテナが突如光を迸らせた。

 

次の瞬間、ビームサインを展開していたアウトフレームの左腕が突如糸が切れたように落ちた。

 

「動かない? どうした!?」

 

【アウトフレームニウイルス侵入! コントロールヲ奪ワレタ!】

 

8のその言葉が、ジェスには死刑執行の合図に聞こえた。ビームサインが消え、動きの鈍るアウトフレームに向かって、プロメテウスがクローを振り上げる。

 

巨大な鉤爪が、鈍い嫌な音を轟かせ、アウトフレームの右腕を吹き飛ばした。

 

「うわあぁっ!!」

 

凄まじい衝撃が機体を襲い、ジェスの悲鳴が木霊する。

 

衝撃に揺れるなか、ウイルスの特性を即座にサーチした8はそれが過去に遭遇したものと同種であることを解析した。

 

【コレハアノ時ノウイルスダ! 俺ガOSヲサポートシテナントカ動ケルヨウニスル!!】

 

即座にアウトフレームの操作系統を全て自身のシステムに接続するも、その間にプロメテウスの攻撃が迫り、今度は左脚部が切り飛ばされた。

 

追い詰められるアウトフレームに向けて無情にも振り下ろされそうになったが、アウトフレームのカメラアイが輝き、左腕が微かに震え、ぎこちなく振り上がる。

 

ビームサインを展開し、間一髪で攻撃を防ぐも、それに怯みもせず、むしろますます攻撃の勢いは増し、左腕の肩アーマーが粉々に砕かれた。

 

「――まだ、反応が鈍い!」

 

【コレガ精一杯ダ!】

 

既に半壊し、防御もままならない。弱った獲物をいたぶるようにクローを振り上げた瞬間、プロメテウスは背後から攻撃を受けた。

 

「ぬう!」

 

初めてパイロットの顔に憮然としたものが浮かび、被弾箇所から煙を上げて振り返るプロメテウス。その反応にジェスは眼を見開く。

 

「生きてるか、野次馬バカ!」

 

「その声は、カイト!」

 

聞こえてきたカイトの声に、ジェスは強張っていた貌に微かな安堵が浮かぶ。アウトフレームとプロメテウスの背後から抜け出るように宇宙から姿を現わすゴールドフレーム天。何故カイトがその機体に乗っているのか、そんな疑問すらどうでもよく、ジェスは相手の異能力を叫ぶ。

 

「気をつけろ、敵はウイルスを使うぞ!!」

 

「分かっている!」

 

カイトの気迫に呼応するようにゴールドフレーム天が吼え、トリケロス改を振り下ろし、プロメテウスもクローで受け止める。激突時にプロメテウスのアンテナから先程と同様の光が発せられるも、ゴールドフレーム天の動きは鈍らない。

 

「こっちにもミラージュコロイドがある! 上手く干渉させれば少しは防げるようだ!」

 

だが、それもいつまで保つか解からない。早く決着をつけると押し切るゴールドフレーム天にウイルスが効かないと悟ったプロメテウスは、背後のスラスターを噴かし、距離を取る。

 

逃すまいとこちらも翼を拡げ、後を追う。螺旋の軌道を描きながらビーム砲を浴びせ合う。互いに遠距離での攻撃は埒があかないと踏んだのか、接近戦を再度仕掛けるプロメテウス。クローが突き入れられるも、カイトはトリケロス改でその攻撃を捌き、狙いを捉える。

 

「やるな――だが!」

 

左手で腰部のトカノツルギを抜き、大きく振る。

 

「脇があまいっ!」

 

相手の攻撃の大きさ故にできた脇腹へ薙ぐ。刹那、甲高い衝撃音が響くも、カイトの眼が驚愕に見開かれる。トカノツルギの刀身は、プロメテウスの脇に止められていた。しかも、装甲色が灰色から赤へと変化していた。

 

その装甲強度に、カイトは驚愕する。

 

「色が変わった――フェイズシフトか!?」

 

同じくその光景を見ていたジェスも眼を瞬き、息を呑む。

 

「しかも、VPS装甲だ。アーモリー・ワンで見た、インパルスと同じ――」

 

インパルスを初めとしたセカンドステージに試験採用されたVPS装甲。状況に応じて機体強度を変化させた副産物の効果。だが、これでもはや実体的な攻撃はほぼ無意味になってしまった。

 

苦々しく舌打ちするも、カイトは次の手を選択する。

 

「装甲が硬くても中のパイロットへのダメージなら! 格闘戦で内部にダメージを与えてやる!」

 

いくらVPSとはいえ、衝撃までは中和できない。機体に何度も衝撃が加われば、パイロットの方が先に参るだろう。格闘戦を選択し、翼を拡げて迫るも、その行動に相手は不適な笑みを浮かべ、舌を舐めずり回した。

 

プロメテウスの懐に飛び込んだ瞬間、バックパックのスラスターが形を変え、次の瞬間には巨大なクローとなり、ゴールドフレーム天の拡がった翼を絡め取るように掴んだ。

 

「何ぃ!?」

 

あまりに予想外の兵装にカイトは眼を見開く。そんな反応を察したのか、相手の口元はますます歪む。

 

「消去する」

 

動きを封じたゴールドフレーム天に向けて、右腕のクロー内部から小型のハンドガンを取り出し、至近距離で発射した。

 

コックピット付近に集中して放たれる銃弾の衝撃が襲い、警告音を響かせ、カイトは歯噛みする。電子系統がショートし、火花が散り始める。

 

だが、離脱しようにも翼が掴まれた状態ではそれもままならない。その光景にジェスは叫んだ。

 

「カイトォォォォォォ!!」

 

悲痛な叫びを上げ、アウトフレームは残った左手のビームサインを構えて飛び込むように加速する。

 

「うおおおおっ!」

 

「ばっ! 来るな、ジェス!」

 

ジェスの咆哮とともにプロメテウスに挑みかかるアウトフレームに対し、煩げに一瞥し、右腕のクロー本体から巨大な刃が伸びる。それを大きく振り払った。

 

金属を切り裂く音とともに、カイトの視界には、ボディと左腕を切り裂かれ、弾かれるアウトフレームとコックピットから放り出されるジェスの姿が映る。

 

まるでモノのように無情に舞う姿に、カイトは声を荒げた。

 

「ジェスゥゥゥゥゥゥゥ!!!」

 

時間が静止した。そう感じた瞬間――彼方から蒼い光条が飛来した。

 

3機の傍を掠めるように過ぎるエネルギーの奔流。その光にカイトも意識を引き戻される。

 

「陽電子砲!?」

 

突然の事態に困惑するカイト。それは、相手も同様だった。

 

「予測にないファクター? 指示の変更を要する」

 

片言のように告げ、無造作にゴールドフレーム天の拘束を解き、スラスター形態に戻し、高速で離脱していく。

 

その姿を呆然と見送っていたが、やがてカイトは先程の陽電子砲が放たれた方角から近づいてくる物体に気づいた。

 

ここからでも見て取れるその大きさは、艦船クラスのものだ。

 

「艦? あいつが撃ったのか――?」

 

困惑するカイトは、呆然と敵が去った方角と向かってくる船の方角を見渡した。

 

 

 

 

 

 

ジェネシスαに接近する艦。それは、ジャンク屋:ロウ・ギュールの艦、リ・ホームであった。

 

「目標はどうやら離脱したようだな」

 

艦橋の艦長シートに座るキャプテンG・Gの言葉に、シートに着く少女、樹里がホッと胸を撫で下ろす。

 

「よかったね~ロウ」

 

隣のシートに座る男に話し掛け、笑みを浮かべる。それに相槌を打つ男こそ、アストレイレッドフレームのパイロットであり、戦後火星圏へ旅立ったロウ・ギュールであった。

 

「ああ、久しぶりの地球――なんか、ややこしいことになってるようだな」

 

不適な笑みを浮かべるロウ。それは、興奮を追い求める者の――『ロウ・ギュール』という人物を表わす顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《次回予告》

 

 

敗れた意志。

 

だが、それは不屈の闘志となって再び甦る。

 

 

再び襲い掛かる脅威。

 

そして集うアストレイ達。

 

真実を歪めし神の炎を司る機体を倒すため、二人の覚悟をのせ、新たな力が飛び立つ。

 

 

 

 

歪められし真実が曝け出された刻――

 

新たな舞台の幕開けとなる。

 

それは…決して逃れられぬ…運命の螺旋――――

 

 

 

 

 

 

次回、「PHASE-14 プロメテウスの消える刻」

 

己が覚悟を胸に真実を求めよ、アウトフレームD。

 

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