機動戦士ガンダムSEED  ETERNAL SPIRITS   作:MIDNIGHT

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PHASE-14 プロメテウスの消える刻

ジェネシスα宙域で勃発したジャンク屋組合とザフトの脱走兵からなる攻防戦は、介入行動を起こしたTFの援護により、最悪の事態は回避できたかに見えた。だが、その裏では真実に見え隠れする影が蠢いていた。

 

地球へと落下軌道を取るユニウスセブンの片割れであるユニウスΩを、遠距離からジェネシスαで狙撃するため、観測のために出撃したジェスのアウトフレーム。そのアウトフレームに襲い掛かる謎のMSであるプロメテウスの猛攻。

 

そこへTFに同行していたマイからゴールドフレーム天を借り受けたカイトが援護に入るも、プロメテウスの特殊能力に翻弄され、咄嗟に援護に入ったジェスもまた、その狂刃によって倒される。

 

絶体絶命の危機のなか、突如その戦闘に割って入った者こそ、A.W.終結と同時に火星圏へと旅立っていたロウ・ギュールであった。

 

リ・ホームの艦橋で、ロウはモニター越しに回収されていくアウトフレームを抱えるゴールドフレーム天を見やりながら、後方のキャプテンシートを見やる。

 

「ジョージ、周囲に他の反応はあるか?」

 

「ちょっと待ってくれ。いや――どうやら、あの機体だけのようだな。ミラージュコロイドデテクターにも反応はない」

 

キャプテンシートに着く男は指先に仮想ウィンドウを表示し、己の身体でもあるリ・ホームのメインコンピューターに連動し、艦を中心に半径数キロに渡って索敵するも、反応はない。

 

この男こそ、今でも長く続くこの世界の流れを作り出した要因の一つでもある存在。ファーストコーディネイター:ジョージ・グレンであった。テロによる暗殺後、その脳髄のみが生き延び、数奇な運命を辿ってこの艦のメインコンピューターと接続され、そして蘇生された。そのため、己の肉体を持たない立体映像ではあるが、ロウ達にとっては頼れる存在であった。

 

「しかし、早々に引き上げてきて正解だったかもしれんな。火星の方も気に掛かったが、仕方あるまい」

 

神妙な面持ちで、嘆息する。

 

「ああ、取り敢えずジェネシスαへ行こうぜ。あんちゃんの事も気にかかるしな」

 

表情が僅かに顰まり、ロウはステーションへと帰還していく機影を見やる。

 

ハッキリと確認はできなかったが、アウトフレームはかなりの損傷を受けたはずだ。火星へと旅立つ前の一件が脳裏を過ぎる。

 

2年前――あの時も、ロウはこの場所から旅立っていった。

 

A.W.末期において、この場所でザフト軍の特務部隊と激戦を繰り広げ、このジェネシスαを手に入れた。そして、このジェネシスαを拠点に改装を進めるなかで、この機械の特徴であったソーラーセルシステムを使い、ロウは相棒である樹里、ジョージ、そしてもう一人と共に火星圏へと旅立ったのだ。あの加速のおかげで火星までは半年以内に到達したが、その逆は自力で帰還せねばならず、火星コロニーで調達したブースターで帰還した。

 

その旅立つ前に、ロウはアウトフレームを貸したジェスと出逢った。あの時だけの関係ではあったが、ジェスの人となりを気に入ったからこそ、ロウはアウトフレームと8を預けたのだ。

 

だが、どうやらそんな悠長な再会を喜んでいる暇はないらしい。

 

「プレア――お前の言った通り、地球圏は大変なことになっているようだぜ」

 

肩を大仰に竦め、ここにはいないもう一人の仲間であった者に向けてぼやき、ロウはステーションを目指した。

 

 

 

 

「どうにかはなったみたいね」

 

モニターで外部の戦闘を見守っていた一同のなか、マイはポツリと漏らした。キョウ以下、ニコルとシホはハラハラした面持ちからようやくホッと肩の力を抜く。

 

流石に見ていて冷や冷やものだった。アウトフレームが大破させられた時は思わず息を呑んだが、どうにか事態は終息したらしい。

 

「こうなると分かっていたのか、少佐?」

 

唯一、マイだけが平然とした面持ちで戦闘の一部始終を見ていたことにキョウが問い掛けるも、マイは肩を竦める。

 

「生憎、私は超能力者なんかじゃないわよ。でもまあ、最後のアレは予想外だったけど」

 

眼を細めながら、モニターに映るリ・ホームを見やる。

 

確かに、事態はどのような結果にせよ、可能性的にこちらの勝利で終わるという確率は高かった。

 

マイとて伊達にパイロットをやっている訳でもない。カイトの腕がそれなりに高いことは彼の依頼主から聞かされてもいたが、結果はその予想を大きく裏切った。

 

(アレが、中将やマティアスが言っていたリ・ホームか――火星へ行ったと聞いていたけど、何故戻ってきた? 火星で何か起こったの――?)

 

データだけだが、その存在は聞いていた。

 

だが、帰還予定は早くてももう後数年は掛かるはずだ。こんな短期間で地球圏へ帰還した理由に思考を一瞬巡らせるも、すぐさまそれを横にやり、マイは今一度モニターに映る宇宙へ――そして、その彼方へと姿を消したプロメテウスを脳裏に浮かべる。

 

(ま、予想は大きく変わったけど、餌には引っ掛かってくれたようね。元連合の特務諜報部――遂に尻尾を掴んだわ)

 

あの機体が使用したウイルス。アレは間違いなく旧連合時代、ユーラシア連邦の軍部で秘密裏に開発されていたものだ。そして、そこから辿れるのは――カイトの腕を過小評価していた訳ではないが、逃げられたのは相手を少々甘く見すぎていたかもしれない。

 

あわよくば、捕まえて面を拝みたかったが、逃げられたものは仕方ない。

 

(それに、諜報部がそうだという確証もまだだしね)

 

頭を掻きながら、マイは内に沸き上がっていた思考を押し込める。

 

その間にも、帰還してきたゴールドフレーム天が大破したアウトフレームと放り出されたジェスを抱えてきた。それに周囲は慌しくなり、キョウ達も確認のために向かっている。

 

その様を見据えながら、マイは髪を掻き上げる。

 

「流れは既に止められない。これで動かざるをえなくなるでしょう、世界も――いえ、世界が流れを加速させようとしているのかもしれないわね」

 

そう――緩やかな時間は終わりを告げる。世界はその流れをさらに加速させ、そしてそれは多くの分岐を巻き込み、やがては一つへとなっていく。

 

「流れは加速した。なら、私もそれにのるまで――『真実』を見極めるためにね」

 

口端を微かに吊り上げ、マイは歪んだ笑みを零した。

 

彼女には似つかわしくない醜悪な――されど、彼女に似つかわしいかもしれない不適な笑みだった。

 

 

 

 

 

機動戦士ガンダムSEED ETERNAL SPIRITS

 

PHASE-14  プロメテウスの消える刻

 

 

 

 

 

ジェネシスα内に降り立ったゴールドフレーム天が大破したアウトフレームを横たえ、カイトは静かに左手に乗せていたジェスの身体を降ろす。

 

モニター越しに確認したが、ヘルメットに大きく亀裂が入っている。普通なら窒息死だ――自身の不甲斐なさと怒りに苛立ち、それを舌打ちして振り払うと同時に一目散にジェスの身体を抱え、ゆっくりと横たえる。

 

そこへリーアムや周囲の整備士達も駆け寄ってきた。そんななか、接舷したリ・ホームからもロウと樹里が降り、駆け寄ってくる。ロウはふと、離れたところに佇むキョウ達に気づき、軽く手を振る。

 

そして、カイトはジェスの首元のヘルメットのロックを解除する。微かに空気の漏れる音が響き、気密性は失われていなかったことに僅かに安堵する。

 

宇宙という過酷な環境のなかで使用される作業服は、それこそ何重にも渡って安全対策が講じられており、その賜物だろう。

 

「おい、生きてるんだろうな?」

 

乱暴な物言いで本心を隠すように怒鳴りかけ、ヘルメットを脱がすと、その下からは血みどろのジェスの顔が現われた。

 

「――よう、カイト…」

 

弱々しい声だったが、ハッキリと応えたことにカイトだけでなく、周囲の者達もホッと胸を撫で下ろす。

 

「このバカが、無茶しやがって」

 

咎めるものの、小さな声色にジェスは苦笑を浮かべるしかない。そして、ジェスは隣に立つロウに気づき、痛みの走る動かない身体のなか、首を向けた。

 

「……あんたは――?」

 

「よう、あんちゃん。久しぶりだな」

 

屈み込み、軽く手を振って挨拶を交わすロウにジェスは驚きを隠せない。

 

「…ロウ・ギュール――火星から、戻ったの…か―――?」

 

「ああ、さっきな」

 

「あっすまない…借りていたアウトフレームを……あんなにしてしまって――」

 

ジェスと同じくアウトフレームも大きく傷つき、ボロボロであった。借り受けていた機体の惨状に、罪悪感を憶えるジェスにロウは首を振る。

 

「いいさ、あんたが助かったんだ」

 

確かにアウトフレームはボロボロになったが、ジェスは無事だったのだ。ロウにしてみれば、そちらの方が重要だった。

 

数年振りに会うはずのロウだったが、このジェネシスαで別れた頃と何一つ変わっていない。

 

「それに――あいつなら、修理すればいい」

 

そう――機械は壊れても修理することができる。それがロウの信条なのだから。その言葉にジェスは息を呑む。

 

「できる…のか?」

 

正直、アウトフレームはスクラップ同然だ。普通の技術者なら、そこでもう修理を捨て、新たな機体に乗り換えることを薦めるだろうが、ロウは壊れた機械を修理することに意義を見出す。過去だけでなく、常に前だけを見据えているのだ。だからこそ、はっきりと告げた。

 

「当たり前だろ! 俺を誰だと思ってるんだ――宇宙一のジャンク屋だぜ!」

 

指を立て、自信を漂わせた表情で不適に笑う。見ている側にまで伝わるような気持ちのよいものに、ジェスは内に沸き上がった想いに、思わず自身の身体の状態も忘れて飛び跳ねるように身体を起こした。

 

「お、おい――っ」

 

気遣うカイトの声も無視し、ジェスは鬼気迫る表情でロウに向かって叫んだ。

 

「なら…頼みたいことがある! ロウ!!」

 

その眼差しを見据えるロウだったが、そこで限界だったのか――ジェスは傷と疲労に倒れ、意識を落としていった。

 

「ジェス!」

 

「早く医務室へ!」

 

「ああ!」

 

ジェスの身体を持ち上げ、カイトは駆け様に医務室に向かって行く。去っていくジェスを見据えながら、ロウは何かを決意したように頷いた。

 

それを見送ると、リーアムは穏やかな貌を浮かべ、ロウと樹里に向き直った。

 

「ロウ、樹里――お帰りなさい」

 

ロウ達が火星に旅立つ前までずっと共にジャンク屋を営んだ仲間。こうして重職の地位に就いた今、昔のように動けなくはなっても、ロウ達と過ごした日々はリーアムにとってなによりも充実したものだった。

 

だからこそ告げた言葉に、ロウと樹里も穏やかな面持ちだった。

 

「おう!」

 

「リーアム~ただいま~~」

 

感極まって涙する樹里にロウは以前と同じ調子で返す。その下では、忘れられた8が不満を零すように雑音を響かせていた。

 

「ロウ、久しぶりだな」

 

「ああ、キョウも久しぶりだな」

 

そんな再会に水を差してしまったことに苦笑いを浮かべながら、声を掛けるキョウに同じように応じる。

 

「お前ら二人も久しぶりだな、元気だったか?」

 

横に立つニコルやシホの姿を見やり、声を掛けると、二人も笑顔で応じる。

 

「ええ、元気でやってます」

 

「お久しぶりですね」

 

TFに身を寄せる以前から、何度か顔を合わせていたニコルとシホも久方ぶりの邂逅に思わず笑みが零れる。そして、ロウは唯一初対面であるマイに視線を向ける。

 

「そっちは初めてだよな」

 

「ええ、私はマイ――マイ・フェアテレーゼ」

 

「ああ、俺はロウって言うんだ」

 

「知ってるわ。よーくね」

 

手を差し出したロウに不適な笑みで応じる。肩を竦め、横眼でどこか探るような視線で見やるマイだったが、ロウは特に気にした素振りも見せず、宙を彷徨った手を振りながら肩を竦める。

 

「取り敢えず、状況説明してくれねえか?」

 

気を取り直し、リーアムに向き直り、開口一番にそう尋ねた。

 

帰還したばかりで、ロウには今現在の地球圏の状況が解からない。まあ、帰還するや否やいきなり戦闘に出くわしたことから、そう穏やかな状況ではないことは明白だったが。

 

そして、それは彼らにも言えることだった。ロウ達の火星圏への視察を兼ねた渡航はかなりの極秘であった。知る者は限られているが、帰還はどんなに早くても数年は後の予定だったはずだ。それが何故、僅か2年程度で帰還したのか。

 

それも――これ程地球圏の状況が混迷し始めている矢先に。それが一同の疑問であった。そして、状況説明のため、リーアムは一同を管制室へと促した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、宇宙空間を飛翔する灰色の機体。プロメテウスは、ジェネシスαから遠く離れた暗礁デブリ地帯のなかに飛び込んでいた。

 

大小様々なデブリや岩塊が漂うのは、コロニー開発等で打ち捨てられた資材や除去物がほとんどだ。そんな奥に加速するプロメテウス。やがて、その先に一つの巨大な構造物が見え始めた。明らかに人工である機械で構成された小惑星。

 

それは、旧連合時代の遺産。旧地球連合軍特務情報部が所有する宇宙ステーションであった。

 

真っ直ぐにステーションへと向かうプロメテウスに気づき、外壁の岩塊に備わったハッチが開放され、その内へと飛び込む。やがて外壁ハッチが閉じられ、空間内が空気で満たされ、機体が微かな重力の抵抗を憶え、その身を落とす。

 

コックピット内で、異形の仮面をつけた人物が口元を荒く乱す。

 

通路の壁面から機体を固定させるためのアームやロックが現われ、機体を固定する。機体はそのままステーション内のハンガーに移送され、やがて大勢の整備士達が犇めくなかへと移動し、メンテナンスベッドに固定される。

 

《RGX-00:プロメテウス帰還、固定完了!》

 

拘束具のように機体を固定し、ケーブルが機体に接続され、外部から主電源がカットされ、機体は灰色からより鉄褐色に近い色へとフェイズシフトダウンする。

 

《核エンジン出力OFF、メンテナンスプログラム、G2作業開始!》

 

それを確認すると同時に、整備士達が一斉に機体に飛びつき、整備を開始する。いくら核動力の機体とはいえ、推進剤による損耗や戦闘ダメージがある。加えて単機であれだけの航行距離だ。また、その機体構成の複雑さゆえに整備も時間が掛かる。

 

機体や装備の状態チェックなどに慌しくなるなか、そんな様子を一瞥すらなく、コックピットからパイロットである人物が這い出るように飛び出し、首をカクンと折ったまま機体から離れる。

 

異形の仮面をつけているその人物の出で立ちに気に留めたものはなく、まるで存在が無視されているかのような幽霊のごとき青い様子でハンガーに降り立ち、おぼつかないフラフラとした足取りで歩くなか、前方に上官らしき士官服の男が立ち塞がった。

 

「おい、0984! マティス様がお呼びだ、さっさと行け!」

 

高圧的な口調で告げる士官に、人影はまったく反応せず、俯いたまま小さく独り言を囁いている。延々とブツブツ話す様に苛立ち、吐き捨てる。

 

「どうした? 新しい指令を受領しに行け、このクズが」

 

その言葉に初めて反応を示し、独り言が止み、ユラリと顔を上げる。

 

「指令――? 私に…か?」

 

「何をふざけている、そうだと言っているだろう」

 

その瞬間、仮面の奥で眼を大きく見開き、口元から涎を零さんばかりに叫び上げた。

 

「誰が私に! 私に命令なんてしようっていうのよっ!!」

 

伸ばされた腕が士官の襟元を掴み上げ、ぐいっと引き寄せられる。その拍子に制帽が脱げ落ち、そのまま力任せに乱暴に押し倒す。

 

弾かれた男が床に身を打ちつけるも、無重力なのが幸いしたのか、痛みはない。だが、その間にも暴走は続いた。

 

狂ったように唾液を飛ばし、乱暴な声がハンガー内に響き渡る。

 

「私に命令なんて、ふざけた真似――っ!」

 

怒りに突き動かされ、獣のように近くにいた他の兵士や整備士に襲い掛かる。その様に周囲にいた者達は慌てふためく。

 

「いかん、クスリが切れた! 麻酔銃を急げ!!」

 

一人がそう指示する間にも暴走は続く。一人の首を締め上げ、歯噛みする間から泡が吹き出す。その動きに頭に被る仮面がずれ、その下から見える眼光が猛禽のように歪み、相手を睨む。

 

「私を誰だとお思い! 私は――っ!」

 

そこへ麻酔銃を装備した兵士が駆け寄り、素早く発砲した。

 

甲高い音が響き、麻酔の溶液の入った弾丸が首筋に突き刺さり、先端から溶液が即効でジリジリと神経を侵食し、急激な睡魔に襲われる。

 

「――エ…サ……――あ…がっ」

 

首が折れ、仮面が再び深くずれ落ち、容貌を隠すとともにその場に倒れ伏す。その様を確認し、一同はホッと肩の力を抜く。

 

「まったく、化物め――これだから、コーディネイターという奴は――っ」

 

最初に弾かれた士官が制帽を拾い上げながら毒づき、見下すようにその身体を踏みつけ、他の兵士に顎でしゃくり、それに頷き、数名掛りで身体を持ち上げ、その場から連れ出していった。

 

 

 

 

 

 

「またスカウト0984が暴れたの? 仕方ないわね、いつものように処理して」

 

ステーションの最深に位置するモニター室に座する女性――このステーションの管理責任者であり、そして旧連合特務諜報部隊を指揮していた士官。『マティス』と名乗る人物であった。だが、その本名も謎のままであり、部下達も、その実態を知りえていない謎多き存在でもあった。

 

モニター越しに、ハンガーの一件を聞かされたマティスはウンザリした面持ちで投げやりに一瞥し、回線を切る。

 

愉しい気分を害されたような面持ちだったが、やがて顔を上げ、その口元が怪しく歪み指先を眼前のパネルに沿って流れるように叩き、マティスの周囲には無数のモニターが取り囲むように映し出されている。

 

地球の各国――それこそ、戦略的価値がない街や自然地帯、さらにはラグランジュポイントに至る全ての建造物。そこに映し出されているのは、まさに世界そのものだ。

 

ウットリとした面持ちで見入っていたマティスに向かって、声が掛けられた。

 

「まるで神にでもなったようね――マティス」

 

その声に、マティスの貌に微かな皺が刻まれ、やや睨みつけるように後方を見やると、モニターが埋め込まれた壁面に、背を預ける金髪の黒衣の女性が佇んでいた。

 

「――何の用かしら、ゼロ?」

 

至福の時間を邪魔された、とでも言いたげに不遜な口調で問うマティスに、ゼロは意にも返さず、肩を竦める。

 

「別に…ただ、貴方の顔が見たくなった――かしらね?」

 

口元を薄く緩め、ゼロは髪を掻きながら頭の上で束ねる。そんな態度に軽く溜め息を零し、前方を見やり、ゼロが口を挟む。

 

「長らしくない失態ね。アーモリー・ワンの件――ユニオン上層部は、さぞ御不満じゃないかしら」

 

揶揄するような口調で己の失点を衝かれ、マティスが歯噛みする。その様子に気をよくしたのか、ゼロは軽く鼻で笑う。

 

「それに、ジェネシスα――手こずっているようね」

 

どこか小馬鹿にされたようで、マティスは口を噤む。

 

「ザフトの脱走兵に情報をリークしたまではよかったけど――まさか、TFが介入してくるとはね。いえ、イレギュラーはそれだけじゃないみたいだけど」

 

片方に纏め上げ、もう一方の方にも髪を束ね上げながらゼロは謳うように呟き、マティスは苛立ちが増し、爪を噛む。

 

そう――ジェネシスαを強襲したザフト脱走兵の許に、ユニウスΩの軌道変更をリークしたのはマティスの作戦であった。

 

碌な防衛力も無いと踏んでいたジェネシスαであったが、そこへ介入してきたのがTFだった。彼らの存在を失念していたのは自分らしからぬ失態だったが、そのための保険としてプロメテウスまで用意したというのに、そこへ更なるイレギュラーの要因が加わった。

 

まさか、ロウ・ギュールがこのタイミングで帰還してくるとは、流石に予想できなかったのだ。

 

プライドを傷つけられたようで、マティスはジェネシスαに執着していた。そんな態度を見透かしてか、髪を梳かしながら、ゼロはバイザーの奥で視線を細めた。

 

「いくらユニウスΩが貴方にとってイレギュラーとはいえ、あまり拘らないことね」

 

己の思考を看破されたようで、マティスの表情はますます険しくなるが、気を取り直すように鼻を鳴らす。

 

「目障りな存在は厄介。だからイレギュラーな要因は、早めに潰すに限るわ」

 

マティスはあくまで世界を監視し、時には静観し、時には介入を行う。そうやって己の内を満足させたかった。

 

自分こそが、世界の全てを知り、そして動かすことができるという絶対的な監視者としての役割――マティスは、それに酔いしれていた。

 

(そうよ…これから彼が作り出そうとする歴史を見届け、愉しい時間を過ごすのだから――)

 

脳裏を掠める一人の男。マティスはあくまで影から世界を操る立場。だからこそ、表で己の意思を代行する存在が必要となる。その目星は既につけていた。そして、その思惑通りに進めるためにもシナリオにイレギュラーな要因は排除しなければならない。

 

そのためには、あのジェネシスαは最大級のイレギュラーとなるだろう。モニターに表示されるジェネシスαと、それを取り仕切るリーアムとプロフェッサーのプロフィールデータを一瞥する。

 

「可能ならアレは手にしておきたい――だけどね」

 

首を傾げ、覗き込むように笑みを浮かべるゼロを無視し、マティスはコンソールを叩く。

 

「物事はシンプルが一番――私よ、スカウト0984とプロメテウスの準備が整い次第、出撃させて」

 

今頃、パイロットは調整を受けているだろう。まだ少しばかり役に立ってもらわなければ困る。あの機体――プロメテウスもその為に手に入れ、終戦後の今日に至るまで秘匿し、改修したのだ。

 

「物事はシンプルに――『ジェネシスα宙域全ての殲滅』よ」

 

口端を歪め、嘲笑を浮かべる。これで全て計画通りに向かう。己の理想と目的を果たさんために――己の世界に陶酔するマティスを横に、ゼロはツインテールに束ね終えた髪を軽く撫で、一瞥する。

 

(そのために諜報部の艦隊を差し向ける、か――まあいい。なら潜り込ませるのも容易でしょうしね)

 

マティスを残し、背を向けて歩み出す。

 

(さて――地上は、ファウンデーション自治区に警戒だけを伝えておけとレミングに。あとは、ユニウスΩかオーブか―――)

 

思考を巡らせていたが、不意に足を止め、首だけ振り返る。

 

(所詮、貴方が酔う一族もただの道化。マティス――貴方も同じ舞台の上で踊る役者でしかないのよ。あの管理者どものね)

 

哀れむように小さく嘲笑を浮かべ、黒衣を翻してその場を後にする。己の小さな世界に夢想する道化を蔑まんばかりに――

 

そして、ゼロは胸元で揺れるペンダントを持ち上げる。鎖の先端で鈍く屈折した光を発する真紅のクリスタルを愛おしそうに見詰め、軽く口づけする。

 

「私も――次の舞台へ向かおうかしらね」

 

不適な笑みを浮かべ、クリスタルを胸元で揺らし、金色の二つの髪の尻尾を揺らし、ゼロは威風堂々と立ち去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジェネシスαのステーションの管制室では、ロウを交えて、リーアムとプロフェッサー、そしてTFのキョウとマイ、ジェスの治療を任せたカイトが立会い、現在の状況の説明及び整理を行っていた。

 

「成る程――そんな事になってるのか」

 

話を聞き終えたロウもやや難しげな表情で頭を掻く。状況はかなり複雑で混迷している。まるで2年前のような前触れのようにも感じられる。

 

「――偶然とは言いがたいわね。こうまで立て続けに起こると」

 

中央コンソールに腰掛けるマイが、鼻を鳴らす。

 

アーモリー・ワンでの強奪事件に端を発するユニウスΩの軌道変更、そしてジェネシスαへの襲撃。偶然とは思えないほど、立て続けに起こる事件。

 

何かが裏で動き始めている――そう思わせるには、充分すぎるほどだ。

 

「それにしても、輸送船がローエングリンを積んでいるとは驚いたぜ」

 

カイトがロウを見やりながら零す。正直、助かったが、陽電子砲はその特殊性故に、通常艦艇には装備できない。ましてや、民間の輸送船にそれがおいそれと出回るような技術でもない。

 

「ああ、アレは…」

 

「以前、連合の戦艦を修理したことがあって、その時の経験で造ったのよ。なかなか使う機会が無かったけど、役に立ってよかったわね」

 

ロウの言葉を遮るように、プロフェッサーが怪しい笑みで言葉を紡ぐ。2年前の大戦中にオーブに寄港した時、ロウ達は当時オーブに匿われていたアークエンジェルの修理に末端ながら携わり、ロウはその時アークエンジェルに使われていた技術の一部を、モルゲンレーテから受け取っていた。

 

その後宇宙に上がり、リ・ホーム運航に当たり、その時の経験をもとに陽電子砲を再現した。だが、造ったはよかったが、使いどころが限定される上に、下手に使用しては軍から要らぬ介入を受けると今まで使いようがなかった。

 

「それより、今気に掛かるのはやはりユニウスΩの方だ」

 

「そうね、自然現象でないのは明白だし」

 

プロフェッサーがコンソールを叩き、正面モニターに地球を中心とした宙域図がCG化される。デブリベルトから落下軌道に入るユニウスΩの予測降下進路。

 

「このままだと、後70時間後には間違いなく地球の引力圏につかまるわね」

 

コーヒーを啜りながら冷静に呟く。

 

いくら移動しているとはいえ、あの質量だ。その速度は微々たるものだが、それでも予測不可能な事態だけに円滑な対応が難しい。

 

残された猶予は約3日。モニターに表示される落下予測地点は赤道地帯周辺。だが、何処に落ちようともあの質量が落下すれば、間違いなく落下地点は壊滅。その落下時に起きうる爆発の衝撃波が数キロに渡って弾け飛び、赤道周辺を中心とした一帯は壊滅的被害を受ける。

 

だが、被害はそれだけに留まらない。やがてそれは二次的三次的連鎖となって、地球全土に飛び火するだろう。

 

「ユニウスΩには、ザフトの方が駆けつけてくれているようですが――」

 

監視衛星で確認した限り、宇宙で活動中の部隊の一部にユニウスΩの破砕任務が下り、どうやら近海を航行中だったジュール隊が向かったらしい。だが、破砕が間に合うかどうかは五分五分。

 

いや、これが人為的なものなら、そう容易にはいかないだろう。

 

(まさに、2年前の再来、か)

 

その可能性に帰結し、一同が若干蒼褪めた表情を浮かべる。

 

マイやカイト以外、ここにいる面々はまさにその可能性が起きえたかもしれない戦いに身を置いていたのだ。マイは独りごち、思考を巡らせる。

 

(考えられるのはザフトの脱走兵――けど、腑に落ちない)

 

ユニウスΩを地球へと落とす。そんな馬鹿げた真似、地球に住む者からしてみれば到底考えられない所業だ。

 

なら、それをまったく厭わない存在――前大戦の折にザフトより脱走した兵の内、未だ2割程はその所在を確認できていない。

 

野垂れ死にか、巧妙に身を隠しているかのどちらかだが、規模的には散発的なゲリラとそう大差はない。まともな組織的活動など、できているはずもない。それは先程撃破した部隊からも明白だ。

 

だが、そこである疑問が浮かぶ。ユニウスΩ程の質量を動かすとなると、方法は限られてくるが、問題はその手段をどうやって調達したかだ。

 

(背後には何かある――ブルーユニオンには利が無い。かといって、大東亜連合は動きはしないでしょうね)

 

考えられるのは、彼らをいいように操っている黒幕がいるということ。だが、問題はそれがどの勢力であるかだ。

 

地球側の勢力では、あり得ない可能性の方が高い。となると、宇宙に身を置く勢力となるが――脳裏を過ぎった考えに、マイは鼻で笑った。

 

(まさか…ね)

 

だが、調べておく必要があるかもしれない。そう考えていると、呼ぶ声にハッとした。

 

「フェアテレーゼ少佐」

 

「あ、え、と…ごめん、聞いてなかった」

 

軽く苦笑し、謝罪すると、キョウが気を取り直し、プロフェッサーを見やりながら呟く。

 

「取り敢えず、我々も後数日ここに滞在します。よろしいでしょうか?」

 

「それはありがたいですね」

 

正直、防衛部隊は先の戦いで壊滅に近い打撃を受けている。今現在、ジェネシスαの防衛力は皆無に等しい。TFも戦力としては少数だが、それでもパイロットの腕は信頼できる。

 

「それでいいか、少佐?」

 

リーアムに頷き返すと、確認するまでもないことかもしれないが、キョウはマイを見やる。

 

形式的には自分の指揮下に入っているが、マイはTF所属ではない。命令の強制権はないが、マイは不要とばかりに首を振り、指で応じる。

 

「オーライ、どの道、これで終わるはずがないでしょうしね」

 

ザフトによる介入だけで終わるはずがない。むしろ、あれは前哨戦だろう。なら、次には本腰で来るはず。それも近いうちに――下手に時間を掛けて、増援を呼ばれては向こうも迂闊には手を出せなくなるのは承知のはずだ。

 

なら、今度こそ自身の手で確かめるまで。

 

「あんた、連中に目星がついてるみたいな言い方だな?」

 

どこか確信めいたような物言いにカイトが憮然と睨みつけるも、マイは笑みで誤魔化す。

 

「お生憎。私はただのしがないパイロットだからね」

 

言外に答える気はないと察し、カイトは視線を更に細めるも、マイは動じない。そんな空気に周囲はやや重くなるも、リーアムがロウに問い掛ける。

 

「そう言えばロウ、火星はどうでした?」

 

気に掛かっていたのは一応その事だ。ロウ個人の興味もあったかもしれないが、極秘裏に火星圏の視察も任されていたのだ。

 

国の思惑に左右されない人物だからこそ、忌憚のない意見が齎されると考えたかもしれないが、マイもその内容には気に掛かったのか、耳を微かに傾ける。

 

「ああ、なかなか面白かったぜ。火星圏は複数のコロニー自治体から今は機能している。その内の一つに世話になってたんだけどよ、そこでこっちに来たがっていた奴も連れて来た」

 

その内容は、聞きようによっては聞き逃せないものだった。

 

(火星から? マーシャンが地球圏に?)

 

火星圏の政治形態がどうなっているのか、地球圏にはほとんど伝わっていない。

 

だが、火星圏にはコーディネイターの移住者が多い。プラントとはかなり密接に繋がっているらしいが、何故火星圏の人間が地球圏に来たのか。その理由を問い質そうとした瞬間、話を続けるロウが何かを思い出したように手を叩いた。

 

「そうそう、途中で――」

 

その瞬間、ドアが開き――奥から顔を見せた人物に、カイトは驚愕に肌を鳥立たせた。

 

「ロウさま~~お食事の用意ができましたぁ♪」

 

顔を覗かせるピンクの髪に愛嬌のある声。それは紛れもなく、セトナであった。カイトは鋭い剣幕で思わず詰め寄る。

 

「なんでお前がここに!!?」

 

「ひぃ~~ん」

 

睨まれ、セトナは萎縮する。セトナはアーモリー・ワンで所在不明になっていたはずだ。何故ここにいるのか。神出鬼没な行動にカイトは不審の眼を向けるが、そのやり取りにロウは首を傾げる。

 

「知り合いか? 途中で拾った救難カプセルにいたんだ」

 

その言葉にますます不審感が募る。何故救難カプセルに乗っていたのかということもあるが、それがロウに拾われ、このジェネシスαまで来たとなると、ただの偶然では済まされない。だが、セトナは涙眼で訴えるのみで大仰に悪態を衝く。

 

「それにしても――なんで戻ってきたの? もっと火星でゆっくりしてくると思ったのに」

 

ふと、一番気に掛かっていた疑問を口にする。

 

プロフェッサーもロウの早々の帰還が腑に落ちなかったようだ。この男のことだから、火星で騒ぎを起こして追い出されたのかとでも思ったが、ロウはあっさり簡潔に述べた。

 

「言われたからさ」

 

「へ?」

 

「言われた?」

 

首を傾げる一同。どうにも要領を得ない。戸惑う一同を横に、ロウはニカっと笑みを浮かべる。

 

「ああ、これから他にも懐かしい顔が揃うぜ」

 

予言めいた言動に呆気に取られていると、ファクトリーからの通信が入る。受信ウィンドウが開くと、そこにはやや顰めた表情の樹里が映し出された。

 

《ロウ! いつまで話し込んでるの、早く戻ってきて手伝ってよ!》

 

やや怒り口調で口を尖らせる。事情の説明をロウが受ける間、樹里には大破したアウトフレームの修理を任せたのだが、さしもの樹里も手に余る部分があるらしい。背後では作業を手伝うジョージと8も急かすように映り、ロウは手を振る。

 

「わりいわりい、すぐ行く」

 

通信を切り、ロウは身を翻していくが、最後に一同を見渡し、またもや不適な笑みを浮かべた。

 

「まあ、その内分かるさ」

 

最後まで遠回しな物言いで呟き、ロウは管制室を後にする。残された一同は腑に落ちなかったものの、やがて各々の作業を開始する。

 

「どうする、クズハ艦長? ガーディアンズは当てにできない。戦力的にはキツイんじゃない」

 

確かに、現状ではTFが戦力の要だが、それでもイズモ級戦艦一隻にMSが数機。相手の正体は朧げながら掴めてはいるが、次の襲撃は必ずかなりの大規模なものになることが予想されるだろ。

 

崩れている守備隊だけでは戦力的に不利だ。脱走兵が散布したニュートロンジャマーの影響で、アメノミハシラへの長距離通信は現在不可。どの道、主力部隊が出払っている以上、援軍は当てにできない。

 

さしものキョウも同意見なのか、気難しい表情で考え込む。そして、先程のロウの言葉が脳裏を掠める。

 

(まさか――そうか、そういうことか、ロウ)

 

ロウの示唆したものが解かり、キョウは内心納得するも、ロウのあの自信の程の根拠は流石に分からなかった。だが、確かに可能性としては高いかもしれない。

 

「いや、なんとかなるかもしれない」

 

意外なキョウの言葉にマイは一瞬眼を剥くも、やがて胡散臭い表情で軽く睨む。

 

「まさか――根性でなんとかする、とか言わないわよね?」

 

半眼で見やるマイに苦笑で返し、首を振る。

 

「ASTRAY達が、再び集うのさ」

 

揶揄するような物言いに、マイは首を傾げた。だが、キョウがそのまま会話を終了したため、頭を掻きながら二人は一度ツクヨミに戻り、機体の修理と整備、そして念のために残りのメンバーによる交代での哨戒に入ることにした。

 

道中、マイはキョウの真意を図りかねながら嘆息した。

 

(ま、私は私の目的を優先すればいい。これがこの件で解決してくれればいいけど――)

 

マイがTFに同行しているのは、あくまで目的のためだ。彼女の上司、依頼主の目的――そして、自分自身の目的のためだ。この件が糸口になってくれればと思う。

 

(マティアスからのもう一つの依頼は、一度地球に降りてからになるか)

 

彼女にはもう一つ、マティアスから託った別の仕事があった。少し前に突如行方を断った『ある人物』を捜すこと。

 

(――さて、今どうしているのやら。堕天使様)

 

肩を落としながら、前途多難――憂鬱な気分のまま、マイはツクヨミに戻り、ニコルやシホ以下数名のTFパイロット達と交代で哨戒任務に就いた。

 

 

 

 

 

ハンガーの一画を借り受けたロウは、大破したアウトフレームをメンテナンスベッドに固定し、修復を行っていた。

 

大破した四肢の交換だけに留まらず、ロウはアウトフレームの外部装甲も外し、剥き出しになったフレームに別の装甲が装着されている。格納庫の奥からコンテナが数基移送され、作業アームがコンテナから装甲やパーツを取り出し、それらが音を立てながら置かれ、レーザーで接続し、コードパイプが繋がり、電子系統を繋げる。

 

その様子を確認に訪れたカイトは、視線を細める。

 

「――ただの修理、じゃなさそうだな」

 

アウトフレームの装甲が外され、新しく造り替えるにしてはおかしい。その問いに、見上げた先のコックピットでドライバーを手にロウが答える。

 

「ああ、アウトフレームを本来の姿に戻す。今までは作業用MSとして便利なように、俺が改造した姿だったからな」

 

コード類を口で咥え、制御コンソールのケーブルを繋ぐ。

 

話を聞きながらカイトはアウトフレームを見回し、その新しく装着される装甲形状に眉を寄せる。今までのゴツゴツとしたものからシャープな曲線を描くものに変更されているが、その形状はあの謎の機体と似通っている。

 

「おい! この外装は、あいつとそっくりじゃないか!」

 

思わず語気が荒くなる。その問いに、ロウは相槌を打つ。

 

「元は同じ機体だろうな。こっちは俺が、予備パーツを使って組んだんだ」

 

その言葉にカイトはますます眼を細める。これは修理というより、改装と言った方がいいかもしれない。だが、それの意味するところに自然と声が低くなる。

 

「戦闘用MSにする――ってことか?」

 

今までのアウトフレームは作業用としての意味合いが強く、また形状もそれに合わされていたため、戦闘に関してはどうしても不利な一面があった。だが、それを戦闘用に改修するとなるとまた意味が違ってくる。能力的にも、そしてジェスの心持ち的にも。

 

「あんたの相棒の眼を見たか?」

 

「――ああ」

 

唐突に問い掛けるロウに、カイトは神妙な面持ちで頷き返す。

 

「アレは、信じるモノのために戦う決意をした眼だぜ」

 

作業を止め、カイトを一瞥する。

 

ロウはジェスとの付き合いは浅い。アウトフレームを渡したときのほんの数時間程度の邂逅。だが、ジェスの内に秘める想いが、ロウにはひしひしと感じ取れた。

 

「ジェスは真実をなにより求めている。真実を歪める敵――それはまさに、あのバカにとって天敵だからな」

 

そんなロウに対し、カイトは呆れにも似た口調でストレートに述べた。だが、それこそがジェス・リブルという人間の本質なのだ。

 

真実を自ら求めるが故にそれが歪み、隠蔽されることを嫌う。だからこそ放っておけないのだが、カイトはそれを呑み込む。

 

「だが、奴を戦わせる訳にはいかない。アウトフレームには俺が乗る、俺がジェスの仇をとる!」

 

ジェスへの友情ゆえか、そう告げるカイトの言葉を遮るように声が響いた。

 

「待て、カイト!」

 

ハッと振り向くと、そこには治療後の痛々しい姿のジェスとそれを必死に支え、引き止めようとするセトナが佇んでいた。呆気に取られるカイトに向かい、ジェスはよろめきながらも歩み寄る。

 

「俺が行く! 俺に戦わせてくれ!」

 

懸命に訴えるジェスだったが、カイトは眉を寄せて思い留まらせるように制する。

 

「ダメだ! お前の戦闘技術じゃ、あのMSには絶対に勝てない」

 

客観的に言うまでもない。戦闘に関しては素人同然のジェスが、いくら戦闘用に改修されたといってもあの機体に勝てる見込みなど万に一つもない。それはジェス自身が一番理解している。だが、それでもなお言い募ろうとするが、カイトが真剣な面持ちで声を掛ける。

 

「俺は、お前を死なせるわけにはいかない」

 

その言葉のなかに込められた友情に、ジェスは胸を打たれるような心持ちだった。自身のことを心配してくれているのが、痛いほど分かる。

 

「分かっている……だが…俺には――」

 

カイトの気持ちは嬉しい。だが、これだけは譲れない。引き下がるわけにはいかなかった。

 

「俺にはこの眼が――真実を見続けてきた眼がある! 俺があの敵を見る!!」

 

真実を歪め、ジェスの真実を求める思いを否定する敵。

 

幸か不幸か、それはジェスの前に立ち塞がった。だからこそ、ジェスは自分自身で戦わなければならなかった。それは、ジャーナリストしてではなく、ジェス個人の戦いだからだ。だからこそ、カイトに代わりに戦ってもらうなど、赦されない。

 

決して退こうとしない決然としたジェスにカイトも口を噤み、表情を曇らせる。たとえどんな言葉を述べられようともジェスは一歩も退く気は無い。暫し、緊張した空気が二人の間に降りていたが、その会話を横で聞いていたロウが口を挟んだ。

 

「いいじゃないか」

 

コックピットから顔を出し、二人を交互に見据えながら、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

「俺が二人で戦えるようにしてやるよ」

 

その言葉に、ジェスとカイトは戸惑いながら首を傾げた。

 

「ジェス様、お身体に障られます、取り敢えず医務室に戻ってください」

 

一応ではあるが、ロウが自身の要望を聞き入れたことに安堵したのか、ジェスはようやく身体に走る激痛を自覚し、大仰に悶えた。

 

その様子にカイトは大きく溜め息を零し、セトナに誘導されつつ、再び医務室に戻らされた。

 

 

 

 

「まったく無茶しますね――意識不明だったというのに」

 

ジェネシスαの医務室に再び担ぎ込まれたジェスはベッドに寝かされ、腕には点滴用のボトルパックとポンプがつけられていた。

 

薬と一緒に痛み止めが流れているのか、ひっきりなしに身体を襲っていた激痛が和らぎ、幾分か落ち着いていた。

 

そんなジェスを嗜めるのは、ジェスの手当てを行ったマリアだった。このジェネシスαには専属の医師はいない。皆、簡単な医療行為程度なら自分でやれるようにしているからだ。

 

セルフサービスに近いせいか、この医務室は無人だったが、ジェスの容態はかなり重症であったため、ツクヨミからマリアが呼ばれたのだ。

 

TFに属して既に数年。多少の医療知識は、独学で身につけていた。幸いに外科手術が必要なほどでもなかったため、こうしてジェスも動き回っているのだが。

 

ジェスはどうにも居心地が悪く、萎縮するばかりだ。怪我人だから大人しくしておかねばと分かってはいるが、今回ばかりはどうにもジッとしていられなかったのだ。

 

「ヤッホ」

 

そんな気まずい空気が漂う医務室を訪れるマイ。

 

「あ、少佐――」

 

それに気づいたマリアが振り向くが、マイは不満気に口を尖らせる。

 

「マイでいいって言ってんじゃん。歳だってそんなに離れてないんだし」

 

「で、ですが…」

 

「マーイ――OK?」

 

ぐぐっと顔を近づけ、強引に告げるマイに、マリアは貌を微かに引き攣らせつつ、苦笑で応じた。

 

その瞬間、眼を細めていたマイがニコリとなり、顔を離して頷く。

 

「で――この野次馬バカはどうなの?」

 

覗き込むようにジェスを見やる。会って間もないの人間にそう評されるのは流石に不本意なのか、ジェスが軽く表情を顰めるも、マイは意に返さない。

 

「睨まない睨まない――ま、格納庫に怒鳴りに行くぐらいだから心配ないか」

 

痛いところを衝かれ、グッと押し黙るジェス。そんなジェスを、笑みを噛み殺しながらマイは値踏みするように見やる。

 

(サー・マティアスが入れ込んでいる男、か。よくは分からないな)

 

マイの見解、ジェスはどこにでもいそうな平凡そうな男だ。

 

MSを動かせるという点だけは確かに非凡だが、それ以外特に眼を引く要素がない。愚直なまでに真っ直ぐに突き進む――その点はマイも好感を持ってはいるが、どうにもマティアスがジェスを気に掛けているのか、図りかねていた。

 

(まあ、私には関係ないか)

 

ジェスが何かしらの要素を担っているのかは、マイには関係ない。肩を竦めると、そこへ再びドアが開き、香ばしい匂いと明るい声が聞こえた。

 

「ジェス様~お食事を準備しました。いっぱい食べて元気になってくださいね~~」

 

入室してきたセトナが運び込んできたもの。それはワゴンに乗せられた大量の料理。フルコース並みの豪勢さだが、少なくとも今の状態で食するものではない。

 

だが、セトナの料理に餌付けされたジェスからしてみれば、断るのは勿体無く――ちょうどいいタイミングで、腹の虫がなった。

 

恥ずかしながら、ジェスも空腹を抑えられなかったらしい。場の女性陣は笑みを零し、マリアが肩を震わせながら頷く。

 

「そうですね。本当ならダメなんですが、貴方なら大丈夫でしょう」

 

病院食など、食べた感じがしないだろうし、ジェスの元気さ加減を見れば、栄養を摂れば早く回復するだろう。

 

マリアのお墨付きをもらい、ジェスは点滴を外し、セトナの料理に手を出す。

 

「皆さんもどうぞ」

 

セトナは笑顔のままマリアやマイにも料理を差し出し、マリアもやや腹ごしらえと摘み、マイはそんなセトナの挙動を、一挙一挙見据えていた。

 

「お嬢ちゃん、名前は?」

 

軽く口に摘みながらそう尋ねると、セトナはニコリと笑った。

 

「セトナ・ウィンタースです」

 

万人に好かれそうな笑顔。それがマイの印象だった。

 

「ささ、どうぞ」

 

勧める料理を摘み、マイもまた笑みで応じた。

 

 

 

 

 

あれから一日――ようやく自力で動けるほどに回復したジェス。アウトフレームの改修も完了していた。たった一日で回復したジェスのタフさと、ロウの仕事の手際の良さに感心と呆れが漂うなか、ジェスはカイトと共にアウトフレームを見上げていた。

 

「どうだい、こいつが生まれ変わった新しいアウトフレーム。『アウトフレームD』だ」

 

不適な笑みでアウトフレームを指す。

 

全体的に見ても、その姿は今までのゴツゴツとしたものではなく、もっと曲線を帯びたシャープな装甲形状に変わっている。どちらかと言えば、あの機体と同一と言っても差し支えないほどだ。これが、アウトフレームの『本来の姿』でもあるのだ。

 

そして、大きな特徴としてアウトフレームの頭部に、もう一つのコックピットが付随された。それは、ロウがジェスとカイトのために用意した手だった。

 

無茶をしそうなジェスを、せめて自分の近いところで護らせるために用意した。だが、理由はそれだけではない。相手が量子コンピュータを媒介して使用するウイルスに対抗するためにもメインカメラが外され、代わりにジェスがそこに乗り込むことで、文字通りアウトフレームDの眼となり、相手の特殊能力に対処する。

 

機体の最終調整のために乗り込むカイトとジェス。カイトは胸部コックピットに、そしてジェスは頭部のコックピットに搭乗する。アンテナをヘッドカバーが閉じ、メインカメラには特殊な強化ガラス。そして接面部位には機密用の準備を施し、ノーマルスーツ無しでも活動が可能な程の機密性を確保した。

 

「パワーレベル良好、そっちはどうだジェス?」

 

操縦コックピットで、カイトは機体の状態を確認する。パワーはともかく、それ以外は確かに以前と比べても改良されている。これなら、問題はないだろう。ロウの腕に感心しつつ、カイトは頭部のジェスに問い掛ける。

 

「ああ、視界良好――見てやるぜ、アイツの真実を!」

 

ガラス越しにカメラを構え、ジェスは決意を新たに固める。どのような形であれ、これでジェスもあの敵と戦うことができるのだ。

 

機体の確認を終えた二人が降りると、ロウも頷く。

 

「これであいつとも――『プロメテウス』とも戦えるはずだ」

 

「プロメテウス――?」

 

「あのMSの名さ」

 

聞きなれぬ名に尋ねると、ロウは驚愕させる言葉を呟いた。それがあの宿敵の名であると、ジェスは息を呑む。

 

「ああ、機体ナンバーZGMF-X06A:プロメテウス。それがあの機体の名さ」

 

「プロメテウス――神の炎、ね。随分と高慢な名ね」

 

マイは頭を掻きながら、鼻を鳴らす。

 

人の世に火を伝えた神の名――ジェスも、僅かばかりに握り締める手が汗ばむ。

 

「ああ、それとな――アウトフレームとはきょうだい機に当たる」

 

やや表情を顰めて重くそう告げたロウに、ジェスは今度こそ驚愕に眼を見開いた。ロウが発した言葉の意味がうまく理解できず、ジェスは困惑するが、そんなジェスにロウはなおも続けた。

 

「アウトフレームは、元々ここにあったプロメテウスの予備パーツを、俺が組み上げたんだ」

 

「元は、あの敵と同一の機体ということだな」

 

横から呟いたカイトに、思わず振り返る。

 

「カイト、気づいていたのか?」

 

確かにアウトフレームと似通っているとは思っていたが、徐々に思考が理解してくるにつれて不快感にも似た感情がこみ上げてくる。

 

あの機体と自分のアウトフレームが同じ機体――その事実を振り払うように、ジェスは頭を振った。

 

たとえ、二機が同型の機体だとしても、それはただの事実でしかない。

 

短いが、アウトフレームはジェスにとって愛機と呼べる機体だ。それが変わる訳でもない。ジャーナリストなら、事実は客観的に受け止めるべきだと自制する。

 

「大丈夫か?」

 

流石にショックだと思ったのか、心配そうにロウが尋ねるが、ジェスは頷き返す。

 

ロウは安心すると、説明を続ける。

 

「二機はまったく同じという訳じゃない。正確には、あっちが本物。こっちは予備パーツだったんだろう。最初にここに残されていたアウトフレームには、装甲や動力部など不足部品が多かった。それらは俺が勝手に作って組み込んじまったし、そもそもアウトフレームは作業用にカスタマイズしてある」

 

あのプロメテウスという機体は、元々このジェネシスαに在ったものだった。ロウは実物を見てはいなかったが、ここに残されていたデータからその存在を知った。

 

そのデータによると、プロメテウスは元々、前大戦時の折にザフトで開発されていた次世代型主力MSの試作機の一機だったらしい。

 

当時、この機体は別の機体とツインプランで開発が進められていたが、ヘリオポリスにおいて当時の大西洋連邦軍が開発し、奪取されたGATシリーズ4機のデータによって、急遽仕様が変更されたらしい。

 

齎されたPSシステム、ビーム兵器等の当時の最先端技術の試験機としてこの2機は改修され、片方はZGMF-X05:リベレーション、もう片方がZGMF-X06:プロメテウスというコードネームを与えられた。

 

リベレーションは実戦テストを兼ねてクルーゼ隊に配属され、大戦中期に大破し、破棄された。だが、きょうだい機であったプロメテウスは、歴史の表舞台に立つことはなかった。

 

その後、新技術の試験ベースとして幾度か改修を受けた。最終的には、試作核エンジンとNJCの試験、そして、奪取し損ねたGAT-X105:ストライクの装備換装機能が施された。

 

奪取した4機に残されていたデータと戦闘によって得たデータからそのフレーム構造を模倣し、連合のストライカーパック機能を付随させた。それにより、プロメテウスとアウトフレームは連合系のストライカーパックの換装が可能らしい。

 

意外なところで繋がる謎に、ジェスは圧倒されるばかりだ。

 

となると、現在のZGMF-1000シリーズやZGMF-X56Sインパルスが、背面への装備換装機能が採用されているのも、そこが原点になっているのではないか。だとすれば、アウトフレームとインパルスらセカンドステージの機体は、親戚関係になる。

 

遂先日まで取材していた最新鋭兵器が、自分の愛機と関係のある機体だと分かると、少なからず興奮を憶えた。まるで突然、存在さえ知らなかった生き別れの兄弟と出会ったような不思議な感覚だった。

 

だが、そこで一つの疑問にぶつかる。話の流れからすれば、プロメテウスはザフト製の機体のはずだ。なのに今現在は、別の組織に運用されている可能性が高い。

 

「恐らく、そのプロメテウスって機体もここから強奪された――じゃない?」

 

マイが口にし、ロウを見やると何とも言えない表情を浮かべる。

 

生憎とロウは、データであの機体の存在を知っただけだ。ロウ達がここに足を踏み入れた時には、既にあの機体はここに無かったのだ。だが、当たらずとも遠からずといったところだろう。

 

奪った敵の兵器をそのまま使用するのは、戦争では珍しくない。

 

そして、ロウはジェネシスαで剥き出しのフレーム状態のままで捨て置かれていたアウトフレームを発見し、ここに残されていたパーツ類を使い、あの機体に仕上げたのだ。

 

「ロウ、こいつとあいつの能力差は?」

 

アウトフレームとプロメテウスの因果関係を聞き終えたカイトが、徐に尋ねる。経緯はこの際関係ない、問題はこの機体で、そのきょうだい機に勝たねばならないということだけだ。そのためにアウトフレーム、そしてプロメテウスの能力を把握しておかねばならない。

 

「まず装甲が違う。あっちは進化したPS装甲だが、こっちは発泡金属装甲だ」

 

あちらには2段階に強度をフェイズシフトさせる特殊なPS装甲だが、こちらは軽いだけが取り得の発泡金属だ。

 

「強度はないが、軽い分、スピードはこっちが勝るというわけか」

 

発泡金属など正直装甲とは言い難い。だが、それ故に重量は軽く、機体の軽量性を齎し、機動性を上げる。

 

「弾を避ければ問題はない。あんたならできるだろ?」

 

不適に問うロウに、カイトも同じように返す。

 

「フン、言ってくれるな」

 

だが、その貌には自信が漂っている。みすみす相手に喰らってやるなど、カイトのプライドが赦さない。

 

「動力も違う。あっちは核エンジンを載せているが、こっちはバッテリーだ。主な違いはその二つってところだ」

 

純粋な出力とパワー、そして稼働時間で言えば、明らかにアドバンテージを握られている。

 

「いや、奴は真実を歪める能力を持っている。それこそ、あのMSの最大の能力だ」

 

そう――プロメテウスの最大の特徴は、そうしたウイルス散布による特殊能力だ。

 

「そうだったな。多分、あの機体を入手した組織が後から付加した機能だろう。進化したPS装甲も含めてな」

 

ウイルスを散布・運用する能力は、元々プロメテウスには備わっていなかった。PS装甲にしてもあの当時はまだ初期のものに近かったはずだ。なら、それらの特殊な能力や装備は奪取したプロメテウスに合わせて新しく開発されたものだ。

 

「だが、そいつに対する備えは万全だろ?」

 

「ああ」

 

「ジェスがアウトフレームDの眼となって相手を見る――操縦はマディガン、あんたが操縦してくれれば、8もOSがウイルスに制御されないように専念できる」

 

8をアウトフレームDのメインシステムと直結し、それをメインカメラコックピットに座ったジェスが捉えた映像を解析し、モニターに投影する。

 

このため、8は機体の操縦をできなくなるが、カイトが乗り込めば何の問題もない。

 

【ジェスノ時ヨリハ楽ソウダナ、任セロ!】

 

「アウトフレームDは全体的に戦闘用に改修してある。今挙げた違い以外、基本的な能力では同等になるはずだ」

 

元々のフレームは同じものだ。機体の反応も機動性もそれ程大差はないだろう。後はパイロットの腕次第だ。

 

「ホントにこれで勝てるかなぁ?」

 

傍で話を聞き入っていた樹里が不安気に漏らす。マイナス思考が強いだけにこう考えると際限がないが、隣に佇むセトナは不安を滲ませず、ハッキリと告げた。

 

「ジェス様なら、きっと勝てます!」

 

笑顔で自信ありげにそう告げたセトナに勇気づけられるように、ジェスも強く頷く。

 

「ああ、きっと勝てる! この機体で――アウトフレームDで奴と戦う、真実を護るために!」

 

その顔は昨日までの憤怒だけに歪んでいたものではなく、どこか決意を漂わせるものだった。それを見届けると、ロウは肩を竦め、身を翻す。

 

「ロウ?」

 

その態度に声を掛けるより早くロウは宙を飛び、手を振る。

 

「よし、それじゃあ俺はちょっくら、出かけてくる」

 

唐突に告げた言葉の意図を一瞬図りかねず、一同は首を傾げる。この情勢下でいったい何処へ向かおうというのか。

 

「ユニウスΩさ。止められなくても、何かやれることはあるはずだ」

 

そう告げたロウの顔は、見るものを引きつけるような気持ちのいいものだった。思わず見入るなか、ロウは背中越しに親指を立てて格納庫を後にし、それに置いていかれまいと樹里も慌てて後を追う。

 

揺るぎない信念を漂わせるその背中に、ジェスは無意識にカメラを構えてシャッターを切った。

 

「本当に凄い奴だな…ロウ=ギュールって奴は――」

 

ジェスがこれ程、一人の人間に入れ込んだのは実に久しぶりだ。

 

自分達のためにアウトフレームDという機体を造り上げ、今また危険が漂うユニウスΩへと向かおうとする。そんな姿勢にカイトも珍しく素直に相槌を打つ。

 

「ああ。機体の特性は分かった、後は戦い方だな――」

 

ロウを見送ると、一同は再びアウトフレームDを見上げる。

 

「敵は姿を消せる上に格闘戦能力も高い。どうやって奴を倒すかだが――」

 

さしものカイトも頭を悩ませる。機体の性能上、ロウから告げられた特性以外に差はないと見ていいだろう。だが、問題はパワーと相手の特殊性にある。アウトフレームDには基本武装と言えるものは何も無い。ビームサインが多少の自衛手段になる程度で、あとはカイトの自作した専用のビームライフルのみ。後はストライカーパック換装により、多少アビリティを強化できる程度だが。

 

「問題はもう一つあるわね。次の襲撃は、恐らくかなりの激戦が予想できるわ」

 

相手が姿を晒した以上、もはや単機でどうこうするようなレベルではないだろう。相手の思惑がどこにあるかは分からないが、少なくともジェネシスαが邪魔なことだけは間違いない。なら、次はかなりの大掛かりな襲撃が予想できる。

 

「そっちは私達が何とかするけど――プロメテウスとかっていう相手の援護に回れるかは、分からないわね」

 

相手の戦力がどの程度か分からない以上、戦力的に限りのあるTFだけでは防衛に手一杯になる可能性が高い。なるべく、邪魔はさせないつもりだが、逆に援護も期待しないと述べられ、余計なお世話だとばかりにカイトは鼻を鳴らす。

 

「――カイト、ソード装備で出てくれないか?」

 

黙り込んでいたジェスが呟き、そちらに視線を向ける。

 

ジェネシスαには出所が不明なジャンクの他に軍の装備やパーツが純正、複製を問わず流通している。その中にはストライカーパックも多数含まれており、生産数の多いストライカーパックもこのジェネシスαには数基保管されている。

 

「構わんが――どうするつもりだ?」

 

ジェスの真意が掴めず眉を寄せるも、ジェスは迷いもせず告げた。

 

「俺に――考えがある」

 

そう――これが、ジェスとカイトの戦いなのだ。そして、相手を倒すためではない。真実を求めるために――ジェスは初めて、自ら戦いに身を委ねようとしていた。

 

 

 

 

 

 

同時刻、宇宙空間を航行する一隻の艦。

 

ザフトのローラシア級を改装したような外観を持つ艦。それは、裏世界でその名を轟かせる傭兵:サーペントテールの運用する輸送船であった。

 

その一室。メンバーの一員であり、情報収集、整備等のサポート面で欠かせない存在である風花・アジャーの私室。自室のコンソール画面でキーを打つ傍ら、風花はデータを整理していく。

 

『――風花ちゃん』

 

真剣にウィンドウに向き合っていた風花は、突然耳に聞こえた声に思わず手が止まり、かけていたヘッドギアを取る。

 

「今のは――」

 

幻聴か。だが、あの声は風花にとって忘れられない声――無意識に、まるでそれが呼び寄せるように振り向くと、薄暗い部屋のなかにぼうっと浮かび上がる影。それは幻か、夢か――風花の前に佇むのは、プレア・レヴェリーだった。

 

「プレア――」

 

懐かしい人物の顔に、持っていたヘッドギアを取り落とす。微かに響く落下音が、夢ではないことを告げる。

 

『驚かせてゴメン』

 

そう言って微笑むプレアの顔は、最後に見た頃とまったく変わっていない。風花がプレアと最後に言葉を交わしたのは2年前。大戦終結後のジェネシスαでのことだった。火星圏へと旅立つロウ達にプレアは共に行き、そしてその世界を見てみたいと告げ、同行していった。

 

だが――それが、最期の別れであることを風花は察しっていた。こんな時は聡明な自分の思考が嫌になる。プレアの寿命が長くないことに――恐らく、火星に辿り着いても長くは生きられないことを。

 

それを告げようともしたが、プレア自身がそれをよく理解していた。その上であの笑顔を浮かべ、旅立っていったからこそ、風花も笑顔で見送った。

 

そのプレアが今、眼の前に立っている。たとえ、夢や幻だとしても嬉しかった。

 

『実は、お願いがあるんだ』

 

「え?」

 

『君も知っているだろう。ジャーナリストのジェスさん。今、あの人は窮地に立たされている――』

 

告げられた名は、風花にも聞き覚えがある。

 

何度か依頼で同行・もしくは敵対したこともある。あのジェスが、窮地に立たされている。戸惑う風花に、プレアは変わらぬ笑顔のまま話を続ける。

 

『あの人を助けたいんだ。力を貸してくれないかい? あの人を救うことが、多くの人々の幸せに繋がるのだから』

 

その言葉に、一瞬息を呑んだ後、大仰に溜め息を零し、肩を落とした。

 

「変わらないね、プレア――まだ、皆の幸せを考えているんだ」

 

唐突に現われ、こちらの情緒も無視したように一方的に依頼を申し込まれたというのに、風花は何故か怒るというよりも嬉しさと呆れが半々に、胸中を過ぎる。

 

風花は良くも悪くも現実志向だ。だからこそ、全員の幸せを考えるプレアの考えを、最初は理解できなかった。だが、今も変わらず持ち続けている頑固さ加減に感心するのも確かだった。

 

「了解、その依頼――風花・アジャーこと、サーペントテールが引き受けます」

 

できうる限りの笑みで了解の意を伝える。その真摯さが伝わったのか、プレアの笑顔はより柔らかなものに変わる。

 

『ゴメンね、君を巻き込んでしまって……ありがとう、風花ちゃん――』

 

その言葉を最期に――プレアの姿は、光の粒子のように霧散していく。

 

あたかも…幻想のように――静寂の戻った私室で、風花は小さく口を尖らせ、悪態を衝いた。

 

「本当に変わらないんだから…ちゃんは止めてって言ったじゃない――」

 

その口調はどこか嬉しそうであり、風花は気合を入れるように拳をググッと握り締め、コンソールに向かい、まずはジェスの現在位置を収集し始めた。

 

依頼人は厄介なことに、護衛対象の所在を教えなかったのだから。

 

だが、それは慣れたもの。すぐさまジェスの所在地を割り出し、風花は仲間達のもとに走った。大切な者との約束を果たすために――

 

 

 

 

 

 

 

最初の襲撃から既に2日目。

 

その間に襲撃の気配はなかったが、ジェネシスα付近では不気味な静寂が支配し、嵐の前の静けさを呈していた。

 

ステーションでは、いつ起こるか分からない襲撃に備えての厳戒態勢が続いていた。ステーションのハンガーでは、ゴールドフレーム天をはじめとし、M1AにTFが所有するゲイツRにバスターダガー等が整備を受けていた。

 

既にウイルスの駆除も終了し、システムは順調に稼動しているものの、警備隊の損耗は簡単には補修できず、実質戦力はTFのみ。

 

それでもパイロットの疲労も考慮し、現在は周辺警戒はレイスタ部隊が行ってくれている。

 

「二人ともお疲れさん」

 

M1Aの整備を行っていたニコルとシホのもとにマイが歩み寄り、持っていたドリンクを放り投げ、それに気づいたニコルとシホが受け取る。

 

「あ、どうも」

 

「ありがとうございます」

 

整備を終え、一息といったところだろう。そんな二人を一瞥し、マイはストローを咥えたまま機体を見上げる。

 

「やっぱ戦力的にはキツイわね~」

 

思わずそう漏らす。戦力はTFが所有するMSが数機のみ。ジェネシスαを護りながら戦うとなると流石に苦しい。

 

「そうですね――でも、大丈夫ですよ」

 

「艦長もそうだったけど、その自信はどっからくるの?」

 

笑顔で告げるニコルに思わず問い返すと、意味ありげに笑みを噛み殺す。その様子に眉を寄せ、首を傾げる。

 

「キョウさんは決して根拠のない判断はしない方ですし…それに、信じているからですよ。あの人達の絆を――仲間を」

 

そう――二人はそれを知っている。ASTRAYに連なる者達の絆を。そして、その仲間達を――かつての自分達のように。

 

これは言葉にするには難しいものだろう。部外者であるマイからしてみれば、そんな曖昧なものに共感はしないだろうが、その思いは分からないでもない。

 

(仲間――か)

 

思わず内心にポツリと漏らし、瞳がやや陰りを帯びるも、それは鳴り響いた思考に掻き消された。

 

けたたましいアラートがファクトリー内に鳴り響き、マイ達のみならず、作業を行っていた者達は一斉に作業を止め、ハッと顔を上げる。

 

《緊急事態発生、緊急事態発生! 偵察5号機より入電! 4時の方角より、戦艦と思しき熱源多数。ジェネシスαに向けて進攻中。迎撃態勢に入れ!》

 

穏やかでない警告。だが、予想していた通りだった――やはり敵は来た。マイはバッとニコルとシホに向き直る。

 

「私らも出るよ!」

 

「了解!」

 

「分かりました!」

 

3人は互いに機体に乗り込み、ハッチを閉じるとともに機体を起動させる。カメラアイに光が灯り、動き出す。そして、ステーションより離脱していくゴールドフレーム天、M1A、そしてTF所属のパイロット達が搭乗するゲイツR、バスターダガーが布陣する。

 

それに続くようにステーションから離脱するツクヨミ。それを背に向かうMS部隊。

 

《目標、光学明彩で確認。IFF反応なし》

 

ツクヨミから索敵を行っているマリアからの通信にマイはカメラをズームアップし、接近中の敵影を捉える。

 

接近してきているのは、IFF反応無しの連合艦艇。アガメムノン級戦艦にネルソン級護衛艦、ドレイク級駆逐艦で固められた一部隊。

 

IFF反応を消しているのは、後の余計なトラブルを避けるためだろう。

 

曲がりなりにもジャンク屋組合は、地球とコロニー政府間の間で認められたものだ。国家ではないにせよ、中立の立場として様々な国に援助、もしくは人員の提供を行っている以上、迂闊に刺激しては国際問題にもなる。

 

「部隊規模的には一大隊クラスか――豪勢なことで」

 

今度は恐らく、正規軍が含まれているはずだ。たとえ特務情報部といえども、所詮は連合の一部隊でしかない。それ程の戦力を擁しているとは思えない。なら、そのバックにつく者の存在もここで掴める。

 

貌が引き締まり、マイは前方の敵機を鋭く見据える。

 

一応、客将という立場でMS隊の指揮権を与えられているマイは敵戦力と自軍の戦力を計算し、それらを天秤にかけてフォーメーションを算出する。

 

「艦長、私が前面に出る。M1A2機は、それぞれ組ませて左翼と右翼に――」

 

如何せん、こちらは遊撃ではなくあくまで拠点防衛のための布陣を取らねばならない。だが、こちらの戦力数が圧倒的に劣っている。

 

恐らくこちらを包囲戦で殲滅に掛かるだろうから、マイとツクヨミを含めた主戦力で正面を担い、後はニコルとシホをそれぞれ左右に護衛をつけて分散させるしかない。

 

だが、この戦力差では長くは保たないと歯噛みするより早く、キョウからの返答に驚愕した。

 

《いや、この戦力差では分散するのは各個撃破の危険がある。TFはこのまま正面に展開する》

 

「はあ?」

 

思わず声を上げる。

 

いや、確かにキョウの言っていることは正論だが、それでは敵は迂回してジェネシスαに取り付いてしまう。

 

今回はジェネシスα防衛が任務のはず。だが、そんなマイに対しキョウは決して馬鹿になった訳ではないように笑みを浮かべた。

 

《頼んだぞ》

 

「あ、ちょっと――ああ、もうっ!」

 

追求するより早く通信が途切れ、マイは溜め息を振り撒くように頭を振る。まったく訳が分からないが、艦長がそう指示した以上は仕方ない。

 

「T5から7はT2と私につけ! T3以下各機は援護しろ!」

 

素早くフォーメーションを組みなおし、マイはゴールドフレーム天を加速させる。

 

それに続くように突撃部隊にニコルのM1A以下、ゲイツRが続く。そして、後方支援にシホのM1Aを配し、バスターダガーを部隊に組み込んだ。

 

やがて、敵艦隊からMSが出撃してきた。モニターに表示されるマーキングが次々に増加する。機種を特定したコンピューターが表示し、マイは眼を細める。

 

「ダガーLにウィンダム――そう簡単には尻尾を出さないか」

 

やや落胆した面持ちで吐き捨てる。

 

敵が使用してきたのはダガーLとウィンダムという、地球側の勢力が多く保有する機体だ。故に、背後につく勢力はまだ絞り込めない。だが、それも敵を迎撃してからだった。

 

ドッペンホルン装備のダガーL部隊が砲撃し、それに応戦するようにシホのM1Aが大型ライフルを構え、バスターダガーがガンランチャーと収束砲を連射し、両者の中央で激突し合い、激しい火花が散る。

 

その爆発のなかへと飛び込んでいく突撃前衛部隊。ダガーLがビームガービンを手に連射し、襲い掛かる。

 

それをかわし、ゴールドフレーム天はトリケロス改を構え、ビーム砲を発射し、一機のコックピットを撃ち抜き、破壊する。

 

ニコルのM1AもダガーLのビームサーベルをシールドで受け止め、逸らすと同時に蹴り飛ばし、ビームライフルで機体を撃ち落とす。

 

ゲイツRがレールガンを斉射し、敵機の足並みを乱す。崩れた隙を狙い、ゲイツRがビームサーベルで機体を両断する。

 

そして、支援部隊が前線に追いつき、友軍機の援護に入る。ドッペンホルンが火を噴き、ゲイツRの腕を吹き飛ばす。トドメを刺そうとするが、バスターダガーがミサイルを発射し、ダガーLが激しい爆発に掻き消える。

 

シホのM1Aが正確な射撃で敵機の頭部や武装を撃ち抜き、戦闘不能に追い込んでいく。

 

「っ、やっぱりこっちがキツイ!」

 

悪態を衝きながら、ビーム刃でダガーLのボディを切り裂き、弾き飛ばす。純粋な戦力差は約3倍。こちらはパイロットの腕を差し引いたとしても、あちらは初期戦力でそれだけの差があるが、あちらはまだ予備戦力があるはずだ。

 

そして、こちらの防衛線を抜け、ツクヨミ目掛けて敵機が迫る。ツクヨミはイーゲルシュテルンで応戦しているが、明らかに分が悪い。

 

「T3、あんたは戻れ!」

 

「りょ、了解!」

 

シホのM1Aが身を翻し、ゲイツRと共にツクヨミの援護に後退する。それを一瞥する間もなく、マイの意識は眼前に迫ったウィンダムに引き戻された。

 

ビームサーベルを振り上げて迫るウィンダムをトリケロス改で受け止めるも、その勢いに押し込まれる。振り払おうとするが、そこへ横殴りに別のダガーLがビームサーベルを振り上げて迫る。

 

「っ!」

 

だが、それに気づいたマイはバックのマガノシラホコを射出し、高速で伸びるワイヤーの先端がダガーLの頭部を突き刺し、貫通する。

 

メインカメラを破壊され、行動不能になったダガーLにウィンダムのパイロットの注意が逸れ、力が弱まる。その一瞬の隙を逃さず、トリケロス改を振り上げ、ウィンダムを弾き飛ばす。弾き飛ばしたウィンダムに向けてダガーLを投げ飛ばし、2機が激突し、その衝撃で爆発が咲き誇る。

 

軽く息継ぎをするが、センサーが迂回コースを取ってジェネシスαに迫る部隊を捉える。

 

「マズイ――っ、接近する熱源!?」

 

その時、別の方角から接近する大型の熱量反応が2つ捉えられた。その艦から発せられるのは正規軍のIFFではなかったが、マイにとっては敵ではないものだった。

 

「そういうこと――流石、前大戦を戦っただけはあるわねっ」

 

キョウの判断とそして、ASTRAYという絆に引き寄せられる者達に感嘆の念を抱き、マイはゴールドフレーム天を駆り、前面へ加速した。

 

 

 

 

 

その頃、ステーションでは最終調整を終えたアウトフレームDが射出口にスタンバイしていた。右手には専用のビームライフルを構え、ソードストライカーがセットされている。

 

《ジェスさん、マディガンさん、出撃OKです!》

 

ユンからの管制に従い、アウトフレームDが構える。

 

「準備はいいぜ!」

 

「こっちもだ、カイト!」

 

互いに各々のコックピットに乗り込んだジェスとカイトが頷き合い、発進を告げる電磁パネルが点灯し、ケーブルがパージされ、アウトフレームDの機体を浮遊感が包み込む。

 

「「アウトフレームダッシュ! ゴーッ!!」」

 

二人の声が重なり、バーニアが火を噴き、アウトフレームDはその身を宇宙へと飛ばす。

 

その加速力は以前までのものと比べ物にならず、Gがジェスの身を圧迫するも、やがて視界に大きく拡がる宇宙が飛び込んでくる。

 

二人の眼には、前方で激しい火花が咲き乱れる戦場が映る。

 

「うわっ、防衛戦は始まってるじゃないかっ!」

 

初めて見ると錯覚するかのような激しい攻防。前線はTFが奮戦しているおかげで防衛ラインを抜けてくる機体が少なく、まだ後方配置に就いているレイスタでも対処できているが、敵の物量は油断ならない。

 

「凄い数だ、ジェネシスは保つのか?」

 

「ジェス、俺達の相手はこいつらじゃないぞ!」

 

思わずカイトが叱咤する。二人の目標はあくまでプロメテウスだ。だが、まだその機体が現われたという情報は入っていない。

 

「だが、このままじゃ――」

 

このままでは消耗戦に入る。となると戦力的に不利なのはこちらだ。唸るジェスだったが、そこへ通信が飛び込んでくる。

 

《大丈夫だよ!》

 

聞き覚えのある声が耳に入ったと同時に、コックピットのモニターに映る人物を見て、ジェスは驚愕する。

 

《サーペントテール、依頼により到着しました!》

 

「風花! でも、何故――!?」

 

モニターに映る風花の姿に、ジェスは思わず叫ぶ。何故サーペントテールがここに居るのか――その問いに、風花は笑顔で応じる。

 

《貴方は皆に支えられてるってこと! ほら、彼も――っ!》

 

そのタイミングで、アウトフレームDに急接近する機影。ハッと見やると、ジェスにとって見覚えのある機体が飛び込んできた。

 

《そういうことだ――雑魚の始末は、俺達傭兵の仕事だ!》

 

颯爽と現われたのは、マントを羽織り、ボディに髑髏のレリーフをあしらった機体。傭兵部隊:シャークレギオンのカナード・パルスの駆るドレッドノートHだった。

 

「げっ、カナード!?」

 

ジェスの顔が、苦いものに変わる。以前、新兵器の取材でマティアスが雇った護衛で一緒に仕事をしたのだが、その時の対応にジェスの内に、苦手意識が刷り込まされてしまった相手だ。

 

だが、カナードは不適な笑みを浮かべたまま、ジェスを一瞥する。

 

《露払いは俺達がやってやる――お前はお前の真の敵を撃て!》

 

一方的に告げ、カナードは操縦桿を切り、指定された場所に向かってドレッドノートHを加速させた。

 

そして、アウトフレームDのモニターには急接近するサーペントテールとシャークレギオンの部隊が映り、ジェスは内に熱いものを感じずにはいられなかった。

 

仲間達が自分達のために駆けつけてくれたことに――その友情にジェスのみならず、カイトも熱く滾るものを憶え、不安など微塵もない決意に満ちた表情で、二人の思いに導かれるようにアウトフレームDは宿敵を探し、戦場に舞った。

 

 

 

 

TFが正面で防衛する間に合流したサーペントテール、シャークレギオンの面々はそれぞれ迎撃に入り、風花は一人ステーションの管制室に入り、中央コンソールで戦況を分析していた。

 

真剣な面持ちで見入る彼女はとても分相応のものではなく、一介の指揮官のようにも見て取れる。

 

「TFのおかげで、正面からの敵の攻撃は防げていますので、2-3エリアの敵配置は――」

 

正面にいるのが旗艦隊なら、あとはその分艦隊のみ。エリア毎にシミュレーション図を表示し、敵の進攻ルートを算出、そして敵戦力を分析する。2-3エリアから迫ってくるのは護衛艦数隻に駆逐艦、そしてMS編成はダガー系統が8割を占めている。

 

「ここにカナードを配置します。敵は多いですけど、問題はない筈です」

 

統制は取れているが、別段目立った動きはない。なら、カナードがいいだろう。強敵に会うと熱くなりすぎるし、なにより動力源から考えてもカナード以下、シャークレギオンの面々で問題はない。

 

その様子を、横から面白いように見詰めるプロフェッサーとその戦術ぶりに感心するリーアム。そして、風花は問題の劾とイライジャの配置を取り決める。残りのエリアはかなり広範囲に展開しており、また敵機の数もそこそこだ。

 

「残りのエリアを劾とイライジャで分担するとなると…負けはしないだろうけど、時間が掛かるかも――ちょっとパワーが不安だな」

 

二人の腕を信用はしているが、生憎と両機のブルーセカンドとザクはバッテリー駆動炉で、通常の移動にもエネルギー消費する。加えて敵の数からしてみれば、エネルギーが保つかどうは五分五分といったところだ。

 

悩む風花に向かってプロフェッサーが不適に笑い、話し掛ける。

 

「それなら、良い物があるわよ♪」

 

「え?」

 

反応する風花を横に、意地の悪い笑みを張りつけたまま振り向き、リーアムを凝視する。その視線を幾度も見てきたリーアムが嫌な予感が身を這うも、それを気にも留めず、言葉を続けた。

 

「アレ、使うわよ。緊急事態だし、いいわよね? 組合長さん?」

 

それはむしろ問い掛けではなく、脅迫に近いかもしれない。既に決定権など無いに等しいかもしれないが、リーアムは引き攣った笑みを張りつけたまま、頷き返した。

 

確認が取れると同時にプロフェッサーは、風花に劾とイライジャに一度後退を促し、そしてステーション内に保管されているあるモノの射出を指示した。

 

 

 

 

防衛力の低下したエリアから突撃をかけるMS部隊。

 

ダガーL部隊が、一気にジェネシスαに迫る。レイスタが防衛に阻むも、武装の差が覆せず、次々に撃墜、被弾していく。蹴散らし、突破したダガーLがジェネシスαの寸前まで迫った瞬間、突如アラートがコックピットに鳴り響いた。

 

ハッとした瞬間、パイロット達は眼前に迫る光条が最期に眼に灼きつき、その身が一瞬の内に熱く焦がされた。

 

大容量のビームに機体を蒸発させられ、爆発する僚機にダガーLが浮き足立ち、進攻が止まる。彼らがそのビームが飛来した方角を、畏怖の眼で見据えた。

 

真っ直ぐに加速する白い機影。MSにしては桁違いな加速力だが、機影は戦艦と呼ぶにはあまりに小さい。ダガーL部隊の前に立ち向かってくるのは、白き流星、MS用の拠点攻撃、そして大火力を補う補助パーツ:ミーティアだった。

 

前大戦最終決戦時に運用され、大破した2機は修復されたものの、核エンジンを内臓していることから廃棄待ちになっていた。

 

そのミーティアの中枢には、純白の装甲の下に走る青のフレーム。傭兵:叢雲劾の駆るMBF-P03:アストレイブルーフレームセカンドL。

 

コックピットでは、劾が眼前に迫る敵部隊を射程に収め、サングラスの下の眼光を光らせる。

 

「ミーティアとの連動システム及び核エンジンオールグリーン、ミッションを遂行する」

 

冷静な口調で呟くと同時に劾は正面モニターに捉えた敵機を見据え、照準が無数にロックされたと同時にトリガーを引いた。

 

ブルーセカンドLの駆るミーティアが構え、全兵装をフルオープンアタックを仕掛ける。ビーム、ミサイルと無数の熱源が放たれ、周囲に布陣していたMS部隊に襲い掛かり、一撃で行動不能に追い込む。

 

無数の爆発が宇宙を埋め尽くさんばかりに輝くなか、瞬く間に敵機が一掃された。劾はその光景を一瞥し、別のエリアに固まる敵機に向けて、ミーティアを駆った。

 

そして、そのブルーセカンドLの勇姿を見届けるイライジャ専用のザクファントム。モノアイが動き、イライジャは軽く笑みを浮かべる。

 

「やっているな、劾!」

 

寡黙だが、派手に相手を叩く様にイライジャは苦笑を浮かべ、自身もまた意識を眼前に集中させる。イライジャのザクファントムもまた、ミーティアにドッキングし、艦隊に向けて航行していた。

 

鋭い加速が身を圧迫するが、イライジャは歯噛みしながら耐える。

 

その足を止めようとMSが立ちはだかるも、イライジャは加速を止めず、さらにスラスターを噴かせ、攻撃を振り切り、進路上に立ち往生したダガーLがその質量に弾かれ、粉々に砕け散る。思わずゾッとしてしまったが、慌てて意識を振りも戻す。

 

その先には、アガメムノン級戦艦が映り、イライジャはキッと視線を細めた。

 

「俺だって――っ」

 

負けじとミーティアの対艦用の大型ビームサーベルを展開し、加速する、近づけさせまいと対空砲で狙い撃つが、それを回避する。だが、この巨体では全てをかわせず、数発が機体を掠め、振動させる。

 

それに怯まず、急所のみをずらす。そして、遂に船体の直前にまで到達し、ビームサーベルを振り上げ、イライジャは咆哮を上げながら振り下ろし、巨大な刃が船体を真っ二つに切り裂き、そのまま離脱する。一拍後、切断面から火の手があがり、アガメムノン戦艦は閃光に包まれた。

 

爆発の炎が照り映え、ミーティアの純白の外装を赤く焦がすも、イライジャはその余韻に僅かに浸っていた。だが、直後響いたアラートにハッとすると、動きを止めたミーティアにウィンダムが数機襲い掛かってきた。

 

「うおっ」

 

咄嗟に反応できず、ビームの射線に晒されてしまったが、別方向から撃ち込まれたビームがウィンダムのボディを貫き、破壊する。

 

爆発に呆気に取られるイライジャに、叱咤が飛ぶ。

 

「油断するな、イライジャ」

 

「あ、ああ済まん!」

 

援護した劾は身を翻し、再び敵陣のなかへと突入していく。あの同じ巨体を操りながらも、劾の動きには一切の無駄が無い。その腕には嫉妬よりも尊敬を抱く。そして、それに負けまいとイライジャも己の未熟さを叱咤し、後に続いた。

 

劾とイライジャが担当しているエリアはミーティアという強化パーツにより、優位に動き、もう一方のエリアではカナード以下、シャークレギオン隊が奮戦していた。

 

母艦であるコスモシャークを陥とさんと迫るダガーLを、護衛に就くストライクダガー改が立ち塞がり、一歩も通さない。彼らもまた、仮にも正規の訓練を受けた軍人達だ。故に連携においては決して劣っていない。

 

各々にカスタマイズされたストライクダガー改は互いのアドバンテージを活かし、連携で一機一機的確に撃墜していく。

 

そして、開けたと同時にメリオルは前方の敵艦を見据え、照準を合わせる。

 

「主砲、撃てぇぇぇぇ」

 

メリオルの号令とともに、コスモシャークの前部主砲が発射され、真っ直ぐに迫る光条が射線上の敵機を巻き込みながら火花を咲かせ、護衛艦の船体を貫く。

 

護衛艦が体勢を崩し、爆発する。艦の消失に浮き足立つ敵陣のなかに果敢と飛び込んでいくドレッドノートH。その風貌に圧倒される敵MS。動きを止めたダガーLに向かい、カナードは左腕のアルミューレ・リュミエールをビームランスに変換し、突き刺す。

 

頭部を打ち抜かれ、体勢を崩すダガーLのボディを蹴り、右手のRFW-99ザスタバ・スティグマトビームサブマシンガンを連射し、ボディを粉々に撃ち砕く。

 

かつて搭乗していたハイペリオンと共通の武装を施されたこの機体はカナードにとって扱いがよく、また彼の相棒とも言える機体だ。

 

右眼に施されたスコープカメラが敵機を捉え、ドレッドノートHはバックパックのイータユニットをバスターモードで展開し、一斉射する。ビームが2機のダガーLのボディを撃ち抜き、破壊する。

 

そして、敵機が密集するなかへとドレッドノートHが飛び込み、ビームキャノンとビームマシンガンを手に周囲に向けて一斉射する。正確とは言い難いが、ランダムに撃ち込まれるビームの嵐に敵も翻弄され、次々と破壊される。

 

「どうした? この程度じゃ俺は倒せんぞっ!」

 

気迫に圧倒されるように尻込む敵部隊。その時、彼方から一筋のビームが飛来し、カナードが気づいた瞬間、ビームがマントに着弾した。

 

「ぐぉぉっ!」

 

激しい振動が機体を襲い、マントが熱によって融解し、融け落ちる。ビームコーティングを施されているとはいえ、緩和できる熱量ではなかった。マントの破片を散らすように弾かれるなか、カナードはキッと睨むように見上げると、ダガーL部隊のなかから現われるように姿を見せる機影。

 

だが、機体形状は周囲のダガーLとは明らかに形状が違っていた。ダガーフェイスではあるが、右手に保持する巨大なビームカノンに肩に背負った2門の巨大な砲身。ダークブラウンに近いカラーリングを施されたMSは赤いバイザーを鈍く輝かせる。

 

「くっ――ほう、この俺に当てるとは、雑魚にも少しは骨のある奴がいるか」

 

苦悶に歪んでいたカナードの顔が一瞬で不敵なもの変わるが、その内は不快感が漂っている。

 

今まで不意打ちで被弾などしたことが無かったために悔しさを滲ませるも、相手の機体のパイロットはコックピット内でせせら笑う。

 

「へぇ、凄いんだ――ビックリ」

 

笑みを噛み殺し、無邪気な笑顔をバイザー下で浮かべる。ブラウンとダークピンクに塗装されたパイロットスーツを纏う少女と思しき人物は、愉しげにドレッドノートHを見やる。

 

《ト、トレイスター少尉!?》

 

僚機から上擦った声が聞こえてくるも、問われた当のパイロット、イリア・トレイスターは無視するように、視線だけをドレッドノートHに注ぐ。

 

「あいつを壊せばいいんだよね~愉しそう愉しそう♪」

 

自身の夢想に酔いしれるイリアに、僚機から怒声が飛ぶ。

 

《命令を聞け、トレイスター少尉!》

 

その叱咤に、今まで笑っていたイリアが眼を伏せる。静かになったと思い、再度命令を下そうとするが、それより早く顔を上げたイリアの視線が、鋭く細まる。

 

「あんた、煩い」

 

抑揚のない声で呟き、次の瞬間――右手のビームカノンが火を噴き、ウィンダムのボディを貫き、ウィンダムが爆発に消えた。

 

「あたしに命令しないで――鬱陶しい、邪魔、つまんない…だから愉しませて♪」

 

不機嫌だった顔が瞬時に緩み、イリアは自身の搭乗する機体、GAT-FA02/E:バスタードが加速し、ドレッドノートHに襲い掛かる。

 

バスタードの両肩の2連装高エネルギー砲:シュラークツヴァイが火を噴き、カナードは身を翻す。

 

射線をかわすと同時にビームキャノンを発射するも、バスタードも悠々と跳びはねるように回避し、応戦してくる。

 

カナードは舌打ちし、ビームサブマシンガンで狙い撃つも、高速で迫る光弾をシールドで防ぎ、ビームカノンで応戦し、空中で激突し、中央から凄まじい閃光が拡散し、視界を一瞬覆う。

 

「くっ」

 

歯噛みした瞬間、閃光を裂くように飛び出してくるバスタードがビームサーベルを抜き、斬り払う。

 

ドレッドノートHは左腕のシールドを展開し、刃を受け止める。激しいスパークが巻き起こり、両機を照り映えさせる。

 

「おのれぇぇぇ!!」

 

強引に弾き飛ばし、至近距離からサブマシンガンを連射するが、バスタードは機動性を駆使し、攻撃をかわす。

 

「きゃはははは! 愉しい、愉しい、愉しい!!」

 

哄笑を上げながらイリアは曲芸のように飛行し、シュラークツヴァイを連射し、ドレッドノートHは翻弄される。

 

「くそぉぉぉぉっ」

 

振動のなか、カナードは相手への憤怒に突き動かされ、機体を無謀にも突撃させる。だが、高火力のなかに飛び込むのは無謀すぎた。一射が機体を掠め、装甲を融解させる。

 

それにより、カナードがさらに熱くなろうとレバーを握り締めた瞬間、それに重なるように手に感じたもの。それによって、カナードの沸騰していた感情が冷静さを取り戻す。

 

「分かっている――俺は熱くなっていない」

 

己と…そして、そこにいるであろう者に呟き、カナードはレバーを引き、ドレッドノートHを後退させる。その動きにイリアは首を傾げる。

 

「あれれ? もう終わり? もっと愉しもうよ!」

 

逃すまいと加速するバスタードだったが、カナードは距離を取り続け、イリアはますます不満気に歪める。

 

「逃がさないって言ってるでしょぉぉぉ!」

 

苛立ちが募り、最高速にのるバスタード。それを確認し、カナードは口元を微かに歪めた。

 

「そこだっ」

 

突如機体に制動をかけ、急停止したドレッドノートHが腕を左右に振り上げ、両腰部に備わったプリティスが発射される。アンカーの先に備わったアルミューレ・リュミエールがビームランスを展開し、真っ直ぐにバスタードに向かう。最高速にのっていたため、回避などできるはずもなく、ビームランスとバスタードが正面衝突する。ビームランスがバスタードのビームカノンとシールドを貫き、急制動をかけられた反動でバスタードは放り飛ばされた。

 

一拍後、武装の爆発と共にプリティスを引き戻す。カナードはバスタードを追う。動きの止めたバスタードのコックピットでイリアは身体を震わせる。

 

「嫌い…あんたなんか嫌いだぁぁぁぁぁぁっ」

 

先程までの無邪気な子供のものではなく、殺気を滲ませた歪んだ貌でドレッドノートHを睨み、シュラークツヴァイを連射しながら襲い掛かる。

 

「おおおおおっっ」

 

カナードもまた応戦するようにドレッドノートHのビームキャノンを発射し、閃光が幾つも咲き乱れ、戦場を包み込んだ。

 

それぞれのエリアで激しい攻防が続くなか、正面で迎撃を行っていたTFの面々は、ほぼ周囲の敵機を一掃していた。

 

トツカノツルギでウィンダムの頭部をひしゃげさせ、動きを封じたと同時にトリケロス改を振り払い、ボディを両断する。瞬時に離脱し、爆発を見据えながらマイは軽く一息つく。

 

「これで、粗方片付いたわね」

 

正面に展開していた部隊のほとんどは既に撃破した。こちらも数機が被弾したが、なんとか保った方だろう。

 

「マイさん、こちらはなんとか終わりました」

 

ゴールドフレーム天に寄るM1A。ニコルに、気だるげに相槌を打つ。

 

「了解。しかしまあ、艦長もあんた達も人が悪いな――援軍があるなら、ハッキリ言いなさいよ」

 

咎めると、ニコルは苦笑する。

 

「すいません、ハッキリと答える程、僕達も確信があった訳ではないんで」

 

確かにハッキリとした確証はなかったかもしれないが、ある程度の確信はあったということだろう。

 

サーペントテールにシャークレギオン、どちらも前大戦のデータで確認できたものだ。随分また大きなものが関わってきたと思う。だがまあ、思わぬ援軍のおかげで戦況はこちらに傾いたと見ていいだろう。

 

「ニコル、あんた達は敵MSの残骸をいくつか回収して」

 

「構いませんが――何故?」

 

「企業秘密」

 

指を立ててそう告げるマイに、ニコルは曖昧に応じる。マイは周辺の警戒を行おうとしたが、コックピットに響いたアラートにハッと身を捻る。

 

身を翻した瞬間、光弾が虚空を掠める。

 

「ちっ、増援――っ」

 

まだ予備戦力があったのかと振り向くと、彼方から向かってくるMSは数機。前方を進む機体を光学映像が捉え、映し出される。

 

「これは――まさか、X03!?」

 

先陣を切るのは、鈍重な外観を誇るダークブルーのMS。今まで確認できたダガー系統ともウィンダムとも違う。そのMS、センチュリオンのコックピットで、アレット・ヒューノスは独りごちた。

 

「アレが目標か」

 

モニターに映るジェネシスα。今回、彼に下されたのはジェネシスαの奪取。アレの威力は前大戦で証明済み。なら、ブルーユニオンがアレを欲しても仕方ない。

 

だが、それはそれで面白い。かつて、自分達が誇った兵器で滅ぼされるのもまた皮肉なものだろう。アレットは小さく笑みを零し、前方で立ち塞がるMSを一瞥する。

 

「さて――通してもらうぞっ」

 

ゴールドフレーム天を見据え、センチュリオンが加速し、ビームサーベルを抜いて斬り掛かる。だが、マイはその斬撃を見切り、かわす。そして、トツカノツルギを振り下ろすも、センチュリオンの装甲に阻まれる。

 

甲高い金属の激突音が、真空の宇宙に木霊するかのように響く。

 

マイは舌打ちし、距離を取る。逃すまいと腕のパルスレーザーで狙撃する。レーザー弾を軽やかにかわし、ゴールドフレーム天は距離を取り、大きく迂回すると同時にセンチュリオンの下方に素早く回り込み、トリケロス改で狙撃する。

 

逆に射線に晒されたセンチュリオンは回避行動を行うも、機体の巨体さから俊敏な動きが咄嗟に取れず、ビームが機体を掠める。

 

そのままゴールドフレーム天が加速し、ビーム刃を振り上げ、センチュリオンもまたビームサーベルを振り下ろし、ビーム刃が交錯し、火花が散る。

 

僅かな干渉の後、2機は弾かれるように距離を取る。

 

「やはり、X03か! なら、ブルーユニオン――奴らもやはり!」

 

装備等は変更されているようだが、あの機体フォルムは見覚えがある。

 

数年前の次機主力機をかけたトライアルで、ウィンダムに敗退した機体だ。試作型が数機生産されただけで、実戦投入もないまま解体されたと公式記録にはされていたが、戦後開発陣の一部とデータが紛失した。

 

そして、それはそのままブルーユニオンに渡ったと調べがついていたが、これで確信と手掛かりが現われたことになる。

 

「絶対に逃さない! 悪いけど、墜とさせてもらうっ」

 

マイの視線が鋭く細まり、ゴールドフレーム天が再加速で迫り、センチュリオンもまたビームサーベルで応戦する。

 

幾条も刃が煌き、交錯する2機。互いの軌跡を描くなか、ゴールドフレーム天が空いたセンチュリオンのボディを蹴り飛ばし、弾く。

 

衝撃に呻きながらアレットはセンチュリオンのリニアライフルを連射し、弾丸がゴールドフレーム天の装甲を掠め、振動させる。マイも衝撃に歯噛みし、ウイングを展開して飛翔し、斬り掛かる。

 

振り薙がれた一撃がセンチュリオンの左腕を斬り飛ばし、爆発が包んだ。

 

 

 

 

 

ジェネシスα周辺の戦闘が熾烈を極めるなか、一機のみで宇宙空間に滞空するアウトフレームD。ジェスとカイトは緊迫した面持ちで因縁の相手の姿を捜し、そして待ち構えていた。

 

どれ程時間が経過したのか――頭部コックピットで、周辺を眼を皿のように見回すジェスは彼方に飛来する機影をカメラに捉えた。

 

「来た!」

 

レンズ越しに捉えた機影が、白い軌跡を描きながら真っ直ぐにアウトフレームDに向かってくる。赤のカラーリングを全身に施したアウトフレームDの相似形のきょうだい機。ZGMF-X06A:プロメテウス。その機体から分かたれて誕生した機体同士、ここに邂逅した。

 

相手の目標も同じらしく、こちらを狙い撃つように加速し、アウトフレームDの眼前に迫った瞬間、頭部の巨大なホーンアンテナが光り、ウイルスが強制送信され、アウトフレームDのコンピューターが感染し、コックピットに着くカイトは正面モニターにプロメテウスが幾つも映し出され、驚愕の声を上げる。

 

「!? ジェス!」

 

「分かってる!」

 

反射するようにジェスもまたカメラを構えてプロメテウスの姿を撮り、その映像がリアルタイムでアウトフレームDのコンピューターと繋がれる8に送信される。

 

「カイト、こいつだ!」

 

【フィルターヲカケルゾ!】

 

量子コンピューターではない8が映像を解析し、それを反映させ、モニターに幾つも表示されていたプロメテウスの姿が消え、一機に収束される。

 

「見えた! そこだっ!」

 

相手の姿さえ見えれば、カイトにとって恐れるものではない。流れるように操縦桿を切り、アウトフレームDのビームライフルが火を噴き、ビームが正確にプロメテウスに襲い掛かり、相手のパイロットは舌打ちし、トリケロス改で受け止め、距離を取る。

 

逃すまいと追撃するアウトフレームD。距離を取って翻弄するプロメテウスにジェスとカイトは俄仕込みの連携で応戦する。

 

ソード装備である今の状態では、距離を取られてはビームライフルしか手持ちの火器は無い。なんとか引き寄せようとパンツァーアイゼンを発射するも、相手もそれを見越してか、一定の距離を取り、先端のアンカーをかわし、一瞬にして飛び込むと同時に刃を展開し、ワイヤーを切り離す。

 

「ちっ」

 

舌打ちし、カイトはパンツァーアイゼンを排除する。もはや役に立たない以上、少しでも機体を軽くした方がいい。

 

ロウの指摘通り、アウトフレームDの機動性は決してプロメテウスに劣っておらず、むしろ軽量化している分、スピードは勝っている。だからこそ、相手からの攻撃も致命傷を避けられているが、こちらの攻撃も致命傷にはならず、膠着状態になっている。

 

ディバインストライカーの機動性を駆使し、トリッキーな動きで翻弄し、攻撃してくるプロメテウスの動きをジェスは必死に眼となって追い縋るも、人間の動体視力だけでそれを追うのは、至難の業だった。だが、ジェスは諦めずに相手の動きに喰らいつく。少しでも気を抜けば、カイトの眼が失われてしまう。

 

レンズを向け、それを送信してカイトがビームライフルで狙い撃つも、プロメテウスは紙一重で回避し、ジェスは歯噛みする。

 

「くそっ、速い――っ」

 

思わず悪態を衝く。プロメテウスの動きが速く、それを眼で追うのは難しい。トリケロス改のビームをアウトフレームDがビームサインを取り出し、扇状に展開して防ぐ。防ぐと同時にビームライフルを放つも、プロメテウスもまた身を翻す。

 

なかなか決定打が互いに出ない。だが、それも仕方ない。ジェスが捉えた映像がカイトに伝導されるまで、若干のタイムラグがある。その僅かなタイムラグのせいで、カイトの腕を以ってしても相手に決定打を出せずにいるのだ。

 

「眼で追うだけじゃ、ダメだ…見えていない真実を見る――」

 

カメラ越しに、プロメテウスの動きを見据える。たとえ、相手の実体が掴めていようとも、それはただ眼の前の事実でしかない。隠された真実を見据えるために、ジェスはプロメテウスの動きを脳裏に浮かべ、読みきる。

 

「それが、ジャーナリストだ!」

 

脳裏で幾重にもブレるプロメテウスの動きが一点に収束され、ジェスはその方角へカメラを向けた。そこにハッキリと映る姿に叫ぶ。

 

「右だ、カイト!」

 

「おう!」

 

間髪入れず、カイトはジェスが指した方角に向けてビームライフルを捨て、左肩のマイダスメッサーを掴み、投げ飛ばした。ビーム刃を展開し、回転しながら迫る刃がその空間に飛び込んだプロメテウスのディバインストライカーに突き刺さり、システムがショートする。

 

「ぐっ」

 

仮面の人物の顔が苦悶に歪み、プロメテウスは距離を取る。

 

「よし!」

 

遂に相手に対し決定打を出し、意気込むジェスにカイトが不適に応じる。

 

「どうやら、真の姿が見えてきたようだな、ジェス!」

 

「ああ、次に仕掛けてきた時、決める!」

 

向こうもこれ以上長引かせる余裕はあるまい。なら、次に姿を見せた時が最後のチャンスになるだろう。

 

アウトフレームDは左手にビームサインを構え、右手にシュベルトゲーベルを抜き、構える。ここまでまったく使用せずにいた奥の手。プロなら切り札は最後まで取っておくもの。手を全て曝け出した時点で、あのプロメテウスの不利は決定したのかもしれない。

 

虚空に消えたプロメテウスを待ち構え、静かに佇む。ジェスの全神経を張り詰めさせ、この距離感さえ霞む宇宙を見渡し、相手の出方を窺う。

 

無音の静寂のなか、ジェスの五感がある変化を捉える。それは、ジャーナリストというただ一瞬の光景を捉えるためだけに鍛えられたものゆえか。

 

「来た!」

 

向かって左手に見える光。だが、ジェスはその更に奥に鈍く光る機影を嗅ぎ取った。

 

「違う、奴は――右だ!」

 

左手から真っ直ぐに迫るレイスタの残骸。だが、それに眼もくれず、アウトフレームDは右手に向かって飛び掛かる。それより早く突撃してきたレイスタの残骸を左手のビームサインで弾き飛ばし、その瞬間――プロメテウスが、トリケロス改を振り上げて迫る。

 

遠隔操作によるフェイント攻撃だったが、ジェスの眼は真実を捉えた。そして、カイトはシュベルトゲーベルを振り被り、真っ直ぐにボディ目掛けて突き刺した。

 

穂先がプロメテウスの胸部コックピットハッチとボディの装甲の隙間に突き刺さり、相手の動きが止まる。

 

PS装甲といえど、関節等のフレームや隙間は通常の強度しかない。その僅かな隙間を狙うのは、並大抵の腕は不可能だ。

 

かつて、南米において『切り裂きエド』ことエドワード・ハレルソンの戦いを垣間見たジェスは、その時の戦法をカイトに頼み、カイトは見事それに応えた。

 

「やったぞ、カイト!」

 

「当然だ、俺はプロだからな」

 

称賛にもどこか満更でもないといった表情で応じ、動きを止めたプロメテウスを拘束するように左手で機体を掴み、覗き込むように対峙する。

 

「聞こえるか? 俺はジェス・リブル! あんたに聞きたいことがある!」

 

接触回線でジェスは通信を試みる。カイトにわざわざこんな戦い方を頼んだのはこのためだった。

 

「何故攻撃してきた? あんたは誰だ?」

 

「私は…ぐっ――」

 

回線越しに聞こえる問答に仮面の下で苦痛に呻き、口元が歪み、頭を抑える。

 

「あんたは何のために動いている? 真実を教えてくれ!?」

 

なおも続くジェスの問い。自身にとって対極に位置するこの機体を駆る者の真意。それを確かめんと叫ぶジェスの言葉に、脳裏に響く傷みはますます増す。

 

「真実……私…の―――?」

 

片言のように反芻し、それが引き金になったかのように、脳裏に次々と光景が浮かび上がる。

 

赤いMSを手に入れようとデブリ帯で戦い、敗れた記憶。その後に続くように様々な光景が浮かび、一人の男と行動を共にする。そして、何者かによる襲撃。捕らえられ、一つのステーションへと連行され、そこで様々な薬物処置に精神コントロールを受ける光景が浮かぶ。

 

自身を実験動物のように覗き込む研究員と思しき者達の奇異な視線に、取り乱す。

 

「私、は…エ…エリサ…――」

 

脳裏を過ぎる記憶の最期に浮かぶ人物。一人の女性士官が見下ろし、不適な笑みを浮かべる。

 

 

『これからは、私の道具として飼ってあげるわ――ケナフ・ルキーニに関わったことを恨むのね』

 

 

その言葉が引き金になり、消されていた記憶が覚醒し、溢れ出す。

 

ヘルメットを脱ぎ捨て、そして、仮面に手をかけ、剥ぎ取る。その下から現われる素顔――

 

「私は、エリサ・アサーニャ! 私は…私は、あの女に利用された――私を、道具にしたあの女に――っ!」

 

彼女の名は、エリサ・アサーニャ。かつて、海賊としてルキーニとつるみ、レッドフレームを手に入れようともした。その後、彼女はルキーニと行動を共にするも、ルキーニが狙われ、彼女は捕らえられた。そして、強化手術を施され、記憶も操作された。

 

次の瞬間、彼女の首に巻かれた金属質のチョーカーが光り、音を発した。それが彼女の記憶を更に呼び覚ます。これは、拘束の証にして保険。神経と接続され、精神操作から逃れた瞬間、脳波の乱れをキャッチし、爆発する首輪。

 

その事実を思い出した瞬間、エリサは激しく取り乱す。

 

「いやっ、私は――私はまだ死にたくないっ」

 

半狂乱のように恥も外聞もなく泣き叫び、コンソールの一部を叩いた瞬間、プロメテウスのウイルスをコントロールするシステムが暴走する。

 

「助けてっ助けてよぉっ、ルキーニィィィィィィ!!!」

 

悲痛な叫びが木霊するなか、機体中を走るエネルギーが暴走し、その干渉で突き刺さっていたシュベルトゲーベルが弾かれる。

 

「うわっ」

 

その衝撃は間近にいたアウトフレームDにも及び、怯むように突き放される。

 

「エリサ! あの女とは誰なんだ!?」

 

機体から発せられるエネルギーの光に眼を覆いながら、叫ぶジェスは次の瞬間、驚愕に眼を見開いた。

 

プロメテウスのハッチが開放され、パイロットが機外へと飛び出したのだ。システムの暴走がハッチのロックを解除し、空気が排出され、その気流がエリサの身体を弾き出す。

 

ヘルメットを剥いだエリサの顔は涙でぐしゃぐしゃに歪み、だが、一瞬にして真空の苦悶が拡がる。もがき苦しむエリサだったが、次の瞬間――首に巻かれた金属質の首輪が赤く光り、小規模な爆発が起こり、真っ赤な液体が宇宙空間にばら撒かれる。

 

首筋を中心に施される血化粧――舞い散る紅に、茫然と見入るジェスの眼には、瀕死のエリサの唇が微かに動くのが映る。

 

 

 

――――――ま・てぃ・す

 

 

 

赤く染まった唇は…そう呟いているように見えた。苦悶に歪んでいた表情が固まり、エリサの身体は乱気流に流され、虚空の闇へと放り出されていった。

 

あまりに衝撃的な光景にジェスは呼吸すらできず、乾いた声を出し、身体を凍らせていた。

 

コントロールを失ったプロメテウスのウイルスは暴走し、それはダイレクトにジェネシスαへと感染し、それによって発射プログラムが起動する。

 

だが、それを止めることは叶わず、ジェネシスαの内部で核エネルギーがコピーレント化され、γ線となって収束し、ミラーブロックの先端から膨大なレーザー波が解き放たれた。

 

膨大なレーザーの渦はそのまま突き進み、虚空の彼方へと消えていった。そのあまりに非現実的な光景に戦場は一瞬静寂に包まれた。

 

残ったのは、焼け焦げたミラーの残骸と煙を噴き出すジェネシスα。やがて、何が起こったのか実感し、カイトは舌打ちし、吐き捨てる。

 

「くそっ! 最期にウイルスを飛ばしやがった!」

 

カイトもあのエリサの最期に蒼然となってしまい、反応ができなかった。MSのプロを自称しながらも、間近で久々に見た凄惨な死に様に、思わず凍ってしまったのだ。

 

ジェスもまた、間近で見た凄惨な死に冷たい汗が頬をつたり、息を飲み込む。

 

「エリサ・アサーニャ――最期の言葉は、『ま』『てぃ』『す』…俺にはそう見えたが――」

 

網膜に焼きついたエリサの最期の言葉。声は聞こえるはずもなかった。だが、彼女の唇は確かにそう呟いた。ジェスは、真実に辿り着くためのキーを相手から引き出せたのだ。

 

だが、今のジェスにはそんな事を喜ぶ余裕は無かった。

 

エリサの首に巻かれた首輪――アレが爆発したのは確認した。口封じのためだろうか…人をあのような凄惨なやり方で殺す相手に対し、ジェスは吐き気がするような憤怒を憶えた。

 

 

 

 

 

ジェネシスαがレーザー波を放った後、停止した戦闘は再開されたが、戦力の要であったプロメテウスを撃破されたのを確認した各部隊は、撤退を指示した。

 

ドレッドノートHと戦闘を繰り広げていたイリアのバスタードだったが、打ち上げられた信号弾に動きを止め、唇を尖らせる。

 

「つまんない、もう終わり? せっかく愉しかったのに――」

 

遊び足りないといった顔で不満を零すが、やがて溜め息を一つ零すと静かに俯く。

 

「でも、少し疲れちゃった――帰ろっか」

 

独り言のように呟くと、操縦桿を動かし、バスタードは身を翻す。不審げに構えるカナードを一瞥し、呟く。

 

「また縁があったら会おうね――その時は、また遊ぼ」

 

刹那、バーニアが火を噴き、バスタードは急加速で戦線を離脱していった。その様に僅かに呆気に取られるが、やがてカナードは顔を険しく歪める。

 

「ふざけやがって――次に遭った時は、必ず倒してやる」

 

久々に邂逅した手強い相手。戦闘用に調整された所以か、熱くなる血にカナードは再戦の意気を燃やすのであった。

 

次に邂逅した時にこそ、決着を着けると――その望みが果たされるかどうか、今のカナードには知る由もなかった。

 

その一方で、マイのゴールドフレーム天は、アレットの駆るセンチュリオンを追い詰めていた。

 

左腕を斬り落とされたセンチュリオンは右手のリニアライフルを放ち、近づけさせまいとしているが、それを児戯のごとくかわし、距離を詰める。

 

「悪いけど、逃がすわけにはいかない――その機体、鹵獲させてもらうっ」

 

撤退信号が打ち上がったのは確認した。連合時代と意味は変わっていなかったらしい。残った敵機も撤収を始めているが、この機体を逃しはしない。

 

マイはゴールドフレーム天のマガノイクタチを起動させる。コロイド技術を応用した非殺傷兵器。相手のバッテリーエネルギーを自機へと流電させ、相手を行動不能に陥らせる。敵機を無傷で鹵獲するには最適の装備だった。

 

そのためには敵機をホールドしなければならず、接触しなければならない。距離を詰めようと迫るゴールドフレーム天にアレットは歯噛みする。

 

「くそっ、こんな所で殺られるわけには――っ」

 

まだ自身の目的を何も果たしていない。ブルーユニオンに身を投じたのは全て、コーディネイター殲滅のためだ。その目的も果たせず、こんな所で朽ちるのかと、歯噛みし、遂にゴールドフレーム天が眼前にまで迫った瞬間――

 

《隊長!!》

 

その叫び声と共に、センチュリオンは弾かれ、ダガーLがマガノイクタチに拘束された。その光景にマイだけでなくアレットも驚愕に包まれる。

 

部下であるダガーLが身代わりになったことに一瞬茫然とするも、そこへ苦しげな部下の声が響いてくる。

 

《隊長、隊長はまだこの先必要な方――我らの青き清浄なる未来のために……敵討ち、頼みます!》

 

無茶な突撃でマガノイクタチの当たり所が悪かったのか、破損したコンソールで身体を切り、既に大量の出血が起こっており、瀕死の状態であった。

 

それを察したアレットは無言のまま、身を翻す。部下の意気を無駄にしないために――スラスターを噴かし、高速で離脱するセンチュリオン。

 

「しま――っ」

 

それに気づいたマイは悔しげに歯噛みするが――次の瞬間、ダガーLのボディが光を発し、それが何か悟った瞬間、ゴールドフレーム天はダガーLの爆発に巻き込まれた。

 

爆発の閃光が拡散し、ニコルとシホが驚愕する。

 

「「マイさん――っ!?」」

 

ハッと我に返り、機体を確認しようと爆発に接近する。朦々と立ち込める爆煙、MSとはいえ、あの熱量を至近距離で受けては、いくらなんでも一溜まりもない。必死に機体反応をサーチする。

 

どれ程凝視していたのか――やがて、センサーが爆煙のなかに一つの熱反応を捉え、それに眼を見開くと同時に煙のなかから掻き分けるように飛び出してくる漆黒の機体。

 

全身の装甲を融解させ、右腕が半ば融け落ちている。満身創痍に近い状態ながらも、原型を留めるゴールドフレーム天に二人は安堵し、通信に叫ぶ。

 

「マイさん、無事ですか!?」

 

「なんとかね――」

 

「よかったぁ」

 

苦い口調で応じるマイに二人は安堵の溜め息を零す。マイは顔を顰めながらバイザーを上げ、ヘルメットを取る。

 

首を振り、呼吸を乱しながら打ちつけた身を微かに強張らせる。

 

「まさか、自爆なんてね――自己犠牲なんて、ふざけた真似」

 

ダガーLのパイロットがセンチュリオンを庇い、逃した。相手の行動に悪態を衝き、舌打ちする。

 

「大事な手掛かりを見逃しちゃった…おまけに機体も半壊――後で大目玉かな」

 

結果的にはこちらの負けだ。踏んだり蹴ったりの結果に、大きく自身に毒づく。

 

「ああ、もう!」

 

ドッと背中をシートに預け、肩を落とす。

 

「ジェネシスが発射されたみたいだけど――」

 

原因は分からないが、ジェネシスαが発射されたのは事実。だが、それが何処へ発射されたのか――発射された進路から予測するに、アステロイド帯があるが、特に人工物は無かったはずだ。

 

「これで、終わればいいんだけど――」

 

それが何を意味しているのか、マイ自身にもよく分からなかった。

 

漠然とした矛盾に思考を巡らせるなか、爆発の衝撃の影響か、機体内の主電源が落ち、コックピット内が次々にブラックアウトしていき、マイは闇のなかに思考も――己自身も埋没させていった。

 

敵艦隊が完全に撤退したのを確認し、ジェネシスαへ一時帰還する。偶然か必然か――放たれたジェネシスの一撃が、新たな混乱を招くと知る由もなく―――

 

 

 

 

 

 

ジェネシスαより遠く離れたアステロイドベルト地帯。

 

特務情報部の所有するステーションが隠れ蓑としているこの空間を、ジェネシスαのレーザー波は過ぎっていた。

 

通過した後は無残にも融け落ちた様々なデブリが四散し、消滅した空間がポッカリと空いている。その奥に一際大きく煙を噴き上げるデブリがあった。

 

黒々とした破片となって漂うのは、特務情報部の宇宙ステーションであった。ジェネシスαのレーザー波はピンポイントでステーションを破壊したのだ。だが、それはただの蛻の殻であった。

 

その付近を航行する一隻の艦。スチールブルーに近いカラーリングを持つその艦は、ラストバタリオンが運用するガーティ・ルーと同型の外観を持っていた。

 

そのガーティ・ルー級戦艦の艦橋で、特務情報部の長であるマティスはほくそ笑んでいた。

 

「スカウトもやってくれるわね」

 

無残な姿になったかつての居城を一瞥し、マティスはスカウト0984ことエリサ・アサーニャに毒づいた。

 

自我を取り戻したと同時に首輪の爆弾が起爆するように体内に組み込み、それが発動したようだが、どういう偶然か、プロメテウスのウイルスが暴走し、ジェネシスαがステーション目掛けて砲撃してきたのだ。それは、重なった偶然の結果でしかない。

 

だが、マティスにはただの無駄な足掻きであった。

 

「でも、私があそこにいつまでもいると思うなんて、お馬鹿さん――情報は、常に変化しているものなのよ」

 

そう――あのステーションは、もはや拠点としては用済みだった。エリサの行為は確かにステーションを破壊せしめたものの、あらゆる事態を想定して動いたマティスの思考が上回っていた。

 

過去の遺物を切り捨て、マティスは次なる舞台のための一手を思索し、優美に佇む。

 

「今の攻撃もちゃんと記録したわね?」

 

艦を操舵するクルーの一人に問い掛けると、素早く返答が返ってくる。

 

「はい、マティス様。全て残しました」

 

その返答に満足し、マティスは微笑む。

 

「ジャンク屋組合が連合基地を攻撃――これは使えるわ」

 

プロメテウスとスカウト0984、そして宇宙ステーションの損失を補って余りあるほどの最高のカードが手に入った。これで、新たなる一手が取れる。

 

「ユニウスΩ落下と併せて、センセーショナルなニュースが世界を席巻することになるでしょうね」

 

ユニウスΩの件は未だに詳細が掴めていないが、そうした想定外の情勢さえも上手く利用してこそ、自身の能力の素晴らしさを実感できる。

 

それが――『一族』の長たるマティスの役目なのだから。これからの世界を夢想し、マティスは徐に懐に手を入れる。

 

「さて――そろそろ、邪魔なカードを切るとしましょうか」

 

取り出したそれは、カードの束。それをシャッフルする。微かに見えるカードの絵柄には、トランプの文字と人の顔が映し出されている。

 

「イレギュラー13――まず消えてもらうのは―――」

 

シャッフルしていた手が止まり、カードの束の中から2枚のカードを抜き取る。それを右手で拡げ、絵柄を確認する。

 

「この二人――フフフ」

 

笑みを零しながら、自身が選び出したカードの人物を見やる。

 

 

 

 

―――――カテゴリー2:ロウ・ギュール

 

―――――カテゴリーQ:ラクス・クライン

 

 

 

2枚のハートの記号が印字されたカードには、その二人の顔が映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《次回予告》

 

 

宇宙を彷徨うもう一つの墓標。

 

それは、かつての始まりの地…運命の発端となった地――

 

刻を超え、再び来訪する者達を襲う影。

 

 

運命の輪を拡げるように蠢く意思。

 

かつて崩壊した地を再び染める砲火。

 

その先にあるのは、未来か…混沌か……―――

 

 

 

だが…その全てを呑み込まんと闇から舞い戻る影。

 

奏でられるのは…過去から甦りし――天上の死人の讃歌――――

 

 

 

 

 

次回、「PHASE-15 過去からの死者」

 

過去を超え…飛べ、ムラサメ。

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