機動戦士ガンダムSEED  ETERNAL SPIRITS   作:MIDNIGHT

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PHASE-16 東方の志士

混迷を深める宇宙とは裏腹に、今は静寂を保つ地球。

 

大西洋連邦本拠である北米大陸の北西部。大陸を割るかのように、幾棟も聳え立つ広大な山々の連なるロッキー山脈。

 

人類の誕生以前の数億年以上も前からこの地に隆起し、存在し続ける山脈の周囲は雄大な自然に囲まれ、現在の地球上において、数少ない自然を残す場所でもある。

 

前大戦時において、国土が戦場となることの無かった大西洋連邦の国内有数の自然地帯でもあり、政府の直轄管理地帯でもあるが故に、一般人の出入りは一部を除いて禁止されている。

 

そんなロッキー山脈の麓の小高い丘の上には、木造のコテージが一軒佇んでいる。丸太で造られた、そのコテージはこの自然のなかに見事に溶け込み、調和を奏でている。

 

そのコテージのウッドデッキに置かれた椅子に腰掛け、揺れながら山脈を見詰める人影。やや色あせた黄色の髪が僅かに靡き、貌には皺がいくつも刻まれ、頬骨が薄く浮き上がっている。だが、そこには年齢とともに積み重なった落ち着きと思慮深さが漂っている。

 

老齢の男は椅子に凭れ、心地よい揺れに夢現のごとく身を任せていたが、その椅子の後ろに別の人影が歩み寄る。

 

「ようやく見つけましたよ、まさかこんな場所に居られるとは予想外でしたが」

 

皮肉とも賛辞とも取れる言葉を掛ける人影は、僅かな間を空けて立ち止まり、椅子越しに男を凝視する。

 

「ここは私のお気に入りの場所なものでね――シオン・ルーズベルト・シュタイン」

 

呼ばれた人物は、現ブルーコスモス総帥であるシオンであった。スーツ姿に身を包んだシオンが苦笑を浮かべ、肩を竦める。

 

「お久しぶりでございます、ブルーノ・アズラエル殿」

 

恭しく一礼し、その名を呼んだ。呼ばれた男は暫し無言であったが、やがて椅子の向きを変え、シオンに向き直った。

 

「ああ、かれこれ3年振りか」

 

「ええ、貴方が財団を引退し、姿を晦ませてからですので」

 

シオンの前に立つ男の名は、ブルーノ・アズラエル。2年前のA.W.において地球連合を私物化し、ブルーコスモスを狂気に扇動したムルタ・アズラエルの叔父にして、前アズラエル財団の総帥であった男だ。

 

「貴方があのまま財団に留まりさえしてくれれば、ブルーコスモスもあそこまで変わりはしなかったでしょうに」

 

やや苦い口調で告げるシオンに、ブルーノは温和とも取れる苦笑で返す。

 

「私の役目は、あの時終わった。老人は去るのみ――それに、私にはそのような力などありはしない。私が居ても居なくても、変わらなかったかと思うがね」

 

見透かしたかのような視線に、シオンも口を噤む。

 

「変わっておられませんね。その先を、まるで予見しているかのような物言い。貴方が、一族の暴走を押し留めてくれていたものを」

 

ブルーノがブルーコスモスの重鎮であった頃、次期盟主候補筆頭に上がっていた。

 

当時、コーディネイターの誕生に、ブルーコスモス内が大きな変革を迎えていた頃、コーディネイターを排除せしめんとする強硬派と、あくまで自然的に根絶を訴える穏健派に分かれるなか、中立の立場として双方の仲介役であったブルーノがもし、ブルーコスモスを率いてくれたなら、あそこまで暴走はしなかったであろうとシオンは確信している。

 

「私は変わり者だったからね。財団も些事も、全てラースにくれてやった」

 

そんなシオンを、嗜めるように呟く。

 

だが、ブルーノは盟主にはつかず、弟であったラース・アズラエルに財団の総帥、そして盟主の座すら明け渡し、隠居してしまった。そして、盟主の座についたラースにより、ブルーコスモスは狂信的な集団へと変貌していった。

 

そのままラースは、盟主の座をアズラエルへと譲り渡したと同時に、ブルーノは姿を消した。

 

「責任放棄ではありませんか? 貴方は仮にも、プラント建造に対し出資した側、貴方がブルーコスモスを離れるのはまだ時期早々であったと」

 

プラント建造を許可した当時の地球各国政府とそれに出資した国々は、その膨大な投資を回収するための配分を議論していたが、それに歯止めがきかず、数国の大国にばかり利権が流れ、結果として同盟国内においても軋轢と摩擦が生じ、プラントへのさらなる重税へと繋がり、それがあの戦争を引き起こした。

 

シオンはそう考えている。

 

あの戦争で富を得たのは、一部の軍需産業のみ。結果としては、結局戦争を始めた方が損になった。

 

だからこそ、シオンはプラントの自治権をある程度承認する代わりに、そのプラントから発生する利潤を連合国家内に配当し、回収を念頭に置き、あの条約締結にこじつけた。

 

「君が居れば、問題はなかったはずだ。現に、今こうしてうまく世界は纏まったではないか」

 

そう指摘され、シオンは口を噤む。

 

「そんな過去の与太話をするために、わざわざ私を捜していたのかね? 君はそれ程、暇な立場ではあるまいて?」

 

鼻を僅かばかり鳴らし、低く笑う。シオンは微かに息を呑む。確かに、今更そんな過去の話を蒸し返しても意味はない。シオンは気を引き締め、軽く呼吸をして一息吸い込む。

 

「私が貴方を捜していたのは、訊きたいことがあるからですよ。前アズラエル財団総帥、そしてブルーコスモス盟主にして貴方の弟君であった、ラース・アズラエル――その所在を、お教え願いたい」

 

発せられた言葉に、ブルーノは僅かばかり表情を顰めたが、それは深い皺に紛れて窺えない。

 

「貴方は御存知のはずだ。財団解体と同時に姿を消し、現在も所在は不明――そして、ブルーユニオンなる組織の蜂起。いったい、何が起こっておられるのです?」

 

睨むように言い放ち、シオンはブルーノに対峙する。

 

前大戦で戦死したムルタ・アズラエルの実父にして、アズラエル財団の総帥であったラース・アズラエル。財団解体時に、経営陣は軒並み逮捕されたが、総帥であったラースだけは逃亡してしまった。

 

その所在を、シオンは独自に調査していたが、余程うまく改竄したのか、その影さえも追うことができずにいた。

 

いくらなんでも、その存在を完全に覆い隠すのは不可能だ。なら、それを手助けした者がいるとシオンは睨み、ラースと繋がりが深い有権者や軍関係者を中心にこの2年間調査を進め、その過程で偶然にもブルーノの所在を掴んだのだ。

 

そして、ブルーノならラースの逃亡先を知りえているかもしれないという点、そしてここ最近になって活動を活発化してきたブルーコスモス強硬派残党の流れを汲むブルーユニオンの蜂起など、その背後に大きな組織じみたものを感じ、シオンは不可解なものを憶えていた。

 

「君は、パトロンが私だと思ってるのかね?」

 

既に組織的な行動など不可能なはずの強硬派を、後援できるほどの財力。そして情報操作等考えれば、必然的にある程度絞れる。無論、ブルーノもその対象ではあった。当然とばかりに応じるシオンに、笑い上げる。

 

「過大評価されたものだな、私も。今の私に何ができるというのだね? もはや、老い先短い老人に?」

 

大仰に肩を竦めるブルーノだったが、シオンもまた小さく笑う。

 

「御冗談を。このような場所で隠居している時点で、貴方は身の安全を確保し、影響力を残している」

 

チラリと見える麓の工場区を見やる。ここロッキー山脈は、大西洋連邦の有する数少ない自国の資源埋蔵地帯だ。故に政府の直轄の管理地帯であり、厳重に管理・監視体制が築かれている。

 

そんな場所で、このように独りで過ごしているということは、今の政府内にもパイプを残しているはずだと暗に示唆させるも、ブルーノは笑みを崩さない。

 

「残念だが、私は本当に何も関与しておらんよ。誓ってもいい」

 

その言葉がどの程度信用たるものか、シオンには図りかねていた。だが、これ以上追求してもあちらも答える気はないのであろうと理解し、身を引く。

 

「分かりました、残念です」

 

軽く一礼し、背を向けようとしたシオンにブルーノが待ったをかけた。

 

「ただ、これだけは言える。世界は――常に変革を求めていると、な」

 

思わず足を止め、ブルーノを見やるが、ブルーノは眼を閉じ、小さく息継ぎする。

 

「いや――求めているのは、人の世かもしれんがな。ブルーユニオンとやらが存在するのも、それを望む者がいるからであろう」

 

たとえ何があろうと、眼の前に起こっている『現在』こそ事実であり、真実だ。ブルーユニオンが蜂起したのもそれを望む存在があってこそのこと。

 

「世界は管理されるべきか、それとも流れに身を任せるのみか。私には分からんがな――それに、いくら落ちぶれているとはいえ、これでも人の子だ。身内を売るような真似は、できんよ」

 

話は終わりとばかりに背を向け、拒絶の意を示すブルーノに、シオンはその真意を探りつつ、一礼し、静かにその場を去る。

 

「私は今でも、貴方を尊敬していますよ――ブルーノ殿」

 

微かに尊敬の念をまじえ、呟くと離れていくシオンを背中で見送り、ブルーノは無言で空を一瞥する。

 

澄み渡る青空の遥か彼方――微かに見える影、それを一瞥し、ブルーノは嘆息した。

 

「やれやれ…ここでノンビリも終わりか。これもシナリオの内なのかね―――」

 

嘆息し、肩を落とす。

 

その漏れた疑問が誰に向けられたものなのか――それは誰にも…ブルーノ本人にも分からぬことだった。

 

 

 

 

 

機動戦士ガンダムSEED ETERNAL SPIRITS

 

PHASE-16  東方の志士

 

 

 

 

 

人々の記憶のなかから薄れ、忘れ去られたように宇宙で朽ちるのを待つヘリオポリス。

 

その墓標とも取れる場所を舞台に、今また新たな戦渦が渦巻き、そして拡がろうとしていた。

 

守護者の名を冠せし者達に、襲い掛かる死界からの来訪者達。死をその身に纏い、そして誘うべく現われし天使がその翼を禍々しく舞い上がらせる。

 

ヘリオポリスの外壁部で、攻防を繰り広げる機影。オーブ軍、アスラン・ザラの駆る赤褐色のムラサメは、ビームライフルを捨て、ビームサーベルを両手に構えて突撃する。

 

その前方に大きく立ちはだかる、純白とも灰色とも取れる重装甲に身を固めた巨人。

 

荒野に彷徨いし堕天使の名を冠するMS:アザゼルが、その頭部のモノアイを爛々と鮮血のごとく輝かせ、そのコックピットと呼ぶにはあまりに異質なコア部で、まるで一体化するかのような鎧に身も見えるスーツを纏いし者:ミストが同じく兜の下で紅く瞳を輝かせ、マスク部から呼吸器の収縮音を響かせる。

 

『目標ヲ殲滅スル』

 

まるで機械のような、一切の感情を排除した抑揚のない声で呟き、それに連動するようにアザゼルは、右手に持つ巨大な砲身をボディ前部に構え、持ち手を変えて両手でランチャーを構える。

 

前部バレルが伸び拡がり、砲口が拡大し、収束するエネルギーがプロミネンスの粒子を噴き出す。

 

ミストの眼前のモニターに照準サイトが展開され、加速するムラサメを捉え、ロックオンされる。

 

無感動にトリガーを引き、砲口から高エネルギーが解放される。解き放たれた奔流は真っ直ぐにムラサメに襲い掛かる。

 

「ぐっ!」

 

アスランはその全感覚を駆使し、操縦桿を切ってムラサメを回避させる。一瞬の鋭い機動に各関節部が軋みを上げるも、ムラサメは奔流を沿うように紙一重で回避し、かわしきる。

 

「掠めただけでこれか! だがっ」

 

装甲表面が融解し、次に喰らえば間違いなくフレームがやられる。だが、あれだけの出力なら、連射はきかない。たとえできたとしても、多少のタイムラグがある。その隙を逃すまいと、アスランはフルスロットルで機体を加速させる。

 

バーニアが火を噴き、ムラサメは両手にビームサーベルを抜いて斬り掛かる。

 

「おおおっ!!」

 

咆哮とともに振り下ろされるも、アザゼルはモノアイを輝かせ、背部のスラスターを噴かし、ムラサメが薙いだ瞬間、その身を陽炎のように霧散させた。

 

「何――っ!?」

 

驚愕するアスランだったが、その瞬間――背後に回り込むアザゼル。

 

「速い――っ!?」

 

予想以上のスピードにアスランが眼を剥く間もなく、アザゼルは両肩の連装ランチャーをムラサメにロックする。この距離なら先程のような回避は間に合わない。

 

「ターゲット、破壊完了」

 

トリガーを引こうとした瞬間、横合いにビームが撃ち込まれ、アザゼルを振動させる。ミストはまったく動じた様子もなかったが、それは僅かながらのタイムラグを生み、アスランは考えるより先に機体を操作し、機体を離脱させた。

 

それと同時に放たれる連装キャノンは空を切り、アスランは微かに息を吐く。

 

「副長!」

 

呼び掛けに反応し、振り向くと、アサギ達のムラサメがこちらへと向かってきた。

 

「すまん、助かった!」

 

「いえ…でも、こいついったい――!?」

 

アサギ達も困惑していた。ダガーならまだある程度予想はできるものの、この眼前の敵機はまったく見当がつかない未知の敵だ。それが、言い知れぬ不気味さと恐怖を味あわせていた。

 

だが、アスランもそれに答える術はない。

 

「分からない――だがっ、俺達を狙っているのは間違いないっ」

 

正直、アスランも困惑しているのだ。そのために、微かな動揺が操縦にも現われている。艦隊との通信はジャミングがかけられているのか、不可。そしてこの未知の機体。相手の真意、そして正体が分からず、アスランは歯噛みする。

 

だが、そんな困惑を無視するようにアザゼルは再度連装キャノンを砲撃し、無数の光弾は4機に襲い掛かる。

 

「くっ!」

 

「きゃぁぁっ」

 

「危ないっ」

 

「このぉぉっ」

 

砲撃に晒されながらも、マユラとジュリのムラサメが反撃しようと砲撃を掻い潜り、アザゼルに攻めるも、アスランは叫ぶ。

 

「いかん、やめろ――っ!」

 

あの機体は、その鈍重な外見にそぐわない機動力と推進力を有している。迂闊に近づいても餌食になるが、それは遅く――ジュリのムラサメが、ビームライフルで牽制弾を放つと同時にマユラのムラサメが戦闘機形態で突撃した。

 

「このぉぉぉっ」

 

ジュリのビームに続くように、マユラはビームライフルを連射するも、アザゼルはよけようともせず、その重装甲を突き出すように構え、ビームが着弾した瞬間、熱粒子が周囲に霧散する。

 

「え!?」

 

その予想外の事態にマユラは呆気に取られ、離脱のタイミングを逃し、アザゼルの懐に急接近してしまう。

 

アザゼルの瞳が不気味に鳴動し、身体を大きく捻り、その背腰部から伸びる巨大な尾のような鞭が撓り、ムラサメに襲い掛かる。

 

振り薙がれた尾が突撃してきたムラサメに激突し、マユラは大きく吹き飛ばされた。

 

「きゃぁぁぁっ!」

 

衝撃に呻き、身体を襲う痛みが全身を駆け巡りながら機体がシェイクされ、ムラサメは岩塊に叩きつけられた。着撃時の衝撃がトドメとばかりに、背中を強く打ちつけたマユラは、ヘルメットの下で微かに鮮血を混じらせた嘔吐物を吐き出す。

 

「げほっげほっ」

 

全身を襲う痛みと圧迫感による呼吸困難に、苦しむ。

 

「マユラ! っ!?」

 

マユラのムラサメが無残に弾かれた光景に呆気に取られたジュリだったが、次の瞬間――眼前にビームが迫り、慌てて回避するも、左腕を抉り取られ、爆発に弾かれる。

 

「きゃぁぁぁっ!」

 

悲鳴とともに弾かれたジュリのムラサメもまた、大きく蛇行しながら岩塊に激突し、ジュリもまた嘔吐する。

 

瞬く間にマユラとジュリが倒されたことに、アサギとアスランは息を呑み、歯噛みする。

 

「ザ、ザラ副長……」

 

アサギの不安のこもる声が聞こえる。仲間の無残な姿に、戦意を喪失させている。アスランもそうだ、動揺が汗となって身体中に流れている。それでもそれを外に出さないようにさせているのは、指揮官たる所以か。

 

このままではマズイ、敵の能力は自分の予想以上だ。これ程の戦闘能力を持たせ、運用できる組織となると、かなりのバックボーンがあると見て間違いない。だが、それも自分達がここでやられては何の意味もない。

 

なら、生き残ることが今の最重要目的だ。アスランは機体のコンソールを叩き、既に機能を低下させている区画を閉鎖し、操縦桿を握り締める。

 

「コードウェル二尉、奴は俺が引き付ける。その隙に二人を連れて逃げろ」

 

「え……?」

 

「いいな――必ず生きて戻れ、そして、この件をサハク代表やアスハ三佐に伝えろ。命令だっ」

 

次の瞬間、アサギが声を掛けるより早くアスランはペダルを踏み込み、操縦桿を引いた。バーニアが火を噴き、ムラサメは機体を加速させ、アザゼルに向かって突撃していく。

 

叫ぶアサギの声も無視し、アスランは咆哮を上げてアザゼルに斬り掛かる。

 

「うおぉぉぉぉっっ!」

 

不退転の気迫とともにムラサメはビームサーベルを抜き、アザゼルに襲い掛かる。ミストはそれに気づき、機体を後方へと跳躍させ、その斬撃をかわす。だが、逃すまいとアスランはさらに懐に飛び込み、連撃を仕掛ける。

 

幾条も振るわれる刃が、アザゼルを掠める。間合いを詰めたまま離れず、斬撃を浴びせかけるも、アザゼルは紙一重でかわし、歯噛みする。

 

(くそっ、なんて機動力だっ)

 

相手の質量の法則を無視したような、出鱈目な機動には慄く。いくらここが無重力空間とはいえ、機体のあの重量から見ても動きは鈍くなる。だが、そんな常識を覆さんばかりに相手の動きは素早い。

 

このままでは相手に致命傷を与えられないが、アスランには好都合だ。このまま相手の反撃を封じ込めたまま、時間を稼ぐ。なんとか、アサギ達が離脱するまでの時間を稼げればいい。

 

アスランは不意に、脳裏に自身の先を見据えた。

 

(俺の代わりは――なんとかなるっ)

 

既に覚悟したことだ。無論、自身も生き延びることを放棄するつもりはないが、それでも最悪の事態は避けられない。ここで全員犠牲になるよりは、自分独りの方がいい。生き延びてくれれば、それが必ず後の仲間達のためになる。

 

「おおおおっっ」

 

だからこそ、もう暫く自分が殺られる訳にも、眼前の敵にも離れてもらう訳にはいかない。

 

「付き合ってもらうぞっ」

 

決して離れず、幾条も煌く刃は、アスランの命の灯火のごとく輝き、アザゼルに降り掛かる。だが、ミストはそんなアスランの決死の刃を、まったく無関心にかわしていた。

 

眼前のモニターにはムラサメの機動数値、攻撃パターンが解析され、それがデータとして蓄積していく。

 

やがて、データが『COMPLETE』の文字を表示させ、ミストはコンソールを操作する。

 

『攻撃パターン蓄積完了――データアップロード、TAKE』

 

データがアザゼルのOSへとロードされた瞬間、アザゼルのモノアイが輝き、マスクから排気音が漏れた。薙がれた刃を屈み込んでかわしたアザゼルは、間を置かず機体を加速させ、ムラサメに突貫した。

 

「がはっ」

 

甲高い激突の衝撃音が真空の宇宙に木霊し、ムラサメは装甲を大きくひしゃげながら弾かれる。

 

その重装甲の至近距離での体当たりは、薄い装甲のムラサメには致命的であり、ボディ部の装甲が大きく歪み、アスランはその衝撃をほぼ無防備で喰らい、身体を大きく打ちつけ、吐血する。

 

バイザーを真っ赤に染めながら蛇行するムラサメはそのまま流されるも、その上を取るアザゼル。一瞬のうちにムラサメと対峙するように接近し、腕部を振り上げ、振り下ろした拳がボディ部分に突き刺さり、再度鋭い衝撃が身体を襲い、アスランは意識を刻まれた。

 

弾き飛ばされたムラサメは大きく吹き飛び、コロニーの外壁ミラーに激突し、壁面を大きく抉りながら飛び、やがて制動がかけられ、動きが止まる。

 

だが、ムラサメの状態は最悪だった。ボディの装甲は歪み、コックピットブロックも半ば変形しかけている。

 

機体は半壊に近く、アスランもまた度重なる衝撃に全身を大きく麻痺させ、意識を朦朧とさせている。

 

そんなアスランに、アサギが悲痛な声を上げる。

 

「副長!!」

 

マユラのムラサメを抱え、アサギは眼を見開く。アスランを見捨てて逃げることなどできず、なんとかマユラとジュリだけでも逃そうとしていたが、眼の前の現実に恐慌状態に陥る。

 

マユラとジュリも薄れゆく意識のなかで悲痛なものを浮かべ、表情を歪める。

 

「このっ」

 

なんとかアスランを助けようと援護に入ろうとするが、別方向から攻撃が降り注ぎ、援護に回っていたM2が被弾する。ハッと顔を上げると、被弾して外壁部に激突したロッソイージスが飛び出し、こちらへと銃口を向けていた。

 

「あいつ――っ!」

 

それに気づいたアサギやM2パイロット達が慌てて応戦するも、ロッソイージスはビームの間隙を縫い、一気に加速する。

 

「抹殺するっ」

 

狂気に染まった表情でエミリオはロッソイージスをMA形態へと変形させ、機首が4つに分かれ、その下から覗く砲口にエネルギーが収束した瞬間、スキュラが放たれる。

 

その熱量にM2数機掛かりでシールドを掲げ、防御するも――スキュラのエネルギーは直前で軌道を変え、湾曲して横殴りにM2のボディを貫き、機体を破壊する。

 

眼前で爆発し、撃墜されていく友軍機にアサギとマユラが息を呑む間もなく、炎を突き破り、迫るロッソイージスが悪鬼のごとくビーム刃を展開して迫り、アサギは咄嗟に抱えていたマユラのムラサメを弾き、ビームサーベルを抜いて応戦した。

 

ビームの刃が干渉し合い、火花が両機を照りつけ、アサギは歯噛みする。ムラサメの腕が振るえ、押し切られる。バックステップで跳び、干渉の反発とともに離脱するも、僅かに遅く、ビーム刃に右腕を切り裂かれ、ムラサメは爆発する。

 

「うっ」

 

振動に体勢を崩し、おぼつかないムラサメにトドメを刺そうと逆足のビーム刃を振り上げ、真っ直ぐにムラサメに向かう。

 

「アサギ!!」

 

マユラの悲痛な声が、酷く遠くに聞こえる。ああ、これで終わり――アサギの思考を飛び越え、全感覚がそれをハッキリとしたものとして知覚させた。

 

濃厚な『死』が駆け巡る。人間、死ぬ瞬間には走馬灯が見えるという――アサギの脳裏にはそれらが一気に駆け抜け、より死を内に連想させた。

 

(ラスティ――)

 

最期に浮かんだのは、朱髪の少年。一緒にいると楽しかった。まだほんの数える程度しか会ったこともない。だが、今のアサギの心に深く刻まれた存在。

 

もう会えない――その考えが脳裏に浮かんだ瞬間、アサギは冷め切っていた感覚のなかに、氷のメスを入れられたかのごとく急激に流動した。

 

(いやだ…っ)

 

まだ死ねない。死にたくない――まだ何もしていないと、自分のことも故国のことも――その瞬間、無意識にアサギは操縦桿を引いた。

 

ほぼ直前にビーム刃が迫った瞬間、ムラサメがボディを逸らし、薙がれたビーム刃に沿うように斬撃を回避する。

 

「何――っ!?」

 

その異常な反応にエミリオが驚愕するも、ムラサメはそのまま身を回転させ、加速してロッソイージスに体当たりする。

 

衝撃が互いのボディを襲い、呻くも――アサギはそれに歯噛みして耐え、なおも機体を加速させた。

 

「こんのぉぉぉぉっ」

 

生き残ったスラスターバーニアを全開で噴かし、ロッソイージスに密着したまま加速し、2機は一気に外壁へと向かう。

 

縺れ合いながら、外壁にロッソイージスのボディを強かに打ちつけ、衝撃にエミリオが苦悶を浮かべるも、アサギも程度の差はあれど同じく衝撃を受け、身を麻痺させる。

 

逃げようにも身体がいうことをきかない。動けと己に叫ぶも、身体はそれに応えず、痛みだけが蔓延する。

 

そして、エミリオの方は怒りに表情を染め、睨みつける。同じ衝撃を受けたとはいえ、こちらはPS装甲だ。多少の衝撃は影響しない。ムラサメを引き剥がし、ボディ前部のスキュラの砲口を向け、エネルギーを収束させる。この至近距離なら、間違いなくコックピットは灼け爛れ、原型も留めないだろう。

 

それを一瞬で理解したアサギは、痺れる手でなんとか逃げようとするも、力が入れずムラサメは沈黙し、砲口には無情のエネルギーが眩かんばかりに溢れている。

 

閃光に視界が覆われ、怯んだ瞬間――アサギは、フワリと錯覚するような浮遊感に包まれた。同時にロッソイージスのスキュラが放たれ、真っ直ぐに伸びるも、それは虚空を切り、眼を見開くエミリオ。

 

僅かに離れた位置で、ムラサメを抱える一体の白い衣を纏った機体。全身を覆い隠すその機体が衣の下でツインアイを輝かせ、下から振り出した腕が薙がれた瞬間、ロッソイージスの周囲の岩塊に着弾し、仕込まれていた火薬が爆発し、岩塊がロッソイージスを包み、礫の嵐を受けながらコロニー内部へ陥没していった。

 

その様を茫然と見詰めるアサギ。自身が助かったという知覚は愚か、何が起こったか理解もできず、ただ加速するように過ぎ去った事態の連続に思考が追いつかない。

 

自身が今、何かに抱き抱えられているという自覚をようやく抱き始めたのも束の間、白い影はアサギのムラサメを横たえ、身を翻して跳び去る。

 

「私…生きてる――?」

 

それだけが、ようやく自覚できたアサギの言葉だった。

 

そして、その視線が虚空に消え去った自身を救った影を追い求めるも、その姿は既に消え、見つけることは叶わない。その視界に、アスランのムラサメに狙いをつけるアザゼルの光景が飛び込んできたことで思考が戻り始めた。

 

アスランのムラサメは既に半壊し、満足に動くこともままならない。激痛の走る全身にアスランの思考は彷徨う。

 

(あばらをやられたか――機体も、やばいな)

 

あの一撃でかなり身を打ちつけたらしく、身体に先程から激痛が走り、呼吸もままならない。そして、意識自体もかなり朦朧とし、状況を確認できない。

 

自身の鮮血で染まったバイザーの奥、モニターの真正面には、距離を空けて静止するアザゼルが巨大な砲口をこちらへと向けるのが映る。

 

純白の装甲の下で不気味に鳴動する機体。その姿が、2年前のあの戦いで見た機体に重なる。

 

(ぐっ)

 

あの正体が何であれ、このまま易々とやられてやる訳にはいかない。だが、身体が言うことをきかない。

 

(カガリ――すまない)

 

心のなかで、愛しい者に向けて謝罪する。かつて、護ると誓った最愛の少女。その誓いを破ってしまう自身の不甲斐なさに、断腸の思いだった。

 

自分の命は、あの光に呑まれて消える。そんなアスランの最期を証明するかのごとく、アザゼルの砲口にはエネルギーが臨界を超え、収束する粒子が砲口から迸り、コックピット内でミストが正面モニターの照準サイトをセットする。

 

サイトが動き、倒れ伏すムラサメにロックされ、アザゼルはトリガーに指をかける。

 

『目標、消滅確認』

 

何の感慨もない機械的な口調で囁き、操縦桿のトリガーに指をかけた瞬間――横から、何かの接近を告げるアラートが響き、そちらを見やると、回転する何かがアザゼルに襲い掛かり、ミストは振り払おうと左腕を振り上げるも、微かな衝撃が機体を襲い、その拍子でトリガーを引いた。

 

アザゼルから放たれる光条。だが、体勢を崩したために当初の軌道を大きく逸れ、ビームの奔流はムラサメを大きく外して虚空へと過ぎる。

 

ビームが外れたことにアスランは息を呑み、状況を確認しようとするが、思考がうまく纏まらない。身体が麻痺しているために視界が拡がらないが、それでも眼前のアザゼルが体勢を崩しているのだけは確認できる。

 

「――っ」

 

そして、視界を凝らし、アザゼルを凝視すると、驚くべき光景が飛び込んでくる。アザゼルの左腕の装甲に大きく突き刺さった棒状の物体。

 

ビームを先端に展開するその武器は、アザゼルの装甲を貫通こそしなかったが、今までビームを無効化していただけに驚きが大きい。

 

『装甲、破損。機体フレーム、異常ナシ――』

 

自身の機体が傷つけられたというのにミストは動揺も見せず、ただ冷静に機体ダメージを分析し、突き刺さる武器の解析に入る。

 

そして、その武器の反対側――細長いワイヤーのようなものが伸びているのを確認した瞬間、通信機から声が聞こえてきた。

 

 

「ひとつ、人の世の生き血を啜り――」

 

 

その声は、全周波数なのか、アスランのコックピットにも届く。だが、聞き覚えのない声に戸惑うが、その間にも口上は続く。

 

 

「ふたつ、不埒な悪行三昧――」

 

 

同じように声に聞き入っていたミストはその口上を無視し、ワイヤーで繋がる何かを引きちぎろうと腕を振り上げたが、向こう側からも力が掛かり、その反動で刃が装甲から抜け、棒状の武器はバネのように虚空へと消え去っていく。

 

 

「みっつ、醜い浮き世の鬼を――」

 

 

虚空へと消えた先、そして声の発する周波数の音源を探り、センサーが捉えた場所へ向けて、ミストは機体を振り向かせる。

 

 

「退治てくれよう」

 

 

その瞬間、アザゼルは両肩の連装キャノンを放ち、無数の光弾がデブリが密集した場所へと着撃し、周囲を激しい爆発と閃光が覆いつくす。

 

爆煙と粉塵が周囲に霧散するなか、その煙の奥から姿を見せる純白の衣を纏った影。爆発によって発生した衝撃波がまるで風のごとく靡かせる。

 

一瞬の静寂、アザゼルの連装キャノンが火を噴き、光弾が襲い掛かる。だが、白い影は軽やかな動きで弾丸をかわし、浮遊するデブリの上を滑るかのごとく疾走し、右手に保持する棒状のランサーを構える。

 

近づけさせまいとアザゼルは右手のランチャーを構えて砲撃し、周囲のデブリごと狙い撃つも、奔流の波を滑るように捌き、一気に距離を詰めてランサーを振るう。アザゼルはその薙ぎ払いを跳躍でかわし、至近距離からキャノンを構えるが、その瞬間には姿は無く、背後に回り込まれる。

 

『速イ』

 

戸惑った様子もなく、アザゼルは尾を振り被って弾こうとするが、相手はランサーでそれを受け止め、弾く。距離を一気に詰め、ランサーを叩きつけ、装甲を振動させる衝撃がコックピットを揺さぶる。

 

だが、やはりパワーにおいては僅かに足りなかったのか、吹き飛ばすまでには至らず、踏み止まるアザゼルは左手に脚部から取り出した柄を握り、その先端から迸るビームの刃。それを振り上げ、振り下ろす。

 

影もランサーの先端を変形させ、三叉状にビーム刃を展開し、その刃を受け止める。ビームが干渉し合い、エネルギーをスパークさせ、両者を照り映えさせる。

 

対峙し合い、モニターから溢れる閃光が身に纏う鎧兜を屈折させるが、ミストは仮面の奥で抑揚のない声で呟いた。

 

『何者?』

 

冷淡な口調を向けられた影は、無言で返す。互いの干渉の影響で弾かれ、体勢を崩す。アザゼルは間髪入れず連装キャノンを斉射した。弾丸が、影に着弾し、爆発する。

 

その爆発を一瞥し、無感動に確認するなか、煙の奥からは僅かに四散した衣の切れのみ。表情の窺い知れぬなか、センサーが別方向の反応を捉え、そちらに振り向くと、離れた位置の岩塊に佇む白い影が在った。

 

焼け焦げ、ボロボロになった衣を靡かせ、無言で佇んでいたが、唐突に衣を掴み、大きく脱ぎ捨てる。放り投げられる衣の下から姿を見せる機体。

 

純白の装甲に身を包み、機体に走る流線のごときフォルム。侍を具現したかのごとく、ツインサイドアンテナが鎧兜を思わせ、雄々しく佇む影の頭部のツインアイが、ライトグリーンに輝く。

 

その機体のコックピットで、モニターから差し込む光のなかで顔を上げたパイロットが、バイザー下で口元が薄く緩む。

 

「鬼に問われて名乗るのもおこがましいが――答えてやるが世の情け、しかと聞けぇ!」

 

純白の機体が大きく身を振り、左手に持っていたランサー:ビッグワンを回転させ、右手に移す。機体の中央で立て、カメラアイが輝く。

 

「大日本帝国近衛軍機動烈士隊行動隊長、番場壮吉!」

 

右手に保持する長身の棒を振り被り、構える。

 

「――よろしく」

 

バイザー下で不適な笑みを浮かべ、構えるのは日本の主、帝を直衛する役目を負いし近衛軍の証。JAT-AX005:不知火が悠然とその姿を誇示する。

 

侍のごとく雄々しさを漂わせる純白の士。それは、古史に伝承されし東方にかつて存在していた志士のそれであった。

 

 

 

 

 

 

ヘリオポリス外壁付近での戦いが新たな局面を迎えるなか、外周部での戦いもまた新たなる混乱の様相を呈していた。

 

奇襲をかけてきたスローターダガー部隊を退けたガーディアンズのMS部隊であったが、突如出現したネロブリッツの猛攻に苦戦するエレンのザクファントムを救い出したユリアとヴェノムであったが、そんな彼らを方位するかのごとく闇から抜け出すように姿を見せる黒衣を身に染めた機体。

 

禍々しいほどの暗い翼を拡げ、赤いバイザーとモノアイを爛々と輝かせながら不気味に鳴動する天使。

 

「アレは――エンジェル……?」

 

その姿を一瞥したエレンがポツリと漏らし、同じように視認したユリアとヴェノムも息を呑み、茫然と凝視する。

 

「エンジェル…アレが、あの時の――」

 

「突入部隊が戦ったっていう――」

 

エレンだけでない――ユリアとヴェノムも、2年前の第2次ヤキン・ドゥーエ攻防戦には参戦していた。そして見た――世界に対し宣戦布告した白き使徒達を。

 

神の遣いと形容すべきその純白のボディと威容さに彼らはあの時、魅入られ――そして恐怖した。その天使達を相手に回して戦ったのが、かつてユニウスαに突入した部隊。

 

彼は知らず知らずの内に歯をガチガチさせ、操縦桿を握り締める手が震える。それは、絶対的な存在を前にした時の緊張感と不安が入り混じるものであった。

 

人間とは弱い生き物だ。全てがそうではないとはいえ、大多数の人間は、自分とは違う――それも眼に見えてではない。思考――いや、本能というもので理解してしまうほどの大きな何かには恐れを抱き、触れることを拒む。

 

それはある種の自己防衛本能だ。危険を察し、回避しようとする本来の性――修羅場を経験し、掻い潜ってきた彼らでさえ、初めてそう慄かされた相手を再び前にし、それが動きを鈍らせ、精彩を欠かせる。

 

そのために、どうしても必要以上に身構え、背中合わせに相手の出方を窺う。

 

エンジェルを実際に見たのは、あの時一度だけ。彼らはその後、陽動の統合軍だったために、エンジェルと直接戦うことはなかった。そのエンジェルのデータはその時に取られたものが一応ガーディアンズには僅かながら伝わったものの、その詳細は極秘事項として扱われ、知ることは叶わなかった。

 

相手の特性を知りえないというのは、不安要素の一つだ。敵を知り、己を知れば百戦危うからずと言うが、今回ばかりはどうにもならない。相手の能力は、手探りで知るしかない。

 

ユリアはなんとか思考を回転させ、冷静になれと言い聞かせながら状況を分析する。

 

(敵の数は10、こっちはブラックストン隊長が戦力外)

 

取り囲むように布陣するエンジェルの数は、全部で10機。そして未確認機であるネロブリッツの計11機。対し、こちらは被弾したエレンを除けば、14機。数の上では有利でも、敵の能力が未知数である以上、アドバンテージにはならない。

 

(この分じゃ、オーブ軍も期待できない、か)

 

既に戦闘を開始してから数十分。ヘリオポリス調査に赴いたオーブ軍が戻らないところを見ると、あちらでもなにかトラブルが起こったと見ていいだろう。だとしたら、否が応でもこの場を切り抜けなければ、自分達の敗北は決定的になる。

 

「ブラックストン隊長、貴方は下がってください。ヴェノムさん、援護をお願いします」

 

「分かった、隊長は一度後退してください」

 

その言葉に、エレンは悔しげに歯噛みする。既に自機が戦闘不能なのは明白だ。隊長である以上、それを無視して戦闘することはできない。

 

「あたしには構うな、枯れても腐っても婚期逃しても、曲がりなりにも教導隊の指揮官だ。自分の身ぐらい、自分で何とかする」

 

だが、ここで退けないのがエレンのエレンたる性。無謀な物言いに、ヴェノムが憤る。

 

「隊長、無茶を言わないでください!」

 

「構うなって言ってんだろ、囮ぐらいはできる。それにな、教導隊ってのは兵士の見本にならなきゃならねえ部隊だ。任務をどのような形でにせよ、遂行し、帰還してこその意義だ。犬死する気はない」

 

あくまで退かないエレンにヴェノムは口を噤み、ユリアもその強情さに表情を顰めながらも、微かに勇気づけられる。

 

「分かりました。無茶はしないでくださいね」

 

「無理難題だね」

 

軽口を叩きながら意識を前方に向ける。この状態では迂闊に動けない。なら、相手が攻勢に出たところを打って出るしかない。一同が身構えるなか、エンジェルのサークルの外で傍観していたダナが鼻を鳴らす。

 

「さて…んじゃまあ、貸してもらったエンジェルの性能テストといくかっ。殺れよ、てめえらっ」

 

ニタリと嗤った瞬間、エンジェルが起動し、一斉にランチャーを構える。そして、砲口にエネルギーが収束したと同時に、エレンが叫んだ。

 

「散開!!」

 

閃光が迸るのと同時に、四方に飛び出すMS。

 

「このおおっ」

 

「どりゃぁぁぁっ」

 

一機に向かって駆けたユリアとヴェノムは、同時に仕掛ける。ウィンダムのビームサーベルとザクウォーリアのビームトマホークが唸り、エンジェルに振り下ろされるも、エンジェルはバイザーの下でデータを解析し、動きを見切り、ランチャーを振り上げ、左腕のアルミューレ・リュミエールを展開し、両者が交錯した瞬間、ランチャーの砲身でトマホークの刃を受け止め、シールドでビーム刃を受け止めていた。

 

その反応の高さに一瞬、気圧されるも、それを振り払い、2機は強引に加速して押し切り、その勢いに耐え切れなくなったのか、エンジェルは翼を拡げ、スラスターを噴かし、腕を回転させ、2機の攻撃の流れを変え、柳のごとく捌く。

 

加速したまま左右に振り弾かれるも、ユリアとヴェノムが笑みを浮かべ――エンジェルが顔を上げた瞬間、すぐ眼前にエレンのザクファントムが飛び込んできた。

 

「もらったぁぁぁっっ」

 

波状攻撃でできた隙を狙い、咆哮とともに残った右手のビームトマホークを振り被り、勢いよく振り下ろした。トマホークの刃が頭部を真っ二つに切り裂くと同時に柄を離し、エレンは機体を回転上昇させ、エンジェルの頭上で回転し、回り込むと同時に両脚部を伸ばし、その背中を蹴り飛ばして離脱する。

 

頭部センサー系を破壊されたエンジェルは、背中からの衝撃も合わさって体勢を崩し、それを整えるよりも早く弾かれたウィンダムとザクウォーリアが火器を構え、一斉にトリガーを引いた。

 

放たれるビームが無防備な背中に突き刺さり、翼をもぎ取る。そのままボディを貫き、身体を数発の通気口が前後を繋ぎ、その隙間から炎が迸り、赤黒い炎が機体を包み込んだ。

 

夥しい閃光を発しながら爆散するエンジェル。周囲に散る黒い羽が、まるで天使の堕ちた様を表すかのごとく漂う。

 

それを一瞥した3人だったが、表情は晴れない。今のはほんのマグレ当たりだ。相手の不意を衝いた攻撃が次も通じるはずがない。

 

「全機、3機編成で迎撃っ、孤立はするなっ」

 

一機で行動してはまず間違いなく墜とされ、各個撃破される。それを防ぐためにもチームを組ませるが、元々他部隊の者同士、そう簡単にチームで行動できず、浮き足立つ。

 

エンジェルが巨大な双斧を振り上げ、襲い掛かる。その姿に恐怖し、半狂乱になって応戦するダガーLとゲイツRだったが、その攻撃を児戯のごとくかわし、距離を詰めると同時に双斧を振り被り、ダガーLに叩きつける。

 

重量が加わった刃が脳天から機体を真っ二つに破壊し、続けて振り薙ぎ、横にいたゲイツRのボディを一閃し、上下に切り裂く。2機を切り裂いただけに留まらず、エンジェルは離脱と同時にドラグーンを展開し、一斉射撃を浴びせる。

 

無数の針のようなビームが2機の骸に幾条も突き刺さり、その身を粉々に砕き、機体は原型も留めないほど破壊され、跡形も無く四散した。

 

爆発が周囲に霧散し、一片すら残さぬとばかりに破壊の限りを尽くした残虐さに、それを一瞥したパイロット達の精神を蝕む。

 

次に、ああなるのは自分だと――残存するエンジェル9機がバイザーを輝かせ、こちらを凝視した瞬間、数機が恐怖の限界に達し、恥も外聞もなく離脱をかけた。

 

「バカ! 背中を見せるな――っ!?」

 

その行動を咎めるよりも早く、エンジェル数機が翼を拡げ、機体を加速させる。瞬きするよりも早くユリア達の間を抜け、逃げるFAダガーの前に割り込み、立ち塞がる。

 

モノアイが動き、その眼が獲物を捕らえた猛禽鳥のごとく怪しげに光り、2機のランチャーが火を噴いた。

 

無数の光弾が放たれ、FAダガーの装甲に突き刺さり、その装甲を破壊していく。パイロットは響く振動に恐怖し、必死に操縦桿のトリガーを引いた。生への執着の本能か、足掻くようにFAダガーは残存の火器を全て向ける。

 

胸部のガトリング砲とミサイルランチャーが発射され、光弾とすれ違いながらエンジェルに襲い掛かり、周囲で爆発する。その光景に手応えを確信し、表情を弾ませるも、煙の奥からは赤いエネルギーシールドを翳し、無傷の敵機が出現した瞬間、より絶望へと変わる。

 

それが、そのパイロットの最期の光景となった。トドメとばかりにエンジェルはランチャーをマグナム砲で発射し、圧縮されたビームがFAダガーのボディを紙のごとく喰いちぎり、コックピットを大きく抉った。

 

残った火器の火薬にも引火し、FAダガーは一際大きな爆発に包まれた。

 

またもや友軍シグナルが消え、エレンは歯噛みする。やはり、他のパイロット達への影響が大きい。士気は最悪だ。だが、ここで諦めてはまさしく全滅してしまう。

 

「止まるなっ! 動いて相手を撹乱しろっ!!」

 

一箇所に留まり、尚且つ背中を見せれば間違いなく集中砲火を受ける。残存機が慌てて行動し、必死に応戦するも、動きは悪く、被弾していく。

 

「くっ!」

 

ユリアは双斧をシールドで受け止めるも、その重い一撃に呻く。だが、素早くその一撃を逸らし、至近距離でバルカンを放ち、頭部を狙い撃つも、敵の装甲に弾かれ、傷どころか相手の注意を逸らすこともできず、振り被った一撃にシールドごと弾かれる。

 

「きゃぁぁぁっ」

 

悲鳴を上げて吹き飛ぶウィンダム。だが、それを気に掛けている余裕はない。

 

エレンのザクファントムをカバーするヴェノムもビーム突撃銃で敵を狙うも、機動性が極端に抜きん出た相手を掠めることさえできず、歯噛みする。

 

「くそっ」

 

エレンもビーム突撃銃で応戦するが、こちらは機能低下で狙いが甘くなっている。

 

「カーレル!」

 

その声に応じ、2機はバックパックの誘導ミサイルを連射する。無数のミサイルが弧を描いて迫るも、エンジェルはその軌道を計算し、ドラグーンを射出し、縦横無尽にビームを浴びせかけ、撃ち落とす。

 

ミサイルの迎撃による爆発の閃光が周囲を包み込み、視界を覆う。その閃光に紛れて突撃をかけるヴェノムがビームトマホークを振り上げる。エンジェルはシールドで受け止め、防ぐも別方向から回り込むエレンのザクファントムがビームトマホークを薙ぎ払うが、別の機体が防御に回り込み、双斧で受け止め、甲高い衝撃音が拡がる。

 

「こいつら、動きを読んでいる――っ!?」

 

フォーメーションは言わずとも、動きを読み切られている。敵機の動きを収集し、即座に反映するアップロード能力。この瞬間にもこの場にいる9機の戦闘データはリアルタイムで全機に共有され、そのまま反映される。

 

そのために、時間を掛ければ掛けるほど不利に陥っていくのはガーディアンズだった。こちらの攻撃が命中しなくなり、それに反比例して上がっていく敵の戦闘能力。士気は下がり、撃墜を防ぐだけで精一杯だった。

 

(ここまでなのかよ、私らは――っ、何が守護者だっ)

 

あまりに無力な現実に、エレンは泣きたい気分だった。だが、敵はそんな悲壮な想いを無慈悲に蹂躙するかのごとく双斧を振り、ザクファントムを弾き飛ばした。

 

追い詰められていくガーディアンズの部隊を高みの見物で見下ろすダナは卑屈な笑みを貼り付けたままだった。

 

「ひゅぅ、流石だねぇ。しっかし、上はよくこんな隠し玉持ってたもんだ」

 

今回の作戦――ヘリオポリスに調査に赴くガーディアンズ部隊の戦力の削ぎ落とし、可能ならば殲滅という任務に当初、ダナは難色を示した。

 

いくらなんでも自身とエミリオ、そして部隊のドーピング処理パイロットのスローターダガーだけで、可能な任務ではないことは理解できる。ダナはそれ程自身を過大評価もしなければ、勝ち目どころか、引き分けすら不可能な戦いを好むほど物好きでもない。

 

そんなダナの心持ちを払拭させたのは、上層部が切り札として預けた十機のエンジェル。A.W.において使用された機体をどうやって上層部が入手したのか、そんな事はどうでもよかった。分かるのは、これが圧倒的な力だということ。一方的に蹂躙される様を見るのは、なんとも気分がいい。

 

「このまま殲滅しちまうか」

 

それすらも可能ではないだろうか。愉悦の笑みを浮かべるダナであったが、その時長距離レーダーが反応を示した。

 

「あん――距離30000に戦艦だと?」

 

レーダーにキャッチできた位置は、ほぼ後方。そこに戦艦の反応が一隻ある。IFF反応が無いことから、友軍ではないはずだ。なら、海賊かとダナはネロブリッツの向きを変え、彼方を見やった。

 

 

 

 

 

前線での戦況が不利に陥るなか、艦隊は残存のスローターダガー部隊と防衛部隊が激突していた。

 

M2がビームライフルを放ち、スローターダガーを狙うも、シールドで防ぎ、突撃してくる機体がビームライフルで撃ち返し、被弾する。撃墜こそないが、既に護衛艦を一隻喪い、こちらも士気の低下は否めない。

 

艦隊は、対空砲で敵機を近づけさせまいと弾幕を張る。

 

「ウォンバット、撃てぇぇぇぇ」

 

中央に座するドミニオンの艦橋でもナタルが声を荒げ、接近する敵機を迎撃する。イーゲルシュテルンの弾幕に晒されたスローターダガーのボディに着弾し、装甲が砕けると同時に撃ち込まれたミサイルが機体を木っ端微塵に吹き飛ばし、撃墜する。

 

「敵機ロスト!」

 

「ダガー隊、損耗20%!」

 

防衛に就くMS隊も敵の狂気じみた突貫に押され、損耗率が上がっていく。艦への深刻なダメージは今のところないが、ナタルが苛立つのは前線の状況の不透明さだった。

 

(敵にエンジェルだと――どういうことだ?)

 

前線にいる部隊からの通信と映像が送られてきた時、ナタルは息を呑んだ。カラーリングこそ違えど、それは紛れもなく2年前の最終決戦でディカスティス側が用いたエンジェルそのものだった。そして、それはこのダガー部隊と共闘していると推察できる。

 

《バジルール少佐、このままでは陣形を維持できません》

 

通信越しに、並行して迎撃するアレクサンドロスのからも、コノエの苦悩が響く。

 

戦力差は大きい、防衛の要である、MS隊は、主力が敵に包囲され、孤立しかけている。ナタルも、必死に思考を巡らせるが、眼前の現実がそれを混乱させる。

 

何故、この組織はエンジェルを保有し、運用しているのか――この2年余りの間で裏で何かがあったのか、という疑念が幾度も浮かんでは消えていく。

 

あまりに突発的な事態の連続に、さしものナタルも冷静な思考能力を麻痺させていたが、今はこの窮地を切り抜けることが先決であった。

 

「オーブ軍はまだ戻らないのかっ?」

 

「はい、ヘリオポリスに向かった部隊と依然交信不能! Nジャマーの濃度が濃く、状況確認もできませんっ」

 

戦闘開始と同時に急激に上昇したNジャマー。ここまで見事に先手を取り、こちらを追い詰めている敵の戦術に歯噛みする。

 

やはり、今回のこの任務はあらかじめ仕組まれていた可能性が高い。でなければ、これ程円滑に包囲できるはずもない。

 

Nジャマーによる部隊の分断、及び最初の消耗戦に続いて切り札の投入による戦力の中枢の集中攻撃。その次は、間違いなく母艦を墜とす。

 

「ミカゼ隊、及びブラックストン機との交信は!?」

 

「こちらも通信が妨害されていて、反応ありませんっ」

 

先程から何度も交信を試みてはいるが、前線にいる主力部隊との交信は回復していない。エンジェルが相手側にいる以上、苦戦を強いられているはずだ。一刻も早く救援に向かわねば、艦隊は全滅してしまう。

 

悩んでいる時間はない。ナタルは拳を握り締め、決然とした面持ちで顔を上げた。

 

「ドミニオン、前に出る! 艦隊の指揮権はアレクサンドロスのコノエ艦長に譲渡っ、MS隊を護衛に就かせろ! 前線にいる部隊の救援に向かうっ」

 

その指示にクルー達は眼を見開き、息を呑む。敵の渦中にこの砲火のなかを突破して突撃をかけるのだ、当然艦も無事でいられるか分からない。

 

「急げっ!」

 

だが、反論は赦さないとばかりにナタルが一喝し、クルー達は弾かれたように指示を実行していく。

 

「コノエ艦長、申し訳ないが、艦隊をお任せします」

 

《承知しました――御武運を》

 

ナタルの決意を感じ取り、コノエは静かに敬礼を返した。通信が切れ、ナタルも身を強張らせる。

 

ナタルとて、これが無謀な行動だということは分かっているが、ここで前線にいる部隊を見捨てては、間違いなく残存部隊では対抗できなくなるだろう。それを防ぐためにも、彼らを見捨てることはできない。

 

最悪、ドミニオンが囮となって残存の艦隊を離脱させる。

 

ドミニオンのエンジンが唸りを上げ、船体を加速させていく。編隊から飛び出し、砲火の飛び交うなかへ突撃していく。

 

大方撃墜したとはいえ、スローターダガー部隊はまだ健在している。ビームライフルを幾発も浴びせかけるが、AA級の装甲は対ビーム対策用のラミネート装甲だ。ちょっとやそっとでは破れない。

 

前方に向けてゴッドフリートを放ち、敵機を分散させ、イーゲルシュテルンとミサイルの弾幕を張り、敵機の動きを抑制する。

 

その隙を衝き、護衛に就くMS隊が甲板から狙い撃ち、撃墜していく。だが、機体を破壊されたスローターダガーは煙を噴出しながら特攻し、ドミニオンの船体に激突し、爆発する。

 

その衝撃が船体を大きく揺さぶり、ナタルやクルーは歯噛みする。

 

(間に合ってくれよ――っ)

 

仲間を――そして、部下を喪うわけにはいかない。それがナタルの意志を奮い立たせていたが、そんなナタルの意志を嘲笑うかのごとく、一機のスローターダガーの放った一撃が艦尾で護衛に就いていたダガーLの腕部を撃ち抜き、その拍子で制御を喪った右手のマニュピレーターが誤作動を起こし、ライフルのトリガーを引き、その一撃がエンジン部を掠め、小規模な爆発が起こり、艦を失速させる。

 

「だ、第2エンジン被弾! 出力、強制カット!」

 

エンジンの被弾による誘爆阻止のための強制コマンドが発動し、エンジンの出力が落ち、ドミニオンの加速が止まる。

 

この状態での失速は致命的だ。ナタルが悔しげにアームレストに拳を叩きつけた瞬間、オペレーターの一人が声を荒げた。

 

「っ!? ほ、本艦の反軸線上、距離30000の位置に、戦艦と思しき熱源反応!」

 

「何!?」

 

この期に及んで、敵の増援かと身構えたが、オペレーターは言葉を濁す。

 

「艦識別、データ登録なし! 未確認の艦種ですが、この識別は――」

 

ライブラリを検索していた表情が、やや不可解なものに変わり、ナタルは不審気に眉を寄せ、声を荒げる。

 

「どうした!?」

 

「し、識別反応イエロー! IFFは、大日本帝国のものですっ」

 

自身の言葉が信じられないといった表情で伝えたオペレーターに、ナタルもまた驚愕する。

 

「日本軍…だと――?」

 

この場にいるはずのない――不可解な存在の登場に、ナタルは眼を剥き、茫然となった。

 

 

 

 

前線での激しい攻防が続くなか、その戦闘宙域から離れた位置に航行してきた一隻の艦艇。

 

鉄褐色の金属質の持つ独特の質感を感じさせる装甲に、艦首部分が前部に流線のごとく伸び、艦中央に聳える艦橋部分の下部には連装の主砲と思しき砲身が雛壇のように3基備わり、両翼がスマートに伸びるその船体。

 

 

―――――大日本帝国軍ヤマト級壱番艦:ヤマト

 

 

何百年も前に、かの地にて存在していた艦の名を冠する日本の有する万能戦艦。その艦橋部分では、十人近いオペレーター達が戦況の分析を行っている。

 

「戦闘宙域確認、距離30000」

 

「機種特定――ガーディアンズのMS隊及びAT-01:エンジェルと確認」

 

オペレーター達が報告するなか、艦橋の上部に備わった司令塔に座する年輩の男。壮年の皺を刻みながらも、力強い容貌を持つ男こそ、このヤマトの艦長である東雲聡准将であった。

 

「うむ――閣下の懸念、当たっていたようだな」

 

どこか、この状況を予知していたかのごとき落ち着いた面持ちで、モニターを一瞥する。

 

「番場大佐は?」

 

「ヘリオポリス外壁部にて、未確認機と交戦中!」

 

その報告に苦笑じみた笑みを浮かべ、肩を竦める。相変わらず大胆な行動をすると軽く毒づきながら、一瞬瞑目した後、引き締まった貌で前方を見据える。

 

「総員、第1戦闘配備発令! 全兵装アクティブ! 本艦はこれよりガーディアンズを援護する!」

 

聡の指示に従い、クルー達は全艦に戦闘配備のシグナルを伝達する。ヤマトの前部主砲が起動し、スラスターを噴かせながら、戦闘宙域に向かって進軍していく。

 

「機動烈士隊、ホワイトスターズ出撃させろ!」

 

「了解! 第1から第3カタパルト準備! 中央カタパルトオンライン!!」

 

ヤマトの両舷の装甲表面にラインが走り、装甲ハッチがスライドするように移動し、艦内部へと繋がるハッチ口が開く。艦底部に備えられた格納庫、並び立つ幾体もの影に向かってパイロットスーツを着込んだパイロット達が搭乗し、起動シークエンスを開始する。それと同時に固定されている床がスライドし、各々の発進口へと向かっていく。

 

固定されたそれは、戦闘機のフォルムを持ち、その形状は大気圏内での空力特性を追求したデルタ翼、そして流線のようなシャープな形状を誇っている。

 

コックピットに着き、身体をシートに固定し、APUを起動させる。正面モニターに光が灯り、計器パネルを叩き、スイッチを起動させ、全機能をアクティブに移行させる。

 

アームに底部をドッキングされた戦闘機が艦内ホールを通り、両舷のハッチ、そして艦底部のハッチから姿を見せる。

 

宇宙の屈折した光が差し込み、戦闘機のパイロット3人が顔を上げる。

 

「私らの宇宙での初陣、やってやるわよ」

 

青い髪を靡かせる少女が、自信を漂わせた表情で前方を見据える。

 

「うん、頑張らなくちゃ、僕らはそのためにここにいるんだから」

 

やや緊張した面持ちで、己を奮い立たせる赤髪の少女が、操縦桿を強く握り締める。

 

「こちら機動烈士隊、発進シークエンス開始します」

 

最後に姿を見せた少女が発進態勢の完了を艦橋へ伝え、それに連動して全システムが起動を完了する。

 

《進路クリア、発進システムスタンバイ、発進システムスタンバイ》

 

《リニアカタパルト展開、発進のタイミングを、パイロットへ移譲します》

 

ハッチから装甲表面に沿って展開される光のライン。リニア電磁レールが延び、3人は操縦桿を握り締める。

 

「天音、空――いくよっ」

 

黒髪の少女が、その透き通ったライトブルーの瞳を上げ、前を見据える。この先にあるのは未知の世界。そして、そのなかへ飛び込んでいく覚悟と微かな不安。だが、それを克服できる仲間の声が確かな確信を抱かせる。

 

「了解」

 

「いいよ、菜月」

 

打って響かんばかりに返ってきた力強い返答に、少女は口元を一瞬微かに緩めるが、次の瞬間にはキッと前方を凝視した。

 

「如月菜月、空魔! 出ますっ」

 

その瞬間、機体を固定していたアームがドッキングを解除し、機体を浮遊感が包み込む。身体が浮き上がる感覚を憶えたと同時にペダルを踏み込み、操縦桿を押した。それに連動し、機体後部の2基のエンジンが粒子を噴出し、機体を打ち出す。

 

打ち出された機体は展開されていたリニアレールに誘導され、機体を加速させながら身体に掛かるGに微かに表情を顰めながらも、その加速に身を委ねる。

 

「草薙天音、空魔、いっくよー!」

 

弾んだ声を上げ、操縦桿を引き、同じように機体を加速させる。

 

両舷の2機が発進し、ワンコンマ遅れて発進タイミングが回ってきた最後の機体のなかで、少女は息を呑み込み、微かな逡巡のあと、機体をドッキング解除させる。

 

「進路クリア、司狼空、空魔、出るよっ」

 

操縦桿を押し、スロットルを噴かし、機体を加速させ、電磁レールが機体に干渉し、加速を強め、機体を打ち出す。

 

ヤマトの装甲面を滑りながら純白のボディを宇宙の闇に煌かせ、離脱する。

 

編隊を組みながら突き進む3機の戦闘機に続くように、艦内では艦載機の発進シークエンスに移行する。

 

ショルダージョイントで固定された機体が持ち上げられ、格納庫から移動し、発進カタパルト内へと移り、カタパルトベースに足を固定する。

 

コックピット内では白とピンクを基調としたパイロットスーツに身を包んだ人物がパネルを叩き、全兵装をアクティブに切り替え、発進シークエンスを進める。

 

ヤマトの艦中央に設けられたハッチが開放し、リニアラインが延びる。誘導灯が点灯し、打ち出すMSの道標のごとく輝く。

 

カタパルトの奥に姿を現わす、純白のボディにピンクのポイントカラーを施された機体。右手にライフル、そして左腰部には刀、右腰部にはそれより僅かに刀身の短い刀がそれぞれ帯刀されている。

 

《カタパルトエンゲージ、進路クリア、全システムオールグリーン確認、発進どうぞ》

 

管制からの通信に頷き、パイロットは顔を上げる。その瞳に強固な意志を漂わせる。

 

バイザーを下ろし、その際に漏れた呼吸がバイザーを曇らせるも、それも一瞬で消える。操縦桿を握り締め、前方を見据える。

 

「ホワイトスター1、虎柴菜乃葉! 吹雪、いきますっ」

 

淡いブラウンの髪を靡かせ、青い瞳で前方を見据え、操縦桿を引く。カタパルトベースが射出され、カタパルト内の誘導灯が装甲に煌き、屈折する。その淡い光を受け、飛び立つ機体。

 

 

―――――JAT-X007:吹雪。

 

 

刹那の駆る吹雪の同型機。だが、そのカラーリングは真っ白な純白の装甲に淡いピンクのカラーが映える。

 

それは、パイロットである菜乃葉という少女の内に秘めるものを、体現するかのようであった。

 

菜乃葉の吹雪に続き、カタパルトベースに固定される機体。カラーリングは純白を基調とし、近いものを施されているが、形状はまったく違う。吹雪よりもやや小型で形状もやや丸みを帯びている。

 

 

―――――JAT-03:陽炎。

 

 

大日本帝国軍が所有する現主力兵器。長刀を背中にアジャストされ、長距離用の大型スナイパーライフルを右肩に装着されている。

 

陽炎は状況、及びパイロットの特性に応じて装備を変え、対応できる制式機。コックピットで赤髪の少女がバイザーを下ろし、バーニアを起動させる。

 

「ホワイトスター2、雨宮沙雪! 陽炎、いきますっ」

 

操縦桿を引き、バーニアが火を噴き、その身を加速させ、飛び立たせる。菜乃葉の吹雪の後方に就き、加速する2機に続くように、同じ純白のカラーリングを施された陽炎が数機続く。

 

大日本帝国軍が有する4つの部隊。古史に残りし都を守護せし4つの聖獣、四神の一つ。西方を守護せし俊足の雷獣、『百虎』の名を冠する部隊。

 

四門陣にして大日本帝国の中枢を担う十家が一つ、『雷』の虎柴家の若き後継者、虎柴菜乃葉の率いるホワイトスターズが、その純白の装甲を宇宙の闇に煌かせ、獣のごとき神速で駆け抜ける。

 

「ホワイトスター1より各機へ、機動烈士隊の攻撃後、フォーメーションR-13に入るよっ」

 

菜乃葉の透き通ったような呼び掛けに間髪入れず力強い返答が返り、頷くと同時に前方を見据える。

 

先行出撃した機動烈士隊の3人は編隊を組み、苦戦するガーディアンズの許へと駆け、レーダーで敵機をロックする。

 

「なんだ、こいつらっ?」

 

訳が解からない連中の登場にダナは困惑しながらも、未知の相手に正面から自身でぶつかるほど物好きでもなく、数機のエンジェルを迎撃に向かわせる。

 

ガーディアンズの包囲網から数機のエンジェルが指示の変更に従い、身を反転させて向かってくる日本軍に加速する。

 

「敵、反転! 数3!!」

 

「菜月!」

 

「ロングレンジミサイル、ロック解除! 発射と同時に突入するっ」

 

機体各所の小型バーニアで機体の姿勢制御を行い、機体を水平に保つ。操縦桿を切り。モニターの奥で迫る敵機に向けて照準が合わさる。

 

ターゲットインサイトが動くなか、噤む口から漏れる微かな呼吸がバイザーを曇らせるが、その瞳は瞬き一つせず、レーダーを直視している。

 

そして、無数の照準サイトが目標を捉えた瞬間、操縦桿に備えつけられたスイッチを押した。

 

「フォックス2!」

 

それに連動し、戦闘機から無数のミサイルが発射される。光の軌跡を描きながら迫るミサイルが真っ直ぐにエンジェルに向かう。

 

推進剤の尾を引きながら両者の中間点で目標に着弾し、モニター上で弾けるミサイルの熱反応。

 

「やった…!?」

 

「違う、相手を怯ませただけだよ、僕らもブーストで逆加速をかけるよっ」

 

爆発のなかから突破してくるエンジェルが、ランチャーのガトリング砲をばら撒くように放つ。その散弾を後部のエンジンノズル部位を前方へ移動させ、逆加速をかける。制動が身体を圧迫させるも、3人の視線は迫るエンジェルに向けられる。

 

弾丸をかわすと同時に機体をファイター形態に戻し、エンジェルを追撃する。パイロンのレーザー突撃機銃で狙い、飛行する。

 

縦横無尽のごとく、曲芸のように飛び交う3機の戦闘機とエンジェルは追い駆けあいを仕掛け、仕掛けられを繰り広げ、狙い撃ちながら入り乱れる。

 

一機のエンジェルが天音の戦闘機に強引に掴み掛かり、機体を揺さぶり、天音の表情を小さく歪ませる。

 

「「天音!!」」

 

菜月と空が眼を見開くも、天音は衝撃に耐え、機体を回転させる。

 

「このぉぉ、離れろぉぉぉ」

 

機体を回転させながら飛行し、遠心力で相手を引き離しにかかる。その機動にエンジェルは弾かれ、空中へ放り投げられる。

 

その放り投げられたエンジェルに向けて、彼方より飛来したビームの一射が頭部を撃ち抜き、態勢を崩す。その隙を衝き、突撃してきた吹雪が右手に対戦刀:桜花、左手に小太刀:雛菊を抜刀し、斬り掛かる。

 

「えええいぃぃ」

 

菜乃葉の咆哮とともに振り薙がれた刃が宇宙に煌き、エンジェルのボディを苦もなく斬り裂き、過ぎると同時にエンジェルは爆発する。

 

その爆発を一瞥し、菜乃葉は先程の射撃を行った沙雪の陽炎に親指を立て、スコープを外した沙雪もそれに応じ、大型スナイパーライフルを構えた陽炎は加速し、残りのエンジェルに向けて再び構える。

 

スコープ内で敵機の機動を見据え、トリガーを引く。放たれるビームがエンジェルを掠め、動きを鈍らせる。

 

「相変わらず、凄い射程距離だね、沙雪の射撃能力は」

 

自身の副官の、針の穴も通すかのような正確な長距離射撃には感嘆する。これだけの距離で敵の動きを完全に封じ、抑制するだけの芸当はそうそうできるものではない。

 

吹雪の横合いに逆加速で後退してきた戦闘機が並び、菜月が通信を送る。

 

「虎柴中尉、我々はヘリオポリス外壁へと向かいますっ、ここはお任せしますっ」

 

「了解だよっ」

 

返事を待たずして、菜月は機体をファイターモードに切り替え、加速させる。

 

それに続く空と天音の戦闘機。3機は加速しながらガーディアンズとの戦闘宙域を突破し、エンジェル数機に機銃を浴びせながら駆け抜ける。その後を追うように離脱するエンジェル3機。

 

「菜月、追ってくるよっ」

 

「放っておきなさいっ、私達は放蕩隊長のお迎えよっ」

 

煩わし気に手を振り、余計な苦労をさせる指揮官に悪態を衝く。3機はそのまま加速で艦隊の間を駆け抜け、エンジェル3機を引き連れてデブリ帯になかへ突入していった。

 

そして、あまりに唐突で目まぐるしく移る状況に外野は完全に置いていかれ、茫然となっている。

 

ガーディアンズを包囲していたエンジェルに対し、攻撃を仕掛ける日本軍。動きを止めるエレン達の傍で制動をかける吹雪から、菜乃葉が通信を送る。

 

「こちら、大日本帝国軍強襲艦ヤマト所属、ホワイトスターズリーダー虎柴菜乃葉よりガーディアンズ所属機へ」

 

通信から聞こえてきたのは、歳若い女性の声。先程、エンジェルを鮮やかに倒した剣さばきを披露したとは思えぬギャップさに眼を剥く。

 

だが、さしものエレン達も咄嗟に反応できず、声に詰まる。

 

「この宙域は私達が引き継ぎます、後退を!」

 

そんな相手の戸惑いを流し、一方的に用件を告げると通信を切り、身を翻してエンジェルのなかへと突入していく。

 

菜乃葉の吹雪が加わり、咲き乱れる砲火がますます激しくなる。その閃光を茫然と見詰める一同。

 

「日本軍――?」

 

ガーディアンズ結成以前から独自の軍事力を整え、僅か数年でその組織力を世界に知らしめた極東の島国。

 

「凄い」

 

「出鱈目っすね」

 

自分達はあのエンジェルの出現に戦意を呑まれ、苦戦を強いられていたというのに、彼らは互角に戦っている。あの見慣れぬ機体群が、日本の所有する機体だろうが、そのスペックには感嘆する。

 

それは、機体のアビリティか、パイロットとしての腕か――一つ言えるのは、彼らがこの上なく強力な部隊を運用できるという点であった。

 

自身の無様さに、自己嫌悪しながら、その戦いを遠巻きに見詰めた。

 

 

 

 

 

外壁部分では、奇妙な静寂が場を支配していた。

 

ミストのアザゼルに対峙する壮吉の不知火。両者、無言で――ミストは表情を隠し、壮吉は笑みを張りつけたままだ。

 

アザゼルのモノアイが輝き、連装キャノンで先制を仕掛けた。高速で迫る光弾を不知火はカメラアイを輝かせ、跳躍する。

 

脚部ブーストで機体を軽やかに跳ばせ、デブリに張りつき、蹴り弾いて跳び交い、弾丸をかわす。逃すまいと右手のランチャーを構え、トリガーを引く。

 

ビームの奔流が真っ直ぐに呑み込まんと迫るも、不知火はその機動性を駆使して回避し、距離を詰めてくる。

 

「はっ」

 

振り被り、アザゼルに向けて投擲する。アザゼルのボディに突き刺さる薔薇を模したような鋭利なニードル。装甲に微かに抉り込むが、気にも留めず反撃しようとした瞬間、突如アザゼルを爆発が包んだ。

 

振動によって弾かれるアザゼル。亀裂部分が僅かに拡がり、そこが焼け焦げている。

 

「ははは、ほんの、挨拶代わりさ」

 

不適な笑みを張りつけたまま、肩を竦める。

 

先程のニードルには、爆薬が仕込んであったのだ。突き刺さった内側からの爆発で、さしもの装甲でも耐えられなかったようだ。僅かに残るニードルの破片を抜き取り、握り潰すと、アザゼルは静かに憤怒のごとくモノアイを輝かせ、バックパックのスラスターを噴かし、飛翔する。

 

高速で迫り、キャノン砲を斉射し、不知火に襲い掛かる。

 

「おっと、怒らせたかな?」

 

だが、壮吉は余裕を崩さず、不知火を演舞のように舞わせ、攻撃をかわし、腰部から87式複合突撃砲を取り出し、応戦する。

 

散弾銃のように広範囲に放たれる実弾のなかを、アザゼルは弾丸を弾きながら迫り、体当たりを仕掛ける。その巨体の突進を跳んでかわすも、過ぎったアザゼルの腰部に備わった蛇の尾の先端から砲身が延び、機銃を浴びせかける。

 

転がるようにかわし、突撃砲のモードを切り替え、狙い撃つ。弾丸がアザゼルの装甲を掠め、着弾させて態勢を崩させる。

 

失速し、デブリに激突し、突き破って蛇行するも、制動をかける。動きを止めたアザゼルの眼前に飛び込む不知火が、右手にビッグワンを構え、振り払う。

 

左腕を振り上げ、装甲でビッグワンを受け止める。装甲をつたって響く振動が機体を揺らすも、奇妙な手応えに壮吉は微かに眉を寄せる。

 

「ふむ…そうか、といやっ」

 

独りごち、ランサーを振り上げ、左腕を弾き、機体を回転させてビッグワンの打撃を数発叩き込む。

 

頭部、胸部と打ち込まれたアザゼルが体勢を崩し、弾かれる。

 

巨体を弾き飛ばしたことに傍観していたアスランが、唖然となる。

 

「凄い――」

 

身体の痛みも忘れ、思わず見入っていたアスランの口から感嘆の声が漏れる。一方的に押されてばかりであった自分とは打って変わって相手に反撃の隙を与えず、完全にアドバンテージをとっている。

 

これが、大日本帝国軍の近衛の実力。同じ君主を護るという役目を負いながらも、その実力の差に微かな羨望と自身の不甲斐なさに、苦悶を浮かべる。

 

そして、こうしてただやれらままになり、一瞬でも諦めを抱いた自分が酷く情けなかった。そんな自身を嗜め、アスランの瞳に再び生気に満ちた力強いものが宿る。こうして無様に這い蹲っているては、獅子の牙副長としての名折れとアスランは痛みを噛み締めながら機体の状態を再確認し、もはや不要になった区画を閉鎖し、機体を再起動させる。

 

ムラサメのカメラアイに光が満ち、その身体をぎこちなく立ち起こす。

 

片脚を喪っているが、宇宙空間で脚など絶対に必要というわけではない。要はバランスの取り方だ。腕で身を起こし、アスランはスラスターを噴かし、反動で機体を立ち上がらせ、飛び上がる。

 

そして、漂っていたM2の残骸からビームライフルを掴み、一瞬仲間への追悼を述べると、視線を砲火へと向け、機体を加速させた。

 

弾かれたアザゼルは僅かによろめいたものの、すぐさま体勢を立て直し、尾を振り被る。至近距離で振り払われた尾をビッグワンを立てて受け止めるも、その衝撃が振動して機体を揺さぶる。

 

「おおっと、なかなかタフだねぇ」

 

揶揄するような口調だが、楽しげに回転させて捌き、距離を取る。距離を取った不知火に向けて連装キャノン、ランチャーを構える。

 

確認できるだけの全火器を正面へと回し、一斉射のチャージを始めるが、そこへ横殴りに撃ち込まれるビームがその収束を掻き消し、アザゼルを怯ませる。

 

「ん? フッ、勇ましいな、赤い騎士君」

 

その方角を見やった壮吉は、フッと笑みを零す。それは、揶揄ではなく敬意を表すような視線であった。

 

赤いムラサメがビームを放ちながら、アザゼルに集中砲火を仕掛ける。

 

「どんなに装甲が厚かろうがっ」

 

生半可なビームが通じないのは承知済みだが、それでも同じ場所への連続なら、効果はあるはず。その直感を信じ、アスランは一点集中で狙撃する。

 

アザゼルの右腕に集中して撃ち込まれるビームに純白の装甲表面が微かに熱を帯びたように赤くぼやける。

 

「排熱許容量、限界濃度、イエロー」

 

モニターに表示される警告音に、ミストが鬱陶しげに振り被り、連装キャノンを放つ。ムラサメのビームを呑み込み、掻き消さんばかりに放たれる光弾がムラサメに迫る。

 

「ぐっ」

 

歯噛みし、操縦桿を切ってその光弾をかわすが、やはり損傷した機体ではアスランの反応に対応し切れず、また無理な機動でフレームに過負荷が掛かる。

 

悲鳴を上げる各関節部に舌打ちするが、ムラサメのフレームが遂に限界を超え、フレームの結合部が砕け、体勢を崩す。

 

「しま――っ!?」

 

息を呑むアスランの眼前にエネルギーの塊が迫るが、その前へ割り込む不知火がビッグワンを振り被り、ビームを切り裂き、その場で拡散させる。

 

そのあまりに非常識な対処法に、さしものアスランも眼を剥くが、ビッグワンの柱身を焼け焦げさせながら、不知火は振り被る。

 

「無茶はよしたまえ」

 

唖然となっていたアスランを嗜める。だが、声が出ないアスランを一瞥し、ムラサメを護るように対峙する不知火に、ミストは足枷がついたと言わんばかりに悠然とランチャーを構えるが、レーダーが接近する機影を捉え、アラートを鳴り響かせる。

 

「熱源3、人形3」

 

外壁部の外側から向かってくる反応、二つのグループに分かれている。後方は識別したコンピューターがエンジェルのデータを表示するが、先行する3機はデータ登録無しと『UNKNOWN』と表示している。

 

そして、それは壮吉やアスランの方でも捉えられた。怪訝そうになるアスランだったが、壮吉は落ち着いた面持ちで肩を竦めた。

 

「来たか」

 

その言葉とともに顔を上げ、その方角を見やる。デブリの密集する空間の奥から輝く光。それが徐々に鮮明を帯び、姿を見せ始める。デブリを抜けて飛び出す3機の戦闘機。菜月、空、天音の駆る空魔とそれを追ってきたエンジェル3機。

 

突如姿を見せた機体群に、アスランの思考は再び混乱の様相を呈す。

 

「アレは、エンジェル――っ!?」

 

姿を見せた漆黒のボディを持つ機体は見間違うはずもない。だが、何故アレがここにいるのか、その疑念と、そのエンジェルが追撃する戦闘機を一瞥し、アスランはさらに驚愕した。

 

「F06――もう、実戦配備されていたのか……?」

 

親衛隊の副長という立場上、他国の軍事技術に関して触れる機会も多い。少し前にモルゲンレーテでエリカ・シモンズに見せられた日本の次機主力兵器。

 

だが、伝わったのは戦闘機であるという点とまだ試作段階という点だけであった。それが既にこの場で実働していることに、驚きを隠せない。

 

エンジェルの追撃をかしながら、3機の空魔が照準を合わせ、ミサイルを斉射する。数十発のミサイルがアザゼルに降り掛かり、爆発と衝撃が機体を包み込み、爆煙に包む。

 

「隊長、ようやく見つけましたよっ」

 

憤るような口調で叫ぶ菜月に壮吉は調子を崩さず、笑みを浮かべる。

 

「ははは、そう怒るな」

 

「怒りたくもなりますよっ、いっつもいつも部隊ほっぽって勝手に――っ」

 

「菜月!」

 

「話は後だよっ、こいつらを何とかしないとっ」

 

愚痴る菜月を宥め、後方からしつこく追撃してくるエンジェルに小さく舌打ちする。

 

「とにかく、あちらは中尉にお任せしました、こちらもすぐに終わらせますっ」

 

一方的に告げ、菜月らは機体を翻し、エンジェルに向かい合うように対峙する。エンジェルがドラグーンを展開し、ビームを浴びせかけてくる。そのビームの間隙の間を縫い、3人は機体を駆る。

ビームの嵐のなかを抜け出した3機は編隊を組みながら、機体のフォームチェンジレバーを引いた。

 

それに連動し、戦闘機の後部ユニットが分かれ、下方へと振り下がり、ボディの両舷部分が割れ、左右に伸びる。その先に現われる人の手首。機種部分が折れ曲がり、ボディへと収納されると同時に出現する人型の頭部。両のサイドアンテナが映え、そのゴーグル型のバイザーで覆った下のツインアイが輝き、姿を見せるそれは、MSだった。

 

 

――――――JAT-F06C:空魔

 

 

可変機構を導入された大日本帝国軍の主力機。その姿にアスランやアサギ達は、驚愕に眼を見張る。突如姿を変えたことにエンジェルもコンピューターが目標の視認誤差を起こし、混乱したように動きを一瞬鈍らせる。

 

その隙を逃さず、変形した空魔は右手に92式ビームガンポッドを構える。

 

銃身を上げ、先端のカバーがスライドし、その下から姿を見せるガトリング型の砲口。両手で銃を構え、一斉に狙撃した。

 

轟音と錯覚するような反動とともに放たれた銃弾が一機のエンジェルに降り掛かり、機体を粉々に撃ち抜き、爆散させる。

 

僚機のシグナルロストに残りの2機がようやくその機体を敵機と認識し、続けて撃ち込まれた銃弾を離脱して回避し、翼を拡げながら迫る。

 

黒衣の翼を拡げて迫るその姿は天使よりも悪魔を思わせる。ランチャーのガトリング砲を斉射し、3機は分散する。

 

「この動き、やはり――っ」

 

その動きを見て何かの確信を強め、菜月は機体をファイターモードに戻し、高速に入る。エンジェルを追撃しながらミサイルを放ち、放たれたミサイルの軌跡を追いながら並行して加速し、光のループのなかを掻い潜りながらエンジェルに向けて機銃を放ち、追い詰める。

 

そして、空と天音の空魔もまたファイター形態でエンジェルを追撃し、デブリの密集するなかへと突入し、浮遊する無数のデブリの海のなかを掻い潜るように飛行し、銃撃戦を繰り広げる。

 

「やらせるもんかっ」

 

機体を加速させ、空は空魔をエンジェルに向けて突入させ、直前でモードを切り替え、腿の内部から棒状のユニットを取り出し、持ち構えると同時に突進し、エンジェルに体当たりした。直後、エンジェルのボディを貫くビームの光。

 

そのままデブリにエンジェルの背中を叩きつけ、串刺しにしたビームサーベルを離し、離脱と同時にガンポッドを斉射し、エンジェルのボディを撃ち砕き、破壊する。

 

残り一機、菜月は追撃していたエンジェルが爆発に紛れて姿を消したために機体に制動をかけ、MS形態でデブリの上に足をつかせ、辺りを窺う。

 

(何処――何処に隠れた?)

 

相手が高度なステルス技術を持っていることは承知しているが、必ず何処かで熱源の動きがある。全神経をそれに集中させ、警戒するなか…空魔のセンサーが接近する熱源を捉え、ハッと顔を上げる。

 

「後ろ――っ」

振り向くと同時に、双斧を振り被るエンジェルの斬撃が迫る。

 

「菜月ぃぃぃぃっ!!」

 

そこへ割り込む天音の声。機銃を乱射しながらエンジェルに浴びせ、怯ませると同時に突撃し、弾き飛ばす。だが、エンジェルはそのまま空魔に掴み掛かる。天音は空魔をMSに変形させ、突如装甲の位置がずれたために掴み掛かっていた腕の重心がズレ、体勢を崩す。その隙を衝き、天音はエンジェルをデブリに激突させ、離脱する。

 

ショートした敵機に向けて天音と菜月はガンポッドを撃ち込み、エンジェルを破壊する。

 

全エンジェルの反応が消失したのを確認し、菜月は周辺の伏兵の存在を確認する。熱源を持って動く反応は、現在シグナルを表示しているオーブ軍とアンノウン機のみ。そして、センサーがコロニー内部で動く反応を捉え、菜月は素早く身を翻す。

 

「空! 天音!」

 

その呼び掛けに応じ、加速する菜月の空魔に追い縋る空と天音。3機は編隊を組み、目標地点に向けて加速する。

 

3機が向かう先――それは、被弾したオーブ軍の機体が固まる場所であった。それぞれ半壊したムラサメのなかで互いの無事を確認し合うアサギ達。

 

「ジュリ、マユラ、無事?」

 

「な、なんとかね」

 

「それより、何よ、あれ?」

 

顰まった表情ながら、彼女達の見据える先。突如乱入した日本の機体群。自分達の乗るムラサメと似た変形機構を持つフレーム構造のようだが、その可変性はまるで違う。どちらかと言えば、人型形態で戦うことが多いアサギ達に比べ、日本の可変機は戦闘機形態を主軸にして高機動戦を展開していた。

 

それは、有体に言ってしまえば、機体特性ではなく、パイロットの操縦志向の違いだ。

 

「あのエンジェルを相手に、ああも戦えるなんて」

 

アサギ達にも忘れられない強敵。あのエンジェルを相手に回し、彼らは怯みもせず戦い、撃破した。

 

その勇猛さとパイロットとしての腕に見惚れ、羨望する。そして、エンジェルを撃破した3機が突如機体を旋回させ、こちらへと向かってくるのを視認し、怪訝そうに眉を寄せる。

 

「な、何…?」

 

相手の行動に訳が解からずに戸惑うが、そこへ叱咤が飛ぶ。

 

「逃げてっ」

 

「え――っ」

 

刹那、アサギ達の背後の外壁部分が崩れ、その内から姿を現わす赤の機体。不知火によってヘリオポリス内部へと叩き込まれたロッソイージスだった。

 

狂気に歪んだ怒気で表情を刻み、吼えるエミリオがアサギ達に襲い掛かるが、それより早く割り込んだ空魔がビームサーベルを抜き、ロッソイージスのビームサーバーを受け止める。

 

エネルギーをスパークさせ、歯噛みする菜月。

 

「死ねぇぇぇぇっ」

 

そのまま振り下ろそうとするが、左右から空と天音の空魔がビームサーベルを抜き、斬り払ってくる。

 

後方へと跳び、巡航形態に変形し、離脱するロッソイージスの後を追うように空魔3機が戦闘機へと変形し、追撃する。

 

ロッソイージスの背後からミサイルを発射し、数十の軌跡を描きながら迫るミサイルが周囲で着弾し、火華を咲かせる。

 

そのなかを縦横無尽に飛び交う空魔とロッソイージスだったが、デブリに張りつき、ロッソイージスがスキュラを前面に展開し、散弾モードでばら撒くように砲撃する。

 

赤い粒子の弾丸が際限なく飛び、3機は翻弄されるが、菜月の空魔が旋回したのを合図に同じ軌道を描き、後を追う空と天音。

 

一直線に並行して飛行し、散弾のなかを掻い潜りながら飛行し、機体を回転させ、最小の動きでかわし、迫りながら変形し、一気にガンポッドを浴びせる。

 

一糸乱れぬフォーメーションで放たれた銃弾がロッソイージスのスキュラに集中し、砲口が爆発する。

 

「ぐっ」

 

苦悶に歪むエミリオだったが、すぐさまキッと睨みつける。だが、今の一撃でロッソイージスは最大兵装を喪い、半壊に近い状態だった。さしものエミリオも不利と悟る。そして、残ったスラスターを噴かし、機体を反転させ、一気に離脱していく。

 

デブリの奥へと逃げるロッソイージスに、空が焦る。

 

「菜月!?」

 

追撃しようとする空を、諌めるように首を振る。

 

「深追いは禁物よ。私達の目的は達したわ」

 

「――うん」

 

頷くと同時にガンポッドを下ろし、警戒した面持ちながらやや肩の力を抜く。

 

「そこのオーブ軍機、大丈夫だった?」

 

振り向き、呆気に取られているアサギ達に響く声。声色から、自分達とさほど歳が離れていない少女のものと理解し、ますます驚愕する。

 

「こちら、大日本帝国近衛軍機動烈士隊、如月菜月少尉です。御無事でなにより」

 

恭しく告げた菜月に茫然となっていたアサギだったが、慌てて応じる。

 

「あ、私はオーブ軍親衛隊、獅子の牙所属、アサギ・コードウェル二尉です。救援、感謝します」

 

素直に感謝の意を述べる。助けられたのは事実であるし、名乗るのが礼儀だからだ。

 

「いえ、では――自分達はこれにて」

 

挨拶もそこそこに身を翻す。

 

「え、ちょっと……?」

 

「僕達の仕事、終わったからね。あとは隊長を連れて帰るだけ」

 

戸惑うマユラに空がニコリと笑みを浮かべ、制する。

 

「ま、待ってよ――話ぐらい……」

 

「うーん――ゴメン、私ら守秘が課せられてるし、あんま馴れ合えないんだ」

 

状況のあまりの混沌ぶりに説明を乞うジュリに対し、やや考える仕草を見せるが、やがて困ったように拒絶する天音。

 

「では、また縁があれば――次がどのような機会か、保障はできかねませんが」

 

冷静な口調で不穏な言葉を漏らす菜月にアサギ達は息を微かに呑み、口を噤む。固まる彼女らを横に、3機は戦闘機形態へと戻り、急速に離脱していく。

 

彼方へと去っていく空魔の機影を見送りつつ、釈然としないものを内に憶えながら、アサギ達は凝視した。

 

ロッソイージスを退けるのとほぼ同時刻。不知火とアザゼルは激しい攻防を繰り広げていたが、お互いに決定打が出ないまま、膠着していた。

 

アザゼルの兵装である連装キャノン、ランチャー、そして尾のレーザー機銃と既に荘吉に看破され、不知火もまた俊敏性は高いが、一撃的な火力不足で致命傷を与えられず、互いに無駄な攻撃を仕掛けず、一点一点の隙を衝くが、それが相殺し合い、また膠着するというループに陥る。

 

「さぁて――ネタはお互いに出し尽くしたようだが、どうする?」

 

手持ちの手を見せ合ったが、そこで見納めではない。あちらもまだ何かしらの切り札を隠し持っているはずだ。

 

滞空するアザゼルのコックピットで、ミストはデータを分析し、現状では打破が不可能という結論を出していた。

 

「MODE:D、STAND BY」

 

ミストは躊躇いも後悔もなく、淡々とシステムの基盤に指をかけるが、そこへ割り込むように正面モニターに別のウィンドウ画面が開き、動きを止める。ウィンドウ内に表示される文字。それを一瞥し、ミストは基盤の上で止めていた手を引き戻し、レバーに手をかける。

 

『任務変更了解、現任務を放棄、離脱する』

 

瞬時に身を翻し、アザゼルの両脚部の外側に備わったコンテナのハッチが開放され、微粒子を吐き出しながらアザゼルはバーニアスラスターを噴かし、急速に離脱をかける。

 

「むっ」

 

突然の撤退に壮吉が不可解とばかりに眉を寄せるが、そんな壮吉を一瞥し、アザゼルはランチャーを突き出し、トリガーを引いた。

 

高粒子を凝縮したビームの奔流が放たれるが、それは不知火の側面を掠めただけに留まる。だが、ハッと視線を向けた時には、アザゼルは既に彼方へと向けて飛び去っていった。

 

もはや追いつくのは、叶わないだろう。

 

ビッグワンを下ろし、軽く溜め息を零す壮吉の許に接近する空魔。不知火の傍で制動をかけ、停止すると、モニターに菜月、空、天音の顔が映し出され、やや苦虫を噛み潰したように貌を顰めた。

 

「隊長、独断先行はやめてくださいと、あれ程言ったじゃないですか!」

 

開口一番、咎めるように憤る菜月を宥めるように、肩を竦める。

 

「まあまあ、落ち着け。あまり怒ると肌に悪いぞ」

 

「誰のせいですかぁ!」

 

怒りを助長しかねない言葉に怒鳴るも、何処吹く風とばかりにしたり顔を浮かべる壮吉に、諦めたように溜め息を零す。

 

「まあ、菜月、これがうちらの隊長なんだし」

 

「そうだよ、今更だけどね」

 

天音と空の薄情な言葉に、ますます心労が浮かんでくる。

 

「それでもですっ、隊長――貴方は、我々機動烈士隊の隊長にして、近衛の指揮官たる十家のお一人なのですよ。もう少し身を案じてください」

 

責める口調のなかに微かに混じる不安に、壮吉も流石に誤魔化すわけにはいかず、頭を掻く。

 

「ああ、すまんすまん。次から自重するよ」

 

「その言葉に、何度騙されたことか」

 

溜め息を零し、大仰に肩を落とす菜月。哀愁が漂う背中を空と天音が叩き、その光景を見納めると、壮吉は離れた位置で静止するムラサメを見やる。

 

「さて――オーブのアスラン・ザラ君。我々は、ここで失礼させてもらうよ」

 

「ま、待ってください! 貴方方はいったい……?」

 

名を呼ばれたことに動揺し、上擦った声で制止する。正直、訊きたいことがあり過ぎて混乱しているのだが、相手がいなくなっては意味がない。呼び止めるも、それをやんわりと拒絶し、身を翻す。

 

「機会があればまた会うこともあろう。お互い、敵にならないことを祈っているよ。アスラン・ザラ尉」

 

己を正確に察していることに、アスランが息を呑んだ瞬間、不知火のスラスターが火を噴く。

 

「では、さらばだ」

 

不知火が加速し、その後を追うように空魔が飛び、4機の姿は彼方へと去っていく。

 

現われたときと同じように颯爽と唐突に姿を消す神出鬼没さに、アスランは暫し思考が停止していたが、やがて難しげな表情で考え込み、アスランは機体を仲間との合流に向けて移動させた。

 

 

 

 

外周部では、後退したガーディアンズの代わりに援護に入った日本のホワイトスターズとエンジェルが戦闘を繰り広げる。

 

陽炎部隊は編隊を組み、一機が強化盾で防御に回り、別の機体が狙撃し、相手の体勢を崩し、攻勢に出ていた。

 

沙雪の陽炎はスナイパーライフルを構えたまま飛行し、エンジェル一機と銃撃戦を繰り広げる。

 

ビームの撃ち合いが周囲に飛び交い、ある種のテリトリーを作り上げている。

 

スコープ越しに覗きながら、沙雪は舌打ちする。こうも高速で飛び回られていては、ライフルでは狙いがつけられない。ライフルを肩にマウントし、長刀を抜いて近接戦に切り替える。

 

エンジェルの懐に跳び込み、長刀を振るうも、エンジェルは悠々とかわす。

 

ランチャーで狙うも、横殴りに陽炎の突撃砲を喰らい、体勢を崩す。その隙を衝き、再度斬撃を浴びせるも、シールドを展開し、防ぐ。

 

「この位置ならっ」

 

マウントされたライフルの砲身が起動し、砲口がエンジェルのボディに密着する。次の瞬間、エンジェルの背中を突き破るように炎が噴出し、沙雪は相手を蹴り弾いて離脱する。

 

爆発に包まれるエンジェル。それを一瞥し、別の目標に眼を見やると、菜乃葉の吹雪が両手の対戦刀を振り翳し、エンジェルと近接戦を繰り広げる。

 

双斧刀を振るうエンジェルに対し、桜花と雛菊、攻撃と防御を交互に行いながらスピードを活かして攻める吹雪。

 

押されるエンジェルもまた、双斧を振り被るも、菜乃葉はその軌道を見切り、吹雪の身を屈ませてかわす。

 

「そんな大物じゃ、私は捉えられないよっ」

 

大きな得物は破壊力はあるが、振るった時の動作が大きく、不発の後の隙も大きい。それを逃さず、菜乃葉は懐に跳び込み、雛菊を振り抜く。

 

「ええいっ」

 

次の瞬間、勢いよく繰り出された斬撃がエンジェルの右肩に突き刺さり、肩の装甲を粉々に砕く。

 

体勢を崩したエンジェルに対し桜花を振り上げ、下段から斬り上げる。ボディに刻む一閃。同時に吹雪の機体は遠く離れ、爆発から逃れる。

 

「残り二機――!」

 

残った残存のエンジェルに加速する吹雪に向けて、エンジェルはドラグーンを展開し、ビームを幾条も浴びせかけてくる。

 

網目のごとく乱雑に飛び交うビームに晒され、菜乃葉の表情が微かに苦悶に歪む。

 

桜花と雛菊を腰部に収め、背腰部からM950ビームショットガンを抜き、マシンガンモードで斉射する。互いのビームが干渉し合い、周囲に閃光の華を咲かせる。

 

互いの視界が閃光に覆われて霞むなか、援護するように沙雪はスナイパーライフルを構え、エンジェルを狙撃する。追い抜くように後方から迫るビームに続くように機体を加速させ、ビームに晒されたエンジェルに対し、菜乃葉は両手の桜花と雛菊を構え、脳裏にいくつもの動作を浮かばせる。

 

「薙っ!!」

 

高速で抜刀される二振りの太刀から剣閃が煌いた瞬間、エンジェルはまるで見えないハンマーに叩きつけられたように装甲をひしゃげさせ、弾き飛ばされる。

 

いや、よく見ると頭部とボディに4つの斬撃の鋭い跡が残り、熱を帯びている。流され、一拍後、エンジェルは爆散した。

 

「残りの一機――沙雪!」

 

「了解!」

 

菜乃葉の呼び掛けに応じ、吹雪の前に出た陽炎がライフルを斉射し、エンジェルを狙い撃つ。だが、狙いをつけないその一射は相手に悠々とかわされるが、それを気に留めた様子もなく、ただひたすら狙撃を繰り返し、絶え間ない攻撃にエンジェルは回避に手一杯となる。

 

動きを抑制されるなか、徐々に後退していく。そして、沙雪の視線がその奥にあるものを捉えた瞬間、トリガーを引いた。

 

「狙いは、外さないっ」

 

砲口に一瞬収束したエネルギーが放たれ、真っ直ぐにエンジェルの脇を抜け、後方へと去った瞬間、後方で漂っていたMS用のバズーカに着弾し、残留していた火薬に引火し、爆発を起こした。

 

真後ろからの爆発を受け、前のめりに体勢を崩す。そのエンジェルに向かって吹雪が迫る。桜花と雛菊を帯刀し、菜乃葉は脚部内臓パックを開放し、内部からAO-02:ビームブレードを抜き、エンジェルに迫る。

 

「でぇぇぇいい」

 

気迫とともに両手に握ったビームブレードを突き立て、エンジェルの両肩に突き刺す。そのままスラスターを噴かし、エンジェルを串刺したまま加速し、エンジェルを岩塊の一つに激突させ、張り付ける。

 

岩盤にめり込むエンジェルに向けて両肩からAO-05:ビームダガーを抜き、振り被ってエンジェルの両腕に突き刺す。刃が装甲を貫通し、背中の岩盤に突き刺さる。

 

機体を張り付けにされたエンジェルが呻くように身動ぎするが、間髪入れず菜乃葉は吹雪の頭部バルカンを斉射し、エンジェルの頭部目掛けて集中砲火し、爆発が頭部を包み込む。距離を取る吹雪の前で煙が晴れると、頭部を焼け焦がしたエンジェルが項垂れ、動きを止めていた。

 

その様は、十字架に張り付けにされた悪魔を思わせる。

 

「機体熱反応停止、エネルギー駆動炉停止確認――生体反応…無し」

 

吹雪のセンサーでエンジェルをスキャンし、状態を確認すると、軽く溜め息を零す。

 

「任務完了、かな」

 

バイザーの下で今までの凛々しげなものではなく、歳相応の柔らかな笑みを浮かべ、菜乃葉は力を抜いた。

 

その様を遠巻きに見詰めていたダナは、小さくした打ちする。

 

「なんだ、あいつら――訳が分からんうちに全部やられちまった。まったく、使えねえじゃねえか」

 

思わず、上層部に対し愚痴る。日本軍介入と同時にミラージュコロイドを展開し、姿を消して戦況を見守っていたが、虎の子のエンジェルは壊滅。たった独りで戦うほど、ダナは愚かでもない。

 

「任務失敗だぜ、東洋のサル無勢が」

 

小さく愚痴ると、逃げるが勝ちとばかりに姿勢制御用のAMBACのみで向きを変え、気づかれぬように無音でその場を離脱した。

 

ネロブリッツの逃亡に気づかず、周辺の敵機の反応が消えたのを確認すると、菜乃葉はホワイトスターズの陽炎部隊に指示を飛ばす。

 

「目標の機能停止確認、移送を」

 

その指示に従い、陽炎部隊が張り付けにされたエンジェルを岩盤から引き剥がし、その機体を厳重に警戒しながら移送し始める。

 

「ちょ、ちょっとあなた達!」

 

その光景に、今まで傍観していたガーディアンズの面々がようやく再起動し、口を挟む。

 

「それをどうするのですか!? それは、A.W.の――」

 

エンジェルを移送しようとする行為を、追及するユリアを制するようにエレンが割り込み、ユリアも思わず詰まる。そんなユリアを無言で制しつつ、エレンは口を開く。

 

「まず礼を述べる。助けてもらい、感謝している」

 

静かに頭を下げる。自身だけでなく、部下の命まで救ってもらい、それは率直なものだったが、生憎とそんな感情だけで済まされないのが現実だ。

 

「まずは話を聞かせてほしい。あんた達はいったい――?」

 

「先程も申しましたが、我々は大日本帝国軍の者です。私はホワイトスターズ隊の虎柴菜乃葉です」

 

恭しく述べ、一礼するが、エレンらの警戒は緩まない。

 

「日本が、宇宙に軍を擁しているというのは初耳だったが」

 

「申し訳ないですが、それにはお応えできません」

 

やんわりと拒絶する菜乃葉にエレンは内心、小さく舌打ちする。そう簡単に話す気はないということだろうが、視線をエンジェルへと向ける。

 

「あの機体、どうするつもりだ? あんた達も知っているかもしれないけど、アレはA.W.で使用された兵器だ」

 

エンジェルの姿はあの時、全ネットワークを通じて地球圏全域に放送された。当然、日本国内でも存在を知るところになったはずだ。

 

射抜くような視線を向けるが、菜乃葉は困ったような笑みを浮かべ、再度頭を下げる。

 

「ゴメンなさい、それも教えられないんです。軍の守秘義務に当たるので」

 

「それじゃ話にならないじゃないっ」

 

思わず憤り、声を荒げるユリアに菜乃葉はどう答えたものかと言葉を濁すが、そこへ助け舟が出される。

 

「中尉、目標が着艦に入りました。番場大佐達も戻られます、帰還を」

 

いきり立つユリアやガーディアンズの面々を、威嚇するように割り込む沙雪の陽炎。その態度に、こちらもまた険しい表情を浮かべる。無言の睨み合いのなか、互いの筆頭である菜乃葉とエレンは互いに見やり、これ以上の会話は無意味と無言で悟り、菜乃葉は沙雪を促す。

 

「戻るよ、雨宮准尉」

 

「了解」

 

「それじゃあ皆さん、また縁があれば」

 

笑みを浮かべたまま一礼し、身を翻して離脱をかける吹雪と陽炎。その行動に思わず飛び出そうとするが、エレンが無言で制する。

 

2機の機影がやや離れたヤマトの艦内へと消えていくのを確認し、ヴェノムが思わず詰め寄る。

 

「隊長、いくらなんでも納得いかねえっすよ」

 

さしものヴェノムも、エレンに対して不満を隠さず言い募る。

 

それ程今回の件は不透明な点が多い。まるで、自分達を餌にしたようなタイミング合わせの日本の援軍は不可解なものを感じさせ、そしてエンジェルの鹵獲。これだけでも、日本の何かしらの意図を勘ぐらずにはいられないが、エレンは黙り込んだままだ。

 

無論、エレンとて今回の一件が何かしらの陰謀に関わっていると確信しているが、それが日本の思惑とは限らない。

 

「だが、仕方ない。彼らはガーディアンズでもなければ、我々にもそれを強要する権限はない」

 

苦い口調で、自身に向かって言い聞かせる。

 

事実、問い詰めようにも政治的にも物理的にも現状は不可能だ。なら、この件は上層部と各国首脳部の方に回るだろう。どのような思惑であれ、日本は地球の独立国家だ。下手な真似に及べば、国際問題にもなりかねない。

 

「それより、私らは一旦後退だ。それと、シーミルの機体を早く回収しろ」

 

レミュは戦闘時に大破した。機体は無事だが、パイロットの状態が分からない。他にも負傷した友軍機を救助しなければならない。

 

諌め、今は自分達の方の態勢を立て直す方が先決と言い聞かせ、各機は不満を押し隠し、帰還コースに入る。

 

そして、エレンはスローターダガーの自爆に巻き込まれたレミュの救助に向かった。

 

 

 

MSが帰還し、危機が去ると、ナタルは滞空していたヤマトに対し通信を試みる。

 

暫しコールが続いていたが、やがて応じる旨が伝えられ、ナタルの正面モニターに壮年の男の顔が映しだされる。

 

「御初に御眼にかかります、ガーディアンズ第1遊撃艦隊、大西洋連邦所属艦、ドミニオン艦長のナタル・バジルールであります」

 

敬礼し、ハッキリとした口調で告げると、モニター向こうの白の軍服に身を包んだ壮年の男が、同じように敬礼を返す。

 

《こちらこそ、御初になる。大日本帝国軍強襲特装艦:ヤマト艦長の東雲聡准将だ》

 

「まずは礼を述べさせていただきます、我が部隊に援護していただき、感謝します。おかげで最悪の事態は免れました」

 

《いや、我らは我らの任務を果たしたまで。そう畏まらずとも構わない》

 

「差し支えなければ、お話を聞かせていただきたいのですが?」

 

さり気に探るような視線を向けるも、相手もそれを察してか、制帽で僅かばかり眼元を隠し、それが拒絶の意と悟るとナタルも微かに眉を寄せる。

 

《申し訳ないが、我らには守秘義務があるゆえ、作戦行動をお教えするわけにはまいりませぬ》

 

そう言われては、こちらも無理強いはできない。同軍内でさえ部隊によって守秘義務があり、それが違う軍ならば尚更だ。

 

口を噤むナタルに対し、聡は軽く咳払いを行い、視線を再び上げる。

 

《我々はこれにて失礼する。また縁があれば、会うこともあろう――達者でな》

 

「っ、待っていただきたいっ」

 

珍しく狼狽した面持ちでナタルが引きとめようとするが、僅かに遅く、通信は途切れ、さらにヤマトは方向転換を行い、微速で離脱をかける。

 

「イエロー艦、離脱します」

 

複雑な面持ちでそう報告が上がると、ナタルは額を押さえ、項垂れる。

 

《完全黙秘、でしたな》

 

通信越しにコノエの苦い声が響く。

 

「ええ――」

 

こちらの意図を完全に封殺し、情報がまったく伝わらなかった。

 

疲れを滲ませながら、ナタルは指示を出した。

 

「全艦に警戒レベルを第2警戒体勢にまで下げる旨を伝達、負傷者の救護を最優先。数小隊を警戒に残し、交代で休ませろ」

 

窺っていたクルーにそう告げ、ナタルは独りごちる。

 

(今回の件、我々の存在が邪魔になったということか)

 

あの襲撃の度合いから見れば、艦隊の戦力の削ぎ落とし――もっと突き詰めれば、艦隊の壊滅の可能性が高い。

 

今回の任務を出した上層部、または上層部に通じる者にとって、ガーディアンズが目障りになったということだろう。そのために罠を張ったこの場所へ誘き出した。しかし、腑に落ちないのはわざわざこんなL3の辺境にまで誘い出したかだ。もっと効果的な場所なら、いくらでもある。

 

援軍を呼びにくい孤立が目的か――もしくは、ガーディアンズの主力を遠ざけるためか……だが、それも無意味なことかもしれない。

 

《今回のこの件、尾を引きそうですな》

 

ナタルの心境を代弁するコノエに、顔を顰める。

 

(どう転ぼうとも、今回は責任が重くなるのは間違いない)

 

手元には簡単にだが、寄せられた各艦の被害状況が纏められている。

 

艦2隻轟沈、1隻中破、MS隊の損耗率は30%近くにまで及ぶ。ガーディアンズ結成以来、これ程の被害を受けたのは初めてだ。いくら部隊規模が縮小されているとはいえ、これは無視できない数字だ。

 

今回のこの失態で、ガーディアンズはその存在意義を問われることになり、部隊の凍結、最悪の場合は解体もありうる。

 

「コノエ艦長、負傷者の救助と艦隊の応急処置を――それと、三時間後に、ブラックストン隊長とザラ一尉と共に、私の執務室にまでと通達を」

 

《了解しました》

 

ナタルを気遣う視線を覗かせつつ、コノエは敬礼で通信を切った。

 

肩を大きく落とし、ナタルは内に巣食う胸騒ぎが鮮明になりつつあることに不快感を抱いた。

 

 

沈んだ艦、そして被弾したMSから生存者の救助作業がひっそりと進むなか、クサナギの艦橋にアスランが顔を出す。

 

「一尉、もういいのか?」

 

頭に巻かれた包帯が痛々しい姿に、思わず問い掛けるが、アスランは首を振る。

 

「これぐらい、慣れてますし――責任者が、寝ているわけにはいかないですからね」

 

苦い笑みを浮かべつつ、隣に立ち、救助作業を見詰めながら、アスランは暗然たる思いだった。

 

アサギ達も軽傷で済んだが、仲間のレミュが敵の自爆に巻き込まれ、救助はされたものの、爆発によってコックピットが破損し、出血多量で意識不明の重態との報に蒼然となっており、休憩後アレクサンドロスの方へ様子を窺う旨を申し出、先程送り出したところだ。

 

「酷くやられたもんだ」

 

「ええ」

 

それ以外、答えようがないのが悔しい。

 

このガーディアンズは少数部隊ながら、前大戦を経験した者達も多数所属していた。なのにこの醜態、決して誇示などしたことが無かった自信が、完封なきまでに砕かれた心持ちだった。

 

いくら動揺が多少あったとはいえ、一方的に負けたのだ。艦内にはどんよりとした空気が漂い、皆一様に沈んだ面持ちだ。責任者の一人であるアスランもまた同じ心持ちのため、それを和らげることも紛らわせることもできないことが歯痒い。

 

「見事な戦いだったな、極東からのお客さん達は」

 

どこか揶揄するような口調で漏らす艦長に、アスランも脳裏に突如介入した日本の機体を思い浮かべる。

 

唐突に現われ、そして唐突に去った。一方的に介入し、一方的に拒絶し、こちらは納得がいかないままだ。あまりに憮然とした態度に釈然としないものだったが、それよりも問題は別にある。

 

今回の任務、どう考えても仕組まれていたと考えるのが当然だろう。アスランはブリッジに上がる前に執務室に上げられた報告書に眼を通す。

 

そこには、回収した敵MSの調査内容が記されている。機体型式番号は、『GAT-01A2R:105スローターダガー』というコードネームで、機体のOS画面に登録されていた。能力的にはGAT-01A1型と大差ない。だが、コックピットブロック内は異様な構造になっていた。

 

操縦席に着いていたパイロットだが、それはドーピング処置を施された強化人間だった。

 

頭部に打ち込まれた薬品と鼻腔を通じて送り込まれる酸素吸飲。ハッキリとした結果は出ないが、検死を担当した者から聞く限り、暗示に近い洗脳処置も施されていた可能性もある。

 

添付されたパイロットと思しき人物の遺体写真を、吐き捨てたいような形容しがたい感情で見やり、思わず握る手に力がこもる。

 

そして、もしあの時先攻を仕掛けたスローターダガー部隊全機が、この仕様となっていたなら、彼らはこちらの戦力を消耗させるだけの捨て石だったということ。耐え難い怒りが内に沸き上がってくる。

 

(そして、消耗した隙を衝き、本命の第2陣で叩く、か)

 

戦法としては確かに理に適っているが、それでもそのやり方に禁忌してしまう自分は、やはり甘いのだろうか。指揮官には任務の達成が何よりも求められる。

 

だが、部下や仲間を犠牲にしてまでそれを成し遂げたいとは、アスランには到底できそうにない。最小の損害で最善の結果を出す、たとえそれが青臭い理想論でも、アスランはそれを信条としている。だからこそ、彼を信頼する者は多いということを、アスランは気づいていないが。

 

そして本命のなかにいた機体――

 

(形からして、イージスとブリッツの改良型か?)

 

ムラサメのカメラアイで撮影したロッソイージス。そしてエレンらの機体から撮れたネロブリッツの写真を見比べ、頭のなかでかつて乗った愛機、そして仲間の機体を思い浮かべ、比較する。

 

基本的な能力はさほど違ってはいなかったが、そのパワーや機動性、そして特殊装備等、様々な面で強化改造を施されていた。アレはどちらかと言えば、量産機種というよりはハンドメイドのカスタム機と考えた方がしっくりくる。

 

なら、それを開発したのは何処の陣営、かという疑問が次に来る。

 

元々の初期型GATシリーズを開発した大西洋連邦という懸念もあるが、憶測の域を出ない。

 

(バジルール中佐を通して、ハルバートン司令に確認を取ってもらうか)

 

ナタルの直属の上司であり、そしてGAT開発計画の立案者でもあり、計画の中枢にいたハルバートンなら、なんらかの情報を持っている可能性もある。それを纏めるが、最後に浮かぶのは、このGATシリーズのカスタム機でも日本の機体群でもない。

 

(天使――奴らが、再び現われた)

 

正直、信じられないという思いでいっぱいだった。

 

あの悪夢のごときA.W.の最期の戦いを忘れたことはない。今でもあの時の戦いの記憶が甦ることがある。その天使が、再び姿を現わした。

 

それだけに留まらず、介入してきた謎の重MS。アレもまた、天使になにかしらの関わりがあるのだろうか。

 

(彼女達と連絡が取れれば――オーブに戻ったら、一度ノクターン博士やクロフォード主任に訊くしかないな)

 

もし、アレが本当に天使であるのなら、『彼女』達と連絡を取れれば確実だが、肝心の彼女達の所在は不明のままだ。なら、それに近しい存在はオーブに居る彼らしかいない。

 

「艦長、私はドミニオンに行きます。内部調査の方はお願いします」

 

「分かった」

 

アスランの任務の一つである、Pシリーズ2機の確認は別部隊に任せ、アスランはレポートを手に艦橋を後にした。

 

暫し無言で進んでいたが、やがてその足が止まり、知らず知らずの内に強く握り締めていた拳を持ち上げる。

 

無意識の慢心――あの戦争を勝ち抜いたという驕りが、今回のような失態となってしまった。だからこそ、己を諌めねばならない。

 

天使を擁する謎の組織、そして突如としてその存在を具現化させてきた日本。

 

裏で何かが蠢いている。そんな予感を抱かせるには充分な状況に、アスランは静かにこの先に待ち受けるものに気を引き締め、虚空を見やった。

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘宙域を離脱したヤマトは、地球へ向けて航行を続けていた。

 

威風堂々といった様は、凱旋を思わせる。艦中央部格納庫において、帰還した各機の整備が行われていた。

 

陽炎、吹雪、不知火とクローラーに固定されて各関節部とモーター回りの点検に余念がない。近接戦を主軸とする日本の無意識の思想故か、その回りの疲労が大きい。

 

そして、階層式になったハンガーには、戦闘機形態の空魔が格納され、各種ケーブルを繋がれ、データ取りを行い、調整を行っている。その様子を見上げながら佇む天音の傍に、空が歩み寄る。

 

「お疲れ、天音」

 

「そっちこそ、お疲れさん」

 

互いに身に纏うのは、一般の軍服と違い、身体を覆っているコートのような上着。

 

それが、大日本帝国軍内において『近衛』たる証であり、誇りでもある。右腕には、そのなかでも特殊部隊『機動烈士隊』の証である、刀のクロスしたエンブレムが刻印されている。

 

先の戦闘での互いの健闘をそこそこに称え、揃って愛機を見上げる。

 

「宇宙での初実戦、まあまあだったんじゃないかな?」

 

「そうね、意外と扱いやすかったし、ファイター形態だと細かな機動も結構できたしね」

 

「さっすが、次機主力機だね」

 

「うん、これはJATシリーズの傑作機だよ」

 

自分達に与えられた空魔。

 

大日本帝国軍の次機主力機として制式採用され、今現在一部の量産型が各部隊に少数ながら配備され、実戦を踏まえたデータ収集に当たり、それを基に制式化する予定だ。

 

そのため、各種稼動・戦闘データ収集が急務となり、配備された部隊はいろいろな運用に奔走し、彼女らも今回宇宙での実戦データ収集に当たっていた。

 

「菜月は?」

 

「隊長のとこ」

 

この場に居ないもう一人の仲間の所在を尋ねると、天音はその理由をくいっと視線で格納庫の奥を指す。それだけで空の表情も、やや硬くなる。

 

「初めて見たけど――不気味だね」

 

「いい気しないのは、一緒よ」

 

相槌を打ちながら二人が見据える先には、先の戦闘で鹵獲されたエンジェルが厳重な拘束のもと、機体の解析作業に入っていた。

 

黒衣の装甲のなか、沈黙を保つのは機械と分かっていても言い知れぬ不気味さと不安を感じさせる。

 

彼女達もこの機体を実際に見たのは初めてだ。最初に見たのは2年前、あのA.W.の最期の戦い。世界に宣戦布告した天使達。

 

あの時に感じた恐怖に身震いするが、やがて気を取り直す。

 

「でも、なんで鹵獲なんて?」

 

「さあ? 隊長の指示だったし――上の方で、なんかあったのかな?」

 

互いに顔を見合わせながら困惑し、肩を竦めた。

 

 

 

場所を変えてヤマトの艦内、クルー達の居住区画の一室。

 

士官用の個室としては、かなりのプライベートスペースを備えた佐官用の一室。だが、そこはやや趣が異なっている。執務机が置かれた作業区画の隣に設けられた畳。その畳の傍には、これまた豪華なシステムキッチンが備えられていた。

 

おおよそ似つかわしくない程の造りの部屋のなか、畳が敷かれた場所に腰掛ける二人の少女。

 

短く切り揃えたショートのライトブラウンの髪に、黒いリボンをバンド代わりに頭の上に巻く少女と赤い髪を腰まで届くほど靡かせる少女。

 

ホワイトスターズの虎柴菜乃葉と雨宮沙雪が、どうにも落ち着かない面持ちで腰掛ける。

 

「あの、番場大佐?」

 

この沈黙に耐えられなくなったか、もしくはこの眼前の異様な光景にいい加減ツッコミたくなったのか、菜乃葉が口を開いた。

 

「ん? 何かね?」

 

声を掛けられた人物は、システムキッチンで作業をしていた手を止め、振り返る。近衛の軍服の上につけたエプロンには、『V3』という刺繍が描かれている。

 

包丁を片手に振り返るのは、近衛軍総指揮官にして機動烈士隊隊長の番場壮吉であった。

 

その姿にどう突っ込んでいいやら思わず迷うが、意を決して菜乃葉は軽く咳払いをしながら言葉を紡ぐ。

 

「何故、このような場所で?」

 

沙雪も同意なのか、心中で頷く。ヤマトの壮吉の私室。そこはまだいいのだが、自分達が現在腰掛けているのは、コタツである。しかも、脚を下に降ろせる掘りゴタツというものだ。

 

このなんともいえない暖かさと、脚を伸ばせることが楽な姿勢を取らせてくれる。だが、決して自分はそれを堪能するためにここに居るわけではない。

 

「ふむ、女性の冷え性は怖いからな。暖かい場所がいいと思ったのだが?」

 

真顔でそう尋ね返され、菜乃葉はますます頭を抱えそうになる。

 

「あの、大佐――これは、何なのでしょうか?」

 

その隣に座る沙雪は、思わずコタツのテーブルの上に置かれた物体を指差す。だが、その問いに対し、壮吉は首を傾げる。

 

「鍋だが? おや、二人は鍋は嫌いだったかね?」

 

「あ、いえ」

 

慌てて頭を振る。テーブルの上に置かれたガスコンロに、弱火で煮え立たされている土鍋からは、微かな湯気が昇り、ダシに使用した根昆布の仄かなコクが漂い、食欲をそそる。

 

「それは良かった。ちょうどいい魚が、手に入ったのでね。今の季節、魚が美味いからな」

 

そう言い、キッチンの上に魚を置き、包丁で見事な捌きを披露する。季節柄、日本近海ではいい魚が手に入り、鼻歌を謳いながら魚を捌いていく。その姿に思わず和みそうになったが、慌てて首を振る。

 

「あ、あの…そうではなくてですね。今回の作戦の報告に――」

 

菜乃葉と沙雪が壮吉の執務室を訪れたのは、あくまで今回の作戦における報告のためだったはずだが、入室するやいなや、壮吉は鍋の準備に取り掛かり、二人をコタツに促した。

 

コタツと鍋――抗い難い誘惑に、無意識に誘導させられた二人は、コタツでややほのぼのしてからようやく我に返ったため、どうにも反論する口調が弱い。

 

「おお、そうそう! 肝心なことを忘れていたな」

 

ポンと手を叩き、こちらを振り向いた壮吉に、ようやく本題に戻ったと安堵したが、次の瞬間、壮吉はキッチンのシンク下から何かを取り出し、こちらに見せながら問い掛けた。

 

「中尉と准尉は、ポン酢と胡麻ダレのどっちが好みかね?」

 

真剣な面持ちで、両手に持った鍋に欠かせない二つの味瓶を見せながら問い掛ける壮吉に、菜乃葉と沙雪は揃ってテーブルに頭を打ちつけた。

 

いい打音が響き、二人は突伏したまま、硬直している。なんとも言えない空気が漂うなか、ドアが開き、新たな来訪者が入室してきた。

 

「失礼します、隊長。報告書の確認――何事ですか?」

 

入室した菜月は、瓶を持ったまま佇む壮吉と、頭を打ちつけて突伏している菜乃葉と沙雪の奇妙な光景に間抜けな声を漏らした。

 

だが、そこは壮吉の部下たる所以か、この異様な光景を無視し、手に持った書類を手に壮吉に歩み寄り、差し出す。

 

「隊長、空魔の戦闘データ、及びエンジェルの解析データです」

 

「御苦労、どうだ、宇宙での乗り心地は?」

 

受け取ると同時に尋ねると、菜月は肩を竦める。

 

「問題はありません。流石は真宮寺炎乃華殿が設計しただけはあります。宇宙での機動性は、さして懸念していた程ではありません」

 

今回、菜月達の仕事の一つが、空魔の宇宙空間における機動テスト。

 

地上での空力特性を追求した機体フォルム故、空気抵抗がない宇宙空間ではその形状はまったく意味を成さず、どれだけの上限があるかの確認であったのだが、少なくとも機動力低下は杞憂だろう。あとは、どれだけ宇宙空間での空間機動を認識できるかだが、こればかりはパイロットの錬度に関するために、なんとも言えないが。

 

「ふむ…エンジェルの方は?」

 

「それですが、あの機体は、2年前の物と仕様が若干変更されています」

 

書類に眼を通しながらもう一つの懸念事項を尋ねると、菜月は視線をやや細め、低い声で呟き、再起動した菜乃葉や沙雪もその言葉に小さく息を呑み、壮吉も無言で聞き及んでいいたが、やがてそれがある一つの項目で止まり、それを睨むように凝視する。

 

「あの機体は、純然たる無人仕様となっています。事前に確認した機体データと違い、コックピットブロックモジュールそのものが、入れ替えられています」

 

菜月の言を証明するように、手元の資料には、2機の構造図の比較データが載せられ、片方は2年前のA.W.で確認された機体だが、もう片方は今回回収したエンジェルの構造図。コックピットモジュールそのものが変更され、それに伴う能力の若干の低下予測数値が、記されている。

 

「ただ、製造パーツは全て登録が抹消されており、製造元をあらうのは不可能かと」

 

やや無念そうに肩を落とす。調査で分かったのはそこまでだ。肝心の製造工場等の割り出しは、不可能に近いほど徹底されている。

 

「量産体制が整い、今も現存、稼動しているとなると――厄介なことだな」

 

独りごち、書類を閉じる。確かに、今回は機体数も少なく、また不意を衝いたために苦戦こそしなかったが、やはり手こずらされた。

 

単純な戦闘能力で言えば、現行しているどの国の制式機よりも性能は高い。

 

前大戦の末期から製造ラインが未だに稼動しているとなると、看過できる問題ではない。

 

「生産工場に関しては、八咫鴉に調査を依頼しよう」

 

「了解しました。では、自分はこれで――」

 

踵を返す菜月に、壮吉が静かに待ったをかける。

 

「君もどうだ? 食べていかないか?」

 

「御相判に預かりたいのは山々ですが、空と天音を待たせていますので、またの機会に取っておきます」

 

心底残念そうにやんわりと断ると、壮吉も残念そうに肩を落とす。

 

「そうか、久々に腕を振るおうと思ったのだが」

 

「餌付けされてはたまりませんから、あ、そうそう忘れてました」

 

苦笑を浮かべ、何かを思い出した菜月は懐から何かを取り出す。それは、綺麗なラッピングリボンを施された小さな包み。

 

「隊長、バレンタインチョコです。私達3人から」

 

「おお、ありがとう」

 

差し出されたそれを、壮吉は受け取り、礼を述べると菜月は軽く肩を竦める。

 

「まだ日付は早いですけどね。あとで召し上がってください、では」

 

敬礼し、今度こそ部屋を後にした菜月を見送ると、菜乃葉もまた何かを思い出したように思考を巡らせる。

 

(バレンタインか――今年は、どうだろう? 刹那君は仕事でいないし、お兄ちゃんは多分連絡取れないんだろうな……)

 

無意識に髪を束ねる黒いリボンに手を触れ、難しい顔で悩む菜乃葉に気づいた壮吉がチョコを置き、からかうように声を掛ける。

 

「中尉も、チョコを誰かにあげるのかね?」

 

「え?」

 

「ふむ。まあ、本命が今音信不通では、難しいかもしれんがな」

 

ニヤリと意地悪な笑みを浮かべ、そう揶揄するように漏らした壮吉に菜乃葉の頬は軽く熱を帯び、赤くなる。

 

「うにゃ、ち、違いますっおに――じゃなくて、不破少佐は関係ないですっ」

 

あたふたと釈明するが、その姿に壮吉は笑みを浮かべ、沙雪もまた笑みを噛み殺す。

 

「隊長、墓穴掘ってますよ」

 

そう指摘され、菜乃葉は反論できず、俯いたまま黙り込む。その初々しさに、何故かたまらないものを憶えるが、流石にそれ以上からかうことはしなかった。

 

「さて、それじゃ煮込むとするか」

 

気を取り直し、捌いた魚、そして野菜類を煮立つ鍋のなかに浸け込み、蓋を閉じる。ダシ湯のなかで温められた材料が、その食欲をそそる豊潤な香りを漂わせる。

 

流石にそこまできては、菜乃葉や沙雪も止める訳にはいかず、むしろその匂いに腹の虫が鳴きそうな勢いだった。

 

そして、バツが悪そうに乾いた笑みで壮吉を見やると、軽く口元を緩め、再び味瓶を取り出す。

 

「どちらがいいかね?」

 

「私はポン酢で」

 

「自分は胡麻ダレを、お願いします」

 

それぞれ瓶を受け取り、小皿に注ぎ、そのタイミングで蓋を取ると、一際大きな湯気が立ち昇り、靄となって霧散すると、煮え立つ鍋が見える。

 

壮吉が促し、菜乃葉と沙雪は同時に箸でそれぞれ掴み、手元の小皿で味付けし、口に含む。

 

食材のうま味と暖かさが、なんとも言えない幸福感を齎す。

 

「美味しいです」

 

「ホント――大佐の料理の話は聞き及んでおりましたが、これ程とは」

 

舌鼓を打ち、称賛する二人に壮吉は微かに照れたように視線を逸らし、自らも食し、その味に満足気に頷く。

 

「さ、どんどん食べたまえ。しめはこのダシをふんだんに使った、雑炊だからな」

 

鍋の醍醐味を控え、二人はどんどん箸を進め、空腹感を満たしていく。

 

食事が進み、それもたわわななか、菜乃葉は不意に、頭を過ぎった疑問を壮吉に問い掛けた。

 

「大佐、お訊きしてよろしいですか?」

 

箸を止め、真剣な面持ちを向ける菜乃葉に壮吉も箸を止め、向き合う。

 

「今回のこの任務、あの機体――『エンジェル』の鹵獲が、本当の目的だったのですか?」

 

士官クラスにまで閲覧が赦されたのは、今回の任務がヤマトの宇宙空間での実戦テスト、及び宇宙軍を擁さない日本の今後のノウハウ構築のために実戦でMSの試験運用、及び新型量産機種のデータ取りだった。

 

だが、そのためにわざわざL3の果てにまで足を伸ばした理由が分からない。しかも、偶然にもあそこで戦闘が起こっていたなどとなると、できすぎたシナリオに、勘繰らずにいる方がおかしい。

 

その菜乃葉の疑念に壮吉は内心、感嘆したように笑みを浮かべた。

 

(流石、透真が師事しただけはあるようだな。四門陣の一将として、いい戦略眼だ)

 

正直、菜乃葉の年齢ではまだ四門の一角を担うには若すぎる。だが、それを物ともせず最年少で虎柴の当主に就いた。その事実は伊達ではないと、納得しながら壮吉はやや迷う。

 

正直、何処まで話せばいいか困るのだ。今回の作戦の真意は、かなりの守秘が課せられている。正直、佐官クラスでも今回の一件は、壮吉の近衛という特殊な立場上知らされているに過ぎない。

 

やや困った表情で黙る壮吉に、菜乃葉は慌てて首を振る。

 

「あ、守秘義務があるのなら、申し訳ありません。越権行為でした」

 

壮吉の態度から、自分の階級では知れない内容と悟る。謝罪する菜乃葉に壮吉は笑みを浮かべ、肩を竦める。

 

「スマンな。だが、中尉が考えていることは恐らく当たっている、とだけ言っておこう」

 

自身の考えの裏づけがとれ、菜乃葉も微かに表情を緩ませる。

 

「大佐、この後の我々は?」

 

話が一段落したのを見計り、沙雪が尋ねると、壮吉は頷き返す。

 

「ヤマトはこのまま地球軌道へ向かい、その後伊豆基地に向かう。君達は本陣の守護に戻ってもらうことになるだろう」

 

その言葉に菜乃葉と沙雪は互いに見やり、頷き合う。彼女達ホワイトスターズは日本の四方を守護する四神:百虎の要。その責任者が、いつまでも本陣を留守にしておく訳にはいかない。

 

「本国の方も緊張が高まっている。徐々にだが、それが現実味を帯び始めているのでな」

 

「――大東亜、ですか?」

 

壮吉が指すものに確信に近いものを浮かべ、思わず口に出すが、壮吉はなんとも言えないといった表情だ。

 

「表面的には、だがな。だが、脅威は何も外からばかりとは限らんさ」

 

「? どういうことですか?」

 

意図が掴めず、尋ね返すと、壮吉はやや強張った面持ちで顎を引く。

 

「不破から連絡があった。西に不穏な動きあり、と――」

 

「西――っ、まさか、緋…っ」

 

低い声で語られたその内容に、菜乃葉は一瞬思考を彷徨わせるが、何かに思い至り、思わず口に出そうとした瞬間、壮吉がその眼前に指を立て、制止する。

 

「そこまでだ、中尉」

 

制された菜乃葉は、茫然と指を通して壮吉の顔を凝視するが、強張ったものからやや苦笑じみたものに変わり、軽く肩を竦める。

 

「迂闊なことは口にしない方がいい。壁に耳あり、障子に眼あり、だ。気に掛かるのは分かるが、まだあくまで憶測の域を出ん。不確かな憶測で本国をゴタゴタさせ、帝に負担を強いる訳にはいかんからな」

 

今現在、日本は内外にと問題を抱えている。それを解決するために帝以下、政府が奔走している。その激務のなかに新たな問題を持ち込むのは、近衛として流石に躊躇われる。

 

嗜められ、菜乃葉も自身の短慮さに恥じるように表情を曇らせる。

 

「申し訳ありません」

 

「いや、構わんさ。それより、雑炊の準備を始めるとしよう」

 

会話のなかでひっそりと鍋の余剰物を取り除き、準備を進めていたことに気づき、一瞬唖然となる二人を置き、壮吉はダシが染み渡ったスープに火をかけ、そこに米を沈めていく。

 

「中尉、恐らく日本に戻れば、伊豆基地で雫君と刹那君に会えるだろう。時間はそう取れないかもしれないが、久しぶりの幼馴染との付き合いだ。少しは休むといい」

 

「雫ちゃんと刹那君とですか? うわぁ、久しぶりだなぁ、ありがとうございます」

 

先程までの沈んだものではなく、華のようにぱあっと明るい笑顔を浮かべる菜乃葉。菜乃葉がホワイトスターズに配属されてからは、お互いに仕事が忙しく会えなかった幼馴染の二人との再会を思い浮かべ、菜乃葉は胸を躍らせる。

 

それを見守るように一瞥すると、壮吉は雑炊のなかに入れる卵を取るためにコタツを立ち、キッチンの冷蔵庫へと向かう。

 

(――さて、間に合うか)

 

内心に独りごち、先程聡から聞かされた内容を、脳裏に浮かべる。

 

ユニウスセブンの片割れ、ユニウスΩが安定軌道を外れ、地球への落下コースを取ったという旨。

 

L3を発ってからの長距離通信で月と連絡を取り、その内容が伝わったのだ。隠密行動中であったために、各通信系統を遮断していたのが仇となった。

 

にわかには信じがたい内容ではあったが、送信されたユニウスΩの予測コースと観測データから事実であると確信し、壮吉はすぐさま地球軌道へ向かうように頼んだ。

 

だが、ヤマトの高速性を以ってしても、阻止限界地点までに間に合うかは五分五分だ。そして、その異常事態に対応できるガーディアンズがL3で足止めを受けている今、阻止できるだけの戦力は限られてくる。

 

自分達の選択が、後の展開をより悪いものへ繋がったことに、複雑なものだった。

 

神妙な面持ちで黙り込む壮吉に首を傾げ、背中に向かって声を掛ける。

 

「大佐?」

 

その声に反応し、相槌を打ちながら振り返る。

 

「おお、スマンスマン」

 

卵を取り出し、慌てて戻り寄る。幸いに表情を見られなかったため、不審には思われなかったようだ。

 

余計な混乱を艦内に持ち込まないため、今はまだ艦長以下ブリッジクルーと壮吉のみにしか伝わっていないが、話さねばならないだろう。

 

だが今は――僅かでも休息を過ごさせるべきだろう。不意に、テーブルの端に置かれたものが視界に入る。

 

(予測される落下の日付――因果か? それとも、運命の皮肉か?)

 

端に置かれた菜月達から渡されたチョコを見やり、悪態を衝いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《次回予告》

 

 

過去の象徴。

過去に縛られる者か――過去を乗り越えし者か―――

それぞれの想いを抱え、運命は新たなる試練を課そうとしていた。

 

哀しみの鬼に身を堕とせし外道をゆく者達の選択。

それは、世界を自らの望む路へ糺さんとする所業だった。

戦士達は、悪意渦巻く戦場へと身を投じていく。

 

 

そこは、終焉の地にして――新たなる祖まりの運命が集う運命の地であった。

かの約束の地より…新たなる変革の嵐が吹き荒れる―――

 

 

次回、「PHASE-17 混濁する悪意」

 

悪意渦巻く戦場へ赴け、ミネルバ。

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