機動戦士ガンダムSEED  ETERNAL SPIRITS   作:MIDNIGHT

18 / 21
PHASE-17 混濁する悪意

様々な思惑が蠢き、暗躍する。

 

そして、それは一つの大きな奔流となって本流になる。

 

アーモリー・ワン、ジェネシスα、ヘリオポリス――それぞれの運命に誘われし者達が集い、そしてその運命の指し示す奔流へと委ね、それはある一点に収束を始めていた。

 

それは、新たなる終わりと始まりを告げるもの―――アルファであり、オメガでもあるもの。

忘れえぬ業の記憶の証。

 

 

 

 

 

地球軌道を囲うように浮遊する無数のデブリ。

 

大昔の人工衛星に始まり、宇宙開発と同時に打ち捨てられた様々なものが朽ちることもなく漂い、それが時折、糸に引かれるように地球の引力圏へと引き寄せられ、安定した衛星となって周回軌道となる。

 

気の遠くなるような時間をただ流れ続けるものが無数に収束し、形成されたデブリ帯は地球を囲うリングのごとく巨大な輪を構築し、それは静寂と死が漂う墓場のごとき様相を創り出した。

 

そのデブリ帯のなかを航行する一隻の作業艦。ジャンク屋組合で標準的に使用されているコンテナ輸送艦に作業用アームを接続された艦には、ジャンク屋組合のマークが施されている。

 

「姐さん、もう少しで目標に到着するっす」

 

作業艦の艦橋で操舵を取る男が振り向きながら報告すると、奥のキャプテンシートに着く小柄な褐色の肌を持った女性が深々と応じる。

 

「はいはい、了解」

 

手を振りながら大仰に肩を落とすのは、ポーシャと呼ばれる人物だった。元海賊であったが、様々な事情からジャンク屋組合に身を寄せた人物であった。

 

「ったくもう、人使い荒いんだから」

 

ここには居ない上司に向かって毒づき、溜め息を零す。

 

元々海賊であった故に、ジャンク屋としてのスキルはまだまだであるため、彼女はなかなか成果を上げられていない。生活苦とはいえ、こんな場所まで足を伸ばさねばならないことにジャンク屋をやめて、まっとうな仕事に就こうとさえ考える。

 

「ぼやかないでくださいよぉ」

 

そんな彼女を宥めるように苦笑いを浮かべるも、ポーシャは口を尖らせる。

 

「それにさ、なぁんか嫌な予感がするんだよねぇ」

 

「予感ですかい?」

 

「そ、あたしのレーダーにビンビンきてんのよ」

 

やや顰めた面持ちで視線を細める。この辺の感覚は海賊時代の賜物か、お宝を嗅ぎ分ける臭いと危険を察知する本能、この二つが明確な理由がない不安を齎していた。

 

「考えすぎじゃないっすか?」

 

「そうっすよ、だってこの辺はジャンク屋組合の活動テリトリーですし」

 

肩を竦め合う部下達に口を噤むも、頬を膨らませている。

 

「なに言ってんのよっ、私の勘は当たるんだから――ふぎゃっ」

 

怒鳴ろうと身を乗り出した瞬間、鋭い衝撃が船体を襲った。激しい轟音とともに大きく揺さぶられる艦橋。それにより、ポーシャは顔面から床へダイブし、顔を打ちつける。

 

「な、なんなのよぉ」

 

痛みと熱でヒリヒリする顔面を押さえながら顔を上げ、視界を彷徨わせる。だが、耳に警告を告げるアラートが響いてきた。

 

「こ、攻撃ですぜっ」

 

「左舷貨物ブロックに被弾! 火災発生、姐さん、ヤバイっすよ!」

 

悲鳴のように響く声だが、ポーシャはそれを冷静に理解することができない。だが、このままではマズイというのは本能で察し、間髪入れず叫んだ。

 

「に、逃げるよ! 面舵! さっさとズラかるわよっ」

 

その指示に否などなく、ただの民間艦、しかも中古で購入したオンボロ艦では逃げしか取れない。

急速に艦首の向きを反転させ、噴煙を立ち昇らせながら尻尾を巻くように離脱する。

 

「命あってのものだね! やっぱ、ジャンク屋なんてやるもんじゃないわ!」

 

激しく狼狽し、取り乱しながら己の嫌な予感が当たったことに、ポーシャは己の不運のよさに嘆きながら必死に逃げるのであった。

 

離脱していく輸送艦を、離れた位置からスコープ越しに見据える一体の機影。デブリの岩塊の上に陣取り、大型の固定型狙撃ライフルを構えながら、モノアイが不気味に輝く。

 

「フン、惰弱な輩が」

 

その黒々と塗装された機体のコックピットで、野太い男の吐き捨てる声が小さく響く。

 

トドメを刺す必要なしとばかりに顔を上げ、ライフル銃を担ぎ、足場にしていたデブリから離脱する。

 

機体はデブリ奥へと迷うことなく掻き分けるように進み、やがてその先に同型機と思しき機体が何十と滞空している空域へと合流していく。

 

彼らが固まる先には、周囲のデブリのなかでも一際大きな物体。

 

椀状の半円から伸びる巨大なストリングスの隆起。微かに散りばめられた氷と人工ガラスの透き通った色彩。宇宙の暗闇のなかでそれは一つの大きな芸術を表わすようにこの場所に溶け込んでいる。

 

そう…この巨大な墓場に―――――2年前のA.W.の最初の戦端となった悲劇の地、人の忌まわしき業の証。

 

A.W.の最期を飾ったユニウスαの片割れ。血のバレンタインで、二つに引き裂かれたユニウスセブンのもう一つの片割れ、ユニウスΩであった。

 

そのユニウスΩの周囲において、警戒するように布陣する不審な一団。MSを保有する時点でそれが穏やかでないものを漂わせる。

 

僚機に合図を送り、それに応じたのを確認すると、男は機体をユニウスΩの天頂部分に接近する。

 

幾本も伸びる外壁を形作っていたハイテンションストリングスが、自己修復ガラスの残骸を纏わりつかせ、まるで霜に彩られる木々のように見える。それらのストリングスの木々に纏わりつくようにびっしりと無数のワイヤーが巻きつけられている。

 

それに沿って各所に巨大なテンキーを備えた起動装置を抱えた作業ポッドが取り付き、設置を行い、入力を行っている。

 

よくよく見れば、それは何十と無数に取り付けられている。その様を眺めながら、男はモニターに表示されるデータを見据える。

 

それは、ここから離れたこの太陽系の中心に位置する恒星。生命を育んだもの、太陽から放たれるあらゆる物質の観測データだった。その脇に据えられたモニターには燃え盛る太陽のプロミネンスの光景が映し出されている。

 

「風はどうだ?」

 

それを一瞥し、無造作に問い掛けると、別の機体から通信が返ってくる。

 

《太陽風、速度変わらず。フレアレベルS3。到達まで予測30秒》

 

その報告を聞き、男は微かに表情を緩ませる。それは、歓喜を表わしているのだろう――待ちに待った刻を運ぶ恵みの風の到来に、男は催促するように仲間のMSや作業ポッドに檄を飛ばした。

 

「急げよ! 9号機はどうか?」

 

《はっ! 間もなく!》

 

きびきびと返ってくる返答も独特の規律の正しさを漂わせる。それは、明らかに意識された上下関係を表わしていた。

 

《間もなくですね、隊長》

 

作業の終了を今か今かと待ち侘びるなか、傍に控える僚機からの言葉に、男も厳粛たる思いで応じる。

 

「ああ、待ちに待った刻が来たのだ。我らの悲願のために――我らの志を、成就させんがために」

 

一点の迷いもない力強い意志。男達はこの瞬間のために今まで苦渋に耐え、凌いできたのだ。

 

見下ろす眼下には、凍てついた海、白く立ち枯れた麦畑、行き交う人の途絶えた街並み。宇宙空間にぽっかりと浮かぶそれらは、言いようのない静謐さを漂わせている。それを見るたびに決して消えることのない激情が滾る。

 

やがて、設置された起動装置のテンキー入力を終えた作業ポッドが離れ、準備の完了を告げる報告に、男は一瞬瞑目した後、背筋を整えるように伸ばした。

 

「この地の眠りし者達に――敬礼!」

 

その声と共にMSが一斉に直立不動の敬礼をし、そして黙礼する。死者達の眠りを妨げようとする己の行為に対する懺悔。だが、男達の内にはそれを詫びるかのごとく、言い訳の言葉が飛び交う。

 

これも必要な事だと――卑しい行為だとしても、これこそが彼らの願いであると――そう言い訳し、男は迷いを断ち切るように顔を上げた。

 

《放出粒子到達確認。フレアモーター、受動レベルまでカウントダウンスタート》

 

観測担当からの通信に、漆黒のMS、ZGMF-1017M2『ジンハイマニューバ2型』を駆る者達は離脱をかけ、距離を取って凍った大地の直上にて静止し、カウントダウンが刻まれていく瞬間を一時も見逃さず見守る。

 

刻々と刻まれるカウントダウンの瞬間を、固唾を飲んで見守る。

 

《10、9、8、7、6、5、4、3、2、粒子到達。フレアモーター作動!》

 

観測担当者の興奮した声、それに全員が感嘆の声を上げる。

 

風が追いついた。ストリングスに取り付けられた無数の起動装置の基盤が次々と作動し、稼動ランプが灯っていく。氷に彩られたストリングスに灯る赤い光は、まるでクリスマスツリーを彩るイルミネーションのようにも見え、不釣合いな暖かい感動を齎していた。

 

だが、それもほんの一瞬のこと――次の瞬間、ユニウスΩが振動に包まれ、凍てついた大地を震動させ、その大地に亀裂が走る。

 

周囲のデブリを巻き込みながら、ゆっくりと動き出すユニウスΩ。

 

太陽黒点上空のコロナに蓄えられたエネルギーが一気に放出されるフレア現象によって生じるプラズマが、大きな波となって宇宙空間を走る。それが太陽風と呼ばれる現象だ。大気の循環すらない真空のなかでもその圧力は吹き荒れ、物体に干渉する。

 

だが、それにはもう一つ別の要因が必要となる。太陽風のなかに含まれる荷電粒子による磁場に干渉させるために、受け止める側にも磁場を発生させなければならない。そのために、ユニウスΩのストリングスに巻きつけたワイヤーに、コロニーの生命維持装置の発電施設から電力を発生させ、電流を流す。これによってストリングスが巨大な電磁コイルとなり、ユニウスΩ全体を巨大な磁場に包み込む。

 

磁石同士の干渉が、この巨大な墓標を恐るべき凶器へと変貌させる。磁場の干渉がユニウスΩを押し出し、それはやがて緩やかな流れとなって進んでいく。その光景に、一同は興奮の声を上げて見送る。

 

一旦軌道から離れたユニウスΩの残骸は重力に引かれ、優雅に宇宙空間を滑っていく。地球の周回軌道から外れ、回るように向かって行く。

 

その先は、引き寄せる彼らの目指す目標―――眼下に鎮座する忌まわしき青き惑星、地球。

 

「サトー隊長、これで」

 

「ああ…我らにこのような機会を与えたもうた神に――感謝する」

 

サトーと呼ばれた男は、殉教者のごとく宇宙を仰ぎ、黙礼する。

 

彼らが使用した起動装置は、太陽風から発生するプラズマの磁場を応用した推進装置:フレアモーターだ。

 

その赤い点灯するフレアモーターを一瞥し、サトーは数日前の出来事を脳裏に過ぎらせる。

 

彼らは、2年前のA.W.の第2次ヤキン・ドゥーエ攻防戦の最中、戦線より離脱逃亡した者達だった。

 

機動力を活かしたプラントの遊撃防衛に就いていた彼らは、突如の政権交代と戦闘停止命令に反発し、ゴタゴタに紛れて脱走した。苦渋に耐えるために、廃コロニーを転々とし、無為に過ごしていた彼らの許に、数日前に謎の人物らが現われた。

 

「ベルゼブブ、サタンとか名乗ったか――神ではなく、悪魔か」

 

難しげな面持ちで独りごちる。

 

サトーらの前に現われたのは、身体の全体像を完全に覆う鎧で顔を隠したサタンと名乗る人物と黒いマントで身体を多い、編笠を被ったベルゼブブと名乗る人物だった。

 

突如自分達に資金と装備の援助、情報の提供。そして、このフレアモーターを渡した。彼らの正体や思惑は確かに怪しかったが、満足な行動すら起こせない今の自分達には、喉から手が出るほど欲するものであった為、彼らはその思惑に乗ることにした。

 

ガーディアンズがアメノミハシラを離れるタイミングなど、根回しの良さには正直不気味なものがあったが、そのおかげで滞りなくここまで進められた。なら、後は突き進むのみ。彼らにはもはや退路は無い。ならば、悪魔だろうがなんだろうが利用するまで。

 

不意に、サトーはコックピット脇に貼られた数枚の写真を眺め、そのなかで笑い合う男女の顔に留まる。ザフトの軍服に身を包んだ青年と、サトー自身と抱き合う赤ん坊を抱えた若い女性。

 

「アラン、クリスティン――これでようやく俺も、お前達に……」

 

写真のなかの愛しい者達は、答えない。だが、その写真の笑顔がいつもより輝いているように見て取れ、サトーも思わず頬を緩ませる。まるで、己の道が正しいことを証明するかのごとく。

 

サトーと同じ心持ちなのか、他のパイロット達も己の感慨に耽っていた。やがて、彼らの耳に待ち侘びた言葉が飛び込んでくる。

 

それは、この2年間の耐えてきた苦汁が一瞬にして報われるようなものだった。

 

《ユニウスΩ、移動を開始しました――!》

 

弾まんばかりの声に、サトーは眼を伏せた。

 

暫し、黙祷するとサトーは眼を見開き、ゆっくりと動き出す虚空に浮かぶ巨大な大地をしっかりと見据える。

 

「さあ行け! 我らの墓標よ――っ!」

 

今一度、一斉に敬礼し、見送る。

 

「嘆きの声を忘れ、真実に眼を瞑り、またも欺瞞に満ち溢れるこの世界を――今度こそ、正すのだ!」

 

高らかに告げ、デブリを砕きながら地球に向けて進むユニウスΩを見据える。

 

それは、己が抱く憎悪と憤怒に支配された者達の世界への宣戦布告―――

 

未だ癒えぬ哀しみ…そして永久に在り続ける世界の歪み―――

 

 

 

 

そして―――――

 

――――――世界を新たなる運命と誘う序曲の最終楽章が奏でられる

 

――――――永遠に続く理を詠い続けるかのごとく

 

 

 

 

 

機動戦士ガンダムSEED ETERNAL SPIRITS

 

PHASE-17 混濁する悪意

 

 

 

 

 

 

ユニウスΩが地球への衝突コースに載ってすぐの頃―――

 

地球、ユーラシア大陸の一画の小国の宮殿とも取れる皇居の一室にて、大きな窓枠の傍に置かれた椅子に座り、傍らのテーブルに置かれたカップを取り、注がれていた紅茶に気分を落ち着かせている幼い外見をした少女がいた。

 

小柄な体躯に、高級とも取れる礼装と装飾品を纏っている。

 

幼さを感じさせない優雅な仕草で、紅茶を嗜んでいると、ドアをノックする音が鳴り、返事をするでもなく、少しの間を空けてドアが開いた。

 

「失礼します、陛下」

 

一礼して入室してきたのは、金髪を靡かせる美麗な少年とも取れる容貌の青年だった。

 

「先程、宇宙(そら)より連絡がありました。間もなく、『流星』が墜ちると」

 

その報告に、幼女は飲むのを中断し、カップを置く。

 

「そうか、御苦労――ようやく、『動く』か」

 

その容姿にそぐわない様な、歪んだ笑みを零す幼女に、青年は頷く。

 

「首尾は?」

 

「は、市民には既に避難命令を―――同時に、国境に配置している彼らには警戒を発令しています」

 

間髪入れず答え、満足そうに笑う。

 

「しかし、宇宙(そら)に上げたメンバーの内、一名が先の作戦行動中に行方不明になりました。それ以外は、そのまま『無』の下に預けています」

 

続けて告げられた報告に、幼女はつまらなさ気に鼻を鳴らす。

 

「構わん。所詮、妾が目指す頂に届かなかった落ちこぼれに過ぎん。相応しい『役割』を与えてやったにすぎん」

 

声色に混じる失望の念――それに対し、青年は同意するように頷いた。

 

「『姫』は?」

 

「案ずるな、デュランダル坊やと一緒のようだ―――そう遠くない内に、手を回すように伝えてある」

 

その言葉に、青年の表情にハッキリとした喜色が浮かぶ。

 

「心配せずとも、時代はやって来る―――『あなた』達のね」

 

「はっ」

 

地球―――ユーラシア大陸の『ファンデーション』自治区内の夜は静かに、そして迫る嵐を愉しむように過ぎていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

地球軌道とさほど離れていない位置にて停泊を余儀なくされたミネルバだったが、連日の整備班の仕事振りもあり、既に航行可能な状態まで回復していた。

 

船外では、未だ完了していない外装部分の補強作業にノーマルスーツを着て修理をする者も見える。客観的に見て、利巧とは言えない方法で危機を脱した代償として、外装を5割方傷つけた修復は流石に容易ではない。

 

外装と合わせてエンジン等の機関部や各種システムを調整する者に分かれるなか、艦内の戦闘要員や比較的関連性のない一般部署の人員達は、慌しい処女航海を終えての休息に身を委ねていた。

 

それは、ミネルバの艦長たるタリア・グラディスも例外ではなかった。

 

灯りの落ちた暗闇に包まれる艦長室のなかで、一人で眠るには大きすぎるベッドの、ヘッド部分に灯る微かな薄暗い灯のみ。

 

そのおごそかな灯りが照らすベッドには、二人の男女の姿。片方はこの部屋の主であるタリア。そして、その横で彼女との営みに興じているのは、プラントの最高評議会議長であるギルバート・デュランダルだった。

 

完全な防音が施された部屋であるが、声を押し殺すなかで続けられる営みがやがて最高潮に達し、終わりを迎える。

 

その後、二人は暫し無言でベッドのなかで横になっていた。やがて、デュランダルは身を起こし、手元のチェックボードに眼を落とし、議長としての仕事に没頭している。

 

先程までの余韻は何処へやら、どこか興醒めた面持ちで、タリアは冷ややかな視線を無意識に浮かべていたが、それに気づいたデュランダルは視線を微かに向け、いつもの柔らかな笑みを浮かべる。

 

「気にすることはないよ、タリア。あの状況で君は君の職務を果たした」

 

その囁きには、いつもタリアのなかで甘さと苦さが入り混じった、ビターチョコレートのような感覚を齎す。そして、その快楽に身を委ねそうになる自身を欺くように寝返りを打ち、背を向けた。

 

「失敗を慰めてほしくて、部屋に入れたわけじゃありませんわ」

 

「ほう?」

 

やや不機嫌気味に応じるも、デュランダルは気にした素振りも見せず、生返事で再びチェックボードに眼を落とし、タリアはどこか不満気になり、シーツを引き寄せ、身を隠してチラリと肩越しにその姿を見やった。

 

バスローブ姿で、長い黒髪を肩に流した端正な顔立ちを眺めながら、タリアは今の現状に対して呆れと寂しさが混じった、複雑な疑問を頭に浮かべた。

 

(何故、こんなことになってしまったのだろう――)

 

思わず、自身に対し問い掛けるも、タリア自身さえもどうでもいいような投げやりな答しか出ない。

 

一介の艦長とプラントの最高権力者が、こうしてベッドを共にしているなど、体裁的にもいいものではない。だが、タリアにはデュランダルを受け入れたいという欲求と拒みたいという悩みが鬩ぎあっていた。

 

そんな優柔不断振りが嫌になる。仮にも未亡人で子持ちだ。女として、それなりの貞操観念も持ち合わせているものの、タリア個人の感情と女としての性が縛り付ける。

 

色仕掛けの女狐―――陰で叩かれている陰口ぐらい、タリアは百も承知だ。

 

事実、女性で艦長職に就く人材など、ザフトではほとんどいない。その自分が艦長職に前大戦就けたのも、恩師であったダイテツの推薦もあったことは否定しない。その抜擢に対しても恥じない努力をしたことも決して否定させない。だが、ミネルバへの昇進を言い渡されてから、何かが変わり始めたと思わざるをえない。

 

デュランダルが議長に就いてから、顔を合わせる機会も増えた。それから、どちらかとでもなく自然とベッドを共にする関係になった。そこに、自身の打算も確かにあったかもしれない。

 

ねだった訳でもないが、最新鋭艦の艦長職への栄転はタリアにとっても望むものであったし、結果を優先しただけに過ぎない。

 

周囲から見れば卑しいと罵られるかもしれないが、実力主義のコーディネイター社会において――いや、結果が優先されるからこその自身の実力だと。

 

だが、彼女はデュランダルの干渉振りを思い起こしながら考え込む。せっかく得た今の地位も、肝心の提供者がすぐ後ろに陣取られていてはやりにくいことこの上ない。いらぬ気遣いと気苦労を常に背負い、心労は溜まる一方だ。

 

「それにしても…随分と、買ってお出でですね?」

 

「ん?」

 

「流石ですわ、先の大戦のエースの一人――『漆黒の戦乙女』の判断力には、驚嘆させられました。頼りになることで」

 

どこか、愚痴っぽく言い捨てる。

 

肝心の心労の一端を買うのは、先のデブリ戦での一件。敵に罠にまんまと嵌り、小惑星に絡め取られた醜態。

 

その危機を救ったのは、部外者であるリン・システィ。

 

共に行動したことこそ無かったが、彼女の戦績は聞き及んでいる。血のバレンタインでの初陣を始め、幾多の戦場で大きな功績を幾つも上げており、今も軍部内で、少なくない影響を残している。

 

だが、いくら昔ザフトに属していたエースとはいえ、今は一民間人。おまけに彼女の意見を尊重させたデュランダルの判断。客観的に見て、あの状況ではリンの意見を優先させたデュランダルの判断は正しかったのだろうが、肝心タリアにしてみれば、面白くもないのだ。

 

信頼されていると思われていた相手にないがしろにされたのでは――ここで割り切れるほど、デュランダルとの関係が深いタリアには、無理な注文だった。

 

拗ねた、棘のある物言いにデュランダルは苦い笑みを浮かべて、肩を竦める。

 

「そんな事はないさ。私は、君の能力を信頼しているよ」

 

白々しい称賛に、タリアの憂鬱さは晴れるどころかさらにどんよりとしていく。もうこの不毛な会話を打ち切りたいとばかりに、ベッドに身を沈める。

 

「無理に取り繕わずとも結構ですわ。それより、灯をおつけになったら? 眼を悪くなさるわよ、私と違って、貴方の身体は貴方だけのものでもありませんでしょう?」

シーツに潜り込みながら、皮肉混じりに素っ気無く伝え、デュランダルは相も変わらずの生返事で応じる。

 

「ああ、分かったよ、タリア」

 

シーツに潜り込み、告げるタリアに答え返し、結局は書類に眼を落とす様相に小さく溜め息を零した後、心労のせいか身を襲う心地よい睡魔と沈黙に、思わず落ちようとした瞬間、無粋な電子音が響く。

 

安息を妨害されたタリアは、微かに不機嫌な心持ちでシーツを纏い、気だるげに身を起こし、インターンの備わった執務机に向かった。

 

「どうしたの?」

 

《艦長、デュランダル議長に最高評議会より、チャンネル・ワンです》

 

繋がれた報告に、タリアは眠気が一気に吹き飛び、思わず振り返り、デュランダルを見据える。

 

『チャンネル・ワン』――それは、緊急の場合などに用いられる最優先のホットラインだ。それを用いての通信となれば、決して只事ではない。

 

言葉を呑み込むタリアに対し、デュランダルもまた端正な眉を微かに顰めた。

 

 

 

 

ミネルバの士官用の一室を、客室代わりに与えられたリンは備え付けの端末を操作し、データの解析を行っていた。

 

キーを叩く音が響く室内において、リンは瞳をモニター画面に集中させ、データを確認していた。

 

モニターには、アーモリー・ワンで戦った黒衣の機体が映し出されていた。無断拝借したザクウォーリアのカメラで撮影した敵機の動きをコピーした記録ディスクを持ち出し、その動きを再度検証していた。

 

モニターのなかで、鮮やかな動きを見せる黒衣の機体。その動きを随所随所余すことなく解析し、瞳のなかに映し出す。やがてリンは難しげに眉を寄せ、小さく唸る。

 

「やはり、似ている――」

 

思わず、そう漏らす。

 

黒衣の機体の動きが、重なる―――レイナのインフィニティに。だが、とリンは思考を巡らせる。

 

「この違和感は、何なのかしらね――」

 

動きはほぼ間違いなく、レイナと同一といっていいほどの反応値だというのに、微かなズレのようなものがある。

 

無論、完全に動きを同一にトレースさせるなどそう容易いものではないし、あの機体に搭乗していたのはレイナではないから、むしろそれこそが自然のはずだ。

 

だが、それがリンに微かな違和感を抱かせていた。何かが違う、と――それに、何故レイナと同じ動きをするのかが、分からない。

 

姉の機動概念は確かに飛び抜けているが、それはあくまでレイナ個人の戦闘技法によって、修練されたものだ。技法に添うならいざ知らず、機動概念そのものを完全にトレースする意図が掴めない。

 

だが、いくら悩んでも答は出ず、リンは小さく溜め息を零し、シートに背を預け、天井を仰ぐ。

 

そして、左腕を翳し、ライトの灯を背に陰になる左手の薬指に反射するリングを見据える。

 

(気になる点はもう一つ――あの女、セス・フォルゲーエン、とか言ったっけ)

 

脳裏を過ぎる、黒髪に紅と紫のオッドアイの女性士官の姿。どこか、猜疑心を纏わせた態度だが、これは自分が裏切り者であるから自然なことだが、それ以上の何か、憎悪に近い負の感情が垣間見えたかに見えた。

 

「あのピアス――まさか、ね」

 

セスの左耳に飾られた赤いピアス。アレは、『あの時』に見たもの――まだ、憶測の域を出ないが。

 

「それに、フォルゲーエン――何処かで、聞いた覚えが…」

 

彼女のファミリーネーム。記憶の端に、引っ掛かるような感覚。だが、それは記憶の奥底に埋もれ、今は確認する術がない。

 

「そして、あのMSか」

 

最後に浮かんだのは、あの黒衣の機体と交戦した純白の機体。

 

リンも初めて見るタイプの機体だったが、MSが民間にも普及し始めた今日、全ての機種を確認するなど不可能に近い。それは問題ではないが、あの機体はどうも、それだけでない何かを憶えさせる。

 

「パイロットがジャンク屋の人間となると――基になっているのはアストレイ? にしては、設計思想がかなり異なってるし――地球側のデータ盗用機?」

 

純白の機体『セレスティ』の持ち主であるマコトが、ジャンク屋組合の人間であることはラクスに確認を取った。ジャンク屋組合でもし造られたものなら、流用されているのは、アストレイのデータの可能性が高いが、機体のフレーム構造からしてかけ離れしすぎている。となれば、旧連合もしくは、ザフトの機体という可能性も捨てきれないが、詳しくは分からない。

 

だが、こうしてざらっと並べてみただけでも、不可解な事態が連続して起こっている。アーモリー・ワンでの強奪事件など、それらに連なる、些事の一端ではないのだろうか。

 

眼前で起こった大事の前には、些事は埋もれて隠されていく。なら、これが始まりなら――近いうちに、何か大きな大事が起こる可能性がある。

 

「姉さん――姉さんが姿を消したことも、それに関係しているの?

 

どこか弱々しい口調でポツリと漏らし、リンは不意に胸元のクリスタルを握った。

 

ゼロと名乗った女が持っていたペンダント。姉の身に何かが起きたのは、もはや明白。なら、それに繋がるためには、今一度あのゼロという女と会う必要がある。

 

レイナへの手掛かりは――彼女が握っているかもしれないのだから。

 

幸いにも、アーモリー・ワンからの出迎えのシャトルが来るらしい。デュランダル以下、要人と客人である雫と刹那は、それによって一度アーモリー・ワンに戻るらしい。なら、ミネルバに留まるよりも気軽に動ける方が、ゼロの動きを探れる。

 

その時、ドア付近のインターンが鳴り、リンは思考を一旦中断させる。通話を繋げたリンに、ラクスからの切羽詰った口調が聞こえてきたのは、すぐのことだった。

 

 

 

 

デュランダルがプラントからの最重要ホットラインを受けてから十数分後、あてがわれた士官室で休息を取っていた雫の許にデュランダル以下、タリアとラクスらが訪れ、怪訝になる雫に向かって驚くべき報せを携えてきた。

 

「そんな…まさか――」

 

その伝えられた報せに、さしもの雫も絶句せざるをえなかった。

 

いや、それを聞いた人間なら大抵は彼女と同じ反応を返すだろう。それ程、伝えられた内容は非現実的なものだったのだから。

 

「ユニウスΩが動いている? しかも、地球に向けて――」

 

思わず反芻する雫の内には、それがどれ程の大事か、想像もできない。だが、片割れとはいえコロニークラスの大型の質量が地球に落下するなど、考えたくもない事態だ。

 

やや蒼褪める雫に対し、さしものデュランダルも硬い表情で応じる。

 

「それは分かりません。ですが、動いているのです。それもかなりの速度で――最も危険な軌道を」

 

その口調は深刻だが、いつもと同様、滑らかで淀みがない。隣で座するラクスは、眼に見えて動揺が貌に表われている。この辺は議長としての豪胆さゆえか。壁に背を預けるリンも、その会見を見やりながら、先程ラクスから伝えられた内容を、内に反芻させていた。

 

(まさか、アレがね――2年前の再来、か)

 

やや苦い心持ちで呟く。

 

今もあの時のことを思い出す度に過ぎるこの心境は、払拭できない。動き出したユニウスΩ――2年前の、あの最期の戦いで防いだ事態が、再び繰り返されようとしている。

 

そして――これこそが、この一連の事件の集束点なのではないのだろうか。そう、思考を巡らせるリンの耳に、タリアの言葉が飛び込んできた。

 

「それは既に、本艦のシステムによる演算でも確認致しました」

 

事実を裏付けるように応じる。ミネルバのレーダー以下、全てのセンサー系を駆使してデブリベルト周辺の探査を行った結果、プラントからの情報の裏付けが、完全に一致した。デュランダルほどではないが、彼女も冷静な口調だった。

 

それが、やや波立っていた雫の心境に、僅かながら冷静さを齎してくれた。動揺を押し込めるように組む手の力を強め、やや強張った面持ちで、デュランダルを見据える。

 

「原因は――やはり、分かりませんか?」

 

二つに割れたユニウスセブン。αは前大戦の最終戦において軌道が戻り、安定軌道に乗った。その後も厳重な管理がしかれていた。

 

片割れのΩもまた、一時期軌道が危ぶまれたものの、ジャンク屋ギルドの手によって100年単位での安定軌道に移動させられたと雫も知らされていた。だが、そのΩにはα程の管理体制は行われていなかった。

 

そんな勝手な安心感など、まったく意味が無い。今、既にこうして現実に起こっているのだ。なら、その原因を探ることの方が重要だ。

 

答が返ってくることを、期待した訳ではない。ただ、これも訊かずにはいられない外交官としての立場ゆえか。真剣な面持ちで問う雫に対し、デュランダルは推測をまじえた返答を返した。

 

「隕石の衝突か、はたまた他の要因か――詳しくは、まだ分かっておりません」

 

予想通りの返答に、落胆はしなかったが、デュランダルが漏らした一言には緊張感を憶える。ユニウスΩの軌道変更は、プラントの監視センターで確認が取れたものの、その原因についてはまったく判明できていなかった。

 

緊急で行われた臨時評議会も、議長たるデュランダルの不在で混乱しているらしい。所詮、それぞれの役割以上を円滑に行うには、経験の浅い能力主義のコーディネイター社会では難しいかもしれない。

 

想定外の事態に対する対応の柔軟性における弊害が浮き彫りになり、事態は収拾がつかない状態が続き、ようやく調査の部隊を派遣するまでにこぎつけたらしい。

 

「他の要因――それは、やはり人為的なものであると――そういうことでしょうか?」

 

徐に口を挟んだリンに、一同は思わず視線を向ける。ラクスがやや狼狽した視線を向けてくるが、それを無視し、デュランダルを凝視する。

 

「あれだけの質量です。事前に確認させていただいたデータによれば、地球軌道に沿って間違いなく落下コースを取っている。いくら軌道がズレたとはいえ、異常なことです」

 

会見前に、ラクスから見せてもらった落下軌道データに眼を通し、すぐさまその不自然な動きに気づいた。仮に自然的な要因だとしても、あれ程滑らかに軌道にのるなど、それこそ天文学的な確率だ。そんな突拍子もない要因よりは、外部からの要因が加わったと考える方が自然だ。

 

「ならば…それを成した者がいる、ということでしょうか? アレを地球に落とすことを望む者の手で――」

 

探るような視線を向ける。少なくとも、現時点でアレを地球に落とすことを、善しとする勢力は限られてくる。

 

暗に示唆される疑惑に気づいたラクスやタリアは、やや憮然としたものを浮かべ、雫もまたどこか窺うように戸惑ったものを浮かべる。そんななか、デュランダルは一片の感情の乱れも見せず、やや低い声で答え返した。

 

「それは、まだ私にも分からないが――少なくとも、君の言うとおり、その可能性が高いだろう。だからこそ、我々もこの事態を放っておくわけにはいかない」

 

その返答に、一同は安堵したものを憶えるも、リンだけは表情を顰めたままだ。口を噤むなか、雫に再び向き直り、深刻な面持ちで告げる。

 

「ともかく、動いてるんですよ。今この時も…地球に向かってね」

 

改めて告げられる事実に雫は思考が回転し、予想もしたくない結末が脳裏を過ぎり、背筋を凍らせる。

 

片割れとはいえ、プラントの直径はおよそ10キロにも及ぶ。そんな物が今この時、地球にいる人々に降り注ごうとしている。

 

仮に落下すれば、まず間違いなく落下地点は壊滅――そして、その激突時の衝撃波が、何キロにも及ぶ衝撃波となって周囲に拡がる。

 

落下地点を中心に、ほぼ間違いなく壊滅的な被害を受け、直撃を免れてもその余波が地球全土に及び、深刻な事態を齎すだろう。

 

祖国のことを思い、雫は取り乱すことはなかったが、組む指に力が入り、震えを抑え込む。

 

「原因の究明や、回避手段の模索に今、プラントも全力を挙げています」

 

沈痛な面持ちで沈黙する雫に向かい、沈鬱な態度で告げるデュランダルに雫も少しではあるが、冷静さを取り戻せた。

 

確かに、まだ落ちたわけではない。まだそれを防げる可能性は、残っているのだ。

 

「議長、プラントの方ではどうなっているのでしょうか?」

 

傍らに座るラクスも、普段の冷静さが些か欠けた狼狽した様子だ。そんなラクスを見やり、厳粛に頷き返す。

 

「すぐさま、調査のために部隊を派遣するよう指示は出した。また、この非常事態を各国政府へと打診も完了させてはいるが――」

 

言葉を濁すデュランダルに、ラクスや雫は苦虫を噛み潰したような表情になる。これは、傍から見ればプラントの茶番劇と取る国家も、少なくないだろう。プラントの独立に対し、好意的ではない国は地球上にまだ数多い。先の大戦における負の感情は、未だ人々のなかに燻っているのだ。

 

おまけに、プラントと国交を持つ国々に関しても動けない。大西洋連邦は、先の大戦で宇宙での戦力を喪い、まだ再建できていない。日本は、そもそも宇宙に軍を擁していない。

 

「議長、ガーディアンズの方は?」

 

「打診はしたのだが…主力部隊が任務に出払っているため、動ける部隊は無いそうだ」

 

遮るように発した言葉に、沈黙が満ちる。

 

結論的に言えば、この事態の収拾に当たれるのはプラントのみなのだ。無論、プラントもユニウスΩを地球に墜とすのは不本意なため、全力で収拾に当たっているが。

 

「またもやのアクシデントで、外交官には大変申し訳ないのですが、私は間もなく終わる修理を待って、このミネルバにもユニウスΩに向かうよう特命を出しました」

 

雫に向き直り、丁重な口振りで告げ、頭を下げる。

 

「幸い、位置も近いもので――外交官にも、どうかそれを御了承いただきたいと」

 

それでわざわざ自室にまで来たのかと――その誠実さに、雫は荒れていた心情を落ち着け、軽く一呼吸し、気分を落ち着け、真剣な面持ちで向かい合った。

 

「訊くまでもありません。私のことなど、些事として扱ってくれて構いません。いえ、むしろこちらからお願いします」

 

応じるように頭を下げる雫に、デュランダルは柔和な笑みを浮かべ、感謝する。

 

「ありがとうございます」

 

「難しくはありますが、御国元とも直接連絡の取れるよう、試みてみます。出迎えの艦とも早急に合流できるよう計らいますので」

 

続くようにタリアが言葉を添え続け、雫は再度真摯に頭を下げた。今の自分には、それしかできない無力感に歯痒さを憶えながら――

 

それを見詰めていたリンは表情を変えず、その視線はデュランダルを捉えていた。

 

(あの眼――なんなのかしらね、この感じ)

 

あのデュランダルの瞳。揺るぎのない静かな眼――波紋すらない、湖面のような静かで深い思慮を秘めた眼。そこにあるのは、ただ静寂のみ。このユニウスΩの落下という事態に対しても、一切の動揺の欠片さえ感じられない。

 

それが、政治家としての豪胆さからくるものなのか。だとしても、そこには感情の乱れが無い。こんな緊迫した状況でさえ、彼は穏やかで落ち着いている。いや、異常なほどに落ち着きすぎているといっても過言ではない。

 

最初に会ったときと同様、そつがなく、優雅。そして揺らぐことのない胆力。まるで、完璧な演技者であるかのような振る舞いが、違和感を抱かせる。

 

それがまるで――『理想の為政者』という仮面のようで。

 

そして――まるで、この事態をあらかじめ予測していたかのように滑らかすぎる対応。あらかじめ用意されていた、シナリオ劇のように――そこまで考え、リンは一旦思考を切り換える。

 

憶測だけで物事を判断するのは、早計だ。だが、デュランダルに対する不審――それが、リンの内に言い知れぬ違和感と疑惑を渦巻かせていた。

 

 

 

 

 

デュランダルらと雫が会見を行っている頃、格納庫では整備班が損傷したMSの整備を急ピッチで進めていた。

 

マッドの怒号に近い指示が飛び交い、忙しなく動き回るなか、格納庫の隅で固定されるセレスティと吹雪という厄介な客機の周囲は、静かなものだった。最低限の補給の手はずのみなので、その主だった作業は各々の持ち主に任されていた。

 

セレスティの開かれたコックピットハッチの前に浮遊し、覗き込む刹那が身を乗り出しながらコンソールを指差す。

 

「そっちの電子系統を繋いでみてください」

 

「分かった」

 

シートに着くマコトは、その指示通り引き出したセッティングキーボードのキーを叩き、OS画面を起動させ、セレスティの機体フレームの構造データを表示し、各種フレームとコックピットからの伝達用の電子ラインの設定を行う。

 

フレーム各所との伝達系統が最適化され、グリーンのマーキングが表示される。

 

「これでフレームの最適化は終わりました。これで、新しいOSとの互換性は問題ないと思います」

 

コックピットから伸びるコードを手元の端末に繋ぎ、データを確認し、頷く刹那にマコトは大きく息を吐き出した。

 

「ふぅ~ようやく終わったか」

 

肩の力が抜け、屈伸する。

 

「彼女が組み込んでくれたOSですけど、結構イイ出来ですよ。あとは、貴方用に随時更新していけばいいですし」

 

キーを叩き、組み込まれたOSのデータを見直す。それは、元々のOSにマコト用に少しばかり手を加えられたものだった。

 

この機体には、レイスタ時代に使っていたOSのデータをコピーしてあった。

 

だが、元々の作業用機としての違いか、なかなか機体とOSのズレのようなものがあった。それを僅かばかり解消してくれたのが、メイリンが作ってくれたOSだった。今現在、特に仕事の無い彼女が付き合ってくれた。

 

それに感謝し、マコトはキーボードを戻し、刹那に視線を向ける。

 

「本当に助かりましたよ、凄いですね」

 

素直に感心するマコトに、刹那もやや照れたように頬を掻く。その仕草が妙に可愛く、彼が本当に少女だと思えるから不思議だ。そんな事を口には出さないが。

 

「いや、僕は一応技術畑の人間ですし…そんな、たいしたことじゃないですよ」

 

苦笑で手を振り、ハッチを蹴って離れる。その後を追い、マコトもコックピットから抜け出す。

 

互いに浮遊しながらようやく修理の終わったセレスティを見上げる。幸いに設備を使わせてもらい、一般の設備よりは本格的な修理ができた。

 

「でも、本当不思議な機体ですよね。あれだけのスラスターを積んであるのに、出力調整がされていたり、機体のフレーム構造にも不明な点が多いですし」

 

刹那自身、この機体への不審に近い興味を抱いていた。

 

修理を手伝った時に少しばかり調べてみたが、機体フレームは自分の知る限り、見たこともないものだ。そして、背部の大型スラスターにしても出力が抑えられ、おまけにフレームの各所にも迂闊に調べられないブロックが数ヶ所存在している。

 

(それに、この機体の装甲材に使用されているのは間違いなくルナチタニウム。でもあれは、まだほとんど出回っていないはずなのに――)

 

一番不可解に思うのは、この機体には日本の技術が一部使用されているという点。

 

だが、技術部の刹那もこんな機体の存在は知らない。おまけに、民間に出回るような代物でもない。それらが不審感を抱かせるも、この機体の入手経過をさり気なく尋ねてはみたが、当のマコトは言葉を濁した。

 

それ以上は流石に訊けず、またこれ以上の詳細な調査を行うには、やはり本国の伊豆基地に戻らねばならない。

 

(確か、彼は民間人だし――誘ってみるか)

 

この後、連絡船がミネルバに合流し、その艦でアーモリー・ワンに一度も戻る手筈になっている。

 

恐らくその際に自分もマコトも同乗することになるが、自分達と違い、彼はもしかしたらアーモリー・ワンで、一時的に拘留を余儀なくされるかもしれない。自分達が身元保証人になれば、共に日本へ連れて行くことも可能だろう。

 

素早く脳内でシミュレーションを立てると、刹那はマコトに声を掛けようとしたが、そこへ被せるように声が掛かり、二人が振り向いた。

 

「おーい、マコト」

 

「シン? 怪我、もういいのか?」

 

跳びながら向かってくるシンは赤の軍服だが、まだ顔には絆創膏が貼られている。不安げに気遣うマコトにシンは苦笑する。

 

「心配するなって、これでも一応正規兵なんだから」

 

先の戦闘の一部始終は、おぼろげながら聞き及んでいる。かなり激しい戦闘だったのは予想に難くないし、それでシン達が負傷したというのも聞き、不安ではあったが、いつもの調子で応えるシンに安堵し、僅かばかり緊張が解れる。

 

「無理するなよ」

 

「分かってって、大袈裟だな。お、そういやあんたとはまだ話してなかったな」

 

互いに手を叩きながらシンは後方で浮遊する刹那に気づき、視線を向ける。

 

「ええ、初めまして。大日本帝国軍所属、真宮寺刹那です」

 

「俺はシン、シン・アスカだ、よろしくな」

 

差し出した手を握り合い、握手を交わす。そして、刹那が不意に何かを思いついたようにマコトとシンの二人を交互に見やる。

 

「ん? 何だ?」

 

その様子に首を傾げるも、刹那は顎に指を当て、考え込む。

 

「お二人の名前、マコトと――と仰いましたよね?」

 

「ああ」

 

「それがどうかした?」

 

どうにも論点が見えず、ますます戸惑う。そんな二人を横に刹那は考え込み、やがて口を開く。

 

「いえ…お二人の名前、僕達の――日本の言葉で表わすと、同じ意味になるんです」

 

唐突に切り出した内容に、二人は一瞬眼を剥き、互いに見やる。そんな仕草を小さく笑みを零しながら見据え、刹那は手元の端末の画面に文字を表示する。

 

「解かりやすく説明しますね。まず、マコトさんですが――これを、僕達の国の言葉で表わすと、こうなります」

 

ウィンドウに表示される文字を覗き込むと、そこには『真』という字が表示される。

 

「それと、これには別の読み方があり、それが『しん』という意味でも使われます。意味は、物事の本質を表わす言葉です」

 

「へぇ~」

 

刹那の説明に思わず、感心するように声を漏らす。自分の名前の意味について考えたことなどなかった。肝心、その名をつけた親が、訊く前にいなくなったのだ。

 

「しっかし、同じ字で意味が何通りもあるなんて、まどろこっしいな」

 

そんな情緒が乏しいシンは日本の言葉に対し、困惑するように頭を掻き、刹那は苦笑いを浮かべるだけだ。

 

端末を閉じ、雑談を終えると、マコトはシンを見やり、視線を先の方へ向ける。

 

「それよりシン、そっちの方はどうなんだ?」

 

比較的損傷の無かったレイとセスのザクを除き、中破状態だったインパルスとセイバー。

 

インパルスはその機体構造上、予備パーツが存在するため、コアスプレンダーの調整だけで済んでいたが、セイバーの方の修理は難航していた。片腕が欠損したため、修理に時間が掛かっている。

 

「ああ、インパルスは問題なしなんだけどな、セイバーの方は、もう少し掛かるってよ」

 

ステラもようやく復帰し、先程セイバーの調整作業に加わった。ミネルバの修理も目処がつき、今後の方針はまだ伝わっていないが、恐らくミネルバは、ここで別命を待つことになるだろう。

 

あるいはアーモリー・ワンへの一時帰還か――どちらにしろ、強奪犯の追撃任務は一時保留となる。

 

「ま、今はゆっくりするさ。それより、いつまでもここじゃなんだし、休憩しようぜ」

 

「ああ」

 

「ええ」

 

こちらもセレスティと吹雪の調整を終えて一段落といった感じだったので、特に反対も無く、3人は連れ立って格納庫を後にしようとする。

 

艦内へのエレベーターホールに辿り着いた瞬間、叫びに近い声が降り掛かった。

 

「シン!」

 

思わず一斉にそちらを振り向くと、セイバーの調整をしていたはずのステラが、こちらに跳んできた。

 

だが、その面持ちはどこか、血相をかえた逼迫するものだったので、一同は怪訝そうに顰める。

 

そんななかへ飛び込むステラをシンは慌てて受け止める。その勢いに流され、背中をエレベーターのドアに打ちつけるも、シンはステラに視線を向ける。

 

「ど、どうしたんだ、ステラ?」

 

様子のおかしい彼女に対し、戸惑いながら尋ねるが、ステラは思考が混乱しているのか、なかなかうまく話せないでいた。

 

「あ、その…大変、大変なの。マッド主任が――艦長から、緊急の通信だって」

 

途切れ途切れに出てくる言葉にますます困惑するが、それでもなにやら穏やかではない話なのは察せられた。

 

徐々に強張っていくなか、ステラから伝えられた内容に、3人は驚愕に眼を見開いた。

 

 

 

 

 

ユニウスΩが安定軌道を逸れ、地球への落下軌道に入ったというニュースは瞬く間にミネルバ内部に拡がり、騒然となっていた。

 

それは、ここレクルームに集った面々も同じであり、艦橋で直接その報告を聞いたメイリンを中心に会話が交わされていた。

 

「けど、なんであんな大きなものが動いたんだ? 百年は安全軌道だったんじゃなかったの?」

 

素っ頓狂な声を上げて首を傾げるヴィーノに、ヨウランが腕を組み、もっともらしく仮説を立てる。

 

「隕石でも当たったか、なにかの影響で軌道が外れたか――?」

 

定期訓練を終えたルナマリア、レイ、セス、そして情報の発信源であるメイリンに、道中合流したヴィーノとヨウランの面々は、口々に憶測を出す。

 

だが、そこには緊張感はなく、どこか他人事のようだった。もっともこれはこの艦内ではどこもかしも似たような現状だった。少なくとも彼らにとっては大ニュースではあるが、特に切羽詰るほどのものでもない。アレがプラントへの衝突コースに乗ったとでもなればもっと混乱し、大騒ぎするかもしれないが。

 

「地球への衝突コースだって聞いたけど――本当なの、メイリン?」

 

ドリンクを片手に、ゴシップ記事の内容を詮索するように問うルナマリアに、当の発信元のメイリンはやや尻すぼみながら小さく頷く。

 

「う、うん…バートさんがそうだって。その後、すぐに評議会から議長への緊急通信がきたし――」

 

流石にメイリンは深刻な面持ちだったが、それでも特に動揺した素振りはなく、自身が知る限りの情報を口にする。

 

最初にユニウスΩの軌道異常に気づいたのが、レーダーを担当していたバートであり、そこへ同じタイミングで同時間帯に当直していたメイリンの許に、プラントの最高評議会から長距離の緊急通信が飛び込んできたのだ。

 

その内容は、タリアからブリッジメンバーへ掻い摘んでだが伝えられることになり、艦の主要メンバーへと伝達された。

 

その話を聞き、ルナマリアは大仰に溜め息を零し、驚愕と何か諦念のような色を表に浮かべ、頭を掻き毟った。

 

「ああ、もうまったく! アーモリー・ワンじゃ、新型の強奪騒ぎだしっ! それもまだ片づいてないのに、今度はユニウスΩの軌道落下騒ぎ!? 何がいったい、どうなっちゃってんのよ!!」

 

愚痴るルナマリアの弁に、その場にいた者たちは無言で同意を表わす。確かに妙な雲行きだ。あまりにも立て続けで、事件が起きすぎている。

 

無論、アーモリー・ワンでの件と今回のユニウスΩの件は直接的には関係はないが、タイミングが合いすぎているのも気に掛かる。

 

なんとなく、自分達の周りでなにか、とんでもない事態が起こりつつあるのではと危惧するのも仕方なかった。

 

「セス、お前の見解はどうだ?」

 

無言だったレイが唐突に話を振り、特に口を挟まなかったセスが無愛想に顔を上げ、他の視線も思わず集中する。

 

「それはユニウスΩの件? それとも、強奪犯のこと?」

 

「前者だ」

 

淡々と交わす両者に一同は内心、乾いた笑みを浮かべるが、セスの考えに思考が集中し、それを待っている。

 

セスは一瞬考え込むが、やがて両手を肘に当て、肩を竦める。

 

「まあ、私の憶測だけど――ユニウスΩの件には、何かしらの思惑が関わっていると見て、まず間違いないと思う」

 

「その根拠は何だよ?」

 

憶測と謳いながら、どこか断言気味に言い切ったセスに首を傾げながら、ヨウランが問い掛ける。

 

「あまりに事態の推移が早い。仮に、ユニウスΩの軌道変更が自然現象とするなら、これ程短時間で地球への落下軌道にのるのは、不自然すぎる」

 

メイリンから伝えられた情報によれば、ユニウスΩの移動速度は異常なほど速い。観測によれば、磁場の影響があると予測が立てられている。もし仮に、自然現象ならもっと早い段階で観測されていたであろう。

 

どこか物騒なセスの憶測に気圧されるなか、セスは肩を竦めてみせた。

 

「あくまで私見だけどね」

 

一同を慄かせながら、しれっとし、ドリンクを口に含む。

 

その態度に硬化していた空気がやや緩和され、知らず知らず息を吐き出す。

 

「まあ、それはともかくとして、今度はそのユニウスΩをどうすればいいのよ? 私らにも、何かあるの?」

 

気を取り直したルナマリアが視線を隣のヴィーノに向けるが、当人は振られた問い掛けに答えられず慌て、次いでヨウランを見ても、こちらも同じ態度だったため、ルナマリアは呆れ気味に首を振った。

 

全員が考え込む――確かに、現実問題としてどう対処するべきなのかだが、こういった不測の事態への経験の無さ故か、なかなか妙案が浮かばず、沈黙が満ちるなか、レイがさらりと答えた。

 

「砕くしかないな」

 

いとも簡単に口にした案に、盲点だとでもいうように全員の耳にハッキリと伝わり、一同は眼を瞬く。

 

「単純明快だけど、一番妥当な意見ね」

 

同意するように、セスが相槌を打つ。

 

「砕くって――」

 

「アレを?」

 

「あの質量で、既に地球の引力にも引かれているというのなら、もう軌道の変更など不可能だ。衝突を回避したいなら、砕くしかない」

 

淡々とあっさり言ってのけるレイだったが、それは暗に、手遅れを示唆させているようで――他の面々は、戸惑いを隠せない。

 

「レイの言うとおりね。落下の阻止が不可能な以上、今現在最良なのは、ユニウスΩの破片をできるだけ細かく砕き、地表へのインパクトをできる限り減少させるしかない」

 

あの質量がそのまま落ちるよりも、無数の破片に砕けば、それだけ大気圏内で燃え尽きる可能性も高く、また地表にまで到達しても被害は最小限に留められる。

 

レイの言葉を補足するセスだったが、他の面々はその策に眼を瞬く。

 

「で、でもよ、デカイぜぇ、あれ!? ほぼ半分に割れてるっていっても、最長部でも8キロは――」

 

プラントの基本構造は、そこに住むコーディネイターならほとんどが知っている。血のバレンタインでほぼ半分に割れたとはいえ、その最長部は8キロにも及ぶ巨大な構造物。

 

「そんなもん、どうやって砕くんだよ?」

 

思わず、叫びそうになるヴィーノ。核でさえ完全に破壊できなかったコロニーの片割れを、果たして砕く事などできるのだろうか。

 

いくら方法が単純でも、現実的な問題として実行手段が思いつかない。だが、レイは表情を眉一つ動かさず、冴えきった表情で告げる。

 

「だが、衝突すれば間違いなく地球は壊滅する」

 

あまりに冷淡な口調で告げられた恐るべき可能性に、その場にいた誰もが息を呑み、唖然となる。

 

「そうなれば、なにも残らないぞ――そこに生きるもの全て、な」

 

あまりにも現実離れした言葉に、沈黙が満ちる。

 

直径一キロの小惑星が衝突した際のエネルギーを、TNT火薬の爆発力に換算すると、およそ十万メガトンに相当すると言われている。

 

核爆弾の威力が約五十メガトンであり、その二千倍に当たる。その計算で考えれば、直径が十キロ近いユニウスΩの場合、単純計算して十億メガトン近くの衝突エネルギーの爆発力になってしまう。その威力のほどは、想像できない程の破壊力だろう。

 

無論、小惑星よりは突入速度が遅いため、また、大気圏突入の際の影響で多少は変化するであろうが、それでも引き起こされるであろう事態の深刻さを示唆させるには充分であり、想像が最悪の方へ傾き、思わず身震いする。

 

「地球――滅亡?」

 

「だな」

 

あまりに壮大で寒々しい仮定に、重苦しい空気に耐えかねたようにヴィーノがおどけた調子で呟いた言葉に、ヨウランはもっともらしく、短く肯定の相槌を打った。

 

「そんな…まだあそこには、死んだ人たちの遺体もたくさんあるのに」

 

沈みきった面持ちで小さく呟くメイリンの言葉に、空気はさらに暗然となる。ユニウスαは先の大戦の決戦時に激しい攻防が繰り広げられ、大きく傷つき、もはや遺体の回収は不可能と報じられた。

 

だが、片割れには今も多くのコーディネイター達の遺体が朽ちることなく漂っている。アレは、プラントにとって墓標でもあるのだ。

 

「メイリン――」

 

そんな沈痛な妹に、ルナマリアもいつもの軽薄さで答えられず、口ごもる。

 

「けど、私達がやらなければならない」

 

そこへ刺すように放たれた言葉に、思わず振り向くとセスがやや真剣な面持ちで、一同を見やっていた。

 

「現実に今、この瞬間にユニウスΩは、確実に地球への衝突コースに入っている。今からでは軌道の変更は不可能だろう。なら、私達にできるのはせめて、私達の手でユニウスΩを砕き、そこに眠る同胞達を葬ってやることだけ」

 

変えようの無い現実と、自分達に課せられるであろう使命。それが、彼らの沈鬱な思いを微かではあるが晴らす。

 

この場に居る者達にとっては、同胞といえど他人だ。だが、それでもその死者を悼む気持ちは同じ、ならば、せめてその御霊に報いるために、自分達にできることをするしかない。

 

「その是非は、後からでも遅くはない」

 

その選択が絶対に正しい、などというつもりはない。だが、自分達は軍人だ。上層部がどのような指示を出そうとも、従わねばならない。その選択の正しさを信じて――セスの言葉をそれぞれの胸の中に刻み込みながら、一同は静かに――それでいて、どこかしっかりとした面持ちで頷いた。

 

「でもまあ、それもしょうがないっちゃ、しょうがないか。不可抗力ってヤツ?」

 

重苦しい空気が緩和されたためか、ヨウランはさばさばとした口調で、自分の感想を口にする。

 

彼の感想も、ある意味仕方ないことだった。

 

ユニウスΩの落下に関しても、その大元であるユニウスセブンの崩壊は前地球連合のブルーコスモスの暴走によって、引き起こされたものだ。ならば、今回の件の原因の一端を担っていると考えても仕方ないことだった。

 

ヨウランにもそんな気があった訳ではない。ただ単に、この場の空気を少し砕こうとした他愛もないものだったに過ぎない。プラント側からの立場の人間として、至極当然の意見を口にしただけだとしても、仕方がないことなのだった。

 

「けど、ヘンなゴタゴタも綺麗に無くなって、案外楽かも。俺達、プラントには」

 

あのユニウスセブンに関しては、未だにプラントと地球の間にとってタブーに近い。アレを持ち出されれば、まず間違いなく話は拗れる。

 

単に軽い気持ちで出た言葉。誰かが笑いで返すか、嗜めようとしたが――それは、予想もしない人物からの激口が挟まれた。

 

「よく、そんなことがっ!」

 

突如ぶつけられた声に驚き、ヨウランはギョッと飛び上がらんばかりに息を呑み、他の面々も意表を衝かれたように、その遮った声の方角を見やる。

 

レクルームの入口に佇む人影、蒼髪に黒の瞳に怒りの炎を宿し、こちらを睨みながら佇むのは、刹那だった。

 

端正な顔立ちに浮かぶ純粋な怒り。それは、遠巻きに彼を見ていた者達にしてみれば、やや予想外のものだった。だが、仇敵のように睨み、猛る刹那の背中に腕が伸び、その跳びかからんとする身体が抑えつけられる。

 

「お、おい刹那さん――」

 

「どうしたんよ、お前」

 

刹那の腕を取って、制するマコトとシンの姿、やや遅れてステラも姿を見せる。格納庫でステラからユニウスΩの件を聞かされた一同は、真偽のほどを確かめるために、デュランダルらに会おうとしていた。

 

その最中、レクルームの近くを通り掛った瞬間に聞こえてきた会話の内容を聞かされたのは、まさにタイミングが悪かったとしか、いいようがなかった。

 

ヨウランの軽い気持ちで出た言葉に、刹那は過剰反応してしまったのだ。いくら場を和まそうとしたジョークとはいえ、それは人によっては冗談では済まない。

 

「しょうがない――案外ラクだって、もしアレが地球に落ちたら、どんな事になるか! どれだけ多くの人が死ぬのか――っ」

 

冷静な彼らしくなく、感情を露にする刹那に一同は気圧され、制するマコトとシンを振りほどかんばかりに刹那は内の激情を、攻撃的に吐露する。確かに、彼が言っているのは、紛れもなく正論だ。地球側から見れば、笑い事ではない。

 

だが、ここまで頭ごなし叱責されるのは、些か心外と思わないでもない。先程の発言も軽率ではあったと反省すべきではあるが、ここは仮にもザフトの最新鋭艦内だ。この場では単に冗談の戯言で済まされるべき内容だ。

 

むっつりと顰める彼らを、刹那は赦せなかった。

 

脳裏を掠める数年前のあの出来事が――刹那に、いつもの冷静さを喪わせていた。

 

「また、そうやって地球の――僕の故郷を殺すのかっ、あの時みたいに――地球にいる、僕達コーディネイターも死んでも構わないとっ」

 

だからこそ、刹那は決して口にしてはならないことを口走ってしまった。

 

刹那が発した言葉にその場にいた者達が驚愕に息を呑む。

 

「刹那さん――君は、コーディネイターなのか?」

 

掴む手の力が緩み、茫然と漏らした一言に、刹那は過剰に頷き返した。

 

「そうだよ、僕はコーディネイターだっ」

 

まるでその事実を忌々しいように吐き捨て、ギリッと歯噛みする。

 

「あの時…エイプリルフールクライシスで、僕の――っ」

 

「そこまでっ」

 

感情が暴走した刹那の声に被せるように鋭く響いた声に反応し、一瞬場が硬直し、後ろを振り向くと、そこには数人の人影。

 

「あ、」

 

誰が漏らしたかは分からないが、レクルームにいた一同は、慌てて敬礼する。

 

敬礼を返された一群は、雫を先頭にラクス、キラがおり、刹那は雫の姿に沸点が急速に冷えていくような感覚に捉われる。

 

「雫――」

 

呆然と呼ぶが、雫はいつもの柔和な貌ではなく、険しい面持ちで鋭い視線を、刹那に向けていた。

 

「それ以上の無礼は赦しません、真宮寺曹長」

 

低い声で呼ばれた名に、刹那は僅かに気圧され、先程までの掴み掛からんばかりの勢いが急速に衰え、俯く。

 

まるで何かに耐えるように拳を握り締め、そんな刹那を微かに傷ましげに見やるも、それを一瞥し、顔の向きを変え、静かに下げた。

 

「私の身内の者が、大変無礼をしたようで…誠に申し訳ありません」

 

その謝罪に、向けられた当人達は軽いパニックに襲われる。なにせ、一独立国家の代表が頭を下げたのだ。混乱するなという方が無理だった。

 

「いや、そんな…」

 

「俺らの方こそ、軽率でしたし」

 

流石にそこまでの態度に出られては不遜はできず、慌てて言い繕うヨウランやヴィーノに顔を上げ、申し訳なさそうに微笑む。

 

「ありがとうございます。曹長、貴方の方からも謝罪を」

 

「――言い過ぎました、すみません」

 

どこか命令に近かったが、刹那は硬い表情のまま謝罪をし、それによって先程まで感じていた不快感も僅かながら緩和されたのか、一同の表情も和らぐ。

 

「この者には、私の方から責を申しておきますので――この度のことは、平に御了謝を」

 

優雅に一礼すると、雫は刹那に向き合い、その瞳を凝視する。

 

「行きますよ、真宮寺曹長」

 

促し、返事を待たずに歩き出す雫の後を、刹那は今一度敬礼し、足早に追い、二人の姿は通路の奥へと消えていった。

 

気配が完全に遠ざかると、なんともいえない空気が辺りに充満する。彼らとしても意外を通り越して完全に予想できなかったのだろう。同属意識の強いコーディネイターから、悪意をぶつけられるなど。

 

だが、考えれば不思議なことでもない、地球にもコーディネイター達は存在しているのだ。無論、公にそれを明かせず、また何らかの事情でプラントへ渡れなかった者もいるだろう。そんなコーディネイター達から見れば、プラントのコーディネイターへの悪意を持っても仕方ないことだろう。

 

所詮、宇宙と地球という隔たりにナチュラルもコーディネイターも無いのだ。

 

気まずさが漂うなか、ラクスが声を発する。

 

「皆さん、申し訳ありません」

 

唐突に謝罪したラクスに、眼を剥く。

 

「ただ、理解してほしいのです。地球の方々のなかには、プラントに対し快くない感情をお持ちの方も大勢いらっしゃいます。ただ、決してそれに理解を諦めないでください」

 

外務次官として、地球の各国を回り、悪意をぶつけられることに慣れているラクス。自分はまだいい、罵倒されるのが自分の役目だ。

 

だが、彼らはそうではない。プラントの誇りを持っている。だからこそ、そこに危うさもある。それに溺れて、相手への理解を失えば、それはまた、次なる争いへと繋がる。だからこそ、ラクスは論する。

 

相手を知り…そして、理解することを決して諦めないことを――懇願するように伝えるラクスの決意に近い意志のほどに一言も発せず、ただその場に沈黙が支配した。

 

ラクスの後ろに立つキラは、全員の顔を見渡す。少しでも、ラクスの思いを理解してほしいと――その最中、端に立つ金髪の少年と眼が合い、少年の青い瞳がギラリと刺すような鋭さを一瞬宿したことに息を呑む。だが、次の瞬間には少年の表情は鉄仮面に覆われたように固まり、キラは戸惑う。

 

その瞳と顔が、以前垣間見た記憶と重なり、既視感を呼び起こすが、それを抑え込んだ。

 

その会話を通路の壁越しに聞いていたリンは軽く溜め息を零した後、視線を通路の奥――雫と刹那が、消え去った方角を見やった。

 

(エイプリルフールクライシスの犠牲者、か――私にも、責任はあるか)

 

過去の自身の選択のなかでの結果。その苦さが、リンの内に拡がり、微かに決然と表情を引き締めた。

 

 

 

 

 

どこまでも拡がり、その先さえ知覚できかねないほどの闇のなかで映える金色の輝き。

 

頭の上で束ねられ、ポニーテールで流れる髪を揺らしながら、右手を上げ、口元をなぞる。薄く紫に近いルージュが引かれた唇が艶やかに光り、微かな吐息が漏れる。それは、まるで余韻を味わうかのような甘美さを漂わせる。

 

徐に、右手で左腰に帯刀する刀を抜き、その刀身を立て、闇のなかで反射する黒の光が刀身の表面を輝かせ、その主の姿を映す。刀身に反射した光に映し出される自身の顔。その口元が微かに歪み、刀身の角度を変え、その映す先を己の後方へと向け、そこに映る人影。

 

「傷はもういいのかしら?」

 

独り言のように呟く。それに応えるように、後方から声が木霊する。

 

「ああ」

 

低い声とともに、闇から現われる人影。白を基調としたラフな姿をした青年は、そのまま一定の距離を保ったまま、相対する。

 

そんな青年の存在を気にも留めず、愉しげに刀身の角度を何度も変え、やがてそれが別の影を捉える。

 

それに気づいた青年もハッと振り向くと、音も気配すら感じさせぬかのごとく、まるで霞のように唐突に姿を見せる人影。全身を頑強な装甲のような鎧姿で覆い、その顔すらも巨大な兜と仮面で覆い、その正体を知ることは適わない。新たに現われた人影は、隣に立つ青年の存在をまるで無視し、その場で跪く。

 

「ベイルオブスリー:サタン、帰還シマシタ」

 

「お疲れ様、ミスト」

 

仮面の存在、ミストの姿に軽く肩を竦め、柄を回転させ、刀身を鞘に収めると同時に振り返る。その拍子に髪が揺れ、眼元を覆い隠す。闇に紛れ、その顔は完全に確認できなかった。

 

「とんだ失態だな――ターゲットの破壊を、しくじるなど」

 

青年が毒づくが、ミストは何の反応も返さない。仮面のために表情の変化さえ読めず、また感情の乱れさえも読めない。ただ無機なままで、淡々と佇む姿に青年は舌打ちする。

 

「イレギュラーの介入があったみたいね」

 

そんな青年を無視し、二人の前に立つ女性、ゼロが笑みを崩さず問い掛けると、ミストは無言で返した。

 

「連中に渡した人形もやられた、あの国――放って置くのは、まずいんじゃないのか?」

 

やや焦るように余裕をなくす青年に、ゼロは肩を竦める。

 

「別に問題はないわ。アレを回収されたところで、私達に繋がる痕跡など、万に一つもないのだから」

 

絶対の自信を確信したかのように言い放ち、不適に笑う。

 

「それに、かの国は既に眼が行き届いている。もっとも、連中は鈴もつけておきたいようだけどね」

 

揶揄するように鼻を鳴らし、嘲る。

 

「だが、あれはお前の失態だ、この責任、どう取るつもりだ!?」

 

憤る青年が、厳しい口調でゼロに叱責するが、意にも返さず、顎をしゃくる。

 

「確かに予想外の事態だったわね――もっとも、それを一番に感じているのは貴方でしょう、ベイルオブワン?」

 

痛いところを衝かれたのか、青年は押し黙り、歯噛みする。

 

「別に支障はないわ。いえ、むしろこれでより望む形になったのかもしれない――私にとって、ね」

 

愉しげに胸元のペンダントを弄ぶ。その仕草の一つ一つが勘に障り、青年はますます不快そうになっていくが、次の瞬間、背筋が凍らんばかりに息を呑む。

 

「不満、かしら――」

 

口元は嗤っているが、その隠された視線から感じるのは、殺気以上に冷たい気配。存在などなんとも思っていない、氷の刃に何も言えなくなり、視線を逸らす。その様子に満足したのか、ゼロは笑みを噛み殺し、肩を竦める。

 

「そう、貴方は――いえ、『シュヴァルツリッター』は私の駒。私が選んだ騎士――私と、母様を結び、護るためにね」

 

謳わんばかりに告げ、それでも不満を隠そうとしない青年の反応を、もう少しほど楽しみたかったが、ゼロは本題を切り出す。

 

「貴方は私と出なさい」

 

唐突に切り出された内容に、青年は僅かばかり虚を衝かれ、眼を瞬く。

 

「貴方のもう一つのターゲットの始末、やらせてあげるわ。最高の舞台が整っているからね」

 

「――ユニウスΩか」

 

暗に示唆されたものを感じ取り、青年の表情が強張る。その問いに対し、ゼロは優美に微笑む。

 

「ええ、舞台は幕をあけた。そして、役者も揃いつつある。それを、世界が望むのだから」

 

舞台も役者も、所詮は物語のなかでは構成するものの一つに過ぎない。物語を紡ぎ出すのは世界――世界が望み、そして次なる変革を求めて、終わることなく続けられる永久の理。

 

世界は次なる役者を選別し、そして舞台を整えた。誰もが気づかぬなかで――ただ、そうなるように仕向けられているとも知らず。だからこそ、次の舞台に不必要な存在は、退場してもらう。

 

「いいだろう。あの女の血属は、独り残らず始末する。それが、俺の――俺の存在意義だ」

 

隠そうともしない感情の炎。憎悪に近い暗い色を瞳の奥に宿し、決然とする青年に満足気に頷く。

 

「ただし、使うのは天使。今はまだ、アレの存在を世界に見せるわけにはいかない」

 

その言葉に青年は不満気になるが、ゼロは強制するわけでもなく、かといって促すわけでもなく、ただどちらに転んでも興味がないと言わんばかりに、言葉を濁している。

 

その仕草から、おぼろげながら思惑を悟り、青年は舌打ちする。

 

「分かった。すぐに取り掛かる」

 

踵を返し、背を向ける青年にゼロは笑みを張りつけたまま、静かに頷いた。

 

「期待しているわ。騎士の最期をね――ベイルオブワン:ルキフェル――アベル」

 

称賛とも期待とも取れる物言いだったが、青年は特に喜びもせず、無言のまま奥の闇へと歩み、消えていった。

 

「アベル――貴方は果たして、神の子になれるかしらね」

 

気配が完全に消えた闇に向かい、ゼロは小さく囁き、微動だにせず事態を監察するかのように佇んでいたミストを見やる。

 

「ミスト、貴方には別命をやってもらうわ」

 

一礼し、応じる返答を返す。

 

「捜しなさい――私の『手足』となるべき騎士達を。『シュヴァルツリッター』の欠番に相応しい者達をね」

 

手を挙げ、それを胸の前で握り締める。

 

「世界は変わる。そして、私は新たな歯車をつくる」

 

所詮、ゼロもまた歯車の一つでしかない。だが、いつまでもそれに甘んじるつもりもなければ、溺れるつもりもない。

 

だからこそ、新たな歯車を創り出す。自身を中心に絡み合い、そして動く新たなる歯車を――そのためにも、揃えねばならない。

 

「欠番の一つ――ベイルオブファイブに相応しい候補者、既に目星をつけた」

 

どちらに転ぶかは分からない、と胸中で付け足す。

 

「だから、貴方は捜しなさい。残りの騎士に相応しい――『壊れた心』の持ち主をね。次なる舞台――そして、やがて訪れる最期の刻のために、ね」

 

くつくつと嗤う拍子に髪が揺れ、前髪に覆われていた眼元が微かに露になる。酷くくずんだ――それでいて、愉しげな瞳が妖しく嗤う。

 

「御意」

 

機械的に応じ、ミストはその姿を闇に紛れさせ、覆い隠していく。己が主の意思を実行せんがための人形として――駒として。

 

独りになり、静寂に包まれるなか――ゼロは闇を見据えながら、優雅に微笑む。

 

「人間、大切なものを壊された瞬間こそ――誘うに最高の瞬間なのよ」

 

人が壊れる過程は様々だ。己の倫理観の喪失、身体機能の崩壊――そして、狂わんばかりの光景を、眼に焼き付けてやること。

 

人は簡単に壊れる――その瞬間こそ、果て無き闇への誘い。壊れた思考はさらに混沌へと迷い込み、堕ちていく。

 

それこそが、ゼロが求めるもの――自らの騎士としての条件。そしてそれこそが、己の望みを果たすことへの道。

 

「今、この瞬間も、世界も私には関係ない。所詮は、楼閣のもの。私が求めるのは唯一つ――私が欲しい色は一つ…ね、母様」

 

愛しいものを求めるように闇へ手を伸ばし、そして虚空で掴まれる。それは、求めるものを逃さない――呪縛の誓い。

 

己が求める最果ての未来にゼロは夢想し、そして恋焦がれた。確実に己の手に絡み取りつつある確信に―――

 

思慕という闇――歪んだ想いに捉われる。

 

だが、それは彼女の持つ美しさを際立たせる。それこそが、あるべき姿だとでも証明するように――それは、女性の持つ魔性そのもの。

 

ゼロは黒衣を翻し、闇のなかへと身を委ねた。

 

 

 

 

 

 

プラントからの緊急通信を受けたミネルバもまた、ひとまずの修理を終え、通常航行には差し支えない程度に回復したのを確認し、装備等の最終チェックさえ惜しみ、慌しく進路をユニウスΩに向けて発進した。

 

現存するザフト艦艇のなかでは、ナスカ級やエターナル級すら上回る最高速を誇る高速艦の自慢の足をフルにして急ぐも、それでも焦る気持ちを、クルー達は抑えることができない。

 

この事態が起こしうる最悪の可能性に不安を抱き、一路一刻さえ惜しみながら、ただ急いだ。

 

「ボルテールとルソーが、メテオブレイカーを持って既に先行しています」

 

艦橋においてタリアは、再び居座る厄介な相手に苦みを噯にも出さず報告し、後部シートに着く当の傍若無人に近いデュランダルは、昨夜の情事のことなど、仕草にもまったく匂わせず、頷いた。

 

「ああ、こちらも急ごう」

 

プラントで、議長抜きで行われた緊急議会において、ユニウスΩの破砕が正式に可決され、そのために、対隕石破砕用の大型掘削機であるメテオブレイカーが投入されることになった。前大戦においても使用は認可されたが、その情勢ゆえに日の目を見ることもなかったが、それが再び必要とされる事態に不安を憶える。

 

十数基のメテオブレイカーは現ザフトのトップガン部隊に預けられ、彼らは先行しており、ミネルバもそれに合流する。

 

「地球側には、何か動きはないのですか?」

 

議長という立場にやや圧されてか、控えめに尋ねるアーサーの問いにデュランダルは、思考を一瞬巡らせるも、やがて静かに溜め息をついた。

 

「何をしているのか、まだ何も連絡は受けていないが――だが、どの道今から月からでは戦艦を出しても間に合わないな」

 

憂鬱そうに、芳情になった。

 

現在、宇宙で動ける組織は限られる。だが、ガーディアンズは主力が出払い、動きが取れず、また大東亜連合の擁するアルザッヘル基地は月である以上、今からではもはや動くこともままならない。

 

むしろ、彼らにしてみればこの程度のことで軍を動かす理由など、ないのかもしれない。

 

毛嫌いされているとクルー達が苦いものを浮かべるなか、デュランダルのみ、表情を崩さず、独り言のように続ける。

 

「後は地表からミサイルで撃破を狙うしかないだろうが…それでは表面を焼くばかりで、さしたる効果は上げられないだろうな――」

 

諦めきったかのように、断言に近い地球側が取るだろう手を考えたが、どれも期待が薄いものばかりだった。

 

援軍は期待できず、また地上からの支援も望めない。八方塞の状況にタリアも憂鬱になる。

 

やはり、当初の予定通り、被害を最小限に留めるなら、大気圏に突入する前に、できるだけ小さな破片に砕くしかない。

 

タリアを含めたクルー達がその答に行き着いたのを見計らったように、デュランダルの言葉が響いた。

 

「ともあれ、地球は我らにとっても母なる大地だ。その未曾有の危機に、我々もできるだけのことをせねばならん」

 

この場に居る――いや、この艦に乗り込んでいるクルー達は、プラントで生を受けた者がほとんどだ。彼らにとって地球は、そこまで悲観的な感傷を抱くものではない。

 

だが、決して地球に住む者達を蔑ろにするつもりはない。地上に生きる彼らを救いたいという気概を持たぬほど、冷血でもない。そして、今それが可能なのは自分達のみという状況も、それを奮い立たせている。

 

真摯に聞き入るクルー達の顔を一人一人見回し、デュランダルは語り掛けた。

 

「この艦の装備ではできることもそう多くはないかもしれないが、全力で事態に当たってくれ」

 

「はっ!」

 

一斉に敬礼し、気合の入った面持ち操艦に当たった。

 

 

 

 

クルー達が決意を固め、ミネルバがユニウスΩへの航行を続けるなか、割り振られた個室で刹那は沈痛な面持ちのまま、部屋の灯りをつけることなくベッドに腰掛けていた。

 

ベッド脇の微灯のみが照らすなか、陰がかかった表情は晴れることなく、その瞳は暗く虚空を彷徨っていた。

 

「落ち着いた、刹那ちゃん?」

 

そんな刹那に、先程までの硬い面持ちではなく、気遣うように覗き込む雫が問い掛けるが、いつもなら反論する言葉も今は返ってこず、ただ無言のままだ。

 

「その一度落ち込んだら際限ない癖、直さないとダメだよ」

 

小さく溜め息をついた後、ぐいっと刹那の表情を下から覗き込み、引き締めた面持ちで指を振る。すると、刹那が沈痛な面持ちのなかに苦笑を浮かべ、顔を上げる。

 

「ゴメン、雫」

 

「私のことはいいよ。でも、私個人は気にしてないけど、外交官としては容認できないわね」

 

その言葉に刹那も相槌を打つ。ここは仮にもザフトの戦艦内だ。自分達は、それに乗車させてもらっている客人にしか過ぎない。まだ正式な国交すら結んでいない国の、その戦艦のクルーの不謹慎さが原因とはいえ、刹那が取った行動は、流石に無視できないものだ。

 

無論、雫とて彼らの会話を全て聞いていたわけではないが、刹那のあの態度からおおよそに想像はついた。

 

普段は温和な刹那が、あそこまで感情を怒りに露にする原因は数えるほどしかない。それを知るからこそ、あまり強く責めることもできない。

 

「分かってる。あとでもう一度謝っておくよ…でも、僕はやっぱり、プラントの人達を信じることは、まだできそうにない」

 

握り締める手に力がこもり、微かに震える。

 

「僕だけじゃない――コーディネイターってだけで、同じに見られて……責められて――」

 

小さな声色のなかに混じる憤怒。

 

これまで、決して周囲には漏らさず、ひた隠しにしていた事実。

 

「僕、約束を破っちゃった」

 

そして、刹那の内に拡がる自身への失望。刹那は、コーディネイターだった。だが、その事実は今まで外部には秘密にしてきた。特に刹那達の国は、前大戦時には大西洋連邦の属国であったため、コーディネイターに対する反発は強く、日本に生きるコーディネイター達は、その事実を隠蔽して生きてきた。

 

刹那もまたそんな一人だった。だが、それでも彼らはうまく生きてきた。ナチュラルの市勢のなかで生き、その才能を隠し、平凡になる。それも、生きるための処世術であった。それを、プラントの起こしたある事件に壊された。

 

エイプリルフールクライシス――血のバレンタインの報復とも取れる、プラント側の地球へのNジャマー大量投下作戦。プラント側はそれこそ、地球全土にばら撒いたのだ。当然、連合国家に属さない国々は無論のこと、とばっちりをくらった連合国家も数知れず。

 

日本もその煽りを受け、旧来の原子力発電に依存していたため、深刻なエネルギー不足と、経済不安に襲われた。そして、日本国内でもコーディネイターの排斥を謳う風潮が一部で流れ、コーディネイターと知られた者、噂された者など、暴行や最悪殺人にまで至るケースも、少なくなかった。

 

地球に生きるコーディネイターにしてみれば、同胞というだけで責められ、プラントのコーディネイターを恨まずにはいられないこともあった。たとえそれが政治的・軍事的な措置だったとしても、一番その被害を受ける者達にしてみれば、そんな建前は関係ない。

 

だから刹那は怒りに我を忘れかけた。いくら世界が変わろうとしても、人の考えなど、そう簡単には変わらないという現実に。

 

未だ、プラントのコーディネイターには、ナチュラルを見下す者も多い。いや、地球に住む者を軽視する考えも少なくない。それは、種の違いよりも、地球と宇宙に住む溝の違いかもしれない。

 

刹那の心持ちに深く陰を落とす。そんな刹那を傷ましげに見やりながら、雫は刹那の肩に手を置く。

 

「大丈夫。何があっても、私も――それに、刹那ちゃんを知る人達は変わらないから。それに、今はまだ仕方ないわよ。プラントにも、ああいう人もいるはずだって」

 

雫とて、分かっている。そう簡単に、人の考えが変わらないことを――だが、だからといってそれは仕方ないことだ。絶対に消えない事実だ。それに悲観して、相手を否定ばかりしていては、道は閉ざされる。

 

「だけど、刹那ちゃんはそれに囚われないで。相手を完全に理解しろとは言わない。でも、全てを否定するようなことも決してしないで」

 

真っ直ぐにこちらを見る雫を見据え、刹那は心持ちが軽くなっていく。そこに込められるのは心からの心配と信頼。それに応えるように刹那はできるだけの笑顔で頷いた。

 

「うん」

 

「うん、よし…いい子いい子」

 

少しでも元気が戻ってくれた様子に安心したのか、雫は無意識に手を肩から刹那の頭にのせ、優しく撫でる。

 

「あの、雫――なんで僕の頭、撫でるの?」

 

突然の行動に刹那が引き攣るも、当の雫は首を傾げる。

 

「え? 昔はよくしたじゃない。こうやって、よく刹那ちゃん撫でてあげたし――」

 

「いったい、いつの話してるのさっ」

 

傍から見れば、和む光景だが、刹那にしてみれば、恥ずかしいという思いの方が強い。やや狼狽して怒鳴るも、雫は悪びれもなく不満気になる。

 

「えー、従姉妹としては、落ち込む弟を元気づけようとしたのに、お姉さん悲しい」

 

「こんな時だけ、年上ぶらないでよっ」

 

わざとらしく、泣き真似をする雫に刹那は額を押さえる。

 

「まあ、これぐらいにして…どうするの、刹那ちゃん? ミネルバは一応、ユニウスΩに向かうという話なんだけど――」

 

しれっと話題を摩り替えられ、胸中に溜め息を零すが、雫の意図を察し、刹那は考えるまでもなくハッキリと答えた。

 

「僕も出るよ。黙って見ているわけにはいかないから」

 

先程の件の後だ。正直、いい感情は抱かれないかもしれないが、刹那もこの事態に対し何もしないでいる訳にはいかない。

 

刹那の決意を感じ取り、雫は応じる。

 

「分かった。デュランダル議長には、私から話を通しておきます」

 

「お願い」

 

「必ず止めないと…でないと、また繰り返されるかもしれない――」

 

雫は、おぼろげながら今後の世界について、予感めいたものを感じていた。どういう結果に終わるにせよ、今回のこの件は、かなり根が深くなるだろう。下手をすれば、また世界は争いのなかへと迷い込んでしまう。

 

そして、雫はやらねばならない。今後のために、祖国のために、自身の戦いを――互いの決意を感じ、二人は奮い立つ。

 

今の彼らにとって、それこそが自身の信じる選択だというように。

 

 

 

 

 

 

 

ユニウスΩを破砕するために、ミネルバより先行していたザフト艦艇。2隻のナスカ級戦艦の片方である旗艦:ボルテールの艦橋で、モニターに接近しつつあるユニウスΩの残骸を見詰める数人の人影。

 

「こうして改めで見ると、デカいな」

 

そのなかの一人、一般兵士用の緑の軍服を着た褐色肌の金髪の青年が、しみじみと零す。浅黒い顔にいつも浮かんでいる斜に構えた笑みも、流石に今回の事態には圧倒されたようだった。

 

「ま、当然っしょ――これだけでも、片割れってんだから」

 

そんな青年に、相槌を打つようにこちらも同じ軍服に、朱色の髪をどこかボサッとさせる同年代を思わせる青年は、やや沈んだ面持ちで肩を竦めた。

 

彼らの名は、ディアッカ・エルスマンとラスティ・マックスウェルといった。

 

「当たり前だ。住んでるんだぞ、俺達は! 同じような場所に」

 

噛み付くように二人を嗜めるのは、傍らに立つこの場で唯一、指揮官であることを示す白の軍服に身を包む、真っ直ぐな銀髪とやや切れるような端正な顔立ちの青年だった。そんなやり取りを、傍らで眺めつつ、笑みを零すのは、彼らとは違った紫の軍服に身を包み、肩にまで伸ばした艶やかな赤い髪と見る者を魅了するような柔らかな顔立ちを持つ女性。

 

「まあまあ、イザーク」

 

必要ない仲裁をするのも、彼らにとってコミュニケーションだ。

 

「いやあ、やっぱ副隊長様は旦那と違ってお優しい」

 

ディアッカがニヤニヤと呟くが、青年は怒鳴り返す。

 

「黙れっ! リーラもあまりこいつらを甘やかすな、すぐ調子にのる」

 

「はーい」

 

怒りで誤魔化しているが、そこに盛大なテレが隠れていることを理解しているからこそ、からかわれるのだが、それは敢えて口には出さないのが、妻の優しさだろうと思った。

 

青年の名はイザーク・ジュール、そして傍らの女性の名はリフェーラ・ジュール。

 

「でもま、確かに今回はちっと厄介事っしょ」

 

「そうそう、アレを砕けって今回の仕事が、どんだけ大事か、改めて分かったって感じだぜ」

 

上官に当たるはずの二人に対して、敬意の欠片もないフランクな調子で話しながら、二人は神妙な面持ちでモニターを見上げる。

 

「ホント、だよね。連絡を受けた時は、信じられなかったけど――」

 

リーラも複雑な面持ちで、モニターのユニウスΩを一瞥する。定期哨戒任務を終え、プラントと地球間に存在するザフトの宇宙ステーションに、補給のために寄港した彼らの許に届けられたユニウスΩの軌道変更と落下。そして、驚く間もなく彼らには評議会より破砕任務が下り、メテオブレイカーを積載し、慌しく出発したが、この眼で見るまでは半信半疑だった。

 

「2年前を思い出すね」

 

何気に漏らした一言に、他の面々もそれぞれ思うところがあるのか、無言で考え込む。

 

「ま、なんとかなるっしょ」

 

「そうそう、そのために俺達が来たんだし」

 

沈黙を破るようにお気楽な調子で零す二人にリーラが笑みを零すなか、イザークがやや溜め息混じりに睨む。

 

「お前らは先の見通しが甘すぎだ、へらへらしてないで、もっと危機感を持て!」

 

その言動は嗜めるというよりも、場の空気を緩和させた二人に対しての、イザークなりの気遣いだったのだが、当の二人はやや顔を顰める。

 

「――なんか、お前にだけは言われたくないんだけど」

 

「同感」

 

「どういう意味だ、貴様ら!?」

 

途端にカッとなるイザークの追求を、肩を竦めてかわす。

 

「「いいえ、なんでもございません、隊長殿」」

 

「こんな時だけ、隊長呼ばわりするなっ」

 

傍から見れば、漫才のように聞こえるこの部隊のトップの毎度のやり取りに、同じ艦橋にいるクルー達は、呆れと笑みを半々に堪えていた。

 

彼らは、イザーク・ジュールを筆頭とする、現ザフト軍のなかでも有数の精鋭部隊である『ジュール隊』であった。

 

部隊の中枢にいるのは、前大戦においても幾多の激戦を潜り抜け、活躍したエース。彼ら4人、そして、今はここにいない元クルーゼ隊の面子であるリン、アスラン、ニコル等を加え、小隊を組んでいた仲間であった。

 

終戦と同時に、紆余曲折を得て、ディアッカとラスティ、リーラはプラントに戻り、脱走罪としての処分を司法取引によって免除されたものの、エリートの証の赤服を返上し一般兵として、リーラと共にザフトに復隊し、彼らをイザークが招き入れた。

 

無論、軍部の面々でいい顔をしない者もいたが、上層部としては厄介なメンバーを一ヶ所に集められて、厄介払いできたと考えていることだろう。

 

「んじゃ、俺らは行くとすっか」

 

「了解」

 

互いに頷き合い、ディアッカとラスティは破砕作業のため、部隊を率いて出撃するために踵を返す。艦橋から出て行こうとする二人に、イザークが声を掛けた。

 

「いいか? たっぷり時間があるわけじゃない。ミネルバも来る、手際よく動けよ」

 

気持ちを切り替えさせるように鋭く言い放つと、二人は敬礼をしながら返事を返した。

 

「「了解」」

 

エレベーターのドアが閉まりながら、いい加減な敬礼を返して消えた二人に悪態を衝く。そんな様子に笑みを浮かべながら、リーラは不意に低く呟いた。

 

「でも…ホント、こういうことに使う方がいいんだよね、MSって」

 

それは、感傷なのかもしれない。今でこそ兵器としての代名詞ではあるが、元々のMSの前身は船外作業重機だ。自在に精密に動く四肢と、生身の人間にとっては致死的な宇宙放射線を含む太陽風にも影響されない強固な機体は、そういった宇宙空間を問わず、人間にとって危険な作業を行うには打ってつけの機器だ。

 

彼女が秘める思いを察し、イザークもまた複雑なものを浮かべたが、やがて首を振り、リーラの肩を叩いた。

 

「大丈夫だ、きっとうまくいく」

 

「うん」

 

互いに見詰め合う二人に対し、これまたいつもの事とクルー達はどこか肩身を狭そうに、深々と溜め息を零した。

 

二人が既に結婚し、夫婦であることは周知の事実であるが、こういった仕事の場でも持ち込まれてはたまらない。いや、これが職場結婚した者同士にとって、当然かもしれないが。

 

そして、当の本人達にしてみれば、そんな周囲の気苦労など気づかず、いつもどおりの対応を行う。

 

「アイザック君、メテオブレイカーの準備は終わった?」

 

クルーの一人であるオペレーター兼パイロットであるアイザック・マウに声を掛けると、慌てて応じる。

 

「あ、はい。既に全基、準備完了しています」

 

「そう、じゃあ、時間が無いから手早くお願いと、通達して」

 

ニコリと微笑むリーラに、アイザックは思わず見惚れそうになる。

 

まだあどけない、少女としての可憐さと大人の女性としての余裕さがミスマッチに同居したような不思議な笑みだが、少なくとも一般的な男性なら当然の反応であろうが、面白くないのはイザークだ。

 

わざとらしい咳払いに、アイザックは慌てて作業に戻り、リーラはそんな様子に首を傾げ、クルー達はアイザックの身の程知らずさに、思わず同情した。

 

 

 

 

 

 

地球軌道までもう数時間という地点にまで到達したミネルバでは、先行しているジュール隊の作業支援が主な役目になる。

 

そのため、MSが全機最終点検を行っていた。ステラやルナマリアらが格納庫で機体のチェックを行うなか、マコトはシンと共に医務室に向かっていた。

 

マコトはカスミの様子を確認に、シンはマユの顔を見にいくつもりだった。

 

「驚いたな」

 

連れ立って歩くなか、何気にシンがポツリと漏らし、それが指し示す内容にマコトも相槌を打つ。

 

「ああ」

 

脳裏を掠めるのは、あの時の刹那の顔。怒りに染まったあの眼――あの眼は、二人もよく知っている。大切な者を喪った者だけが持つ、あの深い哀しみと怒りを秘めた瞳。刹那もまた、二人のようにそんな辛さを経験したのだろうか。

 

付き合いはまだ浅いとはいえ、温和な一面しか見ていなかった二人にとっても、先程のやり取りは衝撃的だった。

 

「マコトはどう思う? あの時の刹那とヨウラン達?」

 

訊くべきではないかもしれないが、シンは思い切って、マコトにその疑問をぶつける。シンも一、応はオーブ出身だ。

 

だが、少なくともオーブはエイプリルフールクライシスの影響を、それ程深刻に受けはしなかった。地熱発電による安定したエネルギー供給の賜物だったのだろうが、やはり他の地域では別のエネルギーで代用できた国は少ない。

 

それ故に、連合国家は言うに及ばず、他の国々でも反プラント感情は強くなった。刹那達の国もそうだったのだろうかと思うと、一概に彼らを責めるわけにもいかない。だからだろうか、忌憚のない意見を聞きたいと訊ねたのは――問われたマコトは、唸るように考え込む。

 

「そうだな…確かに、ヨウランの言葉も不謹慎だとは思うが、あの場では少し間が悪かった、ぐらいかな。勿論、刹那さんの言い分も分かるけど。俺は、そこまで――」

 

マコトはナチュラルだが、宇宙生まれで宇宙育ちだ。地球に降りたことがないために、どうにも今回の件にも大事だとは思うが、自身にはピンとくるものがない。

 

「そっか」

 

コーディネイターである刹那は責め、ナチュラルであるマコトは違う。なにか、妙な矛盾のようなものを憶えたが、それきり無言となり、両者は医務室の前に到着すると、ドアを開く。

 

「あ、マコトさん――と、お兄ちゃん」

 

入室に気づいたマユが顔を上げ、明らかにおまけみたいな感覚で呼ばれたことに、シンがガックリとなりかけたが、そんな様子を無視し、マユはマコトと向き合う。

 

「カスミは?」

 

「もう、大丈夫だと思います」

 

手招きで案内し、ベッドの方へと促し、カーテンを捲ると、ベッドの上で座るカスミが視界に入る。

 

「カスミ、もう大丈夫か?」

 

久々に話すカスミに、マコトは心配そうに尋ね、カスミもマコトを見やり、コクリと頷き返す。その様子に、肩の力が抜けたように安堵の笑みを零す。

 

「もう部屋に戻っても大丈夫だって先生も言ってましたし、OKですよ」

 

太鼓判を押すように笑みで伝えるマユに礼を述べ、カスミも無造作にベッドから起き上がり、立つ。

 

「じゃ、取り敢えず部屋へ行くか」

 

カスミの手を取り、連れ立って二人は医務室を後にする。じきに控える破砕任務のためか、居住区の通路は人の気配がほとんど無く、静寂に包まれている。

 

手を取りながら無言で歩くなか、マコトはカスミを見やる。

 

(もう大丈夫なのか――?)

 

後ろ眼で見やるカスミの様子は、特に変わった部分はない。だが、マコトの脳裏を掠める数日前のアーモリー・ワンでの出来事。謎のMSとの戦闘の最中、突如苦しみ出したカスミ。そして、遂この間まで昏睡状態だった。

 

診察をした軍医の話によれば、何かしらの負担が頭に掛かったため、と小難しい病名は忘れたが、とにかくこうして意識を取り戻してくれたことは安堵したものの、やはり不安になる。

 

その時、カスミが突如足を止め、握っていたためか後ろに力が掛かり、思わず踏み堪える。怪訝そうに振り返ると、カスミは視線をすぐ傍の窓に向けていた。やや大きめの強化ガラスの向こうをマコトも不意に覗き込むと、そこにはデブリが無数に散浮するなかで、やや距離を空けて奥に存在する巨大な構造物が在った。

 

「ユニウスΩ――」

 

思わずポツリと漏らす。

 

マコトも当然、血のバレンタインの悲劇は聞き及んでいる。遠目ではあるが、デブリベルトで漂うコロニーの破片を見たこともある。

 

実際の距離からしてみれば、まだかなりの距離があるはずが、それがこの位置からでも、巨大さと朽ちた姿の物哀しさが伝わってくる。あそこで、何十万というコーディネイターが一瞬にして死に、そして今、その墓標は地球へ向かおうとしている。

 

「哀しい――」

 

「ん?」

 

「伝わってくる――あそこで、また新しい哀しみが満ちようとしている」

 

無感動な金色の瞳を向け、無機質な声で囁くカスミ。だが、その貌がどこか哀しげになっているのは、マコトの気のせいだろうか。

 

マコトもその指し示すものを、今一度一瞥する。確かに、あれは一応墓標だ。それを見て、楽しいといったような気持ちには、なりはしないだろう。だが、カスミの言葉は何か違うものを指している気がしてならない。

 

「――哀しい、怖い。気持ち悪い」

 

ポツリと漏らした一言にギョッと振り返ると、カスミはどこか蒼褪めた面持ちで、表情を顰める。

 

「たくさん、いろいろな気持ちが…人の念いが―――あそこに、集まっている」

 

胸元を押さえ、眼を閉じる。その拍子に揺れる髪に通路の灯りが反射し、金色の錠を鈍く輝かせる。

 

ただならぬ様子に、マコトは思考を巡らせる。確か、シン達から聞いた話によれば、あれは自然現象ではなく、何者かによって動かされている可能性があると――なら、カスミが感じている不安は、それではないのだろうか。

 

あそこで何かが起こるという――確信に近い不安。それに至り、微かに身震いする。

 

「――兄さん」

 

唐突に呼ぶ形容に、息を呑む。

 

「兄さんは…どうしたいの――?」

 

真っ直ぐにこちらを凝視する視線。まるで、自分の動向を確認するように呟く。どうするではなく、どうしたい――それは、既にマコトの内の考えを、見透かされているようだった。

 

深刻な面持ちでガラス奥のユニウスΩを見据え、思考を巡らせる。

 

間もなくシン達は、先行していた作業班と合流して、破砕任務に当たる。自分はどうするべきなのだろうか――一瞬、考え込むが、やがて何かを思いついたように顔を上げる。

 

「そうだな、俺にも何かできるはずだよな――サンキュ、カスミ」

 

何かを振り切ったように、マコトはカスミの頭を撫で、踵を返す。

 

「先に、部屋で待っててくれ」

 

伝えるのも惜しいほど、矢継ぎに伝え、マコトは通路を走り、艦の中央ブロックに向けて駆けていった。

 

その足音が遠くなり、背中が見えなくなると、カスミは顔をガラスに近づけ、ほぼ間近に寄せる。微かに漏れる吐息が、ガラスを曇らせる。

 

「……寒い」

 

このたった一枚の強化ガラスの向こうの極寒の世界。身体に直接伝わってくる悪寒に、身震いした。

 

この先に待つ…何かに怯えるように――――――

 

 

 

 

 

 

ほぼ肉眼でも確認できる位置にまで到達したミネルバの艦橋では、モニターに映し出されたユニウスΩを、クルー達が苦い面持ちでちらちら見据えながら、作業を進めていた。

 

まだ相当の距離があっても、その巨体を理解でき、また未だ多くの同胞が眠るモニュメントであるこれを砕くという今回の任務に、皆一様に心を傷めている。

 

暗然とした艦橋の空気のなか、タリアも動揺を押し殺しながら自分の仕事を進めた。艦長が動揺を見せては、示しがつかないのだから。

 

「ボルテールとの回線、開ける?」

 

「いえ、通常回線はまだ――」

 

先行しているはずのジュール隊に、作業の進行具合を尋ねようとするが、この距離と地球軌道上に未だ多く散布されたNJの影響で、通信が滞っている。

 

軽く溜め息を零すと同時に、ドアが開き、入室してきた人物に気づき、デュランダルは相変わらずの穏やかな笑みを浮かべながら、振り返った。

 

「おや、外務次官――いかがされましたか?」

 

その声に反応し、タリアらも思わず振り返ると、そこには苦笑いを浮かべるラクスが佇んでいた。

二人の顔を交互に見渡した後、躊躇いがちであったが、ラクスは決然とした面持ちで言った。

 

「ええ、議長に少しお願いしたいことが」

 

言い淀むラクスにタリアは何か嫌な予感を憶え、眉を寄せるが、当のデュランダルは気にも留めず、頷く。

 

「私にできることなら」

 

「ありがとうございます。今回の破砕任務に、私の随員であるヒビキ・ヤマト、そしてルイ・クズハの両名を、参加させていただけないでしょうか?」

 

ラクスが伝えた内容に、タリアは的中とばかりに眉間の皺が増し、聞き耳を立てていたアーサー以下、他のクルー達も戸惑いを見せている。

 

そして、デュランダルが答えるより早く、タリアが口を挟んだ。

 

「外務次官、いくら外務次官の言葉とはいえ、それは了承いたしかねます」

 

硬い口調のまま、明確に拒絶の意を示す。無論、ラクスはこの状況を鑑みて、進言したのだろう。その気遣いと彼女の正義感のようなものに好感は持つが、そもそもの引き合いに出されている人物が、また問題だ。

 

「彼らは今は、民間人の立場です。現状で、軍事行動に関わらせることはできません。彼らにも要らぬ迷惑でしょう」

 

いくら同じプラントの人間としての立場とはいえ、民間人と軍人という境目がある。それを律しなければ、規律は成り立たない。

 

そして、彼らの存在をプラントにとって公にできない立場と暗黙に認めた上での発言だった。その上で、ラクスに及ぶであろう悪影響と、彼らの立場を尊重しての意見であった。

 

タリアの温情を理解し、ラクスは表情を緩ませるが、申し訳ないように顰める。

 

「理解しております。ですが、彼ら自身の嘆願でもあります。私自身も、できることなら何か手助けできればと思っています。この状況を、黙って見ていることなどできません」

 

静かな、それでいて揺るがない強固な信念のようなものを漂わせる口調に、さしものタリアも気圧されたように口を噤む。

 

「ですが、今の私にはそれは叶いません。ですが、どうか二人だけでも――使える機体があのなら、どうか」

 

ラクスも今の自分の立場では、勝手に動けない。だからこそ、こうして頼み込むしかない。頭を下げ、言い募る。これは、地球に生きる者達だけでない――ひいては、自分の同胞でもある、プラントを護るための行為でもある。

 

流石にここまでの態度に出られると、どう答えたものかと悩むタリアだったが、そこにさらに厄介な種が舞い込んできた。

 

「すいません…艦橋はこちらでよろしいでしょうか?」

 

唐突に開かれたドアに、全員が場の微かな緊張感が切れたようにそちらに視線を集中させると、ドアの奥から、おずおずと覗き込む見慣れぬ顔に怪訝そうになる。自身に集中する、どこか厳しげな視線に向けられている当人、マコトは思わずたじろぐ。

 

「あ、と――お邪魔、でしたでしょうか?」

 

萎縮しながら引き攣った笑みで呟くが、誰も返事せず、嫌な無言が漂う。そんななか、マコトの顔にメイリンが腰を浮かせる。

 

「ダ、ダメですよ、ここは立ち入り禁止なんです」

 

慌てて席を離れ、マコトに駆け寄る。そこでようやく艦橋のクルー達も状況を把握し始め、タリアは額を押さえながら一瞬俯くが、やがて煩げに横眼を向ける。

 

「貴方…確か、シン達が連れてきた――」

 

「あ、はい。お世話になってるマコト・ノイアールディと言います」

 

冷たげな視線に、背を低くしながら頭を下げる。実際に話すのは初めてだが、軍事作戦行動中に民間人が、艦の主要部に近づくのは好ましくない。

 

「メイリン、彼を部屋まで送ってちょうだい」

 

ただでさえ問題を抱えているのだ。これ以上の厄介事は御免とばかりに告げると、メイリンは慌てて応じる。

 

「あ、はい、分かりました」

 

マコトを促し、艦橋を退出しようとするが、マコトはメイリンをいなし、視線をデュランダルへと向け、タリアらは訝しげに首を傾げるが、次の瞬間、驚愕に眼を見張った。

 

「貴方が、ギルバート・デュランダル議長ですね? お会いできて光栄です、この度の御無礼、謝罪致します」

 

一礼するマコトに、デュランダルは穏やかに応じる。

 

「ああ、君がそうか。話は聞いてるよ」

 

「恐縮です。無礼を承知で、お願いがございます。今回のこの破砕作業に、自分もお加えください」

 

咳き込まんばかりの勢いで告げ、勢いよく頭を下げる。あまりにも予想外な申し出に、クルー達は口をあんぐりとさせ、タリアも絶句してしまっているが、そんななかで、デュランダルのみが変わらず、どこか面白げにしている。

 

「ほう、だが何故? どうして君はそんな事を?」

 

「自分がそうしたいからです。差し出がましいですが、自分はジャンク屋組合の人間です。破砕作業にも、少しばかり経験がございます」

 

迷いも無く、真っ直ぐに自身の意思を伝えようと真剣な面持ちで話す。自分にできることがある、だが、それをしなければ何の意味もない。出すぎた真似だと理解しているが、マコトにとってこれは譲れない一線だった。

 

「自分はナチュラルですが、MSも扱えます。決して邪魔にはなりません、もし何かあれば、見捨ててくれて構いません。どうかっ」

 

脳裏を掠める、先程の食堂での一件。コーディネイターでありながら、プラントに猜疑心を抱く刹那と自身の意志で戦おうとするシン――自惚れるつもりはない。だが、彼らと共に動けば、今回の作戦の成功にも、微力ながら結びつくのではないかと、思えてしょうがなかった。

 

「気持ちはありがたいけど――」

 

再度頭を下げ、懇願するマコトに困り果てるタリア。

 

その決意のほどは立派と思う、だがそれはこの場合、微妙なものだ。民間人と聞いていたが、まさかナチュラルだとは思わなかった。口には出さないが、コーディネイターのなかには、まだナチュラルを差別する風潮が根強く残っている。そんな彼を加えれば、いらぬ衝突を生む。

 

ラクスの件も含め、丁重に断ろうとしたタリアの思考を遮るようにデュランダルの声が発せられた。

 

「いいだろう、私が許可しよう」

 

あまりにあっさりと出された言葉に、全員の視線が集中する。

 

「議長!?」

 

「もちろん議長権限の特例として、ね」

 

危ぶんで声を上げるタリアの視界に、切れ長の眼が笑みを含んでいる。まるで、自分の権能を楽しんでいるかのような様子に、タリアは押し黙る。アレは何があろうとも、易々と撤回はしないだろう。それ以前に、議長権限を持ち出されてはどうしようもない。度重なる心労に、大きく溜め息を零す。

 

一方で、ラクスはやや安堵した面持ちだったが、当のマコトは議長の言葉に驚きを隠せずにいた。

 

こうもあっさり許可を受けられるとは考えていなかったに違いない。もし拒否されれば土下座でもしようかとしていただけに、意外だった。

 

やや呆気に取られている様子に、タリアも微かに同情するが、無駄かもしれないがと一応の進言をしてみる。

 

「ですが、議長」

 

一民間人を、軍事行動に関わらせることさえ軍規違反だというのに、そこへナチュラルの協力者という不確定要素まで放り込まれることは流石に不本意だと、むっとした顔で言い返そうとするが、デュランダルの反論にあって押し黙る。

 

「戦闘ではないんだ。出せる機体は、一機でも多い方がいい」

 

その正論に、黙るしかなかった。確かに事態は切迫している、猫の手でも借りたいほどの状況ではあると理解しているが、と不満気なタリアを見詰めながら、デュランダルは柔和な笑みを湛えたまま、冗談めかして言った。

 

「経験のある者が参加してくれるんだ、拒む理由は無い。それに、クライン外務次官の随員の腕が確かなのは、君だって知っているだろう?」

 

本当に、楽しんでいるような笑みに、許可を出されたラクスは釈然としないものを憶え、タリアは視線を逸らすことで応えるのだった。

 

「あ、ありがとうございますっ」

 

だが、マコトのみが心から礼を述べ、頭を下げる。

 

「頑張ってくれたまえ、期待しているよ」

 

「はいっ」

 

二人のやり取りを背中を向けて聞き、再度溜め息を零す。

 

この作戦、無事に終わって欲しいと切に願いながら――タリアは、疲労を滲ませた視線で遠くのユニウスΩを見据えた。

 

 

 

 

 

ボルテールとルソーのリニアカタパルトから、次々にMSが発進する。

 

漆黒の宇宙へと飛び出したゲイツRに続くように、母艦から巨大な作業機器が射出された。相対速度を合わせ、外装の取っ手を掴み、機体を安定させ、それら十数基を抱えた一群がユニウスΩへ向かう。

 

三本足の台座の中央にドリルを装備した、小惑星破砕作業機器『メテオブレイカー』だ。

 

本来は小惑星などの破砕に使用されるものを、今回はその質量ゆえに、何本も各所に打ち込み、その内部で爆破、細かな破片に分解するというのが任務だった。

 

「行くぞ! ジュール隊長が急げってよ!」

 

「到着後、各班は所定通りの位置にて、作業を開始」

 

後続の作業班に声を掛けると、ディアッカはガナーザクウォーリアを、ラスティはブレイズザクウォーリアを駆って、先頭を突き進んだ。

 

眼前には、徐々に接近するユニウスΩが迫ってくる。碗型の底部から伸びるストリングスの触手のような様は、宇宙を泳ぐクラゲのようだとこんな事態にも関わらず、思ってしまった。

 

巨大な人工の大地が目前に迫るにつれ、ディアッカとラスティは小さな焦燥を覚えた。二人の脳裏を過ぎる、先の大戦で共に戦った仲間達や知り合った少女。

 

大戦中に出逢った彼らは今、地上にいる筈だ。そんな彼らの頭上に、こんなものが落ちるのかと考えると、焦燥は大きく全身を駆け巡り、言いようのない不快感が増す。

 

「絶対、落とさせねえ」

 

「ああ、きっちり片付けてやるぜ!」

 

互いに余計な言葉は無用とばかりに指を立て、合図すると同時に離れる。

 

作業リーダーであるディアッカとラスティのザクウォーリアに続き、工作班が所定の位置に向けて凍った大地に舞い降りる。

 

メテオブレイカーを設置し、すぐさま作業に取り掛かる。

 

その作業風景を見守りながら、このまま何事も無く進んでほしいと小さく思った瞬間、作業中のゲイツRが続けざまに2機、機体が大破、爆発した。

 

何処からか放たれたビームに撃破されたのだと二人が理解したのは、自身へと襲い掛かったビームの矢から、無意識に飛び退いた瞬間だった。

 

「「なにぃッ!?」」

 

それはパイロットとしての本能、もしくは経験ゆえの行動だったのだろう。辛うじて回避した2機はすぐさま武装をアクディブに切り替える。

 

同時にコックピットに、敵機接近を示すアラートが鳴り響き、周囲を見回す。凍った大地の随所から、自分の部隊ではない機体が、ビームライフルを連射しながら飛び出してきた。

 

「何だよ! これはッ!?」

 

「敵、っ!」

 

明らかに、こちらに向けて繰り出されている攻撃に、ディアッカは背部にマウントされているM1500オルトロス砲を展開させ、ラスティも携帯していたMMI-M633:ビーム突撃砲を構えながら、襲撃してきた機体に眼を走らせた。

 

黒と紫のカラーリングが走るボディに、機体各部に追加されたブースター、そして左腰に差しているサムライソード型の斬機刀。だが、その形状は見て取る分には理解しやすい原型を残していた。

 

「ジン、だと!?」

 

「あれはマニューバ型――なんでアレが!?」

 

ジンハイマニューバ2型。それは紛れもなくザフト軍の――友軍の機体だった。先行生産されたハイマニューバ型のさらに生産性と効率性、機動性向上を施されたそれらの機体は、友軍であるはずのゲイツRを次々に襲撃、破壊していく。

 

「ええいっ、下がれ! ひとまず下がるんだっ!」

 

ディアッカとラスティは応戦しながら、工作班に呼び掛ける。自分達はともかく、作業班のゲイツRは丸腰だ。

 

だが、その叫びも虚しく、一機、また一機と僚機が撃破されていった。

 

 

 

 

ボルテールの艦橋もまた、突然の襲撃に混乱に陥っていた。

 

「ジンだと!? どういうことだ! どこの部隊の機体だ!?」

 

工作班からの通信途絶と、モニターに映し出された襲撃機の映像を確認し、イザークは怒鳴るようにオペレーターに問い掛けるが、返ってきたのは不明というものだった。

 

「アンノウンです! IFF応答なし!」

 

「何!?」

 

「アンノウン――!?」

 

イザークとリーラは息を呑み、モニターを一瞥するIFF反応が無い。それは必然的に友軍ではないという結論になる。

 

そして、それを証明するようにモニターの向こうでジンが次々と攻撃を浴びせ、ゲイツRを葬っていく。

 

何故、自分達の邪魔をするのか――このままでは、ユニウスΩが地上に落ちてしまう。そうなれば、地上に住む人達が――そこまで思考が至った瞬間、背筋をうすら冷たいものが這い上がった。

 

「工作隊への攻撃――まさか!?」

 

リーラがポツリと漏らし、ジンハイマニューバ2型を見やる。

 

安定軌道にあったはずのユニウスΩが、何故突如動き出したのか――誰もが抱いていた疑問の答えを、彼らは図らずも知ってしまった。

 

「くそっ、ゲイツのライフルを射出する! ディアッカ、ラスティ! メテオブレイカーを守れ!」

 

そんな思考を振り払うようにイザークは怒鳴り、ハッと我に返ったリーラも指示を飛ばした。

 

「総員、コンディションレッド発令! コンディションレッド発令! 私達の機体を準備させてっ」

 

弾かれるように、クルー達が作業を開始し始める。艦内に鳴り響く警告音。兵装射出とイザークとリーラの機体の出撃準備が慌しく開始される。

 

「俺とリーラもすぐに出る! それまで持ち堪えろっ!」

 

ディアッカとラスティの返事を待たずして、イザークは踵を返し、リーラも後を追おうとする。駆けながら、何かに気づき、一瞬だけ顔を向ける。

 

「ミネルバにも、状況の報告を――っ!」

 

援軍に向かってきているはずのミネルバへの状況報告と援護要請を指示し、イザークに促され、リーラも飛び込むようにエレベーターに乗った。

 

「急ぐぞ、リーラ」

 

「うん!」

 

互いに頷き合い、二人は久方ぶりとなる戦闘への緊張感とともに、胸には怒りと焦燥が渦巻いていた。

 

それを振り払うように、二人はハンガーに駆け、カタパルトへ移送される愛機を一瞥しながら、パイロットロッカーに駆け込んだ。

 

 

 

 

 

ユニウスΩで戦闘が開始されたことを知らず、ミネルバは作業支援準備に取り掛かっていた。

 

格納庫を見渡すパイロット控え所に待機する、二人の人影。

 

(まさか、再びこれを着ける時がくるなんてね)

 

自嘲めいた笑みを浮かべながら、襟口を掴むリン。その横では、キラがどこか気難しい表情で格納庫の様子を見据えている。

 

二人が纏っているのは、エースの証である赤のパイロットスーツ。作業支援のためにMSへの搭乗を控え、静かに佇むなか、キラが唐突にリンに話し掛けた。

 

「ねえ、リンはどうして作業支援に?」

 

「ん? そうね…ま、一言で言うなら、けじめ、かしらね」

 

不意に振られた話に肩を竦め、首を捻る。前大戦時にザフトに属した者として――そしてなにより、この今の世界を選択した責任として。

 

(あとは、個人的な理由だけどね)

 

心中に付け足す。どうにも嫌な予感が拭えない。

 

前回の戦闘時といい、他人に命を預けるのは本意ではない。それに、今回ばかりは静観するには見過ごせない状況だ。

 

「私より、貴方はいいの?」

 

切り返すように問い掛けると、キラも僅かに口ごもる。

 

そして、苦い面持ちで自身の纏うパイロットスーツを見やる。戦後、MSに乗ることを無意識に拒んでいた。それは、自分がMS以外で戦えるという選択をしたからだ。だが本当は、再び傷つくことを恐れていただけかもしれない。

 

「今は、やらなきゃいけない時だから――」

 

そう、この状況をただ黙って見ていられないのはキラとて同じだ。

できるだけの力があるのだから、しなければならないことを成す。それが、最悪の未来を回避できるのなら。

 

静かな決意を滲ませながら、佇むキラを小さく溜め息を零しながら一瞥し、リンはシートに腰掛け、天井を仰ぐ。

 

(だけど、随分あっさり許可が下りたものね――何を考えているの、デュランダル議長)

 

ラクスに支援作業への参加を伝え、ラクスから進言してくれたようだが、デュランダルは事の外あっさりと認可した。

 

デュランダルから感じる違和感が、釈然としないものをずっと抱かせ続けている。チラリと時計を確認すると、間もなく時間だと気づき、腰を浮かす。

 

ヘルメットを担ぎ、二人は控え室を後にする。格納庫に飛び込むと同時に艦内アナウンスが響く。

 

《MS発進3分前、各パイロットは搭乗機にて待機せよ。繰り返す、発進3分前、各パイロットは―――》

 

格納庫を、パイロットスーツを着たリンとキラはモスグリーンの機体、ザクウォーリア目掛けて飛んでいた。二人に貸与されたのは、無断借用し、この艦に一緒に乗り込んだ機体だった。アーモリー・ワンで受けた損傷は既に修復され、主を待ち構えている。

 

身体を締め付けるような、パイロットスーツの感触とこの雰囲気が、妙な懐かしさを感じさせる。

 

並び立つ2機の直前で別れ、リンが自身に貸与された機体のコックピットハッチの前まで辿り着くと、そこではがっしりとした体格の男が待っていた。

 

面識は無いが、壮年の顔つきからミネルバの整備主任であるとリンは推察した。

 

「おう、待ってたぜ。機体の説明だが、いるかい?」

 

「お気遣いなく」

 

壮年の整備士、マッド・エイブスに手を振り、リンは苦笑を浮かべる。

 

機体の扱いなら既に熟知している。何故ザフトの最新鋭量産機の操作法に精通しているか、下手に問われても困るので、無難な返答だったが、当のマッドは余計な手間が省けたとばかりに、笑みで応じた。

 

「ま、あんたが乗ってた機体と比べると、出力も反応も見劣りしちまうが、我慢してくれや」

 

言外にリンの戦歴を知りえている態度にやや驚いたが、別に含むものを感じず、リンは肩を竦める。

 

「ええ、問題ありません。ただ、装備ですが――ウィザードはブレイズを。別装備として、アレを」

 

注文とばかりに告げると、作業支援としては大袈裟な武装を要求され、マッドは一瞬頭を掻いたが、物言わぬ視線にやがて応じる。

 

「分かった。んじゃ、頼むぞ」

 

ポンとリンの肩を叩き、離れるマッドに微笑を浮かべて敬礼し、コックピットに滑り込む。

 

そんな様子を、すぐ傍のハンガーに固定された赤いザクウォーリアのコックピットでヨウランと話し合っていたルナマリアが気づき、視線を向ける。同じように視線を向けたヨウランは気がつくと説明した。

 

「あの人らも出るんだってさ。作業支援なら、一機でも多い方がいいって」

 

「へえ…ま、MSには乗れるんだもんね」

 

どこか小馬鹿にしたような生意気な口調で呟くと、何かに気づき、ヨウランに尋ね返す。

 

「ねえ、そう言えばあの日本の女男は?」

 

固有名詞こそ発しなかったが、それが誰を指しているか一目瞭然であり、しかも一番聞かれたくないヨウランであったが、苦虫を噛み潰したように肩を竦めた。

 

「出るってよ、それと先程の件を態度で示すんだとよ」

 

軽く鼻を鳴らし、離れるヨウランに邪険にされたようで、何か見当違いな怒りを感じながらルナマリアもコックピットに乗り込んだ。

 

ステラ、セス、レイらもそれぞれの機体に乗り込み、発進準備を整える。セイバーも完全な状態とは言えないが、今回は作業支援だけなので支障はないだろうという判断が下されていた。

 

そんななか、マコトもセレスティに乗り込み、借り受けた赤のパイロットスーツ姿で起動準備を進めていた。そこへ、通信が届き、軽く眉を寄せながら受信すると、脇のモニター画面にシンの顔が映る。

 

「シン?」

 

《聞いたぜ、作業に参加するって――それで、議長のとこまで行ったんだって?》

 

どこか、呆れ返るような口調に当のマコトは、乾いた笑みで応じる。

 

「自分でも驚いてるよ、随分派手な真似したって」

 

まさか議長に直訴するなど、普通では考え付かない行為だろう。

 

だが、デュランダルだからこそ、こうして参加させてもらえたかもしれない。もし、相手がタリアだったなら、絶対に許可は下りないだろうとシンは思っている。

 

《でも何でだ? 別に、お前が参加しなくても、俺達だけで――》

 

「そうだな。でも、ただジッとしてられなかったんだ。こんな状況で、自分にもできることがあるはずなのに、ただ見てるだけってのが」

 

自意識過剰と取られるかもしれないが、この状況は静観という選択を選べなくしてしまった。地球に迫る脅威を取り除きたいと願っているのは、マコトも一緒だ。だからこそ、あんな無茶までして参加を直訴した。今更、後悔などしていられない。

 

「足手纏いにはならないさ」

 

決意が固いことを察し、シンはやれやれと軽く苦笑する。

 

《分かったよ。でも心配すんな、なんかあったらフォローはしてやるさ》

 

「はは、ありがとう」

 

《それにしても、結構様になってるじゃねえか》

 

ニヤリと笑みを浮かべるシンに、僅かばかりに難しげなものになり、スーツの裾を摘む。

 

「茶化さないでくれよ、馬子にも衣装って、分かってるんだから」

 

この艦に乗り込んだのも偶然だったため、当然マコトの私物などある筈もなく、以前まで使用していたパイロットスーツは今もアーモリー・ワンにあるはずだ。そして、パイロットスーツの借用を申し出てみれば、貸与されたのはシン達と同じ赤のパイロットスーツだった。単に、これしか近いサイズが無かったのだが、正直面を喰らった。

 

これは言わば、シン達の誇りのはずだ。そんなものを自分如きが着ていいものか億劫になるが、そんなマコトの百面相を楽しんでいたシンが、首を振る。

 

《いやいや、似合ってるって。それに、別に俺らは気にしてないぜ》

 

言外に自分が彼らの仲間であると感じ、マコトは嬉しくなってしまう。テレを隠すように頬を掻き、視線を逸らす。

 

《んじゃ、頑張ろうぜ》

 

「ああ、後でな」

 

通信を切り、マコトはコックピットハッチを閉じ、正面のウィンドウに格納庫内が映し出されると、データを呼び出す。事前に渡されたジュール隊の作業工程表とメテオブレイカーの配置図。そしてその結果による随時の作業変更などを頭に入れつつ、自分が担当するであろう作業を確認し、ヘルメットを被る。

 

やがて、発進位置に到達したのか、メイリンのアナウンスが再度響く。

 

《MS発進1分前――》

 

それに合わせて、機体が順次発進位置へと移動を開始する。

 

先行して、レイのザクファントムとセスのザクウォーリアがガントリークレーンで左右のカタパルトへと移動させられていく。

 

その様子を確認しながら、リンやキラは機体のOSを起動させ、機体を立ち上げる。計器を叩き、全システムをオンラインさせ、ヘルメットを被る。

 

キラ自身、純正のザフト機に搭乗するのはフリーダム以来だ。コックピットレイアウトは多少変更されているが、それでも操作法に大きな違いは無い。あとは、キラがどれだけこの機体の感覚に慣れるかだった。

 

その時、管制の声が慌しく事態の変化を告げた。

 

《あ、は、発進停止! 状況変化!》

 

突如の変更指示に格納庫内は一瞬、不審げに静寂に包まれる。パイロット達も訝しげにしていたが、やがて切羽詰ったメイリンの言葉が響き渡った。

 

《ユニウスΩにて、戦闘と思しき熱分布を探知! 先発のジュール隊が、アンノウン機と交戦中!》

 

飛び込んできた聞き覚えのある言葉に、リンやキラは息を呑む。

 

「ジュール隊――イザークか」

 

「イザーク達がここに来ているの――?」

 

リンやキラにとっては、前大戦の戦友の一人。キラは最初は敵として、リンは部隊の仲間として戦い、最期には共に戦った。

 

先行している部隊がいるとは聞いていたが、それがイザークの部隊とは、流石に驚きを隠せない。

 

(運命…いえ、因果なの)

 

あまりにできすぎた状況に、まるでなにかのシナリオを進めているような錯覚に囚われる。

 

《各機、対MS戦闘用に装備を変更してください!》

 

艦内の空気が研ぎ澄まされたものへと変わっていく。破砕任務のはずが、一転して戦闘体勢へと変わった。

 

リンは、状況の整理に思考を巡らせる。

 

イザークが居るということは、まず間違いなくリーラ達も一緒のはずだ。だが、それよりも問題は何故ユニウスΩで戦闘が行われているかだ。

 

順当に考えれば、破砕作業を妨害していると考えた方が自然だ。なら、その目的は――アナウンスではアンノウンとされていたが、詳細は伝わっていない。

 

袋小路に陥り、情報の精度を確認しようと艦橋へ通信を繋げようとしたリンの耳に新たな報告が流れ込んだ。

 

《更にボギーワン確認! グリーン25デルタ!》

 

その報告に、パイロット達の顔にさらに緊張が増す。艦橋も、予想外の事態の連続に緊迫した空気に包まれる。

 

つい先日、取り逃がしたばかりのあの不明艦までがここに現われた。そして、何故ここにいる――その襲撃者と同一なのか、全く状況が掴めず、リンは艦橋との通信を開き、僅かばかり低い声で管制官の少女、メイリンに尋ねた。

 

「どういう事? 状況をもう少し詳しくお願い」

 

微かにビクっとしたようだが、そんなものは気にも留めず、睨むように見据えるが、当のメイリンも困惑顔のままだ。艦橋も入り混じり、乱れる情報に混乱して、把握できていないようだ。小さく舌打ちする。

 

《分かりません! しかし、本艦の任務がジュール隊の支援であることに変わりなし! 換装終了次第、各機発進願います!》

 

任務内容は大分様変わりしてしまったが、役割は変更無し。整備班は、素早く対MS戦闘用に各機の装備変更を開始する。

 

《リン、これは――?》

 

状況を茫然と見守っていたキラも、ただならぬ様子に険しい面持ちだ。

 

「分からない。けど、一騒動あることは間違いないわね」

 

厄介なと毒づき、今現在把握している状況だけでも整理しようと、思考を回転させる。謎の襲撃者とボギーワン、最低でも2つの敵性勢力があると見ていいだろう。そして現在迎撃中の部隊がジュール隊なら、彼らの腕は確かだ。早々、遅れは取らないはずだ。

 

「私達は、予定通り作業支援に当たった方がいい」

 

作業班なら、まともに戦闘行動は取れまい。なら、初発から戦闘装備で出る自分達が、遊撃として支援に回るべきだろう。

 

キラも少しばかり躊躇っていたが、やがて何かを決意したように表情を顰める。

 

先にカタパルトラインに移動したレイとセスの機体が、発進ベースへと固定され、クレーンが外れる。同時に天頂部が開き、ウィザードが姿を現わす。

 

そして、ミネルバ両舷のハッチが開放され、薄暗いリニアカタパルトを明るく差し込ませ、リニアラインが灯る。レイのザクファントムにブレイズウィザードが、セスのザクウォーリアにスラッシュウィザードが装着される。

 

同時進行で、中央発進口からシンのコアスプレンダーを先頭に、各種フライヤーの発進準備が進められる。『1』と書かれた扉から高機動戦闘用のフォースシルエットが選択され、カタパルトにセットされる。

 

《中央カタパルトオンライン。発進区画、減圧シークエンスを開始します。非常要員は待機してください。コアスプレイダー全システムオンライン。発進シークエンスを開始します》

 

防護シャッターが閉まり、エレベーターが機体を発進口へと昇るなか、シンはコアスプレンダーのシステムを起動させていく。

 

「ボギーまでとはね」

 

苦い口調で吐き捨てる。昇降のなか、シンは通信を開き、後尾に待機しているセレスティへと繋ぐ。

 

「マコト、聞いてた通りだ、非常事態だ。今からでも遅くない、お前は残れ」

 

もはや状況は、悠長な作業支援の枠を超えてしまった。マコトが出ても、危険に晒される。向けられたマコトも、苦い面持ちで口を噤んでいたが、やがて決然と顔を上げる。

 

「いや、このまま出る」

 

「マコト!」

 

予想外の返答に、思わず声を荒げる。だが、マコトは静かに首を振る。

 

「変な意地なんかじゃない。こんな状況だからこそ、出なきゃいけないんだ。シン達にしかできないことと、俺にしかできないことをするために」

 

気圧されるような視線と口調に、シンは小さく息を呑む。その瞳は、もはやガンとして揺るがない信念のようなものを漂わせている。

 

「――分かった、無茶するなよ」

 

だからこそ、シンも強硬に止められず、渋々と頷き返す。

 

「済まない、まだ死ぬ気はない」

 

それだけ伝えると、シンも頷き、そして自身の神経を眼前へと集中させた。

 

続けて移動するセイバーとルナマリアのザクが待機ブースに固定され、ガナーウィザードが装備される。

 

後続に待機し、戦闘用にOSを切り替える作業の最中、リンとキラのザクウォーリアに回線が開き、顔を上げると、そこにルナマリアの顔が映る。

 

訝しげに見やるなか、挑むような口調で囁く。

 

《状況が変わりましたね。危ないですよ――お止めになります?》

 

面白げに、そして挑発的な態度で話すルナマリアに、キラはどこかムッとしたように憮然となり、リンはクスッと笑みを零した。

 

両者両様の反応にルナマリアが観察していると、キラが反論した。

 

「心配しないでいいよ」

 

それは、自尊心じみた物言いだった。確かにブランクはあるが、これでもMSの扱い方は心得ているし、なによりこの状況だ。今更、退く気は毛頭ない。

 

キラが安い挑発にのせられ、まだまだだなと内心溜め息をつき、ルナマリアを見やる。

 

「そうね。余裕があったらお願いね――赤服さん?」

 

微笑を浮かべて発した言葉に意表を衝かれたのか、ルナマリアが眼に見えて不快そうに眉を寄せる。

 

《ええ、私の実力を特と御覧あそばせ》

 

嫌味たっぷりに通信を切り、リンは一瞥すると、最後の起動シーケンスを終了させる。そして、その時が来た。

 

「シン・アスカ、コアスプレイダー、いきます!」

 

先陣を切るように中央ハッチから飛び出すコアスプレンダーに続き、チェストフライヤー、レッグフライヤー、フォースシルエットが続いた。

 

シンに続くように開かれた両舷ハッチに待機するレイとセスが、ヘルメットのバイザーを下ろし、操縦桿を握り締めると同時にシグナルが点灯する。

 

「レイ・ザ・バレル、ザク、発進する!」

 

「セス・フォルゲーエン、ザク、GO」

 

カタパルトが動き、2体のザクを打ち出す。

 

ケーブルをパージし、射出速度と合わせてバーニアが火を噴き、純白のブレイズザクファントム、白と紅のスラッシュザクウォーリアは加速する。

 

間髪入れず、待機していたセイバーとザクがカタパルトに固定される。バイザーを下ろし、前方を見据え、シグナル点灯と同時に操縦桿を引いた。

 

「ステラ・ルーシェ、セイバー、出るの!」

 

「ルナマリア・ホーク、ザク、出るわよ!」

 

打ち出され、セイバーはその灰色の身に流麗な赤を纏い、赤のガナーザクウォーリアと並行して加速する。

 

そして、続けて刹那の吹雪とキラのザクウォーリアがカタパルトへ移送され、キラのザクウォーリアには、レイと同じくブレイズウィザードが装着された。

 

ハッチの奥に映る宇宙が酷く懐かしく思える。再び、こうして戦場に戻ることが運命だというように、宇宙は拡がる。

 

高揚と諦念が心中を掠めるなか、キラは再び戦場に舞い戻ってきた。

 

「キラ・ヤマト、ザク、いきます!」

 

迷いを振り切るようにキラは声を張り上げ、操縦桿を引く。

 

キラの決意に呼応するように、飛び出すザクウォーリアが力強く加速する。それより僅かに遅れて、刹那が操縦桿を引いた。

 

「真宮寺刹那、吹雪、いきます!」

 

誰よりも強く雄々しく、必ず落下を阻止せんと望む強い意志をのせ、ダークブルーの装甲を宇宙に映えさせ、ツインアイを輝かせながら、吹雪はスラスターを噴かし、加速する。

 

そして、最後にカタパルトへと移動するリンのザクウォーリアとマコトのセレスティ。固定されると、リンのザクウォーリアにはブレイズウィザードが装着される。大気圏間近の限定された空間なら、機動力が高い方がいい。

 

近接格闘用にOSを再構築し、リンはヘルメットのバイザーを下ろす。視線を前へと向けるよ、ハッチの奥に宇宙とともに映るユニウスΩ。

 

過去を追憶し、リンは一瞬瞳を閉じるも――やがて、力強く開き、前方を睨むように凝視した瞬間、シグナルが点灯する。

 

「リン・システィ、出撃する!」

 

久方ぶりに味わう射出Gを身体で受けながら、リンは己の感覚の導くままに身を委ね、操縦桿を引いた。

 

スロットルが上昇し、ブレイズウィザードのバーニアと連動し、粒子を放出させ、機体を加速させていく。

 

全機の発進が終了し、最後に残ったセレスティがカタパルトベースに固定される。マコトは絶え間なく内に響く鼓動に、呼吸が荒くなる。

 

セレスティには、最低限の自衛用にとマッドがインパルスのビームライフルとシールドを貸与してくれた。

 

だが、それが実戦であることを嫌でも自覚させた。シンには大見得を切ったが、自分から戦闘に飛び込むのは数回目とはいえ、マコトは訓練を受けた正規兵でもなかれば、場慣れした傭兵でもない。故に必要以上に身構え、気持ちが昂ぶるのも仕方がなかった。

 

プレッシャーをひしひしと感じていたマコトだったが、そこへ通信回線が開いた。モニターに映ったのは、シンと同様、この艦に乗ってから世話になっているメイリンであった。

 

《あの、大丈夫ですか?》

 

メイリンも驚いているのだろう。民間人が戦場に出向こうとしているのだから――しかも、決して浅くない付き合いのある人間なら、尚更だ。

 

不安な眼差しを向けるメイリンに、シンは僅かばかり緊張が解れたのか、乾いた声で応じた。

 

「ああ、大丈夫だ。やれるさ」

 

それが意地だと思われるかもしれないが、メイリンは暫し迷っていたが、やがて静かに頷き返した。

 

《気をつけてください》

 

「ありがとう」

 

最高の激励とばかりに感謝し、通信を切る。

 

刻一刻と迫るなか、セレスティを固定したクレーンが外れ、小さな振動が機体を揺らし、再び身を強張らせながら、眼前の星空に視線を移した。

 

これまで程の恐怖感はない。自分は、決して独りではない。頼れる仲間、そして護るべきものがある。だから、自分はできる。

 

《進路クリア、発進、どうぞ》

 

メイリンの管制とともにランプがグリーンに変わった瞬間、マコトは小さく息を吐くと真っ直ぐに進路の先をキッと見据えた。

 

「マコト・ノイアールディ、出るッ!」

 

刹那、スラスターが唸りを上げ、粒子を放出する。臨界を越えると同時にカタパルトが外れ、リニアラインを駆け抜ける。導くライトが純白の装甲で屈折し、照り映えさせる。

 

ケーブルがパージされると同時に飛び上がるセレスティのスラスターが拡がり、粒子口からこもれる推力が機体を押し出す。

 

加速力が加わり、身体に掛かるGが身体を圧迫するも、それを突き抜けるように身体を押し出し、機体を加速させる。

 

純白の装甲が宇宙の闇に映え、蒼い瞳が輝き、祝福するように星々が輝くなかを、セレスティは飛翔した。

 

 

 

 

 

――――――幾多の運命に誘われ……悪意の混濁する終わりと始まりを告げる地へと収束していくのだった――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《次回予告》

 

 

哀しみと苦しみ…決して忘れられぬ傷み。

だが、それが隔たれる深さが道を分かつ。

分かたれた道は離れ、そして次なる悲劇へと続く。

 

 

業に彩られし悲劇の地に渦巻く悪意。

その悪意は少年の心を呑み込むのか。

差し出される手は悲劇を止めるためか…連鎖を繋げるためか……

 

 

世界が新たな破壊の刻を刻むとき……少年と白き戦士は眼醒める。

それが、次なる運命への道標とは知らず…………

 

 

 

次回、「PHASE-18 Break the World」

 

破壊と再生の世界、駆け抜けろセレスティ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。