機動戦士ガンダムSEED  ETERNAL SPIRITS   作:MIDNIGHT

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PHASE-19 混迷の大地

ユニウスΩの破片が大気圏に突入しようとしている際に、その艦は到着した。

 

ツクヨミの艦橋で、キョウをはじめクルー達も眼前の光景に言葉を失っていた。2年前には止められた光景が、今起こっている。

 

砕けた破片が無数の流星になって、地球へと降り注いでた。

 

ある程度は燃え尽きるだろうが、それでもかなりの質量が赤道付近を中心に降り注ぎ、未曽有の大災害を引き起こす。

 

「各員、第二種警戒体制―――周囲の警戒怠るな」

 

呆然となるクルー達に喝を入れるように、キョウが声を発した。我に返ったクルー達は、すぐさま職務に取り組んでいく。

 

もう既に事が起こってしまった以上、自分達にできることはない。だが、ジェネシスαでの一件もある――今回のユニウスΩの落下にも、何かしらの思惑が絡んでいるとなるなら、この一帯に潜んでいる可能性もある。

 

だが、戦闘と破砕の余波か、周囲には熱量を持ったデブリも多く、センサーを注意深く監視していると、一人が声を上げた。

 

「艦長、熱反応―――デブリではありません、MSです」

 

その報告に顔を上げ、モニターに位置情報が表示される。ツクヨミからそう離れた位置ではないが、状況から考えてユニウスΩから流れてきたと捉えるべきか。

 

「スキャン――内部に、生命反応あり!」

 

どうやら、まだパイロットは中で生きているらしい。キョウは一瞬眉を顰めるが、すぐさまMSデッキに通信を開く。

 

「二人とも、悪いが発進してくれ。周囲を警戒しつつ、今から転送する位置に漂流しているMSを回収してくれ」

 

モニターに映るニコルとシホが、息を呑む。

 

《対象の所属は?》

 

「IFFは確認できていない――だが、今回の件になにかしら関係している可能性がある。注意してくれ」

 

機体からは所属を表すIFFは確認できていないが、キョウのカンが、その機体に引っ掛かる。ザフトなら助けても良し、それ以外でも情報を得るという点では意味がある。

 

《了解》

 

キョウの意図を察し、ニコルとシホのM1Aがツクヨミから発進する。周辺の警戒を行いつつ、漂っていた半壊したゲイツを回収し、帰還してくる。

 

その様を一瞥し、キョウはツクヨミに宙域からの離脱、そして『アメノミハシラ』への帰還を命じた。

 

今一度、赤い流星に包まれる地球を見つめながら――――

 

 

 

 

 

 

幾多の命が散ったユニウスΩにて、再び散った命の灯を纏うように割れたユニウスΩの破片は、幾条もの流星となって地球へ向かっていく。

 

そして、そのユニウスΩを追撃するようにミネルバもまた、大気圏に突入しようとしていた。

 

「降下シークエンス、フェイズツー!」

 

ミネルバの両翼が折り畳まれ、艦底部に摩擦熱を和らげるジェルが展開されていく。そして、ミネルバ艦首の最強兵装であるタンホイザーの砲口が、ゆっくりとユニウスΩの破片へと向けられるが、タリアは焦れるように歯軋りする。

 

「インパルスや他の機体は!?」

 

「ダメです! インパルス以下、全機シグナル確認及び位置特定できません!」

 

語気を荒げるタリアに、メイリンが泣き出しそうに首を振る。

 

大気圏降下の弊害で、通信は愚かセンサー系統もものの役に立たない。いや、もはやこの状態では、仮に帰還できたとしても艦内に収容するのは不可能だ。

 

だが、そのシグナルも確認できないのであれば、艦砲による破砕も不可能。ジレンマに陥るタリアに決断を迫るかのように、降下シークエンスは順調に進む。

 

「間もなく、フェイズスリー!」

 

「砲を撃つにも限界です、艦長!」

 

困惑するアーサーに反論するように、火器管制のチェンも焦慮を滲ませる。

 

「しかし、インパルス以下5機の位置が特定できねば、巻き込みかねません!」

 

問題はそこだった。帰還できずとも、位置さえ特定できれば、それを避けることは可能だが、位置が分からず闇雲に撃っては、その射線上や最悪着弾位置にいれば、無事では済まない。タリアの指示で、下手をすれば危険を冒している若者達の命を奪うことになる。だが、この一射によって救われる人々のことを考えれば、仕方がないと思える。それがタリアを鈍らせていた。

 

「艦長」

 

逡巡するタリアに向けて雫が声を掛け、顔を上げると、真剣な眼差しを浮かべる瞳があった。

 

「貴方がどのような決断を下しても、私は貴方を責めません。貴方が、最良と思える選択を」

 

低い声ながら、それはブリッジ内に響き渡る。今、あそこでは彼女の友人も危険に晒され、さらには最悪の可能性もあるというのに、凛としたたたずまいにタリアは息を呑む。

 

タリアは迷いを振り切るように顔を上げ、決断を下した。

 

「タンホイザー、発射準備」

 

その指示に、艦橋内に微かに動揺が走る。

 

「ユニウスΩの落下阻止は、なにがあってもやり遂げねばならない任務だわ!」

 

敢えて、冷徹な声で宣言する。

 

「照準、右舷前方、構造体!」

 

彼女は数人の若者よりも、何十倍もの地上の他人を選んだ。その選択に心を傷めながらも、彼女はその決断を通した。

 

その決断に異を挟むことはできず、クルー達は傷ましい面持ちで、その指示を実行する。

 

「タンホイザー照準、右舷前方、構造体!」

 

チェンの正面モニターに、精密射撃用のサイトが表示される。そして、灼熱に彩られていくユニウスΩの破片のなかでも最大級の構造体の解析を行い、その構成している接合部分の基点を検索する。

 

プラントのコロニーは他の宇宙コロニーと違い、独特の形状を持ち、またその構造を構成するために幾つかの基点を中心にしている。そして、それを破壊すれば、基点を喪った構造体は連鎖的に崩壊を始めるだろう。

 

狙うはそこだった。その解析が進むなか、艦橋内も摩擦熱によって赤く照り映えていく。タリアは制帽で視線を覆うように凝視するなか、メイリンがハッと顔を上げた。

 

「っ! も、目標に向かって接近する熱源!」

 

その報告に意表を衝かれ思わず振り向くと、メイリンもタリアに振り向いた。

 

「ね、熱紋照合! も、MSです!」

 

モニターに表示されるユニウスΩに向かって接近していく機影。だが、シグナルは『UNKNOWN』を表示している。

 

「さらに後方より大型の熱量接近! 該当データなし、戦艦クラスです!」

 

矢継ぎに飛び込んでくる情報に、タリアは混乱するばかりだ。だが、その時微かに漏れた雫の声に眉を寄せた。

 

「まさか、ヤマト――?」

 

その声に反応し、振り向こうとした瞬間、メイリンの声が割り込んだ。

 

「艦長、不明艦より通信です!」

 

「え?」

 

思わず声を漏らしたタリアの正面モニターに、音声のみの通信ウィンドウが開き、その奥から低い声が発せられた。

 

《こちら、大日本帝国軍所属、戦艦ヤマト。攻撃の意思なし、そちらの意図は理解した、援護する》

 

通信というには一方的な物言いで告げると同時に、電波障害がさらに酷くなったのか、通信が遮断され、やや呆然となるなか、雫が表情を顰めた。

 

「東雲艦長――グラディス艦長、このまま続行してください」

 

その声にハッと我に返り、タリアは雫を見据えていたが、やがて意を決し、前方を振り向いた。

 

「タンホイザー発射準備、急げ!」

 

クルー達も弾かれたように作業に戻り、ミネルバが艦首の陽電子砲の砲口を向ける。そして、そのミネルバに続くように並行して降下シークエンスに突入する鋼色の戦艦。

 

その船体を赤く染めながら、ヤマトもまた艦首に備わっている陽電子砲を展開する。

 

どうやら、こちらと共に目標物の破砕に加わるらしい。だが、かなり大気圏に突入してしまったため、重力の影響でまともな精密射撃ができるかは怪しいが、それでもやるしかない。

 

ノイズの入ったモニターに表示される灼熱の巨大な塊を睨み、タリアは決然と号令した。

 

「撃てぇぇぇぇっ!」

 

その瞬間、ミネルバとヤマトの砲口から陽電子の渦が迸り、無音の宇宙を轟かせながら灼熱する大地の欠片に降り掛かった。

 

二つの奔流が亀裂の走ったユニウスΩの大地に突き刺さり、その中央を穿つ。その大地を貫通し、それによって走った亀裂に大きく破片が四方へと吹き飛ばされ、基点を破壊された欠片は崩壊し、瞬く間に炎に包まれ、地球へと降下していく。

 

それらはまるで、イルミネーションのように蒼い地球の空を照り輝かせ、また幻想的な光を醸し出した。

 

だが、そのなかに彼らの命がないことを、静かに願いながら、彼らもまた重力という鎖に縛られていくのであった。

 

 

 

 

機動戦士ガンダムSEED ETERNAL SPIRITS

 

PHASE-19  混迷の大地

 

 

 

砕けたユニウスΩの欠片から地球へと降下していくMS。

 

「くそっ」

 

リンは舌打ちし、なんとか生き残っているバーニアを噴射して機体の姿勢を戻そうとする。エンジェルとの戦闘で負った損傷のため、機体がまともに反応しない。おまけに重力の影響で動きもどこか硬く、碌な体勢が取れずにいた。

 

このままでは、摩擦熱で機体が灼け落ちる。なんとか熱量だけでも和らげなければと、機体を周囲に漂うデブリへと寄せようとする。

 

その時、ザクウォーリアの腕がガシっと何かに掴まれ、ハッと顔を上げると、不知火がザクウォーリアを引っ張り上げていた。

 

熱が純白の装甲を赤く映えさせるなか、それに怯まずツインアイを爛々と輝かせ、スラスターバーニアの推力を噴き出しながら、重力に引かれているザクウォーリアの機体を持ち上げる。

 

「っ、無茶だ、お前も墜ちるぞっ」

 

この機体の出力がどの程度かは知らないが、2機分の重量を支えるほどの推力が、いつまでも保つはずがない。だが、そんな事などお構いなしと不知火はザクウォーリアを引き上げ、戸惑うリンの耳に通信が響いた。

 

「パージできるパーツを全て捨てろ、急げ」

 

有無を言わせぬ口調で告げられた内容に一瞬眉を寄せるも、リンには従うしか選択肢はなく、徐にパネルを操作し、機体フレームの四肢のジョイントの接合を解除した。

 

刹那、ザクウォーリアの四肢が外れ、ボディから下方へと投げ捨てられていく。それらは赤く包まれると同時に炎によって融け、瞬く間に蒸発していく。そして、もはやダルマとなったザクウォーリアのなかでリンは相手の出方を待った。

 

「済まないな、こちらとしてもギリギリの重量なのでね」

 

苦笑めいた言葉が聞こえたかと思った瞬間、ザクウォーリアを抱えていた不知火が背中を下方へと向け、そのバックパックから何かが飛び出した。それは大きく円形に拡がり、背中から機体全体を護るように椀型に拡がり、包み込む。

 

「っ! バリュート――!?」

 

その形状に、リンは驚愕に眼を剥く。MS用の大気圏降下支援装備。昔、ザフトでも一時期研究が進められていたが、結局初期型の大気圏降下カプセルによる大量降下に変わることなく凍結された。

 

そして、よく見てみれば、並行して大気圏に突入を始めている日本の機体も、同じような装備を展開している。

 

戦闘機型の空魔3機は機体下部からバリュートを展開し、やがて先端から噴出される冷却ガスが表面を覆い、摩擦熱を緩和している。

 

(こんなものまで実用化しているなんて――噂に違わぬほど、高い技術力を持っているってのは、どうやら本当のようね)

 

独立から僅か数年で、自国の軍備を整えた日本。その高い技術力は既存のものを昇華させたものがほとんどだが、その応用力は他国のそれを大きく上回っている。半信半疑だったものが、確信に変わる。

 

「少しばかり窮屈だろうが、我慢してくれよ」

 

逡巡するリンの耳に聞こえる声に、肩を竦める。

 

「助けてくれるなら、贅沢は言わないわ」

 

不本意ではあるが、今はこの身を預けるしかない。揺れる振動に身を委ねながら、リンは宇宙を一瞥する。

 

その彼方へと去った亡霊を見据え、視線を細めた。

 

一方のシンや刹那達もまた大気圏に突入を始め、互いに悪戦苦闘しながら機体を操作していた。通常の量産機種とは違うインパルスや吹雪はその出力故か、なんとか自力での制御が行えていた。

 

「なんとか、しないと――っ」

 

身体に圧し掛かる重力に耐えながら、刹那は吹雪の突入角度を整え、左腕を前面へと持ち上げる。

 

「突入角度調整、排熱システム、全開――全バイパスをビームザンパーへ」

 

左腕のビームザンパーを大きく展開させ、なんとか大気圏への降下を試みる。理論上は確かに可能だとなっていたが、実際問題、刹那は実践しようとはこれっぽっちも考えていなかった。技術者としての好奇心よりも、冷静な思考の方が勝っていたというべきか――だが、今はやるしかない、少々博打に近いが、パネルを操作し、左腕のシールドを展開しようとするが、突如コックピットにアラートが響く。

 

正面モニターには、左腕のシステムのバイパスエラーが表示され、愕然となる。

 

「バイパスに異常!? そんな、どうして――っ!?」

 

さっきの戦闘で思った以上にシステムに負荷が掛かり、さらにはこの状況でフリーズしたのかもしれない。

 

だが、こうなってはビームザンパーを使っての大気圏突破は不可能だ。吹雪の装甲が保つかどうか賭けに近いが、刹那は意を決してコックピット周りをせめて防護しようと非常シャッターを展開しようとするが、そこへ通信が飛び込んできた。

 

「刹那君、現在位置から左へコンマ3、移動して!」

 

「っ、菜乃葉――さんっ!?」

 

唐突に飛び込んできた通信にハッとし、モニターを見やる。刹那の吹雪の後方に菜乃葉の機体が在り、刹那の眼が吹雪のバックパックに装備されたものに気づいた。

 

「よしっ」

 

残っているスラスターを全開にし、刹那は吹雪の位置を変更する。推進噴射によって逆制動をかけ、相対速度を合わせていく。

 

やがて、菜乃葉の吹雪の間近にまで辿り着くと、菜乃葉が手を差し出し、刹那もまた重力に抗いながら手を伸ばし、2体の吹雪の手が繋がれ、菜乃葉が機体を下方へと滑り込ませたと同時にレバーを引いた。

 

吹雪のバックパックから展開される椀型のバリュートが2体を包み込み、噴出される冷却ガスが覆い、2機に纏わりついていた熱量を遮断する。

 

「このまま、地球へダイブだね」

 

その状態にようやく一息ついたのか、軽口を漏らす菜乃葉に、刹那は嘆息に近い溜め息を零した。

 

「貴方は無茶しすぎです」

 

「にゃははは」

 

称賛なのか、それとも事実なのか分からないが、苦笑を浮かべて応じ、2機はそのまま大気圏に突入していく。

 

一方のシンは、自力での大気圏突入を試みていた。

 

「突入角度調整、排熱システム、オールグリーン――自動姿勢制御システムオン、BCSニュートラルへ!」

 

忙しなくキーボードを叩き、大気圏突入用にシステムを変更させ、自動制御で可能な部分はオートに切り替える。コックピット内は徐々に温度が上昇し、パイロットスーツ越しに滲み出る汗を拭う余裕すらなく、シンは灼熱に憮然となる。

 

VPS装甲により、単体での大気圏降下が可能なスペックだというのは事前に開発部から告知されていたが、それでも実際にやりたいとは微塵も思わなかったが、今はそれを信じるしかない。

 

「頼んだぜ、インパルス!」

 

まだ付き合いも浅い相棒に向かって呟き、シンは左腕に残ったシールドを突き出し、安定した姿勢にシフトする。

 

シールド表面の排熱システムを限界にし、機体への負担を軽減させる。あとはシールドとスペックを信じるしかない。

 

予断は赦さぬ状況で緊迫した面持ちでいたシンの視界に、別の何かが飛び込んできた。

 

「アレは――っ!?」

 

インパルスよりも下方を落下している機影が映り、眼を見開く。電波状況が酷いなか、機体のIFFを識別させると、それはキラのザクウォーリアだった。

 

残った左腕のシールドを下方へと向け、なんとか熱量を緩和させている。だが、徐々に損壊した箇所から火が噴き出し、ブレイズのバックスラスターが一基落脱し、それが炎に包まれて砕け散る。

 

ザクウォーリアもスペック上では大気圏突入時の高熱に耐えうる装甲を兼ねているが、流石にそれを実践しようとするような馬鹿はいない。しかも、損壊している今、果たして保つかどうか怪しい。

 

「くそっ」

 

シンは舌打ちし、安定していたインパルスのスラスターを噴かし、降下スピードを加速させ、ザクウォーリアに向かってダイブしていく。

 

降下姿勢をなんとか維持するなか、キラもまた焦燥のなかにあった。大気圏へのMS単体による突入はこれで3度目。だが、かつて搭乗した機体とは違い、今回はさらに万全の状態でもない。

 

それでもなんとか姿勢を保ち、降下するなか、キラはその後の打開策が見出せずにいた。肝心のザクウォーリアのスラスターはもはや全壊し、推力は出ない。大気圏を突破しても、その先にあるのは重力による降下エネルギーの鎖。スピードを殺せず、減速できないまま海面、もしくは大地に叩きつけられ、機体は粉々になるだろう。

 

キラは悔しげに歯噛みし、操縦桿を握り締める。その時、通信機から声が飛び込んできた。

「しっかりしろっ、今そっちにいくぞ!」

 

「っ!」

 

突如響いた声にハッと顔を上げると、インパルスが急降下で接近してきた。そして、そのままザクウォーリアのボディを両手で掴む。

 

「よせ! いくらインパルスでも、2機分の落下エネルギーを支えるのは――!」

 

シンの勇気には感嘆するが、それでも現実は過酷だ。振動に揺れるなか、怒鳴り返すが、それはノイズによって掻き消され、相手へと届かずに消える。

 

キラが不安に染まるなか、インパルスはザクウォーアをガシっと掴んだまま、決して離そうとはせず、そのままスラスターバーニアを残っている推進剤を放出し、姿勢を制御する。その無鉄砲ながらの行動に、キラは呆れと感心を抱きながら肩を落とした。

 

 

 

 

ユニウスΩの崩壊によって無数の破片となった欠片が赤く尾を引きながら大気圏に突入し、やがて地上から映し出される。

 

人々にとってはこれが二度目の流星だった。それは、2年以上も前の『あの日』と同じ光景。

 

だが、それはかつてとは違う。あの流星は、人々の未来を見せた福音だった。今降り注ぐのは――過酷なる『厄災』の炎だった。

 

海に近い都市部をはじめ、落下予測地点と目されていた地域は混乱の極みにあった。誰もが我先にと逃げ、叫び、惑う。

 

《繰り返しお伝えします。ユニウスΩの破砕は成功しましたが、その破片の落下による被害の脅威は未だ残っております》

 

高層ビルの壁面に備わった巨大スクリーン、街路路の無数のモニター、そして家庭のリビングや部屋に備わったテレビ画面からアナウンサーのニュースを報じる映像が流れるが、それに耳を傾ける者は誰もいない。

 

《現在、赤道を中心とした地域がもっとも危険と予測されています。沿岸部にお住まいの方は、海からできる限り離れ、高台へ避難してください》

 

アナウンサーの告げる警告も、所詮は他人事のように虚しく響く。住宅地から人の姿は消え、妙に白々とした朝日が人声の絶えた街並みを照らす。が、そこから程近い幹線道路には避難の車が溢れ、ドライバー達が動かない列に業を煮やし、互いに怒鳴りあっていた。

 

都市部の各所に設けられたシェルターには人が溢れ、それでもなお助かりたいがために押し退け、強引に目指す者達で、人の渦が蠢く。倒れた者が踏み潰され、幼子の鳴き声が木霊する。整理に当たる警官の誘導も虚しく、響くのは怒号と悲鳴のみ。

 

シェルターを諦めた者達はできる限りの高台を目指すが、その車列は動かず、人々は車を乗り捨てて走り始める。

 

混乱が混乱を呼び、パニックに陥るなか、それに気づいたのは誰だったのか――彼らの頭上を、炎に包まれた物体が無数に通り過ぎていく。砕かれた塊の小さなものは光を放って大気圏中で燃え尽きたが、それでも少なくない数が白煙の尾をたなびかせて、無情に地表を目指す。真っ直ぐに落ちていく光景は、まるで天使が過ぎるかのごとく幻想的で、非現実的なものだった。

 

人々の脳裏に掠める忌まわしい記憶が、それを呼び覚まさせる。あまりに美しく、そして恐ろしい天使の審判を――一瞬の静寂、世界が静止したかのごとく、誰もが茫然とその光景を見上げるなか、遂にその瞬間は訪れた。

 

巨大な炎の塊が次々と地表を捉え、激突する。あるものは海に、またあるものはジャングルに、砂漠に、山脈に――そして、都市へと降り注ぐ。

 

落下地点は一瞬のうちに膨張したエネルギーの爆発に呑み込まれ、その衝撃波が円形に拡がり、周囲の全てを吹き飛ばしていく。

 

大地は水面のようにさざ波を立て、その上にある全てを薙ぎ倒し、拡販する。ビルは崩れ、森は蒸発し、海は裂ける。炎の衝撃波が人々をゴミのように吹き飛ばし、車も紙細工のごとく持ち上げ、吹き飛ばす。

 

吹き飛んだ車両が降り掛かり、人々を潰し、炎が灼く。そしてその後に大きく立ち昇るキノコ雲が、灼熱したガスを大気中にばら撒いていく。海面は水蒸気と化し、空へと舞い上がり、灰色に染めていく。

 

爆発によって生じた二次的三次的現象が獲物を求める死神のごとく鎌首を擡げ、容赦なく襲い掛かる。

 

地上は今、阿鼻叫喚の地獄絵図へと塗り替えられていた。

 

そんな地上の様子は、軌道上からも見て取れた。まるでその審判の様を見届けるように地球を見下ろす2体の機影。

 

片方は大きく損傷した灰色のエンジェル。そして、黒衣を纏った堕天の女神:クレセント。

 

「壮観――かしらね。どう、貴方は?」

 

まざまざと見せつけられる光景にゼロは声を殺して嗤い、アベルは無言で無感動のまま見詰めている。

 

薄雲のたなびく蒼い惑星に降り注いだ星屑が炎を咲かせ、縞模様を描く。大地と海にいくつもの火球が生まれ、膨れ上がっていく。まるい火は次々と連なり、蒼い惑星を美しく装飾していく。

 

それは、生命という名の死化粧。あの赤き炎の下では、無数の生命が灼きつくされていることだろう。

 

そして舞い上がった黒煙が、その蒼を灰黒く覆っていく。

 

もう充分だとばかりに身を翻すエンジェルに向かい、ゼロが辛辣な言葉を漏らした。

 

「随分と手酷くやられたようね――流石は比翼の騎士、といったところかしら。それとも、手加減するようなお優しい慈悲に、足元をすくわれたかしら?」

 

その問いに悔しげに歯噛みし、大仰に舌打ちするとともにエンジェルは生き残っている翼を拡げ、離脱していく。その様を嘲るように肩を竦め、背後に控える3機の機影―――被弾しているゲイツ3機を一瞥する。

 

(所詮は失敗作――いや、自己満足の駄作か。一番マシだと思ってたけど、この程度か)

 

失望したように眼をバイザーの下で細め、投げやりに手を振ると、3機のゲイツは従うように粛々とその場を離脱した。

 

独り残されるなか、ゼロはバイザー下の微かに細めた視線で、地球を一瞥する。

 

(『01』のあの能力、事前に聞いていたものと違っていた――)

 

脳裏を掠めるのは、先程の戦闘。不意を衝かれたとはいえ、一瞬でも圧倒したあの能力。それを思い起こし、ゼロは口元を冷たく歪めた。

 

「説明してもらいますよ、『プロフェッサー』――貴方が『アレ』に何の小細工をしたのかね」

 

小さく吐き捨て、クレセントもまた身を翻し、紫紺の翼を拡げ、離脱していく。

 

(さて、どう動くかしら――まずは、プラントかしらね)

 

この先の世界の混沌を夢想し、ゼロはほくそ笑み、クレセントを宇宙の闇のなかへと掻き消していくのであった。

 

 

 

 

 

大小様々な破片が炎に包まれ、落下するなかに混じり、純白の機体が同じように赤く染められ、炎に包まれながら降下するセレスティ。

 

「ぐっ、くそっ」

 

思わず渦巻く感情の行き場を求め、マコトは腕をモニターに叩きつける。先程から内に巣食う不快な感情に戸惑い、そしてやるせない怒りを憶えていた。

 

だが、それも熱されていくコックピットに包まれ、自身の置かれている状況を把握し、歯噛みした。

 

重力の影響下に入り、もはや自力で上がるのは不可能。こうなったら、降りるしかない。マコトは操縦桿を引き、セレスティに姿勢を安定させようとする。果たしてこの機体が大気圏を突破できるのか――だが、仮に突破できたとしても自身の身体が保つかどうか。

 

(蒸し焼きで熱死かよ――っ)

 

自虐的に毒づく。

 

機体装甲が仮に保ったとしても、上昇する熱だけはどうしようもない。加えてナチュラルであるマコトの身体が、その熱量に耐えられるかどうか。

 

いや、そんなものは考えるまでもないだろう。嫌な実感が襲うなか、マコトは首を振ってその不安を掻き消す。

 

(なにか、なにかあるはずだっ)

 

なんとか熱だけでも緩和し、摩擦熱を抑え込まなければ、突破できてもその後の自重制御を行えない。

 

その時、セレスティのすぐ真横を降下する物体が横切り、視線を向けた。

 

「アレは――っ!?」

 

細長く伸びる刀身――その形状は、先のジンハイマニューバが使用していたものによく似ていた。

 

「対艦刀? それに、先にあるのは――!?」

 

その刀剣の突き刺さっている若干セレスティより巨大な物体――それは、MS用の降下カプセルだった。

 

前大戦初期からザフトで大量生産され、そして使用されたカプセル。4基のハッチの内、一基が破損し、開かれているが、それ以外に損傷は見受けられない。

 

マコトは生き残っているセンサーでそれを瞬時に確認し、希望を見出したように操縦桿を引き、スラスターの噴射を行い、セレスティをカプセルへと接近させた。

 

「ぐっ、届けっ!」

 

腕を伸ばし、カプセルに突き刺さる刀剣の柄に手を伸ばす。『菊一文字』と刻まれた柄に手首が迫り、叫び、それを掴み取った。

 

握り締める手を決して離さず、それを支点にボディを引き寄せ、セレスティの足がカプセル内に張り付いたと同時に突き刺さっていた穂先が抜け、そのままセレスティは転がるようにカプセル内に入り込む。

 

「はぁ、はぁ…なんとか、辿り着けたか」

 

握り締めていた刀剣をカプセル内に突き刺し、マコトはカプセル内の固定具を握り締めさせ、システムにアクセスする。

 

「頼む、生きててくれっ」

 

正直、このカプセルが使えるのかは五分五分だ。前大戦中に放棄されたものである以上、まともに機能するかどうかも怪しいが、今は賭けるしかなかった。

 

やがて、カプセル内にも熱が帯び、内部壁が微かに融け始めていた。えてしてこの手のカプセルは、大気圏突破だけを念頭にしているため、外装は強固だが、内装は酷く単純で簡素な造りだ。

 

おまけに現在は入り込んだハッチが一基欠落しており、そこから侵入する熱量で内装が保たない。

 

焦るなか、必死にパネルを叩き、システムの起動を試みるなか、マコトの意思が通じたのか、カプセル内のシステムが反応を示した。

 

ウィンドウにカプセルのCG図が表示され、大気圏突入のプロセスが試行されていく。

 

「やった――っ!」

 

歓喜の表情を浮かべ、そしてカプセルが姿勢制御を整え、進入角度を調整し、安定した体勢に移行すると同時に下部から冷却ガスが噴出され、それがカプセルを覆っていく。

 

空いたハッチから染み出す冷気が内装の温度を緩和させ、セレスティの外気温の上昇は抑えられ、自身に纏わりついていた熱気も薄れ、マコトは思わず安堵に項垂れた。

 

(あとは、運だな)

 

このカプセルが大気圏を突破する数分間、保つかどうか――そればかりは、自身の運を祈るしかない。

 

そして、先程までは焦っていて気にしなかったが、徐々に身体に圧し掛かってくる何か『重み』のようなものに、マコトは顔を顰める。

 

「身体が重い――これが、重力か」

 

生まれてからこのかた、ずっと宇宙にいたためか、マコトは通常よりも軽い重力制御のなかで生活し、特にここ一年はほぼ無重力のなかを活動していたため、筋肉が突然の状況変化に反応し、悲鳴を上げているのだろう。

 

不意に、開かれたハッチから見える光景を一瞥した。

 

「これが――『地球』、なんだな」

 

視界に大きく映る蒼い惑星を見やりながら、なにかを思うようにマコトは眼を閉じ、その重力のなかに身を委ねる。

 

そんな主を労わるようにセレスティもまた赤く爛々と輝かせていた瞳を蒼く変化させ、静かな駆動音を響かせた。

 

 

 

 

 

 

共に艦首砲を酷使し、限界高度ギリギリまで行った破砕作業を終えたミネルバとヤマトは大気圏に突入していた。

 

熱と振動が艦内を大きく揺さぶり、ミネルバのクルー達は慣れぬ状況の連続に戸惑うばかりだが、それがようやく終わったのか、熱による赤が途切れ、振動が弱まる。

 

「艦長! 空力制御が可能になりました!」

 

大気の壁を乗り越え、艦を襲っていた振動も弱まったの自身で察したタリアは声を高めた。

 

「主翼展開! 操艦、慌てるな」

 

初めての大気圏内運用に不安を感じないではないが、それを噯気にも出さずに、指示を毅然と出した。

 

「主翼展開します。大気圏内推力へ!」

 

ミネルバの折り畳まれた両の主翼が開き、収納されていたトリスタンが展開した。翼がエアブレーキとなり、宇宙とは違う空気の壁と流れが艦を包み、マリクは慎重な操艦でゆっくりと艦を減速させていく。

 

安定姿勢に移行するなか、タリアも内心ホッと息をついた。初の大気圏突入と運用を無事にこなすマリクの腕前に感心すると同時に、遂数日前まではこんな展開を予想だにしていなかったことに溜め息を零した。

 

そして、タリアは徐にメイリンを見やった。

 

「通信、センサーの状況は?」

 

「ダメです、破片落下の影響で電波状態が著しく低下しています。これでは、状況の確認も――」

 

曇る面持ちで告げるメイリンに、タリアも小さく舌打ちする。大気中に巻き上げられた多量のガスや粉塵が、妨害しているのであろう。周辺の索敵は愚か、状況確認すら困難という事態だったが、タリアは怒鳴るように指示を出した。

 

「レーザーでも熱センサーでもいいわ! とにかく、なんでもいいからインパルスやその他の機体の位置を捜して!」

 

その指示にクルー達が驚愕の声を上げ、振り返る。

 

「彼らも無事に降下している、と?」

 

誰もが疑問に擡げたことをアーサーは思わず口に零し、タリアは憮然と横眼で見た。

 

「平気でタンホイザーを撃っておいて、なにをいまさらと思うかもしれないけど…信じたいわ――」

 

窺うように雫を見やる。安易な希望を持たせることに躊躇うが、雫は予想に反して落ち着いた様子だった。

 

悲壮にくれるわけでもなく、かといって自信に満ちている訳でもない。ただ、何かを祈るように眼を閉じ、静かに座している。

 

そんな様子に戸惑いながらも、タリアも希望を捨てずにいた。

 

彼らの運を――そして、彼らが大気圏突入時に離脱し、無事に大気の壁を突破したという確率を。彼らの運、そして実力を垣間見たタリアには、賭けるに充分だった。

 

そして、あの過酷な状況下から無事に生き延びたとしても、状況は悪い。だからこそ、早く捜索しなくてはならない。

 

焦るタリアの耳に、バートが声を上げるのが響く。

 

「っ、艦長! 不明艦、本艦の右舷に降下!」

 

すっかり失念していたのか、タリアはハッとして振り返る。ミネルバの側面に降下してくる鉄褐色の戦艦。艦の下部を赤く走るラインと流錐型の独特な形状は、前大戦のエターナル級を思わせる。

 

「あちらからコンタクトは?」

 

「いえ、通信の類は――」

 

戸惑うメイリンを他所に、考え込む。破砕作業に支援してくれた件から、敵ではないだろうが、緩めまいと警戒態勢を発しようとした瞬間、バートが新たなる反応を捉えた。

 

「センサーに反応!」

 

その報告に、期待と不安が一斉に向けられる。

 

「熱反応確認、7時の方向、距離400! これは…インパルス? それに――」

 

確認されたシグナルに戸惑っているのがじれったく、タリアはメイリンを見やる。

 

「光学映像、出せる!?」

 

「あ、はい! 待ってください!」

 

忙しなく操作が行われ、カメラの映像がモニターに映し出される。電波障害が残る映像はノイズにまみれているが、やがて徐々にクリアなものに変わり、そしてそこに映し出された映像に艦橋に歓声が満ちた。

 

モニターには、上半身のみになったザクウォーリアのボディを抱え、スラスターを噴射して減速するインパルスが映し出されていた。

 

「他のカメラも回復、モニターに回します!」

 

ようやく他の機能も回復してきたのか、艦橋内にモニターの光が灯り、ようやく有視界での状況確認が可能となった。

 

そして、他のモニターにはヤマトの全貌が映し出され、その上方から降下してくる機影が映る。

 

展開していたバリュートを解除し、そしてパラシュートを開き、減速する機体群。それに抱えられる機体を視認し、艦橋はさらなる歓声に包まれた。

 

「ザクです! そして、日本の機体も――っ!」

 

不知火に抱えられたザクウォーリア、そして同型機と思しき機体に支えられながら降下する吹雪。

 

「無事ですよ、艦長!」

 

アーサーも安堵を隠さず叫び、先日の遺恨などすっかり忘却の彼方に置いてきたかのような態度に、思わず苦笑する。だが、この人柄の良さと無意識に切り替えられる思考は多少なりとも評価している。

 

皆が歓喜に沸くなか、それを嗜めるように矢継ぎ早に指示を出した。

 

「アーサー、発光信号で合図を! マリク、艦を寄せて! 早く掴まえないと、あれじゃいずれ2機とも海面に激突よ。メイリン、先方のアンノウン機に通達、被弾している友軍機を着水後本艦へと運ぶようにレーザー通信を送って」

 

次々と出される指示に、クルー達は弾かれたように実行していく。マリクは操艦でミネルバをインパルスとザクウォーリア2機の降下ポイントへと空中を滑らせ、アーサーは発光信号を発する。メイリンはヤマトへとレーザー通信を送り、それが実行されていく。

 

空中を降下していたインパルスが気づき、こちらに向かって進路修正してくる。

 

「ハッチ開け! インパルスとザク、着艦するわよ!」

 

後部デッキに向けてインパルスが着地し、微かな振動に揺れる。

 

「インパルス着艦!」

 

その報告に肩の荷でも下りたように安堵した瞬間、メイリンがおずおずと呟いた。

 

「艦長、例の民間機、まだ発見できません」

 

暗い声で告げられた内容にタリアはガバっと顔を上げる。インパルスらの無事ですっかり舞い上がっていたが、一緒に出撃した民間機もまた帰還していない。

 

「探索続けて!」

 

慌てて探索を続行させるが、付近に反応はなく、焦りに苦悶が浮かぶ。シン達と違い、彼は一民間人だ。訓練もなにも受けていない彼が果たして大気圏突破という荒行を成し得たかと問われると、はっきりと断言はできないが、可能性としてはまさに低いと言わざるをえなかった。

 

真剣な面持ちでレーダーを凝視していたバートが上空から降下してくる物体を捉えたのはその時だった。

 

「ほ、本艦上空より降下する物体あり!」

 

その報告に、全員の視線が集中したのはほぼ同時だった。

 

 

 

ミネルバと並行するヤマトもまた主翼を操作し、艦スラスターによって空力を捉え、安定した姿勢に移行しつつあり、その周囲に大気圏を突破したMSが降下してくる。

 

「バリュート解除、空力制御に切り替え」

 

空魔の下部に拡がっていたバリュートをパージし、機体が風に捉われる。大気の気流が機体を揺らし、宇宙では感じなかった地上での抵抗に顔を顰めながら、操縦桿を操作し、空魔はデルタ翼を可変させ、その翼を通して風を捉え、機体を委ねる。

 

大気の流れに乗った空魔は、そのまま滑るようにヤマト周辺に就き、菜月は小さく息を零した。

 

《姿勢制御安定、実際にやったのは初めてだったけど、結構ドキドキしたね》

 

あっけらかんと呟く天音に呆れながら、肩を竦める。

 

《でも、次もやりたくはないかな》

 

対し、空は苦い声で乾いた笑みを浮かべる。確かに、バリュートがあったとはいえ、空魔の装甲材は従来のものに比べて機動性を重視したため、熱に弱い。

 

もしバリュートが無ければ、あの大気の壁を突破する時に装甲が融解し、変形していたかもしれない。そうなると、この空魔の形状上、大気のなかを動くのは非常に困難なものになっただろう。

 

「二人とも、まだ警戒は緩めない」

 

そんな二人を嗜めるように呟き、天音と空が溜め息で応じる。

 

《だってさ、あんまりに展開が急すぎて疲れちゃったんだよ》

 

《急な破砕支援に加えて、これですからね》

 

苦虫を噛み潰したように、菜月も憮然となる。

 

ヘリオポリスでの任務を終え、地球へと帰還についた彼らの許に、直前になって艦長や壮吉から伝えられたユニウスΩの破砕支援と戦闘。さらには大気圏降下用のバリュート装備での出撃ともなれば、碌な心構えもできていなかった彼らにとっては、不意打ちに近かったかもしれない。

 

「隊長は私達を信じてこの装備を持たせたのよ、ならそれでいいじゃない」

 

確かに、事前までクルー上層部だけでの秘匿であったのは些か不満があるが、内容が内容だけに仕方ないと割り切ってもいる。それに、バリュートまで持たせて彼女らを同行させたのは自分達の力量を信頼してくれたからこそだろうと、菜月は信じたい。

 

そんな菜月の言に、モニターに映る天音と空の眼がにんまりと緩まり、訝しげに首を傾げる。

 

《は~いいね、菜月は隊長一途で》

 

《うんうん、全部ひっくるめての信頼だもんね》

 

「なっ――!?」

 

からかうように告げる同僚に菜月は頬を軽く染め、あたふたと首を振る。

 

「ち、違う! わ、私はただ…っ、その、隊長の判断を信じているだけで…だ、だいたいいつも人に迷惑ばかりかけてるような――っ!」

 

《私がどうしたって?》

 

ろれつが回らずにいた菜月の言葉を遮るように、モニターに表示された壮吉の顔に菜月はひゅっと息を呑み、天音と空の二人は、GJとばかりに意地の悪い笑みを浮かべた。

 

そんな二人に、後で覚えておきなさいとばかりに一瞥し、菜月は誤魔化すように怒鳴った。

 

「な、なんでもありません! それより隊長、早く状況確認をお願いします!」

 

《お、すまんすまん。こっちも今客人を抱えているのでね》

 

ハハハといつもの笑顔で手を振り、不知火はパラシュートを解除し、抱えていたザクウォーリアごとヤマトの甲板に着地する。

 

当のリンは蚊帳の外だったが、あまりにベタな会話に突っ込む気も起きず、ただ無言のままだった。

 

《すまないな、窮屈な思いをさせて》

 

「別に、助けてもらったんだから文句は言わないさ」

 

投げやりに返すと、リンはヘルメットを取り、モニターから見える光景を一瞥する。

 

「これが日本の艦――空が暗いな」

 

ヤマトを一瞥し、リンは灰色に染まった空を一望する。巻き上げられたチリやガスにより、今地球の一部はこの鬱蒼とした雲に覆われているのだろう。

 

結局、ユニウスΩは落ちてしまった。それは、結果的にリン達の負けということだった。

 

憮然としたまま悪態を衝き、身体をシートに預ける。そこへ響く振動。眼を向けると、同じようにパラシュートを解除した吹雪2機と陽炎もまた、甲板に着地していた。

 

《無事だったかね、刹那君?》

 

「あ、番場大佐。はい、おかげさまで」

 

思わず敬礼で返し、壮吉は苦笑混じりに肩を竦める。

 

《君があの場に居たのは正直驚いたが、となると斯皇院外交官も?》

 

「あ、はい――今はまだ、ミネルバに居ると思われますが」

 

雫の性格からして、あの場でミネルバから降りたとは思えない。妙なところで、頑固なところがある。きっと無理を言って、ミネルバに居残っている可能性の方が高い。無理に連れ出されていては分からないが。

 

《フム、なら外交官を引き取り後、伊豆基地へ戻るとするか》

 

今後の方針を決めるなか、コックピットに別の通信が届いた。

 

《聞こえるか、大佐?》

 

《なにか、艦長?》

 

ヤマトの聡からの通信に、刹那や菜乃葉達も身構える。

 

《こちらに向かって降下してくる物体がある。確認を取ってみてくれ》

 

その内容に弾かれて空を見上げると、こちらに向かって降下してくる物体が映る。赤く尾を引きながら降下してくるそれを、ミネルバの甲板からも捉えたシンは、ザクウォーリアの回収を任せるなか、顔を上げた。

 

「アレは…カプセル?」

 

《確認しました、ザフトの降下カプセルです》

 

メイリンからの報告を裏付けるようにカメラで拡大解析し、表示される映像は確かにザフトのものだった。だが、何故そのカプセルがここに降下してきているのか――疑問に思う一同の前で、摩擦熱を緩和していた冷却材が切れたカプセルの外装に亀裂が走り、それが砕け散る。空中分解したカプセル内から吐き出されるように飛び出す純白の機影。それを確認した瞬間、シンは眼を見開いた。

 

「マコト――!?」

 

セレスティがそのまま真っ直ぐに弾かれ、降下してくる。だが、セレスティは沈黙を保ったまま、急制動をかけるでも姿勢を制御しもしない。となれば、気を失っている可能性が高い。

 

「くそっ…落下はっ」

 

急いで落下ポイントを割り出し、シンはそれを確認するや否や操縦桿を引き、インパルスが甲板から飛び立つ。

 

《シン?》

 

困惑するメイリンの声も無視し、シンは機体を真っ直ぐに飛ばし、セレスティに向かっていく。

 

「おおおおっ」

 

降下予測地点に先回りしたシンはインパルスの両腕を拡げ、落下してきたセレスティを受け止めた。その激突のエネルギーが容赦なくインパルスに圧し掛かり、シンは身体を打ちつけ、歯噛みする。

 

セレスティの重量に加えて落下エネルギーも合わさり、それを支えきれず一緒に落下していく2機。

 

「こ、こなくそぉぉぉっ」

 

衝撃に呻きながらも、シンは重いレバーを押し上げ、インパルスの残っている推進剤を噴射させ、制動をかける。下方へと飛び散る粒子により、相殺された加速が落ち、2機は空中で踏み堪え、インパルスはなんとかセレスティを抱え上げる。

 

「ふぅ――マコト、生きてるか!?」

 

一息つき、急ぎ通信に怒鳴るが、返事が返ってこず、焦燥にかられるが、やがて弱々しい声が聞こえてきた。

 

「シ、シン…か――な、なんとかな」

 

苦しげに応じるマコトに思わず安堵し、シンは肩を竦める。

 

「言ったろ、必ずフォローしてやるって。ったく、無茶しやがって…この馬鹿野郎」

 

「ハハハ、酷い…な」

 

悪態を衝くシンに苦笑で応じ、それでも急ぎミネルバに向けて機体を上昇させる。もはや推進剤は限界に達している。

 

見え始める甲板に向かって後少しというところに達し、なんとかなったと気を一瞬抜いた瞬間――スラスターの噴射が途切れ、機体をすぐさま重力の鎖が絡み取った。

 

ガクンという音とともに甲板の一歩手前で機体の制御が落ち、身体に重りが圧し掛かった。そのまま引き摺られるように機体が降下しはじめた瞬間、甲板に手を伸ばしたインパルスの手に向かって伸ばされて腕が掴み取った。

 

重力に逆らうように身体に掛かる衝撃――ハッと顔を上げると、そこにはインパルスの手を掴み、必死に支えるセイバーの姿が在った。

 

「ステラ――っ!」

 

セイバーのコックピットで、ステラは右腕の駆動部から響く警告音に歯噛みしながら、必死に2機を持ち上げようと操縦桿を引き上げる。関節部に多大な負荷を掛けながら、セイバーは持ち上げようとするが、それでどうにかなるほど甘くはなかった。

 

2機分の重量に加えて重力が掛かる今、セイバーだけで引き上げるのは不可能に近い。

 

「ステラ、無茶はよせっ!」

 

「い、や――っ」

 

焦って叫ぶシンに苦しげなステラの拒む声が響き、セイバーは関節部から軋む音を響かせながらも少しずつ引き上げていく。だが、それはもはや限界に近い。セイバーの駆動部が負荷に耐えられず、動力ケーブルが途切れ、異常を発する。

 

再び落下する衝撃が身を襲うとした瞬間、そのセイバーの腕を別の機体が強く握り締めた。

 

「ったくあんたら――こんな時には、仲間頼んなさいよねっ」

 

激しく悪態を衝きながらセイバーの腕を掴み、引き上げる赤いザクウォーリア。ステラのセイバーが飛び出したと同時にヴィーノ達を押し退け、機体の固定を強引に引き剥がし、急ぎ駆け寄った。

 

ザクウォーリアのパワーも合わさり、ステラとルナマリアが互いの呼吸を合わせて一気に引き上げた。

 

それにより、勢いづいたままセイバーとザクウォーリアは甲板に大きく尻餅をつき、引き上げられたインパルスとセレスティはそのまま甲板にダイブするように着艦した。

 

救出劇が無事終了し、艦橋でタリア達が肝を冷やしたとばかりに嘆息し、救助したステラやルナマリアもまた大きく肩を落とした。

 

そんな様子に、助けられたシンやマコトは少しばかりバツが悪そうに苦く笑う。

 

それは、自分達を助けるために危険を冒してくれた仲間に対する感謝と嬉しさだった。

 

「「ありがとう」」

 

無意識に。二人はそう呟いていた。

 

傷ついた戦士を迎え入れるかのごとく、差し出された仲間の手を取り、MSは全機艦内へと収容された。

 

格納庫内は騒然となっていた。初の大気圏突入時におけるダメージチェックに加え、収容したMSの固定作業等に走り回り(おまけにルナマリアが壊したクローラーの惨状にヴィーノらが愕然となり)、それらを収容された機体から救助されたマコトらは、救護班からの手当てを受けながら見詰めていた。

 

あれ程の長時間戦闘は初めてだったためか、訓練を受けていないマコトは、完全に心身ともに疲労の極みにあった。そんななか、大きな振動が襲い掛かり、ハッと顔を上げ、周囲のクルー達も色めき立つ。

 

「な、なに!? まだ何か――!?」

 

降下と同時に攻撃を受けたのかと狼狽するヴィーノらだったが、これは攻撃による振動ではない。不意に襲った振動に混乱していると、レイが予想を口に出した。

 

「地球を一周してきた最初の落下の衝撃波だ――恐らくな」

 

冷静な口調で発された指摘にその場にいた全員が愕然となり、顔を神妙に引き締める。地球を一周してなおこれだけの衝撃が残っている。なら、それらが連鎖的に繰り返され、今地上に起こっている被害を思い浮かべ、うすら寒いものを憶える。

 

マコトは俯き、脳裏にユニウスΩで散ったサトーのことを思い浮かべた。

 

(おっさん――あんた、本当のバカだよ。生きて、償わなきゃいけなかったのに)

 

無意識に拳を握り締め、マコトは自分でも解からない感情に苦悶した。やがて、身に襲う強烈な疲労と睡魔に誘われ、その思考は深く溶け込んでいく。

 

暗然とするなか、ミネルバはその地上へ向けて降下していくのであった。

 

 

 

 

 

薄暗い何処とも知れぬ場所。中央のテーブルを囲うように席に着く十数名の人影。

 

その服装はまばらだ。連合軍服を着た士官にスーツ姿の老若問わない紳士など、統一感のない人影の周囲には、無数のモニターが浮かび上がり、それを一瞥した一人の老紳士が溜め息混じりに囁いた。

 

「やれやれ、やはり大分やられたな」

 

モニターには、落下による各地の被害状況が無数に映し出されている。今も黒煙を噴き上げ続ける巨大なクレーターの中にはなにも残らず、その衝撃波によって周辺地域も吹き飛び、高層ビル群は瓦礫の山と化し、沿岸部は高波によってほぼ例外なく被害を受け、倒壊、ないし流失により喪われ、水没した街並みや森が映る。

 

そして、それらの廃虚の上では未曾有の大災害に嘆き哀しみ、そして茫然自失となる被災者に溢れている。

 

落下によって避難が間に合わず、または避難したシェルターごと一瞬にして命を灼きつくされた者も少なくない。そして、それらによって起こされた影響は長期に渡って続き、二次的三次的連鎖となって各地を襲うだろう。今後の復興のことを思えば、頭が痛い話だ。

 

「特に赤道一帯は酷いものです。我が方でも、施設の幾つが被害を被っております」

 

軍服の士官が書類を手にモニターに映し出すのは、大東亜連合の中枢たる東アジア共和国の軍施設の様相。崩れ落ちたビルにエネルギータンクによる火災、そして瓦礫に埋もれたMS等、被害は軽視できるものではない。

 

「ふむ――どうするのだね、ラース? 今回の件で、我らが被った被害は軽くはない」

 

視線がある一点に集中する。そこには、やや脱色した金髪を持ち、くたびれた面持ちながら、身に纏うのはどこか気品を備えたスーツ姿。その壮年の紳士は、指で先程からリズミカルにテーブルを叩きながら、不適な笑みを浮かべた。

 

「答えるまでもないでしょう。此度のこの被害を齎した元凶を叩く、それだけですよ」

 

その青い瞳には、ギラギラとした狂気が渦巻いている。この男こそ、前大戦において地球連合軍を実質的に支配したムルタ・アズラエルの父、『ラース・アズラエル』と呼ばれる前ブルーコスモスの重鎮。

 

息子を喪い、そしてブルーコスモスからも放逐された男には、それによる疲労を感じさせ、尚且つそれすら凌駕する憎悪がありありと浮かんでいる。

 

そして、そのラースを見詰める者達こそ、現大東亜連合の幹部将官にそれらを支援する政治家だった。

 

「しかし、そううまくいきますかな?」

 

何気に漏らした一言にラースの高揚が僅かに害され、やや非難めいた視線を向け、他の者もそれにならって視線を向けると、ラースから僅かに離れた位置に座するスーツ姿の、この場では歳若い青年がシートに身を預け、組んだ脚の上で両手を組み、口元の咥えられた煙草が微かな硝煙が立ち昇っている。

 

「なにか、御不満がおありか、ロム殿?」

 

我関せずといった様子で座するロムと呼ばれたオールバックの黒髪の青年に向けて、ラースが渋い顔で尋ねる。

 

「いえ、ただね、プラントの――いや、『ギルバート・デュランダル』議長の対応が思った以上に的確で迅速なものでね」

 

揶揄とも称賛とも取れるように、視線をある一点に向け、それを確認した他の面々も同様に顔を苦く顰めた。

 

「確かにな」

 

「デュランダルめの動きは早いぞ。奴め、もう甘い言葉を吐きながら、なんだかんだと手を出してきておる」

 

モニターの一つには、プラント議長であるデュランダルが、地球にユニウスΩの欠片が落ちた際の被害にあった地域に対してのメッセージが流れ続けていた。

 

《この未曾有の出来事を、我々プラントもまた、沈痛な思いで受け止めております。信じがたいこの各地の惨状に、私もまた言葉もありません》

 

デュランダルが映し出されている画面が切り変わると、プラント側から派遣されてきたと思しき災害支援車両などが次々と被災地に向けて、輸送機で飛び立つ映像が映し出された。

 

確かに、デュランダルの行動は迅速で的確だ。今回の事態を各国に通達し、破砕作業を曲がりなりにも成功させていることもそうだが、事後の対応もまた如才ない。

 

既にカーぺンタリアやジブラルタルを中心に、地上各地のザフト関連施設から被災地に向けて救援物資や救助要員などの派遣が大々的に行われている。

 

《受けた傷は深く、また悲しみは果てないものと思いますが、でもどうか地球の友人達よ、この絶望の今日から立ち上がってください。皆さんの想像を絶する苦難を前に、我等もまた援助の手を惜しみません――》

 

端正な顔に悲壮感を漂わせて訴えるデュランダルは、民衆にはこの上ない善良な為政者と映ることだろう。これは彼らにとって、面白くない事態だ。これでは、反プラント感情を煽り、開戦へと持ち込もうとする彼らの思惑は空振りに終わる。軍人をはじめ、数人の紳士が忌々しげに舌打ちするなか、ラースは嘲るように鼻を鳴らす。

 

「むしろ不自然ではありませんか?」

 

そう漏らしたラースに視線が集中し、ラースはモニターを一瞥する。

 

「この迅速な対応、まるであらかじめ用意していたようではありませんか」

 

その評通り、数人は眉を寄せ、表情を渋く顰める。確かに、デュランダルの行動は早すぎる。

 

被災地に向けての援助にしても、発生からまだ時間はほとんど経っていない。にも関わらずこれだけの支援物資や人材の確保が迅速に行えるだろうか――答はNOだ。

 

最初からそれを見越して、準備していたと考えた方がしっくりくる。なら、プラントは今回のこのユニウスΩの落下も、最初から完全に阻止できると考えていなかったかもしれない。それは、ひいては地球側の国力を低下させる狙いがあるという、思惑が隠れていればこそだが。

 

その考えに至り、ざわつきが起こり、気をよくしたラースはさらに畳み掛けるように言葉を紡ぐ。

 

「そして、これを御覧ください。ファントムペイン、特殊第190機動部隊『ラストバタリオン』が、たいそう面白いものを送ってきてくれました」

 

コンソールを操作すると、モニターの一部が別の映像に切り替わる。ユニウスΩ落下を企てたテロリストが使用するジンハイマニューバ2型の戦闘場面や、ユニウスΩのストリングスに取り付けられたフレアモーターの静止画像が数枚映し出された。

 

「む?」

 

「これは…フレアモーター?」

 

「やれやれ、結局そういうことか――」

 

「やはり此度の件、コーディネイターどもの茶番劇」

 

口々に騒ぎ、憤慨する一同のなかで、一人無言で事態を見守っていたロムは無造作に煙草を取り出し、ジッポで火を灯し、一噴きする。

 

一服し終えると、視線を微かに細め、ラースを見やる。

 

「この映像、どこまで信用できるものか?」

 

それが癪に障ったのか、ラースは不遜に鼻を鳴らす。

 

「これは貴様の子飼いである連中が送ってきたものだ。諜報部にも確認は取った。それに、真偽などどうでもよい、眼の前で起こったことのみが、真実なのだからな!」

 

この映像がたとえどうであろうと、プラントへの疑心暗鬼が高まっている今なら、容易に扇動が可能であろう。

 

「これを赦せる人間など、この地上の何処にもいはしない。そしてこれは、この上なく強き我らの絆となるでしょう。今度こそ奴らの全てに死を――」

 

皺がれた貌に、憎悪を爛々と刻みながら地を這わんばかりに囁くラースに同調したのか、軍人が頷く。

 

「既に、アルザッヘルでの準備も進めております」

 

「奴らに対し、正義の鉄槌を!」

 

勇む軍人を宥めるように、老紳士が手を振る。

 

「はやるでない。迂闊に戦端を開くのはマズイ」

 

「そうだ、はやまった真似で自滅するのは真っ平だ」

 

戦端を開き、開戦に持ち込むのは反対ではないが、それを何の考えもなしに実行するのは、賛成できない。戦争はただの殺し合いではない、そこに様々な思惑や利潤が絡むこそ、起こすものとそうでないものがある。その折り合いを無視しては、自滅あるのみだ。

 

そんな弱腰な態度に憤慨し、軍人が席を立ち、怒鳴りつける。

 

「なにを弱気なっ、ならば今の現状をどう考えか! 奴らは既に我らへの敵意を見せているのだぞっ」

 

その片鱗は確かに在った。一例を挙げるのならあの『セカンドステージ』だ。新造戦艦と新型MSの開発など、地球にすれば挑発行為にも等しい。

 

「それで我らまで共倒れにされては困るというのだよ、現在の軍需産業もかつてのようにブルーコスモスの首魁というわけではないのだ」

 

老紳士はなにより利潤と己の保身を優先し、反対する。

 

議論は堂々巡りになり、終息する素振りもない。ラースは苛立ちながらその様を見やっていたが、一人我関せずとばかりに煙草を吸っていたロムを見やり、口を開いた。

 

「ロム殿は、どうお考えか?」

 

その言葉に議論していた者達の声が一瞬止み、視線が注がれる。話を振られたロムは煙草の灰を落とし、口に含み直しながら指でテーブルを叩き、ふむと視線を開く。

 

「私としては、暫し静観を取るべきだと思いますね。なにより、地上の受けた被害は甚大だ。その復興支援だけでも、かなりの予算が必要となりましょう。開戦するにしてもしないにしても、地盤と市場が荒らされたままでは心許ないでしょう」

 

その言葉が説得力があったのか、軍人達も先程の勢いをなくし、黙り込む。落下によって受けた被害は甚大であり、肝心の国力をかなり低下させている。

 

そんな状態で開戦しても、すぐに息切れとなるのは必至だろう。今の連合はかつてのような強大な複合国家体ではないのだ。

 

「幸いに、Mr.ギルバートが諸手をあげて、問わず被災地へ支援を送ると宣言している。なら、それを利用し、今は回復に専念するべきでしょう。その映像にしても後に外交の場でちらつかせれば、相手へのいい牽制ともなりましょう。そうすれば、余計な損害を負わずに連中を再び家畜にすることも可能かもしれませんよ」

 

新しい煙草を咥え、白煙を噴かせながら、笑みを浮かべるロムの貌はどこか威圧感と微かな恐怖を抱かせるほど暗く見える。それが他の者達を萎縮させ、やがて口々に頷き合う。

 

「そうだな、今は回復が先だ」

 

「余計なリスクを負わずに済むのに、越したことはない」

 

その意見に同意した老紳士や名士達が頷き、軍人達も数名が苦りきった面持ちながらも、正論に反対できずに黙り込んでいる。

 

その様を見やりながら、ラースは内心に大きく焦りを抱いていた。このままではマズイ。このまま畳み掛けて一気に開戦に持ち込ませる算段が、大きく揺らごうとしている。

 

(ロムめ、腰抜けがっ)

 

殺さんばかりに鋭い視線を向けるが、ロムは飄々としたまま、もはや終わりとばかりにすっかりシートに凭れ、寛いでいる。

 

(ぐっ、こうなれば国家主席に直接取り付けるまで。私は諦めん――奴らを、コーディネイターを滅ぼすためには手段は選らばん! 真の青き清浄なる未来のために――っ)

 

奥歯を噛み締めながら、険しい面持ちを浮かべるラースの瞳には、狂気とコーディネイターへの憎悪のみしか、浮かんでいなかった。

 

 

 

大気圏という壁を越え、そして危機一髪の帰還救出を終えたミネルバとヤマトは揃って地表に向けて降下し、やがてその眼下には大きく拡がる海面が覗いてくる。

 

破片の落下による影響で海面もまた大きく荒れ、最後の難関として立ち塞がっている。初の着水に対し、ミネルバの艦橋は緊張のなかにあった。

 

「迎え角良好。フラットダウン、推定海面風速入力。着水チェックリスト1番から24番までグリーン」

 

ミネルバの艦底と海面の間の空気流によって起こる艦体を下方に押しつける対地効果が予想を越える数値を出し、息を呑む。

 

「グランドエフェクトが、シミュレーション値を超えていますっ」

 

やはり自然相手にシミュレーションは誤魔化しに過ぎない。だが、タリアは続行を指示し、全艦に警報を発令した。

 

「警報、総員着水の衝撃に備えよ!」

 

近づく巨体に水面が大きくさざ波立ち、盛大な水飛沫を上げる。船体が水に触れた瞬間、大きく傾き、次いで水とは思えないほどの高圧力の衝撃が大きく揺らす。突き上げられるような振動にクルー達は必死に身を構え、衝撃に耐えた。

 

やがて艦尾から水飛沫を飛ばしながら前進し、それが徐々に抵抗となって減速していく。やがて、ミネルバの巨体は倒れ込むように完全に着水した。

 

《着水完了、警報解除》

 

アーサーの放送に、各所でクルー達の間に安堵が漏れる。

 

《現在、全区画浸水は認められないが今後も警戒を要する。ダメージコントロール要員は下部区画へ》

 

艦橋もまた、初の試みを終えた疲労と安堵に肩を大きく落とし、息をつき、タリアは後ろに着く雫を見やりながら横で同じく着水し、並行するように停止したヤマトを一瞥すると、今一度見やり、雫が無言で頷いた。

 

アーサーからのアナウンスに、格納庫で待機していたマッドをはじめとした整備班の一部が道具を片手に着水の衝撃による異常チェックのため、艦底部に向かい、それ以外の面々は誰ともなく甲板に向かった。

 

マコトを運んでいく医療班を見送ったシンらパイロットもその後を追い、彼らは甲板に身を曝け出した。

 

最初に飛び込んできたのは、鬱蒼とした灰色の空。舞い上げられたチリやガスによって太陽光が遮られ、さらには雷鳴が轟く空と濁ったような青緑のどこまでも拡がる海だった。

 

完全に人工物で自然を形成するプラントの空や湖しか見ることがなかった彼らにとって、その光景はまさに未知のものであり、皆どこか興奮した面持ちだった。

 

「けど、地球か――」

 

感慨深げに呟くヨウランの横で、ヴィーノは大仰に無邪気に応じる。

 

「太平洋って海に降りたんだろ、俺達? うっは、でっけぇ、すんげー」

 

知識としては知っていても、実際に見るのは初めてなのは仕方ないが、先程までの懸念を忘れたかのように子供のように興奮するヴィーノに呆れて咎める。

 

「そんな呑気なこと言ってられる場合かよ、どうしてそうなんだ、お前は」

 

確かに、呑気に感慨に耽っている場合ではない。

 

同じく甲板に出たシン達は、どこか暗然とした様子だった。落下阻止ばかりに気を取られ、その先のことなどまったく考えてもいなかった。

 

なし崩し的に地上に降りてしまい、この先どうなるのか、不安が生まれるのも仕方なかった。

 

不意に、シンは右手に感触を感じ、見やると、ステラが不安な眼差しでシンの右手を握り締めていた。

 

そんなステラを安心させるように強く握り締め返し、シンは空を見上げる。

 

ユニウスΩが落ちた――その事実が、酷く頭を擡げる。結局、自分達は止めることができなかったのだ。あの哀しみに囚われた者達を――そして、これが次にどういった事態を齎すのかも、嫌なほど理解できてしまう。

 

(そんなこと、あってたまるかっ)

 

頭を振ってその考えを打ち消した時、隣にいたルナマリアが声を上げた。

 

「ちょっと、アレ!」

 

その声に反応し、思考を中断したシンや甲板にいたクルー達もハッと気づく。並行するヤマトから、何かがこちらに向かってきている。

 

戦闘機2機が先頭を進み、その後方で上半身のみとなったザクウォーリアを抱えたMS。そして最後に高速ヘリだった。

 

「なぁなぁ、アレって日本の機体なんだろ?」

 

「俺が知るか、ハッキリ聞いた訳じゃないんだから」

 

眼を丸くするヴィーノと悪態を衝くヨウランのやり取りを横に、シン達も思わず見詰めていると、そこに声が掛かった。

 

「貴方達、下がりなさい」

 

強く響いた声に振り返ると、そこにはタリアをはじめ、副長であるアーサーと随行している保安兵に護られた雫の姿が在った。慌てて下がり、道を空けるなか、タリアは強張った面持ちで向かってくるヘリを凝視している。

 

やがて、甲板の上に到着すると、ヘリが垂直に降下してくる。落下の際に巻き起こる突風が甲板に吹き荒れ、タリアは思わず制帽を押さえ、アーサーはたじろぐ。シン達も顔を覆いながらそれを凝視する。

 

やがて、ヘリが車輪を着地させる。その隣にザクウォーリアを抱えた空魔が着地し、抱えていたザクウォーリアを降ろす。そして、残りの空魔2機も空中で変形し、MS形態でヘリの周囲に着地する。

 

「すっげぇ! 変形したぜ!」

 

鮮やかな変形にヴィーノが眼を輝かせ、ヨウランもその機構に興味を引かれたのか、見入っている。

 

戦闘中であったため、ハッキリと確認はしなかったが、その能力を目の当たりにし、シン達パイロットも驚愕した面持ちだった。

 

そして、ヘリのドアが開き、そこから数人の人影が姿を現わす。

 

制帽を被った純白の軍服を纏った壮年の男が先頭に立ち、そしてその後方をコートのような軍服を纏った長身の男が続き、最後に見覚えのある顔が降りてきた。

 

「東雲艦長、番場大佐。それに、刹那ちゃんも」

 

その姿を確認した雫が小さく漏らし、それを聞き止めたタリアが微かに振り向くが、やがて視線を戻す。

 

お互いにほぼ直前に立ったところでその足が止まり、壮年の男が手を差し出した。

 

「大日本帝国軍、ヤマト級壱番艦、艦長の東雲聡准将だ」

 

「ザフト軍、ミネルバ艦長のタリア・グラディスです。此度の件においての援護、感謝します」

 

平淡な口調だったが、微かに眼元を緩めて握手を交わすタリアに、聡もフッと口元を薄く緩める。

 

「いやなに、こちらはあくまで当然のことをしたまでだ。それよりも、礼を述べたいのはこちらだ。我が国の外交官及び、随員を護ってくれたことに感謝する」

 

「いえ、こちらも当然の行いをしたまでです」

 

互いに挨拶もそこそこに握手を終えると、聡の横から前に出た壮吉が雫の前に歩み寄り、頭を垂れる。

 

「この度はよくぞ無事に戻られました、斯皇院外交官。帝よりの命により、お迎えに上がりました」

 

「感謝を」

 

臣下に礼を述べると、雫は静かに歩み出し、壮吉に護られるように聡の後ろに進み、刹那と視線を交わし、互いの無事を喜ぶように笑みを浮かべ合う。

 

「ここまで無事に護っていただき、感謝する。では、外交官及び随員は我々がお引取りします」

 

壮吉が一礼すると、タリアは探るような視線を向ける。

 

「貴方方は、これから何処へ?」

 

訊くまでもないことだ。だが、それは問いよりも確認に近い。その思惑を悟ってか、壮吉が答え返す。

 

「本国へ戻ります。我らの国も、此度の件でどのような影響を受けたか、確認したいので」

 

「当然でしょう。そこで、お願いがあるのですが――我が艦は現在、その機能を低下させており、すぐにでも修理・補給を受けなければなりません。可能なら、そちらの国で行わせていただきたいのですが」

 

予想通りと言えば、予想通りの申し出だった。

 

ミネルバはこの短い期間の間に激戦ともいえる戦闘を潜り抜け、その身を大きく傷つかせている。そして、そんな状態で太平洋のど真ん中に降下してしまった以上、早くに船体の修理を行える場所に向かわなければならない。

 

なら、この場に居合わせたヤマトに白羽の矢が立つのは、必然だった。

 

孤立するよりはまだマシだ。幸いに、こちらはかの国のVIPをここまで護衛してきたという実績がある。迂闊に無碍にはしないと踏んで賭けに出たタリアだったが、壮吉の表情は変わらず、こちらを凝視したまま、やがて小さく頭を下げた。

 

「大変申し訳ないが、その申し出はお受けできかねる」

 

拒否の言にクルーの数人が憮然となり、アーサーもどこか険しい。タリアは無言のままだったが、僅かに硬い。

 

「我が国は、貴国とはまだ正式に国交を交わしていない。故に、貴艦を受け入れる権限を、我らは持ち合わせていない」

 

壮吉の言葉がただの方便だと、タリアは薄々悟った。

 

確かに、タリアはこれが無茶な要求だということは分かっている。日本は対外的には中立的立場を唱えているが、独立して日が浅いゆえに他国の動向には神経を尖らせている。

 

そんな状況下で起こった今回の事件。プラントの艦を下手に招き入れたとなれば、それは余計な外交上のトラブルの許になりかねない。

 

だが、それでも今の艦の状態を鑑みれば、どうにかしたい心持ちだったが、壮吉は既に話を終えたとばかりに視線を逸らしている。

 

情けで軍が動けるはずもない。まだ国防軍に再編されてから日の浅いザフトでは、低い認識に歯噛みする。雫を見やるも、同意見なのか、申し訳なさそうにしている。

 

どうやら、この件に関しては雫には口を挟む権利はないようだ。

 

「申し訳ない、我らもいつまでもここで居られぬのでな。早々に、失礼させてもらう」

 

聡が切り上げ、一同が身を翻すなか、雫が何かを思いつき、視線を向けた。

 

「グラディス艦長、勝手な意見ですが、オーブへ向かわれてはいかがでしょうか?」

 

「オーブに?」

 

唐突に呈示された案に、タリアは眼を丸くする。

 

「はい、あの国はプラントとも国交を交わしていますし、中立国家です。無闇に拒否はしないでしょう」

 

オーブは中立という立場を活かし、地球諸国家やプラントにも門戸を開いている地上では稀な国家だ。だが、あそこなら受け入れられる可能性も高く、またカーペンタリア基地にも近い。妥協案だが、今は最良の策かもしれない。

 

「しかし、オーブが受け入れてくれるでしょうか?」

 

懸念を口にするアーサーに、タリアも考え込む。いくら中立とはいえ、この状況下で果たして受け入れてもらえるか、その辺はまさに五分五分である。

 

「一応、私の方からもオーブに対し、打診はしておきます」

 

「――分かりました」

 

妥協案に割り切り、頷くタリアに雫は申し訳なさそうにしていたが、雫には判断しかねる問題だ。

 

「艦長、此度の件、私個人としては貴方方に感謝しております。ハッキリと御約束はできませんが、我が国がとる道が、プラントにとって不利益にならないように計らいます」

 

静かにそう告げる雫に、タリアは微笑を浮かべ、敬礼する。

 

「ありがとうございます」

 

「では、これにて…貴方方の進む道に、幸あらんことを」

 

一礼し、雫は護られながらヘリに乗り込み、やがてヘリが風と音を立てて浮上していく。

 

それを見計らい、佇んでいた空魔3機も飛び上がり、戦闘機となってヘリの周囲を護衛しながらヤマトへと帰還していく。

 

ヘリが艦内へと消え、戦闘機が収容されると同時にヤマトは艦首を反転させ、本国である日本を目指して海面を進んでいく。

 

「艦長」

 

その様を見送るタリアの背中を窺うアーサーに対し、微かに溜め息を零し、肩を竦める。

 

「取り敢えず、応急修理が済み次第、南下します。目標はオーブ」

 

「あ、はっ!」

 

一瞬呆けるが、やがて頷き、それに弾かれるように各員がそれぞれの持ち場に散っていく。そして、艦内へと回収されていくザクウォーリアを見やりながら先程の会見を見守っていたリンは難しげに頭を掻く。

 

(オーブか、考えようによっては好都合か)

 

こうして地上に降りてしまった以上、仕方あるまい。

 

それに、オーブには『彼ら』がいる。今回の件について少しばかり確認したいこともある。恐らくその後は一度戻らねばならないだろう。

 

(宇宙へ――いろいろと厄介だな)

 

キラが探しに来るまで、リンは無言で灰色に染まった空を見上げていた。その灰色は、皮肉にも今の世界を表わしているようだった。

 

 

 

 

 

同じ灰色の空に覆われた、ミネルバの目的地と定められたオーブ連合首長国。

 

この国もまた破片落下による津波で沿岸部が多少の浸水を受けたものの、都市部への深刻な被害はなく、混乱も少なかった。

 

軍部も災害対策に駆り出されている程度だが、この影響を受けたのは宇宙との行き来である。

 

電波障害による状態では迂闊にシャトル等の打ち上げができない。よって、ヤラファスの空港では現在全てのシャトル便が運航を見合わせているなか、灰色の雲を裂くように降下してくる一隻の小型軍用シャトル。

 

それが問題なく滑走路に降り立ち、やがてターミナルに接続される。

 

突然の休航にターミナル内は立ち往生する民間人や、事態把握や説明に走り回る職員、そして混乱を沈静する保安の者達で溢れている。そんななかへ先程のシャトルの降車ゲートから一人の女性が姿を見せる。

 

黒のズボンに白のジャケットを羽織り、ラフな格好で歩く黒髪の女性:マイは無言のままその光景を一瞥し、歩を進めながら横のガラスを見やり、立ち止まる。

 

(嫌な空――相当、厄介な事態になりそうね)

 

苛立ち気味に、内心に悪態を衝く。

 

ユニウスΩの落下は、アメノミハシラへ帰還の途中でツクヨミから確認した。そして、アメノミハシラでTFの面々と別れ、マイは単身オーブを訪れた。

 

この国はどうやら大きな被害は被っていないようだが、あの落下騒ぎで被害を被った国々は数知れない。

 

(南米もくらってるわね。となれば、ゴタゴタは避けられないか。内戦なんて洒落になんないわね)

 

心中に嘆息しながらマイは肩を竦め、再び歩を進める。

 

やがて、ターミナルを抜け、空港に設けられた繁華街に足を踏み入れるが、やはり人の姿はまばらだ。微かに歩く人々の顔にも不安が色濃く漂っている。オーブは一度戦火に焼かれた国、その不安や恐怖は今も根強く国民のなかに残っている。

 

そんな様子に同情するでもなくマイは無言で歩み、やがて繁華街の片隅に設けられた喫茶店に入店する。店内はほとんど客の姿もなく、閑散としていたが好都合だった。ウエイトレスに案内され、マイは端のガラス張りになった席に腰掛ける。

 

「コーヒーホット、ブラックでね」

 

そう簡潔に注文を告げると、ウエイトレスは一礼して離れていく。

 

マイは頬杖をついてガラス越しに鬱蒼とした空を見詰めていたが、やがてコーヒーが運ばれてき、頷くとコーヒーを一口啜る。途端に顔が顰まる。

 

「あ~苦っ、まずっ」

 

苦みばかり出ているコーヒーに毒づくと同時に、マイは背後の席に座った気配に気づいた。その人影は黒いスーツ姿にサングラスをかけた男だった。

 

カップを置き、何気なしに背中に向かって囁くように呟く。

 

「どう、状況は?」

 

「破片はほぼ赤道一帯を中心とした地域に集中した模様で、なかでも被害の大きいのは東アジア共和国と南米の一部がかなりの被害を受け、またそれ以外にも二次的混乱が続発しています」

 

背中で語る男は、マイの部下の一人だった。世界各地に散っている大西洋連邦のエージェントの一人であり、連絡を受けたマイは無理を言ってオーブに降りてきたのだ。

 

「成る程ね」

 

「また、これに乗じて連合内でも不穏な動きと各国首脳部に向けて、秘密裏に接触が確認されております」

 

「なんとまあ、そんな事だけ速いんだねえ」

 

呆れるように肩を竦め、コーヒーを再び啜る。

 

「となると――近々、なにかしら大きな軍事的アクションがあるわね」

 

視線を微かに細め、自身に聞かせるように呟く。

 

実際、今回の件は反プラント感情を持つ国家に、いい大義名分ができたと見るべきだろう。だが果たしてそううまくいくか――この件が仕組まれたものであるなら、そう思惑通りには進みはしまい。

 

「オーブは?」

 

「今のところは大きな転換は確認できていませんが、政府内では議論が起こっていると見るべきでしょう」

 

議員制を登用したことで、今のオーブの議会には民間からの議員も加わっている。無論、主権は代表であるミナが握っているが、議会を無視することはできない。当然ながら、今後の方針においても対立があるとみて然るべきだろう。

 

(あまり、長居はできないわね)

 

厄介者以上に邪魔者だ。さっさと用件を終わらせて、出て行くに限る。

 

「それと、これは南米にいるエージェントから、緊急回線で送られてきた映像です」

 

背中越しに差し出されたそれを無造作に受け取り、一瞥する。そこには、薄ぼけた何かが映る写真だった。

 

「MS? 見たことのない形ね」

 

そこに映っていたのは、ハッキリとはしないが、形からしてMSだろう。だが、マイには見覚えのない形状だ。

 

「ユニウスΩの破片とともに降下してきたのを、近くにいたジャーナリストが撮影したもののようです。ただ、この機体に関しては現在ロストしております。行方も捜索させておりますが」

 

「続けさせて――厄介事の種は尽きないわね」

 

心底疲れるとばかりにそう告げつつも、マイはその形状を睨むように見ていた。

 

(これは確か、ジェネシスαで見た――マーシャンが、何故地球圏に関わってくる?)

 

数日前の記憶に鼻を鳴らし、マイはテーブルの端に置かれたマッチを取り、徐に火を灯し、それを写真に放り投げ、灰皿の上で写真が燃え落ちる。

 

一瞬にして黒灰になったそれを一瞥し、状況の確認を終えたマイは本題とばかりに切り出す。

 

「で――例の件、『堕天使』がオーブに居るってのは本当なの?」

 

そう――マイが危険を冒してまで、オーブに降りたのはその連絡をアメノミハシラで受けたからだ。一ヶ月前に突如消息を絶ったある人物の捜索と接触、確認を取るマイに男は動く気配もなく口だけを動かす。

 

「はっ、遂先日、この国に入国しております。偽名は使っておりましたが、間違いありません」

 

懐から取り出し、差し出されたそれを受け取り、眼を通す。そこには、入国者のリストが載せられており、そのなかの一名の顔が眼に止まり、マイは微かに怪訝そうに眉を寄せる。

 

「ま、下手に密入国されるよりは盲点か」

 

この辺りの調査ではありがちだが、裏をかくことを前提に調査するためにどうしても見落とす。まあ、偽名は使っているようだが、まさか堂々と入国してくるとは考えないだろう。

 

「現在位置の特定を?」

 

「必要ない。だいたい居場所に見当はつく」

 

ハルバートンから受け取った資料が正しければ、おおよその予想は絞れる。書類を放り投げ、マイは一息つく。

 

「ところで、アレの最終調整は終わってるの?」

 

「はっ、モルゲンレーテの方で。ですが、よろしいのですか? アレは我が軍の機密事項に相当するもの」

 

「別に構わない。元々の造り主はあそこだからね。今回持ってきたのはあくまで調整のため、うちのスタッフも張り付いてるでしょう? それに、ハルバートン司令の許可は貰ってる」

 

投げやりに返すマイにエージェントは、曖昧に頷くのみだ。

 

「とにかく、いつでも使えるようにはしておいて。何が起こるか分からないからね」

 

実際、何が起こって欲しいわけではないが、常に最悪の事態は想定しておくべきだろう。その意図を察したのか、深々と頷き返される。

 

「了解、では」

 

やり取りを終えたエージェントは席を立ち、素早く店を後にする。それを一瞥するでもなくマイは残ったコーヒーを煽り、飲み干すとカップを置き、今一度手元に放り投げた書類を見やる。

 

「この一ヶ月の間に何があったのやら――せっかくの美人が台無しね」

 

入国者を示すIDに添えられた写真に写る人物は、顔の右半分を無造作に包帯で覆っている。

 

「レイナ・クズハ――先の英雄、黒衣の堕天使、ね」

 

ポツリと呟き、マイは値踏みするように写真を凝視しながら、思考に耽った。

 

(こんな生娘に、本当に渡す価値があるのかしらね)

 

 

そこまで考え、マイは首を振り、徐に席を立ち、静かに店を後にした。

 

 

 

 

応急修理を終えたミネルバは一路、オーブへの進路を取っていた。荒れる海面を微速で進むミネルバの装甲に雨が降り注ぐ。

 

先程から拡がっていた分厚い灰雲により、周囲はどこまでも薄暗い。破片の衝突で舞い上がった粉塵が太陽光を遮り、気候の寒冷化、また植生の影響、オゾン層の破壊や酸性雨、二酸化炭素放出による温暖化の進行など、衝突の副産物による影響は長期に渡って地上を襲うだろう。そうした空から巻き上げられた有害物質等が含まれた雨が降り注いでいる。

 

その憂鬱な景色を艦橋に佇みながら無言で見据えるタリア。まるで、自身の内の不安を体現するような光景により気分が沈む。

 

先程から周囲の警戒とオーブに向けてのレーザー通信と回しているが、芳しくない。それは、カーペンタリアやジブラルタルも同様だ。

 

だが、自分達には他に選択肢はない。この状況下では会敵はあまり心配がないのが唯一の救いだ。

 

またもや、深々と溜め息を零した。

 

そして、クルー達もまた激戦に次ぐ激戦に疲労が出たのか、艦内の至るところで消沈している様が見て取れる。そんななか、リンはキラと共に後部の展望デッキに佇んでいた。

 

ガラス越しに先程から降り注いでいるどこか黒ずんだ雨を見据え、リンは難しげに空を見上げており、キラもどう切り出したものか迷い、ずっと無言状態が続いている。

 

「あ、ここに居たんですね」

 

そんな空気を破るように、デッキに姿を見せたシンやステラの姿に驚きもせず、視線を向ける。

 

予想通りというか、むしろ絶対に来るであろうという確信があった。

 

「お久しぶりです」

 

まともに挨拶を交わすのは、実際これが初めてだ。久方ぶりに話すかつての戦友に向けて一礼し、ステラも深々と頭を下げる。

 

「気を遣わなくていい。訊きたいのは、別のことでしょ」

 

図星なのか、シンは顰めた面持ちのまま、無言で頷き、キラが思い切って切り出す。

 

「リン、アレは…アレはやっぱり――」

 

不安を抱くキラ達の問いを肯定するように、リンは静かに頷き返す。

 

「十中八九、間違いないわね。天使――『奴ら』が再び現われた」

 

静かに、そしてどこか重々しく告げたリンに合わせるように艦外で雷鳴が轟き、光がデッキを照らす。それは、3人の胸に激震となって響く。

 

「そんな、あいつらは前の大戦でやっつけたはずじゃ――っ」

 

そんな事実を認めたくないのか、シンが否定するが、リンは首を振る。

 

「現実に連中が姿を見せた以上、事実よ。バックにいるのは『誰か』、まだ分からないけどね」

 

天使の背後にいる『影』が前と同じであるはずがない。それは間違いないが、新たな影が潜んでいるという事実を擡げる。

 

実際に天使と戦ったキラやシンは、暗然と俯く。

 

「これから…何が起こるの?」

 

不安げに呟くステラにシンやキラは答えられず、リンは視線を再びガラスの外に向ける。

 

「恐らく、かなりの確率で戦端が開かれるかもしれない。ユニウスΩを落とした亡霊の思惑通りに、ね」

 

その言葉に鋭く息を呑み、声が掠れる。

 

地上の受けた被害は深刻だ。そして、人々は不安と恐怖にかられている。そんな不安定な状況で求めるのは何か――それは、その負を齎した者への憤怒と憎悪に変わるのは、極自然だった。

 

それに、この件が起きた日付もまた、そう仕向けるには打ってつけということもある。

 

よりにもよって血のバレンタインと同じ日にこんな惨事を起こすとは、プラントからの宣戦布告と取られてもおかしくはない。

 

恐らく、これを理由にプラントに対し、抗戦を仕掛けようとする勢力が台頭してくるはず。

 

可能性として高いのは、今回の被害が大きい大東亜連合の中枢である東アジア共和国。あの国は前大戦終結後からプラントに対し猜疑心を抱いていた。

 

あの国には、未だ前大戦時に蔓延したブルーコスモス思想が根強く残っているだろう。

 

そして、外部に敵をつくり、国内の問題を逸らすのは歴史の常套手段だ。となれば、一番手っ取り早いのは、脅威の排除という自己正義の戦争だろう。

 

リンが示唆する可能性に3人の表情が不安に顰まり、唇を噛んでいる。それがなによりも現実味を帯びている過去を持っているだけに、否定できない。

 

たとえ、今回の件でどんなにザフト側が尽力し、また誠意を示したとて、起きてしまった悲劇はもう消せない。そして、その事態を引き起こしたのもまたコーディネイターだという現実が、痛く胸を裂く。

 

(でも、恐らくそれも、奴らにとってはただの前振りでしかないんでしょうね)

 

その可能性だけは、リンも口には出さなかった。

 

天使の目的――それが何にであるかはまだ分からない以上、迂闊な憶測はできないが、この騒ぎによる事態の推移も前章でしかない。その後に大きな何かが控えているはずだ。

 

リンも、知らず知らずの内に拳を強く握り締めた。

 

無言が続くなか、艦内端末の呼び出し音が空気を破るように響き、シンはそれが自分の物であると遅れて気づき、慌てて取った。

 

「あ、はい」

 

《お兄ちゃん、聞こえる?》

 

「マユ? どうした?」

 

《マコトさんなんだけど、今意識戻ったよ》

 

収容と同時に気を失っていたマコトはそのまま医務室に運ばれ、ようやく眼を覚ましたことに今の不安を少しばかり紛らわせる。

 

「ああ、わかった。じゃあ、そっちに様子を見に行くよ」

 

《OK、でもまだ安静なんだから静かにね》

 

通信を終えると、シンはステラと頷き合い、リンとキラに一礼すると、その場を足早に去っていった。

 

その背中を見送りながら、不意にガラスを叩く音が弱くなったと感じ、見やると、雨が止み始めていた。

 

遠くの空からは雲の切れ目から微かに陽が差し込んでいる。どうやら深刻な影響圏を抜けたようだ。身を翻し、リンはデッキを後にし、キラもその後を追った。

 

「少し腕はなまったようね。それとも、機体が違うと勝手が違う?」

 

通路を歩くなか、唐突に切り出した言葉にキラは戸惑う。

 

「うん、ちょっとね…操縦のレスポンスとか、違ってて」

 

「ま、あんたが使った機体と量産機種じゃね」

 

キラはこの方、操縦したMSはほぼ試作機が全てだったため、それらの操縦感覚と同じで操縦しても量産機種ではうまく反応が合うはずが無い。苦く乾いた笑みを浮かべるキラにリンは軽く溜め息を零す。

 

「これから恐らく、今回のような事態が否応なく起こるかもしれない。せめて、感覚だけは取り戻しておきなさい。後悔したくないならね」

 

視線を合わせず、冷たく言い放ったリンの一言にキラも息を呑み、視線を俯かせる。

 

確かに、戦後キラはずっとラクスの秘書として活動し、SPの真似事なら経験していたが、MSに関しては避けていた。

 

その間に否応無しに培われた操縦技能は、落ちてしまった。平時ならそれで構わない。だが、これからの事を思えば、そうは言っていられない。戦いから離れればいいだけかもしれないが、キラの立場上、それはできない。

 

現に、アーモリー・ワンの件では、危うくラクスを危険に晒しかけ、さらに先のユニウスΩでは戦闘で遅れを取ってしまった。下手をすれば、そこで命を落としていたかもしれない。

 

リンの言葉のなかに込められた気遣いにキラは思考を彷徨わせるなか、不意に銃声が通路に木霊し、リンとキラは咄嗟に身構えた。

 

リンは無言でコートの裏側に隠した鞘と懐に収めた銃のグリップに手を伸ばし、周囲を窺うが、警報も鳴らず、保安係が動くような騒然とした様子もないことにすぐ気づき、艦内への侵入の類ではないと悟り、手を離すが、それでも右腕に仕込んだ暗器だけはすぐに使えるようにし、その銃声が聞こえた先へと歩を進める。

 

通路の壁に備わった船外へのドアの外から銃声が聞こえ、警戒した面持ちで覗き込むと、そこに見えた光景に拍子抜けし、肩を竦める。

 

デッキにターゲットボードを設置し、射撃訓練に勤しんでいる。

 

ルナマリア、レイ、セスといったパイロットの面々に加えて、管制担当のメイリンの姿が在った。

 

何の珍しい光景ではない。ザフトでもそうだが、通常の軍隊なら定期的に訓練をこなすよう規定に定められている。当然のことだが、元々正式な軍部隊に配属されたことのないキラは呆気に取られている。

 

そんな様子に苦笑し、撃ち合う姿を監察するように視線を向ける。

 

セスとレイの二人は無言のままトリガーを引き、それが的確に標的のウイークポイントを貫通し、消えていく。それに対し、ルナマリアの撃ち方はどこかおぼつかない。標的の外側、よくて的内に当たるといった感じだ。

 

その調子で弾倉一つ分を撃ち終えたルナマリアは芳しくない結果に不満を憶え、小さく舌打ちし、溜め息を零しながら弾倉を交換しようとし、ドア付近で佇むリン達に気づいた。

 

「あら?」

 

その姿にルナマリアが眼を輝かせ、パタパタと歩み寄ってくる。

 

「御見学ですか?」

 

親しげに話し掛ける様子に、出撃前にぶつけられた嘲笑はどこへやらといった調子に眼を丸くする。

 

「せっかく地上に降りたんですから、どうせなら外の方が気持ちいいと思って外で訓練してたんですけど…調子悪いんです」

 

笑みを零し、舌をペロリと出しながら弁解しつつ再度ターゲットボードに向き直ろうとするが、何かを思いついたように向き直り、愛想よくニッと笑った。

 

「見せてくれませんか、貴方の腕前?」

 

「ん?」

 

不意にぶつけられた問い掛けに、リンは眉を顰める。

 

「本当は私達皆、『貴方』のことよーく知ってますよ」

 

意図が掴めず困惑するリンに対し、ルナマリアは言葉を続けた。

 

「元ザフト軍本土防衛隊所属、第1次ヤキン・ドゥーエ攻防戦にて連合旗艦:ルーズベルトを撃沈させ、『漆黒の戦乙女』と称される。その後クルーゼ隊に配属、戦争中盤では当時最強と謳われた連合のルシファーを討ち、そして国防委員会直属特務隊フェイス、ZGMF-EX000AⅡ:エヴォリューションのパイロット、『リン・システィ』ですよね?」

 

よくぞそこまで調べたものだと、リンは感心する。

 

「最後に裏切り者、という名誉はつくけどね」

 

褒め称えるルナマリアに皮肉るように肩を竦める。そのやり取りにメイリンも射撃を止めて聞き入り、セスやレイもまたこちらを見やっている。

 

リン自身、今更そんな過去の経歴に興味もない、むしろ他人のように思えるが、ルナマリアらにとっては軍部内の噂であり、生きた伝説にも近い。さらに、それを裏付けるような実力の一端を遂前回垣間見たのだ。

 

「射撃の腕も、かなりものと聞いてますけど?」

 

差し出された銃とともに、ルナマリアはあどけない無邪気な笑顔を浮かべる。

 

「お手本、見せていただけませんか? 実は私、あまり上手くないんです」

 

訓練課程を半端に履修しなかった為の弊害だが、悪びれなく告げるルナマリアに内心、嘆息する。

 

この言葉をアスランやイザークが聞いたらどう反応するか、思わずそんな考えが過ぎるも、手渡されたザフトの制式拳銃の重みに懐かしさを感じる。いつ頃からか、使わなくなり、握るのは久々だ。

 

リンは無言で操作端末に歩み寄り、難易度を最大レベルに設定し、セットアップする。軽く一呼吸し、開始のブザーが鳴った瞬間、ターゲットボードに現われる標的に向けて銃口を向けた。

 

瞬いた瞬間、撃ち抜かれる標的。続けて断続的に出現する標的、瞬時に入れ替わり、時には複数出現するも、それらは次々に、そして正確に撃ち抜かれていく。リンの瞳が忙しなく動き、その標的の動きを自身の視界で追うと同時にトリガーが引かれている。

 

「うっわぁ! すっごぉぉい」

 

その射撃制度に感嘆の声を上げ、セスやレイはその実力を値踏みするように凝視している。

 

キラはキラで完全に蚊帳の外といった感じで見守り、やがて最後のターゲットを撃ち抜き、標的が消えると同時にその成績が表示される。

 

それにつまらなさ気に鼻を鳴らすと、リンは腕を下ろす。

 

「同じ銃撃ってるのに! え、なんで!?」

 

思わず近寄り、リンの手元に握られている先程渡した銃を睨むように見ている。本当に同じ銃かと疑っており、銃に文句を言わん勢いだ。

 

「銃のせいじゃない。あなたは正確に敵を仕留める射撃には向いてない、撃ち方が変だからね」

 

嗜めつつ、銃を手渡し、リンは肩を竦める。ルナマリアは納得しかねるといった不満顔だったが、気にも留めず離れていく。

 

そんな様子にメイリンは思わず失笑してしまうが、姉に睨まれたために慌てて視線を逸らす。

 

「でも、銃を取るならその意味は理解しておくべきね」

 

唐突に切り出された問いにルナマリアは首を傾げ、リンは視線を細める。

 

「銃を取るのは何のため?」

 

「そんなの、敵から自分や仲間を守るために決まってるじゃないですか」

 

さも当然とばかりに豪語するルナマリアにリンは青いと肩を竦め、どこか睨むように冷たい眼差しで見やり、その視線に萎縮する。

 

「覚えておきなさい、銃を撃つということは、覚悟をすること――殺す覚悟と、殺される覚悟をね」

 

低い口調で冷たく言い放ったリンに、その場にいた全員の息を呑む音と空気が微かに凍る。リンは先程のルナマリアが称賛した過去を反芻する。

 

あの時、自分は何の意味もなく戦い続けていた。そして、その覚悟の甘いまま最愛の姉と戦った。

 

そして、その姉を討って得たのは結局虚しさと自身の惨めさだけ。覚悟を持たずに銃を取った結果がそれだ。

 

だからこそリンはその覚悟を決めた。その生き方を示し、そして自ら選び取った道として――覚悟を決めて進むことを。

 

「それができないなら、ただの快楽主義者ね――死という麻薬に魅入られた、ね」

 

言い捨て、そのまま背を向けて去ろうとするリンに向かい、声が掛けられた。

 

「なら、貴方は何をするつもりですか――その覚悟とやらで」

 

挑発するように告げるセスに対し、リンは無言のままだ。そして、視線を僅かにセスに向け、不適な笑みを浮かべた。

 

「当然、自分自身で決めた道を進む――それだけよ。他人に生き方を強要することも真似ることも私は否定しない。でもね、それがどんな道であるにせよ、最後に選ぶのは自分自身。なら、その道を覚悟と責任を持って進むことね」

 

まるで試さんばかりに告げ、リンは無言のまま背中に刺さる視線を気にも留めず、デッキから去っていった。

 

誰もがリンの言葉に考え込み、無言になる。

 

自身の生き方――そして、その選んだ先に圧し掛かる覚悟と責任、まだ戦場に出ても人生経験においても浅い彼らでは曖昧すぎてピンとこないのか、戸惑っている。

 

それが一番響くのはキラだった。キラはリンの問い掛けにかつてレイナに問われた言葉を反芻させ、重ねる。

 

自分は、この道を選んだことに覚悟と責任を果たしているのか――自分は結局、甘えているだけなのだろうかと、自問自答する。

 

(ラクス……レイナ――)

 

無意識に空を仰ぎ、キラは答を求めるように呟く。強い風が吹きつけ、髪をはためかせる。それは、何かを齎すかのような不吉な予感を感じさせる風だった。

 

 

 

 

 

 

地球から遠く離れたL5宙域に存在するプラントコロニー群。

 

その中心地であるアプリリウスワンの都心の一画に聳えるマンション。その一室の窓から、プラントの街並みを見下ろすラクス。

 

そこは、外務次官であるラクスに与えられた議員用の宿舎だった。

 

かつてのクライン邸は前大戦の折に特務隊によって破壊され、ラクスはそれを修復することを望まず、そのまま取り壊させた。それは、過去を忘れるためではなく、自身への戒めと覚悟のためだった。

 

一人、この部屋に移ってからも不安は無かった。それは、隣で支えてくれる存在があったから違いない。

 

(キラ――)

 

浮かない面持ちで切なげに囁き、窓の外の夜のプラントを見渡す。

 

ネオンが煌く街並みは、ユニウスΩの落下事件など関係ないとばかりに賑わっている。所詮、直接的な被害を受けなければ、他人事でしかない。

 

そんなプラントの現状に、ラクスは軽く失望感を憶える。

 

あの後、ミネルバから下船したラクスはデュランダルと共にジュール隊の護衛を受けてプラントに無事帰還していた。

 

久方ぶりに会ったイザークやリーラともほとんど話をせず、気分が紛れることもない。それどころか、今もプラントの外交筋には、地球各国から今回の事態の説明や真偽を問う打診が後を絶たない。

 

(どうなるのでしょう、これから――)

 

この先の未来を模索し、暗然となる。

 

まるで、決壊したダムから水が溢れ出し、止まらないように世界に投じられた混乱という波紋が徐々に拡がり、浸食していくようだった。

 

優れない気分のまま、今夜はもう休もうと寝室に向かおうとしたラクスだったが、突然外来を告げるインターンが鳴り、ラクスは気だるげに身を引き摺るようにドアへと向かう。

 

あまりの事態の推移と自身の肩に圧し掛かる不安と問題、そしてキラの不在という悪条件が重なっていたためか、ラクスはこの時いつもの思慮深さを完全に欠いていた。

 

相手の姿をドアに設置されたモニターで確認することも、相手を確かめることさえもなく、ドアの前に移動した。

 

そして、ロックを解除し、ドアを開く。

 

「どちら様……」

 

ドアが開閉した瞬間、ラクスは胸に鋭い痛みと熱が走った感覚に囚われた。

 

(え……――)

 

フラっと身が後ろへと倒れ込むと、無意識に悟った視界に飛び込む、宙に舞う赤黒い液体。それが何であるかを知覚することなく、身体は硬い床面に叩きつけられた。

 

だが、その痛みを感じることもなく、ラクスの思考は何かに引き摺られるように囚われて落ちていく。

 

ラクスの胸から溢れ出す赤い鮮血。それが身体をつたって流れ落ち、周囲に拡がっていく。それはまるで、赤い薔薇のような斑模様を描いていた。

 

血という装飾に包まれたラクスの意識が完全に途絶えようとした視界に最後に飛び込んできたのは、黒塗の銃口と、狂気に歪む醜悪な口元だった。

 

(キ…ラ……―――)

 

そして、ラクスの思考は完全に闇に包まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《次回予告》

 

 

受けた傷…それは否応なく世界を侵食していく。

築かれていた仮初の平穏は、脆くも崩れ去るのか。

進む道は、険しく困難なものへと変わっていくのか。

 

傷を癒すため、戦士達が目指す先――

それは、今の世界を築き上げた終わりと始まりと地。

希望と悲哀が交錯する地。

 

世界は新たなる混迷を深め、陰謀という闇が蠢き出す。

そんな世界に対し、少年は己の道を迷う。

そして、墓標の地で果たされる出逢いは、何を齎すのか――

 

 

次回、「PHASE-20 陰謀の影」

 

陰謀渦巻く世界を飛べ、ミネルバ。

 

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