機動戦士ガンダムSEED ETERNAL SPIRITS 作:MIDNIGHT
――――――罪
それは何を意味するのか。
過ちを犯した事実に対する罰――なら、その『過ち』とは何なのであろうか。
人は…いや、命あるものは生のなかで必ず過ちを起こす。どんな人物であれ、その程度の差はあれ、過ちは犯す。
生命が過ちを犯すことはもはや変えられぬ理―――ならば、生命こそが『罪』なのであろうか。
この世界に生を受けた刻には、既に罪という十字架を背負っているのだろうか。
生命は、この十字架の重みに耐えているのだろうか。
そして、その重荷に耐えられぬものがその罪に溺れていくのであろうか――ならば、この罪は誰から与えられるものなのだろう。
生命を超越した存在――『神』と崇められる、生命には決して手の届かない高みに存在しているもの。
ならば、その罪を架した神を恨むのだろうか――神は、『赦し』すら与えないのだろうか。
ただ、遥かなる高みから生命が罪に嘆く姿を…罪に溺れる姿を……罪に哀しむ姿を―――ただ、嘲笑っているのだろうか。
ならば、私は神を信じない。
私に罪を架した神を――だから、私は惑う。
私の罪は…誰が裁き、そして赦しを与えてくれるのであろう―――
――――――私は、この世界に……何を信じるのだろう……――
機動戦士ガンダムSEED ETERNAL SPIRITS
PHASE-20 陰謀の影
L5宙域に拡がる、特徴的な砂時計を模した外観を持つコロニー群。
コーディネイター達の国家であるプラント群。
雄大に、そして誇示するように存在するコロニー群の中心に位置する、政治経済といったあらゆるプラントの運営を取り仕切り、集約するアプリリウスワン。
その中央都市に存在する最高評議会の会場。その一室にて、その男の姿は在った。
「ローマ、珠海、ゴビ砂漠、ケベック――」
壁面に映るモニター群には、ユニウスΩの落下によって被害を受けた地域が無残な光景として映し出されている。それらを歌うように一瞥し、手元のティーカップを持ち上げる。
「――フィラデルフィアに、大西洋北部にもだ」
優雅な仕草で喉を潤すと、ソーサーにカップを置き、組んだ脚をほどいて立ち上がったのはプラントの最高評議会議長であるギルバート・デュランダルだった。
報告される被害に溜め息を零しながら、行政府内に設けられた執務室の壁面に広がるガラス向こうの風景を見やった。
整然と区別された街並みと行き交う身綺麗な人々、その向こうには地中海を思わせる湖面が拡がっている。そのどれもが、今モニターに映る光景とは雲泥の差であった。
「死者の数もまだまだ増えるだろうと言うのだから、傷ましいことだ―――」
いったい誰に向かって囁くのか、その独り言は続く。
「君もそう思わないか?」
不意に、天井を仰ぎながら呟いた一言。誰も答えるはずもないと思われたその問いに、滑らかな声が返った。
「さあね、私は死は尊いものだと思うわね――『死』は、生命全てに与えられた慈悲なのだから」
揶揄するように答え、執務室の端の陰から姿を見せる黒衣とそれに眩く金色の輝き。バイザーで顔を隠した女『ゼロ』の姿にデュランダルは驚くでも、困惑するでもなく、微かに肩を竦め、ゼロはそのまま執務机に備わったソファに、腰を下ろす。
そして、徐に眼前のテーブルに置かれたチェスボードを見やる。差し手もいないチェスボードには、クリスタルを刻んで成形したと思しき駒が、美しい光を発している。屈折した光の反射によって虹色にも取れるその駒の一つを手に取り、無造作にボードのマス目に置いた。
「最初の一手は既に打たれた――これも、貴方にとっては読み通りかしら?」
試すような物言いに、デュランダルは小さく溜め息を零す。
「いや、流石に私自身も心穏やかではいられないさ。アーモリー・ワン、そして今回のユニウスΩ、どちらもね」
それがどの程度までなのか、計りかねるような柔和な、そして演じ、欺くかのような印象が漂う。
ゼロはつまらなさ気に相槌を打ち、そして別の駒を手に取る。
「黒の騎士が手に入らなかったのは、貴方の誤算じゃないかしらね? でも、チェスじゃ相手の駒を潰すことはできても、使うことはできない」
相手方に備えられた黒の駒の一つ、騎士を模した駒を弄びながら言葉を紡ぐ。暗に示唆される問いに、肩を落とす。
「耳に痛いね」
苦笑を浮かべつつも、デュランダルは振り返ることすらなく、背中で会話を続ける。
「だが、兵士、騎士、城兵、女王――『王』を護る駒は揃いつつある」
「フーン…その『王』とやらは、貴方かしらね?」
「私は盤面の駒ではないよ。私はあくまで傍観し、駒を勝利に導くだけの存在だ」
「なら、そのせっかく手に入れた白い兵士――どこまで使えるかしらね」
鼻で笑いながら、ゼロは白のポーンを手に取り、盤面に置く。チェスの「サクリファイス」――そのポーンが何の価値もないということ、相手に対するただの捨て石だった。
「駒は、ただそれだけの役割が価値ではない。そして、その駒の価値を見出すのもまた必要。敵陣奥深くまで入り込んだ『兵士』は、『女王』にまで昇華できるのだよ」
チェスの駒は違った能力を持たされているが、そこに明確な力量の差はない。あるのは、ただ能力の違いだけ。そして共通するのが、王を護るためのものであるという絶対無二のルール。
「貴方が何を期待しているのかは知らないけど、私には関係ない。でも、これだけは言っておくわ」
それまでの親しげな口調が変わり、どこか底冷えするような冷たいものへと変わり、ゼロは手を伸ばして黒の女王の駒を手に取る。
「私の邪魔だけはしないことね。私も貴方の邪魔はしない―――」
次の瞬間、ゼロは右腕を振り払い、デュランダルの側面を掠め、ガラスへと突き刺さる黒の女王の駒。強化ガラスである筈の鏡面に突き刺さり、破片が散る。その行動にデュランダルは端正な顔を微かに強張らせたが、すぐさま元の能面に戻る。
「そして、貴方も私の目的の邪魔さえしなければ、私達の関係は今までどおりよ」
口元を薄く緩め、笑みを浮かべるゼロにデュランダルは頷く。
「フィフティフィフティ、等価交換か――分かっているよ、私達の関係はあくまでビジネスだ」
「結構」
徐に席を立ち、ゼロは身を翻して背中を向ける。
「今回の件、地上のあの我侭女王様も動くかしらね? 早く、あちらの要望に応えてあげたら? 白の女王に仕立てた小娘、傀儡がどこまで通用するか――駒は、何も盤上だけとは限らないということ、忘れないことね」
ニヤリと嗤い、ゼロは今度こそその身を奥の闇に委ね、消えていった。完全に気配が消えたのを確認すると、デュランダルは深々と溜め息を零した。
「やれやれ、過激なものだ」
それは嫌味なのか、それとも恐れか――今のデュランダルからは読み取れず、ようやくデュランダルは振り返り、先程までゼロが弄んでいたチェスボードに歩み寄り、そしてゼロが置いた、ポツンと佇む白のポーンを手に取り、それを弄ぶ。
「分かっているよ。これからだな……本当に大変なのは―――」
それは何に対してか――悪化するプラント情勢への憂慮か、それとも地上の惨禍に対する同情か。口にした彼の口元には、まるで愉しむかのような微笑が漂っていた。そんなデュランダルの許に、ラクスの暗殺の報が極秘裏に飛び込んできたのは、すぐのことだった。
赤道に程近い南洋の島国からなる技術国家、オーブ連合首長国。
本島であるヤラファスを中心に構成されるなか、軍事技術、そして最大の国営企業:モルゲンレーテを擁するオノゴロ島に向かって海上を移動するグレイの艦艇。
ミネルバの周囲を良くて護送、客観的に見れば監視に近い形で随行しているオーブ軍の海上艦隊。
その映像を、オノゴロの一室で横眼で見やる人影。
「代表、ザフト艦、ミネルバが到着されました」
「分かった、すぐドックに入れてやれ」
「はっ」
壮年の首長服を着込んだ男が一礼し、部屋を後にすると、上座に座していたオーブ連合首長国代表であるロンド・ミナ・サハクは、気難しそうに端正な顔を顰める。
「どうしたんだ、ロンド?」
その様子に、脇に控えていたオーブ軍の軍服を着込んだ女性士官が声を掛ける。とても、一介の士官が代表に掛ける言葉遣いではなかったが、ミナは気にした素振りもなく、試すような視線を向ける。
「今回の件、お前はどう思う?」
振られた女性、オーブ軍親衛隊『獅子の牙』隊長であるカガリ・ユラ=アスハ三佐は、一瞬眼を瞬くが、やがて眉を寄せ、視線をモニターに向ける。
「正直に言えば、厄介なものが来た、だな」
苦い口調でそう評するカガリに同意なのか、ミナも微かに肩を竦める。
2年前の時は、父達もこんな気持ちだったのかと苦く思い出しながら、カガリは軽く自己嫌悪しつつ、視線をミナへと移す。
「私個人としては、彼らに感謝している。今回の来訪にも、できるだけ便宜をはかりたいが――」
「カガリ」
そこまで続けたカガリを制するように視線を飛ばし、深刻な面持ちで頷き返す。
「分かってるさ、私は今は一介の軍人だ。口を挟む気はない。だけど、正直今の情勢では迂闊に扱えないとはいえ、な」
言いよどむカガリに苦笑し、疲れたように相槌を打つ。
「確かにな――だが、無碍にする訳にもいくまい。地球を救うために尽力してくれた艦をあしらってしまうのも、な」
今のオーブの立場は、微妙な位置に立たされている。国家を問わず門戸を開くと言うことは、逆を言えば、あらゆる勢力から狙われるという危険性を孕んでいる。迂闊に天秤を傾けては、国家の大事に至る。
「いくら日本からの要請とはいえ、あっちもあのままカーペンタリアに戻れれば、気が楽だったかもしれないがな」
元々、ミネルバを受け入れることに議会は困惑していた。
先の大戦以降、首長のみによる政治体系はある種の独裁制となり、肝心の主権である国民の是が問われるということで、首長のみによる政治体系を廃止し、民間からの政治家を選出し、議会をつくり上げたものの、未だそのシステムは不完全で実際は旧首長分派からなる中核が議会を占め、下位の議員の意見が黙殺されている状態だ。
だが、だからといって彼らをないがしろにしては、未だ復興してから日が浅いオーブは立ち行かない。
そんな彼らを説き伏せ、国交国であり、そしてこのオーブという国のルーツにもなる東方の島国からの要請となれば、彼らも迂闊に拒むことはできなかったのだろう。
気苦労に、それはお互い様だろうと苦笑を浮かべ、肩を竦めるミナにカガリも微かに笑みを零す。
あの損傷具合から見れば、よくここまで保ったものだと思える。そう考えれば、彼らがオーブに身を寄せるという選択肢をとったのも、ある意味では仕方なかったのだろう。
「どうだ、連合の動きは?」
「ああ、相変わらず早いよ。もう既に、上海基地に動きがあるそうだ」
呆れるような、そして棘のある口調で肩を竦める。今現在、カーペンタリアに程近い大東亜連合の基地である上海にて、艦隊の補給が始まっているという情報が齎されている。
「こんなものが出回ってきた時点で、必然かもしれんがな」
ミナは手元のモニターに映る映像を一瞥し、頬杖をつく。
黒いジンが、ユニウスΩ周辺でフレアモーターを設置する映像が、匿名で地球各国の諜報機関やメディアに流され、被害の大きかった地域では、民衆のコーディネイター排斥の火種が大きく燻りかけている。
「今は、まだ我々も迂闊な動きは取れん」
「分かっている」
カガリの視線が細まり、どこか声色が小さくなる。
「それと、例の件――どうやら、予想通りだったらしい」
耳打ちするように告げた言葉に、ミナの表情が微かに曇る。
「クサナギはなんとか、アメノミハシラに戻ったが、アスラン達が戻るのは、もう少し後になりそうだ」
「分かった――件のことといい、難題だな」
嘆息し、肩を竦めるとミナがカガリを一瞥し、席を立つ。
「さて…一先ずは、地球を救ってくれた艦への挨拶とするか」
皮肉なのか、それとも感謝なのか図りかねる口調と面持ちで呟くミナに、カガリも肩を竦め、二人は連れ立って執務室を後にする。
主のいなくなった執務机の上には、『大東亜連合との攻守同盟締結に関する案件』という資料が、無造作に置かれているのであった。
丸一日かけて海上を移動したミネルバは、朝方になってようやくオーブ領海へと到着した。
領海への接近からオーブ艦からの警告はあったが、事情の説明や日本からの要請が伝わっており、なんとか寄港が許可された。
陽も昇らぬ朝の鬱蒼とした霧のなかをゆっくりと進み、ミネルバは整然と伸びる桟橋を抜け、しずしずと港の奥に進入していく。大きく開いたゲートに向け、艦首を大きく回頭させ、微速でゆっくりとバックから進んでいく。
ゲートを抜け、ドック内へと到着したミネルバに周辺で待機していた作業員達が、慌しく動き回る。
その様を艦橋から眺めるタリアの背中に、アーサーが声を掛ける。
「随分、あっさりと許可が下りましたね?」
首を傾げながら問うアーサーに、タリアも考え込む。
いくら中立国とはいえ、平時ならいざ知らず、現在の情勢では受け入れが叶うかは半信半疑だったとはいえ、思いの他あっさりと事が進み、タリア自身戸惑っている。
「確かにね、でもこちらしてはありがたいわ」
護送という名目の監視だった艦の担当者からは、日本からの要請もあったと聞く。なら、雫は約束通り話を通してくれたのであろう。余計なトラブルが無いのなら、それに越したことはない。
身を翻し、係留と同時に迎えにプラットフォームに出てくる代表者への挨拶に向かうべく、艦橋を後にするタリアの後を慌てて追う。
「でも問題は、これからどうなるか、かしらね」
「どうなる、とは?」
意味が掴めず、眉を寄せるアーサーに、タリアは難しげな面持ちのまま言葉を続ける。
「いつまでも、オーブには居られないということよ」
早くカーペンタリアに向かい、友軍と合流したいというのが本音だ。度重なる連戦で船体のダメージも大きい。クルーの疲弊、そして物資の枯渇など――さらには、混乱を極める地上での孤立。
圧し掛かる不安に、溜め息を零す。
「艦長、あまり溜め息をつかれると幸せが逃げますよ」
思わずそう口にしたアーサーはジロリと睨まれ、アーサーは己の失言に気づかず、冷や汗を流す。
幸せなんて、もはや出尽くしてしまったのではないかと思えるほどの事態の連続に、タリア自身嘆きたい気分なのだから。
動揺しているアーサーを残し、怒りを孕んだままの足取りで歩む。やがて、昇降用のハッチに到着し、ハッチが開かれていく。
差し込む照明の光に一瞬視界を覆うが、やがてその先に広がるドックの光景が眼に入る。ハッチに繋がれたゲートの先にあるドックのプラットフォームには、不似合いな一団が佇んでいる。
(さて、これからどう出るかしらね)
このオーブに立ち寄ったことが吉と出るか凶と出るか、その一抹の不安を胸に抱きながら、タリアは歩を進めた。
「この度は、よくぞ参られた。勇名なザフトの諸君」
持ち上げるような言葉と共に迎えられた一団に、タリアは眼前に立つ貴婦人のような雰囲気を持つ女性を真っ直ぐ見据え、敬礼した。
「ザフト軍、ミネルバ艦長、タリア・グラディスであります」
「同じく、副長のアーサー・トラインであります」
「これはすまぬ。余はロンド・ミナ・サハク、オーブ連合首長国現政権の臨時代表を任されている。今回のユニウスΩの件については、尽力していただき、地球に生きる者として感謝する」
凛とした面持ちで優雅に一礼するミナにアーサーは圧倒され、タリアもどこかその放たれるオーラのようなものを、ひしひしと感じる。
『オーブの軍神』、『旧五大氏族のサハク家の長』――それらの単語が脳裏を掠め、タリアは息を呑む。
アスハ家の影に隠れていた時からでも、その名を馳せていたサハク家。そしてこのオーブを治める者、その雰囲気の呑まれないようにタリアは自身に渇を入れ、口を開く。
「今回、我々の要請を受け入れていただき、感謝します。そして、この度の災害につきましても――お見舞い申し上げます」
愛想笑いのように笑みを浮かべ、きびきびとした口調で一礼すると、ミナは不適な笑みを浮かべる。
「なに、国としても地球を救うに尽力してくれた礼に過ぎん。だが、状況が状況だ。あまり便宜ははかれんが、貴艦もはやくに友軍と合流したいであろう。できる限りの支援は行うが、それは御了承いただきたい」
値踏みするように視線を向けるミナにタリアはやはり内心、厄介だと感じつつ、その対応にどこか安堵する。
どうにか、補給の手筈は整えてくれるようだ。
「……ありがとうございます」
だが、それでも用心深く頷き返し、ミナの後ろに控えていた金髪の童顔の女性が前に出た。
「取り敢えず、貴艦の修理、並びに補給物資として必要なものをリストアップしてもらいたい。こちらも、すぐに作業を開始させる」
手渡されたリストを受け取り、アーサーは慌てて頷き返す。
「では、取り敢えずは休まれるがよかろう」
話を終えると、ミナは踵を返し、他の付き添っていた一団も連れ立って去っていく。
それを見送ると、置いてけぼりにされたタリアは深々と溜め息を零す。そして、どこか重い足取りで艦内へと戻るのであった。
数時間後、ミネルバはそのまま艦船の修理ドックへと移されていくのであった。その間、整備士達は格納庫でMSの修理に追われていた。
クローラーに収まる機体は、どれも酷い有様だった。あの激戦を潜り抜けただけに仕方ないことかもしれないが、整備班にとっては眼も当てられない状態だった。
「班長、こいつはもうダメですよ」
整備士の一人が告げたその言葉に、マッドは無骨な貌をさらに顰めて唸る。眼前にあるのは、2機の大破したザクウォーリア。リンとキラの貸与された機体だったが、出撃前とは比べくもないほどに損壊していた。
リンの機体は四肢を喪い、また残ったボディも戦闘時に受けた影響か、傷が酷い。キラの機体は摩擦熱で装甲が融けた状態であり、結論から言えば、もはやスクラップにした方が早いと言わざるをえない。
流石にこの状態から修理するのは、いくら腕のいい整備士でも難色を示すだろう。
「仕方ない、データだけ取って、使える部品以外は全て破棄しろ」
これ幸いにと、補給が滞りがちなザクタイプの予備部品にするべく、整備士達が取り付いて部品を解析し、解体していく。
それを一瞥すると、マッドは次に戦力の要たるインパルスとセイバーの修理を優先させた。流石に、これはどんな状態だろうと修理しなければならない。ザク3機はまだ軽微で済んでいるため、そちらは調整のみに回し、大半を2機の作業に割り当てる。
「さて、問題は――」
厄介な問題とばかりに頭を搔きながら、マッドが眼を向けたのは、一番端のクローラーに収まるセレスティだった。
この機体だけは、構成パーツがまるで違うために修理が可能かどうかは分からない。だが、共に戦った人物の機体を無碍にするのもマッドにはできず、仕方なくダメージチェックだけでも行おうと機体に近づき、コックピットに昇ると、OSを起動させ、機体のメディカルチェックを行うとした瞬間、別のデータが表示される。
「ん、何だ?」
怪訝そうに起動されたデータに眼を通すと、数行の項目の後に表示されたのは、何かの図面だった。
「こいつは――?」
微かに眼を驚愕に瞬き、マッドはその図面を凝視した。
ドック入りし、整備班以外のクルー達はようやく一息ついたのか、それぞれの自室、または休憩室にて身を休めているため、艦内は静けさに包まれている。
その一室、充てがわれた部屋で、リンはベッドに腰掛け、愛用の銃や暗器の具合を見ていた。
デリケートなものであり、尚且つ自身の命を預けるのだ。調整にも、細心の注意が必要だろう。やがて終えたのか、砲身をスライドさせ、銃を脇のホルスターに収めると、リンは立ち上がり、備え付けの鏡で自身の顔を凝視しながら、下ろしていた髪を持ち上げ、頭の上で束ねていく。
やがて纏まった髪を咥えていた紐で束ねると、リンは立てかけていた刀を手に取り、腰に差し、コートを羽織る。そして、徐に左手の薬指に輝くリングを見据えていたが、やがて顔を上げ、部屋の電気を消すと静かに後にした。
そのまま無言で通路を歩いていると、その姿を確認したキラが駆け寄ってきた。
「リン、どうしたの?」
「別に、ちょうどいいから艦から降りようと思ってね」
あっさりと言われた言葉にキラは呆然となるが、それを理解するより早くリンは素っ気無く歩を進め、キラは慌てて後を追った。
「お、降りるって?」
「私は元々、この艦のクルーでもないし、成り行きで乗っただけだからね」
確かに、キラとてこの艦の正式なクルーでもない。彼らはあくまで、偶発的に乗り込んでしまっただけの客人に過ぎない。
「それに、もうこれ以上この艦に乗ってても、仕方ないことだしね」
そもそものリンの目的は、デュランダルの調査とセカンドステージの全容を掴むこと。前者はまだ途中だが、後者は嫌というほど見せてもらった。そして、この艦が地球に降りた以上、これ以上同行しても意味はない。
「で、でも勝手に降りるなんて――」
名目上、ラクスの護衛となっている以上、彼女の行動は少々身勝手すぎるが、そんな非難など何処吹く風とばかりに肩を竦める。
「ま、ラクスには悪いけど――グラディス艦長には、あんたから上手くいっといて」
完全に丸投げされ、表情を引き攣らせるキラに向かい、リンは歩を止め、睨むように見やる。
「それに…調べなきゃいけないこともあるからね」
その鋭い視線に、キラもハッとする。あのエンジェルは、彼女にとって無関係とはいえないもの。だからこそ、リンは艦を離れるのだ。
あの正体を探るために――それが、リン自身の戦いだと察し、キラは黙り込んでしまう。
そんなキラを一瞥し、リンは再び歩を進めようとした瞬間、ハッチの先で動きを止める。不審に思ったキラが近寄ると、タラップの先には見覚えのある顔が在った。
先で小さく手を振る軍服姿の女性、カガリがこちら不適に見やりながら手を振り、呼んでいる。
「どうやら、手間は省けたようね」
軽く肩を竦めると、リンは歩を進め、キラは暫し躊躇いがちに両者を見やっていたが、やがて意を決して後を追い、二人はカガリのもとまで降り立つと、カガリは指で後ろを指し、それに従う。
お互いに込み入った話だ。迂闊に交わすこともできず、3人は連れ立ってドックを後にし、外に停めてあって車に搭乗すると、カガリが運転席に着き、ハンドルとレバーを握り、車がエンジンを噴かす。やがて、アクセルを踏み込み、車は急発進で飛び出していく。
その加速にキラは戸惑うが、そんなことなどお構いなしにカガリはハンドルを切り、湾岸路をスピードを上げていく。
「久しぶりだな、お前ら」
ハンドルを切りながら、ミラーで後方に座るリンとキラを見やりながら挨拶すると、キラが慌てて頷く。
「う、うん」
「よく私達が乗ってるって、分かったわね」
実際、正規のクルーでない以上、リンやキラの所在はオーブには伝わっていないはずだ。
「まあな。これでも一応軍の指揮官なものでね、招く相手のことを知っておかないとな」
中立とはいえ、誰彼でも受け入れることはできない。そして、受け入れるにしても相手側の事情を知らなければ、万が一の事態に際して対応できない。ミネルバのクルーの情報を確認させていたカガリは、その過程でアーモリー・ワンを発つ時にラクスらが同行しているという情報を掴んだのだ。
「正直、リンは意外っていうか、予想外だったけどな。でもまあ、お前らならあの状況で黙っているとは思えなかったし」
漆黒の戦乙女の同行、というのはちょっとしたニュースだった。
前大戦を最後に、姿を消したエースがミネルバにいるというのは軍関係者からすれば衝撃的なニュースだった。そして、ユニウスΩの破砕作業にミネルバが加わると聞き、二人もまた参加していると確信していたからこそ、ドックで一人待ち構えていた。
その洞察力にキラは感心し、リンはこの2年の間に随分板についたと微笑を浮かべる。
「大変だったみたいだな…その、戦闘があったんだろ?」
労うように声を掛けた後、どこか気遣うような視線をミラー越しに感じ、キラは居心地が悪そうに俯く。
「ええ、まあ今回の件、どう考えても天災には思えなかったし」
あんな短期間で、地球への衝突コースを取れば人為的なものがあると大抵の人間は思うだろう。リンは頬杖をつき、オープンになっている車から湾岸向こうの海を見据える。
「ガーディアンズ、動きが無かったのは何故?」
その問いに、カガリが言葉を詰まらせる。ガーディアンズの本拠たるアメノミハシラを運営しているのはオーブだけに、それは当然ことだが、どう答えるべきかカガリは判断に惑うが、その態度でやはりとリンは納得する。
「やっぱり、この件――ただの脱走兵崩れの暴走で片付けるには、不可解な点が多すぎるわね」
脱走兵が保有していた大型移動手段、有事に動けなかったガーディアンズ、あまりに事態の推移が滑らかすぎる。まるで、決められたシナリオの上を進んでいるようだ。
暫し無言が続いていたが、やがて俯いていたキラがカガリに視線を向ける。
「カガリ――あの落下の真相、もう皆知ってるの?」
その問いに、カガリは顔を曇らせる。
「――ああ。落下してからすぐにメディアを通してな、匿名だったために発信者の正体は不明だが」
やがて、苦い口調で応じるカガリにキラは愕然となる。
発信された情報は飛び交う内に徐々に尾ひれがつき、また悪質な方向へと誇張される。コーディネイターがユニウスΩを落としたという事実は、既に世界中に広まってしまった今、世界が最も恐れていた方向へと加速度的に動き出そうとしている。
「そのせいで、議会は大荒れだ」
激しく悪態を衝くようにハンドルを切り、カーブを乱暴にクリアし、その遠心力で身体が引っ張られる。
今頃、ミナは膨大な仕事に忙殺されているだろう。彼女は優秀だが、それだけでどうにかなるような状況でもない。
「ま、抽象的でも相手がハッキリしてるのなら当然か」
皮肉るように告げるリンに、カガリは苦く表情を顰める。オーブ国内においても、今回の件でコーディネイターに対する軋轢が、強くなりかけている。
ここまで繋げてきたものが一気に水の泡にされたようで、カガリ自身も憤慨しているのだ。
「議会の動向はどうなの?」
「被災地の支援を盛り込んだ大東亜連合との攻守同盟への締結――オクセンシェルナ宰相を中心とした派閥の勢いが強い」
沈むカガリの口調からすれば、それはミナの本意でもないのだろう。だが、議会の流れは傾きかけている。
「ねぇ、アスランは?」
不意に尋ねたキラにカガリは一瞬考え込むが、やがて頭を掻きながら片腕を空へと指差す。思わずその先を追い、空を見上げるキラに向かい、静かに呟いた。
「あいつは今宇宙さ、別件でな」
「そう」
それ以上追求せず、黙り込むが――やがて、キラがポツリと切り出した。
「ユニウスΩを落とそうとした人達の一人が、言ったんだ……」
唐突に述べるキラにカガリが視線を向け、リンは無関心とばかりに海を見やっている。
「撃たれた者達の嘆きを忘れて、何故撃った者達と偽りの世界で笑うんだ、お前達は――って」
その言葉を聞いたカガリはハッと眼を見開き、明らかに動揺を見せてミラー越しにキラを凝視し、リンは微かに眉を寄せた。
「――戦ったのか?」
「うん、破砕作業に助っ人として出たら、彼らが居たんだ」
どこか後ろめたい気分で、キラは言葉を吐露した。
「そして言ったんだ。コーディネイターにとって、パトリック・ザラが取った道こそが、唯一正しいものだって――」
カガリの表情は、眼に見えてどんどん曇っていく。確かに、これはアスランには聞かせられない内容だ。
そうなれば、今回の件は『パトリック・ザラ』の亡霊による仕業となる。オーブに亡命した彼は、戦犯の息子として、影ではいろいろと誹謗中傷も少なくない。本人は噯にも出さないが、今でもまだ彼の内に傷として残っていることは確かなのだから。
「所詮、狂人の戯言よ」
沈む二人に向かって、冷たく吐き捨てるリンにキラとカガリが息を呑む。
「リン、でも……」
「あいつらはただ、言い訳が欲しかっただけよ、こんな大それた真似をしでかすための免罪符がね。ただのガキの癇癪よ」
割り切るように切り捨てるリンに、二人はどう答えていいものか悩む。そう簡単に割り切れないからこそ、悩むのだが――だからといって、こんな理不尽な真似を赦すことも正しいとはいえない。
「結局、世界は必ず『歪み』を抱えているってことよ――それに、今回はそれがかなり大きくなるかもしれない」
たとえ戦争が終わろうとも、いつの時代も必ず火種はある。人間に――世界に完璧を求めることは、できないのだから。
「どうするべきなんだろう、これから……」
沈黙を破るように呟いたキラに、リンは肩を竦める。
「それは自分で決めなさい――覚悟と責任をもってね」
その言葉が、内に深く突き刺さる。そうして自分の意志で初めて選んだのが、このオーブだった。
あの日――連合に包囲されたオーブで、自分の意志で戦場へと立つことを決めた。あの時は迷わなかった――だが、その時の決意も今は遥か過去に思える。
そのまま我武者羅に、微かに見えた光に突き進み、それが現在を掴んだと信じていたが、その道も今は袋小路に陥ったように憶え、憔悴した面持ちで項垂れる。
それを最後に車内は沈黙に静まり返り、やがてカガリが運転する車は湾岸線を抜け、オノゴロ島の中央部にある巨大な建造物に到着した。
周囲には軍人に混じって、スーツ姿の人々の姿もある。オーブが誇る国営企業であるモルゲンレーテ。現在もなお、世界の先進技術を有する大企業だ。
「一応、アポはもう取ってある」
「素早い手回し、ありがとう」
車から降りた一同は、そのままモルゲンレーテへと入り、カガリの先導のもと、社内を歩みながら、上階に位置する高位職員のオフィス内へと立ち入る。
その一室の前に到着すると、カガリが備え付けのインターンを押した。
《はい》
「私だ」
間髪入れず返ってきた返事に答えると、室内から声が返ってくる。
《どうぞ》
「失礼する」
ドアが開き、オフィスに入室すると、そこには見知った顔が揃っていた。
「あ、お久しぶりです、キラさん、リンさん」
「ご無沙汰しています」
モルゲンレーテの作業服の上から白衣を纏った、少年とも青年とも取れる男性と童顔な少女が声を弾ませ、どこか軽い足取りで近づいてくる。
そんな二人の後ろから、こちらは白衣を纏った妙齢の金髪の女性が姿を見せる。
「久しぶりね、貴方達」
柔らかく眼鏡の奥で微笑む女性に向けてキラも表情が緩み、リンは小さく笑みを浮かべ、肩を竦める。
「ええ、御健勝でなにより――ノクターン博士、カムイ、シルフィ」
カムイ・クロフォード、シルフィア・ストラウス、そしてフィリア・ノクターン――かつて、共に戦った戦友との再会に、オフィス内は柔らかな空気に包まれた。
だが、それもほんの僅かな一瞬に過ぎないことを、この場の誰もが理解していた。
「それで、貴方が私達を訪ねた理由は何かしら? 旧交を温めに来たわけではないでしょう?」
「話が早くて助かる」
ストレートな物言いに、肩を竦める。少なくとも、あの大戦終結から今日に至るまで、リンはおろかレイナですら、彼女達に連絡を取ったことは一度も無かった。それがここに来ての突然の来訪などとなれば、勘ぐるなというのが無理というものであろう。
リンはフィリアを見据え、静かに呟いた。
「ノクターン博士、奴らが――『天使』が再び現われた」
その言葉に、研究室に激震に近いものが走った。息を呑む一同に向かい、リンはアーモリー・ワンから始まり、ユニウスΩであった顛末を簡潔に伝えた。
レイナの失踪、破砕作業のなか現われた漆黒のエンジェル、灰色のエンジェル。そして、姉と同じ機動を行う『謎の死神』。セカンドステージの強奪から始まる、ユニウスΩでの戦闘、そして落下騒ぎ。
ここに来るまでに訊いたが、リン達がユニウスΩでの戦闘より少し前にジェネシスαでも謎の襲撃があったことを既にカガリより聞き及んでいた。
あまりに流動しすぎる情勢など、話を聞き終えた一同は黙り込んでしまう。
「そんな、どうして…」
シルフィが信じられないといった面持ちで、茫然となる。無理もない――2年前、あの天使と直接戦った者からしてみれば、当然のことだろう。
前大戦で去った脅威が、再び現われたのだ。それは、必然的に何かが起こる予兆のようにも取れる。
「貴方達は、天使の行方を追っていたのよね?」
「ええ、連中があの機体を何処で造っているのか――そして、それを支援していたのは誰なのか、それを探るのが、私達のこの2年間の後始末だった」
彼らが使用した天使にしても、アレだけの機体を設計し、製造するとなればかなりの大掛かりな設備が必要になり、またそれらを後援するためだけのパトロンもあった筈だ。もし、それが悪用されれば、また新たなる火種となる。
だが、この2年間――疑わしい場所はいくつも調査してみたが、その痕跡すら発見できなかったことに、驚きよりも意外という気持ちの方が大きかった。
そして、それは徐々に嫌な予感となって燻り始めた。
「だけど、連中が現われたことで確信した。あの戦争――いや、私達に繋がる『運命』は、まだ終わっていないということに」
天使とそれを操る背後が何なのか、今は何の確証もない。だが、それが『自分』達に何らかの関係があることは間違いない。
真剣な面持ちで告げたリンに全員が息を呑み、気圧される。それが何を意味するのか、嫌でも分かる。
「博士、貴方の見解を聞きたい」
この中で一番、リン達の過去に深く関わっているだけに、フィリアも考え込むが、すぐに表情を顰める。
「ゴメンなさい、私としても混乱しているのよ。でも確かに、今まで不可解だと思っていたわ」
フィリア自身も、考えなかったわけではなかった。あの最終決戦から、終戦で微かに浮かび上がった不審点。だが、それもやがてこの一時の平穏のなかで埋没していった。余計な取り越し苦労と、割り切ろうとしていたのかもしれないが、それでもどこかで燻っていた。
「でも、今回の件にウォーダン博士の思惑が絡んでいるのかどうかは、まだ分からないわ」
その指摘に、リンも微かに貌を強張らせる。『ウォーダン』はあの瞬間まで生き、そしてレイナによって殺されたという事実を知る者は、直接聞いたリンしか知らない。
だが、確かにレイナ自身が殺したといった以上、間違いないだろう。問題は、今回の件にまでそれが繋がっているかという点だった。
カインをはじめとした『きょうだい達』は、全員あの戦いで死んだ。なら、それに関わる者達という可能性も、否定できない。
「私の方でも、少し調べてみるわ」
当時のフィリアも、プロジェクトの中枢から外されてからのウォーダンの意向は掴みづらい立場にあったため、見落としている点もあるかもしれない。当時のデータは既にほとんど消失しているが、その痕跡を辿ることも、可能性は低いがやるしかない。
「お願い、私の方も少し動いてみる。それと――カムイ」
唐突に声を掛けられたカムイは、やや驚いたように顔を向ける。
「この件は私達がやる。あんたは関わらない方がいいわ」
「どうしてですか? 僕も――」
カムイとてレイナやリン達と同じ――いや、今となってはもう3人しか存在しないナンバーズだ。だが、そんな憤るカムイを制するようにリンは睨むように見やり、息を呑む。
「だから、よ。あんたは私達と違った道を選んだ。今更、『こっち』に来る必要はないわ」
そして、苦笑を浮かべ、肩を竦める。
今選んだ道を変えさせてまで、巻き込むつもりはない。過去の闇を背負うのは、自分達だけで充分だ。
その意思を察してか、カムイも強く言い返せず、黙り込む。
「でも、これからどうするの?」
「それだけど…カガリ」
傍観していたカガリは声を掛けられ、慌てて返事する。
「あ、ああ、何だ?」
正直、あまりに予想外の内容に整理しきれていない。上擦った声で応じるカガリに、リンは無造作に告げる。
「悪いんだけど、月へ行くシャトルを一隻都合してほしい」
「へ? 月?」
「ええ。できるでしょ、貴方の立場なら」
「けど、今は――」
予想だにしていなかった申し出に、カガリは言い淀む。今現在、ユニウスΩ落下の影響で、シャトルの行き来は非常に制限されている。迂闊に飛ばすことはできないが、確かにカガリの権限なら、特例として通すことは可能だ。
だが、それでも何の問題もないという訳にはいかない。決心がつかないカガリに、リンはなおも言い募った。
「だからよ。私は月に――宇宙へ戻らなくちゃいけない。この情勢下じゃね」
下手に動けないのは分かっているが、だからこそリンは戻らなくてはならない。
今の状況では、地上にいても彼女にとっては意味がない。天使の動きやその黒幕、そして流動する情勢を探るためには、一度宇宙に行かねばならない。
揺るがない決意を秘めた瞳で凝視するリンに、カガリは暫し無言で対峙していたが、やがて諦めたように溜め息を零した。
「分かったよ、私の方でなんとかしとく。しかし、お前らは本当強引だし頑固だな」
ジト眼で見やるカガリに、お互い様とばかりに肩を竦める。
「すぐ手配するように伝えるが、今すぐにという訳にはいかないからな」
頷くリンにカガリは研究室の端の通信端末に歩み寄り、関係部署に連絡を取り始める。そんな様子を見詰めながら、フィリアはリンに尋ねる。
「それで……レイナの行方は?」
おずおずと問うが、リンは難しげな面持ちで首を振る。
「今は分からない」
「そう。あの子のことだから、大丈夫だとは思うけど……」
俯くフィリアに、同意するように沈む一同。レイナの強さは確かに理解しているが、それ故に自身を省みず無茶をすることもしばしばなため、結局のところ不安は尽きない。
そんな3人に対し、リンは静かに呟く。
「大丈夫よ。姉さんもそんな簡単にやられることもないし――なにより、足掻くわ」
そう――彼女は足掻く。どんなに堕ちようとも、それだけは決して侵せぬ信念。姉への信頼を秘める言葉に、一同の不安も僅かばかり解消されたのか、微かに貌を和らげる。
「それとノクターン博士、もう一つ訊きたいことがあるのだけど」
「何かしら?」
突然の言葉に首を傾げるフィリアに、一瞬躊躇ったが、やがて静かに切り出した。
「『フォルゲーエン』という名に、何か心当たりは?」
「フォル…ゲーエン――?」
反芻すると同時に腕を組み、思考が記憶のなかを動き、探っていくが――やがて、申し訳ないように表情を顰める。
「ゴメンなさい。生憎と、心当たりはないわ」
「そう」
期待していたわけでもなかったが、それでも落胆は隠せなかった。やはり、自分の勘違いなのだろうか。だが、それにしては離れない。
(その件も、月で調べるしかないか)
次々と降り掛かる問題に、リンは心中で嘆息した。
そんなやり取りを眺めながら、キラも静かに自身のやるべき事を模索していた。リンもカガリも、自身のせねばならない事を選択しているのに、自分はここでのうのうとしていていいのだろうか。
(やっぱり…一度、プラントに戻ろう)
逡巡の末に、その結論に至る。オーブの情勢や地上の方も確かに気に掛かるが、今はなによりこの事態におけるプラントの動向だ。下手をすれば、また最悪の事態に陥りかねない状況だ。
プラントにはデュランダルやラクスがいる以上、そんな選択はしないと信じているが、今の情勢下で果たしてどこまで保つか。
それになにより、今回の件で、軍部内でも強硬派が増えることが懸念される。今もコーディネイターのなかには、抗戦を訴える者もいる。それを黙殺してしまえば、自分達の戦いすら無意味なものになりかねない。それだけは絶対に阻止せねばならない。
微力ではあるが、このままここに居ても手をこまねいているだけ。なら、危険を承知でプラントに戻るしかない。
キラもまた秘かに決意を固めていた。それが、さらなる過酷な選択を近い未来において、彼に突きつけるということを、今は知る由もなかった―――
リン達がミネルバを離れた頃、ドックではモルゲンレーテによる補給物資が運搬されていた。
満身創痍なミネルバにボロボロのMSを抱え、整備士の数が足りない現状であるため、艦内への物資の運搬は、流石にモルゲンレーテからの派遣作業員に任せるしかなかった。トレーラーに積まれた物資が次々と格納庫内へと輸送され、担当官の指示に従い、物資を降車させていく。
「すげえな、でもよく補給貰えたよな?」
その様を見やりながら、感心するヴィーノ。寄港はともかく、補給に関しては眉唾だっただけに、この便宜の程は感謝するより先に、戸惑いが出てくる。
「ま、そうだな。でもせっかくくれるんだ。ありがたく受け取ろうぜ、アーモリー・ワンからこっち、まともな補給も無かったしな」
苦笑を浮かべて、肩を竦めるヨウラン。無償の援助ということでクルーの間では盛り上がりが起こっているが、そんな騒ぎを横にマコトは物資を一瞥しながら考え込む。
ジャンク屋という商売柄、どうしてもこう人の善意に関しては裏を疑ってしまい、なにかあるのではと考え込んでしまい、どうにも素直に喜べない。
それに、今はどうしても喜ぶ気にもなれず、こうしてフラフラと愛機へと向かっていた。強引というか、なし崩し的に行った大気圏突入時におきた機体トラブルのチェックを行わなければならないからだ。
「ん?」
セレスティの固定されているクローラーの傍まで近づくと、その前に人影があるのに気づいた。
ミネルバの整備士ではなく、見慣れぬ作業服に帽子を深く被り込んで背中を向けているが、その帽子から僅かに見える髪の色は薄暗いなかでも微かな光を発するような銀色に見えた。体格からして女性だろう。その人影がセレスティを見上げている。
(モルゲンレーテの人か?)
今現在、モルゲンレーテの作業員が出入りしている以上、不自然ではないのだが、なにか妙に気に掛かり、声を掛けようとした瞬間、その人影が突如振り向き、不用意に接近していたため、軽くぶつかってしまった。
「あ……」
「失敬」
マコトが声を発するより早く、人影は低い声で素っ気無く謝罪し、作業帽を深く被り込んで、眼を合わせることもなく速い足取りで離れていく。その様子に、呆気に取られてしまう。
「な、何なんだ?」
帽子を深く被り込んでいたため、顔も確認できなかったが、相手の不可解な態度に疑問を憶えてしまう。
暫し憮然と佇んでいたマコトに、別の声が掛かる。
「お、坊主」
「あ、エイブス主任」
振り向くと、そこには既に馴染みとなっているマッドの姿があり、何かを手に近づいてきた。
「ちょうどよかった、こいつを見てくれ」
徐に持っていた用紙を拡げる。電子媒体の発達しているこの御時勢では珍しい紙の媒体に軽く驚きながら覗き込む。
「何で――こいつは?」
首を傾げながら拡げられた用紙を見やると、そこには何かの設計図らしき図面が載せられていた。
印刷されているのは、どうやらMS用のオプション兵装であるということは推察でき、窺うように視線を送ると、マッドが仰々しく頷く。
「こいつはな、お前の機体のコンピューターからプリントアウトしたものなんだ」
「え?」
「さっき、お前さんの機体の状態を確認しようとOSを起動したんだが、そこでこいつのデータが、バンクの奥から出てきたんだよ」
その言葉に、ますます眉を寄せる。
セレスティのOSの解析は、マコトもまだできていない。最初の調査で調べたのは、あくまで機体の構造データのみで、肝心のバンクは真っ白、そしてそれ以外の部分にはプロテクトが掛かっていた。
その解析は今日まですっかり忘れていたわけだが、そのブラックボックス化していた領域から突如沸いて出た図面に首を傾げるばかりだ。
(どういうことだ――今まで、まったくそんな兆候はなかったのに)
何度も起動させたが、そんな事態になったことは一度もない。となると、なにかしらの影響がOSのコンピューターにアクセスしたということだろうか。
「で、どうするんだ?」
思考が彷徨っていたマコトは、ハッと現実に引き戻される。
「こいつはどうするんだ? こいつはお前の機体から出たもんだ、つまりはお前のもんだ。どう判断するか、はお前に任せる」
真剣な面持ちで、そう問われる。これは単なる問題ではない。マコトは言わば民間人であり、このミネルバに同行しているだけに過ぎない。そんな部外者に、迂闊に便宜をはかることもできないはずだ。
そして、民間人の自分にこんな兵装を渡すのも本当なら良しとしないことも――マコトは貌を強張らせながらも、息を止めらんばかりに口を噤み、やがて絞り出すように告げた。
「これを、造ることは可能ですか?」
その答は望んでいなかったものなのか、マッドは一瞬表情を顰めるが、やがていつもの無骨な顔に戻り、肩を竦める。
「ああ、幸いにインパルスやセイバーの部品で代用ができそうだし、モルゲンレーテからの補給もあるからな」
その返答にマコトは暫し考え込んでいたが、やがて意を決して顔を上げる。
「お願いします」
重く、そして自身に言い聞かせるように声を発し、深く頭を下げた。
「本当に――いいのか?」
その意志の程を確認するように響く声に、マコトは頭を下げたまま、無言で返し、その様子をジッと凝視していたマッドはやがて無骨ななかに、微かな温和さを浮かべる。
「よしっ、分かった。とはいっても、当面は無理だが、できる範囲で進めておいてやる」
その瞬間、マコトは眼に見えて安堵したような面持ちで深く息を吐き出し、未だ強張っている身体を解すように、マッドが背中を叩く。
「おら、しっかりしろ。ま、とにかく今は休んでおけ」
気遣うマッドに軽く咳き込んでいたが、慌てて頷く。
「俺は艦長の方へ報告がある。じゃあな」
そのまま身を翻し、離れていくマッドの背中を感謝しながら見送り、マコトは無意識に視線をセレスティへと移す。
クローラーのなかで無言で佇む機体の瞳を凝視しながら、脳裏に相似型の黒衣の機体を思い浮かべ、知らず知らず拳が強く握り締まる。
(力が…力が欲しい――)
心の奥から渇望するように叫び、マコトは険しい面持ちでセレスティと対峙し続けた。その奥にある強大な何かを見据えるように―――
ドックの周囲ではモルゲンレーテの作業員により、見る見るうちに修復用の足場が組み立てられ、その周囲を補給物資を載せたトレーラーが往来している。
それらを一瞥しながら、タリアはアーサーとマッドを引き連れて、外装周辺の作業工程の確認を行っていた。
「ええ、スラスターや火器はできれば、ここで完全に直してしまいたいところだわ」
マッドが纏めたミネルバの現在の状態を示すレポートに視線を走らせながら、指差す。
実際、ミネルバの損傷は酷いものだ。アーモリー・ワンを発ってからまともに補給は愚か、修理すら行えていない。応急処置でだましだましここまでやってきたが、流石にダメージが蓄積されている。
特に、無理をしたスラスター類や装甲はそれらが著しい。
「時間はあまり取れないけど、モルゲンレーテから資材や機器も調達できるとのことだし、なんとかなるでしょう?」
いつものように無理を承知で要求するタリアに、マッドは難しい顔つきになる。
「ええ、まあそれは――しかし、問題は装甲ですね」
言い淀みながら、浮かない視線で見上げるエイブスに続くように、愛する母艦を見上げた。
「――大分、酷い?」
精彩を欠いたように問うタリアを、睨まんばかりにジロリと視線を向ける。
「そりゃ、こいつにナニさせてきたか、一番よくご存知なのは艦長でしょう?」
皮肉めいた物言いに、タリアは思わず顔を憮然と顰める。
まるで、自分が好き好んで艦に無茶をさせているかのような物言いだが、それは酷く心外だ。自分だって、できればあんな無茶な真似をさせるつもりは毛頭ない。
だが、その一方でそんな無茶をさせなければ、切り抜けられないような事態を招く己の不運さと不甲斐なさ故に、口には出せないが。
「MSや、他にもいろいろありますからね、流石に全部となると――」
マッドとて、自分の息子のようなミネルバのこの状態は耐えかねるが、艦載機の修理に艦内のチェック、さらには火器やスラスター、外装といった艦の直接的な安全に関わる部分だけに、どれも完璧に行わなければならないが、それでも人手が足りないのだ。
その言葉に、諦めたように深々と溜め息を零す。なにを優先させるかは、考えるまでもない。
「分かったわ。取り敢えず、船体の外装関連はモルゲンレーテに任せても大丈夫でしょう。損傷の酷い装甲箇所をピックアップして、モルゲンレーテの作業班に渡して。でも、船内は全て貴方達でね」
妥協案とばかりに、エイブスが苦く頷く。
「だから、ちょっと入念に頼むわ。幸いに、資材や機器は調達できそうだしね」
念を押すタリアに対し、今まで黙っていたアーサーが疑問を問い掛ける。
「でもいいんですか、艦長? 本当に――」
「ん?」
「サハク代表は、多少の便宜は図ってくれると仰いましたが、補給はともかく、艦の修理などはやはり、カーペンタリアに入ってからの方がはいいのではないかと、自分は思いますが――」
補給に関しては言うことはない。物資がなければ、運用が叶わないからだ。だが、修理となると他国の人間が、ミネルバに触れることになる。このミネルバ自体が、ザフトの最新技術の塊である以上、好ましくない事態だ。
困惑気味に具申するアーサーに、タリアは苦笑じみたものを浮かべる。
「言いたいことは分かるけど――アーモリー・ワンから一気にここだもの、正直こっちもボロボロよ」
アーサーの言は、確かに軍人としては正しい意見だろうが、規律云々で艦の状態が改善されるわけでもない。
困ったように告げるタリアは、まるで他人事のように聞こえ、思わず顔を顰める。そんなアーサーを一瞥するでもなく、気だるげにあさっての方角を見やる。
「情勢は微妙だし、久しぶりの入港で、クルーの期待値は上がっちゃってるし……」
勢い込んで地上に降りたはいいが、現在の情勢では自分達の立場は、非常に微妙なものだ。そして、この艦のクルーの大半が、実戦をロクに経験していない者達で構成されており、連戦に次ぐ連戦で疲労も出ているだろう。休暇を期待するのも、無理はない。
「ま、取り敢えず臨機応変にいくしかないんじゃないの?」
ようやく視線を合わせたタリアは、いつもどおりのサバサバとした口調で告げると、アーサーは不満そうに顔を顰め、隣で聞いていたマッドも、こっそり溜め息を零した。
「なんなら、一応日誌にも残しましょうか?」
そんな態度に、微かにからかうように告げる。
実質、艦の責任者としてナンバー2の位置にいる副長には、艦長に対する不信任があった場合、艦長日誌にその旨を残すように具申できる権利がある。そうしておけば、後々のその判断において上層部が問題視した時、副長の経歴には傷がつかないというものだったが、飛び上がらんばかりに眼を見開き、慌てて辞退した。
「い、いえっ! そんな!」
不満があっても、そんな大それた真似ができるほど、豪胆ではない。そんな予想通りの返答に、少々落胆といった調子で肩を竦める。
「ま、どうせ長居はできないでしょうしね。それに、いくらカーペンタリアが近いといっても、何が起こるかは分からないわ。できることは、やっておかないとね」
これはタリアのカンだが、ミナはミネルバに早く出て行ってもらいたいと思っている。それがオーブとしての総意なのか、ミナ自身の判断なのかは判らないが、間違いなくオーブはこの情勢に揺れ動いている。
下手を打てば、オーブが攻撃してくる可能性もあるのだ。これ幸いにと、迷い込んできたヤギとばかりに――そうなる前に動く必要はあるが、今は動ける状態ではないことがもどかしい。
「機密も確かに重要だけど――」
「でも、機密よりは艦の安全ですものね、やっぱり」
自身の言葉を遮り、そして代弁するかのように背中に掛かった声に思わず振り返ると、そこにはこちらへと近づいてくる二人組のモルゲンレーテの作業員らしき人物がいた。
片方は浅黒の肌に、くたびれた感じのいかにもな修理工の男であるが、もう片方は帽子から溢れている栗色の髪を肩に流しているタリアと同年輩の女性であった。
この場には不釣合いな女性の姿に、アーサーは思わずにやけるように頬を緩ませるが、そんなだらしない態度を一睨みすると、慌てて視線を逸らした。
軽蔑する視線を向けたまま、タリアは視線を戻すと、女性は眼の前に歩み寄った。
「艦――戦闘艦は特に、常に信頼できる状態でないとお辛いでしょう、指揮官さんは?」
ミネルバを見上げながら、無造作に告げているが、それがどこか経験に裏打ちされたもののように響き、共感を持つと同時に警戒心も抱き、相手を値踏みするように監察し、尋ね返す。
「誰?」
「ぁ――失礼しました。モルゲンレーテ造船課Bのマリー・ベルネスです。こちらの作業を、担当させていただきます」
慌てて振り向き、人好きのする笑顔で一礼し、すっと手を差し伸べる。その笑顔にタリアもどこか頬を緩め、極自然に手を差し出し、二人の手が強く握られる。
「ミネルバ艦長の、タリア・グラディスよ」
互いに手を握り合いながら、タリアはこの眼前のマリーと名乗った女性を無条件に信頼するような心持ちになっていた。
そして、渋るアーサーとマッドを説き伏せ、外装の修理を依頼し、それを快く承諾したマリーは部下と思しき男に告げ、それと同時に差配を素早く開始した。
ドックに持ち込まれた資材や作業機器に重機が動き、傷ついている装甲を修復していく。艦外に組み上げられた作業用のプラットフォームに移動した二人は並んで作業を見下ろしつつ、マリーが苦笑するように呟く。
「ミネルバは進水式前の艦だと聞きましたが――なんだか既に、だいぶ歴戦と言う感じですわね」
ミネルバを見上げながら、そう評するマリーにタリアはどう答えたものかと苦笑する。
「ええ、残念ながらね」
至るところで傷つき、歪んでいる装甲には、アーモリー・ワンでのあの威容さを携えたものは、どこにも見受けられない。さらにトドメのあの大気圏突入時の熱で、大きく変形している。もし下手をしたら、大気圏降下中に装甲が融け落ちていたかと思うとゾッとする。
このミネルバを造り上げたスタッフが現在の状態を見たら、失神するかもしれないと心中で笑う。
「私も、まさかこんなことになるとは思ってもなかったけど……」
ほんの一週間程前には、自身が今の状況に陥るなどと露ほども考えていなかった。だが、それを気に病むことなく、さばさばと言い放つ。
「ま、仕方ないわよね。こうなっちゃったんだから」
諦めにも似たような仕草で、肩を竦めた。
アーモリー・ワンでの強奪事件に端を発するこの短い間の流転の連続に、さしものタリアも戸惑うばかりだ。
ミネルバにしても、まだまだ就航するのは先だと思っていただけに当然だが、今の状況はそんな考えを嘲笑うように激しく流動している。
それがタリアに酷く焦燥じみたものを齎し、軽く溜め息を零す。
「いつだってそうだけど、まあ先のことは分からないわ。今は特にって感じだけど――」
地球に降りてからの行動が、正直どうなるのかまだ分からない。オーブを後にした後は無論、カーペンタリアで友軍と合流するが、その先ミネルバがどこへ行くかなど憶測でしかないが、相当の厄介な局面が待ち構えていることは間違いないだろう。それが、最新鋭艦という運命だ。
思わず溜め息を零すタリアに、マリーは口元を薄め、苦笑しながら相槌を打つ。
「そうですわね」
だが、その視線が厳しげなものに変わり、探るような視線を向ける。
「ホントは、オーブもこうやってザフト艦の修理になんか、手を貸していられる場合じゃないんじゃないの?」
皮肉めいた問い掛けに、マリーは表情を曇らせる。
確かに、現在のオーブは不安定な立場に立たされている。ナチュラルとコーディネイターが共生する数少ない地球国家だけに、社会問題が今回の件でふつふつと浮き上がり、また外交問題においても板ばさみ状態だ。
「まぁ、そうかもしれませんけど――でも、同じですわ」
だが、すぐに視線が真っ直ぐにミネルバに向けられ、今までとは違う凛とした面持ちにタリアは一瞬、言葉を失い、凝視する。
「やっぱり先のことは分かりませんので、私達も今は、『今』思って信じたことをするしかないですから」
ハッキリと告げたマリーの横顔には、侵しがたい芯の強さが垣間見え、強張っていた表情に柔らかさが戻る。
「昔、ある人に教えられたんですけど……あとで間違いだと分かったら、その時はその時で泣いて怒って――そしたら、また次を考えます。人生って、その連続だと思うんです」
先のことなど誰にも分からない。知ることすらできない。だからこそ、今自分にできることをするしかない。それが、最良の選択であることを信じて――
「ま、そうね」
その意志に共感したのか、タリアも同意して肩を竦める。
そして、マリーが振り向き、静かに微笑み、タリアも応じるように笑みを返し、笑い合った。
まだ会って間もないにもかかわらず、まるでずっと昔から知る者同士のような奇妙な親密感を互いに感じていた。
ミネルバがオーブに寄港して、既に数日が経っていた。その間にも、整備班の苦労が重ねられているものの、修復作業は芳しくない状態であった。
最新鋭艦ということもあり、当然ながら機密の塊である以上、迂闊な協力要請をする訳にもいかず、本来なら外装すら触らせたくない上層部であるが、作業の負担上仕方なくモルゲンレーテに委譲しているが、やはり整備班が監視と監督を兼ねてつくことになり、それが船内や艦載機の作業の遅れにも繋がっている。
さらには、アーモリー・ワンを発ってからの連戦や、艦内での缶詰によるクルー達の不満や疲労も看過できる問題ではなくなっているレベルにまで達しており、それもまた遅延の原因になっている。
その悪循環的な状況を少しでも改善させるため、タリアは政府と交渉し、上陸許可を取り付け、交代制での休暇をクルー達に下した。
これにクルー達は諸手を挙げて歓喜し、ここぞとばかりにストレス発散のために、オノゴロの街へと繰り出している。
そして、今回はミネルバのパイロット組を加えた十数名に、上陸許可が下りていた。
ただ、万が一の場合に備えてパイロット一名は艦に待機となり、レイが自ら名乗りで、留守番となっている。
そのレイに悪いと思いつつも、久方ぶりの休暇にシン達は、興奮を抑えられぬ様子だった。
「お待たせ」
シンがハッチに到着すると、そこには既に馴染みの面々が集っていた。
「遅いわよ、時間が勿体無いじゃない」
臍出しルックの活発的な服装に、帽子を逆に被ったルナマリアが口を尖らせて咎めるが、それをこちらは大人しめなワンピース姿のメイリンが抑える。
「まあまあ、お姉ちゃん」
「ルナ煩すぎ」
いつもの能面で毒づくステラは、白いブラウスに青いスカート姿だ。
「ははは、それより俺もいいのか? せっかくの休暇なのに」
そんなやり取りに、どこか安堵するようにマコトが顰めた面持ちで呟く。マコトの他にはマユとカスミの姿があるが、彼らは本来正規クルーではないため、今回のこの上陸許可の対象外のはずだが、タリアが特別に許可を出した。
「艦長がいいって言ってんだから、気にすんなって」
正規クルーではないが、それでもマコトやマユの働きにはタリアも評価しており、またそこまで軍規に固くないタリアは、シン達のストレス発散も含めて許可を出した。背中を叩くシンに、ぎこちない笑みを返しながら頷き返す。
「それよりシン、案内頼むぜ」
「そうそう、俺らオノゴロの電気店に行きてえぜ」
ヴィーノとヨウランの言葉に僅かばかり表情を曇らせるが、すぐに引っ込めて苦笑しながら頭を掻く。
「あんまアテになんないぜ、俺も離れて大分経つから」
シンがオーブを離れて既に2年以上。おまけにオノゴロ島は一度破壊されており、復興後の今の状態はよく知らない。
そんなことなどお構いなしに二人に引っ張られ、タラップを走っていくシンにやや同情するなか、ルナマリアがふと口に出した。
「ねえ、そう言えばセスは?」
唐突に出た名に、一同は改めて気づいたように声を上げた。セスも今回上陸許可が出ており、また艦内に残るとも聞いていなかったため、てっきり同行するとばかり考えていた。
「セス、用事があるって一人で行った」
その疑問に答えるステラに、小さく驚く。
ステラが着替えを終えて部屋を出たと同時に、同じように出てきたセスとかち合い、何気なく問い掛けたところ、セスはそう答えて一人黙々と艦を後にしていった。
「フーン、用事ね」
オーブに知り合いもいなければ、普段何事にも無関心のようなセスの用事というのが気に掛かったものの、今は控える休暇に胸を躍らせてスキップでタラップを降りていく。その後を追うように、マユがカスミの手を引く。
「んじゃ行こっか、カスミちゃん」
手を引かれながら連れ立っていく二人を見据えながら、マコトは重い足取りで踏み出す。
地球に降りてからというものの、身体の動きがどこか鈍い。まるで全身に見えない重りがぶら下がっているようだ。1Gという重力に、身体が慣れていないせいもあるが、それでもやはり違和感は拭えない。
「地球、か」
身体を引き摺るようにタラップを降りたマコトは、初めて感じる本物の太陽の光に思わず手を覆い、空を仰ぐ。
肌に感じる風も、この空気の微かな熱も湿りも、なにもかもがコロニーとは違う。未知の世界に迷い込んだかのように不安と興奮が、胸の内を渦巻く。
「おーい、マコト! 何やってんだ、行くぞ」
遠くから掛けられた声にハッと我に返り、ゲート付近で手を振る仲間達に向けて笑みを返し、小走りに後を追った。
雲の切れ目から差し込む日差しもまた西に傾き、辺りは青から朱へと変わりつつあるオノゴロ島に設けられた慰霊地をリンは訪れていた。
立ち並ぶ無数の墓標には既に人影はほとんど無く、それがより周囲の静寂さを醸し出している。だが、そんな雰囲気に動じることもなく、立ち並ぶ墓標が織り成す無数の影のなかを隠者のようにリンは歩を進め、最端に聳える巨木の根元まで辿り着く。
そこには、草臥れた、薄汚れた石碑が5つ、無造作に並んでいる。だが、それが墓標であるということを知る者は少ない。
リンはその内の一つに手をやり、石に這っていた雑草を払いのけ、無言で見据える。その視線が、どこかもの哀しげに歪む。
(ルン――あんたの亡霊に遭ったわ)
脳裏を過ぎる数日前の戦闘。灰色のエンジェルの見せた機動戦闘――天使だけでなく、妹の亡霊まで垣間見たような気になり、性質の悪い悪夢と自虐する。
自分もまだ振り切って――いや、拘っていることに呆れるように肩を竦める。
「奴らの正体が何なのか、分からない。けど、あんたの亡霊まで出てきた以上、私も放っておくわけにはいかない」
それは自身への戒めと誓い――自らに架した十字架。不意に腰に差した刀剣を見やり、リンは視線を細める。
こんな事を言っても、あちらには無関心だろうが、と苦笑し、リンは身を翻す。そして、無言のまま墓標を後にする。
(姉さんは、やはり来ていないのか――)
やや落胆した面持ちで、俯く。石碑の状態から見ても、ここ一ヶ月程は誰もあの場所に近づいていない。レイナがもし立ち寄ったなら、なにかしらの痕跡があるはずだが、それすらも見受けられなかったことに肩を落とす。
「さて、取り敢えずは宇宙に戻るか」
不意に立ち止まり、空を仰ぐ。
姉の行方、連中の正体、そしてなによりこの先に備えて、いろいろと手を回さなければならない。だが、そのためには『アレ』の力が必要になる。
夕闇の風が吹き、微かな冷気が身に纏わりつき、リンは睨むように姿を見せる空の球体を見やる。
「最初は、月か」
目的地を定め、リンは静かにその場を去っていった。
リンが墓標から離れ、そして気配が完全に途絶えた頃、一人の人影が墓標の前に佇んでいた。
手に華を持ち、無言で歩むのは、黒髪と紅と紫のオッドアイを持つ女性『セス』だった。セスはそのまま石碑の前に歩み寄ると、その一つに向けて持っていた華を供え、静かに黙礼した。
どれ程そうしていただろうか、不意に気配を感じ、ゆっくりと眼を開く。風が吹くと同時にセスの背後に佇む黒ずくめの人影。
「何故、華を添えるのかしら?」
「――私がしたいからするだけです、ゼロ」
理由などない。そう言いたげに、不遜な口調で言い捨てる。だが、そんなセスの様子にゼロはクスリと笑みを零す。
「滑稽ね。貴方の存在そのものが、理由だからでしょ」
痛いところを衝かれたのか、セスの眼が微かに見開かれ、息を呑む。胸の前で握られた拳が、強く震える。
「だからかしらね、滑稽に見えるのは――所詮、貴方の感傷。こんなちっぽけな石コロの下に、何があるわけでもない」
そんなセスを無視し、侮蔑するように石碑に歩み寄り、セスが供えた華を踏み潰す。無残に潰れた華の花弁が周囲に散り、セスは唇を噛む。
そんなセスの手を取り、反応のできなかったセスをそのまま振り払い、セスの身体は大地に叩きつけられ、走る痛みに表情を苦悶に染める。
「余計なことはしないことね、貴方はただ己の役目を果たせていればいい。貴方が望むのは、唯一つだけでしょう? それを喪いたいのかしら―――」
呻くセスの顎を持ち上げ、バイザー越しに凝視するゼロから放たれる冷たい気配。それに影響されたのか、周囲の枝々にとまっていた烏が、不気味な泣き声を発しながら飛び立っていく。
その殺気ともいうべき気配に気圧されたのか、セスは茫然となっていたが、そんなセスにニコリと口元に微笑みを浮かべ、その手を離して立ち上がる。
「さあ、戻りなさい。貴方の仮初の場所へ――そして、演じ続けなさい。『セス・フォルゲーエン』をね」
揶揄するように呟くゼロに一瞬、悔しさと怒りを瞳に宿すも、やがてフラフラと立ち上がり、ゼロに向かい一礼し、そして今一度墓標を見やり――複雑な面持ちのまま一瞥し、背を向けて去っていく。
その背中を見詰めながら、ゼロは笑みを零す。
「ホント…可愛いわ、セス。脆くて、儚くて―――とても、『人間』らしくてね」
心底愉しげに笑い、ゼロもまた立ち並ぶ墓標を見やりながら、バイザーの下で視線を細める。
「祖じまりの存在――貴方が望んだ未来は、どうなるのかしらね」
石碑を通して、その先にある存在に向かって嘲笑するように笑みを噛み殺す。風が吹き荒れ、金色の髪を揺らし、ゼロは愉しげだった貌に熱を帯びるような妖艶さが加わる。無造作に腰に帯刀した黒刀の鯉口を鳴らす。
「この感じ―――やはり、ここに来たのね。ナンバー02」
振り返るゼロに向かい吹く風が髪と黒衣を揺らし、ゼロはまるで阻むように吹き荒れる風すら祝福のように感じ、その歩を進めていく。
離れていくその黒衣の背中を、石碑だけが見送った。
数時間前―――オノゴロ島のアーケード街に繰り出した一行は、休暇を謳歌していた。
「あ、メイリンそれいいんじゃない」
「うーん、でも少しヒラヒラが多いかな? ステラは?」
「私は、もう少し動きやすいのがいい」
ショッピングモールの一画で交互に服を吟味し、着飾りながら選んでいる女性陣の様子を外で疲れ切った様子で見守る一同。
「なあ、シン」
「何だ?」
「――まだ増えるのか?」
「俺が知るか」
疲れを滲ませながら尋ねるヴィーノに、シンもまた溜め息をつきながら肩を落とす。
「なんでこんなに買い込むんだよ、服なんてどれも一緒だろ」
ヨウランが呆れるように、横眼で積み上げられた紙袋や箱類を見上げる。これらは全て、ルナマリアとメイリンが主に選んだ服類や靴といったものだった。
自分達の荷物はこのほんの一部程度なのだが、マコトは引き攣った笑みで、乾いた声を漏らす。
「ハハハ…彼女達の策略に、見事引っ掛かったかな」
その指摘は実に的を得ているのではと、この場にいる誰もが思った。
アーケード街に到着し、まずは軽くウィンドウショッピングをしつつ、ヴィーノやヨウランは目的の電気店を何件か回り、シンやマコトも数件回った程度で大体の買い物を終えた。
そこから軽く食事を取った後で、ルナマリアとメイリン、そしてマユが女性の専門店ばかりが立ち並ぶモールに足を踏み入れたことから、彼らは必然的に荷物持ちとなった。
それからは、もはや男性陣の意見は完全に黙殺されたといっても過言ではないだろう。普段控えめなステラでさえ一緒に混じって楽しんでいるために、シンも強く拒否できなかった。妹からのプレッシャーがあったからでは、断じてない。
思えば、最初に目ぼしい店をピックアップして、わざわざ後に回したのも余計な逃げ道を塞ぐためだったかもしれない。一店一店巡るごとに増加されるその荷物量に徐々に疲労が蓄積され、こうして選ぶ間の時間のみが、唯一休めるだけ。
「はぁ、せっかくの休暇だってのに――」
意気揚々と繰り出してみて、最後の最後にこんな仕打ちが待っていようとは、思いもよらなかったために疲労の解消が、結局無駄になった気さえしてくる。
「お兄ちゃん、マコトさん」
黄昏に入った二人を、同情するように見やっていたマコトとシンは呼ぶ声に振り返ると、ギョッと眼を見開いた。
そこにはスカートと純白のブラウスという清楚な服装に加えて、普段はストレートに流している黒髪をリボンで三つ編みに束ねたカスミと、逆にこちらはホットパンツにパーカーを羽織り、髪も動きやすいようにポニーテールに束ねたマユが佇んでいた。
「「おおおおおっっ!!」」
あんぐりとなる二人とは対照的に、声を上げるヴィーノとヨウランにマユが得意気に笑う。
「ね、ね♪ 可愛いでしょう♪ せっかくだからお店の人に、コーディネイトしてもらったの、ね、カスミちゃん」
肩を叩くマユに、カスミはどこか照れたようにコクリと頷き返す。その可憐な姿には、思わず見入ってしまいそうだった。
「似合ってる?」
「あ、ああ…似合ってる、凄く」
覗き込むマユに上擦った声で応じ、歓喜してカスミに抱きつく。
「だって、よかったね、カスミちゃん♪」
「……うん」
小さく頷き返し、俯くカスミの手を引き、二人はその服を購入しようと店のなかへ戻っていく。そのパタパタと走る姿さえ一枚画のように見え、なにかしら今まで感じていた鬱憤が癒されたような気分になったヴィーノとヨウランは至福ともいうべき溜め息を零す。
「いや~いいもん見せてもらったな」
「ホントホント…あの二人、将来絶対いい女になるな」
すっかり目福に癒されたのか、口々に語り合う二人だったが、直後に凄まじい威圧感とチリチリとした嫌な悪寒を首筋に憶え、身をよじらせる。
ぎこちない動きでそちらを振り向くと、マコトとシンが笑顔を浮かべている。だが、その眼が笑っていないことに二人は夜叉を垣間見た気になり、お互いに身を寄せ合った。
そんな二人を一瞥し、マコトは今一度店の方角を見やる。
(少し明るくなったかな、カスミのやつ)
最初に会った頃は、なにか人形のように見えた表情にも、今は微かだが感情のようなものがあらわれている。やはり、同年代の友人というものは、プラスになるのかもしれない。
そんなカスミの変化に嬉しさとどこか一抹の寂しさを憶えながら、マコトは肩を落とした。
だが、そんな感慨も戻ってきた一行によって追加された荷物に瞬く間に消え去った。さらにはカスミとマユの荷物も追加され、男性4人は泣きそうになりながらも、男の意地でなんとか荷物を持ち運ぶのだった。
延々と続くかと思われた女性陣によるショッピングだったが、やがて時間が定刻に近づきつつあるなかでようやく終わりを迎えた。
「あー、楽しかった」
「ホントだね、ここんとこ買い物もろくにできなかったし」
「いっぱい買った」
すっかり御満悦とばかりに休暇を謳歌した顔に、恨みがましい視線をこっそり浮かべながら、マコト達はもはや両手だけでは足らず、首や肩にまでかけていた包みや袋を、足として使用していた車に載せ、ホッと安堵の溜め息を零した。
「こんなに買ってどうすんだよ」
「女の子の買い物に文句をつけるのはルール違反だよ、お兄ちゃん」
愚痴を零すシンを嗜めるマユに、哀愁を漂わせる背中で深々と溜め息をつく姿に苦笑する。
「セスもくればよかったのに」
「本人が来ないってんだから仕方ないじゃない。それより、早く戻ろっか」
そろそろ帰艦予定時刻だ。運転席に向かおうとしたルナマリアに、シンが何かを思い出したように声を掛けた。
「あ、ルナ」
「ん、何?」
「俺ら少し寄らなきゃいけないとこあっから、先帰っててくれ」
唐突な申し出に、一同は首を傾げる。
「でもさ、もう時間ねえぜ」
時計を指しながら呟くヨウランだったが、シンは憂鬱げな様子で黙るだけ。その様子に戸惑っていたが、やがてルナマリアが頭を掻きながら大仰に溜め息をつく。
「分かったわよ、艦長には私から誤魔化しておくから」
その言葉にシンは眼に見えて喜色に表情を変え、相槌を打つ。
「サンキュ、この埋め合わせは必ずすっからさ」
「んじゃ、インパルスに一回乗せてね」
ここぞとばかりにニヤリと笑い、そう宣言するが、シンは頬を引き攣らせる。そんなシンをニヤニヤと眺めながらルナマリアが車の運転席に乗り込み、メイリン以下ヴィーノとヨウランを促し、4人が乗り込むと、軽く手を振りながら発進し、それを見送る。
離れていったのを確認すると、マコトは疑問に思ってシンに訊く。
「どうしたんだ?」
車は4人乗りである以上、マコト達は同行することになるのだが、シンの意図が分からずに困惑する。
そんなマコトに、シンは黙々と運転席のボックスを探し、何かを見つけたのか、顔を上げる。
「わりい、ちょっと付き合ってくれ――墓参り」
持ち上げた線香を掴みながら、手を合わせて頼むシンにマコトは戸惑いながらも頷き返す。そして、シンの運転で一行はオノゴロ島の繁華街から離れ、湾岸線を走って都市部よりやや離れた岬まで車を走らせた。
湾岸線から見える夕闇はどこか幻想的で、コロニーなどで見ていた映像の夕焼けとはまったく違う。なにか、雄大というか――不思議な感動を与えてくれるようだ。
「いいとこだな…地球って」
思わず口にする。確かに重力による身体の動きの悪さなど、不安はあるが、それを補って余りあるほどの感動のようなものを、この数日で味わった。
「――ああ」
そんなマコトに対し、シンはどこか複雑そうな面持ちで頷き、そのまま車内は無言に包まれる。
車を走らせて十数分――目的地に着いたのか、止まった車内から出たマコトの視界に飛び込んできたのは、先程までの華やかで賑やかだった繁華街とは打って変わった、厳粛な静寂に包まれた場所だった。
「墓地?」
入口らしき場所に設けられたモニュメント。そしてその先にある階段。困惑しながら佇むマコトを横に、シン達は手に華を持ち、ゆっくりと階段を昇り始めた。それに気づき、慌てて後を追う。
階段を昇り、その上に立ったマコトの眼に飛び込んでくる光景。
丘のようになった場所から、広大に拡がる無数の石碑。石畳の遊歩道が規則正しく伸びるなかに佇む石碑と、その周囲にはまるでその石碑達を護るように植えられた花々。それらが、その墓地が設置された岬の先に拡がる海と、その水平の彼方に沈もうとする夕日に照らし出され、赤く染められている。
それは、言葉では表わせられないような不思議な――それでいて、なにか哀しくなる光景だった。
それに圧倒されたのか、マコトは暫し茫然とその場で佇んでいたが、不意に手を引かれ、ハッと見やると、カスミが手を引き、その指を別の方向へと示す。その先を追うと、遊歩道の先に大きく設けられた慰霊碑が佇んでいた。
その慰霊碑に向かって歩み寄るシンとステラ、マユの姿があり、マコトはカスミの手を取って近づく。
3人が眼前まで歩み寄ると、そこには色取り取りの様々な華が添えられ、マユは手に持っていた華をそのなかへと加え、捧げる。そして、シンが線香に火を灯し、慰霊碑の前に添える。微かな煙が立ち昇るなか、3人は手を合わせてその場に黙礼する。
その姿に背中まで歩み寄ったマコトは声を掛けることができず、暫し無言でその様子を見守っていたが、やがて眼を開いたシンがポツリと語り出した。
「ここさ――俺とマユの両親が、死んだ場所なんだ」
「え……?」
「2年前のA.W.でオーブが戦場になったって話――前にしたろ」
コクリと頷き返す。シン達が元オーブの国民であり、前大戦中に故郷を離れ、プラントへと身を寄せたという話は以前にも聞いている。
相槌を打つマコトにシンは記憶が過去にフラッシュバックする。
―――――オーブ解放戦
そう掲げられた名目で行われた、オーブへの地球連合による侵攻。その戦場となったのが、このオノゴロ島であり、当時シン達はこの島に暮らしていた。だが、侵攻により避難が始まり、シン達は両親と共にこの場所を走っていた。
その時だった――連合の赤いMSに襲われ、自分達を護るために両親が犠牲になった。山崩れによって発生した土砂に生き埋めになった両親。不意に、その現場だったと思しき斜面を見上げるも、そこもまた整然と植えられた木々によって、その当時の生々しい傷跡を完全に隠していた。
その様子に、沸々となにか言い知れぬ怒りが沸くのを必死で抑え込む。
「そうだったのか――」
「だけどその時、助けてくれたのが、黒い天使だった」
脳裏を掠める黒い影。死に怯えていた自分達を助けたあの背中を――そして、アレに憧れを抱いたことを。
「こいつは、あの時に犠牲になったオーブの人間のために、建てられたんだ」
石碑を撫でながら、シンは過去に思いを馳せる。
A.W.で犠牲になったオーブの市民を、鎮魂するために建てられたこの慰霊碑。言い換えれば、これはシン達にとって両親の墓でもあるのだ。
戦争終結と同時にオーブから離れ、プラントに渡った。いつかは来なければならないと考えていたが、それがまさかこんな形になるとは思いもしなかった。
だが、だからこそ、この機会にシンは今一度確認したかったのだ。自身の今の道の始まりとなったこの場所に―――物思いに耽るシンにどう言葉を掛けていいか分からず、むしろ邪魔をしてはならないとマコトはカスミの手を引いて離れていった。
その気遣いに感謝し、シンはマユ、ステラと共に今一度黙礼を捧げた。
2年以上も報告に来なかったことへの謝罪。そして、自分達の近況や決意。それらを包み隠さず、心のなかで話し掛けた。
そして同時に祈った。ここで安らかに眠ってほしいと――自分達は精一杯生きていると。そんな思いをのせて、3人は祈り続けた。
やがて、それが終わったのか――シンが眼を開くと、隣でマユの啜り泣く声が聞こえた。
「うぅぅ…お父さん、お母さん――ぅ」
いつもは明るく気丈に振舞っているが、それが必死に堪えていることの裏返しであることを痛いほど理解しているシンは、そんなマユの頭を優しく撫で、そして複雑そうな面持ちで見やっているステラにも笑みを返す。
それに緩和されたのか、ステラが微笑で頷く。
「―――また、来ます」
シンもまた溢れ出そうになる涙を堪え、最後にその言葉を口にした。
マコトはカスミの手を引きながら墓地内を特に目的もなく歩き回っていた。
墓地内は時間のためか、人の気配はまったくといっていいほど無く、静寂に包まれている。それが、なにか寂しさを感じさせる。
(墓参り、か。そう言えば…親父とカスミの墓参りにも、長いこと行ってないな)
先程のシン達に触発されたのか、マコトもまた家族のことを思い出していた。マコトの父が事故死し、そしてカスミもまたシャトル事故で死に、二人の墓標は住んでいたコペルニクスの共同墓地に建てられたが、どちらも遺体もない空っぽの墓だった。
最後に訪れたのはカスミの時だ。それ以降、自分は墓地は愚か、コペルニクスにさえ近づいていない。
そうやって避けていたのは、カスミが死んだ時、無意識にそれを認めようとしなかったからかもしれない。
だが、時間の経過と共にそんな事も忘れてしまうほど、自分のなかでは風化していたことに軽く自己嫌悪に陥る。
(今度、宇宙に戻れたら――一度、行ってみるか)
先程のシン達を見て、そう考えさせられた。自分も、過去から逃げているだけではいけないのかもしれない。
(そうだよな、おっさん)
そう叫んだサトーの顔が過ぎり、意志を秘めた瞳で空を仰ぐ。徐に歩を進めていると、マコトは岬の端に小さく供えられた石碑に気づいた。
その石碑の前で、人影の姿がある。誰かの墓参りかと思い、徐に近づくと、その人影が顔を上げ、スッと立ち上がる。その拍子に、その人物の持つ髪が揺れる。
銀に輝く髪が夕闇の赤を反射させ、屈折して幻想的な輝きを齎している。思わず見入っていると、その人影がこちらを振り向いた。
顔の右半分を包帯で隠した女性――だが、そのアンバランスさが女性の持つ魅力を助けているような妙な錯覚を引き起こす。
見やった女性がこちらを凝視しているが、その顔にマコトは奇妙な既視感に捉われた。
(アレ……? この人、何処かで――)
記憶が彷徨う。何処かで見たような…それも極最近――そこまで至り、マコトは思い出した。
(そうだ、確かこの人…漆黒の戦乙女―――っ)
ミネルバ艦内で何度か見かけ、そしてユニウスΩ戦でその名を知った、ザフトのエース。だが、何故彼女がここに―――なにより、彼女は顔をあんな包帯で隠していなかったはず。それが逆に、混乱を煽る。
「あ、あの……貴方も、誰かを祈りに――」
思考が混乱し、口が思わず滑る。
「――ええ」
そんなマコトに対し、女性は流暢な声で淡々と応じ、墓標を一瞥する。
「過去を忘れないために」
その一言に、ドキリと心臓を鷲掴みにされたような錯覚に陥る。
「祈る、か――貴方は、どう思う?」
「え?」
「貴方は祈る相手がいる? それは何に対して――自身の弱さを隠したいため? それとも、決して逃れられない過去に懺悔するため?」
矢継ぎのように尋ねられる言葉が、まるで見えない楔のようにマコトに突き刺さる。それが何故か不快なものに感じ、思わず言葉を荒げる。
「何で、そんな事を訊くんですか?」
刺々しい口調だったが、相手は気にした素振りも見せず、無表情のままだ。
「余計なことだったかしらね。忘れて」
素っ気無く会話を切り、女性は歩み出す。ゆっくりと近づくなか、その一挙一挙を何故か警戒した面持ちで見詰めていたが、相手は特に何の動きもなく、淡々と歩を進め、やがてすれ違おうとした瞬間――
「貴方も『過去』に囚われ過ぎないことね―――過去の闇が、『
息を呑んだと同時に人影はゆっくりと離れ、マコトは振り返り、その背中を凝視するが、人影は無言のまま去っていき、釈然としない心持ちでそれを見送る。
「何なんだよ、いったい――?」
まるで心の内を見透かされたみたいで、気分が悪い。
自分が過去に囚われている――それは、ある意味では当たっているだけに、余計に苛立ちが増す。
その時、不意にカスミの手が離れ、顔を上げると、カスミは墓標に近づき、膝を屈めて腰を下ろした。首を傾げながらその背中を追い、覗き込むと、カスミは墓標の周囲で枯れた花の一つに手を伸ばしていた。
恐らく、この周囲には以前まで綺麗な花々が咲き誇っていたのだろう。だが、あの落下の影響で受けた高波のせいか、海水を被り、一斉に枯れてしまったのだろう。
その枯れた花々が、まるで嫌な未来を暗示させる。胸に沸くどす黒い何かに荒れようとするマコトの耳にカスミが呟きが響いた。
「花は枯れ…そして、また咲く」
ポツリと呟きながら、カスミは花を一つ一つ撫でるように触れていく。それはまるで、死者に対する哀悼のように思える。
「生命あるものはいつか必ず消え――そして、またいづる」
花を一つ持ち上げ、それを抱き抱えながらカスミは水平を凝視する。その姿にマコトは茫然と見入る。
花だけでない――生命あるもの、いつか必ず死を迎える。そして――新たなる生命が、この世界に生まれる。
どんなに今は朽ち果てていても――いつか、この場所もまた花が咲き誇るだろう。そして、それは自身のことを指している。
今はどんなに彷徨い、悩んでも――その答を見つけなくてはならない。自身の強さを手に入れるために――マコトは漠然とした決意を胸に宿しながら、その夕日を凝視した。その意志を祝福するように、心地よい風が肌を撫でた。
レイナは無言で墓地内を歩んでいた。
だが、その視線が鋭くなり、前を睨むように見据える。その先からは、こちらに向かって歩み寄ってくる黒い影。
黒衣の下に見える身体に鎖を巻き、金色の髪を風に揺らしながら顔をバイザーで隠しながらも、相手もレイナに気づいたのか、いや――既に察していたのか、その口元には薄い笑みが浮かべられている。
「やはり来たのね――過去の戒めを忘れないため? それとも自己満足? 貴方には必要ない枷なのにね」
愉しげに語るゼロに対し、レイナの視線がより鋭くなるが、そんな視線すら心地よいとばかりに肩を竦める。
「そう睨まなくても…別に、どうこうしてはいないわ」
「――なら、二度とここに脚を踏み入れるな」
ゾッとするような冷たい声。
怒気すら超える静かな殺気を滲ませた気配に、臆するどころか、ゼロは笑みを浮かべたまま悠然と歩み寄り、レイナもまた歩を止めずに進んでいく。
二人の距離が徐々に近づき、その気配もまた比例して大きく響いてくる。
「やはり、貴方はいいわ――こんなにも、私をゾクゾクさせてくれる」
身を震わさんばかりに愉悦を浮かべるゼロに対し、レイナは無言のまま。
「本当――怖いぐらい」
互いに先を見据えたまま擦れ違った瞬間――互いの視線が相手を捉え、レイナとゼロは身体を反応させた。
空気を裂いたような錯覚の刹那――木々に止まっていた烏が、不気味に鳴動しながら飛び立っていく。羽根の音が木霊し、静寂に包まれるなか、折り重なるように接近した二人の舞い上がった髪がゆっくりと降りる。互いに身構え、レイナの首筋にはゼロが腰から抜き放った黒刃が突き付けられていた。
薄皮ギリギリのところで寸止めされた刃に、首筋から微かな鮮血が首筋をつたって零れる。だが、レイナは動じることもなくゼロを睨みつけている。
「流石、ね――やはり貴方は最高よ」
そんな様子に、ゼロは微笑みながら視線を微かに下へとずらす。その先には、ゼロの心臓ギリギリにまで突き付けられた刃が、光っている。
それは、レイナの右手に握られた短刀だった。お互いに密着した状態で相手の急所に据えた刃―――どちらにも有利で、危険な状態だった。
硬直するようにその場の空気が静止するが、やがてゼロがフッと笑みを零し、黒刃を緩め、バッと後方へ跳び、距離を取る。
レイナも短刀を引き、それを身構えながらゼロを威嚇する。刃を向けるレイナに対し、ゼロは愉しげに笑う。
「そんなに構えなくてもいいわ。今回はあくまで様子見――今の、病み上がりの貴方と戦うつもりはないわ」
その言葉にレイナは構えこそ解かなかったが、その眼元が微かに苦しげに歪む。ゼロは徐に、刀を鞘へと収める。
「それに―――貴方とはこんなものより、もっと相応しいもので殺りあいたい」
口に引かれた薄紫のルージュをなぞりながら、揶揄するゼロにレイナは、忌々しげに舌打ちする。
「決心がつかない? なら、貴方の大切なものが傷つくわよ」
「何だと?」
「それは不本意でしょう? 貴方にとって。なら、その手に戻すのね。貴方の『半身』を―――」
胸元からクリスタルを取り出し、それを握り締める。レイナの眼が見開かれた瞬間、レイナは右手の短刀を振り払った。
鋭く飛ぶ短刀がゼロに襲い掛かるも、ゼロの姿は陽炎のように掠れ、短刀は目標を見失い、虚空を掠めて近くにあった墓標に突き刺さる。
歯噛みするレイナの上で跳ぶゼロが墓標の一つに着地し、静かに見下ろす。
「そう…もっともっと私を憎んで、そして強くなって――誰よりも、ね」
バイザーの下で相手を愛おしそうに見据え、ゼロは跳躍する。
「そして――私を殺しにきてね、ナンバー02:レイナ・クズハ。チャオ」
唇をなぞり、ゼロの姿はそのまま墓地の奥へと消え去った。
そして、その後を追おうとせず、その場で佇むレイナに向かい、何処からともなく黒い花弁が降り掛かる。
レイナをまるで覆い隠さんばかりに周囲に舞う花弁は、黒百合の華だった。それを手のなかで受け止め、苦々しげに拳を握り締めた。
そして、包帯で覆った右眼をなぞりながら、レイナは空を見上げた。
夕闇に染まる空は、彼女の真紅の瞳には血の赤のように映った。吹き荒む風が何かを告げるようにレイナの身体を裂く。
それは、決して逃れられぬ呪縛のように―――
仮初の平和は砂上の楼閣のごとく脆く儚く崩れ去った。
そして、世界は再び次なる変革を呼び寄せるために――この世界に、生きる生命に試練を課す。
それは、生命に対する問い掛け―――この世界の未来を選ばせるための――――
戦華は再び咲き乱れる―――――
――――――鮮血と悲哀を糧に…………
《次回予告》
崩れ去る仮初の平和。
世界は再び新たなる災いを呼び寄せる。
その先にある…次なる変革の贄を求め…宇宙は炎に包まれる。
新たなるイレギュラー達が舞台に上がるとき…次なる運命の幕が上がる。
咲き乱れる戦華は、その福音か…葬送か……
それは、祖にして…采配の烽火――――
繰り返される業に、その唸りに…世界は翻弄されていく――――
次回、「PHASE-21 戦華再び」
戦華の道、駆け抜けろ、デルタアストレイ。