機動戦士ガンダムSEED  ETERNAL SPIRITS   作:MIDNIGHT

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PHASE-02 白きGUNDAM

傀儡――――

 

 

 

 

それは魂なきもの――――

 

 

だが―――魂を容れた瞬間…それは眼醒める………――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一人の少女に導かれ、謎のMSへと搭乗したマコトは操縦桿を握り締め、ゆっくりと押し、ペダルを踏み込んだ。

 

エネルギーインジケーターに光が走り、各アクチュレーターに連動し、金属独特の摩擦音が機体の各所から軋むように聞こえてくる。

 

炎が舞い上がるなか、貨物室のハンガーに固定され、瓦礫に埋まる一体のMSは突如沈黙を破り、その腕を突き出し、瓦礫の隙間を拡げる。そのまま左右の手を使い、上体を起こし、瓦礫を振り落とす。

 

あたかも――墓場から甦るように………打ち捨てられた傀儡が再び黄泉から舞い戻ったかのように―――

 

コックピットの180度モニターには立ち上がる様が映し出され、満ちる炎がコックピット内を赤く照り映え、マコトは知らず知らずのうちに汗を零す。

 

紅蓮の炎に彩られるなかに悠然と立ち上がる『ガンダム』。その白き装甲が赤く染まるなか、暗い闇に包まれていたセンサーアイが光を発する。

 

それは命の息吹の光――眼醒めの鼓動。蒼穹に輝くツインアイは深く光を発する。

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――傀儡は魂を宿し、仮初の生を得る

 

―――――さあ……世界へ誘い………踊るがいい……――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

運命の輪廻のなかで―――――――

 

 

 

 

 

 

 

機動戦士ガンダムSEED ETERNAL SPIRITS

 

PHASE-02 白きGUNDAM

 

 

 

 

 

 

C.E.74―――――

 

月面衛星軌道上で対峙するムラサメと純白のMS。ムラサメのコックピット内でレイナは、強張った面持ちで対峙する純白のMSを凝視していた。

 

「メタト…ロン……カイン―――」

 

その形状を見間違えるはずが無い。かつて、その全てをかけ、そして殺しあったきょうだいの愛機――だが、同時に沸き上がる疑念。

 

 

 

 

 

―――――カインは死んだ。

 

 

 

 

殺したはずだ。他でもない……自分の手で、闇へ誘った。その刻にメタトロンも共に消えた―――なのに、何故その機体がここに。だが、眼前に佇んでいるのは間違いなくメタトロンだ。

 

いや…問題はその内にいるパイロットだ。

 

(カイン…なの……?)

 

思わずそんな疑問が脳裏を過ぎるも、その疑念もメタトロンの相似の機体がその真紅の瞳を輝かせた瞬間、掻き消えた。

 

カメラアイを真紅に輝かせ、咆哮を上げる機体――刹那、レイナは反射的に操縦桿を捻った。ムラサメのスラスターが火を噴き、離脱した瞬間、幾条もの閃光が真空の闇を迸る。

 

「ぐっ!」

 

突然かけた機動に歯噛みしながら、レイナはその閃光の正体を視界に収める。相手の周囲に浮遊する6つの飛翔体。羽を思わせる形状にその銃口を鈍く光らせている。飛翔体が加速し、その銃口から閃光が放たれる。

 

その見覚えのある攻撃パターンにレイナは内心苛立つものを抑えられない。

 

この武器自体もレイナにとっては忘れられないものだ。ザラっとしたような不快感が沸き上がってくる。

 

ビームの弾丸が縦横無尽に襲い掛かり、レイナは舌打ちして回避する。紙一重で網目のように襲いくる銃弾をかわすも、いつまでもかわし切れない。

 

反撃しようとイカヅチを構え、ビームを放つも、飛翔体は悠々とかわす。

 

(っ、手持ちの火器じゃ分が悪い――っ)

 

己に毒づく。相手は広域戦闘用の攻撃機動ポッド。だがこちらは貫通性に優れた火器。こんな状況ではいうまでもなく不利だった。

 

イカヅチを下げ、ビームサーベルを抜く。シールドを突き出し、飛翔体に向けて加速する。

 

「はぁぁぁっ!」

 

シールドでビームの弾丸を受けながら懐に飛び込み、ビームサーベルで一閃する。ビームの刃が飛翔体を掠め、一基が蛇行する。だが、致命傷ではない。

 

「っ!?」

 

追い討ちをかけようとした瞬間、ムラサメに覆い被さるように掛かる影。ハッと顔を上 げると、純白のMSがムラサメのすぐ眼前にまで迫っていた。

 

真紅の瞳が鋭く射抜いた瞬間、鋭い一撃がムラサメに向かって振り下ろされた。

 

ほんの一瞬……その場が静寂に包まれたように錯覚した瞬間、ムラサメの左腕がスローモーションのようにボディから離れ、一拍後、爆発した。

 

「がぁぁっ」

 

爆発に弾かれ、衝撃に呻くレイナ。コックピットに響くレッドシグナル。息を乱しな がら、純白の天使を見据える。4枚の白銀の翼はまるで悪魔のような錯覚を憶えさせるほど禍々しく、その右手には巨大な鎌が握られ、刃が真紅のビームに光っ ている。

 

 

まるで……獲物を狙う死神の鎌のごとく――――――

 

 

 

あと少し――ほんの少し反応が遅れていたら、間違いなくコックピットを斬り裂かれていた。嫌な実感がレイナの内を駆け巡る。

 

「この反応…それに能力―――どうやら、本物のようねっ」

 

苦い口調で吐き捨てる。あの機体が何であれ、この機動性にパワー、そして戦闘能力――間違いなくメタトロンそのものだ。

 

そして―――――――

 

 

 

(私への――憎悪っ)

 

先程の咆哮と鋭い視線――一瞬でも気を抜けば殺されると思わされる程の狂気と憎悪を感じさせた。そしてそれは、間違いなく自身に向けられている。

 

微かに流れる鮮血が操縦桿をつたり、流れ落ちながらレイナは純白の天使を睨む。

 

 

 

煙を噴き上げながら滞空するムラサメに対峙する純白のMSのコックピットには、一人の人影があった。だが、コックピット全体が薄暗く、その顔を確認することはできないが、口元だけは微かに歪んでいた。

 

「フッ、流石だな。レイナ =クズハ―――その資格を得ただけはある」

 

微かに発せられた称賛。人影にとって、先程の一撃は間違いなく渾身の一撃だった。だが、それを被弾したとはいえ、コックピットを外したレイナのパイロットとしての技量はそれを上回っていた。

 

「惜しいな…そんな機体であることが」

 

惜しむらくは、レイナの乗っている機体が量産機ではなくあの機体―――『無限の翼』であったなら、と一瞬過ぎる。

 

それなら、もっと心躍る『死合い』ができただろう―――だが、そんな仮定に興味などない。今この眼の前の光景のみが現実――口元が微かに歪む。

 

「だが、貴様の命――ここで狩らせてもらう!」

 

純白のMSは鎌を構え、レイナは瞬時に機体の状態を確認する。

 

「レフトアーム損失、スラス ターも機能がほとんど停止――火器ももうダメか」

 

機体の随所にレッドシグナルが点灯している。

 

左腕を欠損、この状態ではもはや変形も不可能。戦闘機形態になれればまだ離脱の可能性はあったが、それも難しい。おまけにスタビライザーの機能も稼働率が半分を切っている。火器も残っているのはビームサーベルとバルカンのみ。ほとんど手詰まりだ。

 

「見逃してくれる可能性は――0、か」

 

自身を嗜めるようにぼやく。

 

そんな甘い考えを抱かせるような相手ではないのは既に実証済み。だが、簡単にやられるつもりもない。

 

最悪でも相打ちには持ち込んでやると内心に囁き、レイナは残った右手にビームサーベ ルを構える。あの機体の正体は何なのか、そしてカインとどういう関係なのかは知れずじまいになるが、死んでしまってはそんなものに何の価値もない。知りたいと思ったのはあくまでレイナの個人的感傷だ。

 

そう切り捨て、強張った面持ちでビームサーベルを構 えると、相手もそれに応じて鎌を構える。一瞬の視線が交錯した瞬間、ムラサメと天使は加速し、相手に向かって斬り掛かった。

 

「はぁぁぁっ!」

 

ビームサーベルを振るうムラサメの斬撃をかわしながら、天使は鎌を振るい、レイナは紙一重でかわしながら距離を詰め、間合いを取る。

 

あの獲物なら接近すれば使用範囲は制限される。その目論見通り、天使の鎌の振り方は どこかおぼつかない。このまま距離を詰めて、一撃を加える。

 

振るうビーム刃をかわし、天使は突如左手を振り被る。レイナが一瞬眼を見張った瞬間、左手のマニュピレーターからビームが迸った。

 

「っ!?」

 

それが何かを悟った刻にはレイナは反射的に機体を逆制動で仰け反らせるも遅く、天使は左手をムラサメに向けて振り下ろした。ビームの爪がムラサメのボディを引き裂くように切り裂く。

 

砕け散る装甲。そして引き剥がされるコックピットハッチーー破片が飛び、僅かに露になるコックピット。

 

「ぐっ」

 

エアーの排出される音にレイナは間髪入れずコンソールのボタンを叩き、破損箇所を防ぐ粘着剤が飛び、亀裂部分を塞ぐ。

 

間髪入れずヘルメットを被り、バイザーを上げる。亀裂はなんとか防いだが、大分エアーが排出された。咄嗟に後ろに飛んだからあの程度で済んだが、まさかあんな装備を持っているとは予想外だった。しかも、先程の攻撃で頭部も僅かに欠け、モニターにノイズが走っている。

 

だが、今の戦い方はまるで獣のそれ――相手への激しい敵意ゆえの無意識の攻撃。それ故に察せられなかった。

 

「くそっ、メインカメラはもう無理かっ」

 

毒づきながらサブカメラに切り換え、モニターがクリアになった瞬間、眼前に迫る天使。息を呑む間もなく振り下ろされる鎌をかわすも、天使は持ち手を変え、柄の下から伸びるビームの穂先が真っ直ぐにムラサメに襲い掛かる。

 

「このっ」

 

だが、レイナはムラサメの右足を振り上げ、足裏でビーム刃を受け止める。右足首が破損するも、そのまま弾くように離脱し、後退しながらバルカンで狙撃する。

 

バルカンが天使を掠めるも、装甲に弾かれ、怯みもせず、加速し、半壊のムラサメは回避しきれず、弾き飛ばされる。

 

「がぁぁっ!!」

 

コックピットを襲う衝撃に苦悶を上げながらムラサメは岩塊に激突する。電子のショート音とアラートがコックピットに響き、レイナの額から流れる鮮血。

 

悠然と歩み寄る天使にレイナは操縦桿を握り締め、ムラサメをなんとか立ち上がらせようとする。

 

刹那、コックピットに響く別の警告音――ハッと見やると、先程の民間艦と思しき艦のエンジン部分から火の手が上がっている。瞬時に不味いと察したが、次の瞬間、エンジンが炎を噴き上げ、艦が爆発に包まれていく。

 

岩塊に身を隠していたが、その爆発によって発生した衝撃波が岩塊を弾き、ムラサメも吹き飛ばされる。

 

「くっ――ん…アレは……?」

 

衝撃に耐えていたレイナの視界に飛び込んできたもの――爆発した艦の内から現れる影――純白のボディに蒼穹の瞳を輝かせる一体のMS。

 

「ガン…ダム―――?」

 

その機体形状はG―――極一部のパイロットの間で名づけられしMSの呼称。『GUNDAM』と呼ばれし機体―――それに酷似していた。

 

だが、それに気を取られた一瞬がレイナにとっての命取りとなった。

 

「っ!?」

 

気づいた瞬間には遅く、天使はムラサメの懐に飛び込み、鎌を振り下ろしていた。ボディに刻み込まれる光の刃――袈裟懸けに斬り裂かれ、コックピットに火花が飛び、コンソールが破損する。

 

「がはっ、くっ」

 

破片がスーツを掠め、皮膚を切り、鮮血が舞うなか、レイナは苦悶を浮かべながらも吼えた。

 

「はぁぁぁぁっ!!」

 

残った右手のビームサーベルを振り上げ、至近距離でビーム刃を展開し、天使のボディに突き刺す。どんな装甲だろうと、この距離なら無傷はあり得ない。密着した状態で展開されたビームが天使の装甲を貫き、小さな爆発が起こる。

 

それに連動して天使のコックピットにもショートが迸り、人影は微かに表情を顰める。

 

(ちっ、甘く見すぎていたか――だが、アレはどうやらうまくいったようだ。ならば―――!)

 

顰まっていた表情が微かに醜悪に歪み、人影は手元のボタンの一つを押した。

 

火花が散るコックピットでレイナは額から鮮血が流れ、唇で噛み締めながら天使を睨んでいた。刹那、受信の表示が灯り、微かに息を呑む。接触回線が繋がった。なら、それは必然的に眼前の天使―――逡巡する間もなく、モニターに天使のコックピットが表示される。

 

そのモニターに映った人影に、レイナが驚愕に眼を見開いた。

 

 

「お、お前は―――っ!?」

 

 

その言葉が最後まで続かなかった―――斬り裂かれたエンジンから火が噴き上がり、ムラサメを呑み込んでいった。

 

コックピットに迫る炎がレイナの視界に入り、一拍後――ムラサメは閃光に包まれ、天使の姿もそのなかへ消えていった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ううっ…何がどうなった?」

 

ぶつけた頭から響く脳震盪に眩暈を起こしながら、マコトは状況を確認する。

 

起動したMSのコックピットに映るモニターに、覚醒していない意識を向けると、二体のMSが折り重なっている光景が眼に僅かに過ぎり、それを中心に閃光が迸り、爆発が轟く。

 

「な、何だ…MSが爆発したのか?」

 

慌てて計器類を操作し、状況を確認する。

 

各種センサー類やレーダーには反応がない。いや、爆発の影響か、熱を持っている金属 パーツも多く周辺に浮遊しているために細かな判別は難しい。

 

だが、少なくともMSの反応は近くにはない―――あのMSの集団も漆黒のMSも見当たらない。微かに警戒を漂わせながら、マコトはふと自分の腕のなかで気を失っている少女に気づき、視線を落とすと、そこにはマコトの胸に顔を寄せ、眠る少女の顔があった。

 

まるで人形のように眠る少女――呼吸音も微かにしか聞こえず、マコトは表情を顰める。 正直、もうこの場に留まる理由がない。周囲はもう先程の戦闘を感じさせないほど静けさに包まれている。

 

SOSを発信していたと思しき艦から救出できたのはこの少女だけ。それに、襲っていたMS集団も漆黒のMSも消えた今、この宙域に留まるのは自分のみ。こんな場所に長居は無用だ。

 

「レイスタは…爆発でやられちまったか―――」

 

マコトは艦に固定していたレイスタを捜すが、反応はない。あの爆発でスクラップになってしまった可能性が高い。乗ってまだ半年ほどだったが、自分の機体を喪ったのは正直嫌なものだが、状況が状況だけに仕方ない。

 

軽く溜め息を零すと、マコトは次に機体の状態を確認する。

 

「モニターに異常なし、セン サー類も正常…各駆動部分も問題はなし、か」

 

機体状態をチェックしながら、マコトは未だ表示されている正面のモニターを見やっ た。そこに浮かぶOSの頭文字を繋ぎ合わせて導き出される言葉。

 

「ガンダム―――か」

 

今一度、ポツリと反芻させる。

 

偶然乗り込んだこの機体――だが、あの爆発を受けたにしては機体ダメージはない。無論、システム自体がまだ把握できていないからどこまでが大丈夫なのか解からないが、少なくとも通常の行動なら問題はなさそうだった。

 

(だけど……)

 

一つだけ引っ掛かるような感覚がある。だが、マコトはその疑念を内に流し、考えを改める。

 

「本格的な調査は一旦ステー ションに戻ってからにするか」

 

どの道、こんな状況では機体の調査もできない。ステーションに戻れば、他のジャンク屋の人間もいるし、なにか解かると思い、マコトは操縦桿を握り、引く。

 

それに連動し、MSが蒼い瞳を輝かせ、スラスターが微かにうなりを上げ、姿勢制御を整え、向きを反転させ、宙域からゆっくりと離脱していく。

 

僅かな緊張感を漂わせながら、マコトは静かにその場を去っていく。その離れていく機影を見下ろすように破片の上に佇む機影。

 

宇宙の闇がその姿を覆い隠し、窺うことはできない―――だが、その機体は暗闇のなかで瞳を金色に近い色に輝かせ、低い唸りを漏らす。

 

「っ」

 

刹那、マコトは機体の動きを止め、振り返る。

 

振り返り、周囲を窺うが、動くものの気配はない―――だが、頬を汗がツーっとつたう。

 

(気のせい、か)

 

微かに感じた凝視するような嫌な視線。だが、見渡せる範囲に浮かぶのは残骸のみ。 神経が少し過敏になり過ぎているとマコトは己に言い聞かせ、無意識のうちに機体の航行スピードを上げ、その場を静かに去った。

 

完全に機影が離れ、ほぼ視認できなくなると、静けさの漂う場所に再び姿を見せる機影。そのコックピット内では、人 影が微かに見える口元を薄く歪ませた。

 

(なかなか鋭い…でも、そうでなくちゃね―――)

 

どこか愉悦を感じさせる口調で呟き、人影はほくそ笑む。

 

そして、その視界にすぐ眼前に漂ってきたものに気づく。それは―――MSの頭部。 レイナの搭乗していたムラサメのものだった。

 

静かに手を伸ばし、その半壊した頭部を掴み、一拍後、頭部を握る手に力を込めた。鈍い音とともに歪み、砕け散る頭部――破片が周囲に舞い散るなか、笑みを噛み殺し、 静かに囁いた。

 

(全ては始まる…… ねぇ………――――)

 

呟かれた言葉は誰に聞こえることもなく虚空に消え、その機影もまた闇に溶け込むようにその場から消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月面の引力圏近くに停泊させておいた作業艦に戻ったマコトは機体をハンガーに固定すると、少女を抱き抱えて機体から降りる。

 

ラダーから降りたマコトは今一度、自分が乗っていた機体を見上げる。純白のボディに輝かせる蒼穹の瞳。それがまるで見下ろしているように感じる。

 

マコトは手に持った起動コントローラーを腰のベルトに引っ掛けると、そのまま踵を返して格納庫を後にした。自室のベッドの上に少女を横たえ、毛布を被せ、無意識にその寝顔を凝視する。静かに眠る少女――その顔にマコトはやはり既視感を拭うことはできない。

 

(そういや、名前…なんていうんだろうな?)

 

思えば、まだこの少女の名前も知らない。まあ、出逢った状況からしてそんな余裕はなかったが――マコトは未だ深い眠りのなかにある少女を残し、一人ブリッジに向かい、操縦シートに腰掛ける。

 

起動シーケンスを起ち上げ、進路を月近くのステーションへと設定し、作業艦は艦首の向きを変え、月を背にした瞬間、ブースターが火を噴き、ゆっくりと加速していく。

 

デブリのなかを進みながら、作業艦は月の重力圏を抜け、航行する。

 

「ふぅ」

 

自動操縦に切り換え、シートに身を預けながらマコトは大きく息を吐き出し、肩を落とした。今になって疲労がドッと押し寄せてきた。

 

謎の呼び出しに謎のMS戦。おまけに謎のMSと少女―――よくよく考えてみれば、あまりに奇想天外な事態の連続だった。今の仕事に就いてまだ一年程だが、この先経験できないかもしれない事の連続だったと思うと今更ながら震えにも似た感覚が こみ上げてくる。

 

だが、それに並行して自身に降り掛かった謎もまたマコトの内で渦巻いている。

 

「結局依頼人は現れずじまいか―――」

 

あの場へ呼び出した依頼人とは遂に会えなかった。

 

そして呼び出された先で遭遇したのは戦闘――依頼人は巻き込まれたのか、それともさっさと逃げたのか、真相は分からないが、依頼は無効ということになるだろう。

 

報酬ではないが――MS一機を得たといえば確かにいいが、肝心の乗機であったレイスタを損失したので結局はプラスマイナス0だ。

 

加えて―――一番マコトの内で引っ掛かっているのは、MSと一緒に助け出した少女。不意に、脇に置いてあったコントローラーを右手に持って凝視する。あの謎のMSを起 動させるためのキー――確かに今まで見たことがない起動システムだが、このコントローラーも別段変わったところはない。

 

ならいったいなんのためのシステムなのか――考えれば考えるほど謎はつきない。

 

「ま、本格的な調査は戻ってからにすっか」

 

コントローラーをダッシュボードに放り、こんな状況であれこれ考えても答が出ないと踏んだのか、マコトは思考をやめ、シートに腕を組んで枕代わりにしてもたれ掛かると、今一度天井を仰ぎ、右手を懐に入れ、一枚のフォトを取り出す。

 

いつもはレイスタのコンソールに貼り付けてあったマコトに取って唯一無二のもの。レイスタから離れる時、無意識に持ち出して正解だったと今更ながら思う。

 

これだけはたとえ死んでも離さない。もうこれだけが、彼にとって家族と一緒にいたという証なのだから―――そして、マコトはその視線を、フォトの中心で佇む少女に向ける。

 

まだ二桁にも達していない歳の少女がやや不安げな面持ちで隣に立つ少年の腕を取り、こちらを向いている。その表情が、マコトの記憶のなかにある顔と…部屋で寝ている少女の顔とともに交互に駆け巡る。

 

「カスミ……―――」

 

無意識に口から出た言葉――まだ、吹っ切れていない。いや…忘れることなど決して不可能だろう―――あの光景は今でもマコトの瞼に焼き付いて離れない。

 

轟く爆発と黒煙―――砕け散る破片、それらが次々とリフレインし、マコトは歯噛みしながら首を振った。

 

「くそっ」

 

どうしようもない苛立ちを抑え込み、マコトはフォトを懐に収め、月の引力圏を脱したと同時に席を立ち、今一度部屋へと向かった。

 

ブリッジのすぐ傍に設けられた自室に戻り、ドアを開くと、ベッドに寝かされていたはずの少女が眼を覚まし、起き上がっていた。

 

「お、眼覚めたか?」

 

マコトが声を掛けると、少女はゆっくりと視線を向ける。その虚ろな…まるで人形のような視線と金色という瞳の色に僅かに気圧されながらも、マコトは抑え込み、ベッドの傍の椅子に腰掛け、身体を向けて視線を絡ませる。

 

「取り敢えず、名前…聞かせてくれないか?」

 

いろいろ訊きたいことは山ほどあるが、まずは肝心な少女の名。いつまでも知らずにいる訳にはいくまい。だが、少女は表情を変えず無言のままマコトを凝視している。その様子にマコトは怪訝そうになる。

 

「なんだ、自分の名前だよ、名前」

 

「名前―――」

 

再度確認するように問い掛けると、少女はか細い声で反芻し、マコトは少女の反応を待ったが、次の瞬間に発せられた言葉は予想外のものであった。

 

「知らない…名前――分から、ない」

 

小さな声で発せられた言葉。マコトはその意図を一瞬はかりかねたが、少女はただ表情を変えずに視線を落としている。その表情は、『名前』という己を表すアイデンティティをまったく理解していないことを感じ取らせた。

 

「分からない…私は、私――分からない……」

 

まるで壊れた人形のように喋る少女にマコトは眼を伏せるが、やがて顔を上げ、軽く息を吐き出す。

 

「そっか、名前ないのか」

 

予想外の事態だった。だが、名前が無いというのは正直困る。少女の顔を覗き込み――マコトは内に無意識にある名を反芻させ、口が開いた。

 

「んじゃ、カスミって呼んでいいか?」

 

暫く思案していたが、何気に発せられた言葉――マコトも自分が何を言っているのか一瞬問い詰めたくなるような感覚に捉われる。この名は特別だ。もう二度と呼べないと同時に二度と口に出したくはなかった名。哀しみと愛しさを嫌でも思い出させる――あの過去の残照を。

 

マコトの言葉に少女は表情を変えず、呟かれた名を反芻する。

 

「カスミ……」

 

「そ、カスミ。嫌…か?」

 

窺うように覗き込むと、少女は微かに視線を落とし、小さな声で囁いた。

 

「カスミ――名前…私の…名前…―――」

 

まるで、初めて玩具を与えられた子供のように名前を反芻する少女にマコトは笑みを浮かべる。

 

「そう、カスミ。んじゃ、カスミって呼ぶな?」

 

少女――カスミはマコトを見詰め、やがて静かに頷いた。

 

「じゃあカスミ、訊いていいか? なんであの艦にいたんだ? それに、あのMS――いったい何なんだ?」

 

正直、分からないことだらけなのだ。

 

あのMSに、カスミが何故あんな状態で独り艦に乗っていたのか―――だが、カスミは静かに首を振る。

 

「分からない――」

 

「分からない?」

 

問い返すと、カスミは再度首を振るだけ。

 

「分からない―――私は…何も分からない、何を探すのか…何を求めるのか…何を望むのか……何を見出すのか…何を信じるのか……―――」

 

まるで謎めいた物言いで話すカスミにマコトも口を噤む。だが、その真意を探ることはできない。そして、結果としてはカスミは何も知らないということだ。

 

記憶喪失――そういう言葉で括るのも違うような気がする。まるで、赤ん坊のように知識を持たない状態に近いのかもしれない。先程の名前という一番最初に与えられる己を形成するアイデンティティを知らなかった。

 

「そっか…分かった」

 

だから、マコトに答えられたのはカスミの言葉を肯定するだけ。迂闊に踏み込むのもできない。

 

だが、結局何も分からずじまい―――せめて、カスミが自分のことをある程度でも知っていてくれれば、カスミの両親や家族を探すこともできたが、これではそれすらも難しい。

 

あとは、あのMSの調査で解かることに期待するしかない。

 

マコトは今一度カスミを見やると、カスミはジッとこちらを凝視している。初めて見る好奇の対象を観察する子供のようだと思いつつ、マコトは意志を決めた。

 

「じゃあ、暫く俺といるか? お前の面倒ぐらい見てやれるし」

 

どちらにしろ、暫くは一緒にいるしかない。それに、この少女を誰かに預けるというのも何か気分が悪い。それは、マコト自身の内にある何もできなかったという陰があるからかもしれない。

 

少女はキョトンとした表情で見詰めていたが、マコトは軽く笑い、手を差し出す。

 

「ほら、遠慮するなって。まあ、当面は俺がお前の家族になってやるから」

 

「家族?」

 

「ああ。名前もないんじゃな…暫くは俺の妹ってことで登録しておかないと」

 

別姓を使うことも考えたが、兄妹にしておけば余計なことを勘ぐられることもないし、なにより登録するのも楽だ。

 

ステーションやコロニー間の乗員チェックは厳しい。その点を踏まえても、こちらの方がリスクは少ない。やや言い訳じみた考えだが、マコトはカスミを見やり、もう一度名を呼んだ。

 

「お前は俺の妹――カスミ・ノイアールディ。よろしくな、カスミ」

 

再度手を差し伸べると、カスミはぎこちない動作で手を伸ばし――マコトの手に近づけるも、なかなかその手を掴むことができない。

 

そんな様子にマコトは笑みを浮かべ、手を伸ばし、カスミの手を取った。

 

「よろしくな、カスミ」

 

「…………」

 

カスミはやや呆然とした表情でマコトを見詰めていたが、マコトは手元の計器がなったのに気づき、思わず手を離す。瞬間、カスミは微かに声を漏らしたが、それにマコトが気づくことはなかった。

 

「んじゃ、俺は一旦ブリッジ にいくから。じきにステーションに着くからそれまでは休んでろよ」

 

月の引力圏を抜け、後はステーションまでの航行だが、その操舵のためにマコトはカスミに軽く呟き、その場を後にした。

 

閉じられる扉――マコトが消えたその扉を暫しジッと凝視していたが、やがてその視線が自身の右手に向けられる。先程握られていた手――それを見詰めながら、カスミはポツリと呟いた。

 

「か…ぞ…く……―――ん」

 

やや虚ろな視線で無意識に発せられた言葉―――刹那、鈍い傷みがカスミの脳裏を走る。微かに苦悶に呻き、頭を垂れる。ほんの一瞬であったが、顔を上げたカスミの表情は、元の無表情なものに変わっていた。

 

そのまま視線を動かし、部屋に備えられた窓の向こうに映る月を見据える。その金色の瞳に月を映しながら、カスミは人形のように佇むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻―――L4コロニー群へと向かって航行する一隻の旅客シャトル。客室には、大勢の人の姿がある。

 

「いよいよだな」

 

「そうね、新しいプラントを 地球へ見せられるわ」

 

「新型機のお披露目か――」

 

談笑を交わす人々は興味と期待感を滲ませながら沸きあっている。そんな人々とは対照的に水を打ったように静かに見据える女性が客室の一画に座り、微かに表情を顰めた。

 

(ザフトの新型機、か―――あながち、ただのではないかもしれないな)

 

紫を滲ませるような銀の髪を頭の上でポニーテールに束ね、手元の端末に眼を向けているのは、漆黒のコートを羽織った女性。

 

 

彼女の名は――――リン・システィ。

 

 

先の大戦を戦い抜いた一人―――戦後、彼女はレイナと共に裏で非合法な仕事をこなす傍ら、世界情勢の収集に明け暮れていた。ザフトのセカンドシリーズと呼ばれる新型機の存在についても発表されるより早く掴み、その情報を探っていたが、流石に極秘プロジェクトだけあった詳細なデータを得るのは難しかった。

 

端末を叩きながら、リンは表示されるデータに眼を通る。

 

表示されるのはMSの構造データが5体―――どれもが、異なる形状を持ち、ザフト内部でXナンバーと呼ばれる形状を持っている。だが、得られたデータはそれまでだ。これらの機体がどのような能力を持っているのか――そして、開発過程でどの程度改良されているのか、そこまでは流石に掴めていない。

 

MSを設計し、開発しても当初のデータ上のスペックで全てうまく行くはずがない。開発側の算出した数字と実践で算出されるデータは違うし、装備も変更になる可能性もある。結局のところ、ハッキリと掴めていないのが現状だ。

 

(性能的には既存のザクとは比べ物にならないスペックを持っている。噂されている次期主力機とも違うタイプか)

 

現在ザフトにてゲイツに代わる次期主力機として配備されている『ニューミレニアムシリーズ』と呼ばれるZGMF-1000のザクシリーズとその後継機として開発されていると噂されているナンバーがあるが、これらはあくまで次期モデルのテスト機だ。それぞれが特化された機能を持ち、新機軸の実験機的な役割を担っている。

 

将来的には可変機構を導入した量産機の開発を目的としているのだろうが――リンは頬杖をつきながら軽く溜め息を零し、データを一度閉じる。

 

遂先日に公表されたザフトの新型機。その発表をプラントに生きる市民はどうやら自分達の新たな力の誇示と捉えている傾向がある。2年前の戦争など、半ば過去のものになりつつある。時間の流れは記憶を風化させ、人々はその恐怖も哀しみも薄れさせ、次なる争いを齎す始まりとなる。

 

まあ、アレだけお互いに殺し合ったのだ。一般市民にとってはたまったものではないだろう。元々ナチュラルとコー ディネイターの対立という図式で始まったものがたった2年程度で忘れられ、埋められるような浅いものではないのは明白だ。

 

未だにナチュラルはコーディネイターに対して劣等感を抱き、コーディネイターは自分達の優越性を保とうとしている。お互いのアイデンティティを簡単に捨てられるなら、戦争というもの自体2年前も――いや、そもそも人類の歴史からとっくに無くなっているだろう。

 

考えても仕方のないこと――それが人間であり、世界なのだ。所詮、ただの一個人である自分達にはどうしようもないことだ。もっとも、こうやって世界の流れを監視するような行為をしている今の状況も矛盾しているといえばそうだ。

 

リンは溜め息を僅かに零すと、別の考えを思考に浮かべる。

 

(だけど…問題はギルバート・デュランダル議長、か)

 

新型機のデータ云々はまあ置いておいても構わないが、問題は別のところにある。今回の新型機公表を行った現在のプラント最高評議会議長であるデュランダルの真意だ。

 

一時期、プラントにもいたリンではあるが、評議会議員全ての顔を知っていたわけではない。だが、プラントの議長に選出されるなら、それなりに名は知れ渡られていたはずだ。流石に無名の平の下議員が議長に選出されるはずがない。頭を捻りながら、リンはキーを叩く。

 

それまで表示されていたセカンドシリーズのデータが消え、新たに表示されたのは現在のプラント最高評議会議長であるギルバート・デュランダルの顔写真がプリントされた個人データだ。

 

(ギルバート・デュランダ ル―――先の大戦時はパトリック・ザラの下、遺伝子工学に従事、第三世代誕生事業に従事、か)

 

デュランダルは先の大戦の折は、当時の評議会議員であったパトリックの下で当時問題となっていた第三世代誕生促進のための遺伝子の検出と収集にあたり、男女の遺伝子の不一致を研究していたらしいが、その問題もラクスが外務次官に就任し、他国から移民を募り、少しずつであるが改善されつつあるとも聞いている。

 

だが、それはコーディネイターからナチュラルへの回帰というコーディネイターの自尊心を捨てる行為だと一部では反感もあるらしい。

 

デュランダルのなかで眼を引くのはこの程度だ。あとの経歴は特に眼を引くものはない。悪い言い方をすれば、この程度の経歴でよく議長に選出されたと思える程だ。当時、臨時で議長に就いたとはいえ、ジュセックは政治家としてのキャリアも長かった。

 

それ故に大戦中は接触したし、当時の評議会にはジュセックとまではいかなくてもそれなりのキャリアをもつ議員は多数いた筈だ。それらが押しのけられ、まったくの無名であったデュランダルが議長に選出された。

 

(裏でなにかがあった――か)

 

政治の世界ではそういった裏取引や工作が常套手段だ。デュランダルが選ばれたのも裏を返せばそういったことがあってもおかしくない。

 

そこまで考えてリンは天井を仰ぎ、軽く顔を手で覆った。

 

何をそこまで深く考え込んでいるのか――別にデュランダルがどういった経緯を経て議長になったかはどうでもいい。現在の議長は紛れもなく彼であるし、別段パトリックのように戦争を再びやろうなどという意思も今のところは感じられない。現にプラント政府としての立場を地球圏でも拡大させつつある。

 

だが、それだけに今回のような発表は今のプラントの立場をやや危なくするのではないかという危惧もある。今のプラントの立場は地球圏では微妙なものだ。その調整のためにラクスがアーモリー・ワンに向かっているというのも掴んでいる。

 

ラクスに接触してみれば、何か分かるかもしれない。まあ、正直ラクスらに会うのは気が引けるが、この際しょうがない。自分の名を出せば簡単に面会は叶うだろう。

 

あとは実際にアーモリー・ワンに着いてから考えようと思い、リンはディスプレイを閉じ、その拍子に左手の薬指に嵌った銀の指輪が視界に入り、背を背凭れに預け、窓から見える宇宙を見やった。

 

(そう言えば、姉さんはどうしたのかしら?)

 

本来なら、一緒にこのシャトルに乗っていたはずの姉――だが、搭乗直前になってレイナから緊急の連絡が入ったのだ。今回の件は自分に任せると――野暮用ができたと言って、そのまま何処かへと姿を消した。

 

(少し、様子が変だったけど……)

 

別段、姉がフラリと何処かへ行くのは珍しくない。元々放浪癖のある姉だ。

 

リンにも黙って数日間姿を消したことも一度や二度ではない。だが、今回は少し様子がおかしかった。声が僅かに低かった。そう、たとえるなら数年前―――ここ最近は特に見なかったあの時の状態に近いような声。

 

そこから何かあったと推察するのは容易い――あの姉がそこまで豹変するからには、何かしら余程のことがあったのだろう。最も、リンにそれを窺い知ることは叶わないが。

 

それに、今のリンの目的はデュランダルの調査だ――アーモリー・ワンに着けばレイナと定時連絡も取れるだろう。その時に確認できるのならすればいい。だが、リンの内にはもやもやとした不安感が渦巻いていた。

 

左手を翳し、リングを眺めていると、微かに歓声が起こり、何気に窓に視線を向けると、視界に大きな建造物が飛び込んできた。他の乗客達も歓声にも似た声を上げ、窓から見えるその巨大な建造物:L4のプラントコロニー:アーモリー・ワンを見詰めていた。

 

プラント独特の砂時計を模したような構造のコロニーから誘導ビーコンが発せられ、旅客シャトルはゆっくりとコロニー内に入港していく。

 

港周辺では現在のザフトの主力機であるZGMF-601R:ゲイツRが哨戒している。その光景を眺めながら、リンはその不安が僅かに確信に近いものを薄々ながら察していた。

 

 

 

 

 

 

――――――世界は結局矛盾しかない。そして…世界が求めれば―――また嵐はくる。

 

 

 

 

脳裏に、いつだったか――そうリンに漏らした姉の言葉が過ぎる。

 

嵐はまた来ると―ここから……そんな確信を抱きつつ、リンはアーモリー・ワンへと足を踏み入れるのであった。

 

新たな運命の始まりの地へと――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月面よりやや離れた宙域に存在する一つの補給ステーション。

 

ジャンク屋組合の下、民間で経営されるステーションでは、周辺をジャンク屋の警備レイスタが哨戒し、ステーション外部から伸びる接舷アームには、マコトの乗っていた輸送艦がドッキングされている。

 

月面より離脱したマコトは無事このステーションに帰還し、艦の補給の傍ら、ステーション内のハンガーで手に入れた謎のMSの解析を行っていた。

 

ハンガーに固定される純白のMS――機体各所にケーブルが繋がれ、構造データの解析に入っているが、表示されるデータは芳しくない。

 

(機体フレームは連合のものに近いけど…どのデータにも該当がない。駆動路は一応バッテリー型のようだな)

 

スキャンにかけてみた機体構造は連合のG系列に近いものを持っているが、それでもハッキリとは解からない。少なくとも、ジャンク屋組合を含めた民間に出回っているどの機体フレームとも一致しない。

 

ならばと、機体の構成パーツの製造ナンバーから履歴を辿ろうとするが、すべて製造番号が抹消されているという徹底振り。駆動路周辺から検出される数値は、通常のバッテリー駆動路のようだが、それでもハッキリしない。

 

最後の頼みとのばかりに、データバンクにアクセスもしてみたが、肝心のバンクは真っ白の状態。カスミのことも少しは分かるかと期待したが、落胆を隠せず軽く息を吐く。

 

(だけど……)

 

マコトにはもう一つ気掛かりなことがあった。この機体――どこかで見たような覚えがあるのだ。といっても、今はMSの普及は当たり前でデザインも様々だ。勘違いしている可能性もあるかもしれないが……そこまで考えてマコトは上から響いた声に我に返った。

 

「ダメじゃ、マコト――これ以上、詳しいことは何にも分からん」

 

MSに取り付いていたこのステーションの作業員と思しきやや年輩めいた男が、作業帽を微かに上げながら声を上げ、お手上げといった感じでマコトに首を振る。危険が無いか念のために装甲板も外して内装のチェックを行ったが、危険物の類はなかった。それでもマコトも表情を顰める。

 

「そうですか」

 

「ああ、ここの設備じゃこれ以上は無理じゃな。一応危険はないようだが、機体登録もないし、パーツの出所も綺麗さっぱり消されてる。正直徹底してて不気味じゃな」

 

その言葉にますます表情を顰める。機体の登録ナンバーさえ不明――おまけに構成パーツも製造ナンバーから抹消されており、実質この機体は存在しないもの―――『ロストナンバー』だ。

 

いくら昨今、先の大戦時におけるMSが大量に出回り、中には未確認の機種があるとはいえ、それでもそこまで徹底されて登録が抹消されている機体はほとんど無い。

 

「わしらも今までヤバイ機体はいくつか扱ったがな、正直こいつは異常じゃ。どっからこんなヤバげなもん拾ってきたんじゃ?」

 

歳を僅かに頬に刻んだ作業員の男はくいっと固定されているMSを指差す。だが、マコトは言葉を濁す。手に入れた経緯が経緯だけに話していいものか――まさか、戦闘に巻き込まれて知りもしない輸送艦から非常事態だったのでそのまま乗ってきた等と…あまり話したくはない事情だ。

 

「ま、話したくないんだったらいい。だが、どうすんだ、こいつ?」

 

マコトの表情から何か複雑な事情があると察したのか、男もそれ以上は追及しようとはしない。この世界は何かと物騒なもの――言うなれば、訳ありの事情があって然るべきなのだ。だからこそ男もそれ以上聞こうとせず、マコトもやや表情を緩ませ、やがて思案するような表情で機体を見上げる。

 

確かに、状況が状況だっただけにそのまま持ってきてしまったが――この機体も本来の持ち主は自分ではない。あのカスミと一緒にあったのだから、その辺の関係があるとは思うが、もし持ち主が現れれば返した方がいいかもしれない。

 

だが、それまでは――――

 

「当分は俺の方で使います。 機体の登録もしときますし」

 

マコトで管理しなければならないだろう。なにより、作業機として使っていたレイスタを喪ったのだ。代わりの機体としてこいつを使わなければならないだろう。残念ながら新しい作業機を購入するのは愚か、レンタルする程の余裕も無い。

 

幸いに操縦方法はさして変わらないようだし、パワーなどもレイスタとは比べ物にならない程の出力がある。作業に支障は出ないだろう。

 

「そうか。んじゃ、登録手続きするが、こいつの名前どうすんだ?」

 

自分の機体として登録する以上は機体名が必要になる。レイスタ等はジャンク屋組合がライセンスを持っているために製造ナンバーが登録されていて楽だが、個人でカスタマイズした機体などはそうはいかない。

 

マコトは顎に手をやりながら考え込む。機体を見上げ―――その頭部に輝く蒼穹の瞳と視線が合ったような錯覚を憶えた瞬間、頷いた。

 

「よしっ、セレスティ――こいつは『セレスティ』だ」

 

 

『セレスティ』―――『蒼』を意味する言葉。蒼穹の瞳を持つこの機体に合っているかもしれない。

 

 

「分かった。んじゃ手続きはしといてやるよ――ああそれと、もしもっと本格的に調べたいんだったらジェネシスの方へ行った方がいいぞ」

 

手を挙げ、軽く笑みを浮かべながら離れていく男に笑みを返しながら、マコトはセレスティと名づけた機体を見上げる。

 

今からこの機体は自分の搭乗機となる――レイスタ等とは違う完全なワンオフの機体。マコトは内心にやや子供じみた興奮が沸き上がってくるのを抑えられなかった。

 

「暫くよろしくな、相棒」

 

軽く話し掛けるような口調で、マコトは新たな相棒となった機体に向かって呼び掛けた。

 

マコトは今後のことについて考えを巡らせる。このセレスティの本格的な調査のために、ジャンク屋組合の宇宙の本拠であるジェネシスαに行った方がいいだろうか。マコトはまだ訪れたことはなかったが、あそこの設備は元ザフトのものだけに、民間ステーションよりは期待も持てる。

 

そう考えていた時、人の気配を感じて振り向くと――そこには無重力のなかを進むカスミの姿があり、マコトはやや驚いて近づく。

 

「カスミ、艦にいろって言っておいただろ」

 

調査のためにカスミを艦に残してきたはずが…それよりどうやってここまで来れたのか。カスミはこのステーションは初めてのはず。顔見知りもいないステーション内でマコトの許までやって来たことに驚きを隠せない。

 

だが、カスミは無言のままマコトに近づき、その腕を取り、マコトは眉を寄せる。

 

そして、カスミは消え入りそうなか細い声で呟いた。

 

「―――くる」

 

「え?」

 

よく聞き取れなかったマコトはもう一度問おうとカスミに声を掛けようとした瞬間、ステーションは振動に包まれた。

 

「うわっ」

 

体勢を崩し、同じくバランスを崩したカスミを抱き止めながらマコトは周囲を窺った。ここは宇宙に浮かぶステーションだ。地震などあり得ない。となると可能性は二つ――ステーション内での事故か、それとも……

 

《ステーション内の各員に通達、現在、ステーションに向けて所属不明のMSが接近! 防衛隊は直ちに防衛体制に入れ!》

 

緊急のアナウンスがステーション内に響き渡る。同時に響く警告のアラート―――ステーション内が一気に混乱する。

 

「敵襲!? くそっ」

 

思わず毒づく。最悪の可能性が当たってしまった。

 

マコトは反射的にセレスティを見上げる。何もできず、何かをすることさえできなかったあの刻――自分ではどうしようもない現実を唐突に見せ付けられたあの瞬間が脳裏を掠める。

 

マコトは抱き止めるカスミを見やり、唇を噛む。

 

自分にはそんな大きなことができるという自惚れなどない。だが、今の自分にはやれることがある。今のこの新たな護るものを護るための力が―――マコトはカスミを離し、セレスティを決意のこもった眼差しで凝視した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ステーションに迫るダークブルーカラーのMS、GAT-01D1:デュエルダガー。前大戦時に少数量産されたストライクダガーの上位機種。汎用性の問題から主力機の座をダガーLに奪われはしたが、その性能は今でも決して現行機に劣らない。

 

特殊兵装の『フォルテストラ』こそ装備していないが、高い機動性を誇る機体郡は真っ直ぐにステーションに向かって加速する。それに対し、ステーション側も警備用のMSを出撃させる。

 

レイスタに簡易スラスターと装備を施したジャンク屋の警備型レイスタが出撃する。

 

《接近中のMSに告げる! こちら第107ステーション警備隊である! 貴公らの行動は国際条約に著しく反する! ただちに停戦されたし!》

 

国際チャンネルを通じての停止勧告を行うも、デュエルダガーらは止まらず、ビームライフルを構え、攻撃を開始した。

 

降り注ぐビームにレイスタが撃ち抜かれ、爆発する。他の警備機も慌てて防衛に入る。

 

《繰り返す! こちらは第107ステーション! ただちに攻撃を停止されたし!!》

 

何度も呼び掛けるが、反応はなく、攻勢を強めるデュエルダガーらにレイスタは押される。その攻防をやや離れた場所で静観するように佇む数機のMS。ダークブルーのダガーLの中央に佇むやや鈍重なMS。ブルーユニオンの主力機:センチュリオン。

 

センチュリオンのコックピットでは、指揮官と思しき一人の男が戦闘の様をモニターで見詰めている。

 

男の名は、アレット・ヒューノス。ブルーユニオンに所属するMSパイロットだった。 パイロットスーツのバイザー下に見える青い眼光が鋭く戦闘を射抜くように見詰めている。

 

「情報では、新型機がステーション内にあるはずだ。攻撃隊に通達、敵機を殲滅後、ステーションを沈黙させろ」

 

《はっ!》

 

低い口調で発した言葉に部下と思しき者の声が応え、それを一瞥すると、アレットは視線をモニターに向ける。

 

(わざわざL2からこんな場所まできたが、本当にこんな場所に新型機とやらがあるのか?)

 

やや不審めいた表情で内心に囁く。この民間ステーションに謎の新型機が運び込まれたという情報が諜報部より齎された。

 

情報の真偽がされる前に上層部よりこのMSの奪取を命じられ、アレットらがこの宙域に派遣された。情報が事実なら、このMSを手に入れ自軍の新たな戦力確保というのがブルーユニオン上層部の方針だ。

 

L2コロニー群に本拠を構えるブルーユニオンだが、上層部の者達はほとんどが未だ地球に存在する政治家達だ。先の大戦で強硬よりもさらにタカ派と呼ばれたブルーコスモスの一部の政治家達だったが、彼らは戦後に立場を冷遇されている者がほとんど。

 

おまけに、現在のブルーユニオンの盟主が誰なのか、未だに一般の構成員には知らされていない。当時、ジブリール派がガーディアンズによって捕縛され、行き場をなくしていた強硬派の下層メンバーの面々は軒並みL2コロニー群へと逃れていた。

 

L2コロニー群は元々連合の支配が強かった場所であり、治安も当然ながら悪く、木の葉を隠すなら森に隠せという格言通り、彼らはそこに隠れるように逃げ延びていた。

 

それから一年はもはや組織としての機能などなく、このまま途絶えるかと思っていた矢先に旧強硬派を名乗る者達が組織をブルーユニオンに改名し、新たな組織改革を行った。組織体系も怪しいブルーユニオンであるが、それでも彼らの意思は一つ―――『コーディネイターの殲滅』である。

 

(まあいい、たとえ新型機が発見できなくてもコーディネイターと仲良くするような連中は一緒に消すだけだ)

 

冷たい言葉を内心に吐き捨てる。彼らの内にあるのはコーディネイターへの狂気のみ。

 

《隊長、目標より降伏の通信がきておりますが…》

 

部下の一人が窺うようにそう問い掛けると、アレットは鼻で嗤った。

 

「無視しろ」

 

その為ならどんな行為でも行うだろう―――そのためにブルーユニオンに身を投じているのだから。そして、モニターのなかでは既に決着が着きつつある状況が映し出されていた。

 

 

 

 

 

 

ステーション防衛に出撃した警備隊はほぼ壊滅に近い状態に陥っていた。元々戦闘など碌にこなしたこともない民間の警備機とテロ行為に通じた機体とでは腕が違う。

 

警備機以外にまともな防衛設備のないステーションの管制室には、警告音と悲観的な報告ばかりが飛び交う。

 

「警備隊、損耗率74%!」

 

警備機が抜かれ、ステーションに接近するデュエルダガーの一機がバズーカを放ち、弾頭が直撃し、激しい振動に襲われ、管制室内に悲鳴が上がる。

 

「だ、第3ブロック大破! 隔壁緊急閉鎖!」

 

「非戦闘員はシェルターブロックへの退避を急げ!」

 

ステーションには百人以上のスタッフが働いている。だが、仮にシェルターに逃げ込めたとしても果たして無事にいられるかどうかは怪しい。

 

「軍への連絡は!?」

 

管制室のリーダーと思しき人物が、一抹の望みを託して問い掛けるも、オペレーターの一人が泣きそうな表情で首を振る。

 

「ダメです! Nジャ マーの影響で電波が阻害されています! 通信不可能です!」

 

その返答に歯噛みする。軍に援軍を要請することも叶わない――もはやこれまでかと思った瞬間、一人が声を上げた。

 

「あ、き、緊急ハッチより通信!」

 

その言葉に眉を寄せた瞬間、メインモニターに一人の少年が映し出された。

 

《こちらマコト・ノイアールディ、管制室聞こえるか!?》

 

「お前は確か…」

 

その顔に男は一瞬思考を巡らせる。確か、ステーションにやって来たジャンク屋の一人だ。MSの整備と調査を目的としていた少年が何故ハッチからの通信に出ているのか。

 

その疑念も次に少年から発せられた言葉に解決された。

 

《ハッチを開放してくれ! 今から防衛に出るっ!》

 

一瞬、発せられた言葉を理解できなかった。だが、少年が座っているのはMSのコックピットシート――先程はやや思考が混乱し、気づかなかった。

 

「何を言っているんだ、君 は!? 相手はテロリストだ! 我々がどうにかなる相手ではない!」

 

《だけど、このままじゃっ》

 

「これ以上犠牲は出せん、降伏を――」

 

民間の組織とはいえ、所詮は本格的な攻撃を受ければ一溜まりもない。これ以上犠牲を出す前に降伏した方が得策と男は考え出したが、その考えも攻撃により遮られた。

 

「だ、ダメです! 敵機との通信が取れません!」

 

先程から停止勧告ではなく降伏勧告も行っていたが、そのどれにも返答はない。通信は届いているはずだ。考えられるのは、相手側が一方的に通信を無視しているということ。

 

ならば、もはや自分達の行く末は決まったも同然――悔しげに拳を握り締める。

 

《早く開けろよ、モタモタしてると、ハッチを壊して出るぞ!》

 

なおも言い募るマコトに男はやや小さな声で問い掛けた。

 

「たった一機で何ができる?」

 

相手はプロだ。対し、戦闘に関しては素人同然の自分達ではたとえ一機出たところで何の変わりもない。

 

《分かってるよ…けど、このまま何もせずやられるのは嫌なんだ。俺には、護りたいものがあるんだっ》

 

苦悩を感じさせる表情でそう呟く。その根拠も自信もまったくない――だが、それでも真っ直ぐな瞳に男は軽く肩を竦める。

 

「ハッチを開放しろ、それと予備のライフルとシールドを渡してやれ」

 

「よ、よろしいのですか?」

 

「奴のやりたいようにやらせてやれ」

 

《サンキュ》

 

その言葉に笑みを浮かべ、マコトは通信を切った。

 

男はシートに腰をドカっと下ろした。正直、このままこのステーションと運命を共にする可能性が高い。万に一つもない可能性だが、男はマコトのやりたいようにやらせようと決めた。どうせ死ぬのなら、やりたいようにやらせてやった方がいいだろう。

 

それに、あの眼に――微かな決意を込めた瞳に賭けたのも事実だ。自嘲気味な笑みを浮かべる横で、オペレーター達は作業を行う。

 

「ハッチ開放します!」

 

「続けて200秒後にライフルとシールドを射出!」

 

モニターには、開放されるハッチが映し出され、その開くハッチの奥から現れる機影に男は視線を向けた。

 

 

 

 

 

ステーションの緊急ハッチが左右に開放されていく。その扉の奥の暗闇から浮かび上がる純白の装甲。漆黒の宇宙のなかでも輝くその姿を晒す機体。

 

コックピットのシートに腰掛け、身体を固定するマコトは操縦桿を握り締めながら、頬をつたる汗を感じ、息を呑む。

 

この先に待つのは本当の戦い…殺し合いの世界だ―――ハッキリ言って、自分が生き残れる可能性の方が低い。だが、決めたのだ――決して後悔しない道を取ると。どんなに可能性が低くても、諦めてしまえばそこで終わる。なら、最期の最期まで悪足掻きをしてやる。

 

その気概だけを胸に秘め、マコトはパネルを操作し、機体の最終ロックを解除する。それに連動し、機体のバックスラスターが大きく拡がる。

 

蒼穹に彩られたその翼が蒼白い粒子を吐き出し、唸りを上げる。そして、それが臨界に達した瞬間、マコトは僅かに顎を引き、操縦桿を引いてペダルを踏み込んだ。頭部の瞳が蒼く輝き、スラスターが光をこもれ出し、機体を飛び上がらせた。

 

ハッチより離脱する機体に向けて別の射出口よりレイスタと同型のライフルとシールドが射出され、真っ直ぐに向かってくる。そのランデブーのタイミングを見定めながら、クロスした瞬間、機体の両手に握られるライフルとシールド。

 

「マコト・ノイアールディ、 セレスティ――いくぜっ!」

 

意思を込めた瞳で相棒となった機体の名を呼び叫んだ瞬間、それに応えるように機体は勢いよく加速し、砲火の轟くなかへと加速していく。

 

蒼き守護者の名を冠せしMSはその存在を戦場へと晒していくのであった。

 

 

 

 

既にステーションの警備隊は壊滅に近い状態に陥っていた。たいした抵抗もできずにやられていく警備機のレイスタに向けてデュエルダガーが銃口を向けた瞬間、高速で接近する反応を捉え、思わずそちらに眼を向けると、真っ直ぐ加速してくる純白の機影が映った。

 

加速するセレスティのコックピットで、マコトは内に走る緊張と恐怖が入り混じった感情を必死に自制していた。

 

(落ち着け、落ち着けマコト――お前がやらなきゃ、皆やられちまうんだっ。怯えるな、マコト!)

 

己に向かって叫び、マコトは操縦桿を引いた。加速したまま右手のライフルを振り被り、銃口を向けた瞬間、トリガーを引いた。

 

放たれる閃光――見慣れぬ敵機の出現に僅かに呆然となっていたデュエルダガーに向かって真っ直ぐ伸び、閃光がデュエルダガーの右肩を貫き、右腕が根元から融解し、爆発する。

 

怯むデュエルダガーに、僚機は一斉にセレスティに目標を定める。そして、数機が加速して一機に襲い掛かってくる。

 

「くっ! うわぁぁぁっ!」

 

一斉攻撃にマコトは我武者羅に操縦桿を捻った。刹那、セレスティのスラスターが旋回し、セレスティは急制動をかけ、鋭いGがマコトの身体を圧迫する。だが、そのためにデュエルダガーのパイロットは驚き、慌てて制動をかけるも、一機が加速を相殺できずにセレスティに向かって突進してくる。

 

マコトは操縦桿を横に引き、セレスティのボディが僅かに傾き、デュエルダガーは激突を免れて横に逸れるも、そのまま近くに浮遊していた残骸に真正面から激突し、その衝撃に装甲がひしゃげ、爆発する。

 

敵機を破壊したという感慨を抱く余裕は、マコトにはなかった。なにせ、セレスティのスラスターの噴射に機体を振り回されていた。

 

「うわわっ、な、なんて推進力だっ」

 

レイスタやワークスジンなどの操縦に慣れていたマコトにとって、セレスティの持つ推進力は桁違いであり、操縦もまったく通じなかった。そのために機体に振り回され、セレスティは姿勢を保つのもおぼつかなかった。

 

だが、逆にその予測不能な行動がテロリスト達の動揺を誘った。先程僚機のデュエルダガーが破壊されたのを見て慎重にさせている。これが訓練された軍人ならそれが単なる偶然と気づくだろうが、生憎とそこまで訓練されている者はこの部隊にはいなかった。

 

「なんだ、あの動きは!?」

 

「予測ができん! 各機警戒しつつ距離を取れ!」

 

混乱しながらも、デュエルダガーらは距離を取る。いかに予測不能な行動を取ろうとも、所詮距離を取ってしまえば問題にならない。

 

そして、その様子を監視するアレットはモニターに映るセレスティに眼を細める。

 

「ほう、アレか? だが、パイロットは素人のようだな」

 

確かに見慣れぬ機体だ。だが、あの動きは明らかに機体に振り回されている。訓練を積んだパイロットの動きではない。なら、乗っているのはただのど素人だ。

 

「距離を取って近づくな。手足の一本ぐらいは構わん、行動不能にさせろ。ただし破壊はするな、捕獲しろ」

 

そう命令を下す。自分が出る幕もない。…からの命令は対象の捕獲だ。命令を受けたデュエルダガーらは距離を取ると同時に火器を構え、一斉に砲撃する。

 

降り注ぐビームの雨にマコトは何とかバランスを保ったのも束の間、慌ててシールドを翳す。シールドに着撃するビーム。だが、小さなシールドで機体全体を護ることはできない。

 

すり抜けたビームがセレスティの装甲を掠めるも、表面が微かに焦げた程度でコックピット内にも異常音は表示されなかった。その状況にマコトは微かに息を呑む。

 

「ビームを――っ」

 

ビームを完全に無効化した。正直、常識を覆すような状態だった。ビームを弱体化するには機体表面を特殊なコーティングを施して熱量を緩和するか、完全なエネルギーシールドで中和するかのどちらかだ。だが、ビームを完全に無効化する技術など、まだ実用化されていないはずだ。

 

マコトは戸惑ったが、それ以上に戸惑ったのは相手の方だった。確かに着弾したはずのビームがほとんど効果が見られないのだ。これまでビーム兵器は無敵と思える強さを持っていた。それがまったく効いていないのだから動揺も仕方ない。

 

だが、マコトの方は戸惑いと驚きを内に押し込め、今のこの状況を打破できる可能性が高くなったことに頭を切り替え、操縦桿を握り締めた。

 

「やっと慣れてきたぜっ! いくぜっ!」

 

先程から随分と無様な動きをしていたが、それでようやくこの機体の機動にもある程度だが慣れた。操縦桿の操作を見極め、今の自分に可能な推進力でスラスターを噴射させる。

 

加速するセレスティ――その突撃に呆然となっていたテロリスト達は反応が遅れ、一機に向かってそのまま突撃し、シールドを掲げて突っ込んだ。

 

鋭い衝撃音が周囲に響き渡り、直撃で体当たりを喰らったデュエルダガーはそのまま吹き飛び、浮遊していた岩塊に激突した。それに眼もくれることなく、振り向き様にライフルを振り被る。

 

銃口を合わせた瞬間、トリガーを引き、放たれるビームがデュエルダガーを貫いていく。無論、実戦など初の体験であるマコトに正確な射撃など無理だった。故に、狙いもつけずに発射されるビームはデュエルダガーの頭部や機体の一部を吹き飛ばし、戦闘不能に追い込んでいく。なかには運悪くコックピット付近を貫かれ、爆発する機体もあった。

 

そんななかで、マコトは内に湧き上がってくる考えに戸惑う。

 

この感覚…昔何処かで―――そんなはずは無いと己に向かって言い放つ。初めての戦闘で緊張しているだけだと――マコトはその疑念を抑え込んだ。

 

絶望的な状況だった戦闘は、みるみるうちに変わっていった。その様を見詰めるアレットはやや驚愕の視線を浮かべていた。

 

「バカな…たったアレだけで、これ程変わるのか。それに――」

 

あんな無様な動きを多少した程度で今はまだマシな動きを見せている。そして、モニター越しでも確認できたあの異様な瞬間。ビームを無効化した―――アレットは知らず知らずのうちに、内に向かって舌打ちしていた。

 

「ハッ、なら認めねばならないな―――諜報部の情報とやらをっ」

 

上が手に入れろと命じた新型機――そして、それを僅かの戦闘の間で使いこなすパイロットの腕に、アレットが操縦桿を引き、センチュリオンのバーニアが噴射し、センチュリオンは徐々に加速しながら発進し、続くようにダガーLも加速する。

 

爆発の華が咲き乱れる戦場へと真っ直ぐに向かってくる反応に、マコトも気づいた。

 

「なんだ、増援? くそっ、どうにかなりそうだってのにっ」

 

なんとか撃退はうまくいきそうだったが、ここで増援に来られては拙い。マコトとてこのまま戦い続ける余裕はなかった。だが、敵は無情にも現れた。

 

「ん? アレは確か、月で見たっ」

 

先頭に立ち加速する機影をモニターで確認した瞬間、マコトは息を呑む。確か、月の軌道上であの漆黒のMSと戦闘を繰り広げていた機体の同型機だ。

 

セレスティに迫るセンチュリオンのコックピットで、アレットは僚機のダガーLに向けて通信を送る。

 

「お前達は無事な奴らを連れて撤退しろ、俺はこいつを――殺るっ」

 

静かな高揚にも似た感情を荒ぶらせながら操縦桿を引き、なおも機体を加速させる。その加速にマコトは眼を見開く。

 

「速いっ――がぁぁっ」

 

敵機のスピードに驚く間もなく、突撃してきたセンチュリオンの体当たりを受け、弾かれるセレスティ。マコトは歯噛みしながらレバーを引き、スラスターを逆噴射させて制動をかけるも、急激に掛かったGに身体を圧迫させる。

 

「ぐぅぅ」

 

苦悶を浮かべ、顔を上げた瞬間、モニターにはセンチュリオンの迫る光景が映し出される。息を呑む間もなく、振り上げたセンチュリオンの拳を叩き込まれ、セレスティはステーションの外壁に激突する。

 

鈍い音とともにひしゃげる外装に叩きつけられたセレスティ。そのコックピットでは、打ちつけた衝撃にマコトは先程のダメージと合わさって、こみ上げる嘔吐感を抑え切れず、吐き出す。

 

「ごほっ、がほっ、こ、これが、本当の戦闘かよっ、普段とまるで違うっ」

 

口から零れる錆びた血の混じった嘔吐物を噛み締めながら、マコトは表情を歪める。

 

作業機を操縦していてもここまで激しいGは掛からない。これがただの作業MSと戦闘MSとの違い。一歩間違えば死が待っている。おまけにこの眼前の機体のパイロットは、間違いなく戦闘に関しては自分よりも遥に上だと悟った。

 

身体に掛かった負担に未だ痺れる手を伸ばし、操縦桿を握り締めようとするも、それよりも早くセンチュリオンが再度急接近し、体当たりをセレスティに叩き込んだ。

 

「がはぁっ」

 

再び襲う衝撃にマコトは苦悶の声を上げ、傷められた内蔵から吐き出される嘔吐物に鮮血が混じる。

 

外装にめり込むセレスティに、距離を取ると同時にアレットは薄く嗤う。

 

「いかにビームを無効化する装甲だろうと、衝撃までは中和できまい」

 

どんなに強固な装甲を持とうとも、所詮はMS。機体に掛かる衝撃を中和できるはずがない。その衝撃を受けるのは中のパイロットだ。アレだけの衝撃を喰らえば、いかに訓練した者でも暫くは動けないと踏み、センチュリオンは距離を取る。

 

そして、ゆっくりと右手にビームサーベルを構え、それを振り上げながら、形成口をセレスティのコックピットへと向ける。

 

「これで最期だ。この距離ではいくら貴様の装甲でも耐え切れまい」

 

この至近距離で、相手が動くのもままならないなら、いかにビームを無効化するような特殊な装甲だろうと無事では済むまい。加速が加わったビーム刃なら装甲を貫くだろうと踏み、ビーム刃が形成される。

 

爛々と赤く輝くビーム刃に、意識を朦朧とさせていたマコトは歯噛みする。

 

「くっ、くそっ――死ぬ…の、か…俺は……―――」

 

眼前に迫る死に…マコトの思考は動こうとしない。身体が言うことをきかない―――迫る死の恐怖に、マコトは息を呑み、汗が滲み出す。

 

そして、その様が中継されるステーション内。セレスティが追い詰められる現実に、もはやこれまでかと誰もが悲壮めいた表情を浮かべるなか、一人静かに佇むカスミは無言のままモニターに映るセレスティを見詰めている。

 

凝視するカスミの金色の瞳の奥で、何かが薄く煌いた。

 

 

 

 

 

 

 

センチュリオンがビームサーベルを構え、バーニアが火を噴く。

 

「その機体、もらうぞっ!」

 

機体を鹵獲するため、コックピットを狙って加速する。真っ直ぐに迫る閃光にマコトは、死を無意識ながら覚悟する。

 

だが、脳裏にステーションにいるカスミの顔が過ぎる――自分が今ここで死ねばカスミは…その考えが過ぎり、マコトは最悪の光景が浮かび、声が震える。

 

「俺は…また、喪うのか――嫌だ…俺は……俺は、俺は―――っ!」

 

もう喪わない――悲壮めいていた表情に強い意思が戻る。刹那、コックピットのコンソールの一部が音を発した。

 

「っ!?」

 

何の音と逡巡する間もなく、それに連動してセレスティの瞳が蒼穹に輝き、セレスティは咆哮にも似た駆動音を轟かせた。

 

 

 

 

―――――――あたかも…獣のように………

 

 

 

 

 

その咆哮にアレットが眉を寄せた瞬間、センチュリオンの動きがセレスティの眼前で停止した。

 

「ぐっ、何っ!? システムエラーだとっ!」

 

まるでセレスティの眼前にできた見えない壁に激突したような錯覚を憶えたのも束の間、センチュリオンのシステムがエラーを表示し、フリーズしている。

 

アレットは慌ててシステムを再起動させようとし、注意をセレスティから外した。その行動はセレスティのコックピットにいるマコトからも確認できた。

 

「な、何だ…どうしたんだ?」

 

真っ直ぐに突撃してきたはずのセンチュリオンが、突如眼前で停止した。それも、まったく操作を喪ったかのごとく浮遊している。その状況に暫し呆然となっていたが、マコトは素早く思考を切り替え、未だ自由のきかない身体に向かって叫び、操縦桿を握り締めた。

 

「うおおおっっ!」

 

あらん限りの力で操縦桿を引き、それに連動してセレスティは外装から機体を引っ張り上げ、僅かな隙間が開いたと同時にスラスターが拡がった。

 

拡がる蒼穹の翼―――虹色にも似た粒子を噴き出し、セレスティは飛翔する。その動きに気づいたアレットが視線を向けた瞬間、セレスティは一直線にセンチュリオンに向けて降下してきた。

 

マコトは加速に掛かるGを受け、歯噛みしながらコンソールのボタンを押す。モニター画面にセレスティのCG図が表示され、腰部の筒状の物体が選択される。

 

セレスティは左腰に収まる筒状の物体を掴み、それを勢いよく抜き放った。同時に展開される蒼穹のエネルギーが真っ直ぐに伸び、ゆっくりと形作っていく。形成されたそれは、ビームの刃。

 

センチュリオンの直上で振り上げられるビーム刃を、マコトは振り払った。一閃された刃は蒼き軌跡を描き、次の瞬間にはセンチュリオンの右腕がボディから離れていった。

 

巻き起こる爆発―――衝撃に弾かれるセンチュリオン。

 

「ぐっ」

 

アレットの表情が初めて顰まる。煙を上げながら滞空するセンチュリオンの眼前で静止するセレスティ。コックピット内でマコトは息を大きく乱しながらも、気丈に睨んでいた。

 

異常音を告げるアラートが響くコックピットでアレットは僅かに憤怒を感じさせる表情で、セレスティを睨んでいたが、そこへ通信音が響く。

 

《隊長、それ以上の作戦行動は無理です、撤退を!》

 

部下のやや上擦った声に、アレットは舌打ちする。なんとかサブシステムの回復には成功したが、それでも動くのが精一杯だ。いくらなんでもこの状態では戦闘は不可能だ。

 

レバーを引き、センチュリオンはバーニアを噴かし、マコトはビクっと身構えるが、センチュリオンは背を向け、その場を急速離脱していった。

 

その光景に思わず呆気に取られる。だが、センチュリオンは反転する気配もなく、やがてその機影は宇宙の彼方へと溶け込んでいった。

 

静寂が戻ると同時に、マコトはようやく自分がまだ生きていることを実感し始めた。

 

「は、はは…俺、生きてるのか―――護れたの、か…今度は………」

 

乾いた声で声を漏らしながら、今更ながら震えが身体を襲ってくる。一歩間違えば死んでいたかもしれないという悪寒と護り抜けたという小さな喜び――それらがマコトのなかでせめぎ合うように混ざり合い、激しい疲労感と虚脱感、そして睡魔がマコトを襲った。

 

《お…聞こえ…――返事―……》

 

なにやら通信機から呼び掛けが聞こえてくるが、それらが今は鬱陶しい。早く眠りたいという欲求がマコトを襲う。

 

瞼が下りようとするなか、マコトはステーションを見やり、そこにいるであろう少女の顔を思い浮かべ、小さく囁いた。

 

「――…カス…ミ――――」

 

そう口にした瞬間、マコトの意識は深い眠りのなかへと誘われていった。

 

そして、セレスティもまたそんな主の意識に呼応するように、カメラアイから光が消え、糸の切れた操り人形のごとくその場に漂うのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

モニターに映る残骸の漂うなかを浮遊するセレスティ。周りで騒ぐ作業員達の声さえも聞こえないような感覚のなか、カスミは無言のまま見詰めていた。

 

「にい…さん……――」

 

零れ落ちるように囁かれた言葉は、誰に聞こえることもなく虚空に消えていった。

 

ただ、その金色の瞳だけは、宇宙の闇のなかで漂う純白の機体だけを凝視していた。

 

 

 

そして、同じくモニターに映るセレスティを、渋い表情で睨むように見やる一人の老齢の男。その人物は、先程マコトと共にセレスティの調査を行っていた人物であり、先の大戦を一番間近で見た数少ない人物―――――元TFメカニックチーフ、 トウベエ・タチバナだった。

 

(あの機体――なにやら怪しいな。一応、キョウの奴に連絡しておくか)

 

かつて、自分自身が整備したどの機体とも違う感覚。そして、長年の整備士として勘が告げていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――魂を容れた刻…傀儡は仮初の生を得る………

 

だが…生を得た傀儡は………何を求めるのか――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《次回予告》

 

 

 

 

 

護れたという現実。

 

それは少年に取って新たなる決意の刻でもあった。

 

 

 

 

そして…少年は新たなる運命に誘われる。

 

訪れるコロニーの地――そこは少年と少女に新たなる出逢いを齎す。

 

 

 

 

 

彼らの前に姿を見せる新たなる巨人達。

 

それは平和の象徴か…戦乱を呼ぶ種か………

 

 

 

 

 

 

蠢く影―――

 

新たなるうねりの前触れのごとく…刻は刻まれる……―――――

 

 

 

次回、「PHASE-03 セカンドシリーズ」

 

 

その姿、世界に現わせ、ガンダム。

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