機動戦士ガンダムSEED ETERNAL SPIRITS 作:MIDNIGHT
どこまでも続くと思しき青空。だが、それはまがいものの空――人工的に投影された立体映像に過ぎない。 だが、それでもその青く輝く人工の空から降り注ぐような光に照り出される街並み。
街並みにしては巨大な格納庫を幾つも広大な空間に並べている。そんな中央に聳えるように立つ一つの巨大な高層ビル。
その最上階に近いフロアの一室。一方の壁一面に張られた強化ガラスより差し込む光が部屋のなかを照らし、執務室と思しき様相を感じさせる。
その光を背に、自らの身体で影を作り出しながら椅子に腰掛ける一人の長髪の男がいた。肩まで切り揃えられた黒髪に、服装もかなり気品を漂わせる身形をしている。そして、その物腰はどこか不適なものを漂わせていた。
男は流麗な手つきで手元の書類と思しきものに眼を通しながら、眼を走らせる。
「力とは、ただ争うためだけのものではない。それは時として大きな抑止力となり、新たな時代の到来を告げるものとなる」
どこか、謎めいた物言いで独り言のように呟き、それが大きな部屋のなかへと霧散していく。男は机の上に置かれたチェスのボードの駒を手に取り、それを楽しげに弄ぶ。
手元のコンソールウィンドウには、数体のMSと思しきデータが表示されている。各部位のスペックデータと登録機体ナンバー、そして全体の立体CG図。
それらを一瞥すると、男は立ち上がり、ゆっくりとその視線を背中の強化ガラスに向け、歩み寄っていく。ガラスの寸前まで歩み寄ると、視界には窓から見える景色が映し出される。
その時、蒼く投影される人工の空を飛行する機影が飛び込んできた。4つの機影はそのまま、白い尾を描きながら飛行し、彼方へと飛び去っていく。その光景を満足気に見詰める。
「人は、自らの内に定められた遺伝子によって変えられぬ運命を持っている。それを引き出し、準じることに、私は可能性を見出してみせよう」
男の背後のデスクの上に置かれた幾つもの書類――微かに見える幾人もの顔写真とプロフィールが載せられた書類と横に並ぶチェスボード。そして、書類群の一番上に置かれた書類2枚には、二人のプロフィールが記載されていた。
――――――ZGMF-X56S:IMPULSE FORMAL PILOT:シン・アスカ
――――――ZGMF-X23S:SAVIOR FORMAL PILOT:ステラ・ルーシェ
「彼らが、それを証明してくれるだろう。運命という――変えられぬ理を……ア、アウラ」
最後に囁かれた言葉は、誰に聞こえることもなく虚空に消えていく。
男―――プラント現最高評議会議長:ギルバート・デュランダルは不適な笑みを浮かべたまま、今一度、その人工の空を仰いだ。
新たなる運命の始まりを静かに告げるように、空はどこまでも蒼く――そして、その奥に存在する闇を浮かび上がらせていた……―――
機動戦士ガンダムSEED ETERNAL SPIRITS
PHASE-03 セカンドシリーズ
―――――あの刻の光景は、決して忘れない………
心身外傷:PTSDという言葉がある――俗に言う『トラウマ』という意味だ。幼少時などに体験した事象が記憶や身体に深く刻み込まれ、それが成長しても何かしらのマイナス要素として害を齎す。
例えば、幼い頃に高い場所から落ちて怪我をした者は成長してからも、無意識に高い場所へ上がることを拒み、狭い空間に閉じ込められた者は、成長してから独り部屋にいることを長く続けられなくなる。その無意識下に刻み込まれる恐怖と禁忌……そして、マコト=ノイアールディもそんな傷を抱えていた。
深く…深く………―――――
闇――――――
それは暗く、全てを包み込む―――静寂と死の象徴……それを恐れる者もいれば、受け入れる者もいるだろう―――――
それは、この世界のごとく……決して消えぬ理として――――
そして……少年は闇を恐れた――――
息が詰まるような薄暗い――そして、耳がキーンとなるほどの静けさが漂うなかを視界に映すマコト。まるで、重力という鎖が無くなったかのような…それでいて、自分の身体ではないような浮遊感を憶えながら、虚ろな意識のなかでただただ…眼前に拡がる闇を無意識に視界から排除しようとしていた。
―――――嫌だ、嫌だ…と、心が軋む。
薄暗い闇はマコトにとって禁忌するものだ―――嫌でも『あの光景』を浮かび上がらせる。
脳裏に浮かぶのは、一年前のあの光景。爆発炎上するシャトルに向かって、マコトは呆然と立ち尽くすだけであった。
そして…弾かれたように強化ガラスに向かって体当たりするようにぶつかった。
(くそっ、くそっ、くそっ)
マコトは必死になって強化ガラスを叩きつける。手に血が滲み、痛みが駆け抜けてもマコトは叩きつけた。
行きたいのに…あの場所へ……今すぐに行きたいのに―――だが、自分の前に立ち塞がる強化ガラス、いや―――――宇宙という人間では絶対に超えられない闇の壁が、自分の前に立ち塞がる。
(カスミ―――っ)
思わず顔を上げ、声を荒げた瞬間―――それまで拡がっていた宇宙港の光景は消え、やがて世界が闇に包まれる。
永遠に続くかと錯覚するようななか、マコトの眼に映る妹の姿――まるで人形のように眼を閉じ、浮遊する妹に向かって叫ぶが、声が出ない。やがて、妹の背中から黒い靄のようなものが噴出す。それは、妹の身体の内から喰らい尽くすような靄が身体を覆い、それらがやがて一つの形を形作っていく。人型に近い形になった黒い靄はその腕を拡げ、妹の身体を抱き締める。刹那、妹の身体がまるで砂のように崩れ落ちていく。
肉片が剥がれ落ち、白い骨格が露になり、皮膚に鮮血が滲む――まるで、その闇に呑み込まれ、喰われるように――――その光景に、マコトは激しい吐き気に襲われる。
だが、一瞬視線を外し、再度顔を上げた瞬間―――マコトの視線は、いつの間にか開かれていた妹の視線と交錯する。
顔が半分崩れ落ち、血が流れ…それでもその一つの瞳がマコトを凝視している。無表情に…人形のように…――ただ虚ろななかで、その口が何かを発している。
―――――――イタイヨ……
その意味を察した瞬間、最期に残った顔も崩れ落ちた。
マコトは声にならない絶叫を上げた―――――
「カスミ―――っ」
マコトは勢いよく起き上がり、息を乱す。
「はぁ、はぁ…くそっ、またあの夢か」
荒れる呼吸を呑み込み、悪態をつきながら右手で額を押さえ、先程の夢を反芻させる。思い出したくない光景が、嫌でもリフレインされる。
あの日から……妹を喪ったあの日から―――幾度となく見た夢。壊れていく妹の姿とそれを貪り食うかのような闇。マコトにとっての悪夢。あのシャトル事故から半年はほぼ毎日のように夢に見た。
宇宙空間で爆発、炎上したシャトルは破片すらほとんど残さず崩れ落ち、乗客・乗員の生存は愚か、遺体の回収さえ不可能であった。結局、事故原因はシャトルの整備不良によるエンジントラブルということで片付けられた。
マコトのもとには遺体もない棺桶のみ――元々身内さえいないマコトはそのまま裏稼業に身を投じた。そして、毎夜のように見る夢。その度に己の無力感と喪失感、そして宇宙という闇への嫌悪感を募らせていった。
ここ最近は見なくなっていたというのに……いつまでも引き摺るまいと考えていたが、やはり忘れられるはずがない。再度肩を落とし、視線を落とすと、マコトはすぐ真下に落ちている布に気づいた。
真っ白な、それでいて微かな湿りを感じさせる布――その時、横から声を掛けられた。
「大丈夫?」
その声にハッとして振り返ると、そこにはこちらを覗き込むように凝視する『カスミ』の姿があった。
「カス…ミ?」
半ば知覚できないなか、呆然とその名を呼ぶが、カスミは表情を変えず、そのまま手を伸ばし、マコトの手元に落ちている布を拾い、それを横の台に置かれた器に浸け、水で濡らし、それをキツク絞るとともにまた布を手に振り返り、マコトの額に当てる。
冷んやりとした感触と小さな手から感じる温もりに、マコトは内からこみ上げてくるものが抑え切れず、マコトは身を乗り出してカスミを抱き締めた。
突然のことだったが、カスミは抵抗も拒否もせず、そのままされるままに抱き寄せられた。そして、カスミを抱き締めながらマコトは微かに啜り泣くように声を漏らした。
「よかった…俺、護れたんだな……」
そう自分に言い聞かせるように呟き、抱き締める腕に力を込める。カスミの華奢な身体を、まるで存在を確かめるかのごとく。
カスミはその力に微かに表情を顰めながらも、小さく呟いた。
「…いたい」
「あ、わりい」
その小さな非難にマコトは慌てて手を離すと、カスミは顰めていた表情を戻し、そして再びマコトを凝視する。
「泣いてた。何故?」
その言葉にギョッとして眼元を思わず拭う。カスミはまるで無邪気な子供のようにマコトの顔を覗き込む。
その視線に耐えられず、マコトは眼を逸らす。なにか、いいようのない罪悪感を感じたのだ。ひょっとして、自分はこの少女を妹の身代わりにしようとしているのではないだろうかと――そんな嫌悪感を憶える。
カスミはそんなマコトに追い討ちも引きもせず、ただ無言で見据えていた。やがて、マコトは軽く息を零し、静かにカスミを見やった。
「わかんねえ……情けないけどな」
やや自嘲を浮かべ、肩を竦めた。過去の忌まわしい現実の哀しさと、現在の護れたという嬉しさ――それらが入り混じった状態だった。だが、今のこの護れて嬉しいというのは決して嘘ではない。
そんな言い訳じみた言葉を内に吐くマコトを、カスミはただ静かに見据えたまま、部屋には無言が漂った。
そして、今の状況を知ったのは、数時間後のことだった。
宇宙に浮かぶ宇宙ステーション。
だが、外装に亀裂がはしり、周囲には残骸と思しきものが多く浮遊している。そして、外装に張り付き、損傷部位を修復するように作業を行うレイスタや資材を運搬するワークスジン。そして、MAを改修した作業機が残骸を回収している。
それは、遂先日に襲撃された第107宇宙ステーションだった。その後の調査であの襲撃者達はブルーユニオン所属の機体という可能性が示唆されたものの、その組織自体が公に存在するものではない為、世論を通じての抗議も行えなかった。
そして、少なくない死傷者と損害を受けたステーションであるが、月面との中継地点であるが故に破棄されることなくこうして修復作業にジャンク屋組合本部であるジェネシスαから資材や人員が回され、急ピッチでの再建に取り組んでいた。
そして、ステーション内部では多くの作業員達が破損箇所の深刻な区画を優先的に修復作業に取り掛かっていた。そんななかに混じる一人の少年。工具箱を手に現場に現れると、それに気づいた一人が声を上げた。
「お、我らが英雄じゃねえか」
その声に反応し、作業員達は一斉にマコトに視線を向け、衆目の眼に晒されたマコトは首を傾げる。
「な、何だ?」
困惑するマコトに向かって作業員達が一斉に歩み寄り、口々に称賛の言葉を発した。
「聞いたぜ、あいつらを追っ払ったってな!」
「若いのにたいしたもんだ!」
背中を叩かれ、揉みくちゃにされながらマコトはますます戸惑う。あの後、カスミから大まかな現状を聞き、そしてステーションの修復作業に自分も加わろうとこうしてこの場にやって来たが、そこでこの歓迎。
マコトはまだ自覚していないが、ステーションにとってあの襲撃は半ば死を覚悟する程苛烈なものだった。降伏勧告すらない無差別な攻撃にステーションそのものが危ぶまれたものの、マコトの参戦によって死傷者は出たものの、結果的に全滅を免れたのだ。その為に、マコトはこのステーションに従事する者達にとっては英雄に近い存在になっていた。
「おいおい、それぐらいにしておいてやれ」
その状況が暫し続いたものの、やがてそれらを制止する声が響き、作業員達は余韻冷めやまぬ表情で仕草を止め、ようやく解放されたマコトはやや痛む身体に苦笑いを浮かべながら顔を上げると、そこにはステーション来訪時にセレスティの調査で世話になった作業員:トウベエ・タチバナが佇んでいた。
「ほらほら、作業に戻れ」
手をパンパンと叩き、作業員達はやや不満げに各々の持ち場へと散るなか、トウベエはゆっくりマコトに近づく。
「もう起き上がっていいのか?」
「ええ、心配かけてすいません。もう大丈夫です、あ、俺も手伝います」
苦笑いを浮かべ、そう提案するが、トウベエは笑みを浮かべて制する。
流石に3日間も寝たきりだった人間を使うわけにもいくまい。マコトも後から聞いた話だが、戦闘後、敵が撤退したと同時に残っていた作業機で漂っていたセレスティを回収した時には既に意識がなく、それからずっと意識が戻らなかったらしい。
「そうか、だがまあ別に手伝わんでも構わんぞ。お前さんには別の仕事が待ってるからな」
「仕事?」
その言葉に思わず問い返す。
「ああ、そうだ。今朝方お前さん宛に通信が来た。詳しくは所長に来てくれ。それに、わしらの英雄さんをこき使う訳にはいかんからな」
どこかしら、からかうような口調にマコトは被りを振る。
「やめてくださいよ、俺は別にそんなつもりじゃないですから」
マコトにしてみれば、別段そこまで称賛されるようなことはしていない。ただ、あの刻は無我夢中だったのだ。ただ大切なものを護りたいという――照れくさそうにマコトは踵を返し、用件を窺おうとその場を後にする。
そんな背中を見送りながら、トウベエは小さく溜め息を零した。
「いい眼だ。あいつらと同じ……真っ直ぐで…――」
脳裏に、かつて自身が微力ながら助成し、そして今のマコトと同じく戦い抜いた者達の顔が過ぎる。彼らもまた、今のマコトのように真っ直ぐな思いとともに戦い、未来を選択した。
だが、それは同時に辛く、苦しいものでもあった。マコトにもまた、それらが降り掛かるような予感が微かに過ぎり、トウベエは苦く思った。
マコトはゆっくりとした足取りでステーションの管理責任者の執務室前に立つと、呼び出し音を押す。
「マコト・ノイアールディです、失礼します」
執務室に入室すると、作業途中だった男が顔を上げ、応対する。
「ああ、君か。待っていたよ。先ずは礼を言おう、君のおかげで被害も最小限に抑えられた」
頭を下げる所長にマコトはまたもや苦い表情を浮かべる。どうも普段から賛辞を贈られることに慣れていないマコトには気恥ずかしい思いがある。
「あ、その…聞いたんですが、俺になにか仕事があると?」
「おお、そうだそうだ」
マコトの言葉に所長はデスクの抽斗を開け、そこから何かを取り出すと、マコトに向けて差し出した。差し出されたそれは、一通のビデオメール。
「これは?」
手に取ると同時に疑問を浮かべ、問い返す。
「それは、ジェネシスαのリーアム代表が君宛に送ってきたものだ。詳しくは私も知らんが……」
所長の口から出たあり得ない人物の名に、マコトは思わず空いた口が閉まらず、ポカーンとなる。
「リーアム代表って――あの『リーアム』代表ですよね?」
やや上擦った口調で問い返し、所長が頷き返したのでますます困惑する。
『リーアム・ガーフィールド』の名はジャンク屋組合のみならず、この生業にいる者なら知らない者の方が少ない。現在のジャンク屋組合の組合代表の一人を務め、尚且つ前代表のフォルテ・ライラックの信任も厚く、現在のジャンク屋組合の地位をより確立させた人物である。
だが、そんなお偉い人物が何故自分にビデオメールなど送ってきたのか――ジャンク屋の一員とは言え、特別知っているわけでもないはずなのに―――ここ数日は、こうした身に憶えのない指名が多いなと妙な感想を憶え、マコトは所長に向けて一礼すると、内容を確認するために一度、自身に割り当てられている部屋へと戻った。
部屋へ戻ると、視界に備えられていたベッドに眠るカスミの姿が入った。
ベッドに倒れ込み、静かに眠るその姿に、マコトは微笑を浮かべ、ゆっくりと毛布をかける。この3日間、ずっと看ていてくれたために疲労がかなり出たのだろう。眠るカスミを起こさないように静かに隣へと移動し、ドアを閉じると、マコトは備え付けのビデオモニターのデッキに先程渡されたビデオメールを挿入し、再生させた。
微かなノイズがモニターに走り、それがやがて鮮明を帯びた映像に切り替わると、それは一人の人間を浮かび上がらせた。
【お久しぶりね、マコト】
モニターに映った一人の男――その一声と顔にマコトは声を上げた。
「マティアス」
モニターに映るのは、何度か仕事の依頼を引き受けたことがあるマティアスが映し出されていた。顔見知りではあるが、マコトはマティアスのことを詳しくは知らない。まあ、妙な口調を除けば別段怪しくはない。身なりから地球のある貴族かなにかとしか考えていないし、依頼人のプライベートに深く突っ込まないのがマコトなりの考えだ。そして、これはビデオメールの一方的な語りのために、マティアスという男はまったく表情を変えずに話を続ける。
【今回も貴方に仕事を依頼したいの。直接話をつけようと思ったのだけれど、貴方は連絡が不通になっていたからね。こういう形を取らせてもらったわ】
その内容から、マコトはあの月面への出向き時にはマティアスが自分を探していたことを悟る。だが、捉まらずにこういった形を取ったのだろう。そこまでして依頼したい内容とは何なのか――マコトは改めて耳を傾ける。
【依頼内容は、ジャンク屋組合からの代表者をアーモリー・ワンまで送り届けてほしいことよ。貴方も知っているでしょうけれど、アーモリー・ワンでプラント政府が新型機動兵器の開発を行い、それが近いうちに公式発表される】
「例のやつか」
L4コロニー群に新設されたアーモリー・ワンでプラント政府が新型機を開発していることが公式的に発表されたのが遂一ヶ月程前。その時はまだその詳細が発表されなかったが、ここにきてデュランダル議長により、近々正式に発表が齎されると、ジャンク屋組合の間でも噂になっている。
【公式発表の場には他国の人間はまだ招待されていないけど、その新型機の公式発表の前準備のために、プラント以外からも各種メディア関係者が非公式に招待されている。無論、ジャンク屋組合もそれに呼ばれ、組合の代表として私が懇意にしているフリーのフォトジャーナリストを選んだわ。そのデータも一緒に送っておくから、あとで確認しておいてちょうだい】
初耳な話だった。マコトは思考を巡らせる――非公式とはいえ、わざわざ公式発表の前に民間のメディアを通じて情報を伝える。それがまだ公共事業に準ずるものなら不思議ではないが、軍兵器となると話は別だ。いわば、国家にとって最重要機密に属するものであり、おいそれと存在を示唆させるような真似はしない。その兵器がどのような能力か、またどのような形を持っているかは分からないようにしなければ意味がない。
だが、デュランダルはそれをわざわざ公表しようとしている。
(なにか別の思惑が…って、俺には関係ないか)
そこまで考えてマコトは首を振った。今のは、マコト個人の考えだ。対し、相手は一国の代表――当然、政治的な思惑も絡んでくる。政治家ではないマコトには分からない考えがあるのかもしれない。
【そこで、冒頭でも言ったと思うけど、貴方には彼とその護衛役である二人をアーモリー・ワンへと送り届けてもらいたいの。それと、今回はあくまで非公式だから、正式発表が終わるまではアーモリー・ワンからの入国はかなり規制される。恐らく、それが終わるまでは出国できないと思うから、その間の滞在費も別に今回は用意しておくわ。まあ、貴方も新型機を見れば、留まりたいと思うかもしれないけど】
モニターのなかで意味ありげに笑うマティアスに、マコトはやや表情を顰める。
確かに、それぐらいの条件はあるだろうが、マコトとしてもその新型機に興味があるのは隠せなかった。この商売をやり始めてからというものの、メカに関して興味を持ち、今ジャンク屋組合の間で持ちきりのザフトの新型機となれば、見てみたいという欲求もある。
それに、今回は依頼費だけでなくアーモリー・ワンでの滞在費も込みとくれば、特に断る理由はない。
(アレの詳しい調査は、もう少し後にすっか)
マコトとしては、セレスティの本格的な調査のためにジェネシスαへと向かおうと思っていたが、それは後回しでもいいだろう。今は仕事をこなして、生活費を工面する方が堅実的だった。
【そんな訳で、お金は貴方の口座に振り込んでおくわ。数日後にはそちらに代表者が着くと思うから、あとはお願いね。彼に貴方のパスを持たせておくから。それじゃ、よろしく】
その言葉を最後に、記録が終了し、モニターは再びノイズ画面に戻り、マコトは軽く息継ぎをしておから、コンソールを叩き、ディスクの別領域に記録されている代表者の詳しいパーソナルデータを検索し、それをプリントアウトする。
「けど、相変わらず有無を言わせないようにしてるよな」
やや苦笑じみた表情を浮かべ、肩を竦める。マティアスからの依頼は毎度ながら、断るという選択を最初から無視されているような気がする。なにかしら、別のおまけをつけてきて、断れない道に仕向けているようだ。
今回のアーモリー・ワンでの拘束というリスクも、新型機を間近で見られるというある種のリターンで打ち消している。強引というか、打算的というか――そんな考えを巡らせながら、プリントアウトされたパーソナルデータを手に取り、そこに記載されている人物を確認する。
そこには、今回の依頼であるジャンク屋組合からの代表者と、その護衛役の人物のデータが顔写真とともに載せられている。
ジャーナリストにしてはやや毛色が違う雰囲気を滲ませる一人の青年と、青年が使用しているMSの名を反芻する。
――――――――――JESS・RABBLE
――――――――――MODEL NO.UNKNOWN:ASTRAY-OUT FRAME
首筋にゴーグルを巻きつけた青年:ジェス・リブルと、その搭乗機である民間機:アストレイアウトフレームというMS。
「ジェス=リブル――フリーのフォトジャーナリストか」
相手の名を反芻させながら、マコトはシートに腰掛け、これから待つ出逢いにやや期待と興奮を滲ませながら、天井を仰いだ。
数日後、マコトは彼らと出逢い、アーモリー・ワンへの旅立ちとなる。
――――それが…新たなる運命の幕開けとも知らず…………
場所を変えてL4宙域。周囲に拡がる宇宙のなかにポツンと浮遊する砂時計型のコロニー郡。
その一基―――L4のプラント軍事工廠:アーモリー・ワン。
アーモリー・ワン内部の大部分は軍事基地及び軍関連施設で占められている。プラント内の最新技術を集束し、本国にも劣らぬ軍事技術により、最新鋭の量産機種:ZGMF-1000シリーズをはじめ、様々な新兵器のテストが行われている。
多くの軍人が行き来するなか、施設の一画――あるビルの情報閲覧室。シャッターの隙間から微かに差し込む人工の光のなか、薄暗い部屋の情報端末のモニターから光がこもれ、キーを叩く音が聞こえる。
シートに座り、キーを叩きながらモニターに表示されるデータの波を凝視する女性:紫銀の髪をポニーテールに束ね、漆黒のコートを羽織る女性の持つ真紅の瞳に膨大なデータが次々と読み込まれていく。
「ザフト、セカンドシリーズ―――成る程、確かにプラントが誇るだけはある」
どこか毒づくように漏らすのは、リンであった。アーモリー・ワンへと入国したリンは、軍事施設へと潜入し、セカンドシリーズのデータ収集に当たっていた。流石に開発地だけあってプロテクトは固いものの、詳細なデータが全て揃っている。
「ZGMF-56S:インパルス、ZGMF-X23S:セイバー、ZGMF-X24S:カオス、ZGMF-X31S:アビス、ZGMF-X88S:ガイア、か」
表示される5体のMSのCG図とコードネーム。そのどれもが今までのザフトに無かった機能が組み込まれている。
「分離・合体機構を搭載した汎用型のインパルス、対空戦想定の高機動形態への変形機構を持つセイバーとカオス、地上戦における万能機ガイア、海戦用の巡航形態への機構を持つアビス―――そして、戦艦ミネルバか」
汎用機のインパルス、空戦機のセイバー、カオス、陸戦機のガイア、海戦機のアビス。そして母艦たるミネルバ。
「まるで、3年前のアークエンジェルね」
苦笑にも似た笑みを浮かべる。機体の特性機能といい、新型母艦といい――まるで3年前の連合のアークエンジェルと同じ陣容だ。まあ、リンはデータで知っただけだが、当時はそのアークエンジェルに散々苦渋を舐めさせられたザフトとしては、その威容にあやかってみたくなったのかもしれない。
「既に5機とも実戦での調整段階に入ってるか…ミネルバも9割方完成。配備機は5機にサポートとしてザクタイプが3機か」
新型機5機は既に完成し、稼働テストでの問題点の洗い出しレベルにまで入っている。この分なら、近いうちに実戦配備が可能だろう。母艦のミネルバも竣工式を待つ段階に入っている。直に、ミネルバは宇宙へとその身を晒すだろう。ザフトの威信をのせて――リンは、次に新型機のパイロットを検索した。
「艦長はタリア・グラディスか―――」
表示されるミネルバのメインブリッジクルーの一覧。全員憶えのない面々だが、艦長に任命されている士官はリンにも覚えがある。確か、2年前のA.W.でザフト軍艦隊を指揮した人物だ。それらの経験も買われたのだろう。続けて、新型機のテストパイロットを務める者達の名前が表示される。
「ZGMF-X24Sテストパイロット、コートニー・ヒエロニムス。ヴェルヌ開発局のホープか」
カオスのテストパイロットを任されているのは、ヴェルヌ開発局のテストパイロットの『コートニー・ヒエロニムス』。テストパイロットでありながら、その腕は高い。先の大戦でも記録には残っていないが、戦闘に出たという噂は聞いている。
「ZGMF-X31Sテストパイロット、マーレ・ストロード。ZGMF-X88Sテストパイロット、リーカ・シェダー」
あとの二人は聞いた覚えが無い。やや鋭い眼つきの男だが、以前は地上で水中部隊に所属していた。第2次カサブランカ沖戦線で負傷し、プラントに帰還となっている。もう一人の女性は、第2次ヤキン・ドゥーエ攻防戦に参加していたようだ。恐らく、戦後に赤に任命されたのだろう。
だが、彼らは正式パイロットではない。あくまで試作された新型機の実戦テストを行うための存在。そして、続けて表示されたデータに、リンは眼を剥く。
「ZGMF-X23S正式パイロット、ステラ・ルーシェ。ZGMF-X56S正式パイロット、シン・アスカ」
そこに表示された、2体の新型機、インパルスとセイバーのテスト兼正式パイロットとして登録されている人物は、リンにとって見覚えのある者達だった。
――――シン・アスカとステラ・ルーシェ
2年前のオーブ解放戦の最中、姉のレイナが助け、そして最終決戦では共に戦った戦友だ。戦後、プラントに渡り、ザフトに属しているとは知っていたが、まさか新型機のパイロットに任命されているとは思わなかった。
だが、当時の彼らの実力と戦績――そして、それからのザフトでの訓練を考えれば、別段不思議なことではない。彼らの特別な出生も手伝ったのだろうが、パイロットとしての腕は抜きん出たものを持っていた。
「しかし、あとの3機はテストパイロットだというのに、二人は正式パイロットか」
やや引っ掛かったのはその点だ。データを見る限りは、シンとステラはセカンドシリーズの開発プロジェクトがスタートしてから間もなく正式パイロットに任命されている。まだ機体さえ仕上がっていない理論だけの状況で正式パイロットに任命するというのはおかしい。
「選抜者は――デュランダル議長か」
考えるまでもない。今回のこのプロジェクトは、デュランダルが中心となって行われている。当然、パイロットの人事配置など、デュランダルの手によるものだろう。
どういった思惑があるかは解からないが――リンはもうこれ以上はデータを引き出せないと踏み、あとは実際にデュランダルがどういった人物か、そして問題のセカンドシリーズがどのようなものか、調べようと席を立つが、何気にモニターを一瞥すると、そこには別のデータが表示されていた。
「ん?」
表示されていたのは、ミネルバに配備されるサポート機のザクのパイロット達のプロフィール。表示される3人のデータの最後に表示される人物の顔を見た瞬間、リンの内に何かが引っ掛かる。
プロフィールとともに添付される映像には、黒髪を持つ自分と同年代の女性が映し出されている。だが、リンが眉を寄せたのはその女性の瞳――真紅と紫のオッドアイ。
「セス…フォルゲーエン」
無意識のその女性の名を呟く。
その真紅の色は―――そこまで考えて、リンは肩を竦め、苦笑を浮かべる。
(なにをバカな…)
そんなはずがない――別に瞳の色が真紅だからといって、全てそれに結びつけるのは愚かだった。神経を僅かに尖らせているのかもしれないなと席を立ち、情報室を後にしようとする。
モニター画面には、未だ表示される女性―――セス・フォルゲーエンという名の人物がまるで映像のなかから凝視するかのように見詰めていた。
この時にもう少し注意深くしておくべきだったのかもしれない……彼女らを縛る運命は…まだ途切れてはいないということに――――――
情報室を出たリンは、周囲に警備がいないのを確認すると、素早く施設の天井へと飛び、そこに身を隠す。招かねざる対象である以上、余計なトラブルは避けなければならない。
そのままリンは難なく施設を抜け出し、やや離れた場所に出ると、施設を一瞥し、繁華街へと足を向ける。
軍事工廠として設立されてはいるが、アーモリー・ワン内部には民間施設も十二分に設けられている。コーディネイター達が謳歌する街並みに溶け込みながら、リンはそのまま一般の連絡端末に歩み寄り、そしてボタンを押す。
連絡ラインに繋げ、待つこと数十秒――リンの表情はやや険しくなる。
(――姉さんからの定時連絡が途絶えている?)
普段なら、たとえ姿を消していても定期的に連絡を互いに取り合っていたレイナとリンだったが、それがここにきて途絶えている。ラインは遂数週間前に変えたばかりだ。なら、考えられるのは一つ。
(姉さんの身になにかあった――?)
連絡を絶つほどの何かがレイナの身に起こったと考えるのが妥当だろう。脳裏を過ぎるのは、数日前のレイナからの最後の連絡――今にして思えば、あの時から様子がおかしかった。
内心にどうしようもない苛立ちと動揺を憶えながらも、それを押し隠してリンは端末を閉じ、歩み出す。
正直、リンには打つ手がないのだ。姉は自分の行動先を残すようなへまはしない。姉がどこへ行ったか、調べようがないのだ。それに、あの姉がそうそう不覚を取るとも思えなかった。
姉の行方への不安とその姉を信頼する葛藤に思考を巡らせていると、リンは街頭の大型モニターに視線を向けた。そこには、アーモリー・ワンへ来訪するラクス・クラインの映像が映し出されていた。
不意に、左手の薬指を見やる。銀に輝く指輪を見やりながら、リンは拳を握り締め、その映像を見ながら、リンは首を振る。
「……私は私の成すべきことする」
そう――姉の行方も確かに気掛かりだが、今のリンにどうしようもない以上、自分のすべきことをせねばならない。それが、自分達で決めたことなのだから―――リンは踵を返し、街中へと歩みを進める。
(姉さん……)
胸の奥に、微かな不安を燻らせながら――――
アーモリー・ワンより離れた地―――月。
月面に幾つも点在する月面都市郡より離れた場所に存在する軍施設。かつては、地球連合の拠点だったプトレマイオスの名残。そして、今はそれに代わる新たなる組織、大東亜連合の所有施設であった。
大西洋連邦は先のA.W.での失態を糾弾され、月面より撤退し、代わりに覇権を握ったのは東アジア共和国であった。元々は旧中国を中心とする国家郡のため、戦後内部崩壊を起こしたユーラシア連邦よりも立ち回りはよかった。
その後、月面の軍事施設をほぼ手中に収め、そして先の大戦中に建造を開始し、完成したプトレマイオスに次ぐ拠点:アルザッヘル基地。
周囲には、連合の標準艦艇が行き交い、哨戒にダガーL部隊が配備されている。そんな基地内部の一画――戦艦のドックでは、何十という艦艇が固定されている。その奥―――影に掛かるドックには、他の標準艦艇とは違う形状を持つ艦艇が停泊していた。
青を基調とした船体カラーに、艦艇前部はAA級を思わせる形状を備えている。そして、艦内部の一室で、その営みは行われていた。
薄暗い室内に唯一灯る小さな照明―――それが照らすのは、ベッド。ベッドの周囲には、衣服や下着といった類が散乱し、そのベッドの上にいる者達の影を部屋の壁に浮き上がらせる。シーツを被りながら絡み合う二人の人影…影から、男女と推察するのは容易かった。
嬌声が途切れ、やがて影はシーツのなかに沈む。それからどれ程経っただろうか――ベッドの奥に備わったモニターの隅にある呼び出し用のランプが点灯し、音が鳴る。
シーツから一人の男が立ち上がり、その拍子に男の持つ金に近い髪が微かに揺れる。だが、男の顔には顔の半分近くを覆い隠すようなサングラスが掛かっていた。そのため、男の顔を窺うことはできない。
男はすっと手を伸ばし、受信のボタンを押すと、モニターが点灯し、その奥に一人の男が映し出される。
《やあ、お楽しみ中だったかな?》
「いや、構わないでくれたまえ」
からかうような口調に男も微かに口元を緩ませる。その態度に男も肩を竦める。
《君も知ってのとおり、アーモリー・ワンでの件――『彼女』からの報告によれば、もう間もなくだそうだ》
「ああ、その件か。心配など要らぬよ。既に彼らを向かわせてある、我々ももう間もなく発つつもりだ」
その返答に男は笑みを浮かべ、鼻を鳴らす。
《流石だな。では、朗報を期待しよう。ただし、今回は援軍は回せない。人手不足は解消できていないからね》
冗談めかした口調で肩を落とすも、フッと嗤う。
「そんなものは必要ない」
《ならば言うまい。ああ、それと――避妊には充分気をつけたまえ》
どこか馬鹿にするような、それでいて侮る口調に、男は憮然とした表情を浮かべたのを確認すると、通信が途切れた。
ブラックアウトすると同時に、シーツのなかで隠れていたもう一人が身を起こす。
「話は終わったの?」
シーツで胸元を隠しながら問い掛ける女性に、男は無言のままだ。その様子にヤレヤレとばかりに肩を竦め、緑に揺れる髪を掻き上げ、脇の台にのせていた煙草を手に取ると、火を灯し、先端に着火させる。白煙が昇り、周囲に散っていくなか、女性は軽く息を吐く。
「で…行くの?」
「ああ…我々も舞台に向かうとしよう。愚鈍な世界の――な」
ニヤリと薄ら寒い笑みを浮かべる男に、女性は無表情な顰め面のまま凝視している。白煙が漂うだけが、その時間の流れを感じさせていた。
数時間後――基地内部がやや慌しくなるなか、ドックの一番端に固定されていた戦艦のブリッジでは、発進準備が進められていた。
旧地球連合のものと同じ軍服を纏った兵士達がそれぞれの職務を果たすなか、ブリッジへと続く扉が開かれ、それに気づいた兵士達が一斉に立ち上がり、敬礼する。
ブリッジに現れたのは、二人の人物―――一人は白い連合服に濃い青の肩を誇り、その首筋は中佐の階級が施されている。制帽を被る頭からは、その人物の持つ長い緑の髪が無重力に靡き、その妖艶さを醸し出している。
続けて入ってきたのはグレーとも黒とも取れる連合服に同じ青の肩を持ち、首筋には大佐の階級章を光らせている男。金髪を肩口で切り揃えているが、男の顔は大きなサングラスに隠されている。兵士達はそんな男にまったく困惑していない。
二人は無重力のなかを進み、やがて中央に備えられた二つのシートに腰掛ける。そこは、艦の艦長及び部隊長のシートだった。
それを確認したと同時に、弾かれるように元の作業に戻る一同。刹那、ドックの周囲から発される光――幾条ものライトが浮かび上がらせるその蒼きボディ。
それを確認すると同時に、艦長シートに着いた女性は声を発する。
「全要員に通達、本艦はこれより発進する。各員、発進シーケンス開始、管制からのビーコン確認後、サブエンジン始動、同時に上昇し、距離4000で静止」
流れるように指示を実行していく兵士達。船体を固定していたアームが外れ、その船体が無重力に舞う。
《固定アーム解除。ハッチ開放》
管制塔からのアナウンスが響き、艦艇の上部に設けられた発進口がゆっくりと四方に開閉し、その先にある漆黒の宇宙を覗かせる。誘導灯が点灯し、道を浮かび上がらせる。
青い戦艦の下部バーニアは小さな火を噴かし、その船体をゆっくりと持ち上げていく。
「発進プロセス、D-28からG-41まで完了」
「目標点まで後60」
「気密隔壁及び全生命維持装置正常値を維持」
発進口を抜け、宇宙へとその身を晒す青の戦艦――ゆっくりと浮上し、アルザッヘル基地上空にて静止する。
「主動力始動、エンジン異常なし。全システムオンライン、発進準備完了!」
その言葉とともにクルー達は動きを止め、次の命令を待つ。それを見守っていた女性は隣に座る男を見やり、男は女性を一瞥し、口元を薄く歪めた。
「では参ろうか、エヴァ=アジルール中佐―――我らの処女航海へ」
どこか、自信に満ちたその表情で、前方の強化ガラスの奥に拡がる宇宙を見据える男に、エヴァと呼ばれた女性もまた口元を緩める。
「微速前進――月引力圏離脱と同時に加速、ガーティ・ルー―――発進っ!!」
右手を振り上げ、前方を指した瞬間、エンジンが静かな唸りを上げ、火を噴く。ゆっくりと加速し、上昇していく船体。
―――――機動特殊艦:ガーティ・ルー
先のA.W.で名を馳せたAA級の流れを汲む特装艦。アルザッヘル基地を後に、宇宙へと乗り出していくガーティ・ルー――そのブリッジで、エヴァの隣に座る男は、サングラスの奥に見える瞳を細めた。
「進路はL4―――アーモリー・ワン」
ニヤリと哂い、小さく囁かれたその言葉は、静かに消えていく。
青き意志に導かれるように―――ガーティ・ルーはL4へと向けて旅立つのであった。
アーモリー・ワンの中央ビルの最上階に位置する執務室では、プラント最高評議会現議長であるデュランダルが、ガラス向こうのアーモリー・ワンの街並みを見下ろしながら、静かに囁いた。
「平時の兵器とは、ただ威力があればよいというものではない。その力を示すことで戦いを回避する力ともなりえる」
「はい」
その言葉に頷き返すのは、デュランダルの背後で来賓用のソファに腰掛けるやや長身の女性。
「そういった意味では、人々にそれを正しく伝えなくてはならない。君の担う役割はとても大きなものだ――期待しているよ、ベルナデット・ルルー君」
「ご期待に添えるように努力いたします、議長閣下」
強い意志を込めた返答を返すのは、プラントの放送局に属するレポーター:ベルナデット・ルルーであった。その返答にデュランダルは満足気に笑みを浮かべ、ゆっくりと振り向き、ベルナデットを見やる。
「彼らと同じように、君達もこれからの時代に重要となる」
どこか確信めいた、それでいて不適に笑うデュランダル。
「今回は、プラント以外のジャーナリストも数名招待している――君の推薦した『彼』もだ」
手に持つ書類に記された人物のデータを一瞥し、そう告げるデュランダルにベルナデットは微かに笑みを浮かべる。それが何を意味しているのかは解からないが…少なくとも彼女にとって好ましい結果となったことに違いはなかった。
「ありがとうございます。新生ザフトを知ってもらういい機会になります」
頬を僅かに緩ませ、そう喜色ばむベルナデット―――デュランダルは僅かに肩を竦める。
「間もなく彼の乗った艦が入港する。出迎えと案内を頼むよ」
「分かりました。では、私はこれで失礼します」
一礼し、ベルナデットは立ち上がり、静かに執務室を退席していく。それから数分後、執務デスクの上に備えられた通信端末から補佐官の声が聞こえてきた。
《議長、クライン外務次官が面会にお見えになっておられますが?》
窺うように問い掛ける補佐官に、デュランダルは相槌を打つ。
「ああ、分かった。部屋に通してくれ」
《はっ》
通信が途切れると、デュランダルは不敵な笑みを浮かべる。
「さて…外務次官殿はどう出てくるかな?」
どこか、愉しげに佇んでいると、やがて待ちかねた来訪者が到着し、部屋内に呼び出し用の音が響いた。
《失礼致します、議長。ラクス・クラインです》
「ああ、待っていたよ。入りたまえ」
その言葉に反応するように執務室のドアが開き、その奥から一人の女性が静かに入室してきた。少女とも取れる童顔な顔つきだが、その瞳には強い意志を象徴するかのような青が漂い、また物腰も凛としたものを感じさせている。
特徴的なピンクの髪をポニーテールで束ね、シックなスーツを纏うのは、プラント評議会議員の一員にして外務次官であるラクス・クラインであった。
「クライン外務次官、ようこそ」
「ええ。こちらこそ、お忙しいなか、申し訳ありません」
柔和な笑みを浮かべ、手を差し出すデュランダルにラクスもやや表情を顰め、手を握り返す。
「とんでもない。外務次官は私にとって大切な友人です。歓迎こそすれ、邪険には致しませんよ」
「そう言っていただけると、私としては光栄に思います」
微笑を浮かべ、ラクスもまた表情を和らげる。
「では外務次官、お席へ…そう言えば、秘書官の彼はどうされました?」
本来なら、デュランダルの方が立場が遥か上だというのに、まるで同列のように言葉を交わす議長にラクスは好感を持っていた。だからこそ、今回のこの来訪は正直荷が重いと言わざるをえない。だが、これもまた自分の仕事なのだ。
そう割り切り、ラクスはソファに腰掛けながら、一息つくと、口を開く。
「彼は今、私の入国手続きと数日後来訪される大日本帝国の代表の方を出迎える準備をしております」
「そうですか。外務次官はいい秘書官をお持ちで…信頼されているというのは、なによりも嬉しいことです」
「ええ。本当に私にはもったいないぐらい有能ですわ」
「羨ましいですね。私も彼に助けてもらいたい」
冗談めいた言葉を交わすなか、ラクスの表情は緩んでいた。彼女の秘書を務める人物は、彼女が一番信頼し、一番大切な存在だからだ。その人物が褒められ、嬉しさを隠す方が難しいかもしれない。
その時、二人の会話に割り込むように開かれるドア。入室してきた係と思しき人物が手にプレートをのせ、その上に二つの慎ましやかな湯気を立てるカップを添えている。無言のまま、二人の腰掛けるテーブルの前に歩み寄り、静かにカップを前に置き、一礼すると、無言のまま執務室を後にする。
デュランダルは微かに頷くと、ラクスに向かって手を差し出し、カップを勧める。
「外務次官、まずはお茶をどうぞ」
「ええ、ありがたくいただきます」
慣れた手つきでカップを手に取り、ラクスはカップのなかに注がれていた紅茶を一口口に含み、その微熱に乾いていた喉を潤すと、静かに一息つく。
だが、一瞬閉じられた瞳が再び開かれると、その視線が微かに細まる。
「では、そろそろ本題に入りましょう――議長」
どこか、射抜くような視線と口調だが、デュランダルは変わらず柔和な笑みを浮かべている。
ラクスはカップを皿に置くと、持参したバックのなかから数枚の資料を取り出し、それをデュランダルの前に差し出す。差し出されたその書類と思しき資料に視線を向け、内容を把握したのを見定めると、ラクスは言葉を切り出す。
「これは、今期の評議会での予算案です。ですが、この軍事面に関しての予算は少々かけすぎではないでしょうか?」
その書類には、現在のプラント内の国家予算の次期案が纏められているが、その一点――軍事費に関する項目の予算案が他の項目よりも高めに設定されている。
「セカンドシリーズに関しては確かに評議会で開発を可決しましたが、それに続けて新型量産機種、またサードシリーズの開発はまだ協議中のはずです」
セカンドシリーズの開発に関しては評議会での議論の結果、可決された。だが、現在のZGMF-1000に代わる次期主力機開発及びセカンドシリーズでのデータを基にした『サードシリーズ』と呼ばれるプロジェクトもこのアーモリー・ワンで始まった。
だがそれは、評議会にとっては由々しき事態だった。
「議長、確かに評議会は軍備に関しては引き続き予算を割くことを承認しておりますが、度を過ぎる予算は評議会での議論を交わしていただかなければ困ります」
戦時中なら、軍事に予算が回されても致し方ないが、今は平時――おまけにまだ先のA.W.終結から間もない時期だ。軍事費は一番縮小されるべき項目であり、今は未だ試行錯誤しているプラントの生活安定。そして福祉などあげればキリがない。
「いくら議長にそれらの裁量権があるとはいえ、評議会を無視するようであれば、議長の不信任案も議題に上げなければなりません」
そこでラクスは初めて表情を顰める。
「議長…私は、議長を信頼し、また尊敬しております。それは評議会の意志であり、またプラントの誰もが考えております。だからこそ、此度の軍事費予算の増加とセカンドシリーズ公表の真意を、お聞かせいただきたいのです」
ラクス個人としてはデュランダルを信頼している。A.W.終結後のジュセックの後を継ぎ、プラントをここまで復興させ、また地球との融和政策を進める。正直、自分の理想とする未来へと進めてくれる人物と考えている。だからこそ、今回の件については明確な答を聞きたかった。
真剣な面持ちを浮かべ、窺うようにデュランダルの言葉を待つラクスに、デュランダルは笑みを浮かべる。
「クライン外務次官、そこまで私を信頼してくれ、感謝の言葉もありません」
徐に立ち上がり、ゆっくり背を向けるデュランダルに、ラクスは表情を顰めたままだ。
「外務次官が心配しておられるのは、やはり地球との外交ですかな?」
静かに首を振り、発せられた一言にラクスはますます表情を顰め、俯かせる。外務次官として、地球各国を回るラクスには、やはり時には罵声に近い糾弾が浴びせられることもある。
今回のセカンドシリーズ発表に関して地球――特に大東亜連合を構成する国々から批判が上がった。プラントはまた戦争を仕掛けるつもりか、という露骨な発言もあったほどだ。
無論、大東亜連合はプラントとの国交について今現在難航している国々だから無理もないが、比較的友好を築いている大西洋連邦やオーブ、大日本帝国からも無言のプレッシャーを受けたほどだ。ラクスがいくら此度のセカンドシリーズはあくまでプラントの自衛の為の開発と主張しても、なかなか受け入れがされない。やはり、デュランダルの明確な答が必要なのだ。
「そうです。私の無能のために、プラントと地球各国との国交をまた断絶させるわけにはいきません」
そう、自分がどれだけ罵られようとも、あの2年前の最悪の事態にまた戻すわけにはいかない。顔をあげ、そう告げるラクスにデュランダルは首を振る。
「いえ、外務次官は立派な方です。それは私を含め、プラントの誰も思っていること。先の戦争を止められた英雄であり、今はプラントの大事な議員の一人です」
「その話はやめてください。私は英雄でもなんでもありません。私はただ、私の成すべきことを成すために今の立場に就いているのです」
賛辞にやや厳しげな視線を浮かべる。デュランダルは肩を微かに竦め、失礼とばかりに首を振る。
暫し無言が周囲に漂うが、デュランダルは視線をラクスに向けると、静かに語り出す。
「外務次官は、力をどう捉えておいでですか?」
「力、ですか? 随分と抽象的な質問ですわね――そうですね、私は、嫌悪するものであると同時に必要なものだと考えております」
なにかを成すためには、意味こそ様々なれど力が必要になる。ラクスにとっては『外務次官』という肩書きが力の一つだ。もしラクスがただの小娘であったなら、地球の政治家は誰も耳を貸さないだろう。外務次官という肩書きがつくだけでそれが一変する。だが、過ぎたる力はまた忌むべきものと捉えている。力ずくで圧政しようとするなら、それは必ず対立と反発を生む。
そう答えるラクスにデュランダルは満足気に笑みを浮かべる。
「その通りです。だからこそ、私も力を欲しました――このプラントを護るため。そしてなにより未来のために。大きな力は確かに災いを呼ぶ火種になるやもしれません。ですが、それは同時に大きな抑止力になる。私はそう考えています」
大きな力は恐れとともに抑止ともなる。それは、国家が過去から行ってきた防衛手段の一つでもある。力は確かに隠しておくもの――だが、それを錆付かせては意味がない。時にはその力を誇示し、自らの力の大きさを示すのも外交の一つだ。
「つまり…プラントの立場をより強くするために、此度の発表を行った、と?」
おぼろげながらデュランダルの思惑を悟ったラクスは、そう問い返す。
「そう取っていただいても構いません。外務次官とてご存知でしょう。我が国の磐石は未だもって不安定。それを強めるためには、多少の強硬さも必要と考えたのです」
その言葉にはラクスも口を濁す。デュランダルの言うことにも一理あるからだ。確かに、未だ国家的には弱い立場にあるプラント。国際社会において発言力を高めるためにはこうした軍事的アプローチも一つの手段だとは思う。
「評議会を通さず、此度の決定を独断したことは謝罪しましょう。ですが、これだけは信じていただきたい。私は決して、前の戦争の犠牲を無駄にはしない。必ず平和な世界をつくり、またそれを恒久的に続けていくための努力を怠らないと」
頭を一度下げ、そして力強く発したデュランダルに、ラクスは表情を顰めていたが、やがて息を一つ吐くと、ゆっくりと顔を上げる。
「分かりました。議長のお言葉、信じましょう――評議会には、私の方から説明しておきます」
その強硬な外交は確かに諸刃の剣でもあり、危険な一面もあるが、もう公開してしまった以上、言い繕うことはできない。なら、自分にできるのはその危険なカードをどううまく有効活用し、外交に活かすかだ。
「感謝します、外務次官。お疲れでしょう、今日はもうお休みになってください」
「ええ、お言葉に甘えさせていただきます」
流石にこれからのことを考えるとやや憂鬱になることも否定できないので、その気遣いには素直に頷く。
席をやや重い足取りで腰を浮かし、何かを思い出したようにラクスはデュランダルに向き直った。
「ああ、忘れるところでした。後日、大日本帝国からの使者がアーモリー・ワンに来訪されます。スケジュールの調整をお願い致します」
「ほう、あの国からですか?」
今まで笑みを崩さなかったデュランダルが微かに驚きの声を上げる。
大日本帝国。A.W.後に設立された極東の新興国家。規模的には小国であるものの、即位した帝の下、その力を強めつつある。デュランダルにとっても無視できない国の一つだ。
「ええ、以前からプラントとの外交についての条約を詰めたいと仰っておりましたのですが、何分急なものでしたので、議長には申し訳なく思いますが――」
独立国家としては小国である日本。そして、国を衰退させないために、他国との交流を始め、国益を上げ、国力を増す。そのために様々な国への外交を積極的に求めている。無論、かつて大西洋連邦の属国であった名残か、大西洋連邦との同盟は引き続き行い、また今のプラントと同じく隣接する大東亜連合の中枢国家、東アジア共和国とは外交が難航している。
そして、それらの対処のためにプラントと友好を結びたいと考えているのだろう。
「いえ、構いません。では、来訪日に合わせてスケジュールを調整しましょう」
「お願いします。では、私はこれで」
頭を下げ、一礼すると、ラクスは静かに執務室を後にした。静寂が戻り、一人佇むデュランダルはゆっくりと椅子に腰掛け、手を組んで顎をのせる。
(ふむ―クライン外務次官にヤマト秘書官―――彼らもまた、私にとって必要な存在となろう)
内心に独りごちると、デュランダルは向きを変え、今一度アーモリー・ワン内の空を仰いだ。
デュランダルの執務室を後にしたラクスは長いスロープを進みながら、一息零す。それは、この先に控える激務への心労か、それともデュランダルへの信頼と不安の葛藤か――ラクスは何気に横に面した巨大なガラスに眼を向ける。
壁一面に貼られた強化ガラスの向こう側では、隣接する軍施設の様が映し出され、直に控えるミネルバの進水式及びセカンドシリーズ公表の式典のために、多くのMSが準備されている。
その様にどこか表情を顰めていると、正面から呼ぶ声にハッとした。
「ラクス」
その声に振り向くと、眼前のスロープの終着点に一人の青年が佇む。
「キラ――いえ、ヒビキ」
ラクスの視線の先に佇むのは、彼女の秘書官を務める人物:ヒビキ・ヤマト――いや、本当の名は、『キラ・ヤマト』であった。
戦後、プラントに移り住んだキラはラクスの秘書を務めるに当たり、偽名を使うことにした。『キラ・ヤマト』の名は連合軍時代に地球側に知られてしまっているため、余計な混乱を避けるために本来の姓である『ヒビキ』と名乗り、今は生活している。
童顔な顔つきながら、背は伸び、もう少年という容貌ではない。ラクスがスロープから降りると、ゆっくりと歩み寄る。
「お疲れ様。どうだった、議長との会談は?」
とても秘書らしくない態度だが、ラクスは気にも留めない。この二人の間にはそんなものは無用だろう。キラはこの2年間、ラクスの秘書とし公私に渡って常に助けていた。そのため、彼女の苦労の程も誰よりも理解している。
キラの問い掛けにラクスは曖昧な笑みを浮かべる。
「ええ、議長のお考えは知ることができました。ですが、それを波風をなるべく立てぬように伝えなければなりませんね」
冗談めかした愚痴だが、こうした軽口を叩けるのもキラが相手だからだろう。そんなラクスの様子にキラは表情を顰め、覗き込むように表情を窺う。
「ラクス…無理はしないでね。僕じゃあまり役に立たないかもしれないけど」
萎縮するキラにラクスは微笑を浮かべ、首を振る。
「そんな事はありませんわ。キラが傍で支えてくれるから、私はこうして頑張れるんです。さあ、落ち込んでばかりはいられませんわ」
己を奮い立たせるようにそう告げるラクスにキラもまたつられて笑みを浮かべる。
「分かったよ。でも、今日はもう休んでね。ホテルを取ってあるから」
促すように先に歩き出そうとするが、何かを思い出したようにラクスに向き直る。
「あ、そうそう――さっき、係の人がこれを渡してくれたんだ」
スーツの懐に手を入れ、その下から取り出したのは、一通の手紙――ラクスは首を傾げる。
「君宛に届いてたって。でも、差出人は分からないって。少なくとも危険物ではないようだけど……」
キラも言葉を濁す。
受け取ったラクスは手紙に眉を寄せる。手紙は宛名も何も書かれていない封筒――無論、手紙に爆弾を仕込むというテロという可能性もある。ラクスの命を狙う者も決して少なくはないのだ。だが、そういったチェックは厳重に行っている。
「開けてみないことには、分かりませんね」
やや警戒した面持ちながら、ラクスはゆっくりと封を切る。開かれたなかから取り出される一通の便箋。それを拡げ、そこに書かれている文章に眼を通し、小さな声で呟く。
「今日、ホテルのロビーで待つ」
手紙には、一言だけ――そう添えられていた。手紙というにはあまりに短い文章に首を傾げる。だが、最後に記されたイニシャルが眼に入った。
「R・C」
キラとラクスはそのイニシャルを読み上げ、それはすぐさま該当する名前が浮かび上がった。
―――――R・C―Rin・Cisty
「リン――っ」
やや上擦った声を上げる。キラも隣で驚いた表情を浮かべている。
二人のなかに浮かび上がった人物――2年前の戦いで共に戦い、そして戦後行方を晦ませていた人物。
「リンが…このコロニーに?」
そう考えた瞬間、二人の内には驚きよりも嬉しさの方が滲み出してきた。あの戦争が終わって姿を消した大切な戦友。ずっと会いたいと思っていた。その彼女らが来ている――自分達に逢いに……そう考えた瞬間、二人はいても立ってもいられず、互いに笑顔で頷き合った。
「いこう、ラクス」
「ええ、待たせるわけにはいきませんわ」
先程までの憂鬱な表情はどこへやら――軽やかな足取りで二人はその場を後にし、懐かしい旧友との再会に向けて胸を躍らせるのであった。
同時刻。アーモリー・ワンに向けて航行する一隻の艦。
それは、マコトが所有する輸送艦。その格納庫には、ジャンクに混じって固定されるセレスティの隣に2機のMSが固定されていた。
一機はボディに白い十字架を模したようなデザインを施されたザフトの旧式機であるジン。もう一機はセレスティと似た頭部形状を持つ機体。それら3機を載せた輸送艦のコックピットでは、マコトが操縦桿を握り、モニターに映る巨大な砂時計を見上げる。
まだ距離はあるはずだが、それでもその巨大さは圧巻される。マコトはこの仕事を始めてまだ一年足らず。まだプラントを訪れたことはなかった。その為、同型コロニーであるアーモリー・ワンへの入港に緊張を隠せない。
その時、コックピットへのドアが開き、振り向くと、そこにはスーツ姿の髭面の男が佇んでいた。
「ご苦労さん、あとどれぐらい掛かる?」
「もうすぐですよ、マディガンさん」
問い掛けてくるのは、依頼されたフォトジャーナリスのボディガード役のカイト・マディガンと名乗る男だった。
数日前に受けた依頼――マティアスから指示のあった二人がステーションに来訪した。フリーのフォトジャーナリスであるジェスとそのボディガードのカイト。
明るく、またフレンドリーに話し掛けてきたジェス。そのジェスに対し野次馬バカと悪態をつくカイト。なんとも対照的な二人と思いつつ、マコトは依頼通り、二人をアーモリー・ワンへと送っていた。無論、自分も興奮を抑えられないでいるが―――
「分かった。あいつに伝えてくる…入国手続きなんかは任せるぞ」
そう言い、一瞥してコックピットを後にするカイトにマコトは苦笑を浮かべ、やがて艦がアーモリー・ワンの警戒エリアに差し掛かり、通信が入ってきた。
【接近中の艦に告ぐ。船籍と入国目的を述べよ】
「こちら、ジャンク屋組合代表艦。船籍ナンバー:1197。マコト・ノイアールディ――ジャンク屋組合より、此度の新兵器視察のための代表者をお連れした」
照合を問い合わせる通信にそう答えると、暫し沈黙が続く。やがて、照合が完了したのか、返答が返ってきた。
【確認した。ようこそ、アーモリー・ワンへ】
来訪に歓迎の意を告げるアナウンスが流れた後、アーモリー・ワンより誘導ビーコンが発射され、それを受信し、それが促す港に向けて操舵する。
港付近には、ザフト軍のナスカ級やローラシア級戦艦が展開し、周囲をゲイツRが編隊を組んで警備に当たっている。その物々しい警備を横に、マコトは表情を微かに強張らせながら、ゆっくりと港へと進入していった。
「さて、アーモリー・ワン――どんなとこなんだろうな」
この先に待つものに期待を抱きながら、艦は港に収まり、外装に向けて固定用のアームが接続され、エンジンを切る。
そして、身を起こしてマコトは隣の自室に向かう。
ドアを開けると、カスミがベッドに腰掛けながら、小さな窓から見える港の風景を眺めている。
「カスミ、着いたぞ。入国手続きしなきゃならないからお前も一緒に来てくれ」
声を掛けると、カスミはコクンと頷いて身を起こし、マコトに歩み寄る。マコトはカスミの手を引きながら、後方の客室に向かう。
客室のドアをノックすると、部屋のなかから返事が返ってくる。
「あいよ」
「失礼します。到着しました。入国手続きがあるんで、機体と一緒に入ります。機体の準備もお願いします」
ドア付近で佇んでいたカイトに声を掛けると、頷きながら奥で音を立てているジェスにややウンザリした表情で振り向く。
「分かった…おいジェス、早くしろ」
「分かってるって、ちょっと待てよカイト」
ガサゴソと準備をしながら、ジェスは愛用のカメラを構え、眼を期待で輝かせている。これから撮ることになるものに対しての興奮を抑えられないのだろう。そんなジェスにカイトは溜め息を零し、マコトは苦笑を浮かべた。
「さて、と準備完了! いくぜっ」
機材とカメラを担ぎ、はりきった調子で歩み出すジェス。そんなジェスに呆れた表情で頭を掻きながら後を追うカイト。そしてマコトとカスミが続き、4人は格納庫に向かった。
格納庫に到着すると、ジェスは愛機であるアウトフレームに乗り込んでいく。その様を見やりながら、マコトはアウトフレームを一瞥する。
最初に見た時から明らかにジャンク屋や民間に出回っている機体とは違うと感じていた。まあ自分も今の機体を手に入れた経緯が経緯だけに余計な詮索はしないが――カイトもジンに乗り込み、マコトもカスミを伴い、セレスティへと搭乗した。
格納庫のハッチを開放し、機外へと歩み出す先には、ザフト軍の整備士達が誘導し、その先に用意された移送用のトレーラーの後方の固定台へと機体を横倒しにし、3機はそれぞれ固定され、機体を降りると、そのまま移動用の車両に乗り込み、4人を乗せた車両が発進し、それに続くように3台のトレーラーが後を追う。
港内のゲートを抜け――次の瞬間、光が視界に飛び込んでくる。思わず一瞬眼を覆うが、やがてその視界には拡がる光景に眼を奪われる。
中心に聳え立つように伸びる巨大な支柱――その周囲に悠然と拡がる湖。そして街並み―――まるで一枚画のように拡がるアーモリー・ワン内の光景に、マコトは見入る。
「おおっすげえ」
「はしゃぐな」
同じくプラント内を見るのは初めてのジェスは興奮を隠せず、思わず車両の窓にへばり付き、カイトはもう額に手を当てながら青筋を浮かべている。
そんな様子に苦笑を浮かべながら、マコトは隣のカスミを見やると、カスミは窓から見える光景を静かに凝視していた。
「どうした、カスミ?」
声を掛けるも、カスミは無言で見詰めているだけ――怪訝な表情を思わず窺うように覗き込むと、カスミは小さく呟いた。
「偶像の世界」
「?」
マコトの方に振り向いたカスミは言葉を続ける。
「虚構の世界…そこに在りながら在るべきでないもの――そして―――魂は永遠に彷徨う」
金色の瞳の奥に漂う虚無という闇――そんなものを垣間見たような錯覚に捉われる。
カスミはそう告げると、再び窓の外に眼を向ける。背中を向けるカスミを見詰めながら、マコトは今のカスミの言葉を反芻させる。
(虚構――在りながら在るべきではない……どういうことだ?)
まったく言葉の意味が掴めない。だが、そう告げたカスミのあの表情が脳裏を捉える。
(カスミ…お前はいったい……)
その疑念も、車両の動きが停止したために遮られた。
「おっ到着したか」
ジェスが先に車外へと身を乗り出し、マコトは今一度カスミを見やるが、カスミは無言のまま身を起こし、マコトも今の疑念を内に抑え込んだ。
4人はそのまま機体のトレーラーが搬送された施設へと歩み、3機のMSがそのままトレーラーから立ち上がり、それぞれメンテナンスベッドに固定される。
「メンテナンスベッド固定確認、OKです!」
整備員の一人がそう告げると、何人かの待機していた一斉に機体のチェックのために取り付いていく。
「ではこちらにサインを」
「あ、はい」
担当が差し出した預かり書にサインすると、担当官は頷く。
「では、責任を持ってお預かります」
「よろしくお願いします」
一礼すると、担当官は踵を返し、離れていく。ジェスはその時、自分を見る視線に気づきそちらに振り向くと、一人の女性が眼に入り、笑みを浮かべる。
「よお、ベル」
その声につられてマコトも振り向くと、長身の女性が眼に入る。
「久しぶりね、ジェス」
女性:ベルナデット・ルルーは微かに眼を細め、隣を見やる。
「あら、今日もボディガードのお供つきなのね」
「あ? ああ」
小馬鹿にするような視線だが、向けられたカイトは意にも返さず、肩を竦める。
「これも仕事だからな」
「ご苦労なことで…あら、そっちは初めて見る顔ね?」
「ああ、彼らは俺達をここまで連れてきてくれたんだ」
ベルナデットがジェスの後方に立つマコトとカスミを見やり、ジェスも頷きながら、二人を紹介すると、マコトが頷く。
「知り合いなんですか?」
「以前、南米の独立を撮影した時にな」
一年半程前。まだ終戦条約が結ばれる前――連合という組織が既に瓦解しかけていた頃に大西洋連邦の属国であった南米:南アメリカ合衆国が独立を宣言した。
ジェスはその時、その独立をレポートしようと南米に出向き、そこでプラント系列から出向していたベルナデットと出逢った。
「聞いたよ。今回は世話になったな」
本来なら、ジェスのような根無し草のジャーナリストが招待されるようなものではない。ジェスの招待にはベルナデット推薦があったらしいと聞かされ、感謝の意を述べるもベルナデットは苦笑で応える。
「いいのよ、どうせ私が推薦しなくても選ばれたでしょうし…それに―――」
ベルナデットの視線がジェスの首からぶら下げられるパスに向けられる。
「貴方が、ジャンク屋組合からの代表としても派遣されているのでしょう?」
「ん…ああ、こいつか? マティアスが手配してくれたこれがあれば、かなり自由に取材できるって」
パスを振りながら、ジェスはお気楽に述べるが、それがどんなに凄いことか知ったマコトは思わず息を呑む。
ジェスはいい写真を撮ることのみに気が向いているようだが、最新兵器を撮る許可を得るだけでも大変だというのに、さらにはジャンク屋組合からの代表者まで手を回すとは。
ジャンク屋組合もまた中立の立場を貫くために今回の取材に対し、プラントに対してアプローチを試みたということだろうが――ジェスはそんな思惑などどこ吹く風とばかりにしている。
そんなジェスの様子にやや呆れた表情で肩を落とす。
「貴方のクライアントはかなりのやり手のようね。まあいいわ、どちらにしろナチュラルである貴方に取材してもらうことに意味があるのだから――乗って」
一同を車に促す。視線を一瞬マコトとカスミに向ける。本来なら、ジェスのみだけを案内し、他の同行者は遠慮願いたいところだが、ジェスと同等のパスを与えられえている以上、それを無下に扱うわけにもいかない。
マコト達は車に乗り込み、ベルナデットがアクセルを踏み込み、車はゆっくりと発進し、軍施設内を走る。
幾棟も並ぶ施設や倉庫のなかを走る道を進みながら、その光景に圧巻される。
(ニューミレニアムシリーズのザクがそこらかしこに)
倉庫群の周囲には、ザフトのMSが犇めくように並んでいる。ジンをはじめ、ゲイツRやTFA-4DE:ガズウート、そして現在のザフト軍主力兵器に移行しつつあるZGMF-1000モデル機が立ち並び、さながらザフトのMSの展示会場のような雰囲気を醸し出している。
「ニューミレニアムシリーズのザクか――量産体制も整っているみたいだな」
ジェスもその光景に思わずカメラを持ち上げそうになるが、それに気づいたベルナデット低い声で制する。
「ダメよ、ここは撮影不許可地域よ」
「え? そうなのか」
間の抜けた表情で問い返すジェスに、ベルナデットは溜め息を零す。
「ここは軍事施設なのよ。それより、貴方にはすぐに凄いものを撮らせてあげるわ」
「凄いもの?」
二人の会話にマコトも耳を傾ける。未だジャンク屋組合でもほとんど出回っていないザクがこれだけ並んでいるだけでも壮観だというのに、これ以上の何かがあるのか。
「そうよ。貴方も聞いているでしょう――議長が公表されたセカンドシリーズを」
「ああ」
「今回貴方に撮影してもらうのはそのセカンドシリーズ。ザフトの威信をかけた最新のものよ。ただの兵器群とは訳が違うわ」
「らしいね」
相槌を打ちながら聞き入るジェスにベルナデットはどこか誇らしげに告げる。
「平和のために造られた兵器――そこをしっかり見てちょうだい」
自信を持って告げたベルナデットだったが、バックミラーに映る表情を渋めるカイトに気づき、眉を顰める。
「――何か言いたげね?」
「いや…平和のための兵器、ね―――確か、前大戦を引き起こした核ミサイルも長らくそう呼ばれていたな、ってね」
揶揄するような口調で鼻を鳴らす。
マコトもそのカイトの意見には頷く。先の大戦を引き起こしたもの――平和のためと謳いながらも、所詮はただの兵器。平和を護るのではく平和を壊すものと捉えた方がよっぽど合っている。
兵器は使い方しだいで意味が変わる。マコトはそう考えている。だが、それでも一つ使い方を間違えれば、それは変わることも――そんな矛盾とした現実。
ベルナデットはやや表情を顰め、口を尖らせる。
「それは、ナチュラルが誤った使い方をして……」
それじゃ、また間違うかもしれないぜ」
機先を制され、またもや口を噤む。常日頃から理知的と謳っているコーディネイターが、そんな野蛮なことには使わないという自信か――沈黙が漂うなか、ジェスが苦笑いを浮かべながらベルナデットに話し掛ける。
「そういや、その新兵器って新しい技術を導入されてるんだろ?」
「え、ええ、もちろんよ。核エンジンといった類は搭載していないわ。それに代わる新機軸の技術を取り入れているの」
先の大戦後に結ばれた終戦条約のなかで、NJCの軍事的転用の抑制が上げられた。莫大なエネルギーを齎す核分裂路を規制することに各国とも難色を示し、結果――大量破壊兵器及び大量生産による軍事転用の禁止が最大譲歩となった。
無論、それがどの程度まで赦されるのかは各国の裁量に任されているのが実情のため、未だしっかりとした政策が執られていないのも事実だが。
「へぇ、楽しみだな」
ジェスは純粋な好奇心だけにそれらが現れる瞬間を待った。やがて、十数分走った車は一つの大きな演習場に辿り着く。
出入り口の守衛がベルナデットに応じ、車が演習場内へと招き入れられる。湖に面した広大な演習場の端に設置された倉庫群の端に佇む一台のデータリンク及び軍車輌の前に車が止まり、ベルナデットが先導で降り、ジェス達を促す。
彼らの先には、3人の人影――ベルナデットは恭しく声を掛ける。
「皆、今日から取材に加わるフリージャーナリスト兼ジャンク屋組合代表のジェス・リブルさんを案内したわ。ジェス、彼らが新型機のテストパイロットよ」
紹介するように振り向くベルナデットは、3人の男女を紹介する。一人は普通の服装だが、もう一人はザフト軍のエースである赤の軍服を纏っている。
「コートニー・ヒエロニムス。リーカ・シェダー。そして、マーレ・ストロードよ」
紹介された3人は三者三様の態度で答え返す。コートニーと呼ばれた青年は表情を変えず、リーカと呼ばれた女性は笑顔を浮かべて会釈し、マーレと呼ばれた青年は無愛想な、それでいてどこか睨むような視線で見やった。
「コートニーとは、一度南米で会ってるわね」
「久しぶりだな」
3人のなかで唯一面識のあったコートニーに向けて手を差し出すと、コートニーも微かに笑みを浮かべ、手を握り返す。
「ああ」
南米での独立撮影時にそれを良しとしないテログループの介入があった。その時、南米軍と撮影に訪れていたザフト軍の護衛隊のなかに所属していたコートニーは現行機のZGMF-1000シリーズの雛形であるZGMF-X999A:試作型ザクのパイロットとして参戦した。
ジェスもコートニーの姿を写真に収め、インタビューをしたのだ。
「次は私ね、よろしく。リーカと呼んでね」
コートニーとの握手が終わると、コートニーの背中から顔を出すリーカが手を差し出し、ジェスもまた握り返す。
「あ、ジェス・リブルです。よろしく」
リーカの顔を見たジェスの視線がリーカの顔にある物に向けられ、その視線に気づいたリーカが悪戯っぽく笑う。
「あっ、私の眼鏡のこと気になる?」
図星を指され、ジェスは苦笑いを浮かべる。どうも気になることには何でも気になって訊きたくなってしまう。
「コーディネイターって、眼が悪い人がいないってばっかり思ってたから」
事実、ジェス自身、カイトを含めたコーディネイターとも何度か会ったことがあるが、その誰もが眼鏡をかけている者はいなかったし、コーディネイター社会を見てみても眼鏡をかけて者を見た記憶がほとんどない。
そんな疑問に思うジェスにリーカは微笑む。
「確かに少ないわね。私は生まれつき盲目なの。遺伝子操作は全てをコントロールできるわけじゃないの」
リーカは生まれながらにして盲目のコーディネイターだった。それらは全て先天性のものであり、遺伝子操作の段階ではどうしようもないことだからだ。
だが、リーカは顔に掛かった眼鏡を持ち上げる。確かに自身の眼で見ることはできないが、それでもリーカは眼鏡のデバイスを介してその光景を網膜に投影し、視力を得ていた。
「プラントの技術を持ってすれば、視力を得ることなど容易い―――ナチュラルとは技術力が違うからな」
鼻を鳴らし、侮るような口調で呟かれた言葉に一同が一斉に視線を向けると、モニター車両のシートに腰掛けている最後の一人、マーレが見下すような視線を向けていた。
「マーレっ」
その視線と口調に、ベルナデットは思わず反論するも、マーレは何処吹く風とばかりに無視する。そんな不遜なマーレに対して、ジェスは時に害した様子もなく会釈する。
「ジェスです、これからよろしくお願いします」
にこやかに話し掛けるジェスに、マーレはなお不愉快そうに視線を逸らす。
「フン、ナチュラルの取材など、議長も何をお考えなのか」
その侮蔑の愚痴にマコトは表情を顰める――コーディネイターがナチュラルに対して優越感を憶え、どこか見下すような態度を取ることがあるとは聞いていたが、このマーレという男はかなり反ナチュラル感情が強いようだ。
最も、自分はただの同行員だ。その不愉快な苛立ちをなんとか抑え込み、成り行きを見守る。
「まったく、協力してもらわないと困りますよ」
幸先が悪いことにベルナデットは不安を憶えながら、周囲を見渡し、目的の人物が見つからなかったのか、リーカに声を掛ける。
「あと…シンとステラは?」
「インパルスとセイバーのテスト中。そろそろ戻って…噂をすれば――来たよ!」
その時、上空に衝撃波にも似た轟音が轟き、リーカが指差した。マコトやジェス達もつられて顔を上げると、上空を飛ぶ5つの機影を捉えた。
ジェスは思わずカメラを構え、マコトやカスミ、カイト達もその機影を視線で追う。
「アレが…新兵器? 戦闘機なのか? てっきりMSだと思っていたが……」
やや圧倒されながら見やるジェスにマコトはその形状に眉を寄せる。確かに、5つの内3つは戦闘機のような形状を持っているが、あとの2つは何か形が変だ。まるで、MSの上半身と下半身のように見える。
「違う、アレは――」
眼を凝らして見ていたが、何かに気づき、その言葉を漏らした瞬間、上空で3機が急接近する。
(ぶつかるっ――いや、違うっ)
操作ミスかと思ったが、3機の戦闘機の内、小型戦闘機機が中心となり、翼を折り畳み、ブロック状へと変形していく。それを覆うようにレーザーラインで繋がれる2機は、包み込むように合体していく。
そして、その横を航行していた機体もまた形を変えていく――先端部分のブレードが回転し、形状を変形させていく。
刹那、マコト達の前で戦闘機は人型へと姿を変えた。
「!!?」
「MSになった!」
驚嘆するマコトやジェスの前で鉄褐色の灰色だったボディに鮮やかなカラーリングが施される。
一機は流麗な真紅にも似た赤、もう一機は白を基調としたトリコロールカラー――変形した2機はそのまま車両の間近に着地してくる。
微かな突風が舞い、眼を覆う中、2体のMSは静かに佇み、その存在を誇示する。
「アレが新型機の内の2機――ZGMF-56S:インパルスとZGMF-X23S:セイバーよ。パイロットはシン・アスカ、ステラ・ルーシェ」
ジェス達の反応に気をよくしたのか、語るベルナデットの口調もどこか自信に満ちている。
「アレが…インパルスとセイバー――平和のための兵器」
カメラを落としそうになりそうな程、呆然となるジェスは、無意識に呟いた。マコトもまた、やや見入るような視線で『平和のため』という兵器を見詰めていた。
着地したインパルスとセイバーのコックピットハッチが開放され、二人の人影が姿を見せる。降下用のワイヤーに掴まり、ゆっくりと降り立つ。
赤のパイロットスーツを纏った二人は、そのままマコト達の前に歩み寄ってくる傍ら、ヘルメットのバイザーを上げ、ヘルメットを取る。
現われたのは、黒髪と金髪を靡かせる二人の少年少女――そのギャップにまた別の意味で唖然となる。
マコトは自分と差して年齢の差がなさそうな二人が、新型機のパイロットを務めていることに驚きを隠せない。
ヘルメットを片手に、マコト達の許へ歩み寄った二人は、微かに頬を緩めて言葉を発した。
「シン・アスカです」
「ステラ・ルーシェ」
「あ、ジェスです。ジェス・リブル…よろしくお願いします」
慌てて手を差し出し、握り返す。そして、シンと呼ばれた少年はジェスの隣に佇むマコトを見やり、手を差し出した。
「よろしく」
「あ、ああ。俺はマコト、マコト・ノイアールディだ」
名を発し、手を握り返す。
この新たなる出逢いは、マコトに何を齎すのか――今のマコトには解からぬことだった。
ただ、何かが始まる…そんな予感を僅かに心に燻らせていた――――
その光景をやや離れた位置に存在する軍宿舎の一室から凝視する影―――カーテンで窓を完全に隠し、僅かに開けた隙間から入る光が、薄暗い室内に差し込む。
凝視する影は、黒髪を靡かせ、真紅と紫のオッドアイを持っていた。身に纏うのはザフトの赤服。その視線がマコト――そしてカスミに向けられる。
「アレが…01に選ばれた者。そして――『鍵』、か」
「―――そうよ」
小さく発せられた言葉に応え返す声――それに反応し、女性と思しき人影は室内に振り向く。室内には、薄暗い部屋のなかでも一際輝くような黄金の髪を弄んでいる別の影がいた。
「01に選ばれし者、マコト・ノイアールディ。そして、鍵を与えられし命―――」
謎めいた言動を続ける人影は、女性のようだった。だが、その顔を黒いバイザーで覆い隠し、その表情を窺うことはできない。
「果たしてどこまで進めるかしらね―――『堕天使』はその翼を折られた。残るは…その比翼のみ」
その言葉に反応し、赤服の女性が顔を向ける。
「あの人は?」
どこか、震える口調で問い掛けると、女性は鼻で笑うように答えた。
「心配しなくていい。ちゃんと生きてはいる――まあ、そう簡単には死なないでしょうね。目的のためには…心配しなくてもいいわよ。アレもちゃんと進行してるから」
嘲るような物言いに、女性はやや安堵に染まっていた表情を苦悶に変えた。
「やめてっ、あの人をそんな風に―あの人は、貴方の―――っ」
刹那、女性の喉に鋭い力が掛かり、女性は窓に打ち付けられた。
「うはっ」
女性の首に絡まる白い指―――瞬間移動でもしたかのごとく、一瞬で間合いを詰め、首を締め上げる女性に表情が歪む。
そんな表情を愉しむように、金髪の女性は口元を穏やかに緩める。
「勘違いしていない――セス? 貴方とあの男は所詮は死人。無様に罵られて死んだ身――それに、私にそんな口がきけるの? 私は、父様と母様の血を継いでいるのよ」
誇示し、優越を示すような口調にセスと呼ばれた女性は、表情を歪めながら口を噤むも、さらに強まる力に呼吸が苦しくなり、苦悶を漏らす。
「あっあ……―――」
「――いいな、その表情。私は貴方のそんな表情が大好きよ。でも―――」
その苦しむ様を、微笑みながら見詰めていた女性は手を離し、解放されたセスは膝をつき、激しく咳き込んだ。
「げほっげほっ」
呼吸が苦しい――苦しみながら見上げると、女性は惚然とした表情で虚空を見詰めている。
「私が本当に見たいのは、母様の顔―――そう…あの顔……―――」
まるで、愛しい者を想うような――それでいて恐怖も感じさせる表情で己に酔う。女性は踵を返し、背を向ける。
「貴方は、己の役目を果たしてさえいればいい――比翼の騎士を……葬りなさい」
小さく告げると、女性はそのまま気にも掛けずに暗闇のなかへと霧散するように消えていった。残されたセスは、ようやく呼吸が落ち着いてきたが、その表情は悔しさと怒りに染まっていた。
「分かっている―――私には、それしかないのだからっ」
吐き捨てるように毒づき、拳を握り締める―――その爪が喰い込み、微かに血が滲む。
修羅への道―――それが、セス・フォルゲーエンの選択した道なのだから………
様々な思惑が絡み合い…そして闇のなかで蠢く…………
大きな運命のうねりの前触れのごとく…………―――――――
《次回予告》
その力を示す新たなる兵器―――セカンドシリーズ。
だが、軋轢が対立を生む。
対峙する少年は己の存在をかけてその意志を示す。
それは、新たなる決意か…それとも、ただの自己満足か―――
再会するかつての戦友…語られる言葉―――
――――あの戦いは…まだ終わっていない………
運命の輪は…新たなる運命を巻き込み…途切れることはない――――――
次回、「PHASE-04 蠢く影」
信じた道、突き進め、インパルス。