機動戦士ガンダムSEED ETERNAL SPIRITS 作:MIDNIGHT
アーモリー・ワン内に発着する民間シャトル。
現在はプラントからの希望者のみの入国であるため、民間といっても限定される。観光地として訪れる傾向が強く、プラントから多くのコーディネイター達が、直に控える新型機公表を一目見ようと来訪している。そんな人々が行き交う港内に、三人の人影があった。
先頭を歩くのは濃緑の髪を靡かせ、やや野性味を感じさせる少年。顎から頬にかけて走る傷跡が異様に目立つが、気にした素振りは見せない。
「はっ、ここがアーモリー・ワンか。退屈なとこだ」
毒づくように鼻を鳴らす少年に向けて、その僅か後方を歩いていたもう一人の少年が溜め息をつき、読んでいた本を閉じる。
「まだ騒ぎは起こさないでいてほしいものですね。僕達に課せられた役目、それをお忘れなきよう」
茶色の髪を肩口で切り揃えるセミロング、そして顔に掛かる眼鏡が逆の知的な雰囲気を漂わせる。嗜められた少年は鼻を鳴らし、視線を後方へと向けるが、肝心のもう一人の姿が見えない。
「おい、あの馬鹿はどうした?」
「おや、さっきまで一緒だったんですが?」
やや上擦った口調で問うに対し、問われた方はさして冷静に答え返す。
「またか」
「やれやれ――やはり、彼女は不要だったのではないですかね」
眼鏡を持ち上げながら慇懃な言葉を漏らすと、途端胸元を掴み上げられた。
「てめえ、それ以上喋ったらその眼を抉るぞ」
鋭い眼光で射抜くが、肩を竦め、その態度に舌打ちすると乱暴に手を離す。解放された少年はやれやれとばかりに埃を払うように襟元を整える。
「心配などしなくても、すぐに見つかりますよ」
周囲をグルリと見回すと、やや離れた位置に目的の相手を発見し、緑髪の少年はやや表情を顰めて小走りに駆け寄る。
強化ガラスの前に佇み、向こう側の宇宙をぼうっと見やる一人の少女。薄い青のショートボブの髪を持ち、その瞳は宇宙を凝視している。
「おいっレア、はぐれるなって言っただろうが」
駆け寄った少年がそう嗜めるが、レアと呼ばれた少女は微動だにせず、視線を宇宙に固定しながら、ポツリと呟いた。
「宇宙――暗い……冷たい―――」
「ああ?」
「またですか。レア、いい加減にしてください。大佐から言われた命令を忘れたんですか?」
追いついた眼鏡の少年がそう漏らすと、瞬間――レアの眼が僅かに変わり、反応を示した。
「ロイの――」
「そうです。僕らの任務は、このコロニーで開発されている新型機の奪取。忘れないでください」
「命令…ロイの……命令――遂行しなきゃ」
刹那、表情が険しくなり、人形だった様子が生気を得たかのように変わり、二人は疲れ気味に溜め息を漏らす。
「まったく…実験の後遺症ですかね。本当に大丈夫でしょうか?」
「うるせえ、いざとなったら俺だけでその新型ってのを全部かっぱらってやるよ」
不安を憶える少年に吐き捨て、レアの手を取り、三人はそのまま港内を突き進む。
「ロイの命令――必ずやり遂げる」
「ええ、それが僕らの存在意義――役立たずの道具で捨てられてはたまりませんからね」
「へっ」
やや顰めっ面で鼻を鳴らしながら、三人はアーモリー・ワン内部に向かって歩みを進めていく。彼らの眼に映るのは、平和な街並み。されど、退屈な虚構の世界。
――――――エレボス・バルクルム
――――――ステュクス・ローランド
――――――レア・フェイルン
アーモリー・ワンに新たなる嵐を引き起こす者達が、静かに降り立った。
機動戦士ガンダムSEED ETERNAL SPIRITS
PHASE-04 蠢く影
時間は既に夕刻を迎え、アーモリー・ワンの空も青から朱へと投影を変えている。
煌びやかな建物のネオンが地表を照り輝かせるなか、一際大きなアーモリー・ワンのホテルのロビーに佇む二人の人影。
歩む二人の姿を確認した他の客達は,
遠回しに驚いた表情を浮かべ、すれ違う従業員の誰もが過ぎる時に歩みを止め、一礼する。そんな彼らに向けて軽く会釈するのは、キラとラクスであった。
流石に彼らの顔を知らぬ者は少ない。まして、今回はお忍びというわけではない。セカンドシリーズの公式発表の場に立ち会うためにデュランダルに正式に招待されたという形式上はなっている。
そのために、ラクスもVIPとしてこのホテルに招待されていた。
やや苦笑いを浮かべながら、広いロビー内を見渡し、目的の人物を探すが、見当たらず、二人は困惑した表情を浮かべる。
「いませんね」
「そうだね…まだ来てないのかな?」
ラクスは戸惑いながら懐から一通の便箋を取り出す。
数時間前に届けられた旧友からの手紙――今日、自分達が泊まるホテルのロビーで待つという約束というには一方的な内容。だが、そこがその相手らしいといえばそうだ。
時間も特に指定していた訳ではない。もう少し待とうかと思い、ロビーの喫茶ルームに入ろうとした瞬間、声が掛かった。
「相変わらず、有名人は辛いな」
唐突に掛かった声に二人は一瞬虚を衝かれるも、慌てて振り向くと、喫茶ルームの端でこちらに背を向けている人影が視界に入る。
シャンデリラの光が紫銀の髪を照らし、その髪をポニーテールにして椅子に腰掛ける人物がゆっくりと振り返ると、その顔は大きなバイザー型のサングラスに覆われている。
だが、口元を微かに緩めているその顔は、間違いなくキラとラクスの記憶のなかにある彼女のものだった。
「リンっ」
ラクスが声を弾ませ、駆け寄るように席に近づき、キラもその後を追う。
「久しぶりね、ラクス、キラ」
サングラスを取らず、話し掛けるリンにラクスは表情を緩ませる。
「久しぶりなのは、貴方達が連絡を寄越さないからじゃないですか」
どこか、咎めるような口調だが、それにはからかいが含まれている。ラクスとキラはそのまま向かい合うように腰を下ろし、リンと向き合う。
「本当に久しぶりだね。元気だった?」
「まあ、元気と言えばそうね――もっとも、あんた達はよく見かけるから聞くまでもないでしょうけど」
遠回しに自分達が世界で動き回っていることを指され、苦笑いを浮かべる。
「でもリン、そのサングラスは?」
「これか? 私の顔は知られているからな――余計なトラブルは避けたい」
サングラスを持ち上げながら、鼻を鳴らす。仮にもここはプラント所有のコロニーなのだ。そしてリンは先の大戦でザフト軍にも属した経験がある。戦後に身を隠したものの、顔を知る者がいないという保証もない。
余計なゴタゴタに巻き込まれるのは不本意のため、わざわざ入国時にも『ルイ・クズハ』という偽名を使ったほどだ。
肩を竦めるリンに笑みを浮かべながら、ラクスは表情を顰める。
「取り敢えず、場所を変えてもよろしいでしょうか? ここでは流石に目立ちますし」
周囲を窺うように視線を動かし、その意図を察する。ゆうまでもなく、プラントの議員であるラクスが親しげに話し掛けている人物ということで周囲からはこちらを遠回しに窺う視線がいくつもある。
下手につつかれて、余計なトラブルを誘発するのは確かにお互いに好ましくないとリンも頷き、ラクスはキラを見やると、キラが先だって先導する。
「それでは、外務次官――こちらへ」
やや硬い表情で促すキラが歩み出し、ラクスとリンも後を追う。キラは目配せで周囲から窺っていた兵士に合図すると、兵士達はやや戸惑いながら離れていく。
その様子を見やりながら、リンは内心苦笑を浮かべる。
(変わったな、キラも)
2年前はまだ甘さが抜けない子供だったが、なかなか立派に秘書をこなしている。何気ない様子で佇む兵士達がラクスに近づく自分を危険人物と疑っているのを制し、三人はそのままエレベーターに乗り込み、階を上がる。
そのまま、最上階に程近いVIPルームに入り、ようやく肩の力が抜けたとでもいうようにラクスが息を吐いた。
そして、視線をリンに向け――やや表情を苦々しく曇らせる。
「心配…していましたのよ、私やキラ―いえ……貴方とレイナ――お二人を知る方々は全て……」
曇る表情と声。先の大戦終結後、姿を消したレイナとリン――その行方を、ずっと案じていた。その数ヵ月後、『TDOD』という非合法処理者が裏世界で活動をはじめたという情報を掴んだときに、二人の選んだ道の過酷さを―――
「私と姉さんが選んだことだ。後悔はしていない――それに、私達のような存在が今のあんた達に近づくわけにはいかないでしょう」
壁に背を預け、素っ気無く伝えるリンに二人は黙り込む。
政治の世界はなにも真っ直ぐなだけでは務まらない。時には裏で汚い真似をする必要がある。レイナとリンが選んだのはその汚れた道だ。そして、自分達が選んだのは国を――国民を守るために―――ひいては世界のために―――まったく正反対な道だからこそ、並行に進むことはあっても決して交わることはない。
そして、今の自分達は立場を何よりも優先しなくてはならない。感情を優先させては、政治家としては二流になる。
「――そう、ですわね。でも、こうして今は会えている。それだけで充分かもしれませんね」
肯定するラクス。
確かにそれは理解しているが、それでもこうして実際に会えた現実は、素直に喜んでいるのも事実だ。
「あの…その、レイナは?」
今まで口を挟まなかったキラが、リンに言葉を振る。ラクスも気になったのか、真剣な面持ちで耳を傾けている。
2年前のあの時は、レイナとリンは常に一緒だった。共に戦い、背中を預け、そして共に姿を消した―――決して途切れぬ絆を持つ二人。
だからこそ、何故レイナはここにいないのか――不思議に思ったことだったが、リンはやや表情を俯かせ、サングラスの下の瞳を一瞬閉じ、思考を巡らせると――やがて静かに口を開いた。
「姉さんは、今――行方不明よ」
小さな声で囁かれたその言葉は、部屋に響き渡るように聞こえ、キラとラクスはそのあまりに予想外な内容に息を呑む。
「行方…不明?」
嘘というよりも信じられないという思いの方が強いかもしれない。
――――レイナ・クズハ――先の大戦において戦争を終結させた最功労者。そして、二人にとってかけがえのない存在。
レイナを知る二人からしてみれば、信じろというのも無理な話であった。
「それは、御自分の意思で…それとも―――」
行方不明というのは、自分から姿を消したのか。それとも――なにか別の要因があってのことなのか―――震えるような口調で問うラクスにリンは首を振る。
「分からない――でも、数日前――姿を消す直前、少し様子がおかしかった」
姿を消す直前の最後に聞いた姉の声――今考えれば、あの時にもう少し気に掛けておくべきだったのかもしれない。
姉が何に呼ばれ、そして姿を消したのか――今は分からない。
「レイナ……」
キラが苦悶を滲ませた声で呟く。
ラクスはその呟きに表情を苦くする。知っている――キラの内の葛藤を。2年経った今でも、キラの内の彼女への想いはまだ複雑なものだった。
「大丈夫よ」
「「え?」」
「姉さんは簡単には死なない――それが…姉さん自身の業なのだから」
どこか、遠い眼であさっての方向を見る。
姉は死など恐れていない。だが、それでも簡単にその道を選べない―――2年前のあの戦い――カインとの戦いで命を削り、そしてカインをその手で殺した。その刻に交わされた業の誓い――いや、呪いといってもいいかもしれない。
自身が選んだ道を進む覚悟を…どんなに惨めでも、這ってでも…生きるという選択を―――
姉のその信念を課したカインにやや嫉妬めいた感情を抱きながらも、今となってどこかでその信念を信じている。
「だから…姉さんは必ず生きている」
二人を凝視し、はっきりと告げたリンに、キラとラクスは不安げだった表情を微かに和らげる。
「そうだね」
「レイナは…あの人は強い人ですからね」
不安はまだ拭えないが、それ以上に信じている…レイナという存在を―――暫し無言が続いていたが、やがてラクスの方から切り出す。
「リン…そろそろお聞かせください。今日、ここに…このアーモリー・ワンに来た訳を―――そして…貴方達がこの2年間、何をしていたのか」
探るような視線にリンはやや眉を寄せ、キラは不可解な表情を浮かべる。
「私が知らないとでもお思いですか? シオン様を通して何かを探っていたようですが――」
「相変わらず、妙なところで鋭いわね」
肩を竦め返す。
大西洋連邦の政治家にして現ブルーコスモス盟主:シオン・ルーズベルト・シュタイン。ラクスも何度も顔を合わせ、話をしたことがある。そのシオンに問い質したのだ。レイナとリンの行方を――裏世界の情報網において、コーディネイターはナチュラルに遠く及んでいない。レイナとリンは裏の世界で生きる身――なら、一番情報を得るために接触するのは誰か…そう考えれば、候補は少なかった。
そして、シオンは先の大戦時にも接触し、一番可能性が高いと踏んだのだ。案の定、レイナとリンの二人はシオンと連絡を取り、何かの情報を得ていた。詳細は流石に秘匿のために話してはくれなかったが、それだけで充分だった。
TDODとして、裏世界で動く理由は事欠かないと思うが、それだけならそこまで情報を頻繁に欲する必要はないはずだ。
真剣な面持ちで見るラクスにリンは逡巡する。
話していいものか――この問題は、自分とレイナの二人だけで解決すべき問題だ。無論、黙秘してもいいのだが、この二人は納得しないだろうし、肝心の接触してまで探ろうとしていることが難しくなる。
仕方ないとでも言いたげに、リンは軽く一息零すと、顔を上げる。
「二人は憶えている? 2年前のあの戦いを――」
その言葉に脳裏を掠めるのは、2年前のあの戦い――滅びを齎そうとした白き使徒達との命を懸けた激戦。
「忘れるはずがないじゃないか」
「ええ…忘れようと思っても忘れられませんわ」
あの戦いを終えて残ったのは確かに満足感はあった。だが、それと同時に苦く哀しいものであったのも事実。
そんな思いを経たこそ、今の自分達はこうしている。だが、その意図が掴めずに首を傾げる二人にリンは天井を仰ぎながら、言葉を発する。
「あの戦いで、私達のきょうだいが使った天使―――アレのプラントを捜し、破壊するのが、この2年間の私達のもう一つの仕事だった」
サングラスの奥の真紅の瞳が、不気味な光を発する。
2年前のあの最後の戦い――レイナやリンのきょうだい達が投入した天使。投入した数こそ数十という規模だったが、問題はそれを何処で製造していたかだった。
ユニウスセブン内にそんな製造プラントはない。なら、どこか別の場所で造っていた可能性が高い。それを捜し、破壊するのが、レイナとリンの『後始末』だった。
その時になって初めてキラとラクスも、その疑問にぶつかった。息を呑む二人にリンは続ける。
「連中があれだけの数をどこで造っていたのか、まだ分からないままよ」
この2年間――月や廃棄コロニー、果ては地球の企業の裏工場など、いくつもの疑わしい場所を探ってみたが、未だにプラントらしきものは見つかっていない。
仮に、もう破壊されてしまったとしても何らかの痕跡が残るはずだ。それさえも出てこないというのは、余程巧妙に隠されていると見るべきだろう。
全てがデータで管理される今、過去の情報も全て正しいとは言えないのが実情だ。そして―――仮にもし、その存在自体を隠蔽している者がいるとしたら。
「リン――何が言いたいんですか?」
煮え切らないリンの態度にラクスは思わず口調を荒げる。
「はっきりとした確証はないけど、これだけは言える―――」
顔を上げるリンは、静かに――そして、低い声で呟いた。
―――――あの戦いは…まだ、終わっていない。
汗を流すキラとラクス。
そしてリンもまた、サングラスの奥に眼光を隠し、口を噤んだ。
いつの間にか、夕暮れは終わりを迎え、アーモリー・ワンには雨が降り注いでいた。夜の闇をヒタヒタと告げるかのごとく、雷鳴が轟き、室内を包む。
翌朝―――再び真っ青な青空が拡がるアーモリー・ワン内部の中央演習場。
広大な演習場には、様々な演習フィールドが設置されている。その一画――ひらけた場所では、5機のMSがその姿を現わしていた。
緑の装甲を輝かせる一体のMAに近い機影が空中を飛ぶ。刹那、空中で身体を変形させ、ホバー形態から人型へと姿を変える。
被さっていたリフターが後退し、折り曲がっていたボディが垂直に伸び、脚部の爪が収納され、脚部が伸びる。両腕が起動し、その手にはライフルとシールドが握られる。リフターの後から出現した人型の頭部が180度回転する。
――――ZGMF-X24S:カオス
緑色の装甲を映えさせ、地上へと着地すると同時にライフルを構え、演習場に設置された的に向かってトリガーを引く。
放たれたビームが的を一撃で粉砕し、次の瞬間――空中に出現した的目掛けて、反射するようにトリガーを引いた。放たれた一撃が寸分の狂いもなく的を破壊し、カオスはその場に佇む。
だが、やや離れた位置の湖に面した水面から水飛沫が起こり、そちらに振り向くと、水中から貝のような水色の物体が飛び出してくる。丸みを帯びた機影が旋回した瞬間、流れるように貝が割れ、裂けた隙間から飛び出す腕と脚――そして、人型の頭部が顔を出し、その瞳を光らせた瞬間、両手に槍のような武器を構え、一気に駆け出す。
その先には、連合のダガーを模したハリボテ――それに目掛けて槍を振り薙ぎ、ハリボテを一閃する。上下に分かれたハリボテの上半身が無造作に大地に沈む。
――――ZGMF-X31S:アビス
それを一瞥し、顔を上げるアビスのフェイスマスクから微かな気圧が漏れる。
場所を変え、拡がった空間を駆ける一体の黒い機影。四肢を使い大地を疾走する黒き獣。駆ける獣に向かって大地からせり上がった機銃が銃口を向ける。
銃口より発射される銃弾が真っ直ぐに獣に放たれるも、獣はそれらの弾丸の嵐のなかを怯むことなく突進する。だが、銃弾はほぼ全てがその機影を捉えることなく過ぎる。俊敏な動きながら、装甲を掠める銃弾は弾かれ、傷をつけるに至らない。
やがて銃弾のなかを突っ切った機影は鋭く飛び上がり、上空でその姿を変える。機体全体が変形し、次の瞬間、黒き獣は一体のMSへと姿を変える。
――――ZGMF-X88S:ガイア
大地に激しい衝撃と煙を噴き上げながら降り立つガイア。そのガイアに掛かる影――ガイアが顔を上げると、空中を舞う真紅の戦闘機。
アーモリー・ワンの空を弧を描きながら飛行する戦闘機は地上に向けて急降下し、激突寸前で機首を持ち上げ、低空飛行する。
そして、再び機首を空中に向けて飛び上がり、上昇するなかで機体を変形させていく。機首が起ち上がり、背面へと回る。ボディが変形し、突き出すように出現する腕と脚。
頭部がせり上がり、アンテナが左右に拡がり、ツインアイに光が灯る。
――――ZGMF-X23S:セイバー
空中で変形したセイバーがライフルを構え、静止する。その横を過ぎる機影。バーニアを噴かし、空中を飛行する白い機体。
――――ZGMF-56S:インパルス
バックパックの大型スラスターが刹那、ドッキング解除され、離脱する。インパルスの装甲が白から灰色へと変色する。α装備:フォースシルエットに代わり、飛来する別のシルエット。
誘導ブロックが外れ、真っ直ぐにインパルスに向かうパーツ――インパルスのバックパックから誘導ビームが伸び、それがシルエットを引き寄せる。
ドッキングし、インパルスに緑を基調としたカラーリングが施される。γ装備:ブラストシルエットの主武装:M2000Fケルベロス高エネルギー長射程ビーム砲を両脇に構える。降下と同時にトリガーを引き、放たれるビームが何重にもなった鉄の壁に突き刺さる。
その熱量によって融け落ち、ポッカリと穴があき、その直前に着地するインパルスのバックパックからブラストシルエットが外れ、再び飛来したシルエットが新たなシルエットを発射する。
巨大な二刀の剣が備わったβ装備:ソードシルエットがインパルスにドッキングし、インパルスの上半身装甲が赤へと変貌する。加速するインパルスは背中から対艦刀:MMI-710エクスカリバーを抜き、中央で合体させ、二連装エクスカリバーを振り上げる。
真っ直ぐ袈裟懸けに振り下ろされた一撃は設置されたMSのボディ装甲を紙のように斬り飛ばす。飛ばされた破片はそのまま演習場を見渡せる管制塔の近くへと落ちる。
『衝撃』・『剣聖』・『混沌』・『大地』・『深淵』の名を冠せし5体のMSは悠然とその場に佇む。
管制塔のすぐ傍でMS用の大型カメラを構えて佇む一体のMS。アストレイ・アウトフレームのコックピットでは、ジェスが興奮した面持ちでその演習を撮影していた。
モニター越しのレンズに映る5体の威容に思わず息を呑む。
「すげえ…これが、セカンドシリーズ――」
同じく、管制塔のモニタリング室では、オペレーター達が演習データを収集し、その中心にはベルナデットとカイト、そしてマコトとカスミもまた強化ガラス越しに演習場に佇む5体のセカンドシリーズを凝視している。
「ジェス、どうかしらね?」
ベルナデットがモニター越しにジェスに問い掛けると、ジェスは興奮冷めやまぬ様子で声を弾ませる。
《すげえ! すげえよベル、こいつら!》
夢中でカメラを回すジェスにベルナデットもどこか満足気だ。だが、傍から見ていたカイトは興味なさ気にあさってを見やっている。
その態度にマコトは苦笑を浮かべながら、モニターのなかで佇む5体に視線を向ける。
(流石、ザフトの最新機だけある。あの複雑な変形システムに換装システムもザクより強化されてるな)
技術者としての眼でセカンドシリーズとしての機体を自己評価する。機体の反応に機能、そして複雑な変形機構と、どれをとっても高い完成度を誇っている。
それらの機構をどうにか利用できないかと頭が考える。無論、詳細は絶対に閲覧させてはくれないだろうから、あくまで外面から解かる推測だけだが、本来なら、国家機密に属する軍事兵器をこれ程間近で見れることにマコトは改めてマティアスに感謝の念を送った。
「各機、テスト項目終了しました」
「分かりました。ジェス、貴方も戻って」
5機が演習を終え、それぞれ格納庫に戻るなか、ジェスも後を追うようにアウトフレームを動かし、その様子にカイトはやれやれと溜め息をつき、マコトも後を追った。
その頃――アーモリー・ワンの繁華街。人通りはまばらだが、それでもメインストリート脇に立ち並ぶいくつものショッピングセンターなどでウインドウショッピングを楽しむ市民達。
そんななかに混じって歩むカスミ――静かな足取りで歩くカスミは、横を過ぎる者達を気にも留めることなくゆっくりと視線を動かし、ショッピングセンターや時には天を見上げ、上に見えるコロニーの内壁、そして行き交う人々を一瞥する。
既にこのアーモリー・ワンに寄港して数日。マコトはジェスらとともにセカンドシリーズの演習に見入っている。せっかく正式公開前に拝めるのだ、見逃す手はないだろう。
カスミはその間、付き合わせるのもなんだと思い、アーモリー・ワン内でのショッピングでもさせてやろうと思い、送り出した。
一人で行かせることに不安を感じもしたが、カスミは特に異論も挟まなかったので、カスミはそのまま一人街並みのなかを歩く。
特に興味を示すものもなく、ただ淡々と歩いていたが、不意に――ショーウィンドウのガラスに映る自分の顔が視界に入り、歩みを止める。
薄っすらとガラスに映る自身の顔――その金色の瞳が、自分を映している。その瞳の奥のそのまた奥に…永遠に続くかのごとく――――
暫し佇んでいたが、やがて視線を落とし、興味を失ったように歩き出そうと前を向いた瞬間、鈍い衝撃が身体を襲い、カスミの身体は後ろへと倒れた。
尻餅をつき、座り込むカスミ。その前には、同じように尻餅をついている少女がいた。
「いたた、ゴメンね。ボウっとしちゃってて」
茶色の髪を三つ編みのおさげにしている少女が、打ちつけた場所をさすりながら慌てて身を起こし、カスミに駆け寄る。
「ホントゴメン…本に夢中になっちゃってて」
苦笑いを浮かべながら手を取る少女にカスミは視線を落とすと、すぐ傍に落ちている本が眼に入る。どうやら、この少女が本を立ち読みしながら歩き、カスミに気づかなかったらしい。まあ、カスミも前方を確認せずに振り向いたのだが――身を起こすと、少女が不安げな視線で覗き込む。
「怪我とかしてない?」
「問題ない」
淡白に答え返すカスミに、少女はやや表情を引き攣らせる。
どうにも見た目とのギャップが激しい口調だったからだ。引き攣った笑みを浮かべていたが、なにかを思いついたのか、ポンと手を叩いた。
「そうだ、お詫びになにか奢るね」
笑顔で告げる少女にカスミは無言のまま首を傾げる。
「奢る?」
「そう、いこっ」
手を引っ張る少女にされるままに、カスミは歩み出す。
「あ、忘れてた―私マユ、マユ・アスカ。貴方は?」
歩きながらこちらを振り向き、名を告げるマユに、カスミは一瞬思考を巡らせ――不意に、脳裏をマコトとの会話が過ぎり、口を開いた。
「カス…ミ――」
震えるような口調で――消え入りそうな程か細い声だった。
だが、マユは気にした様子を見せず、カスミの名を聞くと同時に歩く速度を速め――カスミは自分の今発した言葉を内に反芻させていた。
演習場の端に設けられた格納庫では、演習を終えたセカンドシリーズ5機がディアクティブモードでハンガーに固定され、整備を受けている。
インパルスは上半身と下半身を分離させ、コックピット付近では整備班がパイロットからの報告を聞き、レポートに纏めている。
その様を見上げるように足元で佇むジェスやカイト、マコトらとステラ、コートニー、リーカらがいた。
「ステラ、セイバーの方はどう?」
「反応に問題はない。でも、変形時にかかる負担が大きいからパーツの損耗率は大きい」
リーカの問い掛けに、ステラは表情を変えずに答え返す。
「そっか」
「セイバーって高速機動を主眼にしてる機体だもんな。高速飛行時に変形したらその分負担が掛かるのも大きくなるし、メンテする方は大変だな」
ステラの言葉を聞きながら、マコトも漏らす。
MSというのは精密機械の塊だ。それこそ、間接パーツにしても通常に動くだけで磨り減り、それが続けば反応は鈍くなる。セイバーやカオスは、高速飛行戦闘とそれに応じた柔軟な空中戦闘用に変形機構を導入されているが、変形というのは通常ではあり得ない方向に間接を曲げるため、その分の負担が大きくパーツに掛かる。
故に、通常のMSよりも細かなメンテ作業が必要になる。
「ああ。それにセイバーとカオスの2機とも、大気圏内での運用を前提にしているからな。地上ではその作業も大きく左右する」
マコトの批評に相槌を打つのは、同じくカオスのテストを務めるコートニーだ。宇宙空間でさえパーツの磨耗が激しいのに、それが空気抵抗のある地上ともなれば、よりシビアな整備が必要とされるだろう。
連合も初期機で開発したX300系統の機体を、先の大戦後期には僅かに量産したようだが、結局は特殊なメンテナンスや運用の限定なども手伝い、今では量産機種は連合のなかではほとんど運用されていないようだ。
「けど、インパルスってのはホント独特のシステムを積んでいるな?」
「今までない発想だよな、合体機構を導入した機体なんて」
ジェスはカメラを撮りながらぼやき、マコトもそれに相槌を打つ。
確かに、変形機構自体は前大戦から既に実用化され、それが量産に適した形にまで完成しているのに対し、機体そのものをいくつものパーツから合体させるというのはなかなか浮かばない発想だろう。元々、MS自体が人間を大きくしたようなイメージがあるだけに違和感が拭えないのかもしれないが。
「それはそうよ、なんてたってザフトの未来をかけた機体だからね!」
力説するリーカに感心したように答え返す。
「でも、私の理想としては、もっとバリバリに武装した機体がいいかな。全身にミサイルを装備してぇ、敵の艦隊の真ん中で一斉射撃するの。気持ちいいと思わない?」
眼を輝かせながら話すリーカに、ジェスは表情を引き攣らせる。
「さあ、どうかな……」
どう答えていいものやら――マコトもその光景を脳裏に浮かべ、同じように表情を渋くする。
確かに、爽快感はあるかもしれないが、問題はどうやってその重武装の機体で艦隊の真ん中まで到達するかだ。護衛を付けたとしても、下手に着弾して誘爆でも起こせば、友軍ごとお陀仏だ。
だが、リーカにそれを伝えるのは何か気が引け、表情を引き攣らせるだけだった。
「ところで、合体システムのメリットをもう少し教えてくれないか?」
「え? それは…――」
唐突に振られた話題にリーカは言葉を詰まらせ、視線が泳ぎ――やがて、隣のコートニーに向けられる。
「それはコートニーが説明するわ。彼は技術畑出身だから」
どこか焦ったような口調で喋るリーカに、話を振られたコートニーは眼を微かに丸くする。どうやら、リーカはテストパイロットとしてはともかくそれ以外は不真面目という新たな一面が解かり、問い掛けたジェスやマコトもどう答えていいか分からずに乾いた笑みを浮かべるので精一杯だった。
「設計者の真意は分からないが、俺独自の解釈でよければ話そう」
小さく溜め息を吐いた後、コートニーはそう告げる。確かに前大戦時や戦後数年はヴェルヌ開発局に身を置き、新型試作機の開発やテストパイロットに携わっていたが、ここ最近は専ら試作機のテストパイロットが多くなり、コートニーは技術的な分野から疎遠になっていた。
無論、セカンドシリーズの直接的な開発スタッフとして加わっていたわけでもないため、どういう意図でインパルスが製作されたかは詳しく知らない。だが、元々技術者としての眼からコートニーは独自の考察を立てていた。
「旧大戦において数多くのMSがザフト、連合を問わず戦場に投入されたのは既に周知の事実だろう」
前置きのように語り出すコートニーに、一同は無意識に首を振る。
開戦と同時に姿を現わし、それまでの兵器的概念を崩したMS。ザフト、連合共に多くの機種が戦争に投入され、なかには試作機や高性能ワンオフ機といった未確認機種も数多く投入された。その数は正式には把握できていないが、数十以上の機種があるとまで言われている。
「そのなかでも一部のエースの存在が、戦局を左右した実例も少なくない」
多くのMSが投入されたなかで、戦場を次に左右したのはエースパイロットの存在だった。ザフトや連合において彼らは二つ名を持ち、また無名ながらも飛び抜けた技量を持つパイロット達の存在は味方の士気を上げ、数人分の働きをこなし、場合によっては戦局に大きく影響を与えた。
「この考えを推し進めると、どんな戦局に対しても対応できる機体を一機開発すれば、一人のエースのみで戦いを勝ち抜くことも可能となるわけだ」
「そんなことが…」
「バカな、夢物語だ」
あまりのスケールにジェスは呆然となり、カイトは非現実的な考え方に毒づく。
「確かに、考え方は間違っちゃいないけど、極端すぎだよな」
マコトもややその考えには難色を示す。
戦時下において『英雄』と呼ばれる存在が現われた時に問われる言葉がある。
―――――たった一人で戦局を変えることができるか?
その問いの答えは『NO』だ。
戦争は個人でやるものではない。集団による多極的なものだ。英雄が強いなら無視すればいい。英雄が強いなら無理に戦う必要はない。
英雄以外の敵を倒せばいい。後方を叩けばいい。
確かに英雄―――この場合は新型機とエースパイロットだろう。それらの存在は戦争をやる上で決して消えない要素だろう。必ず一人は現われる。だからといってその一人だけで戦いに勝てるなど誰が信じるだろうか。
パイロットは機械ではない。当然疲労がくる。機体が無限に戦えられるか? 動き続ければ電子機器が熱を帯び、システムがフリーズする。たった一人と一機の新型機で戦局が変えられるなら、苦労して多くの兵士を教育し、扱いやすい量産機種を造る必要などない。
どんな戦いだろうと、最終的に勝負を決するのは圧倒的な物量だ。現に、先の大戦末期にはMSの量産に成功した連合に快挙を続けていたザフトは追い込まれた程だ。
質を高めるというザフトの戦略は最終的には瓦解したと言っても過言ではない。だが、その考えを更に推し進めようとするのは、流石に利巧とはいえない。
コートニーも同意見なのか、否定しようとはしない。
「確かに現実には簡単ではない。だが、そのテストベースとしてX56S:インパルスは試作されたのだろう」
ザフトの技術陣とてそれが夢物語であることは重々承知しているだろうが、それでも汎用性に優れた良機を開発するのは当然のことだ。
現に、先の戦争後期に開発されたEXナンバーは、その『たった一機で戦局を変える』というコンセプトを基に採算度外視で当時の最新技術を投入して開発された。その開発された2機のEXナンバーは開発後奪取されたものの、敵側での運用で開発陣の考えを裏付ける程のデータを弾き出していた。ならば、とその究極の機体という途方も無いプロジェクトに乗り出したのだろう。
その為に考案されたのが、先の大戦後期に開発されたユニットモジュールによる機体構成システム。
「X11AⅡ:リジェネレイト、そして雛形試験機、ZGMF-X101S:ザクスプレンダーのデータを基にコアブロックたるパイロットの搭乗したコアスプレンダーが中心となり、戦局に対応したチェスト、レッグ――そして銃や盾、合体するウエポン群が設計された」
連合軍から奪取したX300系統の機体フレームを基に、前大戦後期に開発されたX11AⅡのリジェネレイトは、コアブロックをバックパックに設置し、人型部分となるMSをいくつものパーツから構成し、戦闘時における機体破損による後退ロスを避ける方法が実施されたが、そのあまりに非効率性から同時期に開発されたX11AⅠ:スペリオルの変形機構が今日のX20系統に受け継がれている。
だが、技術陣はこのモジュールシステムによる機体構築システムを再設計し、その試験機としてZGMF-1000モデルに組み込んだ。ZGMF-X101S:ザクスプレンダーというコードネームを付けられた機体がパイロット脱出用のコアブロックとしてコアスプレンダーを設計し、ザクの上半身と下半身からなる3分離合体による試験機動が行われた。
「けど、上層部の受けはよくなかったよね」
リーカがやや眉を寄せて口を挟む。
ザクスプレンダーに搭載されたコアスプレンダーの性能は現在のインパルスに比べ、圧倒的に性能の落ちるデータしか検証されなかった。元々、パイロットの緊急脱出装置としての実証テストであったのだから仕方ないかもしれないが、このシステムは軍上層部には受けはよくなかったものの、結果的にインパルスに組み込まれ、現在の形に仕上がっている。
「その辺りの事情は知らないが、結果としてインパルスという機体がこの形に仕上がったのは事実だ」
その後、コアスプレンダーに単体での離脱戦闘にも耐えるように装甲材、及び防御兵装が組み込まれ、上半身、下半身というザクスプレンダーのテスト結果から最適な飛行形態を設計し、上半身部分にMS構成時における戦闘用にビームライフルとシールドを装着し、下半身もより航行に適した形になった。
そして、ZGMF-1000モデルに採用されたウィザードシステムを参考に装備換装による汎用機として、空中戦闘用のα/フォースシルエット、近接戦闘用のβ/ソードシルエット、長距離・広域戦闘用のγ/ブラストユニットという連合のX105:ストライクを模した3つの装備が設計された。
「そして、それらのパーツ全てを補完、運用、射出等のサポートを行い、尚且つエネルギー供給まで可能とする母艦ミネルバ。これらが全て揃うことにより、『インパルス・システム』と呼ばれるある意味理想の兵器となる」
インパルスを構成する機体パーツの予備ストックを運用、管理するための専用設備が設けられた母艦。さらにはNJCの軍事運用の制限により、対外アプローチを込めて核エネルギーに代わる新機軸駆動システムとして考案されたのが、先の大戦で一部の戦局で試験的に導入された外部からのエネルギー供給システムであった。機体にエネルギー受信のための端末を装着し、母艦から発射される送電システムによる、瞬時にエネルギーを充電できる新型供給システム:デュートリオン。
これにより、機体が破損・エネルギー切れといったマイナス要素に対し、円滑に対応が可能となる。この兵器ネットワークシステムを、開発陣は『インパルス・システム』と呼称した。
【実に興味深い】
ジェスの足元に置かれた携帯型量子自立コンピューターである8が、電子音を発しながら感心したような文字を表示する。
「でしょでしょ」
リーカは満足気にしゃがみ込み、8の本体をつつく。
「でも、それを聞く限りはまるでインパルスだけが開発の要って気がするけど、あとの4機はどういった目的で製造を?」
コートニーの説明を聞く限り、インパルスというコードネームを与えられた機体は、かなりの期待と威信を込められたもののように聞こえる。見方を変えれば、インパルス一機に掛けているコストと機体特性があまりに大きすぎるのだ。
新型機を開発するには途方もない予算が必要になる。それが究極という目的のものなら尚更だ。ならば、他の4機はそれぞれ局地戦に特化した機能を持たせている。ただの局地戦機なら既存の量産機種の応用で事足りるはずだ。
「X23S:セイバー、X24S:カオス、X33S:アビス、X88S:ガイア。これら4機も元々はインパルス・システムのための機体だった。当初はコアスプレンダーと同等の分離式コックピットを内蔵する計画があった」
セカンドシリーズの開発計画が持ち上がった当初は、変形システムによる汎用型量産機種の開発であった。前大戦主力であったジンは確かに高い汎用性を示した名機ではあったが、地上進攻を開始したことでその汎用性にも限界があったことを示された。空戦ではディン、海戦ではグーンやゾノ、砂漠戦ではバクゥというようにそれぞれの局地戦で実験機は多少導入されたものの、どうしても専用機としてのアビリティは劣っていた。
だが、その局地戦機もその戦場に合わせて開発された特化機であるために汎用性は低い。
そこで考案されたのが、変形機構を備えた機体の開発であった。特殊地形に対応できる機構とオールラウンドに対応できる機構を使用できる能力を備え、それぞれ空戦、海戦、地上戦に応じて開発されたのが、セイバー、カオス、アビス、ガイアの4機であった。
そして、その開発過程でコアスプレンダーというコアブロックシステムが、セカンドシリーズに採用されたことで当初の変形機構を持つ4機にもコアブロックを内蔵した合体システムを搭載した機体へと再設計が試みられた。
もしそのまま4機の再設計が完成したなら、それぞれのパーツも交換し、多種な戦闘に少数の人員で柔軟に対応できるはずだっただろう。
だが、結果としてそのシステムは完成をみることは無かった。
「ただ、分離システムだと海や砂漠などの局地の対応がうまくいかなかったんじゃないかしら。今は特殊地形では他の機体がインパルスをサポートする形ね」
ただでさえ複雑な変形機構に分離システムまで組み込むのは、機体のハード容量が足りなかったということだろう。おまけにそれらのシステムをサポートするためのプログラムがより複雑化し、とてもではないが実用化できるような代物ではなかった。
最終的にコアスプレンダーはインパルスのみに搭載され、他の4機は初期開発通りの変形機構を備えた機体としてロールアウトした。だが、インパルスもまだまだ試行錯誤段階の機体であるために開発陣が提唱する『インパルス・システム』の証明には、まだまだ不確定要素が取り除けず、結果として他の4機がインパルス用に開発されたシルエットによって補えない地形でのサポートを受け持つという形になった。
現在は、ミネルバを母艦に汎用性の高いインパルスが主戦闘を含めたオールラウンダーをこなし、地上戦をガイア、海戦をアビス、空戦をセイバー、カオス。そして5機のサポートとしてザクタイプ3機がそれぞれ就くという形での就航となっている。
実質、セカンドシリーズの主軸はこのインパルス一機を運用させるためのものと捉えていいだろう。
「じゃあ、これから実戦データを収集していくのか?」
「ええ。今後、開発が進めば、インパルスにカオスやガイア、4機の機能が組み込まれるかもしれないわ」
「へぇ~戦艦まで含めたシステムか……」
「究極の目標では戦艦も不要だ。シルエットなどのパーツはドラグーンで制御し、武器とパワーはパイロットの好きな時に呼び出せるようになる可能性もある」
4機のそれぞれの特性を活かしたシルエット。セイバーのフライングスラスターとメガランチャーがインパルスにドッキングし、機体を赤に染め、飛翔するセイバーシルエット。カオスのドラグーンを応用したオールレンジ攻撃を可能とするカオスシルエット。下半身が変形し、大地を4脚で疾走し、駆け抜けるガイアシルエット。海戦を可能とするスクリューモーターや魚雷管を装備したアビスシルエット。そしてそれらを戦艦からではなく、パイロットの脳波により、離れた位置からでも自由に呼び出せるネットワークシステム:ドラグーンを応用したドラグーンフライヤーにより、各種シルエット兼パワーパックを状況に応じて換装できる。
それらの光景が脳裏に浮かび、ジェスは眼を輝かせる。
「凄いな~」
確かに、たった一機であらゆる戦局に対応できる理想の究極兵器としての姿に見えることだろう。
だが、現実はそんな理想通りにいくような甘いものではない。その事を熟知しているカイトは、苛立たしげに吐き捨てた。
「くだらんっ、そんな夢のような話はありえん!」
唐突に上げた怒声に思わず全員の視線が集中するが、カイトは気にも留めず鼻を鳴らす。
「そもそも終戦条約で保有戦力に制限をかけられたことへの苦肉の策だろうが」
先に大戦終結時に交わされた条約のなかで、各国の保有戦力の透明化が義務づけられた。それに伴い、軍事力も制限されたものへとなり、今までのように各地形に特化した専用量産機を大量生産し、保持することが難しくなったのだ。
無論、それもどの程度まで守られるかは、各国の裁量に委ねられているため、裏で戦力を隠していても不思議ではない。だが、それでも対外的なアプローチがある。そのために表立って大量生産による軍事力拡大は難しくなった。
そこでザフトも先の大戦で連合の開発したX105:ストライクの武装換装による汎用性に着目し、ニューミレニアムシリーズに採用した。
そして、このインパルスの開発目標もそうした政治的背景が絡んでいると睨むカイトの着眼もあながち的外れとはいえなかった。
「ああ、今はな」
コートニーも苦笑を浮かべ、肩を竦める。あくまでそれらもまだ机上の段階でしかない。実際にそれだけの機能をたった一機のMSに持たせるとなると想像もできない程難解なプログラムが必要になるうえ、それを扱うパイロットが極端に限られるなど、現時点ではデメリットしかない。
「まだ実証試験中。開発プランも日に日に変わってるってシンが言ってた」
インパルスのコックピットを見上げながら、ステラが静かに囁く。
「そりゃな」
マコトも相槌を打ちながら、機体を見上げる。
試験機というのはあくまで新機能のテストのためにある。それらが行き詰れば、費用も時間も限られている開発陣は路線を変更せざるをえないだろう。
再びそっぽを向くカイトにジェスは溜め息を零しながら、コートニーとリーカを見やる。
「そう言えば、まだアビスのマーレさんに取材してなかったっけ。マーレさんは?」
既にセカンドシリーズ5機のうち、4機のパイロットの取材は終わっていたが、最後の一人であるマーレだけが取材を拒否するように起動テストが終わる同時にいつも姿を消していた。
「彼は普段から別行動が多い」
「なんかあの人、俺らを随分嫌ってるみたいだけど」
マーレとはまだ数えるほどしか会ったことがないが、それでも好意的ではないのはその態度から明白だった。
決して言葉を交わそうとせず、まるでこちらが居ることなど無視し、敵意にも近い視線を浴びせてくる。正直、好意的にはなれない。
「ナチュラル嫌いだからね、彼」
リーカが苦い表情でそう評し、ジェスとマコトは首を傾げる。
「マーレは以前、地球の水中部隊に所属していたときに、白鯨っていう凄いパイロットに苦しめられたことがあるんですって。この話は彼の前では禁句だけどね」
小さく舌を出し、口元で指を立てるリーカ。
マーレは前大戦中、ジブラルタル基地の水中部隊に属していたが、大戦後期に発動した連合軍のジブラルタル攻略戦に投入された水中MS部隊と激突し、白鯨という連合軍のパイロットに敗れ、重症を負った。それが彼のなかで決して拭える屈辱となり、その白鯨というパイロットを強く敵視するようになり、またそれが飛躍し、ナチュラル全てを嫌悪するまでに至った。
傍から見れば迷惑だが、一概にそれだけが理由でもない。
「それに、自分がテストパイロットなのも気に入らないみたいなの」
「え? どうしてだい?」
「私達のなかでは、シンとステラだけが正式パイロットで、私達はテストパイロットなの」
新型機の試験を任せられたのは確かに喜ばしいことだが、彼らは所詮、裏方。表では目立たぬ存在。それがマーレは気に喰わなかったのだろう。
「マーレは、本当はインパルスのパイロットになりたかったらしいの」
インパルスを見上げながら呟くリーカに、全員の視線がインパルスに向けられる。セカンドシリーズのなかでも花形に近い位置づけにあるインパルス。考えようによっては現ザフトのなかでも最高に近い栄誉だろう。それを、事もあろうに年下の、オーブからの移民であるシンに奪われたのだ。
しかも正式パイロットであり、対し自分はテストパイロットという地位に甘んじ、マーレはシンをライバル視していた。
「だが、これでいい。マーレは水中戦を熟知している。アビスのテストを任せられるほどの人材は彼以外にはいないだろう」
黙っていたコートニーは静かに囁く。
ザフトのなかで水中戦に秀でたパイロットは少ない。そのほとんどが前大戦時のジブラルタル、カーペンタリア攻略戦でMIAとなったからだ。
故に、帰還した兵士のなかで水中戦経験に秀でていたのはマーレ以外にはなく、適材適所というものだったのだろう。
「それに、インパルスの件は議長がお決めになったことだ。議長の判断に間違いはないだろう」
「うーん、そうね。それに、ラクス様も推薦したっていうし」
確かにマーレの個人的確執が気にはなるものの、それを決定したのがプラントの最高権力者である以上、簡単には覆りはしないだろうし、何かの確信があってのことだろう。
「俺も、あいつが一番相応しいと思うぜ」
マコトも相槌を打つ。
そんな様子に退屈気に肩を竦め、去ろうとするカイトにジェスが思わず喰って掛かるように問い掛ける。
「さっきからどうしたんだよ、カイト?」
「なんでもねえよ、ここでの缶詰生活に飽きてきただけさ」
どうにも横柄な態度にジェスは苦笑を浮かべる。
「しょうがないだろ、極秘新兵器の取材なんだから。プラント政府の許可が出るまでの辛抱さ」
「いつになることやら――このままじゃ身体がなまっちまう。MSに乗って憂さ晴らしでもしたいぜ」
最後まで毒づきながら、施設を後にするカイトにジェスは表情を苦くしたままだ。
「彼、相当フラストレーション溜まってるわね」
「ああ。こういうのは性に合わないみたいだからさ」
小声で問い掛けるリーカにジェスも頭を振る。元々はマティアスが雇った護衛だ。自分はこういった事に興味が尽きないが、カイトはMS乗りだ。こういったものはあまりに日常離れし過ぎて退屈なのだろう。
その時、入れ替わりに数人のザフト兵が施設に入ってきた。
「ヤッホー、ステラ、リーカ」
赤髪のショートカットを靡かせる活発そうな少女が手を振り、それに気づいたリーカが手を振り返す。
「ルナ、メイリンにレイも」
つられて視線を向けると、ステラやリーカと同じ赤服を着込んだ赤髪の少女と金髪の少年、そして緑服を着込み、ツインテールに髪を束ねている少女がゆっくりと歩み寄ってきた。
「リーカ、彼らは?」
「あ、紹介まだだったわね。彼らはシンやステラと同じミネルバに正式配属の子達よ」
視線で促すと、赤髪の少女が勢いよく答え返す。
「初めまして、私ルナマリア・ホークって言います」
ショートカットの活発そうな雰囲気を体現するように手を頭に当てて挨拶する赤服を纏った少女。
「メイリン・ホークです。オペレーターでお姉ちゃんの妹になります」
同じ赤い髪を両サイドでツインテールに束ね、控えめの挨拶をする緑服の少女。
「レイ・ザ・バレルだ」
金髪を肩口で切り揃え、無表情で静かに告げる赤服の少年。
それぞれの性格を表わすように三者三様の返事を返す3人。
ルナマリアとレイはミネルバ配備のザクのパイロットとして、メイリンはオペレーターとしてミネルバ艦橋に配属となっている。
「俺はジェス・リブル。この度、取材のためにアーモリー・ワンに来たジャーナリストです」
笑みを浮かべて応じるジェスに、ルナマリアが眼を輝かせる。
「えー、じゃあ貴方、カメラマン? だったら是非私のこと記事にしてね。ミネルバのエースパイロット、ルナマリアさんを」
「射撃はイマイチだけど」
胸を張り、自信気に答えるルナマリアだったが、さり気に呟かれた言葉に表情を僅かに引き攣らせ、その声を発した主へと視線を向ける。
「なーんか言ったかな~ステラちゃ~ん?」
顔は笑っているが、眼が笑っていない表情で見やるルナマリアにステラはそっぽを向いたまま囁いた。
「別に――独り言」
歯軋りするように癇癪を起こすルナマリアに呆気に取られる一同。
「あの、この二人仲悪いんですか?」
マコトは思わず小声でメイリンとレイに問い掛けると、メイリンは乾いた笑みを浮かべ、答え返す。
「あ、その――普段はそんなことないんですけど」
言葉がさ迷う。確かに犬猿の仲とまでは言わないが、二人の間にあるのは、言うなればライバル意識。
同じミネルバに正式配属パイロットであるものの、ステラはセカンドシリーズの一機を任されているが、ルナマリアはザクであった。故に、パイロットとしての技量はどちらが上かと問われれば――年下で、おまけに同じ部隊に配属になった頃は先輩後輩の間柄ながら、既に赤服を着ていたステラにルナマリアは過剰なライバル意識を持ち、またステラも無邪気に相手の弱点を衝くものだから、直情的なルナマリアはその度に喰って掛かるという光景が既にお馴染みになっていた。
「気にするな。いつものことだ」
既に慣れているのか、レイが淡白にそう答えると、マコトは未だ乾いた笑みを浮かべているメイリンに向けてやや同情するように呟いた。
「心中、お察しします」
「あはは…どうも、ありがとうございます」
不快でもなく、深々と頭を下げるメイリンは小さく溜め息を零した。
「ちょっと、レイにメイリンも! それどーいう意味よっ」
今のやり取りを聞いていたのか、ルナマリアが怒りの形相で怒鳴るが、レイは涼しい顔で応じる。
「現実を言ったまでだ」
「何ですって~!」
喚くルナマリアにレイは正反対の態度で聞き流し、それらが暫く続いていたが、掛けられた声で呆然となっていたマコトらは我に返った。
「お待たせ、チェック終了って――またか」
インパルスの整備を終えたシンがラダーを使って降り立ち、視界に飛び込んできたいつもの光景に軽く溜め息を零した後、気にした様子も見せずに一瞥する。
シンにとっても既にお馴染みの光景のようだった。そんなシンに声を掛けるのは逸早く抜け出したステラだった。
「シン、お疲れ様」
「ああ、サンキュステラ」
「シン、インパルスはどう?」
ステラの背中から覗き込むリーカに、シンは軍服の胸元をやや崩しながら答え返す。
「事細かにデータ取りだからな。今ようやく項目半分終えたってとこ。続きは明日の外部演習」
やや疲れ切った表情で呟く。5機のなかでインパルスだけが細かなデータ取りを要求されるため、シンはいつも上がるのが遅い。基本動作過程を終えたデータも逐一モニタリングし、それを報告しなければならない。
元々、そうした細かな作業が苦手なシンはこの演習後が大変だった。
「仕方ないじゃない。じゃあ、明日はいよいよ宇宙での分離・合体テストね」
「え、明日宇宙でやんのか?」
初耳な話にジェスが問い返すと、コートニーが応じる。
「基本的な動作過程はほぼ終了したからな。次は実戦を想定した機動試験に入る。明日は、アーモリー・ワン周辺宙域での機動試験、及びインパルスの性能試験が控えている」
未定だが、ミネルバは進水後、月軌道に配備となる。セカンドシリーズ5機も宇宙空間での運用を前提とされるだろう。そのための機動試験項目をこなすのが彼らの役目だった。
「俺らも同行させてもらえないかな?」
宇宙空間での試験と聞き、是非ともその場面を収めたいジェスは興奮した面持ちで呟くと、リーカが苦笑を浮かべた。
「一度、議長に相談してみたら? 一応、撮影目的のためだし」
「そうだな。よっし、まずはベルに相談してみるか」
思い立ったが吉日とばかりにジェスは足早に駆け出し、ベルナデットを捜しに出て行った。
「元気いいな、シン、私とコートニーはこれからカオスとガイアの整備があるから、失礼するけど、貴方はどうする?」
「俺は休憩するよ。そうだ、マコトも飯まだだろ?」
「え、ああ」
話を振られたマコトは頷き返す。そう言えば、ずっとジェスに付きっ切りでセカンドシリーズを見ていたため、食事も取っていなかった。
「じゃ、いこうぜ」
「分かった、じゃお言葉に甘えるよ」
まだ会って間もないというのに、マコトとシンは親友のような関係を築いていた。これまた、二人の境遇があるだろう。二人とも、同年代で同世代の友人が少ないということがある。
ナチュラルとコーディネイターという違いはあるが、まだまだ十代半ばで共に複雑な事情を抱えていても彼らは同世代で気の合う仲間を欲する頃合だ。その意味では、波長が合ったのだろう。
「お二人とも、凄く仲いいんですね」
何気にその様子が気になったのか、メイリンが声を掛けると、シンとマコトは互いに見合わせ、苦笑を浮かべる。
「ああ、なんつーかな」
うまい言葉が出ず、笑みを浮かべるシンは未だ噛み付いているルナマリアに向かって声を張り上げる。
「おーいルナ、レイ。俺ら飯にするけどどうする?」
やや大きな声に流石に反応し、振り返る。
「お昼? 分かったわよ、私らもまだだったしね」
「構わない」
ルナマリアもレイも先程まで自分達が搭乗予定の機体の整備で呼ばれていたため、お昼がまだだった。そして、一同は揃って格納庫を後にし、一路軍宿舎の食堂に向かった。
数十分後――宿舎の一画に設けられた食堂には、大人数のテーブルに腰掛ける姿があった。
「へぇ、結構美味いな」
うどんを啜るマコトは、その味に舌鼓を打っていた。軍の宿舎というぐらいだから、てっきり軍用の簡素な食事とばかりに思っていたが、予想に反してメニューも豊富だった。
「でしょ、狭い施設内に缶詰されてるなかでここが唯一の救いだからね」
「お、お姉ちゃん。落ち着いて」
席の端に座るマコトの隣ではカレーを食べるルナマリアが、咳き込まんばかりの勢いで話し掛け、それを隣に座るメイリンが宥めている。
「ルナマリア、凄く喋る」
「喋り足りないんだろう。好きにさせてやれ」
サンドイッチを頬張るステラに、レイはコーヒーを啜りながら呟く。
ステラが呆れるぐらい、ルナマリアは先程からマコトに―といっても、ほぼ一方的だが――話し掛けている。
ルナマリアは同僚で気兼ねなく話せる相手が少なかった。妹であるメイリンやシンはともかく、ステラは人見知りがややあり、おまけに物静か。レイは無口無表情無愛想と三拍子揃っている。
シンにしても、ステラと付き合っているため、気軽に話し掛けられない。同じザクパイロットで顔を合わせる機会が多いレイにしても口数が少なく、どちらかといえば多弁なルナマリアは同僚に恵まれていなかった。
そのため、部外者とはいえ、こうして気兼ねなく話せる相手がいて今まで溜め込んでいたフラストレーションが一気に解放されたというべきかもしれない。一方のマコトも特に気にした様子を見せず、応じていた。
だが、マコトはやはり主に話すのは眼の前に向かい合わせに座るシンであった。
「シンはずっとプラントで?」
「いや、俺はオーブから移住してきたんだ」
「オーブ? 確か、あの国って――」
マコトは記憶を巡らせる。オーブは、マコトの記憶違いでなければ地球の南洋に位置する小さな島国だ。だが、高い技術力を誇り、現在ジャンク屋組合のライセンスMSであるレイスタの雛形となったM1を製造した国だ。
そして、中立を唱え、前大戦には―――
「当時の連合軍に占領されちまってな。まあ、いろいろあったんだけど――結局、オーブには戻らずプラントに来たってわけ」
マコトの言葉の意味を察したのか、やや苦い表情で答える。
シンが居たオーブは当時の地球連合軍に侵攻を受け、属国とされてしまった。これでコーディネイターを受け入れてくれる国は地上になくなり、コーディネイター達はプラントに移るか、身分を隠して生きるしかなかった。
マコトもシンがそんな苦労をしたのかと思い、やや表情を顰める。だが、実際にシンはそれ以上の経験をしたのだが、流石にそれを話すつもりはなかった。
「ステラね、その時にシンと会ったの」
「へぇ、あんた達の馴れ初めって戦場でのロマンスってわけ」
シンを見やりながら話すステラにルナマリアがやや呆れた表情で呟く。
「あんた達って全然昔の話しないし――あんたも気になるでしょ?」
やや咎める口調でマコトに同意を求める。ルナマリアがシン、ステラと同僚になって既に2年近いが、二人はほとんど昔のことを話そうとしない。オーブからの移民であることは聞いていたが、それ以外ほとんど知らないのだ。
「別にいいさ。人には、いろいろあるだろうし――」
マコトもあまり人には話したくない過去を持っているだけに、干渉されるのが少し躊躇われた。
話題を逸らすように、マコトはシンに尋ねた。
「それより、地上ってどんなとこなんだ? 俺、ずっと宇宙にいたから、地球がどんなとこなのか知らないんだよ」
C.E.になって既に半世紀以上。今や宇宙で生まれ、宇宙で生を終えるのも珍しくない時代。マコトも宇宙生まれで宇宙育ちだ。地球という世界に興味があってもおかしくない。
「俺もオーブで生まれたからオーブのことしか言えないけどな、赤道直下で常夏でな――」
シンは数年前まで暮らしていた祖国の話を始め、青い海、そして照りつける太陽。吹く風、それらを話していく。
その話に、マコトだけでなくルナマリアやメイリン、そしてレイも少なからず聞き耳を立てていた。彼らもまたプラントで生まれ、プラントの世界しか知らず、興味津々に聞き入っていた。
「へぇ…地球か」
「一度行ってみたいね」
「ミネルバが就航すれば、機会もあるだろう」
ルナマリア、メイリン、レイは思い思いに地球というまだ知らぬ地に思いを馳せ、マコトも遠くを見るようにその情景を思い浮かべていた。
「そういやルナ、お前らはどうなんだ?」
そこで思い出したのか、シンが不意にルナマリアに問い掛けた。
「へ? 何が?」
「だから、お前らは機体の調整とかどうなんだよ?」
「ああ、取り敢えず私もレイもセスも問題なし。ま、ザク自体データ取りしなくてもいいしね」
肩を竦め、苦笑を浮かべる。
ミネルバに配属となるセカンドシリーズ5機のサポートとして配備されるザク。それらの調整は別の場所で行われており、基本的には別行動となっている。
だが、既にロールアウトして半年以上。実戦での問題点もあらかたクリアされ、量産体制に移行している今、ルナマリア達が行うのは各々に合わせた細かな微調整のみ。
「へへ、ついでだからカラーリングもつけたのよ。私は赤、レイは白、セスは白と赤だけどね」
せっかく最新鋭艦に配備される機体なのだから、ハクをつけたい。セカンドシリーズ5機のサポートが一般機では格好がつかない。まあ、対外的なアプローチも含め、ミネルバ配備のザクにはパーソナルカラーを施すことを許可された。
それにルナマリアはこのミネルバ配属で遂に念願の赤を纏ったのだ。前大戦後期にパイロット不足からアカデミーでの単位を半端な状態で卒業し、大戦末期から終結後に至る今日まで、ずっと緑を纏っていただけに、歓喜したものだ。
「だいたい、レミュだけガーディアンズ出向で、真っ先に赤ってのが気に喰わないのよねっ、私だって私だって」
ぶつぶつと愚痴を零しながら、ここにはいない親友―もとい悪友。自分を置いて出世街道を進んでいると思しき―――にやや憤りながら、一人自分の世界に入るルナマリア。
傍から見ると、危ない人のように見え、隣に座るメイリンは溜め息を零し、他の面々は引き攣った表情を浮かべている。
「はは、ところで、さっきから話に出てるセスって誰?」
ふと、疑問に思ったことを問い返すと、シンが相槌を打つ。
「ああ、俺らと同じくミネルバ配属のパイロットの一人だよ。確か、名前はセス・フォルゲーエンって言ったっけ」
シンがそう漏らした瞬間、マコトは眼を瞬き、表情を驚愕に変える。固まった表情で呆然となるマコトにシンは眉を寄せ、声を掛ける。
「マコト、どうかしたのか?」
「え…あ、ああ。いや、なんでもない……」
ハッと我に返り、言葉を濁しながら視線を逸らす。怪訝そうになる一同だが、マコトは気に掛けられないほど視線を俯かせ、その思考はさ迷っている。
(フォルゲーエン―――お袋の旧姓)
『フォルゲーエン』は、マコトの母親の旧姓だ。カスミを生んですぐに病死したと父から聞かされている。だから、マコトは母親のことをよく覚えていないし、知りもしない。そもそも、両親の親類に会ったことも一度もない。父もその辺りは詳しく話してはくれなかった。
(偶然、だよな。勘ぐりすぎだって)
そう――偶々同じ姓だっただけだろう。ここ最近、昔を思い出す機会が多かったせいで変な勘ぐりをしたと自身に向かって言い聞かせ、先程から覗き込んでいるシン達に向かって顔を上げる。
「わりい。ホント、何でもないんだ」
苦笑を浮かべて手を振ると、シン達もそれ以上聞こうとせず、その気遣いが嬉しかった。
「そう言えばシン、あんたマユちゃんはどうしたの?」
「ああ、あいつなら今出掛けてるよ。どうせ今頃、どっかでケーキかなんか食ってんじゃないの」
腕を宙で組み、頭を預け、ぼやくように呟くシン。
「ったく、看護士になるのはいいけど、毎日毎日ああしろこうしろって、口煩いからな~~あれじゃ、口煩い姑だぜ」
悪口というのは本人がいないからこそ、気軽にできるし、聞いていないという安心感からか、それも場合によってはエスカレートしていく。
扱き下ろすシンだったが、周囲の視線が何かを捉え、表情を引き攣らせるが、シンはそれに気づかない。
「俺には煩く言うくせに自分はどうなんだって」
「シン、シン」
ステラがシンの腕を引くも、シンは気づかず、トドメの言葉とばかりに放った。
「ああいうのを、性格ブスって言うんだろうな」
刹那、シンは後頭部に衝撃を受け、そのまま顔からテーブルにダイブした。勢いよく顔を打ちつけ、甲高い音が周囲に木霊する。
そのシンの後ろには、ニコニコと笑みを浮かべ、右手に分厚い本を持った渦中の人物、シンの妹であるマユ=アスカが佇んでいた。
「悪かったね、お兄ちゃん――性格悪くて」
地を這うような声に一同は息を呑み、口を噤む。
「いてて…げっ、マユ」
強く打ちつけた顔を摩りながら視線を上げ、その眼がマユを捉えた瞬間、シンは表情を引き攣らせる。
「はい、毎日毎日生活能力のない兄の面倒を見るために彼氏をつくる暇もない、性格ブスのマユ・アスカですよ」
最高の笑顔―――少なくともそう形容する程の笑みで告げるマユに、シンはぶわっと脂汗が浮かぶのを憶える。内に危険信号が大きく鳴り響く。
「ごめんね~お兄ちゃん。お兄ちゃんが寝ぼけてたみたいだから、起こさなきゃと思って。お節介でごめんね~~家に帰ったら、いろいろ話そっか」
痛快な皮肉を込めた言葉にシンはもはや何も言えず、この後の仕打ちを想像し、身震いした。
他の面々は触らぬ神になんとやらで既に静観を決め込んでいる。そんななか、マコトはマユの後ろに隠れるように佇んでいる人影に気づいた。
「カスミ」
やや驚きの声を上げ、その人物:カスミの名を呼ぶと、マユが驚いたように見やった。
「お知り合いなんですか?」
「ああ、その…妹なんだ」
「そうなんですか。この区画に知り合いがいると聞いて捜してたんですが、見つかってよかったね、カスミちゃん」
ややホッとした面持ちで話し掛けると、カスミは無言のまま頷き返す。
「マユ、お前どうしてその子と?」
「うん、さっき街中でぶつかっちゃって…それで知り合ったの」
数時間前、街中でぶつかり、お詫びにと近くの喫茶店でお茶をご馳走し、その後何処に住んでいるのかという話になり、カスミはここだと簡潔に述べた。
マユも当初は首を傾げた。この区画は軍関連施設で一般人は立ち入り禁止エリアになっている。そして、カスミは仕事で来ていると説明し、マユはそれが外来のジャーナリストではないかと思い、彼ら用に開放されている宿舎まで案内してきた。幸いにも、マユもシンとステラという兄と姉がいたため、通行証を所持していた。
そして、ここへカスミの知り合いを捜しに来た。改めてマコトに向き直り、頭を下げる。
「初めまして、私はマユ・アスカです。一応、この愚兄とステラ義姉ちゃんの妹です」
先程の仕返しか、明らかに違う対応にシンはへこみ、ステラはやや表情を緩めて頷く。戦後、プラントへと移り住み、そして今は医療関係の仕事に就こうと勉強中だ。
「ああ、よろしく。シンにも妹がいるとは知らなかったよ」
「言ってなかったっけ? わりいわりい」
妙に気が合うとは思ったが、まさか妹がいるとは思わなかった。
「まったく、どうせ忘れてただけでしょ」
毒づくマユに図星なのか、シンは口を噤む。その様に一同は笑みを噛み殺す。
「相変わらず、どっちが年上か解かんなくなるわね」
失笑するルナマリアに非難めいた視線を向けるが、レイが声を掛けた。
「シン、ルナマリア――そろそろ戻らなければならない時間だ」
その言葉に反応し、無意識に時計を見やると、既に宿舎に戻らなければならない時間だった。ここはハイスクールではない。規律が定められた軍組織なのだ。
「いけね、早いとこ明日の演習の準備しねえと」
「私らは明日同行できないからしっかりやんなさいよ」
「分かってるよ」
席を立ち、一同は揃って食堂を後にする。
そのまま食堂を抜け、施設の外に出ると、マコトとカスミはシン達を見送ろうと付き添う。その時、出ると同時に施設前の通路に一台のジープが止まった。
「ほう、ナチュラルと一緒とは――流石にエースパイロットは余裕だな」
ジープの運転席から皮肉るように侮蔑する一声を発する男:マーレに一同は表情を顰める。
「なによマーレ、あんた」
すかさずルナマリアが反論しようとするが、それより早くマコトが歩み出た。
「シン達は俺が誘ったんです。特に他意はありません」
口調は丁寧だが、やや表情は厳しげなものに変わっている。シン達は確かに友人として接してくれてるが、その立場がある。一民間人でしかない自分とザフトのパイロット――どちらを優先させるか、今のマコトの立場上考える必要もないことだった。
そのマコトの言葉にマーレは毒気を抜かれたとばかりに視線で皮肉る。そんなマーレにシンが話し掛ける。
「俺が誰といようと関係ないだろ、マコト達は議長からの許可を得てここに居るんだ。何の問題もないだろ。俺達は明日、宇宙に出るんだから、そろそろ戻らなきゃならないだろ」
憮然とした態度で告げるシンに鼻を鳴らし、再び前を見る。
「明日の演習――せいぜい気をつけるんだな」
そのままアクセルを踏み込み、ジープは走り去り、それを見送ったルナマリアは悪態をつく。
「相変わらず嫌な奴。いっつも偉そうに」
どうやら、マーレは仲間内からもあまりよい感情を抱かれていないらしい。まあ、あそこまで露骨に他人を見下していれば分からなくもないが。
「あんたらに同情するわ」
自分達はまだいい。ミネルバが正式に竣工すれば、マーレはテストパイロットなので外れる。あのマーレと四六時中顔を合わせなければならないシンとステラには同情するが、シンは苦笑を浮かべる。
「もう慣れたさ。それに、俺達は他所者だし」
移り住んだ当初はオーブからの移民ということもあり、誹謗中傷も少なくなかった。苦い過去を思い出し、シンは表情を顰めたが、その手をステラとマユが握る。
「シン、帰ろう」
「そうだよお兄ちゃん。明日に備えて私がちゃんと面倒みてあげるから」
手を取り、引っ張る二人にシンは引き摺られるように歩いていく。
「引っ張るなって…じゃあな、マコト」
そのまま歩き去っていくシンを追うようにルナマリア達も歩き出し、レイとメイリンがマコトとカスミに一礼し、後を追っていく。
既に夕暮れに染まるプラント内で姿が消えていくまで見送ると、マコトは静かに呟いた。
「あいつ――強いな」
正直、シンを羨ましいと思ってしまった。
故郷から移り住み、不快なこともあったはずだ。それでも、それに屈せず前を向いて歩くシンに、マコトは彼と友人であることを嬉しく思う。
(俺も…あんな風になれるのか―――?)
自分も、前を向いて進めるのだろうか。過去の忌々しさを乗り越えて――そう逡巡するなか、カスミがポツリと呟いた。
「世界はいつか変わっていく。不変は誤り――『変化』こそがあるべき姿」
一瞬息を呑み、カスミを振り向くと、カスミは無言のままプラントの空を見上げている。マコトもその視線を追うようにプラントの空を見上げ、先程のカスミの言葉を反芻させる。
――――不変が罪であり…変化こそが正………
それが、己に当て嵌まるのかどうか―――今のマコトには分からなかった。
陽の映像が途切れ、プラント内も夜に包まれる。だが、都市部からは灯りが消えることはない。人々が行き交うなかに混じるように歩く黒衣の女性。
顔をバイザーのサングラスで隠したリンは無言のまま、繁華街のなかを歩いていた。彼女の脳裏には、昨晩のキラとラクスの邂逅が反芻していた。
ホテルの一室で、静寂が満ちるなか、ラクスは重々しい様子で口を開いた。
「どういうことですか?」
ラクスの問い――それは、先程リンが漏らした言葉。
「言葉の通りよ。いえ、正確には終わっていないんじゃない。また――始まろうとしているのかもしれない」
そう――あの戦いは確かに終わった。
彼らの『死』で……だが――――リンは一瞬思考を彷徨わせる。
――――始まりは終わり…終わりは始まり……生は死…死は生………
全ては始まりと終わりがある。だが、それはただの一方通行の事象ではない―――それは、繰り返しなのだ。
始まりと終わりは繋がり―――決して途切れることなく続いていく。
それがこの世界―――リンはキラとラクスを見やり、身体を起こす。
「ラクス、あんたも薄々察しているはずよ。世界はまた――キナ臭い方向へ進もうとしている。闇が、再び世界を覆うとしている」
二人に歩み、そして過ぎると同時に窓から見える夜のプラントを見詰める。いや違う―――正確には、その先にある闇を――――
リンの言葉にラクスは思い当たったのか、表情を顰める。
「ええ、今世界は不安定ななかにあります。歯車が少しでも狂えば…また、あのような悲惨な歴史が繰り返される……」
唇を噛み締める。
大東亜連合、大日本帝国、大西洋連邦――地球と…そして宇宙とプラント。世界は今、歯車が少しずつ軋みを上げかねないような事態に進んでいた。
「分かっているのです。恒久的な平和などありはしない―――戦争が終わっても、それはまた新たな争いのための準備期間でしかないことも」
やるせなさを感じさせる表情で、ラクスは吐露する。
誰だって平和のなかで生きたい――そう願っていても、その思い描く先は違う。全てが幸福に生きられる世界などありはしない。世界という歯車はいつかは錆び、綻び、噛み合わなくなる。
それを無理して回し続ければ、取り返しのつかない未来が待ち構えることも、あの大戦で嫌というほど実感した。
「でも、たとえそれが仮初だとしても――少しでも長くこの平和を続けなければならない。それが私にできる唯一のことです」
人は神ではない。
その世界の理を変えることはできない。だが、いつか避けられぬ運命だとしても、それを可能な限り先延ばしにすることはできるはずだ。それがラクスのこの外務次官という立場に対しても誇りと信念だった。
「歯車は止まらない。だが、手を入れることはできる、か――あんたらしいな」
苦笑を浮かべ、肩を竦める。振り向くと、再び二人に対峙する。
「私がこのアーモリー・ワンへ来た理由は二つ。一つはセカンドシリーズの実態を掴むこと」
そう――…セカンドシリーズというザフトの新たなるカード。その実態を掴むこと。そして―――
「もう一つ――ギルバート・デュランダルの調査」
静かに発されたその言葉に、キラとラクスの息を呑む音が響く。
「ラクス、キラ――あんた達にとっては信頼できる人物かもしれないけど、生憎私はそこまでお人好しじゃない。デュランダル議長が何を考えているのか…それを見極めるまではね」
機先を制するように呟き、二人は口を噤む。
個人的な感情で事象を見ない――それがリンと、レイナの考えだ。あくまで客観的な視点で判断する。対外的には確かにデュランダルは良い為政者に映るだろう。だが、それが逆に不気味に見えることがある。
どんな名君だろうと為政者であろうと――完璧な政治家などいはしない。それは過去の幾多の国が証明している。政治家は誰もが良い政治を行いたいと考えてはいるが、それを実現させるためには必ずどこかで歪みを生じさせる。その歪みによって、政治家の多くは嫌われることも―――
その歪みが果たしてどれ程のものになるか――それを見極めるのが、リンがこのアーモリー・ワンに来た目的だった。
「個人的にはどうこういうつもりはない。ただ、性分なだけよ」
別段、デュランダルが裏で何をしているか――それに興味はない。だが、もしそれが見過ごせないのなら―――何らかの措置は取るつもりだ。
それはラクスも察したのか、頷く。
「分かっています。貴方が意味もなく行動することはないと。確かに掴みどころのない方ですが、私は議長を信頼しています」
リンの考えも理解できる。だが、ラクスは支持する側の人間だ。どうしてもその思いの方が勝ってしまう。だからこそ、リンがどういった判断をするのか――それを確かめるために、ラクスはキラを見やる。
「キラ、あのPASS、まだ予備がありましたよね?」
「え? あ、うん。ちょっと待って」
話にただ呆然と聞き入っていただけだったキラは。唐突に掛けられたラクスの言葉にやや慌てながら部屋の端に移動し、何かを探している。リンはやや首を傾げながら見詰めていると、目的の物が見つかったのか、キラが再び歩み寄ってくる。
そして、リンにある物を差し出す。
差し出されたそれは、一枚のPASS。訝しげになるリンにラクスが微笑を浮かべる。
「それは、私の許可した者に与えられる通行PASSです。それがあれば、このアーモリー・ワン内であれば、ほとんどの施設に入ることができます」
その言葉にリンは眼を剥き、そのPASSを見やる。
無論、規制された区画もあるが、外務次官のラクスのPASSとなれば、ほぼ全ての施設への出入りは難なく適うだろう。
「貴方のことですから、どうせ施設に勝手に潜り込もうと考えていたのでしょう? 万が一ということもあります。持っていても損にはなりませんよ」
どこか悪戯めいた笑みを浮かべる。考えは確かにあっているが、まさか、もう施設に潜り込んだとは夢にも思っていないだろう。だが、確かにこのPASSがあれば余計なリスクもトラブルも避けられる。
「それに、私の関係者ということで口添えもできます」
「いいの? こんなものを部外者に渡して」
今の自分は言わばプラントにとっては厄介な存在のはずだ。
このアーモリー・ワン自体がプラントにとっては国家機密に属するものだ。そんな施設のPASSを簡単に自分のような相手に渡していいのか――呆れるように問い掛けると、ラクスはクスリと笑みを浮かべる。
「取り逢えずは、貴方自身の眼で、アーモリー・ワンを――議長をご覧になってください。まだこれは内密なのですが、数日後、大日本帝国からの使者が内密に来訪されます」
その言葉に微かに息を呑み、ラクスを凝視する。
(わざわざアーモリー・ワンに使者を寄越すとは――流石に切れるわね、天乃宮帝)
脳裏に、大日本帝国を治める者の顔が過ぎり、微かに表情を顰めるも、それに気づかずラクスは話を続ける。
「その使者の方々の御案内を、私が務めることになっています。それで、よろしければリンもご同行ください。その時なら、議長と直接の面会も叶います。貴方は、私の関係者とでも改竄はききます」
「それは職権乱用じゃないの、ラクス?」
いくらなんでも不審人物のIDを改竄するなど――確かに現在のラクスの立場なら不可能ではないが、明らかに権力の乱用だ。だが、そんなリンにラクスは肩を竦め返す。
「あら? 権力は、使うためにあるんですよ」
したり顔で微笑むラクス――どうやら、この2年半程で随分狡猾さに磨きが掛かったようだ。
小さく溜め息を零し、PASSをコートにしまい、リンは身を翻す。そのまま二人の間を過ぎり、部屋を後にしようとする。
「ま、これはありがたく貰っておくわ。でも、あんたの話にのるかは、もう少し考えさせてもらう。また連絡するわ」
振り向くことなくそう告げると、リンは部屋を後にしようとするが、その背中に声が掛かった。
「リン――最後にこれだけ言っておきます。私達は、今でも貴方とレイナを仲間だと思っています。だから…無茶はしないでください」
切なげに伝えるラクスにキラも同じような表情を浮かべている。その言葉に、表情は見せなかったが、リンは微かに口元を緩め、そのままドアを閉じた。
遠ざかっていく足音に、キラとラクスは静かにその場で立ち尽くし、リンとの邂逅を内に巡らせていた。
脳裏に消える昨晩の記憶。
歩んでいたリンは微かに視線を細め、気づかれないように視線を流し眼で後ろへと向け、感覚を集中させる。
(尾けられてる――)
微かに感じる視線――そして、歩幅をこちらに合わせ、尚且つ一定の距離を保ったまま近づいてこない。それだけなら、この一般人の流れに混じり、誰も不審に思わないだろう。
内心、対処手段を模索する。このままなら、撒くことも可能だが――リンは速度を変えず、そのまま歩みを人気のない区画へと向ける。
人の行き交いが途切れ、やがて繁華街の外れ――軍施設に程近い倉庫郡へと入り込む。やがて、その歩みが止まり、全周囲に感覚を張り巡らせ、気配を探りながら、呟いた。
「出てきなさい―――誰かは知らないけど、わざわざ襲わせやすいように人気のない所まで来てあげたのよ」
挑発するような口調で呟くと、コンテナの影から姿を見せる者達。漆黒の装束に身を包んだ者達がリンを取り囲むように現われる。
黒装束の男達は懐からナイフよりも刃渡りの長い獲物を抜き、その刃をギラリと鈍く輝かせながら、殺気を込めつつリンに集中する。
(また時代錯誤な―――確か、極東の言い方で『アサシン』、だっけ?)
その出で立ちに、こんな状況にも関わらずリンは呆れるように嘆息する。正直、随分と時代が掛かっている。いや、そもそもこのC.E.の御時勢にこんな古風な暗殺者が存在している方が意外とも言える。
(まあ、私もとやかくは言えないかもね)
自身を嗜めるように肩を竦め、リンは表情を変えず、瞬時に感覚を研ぎ澄ませ―――周囲の気配を探る。
(数は―――5!)
伏兵の気配はない。リンはコートの裏に右手を伸ばし、忍ばせていたものを握り締めた瞬間、男達が一斉に襲い掛かった。
刃を輝かせながら狙う――だが、リンはその瞳に軌跡を映し、瞬時に身を捻った。
捻った身は刃をかわし、そのまま流れるようにリンはコートの裏から刃を振るった。輝く剣閃――刹那、一人の男が身を斬り裂かれ、鮮血を噴き出しながら崩れ落ちる。
動揺する男達の前で、佇むリンの右手には、黒塗の柄から伸びる銀色の刀身を輝かせる一刀の刀が握られていた。 銘もない刀――そして、自身の十字架の証。今は亡き妹から渡された刀を構え、リンは男達に対峙する。
その視線が鋭く細まった瞬間――リンは駆けた。
疾走し、刃を振るう。だが、男達も暗殺に手馴れた者。最初に斬られた仲間の殺られ様をただ呆けていただけではなかった。
刃の軌跡を見切り、かわすと同時に距離を詰めて一人が斬り掛かる。だが、リンもその軌跡を読み――瞬時に懐から銃を取り出し、接近してきた男に銃弾を放った。
ほぼ至近距離で放たれた弾丸が身体を貫通し、呻く男に一瞥をくれて、距離を取る。ヨロヨロとしながら、出血多量で朦朧とした男はその場に倒れ伏した。
男達は警戒しているが、誰が刀しか使わないと思うのか―――命が懸かっているいる戦場で、おまけに一対多数だ。右手に刀、左手に銃を構えながら、リンは警戒を広げる。
背後に向かって斬り掛かる別の男――だが、振り下ろされた刃は硬い金属音とともに受け止められる。
驚愕する男の先には、逆左手で背中に振り上げる鞘が摩擦音を上げながら刃を受け止めていた。その一瞬の隙を衝き、リンは銃を捨て、鞘を握り振り、刃を弾くと同時に鞘を振り戻した。
鉄製の鞘が男の脳天に直撃し、骨が微かに歪むような音と脳震盪を起こし、男は意識を手放した。崩れ落ちる男を一瞥し、残りは二人。
個別に仕掛けるのは危険と判断したのか、同時に駆け出し、リンに刃を振るう。リンは一方を刀身で、もう一方を鞘で受け止める。甲高い金属音が周囲に響く。
「くっ」
微かに歯噛みし、右手の持ち手を回転させ、体重をのせていた刀身の向きを逸らし、捌くと同時にもう一方の腕を引き、こちらも均衡が崩れ、微かに体勢を崩す。その隙を衝き、刀身を男に向けて薙いだ。
峰が男の脇腹に直撃し、男は嘔吐しながら弾き飛ばされる。それを見届けることなく、リンは瞬時に鞘を収め、振り向くと同時に左手を振り…手首に仕込まれた鋼線が迸り、真っ直ぐに男の腕を絡め取る。
刹那、一気に距離を詰め、驚愕する男の腕を掴み取り、そのまま振り投げた。投げ飛ばされた男は背中を強か打ちつけ、衝撃に身悶える。
身体の自由がきかなくなった男に向けて刃を突き付け、低い声で問い掛ける。
「さあ、訊かせてもらおうか? 誰の指示で私を狙う?」
リンが狙われる立場だということは嫌というほど理解している。だが、狙われたままでいるほどお人よしでもない。向かってくるなら容赦はしない。
問い掛けに男は眼を見開き、何かリアクションを起こそうとするが、それを逸早く察したリンは左手を伸ばし、男の顎を掴んだ。
「舌は噛み切らせない――話さないなら、指を一本ずつでも斬り落とす」
ゾッとするような冷たい視線を向けられ、男は気圧される。
硬直したように口を噤んでいたが、次の瞬間――男は突如眼を見開き、がくがくと打ち震えながら、声にならない悲鳴を上げ、やがて事切れた。
「っ」
息を呑む。完全に絶命した男――よく見ると、押さえつけている顎から微かに血が滴り落ちている。
ハッと周囲を見渡すと、他の倒れている男達も口元から鮮血を零していた。
(毒殺――死人に口なし、か)
歯噛みし、男を離すと、リンはゆっくりと立ち上がる。そのリンに向けて陰から窺う影。右腕から伸びる刀身を煌かせ、陰から一気に飛び出し、それに気づいたリンは咄嗟に身を捻るが、僅かに遅く、腕を刃が掠め、鮮血が飛ぶ。
舌打ちし、距離を取る。襲撃者の姿を確認しようと視線を向け――その先には、漆黒のローブを着込み、完全に顔を隠した人物が佇んでいた。
影の右手には、腕から伸びる刀身が煌き、先端が微かに血を滴らせている。
「こいつらの黒幕はあんた?」
構えるリンに影は無言のまま―――右手の刃を構え、再度襲い掛かる。
「問答無用かっ」
毒づきながら、その刃を受け止め、リンは身を屈めて右脚を振り払うも、相手も跳躍し、回転するように背後に距離を取る。
刃を突き立て、大地に火花を散らせながら制動をかけ、一拍置くと同時に飛び出し、体勢を戻せていないリンに襲い掛かる。振り薙ぐ刃を柄を持ち上げ、受け止める。
互いに眼を見開く。
(こいつ――できるっ)
先程までの男達とは違う。この動きは明らかに暗殺に特化して洗練されたもの――内心に歯噛みしながら、弾くと同時にリンは斬撃を浴びせるも、相手は右手の刃を縦横無尽に回し、柳のごとく斬撃を受け流していく。
相手の持つ獲物は刃渡りこそ短いが、小回りがきき、防御の面では優れている。
甲高い音とともに交錯する刃…肉縛する両者。唇を噛むリンだが、相手は顔を隠し、表情を窺うことはできない。
刃が擦れ、火花が散ると同時に相手は突進し、体当たりを受け、リンは小さく呻きながら倒れ込む。サングラスが外れ、倒れるリンに覆い被さるように相手はリンの右腕を左手で抑え、右手で左手を掴み、動きを封じる。
「ぐっ」
歯噛みするリンに、相手は右手で握るリンの左手を見やり、その覆い隠された視線が左手の薬指に嵌る指輪を捉える。次の瞬間、右手で左手の指輪に手をかけ、抜き取ろうとする。
「っ!?」
その行動にリンは眼を見開き、力任せに上体を振り起こし、相手を弾く。衝撃を受け、相手はよろめきながら距離を取る。
微かに息を乱しながら、リンは左手を強く握り締め、刀を構える。
「はぁぁぁっ」
疾走し、刃を振り払う。相手も足を踏み止まり、その払われた刃を受け止め、息を呑む音が聞こえる。
鍔迫り合いをしながら、膠着していたが――痺れを切らしたのか、相手が刃を上へと弾き、均衡していた力ゆえに大きく弾かれる。空いた一瞬の隙―――黒衣の相手は蹴りを振り、リンの腹部目掛けて叩き入れた。
鈍い衝撃がリンを襲い、内に走る衝撃にリンは表情を微かに顰めるも、相手が意表を衝かれたように硬直した。
微かに笑みを浮かべる…あの一瞬、相手の動きを読んだリンは敢えてその攻撃に身を飛び込ませた。互いに衝撃をぶつけ合い、僅かながら中和したため、衝撃による硬直もせずに済んだ。
「はぁぁっ」
咆哮を上げ、リンは刃を振り下ろす。
だが、相手もすぐさま我に返り、刃を振り上げて受け止める。
金属の交差音が響くも、リンは片足を前へと踏み入れ、その交差点を支点に刃を前へと滑らせた。
真っ直ぐに突かれた一撃に、相手も息を呑み、反射的に首を捻るも…切っ先が顔を覆っていた黒衣を突き破り、微かに露出する。その露出した左耳に輝く真紅のピアス。
その存在を一瞬視界に確認したのも束の間、相手は強引に後方へと跳び、距離を取る。そして、破れた黒衣を引っ張り上げ、そのまま身を翻す。
「っ!? 待てっ」
逃してたまるものか――だが、リンが追うより早く相手はその身を夜の闇のなかへと溶け込ませ、消えていった。
気配が完全に紛れ、リンは舌打ちする。刀を鞘へと収めた瞬間、背筋が凍るような感覚が駆け抜け、眼を見開く。
「っ!?」
ガバッと後ろを振り向くも、そこには誰もいない。知らず知らずのうちに頬をつたる汗――暫し、その場で佇んでいたが、やがて遠くから人の声が聞こえてきた。
(まずいっ)
どうやら、誰かがこの場での騒ぎに気づいたらしい。下手に捕まるわけにはいかない。リンは足早にその場を去っていった。
完全にその姿が消えると同時に――そのリンを遥か頭上から見詰める影があった。
高層ビル群の一画―――その屋上で佇む人影。金色の髪を靡かせ、黒衣を纏って佇む少女ともとれる女性―――だが、その顔はバイザーに覆い隠され、窺うことはできない。
唯一見える口元が小さく歪む。
「流石は比翼の騎士―――所詮、禍がいものでは相手にはならないか」
つまらなさ気だが、その口調は冷たく――また愉悦に満ちていた。
「でも騎士、貴方の命は必ず狩り殺る。貴方は必要のない存在―――そう…私にとっても…母様にとっても、ね」
小さく笑みを噛み殺す。
「そう…必要ないのよ―――」
呪詛のように反芻し、金色の髪を靡かせ、女性の姿はその場から掻き消えた。
先程の現場から離れたリンは静かな場所で一息つき、あの刻に感じた気配に思考を巡らせる。
(さっきのは、いったい…それにあの気配―――)
自分を襲ってきた影――そして、あの最後に感じた殺気とも違う冷たい…まるで自分の全てを否定するような視線。
「それに…」
リンは徐に左手の裾を捲る。その下からは、真っ赤に染まった白い腕が現われる。脳裏に、あの相手と斬り結んだ瞬間が過ぎる。
あの最後の一撃時――跳ぶと同時に、リンの左腕に一撃を斬り入れた。腕に走る一閃に血が滲み、微かな痛みが腕に走る。
己の服を破り、リンは布の切れ端を左腕に巻き、止血する。固く縛りながら、視線をさ迷わせる。その視線が、徐に左手の薬指を捉え、リンは左手を持ち上げ、その指輪を凝視する。
「何のつもりなの?」
虚空に向かって思わず問い掛ける。
分からないのはもう一つ――あの襲い掛かってきた相手は、戦いの最中、この指輪を奪おうとした。何故これを狙ったのか――いや、『この指輪』だから狙った可能性の方が高いかもしれない。
そして…そこから導き出される結論は―――
「姉さんに関係している―――」
失踪した姉――レイナに関係があると睨んだ方がいいかもしれない。だが、それが何なのかはまだ憶測するには情報が足りなさ過ぎる。
リンは少し歩き、手すりに身を預け、首を擡げながらプラント内を見上げ、眼を細めた。
(また……何かが起ころうとしているのか―――)
謎の襲撃者――謎の視線―――そして失踪した姉――――うあはり、何かが蠢いている…それも、自分達に関係する何かが――今は見えない闇のなかで………
無意識にコートのポケットに手を入れ、そこからPASSを取り出し、それを一瞥する。
「のってみる、か」
この一件――どうやら深くなりそうな予感をひしひしと感じる。なら、このアーモリー・ワンも無関係ではない。なら、それを手掛かりにするしかない。
決然とした面持ちでコートを振り被り、リンは夜の闇に身を委ねていった―――
《次回予告》
譲れないもの…それが侵された刻、少年は立ち向かう。
たとえそれがどれだけ高かろうとも…強かろうとも―――
宇宙の闇を駆ける弱き白き戦士を狙うもの。
その銃口に込められるのは侮蔑か…嘲笑か―――
決して迷わない…少年が決意した刻、白き戦士は力を開放する―――
小さな…小さな力を…………
それは――運命の始まりを告げる…プレリュードかのごとく―――――
次回、「PHASE-05 LAST PRELUDE」
その力…解き放て、セレスティ。