機動戦士ガンダムSEED  ETERNAL SPIRITS   作:MIDNIGHT

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PHASE-06 信念の宇宙

――――――魂は天へと召される。

 

 

 

 

 

 

終焉を迎えし生命―――その魂は天国へと導かれる。

 

幼き日に聞かされたどこにでもある御伽噺。

 

 

 

 

 

 

 

だが――――

 

 

 

遺された者はそれを尊ぶべきなのか…それとも……悲観するのか――――

 

 

もしくは……――――

 

 

 

 

その魂を天へと誘った運命を呪えばいいのだろうか――――

 

 

 

 

 

神を汚す行為。違う―――神なんてものはこの世にはいない。

 

もし本当にいるとしたら、憎んでしまうかもしれない。

 

大切な家族を奪ったのだから――――

 

 

 

遺されていた最後の家族――それを喪ったあの日を境に…全ては暗転した……――――

 

何もできず…することさえできず……全てを喪った………

 

無力な――ちっぽけな存在であることを、身が切り刻まれる程思い知らされた。どうしようもない現実に打ちのめされる自分自身を、呪った―――

 

 

 

全てが灰色に見えた。

 

灰色の世界を彷徨いながら、『死』さえ考えた――――

 

だが、それは家族が望まないと、生きる目的を捜し続けた。

 

 

 

 

無力感と罪悪感と時折、衝動的に湧き上がってくる怒りにも哀しみにも似た傷みに押し潰されてしまいそうで恐かった。

 

だから……だから、身を投じた――裏世界へ―――――――

 

幸いに、機械関係については父親から仕込まれていた。機械を弄るのが好きな性質も手伝い、戦後の混乱期だけあって生きていくのには困らなかった。

 

その内、危険な仕事にも手を出し、己の身を危険に晒し出した。もう喪うものはなにも無い―――そんな自暴自棄な考えを心の奥底で抱きながら……―――

 

他人から見れば、死に急いでいる―――愚かな考えだと思われるだろう。否定もしなければ肯定もしない。だが、あの哀しみを知らない者には何も分かりはしないだろう。

 

『喪った』悲しみと傷みは、他人に分かるものではない。

 

それでいいと思う…『自分』と『他人』は違うと―――そう割り切れる。

 

だから壁をつくった。どれだけ親しくなろうとも……もう自分から己を曝け出すことはしないと。喪った絶望と悲哀を……二度と味あわないために――――

 

愚かでどうしようもないほどの自己満足で矛盾じみて欺瞞の考え――――だから……独りで運命に抗い続ける。

 

この命が運命に喰われるその刻まで――――宇宙の暗き闇を見詰め…そう己に誓い、刻んだ――――

 

 

 

 

 

そのはず―――だった。

 

だが、運命は再び俺に残酷な試練を与えようとしているのかもしれない―――

 

力を欲した―――自身の無力さを呪い、それを晴らすための力を――――

 

 

 

そして得た―――

 

力と…護るべき新たなものを――――

 

今度こそ…護り抜いてみせる―――運命などに奪わせはしない。自身という魂に誓い、その尊厳をかけた闘いだ。

 

だからこそ、俺は挑む。どれだけその立ち塞がるものが高かろうと…強固であろうとも……運命の鎖を断ち切るために―――――

 

 

 

 

この信念が折れぬ限り――――――

 

 

 

 

 

機動戦士ガンダムSEED ETERNAL SPIRITS

 

PHASE-06  信念の宇宙

 

 

 

 

 

 

 

L4宙域。アーモリー・ワン近隣の演習場にて、交錯する2体のMS。蒼き翼を持つ純白の機体:セレスティとモノアイを輝かせるグレーの機体:ジン。それを駆るのは、対峙することになったマコトとマーレ。

 

互いにMSに乗り、ペイント弾が装填された銃を構えて撃ち合い、ぶつかり合うもマコトの不利は明白であった。

 

だが、マコトはこのデブリが散乱する演習場を利用し、マーレを翻弄し、遂に千載一遇の隙を衝き、一気に加速する。

 

「これで――っ!!」

 

ジンに接近しようとデブリの影から飛び出したセレスティは、銃口をジンに向ける。

 

マコトは無意識に距離を詰めようとする。射撃に関しては素人のマコトが確実に相手に弾を当てるにはある程度距離を詰め、間合いを取る必要がある。だが、接近すればそれだけ相手の技量が上回っていた場合、逆に危険が増す。

 

マーレはそのマコトの間合い外から攻撃し、弾がセレスティに迫るも、セレスティはスラスターの小型バーニアを数基展開させ、攻撃をかわし、その反応に眼を見開くマーレに向けてマコトは照準を合わせた。

 

「おおおおおっっ」

 

モニターで合わさる照準。それに弾かれるようにトリガーを引き、セレスティの銃口から火が迸り、弾丸が発射される。

 

真っ直ぐに伸びる弾丸はジンのボディに着弾し、内臓されていた火薬に代わり、ペイントが飛び散る。黄色の着色を施されたペイントがジンを染め上げた。

 

その受けた量から測定したコンピューターが、判定を下す。

 

『YOU LOST』

 

その言葉の意味を――自身のジンが負けを判定したことにマーレは一瞬、茫然となるも……次の瞬間には、突撃してきたセレスティに意識を引き戻された。

 

「うわぁっ」

 

加速していたセレスティ。攻撃にばかり眼を向け、減速するのを忘れていたマコトは慌てて制動をかけるも、既に遅く――ペイントまみれになったジンに向けて突撃した。

 

正面から激突するセレスティとジン。その衝撃が互いのコックピットに響き、呻く。縺れ合ったまま、2機は後方のデブリに激突した瞬間――閃光が迸った。

 

先程まで、2機がいた空間を熱を帯びた光が過ぎった。刹那、その光が吸い込まれた岩塊が吹き飛んだ。

 

「なっ?」

 

「なにっ!?」

 

響く警告音と突如眼の前に起こった状況に、マコトだけでなくマーレも驚愕に眼を見開く。

 

「ビームだとっ!?」

 

今の光がビームと逡巡した瞬間、彼方より光が再び襲い掛かってきた。

 

「ぐっ」

 

「うわっ」

 

互いに歯噛みし、マーレはセレスティを弾くように蹴り飛ばし、縺れ合っていた2機は弾かれ、その離れた空間を過ぎるビームは目標を見失い、再び岩塊を吹き飛ばす。

 

マーレは軍人としての経験故か、慌てて身を隠し、身構えるもマコトのセレスティは突発的に襲い掛かった事象に動きがやや鈍り、機体を必死にAMBACで操作しながら降り掛かるビームから身を隠すためにデブリに身を隠す。

 

「はぁ、はぁ…な、何だよいったい―――?」

 

息を乱しながら唐突に起こった状況に困惑する。マーレもやや混乱した面持ちで、ビームが放たれる方角を睨むように見据える。

 

「くそっ、いったい誰が!?」

 

こんな演習地帯で襲われるとは想定外を通り越して明らかに異常事態だった。だが、このビームは明らかに人為的に行われているもの。

 

「海賊か?」

 

こういったデブリ帯や暗礁地帯で起こる人為的な災厄といえば、それしか思い当たらない。マコトはセレスティの頭部に備え付けたサイドカメラを展開する。

 

サイドからアームが伸び、カメラのレンズが開かれ、ビームが飛来する方角を凝視し、マコトは最大望遠で拡大する。

 

メインモニターに表示される方角の奥―――ややぼやけているも、その映像が鮮明を帯び始めると、モニターには機影が映る。

 

そこには、ビームライフルの銃口をこちらに向けているストライクダガーが映し出されていた。

 

「!!!」

 

その光景に一瞬、声を詰まらせた。

 

正規の量産機とは違うカラーリングを施された数機のストライクダガーの構える銃口に剣呑な光が宿り、それがモニターの正面を捉えた瞬間、サブカメラがショートしたのか、映像が雑なものに切り換わり、マコトは声を張り上げていた。

 

「危ないっ、逃げろっ!!」

 

叫ぶや否や、マコトは操縦桿を引き、セレスティが岩塊から離脱し、マーレもその叫びに反射的に操縦桿を引いていた。

 

2機が離脱した瞬間、岩塊がビームによって融解し、撃ち抜かれ、粉々に砕け散る。破片が周囲に散乱し、機体に降り掛かる。そして、数条の光がその後から過ぎり、空間を薙ぎ払った。

 

マコトは言うに及ばず、マーレでさえもこの異常事態にただ驚くだけだった。

 

(ぐっ、どうなってる! こんな状況は俺の予定にないぞっ)

 

先の第1演習場でのアクシデントは確かに奇襲に見せかけたトラップを仕組んだが、今回はあくまでマコトに身の程を教えるだけのものでトラップの類も用意などしていない。

 

ナチュラルの操縦するMSなど相手にならないと――ただそれだけしか考えていなかったため、今のこの状況にただ混乱するばかりだ。

 

降り注ぐビームに丸腰のジンでは流石に分が悪い。マーレは歯噛みしつつ再度デブリに身を隠し、そこへマコトからの通信が響く。

 

「おいっ相手は旧連合のストライクダガーだ! 早く逃げないとっ」

 

「くっ、黙れ! たかがナチュラルのMSに―――っ」

 

「危ないっ」

 

言い募ろうとした瞬間、マコトが叫び上げるとのコックピットにアラートが響いたのは同時だった。

 

ハッとマーレが振り向いた瞬間、ジンの上方から急接近してくるストライクダガー。スラスターを噴かしながら、ビームサーベルを振り上げる。

 

唐突な奇襲にマーレも反応が遅れ、身を捻るも遅く、ジンの右腕を斬り裂かれる。ビームの熱がジンの装甲を紙屑のように融解させ、斬り落とす。

 

爆発が轟き、マーレのジンは弾き飛ばされ、それを見たマコトは半ば無意識にジンの進行方向へ回り込み、ジンのボディを受け止める。

 

衝撃が機体を揺さぶり、歯噛みするも――モニターには獲物をしとめようと迫るストライクダガーが映し出され、反射的にトリガーは引いた。

 

「うわぁぁぁっ」

 

恐怖に表情を引き攣らせつつも、引かれたトリガーによってセレスティの持つ銃から弾丸が発射され、ストライクダガーに着弾し、ペイントがぶちまけられる。

 

頭部、ボディとペイントまみれになったストライクダガーはカメラが遮られたのか、動きが鈍り、チャンスとばかりにマコトは操縦桿を戻し、セレスティのスラスターが逆噴射し、後退する。その間にも後方からの援護射撃と思しき攻撃が降り注ぎ、回避しつつジンを抱えながら、マコトはよりデブリが密集する宙域へと逃れていった。

 

 

 

 

セレスティとジンがデブリのなかに消え、立ち往生していたストライクダガーだったが、サブカメラに切り換えたのか、周囲を窺い、相手の反応が消えたのを確認すると、コックピットのなかでパイロットと思しき男が毒づいた。

 

「くそ! あいつらどこに行きやがった!!」

 

パイロットスーツも着ず、無精髭にぼさぼさの粗暴とも取れる容貌の男が、憤怒の表情で吐き捨てた。

 

「おいっ、大丈夫か?」

 

留まっていたストラクダガーに仲間の駆るストライクダガーが接近してきた。それを確認すると、男は大仰な態度で応じた。

 

「ああ、連中が持ってるのはただのペイント弾だ。ふざけた真似しやがって」

 

あの銃を向けられた瞬間、男は微かに恐怖したのだ。だが、着弾したそれはただの模擬弾で、あの恐怖した瞬間に激しい羞恥と嫌悪感を憶えた。

 

よくよく見れば、ストライクダガーは全機が所々錆び、また装甲の傷を鉄板で塞いだ継ぎ接ぎの部分も見え、ろくな整備もされていないのは明白だった。

 

彼らは、脱走兵だった。元々は旧地球連合の大西洋連邦に属する軍人だったが、大戦後期に激化する戦況と軍という組織の待遇の悪さ、それら鬱憤が溜まり、彼らはMSや小型の駆逐艦ごと、戦闘のどさくさに紛れて脱走したのだ。故に、彼らの扱いは既にMIAになり、公式には死亡となっている。

 

だが、彼らには関係なかった。軍の装備を持って脱走した身では、もはや裏世界でしか生きるしかできないのだから。それからは戦後の混乱の治安の悪さに乗じ、民間艦や施設を襲い、略奪行為に手を染めるようになった。

 

それらを売り飛ばし、海賊という生活に定着した。仮にも戦闘訓練も受け、MSを扱えるのだ。集団で行動し、略奪する彼らにとって邪魔なものはほとんど無いに等しかった。軍に遭遇するものなら逃げに打って出る。

 

そんな生活を既に2年半近くも続け、有頂天になっていた時に、彼らにある情報が齎されたのだ。

 

「あの白い奴かね、ザフトの新型ってのは?」

 

「だろうな。生意気に反抗しやがってっ」

 

「はははっお似合いだぜ」

 

ペイントに染まった機体に仲間が大声で笑い上げる。

 

だが、やられた方にしてみれば笑い話ではない。今まで刃向かう者など無きに等しかった男にとって、あの白いMSが起こした行動はいたく自尊心を傷つけられた。

 

身勝手なプライドだが、それが酷く忌々しい。

 

「だが、アレを手にいれりゃ高く売れる。ジャンク屋なんかめじゃねえ――どこの企業だって高く買い取ってくれるぜ」

 

彼らがこのL4宙域にまで足を伸ばしたのは、遂数日前に齎された情報によるものだった。L4宙域において建造されたアーモリー・ワンにおいて開発されているザフトの新型機。その機体がこの演習場で稼動試験を行っているというものだった。

 

情報の真偽は怪しかったものの、これまでに繰り返してきた略奪行為にもやや刺激が薄れていただけに、この辺りで大きな儲けを得たいと考えたのはある意味自然の成り行きだったのかもしれない。

 

今まで手に入れたMSのパーツや貴金属等は確かに金にはなるが、所詮はジャンクパーツに盗品。まともなルートで捌けるはずもなく、収入も微々たるものが多い。それが大いに不満だった。

 

だが、ザフトの新型機ともなれば、当然その機体には多くの新機軸の技術や高性能パーツが使用されているはずだ。そんな機体ともなれば、兵器を開発しているメーカーに持ち込めば、諸手をあげて高く買い取ってくれるだろう。

 

「で、どうするよ?」

 

「どうせなら、あのジンもいただくか?」

 

問い掛ける仲間に男は鼻を鳴らし、口元を歪める。

 

「いや、小生意気なコーディネイターに身の程ってやつを教えてやった方がいい。あのジンを奴の眼の前で派手にぶっ壊して、恐怖を刻んでやらないとな」

 

「そうだな」

 

ジンも手に入れたほうが儲けにはなるが、所詮は旧型機。なら、刃向かった報いとして仲間を眼の前で壊し、相手を精神的にいたぶってやる。相手はコーディネイターだ。宇宙にいる化け物なのだと――大戦中に連合内に浅く、そして広く浸透したブルーコスモスの思想はこの男達にも若干ながら染まっていた。

 

「よし、お前らは正面からあいつらをいぶり出せ、俺が奴らをしとめる」

 

「へっ、おいしいとこどりって訳か。いいぜ、ただし儲けの配当は少なくしてもらうがな」

 

男は表情を顰めるが、仕方がない。コーディネイターを殺すという役割をこなすのだから。彼らにとってある意味コーディネイターのMSを墜とすことが一種のステータスになっているようだ。

 

「で、売り込むとしたら何処にだよ? ルナティックか? それともアクタイオンにでも売り込んでやるか?」

 

会話を横に、もう一人がレーダーを操作し、デブリ帯に消えた機影を探索しながら問い掛ける。

 

「ルナティックは規模が小さいうえに月だからな――アクタイオンならいいだろう。あそこはMSの開発に躍起になってるしな」

 

新型機をより高く買い取ってくれるとなら、今現在大東亜連合とも専属の繋がりを持つアクタイオン・インダストリーの方がいいだろう。前大戦においてオーブのモルゲンレーテに遅れを取った分を取り戻そうと、MSの開発に躍起になっているらしい。

 

相槌を打ちながらレーダーを見詰め、センサーがやがて熱反応を捉えた。反応は2つ。それを確認した男は仲間の機体にデータを送信する。

 

「見つけたぜ」

 

「よしっんじゃやってやるか」

 

相手の座標を確認し、2機のストライクダガーがバーニアを噴かし、身を隠していると思しき場所に向かって加速する。

 

「あまり時間は掛けるなよ。近くにはあいつらの母艦もあるんだからな」

 

「そうそう、欲張って元も子にはなりたくないんでな」

 

Nジャマーの影響で、まだ自分達の襲撃は気づかれていないだろうが、このデブリ帯の外側にはあの2機の母艦もある。ハイリターンは求めても、リスクは負いたくない。それが彼らの考えだった。

 

意気揚々と向かう仲間を見送った男は血走った、猛禽鳥のような眼でレーダーを凝視した。

 

「宇宙の化け物どもめ――この俺に恥をかかせてくれた礼はタップリしてやるぜ」

 

卑下た笑みを浮かべ、男は操縦桿を引く。

 

哀れで愚かな獲物を狩るべく…ストライクダガーはビームライフルを構え、獲物が息を潜める宙域に向けて突き進んだ。

 

そんなストライクダガーを遠巻きに見詰める影―――デブリの上に佇み、宇宙の闇がその機影を覆い隠し、その姿を確認することはできないが、機影の頭部が微かに俯き、その二対のセンサーアイが不気味に輝いた。

 

 

 

 

 

猛る軍人崩れの海賊の標的にされた獲物は、なんとか会敵から逃げ延び、近くを浮遊していた廃艦の格納庫に身を隠していた。

 

ぽっかり大きく空けられた外装から覗く宇宙を窺うように格納庫内に鎮座するセレスティとジン。そして、マコトはセレスティのコックピットから離れ、被弾したマーレのジンの右腕を見ていた。

 

ビームの余熱でやられた影響か、まだ切断された断面には微かな熱が燻り、灼け焦げている。そのダメージ具合を確認しながら、表情をますます顰めていく。

 

「ダメだ…完全にやられちまってる。ここじゃ応急処置も無理だし」

 

スパナを手にヘルメット越しに流れた汗を拭うように頭を擦る。だが、その手は微かに震えている。

 

頭のなかを反芻する先程の光景――ストライクダガーがビーム刃を振り上げて迫る光景。自身の命を刈り取ろうとするその恐怖に思わず発砲した。生憎と手にしていたのはただの模擬弾だったため、相手をペイントまみれにして逃げの時間を稼げたぐらいだったが。

 

それでもこうして今生きている――生き延びれられた。なら、まだ諦めるには早い。気を取り直してダメージの確認を再開するマコト。

 

そこへ、気配を感じ振り向くと、マーレが近寄り、被弾箇所に張り付く。

 

「どうなんだ?」

 

いつもの侮った口調ではなく、どこか険しい口調にマコトも僅かに毒気を抜かれながらも、手を休めず言葉を発する。

 

「残念だけど、右腕はもう使えないな。こんな状況じゃ、応急処置もできないし、せいぜい誘爆しないように回路をカットするぐらいだ」

 

工具になにか代用パーツでもあれば、まだ応急修理なりはできたが、生憎模擬戦だったためにセレスティのコックピットに持ち込んでいたのは最低限の工具のみ。代用パーツも戦艦のなかならなにかあるかと思ったが、めぼしいものはない。最も、こんないつ襲われるか分からない状況では、そんな作業もままならないかもしれないが。

顰めた表情で舌打ちする。

 

「くそっ」

 

マーレはマーレで被弾したジンを一瞥し、腕を組んで考え込む。

 

「どうする? Nジャマーの影響が強いから、こうして身を隠せているけど、それもいつまで保つか分からない」

 

誘爆を防ぐため、本体とのラインを封鎖し、作業を終えたマコトがマーレに向き直る。

 

幸か不幸か――模擬戦前に散布したNジャマーと合わさって、この演習場に元々滞留していたNジャマーが電波を阻害し、少しでも距離を取ればなんとか相手の索敵範囲から身を隠せてはいるが、そのために演習場の外周で待機している母艦と連絡が取れない。

 

「貴様に言われずとも分かっている! 確実なのは、影響の薄い場所から母艦に連絡を取るだけだ」

 

口調は相変わらず厳しげだが、その表情は生存を高めようとする兵士のものだった。マーレとて性格には難ありでもセカンドシリーズのテストパイロットに選ばれた者なのだ。己の生存を高めるという兵士としての心構えをこんな状況で放り投げるほど愚かでもなかった。

 

だが、状況は余りにも不利だ。こちらは被弾したジンに民間機。おまけに装備も模擬戦用のものばかり。回路をOFFにしているため、今は身を隠せているが、シン達が異変に気づいて救助を待つのも肝心のライフシステムが保たない。

 

やはり確実なのは、演習場から離れ、母艦と通信可能範囲にまで逃げ延びるしかない。相手の位置が掴めず、不利な事に変わりはないが。

 

逡巡していたマコトも同じ結論なのか、やがてセレスティとジンを交互に見やり、一瞬眼を閉じるが、意を決したように顔を上げた。

 

「なあ、俺があいつらを引きつける。あんたはその隙に演習場を離脱して、シン達に連絡を取ってくれ」

 

唐突に紡がれた言葉にマーレが微かに眉を顰めながら見やる。

 

「貴様、何を言ってる?」

 

「このままここに隠れてたっていずれ見つかる。けど、まともに相手もできない。なら、助かる可能性が一番高いのはそれしかないだろう。それに、あんたの機体、どの道まともに動くのもままならない」

 

苦虫を噛み潰したようにマーレが口を噤む。現時点でまともに行動できるのはセレスティのみ。だが、2機で逃げてもまず間違いなく相手に見つかり、逃げ切れる可能性は限りなく低くなる。

 

なら、最悪でも一人は生き延びれられる可能性が高い方を選択する方がいい。マーレをセレスティに乗せてもいいのだが、マコト用にセッティングされているOSを調整する時間もない。

 

ジンは片腕が動かず、留まって時間を稼ぐのもままならない今、結果的にどちらか片方が囮として相手の注意を引きつけ、その隙にもう一機が救援を呼ぶ。そしてそれがどちらの役割かも必然的に決まる。

 

同じ結論なのか、マーレも口を挟もうとはしない。

 

「なら、それでいいだろう。俺があいつらを引っ掻き回す。あんたはその隙に」

 

時間が惜しいとばかりに話を打ち切り、マコトはセレスティに乗り込もうとするが、その背中にマーレが睨むように声を掛ける。

 

「待て」

 

低い声に思わず背を向けたまま立ち止まる。

 

「貴様、何故そこまでやろうとする。貴様は何故独りで逃げようとせん?」

 

マーレにとって当然の問い掛けだった。勝ち目がない戦いに自ら飛び込んでいくなど、愚かとしか言いようがない。自分はそんな無謀な真似をするほど愚かでもない。いや、そんな死にに行くような真似など好き好んでやりたがる人間などそうはいない。

 

「ナチュラルは自殺願望でもあるのか? それとも御大層な正義感というやつか?」

 

どこか侮るような口調で肩を竦める。

 

だが、マコトは無言のまま――そして、一瞬俯いたが、やがて顔を上げてセレスティを見上げる。

 

「俺は、死なせたくないだけ…奪われたくないだけだ。たとえそれが――なんであろうとっ」

 

自らの存在意義――そんな御大層な言葉で飾るつもりはない。だが、決意したのだ。

 

決して奪わせない。決して屈しない。相手がどんなに強固であろうとも…どんなに高い壁であろうとも……どんなに無謀だとしても。

 

そして、たとえ相手が誰であれ、自分の知ってしまった者を、大切な者を自分の眼の前で奪わせはしないと。

 

だから戦う。自分の前にそのための力があるのなら――自分にできるのなら、とマコトはコックピットに飛びつく。

 

「だから――信じさせてくれ」

 

背を向けていたマコトがどこか縋るような視線を一瞬向け、マーレが表情を顰めると同時にマコトはコックピットに飛び込み、ハッチを閉じる。

 

シートに着くと同時にAPUを起ち上げ、セレスティのモニターに光が走り、全周囲に映像が表示される。

 

そして、状況を確認する。セレスティは問題なく動くが、先程の模擬戦でバッテリーと推進剤をかなり消費し、長時間の活動は不可能。

 

「最大で十数分ってとこか」

 

稼動限界時間を概算し、続けてマコトは相手の情報を引き出す。

 

モニターに表示される、最初の会敵時に撮影した敵機の映像。モニターで数えられるのはストライクダガーが3機のみ。

 

だが、その状態は見る限りとても正規軍の機体とは思えないほどのものであって、所々に見える戦闘の傷跡に傷を塞ぐ鉄板、そして錆――まともな整備を受けているとは考えにくい。この時点でどこかの軍の所属という線は消えた。いや、そもそも既にストライクダガー自体量産をとっくに打ち切られ、現在は生産されていない。とどのつまり、地球の諸国家で使用している軍はほとんど無い。

 

この点からも、前大戦時に大量の流出したストライクダガーのジャンクないし、脱走兵崩れの海賊という線が濃厚だろう。

 

「海賊なら、相手はあの3機、と考えていいか」

 

軍なら、奇襲においても当然実行部隊と予備部隊というふうにある程度の数を揃えるが、海賊にとっては獲物を素早くしとめるために全機で襲い掛かるパターンが多い。可能性が無いわけではないが、相手は3機のみと仮定しても問題ないだろう。

 

そして、相手の眼を引き付ける囮となりうるか――この点は問題ないだろう。このセレスティは見た目は裏世界で流通している量産機種とは明らかに違うワンオフ機としてのイメージを持たせられるだろう。相手が海賊なら、より金になりそうな獲物を狙うはずだ。

 

状況を整理し、マコトは操縦桿を握り締める。手が汗ばむ――遂数十分前までは戦闘をしていたとはいえ、それは模擬戦。真剣味はあったが、どこか『死』という感覚は薄かった。

 

だが、今度は違う。相手は明確な殺意を持って襲い掛かってきている。数日前のステーションでの攻防が脳裏を過ぎる。

 

あの時は運良く生き延びられた。だが、今度もそううまくいくとは限らない――最悪な可能性が浮かび上がるも、それを振り払うように頭を振る。

 

「違うだろっ、そんな弱気になるな――俺は、絶対に諦めない!」

 

消え入りそうになっていた自身の生きる意味。だが、それが今明確なものになって自身の内で変わろうとしている。

 

それを打ち砕かれてたまるか…必ず生き延びる。生きて、生き足掻く。

 

あの絶望に二度と敗れないために―――必ず、生きて護り抜いてみせる。

 

大切な者を喪う傷みも…大切な者を哀しませる傷みも……二度と。

 

真っ直ぐなほどの純粋な想いとも取れる信念を胸に、マコトはセレスティを起動させる。蒼穹の瞳がその信念に応えるように輝き、排気音を静かに響かせながら、機体を飛び上がらせる。

 

粒子が舞い散り、セレスティは裂け目から飛び出し、獣の徘徊する狩場へと身を乗り出していった。

 

それを見送ったマーレは、どこか気難しげな表情で暫し茫然と佇んでいたが、やがて舌打ちし、ジンへと乗り込んでいった。

 

 

 

 

 

 

その頃、デブリ内をハイエナのように固まって周囲を猛禽的な眼で見回し、獲物の姿を捜していた。

 

「おいっ本当にこの辺なのか?」

 

「ああ、確かにこの辺で熱反応があった。デブリじゃねえ、間違いなくエンジンの駆動熱だ」

 

怒鳴るように問う男にやや投げやりに答え返す。

 

確かに微量ながら感知したのはこの宙域だが、この辺りはNジャマーの影響も強く、レーダーやセンサー類も不調が大きい。

 

苛立ちながら、血走った眼で周囲を見渡していたが、そのモニターがある映像を捉えた。

 

やや離れた位置に移動する白い機影。モニターがズームされ、その機種を検索するも、『UNKONWON』という文字が表示される。だが、男はその映し出される機影にニヤついた笑みを浮かべた。

 

データが無くて当然のものだ。映し出されるのは白いMS。先程、自身の機体をペイントまみれにし、自尊心を大きく傷つけたあの忌々しいザフトの新型機がまるで獅子に狙われた小兎のように逃げまとっている。

 

「おい、奴だけか? あのジンは?」

 

「知るか、だが目的は奴だけだ! 追い込むぞっ」

 

「「おうっ!!」」

 

僚機と思っていたジンが見当たらないのは不審に思ったものの、目的はあくまで新型機とこの屈辱を晴らすことだけ。その欲望に突き動かされ。3機のストライクダガーはセレスティに向かって加速する。

 

その姿は、兎を狙う獅子というよりは、弱者に襲い掛かるハイエナそのものだった。

 

追い縋るように加速してくるストライクダガーにモニターで確認したマコトは内心、ガッツポーズを決める。

 

「よしっ、かかったっ」

 

相手はこちらの誘いにのった。あとは、時間を稼ぐだけ。なるべくデブリが密集し、障害物が点在する宙域に向かってセレスティの軌道を修正する。

 

密集している空間へと逃げ込むセレスティの行動を疑問に思うことなく後をさらに加速して追いつこうとするが、そこへ立ち塞がる無数のデブリ。

 

デブリ内での活動に慣れているマコトは、限界ギリギリのスピードでデブリ内を進むも、それと異なり、3機のストライクダガーはデブリを避けるのに静止や減速を頻繁に行い、なかなか追いつけずに足止めを余儀なくさせられていた。真っ直ぐ飛ぼうものなら、間違いなく激突する。加速を殺し、デブリに気を配りながら後を追おうとするも、縦横無尽に浮遊し、また進路上に現われるデブリに男達は苛立ちを憶える。

 

「くそっ、なんで追いつけねえっ」

 

立ち塞がるデブリに悪態を衝く。流石の彼らもこれだけ密集したデブリ帯のなかを動くための技量は低かった。

 

だが、マコトは違う。仮にもジャンク屋として危険な場所での活動も行ってきた。こうしたデブリ帯を抜けるにはどう動くべきかも。このデブリ帯がマコトにとって微力な助けとなっていた。特にこの辺は激しい戦闘が行われた影響で不発弾や未だにエネルギーが滞留しているエンジンを積んだ戦艦やMSの残骸もあるのだ。下手に行動すれば、まず間違いなく自分達まで巻き込まれる。そのために、一定の距離を保ったまま、セレスティとストライクダガーは追いかけあいを続けていた。

 

「このぉっ」

 

いい加減、痺れを切らしたのか、先陣を切るストライクダガーがビームライフルを発射した。だが、その行為はマコトよりも仲間の方の眼を驚愕に見開かさせた。

 

「ばっ!」

 

言い止めるよりも早く、放たれたビームがセレスティに届くこともなく、前方に立ち塞がったデブリに着弾し、デブリが砕け散る。視界が遮られたばかりか、その破片は加速して破壊した者の方へ流れ、襲い掛かった。

 

「うおっ」

 

降り掛かる破片にようやく気づいたのか、シールドを掲げて破片を受け止める。幾度も当たる破片がシールドへ振動し、機体を揺さぶる。

 

加速を持った質量が相殺されず、シールドの表面を傷つけていく。

 

「なに考えてるんだってめえっ!」

 

「こんなとこでぶっ放すなっ、俺達がやられちまうっ」

 

仲間からの罵倒に男が悔しげに歯噛みし、その苛立ちをぶつけるかのようにモニターに映るセレスティを睨みつけていた。

 

こんな事態になったというさらなる憤怒を滾らせて、男は言い捨てた。

 

「うるせえっ、それよりあいつを捕まえるぞっ! お前は回り込め。俺らで追い詰めるっ」

 

責任転嫁するように喚き散らし、悪態を衝きながら分散する。仮にも一時期は軍組織に身を置いていたゆえか、紛いなりにもフォーメーションは考えていたらしく、一機が別方向に飛び、隊列を離れると同時に残りの2機が加速し、セレスティに追い縋る。

 

その様子をモニター越しに確認したマコトは、やや唖然とした面持ちだった。

 

まさか、こんなデブリが密集した危険な宙域で火器を使用するとは思わなかった。下手に火器を用いれば、間違いなく自身にも危害が及ぶ。どうやら、くだんの連中はこうした悪条件での運用錬度は低いと踏み、うまくいけば当初の予定通り時間を稼げると踏んだ。

 

「なんとか稼げる…ん?」

 

次の瞬間、モニターに映っていたストライクダガーが一機消えた。機体トラブルかと思ったものの、確認をする術はなく、まさかマーレのジンを捜しに行ったのではと微かな動揺を憶えるも、それも距離を詰めてきたストライクダガーに掻き消えた。

 

ストライクダガーはシールドを前面に押し出し、デブリを強引に弾きながら向かってきた。

 

「なんて無茶しやがるっ」

 

常軌を逸しているとしか思えない行動に距離を取ろうとするも、こちらもこれ以上スピードを上げれば、デブリに激突する可能性が高くなるため、迂闊に加速できない。

 

そうこうしている内に徐々に狭まる距離。死の予感がひしひしと伝わるなか、マコトはせめてもと手にしていた模擬弾を放った。

 

銃から乱射される模擬弾は、ストライクダガー2機の前方で着弾し、内装されているペイントを周囲に撒き散らし、視界を遮る。

 

「このっ」

 

「往生際の悪い真似しやがってっ」

 

遮られる視界に無駄な足掻きと罵り、ますます憤怒を募らせていくも、そんな声が聞こえるはずもなく、その隙に離脱し、なんとかデブリ宙域の外周部目掛けて向かおうとしたが、そこへ背筋を凍らせる警告音が轟いた。

 

「っ!!?」

 

ハッと顔を上げると、レーダーからロストしていたもう一機のストライクダガーがデブリの陰から突撃してきた。ノズルを噴かし、加速するストライクダガーのコックピットでパイロットが不適に嗤う。

 

「さあ、鬼ごっこは終わりだぜっ」

 

バルカンを発射するストライクダガー。弾丸がセレスティに襲い掛かり、激しい振動が機体を揺さぶる。

 

「うわぁぁっ」

 

呻くマコトは我武者羅に操縦桿を動かし、セレスティは銃を構え、ペイント弾を発射した。ペイント弾をシールドで受け止め、一気にコックピットを潰そうとするも、セレスティは突如銃を握っていた腕を振り上げ、その行動に眼を剥いた瞬間、銃身が振り下ろされた。

 

コックピットだけを狙った行動が仇となったのか、接近しすぎたストライクダガーの頭部目掛けて振り下ろされた銃身が、その質量と加速を持って頭部に殴打され、銃身が歪むと同時にストライクダガーの頭部もひしゃげ、破壊された。

 

それは、あまりに偶発的なものが重なっただけに予想ができなかった。頭部が潰され、モニターがブラックアウトした瞬間、今度はパイロットの方が混乱に陥った。

 

「な、なんだよっおいっ」

 

それは彼にとって経験がなく――しかし、知っている状況だった。軍属時代にシミュレーションで何度か経験した撃墜時の状況に似ていた。突如眼前にちらついた『死』に恐怖に顔を引き攣らせそうになりながら息を呑む。

 

動きの鈍ったストライクダガーにマコトは思考がようやく動き出し、無意識に操縦桿のトリガーを引いた。

 

刹那、セレスティの頭部のレーザーバルカンが火を噴き、ストライクダガーに降り掛かる。唐突に響いた音にビクっと身を竦ませた瞬間、ストライクダガーの剥き出しになった駆動部に着弾し、まともな整備を受けていない破損箇所から火が昇り、関節部が爆発した。

 

小規模な爆発とともに右肩が吹き飛び、それを確認するや否やマコトは慌てて操縦桿を引き、機体を離れさせる。

 

煙を噴き上げるストライクダガーを呆然に見詰め、止まっていたかと思うほど呼吸を荒げ、激しく躍動する心臓を抑えるように左胸を押さえる。

 

生きているという心地も束の間、残りの2機のストライクダガーが追いついてきた。確認すると同時に砕けた銃を捨て、慌ててその場を離脱する。

 

後に残されたストライクダガーは身動きがとれなかったが、そんな状態を確認したにも関わらず、2機のストライクダガーはそれを無視し、セレスティに向かって加速していった。

 

彼らにとっては眼の前の獲物のみしか視界に映っていない。この世界、躓いた者を助けるようなお人好しは生き残れない。彼らが常日頃考えていることだった。彼らも仲間が死んだと切り捨てたのだ。

 

置いてけぼりにされたストライクダガーの灯りの落ちたコックピットで、男は膝を抱えるように身を屈めた。

 

「待ってくれ…置いていかないでくれ……独りにしないでくれぇぇぇぇ」

 

コックピット内で悲痛な叫びを上げるも、それはもはや仲間と思っていた者達には届かなかった。

 

そして、そんな哀れな彼を招くように、無数のデブリがストライクダガーの周囲に浮遊していた。

 

 

 

 

マコトが必死にストライクダガーの注意を引きつけるなか、マーレのジンは静まり返った演習場内を飛行していた。

 

先程の演習も、海賊に襲われたという状況もまるで無かったかのような静寂。だが、マーレの内で何かが燻っているのも事実だった。

 

(何故だ…何故奴は俺を助けようとする……)

 

何度も頭のなかを反芻する疑問。自分でいうのもなんだが、マーレはナチュラルが嫌いだ。いや、自分の思い通りにいかないことを理不尽に感じる。だが、それは仕方ないことだ。人間、自分にとって不都合な事態が起これば、それを何かに理由付けて自分とは関係ないと思い込みたくなる。

 

何でもかんでも自分の不徳、不器用さと自己批判なり反省ばかりできるような人間は少ない。故に、ナチュラルであるマコトが自分達の敷地内で動くのも我慢ならなかった。そして、あの自分を見透かしたような視線を向けたカスミという少女を庇った行動。そんな正義感じみた真似がマーレの癪に障ったのは確かだった。

 

だから、少しほど身の程を教えてやろうとしただけが、逆にやられ、海賊の襲撃を受ける始末。おまけにその罵倒した相手から、逃されるなど――怒りを通り越して滑稽だと思わざるをえなかった。

 

もう少しで演習場の外部に辿り着く。そこまで行ければ、母艦との通信も可能になるだろう。このまま自分だけ逃げ延びればいい、と――そんな考えが一瞬巡った。

 

自尊心を大きく傷つけたマコトを見捨てれば、あの敗北は無効になる。どんな状況であれ、戦う以上は勝ち残った者こそが正しいのだ。

 

 

『カルネアデスの板』だ。だが、とそんなマーレの内に巡る葛藤。このまま見捨てたとしても、この内に沸き上がった燻りは消えそうにない錯覚を憶える。このままでいいのかと…このまま見捨てれば……自分の汚点は清算できない、と――――

 

「ぐっ」

 

自分でも理解できない葛藤に苛立っていたマーレの耳に、通信機からノイズ混じりの声が聞こえてきた。

 

《聞こ…る? こち……カ…マー……コト、応答…》

 

ハッと我に返り、マーレはその声に気づいた。どうやら、通信が回復できる範囲まで到達したようだ。受信しようと、パネルを叩き、周波数を合わせる。

 

「こちら、マーレ・ストロード。リーカ、応答しろ」

 

《マーレ? よかった、やっと繋がった》

 

安堵したように答えるリーカに、マーレは表情を顰めたままだ。

 

《マコトは? 貴方達が演習場の奥に消えてから急にレーダー類が不調を起こして、連絡が取れなくて心配してたんだけど?》

 

その問い掛けに答えることなく、マーレは無意識にジンを静止させた。ここまで回線がクリアになったということは、母艦は近いだろう。このまま合流すればいい。それからマコトの危機を教えてやればいい。そうすればマーレにとって落ち度はなにもない。そんな考えが巡りそうになった瞬間、脳裏にカスミの言葉が過ぎる。

 

 

 

 

―――――貴方は、怖いの?

 

 

 

 

内を見透かしたような視線と声。ギリっと奥歯を噛み締める。

 

「怖れる? この俺が――怖れているだと?」

 

それは何に対してだろうか――それは、マーレ自身も気づいていない内の奥底に巣食う恐怖。あの2年半前の戦い。ジブラルタル基地防衛戦で今まで侮っていたナチュラルの操縦するMSに敗れた刻、マーレは初めて戦いというものに恐怖を憶えたのだ。

 

今までプライドとしてきたコーディネイターとしての優越性。それが覆された瞬間、マーレの内で存在意義を否定され、それを自覚しないために、ナチュラルに対して嫌悪感を持つということで己のアイデンティティを保とうとした。

 

無意識に怖れていた――ナチュラルが……いや、自分が負けるということに………マーレはそんな己を罵倒するように叫んだ。

 

「俺は怖れてなどいないっ、俺は、俺はマーレ・ストロードだっ」

 

ナチュラルなどに借りをつくって溜まるものかと、マーレは息巻いて周囲を見渡すと、そこへ漂ってきたものに眼を見開く。

 

そして、躊躇うことなくそれを左手で掴み、アクセスして調べると同時に自身の望む答が弾き出されると、笑みを浮かべる。

 

《マーレ、どうしちゃったの?》

 

急に声を上げ、戸惑うリーカだったが、そんなリーカに構うことなくマーレはジンの進路を反転させ、今一度デブリの奥を見据える。

 

「リーカ、あのナチュラルが海賊に襲われている。シン達を援護に寄越せ」

 

《え? ちょっそれってどう…》

 

一方的に告げると通信をカットし、マーレは視線を前へと向ける。

 

「ふざけるなよ――俺は負け犬じゃない、ナチュラルに哀れまれるなど、あってたまるかっ」

 

叫ぶや否や、マーレはスロットルを踏み込み、ジンのスラスターは火を噴き、真っ直ぐに加速する。その姿は、猛々しさを漂わせる戦士の様相を呈していた。

 

 

 

 

 

「マーレ、マーレってばっ」

 

外周部に静止する艦のブリッジで、リーカが通信に向かって呼び掛けるも、回線が切られてしまったらしく、返事はまったく返ってこない。

 

「もうっ」

 

悪態を零すリーカだったが、その様子が只ならぬものだったので、ジェスが覗き込むように問い掛ける。

 

「何かあったのか?」

 

「あったどころじゃないわよっ」

 

怒鳴るように返すリーカに思わずたじろぐジェスだったが、そんなジェスを気にも留めず、リーカは別の通信回線を開いた。

 

「シン、ステラ、聞こえる?」

 

《ど、どうしたんだ?》

 

唐突に怒鳴るように話すリーカにシンも思わず眼を見開くも、次に発せられた言葉にその表情が驚愕に変わる。

 

「大変よ、マコトが海賊に襲われてるってっ」

 

《何だって?》

 

「ホントかよっ?」

 

ジェスも信じられず、声を荒げる。

 

「詳しくは分かんないけど、マーレからの通信じゃそうらしいって――」

 

リーカもマーレから一方的に告げられただけだから詳細を知りえないが、流石に真偽のほどを確かめる術もない。

 

「でも、さっきからセンサーやレーダーもなんだか不調気味だし…マーレの反応もまた消えちゃったから」

 

この演習が始まって少ししてから、艦のセンサーやレーダー類が突然不調をきたしたのだ。最初はこの演習場に散布されたNジャマーの影響かとも考えたが、それにしては不可解な部分が多く、不安を憶えたリーカはマコトとマーレに連絡を取ろうとしたのだが、通信も雑音のみで繋がらず、より不安を掻き立てていた。

 

それだけに先程のマーレからの通信は、驚くなという方が無理だった。

 

だが、その通信を送ったマーレのジンの反応もまた消え、それがより真実味を帯びている。

 

《分かった、俺とステラで捜索に出る、ハッチを開けてくれ》

 

躊躇うことなく告げるシンと頷き返すステラにリーカも応じ、格納庫のハッチを開放させる。

 

ハッチが開放され、格納庫に固定されていたジンがハンガーから起き上がり、ハッチ部分へ歩み寄っていく。輸送能力しかないこの艦には、戦闘艦のようなカタパルトが無いため、MSは自力で発艦しなければならない。

 

赤いパイロットスーツを着込んだシンとステラがコックピットで状態を確認し、積み込んであった突撃銃を装備し、操縦桿を引いた。

 

スラスターが火を噴き、2機のジンが艦より発進する。そのまま艦のブリッジ正面まで移動すると、シンはリーカに問い掛ける。

 

《マコト達の最後の反応はどっからだ?》

 

「待って、今転送するわ」

 

最後に機体反応が確認された座標を割り出し、そのデータを2機に転送する。送られてきたデータを確認し、その方角を見据えるように向きを変える。

 

そして、2機のジンが加速し、デブリ内に消えていく。その姿を見送る一同。不安な面持ちを浮かべるジェスやリーカ、厳しげに表情を顰めるカイト。

 

コートニーは無言のまま、シートに着き、コンソールを叩きだし、その行動にリーカが視線を向ける。

 

「コートニー?」

 

「彼らの位置が掴めない以上、こちらも安全とは言えない。敵の正確な数が把握できていないからな」

 

マーレからの通信では海賊による襲撃のみで、その敵がどのような機体を使用し、またどの程度の数なのか、それらの情報が伝わっておらず、かなり広範囲に行動している彼らを把握することもできず、またこの艦にも伏兵がいた場合の対処手段が弱い。

 

だからこそ、コートニーは、最善の手段をできるだけ打とうと、この演習場付近に友軍がいないか探索していた。

 

アーモリー・ワンが近隣にある以上、この近くにも友軍がいる可能性が高く、彼らの助力を仰ごうとしていた。数分後、コートニーの眼が微かに見開かれ、息を呑み込む。

 

「いた。彼らに通信を送る」

 

「何処の部隊?」

 

やや驚きに眼を張る。

 

この使用頻度の低い演習場に他の部隊か警備部隊でもいたのだろうか。相手が海賊である以上、最低でも迎撃できるだけの装備がある部隊でなければ。

 

「アルファチームだ。幸いに、実弾演習中らしい」

 

「あの子達? だったらホント都合がいいじゃない!」

 

弾んだ声を上げ、リーカとコートニーは慌しく作業を行う。それを見やりながら、何もすることができないジェスはただ彼らの無事を祈り、モニターに映る宇宙を見詰めるのであった。

 

 

 

 

 

 

デブリのなかを逃げるセレスティとそれを追随するストライクダガー。息を乱しながらも、マコトはレーダーに眼を向ける。

 

モニター上に表示される光点は2つ。あの一機はどうやら行動不能にできたようだ。あの瞬間を思い出すと、震えが背中を這って言いようのない不安と嘔吐感がこみ上げるも、それをなんとか抑え込み、マコトは逃げることに意識を集中させる。

 

確かに、囮としての役割は果たせているが、予想外なのは相手の方だ。仲間が行動不能になり、この不安定なデブリのなかに取り残されているというのに、相手は救助することもなく自分を追いかけてきている。

 

「こいつら、仲間を見捨てたのかっ!?」

 

信じられないといった表情で呟く。まだ他にも仲間がいる可能性は否定できないが、それでも眼の前で被弾した仲間の機体を放り出してまで追いかけてくるとは、マコトからしてみれば信じがたいことだった。

 

だが、そんな逡巡をしている間もなく、ストライクダガーはなおも加速し、距離を徐々に追い詰め始めている。

 

エネルギーインジケーターに眼を向けると、もうバッテリー残量が残り少ない。徐々に加速も弱まってきている。もう外周部付近に近づいてもいい頃だ。

 

(後少し、保ってくれっ)

 

祈るように叫ぶも、運命は彼に味方しなかった。バーニアからの点火が弱まり、失速するセレスティ。推進剤が底をついたのだ。もう、長距離航行はできない。

 

「くそっ」

 

歯噛みしながら、セレスティは少しでも機体を安定させようと浮遊していたデブリに取り付き、足をデブリの表面に張りつけ、踏ん張るように佇む。

 

その様子に男達は醜悪な笑みを浮かべる。

 

「へっ、どうやら動けなくなったようだな」

 

「散々手間かけさせやがって、楽に死ねると思うなよっ」

 

狂気を爛々と滲ませ、ストライクダガーのバイザーが鈍く光り、ビームライフルを構えながらセレスティに向かう。

 

そして、佇むセレスティのなかでマコトはやや引き攣った顔を上げる。

 

それは、覚悟を決めたもの――たとえ相手が何であれ、戦う。生き延びるために。

 

「こういう状況、何て言ったっけ――窮鼠猫を噛む、だったっけ」

 

から元気のように己に言い聞かせる。

 

追い詰められた鼠も、極限にまで達すれば猫にだって喰らいつく。なら、自分も喰らいついてやる――遊び半分で追い掛け回すような相手の喉元を……そんな覚悟でマコトはセレスティの右手に腰部の柄を握り締める。

 

もはや模擬銃もない。飛び道具がない今、セレスティの武器は腰部のビームサーベルのみ。抜くと同時に展開されるビーム刃。

 

「持続時間は5分――っ」

 

残り少ないバッテリーを回しているのだ。長くは保たない。そんなセレスティを無駄な足掻きと取ったのか、それとも武器を持ち出したことに警戒したのか、距離を空けたまま静止するストライクダガー。

 

「おい、あいつビームサーベルを構えたぞ」

 

「へっ、だがあれだけだろう。なら、ライフルで狙い撃ってやる!」

 

映像で確認した限り、装備はあのビームサーベルのみだ。模擬銃は先程の乱闘で破損し、既にない。最も、そんなもの武器には入らないが。

 

そして、セレスティが構えるのはあのビームサーベルのみ。どうやら、哀れな兎の最期の威嚇といったところだろうが、牙を剥く獅子には何の意味もない。

 

無常に構えられ、その鈍く光る銃口がセレスティを狙い、マコトは息を呑む。結局、マーレは間に合わなかったかと、内心悔しさがこみ上げるも、そんな感傷すら無意味なものに変わろうとした瞬間――ストライクダガーに向かって衝撃が走った。

 

「なにっ!?」

 

「なんだっ!?」

 

突如背後から襲い掛かった衝撃に構えていたライフルの銃口が逸れ、態勢を崩す。だが、機体に響くのは振動のみで物理的なダメージはない。よくよく見ると、ストライクダガーのバックパックが黄色に染まっていた。

 

その光景にマコトは眼を見開き、その攻撃が放たれた方角に視線を向けた。

 

そこには、右腕を喪ったジンが左手に構えた銃を放っていた。ストライクダガーに向かって放たれる銃弾。だが、それはただのペイント弾で相手の注意を逸らすしかできないもの。

 

「マーレ、何で――っ!?」

 

紛れもないマーレのジンだ。だが、何故ここに――逃げたはずではなかったのだろうか。困惑するマコトとは対照に、ペイントまみれにされるストライクダガーのコックピットで、男達は怒りに顔を真っ赤に染めていた。

 

こんな無意味なペイント攻撃を仕掛けるジン――その損傷具合から、セレスティと共にいた機体であるということは理解できた。

 

姿を隠していたのは味方を囮にして逃げたか、何かの装備でチャンスを窺っているかもしれないとも踏んだが、そのどちらも外れ、男は忌々しげに吐き捨てる。

 

「鬱陶しいんだよっ、てめえっ!」

 

身体の奥底から沸き上がる不快感をぶつけるように加速するストライクダガー。なおもこちらに模擬銃を構えるマーレのジン。

 

その向けられる銃口に恐怖ではなく敵意と殺気を向け、よけようともせず真っ直ぐに突撃する。ペイント弾など、何発受けても関係ない。

 

「死ねぇぇぇっ、宇宙の化け物どもぉぉぉぉっ!!!」

 

吼え上げながらジンに向かってビームサーベルを振り上げるストライクダガー。もはやかわせない密着状態での斬撃。マコトが声を上げ、その場の誰もがジンが斬り裂かれる光景を思い浮かべるも、マーレ本人はその口端を不適に薄めた。

 

刹那、ジンは模擬銃を捨て、素早く背腰部に左手を回し、手が再び取り出された瞬間、その左手には何かが握られていた。

 

それを確認する余裕もなく、ただ真っ直ぐに向かうストライクダガー目掛けて、ジンは左手に握るそれを投げつけた。

 

「っ!!?」

 

突如、真正面に迫る黒い物体。それが何か、視認した瞬間――モニター向こうから放たれた閃光にコックピットは覆われ、その閃光のなかに意識が掻き消えた。

 

爆発に覆われるストライクダガーのコックピット。ジンが投げつけたそれ――それは、このデブリ帯に漂っていたMS用のグレネードだった。ピンが抜けた、いつ爆発してもおかしくない手榴弾と同じもの。それがストライクダガーのコックピットに当たった瞬間、衝撃が安全装置を外し、爆発したのだ。

 

至近距離で――しかも相手が非武装と決め込んで無防備に突撃したため、コックピットに直撃されたストライクダガーはボディ部分の爆発により態勢を崩し、そのまま失速してジンの後方に流れ、やや離れた位置に浮遊していた残骸に激突し、次の瞬間、爆発に包まれた。

 

「へっ、ざまあみろ」

 

その様子をしたり顔で吐き捨てる。

 

模擬銃しか持っていないと油断した結果がこうだと――あの通信を入れてすぐに、近くに浮遊していたMSの残骸に装備されていたグレネードを掴み、それを隠すように装備してマーレは戦闘の熱分布を頼りにこの位置を割り出した。

 

なんのことはなかった。元々マコトも外周部目掛けて逃げていたのだから、Nジャマーの影響が弱まってその位置を特定できたにすぎなかった。

 

だが、その攻撃は効果的だった。非武装と思っていた敵機に続けて僚機を2機も墜とされては、流石に軍人崩れとはいえ、警戒を強めるには充分だった。

 

残された最後の一機のコックピットで、男は冷や汗を浮かべながら、ジンとセレスティを交互に見比べていた。

 

そして、この状況に対し、背筋を這うような不安と理不尽さがこみ上げてきた。こんなはずではなかった。自分達は狩る側の存在だったはずだ。

 

哀れな獲物をしとめ、それを元手に悠々自適な生活を送るはずが、仲間は墜とされ、残されたのは自分独り。

 

動悸が激しくなり、呼吸も荒くなる。この緊張感は2年半前の戦争時以来のものだ。この感覚が嫌で、脱走したというのに――今まで、こんな不安は無かったはずなのにと、何度も内心に叫ぶ。

 

そんな神経をよりすり減らせるように、セレスティとジンは睨むように視線を向けている。そのカメラアイが輝き、それが引き金となったように、男は悲鳴を上げて操縦桿を引いた。

 

バーニアが噴き上げ、ストライクダガーは恥も外聞も関係なく、その場から離脱した。

 

突如離脱したストライクダガーにやや唖然となっていたが、やがて敵が逃げたと頭が理解するとともに、マコトは大きく息を吐き出し、肩を落とした。

 

寿命が数年分縮まったような感覚で、自分がまだ生きているという実感を感じ、安堵の面持ちでシートに背を深く沈めた。

 

 

 

 

 

 

離脱したストライクダガーは必死にデブリのなかを逃げまとい、母艦に向かっていた。母艦といっても駆逐艦を改装したもので、乗員はほとんどいないが。

 

だが、それでも今は逃げることに必死だった。このままでは、自分もあの二人のように殺されると――最初の強気は何処へやらと思うほどの恐怖に縛られ、母艦の座標を目指していたが、その宙域に到着した瞬間、男の視界に信じられないものが飛び込んできた。

 

「な、なんだよ…これ――」

 

震える口調で呟く先にあるのは、デブリのなかでは珍しくもない戦艦の残骸。だが、それは周囲を漂う他の残骸に比べればまだ真新しげな雰囲気を漂わせている。それは、彼らの母艦の成れの果てだった。

 

ブリッジとエンジン部分のみを正確に撃ち抜かれ、誰に気づかれることもなくこのデブリの仲間入りをはたしていた。

 

男は酒を呑みすぎて悪酔いでもしているのかと、思い込みたくなるような悪夢の連続だった。

 

その時、コックピットに熱源反応のアラートが鳴り、反射的に振り向いた。振り向くと、ストライクダガーのほぼ真後ろに一体のMSが佇んでいた。だが、その姿は宇宙の闇に包まれ、ハッキリとは判別できない。

 

だが、そんな得体の知れないMSが唐突に現われたというのに、男は警戒ではなく安堵の面持ちを浮かべた。

 

「あ、あんたか…は、話が違うじゃねえかっ」

 

安堵を浮かべてすぐに責めるような口調で喰って掛かる男。そのMSは、男にとって顔馴染みとまではいかなくても知らないものではなかった。

 

「新型機がここで模擬戦をやるから簡単に奪取できるって――あいつら、コーディネイターじゃねえかっ、俺達が勝てるわけねえ」

 

彼らがマコト達の演習の情報を齎したのは、この眼前のMSのパイロット。だが、伝えられたのはその演習を少数で行うという情報のみ。それを誇大解釈して、容易に新型機を手に入れられると思い込んだのは彼らの方なのだが、そんなものは遥か忘却の彼方に置き去り、男はただ相手を罵ることと助かることのみしか考えていなかった。

 

「お、おいっ、俺を助けろ! こんな目に遭わせやがってっ」

 

助けを求めるとは思えない、身勝手に言い募る男だったが、相手は無言のまま。それが男の神経を逆撫でし、ますます憤る。

 

「おいっ聞いてんのかっ」

 

反応がないことに苛立ち、思わず掴み掛かろうとした瞬間、振り上げたストライクダガーの腕を掴み上げた。

 

「なっ!?」

 

引っ張り上げられるストライクダガー。そして、ほぼ眼前で佇むMSの頭部のツインアイが不気味に輝き、男は先程までの憤りではなく、別の感情に支配された。

 

「じょ、冗談だって…た、助けてくれよ――」

 

今度は逆に必死に命乞いを始めたが、それにも無反応のまま――次の瞬間、MSの頭部に備わった大型のマルチプレートアンテナが光り、それに一瞬眼を閉じる。そして、突如ストライクダガーのコックピット周りの計器が動き始め、驚愕する。

 

「な、何だ…何をしたっ?」

 

離されたストライクダガーは男の意識とは関係なく、動き始め、そのあり得ない事態に混乱する。

 

その様子をまるで満足気に見るように、MSのコックピットのなかでパイロットらしき人物が僅かに差し込む口元を薄く歪めた。

 

「行け」

 

誰にも聞こえることない小さな声色。

 

それに呼応するように、ストライクダガーは男の意志を無視し、身を翻して加速する。

 

「う、うわぁぁぁぁぁっ」

 

男が悲鳴を上げるも、そんな主を無視し、ストライクダガーはバーニアを噴かして飛び立つ。向かう先は、先程逃げ去った演習場の外周部。

 

飛び去っていくストライクダガーを見詰めるMS。そして、バックパックから巨大な翼にも似たスラスターが展開され、謎のMSもその場を立ち去る。

 

哀れな生贄を餌にして……目的を果たすために―――――

 

 

 

 

 

 

「なんであんた、逃げなかったんだよ?」

 

敵が去った後、マコトは推進剤の切れたスラスターに代わり、AMBACでなんとか被弾したジンの傍まで寄ると、疑問に感じたことを尋ねた。

 

マーレを逃し、救援を呼んでもらうために囮という危険な役割を買って出たというのに、肝心のマーレがこの場に戻ってきたのではまったく意味がなかったのではないか。

 

だが、マーレは不遜な態度で鼻を鳴らす。

 

「フン、ナチュラルに助けられるなど、俺にとっては我慢ならん」

 

その口調の悪さは相変わらずだが、以前までのような不快なものをあまり感じず、マコトもやや困惑する。

 

「リーカには連絡を取った。すぐ迎えが来る」

 

投げやりな態度で言い放つと、話は終わりとばかりにシートに凭れようとするが、何かを逡巡するように口ごもると、やがて真剣な面持ちのままセレスティを見やった。

 

「おい」

 

唐突に掛けられた声に、マコトも回線に耳を向ける。

 

「貴様のこと、少しは認めてやる。ナチュラルにも、少しは見所のある奴がいるらしいな。あのガキにもあとでそう伝えろ」

 

言い捨てると同時にシートに身を乱暴に預ける。自分らしくない言葉に、マーレは軽く自己嫌悪した表情で顰めた。

 

マコトの方も唐突に放たれたマーレの言葉に呆気に取られていた。だが、やがてその表情が緩み、温和なものに変わる。

 

追求されるのも言葉を掛けられるのも嫌なのだろうと、敢えて言葉をかけようとせず、マコトはセレスティの状態把握に掛かろうとした瞬間、コックピットに再び警告音が鳴り響いた。

 

「っ!?」

 

マコトだけでなくマーレもそのアラートに眼を見開く。慌てて確認しようとするも、気を緩めていたため、反応が遅れる。

 

刹那、2機を掠めるように放たれるビーム。その放たれた方角をモニターで確認し、先程撤退したストライクダガーが映し出され、驚愕と戸惑いを憶える。

 

「なっ、あいつ、逃げたんじゃないのかっ?」

 

欺いただけだったのか、そんな逡巡の間もなく、ストライクダガーはビームを浴びあせてくる。セレスティはこの特殊な装甲のおかげで掠めた程度なら致命傷にはならないが、ジンは一発でも受ければそれでお終いだ。

 

だが、もはやバッテリーも推進剤も切れ、満足に動くこともままならない2機はいい的だった。

 

相手のストライクダガーも同じ状態のはずなのに、相手はまるでこちらをしとめる気しかないようにビームを連発してくる。

 

やがて、ビームが切れたのか、ストライクダガーはビームライフルを捨て、バックパックからビームサーベルを抜き、刃を展開すると同時に加速する。

 

「くっ」

 

せめて受け止めようとビームサーベルを構えた瞬間、彼方より一条の閃光が飛来した。

 

セレスティとジンの直上を掠め、真っ直ぐに伸びる閃光がストライクダガーのコックピットを撃ち抜き、制御を失ったストライクダガーはそのまま体勢を崩し、2機を避けてあらぬ方角へと流れ、デブリを抉りながら墜落した。

 

煙を噴き上げ、機能を停止するストライクダガーを見詰めながら、茫然とした面持ちでマコトは先程の閃光が放たれた方角を見やった。

 

レーダーサイト内に反応はない――それから考えると、相手は遥か遠く離れた位置から動くMSのコックピットのみを正確に撃ち抜いたということになる。恐ろしいほどの射撃精度だ。

 

また新たな敵かと思い身構えるが、その方角より迫る機影が捉えられた。機種を特定したコンピューターがデータを表示する。

 

 

 

―――――ZGMF-1000

 

 

 

「ザク――?」

 

掠れた声で囁き、今一度モニターに眼を向けると、こちらへと接近してきたのはザフトのザクウォーリアだった。白を基調としたカラーリングに紅をポイントカラーにしたような一般機とは違うタイプだった。

 

「こちらアルファ3、セス・フォルゲーエン。そこの民間機、及びジンのパイロット、無事か?」

 

通信機から聞こえてきたのは女性の声。そのギャップに、マコトはますます眼を丸くする。

 

「セス? 貴様か?」

 

「マーレか。どうやら無事のようね」

 

相手を判別するやいなや、マーレが問い掛けると、セスと名乗った女性は紅と紫のオッドアイを瞑目させ、2機の前で立ち止まった。

 

「貴様が何故ここにいる?」

 

「ご挨拶ね。たまたま私達もここで演習していた。そこへ救援要請の通信が来たから、救援に来た」

 

簡潔に答え返すセスに、マーレもやや表情を顰める。どうやら、マーレはこのセスのこういった沈着なところが苦手らしい。

 

「アルファ1と2が道中被弾していたダガーを回収、牽引している。もうすぐシンとステラが来る。それまではおとなしくしてなさい」

 

ミネルバ配属のザクの部隊、アルファチーム。アルファ1はレイ、2はルナマリア、3はセスがコールサインになっている。もっとも、これも暫定的なもので、ミネルバが正式竣工の暁にはコールサインも変更になる予定だが。

 

彼ら3機もまた、この演習場でフォーメーションの演習中にコートニーからの通信を受け、そして救援に向かい、その途中で被弾したストライクダガーを発見し、牽引をレイとルナマリアに任せ、セスは独りマコトとマーレの捜索と救援に来たのだ。

 

黙り込むなか、マコトはモニター越しにザクウォーリアを見やる。『SOUND ONLY』のため、相手の顔は確認できないが、その名乗った名―――

 

「フォルゲーエン、か」

 

ほとんど顔も憶えていない亡き母の旧姓。だが、ただそれだけ――深く考えず、マコトも緊張の糸が切れたように深い疲労に襲われ、シートに身を沈めた。

 

セスはコックピットで周辺を警戒しつつ、視線を一瞬セレスティに眼を向けるも、一瞥しただけすぐに外す。

 

数分後、シンとステラのジンが合流し、被弾したセレスティとジンを牽引し、彼らは無事に帰還することができた。

 

帰還後、流石に海賊に襲撃されたということで簡単な聴取はあったものの、それ程の処罰はなかった。

 

肝心の模擬戦の勝敗は有耶無耶になってしまったが、マコトには関係なかった。自分の信じたことが、間違っていなかったと確信したのだから―――

 

 

 

 

 

 

 

あの演習騒ぎより数日後――アーモリー・ワンでは平和な日々が続いていた。

 

あの海賊の襲撃の一件以来、特にトラブルもなく、セカンドシリーズの性能試験も無事消化が進んでいる。そんななか、マコト、ジェス、カイトの3人は連れ立って軍施設を歩いていた。

 

「マコト、その新装備ってのは今日届くのか?」

 

「ええ。連絡では、もう届いて搬入作業に入っているはずです」

 

数日前にジャンク屋本部から届いた連絡。アーモリー・ワンでのセカンドシリーズ撮影に際し、民間機であるアウトフレームでは、宇宙空間での撮影時にその機動性についていけず、なかなか満足のいく写真が撮れずにいた。そんなジェスの不満を解消すべく、彼のサポート役である8が一肌脱いだのだ。

 

「けど驚いたよな、8がアウトフレームの新装備を発注してくれてなんて」

 

「どんな装備なんだか」

 

また面倒事が増えるのかと、やや疲れ気味に肩を竦めるカイト。そんなカイトに8は文句をつけるように文字を表示させる。

 

【私ガ設計シタノダカラ完璧ダ】

 

口を尖らせるような文字にジェスも苦笑し、宥めるように呟く。

 

「これでもっといい画が撮れるようになれれば助かるぜ」

 

軽快な足取りで向かうなか、彼らの機体が格納されている倉庫が近づいてきた。それに伴い、3人の耳に声が聞こえてきた。

 

「ん?」

 

「え?」

 

アウトフレームのバックホーム間近で思わず立ち止まる。バックホームの最上階部分から聞こえてくる唄声。

 

「歌?」

 

首を傾げるマコトとは対照に、ジェスとカイトは何かに思い立ったらしく、顔を見合わせる。

 

「おい」

 

「まさか」

 

息を呑んだと思った瞬間、ジェスとカイトは脱兎のごとく駆け出した。

 

「え? え?」

 

突然の奇行にマコトは眼を剥き、困惑する。だが、慌てて二人の後を追う。ジェスとカイトはバックホームに飛び込み、奥に設置されている梯子に手をかけ、同時に昇っていく。そして、最上階へ辿り着き、部屋を覗き込んだ。

 

「あっ、お帰りなさいませ、ジェス様♪ お食事できてますよ♪」

 

二人を出迎えたのは、その髪と同じピンク色のエプロンに身を包んだ一人の少女。テーブルには豪勢な料理が並び立ち、食欲をそそる匂いを発し、手には新しく出来上がった料理を抱え、笑顔で挨拶する少女はそのままジェスを覗き込む。

 

「それともお風呂になさいますか?」

 

首を可愛らしく傾げ、新妻よろしく問い掛ける少女にカイトは頭が痛くなるを憶える。

 

「やはりコイツか――」

 

【オカエリ!】

 

「セトナ! 何でここに!?」

 

8は嬉しそうに答えるも、ジェスも呆気に取られながら呟いた。

 

そして、後を追って昇ってきたマコトも、その異様な光景に二の句が告げないでいた。

 

「あの、お知り合い…ですか?」

 

少なくとも顔見知りなのは確かなようなので、初対面のマコトは恐る恐る問い掛けるも、カイトは説明拒否し、ジェスが上擦った声で応じる。

 

「あ、ああ――彼女はセトナ・ウィンタース。その、以前撮影で知り合ったんだ――」

 

「初めまして」

 

「あ、はい…こちらこそ」

 

にこやかに挨拶するセトナにやや赤くなりながら、慌てて頭を下げる。

 

だが、そんなマイペースなセトナに、カイトは苛立たしげに話し掛ける。

 

「そんな事はどうでもいい、いったいどうやってここまで来た? 軍事施設だぞ、ここは!!」

 

カイトの疑問ももっともだった。ここは一般のコロニーではない。入国管理が徹底されたプラント所有の軍事コロニーだ。厳しい管理体制が布かれ、おまけに今ジェス達がいるのは一般に開放されていない軍施設だ。なんの許可もなしにここまで来た方法が分からない。

 

だが、その問いにセトナは顔を俯かせ、言い淀む。

 

「――気がついたらここに…」

 

「そんな訳ないだろっ!!」

 

テーブルを叩き、音を立てて怒鳴るカイトにセトナが涙目で震える。

 

「お、落ち着けってカイト」

 

「そ、そうですよ。怖がってますし」

 

可憐な少女の涙――それに抗える男は少ない。何故か、妙な罪悪感を憶えるからだ。ジェスとマコトが擁護するなか、椅子に座ってこの珍劇を見ていた人物が声を発した。

 

「あの~~お邪魔ひてます~~~」

 

テーブルの料理を食べながら、のんびりとした口調で話す人物に、初めて気づいたように一度は視線を向ける。

 

そこには作業服にそばかすといった女性とカスミが座っていた。

 

「あんた風呂の」

 

「あれ? セファンさん?」

 

ジェスが問うより早く、その顔に見覚えのあったマコトは思わず名を呼ぶ。

 

「あ~~マコト君じゃないですか~お久しぶりですぅ」

 

「ええ、レイスタを貰った時以来ですね」

 

親しげに挨拶を交わす。ユンはレイスタを購入した時に手続きにきた担当だったので、その後も何度かレイスタの整備や強化等で会ったことがある。

 

「でもなんでセファンさんがここに?」

 

「セトナと一緒に来たのか?」

 

「いえ、ユン様は先程お一人で――」

 

ユンの代わりに答えるセトナがナフキンを差し出し、それを頭を下げながら受け取ると、食事を終えた口元を拭う。だが、根本的なセトナの問題は解決せず、カイトは頭を抱えたまま、溜め息を零した。

 

「カスミ様、どうでしょうか?」

 

ユンの横でセトナの焼いたアップルパイを頬張っていたカスミは、口元に欠片をつけながら、コクリと頷く。

 

「これ、美味しい。お代わり」

 

甘いものを食べて喉が渇いたのか、コップを差し出すと、セトナは嬉しそうに頷きながらすぐ横のキッチンにパタパタと歩み寄っていく。

 

その微笑ましい様子を眺めていた一同だったが、ユンが口元を拭き終え、一息ついて用件を話し出した。

 

「はい、私はジャンク屋本部から来ました~御注文の品を持って…ご馳走様ですぅ」

 

その言葉に眼を輝かせるジェス。

 

「もしかして、アウトフレームの新装備か!?」

 

身を乗り出さんばかりに問うジェスにユンはのんびりと応じる。

 

「はい♪ ではご案内致します~~」

 

席を立ち、先導するユンについて行くジェスとカイト。

 

ただ、カイトだけはやや難しげな表情でユンを見ていたが――マコトもアウトフレームの新装備が気になり、カスミを見やると…カスミは差し出された飲み物とアップルパイに夢中になっており、そのまま声を掛けず後を追った。

 

バックホームから降り、そのまま格納庫内を進むと、格納庫奥にジャンク屋組合のマーキングを施されたコンテナが置かれていた。

 

担当官が誘導灯で指示し、コンテナのハッチが開放される。開放され、真っ暗だったコンテナ内に差し込まれる光がその内にあったものの姿を浮かび上がらせる。

 

ゆっくりと車輪を動かし、コンテナ内から前進する機影は、小型の戦闘機を思わせるフォルムを持っていた。

 

「こいつが――」

 

【ソウダ、アウトフレーム専用オリジナルストライカーパック、『Gフライト』ダ】

 

興奮した面持ちで見入るジェスに、8が自慢するように応じる。

 

「長距離航行用の支援パックか」

 

支援戦闘機をベースにしたようなフォルムながら、大型スタビライザーとノズル、単体での航続距離や機動性強化に着手したストライカーパックのようだ。

 

接続時には、本体がバックパックに装着され、サブフライヤーが細かな軌道修正や制動などを行えるようになるらしい。

 

「これなら追いつけるぞ、インパルスに!」

 

興奮と決意にも似た熱意を感じさせる表情で、ジェスはGフライトを見上げた。

 

 

 

 

 

 

数日後、完成までの大詰を迎えたセカンドシリーズ5機の機動試験は概ね順調に消化し、今回は5機の連携を踏まえた模擬戦を行うため、演習場へ繰り出していた。

 

ナスカ級のカタパルトが開放し、誘導ラインが形成される。そして、発進体勢に入る5機のセカンドシリーズ。

 

「シン・アスカ、インパルスいきます!」

 

「ステラ・ルーシェ、セイバーいくの!」

 

「マーレ・ストロード、アビス出すぞ!」

 

「コートニー・ヒエロニムス、カオスOKだ!」

 

「リーカ・シェダー、ガイアGO!」

 

ナスカ級より飛び立つ5機。フォースシルエット装備のインパルスが先陣を切り、トリコロールのカラーリングが施され、それに続くセイバーに赤が、アビスに青が、カオスにダークグリーンが、ガイアが黒に彩られる。

 

そして、続けて発進体勢に入るのはGフライトを装備したアウトフレーム。

 

《ジェス、スタンバイよろしい?》

 

「ああ、いつでもいいぜベル」

 

ベルの管制に従い、発進口に移動するアウトフレーム。コックピットでゴーグルを下ろし、加速時に眼の神経を傷めない準備をし、迫る発進の時を緊張した面持ちで待つ。

 

誘導灯が点灯し、『LAUNCH』の文字が表示された瞬間、ジェスは操縦桿を引き、ペダルを踏み込んだ。

 

ゆっくりと加速するアウトフレーム。バックバーニアノズルが点火し、それが機体を勢いよく押し出し、アウトフレームをカタパルトから離脱させる。

 

「ジェス・リブル、Gフライトテイクオフ!!」

 

真っ直ぐに弾丸のように飛び出すアウトフレーム。Gフライトのシステムを統括する8が稼働率を計算し、表示する。

 

【加速比率143%、Gフライトパック制御良好、システムオールグリーン】

 

超加速に突入したアウトフレームは、ボディボードのように乗るサブフライヤーを制御し、宇宙を飛行するセカンドシリーズ5機に追い縋る。

 

やがて、先頭のインパルスに追いつくと右手にガンカメラを構える。レンズ越しに撮った映像がコックピットモニターに投影され、その精度にジェスは笑みを浮かべる。

 

「よしっ、捉えた! このストライカーパックのスピードならついていける!」

 

相対速度を合わせ、映像の精度を調整しながら撮影を行う。

 

「ありがとうよ、8!」

 

【ナンノ、ナンノ】

 

感謝するジェスに満足気に応じる8。それに苦笑を浮かべつつ、ジェスは全神経をカメラに集中させる。

 

少しでも気を抜けば、激突しかねない距離を保ちつつ、喰らいつくように5機のフライトに付いて行く。

 

元々、軍事用に調整された機体と民間用ではそのパワーに差が出てしまう。悠然と飛行する5機に対し、アウトフレームは限界ギリギリまでスピードを上げなければ、追随するのは難しい。

 

それだけの加速がかかれば、当然なかのパイロットに対する負担も大きいが、ジェスは持ち前の根性で歯を喰い縛りながらカメラだけに意識を集中させた。

 

「離れないぞ、インパルス!」

 

加速力で言えば、フォースシルエットを装備したインパルスが一番だろうが、MA形態になればセイバー、カオスに分がある。だが、今回はMS形態での連携飛行及び連携戦闘だ。

 

カメラ越しに映るインパルスを何枚も撮り、少しスピードを落として後続を飛行する4機の撮影に移る。

 

セイバーがカメラに捉えられると、セイバーは飛行中に機体を回転させ、加速する。アビスは特にアクションもなく通り過ぎ、カオスは雄雄しく飛行し、ガイアは右手を振り、どこかカメラ目線で応じる。

 

それぞれの様子をカメラに収め、やがて5機の機能を活かした連携戦闘に突入する。同時に5機は分散し、配置につく。

 

アビスが両肩を開き、MA-X223E:3連装ビーム砲の砲撃態勢に入る。コックピットの照準モニターに敵機を捉える。

 

離れた位置に滞空するのは、演習相手に選ばれたザクウォーリアが4機。

 

「エコー1より各機、周囲警戒!」

 

「「「了解!」」」

 

隊長機であるザクウォーリアの背後に円状に固まる4機。モノアイのカメラを動かし、周囲を索敵する。

 

左右に動いていたモノアイが一点を捉える。刹那、彼方より飛来する幾条もの熱源。

 

「来たぞっ散開!!」

 

叫ぶやいなや4機は分散しようとするも、飛来した6条のビームに回避が遅れた一機が脚部を捥ぎ取られ、被弾する。

 

「ちっ、一機か!」

 

その撃墜数に不満を漏らしながらも、マーレは相手の座標データを、次の相手へと送る。

 

「リーカ!」

 

「OK!」

 

笑顔で応じるリーカがレバーを引き、それに連動してガイアはMA形態へ変形する。黒い獣となったガイアはその4脚と背中のスラスターを駆使し、デブリの上を飛び交い、真っ直ぐにザクウォーリアへと向かう。

 

「おのれっ、エコー2、エコー4!」

 

隊長機の指示に従い、ザクウォーリア2機がビームマシンガンを構え、ガイア目掛けて発砲する。高速で迫るビームの弾丸の軌道を読み、それを俊敏な動きでかわす。

 

「はぁっ!」

 

リーカの咆哮に呼応するように、ガイアのバックパックのMR-Q17X:グリフォン2ビームブレイドが展開され、そのまま襲い掛かる。

 

翻弄するように機動するガイアが、寸前でデブリに体重をかけ、勢いをつけて跳び掛かる。2機の間を過ぎった瞬間、2機の手に握られていたビームマシンガンが斬り裂かれ、また弾き飛ばされる。

 

「おのれっ」

 

部下を瞬く間にあしらわれ、隊長機がビームマシンガンを構えてガイアを狙うも、そこへ真っ直ぐに降下してくる赤い戦闘機。

 

「やらせないの」

 

ステラは加速に耐えながらロックオンし、MA-7B:スーパーフォルティスビーム砲を発射する。直上からの射線に晒されたザクウォーリアのビームマシンガンを撃ち払い、舌打ちしてザクウォーリアは射線を外すも、加速したまま下方へと去るセイバー。

 

だが、そのバックパックから別の砲身がのぞき、それを察した隊長機が叫ぶ。

 

「いかんっ! エコー2、4! 離脱しろっ」

 

その瞬間、セイバーのM106:アムフォルタスプラズマ収束ビーム砲が発射され、ガイアの突撃で態勢を崩していた2機に襲い掛かる。一機はなんとか反応し、射線を外したものの、もう一機は反応が遅れ、左腕を撃ち抜かれ、被弾する。

 

離脱したエコー4が隊長機に合流し、体勢を立て直そうとしたが、そこへ撃ち込まれるビーム。何もない空間から幾条も放たれる。

 

それは、カオスのEQFU-5X機動ポッドだった。カオスより離脱した2基の機動ポッドはコートニーの意思に従い、複雑な機動を行いながらビームを浴びせかける。

 

不規則な攻撃に翻弄され、残った2機のザクウォーリアはスラスターを噴かして離脱する。

 

だが、息をつかせぬ攻撃に息が上がり、また神経を追い詰められていた。やがて、攻撃がやみ、2機は静止する。

 

それが命取りだった。2機の背後から姿を見せるインパルス。カオスはインパルスの待ち伏せるこの座標へと相手を誘導していただけに過ぎなかった。

 

インパルスは左手に腰部から取り出したM71-AKフォールディングレイザー対装甲ナイフを構え、隊長機のザクウォーリアの首筋に向け、右手のライフルをもう一機の頭部に銃口を押し付けた。

 

そこで勝負は決まった。

 

「参った、ゲームオーバーだ」

 

大仰な口調で零す隊長機が両手を挙げ、インパルスは構えを解いた。

 

そして、その戦闘の一部始終を余すことなく撮影していたジェスはセカンドシリーズの性能に改めて驚愕させられていた。

 

「すげえ……」

 

その一言でしか表せない。

 

だが、それが新たな時代を告げる何かであることを感じさせるものは確かだった。そして、それを伝えられることをジェスは言葉に表せない思いで感じていた。

 

 

 

 

演習をモニタリングするナスカ級の周囲で見守るジンアサルトとセレスティ。マコトとカイトはモニター越しに演習を見詰めていたが、マコトもまたその演習風景に見入られていた。

 

まるで完成された舞台のごとく宇宙を駆ける5機は、確かにプラントが誇るだけはあると感じさせる。そして、それをこの眼で見れたことにマコトは感慨深いものを感じていた。

 

ナスカ級のブリッジでは、演習終了を確認したオペレーター達が事後処理を行う。

 

「シミュレーションバトルケース26C終了」

 

「バトルデータ確認、データ確認後フィードバックへ――」

 

その作業を横にパネルモニターを覗き込むベルナデットらは、満足気な表情でセカンドシリーズを見詰めていた。

 

「流石は、ザフトの次代を担う機体――そして、パイロット達ですな」

 

「ええ」

 

艦長の褒め言葉に、ベルナデットも同感とばかりに相槌を打つ。

 

「5機の連携も思っていた以上の出来です。それに――」

 

もう一つ――パネルを操作し、モニターにはアウトフレームが映し出され、呆れたような…それでいて感心したような面持ちを浮かべる。

 

「彼らに喰らいついていく貴方の野次馬根性も、大したものだわ、ジェス・リブル」

 

馬鹿にしているのか、称賛しているのか――はかりかねる口調だったが、そこにはジェスのそんな姿勢を認めるものが含まれていた。

 

演習を終え、被弾したザクウォーリアに手を貸し、ナスカ級へと引き上げていく各機。そんな彼らを遠巻きに見詰める影。

 

岩塊の奥に姿を隠し、監視するような視線を向ける3体の機影。

 

気配を完全に殺した彼らにまったく気づくことなく、相手は帰還していく。一番奥に姿を隠す機体のカメラアイが不気味に輝き、セカンドシリーズを凝視する。

 

やがて、奥の機体が手を挙げると、前方にいた2機がその場から離脱し、宇宙の闇に同化するように消えていく。

 

それを一瞥することもなく、残った最後の一機は暫しその場に佇んでいたが、やがて後方へ跳び、同じようにその姿を掻き消えさせた。

 

無音と静寂に戻った宇宙には、何も残ってはいなかった――――

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、アーモリー・ワン軍宿舎のメインゲートを訪れる人影。紫銀のポニーテールの髪を揺らし、宿舎内の受付を歩むリン。

 

バイザー奥に隠した瞳が、前方で待ち構えるように佇んでいた人影を捉える。

 

「リン、お決めになったのですか?」

 

真剣な面持ちで問うのはラクス。その傍らには、キラの姿もある。昨夜、リンから大日本帝国からの使者との会談に同行させてほしいという旨を受け、二人はこうして待っていた。

 

「ええ。あんたの話に乗ることにしたわ」

 

リスクが無い訳でもない。だが、今一番真実に近づくにはやはり自分から動くしかない。

 

バイザー越しではあるが、その決意のほどを感じ取ったラクスは静かに頷き返す。

 

「分かりました、では手続きをするので、こちらへ」

 

ラクスが視線でキラを促し、それに応じてキラが先導で歩みだし、その後をゆっくりとついていく。

 

そのまま中央の大型エスカレーターに乗り、ゆっくりと上がっていく。何気に先を見やったリンの視界に、上方の下りの方に乗り、降りてくる人物が入った。

 

(アレは――確か、セス・フォルゲーエン)

 

黒髪を靡かせ、真紅と紫のオッドアイを持つ赤服の女性。数日前にデータベースで確認したミネルバ配属のパイロットの一人だ。

 

何故か気に掛かり、視線を向けてしまう。相手は瞳を閉じ、無言のまま降ってくる。もう間もなくすれ違う。

 

視線を外し、上を見上げ――リンとセスがエスカレーターを挟んですれ違う。

 

 

 

「騎士――間もなく始まるわ」

 

 

ふっと耳に聞こえた小さな…それこそ注意しなければ聞き逃すほどのか細い声。だが、それはおぼろげながらもリンの耳に聞こえ、リンは思わず顔を下に向けた。

 

下へと離れていくセスの背中。警戒した面持ちでその背中を見詰めていたが、様子がおかしいことに気づいたラクスが振り返った。

 

「リン? どうかされましたか?」

 

首を傾げるラクスに、リンは視線を後ろへと向けたまま、顔を向き直す。

 

「――なんでもない」

 

答えるリンに訝しげになるが、それ以上追求せず、再び視線を上へと向ける。だが、リンは思考を困惑に染めていた。

 

(始まる? なんのこと…それに―――)

 

自分を『騎士』と呼んだ。その意味で彼女を呼ぶのは極僅か――そして、『始まる』と漏らした相手の真意。

 

やはり、何かが動いていると――確信に近いものを感じ、リンは天井を見上げた。

 

(このアーモリー・ワンに――何かが蠢いている―――?)

 

あの襲撃。そしてセス・フォルゲーエン――セカンドシリーズ、ギルバート=デュランダル、大日本帝国。偶然ではない何かがここに集い始めている。

 

リンは警戒した面持ちのまま、天井を仰いだ。

 

そして、すれ違ったセスはエスカレーターから降り立つと、無意識にエスカレーター上部を見上げる。

 

 

 

「そう…始まる――新たな、運命が」

 

 

髪を掻き上げ、セスは身を翻してその場を去った。

 

自分の立つべき次なる舞台に向かって――自分を必要とする運命に従うように――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アーモリー・ワン展望室。

 

一般には開放されていない、関係者のみが利用できる展望室には人影がなく、静寂を保っていた。

 

そんな静寂に溶け込むように展望ガラスの前に佇む少女。

 

黄金の輝きを放つ瞳で、強化ガラスの遥か彼方で蒼白く輝く月を見詰めるカスミ。まるで、魔性に魅入られたような妖しげな輝きを発する瞳。

 

ガラスの彼方に浮かぶ月は、手を伸ばせば届きそうと錯覚し、だがそれは遥か届かない位置と気づかせられる。

 

そして、ガラスに映る自分自身の顔を――まるで不確かなようになぞり、見詰める。

 

そんなカスミの耳に足音が聞こえてきた。無音のなかを反射するような足音。その足音が響く方角へと視線を向ける。

 

奥の闇から聞こえる足音。やがて、その主が姿を現わす――――

 

 

 

 

「月は綺麗?」

 

 

 

 

親しげに話し掛けるように現われたのは、金色の髪を靡かせる黒衣の女性。その顔を、大きなバイザーで覆い隠してはいるが、口元には慈愛と錯覚するような笑みを浮かべている。

 

「それとも――怖い?」

 

カスミと僅かな距離を空けて立ち止まり、ガラス奥の月を見詰める。

 

だが、カスミはそんな問い掛けに無表情のまま――その女性を凝視し、呟いた。

 

「誰……?」

 

至極同然な質問。

 

その問いに女性は口元を楽しげに緩め、笑みを零す。

 

「そうね…貴方に魔法をかけにきた……悪い魔法使い、かしらね―――」

 

自嘲するような物言い。そして、カスミに歩み寄る。その異端な雰囲気にカスミは怖がるわけでもなく、ただ無表情に佇み、見上げている。

 

カスミの眼前まで歩み寄ると、女性は屈み込み、右手に持つものをカスミの髪に寄せる。

 

カチっという音とともに髪に取り付けられたそれは、女性の髪と――カスミの瞳と同じ輝きを発する一対の錠であった。

 

その髪に取り付けられた錠にカスミは視線を向ける。困惑に近い表情を浮かべるカスミの額に女性は顔を近づけ、その髪を掻き分け、額に唇を寄せる。

 

 

 

 

 

 

――――彷徨える魂に永劫の鎖と御霊の祝福を……神の御霊に…混沌の永遠を………

 

 

 

 

 

 

暗示のように囁かれる言葉――次の瞬間、無表情だったカスミの瞳が大きく見開かれる。

 

心臓が大きく脈打つ。

 

「あ…ああ………あ―――」

 

焦点が定まらない瞳。硬直したように佇み、掠れた声を漏らすカスミ。そして、カスミの意識は奥底へと引きずり込まれ、その場に倒れた。

 

仰向けに倒れ伏すカスミ―――そんなカスミから離れ、満足気に微笑む女性。

 

「新たなる運命の螺旋――そして、私と母様のために………」

 

微笑を浮かべたまま、女性は身を翻し、再び闇のなかへと消えていく。

 

完全に姿が消え―――展望室は再び静寂に包まれる。

 

差し込む月光が、倒れ伏すカスミの髪につけられた錠飾りに反射し、光を発する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

序章は終わりを告げ――新たなる運命の舞台の幕が、ゆっくりと上がり始める―――――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《次回予告》

 

 

これまでの戦いは序章に過ぎなかった―――

 

新たなる地に導かれし運命は新たな幕を上げる。

 

 

 

 

少年を取り巻く世界は大きく揺れる。

 

轟く砲火と濃厚な死。

 

そして対峙する新たなる戦嵐の火種。

 

 

 

 

動き始める運命に導かれ、役者達は舞台へと上がる。

 

少年もまた…己の信じるもののために……血塗られた戦嵐のなかへと飛び込んでいく―――

 

 

 

その先にあるのは…喜びか…哀しみか……絶望か……―――

 

 

 

 

 

 

次回、「PHASE-07 吹き荒れる戦嵐」

 

戦嵐のなかへ飛べ、ザク。

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