機動戦士ガンダムSEED  ETERNAL SPIRITS   作:MIDNIGHT

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PHASE-08 亡霊

警報と爆音。硝煙と鮮血――それらが充満する瓦礫のなかを悠然と歩む人影。

 

全身を黒一色に染めているが、それに反するように黄金に流れ、風に靡く髪。だが、その顔はバイザーに覆われ、窺うことはできない。

 

人影は瓦礫と散らばるように倒れ伏す死体の上を気に留めた様子もなく、まるで死者を誘う死神のように歩む。

 

その時、呻き声が聞こえ、ふと足を止めそちらを見やると、一人の女性兵士が瓦礫の下で苦しんでいた。額から血が流れ、息も絶え絶えで虫の息だったが、それでも懸命に生きようともがいている。

 

そんな様に女性は心底愉しげに笑みを浮かべ、ゆっくりと歩み寄る。

 

「た、助け……」

 

既に視界が朦朧としているのだろう――その兵士の眼は虚ろだった。だが、眼前に人の気配を感じ、それに縋るように必死に手を伸ばすも…その前に佇む人影は救いではなく―――死を誘うものだった。

 

光が一瞬煌いたかと思った瞬間――兵士の首が胴体から離れ、ゴロンと転がる。一拍後、離れた胴体から噴水のように噴出す鮮血。

 

夥しい真っ赤な血飛沫が周囲に飛散し、真っ赤に染め上げていく。破壊の後に死の装飾を施し、真っ赤に染め上げられたその場は、まるで死の美を表わすような空間を醸し出す。

 

人影の右手には、その真っ赤な装飾を施したもの。命を刈り取った死神の刃が握られていた。それは、人影と同じ黒の刀身。

 

そして、その鮮血は死神にも装飾を施していた。温度を保つ真っ赤な液体が、黒い服に赤黒く斑模様を描き、背徳感を感じさせるものを齎していた。だが、それは人影の持つ妖艶さをより強く誇張していた。

 

艶やかな金色の髪を靡かせ、右手に握る刃からは滴る鮮血。黒いコートに装飾された赤黒い斑模様。真っ赤な世界のなかで佇むその黒。その姿は、吐き気がするほど美しく、また鳥肌を抱かせるほど醜い――その姿は、地獄に堕ちた天使か…屍から産み落とされた悪魔か―――ただ言えるのは、その地獄に佇む姿は、魔性であった。

 

不意に、視界に斬り落とした首が飛び込む。その表情は苦痛でもなく安堵でもない。ただ一瞬の内に命を刈り取られたことを示唆させるように無表情だった。

 

まるで、魂を刈り取られたかのごとく――一瞥し、頬に跳び掛かった鮮血を指でなぞり、その跡が血化粧を施す。だが、女性は内に満たされない空虚感を憶える。

 

(ダメ…こんな血じゃ……私を、満たしてくれない―――)

 

心底落胆したように手に持った刃を持ち上げ、その刀身に付着した鮮血が滴り、その様をバイザーの下の瞳に映し、口元が歪む。

 

「舞台は整った。新たな運命の混沌が――」

 

肩を竦め、手を振り払い、刃に付着した鮮血を振り落とし、漆黒に煌く刀身を腰の鞘に収める。

 

「父様。父様の遺してくれたこの夜刀神、母様を手に入れるために…そして、私の手で護るために――あの騎士を殺します」

 

陶酔するように恍然とした表情を浮かべ、人影はそのまま一棟の格納庫に入る。様々なスクラップが散然とする様は、まるで墓場のようにも取れる。

 

その奥に進み、そしてその奥に佇む巨大な影を見上げる。MSと取れる四肢を持つその機体は、全身を衣のようなボロを纏い、その姿を窺うことはできない。

 

まるで墓場を護る墓守――いや、墓場から這い上がった死者―――どちらとも取れる異様な様相を醸し出す機体の胴体中央に微かに見える衣の下の鉄の装甲。その装甲の中央に開かれたハッチ。

 

人影はそのまま導かれるように機体を昇り、ハッチ内に飛び込むように搭乗する。シートに着くと同時にハッチが閉じられ、一瞬コックピットが暗闇に包まれるも、次の瞬間には周囲に光が満ち、人影の周囲が透けたように映し出される外の映像。

 

全方位モニターのコックピット内で人影は操縦桿を握り、左手でパネルを叩きながら操作し、それによって命を吹き込まれたように機体の随所から噴出す排気音。操縦桿を引き、レバーをゆっくりと押すと、それに呼応するように機体はゆっくりとその身を立ち上がらせていく。

 

完全に立ち上がった機体。ボロ衣に覆われた影の頭部。暗闇の奥に光を放つ金色と真紅のオッドアイの光。

 

「さあ…破滅の混沌へ。全てを虚無に―――そして…私の―――『母様』のために」

 

不適な笑みを浮かべ―――『影』は世界へとその身を晒す。

 

 

 

新たな混沌を誘う虚無の運命の担い手として――――

 

 

 

 

 

 

 

 

機動戦士ガンダムSEED ETERNAL SPIRITS

 

PHASE-08 亡霊

 

 

 

 

 

 

 

アーモリー・ワン内の工廠の各所に立ち込める黒煙。

 

飛び交う衝撃と銃声、そして振動。それらを見詰めながら、工廠内に佇んでいたジェスは息を呑む。

 

「いったい何がどうなってるんだ?」

 

先程までの雰囲気とまったく違うことにジェスは不安を隠せない。いや、この雰囲気は何度か味わったことがある。

 

「近いな…どうやら敵の襲撃のようだな」

 

ジェスとは対照的にカイトは落ち着いた様子で状況を分析する。元々こういった荒事が本業の彼にとっては特に取り乱すようなものでもない。

 

だが、この状況は流石にマズイ。なにせ、すぐ近くで激しい戦闘が行われているようだが、肝心こちらは生身だ。巻き添えを喰うのは御免とばかりに溜め息を小さく零し、ジェスを見やる。

 

「取り敢えずアウトフレームを起動させろ。俺もジンアサルトで出る」

 

「だ、だけどセトナが買い物に出たままだし、マコト達もまだ戻っていないんだぜ」

 

セトナは食材を購入するとばかりに街に出向き、マコトとカスミもミネルバのクルー達と一緒に出掛けてしまっている。彼らが戻らない現状が、ジェスに不安を与えている。

 

相変わらず感情的になる奴だとカイトが内心悪態を衝くも、論するように咎める。

 

「今からでは捜せないだろう。街ならきっとシェルターに入っているはずだ」

 

どの道、この混乱した状況では彼らを捜すのも戻ってくるまで待つこともできない。それに、街には一般市民がいる以上、シェルターへの誘導が始まっているはずだ。シェルターに入ってしまえば、戦闘が終わるまで確認はできない。

 

正論に押し黙るも、さらに続けられたカイトの言葉にジェスはハッとする。

 

「ジェス、お前はジャーナリストだろう。今、お前がやるべきことやれ!」

 

カイトの一喝に、ジェスはゆっくりと周囲を一瞥する。行き交う兵士達に動き回るMS。すぐ傍で行われている戦闘。

 

それらを捉え、伝えるのがジェスの仕事であり、信念だ。

 

「―――分かった」

 

逡巡していたが、やがて覚悟を決めたのか、苦い表情で頷くと、アウトフレームに向かって駆け出し、カイトもやれやれと肩を竦めながら後を追い、ジンに搭乗する。

 

二人の搭乗したアウトフレームとジンアサルトはハンガーより起動し、係官に誘導されながら、工廠内に飛び出す。

 

Gフライトに乗り、アーモリー・ワンの空に舞い上がるアウトフレームとジンアサルト。上空に浮上したアウトフレームはすぐさまガンカメラを眼下の工廠内に向け、ジェスはモニターの倍率を絞りながら戦闘が行われていると思しき場所を特定する。

 

広大な工廠内を一望する余裕もなく、眼下では至るところで爆発の炎が咲き乱れている。

 

倍率を上げ、その戦闘空域を映し出すと、ジェスは息を呑む。先日まで自分が撮影していたセカンドシリーズの内の3機。カオス、ガイア、アビスがザフトのMSを相手に戦闘を行い、破壊活動を行っている。

 

「な、なんであの3機が?」

 

「どうやら、奪われたのはあの機体らしいな――」

 

驚愕に困惑するジェスだったが、カイトは状況を一瞥し、悪態を衝く。あの新型の性能は嫌というほど見せられた。そして、アレを欲する者がいるという可能性も考えてはいたが、流石にこの状況はカイトにとっても予想外だったらしい。

 

カイトの評にジェスは汗を流しながらも、自分の本分を果たそうとカメラを向ける。自分の仕事は眼の前の真実を世界に届けること。そう己に言い聞かせ、次々と破壊されるザフトのMS達の無残な現実に歯噛みする。

 

工廠内は既に瓦礫の山と化し、黒煙が昇り、炎が燻る。破壊を続ける3機の内、ガイアが一機のザクと交戦を繰り広げているのが映る。

 

大した抵抗もできずに敗れていく他のMSとは違い、そのザクはガイアを相手に決して劣らない戦闘を繰り広げていた。それは、そのザクのパイロットの腕がかなりのものであることを示唆させていたが、業を煮やしたガイアはザクを強引に弾き飛ばし、距離を取ったザクに向かって、カオスが上空より斬り掛かる。

 

これまでかとジェスが身を乗り出さんばかりに見入るが、ザクはカオスの斬撃をかわした。その腕に驚愕したものの、カオスとガイアの2機の同時攻撃にさしものパイロットも追い詰められている。

 

だが、次の瞬間には別方向からの攻撃を受け、カオスとガイアが仰け反ると、カメラの視界に見覚えのある機影が飛び込んできた。

 

「インパルス――っ!?」

 

それはセカンドシリーズの中枢機。戦闘機形態から合体し、MS形態となったインパルスとセイバーが現われ、インパルスが対艦刀を手に向かっていく。

 

激しくなる攻防に、思わずもっと見入ろうと無意識に機体を地表に近づけようとするも、それに気づいたカイトがアウトフレームの肩を掴み、静止させる。

 

「なにやってる、ジェス! これ以上近づくな! 戦闘に巻き込まれちまうからなっ」

 

大仰に悪態を衝くカイトにジェスは我に返り、慌てて操縦桿を戻す。

 

「分かってはいるよ、カイト……分かってはいる…――」

 

いいようのないやるせなさが渦巻き、ジェスは歯噛みする。

 

「なんだってこんなことに…あの静かだったコロニーが一瞬にして火の海だ―――」

 

カメラ越しに見える光景はもはやあの壮観も絢爛さもない。あるのはただ破壊の跡のみ。無数のMSの残骸と廃墟。そしてその戦闘で傷つき、呻く兵士達の声。すぐ眼前で繰り広げられる戦いの恐怖がジェスの内をジワジワと侵食する。

 

「こんなこと、誰だって望んじゃいないだろ? それとも…望む者がいるってことなのか―――」

 

こんな真似、普通の神経ではできはしない。それ以上に、こんな大それた真似を突発的に行うような馬鹿がいるとも思えない。なら、この出来事を望み、裏で誘導した存在がいる。

 

この破壊を望んだ思惑が――そんな考えに、ジェスは見え隠れする真実に息を呑み、それが明るみにできない悔しさに表情を顰める。

 

その時、通信の受信が鳴り、ジェスが回線を開くと、モニターにベルナデットの姿が映し出される。

 

《ジェス! 良かった、無事なのね》

 

「ベル!」

 

ジェスの姿を確認した瞬間、安堵にも似た表情を浮かべるも、すぐさま表情を引き締め、呟く。

 

《ここは危ないわ。報道スタッフにも退避勧告が出たわ。貴方達もすぐに脱出を!》

 

「しかし」

 

カメラから眼を離し、ジェスは言い淀む。ジャーナリストとして、この戦闘の真実をできる限り収め、伝える。そんなジェスの信念を理解しているからこそ、ベルナデットは気丈な態度で告げる。

 

《貴方の気持ちは分かるけど、プラント内の取材は私達に任せて!》

 

そう。自分もジェスと同じように報道の人間としての信念を持っている。だからこそ、ここは自分達が頑張らねばならないとき。それを理解したジェスは名残惜しそうな表情で頷いた。

 

「分かった。あとの取材、頼むぞ」

 

《ええ。港は使わず、ルート475を使って外へ。そこでジャンク屋組合の艦に合流するといいわ》

 

退避ルートが転送されてくる。この状況下では港は対応に追われてまともに機能するまい。ルートを確認し、カイトが促す。

 

「あっちだ、行くぞジェス!」

 

「ああ、ベル、マコト達がまだ戻っていない。無事かどうか確認頼む」

 

ここまで一緒にいた彼らを置いていくのは気が引けるが、もはやここに留まることはできない。仲間の安否を気遣うジェスに表情を緩める。

 

《ええ、任せて。落ち着いたら連絡するわ、じゃあ!》

 

「ああ、あんたも気をつけてな、ベル」

 

笑顔で一時の別れを交わし、モニターが切れる。カイトのジンアサルトが先導し、後を追おうとするも、ジェスは今一度戦闘区域を見やる。未だ続く戦闘の火花に表情を苦々しくしたまま、一瞥し、ジェスは操縦桿を切った。

 

Gフライトが加速し、アウトフレームとジンアサルトはそのまま戦闘区域より離れた場所にある非常用ルートを使い、アーモリー・ワンより離脱していった。

 

 

 

 

 

警報が鳴り響く格納庫の一画。そこは、大日本帝国軍に設けられた区画だった。

 

同行した整備士達が慌しく動くなか、ハンガーに固定されたネイビーブルーともダークパープルとも取れる機体のコックピットには、純白のパイロットスーツに身を包んだ刹那が搭乗していた。

 

「状況は?」

 

「セカンドシリーズの新型3機が何者かに強奪。ザフトが迎撃に出ていますが、推されているようです」

 

作業を行いながら、ハッチ向こうにて待機する整備士の返答に刹那の表情が険しくなる。

 

「し…斯皇院外交官は?」

 

「分かりません。状況が混乱していて、こちらにも詳しい情報が……」

 

言い淀む整備士に、刹那の表情も沈痛なものに変わる。だが、再び振動が地表を揺らし、それによって意識を引き戻される。

 

「分かりました。僕も出ます」

 

「お気をつけて」

 

「ええ、貴方方も早くシェルターに」

 

敬礼し、離れていく整備士。それを確認すると、ハッチを閉じ、コンソールを叩きながら起動を開始する。各種モニターに光が灯り、機体に命が吹き込まれていく。

 

(まさか、こんな形で実戦をすることになるなんて)

 

複雑なものが表情に浮かぶ。この機体自体、まだ試験の範囲を出ない機体だ。演習での問題点はクリアしていても、実戦での起動にはリスクが大きい。そんな不安を抱きつつも、刹那は首を振る。

 

「いけない、しっかりしなきゃ」

 

弱気になっている場合ではない。現実問題として敵襲が起こっている以上、静観しているわけにはいかない。

 

まだ、この機体を失うわけにはいかない。起動を終えると、刹那はヘルメットを取り、頭に被ると同時にバイザーを下ろし、ノーマルスーツを密封し、操縦桿を握る。

 

正面モニターに格納庫内が映し出され、それに連動して機体の頭部のツインアイがグリーンに輝く。

 

ロックが解除され、機体はハンガーより解放されると、刹那は準備されていた装備を装着し、キッと前を見据える。

 

「真宮寺刹那、JAT-X007:吹雪、出ます!」

 

力強く大地を踏みしめ、刹那の搭乗する吹雪は格納庫より飛び出し、刹那はスラスターを展開し、噴射させてアーモリー・ワンの空に舞い上がる。

 

空中に飛び上がった吹雪は眼下の状況を確認し、モニターに表示させる。

 

「酷い…工廠内は壊滅的じゃないか」

 

こうして一瞥しただけでもその被害の程が身に思い知らされる。だが、そんな感傷に耽っている場合ではないと慌てて熱分布を検索し、未だ戦闘が行われている区画をサーチする。

 

「あそこかっ!」

 

爆発の熱分布とアンノウン反応。それを確認すると同時に、刹那は吹雪をその区画へと急行させた。

 

「でも、いったい誰が――?」

 

セカンドシリーズ自体がこのコロニーで開発されているというのは、既に知れ渡っている。だが、問題は何処の勢力がこの件を起こしたかだ。

 

「それも、捕まえてみなければ分からないか」

 

いくら逡巡しても答は出ない。なら、相手を捕らえて直接聞くしかない。決然とした面持ちで刹那は操縦桿を引き、吹雪は加速した。

 

 

 

 

 

 

突然の奇襲にMSに搭乗したリンとキラ達。セカンドシリーズのカオス、ガイアの2機に苦戦していたリンだったが、突如姿を現したインパルスとセイバーの2機に彼らだけでなくエレボス、レアも一瞬唖然となっていた。

 

だが、インパルスとセイバーのコックピットでシンとステラはキッと表情を引き締め、操縦桿を引く。

 

破壊によって成された廃墟と屍の大地。命を散らせるように咲き乱れる炎のなかを吹き飛ばすように2体のMSは加速する。

 

その地獄を終わらせるためか、その地獄を続けるためか――そんな考えさえなく、ただ赦せぬ理不尽な現実を打ち砕くために。

 

「うおおおっっ!」

 

咆哮を上げ、大地を疾走するソードインパルスが、その手の大剣を振り上げてガイアに迫る。巨大な刀身に沿って走るレーザーの光刃が迫り、レアは眼を見開く。

 

「なに、コイツ!?」

 

自分の前に突如として姿を現した機体がバーニアを噴かし、大地を駆けながら一瞬の内にガイアに急接近し、その大剣を振り上げる光景に反射的に操縦桿を引く。

 

振り払われた斬撃を、ガイアは身を低くして回避する。空を斬った大剣はそのまま地表を大きく抉り、粉塵が舞う。

 

シンは舌打ちする。このエクスカリバーは連結させると自機よりも長刀になるため、どうしても扱い方が限られてくるうえに、攻撃の隙も大きい。だが、シンは振り払った勢いをそのまま腕を回転させるように横へと軌道修正した。

 

屈み込んで回避したガイアであったが、その体勢は次の攻撃には格好の的になり、レアの瞳に迫り来る光刃が映り、頭の中で警報音が鳴り響き、それに従い慌ててシールドを掲げるも、鋭い斬撃の衝撃と強烈なGが身体を圧迫し、レアは苦悶に顔を歪める。

 

「このおっっ」

 

苦痛に相手への怒りを滾らせ、レアは弾かれながらもガイアのMMI-GAU25A 20mmCIWSを乱射した。

 

その振り払ったために一瞬、攻撃の硬化時間によって固まっていたインパルスだったが、そのバルカンの応酬は装甲によって弾かれ、致命傷を与えるには至っていなかった。

 

眼を驚愕に見開くレアに向かって、インパルスは腰部からMA-BAR72 高エネルギービームライフルを取り出し、ガイアに向かって発射する。

 

レアは咄嗟にスラスターを横に噴かせ、その一射をかわすも、連続して放たれるビームに地上へと降下する。

 

降下したタイミングを狙って再度シンはトリガーを引くも、獣のような反応速度でガイアは背後へと跳び、ビームをかわす。目標を見失ったビームはそのまま地表を焼き、爆発が起き、ソードインパルスの装甲をより赤く照り映えさせる。

 

その相手の俊敏さにシンはコックピット内で歯噛みする。

 

その横では、カオスに狙いを定めたセイバーがMA-BAR70 高エネルギービームライフルを構えてトリガーを引く。

 

エレボスはシールドを掲げて受け止めるも、その熱量にシールド表面が僅かに融解する。その熱量は先程のゲイツRの攻撃と比べ物にならないほどの熱量だった。

 

「ちっ」

 

予想外の出力に舌打ちし、エレボスはカオスのバックパックからミサイルを発射する。無数に放たれるミサイルが弧を描きながらセイバーに襲い掛かるも、ステラはセイバーを後方へと跳ばせ、ミサイルが降りてきた瞬間を狙って頭部のバルカン砲で狙撃する。

 

衝撃で空中爆発するミサイル。その光景を一瞥しながら、爆発に向かってMA-7B スーパーフォルティスビーム砲を発射する。

 

爆発によって視界を遮られていたエレボスだったが、爆発を切り裂くように向かってきた閃光に眼を見開く。

 

「なにっ!?」

 

慌てて機体を飛び上がらせ、閃光をかわす。空中に舞い上がったカオスに向けてステラはビーム砲を連射する。

 

ビームの火線に晒されたカオスは装甲を掠める熱量に歯噛みしながら、カオスを降下させ、瓦礫の壁に身を隠す。

 

「こいつらっ!?」

 

突如として出現した白と赤の2機に、エレボスは睨みつけるように毒づく。機体フレームや特徴的な頭部と特殊装備など、今自分達が搭乗しているこの3機と同一系統のものであることは間違いなかった。

 

「くそっ、あれも新型か!?」

 

物陰からセイバーを狙い、モニターに表示される2機を見て毒づく。

 

機種を特定したコンピューターが2機の名称を伝えていることからすると、確証はできたが、肝心の自分の疑問は解決されていない。

 

「どういうことだ!? あんな機体の情報なんて聞いてないぞっ!」

 

自分達に下された命令は、このアーモリー・ワンで開発されている新型機3機の奪取。確かにそれしか聞かされなかった。

 

あと2機存在しているなど、話が違うと命令を出したいけ好かない上官に向かって心のなかで罵倒する。

 

それに、この2機の攻撃は半端ではない。機体性能はともかく、それを引き出す動体視力に反応速度、間違いなく先程まで相手をしていたどのMSとも違う。

 

こいつらは侮ってはならない相手だ、と確信したエレボスは、口元を引き締めながら狙い撃つセイバーに向けて再度反撃に転じた。

 

 

 

 

目まぐるしく繰り広げられる戦いにリンもやや見入る。

 

「アレがセカンドシリーズのインパルスとセイバーか。それに――」

 

データで確認しただけだったが、間違いない。あの強奪された3機も、今その3機と戦闘を行っている2機もセカンドシリーズの機体に間違いない。

 

そして、あのインパルスとセイバーに乗っているのは自分が知るパイロットであることも。

 

戦闘を横に機体の状態を確認する。目立った損傷はないが、それでも最初に攻撃で各部の関節路に負荷が掛かっている。

 

その作業を行いながらも、モニターに映るセカンドシリーズの戦闘を視界に入れる。流石に次世代機開発のために造られただけあり、その機動性もパワーも特殊装備も従来の機体よりも高い。

 

「しかしこの状況、2年前のヘリオポリスとまったく同じね」

 

あの当時もヘリオポリスで開発されていた連合の新型兵器であったGを奪取し、奪った機体と同系同士の戦いを繰り広げた。

 

そして、その結末まで一緒になるのかと――強奪が目的なら、必ず回収部隊の存在があるはず。いくらなんでも単独でこのコロニーから離脱できるはずがない。

 

「増援があるか」

 

あの強奪チームを援護するための部隊が必ず近くにいるはず。あの3機は幸いにインパルスとセイバーの2機が抑えてくれる。

 

キラ達への危険も回避された今、リンはその増援の迎撃に紛れて離脱しようと考えたが、ふと耳に音が聞こえてきた。

 

「っ!?」

 

耳に流れてきたこの音色は――思わず振り返るように周囲を見渡す。

 

口笛の音色ではあるが、この音が奏でる歌はリンにとって聞き覚えどころか、聞き間違うはずもないもの。

 

(どこ――どこからっ)

 

何処からともなく響くこの音色――いったい何処から聞こえてくるのか、周囲を見渡してもその音源たる存在の姿はない。

 

いいようのない苛立ちと微かな困惑を浮かべながら、周囲を窺うように見やっていたリンだったが、背中越しに感じた冷たい気配にハッと振り返る。

 

「!!?」

 

コックピット越しでもハッキリと伝わって冷たい殺気。気を一瞬でも抜けば、間違いなく殺られると確信できるような気配。

 

振り返った先からより鮮明に聞こえてくる口笛とともに周囲の風景から抜き出るように姿を現わす影。

 

ボロの黒衣で全身を覆い、悠然とした足取りで姿を現わす機影。まるで死神のような雰囲気を漂わせる機体はリンのザクの前に佇み、凝視する。

 

その黒衣に覆われた頭部の奥に感じる視線にリンは額から汗が流れ、操縦桿を握る手が汗ばむ。

 

リンは眼前の相手が持つ異様な気配に戦慄するような直感を憶えた。いや、それ以前に気に掛かるのは―――

 

(何故…あの歌を知っている?)

 

この眼前の機体から聞こえてきたあの歌は、間違いなく姉と自分の知っているあの歌だった。

 

だが、あの歌を知っている人間は限られている。自分と姉――そして、その歌を教えてくれた『あの人』のみ。混乱が内に渦巻きながらも、相手から感じる殺気とも取れる冷たい気配に警戒が解けない。

 

どれ程そうして睨み合うように対峙していただろうか――激しい戦闘が行われているはずの戦場で、その一画だけが静寂に支配されているような錯覚に陥る。

 

迂闊に呼吸さえできない緊迫感が漂うなか――突如、黒衣の下で敵の瞳が輝いた瞬間、リンは反射的に右腕を引き上げた。

 

次の瞬間、甲高い激突音が周囲に木霊する。

 

黒衣の機体はリンのザクに向かって刃を振り下ろし、リンはザクのビームトマホークでその攻撃を必死に受け止めていた。

 

一瞬の内に間合いに入り込まれ、繰り出された攻撃――もし少しでも反応が遅れていれば、まず間違いなくコックピットをやられていただろう。

 

嫌な実感が内を巡りながらも、押し切ろうとする相手にリンも歯噛みしながら必死に防御する。

 

モニター越しに覗く死神の黒衣の奥に鈍く凝視する瞳。血のような真紅の輝きと魔性のような金色の輝きに呑まれそうになるも、リンは操縦桿を引いた。その瞬間、均衡が崩れ、リンのザクは後方へ跳ぶも、衝撃に弾かれ、ビームトマホークを打ち落とされる。

 

衝撃に呻きながらも着地するザクに向かって死神は再度急加速で迫る。そのスピードは従来のどの機体よりも速い。

 

咄嗟に機体を屈ませ、振り払われた斬撃をかわすも、死神のもう一方の手が伸び、ザクの首を掴む。

 

「しまっ!」

 

迂闊と考える間もなく、死神はそのままザクを掴んだまま加速し、ザクを格納庫の壁に向かって叩きつける。

 

凄まじい衝撃がザクを襲い、リンの身体に鋭いGが襲い掛かり、嘔吐する。

 

「がはっ」

 

身体が麻痺し、操縦桿から手が離れる。だが、それでも意識を失わないのは流石というところか。並みのパイロット、おまけにノーマルスーツも装着していない今の状態では失神してもおかしくない。

 

呻き声を噛み殺しながらモニターに映る死神を睨むように見据えるリンの耳に、声が聞こえてきた。

 

「フフフ――流石ね、騎士」

 

「何――っ!?」

 

声の聞こえてきた先はこの眼前の死神。それは確信できたが、聞こえてきたのは女の声――聞き覚えのない声だ。

 

「誰だ!?」

 

警戒心を滾らせ、思わず語気を荒げるも、死神のコックピットでは、そんなリンの反応をまったく意にも返さず、さも愉しげに、涼しい口調で応じた。

 

 

 

 

―――――私はゼロ……虚無の騎士―――

 

 

 

 

「ゼ…ロ――?」

 

相手が発した名に、リンは頭を困惑させる。

 

だが、そんなリンを嘲笑うように、死神のコックピットで、ゼロと名乗った女性は不適な笑みを口元に浮かべ、表情を歪めた。

 

 

 

 

 

「リン!」

 

戦闘を離れた場所で静観していたキラ達だったが、モニターに映るリンのザクが、突如出現した謎の機体と交戦に入ったのを見て驚愕するも、すぐ傍ではセカンドシリーズ5機による激しい応酬が続いていた。

 

爆発と振動がモニターの向こうで轟き、コックピット内を照り映えさえる。

 

その熱量にキラ達も意識を引き戻され、眼前の戦いに注意を戻す。キラの眼には、ガイアと激しい攻防を繰り広げるインパルスが映る。

 

一秘書官でしかない自分の立場では、その詳細を知ることはできなかったが、アレがセカンドシリーズの一機であることは察せられた。そして、その機体形状は2年前の大戦で自分が搭乗した『最初の機体』(ストライク)と何処となく連想させるディテールを持っている。

 

「キラ、あの機体はインパルス――乗っているのは、彼です」

 

見入るキラに向かって、ラクスがそう呟く。

 

それだけでキラはあのインパルスのパイロットが誰であるかを理解した。あの腕は紛れもなく実戦を経験している。

 

そして、ラクスと自分が知る者となれば――そんな思考を巡らせるなか、インパルスとガイアは目まぐるしい交錯を繰り広げている。

 

獣型形態で襲い掛かるガイアは獰猛に猛り、背部の翼にビームの刃が展開される。高速で襲い掛かる相手にこの状態では分が悪いとシンは即座にエクスカリバーの連結を解除し、両手に持ち構えると同時に加速する。

 

「何!?」

 

連結させていた大剣が2本に分離したことに、自分の予想を超えた事態にレアは困惑しながらもレバーを引き、ガイアを疾走させたまま跳躍させる。同じタイミングで大きく振り被ったインパルスのエクスカリバーが空中で交錯するも、互いに空を切り、エクスカリバーは地表を抉る。

 

あと一歩遅ければ、間違いなくあの衝撃に叩き潰されていたのは自分であったとレアは脳裏に浮かべ、それがいいようない怒りを憶えると同時にレアはインパルスに向かって敵意をぶつける。

 

空中で体勢を変え、MA-81R ビーム突撃砲を放つ。だが、背後からの狙撃をインパルスは左腕のシールドを掲げて受け止め、ビームを拡散させる。それだけに留まらず、シンは片手のエクスカリバーを振り被り、ガイアに向けて投擲する。

 

回転しながら襲い掛かるエクスカリバーに、レアは眼を見開きながらも危ういところで人型に戻り、シールドでレーザー刃を受け止めたが、その反動で大きく弾き飛ばされる。

 

「こいつぅぅぅ!!」

 

呻きながらも着地するガイア。大地に突き刺さるエクスカリバー。予想以上に相手の腕が立つことにシンは焦りを憶えるも、その耳に突然通信越しに声が飛び込んできた。

 

《シン! 命令は捕獲だぞ! 分かってるんだろうな、あれは我が軍の―――》

 

通信の先はミネルバのブリッジ。そして怒鳴るように通信を送っているのはミネルバ副長のアーサー・トラインだった。

 

こちらの戦闘を確認していて危惧を抱いたのだろう。こんな時にと頭を抱えたくなり、やや投げやりに反論した。

 

「分かっていますよっ、大事な機体ですからねっ」

 

セカンドシリーズの開発に長く関わっていたのだ。言われずともそんな事ぐらい百も承知だ。だが、本気で殺しに掛かってきている相手を前にして、そんな懸念を口にされても難しい。

 

相手の技量も自分と同じ――いや、下手すれば、それ以上の腕だ。そんな相手に対して無傷で機体を奪還しろと言うのは少々酷に思えた。

 

一瞬、通信に気を取られたため、隙ができた。微かに動きの鈍ったのをレアは獣のごとき感覚で嗅ぎ取り、ガイアを加速させた。

 

「でぇぇぇいい!」

 

鋭い眼でインパルスに狙いを定め、ビームサーベルを振り上げる。それに気づいたシンは慌てて防御しようとするが、そこへ赤い影が割り込む。

 

「えええぃぃっ!」

 

ステラの気合とともに振り上げられたセイバーのビームサーベルがガイアの刃を受け止め、エネルギーの干渉で互いに弾かれるも、ガイアは着地と同時にセイバーに連撃を浴びせる。

 

幾条も斬り払われる斬撃を紙一重でかわし、ステラも応戦に転じる。振り上げる刃と刃が交錯し、ステラとレアは互いにコックピット越しに相手を睨む。

 

「ステラ!」

 

援護に回ろうとしたシンだったが、後方よりミサイルの接近を告げるアラートが響き、慌てて機体を飛び上がらせる。ミサイルが先程までいた場所を焼き尽くし、その攻撃をしたカオスに向かってシンはビームライフルを放つも、カオスはシールドで受け止め、応戦してくる。

 

ガイアと接線を繰り広げていたセイバーが弾くように距離を取り、ミネルバに通信を繋ぐ。

 

「艦長――」

 

《何?》

 

ステラからの通信に、タリアはどこか鋭い瞳を画面越しに向ける。

 

「相手を無傷で捕獲するのは不可能です。手足の一本ぐらいは構いませんよね?」

 

涼しい表情でそう問うステラに、アーサーが表情を引き攣らせる。

 

《ちょっステラ! 君まで――っ》

 

大人しそうな外見に反して過激な発言に反論しようとするも、隣のタリアにぴしゃりと遮られる。

 

《アーサー、黙りなさい! 仕方ないわね…この状況ですもの、大破させなければ多少の損傷は許可しますっ》

 

アーサーを一喝し、タリアもやや逡巡を見せるも、素早く割り切って指示を飛ばす。既に強奪された3機によって甚大な被害が出ている。これ以上被害を防ぐには最悪撃破しかないが、さしものタリアもそれは躊躇われた。なら、最悪修理可能な状態までなら上層部も文句は言うまいと現場での判断を下す。

 

その通信を聞くとともにインパルスとセイバーが互いに背中合わせに後退し、背中越しに通信を送る。

 

「了解、シン!」

 

「ああ、分かった!」

 

意を得たり――そんな表情でステラは頷き、通信を聞いていたシンもそれに応じて2機はそれぞれの相手に向かって加速する。

 

先程までは、手加減しながらだったが、これである程度は全力が出せる。

 

狙うのは動きの基本となる四肢――MSも機械とはいえ人型。手足を失ってはまともなバランスを取るのは難しい。狙いを絞り、インパルスとセイバーは刃を振り上げた。

 

 

 

 

 

 

ミネルバ艦橋では、モニター越しに激しさを増す戦闘にアーサーが思わずタリアに言い募る。

 

「艦長、あいつら本気で壊しかねませんよ!」

 

上擦った口調で狼狽する様に、嘆息する。

 

副長としては確かに有能なのだが、こういったイレギュラーに弱いのは考え物だとタリアは思った。

 

「仕方ないでしょう、この状況じゃ現場の判断でやらないと。戦況は常に動いているのよ、上の指示を待ってはいられないわ」

 

実際問題として司令部自体もかなり混乱しているのか、まともな指示がこない。それに、あの3機を相手に手加減などさせてこちらの残った機体を失っては元も子もない。

 

この件の事後処理を考え、やや沈痛な表情で額に手をおく。

 

「っ! 艦長、戦闘区域内に別のアンノウン反応がっ!」

 

その時、レーダーを監視していたバート・ハイムが声を荒げた。

 

「ええええええっ!?」

 

「アンノウン?」

 

アーサーが声を荒げ、タリアも思わずシートごと振り返り、問い返す。

 

「はい、突然戦闘区域内に出現! 現在、我が方のMSと交戦中!」

 

「あ、アンノウンだなんて、いったい何が――」

 

「しっかりしなさいっアーサー! 演習でもないのよ! 気を引き締めなさい!!」

 

混乱するアーサーにタリアが再度一喝を入れる。だが、さしものタリアも困惑していたのだ。強奪された3機に加えてアンノウン反応。どうやら、敵はかなりの規模を持つ部隊のようだと推理し、タリアは手元の子機を持ち上げ、別回線に連絡を入れた。

 

「こちらミネルバ艦長、タリア・グラディス! 強奪部隊ならば外に母艦がいるはずです、そちらは!?」

 

強奪の手順といい、アンノウン機を投入するなど、一般の部隊ではない。かなりの特殊な運用を想定された部隊のはずだ。そして、新型機強奪という暴挙はザフトでも先の大戦で行っている。

 

あのヘリオポリスで当時クルーゼ隊が行った作戦と類似している今回のこの件も、それと同じ可能性がある。すなわち――強奪部隊の拠点たる母艦の存在が。

 

そんな、確信めいた推測を滲ませながら、タリアは通信先である軍港管制塔の返事を待った。

 

 

 

 

 

 

 

タリアが通信を入れた軍港の管制ブースは慌しくなっていた。

 

突然の内部での強奪事件に合わせて、港も敵襲に備えていたのだ。そんな緊迫した管制に届いた通信に、管制塔の司令官はやや苛立たしげに用件を伝えたオペレーターに怒鳴った。

 

「グラディスになど言われなくても分かっている! 余計な口を出すなと言ってやれ!」

 

そう言ってタリアの苦言通り、母艦たる熱反応を捜し、レーダー等を最大範囲で索敵するもまったく反応がない。

 

いくらなんでもおかしいと、苛立つ感情を漂わせる管制塔と喧騒が漂う軍港に向けて接近する機影。宇宙の闇に同化するような黒の塗装が施されたダガーL:ダークダガーLが接近していた。

 

その隠密行動を前提とされたカラーリングとステルス性、そして熱反応をキャッチされないために姿勢制御用のAMBACのみで音を立てずにゆっくりと軍港の入口の壁に近づいていく。

 

そんな静かに忍び寄る影に管制塔は気づかない。

 

それと時を同じくして、アーモリー・ワン周辺宙域を巡回するナスカ級戦艦に向けて接近する巨大な影があった。

 

息を潜めるように接近する艦のブリッジ中央では、顔をサングラスで隠し、金髪を持つ周囲のクルー達の着用するものよりも薄暗い制服を着た男が腕時計を見て時間を確認していた。

 

時計に表示された数字全てが、0になると同時にアラームが鳴り、男は口元を歪めた。

 

「フッ、では行こうか諸君――慎ましく、な」

 

おどけたような号令に、苦笑を噛み殺す男の隣の艦長シートに着く女性。

 

「ええ、了解――ロイ・R・シュターゼン大佐」

 

こんなところが自分が彼を気に入っている理由かもしれないと女性、特務艦:ガーティ・ルー艦長であるエヴァ・アジルールはふと思い、視線を前へと向ける。

 

「全兵装起動! エンジン稼動!」

 

指示を飛ばすエヴァに従い。ガーティ・ルーの艦橋はにわかに活気づく。

 

「ゴットフリート、1番2番起動! ミサイル発射管1番から8番、コリントス装填!」

 

ガーティ・ルーの全兵装が起動し、戦闘体勢へと移行する。それと同時にMSの発進準備も進められる。

 

「イザワ機、バルト機、カタパルトへ」

 

素早く命令を各セクションに伝達し、操艦に従事するクルーを一瞥しながら、エヴァの隣の部隊長シートに着くロイと呼ばれた男は口元に侮蔑に近い嘲笑を浮かべた。

 

その表情を浮かべた先には、正面のモニターに映し出されるナスカ級戦艦が在った。既に射程距離に入っているというのに、こちらに気づいた素振りもなく、無防備に背中を向けている。

 

これが滑稽でなくてなんであろうかと、内心に滲ませる。

 

だが、それも仕方のないことだった。なぜなら、ナスカ級戦艦のレーダーにはまったく反応していないのだから。ガーティ・ルーが存在するはずの宙域には、いかなる艦影も見て取ることができず、宇宙が拡がっている。それは視覚的にも、レーダーなどの観測機器や索敵器をもってして捉えることが不可能なカラクリがあるのだから。

 

未だに気づかないナスカ級戦艦を一瞥し、ロイは不敵な笑みを浮かべたまま命令を下した。

 

「主砲照準、左舷前方ナスカ級。発射と同時にミラージュコロイドを解除、機関最大。さて――我々も舞台に上がらせてもらうとしよう」

 

そう漏らす指揮官に、隣に座すエヴァも謹厳そうな顔に微かに笑みを浮かべる。

 

「ええ。砲火の華を以って――ね」

 

ロイの言葉を紡ぐように漏らし、エヴァもまたこみ上げる興奮に突き動かされるように声を張り上げた。

 

「ゴットフリート、1番2番! 撃てーっ!」

 

エヴァの号令とともに、放たれた225cm2連装高エネルギー収束火線砲・ゴットフリートMK.71が火を噴き、標的とされたナスカ級戦艦は、突如虚空より迸った火線に反応するのは愚か、気づくことさえできず、ほとんど何が起こったか分からないまま機関部を撃ち抜かれ、一瞬の後にナスカ級戦艦は乗員ごと激しい爆発を起こして四散する。

 

爆発に消える僚艦に、並行していた同型艦のブリッジでクルー達は唖然となる。だが、その間にもエンジンが唸りを上げ、それに比例して船体を加速させるガーティ・ルー。

 

船体に急激な加速が掛かり、同時に今まで何も無かった宙域から揺らめくように、帳を落としたかのごとく滲み出す青銅色の艦影。虚空から一隻の戦艦がその姿を現わした。

 

先の大戦において地球連合において実用化されたMS迷彩用として開発されたミラージュコロイド。可視光線を歪め、レーダー波を吸収し、ガス状に散布して磁場を安定させ、対象物を完全に覆い隠す高度なステルス技術。

 

このガーティ・ルーはそのミラージュコロイドを装備した特殊艦だった。だが、ミラージュコロイドをもってしても戦艦の熱量をカバーはできない。それ故に、ガーティ・ルーはエンジンを停止したまま、両舷に追加した推進装置からガスを噴射し、その推力のみで隠密潜行し、ここまで接近したが、もう充分だった。

 

エンジンを稼動させ、ミラージュコロイドという衣を脱ぎ去った今、ガーティ・ルーはその牙を剥く。

 

突然現れ、主砲とミサイルを乱射しながら突き進んでくるガーティ・ルーに、最初の標的にされたナスカ級や付近の哨戒の部隊、アーモリー・ワンの管制が完全に虚を衝かれたのは間違いなかった。まさか、ミラージュコロイドを装備した戦艦が潜んでいるなど、思いもしなかったに違いない。だが、その油断がガーティ・ルー側にとっての好機だった。

 

二隻目のナスカ級戦艦は不意を衝かれたものの、迫りくるミサイルの大半をかろうじて迎撃し、回頭して応戦してくる。

 

「ナスカ級接近、距離1900!」

 

そのオペレーターからの方向を受けて、ロイは指示を出す。

 

「来るぞっMS発進後、回頭20! 主砲照準インディゴ、ナスカ級! あちらの砲に当たるような間抜けな真似はするなよ!」

 

その警告にも似た指示に、クルー達は不適な笑みで応じた。

 

それと同時に、開かれた両舷のカタパルトハッチから対艦用のストライカーパック:AQM/E-M11 ドッペルホルン連装無反動砲を装備したダガーLが2機、電源ケーブルをパージして飛び立つ。

 

そして続けて一体のMSがカタパルトに乗る。だが、その形状は今しがた発進したダガーLとは明らかに形状が違っていた。

 

全身を灰色に染める装甲に持つ量産機種とは違う重厚な雰囲気。そしてツインアンテナとツインアイの頭部。

 

《GAT-X105E:ストライクE、発進準備! 装備はエールストライカーを!》

 

カタパルトの上部格納庫のハッチが開放され、ネイビーブルーで塗装された翼が降り、機体のバックパックに装着される。

 

この機体の名は、『GAT-X105E:ストライクE』。前大戦において連合に多大な貢献を齎した『GAT-X105:ストライク』の直系後継機であった。

 

両肩にサブスラスターを追加し、頭部のフェイスも若干変更になってはいるが、その基本的な性能は変わらない。

 

青い翼を装着されたストライクEのコックピットで、ダークブルーのノーマルスーツに身を包んだパイロットがパネルを操作し、発進準備を進める。

 

その時、コックピット内に通信が入り、パイロットはサブモニターに視線を向けると、そこにブリッジのロイの顔が映し出される。

 

《では、彼らの援護、及び関連パーツの奪取頼むよ》

 

「了解」

 

《君の活躍に期待する――カズイ・バスカーク中尉》

 

ニヤリと口元を歪め、通信を切る。そして、今まで隠れていた顔を上げ、その表情が明らかになる。

 

それは、かつてアークエンジェルにおいて通信担当を行い、オーブ防衛戦の折に下艦し、戦後行方不明となっていたカズイ・バスカークだった。

 

カズイは慣れた動作で発進準備を終え、操縦桿を握る。カタパルトラインが形成され、その先に浮かぶ戦場を見据える。

 

《進路クリア、ストライクE、発進! どうぞ!》

 

管制からの指示に従い、カズイは無表情だった表情に初めて笑みを浮かべた。口元を歪めた、卑しい笑みを――

 

「カズイ・バスカーク! エールストライクE! 発進しますっ」

 

カタパルトが打ち出され、ラインのなかを高速で駆け抜けるように発進し、電源ケーブルがパージされる。

宇宙に飛び出すと同時に、ストライクEの灰色の装甲に青を基調としたカラーリングが走る。

 

ガーティ・ルーと同じ青鋼の装甲を映えさせ、折り畳まれていたエールの翼が拡がり、下部のスラスターバーニアが火を噴き、加速するストライクE。そのストライクEに続くように大型コンテナを装備し、Mk39 低反動砲を手に3機のダガーLが発進した。

 

そして、その先では既に戦闘が開始されていた。

 

先行して発進したダガーL2機が、ナスカ級戦艦に攻撃を開始したのだ。一機がバックパックの連装無反動砲を放ち、ナスカ級の装甲を被弾させる。だが、攻撃に晒されながらも、相手もMSを発進させてくる。迎撃に出撃したシグーとゲイツRの攻撃を回避するとともに逆に撃ち返し、撃墜する。

 

その戦闘を横にすり抜け、ストライクEとダガーL3機が戦場を回避し、真っ直ぐにアーモリー・ワンの港に向かって加速する。

 

港周辺で警備に就いていたジンが突撃銃を乱射し、接近を防ごうとするも、ストライクEはその攻撃をよけようともせず、真っ直ぐに加速する。

 

突撃銃の弾丸が装甲に着弾するも、それは全てこのストライクEの装甲によって弾かれる。

 

「馬鹿だねぇ、実体弾は効かないってのは既にご承知だろうに――っ!!」

 

愉悦を憶えるようにカズイが吼え、ストライクEは両手に保持したビームライフルを構え、トリガーを引く。

 

放たれた2条の閃光がジンの装甲を貫き、次の瞬間には宇宙の藻屑へと爆発に消える。

 

ジンのパイロットは恐怖に駆られ、必死にストライクEを狙い撃つも、その攻撃は意味を成さず、鬱陶しげに感じたカズイは一気に接近し、ビームサーベルを抜いてジンを縦に両断する。

 

真っ二つにされたジンが次の瞬間、爆発に消える。その爆発の赤で装甲を紫のように染めながら、カズイは沸き上がる興奮と快感に身を震わせていた。

 

「強い――俺は強くなったっ!」

 

己の内に燻る惨めな過去に決別するように――そして、今の自分を鼓舞するように高らかに嗤い、そしてストライクEは次なる獲物を求めて港に急行する。

 

戦況は圧倒的に、ガーティ・ルー側に有利な方向へ進んでいた。不意を衝かれた側はなかなか戦況を立て直せておらず、応戦もままならない。だが、彼らの目的はこんな局地戦を制することではない。

 

ロイは視線をモニター内でゆったりと回転するアーモリー・ワンへと向け、次いで時計の時刻を確認する。

 

(さて…そろそろ次の花火が上がる頃だな)

 

間もなく、先行させていた別働隊が行動を起こす。そして作戦は第2段階に入る。

 

サングラス奥の眼光が怪しく輝き、口元を歪めた。

 

 

 

 

 

 

その頃、アーモリー・ワンの軍港の管制塔兼司令ブースは蜂の巣をつついたような騒ぎだった。軍工廠が奇襲を受け、その報告に外に母艦の存在を予想して友軍艦を哨戒に出した途端、何もない空間からいきなり砲撃を受け、友軍艦一隻が撃沈されてしまったのだから。

 

「パーセル被弾!」

 

「フーリエにミサイル接近! 数18!」

 

突然の攻撃に加えて、姿を現わす所属不明艦。だが、こちらを攻撃してきたことから敵であることは明白だった。

 

「不明艦捕捉! 数1、オレンジ25マーク8ブラボー! 距離2300!」

 

「そんな位置に?」

 

オペレーターの報告に、そのすぐ後ろにつく上官達は耳を疑った。報告された敵艦の位置は、アーモリー・ワンからはほとんど目と鼻の先の位置だ。そこまで接近されていて何故気づかなかったと、一人が叫びそうになるが、それより早く別の将官が嫌な予測を口走った。

 

「ミラージュコロイドか!?」

 

その可能性に一同の面に驚愕と憤慨が浮かび、動揺が走る。確かに、レーダーに補足されず、奇襲を行うには最適で最悪の技術だった。だが、『ミラージュコロイド』は終戦条約で使用を禁止されているはずだ。

 

「連合軍なのか!?」

 

考えられる敵勢力の名を口にするも、その問い掛けに、オペレーターは上官の苛立ちを煽るような答えを返した。

 

「熱紋ライブラリ照合――該当艦なし!」

 

それが意味するところは、データにない新型艦ということだ。船籍を推測することは愚か、どの勢力か判別することも不可能だった。だが、敵ならば迎撃に出なければならないと怒鳴るように司令官は命令を下した。

 

「迎撃! 艦を出せ! MSもだ!」

 

指示を受けて、係留されていたローラシア級戦艦が発進体勢に入り、またMSの発進体勢も進められる。ゆっくりと司令ブースの前を横切って行くローラシア級戦艦が港口に差しかかろうとした瞬間、それを待ち構えていたように突如、黒いMSが躍り出てきた。それは、ガーティ・ルーが放ったもう一つの猛毒だった。

 

接近し、機を窺っていたダークダガーL2機は、一気にバックパックのスラスターを噴かし、ローラシア級戦艦の真正面の艦橋前に躍り出ると同時に、右肩に担いだMk39 低反動砲を発射した。

 

発射された弾頭を艦橋で確認した瞬間には、砲弾は真っ直ぐにブリッジを突き破り、艦橋を吹き飛ばす。

 

その結果を見届けることもなく、ダークダガーLは縦横無尽に動きながら、後続の艦や港に向けて手当たり次第に次々と砲撃を加えていく。

 

エンジンブロックに被弾した一隻が激しい爆発を起こし、その反動で流され、船体が司令ブースへと流れ、エンジンの噴射の光が司令ブースの者達の視界に映った瞬間、司令ブースは光のなかに呑み込まれ、爆発した。

 

一隻が爆発すれば、その衝撃で別の艦も次々に衝突、誘爆を引き起こし、狭い発進路内では巻き添えを避けることもできず、次々に爆発していく。

 

こうして港口は瞬く間に爆発と戦艦の残骸で埋め尽くされ、もはやその役割を果たすことが不可能になってしまった。

 

その廃墟を見下ろすダークダガーL2機は撃ち尽くしたバズーカを放り捨て、腰部にマウントしていたM703K ビームカービンに持ち変える。

 

そして、もはや邪魔者のいなくなった港口に進入してくるストライクEとダガーL3機。一度静止し、ダークダガーLに合流すると、ダークダガーLが指で合図し、ストライクEがそれに応じると、ストライクEはエールのスラスターを噴かし、港奥へと向かう。それに続くダークダガーLとダガーL。港を突っ切り、彼らはアーモリー・ワンの底部、軍事工廠を目指す。

 

奇襲と同時に港を機能停止に追い込み、しかる後に強奪隊の援護に回収チームを向かわせる――ここまでは全て、ロイ・R・シュターゼンと名乗る男の計画通りだった。

 

 

 

その爆発による震動は、内部にも伝わり、アーモリー・ワンの偽りの大地を震動させる。それはその場にいた者達全てになにかしらの影響を与えていた。

 

「キラ、これは…!」

 

鳴動する大地に、ラクスが不安げに――そして、間違いであってほしいかのような泣きそうな表情で窺う。だが、それに対してキラは表情を顰める。

 

「これは、外部からの衝撃。アーモリー・ワンが攻撃を受けている―――?」

 

雫も地表が不気味に震動したのを感じ取り、表情を顰める。

 

宇宙に浮かぶコロニーに地震などありはしない。コロニーが揺れる――それは、最悪の可能性を示唆させていた。

 

「外からの攻撃――港か!?」

 

あの3機の新型MSを奪った強奪犯の背後に、なにかしらの組織的なものがあるのは薄々感じ取っていた。ならば、アーモリー・ワンの外には、脱出時にこれらの機体を運び去るための艦が用意されているはずだ。先程の震動は、恐らくその外に現われた艦が攻撃を加えてきたのだろう。

 

キラの脳裏に前大戦時の光景が甦る。自身の転機となったあの運命の日の出来事が――親友達によるザフトの急襲によって崩壊してしまったオーブのコロニー:ヘリオポリス。そこで開発されていた当時の連合の最新MSの強奪事件。キラもあの場にいた。

 

唯一残されたストライクを駆り、ヘリオポリスを崩壊させる一因となり、その結末はコロニーの崩壊という最悪のものだった。

 

まるで、あの時と同じ歴史が繰り返されているようで、キラは表情を顰めた。

 

眼前で繰り広げられる次世代型MS同士の戦闘――皮肉にも、それはかつての自分を見ているような気さえした。あの新型2機のパイロットが、自分の考えている通りの二人なら、その腕はキラとて熟知している。だが、あの奪われた3機を乗りこなすパイロットの腕も、それに劣らぬエースクラスだ。新型機の強奪をこなす程なのだから、かつての親友達と同じように特殊な訓練を受けているはずだ。

 

だが、どうすると――自分はただこうして静観しているだけに過ぎない。このMSに乗ったのもこの場から離脱するためだ。そして、敵の注意が逸れた今、離脱する最大のチャンスだというのに、キラは眼前で苦戦する友軍機を見捨てるという決断ができずにいた。

 

自分の知っている者を放っておけないというキラの生来の苦悩が続くなか、新たな爆発が響き、思わずそちらに眼を向けると、コロニーの天頂部から爆発が起こり、それに伴って破片が降り注ぐ。その場にいた者達は思わず動きを止める。

 

そして、その爆発に紛れるように爆煙を裂き、姿を現わす機影。だがそれは、ザフトの友軍機ではなかった。

 

「アレは――!?」

 

驚愕する先にあったのは、アーモリー・ワン内部に突入してきたストライクEの率いる部隊であった。

 

 

 

 

「このおぉっっ!」

 

獣型形態のガイアが鋭く駆け、翼部のビームブレイドを煌かせ、セイバーを翻弄する。

 

「くっ!」

 

ステラは歯噛みし、シールドを掲げて刃を防ぐも、その勢いで弾かれる。体勢を崩した隙を衝き、カオスが斬り掛かるも、間に割って入ったインパルスがシールドで刃を受け止め、右手のレーザー刀を横薙ぐ。

 

「このっ」

 

迫りくる光刃に、無理矢理操縦桿を引き、カオスが距離を取り、刃は空を斬る。

 

その間に立ち上がったセイバーはインパルスと背中を合わせるも、ガイアが再度襲い掛かる。その俊敏性を活かし、2機を翻弄するも、その軌道を読み、シンはエクスカリバーを投擲する。

 

「そこっ」

 

鋭く回転しながら襲い掛かる刃をビームブレイドで弾くも、勢いを相殺できずにガイアも弾かれ、建物の残骸に取り付いた瞬間、上空からの砲撃が襲い掛かり、ガイアは身を翻す。

 

インパルスとセイバーの参戦で態勢を立て直したMS部隊が援護に回ってきた。ディンが上空から砲撃するも、別方向からのビームが機体を貫き、ディンが爆発する。

 

そこへ飛来するアビスのM107 パラエーナ改2連装ビーム砲が火を噴き、航空部隊が一掃される。つまらなさ気に一瞥し、ステュクスが通信を開く。

 

《エレボス、先程の震動》

 

あの震動にステュクスも気づいたようだった。アレは、彼らにとって時間を意味していた。エレボスは荒げた声で返した。

 

「言われなくても分かってる、お迎えの時間だろ!」

 

《ええ。ですが、このままでは、バスに乗り遅れてしまいますがね》

 

カオスの隣に着地するアビスから、どこか肩を竦めるように揶揄するステュクスにエレボスはますます苛立つ。

 

「うるせえっ! 分かってるって言ったろうが!!」

 

舌打ちしながら、機体強奪と同時に得ていたデータを引き出す。

 

「だいたいだなっなんだよありゃ!? ロイの奴は新型は3機って言ってなかったかっ!?」

 

非難がましく、八つ当たり気味に怒鳴るも、ステュクスは困ったように首を傾げるだけだ。

 

《僕に言われても困りますよ、僕だって知らなかったんですから》

 

我関せず――そんな調子ではぐらかすステュクスにエレボスは話にならないとばかりに大仰に毒づく。

 

「くそっあんなの予定にないぞっ! ロイの野郎、ちゃんと調べとけっ」

 

いい加減な情報を寄越した上官に毒づく。新型が5機なら5機と、ちゃんと調べておけと――その時、コロニー天頂部から爆発が耳に入り、ハッとそちらに振り向くと、飛び込んできた機影にエレボスは表情を顰め、ステュクスは顎をさする。

 

《どうやらお迎えですね。エレボス、データ転送を》

 

「分かってるよ」

 

あらかじめ、調べておいた工廠内のデータを転送する準備を進める。その時、背後から敵機の反応を告げるアラートが響く。シグーが突撃銃を手に突撃してくるも、上空より振り注いだビームに機体を撃ち抜かれ、撃破される。

 

爆発にやや眼を覆いながら、顔を上げると、シグーの爆発の後から降り立つストライクEがカオスのアビスの傍に降り立つ。

 

《バルクルム少尉、ローランド少尉、目的は達したのか?》

 

《目標は奪いましたが、予想外のアクシデントに見舞われまして》

 

カズイの問い掛けに、ステュクスは悪びれもなく答え返す。確かに予想外の事態だった。

 

《そうか。早めに退却した方がいいな。各機、回収急げ》

 

ストライクEと共に降り立ったダガーL数機が指示された格納庫に近づき、背部の大型コンテナを開き、そこにある物を積み込んでいく。それは、セカンドシリーズ3機用の予備パーツだった。

 

彼らの任務は強奪チームの援護及び関連パーツの回収。その光景にシンやステラが眼を見開き、させまいと突撃してくる。

 

だが、ダークダガーLがビームカービンで狙撃し、2機は分断される。そして、ダークダガーL2機掛かりでセイバーを牽制する。

 

《追撃されると面倒だ。アレを破壊する》

 

「いいのかよ、アレも一応新型だろう?」

 

あっさりと下したカズイに、エレボスがやや戸惑いながら問い返す。確かに情報には無かったが、アレも新型機のはずだ。無傷とまではいかなくとも回収すればいいのではないかと考えたが、カズイは肩を竦める。

 

《命令は君らの援護と関連パーツの回収だけ。あとはいくら壊しても構わない――そう指示を受けている。フェイルン少尉と合流して叩け》

 

冷静で、それでいて冷淡に告げるとストライクEは身を翻し、両腰にマウントされたハンドガン:M8F-SB1 ビームライフルショーティーを抜き、振り向き様に連射する。

 

放たれたビームが接近してきたゲイツRを撃ち抜き、爆発させる。

 

《君らはあの新型を叩け、他は俺がやる》

 

一方的に命令を伝え、ストライクEは次なる獲物を求めて飛び上がる。その尊大な態度にエレボスは舌打ちする。

 

「けっ偉そうにっ」

 

《まあまあ。しかし流石は『アイスブリット』――では、僕らは命令通りにしますかっ》

 

嗜め、そして加速するアビスにエレボスも渋々ながらその後につけ、2機はガイアと交戦するインパルスに襲い掛かる。

 

 

 

 

突如として出現したMS部隊にキラ達も眼を驚愕に見張っていた。

 

「アレはダガー、でも何処の――?」

 

雫も困惑する。出現したのは確かにダガータイプのMSだが、あの機体は地球の国家なら、ある程度は保持していてもおかしくない。前大戦末期に開発され、その後も何度かマイナーチェンジを繰り返しながら生産され、今日でこそ限定生産に留まっているものの、あの機体を保有する国家は多い。大西洋連邦、大東亜連合、南アメリカ合衆国――そして、祖国日本にも数える程度だが存在している。

 

そのために、あの機体を運用しているのが何処の陣営か、特定は難しい。だが、雫のそんな思考も急激に掛かった振動に掻き消えた。

 

「くっ掴まって!」

 

叫ぶと同時にキラは操縦桿を切り、ザクを跳躍させる。同時に打ち込まれるビームが地表を吹き飛ばす。

 

ダガーLがこちらに攻撃を仕掛けてきたのだ。保持するビームカービンが火を噴き、ザクを狙い撃つ。

 

同乗者がいるため、あまり大きな回避行動が取れず、キラもまた久方ぶりの操縦にどこか身体の感覚が追いつかない。大戦後、無意識にMSに乗ることを避けていた自分に対し、恨みがましい思いが沸き上がってくる。

 

キラはともかく、身体を固定していないラクスや雫はその機動に身体をシェイクされ、必死にコックピット内で耐える。

 

その様子を一瞥したキラは、慌てて機体を静止させるも、戦闘中に機体を静止させるのは最も危険な行為だった。立ち止まったザクに向かってダガーLが銃口を向け、キラの眼が見開かれる。銃口に光が収縮した瞬間、ザクの上方より飛来した閃光がダガーLの銃を貫き、ダガーLは右手ごと爆発に弾かれる。

 

体勢を崩したダガーLにハッと振り返ると、そこには見慣れぬ機体が飛来してきた。

 

「あ、アレは――吹雪!」

 

やや身体に疲労を憶えながらも、モニター越しにその機体を見た雫が声を上げる。ダガーLを狙い撃った機体、吹雪はそのままザクの前に降り立ち、ダガーLを牽制する。

 

「こちら、大日本帝国軍所属、真宮寺刹那です。援護します、後退を!」

 

『SOUND ONLY』で入った通信に、思わず雫が声を弾ませる。

 

「刹那ちゃん!」

 

「え、し、雫? ってちゃん付けで呼ばないで――って、そうじゃなくてっなんでその機体に!」

 

先程までの凛々しさは何処へやら、慌てふためく刹那に傍から聞いていたキラとラクスは戦闘中だというのに思わず眼を丸くする。

 

「ええと、そのいろいろ複雑な成り行きで――」

 

どう説明したものか、言い淀んでいると、再び響く敵機の接近を告げるアラート。ハッと顔を上げると、ダガーLが加速してビームサーベルを振り上げる。それに気づいた刹那は慌てて操縦桿のトリガーを引き、それに連動して吹雪も頭部のバルカン砲を発射し、放たれた銃弾がダガーLの装甲を掠め、動きの鈍るダガーLに向けて右腕に装着された68mm3連装ガンを構え、発射される。発射された銃弾がダガーLの右腕を撃ち抜き、爆発させる。

 

被弾に後退するダガーL。それを一瞥すると、刹那は通信越しに叫んだ。

 

「とにかくっ雫! ここは僕が抑えるから、パイロットの人に早く後退してって!」

 

雫は唯の外交官だ。MSの操縦などできるはずがない。だとしたら、誰か別のパイロットが搭乗しているはずだ。身も知らぬ相手に任せるのは気が引けるが、この状況では仕方ない。

 

吹雪はそのままダガーLに向けて突撃し、注意を逸らしていく。

 

「あの、ヤマト秘書官、この隙に早く」

 

離れていく吹雪を不安げに見やりながらも、刹那の思いに応えるために、キラに話し掛け、キラもやや後ろ髪引かれる思いで頷こうとした瞬間、見やった正面モニターには、セカンドシリーズ3機の攻撃に晒されるインパルスが映し出された。

 

インパルスの上段から振り下ろされるエクスカリバーを、ガイアはビームサーベルで受け止める。

 

「でやあぁぁぁぁぁぁ!」

 

「くうぅぅぅぅぅ!」

 

レーザーとビームの刃が干渉し合い、鋭い反動が襲い掛かるも、受け止めるガイアの方に徐々に圧力が加わってくる。持ち堪えるガイアのコックピットでレアは呻くも、そこへカオスからの通信が飛び込んだ。

 

「レア!」

 

それを聞いてハッと、レアは強引にエクスカリバーを弾き流し、ガイアを後ろに跳躍させる。その光景に一瞬虚を衝かれたシンだが、後方からの敵機接近のアラートを聞いて背後に振り向いた瞬間に飛び込むカオスがビームライフルを放ちつと同時に飛び上がり、そのすぐ背後に身を隠し、姿を現わすアビスの胸部のMGX-2235 カリドゥス複相ビーム砲から高出力のビームが放たれた。

 

カオスのビームを回避した瞬間に迫りくるビームに、反射的にシールドを掲げて受け止めるも、その熱量にシールドが耐え切れず、表面を融解させる。

 

「くっ」

 

シンは強引に身を捻り、ビームを受け流す。その体勢が崩れた瞬間を狙って跳躍したカオスが両足の爪先に装備されたMA-XM434 ビームクロウを展開し、降り掛かってくる。

 

「シン!」

 

ダガーLを相手にしていたステラが、慌ててカオスに向けてビームを放つ。だが、隙を見せたセイバーに向けてダガーLがバズーカを放ち、砲弾がボディに着弾し、爆発に吹き飛ばされる。

 

「きゃぁぁっ」

 

VPS装甲のおかげで致命傷は避けたものの、その衝撃に弾かれるセイバー。

 

「ステラ! くっ!」

 

セイバーの被弾にシンが声を荒げるも、セイバーの攻撃で弾かれたカオスが着地と同時にエレボスが舌打ちしながらビームを発射する。

 

インパルスはシールドで受け止めるも、すぐ背後からのアラームが鳴り、視線を向けた瞬間、視界にガイアがビームサーベルを薙ぎ払う光景が飛び込み、片足で強引に制動をかけ、機体を屈ませ、斬撃をかわす。ギリギリで回避し、なんとか間合いを取ろうとするも、それより早くガイアの攻撃が放たれた。

 

「ええええぃぃぃ」

 

レアの気迫が込められた二撃目が振り払われ、その勢いを受け止めきれず、弾き飛ばされる。

 

「がぁぁぁっ」

 

体勢を崩したインパルスに、その光景を見ていたキラ達が眼を見開く。

 

「ああっ」

 

雫が思わず悲鳴を上げる。

 

「キラ!?」

 

「掴まっていてっ!」

 

キラは思わず、同乗者であるラクスや雫が不安定な状態にあるのを一瞬忘れ、眼前でやられそうになるかつての戦友を助けようと、無意識に行動を起こした。

 

操縦桿を引き、加速するザクウォーリア。その加速にラクスと雫が表情を顰め、ダガーLを退けた刹那が驚愕に眼を見開いた。

 

弾き飛ばされ、体勢を崩したインパルスはそのまま地表に倒れ込み、その好機を逃さず、背後に回り込んだアビスは手に持ったMX-RQB516 ビームランスを振り被った。

 

「もらいましたよっ、新型!」

 

愉悦を感じさせる表情でステュクスの眼光が光り、その絶体絶命の危機にシンは息を呑んで身体を一瞬、硬直させる。

 

その瞬間、キラが操縦するザクウォーリアが疾風のように割り込んだ。

 

「はあぁぁぁぁぁぁ!」

 

右肩のショルダーに装備されたスパイク部分を突き立て、急加速で突撃したザクの体当たりをアビスはまともに喰らった。

 

「くぅぅぅぅっ!」

 

アビスも加速していた分、その激突時の衝撃は凄まじく、衝撃にステュクスが呻く。弾かれたアビスを一瞥し、素早く左肩から抜き去ったビームトマホークをガイアに向けて投擲した。

 

ビーム刃を展開したまま回転し、襲い掛かるトマホークをガイアはシールドを掲げて受け止められるも、刃が表面に突き刺さる。

 

「おのれっ!」

 

怒りに煽られ、今までの緩やかな表情に微かな皺を寄せたステュクスが、邪魔をしたザクに向けてアビスの身を起こさせ、胸部のビーム砲を発射した。

 

「っ!?」

 

キラは慌てて左肩のシールドを掲げるも、量産型のシールド強度では、その熱量を受け止めきれず、シールドが左腕ごと捥ぎ取られた。

 

消滅した関節部分から火が昇り、その反動でザクは格納庫の壁に叩きつけられた。コックピットを激しい衝撃と振動が襲い、強く揺さぶる。

 

「きゃぁぁっ」

 

今までで一番激しい振動に雫が悲鳴を上げ、必死に掴まる。だが、ラクスは身体が弾かれ、狭いコックピット内で飛び跳ねる。

 

「っ」

 

壁に跳ね返り、キラの腕のなかへ落ちてきたラクスの身体を、キラは慌てて抱き支える。

 

「ラクスっ!?」

 

抱き抱えたラクスの頭を持つ手に、ぬるりとした液体のような感触が走り、手の掌が滑る。キラがハッと見やると、先程の衝撃で頭を殴打したのか、ラクスの額から赤い鮮血が零れ落ちてきた。

 

ラクスは意識を失っているらしく反応がない、薄ら寒いものを憶え、慌てて呼び掛けようとするも、再びコックピット内にアラートが響く。前を見やると、モニター越しに迫るストライクE。

 

「無駄な足掻きをっ」

 

雑魚が粋がるなとばかりにビームサーベルを抜き、ザクに向けて振り下ろそうとするも、そこへ割り込む影。

 

「させるもんかぁぁぁっ!」

 

刹那が吼え、吹雪のカメラアイがグリーンに輝き、吹雪の左腕に装着されたユニットが展開され、それがライトブルーの輝きを放つ。

 

「何っ!?」

 

眼を見開くカズイの前で、振り下ろされたビーム刃は、ザクの前に立ち塞がった吹雪の左腕に輝く青い光の盾に防がれていた。だが、刹那は防ぐと同時にボタンを押し、操縦桿を切った。

 

吹雪が受け止めていた腕を振り払い、ビーム刃が横へ流されると同時に左腕の青い盾が形状を変える。今度は盾から丸いサークルのような形状へと変化し、それを振り被る。

 

カズイは反射的に身を後方へ跳躍させるも、思わず手離したビームサーベルの柄がそのサークルに切り裂かれ、爆発する。

 

立ち込める爆発を離れた位置に着地して見据えるカズイの前で、黒煙が晴れた向こう側から青い盾を再び構えた吹雪とザクが現われる。

 

刹那は微かに息を乱しながらも、ザクを一瞥し、左腕の装備を解除し、右手でザクの肩を取り、抱えると同時にスラスターを噴かせ、上空へと舞い上がる。

 

次の瞬間、その壁を後方より飛来したビームが灼き払った。それを一瞥し、刹那は焦燥に駆られ、ザクを抱えたまま戦闘空域より離脱した。

 

「逃しましたかっ」

 

ストライクEが距離を取ったと同時に攻撃を加えたアビスだったが、吹雪とザクが離脱していくのを一瞥し、舌打ちした。

 

カズイもどこか険しい表情だったが、2機にビームと銃弾が降り掛かり、ハッと振り返ると上空よりディンやゲイツR、シグーの編隊が迫ってきた。

 

その援護射撃を行う増援に向けて、ストライクEは両手にビームライフルを構え、アビスもビームを肩で受け流しながら、甲羅の内に備わったMA-X223E 3連装ビーム砲を展開し、一斉射する。

 

次の瞬間、眩いばかりの光条が解き放たれ、光が機体に吸い込まれるように貫き、上空で爆発の華が咲き乱れる。破片が煙の尾を引いて舞い落ちる。だが、それに怯むことなくディンが肩からミサイルを発射する。

そんな友軍の奮闘にシンも駆られ、機体を真っ直ぐにアビスとストライクEに向けて突撃させる。

 

「うぉぉぉっ!」

 

歯噛みしながらエクスカリバーを振り被る。レーザー刃が白く長い弧を描き、2機に振り薙がれるも、アビスとストライクEはその一閃をかわし、飛び退く。飛び退くと同時にストライクEが頭部バルカンで狙い撃ち、頭部を掠める。衝撃に気が逸れた瞬間、後方よりガイアが飛び掛かってきた。

上段より振り下ろされる刃をシールドで受け止め、レアは歯噛みする。

 

「このおぉぉっ」

 

「これ以上やらせるかぁぁぁっ」

 

激しく機体をぶつけ合いながらも、シンは強引にガイアの刃を押し返し、エクスカリバーを振り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「早くっ! 入れるだけ開けばいい!」

 

ルナマリアはじりじりしながら叫んだ。

 

そこは先程、攻撃によって倒壊した格納庫であった。ゲイツRの残骸の向こうに瓦礫に埋まったMSが倒れ伏している。動ける作業員や周囲にいた兵士が総出で、瓦礫に埋まり、身動きの取れなくなっているMSのコックピット周りから瓦礫を運び下ろそうと四苦八苦しながら動いていた。

 

MSが使えれば楽なのだが、この状況では動ける機体は全て迎撃に回っており、また最初の奇襲でハンガーを優先的に狙われたために余分な機体が無いのだ。

 

一方のレイやセスは自身の搭乗機の傍らに立ち、コックピットハッチが徐々に現われるのを静かに待っていた。

 

強奪犯による新型機の奇襲という状況ながら、動けないことに不安と焦燥を抱き、苛立ちを憶えていたが、今こうしていられるのはある意味では幸運だった。彼ら3人も奇襲の報で急ぎ搭乗機に向かっていたが、すぐ傍でMSが撃破され、格納庫が倒壊したのだ。もし、後一分駆けつけるのが早ければ、今頃は搭乗機に乗ることも無く、最悪瓦礫によって押し潰されていたかもしれない。だが、3人はその幸運に感謝をする余裕が無かった。

 

「レイ!」

 

レイに声が掛かった途端、弾かれたように機体の上に飛び乗り、コックピットハッチへと向かう。周辺を覆っていた瓦礫は見事に取り払われており、乗り込むことが出来るスペースが確保されていた。それを確認するとすぐに、レイはハッチ付近で作業を行っていた作業員達に僅かに礼を述べ、素早くコックピットに滑り込んだ。

 

「中の損傷は分からん、いつも通りに動けると思うなよ! 無理だと思ったらすぐ下がれ!」

 

慌しく注意を行う表情には、苦悩が見て取れる。整備士なのだろう。この状況では仕方ないとはいえ、状態が確認できていない機体で出すことに対する罪悪感を感じさせる表情に、レイは感謝を込めて無造作に頷き、ハッチを閉じ、素早くOSを起ち上げた。

 

パネルを叩きながらコックピット内に点灯していくモニター画面とシステム。低い音とともに特徴的なモノアイが点灯し、レイは周囲の状況を確認しながら機体を起き上がらせる。瓦礫を振り落としながら、上体を起こす機体は、頭部に羽飾りのような一本角を擁し、両肩にシールドを装備した機体、ZGMF-1001:ザクファントム。同系列のザクウォーリアの上位機種に当たるもので、ボディを紫がかったグレイ、頭部と四肢をレイのパーソナルカラーである白色に染められている。

 

レイは素早く機体の状態を確認してみるが、致命的な損傷は生じていなかったことを理解すると、隣で未だに瓦礫の撤去作業をしている作業員達に外部スピーカーで呼び掛けた。

 

《どけ、ルナマリア》

 

外部スピーカー越しに聞こえた声に、同じようにハッチを塞ぐ倒壊物に手を焼いていたルナマリアと作業員が意図を察し、機体の上から慌てて飛び退いた。

 

ルナマリアとセスのザクウォーリアのコックピットハッチにはかなり大きな倒壊物が降り注ぎ、人の手では動かせないほどのものであったが、ザクファントムの手がコックピットハッチを塞いでいた鉄骨を掴み、人の手ではどうしようもなかったものを、瓦礫とともに意図も簡単に払いのけた。

 

瓦礫が排除されるとともに、そこに赤、白と赤に塗装された機体が現れた。ルナマリアとセスのザクウォーリアだ。それを確認すると、ルナマリアは喜び勇んでコックピットに飛び乗り、セスも風のように素早く飛び乗り、ハッチを開放して滑るように乗り込んだ。

 

シートに着くと同時に素早くOSを起ち上げる。だが、時間が惜しいのか、セスは自機の状態を確認したものの、ルナマリアはそれを飛ばし、素早く機体を立ち上がらせた。

 

《セス、早くしなさいよ》

 

遅れているセスに注意を促すも、セスは無言のまま状態確認を済ませ、素早くパネルを叩きながら戦闘モードへとシステムを移行させ、セットアップが終了するとともに操縦桿を引き、機体を立ち上がらせた。

 

倒壊したハンガーの上に佇む3機のザク。

 

《3人とも、こいつを持って行け!!》

 

スピーカーで拡張された声に振り向くと、こちらでも作業を行っていたのか、ハンガーの内部に固定されていたザクの専用兵装であるMMI-M633 ビーム突撃銃が在った。

 

3機はその銃を掴み、格納庫から数歩離れると同時にバーニアを噴かせて戦場へと飛び立つ。空を切り裂くように飛び立つザク3機に声援を送るように作業員達は帽子を脱ぎ、手を振った。

 

 

 

 

 

その頃、デュランダルと随員はなんとか工廠から離れ、急遽仮設されたと思しき指揮所兼救護所にやって来ていた。

 

だが、そこもまた混乱のなかにあった。

 

「港が使えんとはどういうことだ!?」

 

「衛生兵! 衛生兵! こちらにも怪我人が!」

 

「違う、コーランド隊はB地区へ!」

 

情報がまともに入らず、また司令部との通信もままならない。さらには工廠内を見学に訪れていた民間人の避難や救護、怪我人の呻き声など、野戦病院さながらの雰囲気だった。

 

そんな喧騒の場へやって来たデュランダルは、声を上げた。

 

「誰が此処の指揮を執っている? あの3機はどうした!? 状況を説明してくれ」

 

デュランダル自身もやや苛立ちながら問い掛けるも、周囲はそれぞれの対応でなかなか答える者もおらず、また要領の得ない情報しか飛び込んでこない。

 

次の瞬間、すぐ付近で爆発が起こり、随員達が慌てて壁となる。

 

「議長!」

 

デュランダルも腕を上げて顔を覆い、爆発を防ぐ。光が収まると、ようやく階位の高い士官が指揮車のなかから現われ、駆け寄ってきた。

 

「此処はまだ危険です、有毒ガスも発生しています。議長もシェルターにお入りください」

 

「そんなことができるか! 事態すらまだよく分かっていないのだぞ」

 

反発するデュランダルに士官は顔を顰める。彼らにとってデュランダルの身が危険に晒されるのはなによりも防がなければならないこと。

 

「しかし…ならばせめてミネルバへ!」

 

苦肉の策とでも言いたげに、士官が視線で促し、やや離れた位置に停泊するミネルバに視線が向く。この状況ではミネルバ艦内の方がまだ安全で状況の確認もできる。デュランダルは微かに舌打ちしながらも、仕方無しとばかりに応じる。

 

そして、補佐官らを伴い、用意されたエレカに搭乗し、一行は一路、ミネルバへの進路を取った。

 

 

 

 

戦いの場を空中へと移動させる各機。

 

インパルスがカオス、ガイア、アビスの3機を。セイバーがストライクEとダガーLを相手にそれぞれ対峙する。

 

「くそっ、この新型!」

 

インパルスが手ごわいのにエレボスは毒づく。カオスの放つビームを受け止めながら、シンもまた距離を取る。

 

ダガーLが援護に徹し、セイバーを牽制するなか、ストライクEは両手のハンドガンを放ちながらセイバーに襲い掛かる。

 

縦横無尽に襲い掛かるビームをシールドでかわすも、ストライクEは突如ハンドガンを収め、両手を翳す。その瞬間、掌からワイヤーのようなものが迸る。それが何かを悟るより早く、ステラの感覚が身体に伝わり、セイバーを戦闘機へと変形させ、上昇する。

 

ワイヤーはセイバーの機体を掠める。もう少し反応が遅ければ、あの蜘蛛の糸に機体を絡め取られていただろう。

 

EQS1358 アンカーランチャーを戻し、ストライクEは再度ハンドガンを実装して追い討ちをかける。

 

「ステラ!」

 

セイバーの援護に向かおうとするも、ガイアが横手より襲い掛かる。シンは機体を上昇させ、その斬撃をかわす。

 

「こいつっ、何故墜ちない!?」

 

苛立たしげに吐き捨て、憎々しい視線でインパルスを睨みつけるレア。レアの意識は、先程からこのインパルスのみに固定されている。どれだけ仕掛けても撃墜できず、あまつさえこちらに反撃してくる。今まで感じたこともない負の感情がレアの内に滾り、それがより怒りを増幅させる。

 

「くそぉぉっ! どけぇぇぇ!!」

 

早くステラの援護に向かいたいがために、シンは背部にマウントされた翼とも取れる取っ手に手をかける。引き抜くと同時に大きく振り被り、投げ飛ばす。RQM60 フラッシュエッジビームブーメランがビーム刃を展開し、ガイアに襲い掛かるも、シールドを翳して受け止める。跳ね返されたブーメランは弧を描いて再度インパルスの手に戻る。

 

「鬱陶しいんですよっ!」

 

反動で弾き飛ばされたガイアの後から現われたアビスが両肩の甲羅を開き、銃口が光る。

 

シンが急旋回して回避しようとした瞬間、ステラの叫びが響く。

 

「シン! ダメ!!」

 

ハッとした瞬間、シンは回避行動ではなく防御体勢に移った。同時に解き放たれる六条の熱線がインパルスのシールドに着弾する。

 

シールド表面を融解させながらも耐えるインパルス。

 

「へえ? 簡単には引っ掛かってくれませんかぁ」

 

揶揄するように嘲るステュクス。もしあの時、シンが回避行動に入れば、間違いなくカオスの射線に飛び込んでいただろう。だが、防御した攻撃もインパルス全てに降り注いだだけでなく、掠めて地上に伸び、眼下で展開していたガズウート、ゲイツRやジン等の友軍機が餌食となり、爆発する。

 

咄嗟に防御したおかげで全滅とまではいかなくとも、友軍の破壊と自身の迂闊さ、力の無さにシンは自身に怒鳴りつけたくなるように歯噛みした。

 

「ステュクス、もう一度仕掛けるぞっ」

 

「ええ、今度こそ――っ」

 

笑みを浮かべていたステュクスの表情が微かな苦悶に歪む。アビスの攻撃が加えられたのだ。幸いにシールドだったため致命傷にはならなかったが、それでもその虚を衝いた攻撃にはさしものステュクスも表情を顰めた。

 

「ステュクス! ちぃぃ!」

 

同じように浴びせられる攻撃にカオスが回避する。そして、その攻撃はセイバーと戦闘を繰り広げていたストライクEにも浴びせられ、カズイも舌打ちして回避する。

 

MS形態に戻したセイバーも距離を取り、シンとステラがその援護射撃が加えられた方角を見やると、表情がどこか緩む。

 

「レイ、セス!」

 

「ルナ!」

 

弾んだ声を上げる先には、飛来してくる3機の機影。MMI-M633 ビーム突撃銃を構えたレイのザクファントムとセスとルナマリアのザクウォーリアが向かってきた。心強い仲間の到着にシンとステラは内に力が沸き上がるのを感じ取った。

 

レイとセスが無言のまま相手を見据え、攻撃を繰り出す。ザクファントムがカオスを狙い撃ち、エレボスが急旋回で回避する。ザクウォーリアが正確な狙撃でストライクEを狙い、カズイも歯噛みしながら回避し、応戦する。

 

「このぉ、よくも舐めた真似を!」

 

怒りを露にルナマリアは威勢のいい啖呵を切り、ビーム突撃銃をアビスに向けて撃ちまくった。

 

降り注ぐビームの弾幕に翻弄されながら、ステュクスはやや大仰に溜め息を零した。

 

「中尉、エレボス、これではキリがありませんよ。肝心、この機体もいつまで保つやら」

 

忘れがちだが、ここはザフトの軍事工廠だ。いくらハンガーを優先的に潰したとはいえ、MSの数も半端ではない。さらに、この奪取した機体にしても従来通りのバッテリー駆動機だ。先程からエネルギーを消費する武器を幾度となく使用しているため、このままではエネルギー切れで動けなくなる可能性が高い。

 

ステュクスからの通信にエレボスも内心に焦りを滲ませる。最初に相手していたザフト軍機ならともかく、乱入してきたこの新型2機に加えて、増援のザク3機もパイロットの腕は高い。現に数で推し、翻弄してくる。

 

カズイも眉を寄せ、難しげな表情を浮かべるも、そこへ次の行動を起こさせる通信が入った。

 

《隊長、目標の奪取に成功。これより離脱します》

 

セカンドシリーズの関連パーツ回収の任に当たっていたダガーL部隊が任務を終え、コンテナを背負い、上昇してコロニー外殻に向けて飛行していく。その様を一瞥し、ここいらが潮時と判断し、息を吐く。

 

「離脱する、各機遅れるな。脱落者は見捨てる!」

 

元々のカズイの任務は、関連パーツの回収及び3機のセカンドシリーズの回収だ。敵との交戦ではない。身を翻し、離脱するストライクE。

 

エレボスはやや悔しさに舌打ちしながら、レアに通信を繋いだ。

 

「レア、離脱するぞ! そいつを振り切れるか!?」

 

援軍が加わったことで分散されてしまった。セイバーを抑えていたストライクEも離脱したため、セイバーもまたこちらへの攻撃に加わってきた。彼らの優先目標はセカンドシリーズ3機の捕獲なのだから。

 

だが、その通信をレアは聞き流すように無視していた。いや、実際は聞こえているのだろうが、もはやレアの意識はインパルスへの憎悪のみに向けられ、彼女は殺気立った声で言い捨てる。

 

「墜とす――墜とすっ!」

 

完全に頭に血が上ったレアは、ビーム砲を乱射しながらインパルスに迫る。

 

「このっ!」

 

標的に固定されたシンはビームライフルで応戦しながらガイアを狙い撃つも、ガイアは素早い動きで旋回し、突撃してくる。

 

「こんなっ私は…私はっ……負けないっ、負けるもんかぁぁぁっ!」

 

突撃するガイアに向けて、インパルスは胸部バルカンで狙撃するも、その弾丸を避けようともせず、弾きながらレアは獣のような視線と殺気を剥き出しにし、空中で2機が交錯し、両機の刃がぶつかり、甲高い音が周囲に響き渡る。

 

だが、両者共に致命傷とはならず、レアは悔しさにより押し潰されそうだった。こんな感情は初めてだった。こんな敵は今までいなかった。たとえどんな相手でも自分は負けない――負けられない。負けたらあの人に褒められなくなる…二度と名前を呼んでもらえない――そんな恐怖にも似た感情が無意識に突き動かす。

 

(いやっいやっいやっいやっいやっいやっいやぁぁぁぁぁっ)

 

そんな恐ろしい考えを抱きたくなく、心のうちで激しい葛藤を繰り返す。表で戦う獣と内で震える幼子――そんな相反する二つの人格を持つように、レアはただただ己の敵を倒すためにガイアを駆る。

 

「離脱だ! やめろ、レア!」

 

さしものエレボスも、レアの情緒が不安定なことに焦りを抱いたのか、切羽詰った口調で呼び掛けるも、レアには届かず、ガイアは再度ビームサーベルを掲げて敵機に襲い掛かっていく。

 

「私はぁぁぁぁぁっ!」

 

「レア!」

 

咆哮を上げ、猛るレアの耳に、エレボスの声と――そして、続けて飛び込んできたステュクスの皮肉げに投げつけた言葉が突き刺さった。

 

「ならレア、君もここで『姉』のように死ぬんですねぇ」

 

「っ!!?」

 

刹那、レアの炎のように沸騰していた内に、鋭いメスが突き刺されたような錯覚に陥った。

 

「お、姉…ん……――」

 

片言のように呟くレアは心臓に亀裂が走ったような、氷のような冷たさが身体を駆け抜ける。頭のなかが真っ白になる。体内を流れる血液に冷たいものが混じり、今まで突き動かしていた力が抜けていく。

 

全てが崩れていくように操縦桿を握る手が震える。

 

「ステュクス!」

 

エレボスは咎めるように怒鳴るも、ステュクスはなおも言い放つ。人形を操るための言葉という糸を――

 

「大佐には僕から伝えておきますよ――レアは姉の後を追って死んだっ、とねぇ!」

 

嘲笑のような言葉が突き刺さり、レアの内はより冷たく侵食されていく。

 

内に渦巻くのは呪いのような声。殺せと…壊せと――頭のなかをリフレインする呪詛のような声。

 

「いやぁ……いやぁ…死にたくない…死に…たく……――ない…」

 

糸の切れた操り人形のように片言で呟き、レアは震える腕で身体を抱き締める。霞む視界と焦点の合わない瞳。

 

「助けて…助けて……助けて…――」

 

不確かなものに押し潰されるように、レアは誰かに向かって呼び掛ける。

 

恐慌状態に陥ったレア。そして、空中で突如動きを止めるガイア。ただ滞空し、隙だらけの状態にシンは戸惑う。

 

「何だ――っ!?」

 

突然の奇行に戸惑うも、そのチャンスを逃さず、ガイアの動きを止めようと、ビームブーメランを投げ飛ばすも、間一髪のところで割って入ったカオスのシールドで防がれた。

 

弾き返すと同時にインパルスを狙い撃ち、ビームブーメランを受け止めるとともに回避するインパルス。

 

「ステュクス、てめえっ!」

 

「仕方ないでしょう、駄々っ子には荒療治も必要ですし」

 

「黙れバカ野郎っ、余計な事を―――っ」

 

憎悪のこもった視線でステュクスに怒鳴るも、涼しい顔で応じる。だが、そんな二人の言い争いでさえ、レアには遠く聞こえた。

 

「死ぬ……? 私…いや……いやあ…」

 

呆然となっていたレアは、エレボスが防御してくれていなければ、自分がやられていたと無意識に悟る。

 

死――それが圧倒的な濁流のようにレアの感情を押し流す。そして、思考を恐怖という泥で覆っていく。

 

死ぬ…姉のように―――それが、レアを錯乱状態に陥らせた。

 

「いやぁぁぁぁぁぁっ!」

 

一際大きな絶叫と涙を零しながら、レアは必死に操縦桿を動かした。

 

早く逃げなければ、やられると…死ぬと―――まるで内に呪いを掛けられたように、レアは必死に逃げた。もはや、その姿は戦士ではなくただの怯え惑う幼子でしかなかった。

 

急加速で外殻目指して離脱するガイアにエレボスは舌打ちする。

 

「レア! ちっ」

 

忌々しげに吐き捨て、その後を追う。

 

「結果オーライーー退きますよっ」

 

やや悦の入った表情でステュクスが言い捨て、眼晦ましのように肩の連装砲を放ちながら、アビスもそれに追随した。

 

 

 

3機が身を翻し、離脱していく。アビスの攻撃で反応が遅れ、シンは表情を顰めた。

 

「逃がすか!」

 

遅れた分を取り戻そうと、バーニアを全開で噴かし、追跡に入る。銃撃を掻い潜り、加速するインパルスに追い縋るようにセイバー、そして3機のザクも追随する。

 

離れていく3機を逃すまいと睨むなか、シンは遂今しがたのガイアの奇行に困惑し、思考を巡らせていた。執拗にこちらを攻撃し、翻弄した相手が一瞬とはいえ、完全な無防備を晒した。パイロットになにか不調でもあったのかと思い、答の出ない迷いに苛立つ。

 

同じように追跡するステラは、内に嫌な実感が沸き上がってきた。あの3機と戦闘に入ってから内に燻っていた疑問。あの3機に搭乗しているパイロットについて――機体を容易に奪取したことといい、かなり特殊な訓練を受けていることは察せられ、その上でどこかの陣営に属する者達というのは確信できた。

 

だが、それとは別に問題なのはパイロットだ。訓練を受けて乗りこなした自分達ならいざ知らず、あの強奪犯は今日初めてあの機体に搭乗したはずだ。奪取し、それを乗りこなす技量を目の当たりにし、それが単なるナチュラルではないと徐々に確信した瞬間、ステラの内に数年前の出来事が来去する。

 

あの忌まわしい…過去の汚点が―――

 

(そんな筈…ないよね)

 

首を振ってその考えを打ち消す。あの機体を捕獲し、パイロットを捕まえれば分かることだ。たとえそれが、どのようなものでも――不安を抑えるように、ステラは先導するインパルスを見据え、その力強い背中に場違いな安心感を憶えつつ、インパルスに並ぶように加速させた。

 

セイバーがインパルスと並んだ瞬間、後方でルナマリアのザクウォーリアのバーニアから黒煙が噴出して高度が下がった。

 

「あえっ!?」

 

どこか間抜けな声を上げるルナマリア。どうやら、最初の倒壊に巻き込まれた時に僅かながら機体に不調を受けていたようだ。起動前にチェックしておけばよかったかもしれないが、もはや遅い。

 

失速するザクウォーリアに4人が気づく。

 

「ルナ、戻って!」

 

そのトラブルにステラが声を掛けると、ルナマリアはやや悔しそうに言い募る。

 

「でも…!」

 

「無理をするな、ルナマリア」

 

冷静な口調でレイがそう告げると、ルナマリアは渋々応じ、機体を後退させた。心配ではあるが、ルナマリアとて赤なのだ。着地ぐらいはこなせると思い、4人はそのまま追跡を続行した。

 

 

 

 

 

 

 

 

空中で激しい攻防が繰り広げられるなか、地表での戦いも水面下で静かに続いていた。

 

リンのザクの首を押さえる黒衣の死神。その奥の瞳が不気味に輝き、まるで魂を吸い取るような悪寒を憶えさせる。

 

「くっ……」

 

先程の衝撃により麻痺がまだ身体に燻っており、満足に動けない。だが、そんなリンを嘲笑うように死神はザクの首を掴んだまま、無造作に振り上げる。

 

持ち上げられる機体――突然掛かったGに表情が顰まるも、歯噛みし、耐える。

 

振り上げられたザクを死神はそのまま放り投げ、ザクは格納庫に叩きつけられる。

 

再度身体を襲う衝撃――シートに固定していなければ、まず間違いなくコックピット内でシェイクされ、無事では済まないだろう。

 

「ぐっ」

 

だが、さしものリンもそれには応えたらしく、呻き声しか出ない。だが、そんな痛みよりもリンの内を巡るのはあの死神から聞こえた声。

 

(ゼロ? 『虚無』? いったい、どういうこと――っ)

 

死神から聞こえた声は、自らを『ゼロ』と名乗った。『虚無』を意味する名――まったく心当たりはない。いったい、何を意味しているのか、リンの思考は困惑する。

 

そして、それ以上に死神を通してくるゼロの殺気。全てを凍らせるような絶対零度の殺気。自分の存在を認めない憎悪――それが肌をざわつかせる。

 

動かない身体に悪態を衝きながら、それでもこのまま何もせず殺られてたまるかと、リンは必死に操縦桿を握り、ザクを操作する。

 

ぎこちない動きながらもなんとか立ち上がるザク。だが、足元がフラつき、おぼつかない。そんな様子に死神のコックピットでゼロは口元を歪める。

 

「無様ね――そして、情けないわね。これが、比翼の騎士? 所詮は禍がいものの存在ね」

 

嘲笑を浮かべ、死神は右手に握る黒刀を構えた瞬間、コックピット内に微かな反応が捉えられた。

 

「この反応――」

 

死神がそちらを向き、相手の注意が逸れたことにリンが不審に思い、その視線を追い、そちらに振り向くと、一体のMSが滞空していた。

 

対峙するザクと死神を見下ろすように滞空するのは、純白の機体。マコトのセレスティだった。

 

「何だ――アレが、こいつを呼んだのか?」

 

セレスティのコックピットでカスミを抱えるマコトは戸惑いながらモニターに映る黒衣の機体を見据える。

モニターに映る黒衣の機体に対し、セレスティのコンピューターが反応を示している。

 

まるで、呼ばれるように―――セレスティの蒼の瞳と、死神の金と紅の瞳が交錯した瞬間、互いに感応するようにカメラアイが幾度も点滅する。

 

「なっ、何だよ?」

 

突然の事態に困惑するマコトだったが、同じようにカスミが突如頭を抱え出した。

 

「うっ――」

 

「カスミ!?」

 

慌ててカスミに呼び掛けるも、カスミは声を噛み殺すように漏らし、頭を抑える。

 

「うぅぅぅっ―――」

 

苦しむカスミにマコトは困惑し、その原因が眼前の死神にあるのかと思い、視線を向ける。

 

そして、死神のコックピットでゼロは微笑む。

 

「器に選ばれし者…そして鍵を与えられし者――でも、その鍵も器も必要ない」

 

笑みのなかに冷たい視線を浮かべ、ゼロはセレスティに相対する。その感じる殺気にマコトは息を呑む。

 

「虚無へと…誘ってあげる……カスミ―――」

 

ポツリと漏らした瞬間、死神は宙に舞い上がり、セレスティに向かう。

 

マコトの瞳に漆黒の刃を振り上げる死神が映り…その刃が振り下ろされる―――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――神さえも刈る死神のごとく……機械の傀儡を操る無を以って…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《次回予告》

 

 

姿を現わす影。

 

襲い掛かる死神の刃に少年は追い詰められていく。

 

そして、死神に問うべく騎士は立ち向かう。

 

 

 

 

混迷する戦いのなか、仲間とともに追い詰めるも、全ては宇宙へと消えていく。

 

宇宙へと身を晒す彼らを襲う新たなる砲火。

 

轟く砲声が伝えるのは、新たなる予兆―――

 

 

誘われるように新たなる艦が旅立つ。

 

無限に続く…星屑の海へ――――-

 

 

 

 

次回、「PHASE-09 星屑の海へ」

 

機関最大、旅立て、ミネルバ。

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