博士は、茫然とキシキシと揺れる照明を眺めていた。
彼女が眺めるそのはるか向こうでは、恐らく強大な力が蠢いている。
博士の目にいつも宿っている野望と活力の光が今では見られない。
彼は、行ってしまった。
本当は止めようと思えば訳なかったのに、私は何もできなかった。
何故だ?
何故、動けなかったのだ。肉親すら捨ててきた、この私が。
「……いや、単純な話なんだ」
まだ、彼の本当の可能性を見たい。見たいのだ。
封印していたもう一つの単一能力・アサルトアーマーの解放を四回、たった四回の戦闘経験で成し遂げた彼の可能性を。
それほどまでに彼は欲し、そして噛みしめていたのだから。闘争を。ネクストの力を。真実を。
「何とかしろよ、泣き虫博士。だってさ」
独り言ちて、虚しくなる。
彼は、少しだけ遠くに行ってしまった。私を置き去りにして。
私の計算と予想の上を行く、この世界唯一の存在になった。
ならば。
私もまた前に出るしかあるまい。
この狭く暗い世界から抜け出した彼を追いかけて、捕まえてやるのだ。
独りにしてたまるものか。独りになってたまるものか。
博士は首をわずかに揺らした。
揺れた視界が収まると、そこには白銀の騎士が跪いている。
私は、
作戦決行。
アメリカ時間では午後9時30分に、その作戦は開始された。
作戦内容は、深海内部に100メガトン級爆弾・B150を設置し、起動。爆発による衝撃、海水の蒸発により施設機能の低下を図る。
その直後、海水が施設までの空間を埋めてしまう前にIS特殊部隊36機を投下。施設内部に侵入し博士殺害、シルバリオ・ゴスペル回収、B.K.Mの撃破、鹵獲、研究データの回収、を遂行させる。
なお、B.K.Mの抵抗は保有戦力を大きく損失させる可能性がある。そこで高火力支援としてズムウォルト級ミサイル駆逐艦三隻によるエネルギートマホークミサイルの使用の用意がある。
最終的に鹵獲することが不可能であると判断された場合は、残存する全ての戦力を引き揚げさせろとのこと。
「提督。この先は……」
「G.B、の出番だそうだ。詳細は知らん」
G.B
この記号が何を指しているのかは軍の最上部にしか知られていない。それだけでない。この海軍提督は自分こそが世界の闇の全てを知る者だ、という自負があったが、今回の作戦については対象の映像以外、経歴も何もかもを明かされていない。
過去には世界規模の作戦を指揮することもあった自分に、それだけの情報しか与えられない。それにはつまり、この任務には想像もつかないほどの膨大な陰謀と闇が潜んでいることを意味しているはず。
「失敗はできない。恐らくこの作戦は、アメリカの行く末を大きく左右するものだ」
「やはり……」
「IS各機にこう伝達しろ。君たちの双肩に、国家の未来がかかっていると」
「了解」
件の36機のISは、司令部が設置されたニミッツ級空母の電磁カタパルトを装着していた。これは第二世代機の初速を大きく上回る速度で機体を発射できる。
部下が提督の旨をISパイロットに伝達した。
「提督。復唱全機問題なしです。いつでもいけます」
「……よろしい」
提督は大きく息を吸う。
これから始まる戦闘がどうなるのか。先が全く見えないこの作戦に、文句がないわけでもましてや不安がないわけでもない。
だが、やるしかない。やらねばこちらがやられる。相手はあの篠ノ之束だ。
そして人類の恥、核を起動するのは自分自身なのだ。決して設置した者でも起動ボタンを押す者でもない。自分自身なのだ。自らを鼓舞せねば、到底勤まるものではない。
提督は、司令室に響き渡るほどの声量で命令を下した。
「作戦開始!!! B150起動! IS各機、電磁カタパルト用意!!!」
「了解!! 電磁カタパルトスタンバイ!!」
「B150の起動まで、残り五秒!! 各員、衝撃に備えてください!!」
間もなく、空母司令室は白に染まった。
決戦が、はじまる。
「……なんだこれ?」
誰がそう呟いたのか、部下の声を全て記憶している提督にも分からなかった。
もしかしたら自分がそう漏らしたのかもしれない。
……無理もない、とさえ思った。
閃光とともに出現したのは爆発でも衝撃でも熱線でもキノコ雲でもなく、
『こんばんは。犬ども』
死だった。
「B.K.Mだ!!! カタパルト射出!!!!!! 急げ!! 近寄らせるな!!!」
「りょ、了解!!」
提督の叫びとともに金属が擦れ火花が散る鋭い音が響き渡り、IS36機がカタパルトから射出される。
その編成は、ラファール・リヴァイヴ15機、打鉄21機であり、アメリカの有するISのほぼ全てがここにそろったことになる。
負けるはずがない。協定により、国家によるISの軍事行動には制限がかかっているが、今回の規模はその制限を破るどころかぶち抜くほどのものなのだ。確信できる。人類の歴史に一度たりとも、ここまでの“力“が動いたことはないと。
奴は、B.K.Mは今からそれほどの圧を受ける。つぶれないはずがない。
「B.K.M、拡張領域から、……これは発光器? レーザーブレードを取り出しました!!」
「ええい!! 部隊長の視界とモニターを同期しろ!」
正面モニターに太平洋と、暗い夜空が映し出された。
その光景のはるか向こうに、B.K.Mの姿が見える。
フルフェイス・フルスキン型のISで、明らかに既存の専用機とシルエットが違う。そして全身からエネルギーがまるでオーラのように迸っていた。本当にISなのかと疑問に思うほどだ。
B.K.Mは両腕の発光器から極太の白藤色のレーザーを放出したまま、海面に佇んでいる。あれが、奴の武装か。
「どうやら近接型だ!! 付き合うな! 打鉄、超長距離射撃装備・撃鉄用意! リヴァイヴはガルムによる一斉射撃だ!!」
各ISが位置につき、一斉に武器を構えた。
まるで鳥葬だ。ハゲワシが死体を啄もうとする直前のあの光景だ。
だが今から啄むのは、追い詰められただけの生きた鷲。緊張が全くぬぐえない。
「よし、発――」
しかし、提督は命令を下すことができなかった。
鳥葬の中央、B.K.Mが、残光を残して消え失せたからだ。
『はっ』
彼女は、速い、と言いたかったのかもしれない。
ハイパーセンサーにより動体視力、思考速度を強化された彼女たちにさえB.K.Mの姿を捉えることはできなかった。
しかしそれだけ、それだけの理由で、戦場では死ぬに事足りる。
「ど、どこに消えた!!」
『光が、光だけが、クソ!!!』
部隊長がハイパーセンサーを全開にして首を振り回しているが、36機のISの間を縫って、白い何かがワープを繰り返しているようにしか見えない。
一体どれほどの速度を実現しているというのだ。これではいくらPIC制御を用いても慣性を抑えきるとは到底思えない。肉ミンチになってしまうはずではないか。
『何なんだ!! 報告の性能とまったく違う!! 時速5000㎞などというレベルでは――』
遂に、白い残光が一機のリヴァイヴを掠めた。
その瞬間青白い火花が飛び散り、リヴァイヴが爆発四散する。
パイロットは何が起きているのか分かっていないだろう。
即死だ。
『ちいいいいい、撃て!! 撃ちまくれ!! 奴の動きを止めるんだ!!』
隊長の金切り声を皮切りに、各ISは時折見える白い残光に向けて弾丸を発射した。
戦場からは遠方に位置している空母にさえ撃鉄とガルムの発砲音が届く。
しかし隊長の視界から見るに、B.K.Mはこの膨大な弾幕の中をも掻い潜りながら攻撃を繰り返しているようだ。
前にいたと思い攻撃すれば次は真上に。次は後ろに。次は真下に。もしくははるか遠くに。ただ分かるのは、推進器の空気を切り裂く音と、レーザーブレードの残光だけだ。一機、また一機とレーザーに切り裂かれ海に沈んて行く。
『嫌!!! こっちに、こっちにこないでえええええええええええええええええええええええええ!!!』
接近を許した打鉄は、そのまま袈裟切りにされた。
搭乗者はそのまま打鉄ごと斜めに分断され、力なくうなだれる。血が噴き出すかと思えば、レーザーによる熱で体が丸ごと炭化しきっていた。
装甲も、シールドエネルギーも、絶対防御も、何の意味もなさない。裸で強力な猛獣と戦っているのと何が違うのか。
いや、状況はそれよりも悪い。
「化け物め……!」
化け物。まさに黒い怪物だ。
いや、確かに弾丸は時折命中している。無敵というわけではない。不死身というわけではない。
だが奴を仕留め、鹵獲するまでには一体どれほどの損害が出るだろうか。
もしやしたら36機全てが失われるかもしれない。そんなことが、そんなことがあってたまるものか。
アメリカの栄光を確かに支えてきた若き女性パイロットを、見殺しになどできない。戦うのは彼女たちだけではない。
「ズムウォルト級に伝達しろ!! 弾幕に乗じてエネルギートマホークミサイルを叩き込め!!」
提督の命令から間髪入れず、付近を航海していた駆逐艦三隻からまばゆい光と白煙が迸った。
太陽と見間違うほどの光が幾つも放たれ、遠方の戦場へと飛んでいく。
特殊な弾頭を積んでいるというこのミサイル。提督の目からしても明らかに異様な速度と噴射炎だ。あの速度ではまるで弾道ミサイルではないか。
だが今は深く考えている暇はない。
「援護だ。退け!!」
『了解!!』
一気に各ISがマニュアル通りに散開した。
攻撃の手を決して緩めず、B.K.Mのの超高速移動の範囲を阻めながらの退避。なるほどやはり精鋭だ。
トマホークミサイルは、間違いなくB.K.Mをロックしていた。絶対に着弾する。ただ定められた敵を追いかける、というだけならば数世代前でも十分に可能。だがそこに現代技術の粋を込めることで、ISの主兵装には劣るとしても兵器としての完成度を一気に高めているのだ。
加えて、特殊弾頭の爆発による面攻撃とこの速度だ。最早トマホークミサイルではない。絶対に、絶対に当たる。
しかし次の瞬間、海軍は絶望した。
B.K.Mが高速移動をやめ、装甲を可変させて周囲に浅緑色の粒子が散布しているのが隊長の視界から分かった。
一行は再び目撃する羽目になる。
先ほどの白い閃光を。
「……こんな、こんなことが」
膨大なエネルギーの放出。
戦場に突如として咲いた衝撃という名の花弁。
それは海軍の希望、国が用意した特殊弾頭を積んだ、恐らく繰り出せる手段の中で最も強力だったはずのミサイルを掻き消した。
提督は指揮官として奮って来たその頭脳で素早く思考する。
(あれは……相殺していたのだ。この力で……!!)
B150が爆発しなかった原因。
否、あれは爆発しなかったのではない。なぜならB150はこちらかの起動送信を正しく受信していたのだから。
つまりB.K.Mは本体に手を加えて爆発を阻止したのではない。無論奴の速度ならば受信から起動までのわずかな時間にB150を解体すること自体は不可能ではないだろう。だが奴はそれよりも確実な手段を有しており、そして実行した。
目の前の、これだ。
このエネルギーの放出により、核攻撃を抑え込み、相殺させた。
光だけが迸ったのはそういうことだったのだ。
「つまり奴は核と同等の爆発能力を有し、時速5000㎞の速度を優に超え、一撃でISを撃破しうる兵装をもつ、ということか……?」
出鱈目すぎる。
子供が考えたヒーローでも、もう少し控えめではないだろうか。
『て、提督。我々のシールドエネルギーが、もう』
提督が虚ろな目で見やれば、ほとんどのISのシールドエネルギーが半分以上消費されていた。奴の動きについていこうとすれば、第二世代機ではこうなるのは必然か。あの爆発では撃墜とはいかずとも無傷でもいられまい。
……最早、他に手立てはない。
「……総員、速やかに撤退せよ。奴は恐らく追撃はしない。繰り返す、速やかに攻撃をやめ撤退せよ」
「提督!!? それではっ!!」
「任務は果たす。本部にG.Bの使用を打診しろ。それしかない。……上層部もどうせ見ているだろう」
モニターに映るB.K.Mは、爆発の余韻に浸っているかのようにただ海面に漂っていた。
提督にはそれは最早、化け物ではなく悪魔に見えた。
出力過剰。出力過剰。出力過剰。出力過剰。出力過剰。出力過剰。
ジェネレーター保持のため、出力をカットしますか?
NO。
ISコアのリミッターが解除されています。ただちに操縦を中止してください。フィードバック増大により、プライマル・アーマーの展開に失敗しています。
NO。
生命維持に支障をきたしています。生命維持に支障をきたしています。ただちにネクスト操縦を中止してください。
NO。
『全部NOだ!!!! 全部、全部、全部、全部、全部!!!!!!!』
勝つために、生きるために、知るために。
普通のネクストでは足りない。普通の強化人間でも足りない。奴らは本気だ殺しに来る。数という暴力に勝つためには、圧倒的な質になるしかない。だから、だからこうした。いや、こうなったんだ。
リミッター解除。
ネクストの全力。俺の全力。全てを賭けて、必ずここを守る。
博士のために。
ぽたりぽたり、と夜空を映し出す漆色の海に、真紅の液体が悪魔から滴った。
誰も気づくことはないだろう。
悪魔自身も、きっと。
アメリカのISのほぼ全部とか、ほとんどリヴァイヴと打鉄とか、無茶苦茶な内容でお送りしました。にわかですいません。調べたのですがどこにも情報はなく、まあ量産に入ってるこいつら二匹でいいかな、と。あと36機も多かった気がします。まあ流してくれると幸いです。