──あの人との出会いは、およそ良いものとは言えないでしょう。
「トレーナーはいないのか?てっきりもうついてるもんだと思ったのに」
臆面もなく、悪びれもなくそう言い放ったあのトレーナー──保科総一。おそらくこちらの事情を知らなかったのでしょう。トレーニングをしている私に唐突に話しかけて、そう告げました。
当時の私は、一族再興のために尽力していました。私の目標は果てしなき道、達成するためには並大抵の努力では足りません。人の何倍も努力する必要がありました。
「フッ……フッ……!」
もっとも、自身の限界など分かっている。身体を壊しては元も子もありません。限界ギリギリの量を見極め、常に最高の結果を残すために努力を続けました。
選抜レースにおいても、自らに課題を課す。タイムはどの程度を目指して走るか?今回はどの位置から仕掛けるか?どのポジションでレースを展開するか……選抜レースと言えど、他者と走る機会を逃すわけにはいきません。学びの場であり、経験を積める場。そんな心構えで走りました。
《……今カミノライザンが1着でゴールイン!やはり強かったカミノライザン!最後の直線でポンと抜け出してあっさりと勝利を収めた!選抜レースを勝ったのはカミノライザンです!》
1着を収め、クールダウンをする私の下にはたくさんのトレーナーが集まりました。誰も彼もが私をスカウトするために声をかける。
「やはり凄いな!流石は
「私と一緒に駆け抜けましょう!あなたなら、きっとあのシンザンと同じ高みまで至れるわ!」
「全てを計算尽くしていたレース……見事だ!どうだ?俺と一緒に!」
有名なチームからのお誘いもあった。その手を取ることは簡単だった。ですが……私にとって重要だったのは、
「スカウトの声、ありがとうございます。では、ここで私の目標について……お話したく」
「「「目標?」」」
「はい。この目標に、共に向かってくださる方と私は歩みを進めようと考えています。スカウトはその後にでも」
私のために集まってくれた方々のために、丁寧にお辞儀をする。トレーナーの方々は口々に私の目標について考察を始めました。
「やっぱりクラシック三冠じゃないか?シンザンと同じ」
「生涯無敗、何てのもあり得るぞ。なんてったって神の一族なんだからな!」
「さぁ、どんな目標かしら?どんな目標でも!」
意気込む彼らに向かって、私は──静かに目標を告げます。
「クラシック五大レースの完全制覇……桜花賞・皐月賞・オークス・日本ダービー・菊花賞。その全てを制するのが私の目標。それでも私とともに歩む覚悟があるという方は……名乗り出てください。複数名の場合は、実際に体験してみて決めようと考えています」
クラシック五大レースの完全制覇。何故この目標なのか?それは、私が敬愛しているシンザン生徒会長を超えたと証明するためでもあります。
クラシック三冠では、シンザン生徒会長と並んだだけ。それを超えたと証明するためには、クラシック三冠に加えて桜花賞とオークスも制する必要がある。それが私の結論でした。
私の目標を聞いたトレーナー達は……大口を開けて呆けていました。あまりにも想定外のことで驚いているのでしょう。ですがこの意見を曲げるつもりはありません。この目標に納得できないのであれば……共に歩む気はない。
ヒソヒソと私の目標について話し合っているトレーナー達。やれおかしくなった、だの聞き間違いか?などと言っております。やはり、信じられないのでしょうね。気がふれていると思われても仕方ない目標だと承知しているので。
「……どうやら、いないようですね。では、私はこれで失礼します」
お辞儀をしてグラウンドを去ろうとすると、呼び止めてきたトレーナーが1人。
「ま、待ってくれ!」
「……何か?生憎と、私は目標のために一分一秒たりとも無駄にできません」
「分かった!君の目標を飲む!だから……俺と一緒ににトゥインクル・シリーズを駆け抜けよう!」
そのトレーナーの瞳を見る。……何か考えがあるように見受けられる瞳、ですが。
(乗ってみるのもまた、一興でしょうか)
「分かりました。それでは、仮契約という形でお願いします」
「ッ!あ、あぁ!よろしくなカミノライザン!」
周りからは出遅れた、との声が上がっているのが聞こえます。もっとも、不要な心配でしょう……この方は、
その方の指導を受けることになった私。さぁ、どのようにしてくれるのでしょうか?
◇
「お願いだ、聞き届けてくれカミノライザン!流石にこの目標は無理だ!」
もう何度目でしょうか、この言葉は。
「
そして、私のこの言葉も何度目でしょうか。お辞儀をして部屋を去ります。
「待ってくれカミノライザン!俺は君のためを……」
後ろでは未練がましい言葉が聞こえますが、聞く必要はありません。元より目標を妥協するつもりはない、と宣言しました。それを承知でスカウトしたのですから。道が違えたのであれば……こうなるのは必然。
ですがやはり、現状は芳しくないでしょう。
(私の目標に、賛同してくれるトレーナーはいなかった。すでに10人近いトレーナーと仮契約したというのに)
お陰様で、私も随分と有名になりました。シンザン生徒会長からも心配するお言葉を貰いましたし、できる限り早く決めたいのですが……中々出会えないものです。
「一族再興のために、私は実力を示さねばならない。そのためにも……止まるわけにはいきません」
グラウンドへと足を運び、1人でトレーニングをします。周りの方々は私に近寄りません。恐れ多い、などと聞いたことがあります。
「ハッ……ハッ……」
しかし、こう何度も断られるとさすがに心に来るものがありますね。私の目標を理解してくれたと思っていたのに、いざ仮契約となると誰もが私を窘める。
やれ無謀な挑戦だと、やれ理想論に過ぎないと、やれ世間が黙ってないと。私の目標を、子供の理想と切り捨てるトレーナーしかいません。
(……そんなことはっ)
「私が一番分かっています……ッ!」
私の目標が無謀であるなど、私が一番よく分かっていることです。子供の戯言と切り捨てられることだと、私は知っていることです。
ですが、それでも。私は成し遂げなければならないのです……ッ!一族再興のために、みんなが離れなくてもよくなるように!私が、私がやらねばならないのです!
だから頑張らないと「お~い、それ以上走るとさすがに危ないんじゃねぇの?」……誰ですか?人が決意を固めようとしているところに。
ゆっくりと声のした方へと振り向く。そこにいたのは……
「お、反応した。もうお前以外のヤツら帰ったぞ?さっきからずっと走ってるし、お前も切り上げた方が良いんじゃないか?」
見覚えのない男性でした。かなり歳が若いことは分かります。また、トレーナーバッジをつけてることからトレーナーであることも。
(しかし、スカウトしてきたトレーナーの中にはいませんでしたね)
とりあえず辺りを確認すると、日が沈みかけていました。気づけば没頭していたようです。
「……御忠告、痛み入ります。もう少し走ってから帰りますので、どうぞお気になさらず」
そういうと、男性は渋い表情をして私を見ます。何ですかその顔は。
「いやいや、疲労が溜まってるし、これ以上頑張っても逆効果だよ。ほらほら、帰った帰った」
「ち、ちょっと!」
男性は私をグイグイと押して……分かりました、分かりましたから!帰りますから!私は荷物をまとめて、不承不承ながらも帰ります。それを満足げに見てから男性も帰りました。
(なんですか、あの不躾な方は!)
その時は名前も聞かずにお互い去りました。
◇
その後、その男性とはちょくちょく会うようになりました。彼はトレーナーというだけであって、教えるのが凄く上手でした。いえ、あれは上手というレベルではありませんね。
「根性が不足気味だから根性鍛えるといいんじゃね?」
「パワーが不足しているようですね。パワーを重点的に鍛えましょう」
「やはりバクシン、バクシンは全てを解決する……!」
私に足りていないものを的確に見抜き、それらを重点的に鍛えるように指導する。それで後の結果に繋がっているのですから、本当に凄いトレーナーなのだと思いました。
「保科トレーナーは、いつからトレーナーに?」
「俺?今年から」
「……熟練のトレーナーではなく?」
「おう、ピッカピカの新人トレーナー」
新人だということを聞いてさらに驚きました。最近の新人トレーナーは凄いのですね……。
「へぇ、他のトレーナーからは目標を聞いて断られた、と」
「はい。仮契約はしたのですが、その後は私を窘めるばかりで」
「なんじゃそりゃ。説き伏せられると思ったのかね?」
たまに他愛もない雑談をしたりして。私と保科トレーナーは仲良くなっていった。
それからも保科トレーナーとの日々を過ごしました。自分の目標へと近づいているのが実感できて、喜びをかみしめる日もあった。そして……思うようになったのです。
(もし彼が、私のトレーナーになってくれたのなら……)
クラシック五大レース完全制覇という目標に、届くのではないか?そう思うようになりました。
ですがそれと同時に、恐れも抱くようになりました。もし断られたらどうしよう?彼にも子供の夢だと切り捨てられたらどうしよう?そう思うと……怖くて一歩が踏み出せませんでした。彼にまで断られたら、いよいよ目標は叶わない気がして、私のトレーナーは……一生見つからないのだと思ったから。
「どうしたよ?浮かない顔して。タイム、落ちてるぞ?」
「あっ……」
「なんか悩み事か?もしかして、またトレーナーに断られたのか?」
沈んだ気持ちでトレーニングしていると、彼はすぐさま看破してきました。表に出にくい私の体調不良を、彼はすぐさま見抜いた。観察眼が優れているのでしょう。
(……打ち明ける、べきでしょうか?)
私は悩みました。自身が抱えるものを吐き出すべきか?と。私の目標を……話すべきかと。
断られたらどうしよう?でも彼ならば……揺れ動く私の心。悩みに悩んだ末に出した結論は……
「……保科、トレーナー」
「どしたん?」
「私の目標を、聞いてくださりますか?」
彼に、打ち明けることにしました。私の目標を、私が成し遂げたいことを。そして、私がこれまでトレーナーに断られ続けてきた理由を。
彼は笑うことなく聞いてくれました。驚いてこそいましたが、それでも真摯に向き合ってくれました。
「……これが、私にトレーナーがつかない理由です」
「成程ねぇ……」
包み隠さず話しました。彼の反応は──
「ま、普通なら止めるわな」
「ッ!」
……あぁ、やはりダメなのでしょうか?私の目標は、子供の理想でしかないのだと、そう割り切るしかないのでしょうか?
暗い感情になる私。ですが保科トレーナーは……私の目を真っ直ぐに見据えて、聞いてきました。
「でもさ、お前さんはできると思ったからこの目標を立てたんだろ?」
今までとは違う言葉。私は、震える声で答えます。
「……は、はい。私ならば、できるかもしれない。だからこそこの目標を立てました」
「そうかい。だったら……」
彼は、手を差し伸べてくれました。
「お前のできるかもしれないを、俺ができるに変えてやる。どうだ?俺と一緒に組んでみねぇか?」
彼の言葉は、あまりにも予想外の一言で。
「──えっ?」
「ま~、俺は新人だし不安だと思うかもしれねぇけどよ。でも、お前がその目標に向かって進みたいんだったら俺は全力で取り組む。お前がクラシック五大レース完全制覇という目標を成し遂げるために、全力を尽くすさ」
私が──一番欲しかった言葉だった。
「いいの、ですか?」
「おう。構わねぇよ」
「誰もが無茶だと無謀だと口を揃えました。だから……」
「ま~確かにそうかもしれんな。だが、お前がその夢に向かって全力で走るのであれば、俺はその夢を全力で応援する。怪我無く走り切れるようにな後前世で実際にやったことあるし」
ニっと笑う保科トレーナー。その言葉に、救われたような気がして。
「……っ。では、保科トレーナー」
「どうした?」
私は、彼の手を取って。
「私をクラシック五大レース完全制覇まで──導いてくれますか?」
彼は私の言葉に。
「──任せとけ!」
笑顔を浮かべながら答えてくれました。
◇
そして改めての自己紹介。この時まで私は名乗っていなかったので。
「では自己紹介を。私は──カミノライザン。これから私のトレーナーとして、共に歩むものとして……よろしくお願いします」
「俺じゃねぇか」
「?」
なんとも不思議な言葉と共に、私は保科トレーナーと正式に契約をしました。
出会いは大体こんなだった2人。