座頭のイチ   作:ザトウムシ

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 反響定位、という技法がある。主に、超音波などを使う動物にみられる機能であり、音の反響を聞いて対象の位置などを把握する。主に、夜間に飛ぶコウモリや、海洋哺乳類にみられる。

 

 しかし、実のところこの反響定位は人間も技能として体得する事が出来たりする。

 

「~♪」

 

 カツカツと杖の先端でアスファルトの地面を叩きながら、一人の少年が道を行く。

 短髪のオールバックに、首元に巻かれた赤いマフラー。袖を通さない学ランを肩に掛け、足元は裏側に鉄板をあしらった下駄。

 何より奇妙なのが、彼が両目を閉じている事だろう。

 細目ではなく、完全に閉じている。その塞がれた視界に代わるのが手に持った杖。

 傍から見れば木の棒にも見えるそれを右手に携えて、地面をコツコツ突きながら危なげなく道を行く。

 

 話は変わるが、彼の住むこの都市の名を“キヴォトス”と呼ぶ。

 幾多の学園が密集して出来上がった学園都市。そして、日常的に弾丸が飛び交いどこかしらが爆発しているそんな物騒極まる場所でもあった。

 当然と言うべきか、少年のようなモノも割と平気で絡まれる。

 

「おいおい、兄ちゃんよォ。ちょっっっっといいかい?」

 

 いつの間にか少年は周囲を囲まれていた。

 彼を囲むのは、黒地に白い×印の入ったマスクをつけた少女たち。

 可憐な見た目だが、その手に持っている得物は全く可愛くはない。

 サブマシンガン、ライフル、ショットガン、ガトリングガン等々。所々に少女らしい装飾が施されていたりするが、やはりその本質は銃火器。

 一方で、少年は見える範囲で銃を携帯している様子はない。風に揺れる学ランの下しかり、拳銃を携帯しやすい大腿部や腰の辺りにもホルスターを提げている様子もない。

 

「あっしに、用ですか?」

「ああ、そうさ!アタシら、ちょっとばかし金に困ってんだよねぇ」

「今なら、財布の中身全部置いていくだけで許してやるよ」

 

 ステレオタイプのカツアゲだ。ただ、その手に在る火器の数々が言葉が単なる脅しではない事を示していた。

 

「ふむ……」

 

 少年は一つ呟き、左手で顎を撫でる。

 

「そいつは、困りますね。あっしはこれから甘味屋に行かなくちゃあ、ならねぇんで。金が欲しいのなら、他を当たってくだせぇや」

「はあ?オマエに選択肢はないっての」

「アタシらにボコられて、金出すか。それとも大人しく金出すか、そんだけな訳」

 

 銃口が付きつけられる。

 この街での引鉄は、驚くべき程に軽い。これは、銃を持つ少女たち自身が相当な事が無ければ弾丸が致命傷にならないからだろう。

 危機的状況に、しかし少年は動じない。

 顎を撫でる手を下し、閉じた目をそのままに少女たちへと向ける。

 

「あっしとしては、暴力は嫌いなんですがね。こうも絡まれちゃ、チョイと困る」

 

 そう言って左手の中指を折り曲げて、親指で押さえると顔の高さまで持ち上げた。

 何をする気なのか。不良たちは、回りの悪い頭を回すが、その前に答えがもたらされる。

 

「ガッ!?」

 

 少年へと詰め寄っていた少女の額が大きく弾かれた。

 見れば、その白い額には赤い跡とそれから白煙を上げる打撲痕が見られ、その一方で少年は押さえていた左手の中指を弾いた格好。

 

「て、テメェ!?いったい何をしやがった!?」

「うん?見れば分かるでしょう?ちょいと弾かせてもらったんですよ」

「んなデコピンが、拳銃弾みたいな威力が出る訳ねぇだろうが!?」

「なら、お嬢さんも一発受けてみやすか?」

 

 少女たちに見せつけるようにして、左手の指を弾いてみせる少年。その爪先は空を割き、デコピンを受けた少女は白目を剥いて気絶してしまっていた。

 明らかに、喧嘩を売る相手を間違った。幸いだったのが、絡まれた側の少年が必要以上に暴れようとはしない点だろう。

 

「く、くそっ!覚えてやがれ!」

 

 これまたステレオタイプの捨て台詞を吐いて、気絶した仲間を担いで去っていく少女たち。その手際の良さは、彼女らの引き際の良さを如実に表している。

 そして、そんな彼女らを見送って、少年はその閉じた瞼を僅かに開けた。

 そこにあるのは、白濁しきった機能としては明暗が辛うじて分かる程度の眼球。

 

 枇杷丸(びわまる)イチ。キヴォトスに住む数少ない男子生徒であり、同時に視覚にハンデを持つ少年。

 因みに、所属はゲヘナ学園(混沌の坩堝)であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 枇杷丸イチ。彼は、ゲヘナ学園のみならずキヴォトス内でも屈指の菩薩のような精神性の生徒だった。

 そんな彼の評判がいまいち伸び悩むのは、偏に出入りしている組織が理由だろう。

 

「うーむ……」

 

 コツコツと淀みなく進んでいた足が止まる。

 彼が立ち止まったのは、キヴォトスの無法地帯の一角ブラックマーケット。

 右手には杖を、左手には有名パティスリーの紙袋。

 

「参った。一応、新しい事務所の位置は聞いていたとはいえ……これは、区画その物が変わっちゃいやせんかね」

 

 ただでさえ雑踏は位置情報の更新に苦労するイチ。そもそもの道が変わってしまっているのなら、最早自身の居場所も分からなくなってしまう。

 諦めて、イチは小脇に杖を挟むと、右手で首から下げたストラップを引き上げた。

 その先端に吊り下げられているのは、薄型のスマホ。防水防塵防弾仕様の特別な一品であり、これを手に入れるためだけにキヴォトスでも屈指の技術力を誇るミレニアムサイエンススクールに出入りしていたり。

 目を閉じたまま、手探りで電源を入れる。すると、画面が青白く点灯しミレニアムサイエンススクールの校章が浮かび上がった。

 

『音声入力を 開始します。ご用件 を どうぞ』

「伊草ハルカ嬢へと通話を繋いでくれ」

『命令受諾。伊草ハルカ さん との 通話を 開始 します』

 

 機械音声が流れる。タッチパネルが使えないイチの為の特別仕様。因みに、エンジニア部の作品であり知られざる機能が色々と取り付けられているのだが、基本的に通話しかしない彼はそれら機能をお目にかかった事が無かったりする。

 呼び出し音が暫く流れ、やがてスピーカーから声が流れる。

 

『も、もしもし!イチさん、ですか……?』

「ああ。すまねぇな、ハルカ。一応、カヨコに事務所の場所を聞いてはいたんだが……どうにも、この近辺の区画が変わってるみたいでな。現在地もいまいち分からなくなっちまってよ」

『な、なるほど……わかりました!直ぐにお迎えに行きます!』

「頼んだ。場所は……元々出店の多かった区画の、十字路……だと思う」

『あ、ほ、本当に近くまで来ていらっしゃるんですね……た、多分、その近辺は一昨日温泉開発部の皆さんが暴れてましたから……』

「ああ……彼女たちか」

 

 通話口越しに齎された情報に、イチは頷いた。

 ゲヘナ学園でも屈指の危険な部活。その悪名は、キヴォトスの主要学園においてもブラックリスト入りしており、テロリスト呼ばわりを受けるほどに激しく、そして甚大な被害を齎す。

 それが、温泉開発部。その熱意と行動力は何処から来るのだろうか。

 彼女らと顔を合わせた事があるイチは、騒がしい部長を思い出していた。

 

「相も変わらずの、温泉探し。なまじ、学園の財政に貢献しているからこそ、取り潰しも利かない」

『イチさんも、お、お知り合いが……いらっしゃるんです、よね……?』

「時々、タダ券を融通してもらう事もあるな」

 

 因みにタダ券に関しては、イチの方から頼んでいる訳ではない。昔の件から、律儀に恩返しを受けているだけ。

 その後、通話を続けていれば彼の敏感な聴覚がある足音を拾った。

 小走りに、しかしどこか自信が無く、それでも前に進もうとするそんな足音。

 

「――――お、おお、お待たせ、しました……!」

 

 ショットガンを携えた少女。

 彼女こそイチの待ち人である、伊草ハルカその人だ。

 

「いや、楽しい閑談だったとも」

 

 言いながら、イチは通話を終えてハルカが駆けてきたであろう方向へと笑みを向ける。

 

「すまないが、手を乗せても?」

「は、はい!どうぞ……」

 

 小走りにイチへと駆け寄ったハルカは、静々と彼へと背を向けた。

 その少女の左肩へと、イチの右手が乗せられる。

 そのままゆっくりと歩き出す。

 

「少し前に話題になっていた茶菓子を買ってきた。皆で食べてくれ」

「わぁ……!み、三日ぶりの真面な、食べ物です……!」

「…………アルに少し聞かなけりゃならねぇ事が出来ちまったな」

 

 

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