座頭のイチ 作:ザトウムシ
便利屋68は、零細何でも屋である。
少数精鋭といえば聞こえは良いが、人員の補充もままならないというだけ。その一方で、彼女らの結びつきは実に強かった。
その根源は、やはり陸八魔アルという少女にあっただろう。
割とポンな彼女だが、持ち合わせた人徳のカリスマは恐らく多くの組織のトップの中でも有数のモノ。
そんな便利屋一行の最初の仕事。
それは、月光の下で行われる
「うわぁああああああ!?」
「く、くそっ!?何だってんだよ!!?」
「こいつら……便利屋!?何でアタシらを襲うってんだよ!?」
カイザーに雇われ、アビドス高校の襲撃を繰り返してきた不良たち。
彼女らは至極あっさりと切り捨てられていた。成果を上げる事の出来ない手駒というのは、必要ではないらしい。
実際の所、数十人規模であった不良の集団は、たった五人の前に手も足も出ない。
「ほらほら、ドッカーン!!」
お手製の爆弾をお見舞いするムツキ。
「これも仕事だから」
サプレッサー付の愛銃で狙撃していくカヨコ。
「アル様の為に、倒れてください!!!」
猛然とした勢いで接近し、ショットガンをぶっ放すハルカ。
「貴方達の仕事は、私たち便利屋68が引き継いであげるわ。だから、安心して眠りなさい」
悠然と微笑みながら倒れ伏す不良たちを睥睨するアル。
派手な彼女たちの一方で、イチもまた自身の仕事を遂行していた。
彼の周りでは、不自然にその場にへたり込んだ者や大の字で倒れてピクリとも動かない者たちが複数居た。
よくよく見れば、彼女たちの身体の各部位に月光を反射する針のようなモノが刺さっているではないか。
「へっへへ……なぁに、心配する事はありやせんぜ、お嬢さん方。半日もすれば気血の淀みも取れて痺れも抜けるさ」
針を回収しながら、イチはそう言う。
明暗が辛うじて分かる程度の彼だが、その一方で不思議な感覚というものを持ち合わせていた。
人間は、視覚を失うと残った感覚が鋭敏になると言われている。これは、人間が周囲の情報を得るために視覚に大きく依存している為。
枇杷丸イチの場合は、嗅覚と聴覚だがそれと同時に一種の第六感とも言うべき超感覚を有していた。
それが、気血を把握するというもの。
気血というのは東洋医学で言う所の気功などに該当する。要は、経絡。身体のツボと呼ばれる場所などの総称といったところか。
感覚的なモノだが、イチはこの気血を視えない目で見ていた。この技能を利用して、按摩師のような事も出来る。
この針を利用した捕縛術もまた、この気血を把握する能力の応用。銃弾の利かないキヴォトスの生徒たちに針が刺さるのか、という話だが。それはそれ。神秘を込める事で針の投擲を可能としている。
「抜かなかったんだ」
そう声を掛けてきたのは、イチの近くで不良を沈めていたカヨコ。
彼女が言うのは、銃を携行しない彼の持つ武装の一つ。
イチは肩を竦める。
「そうポンポンとあっしのこいつは抜くもんじゃありやせんのでねぇ。何より、鍼なら手間もかからねぇんで」
「それじゃあ、また肩もみでもしてもらおうかな」
「ええ、お任せくだせぇ。腕によりをかけて、按摩させていただきやしょう」
普通、異性にベタベタと触られる事など嫌なものかもしれないが、二人の間に変な気負いの様なものはない。
というのも、枇杷丸イチという少年は枯れている。視力を失ったせいか、或いは別な要因か、兎に角彼は
イチのそういう面を知っているからか、或いは別の理由からか便利屋の面々は時折彼の按摩を受けては、数日分、或いは数週間分の疲労をすっかりと下ろすのである。
不良たちの殲滅を終えて、彼女らの資金を回収した便利屋一行。
「それで、これからどうする訳?傭兵を雇わないとはいえ、真正面から乗り込む訳?」
「そうね……相手が少ないとはいえ、どの程度の実力か分からないのは少し困るかしら」
「おおー、アルちゃんがちゃんと考えてる」
「当たり前よ!あなた達に怪我なんてさせたくないもの!」
ハッキリとそう言い切ったアルに、四人は何とも言えない表情を浮かべる。
アウトローを目指す変わり者な彼女だが、根は善性だ。それこそ、ゲヘナ学園でも真っ当な方だろう。
だからこそ、人を惹き付けてやまない魅力があるのだろう。
「……んんっ!あっしとしちゃあ、カイザーも気になる。この子等も、対して強くはないとはいえ数を雇うとなれば相当な金が要る。なら、その資金は一体どこから捻出したのか」
「カイザーコーポレーションほど大きい企業なら、お金には困って無いんじゃない?」
「それはそう。しかし、意味のない投資に数百万近いクレジットを掛けるか?装備をにしてもそうだが、妙に小綺麗。中古品じゃない」
そう言って、イチが杖で小突くのは不良たちの装備の一つ。
彼の嗅覚は真新しい機械油のニオイを嗅ぎ取っていた。
平然と銃をぶっ放すここキヴォトスだが、それら銃火器が畑から採れる訳ではない。
それぞれがガンショップなどで購入し、その上で個性の出るカスタマイズなどを行うのだ。だからこそ、このキヴォトス内に進出している企業の中には銃火器を取り扱う所も少なくない。
カイザーコーポレーションは、軍需産業でも大企業の一角だ。質の低さを、大量生産によって封殺する物量勝負。
だからといって、成果の無い相手に湯水の如く供給し続けるほど馬鹿ではない。
「んー、確かに新品が多いねぇ。あ、見て見て!コレなんて最新式の粘着爆弾!無線式のくせに、電話の電波拾って起爆しちゃうヤバい奴!」
「ええええ!?ちょ、待ちなさいムツキ!それをゆっくりと降ろして!」
「くふふ♪大丈夫だって、アルちゃん。コレ、信管起爆式だから」
あわあわと慌てるアルを尻目に、ムツキは使えそうな爆薬類を常に持ち運んでいるカバンへと放り込んでいく。ちゃっかり、ハルカも一緒になって回収中だ。
「っくっくっく……賑やかで何より」
「はぁ……とりあえず、私たちの方で考えを煮詰めとこう。いざとなったら逃げるルート含めて、決めておかないと」
「まあ、その時にはあっしが殿を務めやしょう。なぁに、ちっとやそっとじゃ死にゃしやせんのでね」
「却下。その時は、引き摺ってでも逃げるから」
「そいつは……何とも、有り難い限りで」
そっぽを向くカヨコに、イチは笑みを浮かべる。
引継ぎは終えた。明日は、本格的な業務開始である。
*
「――――うへー、おじさんも歳だからさぁ。ちょっとは手加減してくれない?」
「ふっ……そいつを言うなら、あっしも
「んー、無理かなぁ」
「へへっ、あっしも同じく」
言うなり、シールドと杖がぶつかり合う。
アビドス高校の襲撃。それは、白昼堂々の真正面から行われていた。
その中で、枇杷丸イチとぶつかり合ったのは、アビドス高校三年の小鳥遊ホシノ。
小柄な体格とぽんやりとした雰囲気を持つ彼女だが、その一方で実力は実のところこのキヴォトスでもトップクラス。
銃火器がはびこる学園都市キヴォトスには幾つかの最強が存在する。
その中で、小鳥遊ホシノは神秘最強。ここキヴォトスでも最大級の神秘持ちであり、各学園の最強格と比較しても遜色ない。
武装は、シールドとショットガン。サブとしては拳銃もある。
一方でイチはというと、目が見えないとは思えない身のこなしで杖の殴打を見まい。不意を狙って仕込み針を飛ばしていた。
「危ないなぁ。さっきから飛ばしている、その針。目に刺さったらどうする気?」
「万に一つも狙いやしません……が、万が一にでも刺さったのなら……そいつはそちらさんの運が悪かった、と諦めてくだせぇ」
「君、結構危険思想持ちだね?やだやだ、こんなおじさん虐めても仕方がないでしょ?」
「そう言い為さる割には……あっしが、あちらのお嬢さんたちの方へと向かわない様に牽制していらっしゃるようで」
「そりゃあ、可愛い後輩だからねぇ。それよりも、君こそやる気があるのか分からないんだよねぇ」
「おや?あっしはこの通り、本気でやってるんですがね」
「その杖、仕込み刀でしょ?抜かないの?」
「いやはや、抜け目のない人だ」
ホシノのシールドを蹴って距離を取り、イチは僅かに腰を下ろす。
そして徐に、左手で杖の三分の一程度の場所を掴み、右手でその残った三分の一部分を逆手に掴んだ。
「抜けない訳じゃあ、ありやせん……ふむ、アンタなら抜いても良さそうだ」
「うへー、藪蛇だったかなぁ」
ぼやきながら、ホシノの視線が鋭くなる。
伊達に、キヴォトス特記戦力の一人ではない。そんなホシノから見て、目の前の盲目の少年は底知れない、という印象を覚えた。
銃を使って来ないために、遠距離はほぼほぼ無い。その一方で、杖を用いた白兵戦が厄介。
もし仮に、ホシノが押さえていなければ残りのアビドスメンバーに少なからず怪我人が出た事だろう。
そんな相手の本気。緊張感を煽るには十分すぎる理由だった。
「では、参りやす」
「ッ……!」
右足を前に前傾となったイチ。
鯉口が切られ、一瞬の溜め。
瞬間、ホシノは目の前の少年を確かに見失う。
「ッ!?」(速っ――――)
「ホシノ!!」
甲高い金属音。同時に、
「ほほう……良い目をお持ちの様で、先生」
「ッ……」
障壁に攻撃を阻まれている内に、ホシノはバックステップで距離をとる。
この横槍は、アビドス側で戦術指揮を執っていたこの場唯一の成人、先生によるもの。
とはいえ、
「……変な刀だねぇ。おじさんも初めて見たよ」
「へっへ……まあ、こいつはちょいと特殊な代物でしてねぇ」
ホシノの指摘。それは、イチの右手に握られた得物にある。
鞘へと戻されず、白日に照らされた刀身。それは、奇妙なものだった。
というのも、種別は直刀。これは仕込み刀という特性上、反りがあると鞘となる杖も逸らさねばならず、日常使いが出来ないため。仕込み杖としての性質も失われてしまう。
そして、その真っ直ぐな刀身は、刃と峰が逆。所謂ところの、逆刃刀であったのだ。
逆手に刀を握り、イチは笑む。
「百鬼夜行のとある刀工が打った代物でしてね。只管に、頑丈さと堅牢さを突き詰めた、その一方で真面に斬れない遊び物。まあ、あっしの様な変わり者が振るうに丁度良い逸品、という事で」
そう言って、イチは刀身を鞘へと納め、同時に戦いの雰囲気を霧散させる。気付けば、周りの戦闘音も収まっていた。
「小鳥遊ホシノさん。今回は、これで手打ちとしやしょう」
「……おじさんは構わないけど、そっちはいいわけ?」
「へぇ。もう良い時間でもありやすからね。続けるってんなら止やしやせんが……うん、
「…………うへー、そうだねぇ」
肩から力を抜き、ホシノは一つ息を吐き出した。
弱っている。その指摘は事実だ。万全だったならば、完全に相手を見失うようなヘマはしなかっただろうから。
かくして、アビドス高校の襲撃は手打ちとなる。しかし、騒動は始まったばかりだ。