座頭のイチ   作:ザトウムシ

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 アビドスの知る人ぞ知る店、紫関ラーメン。

 店主である柴犬が切り盛りしているこの店だが、最近アルバイトを一人雇ったらしい。

 

「な、何であんた達がここに来るのよ!?」

 

 活発ツインテール猫耳少女、黒見セリカは髪を逆立てて怒鳴っていた。

 というのも、彼女が応対した客が問題だったから。

 

「はっは、そういうのは無しにしましょうや。あっしらは、単にラーメンを食いに来ただけなんで」

「信じられる訳ないでしょ!?あんた達、少し前の事も覚えてない訳!?」

「つっても、客は客。別に金を持ってない訳でもないんで。大将、五人だ」

「あいよー」

「ちょ!……ああ、もうっ!」

 

 この手の押しにはめっぽう強いイチ。結局押し切って、六人掛けの席へと収まってしまう。

 コートの関係から、イチとアルが横並びに座り、その対面にムツキ、カヨコ、ハルカが座った。

 

「好きな物を選んでくだせぇ。あっしは、食うもの決まってるんで」

「おっ、イッちゃんの奢り~?それじゃあ、高いの選んじゃおっかな~」

「本当に、良い訳?」

「勿論。男に二言はありやせんぜ」

「でも、お金は私たちもちゃんと持ってるわよ?寧ろ、いつも奢ってもらってるんだから今日ぐらい――――」

「いや、アルの財布ほどあぶく銭の詰まった場所はねぇでしょうや。そいつは、大事に取っておきな」

「「確かに」」

「ちょっと!!」

 

 アルが咆えるが、如何せん彼女の零細っぷりは知り合いにとっては周知の事実。

 そんな外野を置いておいて、ジッとメニューを見ていたハルカが顔を上げる。

 

「あ、あの、イチさん……」

「ん?どうした?」

「わ、私は、チャーシュー麵でも、良いですか?」

「ああ、勿論だとも。何なら、チャーシューを増量しても良いぞ」

「ほ、本当ですかぁ……!」

 

 目を輝かせるハルカ。

 一人が決めれば、他三人も慌てて自分の注文を決めに掛かる。

 見えない目で四人を眺めながら、イチは御冷の入ったコップに手を伸ばし、

 

「……」

 

 掴み損ねた。爪先が掠めるだけだ。

 一瞬の出来事であるから気付くものは居ない、()()()()

 

「はい、イッちゃん」

「ん?ああ、ありがとうムツキ」

 

 対面の席だったムツキが身を乗り出して、イチの手へとお冷の入ったコップを押して握らせる。

 目が見えなくとも大抵の事は一人でやってしまう、イチ。だからといって、日常の不便さが無い訳では無い。

 そこで、便利屋一同はさりげなく、そして最小限の手助けをしようと決めていた。一から十までやってしまうのは、イチ自身の尊厳にかかわるから。

 注文を終えて、待っていれば扉が再び開く。

 入ってきたのは、小鳥遊ホシノを除いたアビドスメンバーと、それからキヴォトス唯一と言って良い成人の女性、先生だ。

 

「あー、メガネちゃんだ~!おーい、メガネちゃ~ん!」

「なあっ!?な、何であなた達がここに居るんですか!?」

 

 早速ムツキが、赤い縁取りの眼鏡を掛けた少女に絡みに行く。他のアビドスメンバーも便利屋に気付いたのか僅かな緊張を漂わせている。

 そんな中で一歩前に出たのは、白いコートを羽織った先生だった。

 

「“こんにちは。君達も、ご飯の時間かな?”」

「……そう、だけど。そうも無警戒に近づくのはどうかと思うよ?仮にも、一度敵対した相手なんだし」

「“そうかもしれないね。でも、私は先生だから。アビドス対策委員会も私の生徒だけど、君達便利屋だって私の生徒には変わりないから”」

 

 少しの牽制を行ったカヨコに、先生はキッパリと言い切ってみせた。

 銃を持つ少女たちに、丸腰で対話の姿勢を崩さない。その在り方は、成程一つの子供たちが夢見る先生という大人の理想形なのだろう。

 何というか、放っておけない。世話焼きのカヨコや、根っこが善人のアルなら猶の事。

 

「ハァ……それ、私たちじゃないと通じない理屈だから。他所ではやらない方が良いよ」

「“うん、気を付けるね。心配してくれて、ありがとう”」

「……ハァ」

 

 真っすぐな好意というのは、どうしてこうも気恥ずかしいのか。

 和やかな時間だった。その時間が壊されるのは、今から十分後の事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「む」

 

 それに一番最初に気づいたのは、聴覚の鋭いイチだった。

 ラーメンを食べつつ、お冷を飲んでいる時に不意に顔を上げたのだ。

 彼の動きに、便利屋たちも気づく。

 

「ッ、対ショック姿勢!!」

 

 滅多に上げる事のない、イチの大声が店内に響く。同時に、イチは席を立ちあがるとテーブルを足場に跳躍。その過程で状況の呑み込めていないセリカを掴んで引っ張り柴の大将ごとカウンター内へと飛び込んでいた。

 彼がアクロバットを披露する中で、便利屋一同も各自衝撃に備える。同時に、アビドスメンバーも十六夜ノノミが、初動の遅れた奥空アヤネを庇うように覆い被さり。先生には、砂狼シロコが同じく覆い被さる様にして床へと押し倒す。

 直後、店に凄まじい衝撃と破壊が襲い掛かる。

 何が起きたのか、ソレを問うている暇はない。

 

「イチ!!」

 

 アルが叫び、カウンターがあった場所へと彼の杖を放る。

 目が見えないながらも、イチはこれを受け取り、すぐさま立ち上がった。

 

「悪いな、大将。多分、面倒事を持ってきたのはあっしらだ。店の建て直しの時には、呼んでくれ。金は出す」

「いや……お前が庇ってくれなけりゃ、こっちはペシャンコだった。何が起きた……?」

「襲撃だろうよ。あっしは、ちょいと灸を据えてくるとしよう」

 

 杖を左手に、半壊した店を飛び出していくイチ。見えないながらも、()()()()()()()駆け出て行く。

 一方で体勢を立て直した店に居た者たち。だが、理解が追いついていないのか目を白黒させていた。

 

「“い、いったい何が?”」

「……多分、うち(便利屋)関連だと思う」

「でもさぁ、あの風紀委員長がこんな事すると思う?」

「ううん。多分、その下の行政官。あの委員長が、こんな面倒事を自分から背負い込むとは思えないから」

「“風紀委員長って?”」

「わ、私たちの学園の、ち、治安維持をしている組織です……」

「話は後よ、三人とも。直ぐに、イチの援護に行くわ」

 

 アルの言葉に、三人はそれぞれの得物を携えて店を飛び出していく。

 流石に、放っておけるはずもなくアビドスメンバーと先生もその後を追った。

 

「ハルカ!銀鏡イオリを任せるわ!私の方からも援護するから!」

「は、はい!」

「ムツキとカヨコは、イチを御願い!」

「了解」

「まっかせといて、アルちゃん。風紀委員長が居ないなら、どうとでもなるからね~」

 

 行動は、迅速簡潔に。

 既に、ゲヘナ風紀委員会側は混乱に陥っていた。

 

「お前さん達、ちったぁ周りを見て動くもんだぜ?治安維持側が、暴れ回ってどうするよ」

「お前たちが悪だくみしなければ、こっちも動かなくて良いんだ!今度はアビドスで、何を企んでる!?」

「おいおい、言いがかりは止してくだせぇ。あっしらは飯を食ってただけ、そこに大砲ぶっ込んだのはそっちじゃありやせんか」

「大人しく捕まれ!」

 

 銀鏡イオリのライフルより放たれる弾丸を首を傾げるようにして躱し、イチは思考していた。

 彼女らの目的は何なのか。そこに、この風紀委員を束ねる風紀委員長が絡んでいるとは思えなかったからだ。

 イチは、委員長と顔馴染み。そしてその人となりを最低限は知っている。

 このキヴォトスにおいての単騎戦力最強。最優の最強であり、割と真面目に完璧超人。

 その一方で面倒くさがりな所もある。少なくとも、彼女のは自身の行動から面倒を呼び込むような事はまずしない。

 

「…………成程」

 

 近くの風紀委員を蹴り飛ばして、イチは一つ頷く。

 

「そっちの狙いは、アビドスに居た先生か」

「知らないな!!」

「あー……銀鏡さん。アンタ、腹芸向いてないんだから嘘をつかなくても良いんですぜ?」

「う、うるさい!――――うげっ!?」

 

 自覚している指摘に僅かに緩んだ瞬間、イオリの脇腹に銃口が押し付けられる。

 

「死んでくださいッ……!」

 

 チャーシュー麺の仇!そんな副音声が聞こえそうなショットガンの一発。

 死にはしないが、接射を受ければ吹っ飛ばされる。さらに追撃と言わんばかりに弾丸がまき散らされて、直後に爆発が一つ。

 

「便利屋68を舐めないで貰えるかしら」

 

 ゲヘナ学園の問題児、便利屋68。

 彼女らは、キヴォトスでも屈指の少数精鋭部隊なのだ。

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