「ヴィンセント、ヴィンセント・リーフ」
紅と翠の瞳を持つ金髪の少女は、此方をまっすぐと見つめながら自身をそう呼称した。
「ヴィンセントか、良い名前だね」
「そうかな、勝利なんて物騒とも言えるよ」
「物騒上等、男の子は何かに勝利する事に飢える生き物なんだよ」
「へぇ〜、案外単純なんだね」
「あぁそうさ」
俺は少女と喋りながら思案していた、少女の〝容姿〟、無人世界、意図的に隠されていた施設、〝あの事件〟。無関係とはとても思えないと思ってしまった。
「ヴィンセントは、なんで此処に居たのか聞いてもいいかな?」
だから、肩入れしてしまった。自分には責任が負えない癖に。
「えっと……」
「話したくないならそれでも良い、けれど何か訳があるのなら力になりたいんだ」
「…………」
ヴィンセントは俺の体を値踏みするかのようにじっくりと見ると、悩んだ末に話し出した。
「分かった、話してみる」
「ありがとう」
「その代わり」
「ん?」
ヴィンセントはおもむろに自身の唇と俺の唇を重ねた。
「貴方の命を私にくれるのなら、ね」
「──へ」
♢
全く私は何をとち狂った事をしているのだろうか、コレでは痴女か悪女じゃないか。いや、それで良いんだ。そうすればこの青年も私の事を諦めてくれるだろ。
「きゅっ急に何を」
「私はいわゆるクローンなんです」
「は?」
狼狽える彼の言葉を遮って私はそのまま言葉を投げつける。
「あるロストロギアを使用するには特定の一族の血が必要だった、けれどもその一族は遠の昔に滅び、そのロストロギアの価値も滅びと共に無いも同然になるはずだった」
こんな厄介な存在だと知れば、彼の優しさも離れるだろう。優しさとは結局の所、自身の余裕から生まれる物だから。持て余す存在相手に優しさが消えるのは自明の理だ。
「けれど研究者が聖遺物から一族の遺伝子情報たまたま見つけてしまった、それによりロストロギアは幻の価値を作ってしまった。その幻を実態ある物にしようとして産まれたのが」
だから、だから──
「私、検体No.7だ」
私に終わりを見させてくれ。
♢
急にキスされて命を要求された事、ロストロギアを扱う為のクローン、名前ではなく〝番号〟で自分を呼んだ事、急な情報の濁流に度肝を抜かれた。抜かれだが、まだ大事な事を聞いていなかった。
「キミの産まれについて教えてくれてありがとう、辛い事だろうに話してくれて」
「いいよ、言わないと納得して貰えないと思ったから」
「諸々の件について真偽は置いといてとりあえず信じる、ソレと命を賭ける事にどういう繋がりがあるか聞いても?」
「理由は2つ……多分だけど、クロウは私の事ここから連れ出そうとしてるよね? じゃなきゃわざわざアレから出さないだろうし」
ヴィンセントは先程まで自身が入っていた水槽を指さしながら聞いてきた。
「あ、あぁそのつもりだ」
「なら簡単、まず1つとして私この施設から出られないのよ」
「…………へ?」
「正確にはこの施設を出ようとすると無数の魔法生物に襲われて出られないの」
「でもそんな生命反応はレーダーには映ってないよ、ステルス機能でもあるって言うの?」
「普段は別位相の結界内に隠してあるの、管理局に見つかりでもしたら処分決定だからね」
「なるほど、その魔法生物達が命を賭ける1つの理由ね……もう1つは?」
「ここから逃げきれた後の話。私、クローンだから血縁が無いのは勿論だけど管理局も聖王教会も頼れないの」
「な、どうして!」
今出た2つの組織はこの管理世界の秩序を守護する二大巨頭組織だ。管理局──正式名称を時空管理局、管理世界をその法と力で護らんとする組織。聖王教会は今は亡き世界ベルカを信仰する組織であり、慈善活動も盛んで遺児の受け入れ等もしている。正直に言えば俺はこの後このどちらかへ、ヴィンセントを連れて行こうと思っていた。
「そもそもとして私を造るよう言い始めたのは管理局の人なのよ、今その人がどうなったかなんて知らないけどココの研究員が私を置いて緊急退避するなんて事態になったんだもの。きっとプロジェクトは明るみになってる、そんな所へ私が行ったとして良い扱いを受けるとは思えない。なんせ私は──」
兵器を扱う為だけのパーツなんだから。
ヴィンセントは自嘲気味笑いながらそう言い放った。
「ヴィンセント……」
「そして聖王教会もだめ、私は彼らの信仰の対象になりかねない。管理局よりも良い扱いを受けるかも知れないけど、言い換えれば生きた財宝みたいな扱いになりかねない。ようやく自由になれたのにそんなのはまっぴら」
ヴィンセントの言葉は少し理解出来た、〝あの名〟を引き継いだ身としてそういう実体験は俺にもある。
ってあれ?
「じゃあここからもし逃げ仰せたとして、ヴィンセントはどこで生活するつもりなの?」
「だから命をかけて欲しいって言ったんでしょ」
「…………あー、つまり?」
「貴方と一緒に生きて行く事を許して欲しいです」
父さん、母さん、姉さん……俺はこの歳にして年下から逆プロポーズをされてるようです。
「って何言ってんの! 女の子が初対面の男の人相手に!」
「えっ! そういう話!? ち、違くない?! 話の見どころ違くない?!」
「いいえ違いません! ったく、こういう時に言う事は決まってるでしょ」
「ご、ごめんなさい。私、外の事全然知らないからなんて言えばいいか」
「そうじゃなくって、困ってるので助けて下さいって言えば良いんだよ」
「たす、けて?」
「そうだ、困ってる時、自分じゃどうしようも無い時は声をあげる。それも大事な事だ」
「で、でも……私にはそんな……」
ヴィンセントは顔を青冷めさせながら俯き、ブツブツと呟き始めた。
「ヴィンセント」
「は、はい!」
「キミが今何を思い、考えてるかは分からない。だから悩みとかデリカシーとか抜きに話すね」
「なんでしょうか?」
小刻みに震える彼女の両肩を両腕で優しく掴み、真っ直ぐ瞳を捉えて語りかけた。
「少しでも生きたいなら、生きようとすべきだ。例え後ろめたい事があっても、生きる事に絶望していたとしても、ソレでも生きたいと思うのなら生き続けるべきだ」
「…………ふ」
「何かおかしいか?」
「いえ、ただ優しそうなのに結構残酷な事を言ってくるなと思いまして」
「受け売りなんだよ、大切な親友達からのな。安心しろ、助けてはい終わりなんてしない」
「え? もしかしてそれって」
「あぁ、生きてやるよお前と一緒に。どうせぶらり1人旅で少し寂しかったしな、キミの秘密も傷も全部まとめて責任取ってやるよ」
「クロウさんって実はかなりのプレイボーイだったりしますか?」
「ひどくなぁい!?」
「ふふふ、あははこんな厄病神助けようとするなんて絶対プレイボーイですよ!」
起きてからずっと表情が晴れなかったヴィンセントは、ようやく晴れ晴れとした笑顔を昇らせた。