無事にヒカルは院生になったみたいだ。
先生が私の棋譜を見てよく打てていると褒めていたと言っていたことを伝えてくれた。
部活では、筒井さんも当然来ないし三谷君と津田さん夏目君、私の4人で打つことが多い。
三谷君は結構サボることが多いので、サボるといってもいろいろな碁会所に行っているみたいだ。
あれっきり、ヒカルは忙しいのか部活には顔を出さない。
たまにすれ違ったりするけど、軽く挨拶するくらいですれ違いの日々が続いている。
私も津田さんや夏目君に教えるので忙しい。
二人とも素直なのだけど飲み込みが遅いらしくなかなか苦労しているけどのんびりやっていこうと思う。
私はヒカルのようにプロを目指すわけでもないし。
ヒカルと真剣勝負をしたいと思い出したのはこの頃だ。
今まで当たり前にいたヒカルがいない。
家も近所だし、学校でも会いに行こうと思えばいつでもいけるけど、今までみたいに会えない気がする。
きっと道は続いている。どこかで本格的に交わるときがくるかもしれない。そのときまでにどこまで私が強くなれるか。
「すまぬ、#&」
「お前にもう囲碁を打たせてやれぬ。」
何を言うか、私のほうこそ。
一人は倒れ行く男を案じ、付き添っている。
看取っている男からは、深い悲しみと感謝、いろいろなものが滲み出している。
不思議だ、看取っている男からの感情が私に直接流れてくるようだ。
・・・・・・・・・・。
またあの夢か。ヒカルが院生になってから何度か見ている夢だ。
前ほど、雑音が酷くはないけど、それでもまだ直らない。
それに今の雑音は前の声と違って少し心なしか心地よい。
雑音には違いないけど不思議だ。
結局、冬の大会は欠場。金子さんが出られないし、筒井さんも無理みたい。
個人戦は夏のみらしくて冬はなし。
まあ、津田さんも夏目君もまだまだだし、今はまだ頃合じゃないのかな。
ヒカルの真似をして二面碁。案外簡単にできるんだね。
最近は指導碁の真似事をして二人ともめきめき強くなってきているのが良く分る。
また、彼らに教えることによって逆に私の力にもなる。
でも、やっぱりどこか穴が開いてしまった感は否めない。
ヒカルの代わりは誰もできないけど、それでも囲碁が楽しいから続ける。
ああ、一度でいいからヒカルと真剣勝負したい、いや、勝ってみたいな。
ヒカルがいなくなって、私も三谷君みたいに碁会所巡りをたまにしている。
たいていの所はタバコがきつくて、あまりからだの強くない私はときどきしかいけないけど。
そんな中でアキラ君のお父さんが経営しているという碁会所は比較的みなさんタバコを吸わない人が多く、
私が行くと気にしてくれるのかやめてくれることもある。
私が打っていると、みなさん暇なのか周りに人が集まる。
「あそこにいるのは?」
「ああ、最近ここに良く顔を出すアカリちゃんよ。なんでも女の子なのにかなり強いみたいで。」
「ほう。」
その男はアカリの打つ碁盤に向かう。
しばらくして、中押しで対局が終わる。
「なるほど。面白い。」
ギラついた鋭い目、金色に染めた髪にホワイトスーツを着たスラッとしたおじさんが一局打とうと言ってきた。
下手したら変な人と思われる格好ながらもその人には非常に似合っていた。
いや、なにこのおじさま。とってもかっこいい。いや、かっこよすぎる。
周りが、先生だけで来るとは珍しいですねとか言われているので、きっと強いのだろう。
対局が始まる。
五子置かせてもらっての対局だ。
せっかくなので序盤から積極的に行く。全体から流動的に攻守が分かれていく。
まったく手ごたえがないどころか、どんどんこちらの地が悪くなっていく。このおじさま本当に強いな。
中盤の中ごろに入ると防戦一方になる。ひたすら耐えに耐える。
美しい澄んだ音だけが碁会所を支配する。
中盤の終わりにおじさまが試すかのような一手を打ってくる。
もうこのときには貰った分のリードはなくなっていた。
相手は堅実に打ってくる。
やはり実力不足は否めない。
仕方がないので最後のあがきに出る。
最後のあがきも無駄に終わり終盤で投了。
結局最後までおじさまに動揺させることもできなかった。
いくら、2局打った後でふらふらとはいえここまでどうにもならないとは。
とってもくやしい。でもこの人ヒカルと同等くらいの強さかな。
検討を始める。とそのとき
しくしくと、誰かが泣いている音が聞こえる。
周りを見回しても誰も泣いている人はいない。
いったい何なのだろうかと思ったところで急に意識が離れた。