プロ本戦までの一ヶ月間碁会所に行ったり、研究会に出たりしていた。
そんなある日の碁会所にて、ここ以外の強い人と打ってきたらどうかといわれた。
地図を描いて場所を教えてもらう。
ここかな。
3階にある外国系のお店みたいだ。少し入りにくいなと建物の入り口にいると
後ろから分からない言葉をかけられた。
振り向くと子供がいた。
再度何か言ってくるが分からない。とりあえず邪魔かなと思って入ることにした。
中の人に
「そんなところにいないでどうぞ。」
といわれたので、入るとさっきの子供が入ってきた。
彼はスヨンと呼ばれているようだ。
スヨンの保護者と思われる方が言うには、韓国棋院の院生だそうだ。
「韓国にもプロがあるんだね。」と何気なく私が言ってしまうと、ものすごい顔をしてスヨンがいろいろ言ってきた。
無知で申し訳なくなって謝るもスヨンの気が収まらないようだ。
せっかくだからスヨンと打つことになった。
おじさんに通訳してもらって、とりあえず互先で打つことになる。
序盤は相手から気迫が伝わってこない。嵐の前の静けさということもある気がするけど、どうにも集中し切れていないような印象を受ける。
わずかずつではあるが、私の形勢が良くなっていくような気がする。
相手が何か言ってくる。何を話しているか分からないけど横のおじさんがニヤッとして私が勝ったら名前を覚えてくれるそうだ。
私も君に負けたら君の名前を覚えると通訳してもらった。
そこから、一気に戦場が広がる。
うん、そこは連絡できるから逃げ切れる。こっちは何とかして取りたい。
碁盤全体で、どんどん読みの厳しい打ち合いが続く。
気が付けばわずかに私が悪くなる。
でもここで一手分隙ができた。
一歩間違えば一気に崩壊させられかねない危険な手だけどここでいかないと私は負ける。
そこから、更にシビアな読み合いになる。
そこから進み終盤にさっきの一手が効いてきた。
終盤のヨセに一気に入る。
半目勝負になっていることが分かる。どちらに勝利の女神が微笑んでもおかしくない。
お互い、どこにもミスができない。
あの一手を打ってから、ずっとシビアな状態が続いている私よりスヨンのほうが僅かに余裕がありそうだ。
でも私の目標はもっとぜんぜん高い。こんなところで負けるわけにはいかない。
対局が終わった。そこで改めて周りにたくさんの人が見ていることに気が付いた。
整地をする。さてどっちの勝ちか。
結果は私の2目半勝ち。ラストにスヨンが僅かなミスをしたおかげで勝った。
でも涙を流しているスヨンを見ると、私はもっと真剣にならないと痛感させられた。
お互い健闘を称えあっていると、
あれはヒカル?
ちょうど店の入り口から出るヒカルを発見した。
出て行くときに見えた彼の横顔は非常に険しく何かに思い悩んでいるかのように見えた。
「ヒカル、まって。」
急いで店から出るも、もうどこに行ったかわからなかった。
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その後、海王中の先生がいたので聞いてみると、
対局途中にヒカルがやってきて、少し話したが後は対局に集中していたそうで、挨拶レベルで終わったそうだ。
その後、対局が終わったら帰ろうとしだしたので流石に引きとめようと思ったが、彼の異様な雰囲気から引き止めることができなかったそうだ。