研究会に久しぶりに行った。
プロ試験本戦中は、倒れたりいろいろあって負けだしてからはぜんぜん行けていなかった。
「アカリちゃん、残念だったね。」
いろいろな方が励ましてくれる。
「いえ、私の覚悟が足りていませんでした。」
「ああ、正直言わせてもらえば受かると思っていなかった。本気でプロを目指すなら覚悟を決めて来年だな。」
と緒方さんだけは遠慮のない的確なアドバイスをくれた。
芦原さんや笹木さんがこれまでの対局の再検討に付き合ってくれた。
「これは・・・・・・、今までになく酷いね。正直アカリちゃんがこんな碁を打つとは思わなかった。」
言われると辛いけど、事実だからしょうがない。
「あれだけ打てるのだから、絶対受かると思ったんだけどなぁ。」
芦原さんは、私は絶対受かると思っていたようで私以上にプロになれなかったことをがっかりしているようだ。
「しかし、やはり進藤との一局だな。」
ヒカルとの対局は塔矢先生なども参考になるとのことで全員で再検討することとなった。
「やはりミスらしいミスもなくすばらしい対局だ。緒方君、このタイミングで君はここに打てるか。」
「いや、こっちに打ちたくなりますね。ですがこっちを打ってしまうと・・・・・・。」
「だとすると、この一手ですかね。この一手だけやけに浮いていますよね。」
それは、ヒカルが急に雰囲気が変わって優勢だったはずの対局がひっくり返したように錯覚したあの一手だった。
「ここから崩せないか、こう打てば、いや駄目か。」
「どう打っても、接戦になりそうな一手だ。妙手と言っても良いかも知れんな。」
「しかし、進藤君は話を聞いている限りだとまだ余裕ありそうだな。彼の実力も底がしれないな。」」
「その進藤君を相手にこれだけ打てるのにプロに受からないとはね。本当に残念でなりませんよ。あれ、アキラ君?さっきから黙ってどうかした?」
真剣な表情をして、アキラ君はこの検討が始まってから話していない。
「ああ、いえ、今の僕でもこのタイミングでこの一手を打てたかと考えておりまして。」
とアキラ君が顎に手を置きながら言った。
「ああ、そこも打ってみればそこしかないと言う一手だよね。」
そこで塔矢先生が
「新初段シリーズだが、進藤君を指名しようと思う。」
「先生が新初段シリーズに出られるのですか!」
塔矢先生は去年も一昨年も忙しく出られなかったみたいだが今年はヒカルのために時間を取るようだ。
なんか、こんなすごい人にまで目を付けられるとかヒカルがどんどん遠い異世界の人になっちゃうようで少し寂しい気持ちになる。
家に帰る途中でヒカルと偶然会った。
「なんかこうやって一緒に帰るの久しぶりだな。」
あんなに避けていたのに、久しぶりに普通の会話をしてみれば、まったく以前と変わらないヒカルだ。
お互いの家族の話や、最近ようやく囲碁をすることを認めてくれるようになったなど他愛もない話で盛り上がる。
「そういえば、今日の研究会でヒカルのことを塔矢先生が褒めてたよ。」
「え、アカリは塔矢先生の研究会に通っているのか。」
「あれ、言っていなかったかな。」
「聞いてないって。そういえば塔矢がそれらしきことを言っていたような。」
そこでポンと手を打って、
「ああ、それでか。アカリがプロ試験受けるなんてありえないとか思ってたけどそれなら納得だ。」
「だっていろいろ話したかったのに、ヒカルが私のこと避けるんだもん。」
「いや、避けてないって。」
「うそだ、絶対避けてた。」
「だーかーらー、避けてないって。」
お互い、言い合うのも楽しい。ヒカルとなら何を話していても気が合うし楽しい。
「うちで1局打っていくか。」
と言うわけで、1局打つことになった。
お互い碁盤を通して向かい合うって座ろうとすると、先に幽霊さんがヒカルの向かいに座り込む。
幽霊さん、どいて。意思が伝わったかどうか分からないけど、真剣な顔で打ちたそうだ。
でも、私だって打ちたい。私も真剣な思いを伝えようとすると渋々どいてくれた。
私が打っているときも、未練がましく横で「打ちたい、この者と打ちたい」という声が聞こえる気がする。
今度機会があったら打たせてあげるからね。
正直、ヒカルに幽霊さんのことを相談したいと思ったこともある。
でも、ヒカルに相談するっていう行為そのものも微妙だけど、
真剣に取り合ってくれないだろうし、変なやつと思われたくないし。
何より、信じたら信じたらで、ヒカルがこの幽霊に夢中になって私を見てくれなくなる気がしたから言い出せなかった。
気が付けば、食事まで久しぶりにご馳走になり、検討などしていたら結構遅くなってしまった。
そうしたら、ヒカルが珍しく送って行ってくれた。まあ、あのお母さんに言われたからしかたなくだろうけど。
別れる間際、ヒカルが何か言いたそうな雰囲気だったけど、私の家の前で別れた。