言動が偽夏油や特級呪霊っぽい本物夏油 作:デンスケ(土気色堂)
理子と黒井を連れた夏油と五条の逃避行は、三日で終わった。高専から、「天元様は他の星漿体と同化したので、天内理子が同化する必要はない」と伝えられたからだ。
「そう言って俺達を誘き出して、天内を攫うつもりだったりして」
「それは無いんじゃないかな。今の私達を同時に敵に回して無事で済むとは考えないだろうし」
「でもさ、頭のイカれた馬鹿ってどこにでもいるだろ?」
「そう言えば、理子ちゃんを狙って来た呪詛師って、全員その類だったね」
逃避行は三日で終わったが、四人は四日目から堂々と五条の別荘に滞在し続けた。自然豊かな立地にある別荘の周囲には夏油の呪霊が配置され、時折五条が六眼で見て回るという術師にとって鉄壁のセキュリティを敷いて。
(それにしても他の星漿体か。なかなかふざけた話だ)
理子以外に星漿体がいて、理子の方だけ情報が漏れた。順当に考えるなら、理子は真の星漿体を隠すための囮だったという事だろう。
だとしたら、強力な護衛を付けるのは奇妙な気もするが……。
(悟を殺す事も目的の一つだったのか? 悟の無限も突破したあの呪具、天逆鉾をあの男が持っている事まで織り込み済みだったらあり得る)
こうして四人無事だが、一歩間違えば伏黒甚爾に皆殺しにされていてもおかしくなかった。術師殺しに、術式を解除できる呪具。この組み合わせを知っていれば、五条悟を殺すために上層部が仕組んでもおかしくない。
「いや、考えても仕方ないか」
「ん? 何?」
「ああ、上層部が何を考えているか考察するよりも、今後の事を考える方が良いって事さ」
腐ったミカンの腐り具合に思いを馳せる必要はない。どうせ証拠と呼べるものは残っていないだろう。正攻法で尻尾を掴むよりも、時が来たら闇に葬った方が効率的だ。
「何時までもここに引き籠っている訳にはいかないからね」
今後、理子、そして黒井の安全を保つためにどうするか四人は話し合った。
「天元様はもう同化を済ませたのじゃし、妾は……私はもう狙われる心配はないんじゃないの?」
「どうかな。お前を狙った『時の器の会』は、上層部は逮捕されたそうだけど組織自体はまだ健在だし、裏切り者も野放しのままだ」
秘匿されていたはずの同化の時期と天内理子の情報が、盤星教『時の器の会』に漏洩したのか。以前から呪術界の腐敗具合を知っている夏油と五条は、当然のように上層部の中に裏切り者がいる事を確信していた。
「では、どうすれば……海外にでも逃亡するしかないのでしょうか?」
「いや、他にもっと良い考えがある。悟。君、理子ちゃんと婚約するんだ」
「「「はぁっ!?」」」
深刻な表情で俯く黒井に応えるように、夏油が突拍子もないアイディアを口にした。思わず彼以外の三人が声を合わせて聞き返す。
「な、な、なんで妾がこいつとけ、けけ、結婚っ!?」
「だ、ダメです! お嬢様が結婚するなら、お嬢様が本当に好きな方でなくては!」
「傑、疲れてる? 寝た方が良いんじゃない? それとも呪霊の飲み込み過ぎでバグった?」
「私はいたって冷静だし、正気だよ。まあ、聞いてくれ」
混乱する理子、夏油の提案を否定する黒井、親友の精神を本気で心配する五条に、夏油は冷静に自分のアイディアを説明しだした。
「同化が済んだという事は、理子ちゃんはこれから星漿体としては扱われない。黒井さんには引き上げるよう命令が出るだろうし、生活の援助も打ち切られる。
それなのに、『時の器の会』や呪詛師が今後理子ちゃんを狙わないとは限らない」
呪術界にとって、今の理子はただの一般人。大勢いる非術師の一人にすぎない。経済的な援助や世話係兼護衛の派遣をする理由や価値はない。
対して、彼女を狙った『時の器の会』にとって理子は、上層部が逮捕された原因。いわば仇だ。逆恨みにも程があるが、自分達の信仰心のために罪もない少女の命を狙うような奴らに善性を期待しても無駄だろう。
そして呪詛師には理子が元星漿体である事が知れ渡っているため、狙われる可能性がある。天元の術式を探る手掛かりになりえると考える者や、理子自身を呪具の材料に使えると狙う者もいるかもしれない。
「私は、誰に何と言われようとお嬢様から離れるつもりはありません。実家との関係は切れたも同然なので、勘当されたとしても構いません」
「黒井……っ」
夏油の説明の途中で、黒井がそう述べる。彼女は術式こそ持たないものの、呪力操作と体術はかなりの腕だ。並みの呪詛師なら問題無く退けられるだろう。
「でも、理子ちゃんが星漿体だった事を知られた今では、以前と状況が異なる。黒井さん一人では危ないかもしれない」
だが、複数の呪詛師が理子を狙ったら危うい。呪詛師が組むことは珍しいが……『時の器の会』残党やどうしても元星漿体が欲しい呪詛師が金を払えば、動く呪詛師もいるだろう。
「だが御三家の一つ、五条家の御曹司、五条悟の婚約者なら話は変わる。身寄りのない婚約者に五条家が生活の援助や、護衛の手配をしても誰も文句は言わない。呪詛師だって、手を出そうとするやつは少なくなるはずだ。
悟や私も理子ちゃんのために動きやすくなるしね」
夏油の説明に黒井は「なるほど」と納得した様子を見せた。しかし、五条は異を唱えた。
「ちょっと待った! だったら別に婚約なんてする必要ないだろ。俺が家の金を出して、生活の援助でも追加の護衛でもさせればいいだろ」
五条家は禪院や加茂と違い、五条悟のワンマンチームだ。彼が「やれ」と言ったら、「やる」。そうでなければ、理子を勝手に匿ったりは出来ない。
五条が言えば、理子に経済的援助から護衛の手配まで何から何までやってくれるだろう。
「それはそうだけど……それって結局悟にとって理子ちゃんが特別な存在だって宣言しているのに等しいだろう?」
「……あ~、確かに」
「変に関係を疑われるよりも、はっきり宣言した方が五条家も動きやすいと思うよ」
我儘放題の当主様が、同世代の女子に金と護衛の世話をしている。勘ぐらない方がおかしいだろう。それよりは、婚約者であると公にした方が色々とやりやすくなる。
「で、でも結婚は――」
「ああ、結婚はしなくていいんじゃないかな」
「何っ!? 婚約破棄すんの!?」
「破棄じゃなくて解消ね。ほとぼりが冷めるなり、理子ちゃんが成人するなりして安全に暮らせるようになったら、『お互いに話し合って円満に婚約関係を解消しました』って事にすれば問題ないさ」
現代日本において、婚約とは当人同士が結婚の約束をする事で成立する。結婚と違い書類を提出する必要も無く、話し合いだけで解消する事が可能で、その際も戸籍などに記される事も無い。
「もちろん、悟と理子ちゃんに好きな人がいなければの話だけどね。どうかな? 悟は歌姫先輩がいるけど大丈夫?」
「妾は問題ない。だが五条、歌姫って誰じゃ?」
「高専の、俺よりずっと弱っちい先輩。ちょっと傑、なんで歌姫の名前が出て来るんだよ?」
「いつも意地悪しているから、もしかしたら好きな子に接し方が分からなくてつい意地悪しちゃうアレかなって」
「はぁっ!? それだったら傑もだろ!」
「なんでそうなるんだい? 私は彼女に親切にしているじゃないか」
「……傑、それ他の奴には言うなよ。マジで引かれるから」
「え? なんで?」
歌姫を弄る五条に「弱い者いじめは止めなよ」と言って、歌姫のプライドを傷つけていた夏油だったが、彼に悪気は本当に無かったようだ。いや、その瞬間は悪気があったかのかもしれないが、彼にとっては記憶に残す程の事ではなかったのかもしれない。
言われた方は覚えていても、言った方は忘れているだけで。
「ちなみに、この提案にはデメリットもある。理子ちゃんは、悟を脅すための道具にしようとする奴や、悟に恨みを持つ奴に狙われるかもしれない。悟の方は、色ボケて星漿体に手を出すために任務に逆らったと悪評を流されるだろう」
五条悟は最強だが、敵も多い。彼の敵にとって、五条悟の婚約者は最狂に出来た弱点に見えるはずだ。
そして五条悟にとって悪評は――。
「別にいいんじゃない、弱い奴に何言われても関係ないし。俺、マジで最強になったから」
「そうだね、今更悪評の一つや二つ増えても気にするほどの事じゃないか」
問題児として既に悪評がいくつも流れているので、気にならなかった。
「狙われる理由が一つか二つ増えるだけなら、妾は構わん。妾の未来は二人が保証してくれるのじゃろ?」
そして理子も頷いた。こうして、五条悟と天内理子は形だけの婚約者になったのだった。
「ところで夏油、今後も妾や黒井に会うなら、お前こそ『親友の婚約者と頻繁に会っている、怪しい』とか言われんか?」
「まあ、言われるだろうね。でも、悟と理子ちゃんにこんな提案をしておいて、私が悪評を気にするのも変な話……いや、この場合、理子ちゃんも噂の的になるのか?」
「なら、傑は黒井さんと婚約したって事にすれば?」
「正気ですか!?」
「ああ、それもありかな。でも、態々言わなくても私が他でそれらしい言動を取れば、勝手に誤解してくれるかな?」
「傑、正気?」
「提案した君が聞くなよ。ああ、でも両親に事情を説明しておかないと」
親友の婚約者の理子と場合によっては頻繁に会い、もしもの時は彼女を連れて安全な場所に避難しないといけない。だが、あらぬ誤解を避けるために理子と一緒にいる黒井が目当てだという事にすれば、理子魔性の女説は流れないだろう。
なお、夏油は恋愛的な意味では異性に興味が無かった。呪術に関する研究や創意工夫、そして友人と馬鹿をやっている方が楽しかったからだ。
相談後、高専に戻った夏油と五条は夜蛾の拳骨と説教を受けた。家入からもからかわれ、灰原と七海には数日遅れでお土産を渡した。
天内理子と五条の婚約は、呪術界を驚かせた。夜蛾は説明を求め、家入や歌姫は「まさか、恩に着せて迫ったんじゃないだろうね?」と五条に詰め寄り、五条家の者達の一部は「やった、あの若様が落ち着いてくださる」と安堵した。
もっとも、当人達は形だけの婚約である事を分かっているため、以前と何も変わっていない。
理子と黒井は以前暮らしていた家に戻り、同じ学校に通っている。家には五条家が手配した護衛が派遣されているので、完全に元通りではないが。
「発案したのがあんただから聞くけど、名前を変えて誰も知らない場所で、って事は出来なかったわけ?」
そう尋ねる家入に、夏油は笑って答えた。
「誰も知らない場所って、この現代社会の何処にあるんだい? あったとしても、そこじゃ理子ちゃんが今まで通りの日常を過ごす事は出来ないだろ」
現代社会で行方を眩ませるのは難しい。それに、夏油と五条は理子に逃亡犯のような不自由な潜伏生活をさせたくはない。
「それに、呪詛師が呪術で探したらどこに隠れていても見つかるかもしれない。なら、堂々と守れるようにした方が良いだろう?」
自分達が関わらなければ安全かもしれない。夏油もそう考えないわけではなかった。だが、それは同時に理子が自分達のあずかり知れない所で狙われた時、力になれない事を意味する。
「堂々と守るって、離れてるじゃん」
「連絡はちゃんと取っているさ。派遣した護衛も、悟が縛りを交わして裏切らないようにしてある。それに、私の呪霊もつけてある」
護衛として、夏油が調教した一級や準一級呪霊を数匹。逃走手段として虹龍も預けてある。
更に、防犯ベル代わりに結界に包んだ蛆頭を理子と黒井には持たせてある。有事の際に彼女達が合言葉を口にすると、結界が収縮して蛆頭を潰して祓う。夏油はそれを察知して、助けに行けるという訳だ。
携帯で連絡できない時のための非常手段である。
「できれば護衛用にもっと強い呪霊を携帯させたかったけれど、四級以上の呪霊は結界で縮めても握り拳以下に出来なくてね。あいつが連れていた格納呪霊じゃ護衛にならないし。
まあ、今後アップデートさせていくさ」
そう言うと、何故か家入は引いていた。
「あんたって、彼女が出来たらこっそり盗聴器仕掛けるタイプ?」
「はっはっは、人聞きが悪い事を言わないでくれよ、硝子」
夏油はそう笑ったが、否定はしなかった。
その後ほどなく、反転術式を習得した五条と夏油は特級術師に認定された。とはいえやる事は変わっていない。任務の頻度と危険度が上がっただけだ。
呪霊を祓い、取り込む。誰も知ら――伏黒甚爾も知っていた呪霊の味に辟易するが、呪霊操術は呪霊を取り込まないと使えない。
そうしていると、すぐに交流戦の時期になった。高専では京都高との交流戦が行われ、去年に引き続き東京校の圧勝かと思われたが、京都校の一年に珍しい人物がいた。
「君が夏油傑君か。俺は禪院直哉、よろしゅう」
狐目の少年が、何処か胡散臭く感じる笑みを浮かべていた。
「こちらこそよろしく」
この時点で直哉に興味が無かった夏油も、上辺だけの友好さで対応する。しかし、握手した瞬間直哉の顔から笑みが消える。
「君が甚爾君殺したって、ホンマ?」
「そうだけど、もしかして友達だった?」
もしかして、甚爾の遺体や彼が持っていた呪具が狙いかと夏油は内心冷や汗をかいていた。遺体や游雲や万里ノ鎖ならともかく、五条を攻略しうる天逆鉾は禪院家には渡せない。どうしても返さなくてはならなかったら、破壊しよう。直哉には『甚爾との戦いの過程で壊れた』とでも嘘を言って。
「……悟君の金魚のフンが調子乗んなや、カスが」
だが、直哉から放たれたのは呪具を返せと言う要求ではなく、夏油に対する罵倒だった。彼は内心憧れていた甚爾が、自分と同じ御三家で実力を認めた五条悟ではなく一般家庭出身の夏油に倒された事が気に入らなかったのだ。
夏油が内心驚いて反応するのが遅れている内に、直哉は手を離すと彼から離れていった。
「うわ、生意気な奴。どうする? 泣かす?」
その直哉の後ろ姿を眺めながら、一連のやり取りを見ていた五条はそう尋ねる。
「ああ、泣かすさ。ただし、私がね」
始まった交流戦一日目。森に放たれた複数の呪霊の内、本物の一匹を先に祓った方が勝ちというチーム戦。しかし、禪院直哉は呪霊ではなく東京校の生徒を追っていた。
「く、早いっ!」
「君がすっとろいんやない? え~と、なんて名前やったっけ?」
直哉に目を付けられのは、七海だった。理由は特にない。単に、直哉が偶然遭遇したのが彼だったからだ。
直哉がぶん殴りたい相手とは違うが、ウォーミングアップに奴の後輩をシバキ倒すのも悪くない。大した相手でもなさそうだし。
「いや、どうでもええわ」
ぽんっと、直哉の動きについてこられない七海の背を手で叩く。その次の瞬間、七海は二次元……等身大パネルのような姿に変化した。
「俺、負け犬の名前に興味ないしなぁっ!」
その七海を思い切り殴る直哉。ガラスが砕け散るような音と共に、元の姿に戻った七海が受け身も取れず地面に転がる。
「い、今のは……」
何が起きたのか分からず、混乱しながらも身を起こす七海。
禪院直哉の投射呪法は、一秒間に二十四の動きを作りその動きをトレースする。動きは物理法則を多少なら逸脱しても構わないが、無理があった場合や動きを創るのが間に合わないと一秒間フリーズしてしまう。
そして、掌で触れた相手にもそのルールを強制する事が出来る。七海はそのフリーズの間に攻撃されたのだ。
「なんや、見た目より頑丈やね、君。はぁ、面倒やな」
素早く起き上がった七海に、言っている事とは裏腹に口元を歪めて笑みを浮かべる直哉。再び攻撃を仕掛けようとして――彼がいた場所を鞭状の何かが薙ぎ払った。
『やあ、七海。ちょっと彼に用があるんだけど、譲ってもらって良いかな?』
現れたのは、遍殺即呪体になった夏油だった。彼は七海の危機に気が付き、尻尾を一振りして直哉を急襲したのだ。
「な、何や、そいつ!?」
「夏油さん……頼みましたっ」
「なんやてっ!? あいつ人間なん!? 特級呪霊やなくて!?」
咄嗟に回避する事に成功した直哉だったが、遍殺即呪体の異様に驚愕し動きが止まった。その隙に七海が離脱するが、もう彼を追うどころではない。
『失敬だな。特級は特級でも術師だよ、私は』
「チッ、どうでもええ! 最初から俺の狙いはお前やっ!」
直哉が狙っていたのは、甚爾を殺した夏油傑だった。同じあちら側の五条悟ならともかく、その取り巻きに内心憧れていた甚爾が殺されたらしい事が、どうしても許せなかったのだ。
投射呪法で加速し、夏油に攻撃を仕掛ける直哉。彼はそのスピードに自信を持っていた。
『へぇ、中々早いじゃないか』
だが、遍殺即呪体になった夏油の速さは直哉を軽く上回った。
「クソが!」
『伏黒甚爾はこの姿の私と速さでは互角だったし、腕や肋骨を折ってきたけど、君は弱音を吐くだけかい?』
「っ!? ブッ殺ス!」
夏油に煽られた直哉は、投射術式で一層加速し彼の動きを予測し攪乱し、一秒間に『二十三』発の攻撃を繰り出す。夏油はそれを難なく回避し、防御するが――。
「甘いわっ!」
攻撃に紛れ込ませた平手打ち。それを、夏油がカウンターで繰り出したブレードの付いた腕に命中させる。その瞬間、板状になって止まった夏油を呪力で強化した拳で殴り飛ばす直哉。
『っ! なるほど。思っていたより興味深いね』
だが、肝心のダメージは皆無だった。
『君の術式で今の私にダメージを与えたいなら、黒閃を打つか呪具を使わないと無理だろう。これ以上は疲れるだけだし、降参したらどうかな?』
「ザケンナや! 誰が降参なんかするか!」
『それは嬉しいね。遍殺即呪体の相手になる奴は滅多にいないから、君にはもっと付き合ってもらうよ』
それから夏油は、交流戦――森に放った呪霊を祓う――をそっちのけで、直哉との戦いに注力した。その代わり「そろそろ俺も遊ぼうかな」と五条が参加し、冥冥と灰原、七海、そして家入の奮戦によって東京校の勝利となった。
「あ゛~、しんどい。ヤニ吸いたい」
「先生の見ている前だから我慢しなさい」
去年と違い、夏油が極の番を使わなくても反転術式が使えるようになり、他者の治療効率もアップした。そのため、家入の希少さが相対的に下がったため彼女も交流戦に出場する事になったのだ。
その内、比較的安全なものだろうが任務にも出されるだろう。……その分夏油の任務は減っていないのが謎だが。
「助けてあげようか、禪院直哉?」
遍殺即呪体を解いた夏油の足元には、満身創痍の直哉が倒れていた。利き腕は曲がってはいけない箇所が曲がっていて、切り傷は数えきれない。一目見て重傷と分かる状態だ。
「い、いらん……わ、カスが」
「まあまあ、そう照れるなよ。私まで恥ずかしくなるじゃないか」
その状態でも夏油を睨みつけて来る直哉に構わず、彼はその手を取ると正の呪力を流し込んだ。すると、嘘のように傷が消え、曲がっていた腕が真っすぐに戻る。
「これで傷はだいたい治ったはずだけど、違和感はあるかい?」
夏油の治療を受けた直哉は、腕が元通り動く事を確かめながら尋ね返した。
「なあ、あのバケモンみたいな姿になった夏油君の骨を甚爾君が折ったってのはホンマなん?」
「本当だよ。呪具は使っていたけど、ぼっきりとね。頭に食らっていたら、本当に危なかった」
まあ、私もみすみす頭に攻撃を受ける程鈍くないけどね。そう口に出さなかったお陰か、直哉は満足したように息を吐いた。
「明日のトーナメントでリベンジや。今度こそ泣かしたる」
「君が私の前に悟と当たらなければね」
「……俺もすぐそっち側に行って、吠え面かかせたるわ」
禪院直哉は性根が悪く、性格はドブカスと評される程だったが、実力を認めた相手は評価する。彼にとって夏油は、五条悟や伏黒甚爾と並ぶと評価されたようだ。
翌日の交流戦二日目のトーナメントでは、東京校七名と京都校八名の計十五名で争う事になった。
家入は戦闘経験の少なさがたたって、前日参加しなかった京都校の一年に敗北して一回戦敗退。同じく、庵歌姫も京都校の三年生と当たって一回戦敗退。
灰原と冥冥は京都校の生徒に勝って二回戦に進出したが、灰原は直哉に、冥冥は夏油に敗北して二回戦敗退。
七海は一回戦、二回戦と順調に勝ち進めたが準決勝で夏油に敗北した。
そして直哉は人数不足による一回戦不戦勝で、二回戦は灰原に勝利して準決勝まで勝ち進んだが……そこで五条と当たった。
「昨日は傑に泣かされたらしいじゃん。お前ラッキーだぜ、日替わりで最強の先輩に相手してもらえるんだからさ」
「それは楽しみやわ。君に勝って嬉し泣きさせてもらおか」
そして始まった準決勝では、誰もが……京都校の生徒や教師さえ五条が圧勝すると予想していた。しかし、直哉は試合が始まった瞬間、投射術式で加速。そして五条の死角に回り込んだ瞬間、禪院家秘伝の領域対策、落花の情を発動。
「もらいやっ!」
直哉の狙いは、落花の情で無下限呪術を突破し、昨夜のうちに取り寄せたメリケンサック型の呪具で攻撃する事だった。
もっとも、術式を『中和』する簡易領域ではなく『迎撃』する落下の情で五条の無限を突破できるのかは、未知数だった。
しかし、「強い術師は素手で戦う」という価値観を持つ直哉はシン・陰流に入門しておらず、簡易領域が使えない。もちろん、領域展開にも至っていない。そのため、これは彼に実行可能な策の中では最上のもので、上手く行くかは賭けだった
果たして、その結果は――
「へぇ、頑張ったじゃん」
しかし、五条は直哉が呪具を隠し持っている事を六眼によって試合開始前から見抜いていた。死角に回り込んだはずの直哉の一撃を回避し、その腕を取って投げ飛ばす。
「悪くなかったぜ。まあ、来年に期待かな」
「勝負はこれからやろが!」
「そうかぁ? そうかもなぁ!」
奇襲が失敗したと見るや、直哉は落花の情を解いて再び投射呪法で加速。五条は彼を赫で狙い、それが避けられたら蒼で自身の間合いまで引き寄せようと試みた。
そして、数度の攻防の末に五条が勝利した。
「いいかっ、来年や! 来年こそ吠え面かかせたる!」
「な、直哉さん、落ち着いて、試合は終わってます!」
そして、他の生徒に羽交い絞めにされて退場していったのだった。
「さて、いよいよ決勝だが……五条は茈、夏油は遍殺即呪体を使用禁止とする」
だが、当時の東京高と京都校の両学長の話し合いの結果、二人の奥義ともいえる術の使用は禁止されてしまった。
「それは無くない!?」
「今日のために色々考えて、昨日から仕上げて来たのに土壇場でそれはちょっと……」
「勘弁してくれ。高専が巻き添えで更地になる」
「仕方ない……奥の手無しでやろうか」
「チッ、傑なら茈もどうにかしそうだと期待してたのに」
そうしてお互いに奥の手無しでの決勝戦は、しょっぱい試合内容に――ならなかった。
「傑、お前いつの間にそんな事出来るようになったんだよ!?」
「つい数日前だよ。結界術を学んでいる過程で、色々やったら出来たのさ」
夏油が五条の無限対策に領域展延を習得していたからだ。遍殺即呪体にならなくても、彼の格闘術は五条悟と互角。無限を領域展延で中和し、拳や蹴りを叩き込めば五条でも簡単には勝てない。
「それって生得術式と併用できるんだっけ!?」
しかも、夏油の背後には彼の支配下にある一級や準一級呪霊が浮かんでいる。
「出来るかもしれないけど、私にはまだ無理だね。あいつらは、領域展延を使う前に出して置いたのさ」
「呪霊操術が解けて解放されたりしねぇの!?」
「あいつらは一度解放した後、一から調教して主従関係を結んでから改めて取り込んだ呪霊だから、もし術式が解けても大丈夫だよ。心配せず……最強の看板を私に渡せ!」
「絶対嫌だね!」
その後、二人の一進一退の攻防が数分続き、五条が赫で地面ごと夏油を吹き飛ばした。空中で呪霊を足場にして踏みとどまろうとした夏油だったが、五条が蒼で呪霊を引き寄せたため地面に落下し、彼の負けとなった。
「う~ん、惜しかった。まあ、悟が茈を封じられてなければもっと早く負けていただろうけどね」
「傑だって呪具使ってなかったじゃん。あれ使われてたらヤバかったって」
お互いの健闘を称え合った二人はどちらともなく黙り込んだ。
「「じゃあ、この後別の場所で決着つけよう」」
「そんなにやりたければ、月にでも行ってやれ!」
夜蛾は周囲の地形を変える大決戦をしようとする問題児二人を、そう怒鳴りつけた。
〇別の星漿体
実際には存在せず、天元は誰とも同化していませんがこの時点では夏油や五条知りません。なので色々勘ぐっています。
〇天内理子
無事にもともと住んでいた家に戻り、元の中学校に通っている。夏油への直通警報機の蛆頭ストラップに、五条家から派遣されてきた護衛、夏油が配置した数匹の一級呪霊に、逃走手段として配置されている虹龍。並みの呪詛師では太刀打ちできない防衛力が配置されている。
なお、夏油が結界術を極めれば極める程、防衛力はアップグレードされる模様。
五条悟と表向き婚約している事は呪術界では知られているが、学校では公開されていない。
〇黒井美里
星漿体ではなくなった理子に変わらず使え、家族として一緒に暮らしている。
彼女の実家は呪術廻上層部に逆らった彼女を勘当しようとしたが、夏油に好かれているという噂を聞いて思いとどまったようだ。
〇五条悟
婚約者が出来たり、特級術師に成ったりした。理子と黒井が殺されず、親友が自分に追い付いて来るのでご機嫌。
禪院直哉に対しては、以前会った時の事は記憶に残っていないが、トーナメントで自分に食いついて来たので、他の教徒校の生徒よりやや好感を持った。
〇家入硝子
夏油が反転術式を本格的に習得し、他者に対する治療の腕も上がったため、相対的に彼女の希少さが落ちたため、任務が割り振られるようになった。ただし、彼女の反転術式が貴重なのは変わらないので割り振られるのは比較的危険度が低い。
〇禪院直哉
甚爾が五条悟ではなく、一般家庭出身の夏油に倒されたと聞いて、それが気に入らなかったため京都校に中途編入し、交流戦に参加した。
元々は夏油をぶちのめしたら高専を辞めて実家に帰るつもりだったが、逆にぶちのめされた。しかも二人からそれなりに評価されたので、実はまんざらでもない。少なくとも、来年の交流戦までは高専に在籍しようと予定を変更した。
「強い術師は素手」という価値観を持っていたが、夏油から甚爾が呪具を使って彼に重傷を負わせていた事を聞いた事で、実家に無理を言って一日で呪具を盛って来させ、それを使って五条に一撃を入れようとした。
〇メリケンサック型の呪具
価値観を変えた直哉が実家から一晩で持ってこさせた呪具。
次期当主候補の直哉の我儘に逆らえない、しかし当主の直毘人の許可をもらうには時間が足りない、それに武器の扱いに慣れていないだろう直哉に刀等を渡すのは危険、という思慮の結果倉庫番が選んだ三級ぐらいの呪具。
直哉の性格から態々呪具を格下相手には使わないだろうし、同格以上の相手なら三級呪具で殴られても死にはしないだろうという計算も働いている。
〇夏油傑
特級術師に昇級。結界術の研鑽を積む過程で、領域展延を習得。直哉の事は良い組手相手になるなと思っている。なお、交流戦で遊雲等を使わなかったのは禪院家に返却するよう迫られたら嫌だから。
様々な目的のために、呪術や結界術を極めながら呪霊の収集を続けている。
〇〇〇〇〇
夜波時雨様、solubliker4689様、ベー太様、くぉーれ様、白灰熊様、とみくし様、エビ+C様、レジギガス様、KYOUJI様、邪王真眼を受け継ぎし者様、メイトリクス様、エイコサ様、アタッチメント様、チカゲサァン様、ねこばこ様、くぉーれ様、Y4HHO様、麻婆餃子様、つくるはじめ様、so-tak様、楓流様、名前はまだ無い♪様、よっちゃんイカ様、y.y.arnold様、ずわい様、リア10爆発46様、ゆーざーめい様、誤字報告ありがとうございます。早速修正しました。