言動が偽夏油や特級呪霊っぽい本物夏油   作:デンスケ(土気色堂)

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4話 新しい世界でまた会おう

 京都校との交流戦が終わってから、夏油と五条はある催しを行った。

 

「チキチキ領域展延習得大会~!」

 高専の運動場で五条が明るい声を出し、続いて夏油がドンドンと太鼓を叩き、理子がパフパフとラッパを吹く。集められた一同(灰原と黒井は除く)はそれを白けた顔つきで眺めていた。

 

「お嬢様があんなに楽しそうに……くぅっ」

「大丈夫かい? 予備のハンカチがあるけれど」

「ううっ、ありがとうございます」

 最近は理子が何をしていても感極まって涙ぐむ黒井に、夏油はこの日二枚目のハンカチを差し出した。

 

「帰っていいですか?」

「ノリが悪いよ、七海。そもそもお前がやりたいって言いだしたんじゃん」

「違います。私は領域展延を教えてくださいと夏油さんに頼んだだけです」

 

 ふざける五条を真っ向から否定する七海。しかし、きっかけは確かに彼だった。

 七海は努力を怠らないタイプだ。しかし、結界術が苦手だった。だからと言って蔑ろにしてはいないが、苦手分野に挑戦するよりも、得意分野……十劃呪法と向き合い、伸ばす方を優先していた。

 

 しかし、先の交流戦で彼は直哉に手も足も出なかった。それによって、術式や体術を伸ばすだけでは越えられない壁を自覚し、このままではいけないと痛感した。

 もっと単純に言うなら、悔しかった。

 

 冷静で何事にもクールそうな印象を周囲に与える七海だが、その内は熱いハートの持ち主。しかも、彼はまだ十代の少年である。敗れたままリベンジせずにはいられなかった。

 

 夏油はそんな後輩の意気込みに応える事にした。だが、間が悪くそこに五条が居合わせていた。

 彼は、こう提案した。「じゃあ、ついでに皆にも教えてやればいいじゃん」と。

 

「センセー、私は頼んでませ~ん」

「私も」

「私はそもそも、高専生でもないのですが」

 その皆とは、家入硝子、庵歌姫、そして涙を拭き終えた黒井美里である。

 

「僕は七海が夏油さんから教えてもらうって聞いて、僕にも教えて欲しいって志願しました!」

「ただで領域展延を教えてくれるって聞いてね。ただならやるさ」

 そして声をかける前に参加志願してきた灰原と冥冥である。

 

「一級術師は給料が良いけど、任務の危険度は二級以下の術師が受けるものとは段違いだって聞いてるよ! 領域展延を皆に教えようってこの取り組みは、夏油さんが僕達の事を考えての事だと思うんだ!」

「実際、準一級術師以上になれば、術式を持つ呪霊との遭遇率は格段に高くなる。その時、領域対策を習得しているのといないのとでは生存率が変わって来るだろうね。教えてくれるというなら、教わっておくべきだと思うよ」

 

 そして灰原と冥冥が領域展延を習得するメリットを代わる代わる説明する。そう、領域展延は厄介な術式を持つ呪霊や呪詛師と相対した際、己の身を守るための術であると同時に敵を攻略する武器になりえるのだ。

 例えば、先の交流戦で七海が領域展延を使えていれば、投射呪法を発動している直哉に触れられてもフリーズせずに済んだ。

 しかし、問題がある。

 

「ですが、領域展延はそうそう習得できる技術ではないはず。反転術式や領域展開、極ノ番よりは難易度は低いでしょうけど」

 七海が言うように、領域展延は難しい。誰もが習得できる技じゃない。一級でも使えない術師は珍しくない。

 

「確かにその通りだ。でも、それは教える者が少ないからさ。それなりの呪力量と呪力の操作技術、結界術の知識があれば……少なくとも、一級術師への昇格が期待できる者なら習得は十分可能だと私は思うよ」

 そう、高等技術であるため教える者が少ない。東京高専の現学長、二年担任の夜蛾、そして他の教師達も領域展延を習得していないのだ。

 

 同じく領域対策になる簡易領域なら習得している教師はいるが……シン・陰流の入門者以外に簡易領域を教える事は縛りによって禁じられている。

 それに、簡易領域は術者を中心に数メートルにしか展開できない。守りや居合のような後の先を取る技以外で使うのは難しい。

 

「他にも、領域展延を習得したら良い事がある」

「他にもって、何?」

 怪訝そうな顔つきで聞き返す歌姫に、夏油は朗らかに笑いながら答えた。

 

「悟を引っぱたける」

「えっ、傑? 何言ってんの?」

「やってやろうじゃない!」

「ふぅ、本気出すか」

 

「ちょっと歌姫も硝子もなんでそんなにやるき出すの? ねぇ?」

「悟……お主の日頃の行いってどうなっているのじゃ?」

 こうして秋空の元、チキチキ領域展延習得大会が始まったのだった。

 

 まずは夏油による見本の提示と、分かりやすい結界術のレクチャー。ただし、受けるのは現役の高専生と黒井美里だ。基本的な知識と技術は既に持っているため、この段階ではさほど時間はかからない。

 そして次の段階は実戦。夏油が呼び出す呪霊の術式を受けながら、領域展延を実際に発動する。その際には、六眼で受講生の呪力の流れを見た五条が適宜アドバイスを行う。

 

「うわぁっ!? 落ちる~っ!」

「ぎゃぁぁぁぁっ! 死ぬぅ~っ!」

 断末魔のような悲鳴をあげて、後頭部を打たないようヘッドギアを付けた灰原と歌姫が転倒する。

 

「灰原、領域を全身に纏えてないよ。歌姫は薄すぎ、ちょっと動いただけで破けてんじゃん。七海はそもそも領域を発動できてないし」

「くっ!」

 

「さて、そろそろ呪霊を替えるよ」

「夏油さん、何故別の呪霊に替えるんですか?」

「美里さん、それは慣れると緊張感が失われるからだ。どんな状況でも領域展延を維持できるようにならないと、習得したとは言えないからね」

 

「嘘だっ! 絶対あたし達が苦しむのを見て喜んでるっ!」

「黒井さんの前だからって良い恰好しやがって」

「失敬だな、愛の鞭だよ」

 

 なお、呪力の無い理子はランニング等のトレーニングに励んでいた。

「妾だけジャンルが違うのは何故じゃ!?」

「呪力が無いと結界術は使えないからね」

「いざって時のために体力作りしておいて損は無いだろ。傑が色々用意してるけど、そこまで逃げられなかったら詰みなんだから」

 

 また、常に付きっ切りで見られていると集中できないだろうから、夏油と五条も個人的な修練を行っていた。

「ところで夏油、その妙な格好は何じゃ?」

「遍殺即呪体のブレードと尻尾を模した武器だよ。これを付けて悟に組手の相手をしてもらおうと思ってね」

 夏油は両腕と腰にそれぞれ木や皮で作った練習用の模造武器を装着していた。

 

「ブレードはまだしも、尻尾は本来人間には無い部位だから、まだ上手く扱えなくてね。来年の交流戦までには、使えるようになりたい」

 遍殺即呪体はなるのに百以上の下級呪霊を使い潰すので、練習ではなりたくない。そのための工夫だった。

 

 そうして皆熱心に取り組んだが、流石に一日で習得した者はいなかった。しかし座学の授業や任務と休日以外の時間を使って、二日目三日目とチキチキ領域展延習得大会は続けられ……まず五日目で冥冥が領域展延を習得した。

 三年生で元々己の術式と向き直り、呪力の制御技術を磨いていた事が早期習得の理由だろう。

 

 冥冥に続くように、歌姫が十日で領域展延を物にした。五条と夏油には弱い者扱いされる彼女だが、呪力は並の呪術師よりは上であり、センスも悪くない。そして何より、五条をビンタしたいという熱意が彼女を成長させた。

「しゃぁーっ!」

「……なんだろ、教えて損した気分」

 ガッツポーズをとる歌姫の背を眺めながらそう呟く五条の頬には、平手の跡がついていた。

 

「これに懲りたら、彼女をからかうのは控える事だね」

 そう言う夏油を五条は半眼で見つめ返した。

「傑、顔にモミジみたいな跡があるけど?」

「ついさっき、君のついでに何故か平手打ちされてね。油断していたから避けられなかった」

 

 そして歌姫の次の日に家入が、半月後には美里が、クリスマス前には灰原が習得した。そして七海は……。

「やったじゃん。継続は力なりだな」

「頑張ったね、七海。お陰で領域展延を教える時のマニュアルを書けそうだよ」

「どうも。冬休みまで付き合ってもらって助かりました」

 

 七海はクリスマスの翌々日、新年を迎える三日前に領域展延を習得する事に成功した。達成感で、この時ばかりは顔が自然と綻ぶ。

 七海にとって五条と夏油は信頼はしていても尊敬はしていない先輩だったが、この時は心から感謝していた。

 

「じゃあ、来年は俺達と一緒に領域展開を目指すか」

「反転術式の方が先じゃないかな。あれなら私も教えらえるし」

「なら、黒閃打たせないと難しいだろ」

「黒閃か、結界術で作った壁をサンドバック替わりにすれば的には困らないだろうけど……どうかな?」

 

「あの、まだ続けるつもりですか?」

 相談する相手を間違えなかったが、間違えたかもしれない。七海は満足を知らない天才共に対して、そう思った。

 

 

 

 

 

 そして新年を迎えて三学期、夏油はいつもの日常に戻った。

 任務に就き、呪霊を取り込む。己の術式と向き合い、結界術を磨き、遍殺即呪体時の体術を工夫し、技術を高める。変わった事と言えば、任務で一緒になった呪術師や補助監督が口の軽そうな人物だった場合、それとなく自分は黒井美里に夢中になっているというアピールをする事ぐらいだ。

 

 一回り以上年上の女性を好きになってしまったとか、そう言った女性に何を送れば喜ばれだろうかとか、そうした事を世間話に混ぜて相談すれば、噂してくれる。とても便利だ。

 時折真剣に相談に乗ってくれる人もいるので、微妙に罪悪感を覚える事もあるが。

 

「閉園したテーマパークに巣食う二級以下の呪霊の群れか。これで全部のようだから、このまま取り込むとしよう」

 反転術式を習得し呪術師として一段上の高みに至ったお陰で、今の夏油は準一級以下の呪霊は調伏を省いて呪霊玉にする事が出来る。

 

 更に、呪霊玉を極小の結界で包みそのまま飲み込む事で、ついにあの不味さも克服する事に成功した。

(結界を張るのが少し手間だけど……手間を惜しむと吐瀉物を処理した雑巾の味をまた味わう事になる。慣れるまでの我慢だ)

 そう思いながら夏油が摘まみ上げたのは、透明な膜につつまれた飴玉程の大きさの呪霊玉。この大きさで、二級呪霊だ。今なら、蝿頭は小さな錠剤ほどの大きさまで結界で押しつぶして縮める事が出来る。

 

 おかげで低級なら一度に多数の呪霊を飲み込む事が出来るようになり、結界で包む手間もだいぶ省けている。

 

「さて、悟に頼まれていた菓子を買って帰ろうか。硝子には、牛タンで良いかな? 理子ちゃんと美里さんには、いちいち土産を買って来なくていいと言われたばかりだからなぁ」

 呪霊を取り込み終えた夏油は携帯を取り出すと、離れた場所で待機している補助監督に連絡をいれようとして……止めた。

 

「ここの呪霊の気配に惹かれて移動してきたのか? まあ、何にせよ……君は、どんな術式を持っているのかな?」

 夏油が視線を向けた先には、下顎から生えた巨大な一対の牙、振り乱した髪、無数の腫瘍が出来た腕という異形の呪霊が浮かんでいた。

 

 夏油が視線を向けても呪霊玉にならない時点で、一級以上の呪霊である事は確実。

「取り込み甲斐のある術式だと、良いんだけど」

『領――』

 謎の呪霊は、不敵に笑う夏油に対して両手で印を結んだ。

 

 領域展開を発動するつもりだ。それを察知した夏油は、『うずまき・穿』で攻撃して発動を妨害しようと構えた……が、攻撃ではなく領域展延を発動する。

『――域展開』

 異業の呪霊の領域が展開され、夏油はその中に囚われる。その瞳は、好奇心に輝いていた。

 

 

 

 

 

 

「それで、その呪霊をどうやって祓ったんですか!?」

 とあるレジャー施設内のレストランで食事をとりながら、土産話を語る夏油に灰原は興奮した様子で先を促した。

「そこからは単純な話でね、その呪霊……疱瘡婆の領域は必中効果の対象が同時に一人だけだったから、取り込んだばかりの呪霊を囮にして、その間に領域展延を纏って殴り倒したよ」

 

「なんだ、やっぱり雑魚じゃん」

「領域展開が出来る呪霊……特級案件じゃないですか。それを雑魚呼ばわりできるのは、夏油さんと五条さんぐらいです」

「うん、七海の言う通り夏油さんは凄いよっ!」

「いやいや、相性が良かっただけだよ」

 

 実際、疱瘡婆の術式は夏油にとって相性のいい相手だった。領域展開が可能な特級相当の特定疾病呪霊だったが、夏油の呪霊操術なら容易く対処できた。

 

 遭遇したのが夏油や五条でなければ、苦戦は必死だっただろうけれど。

 

「そもそもあんたなら、領域を展開される前に祓えたんじゃないの? どうせ領域展開を体験するチャンスだって、呪霊が領域展開を発動するまで待ってたんでしょ」

「なんて危ない事を。もしもの事があったらどうするつもりですか」

「あまり黒井に心配をかけるでないぞ」

 

「大丈夫、ちゃんと領域展延はしていたから」

「傑なら、並みの特級程度なら一人で払えるって。その疱瘡婆も取り込んだんでしょ?」

「まあね」

 

 レストランには、五条や灰原以外にも家入、理子、黒井もいた。まるで修学旅行の学生と引率(黒井)のようだが、名目上は任務とそのついでのダブルデートだった。

 とあるテーマパークの都市伝説で、閉園後に侵入するとマスコットキャラクターに連れ去られ行方不明になってしまうという話がある。それを表すように、閉園後まで内部に残っていたらしい客や、その客を探していたスタッフまで行方不明になってしまった。

 

 調査したところ残穢が発見され、任務が高専に回ってきて灰原と七海が担当する事になった。それを聞きつけた五条が「そこ、丁度行きたいと思ってたんだよ。天内達も呼んで、硝子もどう?」と声をかけた事で、この大人数となった。

 

 夏油はテーマパーク続きになるが、呑気に(今週はテーマーパークと妙に縁があるな。今週の私のラッキーポイントかもしれない)と思っていた。

 

「理子ちゃん、このデザート注文しない? 僕は頼むけど」

「う~む、しかしパレードの時間が気になるのじゃ」

「……まるで遠足だ」

「何言ってんの、七海だって耳付ヘアバンドつけて記念写真撮ってはしゃいでたじゃん」

「あなたが無理やりつけさせたんでしょうが」

 

 その後、眩いイルミネーションに飾られたパレードを見た一行は、黒井と理子を迎えに来た五条家の護衛に任せて任務に移った。

 特級二人は見守るだけで、灰原と七海、ついでに硝子の三人が主に任務に当たった。

 

 現れたのは夜に生得領域を発生させる準一級呪霊、そして着ぐるみを操る傀儡操術に似た術式を持つ準一級呪霊の二体……かと思われた。二匹を祓う為に三人が奮戦している間に、お化け屋敷の幽霊に似た呪霊が現れた。

 自分を見た者に強制的に恐怖を抱かせ視界を狭める術式を持つその呪霊は、他の二匹を上回る呪力を発していた。等級はおそらく一級。当時の灰原や七海はもちろん、戦闘経験の浅い家入の手に余る呪霊だ。

 

「んじゃ、こいつは俺がボコすから」

「待って悟、良さそうな術式だから取り込みたい」

「こんなザコいらなくね?」

「いやいや、来年の交流戦のトーナメントで使える」

「それ、結局俺に使われる事になるんだよな!? やっぱ祓う!」

 

 しかし、特級二人が対処したため難なく夏油に取り込まれた。灰原達も苦戦はしたが、二匹の呪霊を無事祓ったのだった。

 

 

 

 

 

 それから、夏油傑の日々は忙しくも充実していた。任務に就き、呪霊を祓い、取り組む。

 いわゆる繁忙期の合間を縫って、家入と灰原、七海には格闘術と結界術を教え、呪霊を使った模擬戦を行う。

 また、庵歌姫が一級術師に推薦された。領域展延を習得した事で、呪力の制御能力と結界術の技量も一段上がった事を評価されたようだ。

 

 これからしばらく準一級術師として任務に当たり、監督役の術師が適正ありと判断すれば彼女も冥冥と同じ一級術師の仲間入りだ。

 

 交流戦後、成り行きで連絡を取り合うようになった禪院直哉は、あれから主義を変えシン・陰流に入門し、呪具の扱いを学び始めたそうだ。

 

『それがな、せっかく入門したのに道場の連中俺の事避けるんよ。高専の先輩後輩も任務で捕まらん、教師は逃げる。しゃあないから、休みの日に実家まで戻って習っとる』

「領域対策の簡易領域目当てなら、展延でいいなら教えようか?」

『いらんわっ! 敵の情けは受けん! ……あ゛~、でも扇のオッサンや躯倶留隊の連中が使えなくなったら稽古相手頼むかもしれへん。任務で一緒になったらお願いしてええ?』

「それはもちろん。色々な相手と腕比べをするのは、私にとってもいい経験になるからね。直哉みたいな実力者なら、大歓迎だよ」

 

 どうやら、直哉はシン・陰流の道場に入門する以外にも、実家の術式を持たない術師を集めた武装集団『躯倶留隊』、そして禪院扇という人物に稽古相手をさせているらしい。

 

「ところで、その扇って人は『躯倶留隊』の中でも強いのかい?」

 そう夏油が訪ねるが、直哉の答えはすぐには帰ってこなかった。携帯電話の向こうから、笑い声が聞こえてくる。

『は~っ、腹痛。ちゃうちゃう、扇のオッサンは『躯倶留隊』やない、炳、特別一級術師、俺のオジさんや。でも、そんなに強ないで。パパとやったら十回中十回パパの勝ちや。

 でも、家では珍しく得物使っとる炳やから、使ってやっとる』

 

 炳とは、禪院家で術式を持ち高専規程で準一級以上の実力を持つ術師が入る事を認められる組織だ。『躯倶留隊』の上位組織のようなものだと夏油は解釈していた。

 

 高専に属していない特別一級術師である禪院扇の事を、夏油は知らなかった。任務で一緒になった事は無いし、噂も聞いた事が無い。なので、呪具の扱いに長けた知る人ぞ知る実力者なのかと思ったが、そうではないようだった。

 夏油にとっては、そそられない……興味を覚える程の相手ではなかったようだ。

 

「それは残念。でも、そんな人で稽古相手になるのかい?」

『まあ、サンドバックよりはずっとマシやね。でも最初は威勢良かったのに、最近は俺の事を避けよるからなぁ』

「弱い者いじめはほどほどにね」

 強くなる事にどん欲になったドブカスと、自覚のないクズの交友関係は意外と良好だった。

 

 そうした日々の中でも特記すべき出来事は、天内理子が呪力に目覚めた事だった。

 春休みが目前に迫った頃、前触れもなく理子は呪力に目覚め己の術式を自覚した。突然の事に動揺する彼女を黒井が落ち着けている間に、五条家の護衛が五条悟に事の次第を報告した事で事態が発覚。

 

「十代半ばで呪力に目覚め、術式も自覚するとは珍しいケースだね。悟。六眼ではどう見える?」

「正真正銘理子だ。呪詛師が入れ替わっているとか、呪霊が憑依してるとか、その辺で拾い食いした呪物と混じったとかじゃない」

「そうじゃろう、そうじゃろう……って、呪物なんぞ拾い食いするか!」

 

 五条と夏油が駆けつけた時には、理子もそうノリツッコミをするほど落ち着いていた。

 

「とりあえず、どうする? 術師にならなくても呪力の扱い方だけ覚えて『窓』になるって道もあるけど」

 術師になるなら、高専に入らなければならない。それは理子が来年度受験するはずだった高校を諦めるという事だ。それに、術師は危険な仕事だ。給料は良いが、割が合うとは言い難い。

 

 五条としては、せっかく自分の人生を歩めることになったのだから理子にはやりたい事をやってほしかった。

「いや、妾も高専に入学しようと思う」

 しかし、理子は迷わず高専への入学を希望した。

 

「おい、術師は命がけだぞ。補助監督だって、そんなに安全って訳じゃない」

「妾はもう星漿体ではなくなったが、これから一生元星漿体として生きていくしかない。黒井や悟達が付けてくれた護衛は信用しているが、妾自身が術師として自衛できるならそれに越した事はあるまい。

 それに……正直、妾には将来の夢とか明確なビジョンは無いのじゃ。じゃから、才能があるのなら伸ばしてみたいと思う。術師に向いていないと思ったら、高専を卒業した後に他の業種に就職するなり大学に進学するなりしようと思う」

 

 星漿体の護衛任務からまだ半年と過ぎていない。以前は心の底では望んでいても、本当に生きられるとは思っていなかった理子は、自分の将来について深くは考えないようにしていた。

 それに、彼女の置かれた状況は以前とは大きく変わっている。それに適応しようと思えば、呪術師になるという選択肢もあり得るものだった。

 

「どうする悟? 私は応援しようと思うけど」

「はぁ……分かった。これからは先輩としても色々教えてやるよ」

 こうして天内は、来年東京高専に入学する事になった。受験をしなくてよくなった分の時間を使い、入学前から呪術師としての訓練を始めている。

 

 そうした出来事の裏で、夏油は独自に研鑽を重ね続けた。強さを追求するだけではなく、疱瘡婆との戦いで経験した領域展開、そして何より「人を生き返す方法」について研究開発を続けた。

 もちろん真っ当な非術師や術師を犠牲にはしない。主に実験材料に使うのは、討伐依頼の標的になった呪詛師だ。生け捕りにしてもどうせ秘匿死刑になるような者を選んで、死体は回収できなかったと報告書に書いて隠蔽した。

 

 そして新年度、五条と夏油は三年に進級し、伊地知という少年が一人入学した。真面目だが気弱そうな一般家庭出身の人物だった。

 呪霊が多く出現する繁忙期に入ったため、夏油と五条は初夏まで殆ど顔を合わせる事が出来なくなったが連絡は取り合っていた。

 

 そして任務の頻度が少し落ち着いてきた時……家入硝子が死んだ。

 

 

 

 

 

 

 なんて事の無い任務のはずだった。場所は郊外の廃墟で、標的は三級呪霊。硝子は高専所属の三級術師と補助監督の車で任務に向かった。

 しかし、そこにいたのは三級呪霊ではなく一級呪霊だった。

 

 家入は夏油直伝の領域展延を発動して一級呪霊の術式を中和しながら、足手まといの三級術師に救援を呼ぶように指示を出して逃がし、夏油が駆けつけた。

 そして難なく一級呪霊を祓ったが――。

 

「……」

 夏油は横たわった硝子の瞼を閉じた。そうすると、まるで眠っているだけのように見える。しかし、その鳩尾のあたりに握り拳大の穴が開いていた。

 

 反転術式を使う間もなく即死。いや、反転術式を使えたとしても間に合わなかったかもしれない。硝子は正の呪力をアウトプットする事は出来たが、反転術式自体は欠損した部位を再生できる程得意では無かったから。

 

「……遅かったね、悟」

 いつの間にか背後に佇んでいた五条に、夏油は振り返らず声をかけた。

 

「ああ、悪い」

「気にするな。遅刻したのは私も一緒だ」

「それで、どうする? 硝子と任務で一緒だった奴や補助監督は白っぽかったけど」

「まるで黒幕がいるような言い方じゃないか」

「いるだろ」

 

 夏油が反転術式とそのアウトプットが可能になり相対的に価値が落ちたとはいえ、家入は呪術界にとって貴重な存在だった。だから、任務も比較的安全なものが割り振られていた。

 

 それなのに、事前の情報とは大きく等級が異なる呪霊の出現に、相方が足手まといにしかならない三級術師。その上、夏油と五条はそれぞれ別々の任務で遠方に居た。

 ここまで状況が揃っていては、何者かに仕込まれたと考えた方が自然だ。

 

「呪霊の方は何も知らなったよ。一級だから知能は高かったけど、ここに居たのは偶然だそうだ」

「俺が来る前に尋問してたって事は、傑も疑ってたんじゃん」

「まあね。多分、縛り自体を忘れる縛りを何者かと結んでいたんだろうね。だから、証拠は無い。残穢も確認できなかった」

 

「そっか……上層部の奴等を端から順に締め上げるのは?」

「結局皆殺しにする事になりそうだから、止めておこう。呪術界を混沌に陥れている暇はない」

 夏油はそう言うと、格納呪霊を取り出した。

 

「やっぱりやるのか……『人を生き返す方法』」

 夏油が五条と家入に語った、『人を生き返す方法』。それは対象の死後、遺体の一部を呪物にし、それを他の人間に受肉させるという方法だ。

 

 これで、呪物となった対象は受肉して生き返る事が出来る。

 ただし、当然呪術規定には抵触するし、現代日本では許されない方法だ。だから、夏油から話を聞いた当時の五条と家入は、絶対にやるなよと彼に釘を刺していた。

 

「ああ、硝子が私より先に死んじゃったからね。死んだ彼女が悪い。それとも悟は止めるのか?」

「はぁ……お前って俺よりイカれてるよな。いいよ、付き合ってやる」

「ありがとう。でも、今すぐやる訳じゃない。失敗したら、取り返しがつかないからね」

「ああ、ホラーのお約束だよな」

 

 故人を生き返そうとして、遺体を悪魔や悪霊に乗っ取られる。もしくは、生き返す事には成功したが正気を失って生前親しかった者達を襲い始める。

 夏油がしようとしているのは、そうしたお約束が現実になりそうな危険のある技術だった。

 

「っで、何時やるの? 明日?」

「そうだな、私達が卒業してからかな。実は去年から実験はしているんだけど、ちょっと苦戦してるんだ」

 

 呪詛師を使って死後呪物が出来ないか実験をしているが、期待通りの結果はまだ出ていない。それに、死後呪物化が成功しても、呪に耐えて受肉できる肉体を見繕う必要がある。

 そして受肉の際、硝子の人格と記憶が損なわれてないようにしなくてはならない。

 

 焦って実行したら、それこそ五条の言うようなホラーのお約束……家入を受肉させた人間が発狂して暴れまわるような事態になりかねない。

 

「じゃあ、他の連中にはどう説明する?」

「遺体は見つからなかったけど、恐らく……高専にはそう報告するしかないかな。巻き込む覚悟があるなら話してもいいと思うけど」

「灰原や七海、歌姫には黙っておくか。でも、理子と美里に話しておいた方が良いんじゃない? あいつらに隠し事できる?」

「……ばれそうだね。話しておこうか」

 

 女の勘は鋭い……という話ではなく、天内が高専に入学してから彼女達と交流する時間が増えているため、長期間家入の事を隠し通す自信は夏油には無かった。

 

「できれば、硝子以外で何度か実験したい。伏黒甚爾以外にも実験に使える適当な素材が無いか探しているけど、私一人では限界があってね。悟が協力してくれるなら助かるよ」

「任せとけ……って、あいつも実験に使うつもりなのかよ!?」

 

「ああ、遺体はまだ保存してある。死後呪物にする時、ちゃんと縛りを結んで敵対できないようにするから大丈夫さ。

 それと悟、硝子を生き返すついでに味方を増やして呪術界に革命を興そう」

「えっ? なんで? 」

 

 驚く五条に夏油は笑いながら答えた。

「理子ちゃんの情報が漏れただけじゃなくて、今回の一件だ。今後も色々仕掛けて来るに違いない。硝子を生き返しても、呪術総監部に秘匿死刑を宣告されたら嫌じゃないか」

 

「締め上げるの、止めるんじゃなかったっけ?」

「締め上げと革命は違うさ。仲間や協力者を増やして、上層部を入れ替えた後の体制も考えて、きっちりやる。清廉潔白は無理でも、今の警察や省庁並には健全な組織にして……どさくさに紛れて硝子達の事を誤魔化そう」

 

 夏油が呪術界の革命を唱える本音は、理念や正義感のためではなかった。現在の上層部が自分にとって都合が悪いので、都合良く組織を創り変えたい。それだけだ。

 

「なんだか時間がかかりそうだけど、まあやってやるよ。追い落とされた時の腐ったミカン共がどんな顔するのか見てみたいし」

「そのいきだ。それじゃあおやすみ、家入硝子――」

 夏油は格納呪霊に家入の遺体を飲み込ませて、夏油は大切な友人にしばしの別れを告げた。

 

「新しい世界で、また会おう」




〇疱瘡婆

 契約している謎の人物の指図で向かった先で夏油に遭遇。初手から領域展開を発動するが、返り討ちに遭った。

〇遊園地の呪霊

・生得領域を発生させる準一級呪霊……テーマパークで迷子になる不安から発生した呪霊。人間の方向感覚を狂わせる生得領域を発生させ、犠牲者を迷わせ閉じ込める事が出来る。ただし、生得領域自体の広さはさほどではない。
・傀儡操術に似た術式で着ぐるみを操る準一級呪霊……テーマパークのマスコットキャラクターが勝手に動き出し、客を襲うという都市伝説から生まれた呪霊。

・見るだけで恐怖を抱かせる一級呪霊……お化け屋敷で発生する恐怖や不安から発生した呪霊。主に精神攻撃を行う。相手を見なければ術式を発動できない七海は、特に相性が悪かった。五条にボコボコにされた後、夏油に取り込まれる。

〇禪院直哉

 直哉が価値観を変え呪具の扱いを覚える事、そして五条の無限対策に簡易領域、そして領域展延の習得を目指すようになったため、躯倶留隊は彼の稽古相手になる事を命じられるようになった。
 この頃躯倶留隊を統括していた甚壱は素手なので、基本は指導のみ。当時は隊の一員だった禪院信明等が、主な稽古相手となっている。

 更に、叔父である扇も炳の中では唯一刀を扱っている事から、稽古相手にされている。当初は扇も、「次期当主有力候補(伏黒恵の存在と所持している術式をまだ知らない)をボコボコにして、自らが次期当主に相応しいと証明するいい機会」と乗り気だった。

 しかし、逆に直哉にボコボコにされてプライドを何度もへし折られてしまった。

 なお、天与呪縛でもまだ子供の禪院真希や、その双子の妹の真依には「構ってる程ヒマやない」と京都校から禪院家に戻っている間も無視しているため苛めてはいない。

〇禪院扇

 夏油に躯倶留隊の隊員と勘違いされ、「弱い者」扱いされてしまった直哉の叔父。この事を知ったら激怒して、「呪霊操術の術者は、所詮は式神使いの類。直接術者を叩けばどうという事も無い!」と殴りかかるかもしれない。

〇家入硝子

 領域展延を習得して原作より戦闘力的には大分強くなったが、何者かに仕掛けられた等級違いの任務で散る。
 なお、足手まといの三級術師は適当に組まされた捨て石で本人は何も知らなかった。

〇灰原&七海

 夏油から領域展延を教わり、習得。任務の合間に引き続き五条や夏油から指導を受けている。二年生に進級して、等級も二級へ昇級。

〇庵織姫

 領域展延を習得して、五条とついでに夏油にもビンタをした。三年に進級時、一級への推薦を受けて準一級に昇級。現在審査中。
 原作より数段強くなっているが、黒閃未経験。

〇冥冥

 原作の疱瘡婆との戦いで領域展開を受けた時、簡易領域や領域展延等を使っていなかった事から、領域対策は習得していないと推測しています。
 この作品では領域展延を習得しました。

〇天内理子

 呪力と術式に目覚めた。五条との婚約は継続中。才能があるならと、東京高専に入学する事を決める。五条と夏油から呪術と結界術、黒井から体術を習っている。

〇五条悟

 三年に進級。家入が死亡した事で精神的にダメージを受けている。しかし、夏油が提示した家入の復活や呪術界の革命と言った事を目標に据える事で立ち直った。
 天内理子との婚約は継続。名字ではなく理子と名前を呼ぶようになった。

〇夏油傑

 先輩後輩黒井に領域展延を教えて戦力の強化を図る。この時は呪術界に革命を起こす気は無く、彼女達の生存率を上げるため。ふざけてはいたが、善意からの行動である。

 一年の頃から考えていた「人を生き返す方法」をこっそり研究していたら、家入が死んだので本格的に進める事にした。
 悟に言った呪術界の革命は、家入を復活させた後秘匿死刑にされないため。はっきり言えば、自分達に使い勝手のいい組織に変えるため。

 疱瘡婆の領域展開を体験したが、まだ自身は領域展開を習得していない。




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 アーマゲモン様、レジギガス様、プロ自宅警備員様、ホタテ土器様、エビ+C様、とみくし様、名前はまだ無い♪様、白灰熊様、ソーシロー様、エイコサ様、ベー太様、kubiwatuki様、髙間様、くぉーれ様、鮪漁港様、so-tak様、Mak0t0様、楓流様、ガンジス太郎様、ツインバー様、きりたちのぼる様、壬生谷様、新菜様、椎葉様、takatani様、y.y.arnold様、ずわい様、誤字報告ありがとうございます。早速修正しました。

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