言動が偽夏油や特級呪霊っぽい本物夏油   作:デンスケ(土気色堂)

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6話 後悔か。さて、どんな味だったかな?

 九十九由基が主張する「呪力からの脱却」に対して夏油が唱えた、「呪力の最適化」。それは、全ての非術師を術師にする事を意味していた。

 術師からは呪霊は生まれない。だから、非術師に呪力を与えてそれを制御する術を学ばせれば、呪霊は生まれなくなる。

 

 だが、それは夢物語だ。そう簡単に非術師に呪力を与えられるなら、呪術界の慢性的な人手不足はとっくに解決している。だが、夏油には最適化に応用できる研究課程の試みがあった。

 

「ここから話すのは仮定の話、学生が口にする戯言だ。

 非術師が安全に取り込める呪物を作り、それを全ての非術師に飲ませる。サプリメント……いや、予防接種のようにね。そして、呪力の制御を早い段階で学ばせる。義務教育の一環として」

 

「サプリや予防接種感覚で呪物を飲ませて、呪力の制御を学校で教えるのかい?」

「ええ。与える呪力は、呪霊を見る事が出来る程度に抑える。術式はいらないし、結界術も教えない方が良い。蝿頭を祓うのにも苦労するぐらいがちょうどいい。

 呪力を利用した犯罪が増えるからね」

 

 四級術師程度の呪力でも肉体を強化すれば、非術師にとっては猛獣並みの脅威になる。結界術も、悪用すれば犯罪の道具になる。結界で隠した土地で麻薬の原料になる植物を栽培するとか、ターゲットを結界内に拉致し監禁するとか、可能性はいくらでもありえる。

 

「なるほど。でも、この国の全国民が呪力を手にするのを他の国、特に大国と呼ばれる国が見逃すかな?」

「九十九さん、私は『全ての非術師』と言ったじゃありませんか。日本に比べれば僅かだが、海外でも呪霊は発生する。だから、地球上から全ての非術師がいなくならないと呪霊のいない世界はやって来ませんよ」

 

「そんな大量の呪物作れんの? 蝿頭を使うにしても、十億匹もいないでしょ」

「悟、その場合はもっと上の等級の呪霊を使って呪物を作ればいい」

「え? でもそれだと呪力が多くならない?」

「蝿頭並になるまで呪霊を分割してから呪物にする」

「……俺、呪霊に同情しそう」

 

 夏油が語っているのは、全日本国民ではなく全人類呪術師化計画だった。少なくとも、大国と呼ばれる国は全て巻き込む前提で彼は話している。

 

「もっとも、全ての非術師を術師に出来ても、事故や病気で死んだ者が呪に転じる事をどう防ぐかが問題になりますが」

 術師が死後呪いに転じる原因は、呪力を伴わない原因で命を落とす事だ。老衰や病気、様々な事故、自殺……そうした呪力を伴わない死因で、世界では毎年数えきれない人間が死んでいる。呪に転じるのがその中の百分の一だったとしても、現在の呪霊発生数より多くなってしまうだろう。

 

「とはいえ、所詮学生の突拍子もない思い付きです。全ての人間が安全に呪力を得られる呪物なんて作れるのかも分かりませんしね」

「いや、中々面白い意見だったよ。私の『呪力からの脱却』も、現時点では実現性は薄い。君の言う、突拍子の無い思いつきと似たようなものだ」

 

 研究サンプルの当ても無いしねと、九十九由基はそう自嘲気味に笑った。

 実際、伏黒甚爾のような特異な天与呪縛でなければ呪力を完全に持っていない人間は存在しない。外国人でもそうだ。

 

 むしろ、後天的に呪力を無くす具体的な方法がまだ見つかってない事を考えれば、夏油が唱えた「最適化」よりも「脱却」の方が難しい。

 

「まあ、私の目的については話した通りだ。それで君達がやろうとしている事だけど……呪術界の革命って、五条君がいれば割と出来るんじゃないの? 御三家の一つのトップでしょ、君。総監部を含めた上層部に何人かいないの、傘下の家の人間が?」

 

「いたら苦労しないって。あんた、本当に呪術界から距離を置いてんだな」

 ふと思った事をそのまま尋ねる九十九に、五条は肩を竦めて答えた。

「五条家はさ、俺が生まれる前はパッとしなかったんだよね」

 

 御三家の一つ五条家だが、その相伝である無下限呪術は六眼を持たなければその真価を発揮できない。そして、五条悟の親世代、そして祖父母世代にはその両方を併せ持つ者はいなかった。

 それどころか、五条家には五条に物が言える大人が……彼より年上の腕利きやベテランの術師がいない。直哉風に言えば、パッとしない。

 

 五条家は五条悟が生まれるまで落ちぶれつつあり、そのせいで五条家の人間は上層部から追い落とされていた。

「そうか、君の親世代以上で使える人材がいないのか。でも、君なら一人や二人上層部にねじ込む事が出来るんじゃないかい?」

「親世代以下もパッとしないんだよね、家。理子の護衛に付けた奴とかマシなのはいるけど、腐ったミカン共の相手は無理だろうって感じ」

 

「かといって、悟本人を上層部に入れる訳にもいかない。だから、革命は時間をかけて仲間を育ててしっかりとやりますよ。具体的な事はまだ何も決まっていませんけどね」

「なるほど。じゃあ、海外でもし使えそうな人材を見かけたら君達に連絡しよう」

 

 海外の術師の数は少ないから、あまり期待してもらっても困るけどね。そう続けながら、九十九は座っていたベンチから立ち上がった。

 

「さて、楽しいけどディスカッションはそろそろ終わりにしようか。呪術界の革命は、私に止める理由がない事は分かってくれただろう? 忙しいから、私が直接協力する事も出来無いけど」

「後半は最初から期待してねぇよ」

「でも、君達が私に協力してくれるのなら大歓迎だ」

「他にやりたい事が無くなったら、考えてみますよ。呪霊操術が外れ術式扱いになる未来も、悪くない」

 

「それと、天内理子に何かあったら教えてくれ。同じ元星漿体として力になるよ」

 そう約束すると、九十九由基は高専から去って行った。

 

 

 

 

 

 

 九十九由基との面会から数日後、庵歌姫が一級術師に昇級した。

「どうよ、五条! もう二度と私の事を雑魚扱いすんじゃないわよ!」

 そう威張って見せたが、硝子がいなくなった寂しさを紛らわす空元気のようにも見えた。ただ、一級への昇級は本当にめでたい事なので、夏油は素直に祝った。

 

「凄いじゃないか。私も領域展延を教えた甲斐があったというものだよ」

「くっ、確かに領域展延は役立っているけど、その『私が育てた』って物言いが腹立つ! 後輩のくせにっ!」

 歌姫には素直に受け取ってもらえなかったが。

 

「任務の危険度も増すのに、歌姫大丈夫? 俺が付いて行ってやろうか?」

「絶対ついて来んなよ! 絶対だからね!」

 五条も怒鳴られていた。

 

 同時期に、灰原と七海が推薦を受けて準一級術師に昇級した。先日、二人で一級呪霊を祓った事を評価されたようだ。

「じゃあ、お祝いに予定より早く反転術式について教えてあげよう。そのためにこうして集まってもらった訳だけど、何か質問があるようだね」

「無いと思ったのか? 何故俺まで呼ばれた?」

 

 運動場には灰原や七海、そして歌姫だけでなく冥冥、そして何故か教師であるはずの夜蛾まで集まっていた。……ちなみに、五条は任務で留守にしている。

「先生、一緒に頑張りましょう!」

「ああ、頑張れ。それで夏油、何故だ?」

 

「先生も反転術式は使えないでしょう? 私の教え方が正しいかどうか実際に学んでみて監督して欲しいと思いまして」

「本音は?」

「半分ぐらい本音ですよ。夜蛾先生が反転術式や領域展延の教え方を習得したら、私が卒業した後も生徒に教えられるでしょう?」

 

「反転術式は簡単に覚えられる技術ではないぞ。ある意味、領域展開よりも難しい」

 反転術式は領域展開と同じく、一級術師でも習得している者は少ない高等技術だ。夏油自身、そして五条も去年の夏、甚爾に殺されかけるまで使えなかった。

 

「だからこそですよ。領域展延と同じで、教える側の人数が増え、ノウハウが蓄積されれば、習得の難易度は下がる」

 呪術師は才能九割。呪力の量、そして生得術式の有無とその術式の有用さによる。それが現在の呪術界の常識だ。

 

 しかし、その常識は高等技術を若者に教える者が少なく、呪術を学ぶ環境が整っていないのが原因だと夏油は考えるようになっていた。

 術式毎に異なる極ノ番は仕方ないにしても、結界術の領域展延、領域展開、そして反転術式はもっと広く教えれば使い手は増えるはず。

 

 それをしないのは、呪術師は実力重視の側面が強いから。特級や一級呪霊を祓える、実力者が尊ばれる。それは夏油も間違っているとは思わない。

 しかし、自分の派閥に属する……もっと言えば同じ一族以外の者に技術を教え鍛える事は、自分達の既得権益を危うくすると考えるのはやり過ぎだ。

 

 そう夏油が憤る事が出来るのも、彼が一般家庭出身で特級という弱者が多少強くなった程度では足元にも及ばない強者だからという理由もあるが。

 

「若者らしくチャレンジしてみようと思いまして。その一環です」

 そして口にはしていないが、親しい人々に生き残って欲しいからという理由も夏油にはあった。

(硝子が死ぬよう企んだ連中が、今後は大人しくするとは思えない)

 実際、硝子の任務とほぼ同時に七海と灰原も、等級違いの任務を割り当てられている。当時は夏油も家入の死にショックを受けており、そこまで考えを巡らせなかったが……今なら分かる。

 

 黒幕は、家入硝子だけではなく七海と灰原も狙っていたのだ。おそらく、三人の内一人が命を落とせば成功、もし三人が死ぬ事になっても構わない。そんな匙加減で謀ったのだろう。

 夏油は当然これ以上犠牲者を出したくはない。家入一人生き返すのも大変なのだから。

 

 だが夜蛾はもちろん歌姫や灰原、七海は術師だ。命がけの仕事である事を承知して高専に通っている。だから、彼女、彼等の命に夏油が全責任を負おうとするのは傲慢だろう。

 だが、上層部に自分達が目を付けられているとばっちりで皆が狙われるなら、防ぐために手を尽くすべきだ。例えば、皆に強くなって自衛してもらうとか。

 

「夏油、お前卒業後は教師になるつもりなのか? だったら俺は応援するぞ。高専だけでなく、問題児も卒業してくれるならだが」

「そう言えば去年から、教師より教師らしい事をしているね。授業料は払っていないけどねぇ」

「夏油さんが先生か。きっと向いてますよ!」

 

「ありがとう。教師か……考えてみようかな」

「えぇ……マジ?」

 勧める夜蛾達に対して、何故か歌姫は嫌そうな顔をしていたのが夏油には印象的だった。

 

「さて、それじゃあ授業を始める。これから夜蛾先生達には私が口頭と指導で反転術式を教えるけど、それだけでは足りないと皆が判断した場合は、『こいつ』に手伝ってもらう」

「こいつ、とはさっき言っていた呪霊ですか?」

「そうだ。紹介しよう、一級呪霊の夢泥だ」

 そう言うと、夏油の横に首から上がカメラに置き換えられたスーツ姿の人型の呪霊が出現した。

 

「こいつは頭部のカメラで撮影した対象に、他人の身に起きた事をリアルな白昼夢として体験させる術式を持っていてね。内容はこいつ、そして今は主である私が決められる」

「待ってっ! まさかそれであんたが反転術式を覚えた時の体験を私達に見せるつもり!?」

「確か……殺されかけたと言っていましたね。胸に致命傷を受けたとか」

 

 ぎょっとして叫ぶ歌姫に、渋い顔をする七海。夏油も苦笑いを浮かべて二人に応えた。

「その通りだ。ただ、私だってやりたくてやっている訳じゃない」

 甚爾に殺された時、何を考えどう感じていたのか。それを知られるのは、夏油もできれば避けたかった。死の淵で「素敵なインスピレーション!」なんて脳内で叫んでいた事が知られたら、素で引かれるに違いない。

 

「では、始めよう」

 こうして授業は始まったのだった。なお、明後日五条が帰って来たが「傑の代わりに俺の体験を見せてもいいけど、辛いよ? 頭の傷を治して復活するまで傑より時間かかってるし」と言うもっともな忠告を認め、追体験の候補は夏油に絞られたのだった。

 

 

 

 

 

 

 九月に入り、高専最後の交流戦が控えている頃、夏油はある村に現れた呪霊を祓う任務に就いていた。

 現在高専に所属している術師の中で、唯一反転術式で他人の治療が出来る術師になった夏油だったが、上層部は彼を大事に温存するつもりは無いらしい。

 

 おそらく、家入と違い夏油が特級術師であり現代の呪術界で最強の一人だからだろう。

 それは夏油にとってありがたい事だった。現場に出なければ十分な数の呪霊を確保できず呪霊操術の運用に支障をきたすし……死者を生き返す研究もやり難くなるからだ。

 

(諸事情とやらで、交流戦の開始が今月の半ばから下旬にずれ込んでよかった。欠席する事になったら、直哉に何を言われるか分からないからね。それに、今年こそ悟に勝ちたい)

 ライバルではあるが友人と言っていいかは微妙という関係の人物と、親友の顔を思い浮かべて小さく笑う。

 

 任務自体は夏油にとって簡単なものだった。道すがら、見かけた蝿頭と同じような感覚で呪力に引き寄せられた雑魚を呪霊玉にして取り込み、目標の呪霊の元に侵入する。

 

『オォォォ……』

「ふむ、特級相当の呪霊一匹。事前の情報通りだね」

 山の木々の間から現れた巨体を、夏油は平然と見上げる。そして帳を降ろしながら、事前に調べた情報を脳内で復習する。

 

(半月ほど前から起きている、連続圧死・圧壊事件。隣の集落へ向かった村人が車ごと潰れているのが発見されたのを皮切りに、山の中に放置されていた空き家、放置車両、山小屋、トラックとその運転手等々、毎日のように何かしら潰れて発見された)

 

『オォォォォ……』

 ぎょろりと、巨人呪霊の一つ目が夏油を見つけ、睨みつける。

 

(最初は落石かと考えられたが、落ちたはずの岩が見つからなかった事とあまりにも続く事から、調査が入り残穢を発見。残穢の多さと事件の規模の大きさから特級相当と判断、と)

「さしずめ、山に対する恐れから生まれた呪霊か」

 夏油が頭の上から降って来た岩のような拳を回避すると、巨人呪霊の拳は轟音を響かせながら地面を砕いてめり込んだ。

 

「この威力なら大型トラックも運転手ごとぺしゃんこにできただろうね。さて、やるか」

 復習を終えた夏油は、格納呪霊と適当な四級と三級呪霊を一匹ずつ呼び出す。そして格納呪霊を甚爾がしていたように体に巻き付け、その間に雑魚呪霊二匹を巨人呪霊に特攻させる。

 

 事前の情報から巨人呪霊は特級相当でも複雑な術式を持っていないだろうと踏んでいたが、それを確認するための捨て駒だ。

『ウオオオオオ!』

 巨人呪霊は雑魚呪霊を無視して夏油に向かって歩を進めた。しかし、その大木のような足や、無造作に振るわれた腕に触れた瞬間、弾けて消えた。

 

「なるほど、特級らしいパワーだ。でも、総合的には疱瘡婆と同じくらいか? ……試しに叩いてみるか」

 格納呪霊から取り出した特級呪具、游雲を構えて飛び出す夏油。

『グオオオオ!』

 その夏油に対して、巨人呪霊が拳を打ち下ろす。彼は「向かって来てくれるとは好都合だ」と、游雲をその拳に叩きつけた。

 

「ほう!?」

 次の瞬間、叩きつけた游雲は弾き返されていた。反動で夏油も後ろに飛ばされ、後ろに生えていた木の側面に着地する。

 

『ぐおおおおっ!』

 再び轟音と共に地面に穴を穿つ巨人呪霊の拳。持ち上げられたそこには、何の損傷も無かった。

「呪力で強化した私が振るう游雲で無傷。特級としてもイカレた硬さと力だ。まず奴の術式の効果だろうけど……ふむ?」

 天逆鉾を使うか? そう考えて、夏油はすぐに首を横に振った。

 

「すぐに便利な道具に頼るのはいけないからね」

 今回の任務は救助対象もいないし、一分一秒を争う事態でもない。普通にやるとしよう。

「それで奴の術式は……圧死、圧壊か。よし、試してみよう」

 夏油は鳥の呪霊を呼び出し、その背に乗って飛行。巨人呪霊の肩の高さで周囲を旋回。

 

『ぐおおおおおおっ!』

 それに対して、巨人呪霊は頭上まで拳を振り上げて夏油に狙いを付けようとする。拳を水平に突き出して攻撃するのではなく。

 

「これは当たりかな。お前はおそらく、山に対する恐れの中でも土砂崩れや落石の恐れから生まれた呪霊だ」

『ぐおおおおおっ!』

 業を煮やした巨人呪霊が、夏油の言葉を遮って拳を振り下ろす。それに向かって夏油は四級呪霊を呼び出し、特攻させた。

 

 汚らしい体液をまき散らして弾ける四級呪霊。しかし、夏油と鳥の呪霊を潰した手応えが無い。巨人呪霊はすぐさま腕を再び頭上に掲げた。

 

「その術式は、『高所から低所にいる相手への攻撃を強化と、その逆の場合の攻撃の弱体化』と言ったところかな」

 しかし、夏油は巨人呪霊の拳のさらに上に居た。四級呪霊に咥えさせた万里ノ鎖を巨人呪霊の腕に引っかけ、それで自分を引っ張り上げさせたのだ。

 

「ところでお前、頭が悪いだろ? 経験が浅いとしても、分かりやす過ぎる。でもそこが良い所だ」

 こちらを見上げる巨人呪霊を見下ろして、夏油は再び游雲を振りかぶり……落下の勢いを乗せてその肩に叩きつける。

 

『グギャァァァァ!?』

 絶叫しながら肩を砕かれた巨人呪霊が仰向けに倒れる。だが、そこは特級。すぐに肩を再生させながら立ち上がろうとする。

 

『グオォ!?』

 だが、その足元は巨大なすり鉢状の穴になっていた。立ち上がろうともがくが、立ち上がれない。そこに、大蛇のように巨大な百足の呪霊が何匹も纏わりつき巨人呪霊の四肢を締め上げる。

 

 夏油の呪力によって強化された大鯰の準一級呪霊に、百足の呪霊だ。

「調教が楽そうで助かるよ!」

 程よく弱らせるために、三度游雲が振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 巨人呪霊の呪霊玉を結界で包んで飲み込んだ夏油は、万里ノ鎖や游雲を格納呪霊にしまい、一仕事終えたと額に浮かんだ汗を拭った。

「ふう、まだまだ残暑がきつい。このまま呪霊に乗って帰っちゃダメ……だろうな」

 夏油と補助監督は、任務の前に最寄りの村で情報収集をしていた。そして任務地が車で向かえない山の奥だったため、補助監督と車はその村の近くで待機している。

 

 正直、このまま鳥の呪霊に乗って飛んで帰りたいぐらいだが、置いていく訳にもいかない。

(呪術界の改革が上手く行ったら、呪術師や呪霊の存在を公にして呪力だけではなく社会も最適化したいものだね)

 そんな事を夢想しながら呪力で強化した脚力で山を踏破し、村に戻る。

 

「おお、あんたかっ! もう帰って来たのか!」

「悪霊は除霊出来たの!?」

 すると、まるで待ち構えていたかのように村人達が寄って来て声をかけて来た。

 

「ええ、この村に害を成していた呪霊は私が全て祓いました。安心してください」

 呪霊も見えない非術師である村人達を安心させようと、夏油は穏やかな表情と口調で応対した。しかし、村人達は意外な事を言い出した。

 

「いや、まだ残ってる! あいつらも何とかしてくれ!」

「あいつら、ですか?」

「そうよっ! あいつらのせいで何人も怪我人が出ているのよ!」

「落ち着いてください。どう言う事か、話を聞かせてもらえますか?」

 

 夏油が補助監督と共にこの村に来た時、いくつかの残穢を発見した。そのどれもが、任務で祓った呪霊の物だった。時間をかけて調べたわけではないが、呪霊の方は全て取り込んであるから間違いない。

 そもそも、村人達は呪霊を見る事が出来ない非術師ばかり。村に他の呪霊が潜んでいたとして、その存在を察知できるか疑わしい。

 

「いいからとにかく来てくれ!」

「もしかして、私がいない間に被害が出ましたか?」

「いいから、いいから!」

 夏油がいない間に、ターゲットの呪霊の呪力に誘われ新たな雑魚呪霊が村に来ていたのかと思い尋ねるが、まともな答えは返ってこなかった。

 

(命の危機に瀕すれば非術師でも呪霊を見る事が出来るから、それかなと思ったけど……違うようだ)

 自分を囲み、強引に何処かに連れて行こうとする人々を観察して、そう判断する夏油。同じ言語で話しているはずなのに、会話が成立しない事に困惑と苛立ちを覚えるが、それも呪いの影響ではないだろう。

 

「では、何か得体のしれない人物や物品でも?」

「そうだっ、そうなんだよ!」

 なら、呪詛師か呪物だろうか? 夏油がそう尋ねた途端、村人達が我が意を得たりと言わんばかりに頷き出した。

 

 夏油もなるほどと納得した。呪物が骨董品の類に紛れ込み、偶然手に入れた素人が被害に遭う事がある。今回もそんなケースだろうと村人に案内されるままついて行くと、村はずれの納屋に付いた。

 

(見張りか?)

 納屋の前に二人の男が立っており、「連れて来たぞ!」という村人の声に応えて道を開ける。その様子に違和感を覚えた夏油だったが、「この中だ」と促された納屋の中で見れば理由は考えるまでも無かった。

 

「これは……なんですか?」

 納屋の中は座敷牢になっていて、その中には子供が二人囚われていた。髪の色は黒と金で異なるが、顔立ちがよく似ているから双子かもしれない。歳はまだ十歳になっていないだろう、七つか八つか、それぐらいに見えた。

 

 そしてお互いに寄り添って、怯えたような息遣いでこちらを見る顔は傷だらけだった。

 予想外の光景に、夏油の頭の中が困惑で満ちる。

「何とは? この二人が一連の事件の原因でしょう?」

 そう聞き返して来る村人の顔が、不意に呪霊と同様に醜く見えた。

 

「違います。この子達は、事件とは何の関係もありません」

 座敷牢の中の二人は、見たところ術式があればそれを自覚したばかりの歳だ。呪力があっても、たいした事ができるとは思えない。もし出来るのなら、そもそもこんな座敷牢や非術師の村人の見張りなんて、容易く突破しているだろう。

 

「そんな事はありません! この二人は頭がおかしい! 不可思議な力で村人を度々襲うのです!」

 太った男の村人の主張の前半が、夏油には理解できなかった。

 自分が呪術師である事を知らないとしても、一連の事件のような「そうした事」の専門家である事は彼も理解しているはずだ。だから、この子供達に対処させるために自分を連れて来たはずだ。それなのに、何故自分の言葉を真っ向から否定する?

 

 頭がおかしい? だからどうした? この子達が事件を起こす理由になっていない。その証拠に、不可思議な力……呪力を使った痕跡である残穢が無い。この座敷牢の中にも。

 

「この子達の保護者は何処に?」

「こいつらの親なら何年も前に死にました。私達は反対しましたが、村で育てていました。その恩を仇で返すなんて……」

 だろうなと、女の方の村人の言葉に頷く。まともな親なら、こんな事を許しはしないだろう。

 

 同時に、子供達が一連の事件と無関係である事が確実になった。子供達に呪術を教える存在がいないのなら、彼女達に事件を起こすのは不可能だ。

 

「落ち着いて、よく聞いてください。一連の事件の原因は、もう私が祓いました。この子達は、事件とはなんの関係もありません」

 理性を奮い立たせ、夏油は村人達にそう穏やかに、しかしはっきりと断言した。非術師である彼らに、残穢について説明できないのが歯がゆい。

 

「そんな事はありません! みんなこいつらのせいだ!」

「私の孫もこの二人に殺されかけた事があるんです」

 しかし、村人達は落ち着かないし、夏油の言葉を聞いていないようだ。

 

 これはもしかして、自分が学生だからか? なら、大人の補助監督を呼んで説得を手伝ってもらうか?

 落としどころとしては、この子供達を高専で保護する事だろうか? 村人は嫌っている子供が消えて、子供達は苛烈な差別と迫害から解放されて、万々歳。夜蛾を始めとした高専関係者には、忙しい時期に骨を折ってもらう事になるが頼らせてもらおう。

 

「それはあっちが……」

「私達はただ……」

 それまで黙っていた子供達が口を開いた。

「黙りなさい、化け物め! あなた達も親もそうだった! やはり赤子の内に殺しておくべきだった!」

 だが、女の方の村人が怒鳴り、二人の弱々しい声を遮った。

 

(限界だな。聞くに堪えない)

 村人達が呪霊のように醜く見えていた夏油だが、それは自分の目が間違っていたのだと確信した。

(こいつらは呪霊より下だ。取り込んで役立てる事も出来ない、私が実験台にして来た呪詛師と同じクズだ。

 穏便に事を治めるのは止めよう)

 

 夏油は取り込んだ呪霊の中から、出来るだけ小さく滑稽な姿をした個体を呼び出し、その呪霊に『大丈夫、心配しないで』と言わせた。

 狙い通り、子供達は顔を上げて呪霊を見ているが、村人達は気が付いていない。

 

『少し、待っててね』

「分かりました。この二人の事は、私が責任を持って対処しましょう」

 呪霊が言い終わるのに合わせて、夏油は村人達にそう告げた。

 

「おお、助かった! これで村は救われます!」

「では、皆さんは一旦外に出ましょうか」

「何故、私達が外に出なければならないの?」

「悪い気の影響を皆さんが受けないように、念のためですよ。さ、私が出るのを外で待っていてください」

 

 村人達を促し、外に出させる。そして扉を閉めた瞬間、夏油は納屋にある物で外から入れないようバリケードを築き出した。

 呪力で強化した腕力で素早く済ませると、振り返って呆然としている様子の二人に向かう。

 

「よく頑張ったね。もう安心だ、一緒に安全な場所に行こう」

 一瞬身を固くした少女達だったが、夏油がそう言いながら牢越しに腕を伸ばして頭に触れると、安堵したように涙ぐんだ。

 

「本当に、大丈夫?」

「私、体中痛くて、ミミもいっぱいケガしてて……」

「大丈夫。私は外の大人達よりずっと強いし、頼れる仲間がいっぱいいるからね。……少し離れていて」

 座敷牢の鍵を、呪力で強化した手で握り潰して戸を開ける。

 

 そして携帯を取り出して待機しているはずの補助監督、そして夜蛾や五条に連絡を取ろうとするが……圏外だった。

 これだから田舎はと、舌打ちをしたくなるが少女達の手前我慢する。

 

(はぁ……仕方ない。呪詛師認定されないように立ち回るのって、大変だな)

 夏油から見て呪霊より下とはいえ、非術師は非術師。呪力や呪霊で直接どうこうするのは拙い。しかし、そうも言っていられないようだ。

 

『ここを開けろ!』

『そいつらを逃がすつもり!? 後悔するぞ!』

 

 中の様子がおかしい事に気が付いた村人達が騒いでいる声が、聞こえる。その内、扉か壁を破って強引に入ってくるかもしれない。

 

「後悔か……」

 家入硝子の復活、呪術界の革命。目標達成のためだけを考えるのなら、無用な騒ぎを起こすのは不利益しか生まない。今回の事で万が一呪詛師認定でもされたら、予定が大幅に狂う。

 

「さて、どんな味だったかな?」

 だが、今夏油の舌に乗っているものの味は苦くなかった。

「二人とも、名前は?」

「私は、はさばミミ子」

「ナナ子」

「そうか、可愛い名前だね。私は夏油傑だ、よろしく。さ、二人とも私に摑まって」

 

 夏油は二人をそれぞれの腕で抱き上げると、呪力を込めた蹴りで座敷牢の壁をけ破る。そして、そのまま駆けだした。

「まずは病院で診断書を……いや、携帯の電波が入るところまで行って連絡するのが先か。おっと、補助監督にも連絡しないと」

 補助監督に伝言を持たせた呪霊を放ち、村人達の騒ぐ声をしり目に村から逃走するのは実に爽快な気分だった。

 

 




〇当初は6話で完結の予定でしたが、書きたいことが増えたのでまだ続く予定です。


〇呪力の最適化

 原作の偽夏油と違い、社会に生きる現代人として全ての非術師が術師になる事を想定している。
 少なくとも大国と呼ばれる国々の人々を全て術師にした場合、今度は呪力を悪用した犯罪が起こるだろうから、警察や司法、そして呪術規定ではなく公の立法が対応する必要がある。

 それに、何十億という非術師にサプリメント並みに安全な呪物を作り、飲ませるのは現実的ではないなと夏油も考えているため、机上の空論以上のものではない。

〇呪力の脱却

 九十九由基が勧めようとしている方針だが、夏油にとって現実化されると困る方針。家入を生き返せなくなるし、大好きな呪術と結界術が世界からなくなるから。
 しかし、現時点では『呪力の最適化』より現実味が薄いため、反対活動や妨害する必要性は考えていない。

 また、動物も微量ながら呪力を持つ事と、死の際は呪力が爆発的に増す事を冥冥のバードストライクから知っているので、「机上の空論としては面白けど、やはり実現は最適化の方が可能性はある」と考えている。

〇カメラに置き換えられたスーツ姿の人型の呪霊 『夢泥』

 モデルは某映画泥棒。頭部のカメラで撮影した人物に、他人の身に起きた事をリアルな白昼夢として体験させる術式を持つ一級呪霊。
 直接的な戦闘能力は低いが、精神攻撃が得意。夏油に取り込まれる前は、悲惨な事故や自分の被害者の残酷な最期を対象に追体験させていた。

 現在は反転術式習得のために使われている。この呪霊を使うと、「甚爾に天逆鉾で頭部を刺された後、死の淵で反転術式を身に着け天上天下唯我独尊な気分で歩き出す五条悟」か、「甚爾に胸部を切り裂かれ、死の淵で『なんて素敵なインスピレーション!』と脳内で叫ぶ夏油傑」を追体験できる。

〇村を襲った一連の事件

 ミミ&ナナが住んでいた村に起きた呪霊被害。原作でも村人が「一連の事件」と言っていたので、非術師にも見える形で被害が起きていたと思われる。
 そこから、巨人呪霊による連続圧死&圧壊事件を思いつきました。

〇巨人呪霊

 百鬼夜行編で夏油が出した特級の内、七海が黒閃で倒した巨大な呪霊がモデル。
 山に対する恐れ、特に土砂崩れや落石の恐怖から生まれた特急呪霊。術式は、『高所から低所にいる対象に向かって放たれる攻撃の強化、およびその逆の場合の弱体化』。
 つまり、高い所から攻撃した方が有利で、低い所にいるとメチャクチャ不利になるルールを強制する術式。

 脅威度としては疱瘡婆と同じぐらいで、術式さえ対策できれば平均より上の一級術師なら祓えるレベル。

〇美々子&菜々子

 巨人呪霊は山に生えている木々より大きいので、遠目にその姿が見えていた二人は村人達に警告して、それを気味悪がった村人達に原作通り監禁され、暴力を振るわれていました。
 女性の村人が言っていた、「私の孫もこの二人に殺されかけた事があるんです!」は……

1美々子と菜々子、巨体呪霊が居るのを遠目に確認。
2なんだか怖いので他の子供にも、巨人呪霊が居る方に行かないよう警告。
3他の子供達、「そんなの見えない」、「本当なら一緒に来いよ」と巨人呪霊が居る方に二人を連れて行こうとする。
4美々子と菜々子、子供達から必死に逃げる。
5「なんだよ、つまんねな~」と他の子供達、二人の警告を無視して遊びに行く。
6運良く巨人呪霊の被害には遭わなかったが、建物か車が潰されるところを目にした子供達、その場を大慌てで逃げ出し、大人達に報告。その中の一人が、女性の村人だった。

 と言う流れを想定しています。



〇夏油傑

 非術師全体に対して悪感情や差別意識が芽生えていないので、九十九由基に対して「呪力の最適化」という意味で「非術師がいなくなればいい」と言ったし、親しい人々が陰謀に立ち向かえるよう反転術式を教えようとした。
 また、村でこちらの話を聞かない村人の言葉も人間の言葉として認識している。

 ただ、凄惨な児童虐待事案を目にした事でかなり心が荒れた。呪霊より価値のない人間っているんだなと、人間への理解が深まった。
 結果的には村人には傷一つ付けていないが座敷牢を破壊。その後、両手に負傷している幼女を抱えて高速で走る怪人となった。
 なお、二人の傷を反転術式で治さなかったのは意図的。



〇村人達

 化け物(ミミ&ナナ)の対処をさせるために夏油を座敷牢まで連れて行った。つまり、夏油を一連の事件や化け物に対応する専門家だと認識していた。
 それなのに夏油の言葉より自分達の偏見を信じるヤバイ人達。



〇〇〇〇〇

 y.y.arnold様、エビ+C様、ソーシロー様、kubiwatuki様、よっちゃんイカ様、誤字報告ありがとうございます。早速修正しました。
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