言動が偽夏油や特級呪霊っぽい本物夏油   作:デンスケ(土気色堂)

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7話 君達の頭の中まで空っぽにした覚えはないんだけどね?

『もしもし、夜蛾先生。緊急事態です。任務で向かった先の村で、監禁され虐待を受けていた呪力を持つ児童二人を保護しました。その過程で建造物を破壊してしまいましたが、怪我人は出していません。

 私はこのまま病院まで走って向かい、保護した子供達を診てもらって診断書を書いてもらいます。警察や児童相談所には任務で一緒だった補助監督に連絡してもらっていますが、先生からも警察に根回しをしてもらえないでしょうか? よろしくお願いします』

 

『やあ、悟。すまないが、ちょっと呪詛師か犯罪者扱いされるかもしれない。そうならないよう頑張るけど、悟もちょっと助けてくれないかな?

 実は村ぐるみで酷い虐待を受けていた女の子を二人、ちょっと強引に保護してね。今頃誘拐犯として通報されているかもしれない。五条家の顧問弁護士とか、そう言う人がいたら紹介して欲しい』

 

『もしもし、父さん。突然で済まないけど、呪術師の仕事の途中で事件に巻き込まれてしまったんだ。父さんと母さんにも迷惑をかけるかもしれない。先に謝っておくね、ごめん。

 それで、事態が良い方に向かったら事件で保護した女の子を二人、養子縁組して欲しいんだ。もちろん、改めて事情を説明するけど今は時間が……あ、病院に付いたから一旦切るよ』

 

 この夏油の電話を受けた夜蛾、五条悟、夏油の父親の三人は同じ事を叫んだ。

「待て、情報量が多い!」

 

 

 

 

 

 

 両手に美々子と菜々子を抱き抱え、呪霊に支えさせた携帯電話で走りながら方々に連絡を行った夏油は、そのまま村から最も近い(車で三十分ほど)の距離の比較的都会にある病院に駆け込んだ。

 驚く看護士達に事情を説明して二人を診てもらい、診断書を書いてもらった。そして、反転術式で二人を治療した。

 

 その頃美々子と菜々子を虐待していた村では、夏油に追い付く事は出来ず、彼からの伝言を受け取った補助監督にも逃げられた事に気が付いた村人達が、ようやく取り戻していた。保身と狡さを。

 

 このまま警察署にでも駆け込まれたら、あの二人が化け物だと知らない連中の手によって自分達は犯罪者に仕立て上げられてしまう。どうにかしなければならない。

 そうだ、全て奴(夏油)がやった事にしよう。村人全員で口裏を合わせれば、警察も自分達を信用するはずだ。奴ら(美々子と菜々子)は抵抗するだろうが、所詮子供の言葉だ。信用されるはずがない。それに、奴らが業を煮やして不可思議な力を警察に使ったら、好都合だ。警察も奴らが化け物だと理解するだろう。

 

 そうして夏油側と村人、双方が相手方を加害者として警察に通報したが……割とあっさりと村人達が疑われる事になった。

 呪術師の存在は一般社会には秘匿されており、現場の警察官もはっきりとした事は知らない。だが、警察の上層部は呪術界の事を認識し、呪霊がらみの事件では連携を取っている。

 

 そんな警察上層部は、三人しかいない特級術師の一人、夏油傑の事を知っていた。その力と価値も。

「夏油傑側に便宜を計れ! こんなつまらん事で彼の身柄を拘束する事になってみろ、損失は計り知れない!」

 警察上層部も、呪霊の脅威を正確に理解している者は少ない。だが、呪霊を倒す目安は知っている。四級でバット、三級で拳銃、二級で散弾銃、そして一級で戦車砲。特級となれば爆撃機でも心もとない。

 

 そんな特級呪霊が街中で暴れれば、特撮映画で怪獣が日本に上陸した後の光景が現実になりかねない。そんな特級呪霊に対処できる切り札の一人が、夏油傑である。

 警察上層部が村人側に立つ事は無かった。

 

 これがもし、夏油が村人を殺しでもしていたら別だっただろうが……実際には夏油は建造物を破壊しただけで、怪我人は一人も出していない。それも、虐待している子供達に向かって「殺しておけばよかった!」と発言するような集団から逃げるために。

 

 それに対して村人達の言い分は、非常に疑わしい。村に任務で初めて訪れた夏油特級術師が、その日の内に村の女児二名を暴行して拉致した。夏油と面識が無い警察上層部でも耳を疑う内容だ。

 しかも、夏油が女児二名を連れ込んだ病院の医師は、診察書に「二人には何日も前から暴行を継続的に受けた痕跡がある」と記している。

 

 そしてほぼ裏取り捜査のつもりで現地に警官を向かわせれば、夏油が破壊したという建物はただの納屋ではなく座敷牢として使われていた痕跡があるという報告が上がって来た。

 村人達の証言も不自然で、辻褄が合わないものばかり。これではどちらが黒か一目瞭然である。

 

 一方、呪術界の対応は一貫していた。夏油に便宜を図るよう警察に働きかけたのだ。

 腐敗具合を腐ったミカンと評される呪術界上層部だが、彼等も知恵が無いわけじゃない。今回の一件で夏油を強引に貶めるより、夏油に恩を売った方が得るものは大きい。

 それに、この一件で夏油には弱点(保護した女児二名)が出来る。その弱点がどれほど効くかは不確かだし、具体的に利用する謀も無いが、利用できそうな材料は多いに越した事はない。

 

 夏油の事を、「怪しい霊能力者の類」だと思い込み、社会的信用は自分達の方が上だと思い違いをした村人達に勝ち目はなかった。

 村人達は警察の取り調べを受け証拠が固まった者から逮捕された。

 

 懲役刑を受けたのは、美々子と菜々子を主導的に監禁し虐待していた十名程。虐待と監禁を継続していた事と、夏油に二人を殺すよう暗に促していた事。そして組織的に犯罪の隠ぺいを図り濡れ衣を夏油に着せようとしてたことが重く見られたようだ。

 

 しかし、それ以外の多くの村人は罰金刑や執行猶予、そして不起訴で済んだ。だが、テレビや新聞、週刊誌で「村ぐるみで女児二名を監禁! 化け物と呼び虐待した異常な事件」として世間をにぎわせる事になる。それだけなら数年後には世間から忘れられただろうが……そうはならなかった。

 当時既に存在していた動画投稿サイトで「ヤバい事件を起こした村」として度々取り上げられ、村の名前はデジタルタトゥーとして残ってしまったからだ。

 

 二千十年代になると動画投稿サイトはますます流行し、投稿者が増えるにつれて村が起こした事件を取り扱った動画が増えていく。多くの動画では村の詳しい所在や逮捕された人物の名前は伏せられたが、ネットで検索すれば当時の記事や、有志が纏めたwikiのページにすぐ行きつく。

 こうして村人達は、村ごと世間から村八分にされる事になった。

 

 

 

 

 

 

 事態は夏油に都合良く転がった。夜蛾や五条、そして両親から説明を求められたが、それぞれ「やむを得ない事情があった」という事で軽い説教で済んだ。

 

 美々子菜々子は暴力を受けた状態で座敷牢に閉じ込められており、周りの大人は加害者ばかり。しかも、その中の一人から「殺しておけばよかった」という危険な発言がなされていた。夏油がその場から去って対処に時間をかけた場合、最悪の事態も考えられる。

 一刻も早く保護する必要があったのだ。

 

 その際、夏油は呪霊操術や呪力を極力使わなかった。建造物は破壊したが、村人達に直接危害は加えていない。正直に言えば、白目を剥くまで殴りつけてやりたいと思っていた夏油だったが、呪詛師認定される訳にはいかなかったので耐えきった。

 

 そして、美々子と菜々子を両親の養子、自身の義妹にして引き取ったのも考えあっての事だ。

 呪力を持ち非術師に化け物と呼ばれ虐待されてきた二人は、通常の児童保護施設ではもてあます可能性が高い。更に、二人が呪力を持っている事に目を付けた呪術師の家系に引き取られたら、最悪だ。子を産む有力な道具候補にされてしまうからだ。

 

 それに、特級術師の夏油が保護した子供達が。彼にとっての弱みだと見なす者も多いだろう。……夏油が警戒する黒幕も、目を付けるかもしれない。

 なら、近くで守れるよう抱え込んだ方が良い。

 

 そこまで考えて行動したのだが、十代後半の少年にしてはよくやったはずだ。

「はぁ……やっぱり私は硝子の言っていたようにクズだ」

 高専の廊下で、缶ジュース片手にそう言いながら愚痴る先輩を見かけ、伊地知は咄嗟に物陰に隠れてしまった。

 

(私は何故こんな、隠れ聞きのような真似を……今からでも遅くない。偶然通りかかったふりをして、通り過ぎよう。『こんにちわ、先輩』と挨拶して、何気なく……)

「そこで隠れている一年の……伊地知だったね。缶ジュースを奢ってあげるから、こっちに来て先輩の愚痴に付き合ってくれないか?」

「気が付いていたんですか!?」

 

「まあね。実は、四年の冥さんが黒鳥操術で操るカラスと五感を共有できるように、呪霊の五感を借りられないかと前々から試していてね」

 驚く伊地知を見ようともせず、夏油はそう続けた。はっとして見回すと、物陰に小さな呪霊……蠅頭が一匹、こちらを見上げていた。

 

「そんな事が出来るんですか……凄いですね」

「結界術の成果さ。まだ、近くにいる主従関係にある呪霊にしかかけられないけどね」

 休憩がてらその練習をしつつ一人で愚痴を吐いているところに、たまたま伊地知が通りかかったのだ。

 

「それで何がいい? 希望が無いならコンポタかお汁粉だけど」

「こ、コーヒーでお願いします。微糖で!」

「微糖ね。え~と、これでいいかな?」

 やや強引に伊地知を聞き手にした夏油は、適当に選んだ微糖の缶コーヒーを渡して、改めて話し始めた。

 

「それで、いかに私がクズかって愚痴なんだけど、私が最近やった事は知っているかい?」

「はい。女の子を二人保護した話ですよね? 聞いています。あ、頂きます」

 缶コーヒーを開けながら、伊地知は担任の教師や二年の先輩達から聞いた話を思い返す。しかし、何故それが夏油はクズだという話に繋がるのか、彼には分からなかった。

 

「凄い事だと思いました。まるでヒーローじゃないですか。正直、私が同じ立場だったら夏油先輩のように素早く行動に移せたか、自信がありません」

 虐待を受けていた女の子二人を保護すべきだという事は、伊地知でも分かる。だがもし、村人達の要求を正面から断っていたら、他の大人と相談して戻ってくる前に二人は殺されていたかもしれない。あの村がそれぐらい異常な状況だった事は、想像に難くない。

 

 だが、自分が夏油のように上手く立ち回れたとは伊地知には思えなかった。それは術式の有無や呪力の量の問題ではない。判断力と経験の差によるものだ。

 あの場に居たのが自分だったら、狼狽えて二人を助けるまでにいたずらに時間をかけたり、村人に怪我をさせて後々面倒な事になったり、碌なことにはならなかっただろう。

 

「ヒーローか……ありがとう。でもね、実は私は素早く助けていないんだ。意図的に遅らせた」

「遅らせた? 何をですか?」

「反転術式を使った治療だよ。私は、美々子と菜々子の傷を直ぐ治す事が出来た。それこそ、村から逃げながらでもね」

 

 反転術式による、正の呪力のアウトプット。夏油は高専所属の術師の中で、行方不明の家入硝子を除けばただ一人の術師だった。

 

「でも、私が実際に二人を治療したのは診断書を書いてもらった後だ」

「それは、訳があったからですよね? 二人の怪我もすぐに治療しなければ手遅れになるような物でもなかったのでは?」

 

「その通り。二人を万が一にも村に戻したくなかったから、虐待されていたという証拠が欲しかった。でも……そうした事を考えて小賢しく立ち回るのは、ヒーローじゃないだろう?

 私は立派なクズさ」

 

 家入がいれば、夏油が自嘲しなくても指摘してくれただろう。でも今はいないから、夏油が自分で自分に指摘するしかない。

 

「今、その子達は何処に?」

「知り合い(黒井)に預かってもらっている。悟の婚約者がここに見学に来ていてね、そのついでさ」

「その子達は、先輩の事をどう言っているんですか? まさか、その……クズとか?」

「いいや。それこそヒーローのように慕ってくれているよ」

 

「なら、会いに行く前に愚痴は全部ここで吐き出して行った方が良いと思います」

 伊地知に、保護された少女達の気持ちは分からない。辛い境遇に置かれ続けた彼女達の精神状態を理解できる知識や経験は、彼には無い。

 だから、彼女達の心の支えだろう夏油にしっかりしてもらわなければならない。そう、彼は考えた。

 

「確かにその通りだ。伊地知君は、中々聞き上手だね」

「いや、そんな……」

「じゃあ、お返しに今度は私がそんな君の相談相手になろうか。何か、悩み事はないかい? もちろん、私がしたように愚痴を零すだけでも構わない」

 

「えぇ、急に言われても……いや、あります。先輩から見て、私は術師としてやっていけると思いますか?」

 それは伊地知が呪術高専に入学してから抱いて来た悩みだった。呪術師志望として入学したので、彼も最初は呪術師になるつもりだった。

 

 しかし、入学後伊地知は現実の厳しさを知った。呪霊は強く、狡い。そしてそれを祓う先輩達は、自分より圧倒的に強かった。

 もちろん伊地知も努力した。持ち合わせていなかった生得術式は仕方ないが、呪力の操作や感知技術を磨き、体力トレーニングに取り組み、体術や呪具の扱いも学び、結界術にも取り組んだ。

 

 それらの成果は着実に出ている。出ているが……先輩達との距離が全く縮まらない。特級術師の五条悟や、目の前にいる夏油傑に近づけるとまでは考えてはいない。しかし、来年自分が三級に昇級している姿を想像できなかった。

 

「そうだな。私は教師じゃないから、君の素質と現時点でどれほど伸びているか確かな事は言えないが……君がこのまま高専で四年間順当に努力して学んでも、三級がいいところだと思う」

 それに対して、夏油はそう答えた。実際、才能が九割と言われる呪術師の世界で、術式を持たない伊地知は不利だ。しかも、呪力もそう多くないのだから一級への昇給はまず不可能。

 

 もっとも、術師は万年人不足の業界だ。四級や三級でも、収入では平均的な労働者より上だ。命の危険に似合う収入とは思えないが。

 

「そうですか。やっぱり――」

「だが、君が尋常でない努力を行い、私が結界術を監督して、黒閃を打ち、呪霊や呪詛師との実戦を重ねて、臨死からの生還を経験して呪力の核心を掴めば、二級までは行けると思うよ」

「え?」

「ほら、呪術師って才能九割って言われているけど、最近私は思うんだよ。そう言うのって、努力とか精進とか研鑽とかで覆したいなって。そう思わないかい?」

 

「そ、そうですね。思いはしますけど……」

「そうだろう、そうだろう。

 それで、私生活に影響が出る厳しい縛りで呪力の総量や出力、肉体の強度を底上げし、バトル漫画の主人公のように繰り返される激戦に心を折られず、貪欲に力を求め続ければ準一級も夢ではない」

 

「むしろ、そこまでしても準一級止まりなんですね」

 伊地知は苦笑いを浮かべると、缶コーヒーを飲んで息を吐いてから続けた。

「少し、踏ん切りがついた気がします。ありがとうございます、夏油先輩」

 夏油の話を聞いている間に、伊地知は「そこまでして強くなりたくない」と考えている自分に気が付いた。呪術師として自分がやって行けるか不安を覚えていても、命がけで強さを求める貪欲さが自分の中に無い事を自覚する事が出来た。

 

「いやいや、愚痴に付き合ってもらったお礼だよ」

 いくらか迷いが吹っ切れた様子の伊地知に、夏油は内心ほっと安堵していた。

 伊地知がもし貪欲に力を求めていたら、夏油も選ばなければならなかったからだ。彼を研究に誘い、命がけで力を得る方法を提示するか否かを。

 

 呪物を飲み込み、呪力を……何より、生まれ持たなかった術式を後天的に手に入れる。夏油と五条が秘密裏に進めている研究を応用すれば、それが可能だ。いや、むしろ、死者の復活よりそっちの方が余程イージーだ。

 術式を持つ準一級以上の呪霊を選び、魂を弱めてから呪物化し、それを飲み込めばいい。呪詛師を死後呪物化させるより楽で、精神的な抵抗も少なく済む。

 

 それに、命がけと言っても夏油が伊地知に語ったような順当な経緯で強くなるよりは危険は少ない。

 

(やはり私はクズだな。でも、いつまでも自嘲している訳にもいかないか。ヒーローを装う……いや、善人になる努力をしないと)

 後輩に合わせて買った缶コーヒーは苦かったが、甘さもたしかにあった。

 

 

 

 

 

 

「あ゛~、一度京都でしてみたかったな~、交流戦」

 九月下旬にずれ込んだ交流戦。東京校を訪れた京都校の面々に、五条はそう言い放った。

「失礼だろう、悟。そう言うルールなんだから仕方ないさ」

 まるで五条を宥めるように言う夏油だが、次の年は勝利した方の高専が交流戦の会場になる、というルールである事を告げているので、彼も煽っている。

 

「来たかったらいくらでも来てくれてええんやで。うちの秘伝のぶぶ漬けを何杯でもご馳走したるわ」

 しかし、それくらいの口撃では京都校を率いる禪院直哉は動揺しない。涼しい顔でそう迎え撃ちながら、視線を巡らせ東京校の生徒達を眺める。

 

「ありゃ、去年善戦した先輩達も四年に進級してこっちの方が少なくなったと思ったら、同じくらいやね。そっち、誰か休んどるん?」

 そして、口の片端を歪めてそう言い放った。反転術式で他人の治療が出来る家入硝子の事を、直哉が知らないはずがない。彼女が欠けた事を揶揄しているのだ。

 

 七海や灰原の目つきが剣呑になり、直哉以外の京都校の面々の表情が強張る。

 

「硝子なら、バカンス中だよ。お前らの怪我なんて治してらんね~ってさ」

 しかし、五条は煽っている時と同じ態度でそう返した。口調や顔も平静を保っている。

「なに、心配はいらないよ。四肢の一本ぐらいなら、私が治してあげるから。全力で競い合おう」

 そして夏油の声にもとげは無かった。ただ、特級に相応しい強大な呪力のうねりに、京都校の生徒達はもちろん七海や伊地知も気圧されていた。

 

「そら結構なことやね。んじゃ、会場まで行こか」

 しかし、煽った直哉本人は笑みを深くしていた。

(女一人死んだぐらいで腑抜けてたら期待外れやったけど、そんな事なくて一安心や。そうでなきゃ、俺が行くあっち側やない)

 

 

 

 

 

 

 東京校は四年に進級した歌姫と冥冥が運営側に回り、家入硝子が行方不明。そして入学した伊地知が加わって参加者五名。

 京都校は二年に進級した禪院直哉と、他三年生から一年生の計六名。

 

「五条、負けないかしら」

「確かに、番狂わせの一つや二つあった方が面白いね」

「お前ら、自分達は参加しないからと言って母校の敗北を期待するな」

 歌姫と冥冥に、夜蛾が苦言を呈する。

 

 歌姫はただの見学、冥冥は黒鳥操術で操ったカラスの視覚情報を映す事で、カメラマン役をしている。

「別に七海や灰原が負ければいいとは言っていないじゃないですか。五条が痛い目を見ればいいのにって思っているだけですよ」

「五条君が負けるような相手がいたら、うちの負けだろうけどねぇ」

 

「悟の奴、相変わらず人徳が無いのぅ」

「夏油様がいるもんっ!」

「そうだっ、夏油様は負けない!」

 そして見学しているのは教職員や四年生だけではない。来年入学予定の天内理子、夏油家に引き取られた美々子と菜々子、そして黒井美里も特別にこの場に入る事が許されている。

 

「傑さんは確かに五条さんと同じ特級ですが、今日の競技では大きなハンデを背負っています。でも、きっと頑張りますから応援しましょうね」

「「はいっ!」」

 もうすぐ正式に夏油美々子と夏油奈々子になる二人は、早くも黒井に懐いていた。今の二人は、自分達と同じように呪力があり呪霊を見る事が出来るなら、『良い人』と思い込んでしまう。

 

 例外は夏油の両親くらいだ。今はいいが、早期に矯正しないと後の社会生活に支障をきたすだろう。

 

「く、黒井が……妾だけの黒井が離れていくような気がする。これが親離れか」

「いや、それは違うと思うが」

「東京はいつも賑やかですな」

 理子に思わずツッコミを入れる夜蛾に、京都校の教師が皮肉を言うが……聞こえていないのか無視されてしまい、寂しげにため息を吐く事になった。

 

 

 

 一方、冥々の黒鳥操術で操っているカラスが見下ろしている先では、呪術師の卵達が激しく競い合っていた。

「うわぁぁぁっ!?」

「この陣地はもらった! フラッグを渡せ!」

 

 一日目の競技は、五条と夏油がいても京都校の生徒達に見せ場を作れる競技を教職員達が考えた結果、陣取り合戦になった。

 東京港の生徒が競技会場の森に配置されたフラッグの守りに付き、攻め手の京都校がそれを奪う。フラッグにはそれぞれ得点が書かれており、競技終了時にそれぞれのチームが持っているフラッグの合計得点を集計して多い方が勝ち。

 

 例年通り、互いのチームへの妨害や攻撃などは自由。ただし、フラッグを故意に破損させる、もしくは盾にする事は禁止。

 さらに、東京校側はハンデとして五条悟と夏油が守るフラッグは得点の低い物とする。さらに、夏油は出せる呪霊はあらかじめ決めた二級以下の十匹のみとする。

 

 五条と夏油の戦略的な価値と、夏油の呪霊操術の強みを抑える大きなハンデだ。

 これなら勝てるかもしれないと、京都校の生徒は沸き立った。

「この一年のフラッグを奪って、二年の灰原と七海の旗を奪えば俺達の勝ちだ!」

「大人しく降参しろ、お前に勝ち目はないぞ!」

 京都校の生徒五名は、協力して一年……伊地知を狙い、手こずっていた。

 

「夏油さん、本当に大丈夫ですよね!? 夏油さ~んっ!」

 普段の大人しさをかなぐり捨てた伊地知は、悲鳴と祝詞を交互に発して自分とフラッグを守る結界を張っていた。

『問題無いよ、伊地知。ちゃんと見えているし、聞こえている』

 そのすぐ背後には夏油……が、主従関係を確立した一級呪霊がいた。伊地知は呪霊越しに夏油と代わる代わる結界を張り続けて何とか持ちこたえていたのだった。

 

『でも、出来るだけこれを見ないように。こいつの術式は、こいつを見た相手に対して自動で発動するから』

「わ、分かってます!」

『じゃあ、次の結界は私が張るから』

「よろしくお願いします!」

 なお、伊地知が悲鳴を上げている理由は自分より術師として格上の相手五人に囲まれているからだけではない。

 

「待てっ! 夏油傑っ、ルールでは準一級以上の呪霊を出す事は禁じられているはずだぞ!?」

 伊地知が張った結界を呪力で強化した拳で殴りつけながら、京都校の生徒が怒鳴る。しかし、彼も一級呪霊が発動している術式のせいで、視線を逸らしているため迫力は弱い。

 そのせいか、呪霊から響く夏油の声は平然としていた。

 

『知っている。だから、前もってこの一級呪霊を解放して森に放しておいた』

「か、解放したっ!? 呪霊操術からか!?」

『そうとも。だから、ルールには抵触していないよ。大丈夫、こいつの頭は空っぽ同然さ。念入りに主従関係を力で分からせて、二重三重に縛りを結び、結界術で私と五感を結んでいるからね』

 

「ひ、卑怯だぞ!?」

 京都校の生徒の引きつった声に、夏油は呪霊越しに苦笑いを浮かべた。

『君達の頭の中まで空っぽにした覚えはないんだけどね? ルールの穴を突いただけさ。呪術師同士の戦いで、化かし合いは基本だよ』

 

 夏油のあざ笑うかのような言葉に、京都校の生徒達の顔に怒りが浮かぶ。しかし、その顔はすぐに青ざめた。

「ち、散れっ!」

 背後から迫る呪力を察知した京都校の三年生の指示に、他の生徒達が応えて逃げようとするが、間に合わなかった。

 

「ぐっ、え゛!?」

 胴体に七海の手刀を受けた京都校の二年生が、悶絶してその場に崩れ落ちる。

「引けっ!」

 残りの京都校の生徒四人は、七海を迎え撃つ事無くバラバラに逃げ出した。七海の急襲で頭に登った血が下がった事で、ここで伊地知のフラッグを狙うより、他の旗を狙った方が勝利に近づくと気が付いたのだろう。

 

「夏油さん、この後どうします? 戻りますか?」

 その七海の背後にも比較的小さな二級呪霊が浮かんでいる。こちらは夏油が競技中に出した呪霊だ。彼は結界術で、ある程度の距離なら呪霊の五感を共有できるようになっている。

 

 ある程度以上の知能と声を出す口を持つ呪霊でなければ、まだ言葉を伝える事が出来ない。そのため今回はルールで出せる上限の二級呪霊を七海と灰原に付けてある。

 

 伊地知に付けた呪霊のように、前もって準一級以上の呪霊を躾て使うには時間が足りなかった。……何より、あまり強い呪霊を使うのは、京都校のその他の生徒に対して大人気ない。

 

『いや、七海は逃げた連中を追ってくれ。君の代わりに守りに付かせた呪霊が、ついさっき全て祓われた』

「二級呪霊を何匹も、ほぼ同時に!?」

「そんな事が出来る京都校の生徒は、ただ一人ですね」

『ああ、私が対処する。だから、しばらくは話しかけても応答できないかもしれない。……きっと楽しいからね』

 

 

 

 

 

 

「中途半端な手駒じゃ、当て馬にもならへんわ」

 小太刀片手に二級呪霊五匹を一瞬で祓った直哉は、つまらなそうな顔つきで本来七海が守っているはずのフラッグを手に取った。

「なんや、一番得点高いやん。てっきり灰原君の方が高得点やと思ったんやけど」

 灰原の術式は、呪炎法術。自身の呪力を燃やす事が出来る術式だ。競技開始と同時に、「術式発動!」と大声で叫んでいたから、きっと今頃彼が守るフラッグの周りは呪力の地雷原になっているだろう。

 

 そう予想した直哉は、面倒そうだから七海が守るフラッグを狙う事にした。そうしたら、七海の姿はなくいるのは呪霊ばかり。だから、期待して祓ったのだが……。

「期待外れやったかな? もう呪霊を祓ったんは伝わってるはず――来た!」

 

 強大な呪力が、猛スピードで向かってくるのを感知した直哉は投射呪法を発動し、迎え撃つために加速を開始した。

 




〇夏油家

 夏油傑によって娘が二人増えた。両親とも健康で、息子も術師だけの世界を作る気は無いため今後も健在だと思われる。
 なお、敷地内に夏油が配置した護衛の呪霊が配置されている。



〇伊地知清孝

 原作より夏油と交流がある。それだけに自身の才能の限界を自覚しており、術師としてやっていけるか将来に不安を覚えていた。
 もし夏油との話で飽くなき力への渇望や、我が身を顧みず力を求める貪欲さ、術師として大成するという夢を切実に語るなどしていたら、呪物を取り込む事で呪力総量を倍増させ生得術式を獲得する方法を(裏でこっそり)提案されるところだった。

 交流戦では京都校の生徒の集中攻撃を受けるが、夏油の呪霊と協力して結界を多重展開させる事で敵チームを足止めする事に成功した。



〇交流戦一日目

 東京校と京都校の教職員が捻りだした、東京校の生徒に不利なルールの競技。ただ、これで京都校側が勝てるとは京都校の教師も考えていない。善戦すれば見せ場も作れる程度の感覚。
 特級二人が東京校にいる時点で、京都校の教師は「生まれた時代が悪かったな、お前ら。来年頑張れ」と思っている。

 なお、このルールでも夏油と五条の「マジになるのも大人気ないし、適当に手を抜いて楽しもう」という余裕によって成り立っている。



〇禪院直哉

 夏油が家入梢子を復活させようとしている事を知らないため、夏油と五条が意気消沈していないか確かめるため煽ったら、そんな事なかったのでニッコリ。

 七海が伊地知の助成に向かっている間に、守りとして夏油が配置した二級呪霊五匹を瞬殺している。
 夏油も配置する二級呪霊には囮役の頑丈な個体や、不意打ち用の小さくて気配を消すのが上手い個体を組み合わせる事で応用力を増していたが、武術を修め呪具を持った直哉には意味をなさなかった。



〇七海

 黒閃を打って呪力の核心を掴んだことで、前よりも強くなった。具体的には、呪力の制御力や使用効率が向上し、結界術も前よりやや使えるようになった。
 領域展開や反転術式はまだだが、手刀による十割呪法の一撃で京都校の二年生を戦闘不能に追いやっている。



〇夏油傑

 村人達の醜さに精神的なダメージを受けつつも、出来るだけリーガルに立ち回った結果、呪詛師にならず美々子と菜々子を義妹にする事に成功。
 二人を普通の児童養護施設に引き取らせず、自分の義妹にしたのは、企みによって硝子を死に追いやった黒幕から直接守るため。
 黒幕が硝子(と、結果的に無事だった七海や灰原)を狙った正確な理由は謎だが、夏油や五条が関係しているのは疑いようがない。そして、夏油が助けた美々子と菜々子は夏油の弱点になりえるから。

 黒幕に狙われなかったとしても、呪力と生得術式を持つ二人を、呪術師の家が次世代を産む胎にするため引き取ろうとするのではないかという懸念もあった。

 交流会のために呪霊を躾け、冥冥の黒鳥操術を手本に結界術で呪霊と五感を共有する術を開発し、努力も欠かさない。
 尚、十匹に制限された二級以下の呪霊の内訳は、自分と伊地知以外のメンバーに付けた連絡用の呪霊が計三匹、七海の代わりにフラッグを守る呪霊が計五匹、残り二匹は不測の事態に対処するため体内で待機している。



〇五条悟

 一日目の競技では、夏油が連絡用につけた呪霊とジャンケンやしりとりをして大人しくしている。
「直哉こっち来ないかな~、他の京都校の奴等でもいいからさ~。あ~、特級呪霊でも襲撃してこないかな~。できればちょっとは遊べる頑丈な奴」
『高専の結界に察知されずに侵入できる呪霊なんている訳ないだろう、悟』
「いや、ほぼ精霊の呪霊とかならワンチャンあるじゃん?」



〇美々子&菜々子

 夏油家に引き取られた事で、もうすぐ姓が枷場(はさば)から夏油に変わる予定。
 呪力の制御を学ぶため、しばらくは夏油家ではなく東京校の寮で夏油と暮らす事になる。心身の状態を見てからだが、来年度からは夏油家から小学校に通う予定。



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はっしー様、酒井悠人様、波打つ水面様、ずわい様、ホタテ土器様、名前はまだ無い♪様、solubliker4689様、kubiwatuki様、柿の種至上主義様、ベー太様、よっちゃんイカ様、エビ+C 様、 ニレ様、Othuyeg様、リア10爆発46様、誤字報告ありがとうございます。早速修正しました。
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