言動が偽夏油や特級呪霊っぽい本物夏油   作:デンスケ(土気色堂)

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8話 疲れてるだろ、無理するなよ

 遍殺即呪体を纏った夏油が、フラッグが突き刺さった岩を両手に抱えて走ってくるのを見た禪院直哉は、「そんな事やろうと思った」と鼻で笑った。

 フラッグを守らなければならないルールの夏油が失格にならず持ち場を離れるには、フラッグごと移動するのが手っ取り早い事は、彼も分かっていた。

 

『じゃあ、やろうか』

「俺は悟君の方先に行ってもかまへんけど?」

『強がるなよ。君が悟を狙うのは明日だろ?』

「チッ、全てお見通しって口調が腹立つわ」

 

 夏油は適当に岩を放り捨て、直哉は小太刀を構えて、加速する。二人ともフラッグには関心が無かった。頭にあるのは目の前の相手を倒す事だけ。

 

(去年の交流戦より速い……いや、動きに無駄がないのか。洗練されている。一年鍛え直しただけで、こうも化けるのか!)

 禪院直哉の動きは夏油の目から見て格段に速く、それでいて無駄のないコンパクトなものになっていた。電話ではヘラヘラと話していたが、かなり真剣に武術に取り組んでいたのだろう。

 

 得物に、去年五条に対して使ったメリケンサックと小太刀を選んだのも良い選択だ。特に、小太刀は取り回しが効き直哉の投射呪法に合っている。

 

(クソがっ、なんで去年より速い!?)

 しかし、成長しているのは夏油も同じだった。直哉の体感では、夏油の速さも数段上がっていた。しかも、繰り出される拳や蹴りが軽くなった訳でもない。直撃すれば一撃で戦闘不能に陥ると、彼の直感が警告している。

 

 一瞬の油断も出来ない攻防をすり抜けるように、夏油の右の内籠手を直哉の小太刀が一閃する。

『切れてな~い、なんてね』

「髭剃りか! おもんないで、夏油君!」

 しかし、小太刀は夏油の幾呪異性体を切り裂く事が出来なかった。甚爾が持ち出した呪具には及ばなくても、一級呪具の業物。それを、直哉の呪力でさらに強化しているというのに。

 

 カウンターで放たれた夏油の肘打ちを受け流した直哉は、ふと気が付いた。速さ以外に、もっと分かりやすく変わった個所がある事に。

「夏油君、腕のブレードと尻尾、どないした?」

 去年幾呪異性体に生えていたブレードと尻尾が、跡も残さず無くなっていた。情報では去年の交流戦後、使いこなせるよう熱心に取り組んでいたはずなのに。

 

『ちょっと呪霊の数が心もとなくてね、呪力の節約さ』

 夏油がそう出まかせを答えたら、直哉は不意に真顔になって言った。

「縛りか」

 そして、一層殺気を研ぎ澄ませて加速する。

 

(気づかれたか)

 夏油が腕のブレードと尻尾を無くしたのは、幾呪異性体の強度と速さを増すための縛りだった。ブレードと尻尾を使いこなそうと修練を重ねていたのも、その一環だ。

 

 イマイチ使いこなせていない武器をただ手放しても、たいした縛りにはならない。そもそも、夏油は呪霊ではなく道具を使う人間だ。しかも、甚爾が使っていた格納呪霊と呪具も所有している。必要なら、いつでも使い慣れた武器を取り出して振るう事が出来る。

 

 だから、夏油は使いこなせるよう時間をかけて努力した。そうする事で自分の中のブレードと尻尾の価値を高め、縛りの重さを増した。

 そのお陰で、夏油の幾呪異性体は格段に強力になった。

 

「くらえやっ!」

 加速が乗った、直哉の二十四連撃。メリケンサックが音速を超える勢いで迫る。それも夏油には見えていた。両腕で弾き、逸らし、身体を逸らして掻い潜る。

『ぇいっ!』

 逆に、奇声と同時に放たれた右ストレートを直哉は避け切れなかった。

 

「っ! 見た目ほど効かんなぁ!」

 投射呪法で衝撃を受け流す体勢に繋がる動きを作り、何とかダメージを最小限に抑える事に成功した。だが、衝撃は直哉の骨に響き、体力を大きく削っていた。

 それでも彼の瞳には闘志が漲り、口元には壮絶な笑みが浮かぶ。

 

『無理するなよ、疲れてるだろう』

 夏油はそう呼びかけたが、嬉しい返事が帰って来た。

「それが、年に一度の挑戦を止める理由になる思てる? とことんやろうや」

 

『いいね。じゃあ、君の奥の手を見せてもらおうか!』

 地面を砕く踏み込みで、夏油は直哉に向かって仕掛けた。余裕はあったが、油断は無かった。

(今やっ!)

 だが、そこに好機を見出した直哉はメリケンサックを捨て懐に手を入れとっておきの呪具を握って加速。極限の集中力で夏油の拳を左手に握った小太刀で逸らし、右手に握った呪具で彼の頭部を殴りつける。

 

 一級呪具、暗蜂。

 

 握りの着いた棒状の隠し武器、寸鉄の呪具。その術式は、『この呪具を使った一撃を放つまで、相手にこの呪具の存在を隠し通せた場合威力が増す』と言うもの。呪霊ではなく、術師や呪詛師を暗殺するために作り出された呪具だ。

 

 これなら、殴った自分の拳の方が痛くなる夏油の幾呪異性体も貫通できる。そう踏んだ直哉が渋る倉庫番を脅して実家から持ち出し、今まで隠して来た対夏油用の切り札だ。

 だが、それだけなら去年より強固になった幾呪異性体は耐え切ったかもしれない。

 

「くらえやっ!」

 呪力で漲った暗蜂の先端が、幾呪異性体に触れる。その瞬間、黒い火花が舞い散った。

 

 黒閃、暗蜂が、強固なはずの幾呪異性体を卵の殻のように砕き、血に濡れた夏油の顔が露わになる。

「ま、まだだっ!」

 だが、夏油は意識を手放していなかった。幾呪異性体の破片が飛び散るのも構わず、両手を合わせて指の先端を直哉に向ける。

 

「死んどけやっ!」

 それより早く、直哉は左腕で止めを刺そうとした。もう一発頭をぶん殴れば、意識を刈り取れる。夏油が反転術式を使えても、競技中は戦闘不能だろう。

「っ!?」

 だが、直哉の右腕は彼の思うように動かなかった。何故なら、夏油の拳を逸らした時に衝撃を殺しきれず、骨にひびが入っていたからだ。

 

(呪力が練れない! 早く、早くしろっ!)

 しかし、夏油も頭部に強い衝撃を受けたせいで呪力が思うように操作できずにいた。敗北が脳裏にちらつき、焦燥が精神を焦がす。

 

(いや、呪力ならもうあった!)

 その視界に、幾呪異性体の破片が映った瞬間、夏油は閃いた。破片が形を失い、ただの呪力に戻って夏油の手の中に集まっていく。

 

「極ノ番、うずまき:穿」

 夏油が放った一撃は、直哉の腹を命中して吹き飛ばし、その背を木に打ち付けた。

 

 

 

 

 

 

「クソが、なんで勝てへんねん」

「その割に嬉しそうだね。口角が上がってるよ」

 反転術式で傷を治したのに、木に背を預けたまま立ち上がろうとしない直哉に夏油は苦笑いを浮かべた。

 

「夏油君のうずまき、リサイクルしすぎやない? 使えない呪霊だけやなくて、うずまき:遍殺即呪体で使った呪力の再利用までするんは、地球に優しくても俺に優しくないで」

「敵チームの主力に優しくてどうするのさ。まあ、私も出来るとは思わなかったけど。黒閃の当たり所が良かったのかな」

 

 そう言う夏油も、反転術式で頭部の傷を治していた。戦闘中は意識していなかったが、激しく出血していたからだ。反転術式で治していなければ、頭部に傷が残っていただろう。

(そうなっていたら、額に縫い目でもあるように見えたのかな?)

 ちなみに、その時の映像を見ていた美々子と菜々子は泣きながら悲鳴を上げていそうだ。

 

「ところで、拾わなくていいのかい? 高いんだろ」

「ああ、まあ安くはないな」

 やっと立ち上がった直哉は、自分で捨てたメリケンサックや衝撃で落とした小太刀を拾い集める。

「そっちのは貸したる。もうガラクタやから」

 しかし、暗蜂は夏油に向かって投げ渡した。

 

「えぇ? そっちの小太刀と同じ一級呪具に見えるけど」

「そうやけど、そんなに高くないし、マジでもうガラクタや。暗蜂って言う呪具なんやけど、それの術式、使うまで相手に気づかれなければ威力が上がる以外に、『気が付いた相手への攻撃力が下がる』っちゅう縛りもあんねん」

 

 暗蜂に術式と同時に『この呪具の存在に気が付いている者に対する攻撃は、威力が落ちる』と言う縛りも刻まれている。しかも、この縛りは暗蜂を持っていると『見抜かれている』場合だけでなく、『こいつ、多分暗蜂を隠し持っているだろう』と相手に警戒されるだけで発動する。

 

 つまり、夏油が今後直哉と戦う時、(以前使っていた暗蜂と言う呪具を、今回も隠し持っているかもしれない)と思うだけで『存在に気が付いている』判定になってしまうのだ。

 

 そして、縛りによる威力の落ち具合は、なんと四級呪具並。

それでも呪具なので使えば呪霊にダメージを与えられるし、人相手にもただの丈夫な寸鉄……金属の棒で突く程度の威力は維持している。だが、それならもっと威力が高くリーチの長い呪具が他にいくらでもある。

 

「っていう、一発屋みたいな呪具や。高く売れても数百万が精々やで」

「なるほど。ん? ちょっと待ってくれ、そんな一発屋を交流戦で使ったって事は……」

 夏油がはっとした様子で空を見上げると、彼に応えるかのように何処からかカラスの鳴き声が聞こえた。

 

「俺から暗蜂を夏油君が受け取った事は、知れ渡るやろね。頑張って使い道探してや」

「なんだろう、理不尽に借りを作られたような気分だ。まあ、呪霊相手には使えるか」

 それに、一般社会では数百万は大金だ。ありがたく借りておこうと、夏油は暗蜂をとりあえず格納呪霊に食わせた。

 

 ちなみに競技は東京校の勝利だったが……京都校の一年生が、夏油が抛り捨てた岩からフラッグをこっそり回収しており、圧倒的な勝利とはいかなかった。

 

 

 

 

 

 

 交流戦二日目の個人戦は、東京校五名と京都校六名の計十一名の変則的なトーナメントで行われた。

 AB二つのブロックに分け、Aブロックは一回戦三試合。一回戦第一試合の勝者は二回戦を飛ばして準決勝に進む。Bブロックは一名が抽選でシード権を得て試合は準決勝からと言う事になる。

 

「お、二番。Aブロックの第二試合か。優勝まで四回も試合できるじゃん。昨日ず~っと暇だったから、今日は遊んでやるか」

「終わった……」

 五条と一回戦で当たる事になった京都校の三年生は、膝から崩れ落ちた。

 

「チッ!」

 直哉はその三年生に舌打ちをすると、対戦順を決めるくじ引きを前に(悟君と当たれ、悟君と当たれ)と念を込める。おそらく、この時彼は五条悟と戦いたがる世界唯一の術師だったかもしれない。

 

「傑様、怪我しないでっ」

「でも頑張って、傑様」

「ありがとう、気を付けて頑張るよ」

 夏油は昨日の流血シーンのショックを引きずる美々子と菜々子に抱き着かれていた。

 

(反転術式を覚えてから、自分が怪我をする事には知らず知らずの間に鈍くなっていたな。気を付けないと、この子達を私が泣かせることになるし……美里さんにまた叱られてしまう)

 その黒井は美々子と菜々子の後ろで微笑みを浮かべて佇んでいるが……昨日は交流戦後、「怪我は治しましたね? 疲れは大丈夫ですね? では、叱りますね」と宣言してから夏油に説教をしていた。

 

 黒井は夏油が競技中流血したこと自体は問題視していなかった。ただ、村から保護されて間もない美々子と菜々子がそれを見ていた事を気にしたのだ。

 やはり交流戦を見せたのは良くないのでは? そう尋ねる黒井と話し合った夏油は、結局二人に交流戦二日目も観戦させる事にした。

 

 美々子と菜々子が十年後呪術に関わる道を選ぶかは分からないが、今の彼女達は非術師に対して拒否感を持っている。だから、早いうちから呪術師は危険な仕事であるという現実を見せておいた方がいいと考えた。

 多少の流血はあっても、交流戦は実際の任務よりもだいぶ穏当なのだし。

 

「それでルールだが……今年も茈と遍殺即呪体は禁止だ。また、夏油は五条以外との試合で出す呪霊は一級以下にするように」

「センセー、最後の交流戦なので思い切りやりたいでーす」

「若者の青春を邪魔するのはいけないと思いまーす」

「黙れ。お前たちの青春のために、東京校を更地にするわけにはいかんだろうが」

 

 こうしてトーナメントが開始された。

 伊地知は一回戦で当たった京都校の一年生に惜敗。結界術を使って粘っていたが、攻め手にかけたのが敗因だった。

 

 七海は一回戦で禪院直哉と当たった。去年の交流戦一日目のリベンジを果たすため、投射呪法によってフリーズされるのを領域展延で防ぎながら食らいつき、カウンターを狙った。しかし、直哉の防御に阻まれ蹴りで軸足を払われ場外に叩き落とされてしまった。

 

 灰原はBブロックで一回戦、二回戦と京都校の生徒相手に順当に勝ち進んだ。しかし、準決勝で対戦した夏油が繰り出す準一級以上の呪霊の術式に対処しきれず、直接叩きに来た夏油の攻撃を受けてダウン。敗北した。

 

 そして禪院直哉は――。

「さぁて、去年の俺の期待にお前は応えてくれるかな?」

「フン、今年こそ吠え面かかせたるわ」

 相対する両者。試合開始の掛け声とともに、小太刀を携え加速する直哉。

 

「それちょっと馬鹿の一つ覚えじゃない?」

 そう言いながら蒼を放つ五条だったが、直哉はそれを見切って軽々と回避し加速を続ける。

(へぇ、去年より動きが良いだけじゃない。呪力の感知能力も上がってるな。……でも、お前の奥の手は予想がついてんだよね)

 

 五条が予想した直哉の奥の手。最大限加速が乗った状態で簡易領域を発動させ、五条の無限中和できないものの弱める。そして、加速の勢いそのままに呪力を込めた小太刀を当てる。

 五条も直哉がシン・陰流に入門した事は聞いていた。その目的は、呪具の扱いを学ぶ事。そして、自分の無限攻略のために簡易領域の習得に違いない。

 

 それに五条が対応するなら、順当なのは蒼を応用する事で可能な瞬間移動にも等しい超スピードで迎撃。

 簡易領域は術者を中心に数メートルしか展開できず、展開したら術者と共に動く事は出来ない。本来、起動力を生かしたスピード戦とは相性が悪い技だ。

 直哉は十分に加速したタイミングで五条に接近し、展開した簡易領域内に収めた彼を一撃で仕留めるつもりだろう。五条本人が高速で動けば、それだけで潰せる作戦だ。

 

「いいよ、お前の好きなタイミングで来いよ。相手してやる」

 だが、五条はあえて直哉の策に乗りその場を動かず待ち構える姿勢を取った。自身が最強であるという自負と、「そうした方が楽しそうだから」と言う学生らしい考えからの行動だった。

 

「後で泣いても知らんで!」

 それに対して直哉は、五条の予想通り加速が限界ギリギリまで達した瞬間、彼に急接近し簡易領域を展開。しかし、その次に五条の予想を超えた行動をとった。

 

(くらえっ!)

 直哉は小太刀を手放すと、五条を狙って打撃を放ったのだ。投射呪法を使って。

 簡易領域と生得術式の同時使用は、結界術の達人でなければ不可能な高等技術。簡易領域を習得して一年に満たない直哉では無理な芸当だ。

 

 しかし、直哉は昨日までの彼とは違う。彼は昨日、夏油に出した黒閃によって己の呪力の核心を掴んだ事で、呪力の操作能力が格段に上昇していた。

 それによってほんの一秒だが、簡易領域と生得術式の同時使用が可能になっていたのだ。

 

 そして、直哉は一秒で二十四の動きを可能にする術式の持ち主である。

 五条の六眼に、直哉の二十四の攻撃が映る。拳打、掌打、裏拳、手刀、抜き手。武器の扱いと同時に、直哉がこの一年鍛え直した武術によって繰り出される多彩な攻撃が、弱まった無限を削り、ついに最強に届く。

 

(このまま攻め落とす!)

 投射呪法発動中の術者に触れられた対象は、術者と同じ制限を受ける。二十四の動きを頭の中で作らなければ、一秒間フリーズしてしまう。それは五条悟でも例外ではない。

 

「へぇ、お前ってこんな事毎秒やってんの?」

 しかし、五条はフリーズしていなかった。直哉の掌打を胸で受けたまま笑っている。

 

「なっ!?」

「一秒間に二十四だろ? お見通しだよ」

 なんと五条は、彼の攻撃を回避しきれないと見るや自ら触れに行ったのだ。そして、六眼で投射呪法の効果を見抜き、更に観察した直哉の動きからコツを掴み、瞬時に二十四の動きを作ってみせたのだ。

 

「チィッ!」

 危機感を覚えた直哉は五条から離れようとするが、その手を五条が掴み返す。

「照れるなよ、俺まで恥ずかしくなる……だろ!」

 至近距離で炸裂する蒼。直哉の意識は途切れ……気が付いた時には場外に背中から落ちていた。

 

「よ、惜しかったじゃん」

「どこがや、クソが。君、敗者にかける言葉はないとか、そう言った気ぃ使えへんの?」

「ん~……無理!」

「悟、怪我人を煽るのは感心しないよ。やるなら私が治してからにして欲しいね」

 

「君ら、人の心ないんか?」

 近づいて来た夏油が倒れたままの直哉に触れると、反転術式で傷を治療する。途端、呼吸が楽になり体の痛みも消えた。しかし、気力は回復しなかった。

 

「最悪や。今年が最後やって言うのに」

「最後って、お前まだ二年だろ。来年もあるじゃん」

「来年は二人とも交流戦参加せんやろ」

「君、どれだけ私達が好きなんだい?」

 

 倒れたまま嘆く直哉の言葉に、思わず顔を見合わせる五条と夏油。彼は本当に二人に挑戦するためだけに京都校に入学したようだ。

 

「まあ、ええわ。考えてみれば交流戦で君らに勝っても、誰も俺が最強やって認めなかったやろ」

「全然『ええわ』って顔じゃないけど、それはそうだろうね」

 夏油が同意したように、交流戦はルールのある試合だ。そのルールに夏油と五条は縛られており、直哉はルールを利用して二人に勝とうとした。

 

 直哉が一日目の競技で夏油を狙ったのは、一日目の競技でなければ直哉に勝ち目がないからだ。

 二日目に夏油に挑めば、彼は狭い舞台上で準一級以上の呪霊を複数操り、彼自身は領域展延を纏って前に出て来る。直哉が付け入る隙は無く、正面から勝負しても無数の術式で押し負ける。

 しかし、一日目なら夏油が出せる呪霊は二級以下が十匹(実際には一級呪霊も一体出していたが)。夏油が遍殺即呪体になっても、直哉には対抗できる自信と備えがあった。

 

 逆に、五条に対しては一日目の競技では勝ち目がない。茈は二日目同様に禁止されているが、広いフィールドでは直哉が彼を簡易領域の範囲内に収められる余地が無いからだ。

 しかし、二日目の試合なら勝てる余地は大いにある。狭い舞台から落ちれば場外負けになるというルールがあるからだ。

 五条の無限を簡易領域で弱め、投射呪法でフリーズさせて場外に叩き落とせばそれで直哉の勝だった。

 

 実際、直哉は初日に夏油の遍殺即呪体を破り、二日目の今日、五条の無限を中和して一撃を当てている。結果的にはどちらも敗北したが、彼の計算は間違ってはいなかった。

 

 そして、もし勝っても直哉が最強であると認められなかっただろうという推測も、間違ってはいない。

 呪霊や呪詛師、そして術師同士の戦いにルールはない。ルールを利用して直哉が勝っても、五条と夏油にケチが付くだけだ。二人が最強である事に変わりはない。

 誰もが直哉を「最強に匹敵する男」として一目置いただろうが、誰も彼を「五条悟や夏油傑を超える強さの持ち主」だとは思わない。

 

「なんていうかお前、面倒臭いな」

「あ゛ぁ?」

「別に交流戦じゃなくても、暇な時なら模擬戦ぐらいやってやるし、相手になってやるからまた来いよ。何なら、俺の方から行ってやってもいいし」

「……ええんか? 本気にすんで」

 

「マジで言ってんだから、マジで受け取れよ。さっきの試合、久々にヒヤッとしたしさ、惜しかったと思うんだよね」

 実際、五条の主観では先ほどの試合は危うかった。彼は自分から直哉の作戦に乗ったが、それも不意を突かれるよりタイミングを計れる状況で触れられた方が、投射呪法のルールに対応しやすいという目論見もあったからだ。

 

 何より、今年の五条は直哉をよく見ていた。漠然と眺めるのではなく、自分に対するチャレンジャーだと認識し注目して六眼を開いて観察していた。

 だから、初めて体験する投射呪法にも一秒間に二十四回の動作を頭で作る事に成功し、対応できた。

 

「それに直哉がもっと武術の腕を磨いて、武器を自分の体の一部と認識できるようになり、術式の解釈を拡大して武器で触れた相手に投射呪法のルールを強制できるようになっていたら……正直私もヤバかったね」

「夏油君、それ実現出来るまで何年かかると思てる? 君、俺に期待し過ぎやで」

 

 やれやれと言いながら起き上がった直哉は、振り向かずに宣言した。

「来年には吠え面かかせたるから、待ってろや。君らが卒業する前に黒星付けたる」

 

 禪院直哉、二回戦敗退。

 

 五条悟はAブロック第一試合を勝ち抜いた京都校の生徒を準決勝で下し、決勝進出。

 

 そして、今年も特級術師同士の決勝となった。

 

「じゃあ、去年と同じように舞台ごと吹っ飛ばしてやるか」

「芸が無いね、悟。新しい技の一つも無いのかい?」

「ん~、あるっちゃあるけど、色々忙しい傑に対してハンデがあった方が良いかなって思ってさ」

 

 お互いに軽口を叩き合いながら、領域展延を発動した夏油と打ち合う五条。夏油の背後にはこの日のために彼が集めた呪霊達が出現し、五条をそれぞれの術式で狙っている。

 

「ところで去年捕まえたあの一級はどうした? もしかしてまだ伊地知に憑いてるとか?」

「あの呪霊は肉眼で見る相手に術式を無差別に発動させるから、今回は使わないよ。観客席で可愛い妹達が見てるからね」

「キッショ! もしもしポリスメ~ン?」

「はっはっは、ダメじゃないか悟。呼ぶならお巡りさんじゃなくて君が乗るための救急車にしないと」

 

 拳と拳の応酬を制した五条が夏油に打撃を叩き込もうとすると呪霊がそれを阻み、夏油が反撃に転じようとすると五条が背後の呪霊を狙おうとするためカバーには入る事を強いられる。

 派手な展開の無い、相手が致命的な隙を見せるまで続く巧みだが地味な試合運びが続くかと思われた

 

「それじゃあ、私は新技を披露するとしようかな」

「ふうん、ハンデがいらないなら俺も新技を出そうか。気合い入れろよ、傑。油断したら、次にお前が見るのは病室の天井だ」

「ふふ、その言葉はそっくり返そう」

 対峙する二人は、同時に指を組んだ。

 

「「領域展開!」」

 




〇遍殺即呪体:改

 真人の遍殺即殺体にあったブレードと尻尾を「生やさない」と言う縛りで省略。これにより、ブレードと尻尾に回していた呪力を他の部分に回すだけでなく、縛りによって防御力とスピード、そして力を底上げする事に成功した。
 約一年をかけてブレードと尻尾の扱いに習熟し、自分にとっての価値を上げてから縛りを結んでいる。その結果得られる効果が増している。

 武器を縛りで省略したのは、夏油は呪霊ではなく人間であるため必要なら事前に用意した呪具が使えると判断したから。



〇暗蜂

 寸鉄の一級呪具。術式は、『この呪具を使った一撃を放つまで、相手にこの呪具の存在を隠しとおした場合威力が増す』と言う物。同時に、『この呪具に気が付いた相手への攻撃力が下がる』と言う縛りも刻まれている。
 元々隠し武器である寸鉄らしい縛りだが、縛りで低下する攻撃力の幅が大きく、気が付かれてからの威力は四級呪具並みになってしまう。

 更に、「気が付く」の範囲が広く、「直接肉眼で確認する」だけでなく、「暗蜂を持っているに違いない」と警戒されるだけで縛りが発動するという人間相手には暗殺か、初撃にしか使えない扱いの難しい呪具。

 直哉はこれを対夏油用に、止める倉庫番から奪うようにして持ち出した。
 倉庫番が止めたのは、使いこなせば危険な呪具だからではなく、「交流戦のような複数の関係者が見ている場で使ったら、以降この呪具が警戒され使い難くなるから」である。

 直哉が無断で貸したため、現在は夏油が所持している。



〇小刀

 直哉が実家から持ち出した一級呪具。使い勝手の良さで直哉が選び、こっちは父の許可を得て借りている。
 等級は一級で、業物。元々は何代か前の躯倶留隊の隊長が愛用し、長年呪力を通していた結果呪物化したという設定。



〇禪院直哉

 約一年努力を重ね、武器の扱いと素手の武術を磨き上げ、躯倶留隊や禪院扇を組手に付き合う事を強制し、同じ京都校の生徒にも教えていなかったが(五条には見抜かれていたけれど)簡易領域を習得していた。
 特級二人にそれぞれ僅かだが勝ち目のある策を練り、それを実行。黒閃と言う予想外の要因を得て、どちらもあと一歩と言うところで敗北する。
 ただ、もし勝っていたとしても「ルールで縛られた試合で勝っても、俺があっち側に行った証明にはならへん」と納得しなかっただろう。

 今年で五条と夏油が参加する交流戦は最後のため、結果がどうなってもこれで京都校を退学しようと思っていたが、試合後の五条と夏油との会話で思い直す。

 尚、性格は僅かに綺麗になったドブカス。弱い者いじめより自分の鍛錬や研鑽を優先しているため、下の者に優しく(関わらないだけともいう)なった。また、武術に対して真面目に打ち込んでいるため、他の禪院家の者達からの評価が僅かに上がり、禪院扇(☆0・7)を人望でも超えた。

 具体的には、☆0・5から☆1ぐらい。



〇五条悟

 交流戦一日目は暇だった分、二日目の試合ではしゃいでいる。自分の予想を超えて来た直哉への評価は大分上がっており、好感度も割と高い。もちろん、彼の性格がドブカスである事には気が付いているが、それとこれとは別の話。

 実は領域展開を習得していたが、それを明らかにすると交流戦で茈と同じように禁止されるのが見えていたため、夏油と当たるまで黙っていた。



〇夏油傑

 今年の交流戦に備えて遍殺即呪体のブレード、そして尻尾の扱いに習熟。そして、自分の体の一部同然に扱えるようになったので『生やさない』縛りを自分に課した。
 交流戦が殺し合いで無かったのと、禪院家に持っている事がまだばれたくないため使わなかったが、普通の呪霊や呪詛師相手の任務だった場合、遍殺即呪体になった状態で遊雲を使う等の戦法を取る予定。

 直哉によってありえたかもしれない未来よりだいぶ早く黒閃で殴られるが、何とか持ち直して勝利した。
 直哉に対しては同じ術師として好感を持っているし、お互いに切磋琢磨できる関係として期待している。もちろん彼の性格がドブカスである事も分かったうえで。

 実は領域展開を習得していたが、五条との試合で使う奥の手として温存していた。



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