言動が偽夏油や特級呪霊っぽい本物夏油 作:デンスケ(土気色堂)
「領域展開だと!?」
舞台上で展開される呪術の奥義を、夜蛾は驚愕の表情で見ていた。しかし、彼も含めて誰も「ありえない」とは思わなかった。
五条悟、そして夏油傑はまだ学生、まだ十代後半の少年だ。しかし、その才能は紛れもない本物。そして、二人とも研鑽を重ねる事を怠った事はない。
そんな二人が領域展開を習得していたとしても、おかしくない。いや、当然と言えるかもしれない。
「これは試合だぞ。二人とも、分かっているのか!」
ただ、二人の担任教師である夜蛾は領域が解けた時、二人が無事かどうかを心配していた。
その頃、閉じた領域の中でお互いに睨み合う五条と夏油は印を組んだまま、宣言するように口を開いた。
「無量空処!」
「臓群遍野!」
五条悟の背後には、何処までも澄んだ宇宙のような、もしくは深い海のような、美しくも何処か恐ろしさを感じさせる空間が広がっている。
対して、夏油の背後には大木のように太い背骨が聳え、それに支えられる形で肋骨と赤黒い肉を思わせる傘が広がるグロテスクな空間となっている。
領域展開とは、術者の精神世界の投影。故に、一つの空間に二つ以上の領域は共存できない。故に始まるのは領域の押し合いだ。
「フフ、悟も領域展開が出来るとは思わなかったな」
「俺って天才だからね。傑の書いたノートを読んで結界術を勉強してたら、すぐ追いついちゃったんだよね」
「悟が天才なのは知っていたけど、君の場合出来るようになったらすぐ自慢してきそうじゃないか。新しいおもちゃを貰った五歳児みたいに」
「傑こそ領域展開が出来るようになったのに、よく黙ってたよな。キッショイしたり顔で、領域展開とは云々って語りそうなのに」
より結界が強固で、より押し合いに強い方……端的に言えば、術として洗練されている方が勝つ。
それを二人は、お互いに習得した技を自慢し合うように展開していた。
(悟の領域展開、無量空処は美しいが見たところ何もない)
疱瘡婆を含めた呪霊の領域展開を何度も受けている夏油は、領域内の光景がその効果に関係している場合が多い事に気が付いていた。その経験から、五条の無量空処について推測していく。
(私への警告がブラフではなくマジなら、エグイ必中効果が付与されているはず。一秒、いや、刹那でも領域に飲み込まれたら私の負けだ。なら――)
一方、現代最強の術師五条悟は他者の領域展開を受けた事はない。そこまでの腕を持つ呪詛師とは遭遇した事が無かったし、呪霊はその前に倒してしまうからだ。
だが、彼は持って生まれた六眼と、親友への理解があった。
(臓群遍野……遍野の方は仏教用語だよな。たしか、広くとかそんな意味。臓群の方は……あの背骨と肋骨見れば分かるか。あいつの腹の中って事なら――)
五条の推測を裏付けるように、夏油の背後の闇から無数の呪霊が出現した。
「やっぱりなぁっ! 傑、お前の領域展開のバフ、お前が取り組んだ呪霊も受けられるようになってんだろ!」
「正解。賞品は呪霊一年分だ。受け取れ、悟!」
「ははっ、一分で食い切ってやるよ、傑!」
領域の押し合いをしたまま、呪霊を差し向ける夏油。五条はそれを迎え撃ちつつも、印を崩さなかった。
しかし、不利なのは五条の方だった。
「呪霊操術の強みは手数の多さか。よく貯め込むよな、本当に!」
巻き付いて来ようとする百足や芋虫、毛虫型の呪霊を回避し、飛び掛かってくる巨大なハエや蚊、アブ型の呪霊を蹴り飛ばし、人とスライムを混ぜたような呪霊を蒼で吹き飛ばしながら、五条は打開策を捻りだそうと考えを巡らせる。
夏油自身は領域の押し合いに注力しているため、呪霊に細かい指示を出していない。いつか甚爾が言った、「烏合」の状態だ。
しかし、五条は領域の押し合いを維持しながら呪霊を迎撃しなければならない。
(しかも、傑の領域展開のバフを受けて雑魚呪霊がちょっとはマシな雑魚になってやがる。ウッザ!)
四級が三級、そして三級が二級並みになろうが、五条にとっては雑魚に違いない。しかし、結界術では自分以上の使い手である夏油との領域の押し合いをしている最中では、勝手が異なる。
『■■■■■!』
『ジィィィィィ!』
そこに準一級以上の呪霊が混じり出した。毒ガスの呪霊、触れた相手を溶かす酸の呪霊、極めつけは音波攻撃を放ってくる巨大蝉の呪霊。どれもこれも、普段の五条には効果が無い術式を持つ呪霊ばかりだ。
領域展開のせめぎ合い中で、無限が弱まっている事に気が付き投入してきたのだろう。
髪の毛程の僅かな隙が生まれる度に、僅かずつ形勢が自分に不利になっていくのを感じる。増していく焦り、悔しさ、滾る戦意と興奮。それが五条の意識を圧迫していく。
(いっそ茈を使うか? いや、ルールで禁止されているから使ったら俺の負けだ。俺は傑に負けたく……いや、勝ちたい。どうすれば勝てる? ……そうだ!)
その時、五条悟の脳内にある考えが閃いた。それは自分でもクレイジーだと思ったが、それが今夏油に勝てる唯一の方法だと彼は確信し、瞬時に実行した。
「っ!?」
澄んだ領域が、瞬く間に赤黒い領域に塗り替えられる。五条が領域の押し合いを止めたのだ。
「悟、何のつもり……!?」
完成した臓群遍野の中心で、驚愕する夏油。彼が見ている前で、強化された呪霊の群れが弾け飛んだ。
「やっぱりなぁっ! 傑、お前の領域、必中必殺じゃねぇなっ!? 自分と呪霊の強化だけの領域だ!」
五条が見抜いた通り、夏油の領域展開『臓群遍野』に必殺の効果はない。彼自身の腹の中をイメージして展開される空間で、彼自身、そして彼と主従関係にある呪霊そのものと術式を強化する効果のみが付与されている。
「呪霊操術を強化しているから、呪霊相手には必殺効果もあるけどね」
本来調伏が必要な一級呪霊でも、その手間を省いて取り込むことが可能。また、特級呪霊相手にも調伏の条件を満たすまでが容易くなる。また、甚爾と格納呪霊のように主従関係が結ばれていても、状況次第では呪霊を奪い取って取り込むことも出来る。
そうした効果もあるが、五条相手には意味が無い。そのため『押してダメなら引いてみろ』を実践し、押し合いに割いていたリソースを戦闘に割き直した五条の判断はありだ。
「だが、領域展開をした事に変わりはない。術式が回復する前に押し切る!」
領域展開の副作用から回復するまでの間、五条は蒼と赫が使えない。夏油の領域展開内に取り込まれたため、無限を張れていない。
「はっ、出来るもんならやってみろよ!」
しかし、五条悟は最強だった。術式が焼き切れていても、その蒼く輝く六眼と無限に等しい呪力は健在。巨大蝉の呪霊の蹴り砕き、サソリの呪霊を踏み潰し、フグの呪霊を裏拳で殴り飛ばし、恐ろしい勢いで夏油との距離を詰めていく。
「なら、遠慮無く」
その五条を筋骨たくましい異形の拳が打った。
「はっ! こいつかよ」
攻撃をギリギリ腕で受け止め、それでも後ろに大きく吹き飛ばされた五条は異形の正体を目にして不敵に笑った。
幾呪異性体。夏油の極ノ番うずまきによって魂を混ぜ合わされ一つにされた、攻撃力特化の改造呪霊。そのスピードは、フィジカルギフテッドである甚爾に匹敵する。
そして、この領域の中ではそのスピードは甚爾を上回っていた。
「久しぶりに見たな。でもこんな埃被った型落ちで、俺がどうにかなると思ったかよ、傑!?」
しかし、五条の六眼は幾呪異性体の動きを見逃さなかった。ひびの入った腕を反転術式で即座に治し、二撃目を今度は呪力を集中した両腕で受け止める。同時に、カウンターで蹴りを叩き込んだ。
その蹴りに込められた呪力は防御に回した五パーセントにも満たなかったが、幾呪異性体が崩れ落ちるのはそれで十分だった。臓群遍野の効果で耐久力も強化されていたが、薄皮が一枚から二枚になった程度。五条にとっては誤差に過ぎない。
「なあに、君の動きを一瞬止めただけで充分さ。やれ」
『ぐおおおおおおっ!』
咆哮と共に、臓群遍野の天井から一つ目の巨人呪霊が出現し、五条に向かって岩のような拳を振り下ろした。
「ぐっ!?」
五条は咄嗟に領域展延を発動。自分を結界で包み、幾呪異性体の攻撃を受け止めた両腕を掲げた。だが、その拳の重さに片膝を突きそうになる。
「ぎっ、かはっ!」
そのまま潰されかねなかったが、防御に回した呪力を瞬間的に頭に回し、なんと巨人呪霊の拳に頭突きを放った。
『ぎゃおおおおおっ!?』
五条の頭突きによって指を三本砕かれた巨人呪霊が、痛みと驚愕で拳を引き上げる。同時に、五条は頭突きの反動で後ろに下がる事に成功。
(傑があの双子を保護した時の任務で取り込んだっていう特級か。呪力の割に、攻撃が重すぎる。術式だな。領域展延をしても効果があるって事は、自己強化可能なやつ。天井に出したまま降ろさないって事は、高さが関係してんのか?
厄介だな)
「やっぱり傑を直接叩くか」
思考し、反転術式で折れた両腕の骨と頭突きをした際に負った傷を治しながら、こちらに迫ってくる雑魚呪霊の群れに視線を向ける五条。その口元に浮かんだ不敵な笑みは、変わらない。
「そう言うと思って、こっちから来てあげたよ」
その呪霊の群れの中から、格納呪霊を体に巻き付けた夏油が現れるまでは。
「やあ、悟。さっきぶりだね」
そう言いながら、游雲を振り下ろす夏油。
「ちょっ、傑!?」
驚愕しつつも構えた右腕で游雲を受け止めるが、鈍い音が響いた。
「クソっ、さっきからポッキーみたいに俺の腕を折りやがって!」
「ははっ、折られる方が悪いのさ。悔しかったら悟も折ってみなよ」
「言ったなっ! 一千本折る!」
「人体に骨はそんなにないよ」
全てにおいて天才で完璧である五条悟だが、その彼に夏油は体術でも互角だった。そこに特級呪具と呪霊の援護が合わさり、五条が無限を張れず蒼も赫も放てないとなれば、どちらが優性なのかは明らか。
拳を放てば受け流され、軸足を蹴りで狙えばバックステップで回避され、夏油と入れ替わりで呪霊が飛び掛かって来て、それを瞬殺すれば夏油の游雲が突き出される。
扱いが難しいはずの三節棍を、夏油は完全に使いこなしていた。
(術式が復活するまで、後一分以上かかるな。流石俺の親友、やってくれるぜ!)
五条の意識に、敗北の二文字が過る。去年も遠くにちらついたが、今年は手を伸ばせば届きそうなほど近い。
別に負けてもいいか? そんな思いが浮かぶ。ルール有りの試合で負けたからって、呪術界での自分の立場は揺るがないだろう。特に、相手は自分の親友だ。加茂家や禪院家の呪術師ならともかく、同じ特級術師の彼なら周りも納得するだろう。
それに自分は特級術師だ。交流戦の個人戦で勝っても特別得るものはないし、負けたとしても失う物はない。何かを賭けていた訳ですらない。
ちょっと前に直哉にも言ったじゃないか。交流戦はこれで最後だが、また来年にでも夏油に挑戦すればいい。そう、挑戦――。
一方、夏油は焦ってはいなかったが勝負を急いではいた。
(悟の術式が回復する前に、勝負を決める!)
領域展開を発動する前のように、準一級以上の呪霊の術式を代わる代わる仕掛けさせる時間のかかる作戦ではなく、自身が直接打って出たのもそのためだ。
「傑、挑戦するなら……今からだよなぁ!」
だが、五条が壮絶な顔つきで笑うと、次の瞬間呪霊を弾けさせながら衝撃が夏油に迫った。
「蒼!? 術式が回復したのか!」
呪力で強化した游雲で受け止めるが、踏みとどまる事が出来ず後ろに弾かれる夏油。だが、彼が離れ他の呪霊がやられた事で天井の巨人呪霊が動き出す。
『グオオオオオッ!』
五条に向かって再び巨人呪霊が振り下ろす。
「術式反転、赫」
「くっ!」
だが、その前に弾かれた夏油が五条の放った赫によって引き寄せられる。そして振り下ろされた拳は止まらない。
領域展開中に領域展延を使う事は出来ない。夏油は巨人呪霊を即座に体内に戻すと、赫の勢いを利用して游雲で五条に殴りかかった。
「自分で脳の一部を破壊して、反転術式で治したのか!? なんて無茶な事を!」
呪力の動きから、夏油は五条が何をしたのか気が付いた。彼は、脳の術式を司る部分を自ら破壊し、反転術式で即座に再生。結果、領域展開で焼き切れた術式を、夏油の目算より約一分早く回復する事に成功したのだ。
しかし、一歩間違えれば自分で自分を廃人にしかねない危険な行為だ。世界の存亡をかけた大決戦でもなんでもない、ただの試合でやるなんてクレイジーにも程がある。
「大正解っ! だけど殴りかかりながら俺の心配って、矛盾が酷くない!?」
「親友がこれ以上バカをする前に寝かしつけてやろうと言う、善意だ!」
呪霊は出す傍から蒼で吹き飛ばされ、間合いも赫で狂わされる。術式が回復しただけで勝負の趨勢は一気に五条に傾く。
勝負を急いで五条との距離を詰めていた事が、夏油には災いした。今から準一級以上の呪霊による、手数頼みの戦法に戻そうにも、仕切り直す事が出来ない。
「だったらこっちは友情で返してやるよ! ところでさ、遍殺即呪体にはならないのかよ!?」
「君が茈を使ったら考えるさ!」
「はは、そう来なくっちゃなぁ!」
ハイになった顔付きで、五条の拳が夏油の游雲を掻い潜り、彼の腕を弾こうとする。その瞬間、呪力は黒く染まった。
黒閃。
夏油の右腕が肩と肘の間から弾け、千切れる。
その瞬間、夏油の理性は降参する事を彼に説いていた。彼も五条と同じ特級術師。呪術界に今更実力を示す必要は無いし、交流戦の個人戦で優勝したところで得るものは特にない。去年は五条に「最強の看板を渡せ」と言ったが、本音では最強の座を欲している訳でもない。
無茶をして優勝しても黒井美里が目をハートマークにして「素敵―っ!」喜んでくれる訳が無い。むしろ叱られるだろう。義妹達だって泣き出すかもしれない。後輩達も、七海と伊地知だけではなく灰原にも引かれかねない。
(……だが、私は君に負けないっ!)
強さの形は千差万別である事は理解している。五条と同じ個としての力を追求するには、自分は向いていない事も自覚している。
それでも夏油は五条に負けたくなかった。何故なら、彼とどこでも……反転術式を習得して以後、「一人で戦う状況が最も力を発揮できる」ようになった五条と肩を並べていたかったからだ。
それが受肉による死者の復活と言うイカれた研究に付き合ってくれる親友に対する、彼なりの誠意の表し方だった。
「まだだ、悟っ!」
夏油は左手で自分の千切れた右腕を掴み、そのまま振り抜いた。
「お前こそ無茶するよなっ! さっさと新しい右腕を生やせよっ!」
右腕の分リーチが伸びた游雲に不意を突かれ、五条が後ろに飛びのく。
「何時生やすのかは、私の自由だ!」
肘と游雲を握る手首を節に見立てて、游雲を含めた五節棍として振るう夏油。自分自身の腕だからか、呪力の通りがよく、変幻さを増した動きで五条を追い詰める。
「失血死しても知らねぇからなっ!」
だが、五条がそう叫ぶと同時に彼の動きに鋭さが増す。黒閃で上がったボルテージを活かし、勝負を決めようとしているのだ。
(顎に掠らせて、脳震盪でダウンさせる!)
脳を一回転させて衝撃を逸らす、なんて人外の技は流石の親友でも使えないだろう。そう踏んだ五条が夏油の懐に入ろうと、鋭い文気味で前にでる。
同時に夏油が左腕を振るうが――。
「甘いっての!」
五条の左拳が、黒い火花を散らして夏油の手首を打つ。衝撃でへし折れた彼の手から、自身の右腕が游雲を握ったまま飛んでいく。
「君こそ!」
同時に、夏油の右腕が五条を打つ。再生したばかりとは思えない程、硬く重い拳の衝撃が響いた。
「ぐっ、このっ!」
顔を歪めながらも笑みを消さない親友の姿に、夏油の口元も綻ぶ。治した左で抜き手を放てば、右の肘打ちで弾かれる。足払いを狙えば回避され、逆に軸足にローキックを当てられ骨にひびが入る音が聞こえる。
「ぇいっ!」
呼気と共に、懐に忍ばせた呪具を突き出せば、五条は馬鹿にしたように笑いながら紙一重で回避し、逆に右腕の関節を決める。
「直哉に貰った呪具だろ、見え見えなんだよ! 蒼!」
叫びながら夏油の腕の関節を外す五条。捥ぐよりも再生が難しいと踏んだのだろう。
「やれっ!」
だが、夏油が叫ぶと格納呪霊が口から釈魂刀を飛び出させ、なんと夏油の腕を肩から切断。ギリギリで蒼を回避する。逆に、体勢を崩した五条の腹に夏油の左拳がめり込む。
「ぐっ。……無茶すんなよ。そろそろ呪力もきついだろ」
反転術式は呪力の消費が激しい。領域展開を維持し、肉体を強化しながら五条と格闘戦を繰り広げながらとなると六眼を持たない夏油には厳しいはずだ。
しかも、夏油は黒閃を放っていないので、呪力の制御力は普段と変わっていない。
「果たしてそうかな? その眼でよく見てみるといい」
だが、その時夏油の周囲に残っていた呪霊の残骸が一斉に塵となり、彼に吸い込まれていく。五条の六眼には、呪霊の塵を取り込んだ途端、夏油の呪力が回復するのが見えていた。
「領域展開中の私は腹が減る……と言う訳ではないけど、これが私の術式反転。呪霊から呪力を吸収し、自身の呪力にする事が出来る。
つまり、私に呪力切れはない!」
激しい拳と蹴りの応酬を続けながら勝ち誇る夏油に、笑い出す五条。
「何処の妖怪の弟だよ!? 傑は髪形的に兄の方だろ!」
「私は品性まで売った覚えはないよ。それに、私の方がしたたかだ」
「がっ!?」
その瞬間、五条は背後から胴体を薙ぎ払われて横に吹っ飛んだ。
(呪霊か? そんな気配は……傑の腕と游雲!?)
吹き飛んだ五条の視界に映ったのは、游雲を握ったまま空中に浮かぶ夏油の右腕だった。何故夏油から離れた右腕が動いているのか、疑問に思うよりこの戦いで何度目かの緊張が五条の脳裏に走った。
夏油から切り離された右腕は、もう一本ある。
「うぐっ!? こいつ……!」
勘に従って空中で身を捻った五条は、後ろから吸収してきた夏油のもう一本の右腕を自身の右手で受け止めた。しかし、右掌を寸鉄の呪具、暗蜂に貫かれる。
それで分かった。夏油の切り離された腕に呪霊が憑いているのが。
生き物や物に憑くのは、蠅頭でも出来る芸当だ。夏油に操られているなら、低級呪霊でも武器を振るう事も出来るだろう。
そして暗蜂は、使用者が夏油から彼の腕に憑りついた呪霊に代わった事で、術式の効果を発揮できるようになったのだろう。
そうした事を気にする余裕は五条には無かった。
「極ノ番――」
夏油がこちらに合わせた両掌の指先を向けていたからだ。だが――。
「うずまき・穿!」
「仕込んでたのはお前だけじゃないんだよ、悟!」
収束させ回転を加えた呪力の塊を放った瞬間、夏油は背後から強い衝撃を受けて呼吸が詰まった。
(これは……さっき悟が放った蒼!? 戻ってくるように軌道を制御していたのか! 拙い!)
夏油の目には、自分に迫る呪力の塊を無視して自分に向かって二発目の蒼を放つ五条の姿が映っていた。
濁った赤子のような悲鳴を上げる格納呪霊。呪力の塊を防御するも、ダメージを消しきれず吹っ飛ぶ五条。蒼に前と後ろを挟まれて、夏油も体の中から骨が砕ける大合唱を聞きながら明後日の方向に吹き飛んだ。
「がはっ!」
夏油が血反吐を吐きながら目を開けると、青空が広がっていた。どうやら数秒の間意識を失い、その間に領域展開が解けて場外に落ちたらしい。
生命の危機を覚えてすぐ反転術式で体を再生させる。
(負けた、か)
そう思った彼の耳に、審判を務める東京と京都、両高専の学長の声が響く。
「両者、同時に場外への落下を確認」
「よって、両者引き分けとする!」
なんと、五条も夏油と反対側の場外に落ちていたのだ。呆気にとられて夏油が身を起こすと、立ち上がった五条の顔が見えた。
「よう、傑。引き分けだったけど、どうよ? 最後の交流戦の感想は?」
「君と同じだよ、悟。……最高に面白かった」
鏡を見なくても分かる。きっと今、自分は悟と同じように心から笑顔を浮かべているのだろう。
〇前話修正
簡易領域で術式を中和できない、また五条は六眼でよく観察しなくても直哉の術式の効果が分かるというご指摘を受けまして、前の話を若干修正しました。本当に若干なので、話の経緯は変わりません。また、これでも原作の設定と比べると無理があると思います。その点は目をつぶっていただきたく思います。
申し訳ありません。
〇無量空処
五条悟の領域展開。効果は原作と同じ。原作で何時からできたのか分からなかったので、この作品では三年の交流戦前には習得しており、皆には初めて見せたという設定にします。
親友相手にとんでもない事をしていますが、夏油なら領域展延でしばらく凌ぐ、もしくは取り込んでいる呪霊に領域展開を使わせるだろうと踏んで仕掛けました。
また、領域展延が解けて夏油が無量空処の必中効果を受けたら一秒以内に領域展延を解く予定でした。
〇臓群遍野
この作品における夏油傑の領域展開。自身の腹の中で、強化された呪霊に群がられる領域。
肋骨と赤黒いドーム状の天井を、背骨のような太い柱が支えているというイメージ。
必中効果は付与されておらず、夏油の術式である呪霊操術と夏油に取り込まれている、もしくは主従関係を結んでいる呪霊とその術式が強化される。
強化の幅は大まかに述べると、蠅頭は四級、四級から準一級までは階級が一つ上がるほど強化される。
一級呪霊は特級の下の方(並の一級術師が何とか祓えるぐらい)まで、特級呪霊の場合は甘く見積もって宿儺の指一分ぐらい。
さらに、呪霊操術が強化されるため、この領域に呪霊が取り込まれた場合一級以下の呪霊は即座に呪霊玉になる。
誰かと主従関係を結んでいる呪霊でも、主人が戦闘不能になったり意識不能(呪力を練れない状態)になる、または呪霊自身が弱った場合は呪霊玉にされる。
ついでに、夏油自身の腹の中をイメージした領域展開であるため、領域内の任意の場所から呪霊操術で取り込んだ呪霊を出現させる事が可能になっている。
羂索の胎蔵遍野をモデルに考えました。
〇五条悟
試合開始時は挑戦を受ける側の気分だったが、途中から挑戦者として夏油に立ち向かった。その結果、領域展開発動で焼き切れた術式を回復するため、呪力で脳の一部を攻撃し、反転術式で即座に治すという荒業を原作より約九年早く実行する。
最高に面白い試合だった。
〇夏油傑
右腕を二度切断されても戦意を失わず、自分の体の一部も文字通り武器として扱って限界まで試合を続けた。自分の脳を攻撃して強引に術式を回復した五条を心配しながら特級呪具で殴りかかるなど、狂気を孕んだ試合運びで、手に入らなかったが親友から現代最強の看板を下ろさせる事に成功。
五条悟に勝つために無理をしたのは、自分の実力がどれくらい通じるのか試したかった、親友の天才故の孤独を打ち破りたかった、そして殺し合いではなく試合だからこそ純粋に楽しむ事が出来、超面白かったから。
〇游雲&釈魂刀
試合終了時、舞台上に転がっています。直哉や京都校の面々にばっちり見られました。
「あー、やっぱり夏油君が持ってたんか。俺が黙ってても他の奴が親父に報告するやろし、俺から言っとくか」
〇暗蜂
試合開始時から夏油が格納呪霊の体内に忍ばせており、試合中に使用。その後、使用者が夏油から彼の切断された腕に憑依した呪霊に代わった事で、術式が発動した。
ただ、動かしていたのは夏油ではなく呪霊だったため術式で強化されても威力が下がっており、不意を突いても五条に対して決定打を与える事は出来なかった。
〇夏油の腕に憑依していた呪霊
適当な四級呪霊。個体名は無く、人々の雑多な恐怖や嫌悪感、悪意が寄り集まって生まれた存在。
夏油の命令を受けていた事と、臓群遍野で強化された事で、本来以上の力と知能を発揮して切断された腕で游雲や暗蜂を操り、五条に攻撃を仕掛けた。
〇巨人呪霊
夏油に臓群遍野の天井部分から出された事で、「高所から低所への攻撃強化と、低所から高所への攻撃に対する弱体化」の術式に最も有利な状況から五条に攻撃を仕掛け、彼の両腕の骨にひびを入れた。
また、五条の攻撃を受けても指を数本折られるだけで済んでいる。夏油の領域展開内でなければ、砕かれるのは指ではなく拳だった。
〇〇〇
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