すみません。
「んー……何か、あんまり効いてなくない? もっと暴力的な感じになると思ってたんだけどなー。何か普通に治癒魔法も使ってるし……」
青年は、先ほど拾った木の棒を、手のひらの上で器用にくるくると回していた。
「フェアリーテイルの奴らも来てるみたいだし、どうしよっかな……」
彼の視線は、外に出られずに立ち往生する群衆ではなく、少し離れた位置に立つ一人の男に向けられていた。
「あっ! そうだ。彼らの作戦を台無しにしちゃったし、ここは有効活用しつつ、恩返ししてあげよっと。……今度はちゃんと調整しないとね。」
「っ!」
「おい、エルザ大丈夫か!?」
「ああ、問題ない。今は早くあの嵐に向かわなければ」
駅のホームが両断されてから間もなく、エルザたち一行はオシバナ町にたどり着いていた。
町の外からもはっきり見えた駅を覆う巨大な嵐は、近づくほどにその勢いを増していた。
荒れ狂う荷車を何とか抑えながら前進し、ある程度近づいたその瞬間——
突如、横から大きな衝撃が襲い、車体が大きく回転した。
「っ! 何だ、今のは!」
皆の視線は、壁にぶつかりながらもどんどんスピードを上げていく一台の車両に向けられる。
「アイツ、さっきの……!」
「おい、アイツが持ってたドクロ付きの笛……」
「うん、間違いない! あれがララバイだ!」
「何!」
エルザは倒れた車両を起こしながら、ルーシィの発言に反応した。
彼女は猛スピードで走り去る車両を見つつ、嵐の方にも視線を向けて思考する。
どちらへ向かうべきなのかを。
嵐の中心からは尋常ではない魔力が放たれており、それがどんどん膨れ上がっているのが感じ取れていた。セラがあそこにいるのはほぼ確実だ。彼女はきっと、周囲の人々を助けながら、たとえ死が迫っていても戦い続けているだろう。もしララバイを追った後に戻った場合、最悪間に合わない可能性も十分にあった。
しかし一方で、彼らの計画の要であるララバイを奪い取らなければ、多くの人々が死ぬことになる。それは絶対に避けなければならない。先ほどぶつかってきた男は、様子が普通ではなく、魔力も異常なほど高まっていた。何か良からぬことが起きる可能性は高い。
個人としての優先順位か、魔導士としての責務か。
コンマ数秒の逡巡の後、取るべき行動を決めたエルザの腕に、手が重なる。
「ララバイは、俺達が必ず奪い取ってみせる。だから、セラのことを頼んだ。エルザがいれば負けることはねぇ。」
「すまない、頼んだぞ。終わり次第、私達もすぐに向かう!」
そう言ってエルザは嵐の方へ駆け出した。
一方、グレイとルーシィは、いつの間にか姿を消していたナツたちを除き、魔導四輪車に乗り込み、一直線に逃げる車両を追いかけ始めた。
「くっ……簡単には入らせてくれないか……」
エルザは荒れ狂う突風に耐えながら、嵐の渦の前に立っていた。
しかしその先に飛び込もうとするたび、誰一人として通さないとばかりに弾き返される。
剣技をもってしても打ち破れないことに歯噛みしていると、左の数百メートル先から人がぞろぞろと嵐の中から飛び出してきた。
「すまない!先に通させてもらえないだろうか!仲間が中で戦っている!」
「アンタは、フェアリーテイルの……!」
足を若干引きずらせていた男がエルザに気づき、彼女の手を取って懇願した。
「頼む。中にいる嬢ちゃんを助けてやってくれ! 怪我をした俺たちを治してくれていたが、目が充血していて、とても辛そうだったんだ! あれじゃまともに戦えない。だから、頼む!」
懇願する彼に、エルザは力強く頷いた。そして嵐の渦に開いた丸い円をくぐり抜ける。
彼女が中に入った直後、建物の方から何かが猛スピードで嵐に向かって飛び出し、弾かれて階段に落下した。
エルザは理解するより早く、その落下物に駆け寄る。
「!! 大丈夫か!セラ!」
口から大量の血が吐き出され、服は真っ赤に染まっていた。
特に腹部に視線を落とすと、拳一つ分の穴が空いていた。
「ゴフッ⋯すみません。私のせいで皆さんに迷惑を……」
「迷惑なものか! こちらこそ到着が遅れてすまない。後は私に任せてくれ」
エルザは手持ちの包帯で彼女の腹に巻きつけ、立ち上がる。
空を睨むとそこには、空中に浮かぶ一人の男の姿があった。
「速攻で仕留める」
エルザが「換装」と口にすると、鎧の形状が変化した。
黒く光る鎧を纏い、背中にはコウモリのような大きな翼が生えている。
『黒羽の鎧』
そう告げて、短剣二本を携えた彼女は、武器を左右に回転させながら投げ飛ばし、同時に跳躍した。
エルザが彼に接近した瞬間、投げた短剣が周囲の風の刃とぶつかり、彼女を守るように弾かれる。
その隙に彼女は腕を頭上に振り上げると、その手には大剣を握りしめていた。
大剣は斜め上から振り下ろされ、ガードする彼をそのまま階段横へ叩き落とす。
階段上に着地すると同時に、大剣をかき消し、今度は刀を手に取る。
刀を横に構え、大きく息を吸い、吐き出す。
(次の一太刀で勝負を決める!)
彼女は地面に叩きつけられたエリゴールに向かって、弾けるように飛び込んだ。
空中を降下する中、目を見開いた彼は、彼女に向かって嵐を吹き出す。
「ふっ!」
荒れ狂う嵐を刀で滑らせるようにかわし、円を描くように回りながら降下する。
二つの体が数センチに迫る。
その刹那、彼女の刃が確実に相手の肉を裂いた——はずだった。
しかし刀身は、振り抜かれることなく、金属音とともに激しく火花を散らしている。
エルザが彼の腹に視線を移すと、その体は超高速で回転する風の渦に完全に覆われていた。目に見えぬほどの速度で回る気流が、刃を弾き返し、周囲の空気さえ歪めて震わせている。
「っっ! ふんっ!!」
それでも彼女は、歯を食いしばり、全身の力を刃に注ぎ込んだ。
刀身が風の壁を軋ませながら、わずかに押し進み、刀を振り抜く。
だがしかし。
(くそっ! 仕留め損ねたか!!)
相手の体から血が噴き出しているのが見えたが、彼は倒れず、即座に新たな嵐を吹き出した。
先の一太刀で勝負を決めるつもりだったエルザは、避けるのがわずかに遅れる。
「ぐっ!!!」
嵐に飲み込まれ、壁に激突する。
何とか立ち上がり前方を見ると、彼の頭上には巨大に膨れ上がる嵐が渦巻いていた。
(まだ、そんな魔力が!)
驚愕したその時、その嵐の更に上に小さな魔法陣が浮かぶのが見えた。
『ッ……ルクス・デイ!!!』
頭上の階段から響く声。
光の柱が嵐の塊とエリゴールに撃ち落とされる。
嵐は制御を失ったように暴発し、消え失せた。
嵐を纏う彼の視線が、自然と階段の上——息を荒げながら立っているセラに向く。
「っ!」
まずい、と直感したエルザが動こうとするが、今までの魔力消費で体が蹌踉めく。
だが、突如として体に温かな魔力が満ちる。
(この魔力……!)
その膨れ上がる力を感じていた隙を突いて、彼が先にセラに向かって飛び出した。
エルザも負けじと地面を蹴り、階段の側面を駆け上がる。
先ほどより軽く、速く動く体と共に、刀にも彼女の魔力が付与されていた。
(これが、今の彼女の力か……!)
驚嘆しつつ、エリゴールより早くセラの元へ到達し、刀を構える。
「はああっ!!」
一閃。
彼の体を覆っていた嵐さえも切り裂く鮮やかな太刀筋。
彼は弾かれるように地面へ急降下し、地響きを立てて叩きつけられた。
それと同時に、周囲を渦巻いていた嵐が消え、快晴の空が広がっていた。
背後で、バタンと人が倒れる音が聞こえる。
通常の武装に戻ったエルザは、肩で息をする彼女を優しく抱きかかえた。
介抱された彼女は、息を整えながら腕を伸ばす。
「はぁはぁ……んっ、ありがとうございました。エルザさんのおかげで、なんとかなりました……」
「いや、セラの方が十分なほどに戦ってくれた。こちらこそ、ありがとう。」
コツンと拳を合わせる。
二人とも疲労と痛みに満ちながらも、穏やかな笑みを浮かべていた。
読んで頂き、ありがとうございました。
鉄の森編は、後2話程書こうと思っていたのですが、私自身そろそろ忙しくなるため、後1話で終わらせる場合もあります。
すみません。
次回も読んで頂けますと嬉しいです。