原作1ミリも知らない奴のブルーアーカイブ   作:レッドアーオアダム

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競り勝つ

 ソーシャルゲームには雑魚戦が付き物である。

 何のストーリーもなく、ただひたすらに雑魚をぶっ飛ばすだけのクエスト。

 今、アビドスを襲っている連中は、そういうクエストで登場する類いの雑魚だった。

 しかしながら、現実はゲームとは違う。

 いくらアビドス高等学校の対策委員会のメンバーが一騎当千、百人力、選りすぐりの面子だったとしても、超えられないものというのはあるのだ。

 そう、

 

 

「やたら数多くない!?」

 

 

 ───数の暴力だ。

 

 


 

 

 アヤネがホワイトボードに書かれた文字を指示棒で叩いた。

 

「つまり、アビドスが現在抱える問題は大きく分けてふたつです」

 

 大きな音を上げて叩くも誰も注目していなかった。

 対策委員会の他の人員とユウカを除いたシャーレ一行は、イベントのレイドボスを全力でぶん殴っていた。全員が俯いて全力でスマホを弄っている様子は見る人によっては「もう終わりだよこの高校」と嘆くかもしれない。実際、学校としては終わっているのだが。

 

「ひとつは借金、もうひとつは……」

「アヤネちゃんもログインして下さい! 回復役(ヒーラー)足りないんです!」

「あんたも来なさい、アヤネ!」

「ん、私達の心がひとつになれば、きっと突破できる」

 

 アヤネは泣いた。

 ユウカが激しく頷きながら、アヤネの頭を撫でる。同類として思うところがあったのだ。年下の女の子の頭をナデナデする行為に、今までに経験したことのない未知の感情が湧き上がってくるのをユウカは感じた。母性の芽吹き。

 

「うぇーい、先生ぇ」

「何だい、ニッカ?」

「ユウカが課金許可してくれないせいで今回のイベント走れそうにないんだよねー」

「それは大変だね」

「あ"~! このままだとイベント走れないのが悔しくって悔しくって、死んでしまうかもしれないなー」

「うん、生徒を救うのが先生だからね。良いよ、ニッカ。私が許可する」

「うい! あいしてるぜぇ~、せんせぇ~」

 

 一方では果てしなく下らない茶番が繰り広げられていた。

 課金というワードをほぼ反射的にユウカの耳は捉える。アヤネをなだめていたユウカが一瞬でニッカと先生の元へ飛んで来た。その頭には何やら赤い筋が三本ぐらい浮かんでいる。

 ここで行動するところが、アヤネとユウカの差だ。

 

「先生! 何やってるんですか!」

「いやね、ユウカ。これはだね……こうでもしないとニッカが死んでしまうっていうから……」

「そうやっていつもいつも! 結局、自分が課金したいだけじゃないんですか?」

「いや、それは……」

「生徒を口実にしないで下さい! それとニッカも!」

 

 ユウカの正論パンチ! こうかはばつぐんだ!

 先生は頭の禿げた下手くそな絵みたいな姿になって、ユウカのお叱りを一身に喰らっていた。先生は時折、幼児が書いた絵みたいな姿になってしまうことがある。大体は自分に都合が悪い時。

 

「でもさぁ、ユウカ」

 

ニッカは会議室の椅子をふたつ占拠して寝っ転がっていた。スマホ顔面に落とせば良いのに、とユウカは思った。

 

「幸せを金で買えるのは、イベント中(いま)しかないんだぜ?」

「いやそんなことはないと思いますけど」

 

 ユウカの即レス。ニッカはレスバにおいてもクソザコナメクジであった。

 だがしかし、決して諦めないのがソシャゲプレイヤーの基本的技能。インターネットレスバトルは相手が「もういいや」と勝負を降りた後に発言した者の勝ちという説もある。ニッカはカスのレスバマシーンとしての力を遺憾なく発揮してレスバを続ける。

 

「そんなことあるだろ」

「いやないですけど」

「"ない"ということは、"ある"ってことだろ?」

「無敵ですか?」

 

 グダグダとニッカがサムライのごとき粘りを見せている横で、勝利の歓声が上がった。対策委員会の面々だ。

 

 勢いに押されたアヤネがしぶしぶ『レドアカ』を起動。回復役(ヒーラー)の『だーさや』(アヤネ)が加わったことで『大作委員会』の攻勢が加速。しれっと別室で参加しているギルドマスター『ゆみりん』(ホシノ)と『みうきち』(ノノミ)がイベント特攻のキャラを持っていることもあってか、爆速でボスのHPバーを削ることに成功。あっという間にレイドボスを討伐したのであった。

 

「よし!」

「ん、やった」

「やりました!」

「ぶちころがしです☆」

 

 いぇーい。

 スマホを握っているのでハイタッチこそできないが、ゲーム内チャットとリアルでお互いを存分に称え合う。この達成感が買い切りのコンシューマーゲームでは決して味わえない、ソーシャルゲーム特有の感覚。これが病み付きになるのだ。

 

「第二ウェーブ、来ました!」

「この勢いで次もぶっ倒すわよ!」

「ん、了解」

「スキル発動のタイミング間違えたらお仕置きですよ~☆」

 

 わいわい盛り上がる『大作委員会』メンバー。その様子をユウカの双眸がじぃっと見つめていた。

 

 ソーシャルゲームは虚構の価値の塊だ。

 そこにあるのはただひたすらに()()()()()()()の積み重ねであり、人生の過負荷(マイナス)

 無意味で無意義で無価値なニセモノ。0と1とブルーライトの集合体が織り成す錯覚。

 ユウカはそう思っていた。

 

 でも、今の彼女らの笑顔は、どうしたって虚構(ニセモノ)なんかには見えなかった。

 幸せのひととき。

 何てことない会話が、何てことない場面で、何てことない様に流れていく。

 一日経てば、あやふやになってしまう程の、ありふれた日常。

 具体的なことは何一つ思い出せなくとも、今日が楽しかったことだけは覚えている。そんな日々。

 人はそれを、"青春"と呼ぶ。

 

 だが、そんな"青春"は突然の来訪者によって、断たれた。

 

「襲撃だよ~!」

 

 勢い良くドアを開けて隣室からホシノが飛び込んで来た。

 襲撃。

 その言葉の意味は語るまでもないだろう。

 今、アビドスを取り巻く大きな問題その2。

 

「ヘルメット団……ほんっとしつこいわね!」

 

 ヘルメット団によるリアル凸(嫌がらせ)である。

 

 


 

 

 そうして始まったヘルメット団殲滅(アビドス防衛)作戦。

 もはや恒常イベントの仲間入りを果たしたと言っても過言ではない。無期限の期間限定イベントだ。

 対策委員会の5人は慣れた手付きで装備を整えると、学校の防衛のために出撃していった。

 戦術指揮官は我らがシャーレの誇るイケメン、先生。アビドスの屋上、戦場全てを見渡せる地点に構えている。

 先生は襲撃と聞くや否や、頭頂部が寂しい二頭身の姿から一転、元の人間の姿に戻った。その眼光は歴戦の軍師を思わせる鋭さを帯びている。見た目は同じなのに、まるで同一人物とは思えない。

 

「先生、出撃()ますか?」

 

 ユウカが先生の隣に滑らかに移動して訊いた。

 今回の襲撃、ざっとアヤネがレーダーで確認をしたが、いつもよりも敵の数が多い。少しでも人手は欲しいはずだ。

 

「前衛」

「了解」

 

 たった一言で意思疎通が為されユウカが出撃した。その圧倒的な圧縮言語でのコミュニケーションに、隣で聞いていたアヤネが驚く。

 

「す、凄いですね。よくあれだけの言葉数で……」

「んにゃ、あれはね。信頼ってやつだよ」

 

 アヤネの呟きにニッカが反応する。

 

「信頼、ですか?」

「そう。信頼。アヤネ達とおんなじタイプの強さだよ」

 

 アビドスの対策委員会はこれまで何回もヘルメット団の襲撃を受けた。が、その全てをほぼ無傷で撃退している。

 それは何故か。

 答えは簡単。コンビネーションだ。

 対策委員会は前衛の壁役のホシノを中心とした最高のコンビネーションで、極限までチームとしての強さを高めて戦う。

 その強さを言語化するなら、"絆"や"信頼"といった言葉が当てはまるだろう。極まったコンビネーションを扱うチームは、単純な人数と力量の足し算以上の力で戦える。

 

「シロコちゃん、何か今日……戦いやすくありませんか?」

「ん、ノノミは初めてだったっけ、先生の指揮で戦うの」

 

 先生の強さの本質もそこだ。

 高い戦術眼だけでなく生徒達との間にある無限の絆が、その指揮を最高のものに変える。生徒達の個性や癖、動きの全てをも把握する類い希なる洞察力と観察眼。そこから繰り出される生徒のポテンシャルを最大限に引き出す指揮は、まさに神業と言っても過言ではない。

 しかし、その指揮も先生からの一方通行の信頼だけでは決して成り立たない。

 

 こっそりラーメン屋にバイトしにいくセリカをみんなで集団ストーキングしていた道中。そしてその帰り道。

 ノノミを除くアビドスの面子とユウカは、路地裏から無限に湧き出てくるチンピラとの戦いを経験した。ソシャゲでいうところの、イベントバトル前後に挟まれる雑魚戦である。面倒くさいやつ。

 そこの紆余曲折は語ると長くなる。ただひとつ言うなら、その戦闘はアビドスの皆が先生を信頼するには十分だったというだけだ。

 

 対策委員会の抜群のコンビネーションの中に遠慮なくユウカを投入できるのも、その辺の事情があったから。そしてなにより、先生がユウカを初めとした生徒達全員に絶対の信頼を寄せていることにある。

 皆なら合わせられる、と。

 

「うぇ~、さすが若い娘は凄いねぇ。おじさん、びっくりだよ~……これがジェネレーションギャップってやつかぁ~」

「そんなに年変わらないですよね」

 

 前衛が増えたことでミドルレンジのシロコとセリカの動きが良くなった。遮蔽物を利用しながら敵を遊撃して回る。シロコのアサルトライフルは一瞬で標的を蜂の巣にし、セリカの迷いのない突撃攻撃は反撃を許さず相手を滅多打ちにする。

 

「ん、そこ」

「こんなの今回のレイドボスに比べれば余裕よ!」

 

 だが、それだけではない。

 せわしなく動く遊撃手の隙間を縫う様に、ノノミのマシンガンが火を噴く。当たればひとたまりもない弾幕の雨嵐はヘルメット団らに余儀なく後退を強制する。

 

 押している。

 競り勝っている。

 対策委員会の面々の戦闘力は非常に高く、どれだけ数がいたところでヘルメット団と雇われのチンピラ程度では相手にならない。

 そのはずだ。

 そのはずだった。

 だが、一向に敵の数が減らない。

 一向に戦いが終わる気配が見えない。

 攻撃を喰らってダウンしたと思ったら、次の瞬間にはすぐに立ち上がっている。まるで、起き上がりこぼしだ。明らかにおかしい。いくらキヴォトスの住民にとって、重火器というのが殺傷能力の低い武器だからと言っても、体力までが無尽蔵であるわけではない。

 こんな攻撃をずっと喰らっていれば、いつか身体か精神のどちらかが限界を迎えて動けなくなるはずだ。

 それなのに、倒れない。

 

 

「やたら数多くない!?」

 

 

 そして、終わりのない戦いというのは精神的にも肉体的にも、過酷な戦いとなる。

 まただ。

 まだ終わらない。

 いつまで続けるのか。

 はやく終わらせたい。

 勝利条件がない戦いは、じわじわと精神と肉体の両方を蝕む。

 疲労は思考も判断も直感も奪う。

 戦いの場において、それはあまりにも致命的だ。 

 

「はぁ、はぁ……流石にちょっと疲れてきた、かも……」

「セリカ、左!」

「! しまっ───」

 

 致命的な瞬間。

 疲れからかセリカは、背後から近付いてくる黒塗りのヘルメット団に気付かなかった。ヘルメット団の振りかざしたスタンガンがスパークする。今、この攻撃を喰らってしまえば、いくら頑丈なキヴォトスの住民といえど気絶は避けられないだろう。

 戦線に出ている5人が揃ってようやく持ちこたえられていたこの状況で、脱落者が出るというのは一気に戦線の均衡が崩れることを意味する。

 完璧に不意を突かれた形となってしまった。

 セリカにはその攻撃を避ける術はなかった。

 

「《1000円(チャージ)》! 《再挑戦(リトライ)》+《回復(ヒール)》!」

 

 セリカには、だが。

 アビドス高等学校の屋上から放たれた金色の光弾がひとつ。

 激動の最中にある戦場の隙間をすり抜けて、その光弾はセリカに命中した。

 光弾を受けたセリカは間一髪、黒ずくめのヘルメット団が突き出したスタンガンを横っ飛びに躱した。

 

「なにっ!? 今のを避けるだと!?」

「ひゃぁっ!? なんか避けれた!?」

「……………………」

「……………………」

 

 黒ずくめのヘルメット団は腕を再度引いた。

 

「ええい! どうせ今の疲弊したお前なんて敵じゃなぼぁあ"っ!!」

「ん、大丈夫?」

 

 横合いから突撃したシロコはヘルメット団を蹴っ飛ばすと、セリカの横に立った。

 

「だ、大丈夫みたい……なんか体力も回復してる気が……」

「ん、こっちもあの金色の光を受けたら体力が戻ってきた」

 

 実力では完全に勝っているはずなのに、勝ちきれない嫌な状況。

 そんな状況を打破すべく、不健全と社会不適合を極めた戦士が、今ここに参戦した。

 アビドスの校舎の屋上から戦場を見下ろし、リボルバーとプリペイドカードを構えている。

 ザザッ。アヤネからオープンチャンネルでの通信だ。

 

『その金色の光はニッカさんの能力で……えぇっと、なんでしたっけ……』

『課金引継、トランスファーだ!』

 

 《課金引継(トランスファー)》。

 課金(チャージ)して得たバフを金色の光弾として撃ち出し、命中した相手にその効果を譲渡するニッカのオリジナルスキル。

 

 ある日のこと。先生とニッカが仲良くソシャゲをしていた時。 

 

「ニッカ、私もとうとうSSRの装備を手に入れたよ!」

「でもさ、先生のキャラにそれを活かせるキャラいなくね?」

「確かに……」

「強い奴にツッパするのがソシャゲの基本だよ。次はSSRのキャラを引くこったね」

 

 ニッカはここで、自分の発言に引っかかる。

 自分がまさにそうではないのか、と。

 つまり、雑魚(ニッカ)課金(ツッパ)する今のバトルスタイルは不相応で無駄が多いのではないのか、と。

 

課金(チャージ)の効果を他人に譲れたらクッソ強いなこれ」

 

 そうしてなんやかんやあって試行錯誤の末に生まれたのが《課金引継(トランスファー)》だ。

 これによって、先生がニッカに的確な支援の指示を出して課金(支援)を飛ばす『札束ぶん殴り戦法』が誕生した。

 

 無法である。

 あまりにも色々な法則を無視している。

 しかし、課金した方が強いのが世の常。

 疾風のごとく戦う白兵(ストライカー)特別(スペシャル)な支援を組み合わせるこの戦法は、残高こそ右肩下がりに減っていく(マキシマムドライブ)のだが、そのシナジーは切り札(ジョーカー)と評しても過言ではない。

 倫理と理性を振り切って(Leave all behind)、脳細胞がトップギア。ニッカ自身で戦うときの課金額が戦う人数倍に膨れ上がる。まさに悪魔と相乗りする覚悟がないと使えない究極(エクストリーム)の選択。お前の課金額(つみ)を数えろ。ニッカ曰く「今更数えきれるか!」とのこと。

 

 そして当然の帰結として、この金の力で戦うスタイルは不健全を極めた代わりにクッソ強いのであった。ひとりだけ違う世界観で戦ってるのか、というレベルの暴虐である。

 

()()()のことを考えると温存したかったんだけどね。生徒が傷付くとあっては仕方ない」

「んにゃ? 先生、何か言った?」

「いや、何でもないよ」

 

 ひとまず、体力的な面の問題は先送りにできた。ならば解決すべきは次の問題。

 ヘルメット団らの無尽蔵の体力である。

 こちらも(金がある限り)無尽蔵の体力を手に入れたわけだが、持久戦が不利なことには変わりない。

 

「襲撃者達は何度攻撃しても立ち上がってくる……まるで不死身です! 一体、どうやって倒せば良いのでしょう?」

 

 アヤネが先生の方を見る。その瞳は期待の色をしていた。だが、先生は首を横に振って答えた。

 

「正直、不死身のからくりは私にもわからない」

 

 この世の全ては有限だ。そんな絶対の法則を覆すかのごとき無尽蔵の体力。正直、一介のごろつきが自由に振るえる力ではない。もし、そんな能力があるとすれば"上"によって完全に秘匿されるハズだ。

 恐らく、不死身に見えるだけで何かしらの単純なからくりがある。先生はそう考えている。しかし、その正体までは掴めない。

 だが、()()()()は大した壁ではない。

 

「でもね、対処方法はいくらでもある……そうだよね、ニッカ?」

「うぇーい、当然よ。課金の力、舐めてると痛い目見るぜ~」

 

 ニッカは更にプリペイドカードをポケットから取り出し、すかさず挿し込み口(スロット)にカードを読み込ませた。

 

「《3000円(チャージ)》! 《貫通(ブレイク)》+《拘束(バインド)》+《麻痺(パラライズ)》!」

 

 チャリーン、チャリーン。

 金の溶ける音(幻聴)と共に金色の光弾が乱射される。

 

「チートでHP無限にしてようが、麻痺って動けなくなったらn敗(リセ)だろ」

 

 ニッカの課金支援によって拘束と麻痺の効果を追加された弾丸は、命中した相手の動きをほとんど完全に封じることができる。

 一度喰らえば見えない縄に全員をぐるぐる巻きにされたかの様に動けなくなり、さらに身体が痺れて指先ひとつ動かすことすらできなくなる。ちなみに効果が強力な分、1発1発の値段も大きい。ニッカがいる戦場では弾丸の重さは札束の重さに比例する。

 

 ペシペシペシ。

 もともと実力では圧倒的な差がある。

 あっという間に襲撃者の制圧が終わった。先程までの苦戦が嘘の様だ。

 動けなくなったチンピラ達を雑に簀巻きにして転がす。もはや数えることすら億劫な人数だ。周りに反応がないことから、数を数えなくともこれで全員だろう。

 

「あとは私がやっておくよ。みんなは休んでおいで」

「私も手伝います、先生!」

 

 砂の地面と絶賛キッス中の方々の処理を先生とユウカに任せ、ニッカと対策委員会の面々は校舎の中へと帰投した。

 クエストクリア、だ。

 

 気付けば外はもう暗くなり始めていた。

 アヤネが会議室に明かりを灯した。

 

「腰にきちゃってね~……ちょいとお昼寝たいむしてくるよ~」と、ホシノ。

「弾数の確認とかしておきますね」と、アヤネ。

「シロコちゃんと夕飯買いに行ってきます☆」と、ノノミ。

 

 それぞれがやることを宣言して解散。

 ポツンと部屋にはニッカとセリカがふたりぼっち。

 特に話すこともなく、沈黙が場を支配した。

 

「……ねぇ、あんたは何で来たの?」

 

 沈黙に堪えかねたのか、セリカが口を開けた。ニッカはスマホに目を落としながら答える。

 

「来いってユウカに言われたから」

 

 会話終了。話題を広げるということを知らない悲しきコミュ障の性である。

 しーん。

 漫画だったら、そんな擬音が描かれていただろう。

 またしても訪れるのは気まずい沈黙。

 

「そもそもアビドスの問題だって、何かいっぱい借金背負ってるぐらいしか知らないし」

「……そう」

「説明してくれてもいいんだよ?」

「して欲しいの?」

「暇だし」

 

 セリカは割とイラっとした。ニッカがずっとスマホ見て喋ってるからである。

 しかしセリカは「でもここで怒っててもしゃーないわよね」とその怒りを静める。せりかはおとな、あいさつするのはにんきもの。古事記ヴォトスにもそう書いてある。

 

「……あいつらが、何で私達を狙って攻撃してくるのかがわからないのよ。対策委員会はそれを調べることがメインの活動なの」

 

 かのヘルメット団らは『雇われ』た人材だ。これまでの襲撃で襲ってきた連中もすべからくそうだった。

 だが、どれほど奴らに問いただしても『誰に襲撃を依頼されたのか』の部分は「知らない」「覚えていない」の一点張り。その辺のチンピラが「依頼主の情報は何があっても秘匿するぜ!」みたいなプロフェッショナル意識は持っていない。本当にそいつらは()()()()のだろう。

 そして、帰結するのは人件費という問題だ。人件費、というのはどこの世界においても重要でもっとも大きいファクターだ。

 あれだけの人員を動員するには、相応の金額が必要。相応の金額を動かすというのはつまり、

 

「アビドスに狙われるだけの価値があるってのも、私は正直わかんないのよ」

 

 アビドスを襲撃する、ということはつまり『アビドス高等学校に襲撃するだけの価値がある』ということ。アビドス高校に襲撃してまで手に入れようと思う何かがあるとは、到底思えなかった。

 

「クレカの不正利用だって、クレジット会社は何故か取り合ってくれないし……ひとまずは毎月の利子分を払うだけで精一杯ってとこ。そもそも何でわざわざ9億なんて金額をアビドスから抜き取ったのかも意味不明なのよね」

 

 ()()()()()()()()

 セリカは問題をそう語った。

 

「んでも不正利用ってのはわかってるんでしょ? ならしかるべき所に取り合えば良いじゃん」

 

 ニッカの言葉に、それができないから困ってんのよ、とセリカはボヤいた。

 

「それが……クレジットカードの利用履歴には『ノノミ先輩がソシャゲに課金して9億』以外のデータは残ってないのよ!」

 

 履歴をアビドス側から偽装することはできない。利用履歴はしっかりクレカ会社によって付けられるからだ。

 それが意味するところはつまり、

 

「……んにゃ? ()()()()()()()ってこと?」

 

 ニッカの言葉にセリカは頷いた。

 

「『レドアカ』運営の『オハヨースター』、それに『カイザーコーポレーション』。少なくともこの二社がグルじゃないとこの状況は成り立たないのよ」

 

 カイザーコーポレーション。

 キヴォトスに住んでいて、この会社の名前を見ない方が難しいだろう。トップ企業中のトップ企業。キヴォトス界のスマートブレイン。まさにトップ企業の象徴そのものである。

 カイザーコーポレーションの商業範囲はありとあらゆる分野にまで及んでいる。アビドスのクレジットカード会社の元締めもこのカイザーコーポレーションである。

 

「訴えるにしてもこっちの言い分は『ノノミ先輩はそんなことしない』しかないし……」

 

 対策委員会の人員はみんな、ノノミがアビドスの名義のクレジットカードを使って課金することなどないと知っている。しかし、それはしかるべき所では何の証拠能力も持たない。現に記録が『ノノミがソシャゲに課金して9億』しかない以上、アビドスとしては手の打ちようがないのである。

 そんなわけで対策委員会の活動は基本的に、裏で糸を引いている何者かを探すこととなっている。

 

「第一、カイザーコーポレーションが全面的にやっていることだとしたら、あまりにも露骨すぎるわ。意図がぜんっぜん掴めないのよ」

 

 ()()()()()()()()

 セリカはもう一度呟いて特大の溜め息を吐いた。

 ポチポチポチポチ。

 ニッカは無限にソシャゲをしていた。その様子をセリカは半眼で見つめていた。

 

「あんた、ずっとやってるわよね……」

「そりゃあ、イベ中だしね。行動力(スタミナ)を余らせたくないんだよ」

 

 行動力。スタミナ。アクティブポイント。AP。

 クエストに挑む度に消費されるポイント。これがあるため、短期間でゲームを進めることが難しく、無課金でプレイするには何日も持続的にプレイしなければならなくなる。ソーシャルゲームに付きものの仕様だ。

 行動力(スタミナ)は消費されると、上限値まで時間経過で少しずつ回復していく。行動力(スタミナ)が飽和してしまえば、行動力(スタミナ)が回復しない時間が生まれてしまう。それはソシャゲ廃人を自称するニッカとしては避けなければいけないことである。行動力(スタミナ)を余らせないのは、ソシャゲの基本だ。

 

「それに、何もしていない時間ってのは無駄でしょ。たとえ課金できなくてもデイリー周回とかノーマルクエストとか無償石の回収とか、やれることはいくらでもある」

 

 だから、と続ける。

 

「何もしないことはいっちゃんダメだ。そう思うから、セリカだってバイトしてるんでしょ?」

 

 学生がバイトで得られる金額というのは微々たるものである。

 もし、本当にアビドスの抱える9億の負債をなんとかしようと思うなら、対策委員会の他のメンバーのように"黒幕"を探す方に力を入れるのが良いのかもしれない。

 誰かに頼んだ方が早いのかもしれない。楽なのかもしれない。

 そういう考えが頭になかったと言えば嘘になる。

 

 それでも、黒見セリカは自分で行動することを選んだ。

 自分達の力で問題を乗り越える道を選んだ。

 先生に向かって「助けなんていらない」とツンデレを発症して、素直になれずに見栄を張ってしまったりもしたが。

 

 最終的に『先生を信じる』という"協力"の道を選択したけれど、セリカが少しでも今やれることをやろうと行動していたこと。

 一分一秒も無駄にしないためにバイトのシフトを多くいれていること。

 一分一秒も皆で過ごせる時間を増やすために頑張っていたこと。

 その強さは本物だ。 

 

「うっさいわね! あんたに言われなくてもわかってるわよ、それぐらい!」

「凄いな~憧れちゃうな~、その行動力計画(プランニング)力」

 

 ニッカの雑な褒め言葉で限界を迎えたのか、セリカはぷんぷん怒りながら大股で部屋を出て行った。 

 セリカが会議室を後にして数分後。

 無心でソシャゲをやっていたニッカはグローバルチャットに流れるその一文を発見した。

 

『あやあや:@dailyRT 助けてくれて、ありがと』

 

 黒見セリカのツンデレは、治りかけなのだった。

 

 


 

 

「ん、ただいま」

「お、夕飯買ってきましたよ~」

 

 日も落ち、薄暗い橙色が結構消え始めた頃。

 夕飯の買い出しに行っていたシロコとノノミが戻って来た。手にはビニール袋をいくつもぶさ下げている。

 会議室に残っていたのはニッカとセリカとアヤネ。他の面々にも夕飯を報せる。

 

「うぃー、せんせー! ごはーん!」

「ホシノ先輩呼んできますね」

 

 ドサッと机に広げられたのは菓子パン、おにぎり、お弁当。プラス飲み物。

 人数分はあるが食べ物の種類はひとつとして同じものがない。

 

「好きなものを選んで下さいね~☆」

 

 ノノミのその言葉を聞いた瞬間、ニッカの目が光る。身体の奥から溢れ出すはソシャゲで鍛え上げられたギャンブルマインド。そして、ニッカの生来の素質である"人生エンジョイ勢"としてのプライド。

 溢れる感情にまかせて、ニッカは机を両手で──結構遠慮して──力強く叩いた。

 

「いや、それじゃあ面白くない」

「夕飯に面白さ求める必要ある?」

 

 ない。

 

「ここは何を食べるか、公平にガチャで───」

「みっ、皆さん! た、たっ……大変です!」

 

 どたどた、とアヤネがドアを勢い良く開けて出て来た。

 その尋常ではなく慌てた様子に、一体何事だろうかと全員の視線が集まる。

 アヤネは息を吸う暇も取らず叫んだ。

 

「ホシノ先輩が、いません!!」

 

 会議室の隣室。

 ホシノがいつも籠って昼寝をしていた部屋。

 壁に収納棚、中央に長机がポツンとひとつ置かれただけの簡素な部屋。

 机の上のノートは、窓の外から吹き寄せる風でめくれていた。

 

 

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