原作1ミリも知らない奴のブルーアーカイブ 作:レッドアーオアダム
「ほ~し☆ほしほしほし!
「熱さで脳味噌が死滅したんですか?」
アビドス高等学校の一室。
小鳥遊ホシノがいつもお昼寝をしていた部屋の中央。
そこで、頭を振り回しながら発狂する【道徳違反】がひとり。
突如として気が狂った
「いや、猫を探す時は猫の気持ちになれって言うじゃん?」
「で?」
「だから、ホシノになりきってみたんだよ」
「同姓同名の別人を演じているんですか?」
「でもホシノって割とあんなんだったでしょ」
「一回土下座しましょう。えぇ、真面目に」
そもそもニッカとホシノはほとんど絡みがない。キャラクターの低解像度も当然である。だとしても、さっきのモノマネ(?)のクオリティはお察しレベルだったが。
「土下座するにしても、当の本人がいなけりゃ、ね」
「……本当に、どこに行ったんでしょうね」
今は夜。
夕暮れの橙色も大人しく帰宅し、代わりに銀光が淡く灯る世界。
ヘルメット団らの襲撃から2時間。
小鳥遊ホシノはいまだ姿を消したままだった。
「とりあえず皆、落ち着こう」
ホシノの失踪。
その事実は少なからずその場にいたメンバーを動揺させる。
ホシノは現在の対策委員会唯一の3年生。チームのリーダー的存在……とまではいかなくとも、チームの中心は間違いなくホシノだった。
「シロコ、ホシノの行き先に心当たりはないかい?」
「…………」
先生からの問いにシロコは答えない。いつも通りの無表情でも、その沈黙が何を意味するかはこの場の全員が察するところだった。
「……ん、わからない」
ゆっくり間を開けて、シロコはそう言った。
その様子から、シロコはホシノが消えた理由もその行き先もわかっている、とユウカは確信した。
その様子から、シャーレが関わることが難しいタイプの行き先であることを、先生は読み取った。
「では、何か手がかりが残っていないか、ホシノ先輩の部屋を探しましょうか?」
アヤネがおずおずと提案した。その提案に全員が納得。
雑に分担して部屋を漁ることに。
「そういや、机の上のノートって何だったの?」
「さぁ? 確かシロコが持って行ったかと」
ふーん、とニッカは頷くと「シロコを探してくる」とだけ言って、部屋を出て行った。
真っ先に昇降口の方向に向かったシロコを追いかける。
「しーろーこっ」
「ん、何?」
シロコの手には緑色の表紙のノートがあった。
「それ、中身みーせて」
「ん」
シロコからノートを受け取ったニッカはパラパラと中身を一瞥する。
ざっくりと中身を一瞥しただけで、ニッカは一瞬で気付いた。
「『レドアカ』の攻略メモ?」
そこには日付、クエスト、イベント、キャラクターデータ、パーティー編成、効率的な素材の稼ぎ方……etc.
多種大量のデータが手書きで書き連ねられていた。箇所によっては攻略wikiよりも詳しく情報が書かれていたりもした。その圧倒的な情報量に、ニッカは思わず舌を巻いた。
「うん。ホシノは頑張り屋さんだから」
シロコにノートを返す。相も変わらず無表情のままだ。
でもいつもと様子が何か違う。それは無理に表情を取り繕おうとする人がよくやらかしてしまうミス。
いつも通りを意識しすぎて、いつも通り過ぎるのだ。シロコは表情の変化は大きくはないが、決して無表情ではない。シロコはホシノの失踪に微塵も動揺しないなんてことはないだろう。
既に"やるべきこと"が決まっていたりしない限り。
「ホシノの行き先に心当たりがあるんだろ?」
「ん」
シロコのヘイローが強く輝く。
「でもこれは、私達対策委員会の戦い……悪いけど、連れていけない」
先生とユウカに隠れているが、ニッカの頭の回転は意外と悪くない。「察しろ、この野郎」と、シロコは割とダイレクトに伝えていた。ここまで分かりやすく言われればニッカであろうとわかる。
「(あくまで中立の立場を取ってるシャーレが凸ったらヤバいところ……か)」
ニッカが一瞬、目を閉じる。
思考の天秤に2つの要素を乗せる。
ひとつは、シロコに付いていくという選択。
ひとつは、シロコに付いていかない選択肢。
天秤にかけるのはあくまで手段。結論はもう決まっていた。
「わかった。シロコ達
「ん、ありがとう」
滑らかな手付きでポケットからニッカはスマホを取り出した。電源オンと同時に『レドアカ』のホーム画面が開かれる。
「そうだ、フレコ交換しとこうぜ」
「ん、良いよ」
シロコもスマホを取り出し、お互いのフレンドコードを交換した。
これでふたりはフレンドだ。
「うっし、フレンド少ないから助かるわ~」
アビドスの『大作委員会』のメンバーが4人。先生を足して5人。6人目のフレンドの名前を確認すると、シロコはニッカに背を向けて去っていった。
「ユウカ、ニッカ。ちょっといいかな」
「はい、どうされました?」
「うぃ」
ユウカとニッカが先生に呼ばれた。
「ふたりには、カイザーコーポレーションの本社に行って欲しい」
カイザーコーポレーションの本社。
行く。当然、ただ赴くという意味ではないだろう。
「まぁ、察している節はあったけど一応聞いとこっか。どうして?」
「カイザーの社長はアビドスの校舎を奪おうとしている」
「……へぇ!」
カイザーコーポレーションがアビドスを狙っていること自体は、みんな理解している。
大事なのは、その理由だ。
先生が続ける。
「学校のどこかに
「そのためにまずは校舎のある土地からってことか」
「……でも回りくどくないですか? カイザーコーポレーション程の会社なら、手段を問わなければすぐにでも校舎のひとつぐらい手に入れられるはずですよね」
今だって意味不明のムーヴをアビドス相手に繰り返している。ここまで露骨に、適当に、乱雑に動くのなら、初めから手段は選んでいないはずだ。例えばカイザーコーポレーションの所有している軍を差し向けてもいいし、金にものを言わせて無理矢理買収してもいい。不自然な動きには、きっと理由がある。
やはり、"Why"の部分が不明瞭なのだ。
「……アビドスに借金を負わせたり、人を雇って襲撃させたりしているのは"謎の支援者X"の方なんだ」
「あぁ、あの赤パーカーね」
「赤パーカーって……まぁ、その赤パーカーはカイザーコーポレーションとは協力関係にはあるんだけど、別枠の存在だ。立ち位置としては、アビドスをカイザーが手に入れるプロジェクトの代表……みたいな感じなのかな? とにかく、カイザー側の動きの不自然さの理由はそれだね」
赤パーカーは、カイザーと行動を共にしているだけであって、また別種の動機で動く存在らしい。カイザーと完全な協力体制にないことから、色々とこじれて変な挙動になっているそうな。
ニッカがソシャゲを回しながら疑問をぶつける。
「アビドスの土地を狙っているのがカイザー。それはわかった。じゃあ、赤パーカーは何のためにカイザーと協力してるの?」
「それは……多分、本人から聞くのが一番じゃないかな」
「本人って。どこにいるのかもわかんないのに……」
「いや、わかってるよ」
ニッカがスマホから顔を上げた。
「あぁ、だからカイザーコーポレーションに行け……と。そういうことですか」
「うん」
ユウカの返答に、先生は頷いた。
「にゃ、先生はどうするの?」
「私はやることがあるから」
「カイザー来たーッ!!」
「うるさい!」
ベシッ。
両手を万歳のように挙げ、大きく胸を張って叫んだニッカの頭をユウカが叩いた。
「んにゃ、でも本当に良いの?」
ここはカイザーコーポレーション本社前。
ニッカ達は、カイザーコーポレーションに凸りに行ったシロコらを尾行してここまで来た。
ここでカイザーコーポレーションに入るということは、超法規組織であり中立を謳うシャーレがカイザーコーポレーションと敵対すると表明するも同然のことだ。キヴォトスの産業の多くに関わっているカイザーコーポレーションと事を構える。それは、キヴォトス中に戦火を生む可能性すらある選択だ。
だからシロコはニッカにああ言ったのだろう。
もっとも「来るな」と言わないところに、シロコの思いは見えるが。
「大丈夫です。私達の勝率はかなり高いですから。それに……」
ユウカは一旦、言葉を切った。
「少しだけですが、私はアビドスの人達のことを知りました。一緒に過ごした時間は少なくても、もう私は彼女達のことを他人だとは思えない」
力になりたい。
ユウカはそう言った。
「うぃ、そんじゃあ行きますか~」
緊張感のない笑みを浮かべながら、ニッカとユウカはカイザーコーポレーションに乗り込んでいった。
既に破壊されている表口を通って。
「ガガ、シンニュウシャ、ハッケン」
「ピピ、シンニュウシャイン?」
「ギコギコ、ノーノー」
シロコ、ノノミ、セリカ、アヤネの4人は爆速で警備ロボットに見付かっていた。低予算の低性能AIに安物の銃を持たせただけの置物だ。
「どうします?」
「ぶち壊しです☆」
「了解!」
やにわにノノミがマシンガンをブッ放し、それに合わせてセリカとシロコが突貫。三人の圧倒的な火力とアヤネの的確なオペレーションによって、警備ロボットは一分も経たずに哀れな残骸となった。
「次は……向こうです!」
社長室への道を、隠密行動なんて知らないと言わんばかりの力業で突破していく。社長室はこのビルの最上階だ。
道はまだ長い。
しかし、順調に進めたのはここまでだった。
けたたましくアラーム音が鳴り響く。
『隔壁が降ります。該当フロアはA1、A2、A5……』
「皆さん、固まっ───」
が、遅い。
隔壁は既に降りていた。丁度、前を行っていたシロコとセリカの後ろ。ノノミとアヤネから2人を分断する形で。
「だ、大丈夫!?」
「何とか大丈夫です」
隔壁に押し潰されるという最悪の事態は何とか回避できた。
戦力は分断されてしまったが、この程度の危機はどうってことはない。対策委員会の抜群のコンビネーションは、
「別ルートから社長室に向かいます」
「わかった。こっちもシロコ先輩と2人で社長室に向かう」
「気を付けて下さいね~☆」
「ん、そっちこそ気を付けるべき」
2人で進む。
シロコ&セリカのコンビは、どちらもミドルレンジの遊撃手。アヤネのナビゲーションやノノミの支援がないのは多少痛いが、後衛職だけの向こうよりかは幾ばくかマシだろう。
と、その時。曲がり角の先から足音がした。誰かが向かって来ている。
より一層気を引き閉めて銃を構えた。緊張感が高まる。
チラッと曲がり角から影が見えた瞬間、既にセリカは引き金を引いていた。
「喰らえっ!」
「そげぶっ!?」
命中!
この長い髪とぶかぶかの制服。シリアスに徹せない気の抜けた悲鳴の主は。
「あ……ごめん」
「ごほつ、ごほっ……あ"~、じぬぅ……」
ニッカだった。
「何やってんのよこんなところで」
「んにゃ、迷子」
「いつだって人生の迷子よあんたは!」
銃弾が命中したお腹を課金で回復しながら、ニッカはパッと跳び跳ねた。
「いや急に壁が降りてきてね。それで道わかんなくなってさまよってたの」
ヘラヘラと語るニッカをセリカは半眼で見る。
「そもそもあんた道わかってるの?」
「あ、元から道わかんなかったわ」
お互いの情報をすり合わせること1分程。
ニッカとシロコとセリカの即興パーティーが組まれた。パーティー名は『しろにか!』。往年のラノベタイトルを思わせる名前だ。
頭脳担当がひとりもいないこのパーティー。しかし意外なことにこのパーティーの相性は良かった。
セリカとシロコが前に出て戦う都合、ニッカが後方支援になる。いつも戦闘技術もないのに自信満々に前衛を買って出るニッカだが、他の人が前に出るというのならその限りではない。
そして、ニッカは(本人は自覚していないが)どう考えてもサポートの方が向いていた。
「《
乱戦。
最初っからスニーキングアクションを否定してゴリ押すシロコらの道中は当然と言うべきか、戦闘がむちゃくちゃ多い。一度足止めを喰らえば後ろからどんどん敵が追加される。そしてその全てを破壊して無理矢理突き進む。脳筋の極みだ。
そんな激しい戦闘の中を金色の光弾が駆け巡る。光弾は戦闘の合間を縫って正確にシロコとセリカに命中。ニッカの課金支援だ。ニッカの支援連打によって不健全な力を上乗せされたシロコとセリカを、低予算のAI警備ロボットに止められるわけがなかった。敵機体をアリを踏み潰す様に簡単に突破していく。脳金の極みだ。
ちなみにニッカは、支援の際に発射する光弾を外したことはない。本人曰く「バフに命中判定あるなんてクソゲー過ぎるだろ常考」とのこと。普通の弾も当てろや、とそれを聞いた全員が思ったそうな。
ざっざっざっ。
歩いて、進んで、上って、登って。
ついにニッカらは辿り着いた。
「ここが『給湯室』かぁ……」
給湯室に。
何で社長室の前に給湯室があるのか。そのことに突っ込む人はいなかった。でも、間違いなく、ここはニッカ達が目指していた部屋だ。
廊下を塞ぐように不自然に壁で部屋が作られている。一見すると防火壁のようにも思える。恐らく社長室までの道を閉ざすために無理矢理、壁を生やしているのだろう。
壁にはシンプルなドアがひとつ。そこのドアに張り紙が貼ってあった。
『どう見てもここは給湯室です。赤パーカーさん在室中。用がある人はノックして下さい』
ニッカが頷くと、シロコが容赦なくドアを蹴り飛ばした。
ドアが吹っ飛ぶ。
「お、そろそろ来ると思ってたぜ。いらっしゃい」
そこは廊下というより、踊り場のような広い空間だった。
カーペットの敷かれた床の上に、プラスチックの机と椅子がポツンと置いてある。戸棚もちゃんと用意されているし、窓際にはご丁寧にも水槽や観葉植物もあった。理由は定かではないが、割と頑張って給湯室が作ってあった。もっとも、言われなければ給湯室とはわからないだろうが。申し訳程度に置いてある電気ケトルが、辛うじてこの部屋を給湯室たらしめていた。
その電気ケトルの前で悠々とカップを手にしている人物がひとり。
赤パーカーだ。
「コーヒー? 緑茶? 悪いがそれ以外にはマウンテンビューしかないぜ」
「ん、マッ缶」
「ドクペくれ」
「ダージリン」
「ないってんだろ……!」
耳か脳味噌が終わってんのか、と赤パーカーは自分の飲んでいたカップを机に置いた。
そして、露骨に溜め息を吐いて懐から一枚のキャッシュカードを取り出す。
「ほらよ」
その時、赤パーカーの手が急に光った。ライトや光の反射の類いではない。間違いなく、光ったのだ。
かと思うと次の瞬間には、赤パーカーの方からペットボトルが3つ飛んできていた。
「!?」
「どこから……!」
ニッカはキャッチしたペットボトルがドクターペッパーであることを確認して驚く。シロコも困惑しながら地面に落ちたマックスコーヒーを蹴り飛ばした。セリカはキャッチし損ねた。
そんなニッカ達の様子を見て、赤パーカーは軽く笑った。
「これが今のお前との差ってやつだ、ニッカ」
「あんましイキんなよ……その力、わたしと同じ力だろ?」
ニッカと同じ、課金することで様々な現象を引き起こせる力。しかし、ニッカはそんな虚空から物を取り出せるような能力は持っていない。
赤パーカーはニッカよりも、その力を使いこなしているようだった。
「そう、この力は非常にクソったれなことにお前と同じ力なんだ」
「訊いていいか?」
「何だ」
ニッカが一歩前に出た。
「何でアビドスに色々やってる。何でカイザーコーポレーションと協力している。あと何であんなに『レドアカ』強いんだお前。全部教えろ」
「人に頼む態度かよそれ」
全部教えてやるよ、と赤パーカーが盛大に溜め息を吐いた。
「まずアビドスに色々と吹っ掛けたりした理由だが、簡単に言えばそれ以外の道がなかったってとこだな。統計ってやつだ」
「統計?」
「こーすんのが一番良かったんだよ」
どうやら赤パーカーはニッカの質問には答えるが、わかるように答える気はないようだ。
「カイザーコーポレーションと協力してんのもそれだな。これが最適解なんだよ」
「わかるように言ってくれ」
「嫌だ。俺はお前が嫌いだからな」
話しながら赤パーカーは腰のホルスターのリボルバーに手を伸ばした。
場の緊張感が高まる。
「『レドアカ』が強い理由は……」
「…………」
ごくり。
全ニッカが固唾を飲んで赤パーカーの発言を待った。
「シンプルに課金量が多いだけだ」
「うがぁあああああああっ! だろうと思ってたけど知りたくなかった真実ぅぅううああああああっ!!!!」
ニッカは悔しさで悶えて転がった。ビッチビッチと跳ねた。カーペットの上をビタンビタンと跳ねる姿は、まるで陸に打ち上げられたコイキングのごとし。
ソシャゲにおいて課金額の差は基本的に覆せない。ゲーム内の戦績はプレイヤーの腕次第で埋まる時もあるが、"課金"というフィールドにおいては数値が全て。故にソシャゲ廃人としては、課金量では絶対にマウントを取られたくなかったのだ。
「まーじゃあこうしよう」
ぱちん。
赤パーカーが指を鳴らした。
「そこでピチピチしてるこいつを俺に引き渡すんなら、社長室まで通してやる。何ならさっきの問いにちゃんと答えてやってもいいぜ」
「引き渡すってどういうことよ」
「文字通りだぜ。俺がこのソシャゲクソ野郎を気のすむまでボッコボコにするってだけだ。戦闘を避けられるって考えりゃ安いもんだろ?」
「……何よそれ」
コイキング状態から脱却したニッカがようやっと構えた。全員が戦闘態勢になる。
ニッカ、シロコ、セリカの全員を一瞥して赤パーカーは呟いた。
「いやしかし、お前ら本当にいらないな」
「……は?」
「あれだろ? 小鳥遊ホシノを助けに来たんだろ。お前らの戦闘力じゃ足手まといにしかならんから帰った方がいいぞ」
弱い。いらない。足手まとい。シンプルな否定の言葉が飛んだ。
セリカの耳が震える。
「絆だの、友情だのいくらほざいていても、実力がなきゃ足枷にしかならねーんだよ」
「あんたが何と言おうと、私達はホシノ先輩を助ける!」
ズドドドドッ!
セリカの言葉が終わるかどうかのタイミング。銃弾が赤パーカーを襲った。が、弾丸は赤パーカーから逸れるような不自然な軌道になった。不可視のバリアは健在である。
「お前らじゃ小鳥遊ホシノの足を引っ張るだけってんだよ」
「ん、それが事実だとしても、先輩の手を引いて進むって決めたから」
問答無用なシロコに溜め息をひとつ。赤パーカーがやれやれと首を振った。
「無駄なことはやめようぜ。俺への攻撃は、無意味で無意義で、それでいて無価値ってもんだぜ」
「こちとらあんたに忌みも異議もありまくりだ。そんでもって、勝ちもこっちのもんだ!」
言いながら後ろ手でニッカはセリカに課金でスピードのバフを乗せた。ニッカが地面に転がっているペットボトルを蹴り上げ、シロコがそれを空中で狙撃。ジュースが飛び散る。セリカは一気に赤パーカーの背後まで回り込んだ。
「視界を塞いで隙を作ろうってか。割と好きな方向性だが……」
「背後が空きっ空きよ!」
赤パーカーは突撃してきたセリカを後ろに跳んで回避。セリカの突進に合わせて放たれた弾丸は、やはり赤パーカーから逸れてしまう。
「それ強すぎだろ……ナーフしろや!」
「《
どくん。
その時、嫌な感覚がニッカを襲った。
形容できようにもない感覚。ただこの感覚が酷く気持ち悪くて、嫌悪感を抱くものだということだけはわかる。
冷や汗がニッカの吊り上がった頬を伝った。
顔色の悪いニッカの横にシロコが移動した。
「ん、大丈夫?」
「うん。大丈夫過ぎて大勝負って感じ」
それは、唐突だった。
いつでも出来事がドラマティックではないように。
何にでも予兆というのもがあるわけじゃないように。
現実というのがご丁寧に前振りをしてくれないように。
赤パーカーが無造作にリボルバーを撃った。
「!」
課金の力により、相手の思考の不意を討ったその弾丸が。
課金の力により、そもそも目に映らない色彩をした弾丸が。
課金の力により、目にも映らない極限の速度になった弾丸が。
ニッカの髪の毛を少し散らした。
どくん。
共鳴する。
呼応する。
共振する。
ニッカと赤パーカーの間に、目には見えないラインが繋がった。
視点が、切り替わる。
世界が、切り替わる。
そして、正確に
「…………は?」
全てがスローモーションになったようだった。
セリカの身体がゆっくり仰向けに倒れていく。
この世界には似合わない"赤"が、飛び散った。
「らしくない顔してんじゃないわよ」
「いつもみたいに笑顔でいて」
「だから、そんな顔、やめなさいよ」
崩れたビル。砂にコンクリートとガラスが突き刺さっている。
暴力的な残骸が、倒れた少女の身体にも、突き刺さっていた。
「なんっで……!」
折れた右腕でポケットを探ろうとするが、上手く動かない。
確かまだここに予備のお札が何枚か残っていたはずだ。
探す。探す。あった。掴めない。紙きれ1枚すら掴めない。
必死にお札を掴もうとするわたしの膝に少女の左手がちょこんと当たった。
「今、回復を! もう喋らなくて良いから!」
「私がもう無理なことぐらい、自分が一番よく、わかってるわよ」
何で。
なんで。
やめてよ。
そんなの聞きたくない。
そんなこと言わないで。
「行きなさいよ。1分1秒も無駄にするなって、私に言ったでしょ」
弱々しい左手が、わたしの膝を押した。
その弱さから、もう身体を動かすのも、喋るのも限界だと察してしまった。わかってしまった。
「何もしない、だけは最悪って……いまできることするって……私はした、わよ」
彼女の左手が、わたしの膝を拳で叩いた。
どんな状況でも何もしないことだけは最悪だって、今できる最善を尽くそうって、その言葉を彼女に送ったのは。
「……う、ぁぁぁあああああっ!!」
地面を殴って立ち上がった。
砂が顔中にかかっても微動だにしない黒見セリカを置いて、わたしは駆け出した。
振り返ることはできなかった。
セリカの左手の感触がまだ膝に残っていた。
最後まで今できることをやり通した強さが、わたしを突き動かす。
「な……んで……!」
「んでだよぉぉおっ!!」
どくん。
嫌な感覚が全身を襲った。
身体が、動く。
「! 《
ニッカは咄嗟にシールドを張った。
赤パーカーの放った弾丸がシールドにヒビを入れて止まる。
「悪くねぇ勘だ。進んでるってことか」
「ん!」
ブツブツ呟く赤パーカーに向かってシロコが銃を乱射。
狙うは赤パーカー本人ではなく、床。足場を破壊する算段だ。爆発の際の煙が視界を塞ぐ。
「あー、無駄ってんだろ」
赤パーカーが煩わしそうに腕を振る。
振った腕から閃光が走ったかと思うと、その手には爆弾が2つ握られていた。
「いっ!? やばっ!」
煙に紛れて距離を詰めていたセリカが勢いを殺しきれずに赤パーカーに突っ込む。
赤パーカーは少し身体を逸らしてセリカを回避した。
「ほいっと」
セリカを回避した勢いそのままに、回転。シロコ側とセリカ側の両方に爆弾が投げられた。セリカは緊急回避のため、給湯室の端にある机の後ろへ跳んだ。
「にゅわっ!?」
シロコが反応の遅いニッカの袖を引っ張りながらカカッとバックステッポ。
べとーん、とニッカは尻餅を付いた。
シロコが下がった瞬間、爆弾が
「───ッ! 《
ニッカがギリギリのタイミングでシールドを挟み込んだ。眼前の爆弾がシールドの向こうで爆発する。
さっきからニッカの全身に嫌な感覚が巡っている。危ない状況になる直前により強く感じる。
気持ちの良いものではないが、そのおかげでいつもよりも反応キレが良くなっていた。
「ん、助かった」
「よし、防御はわたしが頑張る。何か良い感じに攻撃はよろしく!」
「了解!」
ニッカ達が回避に当たっていた間に、赤パーカーは次の攻撃の準備を終える。
完全に戦いの主導権を握られていた。
「そら、もっとギア上げなきゃ追いつけねぇぞ!」
「クッソが! 《
エイムがクソガバすぎるだけで、こと支援にかけてはニッカの腕はそこまで悪くない。
赤パーカーの放つ攻撃群を必死にニッカが防いでいく。
「先輩!」
「ん!」
コンビネーション攻撃。だが、赤パーカーの周囲にはドーム状に透明なバリアが張ってある。攻撃は通らない。しかし、このコンビネーション攻撃はダメージを与えるのが目的ではない。
シロコの狙いは達せられた。これはバリア突破の布石だ。
シロコが気付いた不可視のバリアを破る方法。
「そろそろ攻撃がマンネリ化して───!?」
ここで、シロコが一段階
「この距離ならバリアは張れない!」
シロコが気付いたバリアの攻略法。
バリアは赤パーカーから一定の位置にドーム状に張られている。
そして、恐らく敵意のある"攻撃"だけしかバリアは防げない。
先程のセリカの体当たりの時。赤パーカーは突っ込んでくるセリカをバリアで弾くことはしなかった。
シロコの考えた攻略法は至ってシンプル。バリアの中に入って撃つだけ。
「ぐっ……!」
「うぁっ」
赤パーカーに初めて攻撃が通る。しかし、シロコの攻撃に合わせて赤パーカーがシロコの腹を蹴っ飛ばした。
互いに腹部を手で押さえて膝を付く。その隙を逃さず、後ろからセリカが赤パーカーに突撃。しかしここは赤パーカーの方が早い。
「上から来るぞ、気を付けろ!」
赤パーカーが地面にリボルバーの銃口を付けた。
床が波打つ。地面が脈動し、上に競り上がった。
「嘘でしょっ!?」
投石器の原理で飛んだパイプ椅子が、セリカにヒット。体制が崩れて攻撃がキャンセルされた。
「あんまし調子に乗らせんのも良くねーよな」
「何を───ッ!?」
リボルバーの引き金が下に向けて引かれた。
床にしかれていたカーペットが脈動する。術者を守るように動くカーペットが、赤パーカーからシロコとセリカを引き離す。
「大盤振る舞いだ!」
カーペットに守られた赤パーカーのリボルバーに、どんどんお札が投入されていく。明らかに大技の準備だ。
「何かヤバそうなんだけど!?」
「いや、それは違うな……ヤバいんだよ」
「!」
赤パーカーのバリアは近付けば抜ける。逆に言えば、遠距離ではまだ破れていないのだ。
距離を詰められなければ、大技の準備をする赤パーカーを止めることはできない。
「ほいっとな」
赤パーカーが腕を振った瞬間、ニッカ達の腹部に衝撃が走った。
「か、はっ……!」
とてつもない圧力で身体を押し潰されたような衝撃。
肺の中の空気が全部出た様な痛み。
一撃必殺。
たとえ頑丈なキヴォトスの住民であろうと一撃で堕ちてしまう程の攻撃だった。
「(ぅぁあっ……痛い! いきっ、がっ! 動けない……! が! でも、死ぬ程じゃねぇ! 焦るな……息ができなくなったわけじゃない。吐け、息を吐けッ! 呼吸を続けろ、何もしねぇ時間だけは作るな……ッ!!)」
ニッカが真横のシロコの方を確認する。シロコも自身と同じように腹を押さえて膝を付いていた。リボルバーに残っていた残高を消費してシロコに回復を飛ばす。
が、回復の光弾は横合いから飛んで来た光弾に弾かれる。
「おっとぉ、そっちを復活させるわけにゃあ、いかねーな」
「てめぇ……!」
「砂狼シロコにゃー、ダウンしておいてもらわねぇとな」
ガチャ。
赤パーカーがシロコに向かって銃を撃った。
「がっ、ぁああうぁあああっ!!」
シロコの身体がのけぞり痙攣する。
苦痛に目を剥き、抑えきれない悲鳴が部屋中に響いた。
「なにを……!」
「ほら、さっさと立てよ。そのうち
「くっそ、がぁあああああああ!!」
キヴォトスにおいて肉体的な苦しみというのは身近ではない。
銃火器を用いても物理的な死を狙うことが難しいこの世界では、争いはそこまで忌避されるものではない。だから、暴力が許容されている節が少しある。うっかり死ぬということが少ないのだ。
だが、他者を明確な殺意を持って攻撃することは違う。
死や殺意というのは、この世界では重い。
死が遠い世界では、死が持つ意味は遠い分だけ重くなる。この世界では、他者への明確な殺意は許容されないレベルの"悪"なのだ。
ニッカが地面を叩いた。全身にありったけの力を込めるも、自分にかかる重力が数倍になったみたいに重い。いや、実際に重い。赤パーカーのかける重力が漸次的に強くなっていく。
「《
「おっと」
リボルバーが弾き飛ばされた。
赤パーカーが立ちあがれないニッカを見下ろす。
「……はぁ、やっぱ何度見てもムカつく顔だなお前」
「は? 何言って───がぁっ!」
赤パーカーがニッカの顔を踏んだ。
「っは、なにすんどあぐっ!」
「お前が!」
しゃべろうとしたニッカの顔があらんばかりの力で蹴り飛ばされた。
「うっ、あっ、───っ!」
一回、二回、三回……蹴って、蹴って、蹴った。
「何でこんなに弱いんだよ!」
いつの間にかニッカの身体は給湯室の壁まで転がっていた。
「そんなんじゃ、何も守れない!」
赤パーカーの行動は止まらない。
「お前が……お前……ねよ…………死ねよっ! お前が死ね!」
それは、憎悪だった。
それは、怒りだった。
それは、殺意だった、
それは、絶望だった。
「……なんっで、こんなに弱いんだよっ!!」
声を上げる暇すらなくなぶられ続けるニッカは、赤パーカーの激情を理解していた。自分にぶつけられる感情の奔流が、まるで自分自身の感情であるかのように理解できた。
理由はわからない。
それでも、赤パーカーがどうしようもなく世界に絶望していることだけは、感じ取れた。
それは、PvPのソシャゲで稀に見たことのあるものに似ていた。
結果に納得できず、世界に憤怒し、他者にその激情をぶつける。
そしてなにより、そんな"自分"が一番嫌いで。
辛い。
この負の感情の奔流に晒されることがどうしようもなく辛い。
どうすることもできない想いが、これ以上ない程に痛かった。
こんなに苦しんでいる人に対しどうにもできない自分が憎い。
「死ねっ! 死ねっ! 消えろ! クソがぁッ!!」
体力に限界が来たのか、赤パーカーの攻撃が中断された。
「……ふーっ、あ"ぁ……ぜあっ、はっ、はぁ」
多少、落ち着いたようだ。赤パーカーは攻撃を止めた。
部屋を見回す。
あちこちに銃弾と爆発の痕があり、床も歪み机も照明も粉々。
セリカは気絶。ニッカは声を上げることができない程の瀕死状態。シロコはまだ苦しみ続けていた。
「……ごめんね、シロコちゃん」
シロコにかけた《
「何やってんだ、わたし……こんなこと……」
静かになった。
世界中から音が消えたみたいだった。この部屋だけが時間の侵食から逃れているような疎外感。今更に窓の外に灰色の積乱雲が広がっているのに気付く。
戦いが終わった後の孤独。
赤パーカーにとって、久しぶりの感覚だった。
「終わった、か」
「それはどうかな」
「!?」
思わず振り返った。
「まだ立てたのか……!」
赤パーカーの視線の先。
弱々しく立ち上がり、不敵に笑うニッカがそこにいた。
身体中が傷だらけになっても、理不尽な負の感情をぶつけられても、ニッカから笑顔が消えない。
どんな時でも笑顔でいることは、ソシャゲ廃人の基本だ。
「そっちにどんな事情があって、どんな理由があって、どんな感情があるとかそういうのはわからない。わたしはお前のことをなぁーんにも知らないし。だけど赤パーカー、これだけは言える」
ニッカはまっすぐに赤パーカーを見据えた。
「何だと……? お前に……お前なんかに何がわかるって言うんだッ!」
「わかるさ」
透き通るような、純粋な双眸が赤パーカーを射抜いた。
「お前がソシャゲを大好きだってことだけはな!!」
「……は?」
思わず困惑した赤パーカーを余所にニッカは続ける。
「お前が『レドアカ』が大好きことは痛い程わかる」
「痛いのは多分お前の身体だよ」
「わたしをボコボコにした時にハッキリと感じた」
「やっぱ物理的な痛みじゃねぇのかそれ」
ニッカは自分の髪の毛……特にアホ毛に『ソシャゲ好き好きセンサー』が搭載されている。それによりソシャゲが大好きな人を発見することができるのである。的中率は50%ぐらい。
今回はそれがビンビンに反応している。
「なんだよそれ! どこがビンビンだお前! ボッサボサなだけじゃねぇか!」
「センサーが受信した電波でボサボサになったんだよ。まぁ、静電気みたいな感じだ」
「みたいじゃなくて静電気そのものだろうが……!」
赤パーカーが地面を蹴った。
ニッカの意味不明な言説に困惑していた。
「ソシャゲは皆でプレイするものだ……」
「何が言いたい」
「お前の目的を教えてくれ、赤パーカー。
そっちが何をしようとしてるのかはわからないけど……
お前が本当にやりたいことがやれてないのはわかる」
「だったらどうなんだよ。やりたいことをやれてないから何なんだ。それでお前に何かあるってのかよ」
「教えてくれ。
やりたいことがあるなら、わたしも手伝う。
力になれるかはわからないけど、ソシャゲ大好きな奴に悪い人はあんまりいないからな。
ひとりよりもふたりの方がきっと……」
「意味不明だボケが!
綺麗事抜かしてんじゃねぇよ。
俺の目的は俺一人でやる。わざわざお前に教える義理はない。
それに……『ひとりよりふたり』なんてな、幻想でしかないんだよ」
「だから本当にしたいんだろ。実現できるのなら……それが一番良いって、きっと皆思っているはずだから」
「……絆とか、友情とか、協力とか、そういうのも全部現実の前には無力だ。
ゲーム脳も大概にしろ。
不可能なんだ!
そういう綺麗事を押し通すのは……」
ニッカの意味不明な言説から始まった問答。
この会話に付き合う理由なんて、赤パーカーにはない。
でも、赤パーカーは付き合っている。
そして、赤パーカーの言葉は本心だ。
ニッカには何でかそれが分かるのだ。
赤パーカーは何かしらの事情を抱えている。
この短い付き合いは、それをニッカが察するには十分な時間だった。
「赤パーカー! お前だってソシャゲプレイヤーならわかるだろ!
やりたいことがあるなら、やるべきだ。
欲しいものがあるのなら、手を伸ばすべきだ!」
机上の空論というのがある。
理論上は可能でも、現実的にはほとんど不可能なこと。
言うなれば奇跡。
「……あぁ、分かったよ。教えてやる」
銃口が寸分狂わずニッカの方を向く。赤パーカーが引き金に手をかけた。
「俺の目的はお前を
残念だったな。
9割9分お前と手を取り合えない目的だ」
「9割9分、か……へへっ」
「……何が可笑しい」
ニッカは笑う。
絶望的な状況ほど、希望は輝く。
「1%たぁ、ずいぶん良心的じゃねぇか……ッ!」
「!」
「引き寄せてやるよ……
ニッカが語るのはいつも、幻想で夢物語で綺麗事だ。
誰もが"そうだったら良いな"と思うけれど、"現実はそうはならない"と諦めるようなこと。
でも、どんなに低い確率でも、ゼロじゃない。
どんに小さくとも確かにそこにあるのだ。
そこに"ある"のなら、引くだけだ。
あれが欲しい。
これが欲しい。
それを手に入れたい。
未来を掴み取りたい。
その時、ニッカの中から湧き出た衝動の名は"物欲"。
課金勢の原動力であり、課金勢が疎み嫌う不純かつ純粋な情熱。
溢れ出る物欲が、眩い光となってニッカの左手に集う。
純粋で不健全なその情熱が、ニッカの瞳に焔を灯した。
「光……だと……!?」
───欲しいものを手に入れる
───可能性という未来の具現化
───願うものは、金の力で掴んでやる!
「引くぜ───《
赤パーカーの銃撃を転がりながら回避する。そして、転がっていたリボルバーを回収。握りしめたお札をリボルバーのスロットに挿入した。
左手の輝きがより一層強くなる。
数多の人々の
爆死した人々の魂と残高の怨念。
その輝きは、森羅万象に通ずるもの。
大当たりした人々の喜びとガチャリザルトスクショ。
世界中の全ての可能性が、この手の中に集まって、
───人はそれを、ガチャと呼ぶ。
希望は、この手の中に。
「演出スキップ!
「お前も俺と同じ力を……ッ!」
ニッカの左腕に握られていたのは、ドリルだった。
塗り潰した様なのっぺりとした白色に少し山吹色が混じった色合いのドリルだった。玩具みたいにチープな質感のドリルは、ニッカの顔よりも大きい。
一歩、踏み出す。
「この程度の重力……振り切ってやる!」
ギュルルルル!
ドリルが回転する。課金兵はガチャを回すもの。ガチャは経済が回るもの。お金は天下の回りもの。そしてドリルも回るもの。
ソシャゲ廃人には、ドリルがよく似合うのだ。
「喰らえ!」
ニッカの振るうドリルが赤パーカーの不可視のバリアを破壊する。
「クッ、バリアが!?」
「ドリルはロマン! ロマンというのはつまりガチャ! ロマンに強いのが、ソシャゲの基本だッ!」
「ドリルじゃなくて脳味噌回せや……!」
ニッカが攻める。赤パーカーはドリルの突破力になす術がないのか、防戦一方だ。
「クッ……だがな、
赤パーカーの両手が光る。
金色の光が波動の様に震えた瞬間、光は虹色に変わった。
「確定演出!?」
「おらよっ! ハンマーだ!」
赤パーカーの手には見るからにレアリティの高い禍々しいハンマーが握られていた。両手で持つ、身体程のサイズのスレッジハンマーだ。
ドリルで何合か赤パーカーの攻撃を受け止める。流石に威力が段違いだ。ニッカは距離を取る。
「手がジーンと来るな……レアリティの差は大きい」
「残念だが、そのドリルはもう使い物にゃならんぜ」
「ッ!?」
パチン。
赤パーカーが指を鳴らすのと同時にドリルが粉になって消えた。
「こいつは武器破壊特化のハンマーだ。勿論、武器だけじゃなくてお前の肉体も破壊できるがな。どうだ? 絶望したか?」
「環境はメタられるのがソシャゲの基本だろ。武器は何度でも引くまでだ!」
ニッカの残高が減り、有償石が購入される。有償石を突っ込み、ガチャを回した。
願うは赤パーカーのハンマーに強い武器。
「
引いたのはコモン……もはや武器ですらないハズレだった。
続けざまにガチャを引こうとしたニッカに赤パーカーが銃撃で牽制を入れてくる。ニッカは伊勢海老を丁寧に部屋にある水槽に入れて銃撃を回避した。
リボルバーが回る。1回だけでなく、弾倉全てを吐き出すように1回転。10連ガチャだ。
「
【R "発砲美人" ビューティシューティング】
【C "堕天眼鏡" ダークミラー】
【N "三核比" タブーレート】
【N "穴転び矢置き" ローアロー】
【C "読み方" 大判焼き】
【N "風の運び屋" 霧ヶ峰】
【C "短剣家" ショートマスター】
【N "電池無用" アンリミテッド】
【R "社会無敵号" ラック・ソーシャル・スタンディング】
【SR "軽鋼刀" ライトソード】」
10連ガチャ。
最低保証でSR以上がひとつ確定しているとは言え、爆死には違いなかった。
ノーマルやコモンを投げ捨てて、SRの光る丸い刀を手に取って赤パーカーのハンマーを受け止める。が、刀はすぐに割れてしまう。
「やっぱSSR以上を引かないと無理か……!」
赤パーカーが出した確定演出は最高ランクのウルトラレア……URが出た証だ。
URのワンランク下のSSRならまだしも、二段落ちのSRでは対抗できるはずがなかった。
とりあえずの時間稼ぎとしてニッカはガチャで当たった短剣をぶん投げる。赤パーカーのハンマーに弾かれて、短剣は粉々に砕けちった。
「(しかし……こいつ、
大振りのハンマーは両手で持たなければいけない。ハンマーを持っている間、赤パーカーはリボルバーを腰に差している。赤パーカーはバリアを張れるのだから、わざわざハンマーでニッカの投げたゴミを弾く必要はない。
ドリルで肉薄した時も防戦一方だった。たとえばユウカレベルの戦闘技能があれば、たかだかドリルひとつでニッカに切り返せなくなるなんてことはないはずだ。
接近戦に持ち込むことが出来れば、勝機は大いにある。
URなんて贅沢は言わない。せめてあのハンマーと何回か打ち合えるSSRさえ引ければ。
「欲しいものがあるなら、引くだけだ!」
身体の中から湧き上がる物欲に身を委ねることこそ、課金廃人の第一歩。
そしてその物欲を物欲センサーに引っかからないように消し去るのが、第二歩。
どれだけ願っても、常にハートはクールに。
ニッカの物欲ボルテージが一気にクールダウンした。
リボルバーが高速で回転する。眩い光が部屋中を包み込む。
回すはガチャ。回るは経済。惹かれるは心。引くはピックアップ。
ニッカは、100連ガチャを引いた。
「
【N "我竜転生" ブラックヒストリー】
【C "頭痛" アイスクリーム】
【C "聖涼息" ブレスケアエリア】
【N "伏兵盆に帰らず" ノールックトルーパー】
【C "笑いのツボ" 夏みかん】
【R "解雇の繭" シルクファイヤー】
【N "違約品" ヴァイオレットサプリメント】
【N "衰葬楽" デスハピネス】
【N "蹴角逓増" ウィンドウズ】
【SR "血痕指輪" ブラッドリング】
【C "見たら死団子" デスボールスティング】
【N "重ね傘ね" アゲインアンドアゲイン】
【N "一犯人" オーディナリー】
【R "剣抗針弾" ソードレジスト】
【C "肉" 松阪牛】
【C "保持者" 500㎖水筒】
【R "散燗死怨" デッドサークル】
【R "一角戦金" ゴールデンユニコーン】
【C "天然水" ウォーターナチュラル】
【SR "叛灰者" バイグレイ】
【C "水と生きる" サントリー】
【C "平面論者" テーブルスクランブル】
【N "一日閃蹴" ライトニングソニック】
【R "八稜星" オクタプリズム】
【R "韻銀不零" インポライトゼロ】
【N "三刻同迷" ラビリンスアライアンス】
【N "課金高収" オールデヴォーション】
【C "衣を纏いし王" 唐揚げ】
【R "断救台" デフィニッド】
【SR "有窮急火" クライシスフレイム】
【R "明鏡刺垂" スティングスタンド】
【C "鍋の引立役者" 味付けポン酢】
【C "覚醒の刻" 珈琲】
【N "紙聞新" リバーシブル】
【SR "不倒不屈" ネバーギブアップ】
【R "痙攣味" パラライズオーソドックス】
【C "拭くやつ" ティッシュペーパー】
【N "長跳馬" ロングピリオド】
【N "一錬託勝" ヴィクトリーリワード】
【SR "殺神器" ディバインデバイス】
【C "新鮮一番" キャベツ】
【N "神美眼" ゴッドアイセンス】
【C "結合と接合" セロハンテープ】
【C "ラプラスの瞳" リブラ】
【C "記録記憶" ハードディスク】
【C "魔法の筒" マジックシリンダー】
【R "遺棄等号" イコールディスカード】
【SR "手徒拳" バリツシティ】
【R "半面狂死" マッドオアデッド】
【SR "下刻上" リバースタイム】
【R "背反知見" パラドックスインテリジェンス】
【R "永久立体" キュービックループ】
【C "相互理解" きのこの山】
【C "爪弾きの真実" そろばん】
【N "無我宇宙" ルーズジアース】
【C "謎" 百葉箱】
【N "暗剣殺" アサシンブレード】
【C "夏のご来店" 風鈴】
【R "実体剣" イグジストソード】
【SR "心に豆鉄砲" ハートビートシュート】
【N "一射扇芯" ジャストショット】
【C "戦士の足" 二輪車】
【N "管制品" コントロールエンド】
【C "男は黙って" ジャンプSQ】
【R "地獄表" ヘルタイムテーブル】
【C "旅のお供" スーツケース】
【C "無念物語" 宝くじ】
【R "国家清浄" チェンジテーマ】
【C "佐天涙子" 金属バット】
【SR "最針鋭" ピンポイント】
【C "釈由美子" マンホール】
【N "効率無縁" ワンバイアローン】
【N "若転保険" ジャストインケース】
【C "恥" ジャラランガ】
【C "いつかの明日" アンクレット】
【N "澄めば都" ダーティシティ】
【N "体格線" クロスサイズ】
【R "結果次点" セカンドベスト】
【C "一席ぶとうか" マウンテンビュー】
【SSR "過多慣らし" オーバーワーク】
【C "青春とは嘘である" マックスコーヒー】
【C "灼熱の定番" カレーライス】
【R "良秀所" グッドレシート】
【C "叡知" 薄い本】
【N "話力発伝" コミュニケートジェネレート】
【C "お前" 生ごみ】
【R "準微万端" オールエンドスライト】
【N "漸怠増" グラディアルレイジー】
【C "無用規格" ライトニング】
【SR "一勝に伏す" ルーザー】
【R "天有神除" デリートセイクリッド】
【N "翠宝に喜す" ロストプレジャー】
【N "冥土の土産" プレゼントフォープレゼント】
【N "威丈多可" プレッシャーアンドプレッシャー】
【R "蝉始昏" トゥワイライトビギニング】
【C "はじめました" 冷やし中華】
【C "修学旅行" 木刀】
【R "帯刀領" ロードオブソード】
【C "友情努力勝利" ジャンプ】
【SR "想像力の剣" 木の棒】」
100連ガチャが終わった。
ガチャ結果を見ている余裕はない。ひとつだけ見えたSSRの金色の光を掴む。
「うおりゃっ!」
赤パーカーが振り下ろしたハンマーを掴み取ったSSRの
そのまま受け流してカウンターを繰り出す。棍の先端が鳩尾に入る。
「ぐはっ……」
「もういっぱぁぁあつ!」
二連撃。
棍が赤パーカーの手首を叩く。ハンマーが、赤パーカーの手から離れた。
そのままインファイトに持ち込もうと、ニッカは棍を振り上げた。その時、赤パーカーの胸ポケットから500円玉が飛び出した。
コインが光る。
「ガチャ!」
「ッ! 目が……!」
ガチャの演出光を目眩ましに使い、赤パーカーはニッカと距離を取り、腰のホルスターに差し込んだリボルバーを手に取った。
課金合戦が始まる。
ニッカも棍を地面に置いて、リボルバーを握った。
「先手はもういらないよな。《
「回復封じ……!」
赤パーカーが使ったのは回復系統の課金技を封じる回復封じの技。しかもご丁寧に部屋全体にその効果を付与している。
体力的にも時間的にも不利なのはニッカの方だ。
「今更、回復できなくなったところで痛くはあるけど痒くはない!」
「ほざけ! 苦しんで死ねッ!」
お互いが同時にプリペイドスロットにお金を投入した。
「《
「《
ここで決める。
回復手段を封じられたニッカには、もうこの一発にかける以外の道はなかった。
限界はとうに越していた。
ここで終わらせる。
回復手段を封じ、ガチャで得た武器もなく、互いにリボルバーの射程内。赤パーカーはここのニッカの一撃をやり過ごすだけで大きく有利になる。
自身も回復を封じられたが、まだ余力は残っている。
「《
「《
ニッカから撃たれた砲弾が赤パーカーの張ったバリアに当たって爆発する。
「(防がれた!)」
「(防いだ!)」
煙でお互いの視界が塞がれた。
ぐっとニッカは踏み込んだ。
赤パーカーは素早く下がる。
「その臆病さが……」
「その愚直さが……」
「───お前の敗因だッ!」
ドサッ。
ボコボコになってカーペットも焼け落ちた床に倒れる音が一つ。
ニッカの渾身の一撃を防いだ赤パーカーのお返しの攻撃が、ニッカに突き刺さっていた。
静寂が現れる。物音が消えた。
倒れたニッカから赤パーカーはリボルバーを奪った。
これで本当の本当に決着だ。
「……いや、違う。
ようやっと赤パーカーは違和感に気付く。
が、時すでに遅し。
「シロコちゃん達がいない!?」
「もう遅いわよ!」
バリン!
窓ガラスを突き破ってセリカが飛び込んできた。銃を乱射しながら突撃してくる。
「ぐあっ!」
たたらを踏んだ赤パーカーに思考の隙は与えられない。顎を
「階下……ッ!」
この階の下に回り込んだシロコの寸分狂わぬ射撃が、脳味噌を揺らした。
平衡感覚を失い、赤パーカーは倒れる。
一撃で勝負は決した。
「ぅぁ…………クッソが、もう動けねぇ」
赤パーカーがリボルバーを手放して目を閉じた。降参の意を示している。
「よりにもよってお前らに負けるとか……さいっあくの気分だよちくしょう」
床に大の字になって寝転がる。そして、カーペットの下の
「まぁ、
「しまっ───」
「
ハレーション。
一時的に聴覚も麻痺しかねない爆発音と、視界すら正常に働かなくなる程の閃光が部屋を走った。
テレポートだ。戦闘中に、ニッカ達に気付かれないよう床下にしこんでおいたのだろう。
「逃げられた」
戦闘が終わった。
階下のシロコが上がってセリカと合流する。
ニッカは気を失っていた。
「……進むしかないわよね」
「ん、助けにいこう」
シロコとセリカは給湯室を後にし、奥の社長室に向かった。
「間に、合いました……」
「なんっ、で……」
崩れた部屋。焼け落ちた部室。蹂躙され尽くした空間。
全てが終わってしまった場所で、息も絶え絶えな少女はメモを差し出した。
「これ、地下の……」
「な……ぁ……」
少女の震える腕が、全く見当違いの方向へ伸びる。
顔が焼けていた。片目が完全に潰れていた。
どうみても、致命傷だった。
「わた、しは……最後まで笑顔です。だ、ら……」
何でだ。
なんでだ。
何でまた間に合わない。
どうしてまた勝てなかったんだ。
なんでいつもわたしは守れないんだ……!
「みんなを、えがおにするって……まずは、ニッ……らです……」
「あ、あ、あぁ……」
「あはは、めがめないから、よく、みえないですね」
みんなを笑顔にする。
みんがが笑顔でいる。
みんなの笑顔を守る。
みんなで笑顔を守る。
そう約束した。
そうしようって、みんなで誓った。
できるのなら、きっとそれが一番だからって。
「───ありがとう」
「は……ぁ…………」
「アヤネちゃん」
「……」
少女は笑った。最後まで笑っていた。
手にしたメモは守り抜いた最後の情報。
血が滲んで今にも破れそうなそれを、丁寧にポケットにしまった。
何が守るだ。
みんな、守れなかった。
何を守るだ。
誰も、救えなかった。
何も、何も…………何一つ!
何一つ守れなかった!
わたしの、せいだ。
「……んにゃ」
周りを見回すも、自分以外の人はいなかった。戦いはもう終わったようだ。
「あ~、身体中いってぇ」
よちよち歩いて、転がっていたリボルバーを拾う。
リボルバーに500円玉を投入し、傷を癒した。
「かいふくしるー、ふぇぇ」
血を雑に服で拭って立ち上がった。シロコ達はもう社長室に到着しただろうか。
戦闘には勝利したが、最終的に赤パーカーには逃げられた。
「あいつとはもう一回しっかりとお話しないとな」
それは情報という点だけではない。
ニッカは赤パーカーから向けられている感情のベクトルを理解したかったのだ。
赤パーカーが、凄く辛そうだったから。理由がわかれば何かできることがあるかもしれないから。
「……血?」
ニッカは気付いた。
血が出るなんて久しぶりだ。
頑丈なキヴォトスの住民は基本的に外傷を負うことは少ないし、血が出るような大怪我ならなおさらだ。それほどまでに先の戦いは激しかったのだ。そしてこれからはもっと激しくなるだろう。
ニッカは
「ッ!?」
足が止まる。
「なんで折れてんだ……? そんな傷さっきまで、いや回復したはずだろ!?」
ズキッ。
身体中が痛む。あまりの痛みに動けなくなる。あんなにダメージを喰らったのだ。それも当然だろう。
いや、おかしい。たとえダメージを負っていたとしても、ここまで痛むのはおかしい。それに先程、確かにニッカは回復を自身に施したのだ。
「ど、うな……ってんだこれ……!」
社長室は、すぐ目の前だ。
「う、ぁ……」
電源が切れたかのように、ニッカは意識を失った。
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