涙を流す私に話しかけてきた人は、今朝登校中にぶつかった男の子だった。あの時はよく見てなかったけど、見慣れない制服を着ていて、私より1つか2つ歳上に見える。
「喧嘩でもしたのか?」
彼は、ほむらちゃんが出ていくとほぼ同時に入ってきたみたいで、話は聞いてなくても、何かを感じたのかもしれない。
「違うんです……全部私が悪いんです。私が、私が何も出来なかったから……」
顔しか知らない人を前に泣きじゃくりながら、溢れる涙を隠そうと、必死に顔を覆う。ああ、なんてみっともない。どうして私はこんなにもダメなんだろう。
「なあ、前座ってもいいか?」
「え、あ、はい……大丈夫です」
そう言うと彼は、私の前の、ほむらちゃんがさっきまで座ってた席にゆっくりと腰をかける。彼は何も言わない。響くのは私のすすり泣く声だけだった。指の隙間から彼を見ると、うーん、うーん、と頭を悩ませていた。私のことを心配しているのかな? どうしようか困っているのかな? 迷惑なのかな? なんて、ありもしない妄想を募らせてまた悲しくなってくる。今日の私、変だ。魔法少女のこと──さやかちゃんのこと、マミさんのこと、ほむらちゃんのこと、何もかもが一度に押し寄せてきて感情がぐちゃぐちゃになってしまっている。
「あ、あのさ──」
微妙な空気が流れる中、彼はゆっくりと口を開いた。
「自己紹介、まだだったよな。俺は上条当麻。学園都市から来たんだ。君の名前は?」
学園都市、聞いたことがある。なんでも、東京の中心にある大きな都市で、たくさんの学生と研究機関が集まってるっていう。それに、上条君……か。その名前をきっかけに、頭の中にさやかちゃんの顔がチラつく。
「ん? ……どうしたんだ?」
「う、ううん……私の知り合いにも、上条って苗字の人がいるんです」
「へぇー、そんな偶然あるんだな。まあ、分かりにくいだろうし当麻って呼んでくれよ」
「は、はい……当麻さん」
「敬語もいいよ。なんかむず痒いからさ」
「う、うん……当麻君。私は鹿目まどか、近くの見滝原中学校に通っているんだ。こっちもまどかって呼んで」
「……まあ、名前呼びをお願いしたのはこっちが先だしな。よろしく、まどか」
ちょっと顔を赤くしながら、当麻君は返事をする。それと同時にはぁ〜っと大きくため息をついて頭をボリボリとかき始めた。
「ど、どうしたの?」
「いやね、ウチの居候
い、居候
「アイツら、家にあるもん全部食うし、電化製品壊すし、齧り付いてくるし、目が合う度に踏んだり蹴ったりしてくるし、もうほんとお手上げって感じなんですよ」
当麻君の学園都市での話は、なんだか凄いことばっかりで、私なんかじゃ全然分からないことばかりだった。
「ふふっ……あははは!」
そんな出来事を聞いていると、おかしくて思わず笑顔が零れてしまう。
「お、やっと笑ったな」
「だ、だって、こんなのおかしくて笑っちゃうよ! あはははは!」
ようやく分かった。彼は私を笑わせようと、わざと面白おかしく話してくれたんだ。なんだか少し、元気が出た気がする。
「あー、疲れた。ありがとう、当麻君」
今日であったばかりだけど、彼のおかげで、少し心の重りが取れた気がする。
飲み物で息を整えていると、当麻君が咳払いをして、私の前に見滝原市の地図を出して手を合わせて頭を下げていた。
「それで本題なんだけど、さっき携帯壊しちゃってさ。泊まるところの住所は知ってるんだけど、道が全然分かんなくて。教えていただけると非常に助かります」
携帯を壊した? ってもしかして!?
「も、もしかして、私がぶつかった時に携帯壊れちゃったの?」
「……申し上げにくいんですが、その通りです」
ど、どうしよう!? あの時ちゃんと話を聞いておくべきだった。会ったばっかりなのに、励まされて、携帯も壊して、迷惑かけてばっかりだ。と、パニックになってしまう。
「ご、ごめんなさい。後でお母さんに話して、何とかするから……!」
「い、いやいや大丈夫だって。携帯壊れたのも、元々俺の体質のせいみたいなところがあるからさ。あんまり深く考え過ぎないでくれよ」
ガタッと立ち上がった私をなだめるように、当麻君は私の肩に手を置いてゆっくりともう一度椅子に座らせる。
「ここにはちょっと用事があって来ただけなんだ。あんまり長居はしないから、大きい貸し借りは作れない。とりあえず今いる所と俺の泊まれる場所を教えてくれよ。それでチャラ、後腐れ無しで行こうぜ」
「と、当麻君がそう言うなら……」
私はとても申し訳ない気持ちでいっぱいだったけど、せめて当麻君に助けられた分を、少しでも恩返し出来ればと、見滝原市について知っていることを色々と教えることにした。
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「いやー、助かった。ありがとうまどか」
時刻は夕方も終わりかけに差し掛かっていた。ようやく当麻君が宿泊するホテルに到着し、彼はホッと胸を撫で下ろしていた。
「じゃ、もう日も沈みかかってるし、まどかも気をつけて帰れよ」
「うん……」
私がそう返事をした時、当麻君は後ろを向いたまま立ち止まった。
「まどか、お前が何に悩んでて、何がお前を苦しめてるのか、会ったばかりの俺には分かんねぇ。分かんねぇけどさ、喧嘩してんだったら、1回本気でぶつかり合ってみるのも悪くねぇ……かもしれないぜ」
「当麻君……」
そう言うと、当麻君は再びホテルへと足を運び出す。
彼には最後まで、魔法少女については打ち明けなかった。あの人を私たちの世界に巻き込みたくはなかった。でも彼は、私が大きな分岐点に立っていることを見透かしているようだった。
「ありがとう、私頑張る……頑張るよ」
彼には聞こえない感謝の言葉。最後まで踏み出せなかったあと1歩を、彼が後押ししてくれたように感じた。
私は深呼吸をしてホテルに背を向け、走り出した。
待っててね、さやかちゃん。私も……私も行くよ。
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俺はホテルのエントランスから、まどかが走り去っていくのを見ていた。
「さて、どうしたもんかねー」
彼女は、
「手がかりがこれしかない以上、やるしかないか……」
敵の戦力が分からない、そもそも敵かどうかも分からない時点で、あの黒髪の子と接触するのは危険すぎる。俺は覚悟を決めて、エントランスから外に出る。まどかの後を辿って走ろうとしたその時、大きく風が吹き俺は目を閉じる。目を開けると、辺りは異様な雰囲気に包まれており、その流れは目の前の建物の屋上へと繋がっていた。明らかに普通の人間とは違う、異質な空気。俺が初めて魔術に触れた時と、同じような感覚が辺り一面を覆っていた。
夕焼けに目が馴染み始めると、屋上に立っている人影が徐々に形を帯びてくる。風になびく黒い髪、白い制服、腕には盾のような道具。そう、あの時出会った黒髪の少女が立っていた。
「少し、お話できるかしら?」
「マジかよ……」
1番会いたかったが、1番会いたくない、そんな少女に俺は再び会ってしまったのだった。