「なんだテメェ! なにしやがる!」
「動かない方がいいわよ」
赤髪の少女が上を向いて叫び声を上げる。しかし、その時には既に暁美はヤツの背後を取っていた。銃口を突き付け、ヤツの動きを完全に封じ込める。
「……そうか、アンタが噂のイレギュラーって訳?」
その問いかけに対して、暁美は答えようとしない。そんな反応に苛立ったヤツは、首を後ろに回して暁美に問いかける。
「何? アンタもこいつの味方? 助けに来ただなんてツラには見えないけどね」
「私は冷静な人の味方で、そこのバカみたいに争いの火種を作るヤツの敵。あなたはどっちなの? 【佐倉杏子】」
「なッ……どこかで会ったか、アンタ?」
「さあ、どうかしら?」
暁美の冷たい問い掛けに、赤髪の少女、佐倉杏子は動揺したかのような詰まった声を上げる。でもかなり妙な会話だ。暁美は佐倉の名前を知っているのに対して、佐倉は暁美に対して初めて顔を合わせるかのような会話。違和感満載なのに、その上暁美自身も答えをぼかすような返事をしている。暁美が何を考えているのかが全く掴めなかった。
「手札がまるで見えないとあっちゃねぇ。今日のところは降りさせてもらうよ」
「懸命ね」
数秒の睨み合いの末、佐倉は矛を収めて俺から離れる。後退する足取りは不安定なものだったが、数秒後には路地裏の闇に消えていった。暁美も持っていた拳銃をしまい、まどかの方へと歩いてく。
「一体何度忠告させるの? どこまであなたは愚かなの?」
「えっ……」
暁美がまどかに初めにかけた言葉は、心配でも励ましでもなく、ただただ冷たい罵声だった。
「おい暁美、その言い方はねぇだろ」
「あなたは黙っていなさい。これは私の問題よ」
蔑むような目が俺の肌を刺す。まどかに声をかけようにも、暁美がいる今じゃ言葉のひとつも投げさせて貰えないのが現状だった。暁美は再びまどかの方を向き、話を続ける。
「あなたは関わり合いを持つべきじゃないと、もう散々言って聞かせたわよね」
「私は……」
「愚か者が相手なら、私は手段を選ばない」
「そんな……」
暁美はそれだけを言い残して、この場から立ち去ろうとする。でも、そんな現状を許せなかった俺は咄嗟に彼女の前へと立ちはだかった。
「……どきなさい」
「どくわけないだろ。まどかの顔を見てもそんなことが言えんのかよ」
「あなたに何が分かるの? たった今会ったばかりのあなたに、現状が理解出来るほど単純じゃないのよ」
そう言った瞬間、暁美が視界から姿を消す。一瞬のことで何が起きたか分からなかった。しかし、直後に腹部に鈍い痛みが襲ってきたことで気がついた。
「ぐはっ……!?」
姿勢を低くし、俺の腹に肘打ちを撃ち込む暁美の姿がそこにはあった。あまりにも一瞬の出来事、防御姿勢も取れていない俺はモロに喰らい、その場にしゃがみこむ。
「ぐ……」
「あら、すぐに気絶するぐらいの力で打ったつもりなのだけれど、急所を回避したのかしら。あなた、動きは素人だけど実戦経験はあるみたいね」
痛みは強いが普段なら動けるダメージだ。しかし今は動けない、今頃になって佐倉杏子との戦闘で与えられたダメージが響いている。
「でも、今の佐倉杏子に押し負ける上、この程度で動けなくなるようでは障害にも予兆にもなり得ないわね」
障害……予兆……? なんの事だ?
「あなたのことは大体知れたわ。殺す気も関わる気も無くなったから安心しなさい。でも今度私の邪魔をするなら、この程度の怪我じゃ済まないわよ」
そう言い残し、暁美もまた路地裏の闇へと消えていく。それから何秒経ったのだろうか、五感がゆっくりと正常な能力を取り戻していく。すると、背中をさするような感触と、最近よく聞いた女の子の声が聞こえてきた。
「当麻君! 当麻君大丈夫!?」
「ゲホッ、ゲホッ……ああ、大丈夫だまどか。助かった」
落ち着いてきた俺は、壁へともたれかかって一呼吸置く。日はまだ赤く染っており、そこまで時間が経っていないことを教えてくれた。一息つけるかと思った矢先、隣からまどかのすすり泣く声が聞こえる。
「ごめんね……ごめんね当麻君、こんなことになっちゃって」
「まどか、なんで泣いてんだよ?」
「だって、私のせいでこんなにボロボロになって、血もいっぱい出て……」
「お前のせいじゃねぇよ、俺のお節介のせいだ」
そう言って俺は立ち上がり、グッと背伸びをしながらまどかの方を振り向く。
「だからもう泣くなよ。ほら、帰ろうぜ。こいつも早く休ませてやろう」
「……うん、でも助けてくれてありがとう当麻君」
そう言って青髪の少女を背におぶって、俺とまどかも路地裏の出口へと向かっていった。
☥
帰り道の途中、現在は太陽も沈んで周りも静かになってきた公園の真ん中。青髪の少女、美樹さやかを家まで送った後、まどかを自宅まで送り届けることにした
「ところで、まどかさん?」
「急にどうしたの当麻君?」
「その肩に乗っかってる白い生き物、なんなんですかね?」
そう問いかけると、まどかはその白い生き物と目を合わせた後に、驚いた顔をしてこっちを見ていた。
「と、当麻君【キュゥべえ】が見えるの!? い、いつから!?」
「え? 最初からだけど……もしかして、見えちゃいけない類のやつですか?」
そう答えるとまどかとキュゥべえは顔を再び見合せ、暫く俺と顔を合わせたまま黙ってしまった。
「あ、あのー、なにか気に触りましたでしょうか?」
この微妙な空気感、俺には苦笑いをして耐える他、選択肢などなかった。
「テレパシーは聞こえないんだ……」
「そいつテレパシーなんて使えるのか。でも、多分俺には聞こえないな」
俺は自分の右手を見ながら、そう答える。
「俺にはあらゆる異能を打ち消す力【
「う、うん」
「俺の右手は、魔法も魔術も、理を超えた超能力も、多分神様の加護だろうと問答無用で打ち消せちまう。だからキュゥべえが周りに見えないようにしてるジャミングも、俺には効かないし、テレパシーも届かないんじゃねぇか」
「そんな力が……魔法少女でもないのに。ん? どうしたのキュゥべえ?」
そんなふうに答えていると、キュゥべえはまどかに何かを伝えようと肩を叩く。そして彼女に何かを手渡したようだった。
「当麻君、キュゥべえがこれを耳に付けて欲しいって。あ、右手では触らないようにしてね、壊れちゃうから。だって」
そう言うまどかから渡されたものは、片耳だけのイヤホンのような何かだった言葉通り耳に着けられるに形が整えられている。俺はそれを左手で掴んで耳に装着し、中から聞こえる音声に耳を傾ける。
『あー、あー。もしもし聞こえるかい?』
「うわっ、ビックリした。もしかしてキュゥべえか?」
『そう、僕はキュゥべえ。今まどかの肩に乗ってる、君が言う白い生き物のキュゥべえさ』
陽気だが、どこか不気味で機械的な声が俺の頭へと響いてくる。
『君の力については分かりかねるところが沢山あるけれど、テレパシーに関しては機械を媒体にして電話やイヤホンのようにすれば、打ち消されずに済むってことが分かったよ』
「そうなのか、でもなんで俺にこんなの渡すんだよ? 姿隠すぐらいなんだから、そういうのホイホイ渡していいものなのか?」
『普段はこんな対応そもそも不可能なんだけどね、君はもう僕が見えちゃってるみたいだから。今後は当麻、君の力も借りることになるかもしれない。だからそれは僕からのプレゼントさ』
その後、残念そうな雰囲気を出しながらキュゥべえは話を続ける。
『でも実に残念だよ。君のような元からの異能持ちが僕と契約すれば、もっと強力な魔法少女になる可能性もあったかもしれないね。君は少女じゃないし、年齢も少し過ぎている。本当に残念だ』
その言葉を聞いて、俺はハッとこの街に来た理由を思い出した。
地球外の魔術、生命体が不穏な動きをしている。その調査のために俺はここに来た。それがこいつのことを指しているというのは明白だ。空気が急激に不穏になり始める。しかし、ここで相手に悟られる訳には行かなかった。恐らくまどかはそんなことを知らない。下手に動いて勘づかれると不利になるのは明らかだった。
「契約って言ってたが、キュゥべえは魔法少女とどういう関係なんだ?」
『そうだね、僕と魔法少女の関係は一種の契約関係だと思ってくれるといいよ。僕がその子の願いを叶えてあげる代わりに、魔法少女になって世界に災厄をもたらす魔女たちと戦ってもらうんだ』
「でも、今日みたいに魔法少女同士で争うこともあるんだろ?」
『そうだね、近頃では魔女を狩るための狩場の奪い合いが起きているんだ。それでも世界を災厄から守るためには必要な事だし、そこで争いが起きるのも仕方の無いことだと、僕は思っているよ』
「それは身勝手じゃねぇのかよ? 今日だって人が1人死にかけてたんだぞ?」
『それよりも、魔女の被害の方が何万人も多いんだよ?』
「だけどな……」
『それにしても、急に質問責めをしてくるじゃないか当麻。まるで何かを探っているようだ』
「……」
ダメだ、これ以上の探りは危険過ぎる。なにより、こいつの言葉は暁美の罵声よりも遥かに冷たい。言葉を紡ぐ上で大切な何かが欠けているような気がしてならなかった。
「いや、単純に気になっただけなんだ」
『そうかい、それならいいんだ』
そう言うと、キュゥべえは俺に興味を無くしたかのようにそっぽを向き、それ以上話しかけてくることは無かった。まどかはそんな俺たちの様子を見て、居心地を悪そうにしていた。
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「じゃ、ここまでだなまどか。気をつけろよ。多分また会うことになるかもしれねぇ」
「ありがとう当麻君。またね」
なんとかまどかを家に送り届け、キュゥべえとまどかの姿が見えなくなった位置で、俺はキュゥべえから受けとったイヤホンを左手で取り外す。あいつの言葉はどこかズレたものが多かった。世界のため、人のためだと言っておきながら人の死に関してはあまりにもドライ過ぎる。
まるで人間を一種の資源としてカウントしているようにすら感じた。
そんなヤツが作ったかもしれない機械を四六時中身につけておくのは気が引けてならない。しかし、壊したら壊したで何が起きるか分からないのが現状だ。
とりあえず、今日は戦いの傷を癒すべく、ホテルに向かってゆっくりと歩を進め始めた。