ステラエモルク   作:朝神佑来

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四日目

 

 「はあ」

 

 作戦を伝え終えた後、ため息の後にガラハはぽつりと言った。

 

 「…………死にたくねえなあ」

 

 「……」

 

 豪雨の音だけが響く一秒の間を置き、それからフィサリスは黙ってガラハの肩を掴んだ。

 

 「物事には…………役割や……順番がある」

 

 「…………?」

 

 「オレたちは、これから」

 

 

 「テンシュラクを、倒す」

 

 

 ガラハは数度、瞬きをした。

 フィサリスの目は開いたままだった。

 

 「だから――ああ……くそ、畜生、だから」

 

 何故こんなことしか言えないんだ。何故もっと、建前でも、勇気づけるような、元気づけるようなことが言えないんだ。

 強くそう思いながらも、フィサリスは言う。

 

 「……オレも……じきに逝く」

 

 「…………」

 

 ふっとガラハは笑って、ごわついた手のひらでフィサリスの赤い髪をがしがしと撫でた。

 

 「期待しねえで待ってるよ。フィス坊」

 

 「……ああ」

 

 ほんのわずかに泣き腫れた喉で、フィサリスは答えた。

 それから短い深呼吸をして前を向いた時、ガラハがよく知る不器用な少年だったフィサリスはそこに無く。

 真位階冒険者(アルテマハディマ)がひとり、“閃紅”のフィサリスがそこに居た。

 

 「行こう」

 

 

 *

 

 

 走って、走って、走って、走って。

 神気の雨の中、もう人間に戻れない冒険者たちがそれでも戦っている姿を横目に見て。

 駆け込んだ一番街、見たことのある光がぼんやりと漏れている教会へと、俺達は飛び込んだ。

 フィサリスが扉を開け、ゼフィール、そして俺とロヴィミアが中へ。最後に、フィサリスが内側から扉を閉める。

 

 「づぅ――――ッ!!」

 

 「ゼフ兄っ!!」

 

 教会の中へたどり着いた瞬間に、どさりと倒れるゼフィール。

 ロヴィミアはそっと俺を下ろした後、誰よりも速くゼフィールへと駆け寄った。

 駆け込んだ直後に両目を押さえて蹲る彼の姿は、この教会の中で異質に映るかもしれないと思ったが、そんなことはなかった。

 この教会には、そんな様子の人間が他に何人もいたからだ。

 

 学校の体育館ぐらいだろうか――広い教会の中は、怪我をした人、倒れた人、彼らの介抱を行う人、たくさんの人がいた。

 等間隔に並ぶ長椅子はベッドとして利用されていて、横たわっているのは俺と同じくらいの子供が大半だった。

 

 「ゼフィール館長……!? それに、あなた方は……!」

 

 真っ白な修道服を着た初老の男性が、俺達のもとへと駆け寄る。

 大きな丸眼鏡の向こうにある瞳が、俺の顔を映しているのがよく見えた。彼の額にも脂汗がにじんでいて、疲労の色が見て取れた。

 

 「ご無沙汰しております、ラーフ司祭。……この場にいる者たち……だけ、ですか?」

 

 息を切らして上下する肩に片手を添え、小さく頭を下げるフィサリス。

 彼の所作を見て、俺も見様見真似で司祭に頭を下げた。

 

 「比較的汚染の被害を受けなかった方々は、みな地下のカタコンベにおります。ここ以外にも、ギルドや坑道へ身を潜めた者も多いと……」

 

 「……そう、ですか。……よかった……」

 

 教会を見回して、人が少ないと思ってしまったのは、俺だけでなく彼も同じだったらしい。

 どさりと倒れるように床に尻をつくフィサリス。彼の額のあたりに司祭は印を描き、祈りの言葉を口にする。

 

 「君は大丈夫か? どこにも、怪我はないか」

 

 それからラーフ司祭は、膝をついてしゃがんで俺と視線を合わせ、俺の両肩をそっと握ってそう問いかけた。

 どこにも。こくりと頷いて、そう答える。

 

 「……兄と……姉が……守って、くれたから…………」

 

 「そうか……よかった。本当によかった……エモルク様、どうかこの子にご加護を――」

 

 ……違う。そうじゃない。もっと大事なことを、俺は言えないでいる。

 言ったところでどうなるんだと、心が引き留めているんだ。思うな、意識するなと、この世界に来た時のように。

 けれど――。

 

 「君……その剣は?」

 

 ひやりと、心に小さなつららが突き刺さる。

 俺がずっと抱えていた剣。その柄に、持ち主の名が刻まれたギルド証が埋め込まれている。

 

 「それは――オンズ殿の……」

 

 ラーフ司祭が、彼の名を口にしようとした瞬間。

 教会の壁、大きな窓の向こうから、わずかに光が射し込んだ。

 光に気づいた瞬間に外を見る。俺とほとんど同じタイミングで、ラーフ司祭もその光に気づいた。

 

 「あれは――聖剣の光か……!?」

 

 神気の雨雲が裂け、まばゆい光がカーテンを描いて射しこんでいる。

 誰もが起き上がって空を見た。俺は、その光に照らされるイドの姿を見た。

 

 悶えている。動いている。

 何かと――戦っている?

 

 「ああ、ああ……現人神様、どうか、どうか……!!」

 

 「イスガトをお救いください、ユウヒ様、エモルク様ぁ……っ!!」

 

 誰もが神の名を口にする。一心に祈りを捧げ、手を組んで蹲る。

 その中で、俺だけが、神ではない人間の姿を思い、神のものではない名を口にしていた。

 

 

 「…………ガラハ……?」

 

 

 光る槍を眼球に突き立てられ、天を仰いで苦しみもがく、イドの姿。

 ここから見えるのはそれだけだった。けれど確かに、イドは何かと戦っていた。

 あの時、姿を消した彼は。本当はどこへ行った? 本当は――どこへ向かった?

 

 衝動が俺の体を突き動かし、教会の外へと飛び出しそうになった小さな体を、大きな腕に抱き留められる。

 

 「待て!! ここから離れるんじゃあない!! 君ッ!!」

 

 「――――ッッ!!! 待って……待ってくれよ……!! やめてくれ……やめてくれ、まだ……!!」

 

 雲が雷を纏い、円形の穴が拡がっていく。そこから降り注ぐ、光。

 直立したイドに突き立てられた槍が、まっすぐに天に向かっている。さながら避雷針のように。

 ラーフ司祭の腕の中で、俺は必死に小さな手を伸ばした。届くはずもない手を、必死で伸ばした。

 灰色の炎が、ぼんやりと、手の中で揺らめいたように、見えた。

 

 「まだ――ガラハが…………っっ!!!」

 

 その声は、その懇願は、誰に届くはずもなく。

 

 

 一瞬の轟音と、一瞬の光が。

 俺の視界を、世界のすべてを。

 

 一瞬にして、塗りつぶした。

 

 

 *

 

 

 イスガト鉱山街にて突如発生したイド討伐戦は、そうして終結した。

 

 現人神ユウヒ・アズアの放った聖剣の光により、神気の雲は晴れ、イドもまた跡形もなく消滅した。

 同時に、イスガト鉱山街の四、五、六番街は消滅。

 平らにならされたその鉱山の一角に、人が築いた文明の色はどこにも残っていなかった。

 

 光る翼を広げた天使たちがむき出しの大地の上へと降り立ち、鉱山街の各地へと散っていく。

 未だ残る神気の残滓、生き残った魔物、すべてを浄化し消し去る、後片付けを行うために。

 

 ――聖剣の光の着弾地点に、彼女はいた。

 

 翼を失った彼女は、地面に突き立てられた剣を抱きしめるようにして、しんと押し黙っていた。

 そして傍らに残ったひとりの天使に、彼女は語った。

 名も知らぬ、テンセイ人の男に助けられたのだと。

 

 「神殺しの力は……殺す神を……選ばない……」

 

 着弾の寸前に自らを蝕んでいた神気すら、今の自分の体には残されていなかった。

 破壊を伴うほどの膨大な聖神気もろとも、彼の力が消し去ったのだと、彼女は推測する。

 

 「ヒトに……助けられて」

 

 崩れ落ちるように地面を睨み、掴み、怨嗟の声を絞り出す。

 イドに対してではなく。失った翼に対して。

 

 「たくさんの犠牲を、払わせて……最後には……街を……破壊しつくして」

 

 「なにが……なにが、衛天使(センチエル)だ…………!!」

 

 指先が削れ、血がにじんで、それでも彼女は、地を掻く。

 傍らに立つ天使は、彼女の名を呼ぶ。憎悪と怨嗟と、悔恨に満ちた泣き顔が、その天使の顔を見る。

 衛天使(センチエル)が、そこにいる。すべてが終わった後に、ようやくやってきた天使が。

 

 「なんで、なんで――!! なんでわたしが、生きているんだ…………!!!」

 

 地面に額を擦りつけ、堰を切って溢れる涙を、彼女はそこに垂れ流す。

 突き立てられた剣に悔いるように、謝るように、延々と。

 

 衛天使ブラージェもまた、彼女を守り通した名も知らぬテンセイ人に、深い謝罪と感謝を込めて祈った。

 願わくば、異星の来訪者たる彼の魂が、エモルクの元へと還らんことを。

 そしてまた、この大地に命となって生まるることを。じっと、祈り続けた。

 

 

 *

 

 

 夜が明けた。

 あれから自分が何をしていたのか、何も思い出せない。ただ、暖かい毛皮らしき布をかぶせられて、今まで眠っていたことだけは確かだった。

 随分と久々に見たような気がする青空を見上げ、瞼に光が突き刺さる。

 

 「トーリ、おはよう」

 

 数分ぐらいだろうか。ぼうっとしていた俺の頬に、固いものが押し当てられる。

 隣を見ると兄がいた。目に包帯を巻いて、見覚えのある朗らかな笑みがあった。

 手に持ったビスケットのようなお菓子で俺の頬を押している、ということは、食えと言っているのだろうか。

 

 「君の分のビスケットだ。夜通しラーフ司祭が焼いて作ってくれた」

 

 大きな葉に包まれたそれを受け取り、じっと見つめる。

 ビスケット。先日読んだ、レンの手記の内容を思い出す。

 

 「レン・ニコットのビスケット。レンのビスクって呼ばれたりもする。冒険者の食糧でね、一枚で一日分の栄養が取れる。ただ注意が必要なのが……」

 

 ビスケットで済ませた――その記述が指すビスケットとは、これのことだったのか。

 俺の手のひらぐらいの大きさのビスケットで、本当に腹が満たされるのか。疑わしかったが、腹は空いていた。

 乾いた口を開け、半分ぐらい一気に齧っ……。

 

 「だああっ待ってって!? 一気に食べちゃダメだよ!?」

 

 重ッ!!!?!?

 口に含んだ瞬間にズシリと来る、あらゆる穀物を詰め込んでミキサーにかけて固めたボールを食ったような食感。

 吹き出しそうになったがどうにか堪えた。口の端に追いやって、塊を少しずつ削るように咀嚼して飲み込んでいく。

 それでも重い。昔、バカをやって作った柿ピーの塊を齧って食ったことを思い出した。

 

 「だ……大丈夫かいトーリ? レンのビスクはちょっとずつ齧って食べるんだ、一日分の栄養が詰まってるからね……待ってて、水も貰ってくるから――」

 

 ぐっと、その場を離れようとする兄の袖を掴む。

 黙ってビスケットを食べながら、振り払おうと思えば簡単に払えるぐらい弱い力で。

 それでも、兄を引き留めるには十分な力だった。

 

 「……。喉が渇いたら言ってくれ。一緒に貰いに行こう」

 

 小さく頷いて答える。

 わずかな間でも、ひとりでいられるだけの心が、今の俺には無かった。

 

 

 *

 

 

 長い時間をかけて一枚のビスケットを食べ終わり、心地いい満腹感を覚えながら、兄と二人で一杯の水を貰いに行った。

 コップというよりは小皿に近い、鉄の板を叩いて作った急ごしらえの容器に注がれた水を、縁で唇を切らないよう慎重に飲む。

 一口で飲み切れる量の水だったが、それでも随分と美味しかった。

 

 「……ぁのさ……ゼフ兄さん」

 

 潤った喉で、声を出す。

 意識してやらなければ、声の出し方も忘れてしまいそうだった。

 

 「フィス兄さんと……ミア姉さんは?」

 

 「ミアはカタコンベの方で治療や看病にあたってる。フィスは外で魔物の残党狩りだ。夕方にはみんな戻るさ」

 

 「……そっか。ゼフ兄さんの眼は……」

 

 「ああ、少し無理した。けどまあ……二、三日もすれば回復するさ」

 

 あの時、さらりと言った『魔眼』という一言。神気の豪雨から俺達を守った力。

 それが一体何なのか尋ねようとも思ったが、話題づくりとしては不適切かと思い、口には出さなかった。

 

 「……生まれつき、僕の眼は特別でね」

 

 それでも、兄の方から自然と語り出した。

 包帯で覆われた目を指さして、小さく微笑みながら。

 

 「魔眼と名付けられたこの眼は、視線で神気を操ることができるんだ。視線を向けて集中すればそこに神気が集まるし……逆に、見ようとしなければ神気は散っていく。と言っても、そんな風に自由に扱えるようになったのは、つい最近のことだけどね」

 

 集中と聞いて、俺は魔術の行使を思い浮かべた。

 後頭部がちりちりと焼ける感覚。眼球から出血すらしていたのを思い返すと、魔術と同様に、魔眼にもけして無視できない負担があるのだろう。

 

 「そんな眼を持ってるおかげで、子供の頃から疎まれた。視線を向けたら、向けられた相手の体調が崩れるんだ――そんな気味の悪い子供、村に置いておけるわけもない。自分から買って出て育てようとする物好きなんて、いるわけがなかった」

 

 けして明るいものではない過去を語りながら、それでも兄は微笑んでいた。

 そして、その名を口にした瞬間に、その笑顔はもっとも大きなものに変わった。

 

 「――ガルベラって名前の、偏屈なばばあを除いてね」

 

 ずっと幼いころの記憶。その時の辛苦は、今の母と出会ったという結果を得たことで、彼にとって微笑んで話せる過去となっていた。

 その笑顔を見た瞬間。俺ははじめて、この世界の誰かに対して、家族としての親近感を覚えた気がした。

 

 「そっか」

 

 うん、と頷く兄に、俺も心の内を話す。

 

 「……俺と一緒だ。俺もきっと、ガルベラ婆さんに拾われてなかったら、こんなふうに生きてなかった」

 

 テンセイ人を拾い、名前を与えるような人だ。今なら、テンセイ人という存在がどういうものなのか、わかる気がする。

 だからこそ。頭に浮かぶあの勝気な婆さんの笑顔が、俺の心を確かに支えてくれていた。

 

 ふと、何気なく動かした手が何かに当たる。毛皮の毛布の上から、何か硬いものを触った。

 眠っている間、何かをずっと抱きしめていた気がする。毛布をまくり上げて、ようやくそれの正体を知った。

 

 柄にギルド証が埋め込まれた、見慣れた剣だった。

 

 

 「ラーフ殿ッ!!」

 

 

 ギィイ――と教会の扉が開いて、低い男の声がした。

 声の方を見る。丸太のような両腕をぶらさげた、筋骨隆々とした男性がそこに居た。

 間を置かずに聞こえてくる足音。教会の奥から入口へと歩くラーフ司祭の足音だった。

 

 「ロダン……!? ロダンか!?」

 

 「十二番街の坑道へ避難した者は、みんな無事だ。一番街に家族がいる者たちを連れて、ここまで来た……彼らをここに入れても大丈夫か?」

 

 「そうか、坑道で働いている者たちか……! 神気の浄化は済んでいる、大丈夫だ」

 

 互いに頷き合った後、開いた扉からひとりずつ教会へ人が入ってくる。

 教会を見渡しながら家族の元へと向かう者、地下のカタコンベへ向かう者、友との再会に涙する者――静かだった教会が、彼らの再会の喜びで賑わっていく。

 

 「…………あの……お嬢、さん……?」

 

 十二番街から来たという彼らを見ていた俺に、背後から誰かが声をかける。

 知らない声だった。振り返ると、ひとりの女性が俺を見下ろしていた。

 正しくは俺ではなく――俺のそばにある、剣を。

 

 「そ……の、その剣を、どこで――?」

 

 しゃがんで膝をつき、俺と視線を合わせる女性。

 俺は剣を手に取って、ギルド証を彼女に向けながら答えた。

 

 「…………ガラハから……彼から、渡されました」

 

 「……え…………」

 

 「危なくなったら、これで身を守れって……。そう言って……」

 

 それが。俺が見た、彼の最後の姿だった。

 この人はきっと、ガラハと関係がある女性なのだろう。

 もしかしたらこの剣は、俺ではなく、彼女が持つべきなのかもしれない。

 

 「アーネ……!? アーネッ!!」

 

 彼女に差し出そうとした瞬間、今度は男性の声が聞こえて、揃って彼の方を見る。

 黒い短髪の、薄着の男性。ロダンと呼ばれていたあの人ほどではないにしろ、彼もがっしりと筋肉のついた体をしていた。

 彼は、ひどく複雑な顔をしていた。俺が持つ剣と、この女性の顔とを、交互に見ながらゆっくりと歩み寄る。

 

 「……ダユース……ダユースっ……!!」

 

 「……アーネ。彼女は……? 何故……あいつの剣、だけが……ここに」

 

 アーネ。そう呼ばれた女性は、感情を抑えきれなくなったのか、ダユースと呼んだ男性の胸に顔を埋め、涙を流した。

 男性――ダユースはアーネを抱きしめながら、ためらいがちに剣に手を伸ばした。指先で触れたギルド証に刻まれた名を、確かめるように。

 

 「お嬢ちゃん……これは、これを渡した男は――」

 

 「ガラハは」

 

 乾いた口で話そうとした俺を、ゼフィールがそっと止める。

 

 「ガラハ・オンズは――僕らとともに避難をする際に、たったひとりで殿を務めました」

 

 ひやりと時間が止まったような気がした。

 ゼフィールは、包み隠すわけにはいかないと、あの時のことを詳細に語る。

 

 「僕らがイドから離れようと試みる最中。彼だけは――イドの元へと――向かっていきました」

 

 ――見殺しにしたのか。お前は何をやっていたんだ。

 激昂し、ゼフィールに彼が掴みかかる一瞬先を想像した。

 

 「…………ああ……そうか。……そうだろうな」

 

 けれど。

 その一瞬先がやってくることは、なかった。

 

 「あいつは、そういう男だ。臆病で、面倒くさがりの癖に……誰かがやらなきゃならないことを、あいつは……絶対に、請け負って、果たすんだ」

 

 

 「果たしたんだな……ガラハ」

 

 

 そして、ダユースは俺の目を見た。

 まるで、彼がどのような意図を持って、何を言って何をしたのか、手に取るようにわかったと言わんばかりに。

 俺は黙って、剣を差し出した。

 ダユースは、それを受け取り――俺と同じように、強く抱きしめて。

 

 「ガラハ…………!!!」

 

 絞り出すような、悲鳴のような、嗚咽のような。

 そんな泣き声が、教会にこだました。

 

 

 「…………ありがとう」

 

 泣き腫らした声で、ダユースは俺に言った。

 

 「この剣を、受け取ってくれて……守ってくれて……ありがとう…………」

 

 ずっと、心に突き刺さっていた罪悪感。ずっと心にあった無力感。

 その言葉を聞いた瞬間に、それらがずるりと取り除かれるような、気がして。

 俺も、俺も誰かのために、何かを果たせたんだと思った瞬間。

 

 どろりと融けた感情が、俺の両目からも溢れ出した。

 

 

 *

 

 

 一番坑道街の外れにある、大きな厩。

 他のギュウバたちがくるくると歩き回って荒れた気を鎮めようと試みている中、一頭だけもさもさと飼い葉を食うギュウバがいた。

 彼は厩で飼われているものではなく、一時的にギュウバ房を借りているだけである。けれど、自宅とこの街とを行き来する機会が多い彼にとって、このギュウバ房は最早彼のもうひとつの家だった。

 

 厩へと入り、そのギュウバの鼻をそっと撫でる、赤髪の冒険者がひとり。

 

 「……お前は強いな、ヨカニセ。無事でよかった」

 

 ブルルと鼻を鳴らし、ヨカニセはその冒険者――フィサリス・ノウェルグレイに頭を下げる。

 赤髪に鼻先をくっつけたり、顎を乗っけたりしながら、ヨカニセは再会の喜びを彼に伝えた。

 

 「はは、変わんないな。俺の背も伸びたのに、今でもお前の方がずっとでかい」

 

 彼とヨカニセの付き合いは十年来のものになる。

 もうひとりの家族と言っても差し支えないそのギュウバに、彼は謝罪と願いを口にするため、ここに来た。

 

 「すまない、ヨカニセ。オレたちはまたすぐにここを離れることになる。今度はたぶん、ずっと長い別れになる」

 

 ヨカニセは彼の頭から自分の頭を離し、大きな黒い目でフィサリスの顔をじっと見つめ返した。

 

 「その時は…………お前が」

 

 かきん、と。

 ヨカニセを留めている金具を外し、柵を開けて、その目を見ながら願いを口にする。

 

 

 「トーリの、お兄ちゃんになってやっては、くれないか」

 

 

 互いに数度の瞬きをする、少しの時間があって。

 ヨカニセは、この表情が答えだと言わんばかりに唇を剥いて見せた。

 

 「なんだその顔。……なんだその顔??」

 

 見たことのないヨカニセの顔に面食らいながらも、フィサリスは、彼の言わんとしていることをなんとなく理解した。

 

 

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